真っ暗な部屋、見えない月、長い時間。
誰も居ない空間、帰れる筈の無い故郷、永過ぎる永遠。
月夜の晩に、未来永劫という時間をかけても償えぬ罪を、犯した。
罪深い私に課せられた、償い。
私は地上に堕とされ、絶望の淵にいた。
死のうと思っても、私の体は『死』を受け入れてはくれない。
その事自体が私の罪に対する『刑』なのだと思えて、仕方がなかった。
何もかも。
刻。
生。
死。
友。
里。
全てを失った。
と、頬を何かが流れ落ちる感覚を感じ、それが何かを全然理解できなくて、軽く、手を触れてみた。
涙、だった。
安心した。
私、まだ、『感情』は、亡くしてない―…
◆
障子から差し込んでくる暖かい木漏れ日で、ようやく目が覚めた。輝夜は目を薄っすらと開け、やがて、それすらも億劫であるかのように、再び目を閉じた。ぐうたらで怠惰な生活の象徴とも言うべき行為、すなわち二度寝である。そしてそれは、永遠という時間を手に入れてしまった蓬莱山輝夜にとって、この上ない至福の時なのだ。
しかし。
今日は、何かが、違っていた。
変な夢を見た。
ただ、それだけ。
ただ、それだけの筈なのに、胸が締め付けられるような感覚に苛まれる。
「全然眠れないじゃないの……」
輝夜は気だるそうに鈍重な動きで上半身を起こし、長い髪をぼりぼりと掻き毟りつつ、大きな欠伸をした。その姿に月の姫としての気品は微塵も無いが、無論そんな事を気にする様な事は無い。ここ永遠亭は私の家だ、自分の家で幾ら淫らな行為をした所で、江戸の家事の如く噂が広まる訳でも無いだろう、という見解である。さて、長い欠伸がようやく終わり、まだ眠たそうな眼を擦りつつ、輝夜は起き上がった。
「…うん。大分いい目覚めね」
つっこむ役が居ないのをいい事に、輝夜は1人満足そうに頷いて、襖を開けた。永遠亭の特徴の一つに『長い廊下』というのがある。それこそ無限回廊の如き長さで、兎達の中には未だ足を踏み入れたことの無い領域が多々有るほどだ。しかも、各部屋へのドアである襖は全てが同じ柄、同じ大きさ、同じ色、同じ材料…。とにかく間違えやすいのである。おそらく、これらの配置を完璧に記憶しているのは蓬莱山輝夜、八意永琳、因幡てゐの3人程度であろう。
「ふぁ、~~ぅ……まだ寝たりないわ…」
輝夜はぶつぶつと愚痴を呟きながら、足を引き摺るように歩いていく。どうやら他の兎達は、出払っているようだった。いつもは兎達の往来のある廊下に静寂が訪れている辺り、その辺がうかがえた。粗方、竹林へ筍狩りか。今がその時期かどうかは定かではないが、気にしない事にする。夕飯に筍を使用するかしないか、その程度の違いしか生まれないのだ。
考え事をしている間に、いつの間にか目的地を通り過ぎそうになったらしい。危ない危ないと思いつつ、正面にある、辺りのそれと区別の付け難い襖を開けた。
「あら?姫じゃないですか、どうしました?」
「どうしたもこうしたもないじゃない。珍しく早起きをしてみただけよ」
そこは、八意永琳の個室。壁に据え付けられた棚には、不思議な色の液体を容れた試験管や曲がりくねった用途不明の器具、名称が殴り書きされた瓶入りの丸薬などが並んでいた。中でも一際大きな瓶には『胡蝶夢丸』との文字。更に、その脇に申し訳なさそうに置かれている小さな小さな瓶には、『ナイトメアタイプ…服用の際はご注意ください』と、どうすればこれだけの文字が入るのか不思議な注意書きが記されていた。それら全ての持ち主である永琳は、今し方読んでいた本を棚に戻し、輝夜に背中越しで声をかけた。
「本当に珍しいですね…イナバ達に雪かきの準備でもさせておきます」
「ちょっと。それどういう意味よ」
「軽い冗談ですわ」
言わずとも、それは一種の皮肉である。普段なら輝夜が更に食い下がるのだが、今日はそんな気力もわかなかった。
「で、姫。結局何の用で………」
輝夜の方を向いた永琳の表情が、正しくこの比喩こそ当てはまるだろう、凍りついた。そして、何をそんなに驚くことがあるか、と輝夜が言おうとするよりも、永琳は速かった。それは、鈴仙だったとしても同じだろう。何せ、今の輝夜が身に纏っているものは、寝巻きとして使用している薄い真っ白な着物一枚なのである。しかも、片方の肩がはだけてしまっていて、少し下へ引っ張れば、あっという間に一糸纏わぬ姿になりそうな、そんな姿だった。
「ちょっ、姫!なんて淫らな格好してるんですかこれじゃイナバ達に示しが付きません、ってもしかして姫の寝室からココまでそんな姿で歩いて来られたんですか、ちょっと!姫には羞恥心ってものが無いのですか少しは考えてください着替えは姫の部屋にあるでしょう、こんな歴史残しちゃったらあのワーハクタクと不死鳥娘に弱み握られちゃいますよこの間の猫耳みたいにッ!!」
無論主人のそんな淫らな姿を見れば、誰しもが慌てふためくだろう。それは永琳とて例外ではなかった。そんな心情をつゆ程も知らずに輝夜は、永琳の怒涛の弾幕の如き怒声を涼しげな顔で受け流し、一言。
「気持ちよく二度寝したいから、胡蝶夢丸を頂戴」
「それならせめて上着くらい羽織って来て下さい!」
流石は1000年以上の永きを生き続けた姫、落ち着き具合が只者ではない。それを言うなら永琳も同じ位の永きを生き抜いてはいるのだが、やはりそこは、生まれ持った何かの違いなのか。
「え~~…めんどくさい」
だが、このぐうたらさんにそんなカリスマ的な物が宿っているかどうかは怪しいものである。今し方も、体裁など関係無いとでも言いたげに、大きな欠伸を一つする。永琳は諦めたように溜息を吐き出した。
「胡蝶夢丸ですか?…まぁ、処方出来ない事も無いですが……」
「じゃあいいじゃないの」
「はぁ……判りましたよう」
仕方なしそうに薬棚を漁り始めた永琳を見つつ、輝夜は再び大きな欠伸をする。別に、そんなに渋ることではないではないか。そんな事も思ったが、結果的に渡してくれる事となったのだ、文句は言うまい。
「それじゃあ、永琳。私は先に部屋に戻ってるから、すぐに持ってきて頂戴ね」
これ以上起きているのも辛い。いい加減眠りたかった。
…でも、と思い立つ。
さっき二度寝しようとした時は、眠気なんて無かった筈だ。
締め付けるような胸の痛み。
いつの間にか、それは、何処かへと行ってしまっていた。
「あっ、ちょっと待って下さいようそんな格好でまた廊下に出ないで下さい、せめて肩を隠してからぁ…!」
襖を開けた輝夜の耳に、その言葉は届かなかった。
外は昼も夜も明るい筈なのに。輝夜の心は真っ暗に沈んでいた。
◆
眠る、と言う行為は生物にとって最も重要であると言っても過言ではない。人間は一日7~9時間の睡眠が必要だし、確か、一日のうち21時間を寝て過ごす動物が居ると聞いた事もあった。つまり、『眠る』とは、生きとし生ける者にとって必要不可欠、生命活動をする上で決して欠くことの出来ない行為である事は疑いの余地も無い。
では。
『死んだ者』にとってはどうなのだろうか。
これもやはり必要なのだと思う。ただ時間軸がずれているだけで、白玉楼の亡霊姫や専属庭師も睡眠をしていると聞いた。しかし、死者の定義は『生命活動をしない事』にある。即ち、呼吸をしない・心配停止・体温低下その他諸々である。半人半霊の庭師は例外として、完全な亡霊である亡霊姫は寝る必要があるのかどうかは謎である。
…以上諸々を統括するに、睡眠とは、『心の拠り所』なのではないだろうか。
一日の精神の疲れを癒す、そういう意味を持った。
それがたまたま生者の場合、肉体の疲れを癒すという意味を付加した。
問う。
生者でもなく死者でもない私の睡眠の意義。
やはり、精神の疲れを癒す為だと思う。
だが、あの夢。
今になって思い出される、過去の咎。
思い出したくなくて、記憶に蓋をした筈の、罪。
ふと、思った。
肉体は生き続けるが、『精神が死んだら』、私はどうなるのだろう。
ただの『永遠に生命活動をする不思議な人形』に成り果てるのか。
どこぞの神社には髪の毛が伸びる人形が奉納されていると、春巫女が言っていた気がする。
…冗談じゃない。
神社に奉納なんて、真っ平だ。
「…姫?お薬をお持ちしましたが…いらっしゃるのならお返事をして下さいませ」
襖の外から聞こえた少し控えめな永琳の声に、輝夜は現実に引き戻された。目がチカチカするのは、ずっと目を閉じていたせいだろうか。再び目を閉じ、両の手の甲でごしごしと目を擦った。
「ええ…入りなさい」
襖が音も無く開き、永琳の顔が覗く。
「では姫、御所望の物はこちらに置いておきますので…」
その隙間から小さな皿に乗った1粒の丸薬を差し入れ、永琳は襖を閉めた。ありがとうとかけた言葉が届いたかどうかは定かではないが、せめてもっと近くまで持ってきて欲しいものだ。やれやれと半分布団に入っていた体を動かし、丸薬を手に取る。小さな球体の胡蝶夢丸は、碧空のような、でも何処か淡い色彩をしていた。輝夜は暫し胡蝶夢丸をしげしげと眺め、おもむろにそれを飲み込んだ。
「…本当に効果があるのかしら、コレ……」
言葉とは裏腹に、抗い難い眠気の波が輝夜を襲う。恐らく睡眠薬のような効果もあるのだろう、永琳が気を利かせたのかもしれない。睡魔に呑まれぬうちに布団にズルズルと(比喩ではない)潜り込んだ輝夜は、欠伸をする暇も無く、深い眠りへと誘われていった。
◆
走っていた。
走っている筈なのに、失踪感というものが全く無く、変わりに、腐った魚のように生臭くて生暖かい空気が纏わり付いていた。
ようやく、気付く。
私は、走っているのではなく、…逃げているのだ。
後ろを振り向くと、異形の怪物が私を追いかけ、なかなか捕まえられずに癇癪を起こし、恐ろしいほど低い声で、不気味な唸りを上げていた。
捕まってはいけない。
本能が警鐘を鳴らし、輝夜はただ我武者羅に走り続けた。
悲鳴を上げるために使用する酸素すら勿体無い。
ぐぃッ!
足元から急にわいて来た無数の手に足を掴まれ、輝夜は派手に地面と突撃。と、思いきや。無数の腐ったような色彩の手に受け止められた。
「やッ……いやあああああああああ!」
だが、どう考えても好意的には取れない。逃げなくては。そう思い立ち上がろうとしても、時既に遅し。際限無くわいて来る手に、輝夜は身体の自由を拘束されていった。
「やめッ、痛い!はッ、離せ、くぅ、離してぇええええええ!!」
ミヂミヂと嫌な音を立てて、無数の手が輝夜の柔らかい肉に食い込んでいく。その手たちは傍から見ても腐っているのに、信じられないほどの握力を有していた。輝夜は足掻き続ける。しかし、手は、足掻けば足掻くほど輝夜を締め付けていった。
いつの間にか近づいていた異形の怪物が、幾つも関節のある、どちらかと言ったら触手に近い腕を何本も伸ばす。途端手達は、自分の役目が終わったと言わんばかりに、地面へと潜っていった。無論、その腕に輝夜を掴ませてから。
「ひぐッ…!」
胸が恐怖で張り裂けそうで、悲鳴すらも上げられなかった。怪物は、輝夜をまるで神聖なものを奉納するかのように高く掲げ、全ての関節をピンと伸ばす。どんどん地面が遠ざかり、冗談にならない高さに達したとき、
「きゃああああああああああああああああああ!?」
手を、離した。
有った筈の地面は溶けたように消えてなくなり、変わりに其処には、グツグツと煮え滾る紫色の毒々しい液体が湛えられた大釜。さながらの、地獄絵図だった。
長い悲鳴、永遠のような時間、今度こその空気を切る疾走感を破ったのは、
「姫ぇええッ!!」
聞き覚えのある声と、救済にのばされた手だった。
◆
「ひッ…ぅ……?」
目の前には木目の活かされた天井、体は温かい布団の中。夢は醒めた筈なのに、まだ浮遊感が残っていた。まるで、脳みそと頭蓋骨の間に水が溜まって、脳がふよふよと浮いているような感じ。少しその情景を想像して、気持ち悪くなってすぐにやめた。ごろんと寝返りを打ち、熱があるのか確かめるように右腕を額の上へとあてがった。
ふと、違和感。
背中全体から、前面腹部にかけての温もり。
肩甲骨下部に当たる、やけに柔らかい何か。
首筋をくすぐる、微かな風。
第三者が居たとして、状況を簡単に説明しよう。
輝夜を抱き枕に、八意永琳が幸せそうに寝息を立てている―
勘違いするには、絶好とも言うべき状況だった。無論、勘違いされる方はそれこそ困り者である。別にそんな野心があった訳でもないし、だいたい永琳がかってに添い寝をしているだけではないか。断じて親密な中をより親密にしようとした訳ではなくこれはあくまで永琳の単独行動であって…
最悪ともいえるタイミングで、襖が開いた。
「輝夜様、夕方ですよ~。いい加減目を覚ましてくださ……」
襖を開けたのは、よりにもよって、地上の兎の統べ役である因幡てゐだった。しかも、丁度襖の方向を向いていた輝夜とてゐの黒い瞳がバッチリあってしまい、筆舌に尽くし難い気まず過ぎる空気が流れた。鈴仙ならばまだ話し合いの余地が有ったものを…。てゐは目の前の光景に目をパチクリとさせ、輝夜、永琳、しかるのち輝夜と視線を移し、
「しッ、失礼しました~~!」
「ちょっ、待っ、これはちがっ、」
輝夜の静止を振り切り、襖を乱暴に閉めて何処かへと走り去っていった。恐らく数刻と立たぬうちに、永遠亭中に尾ひれどころかプロペラの付いた根も葉もない噂が広まっている事だろう。とたとたと聞こえる音が、やけに虚しかった。このどうしようもない怒りはどこにぶつければいいのだろう。答えは、一つしかなかった。
「永琳……!!」
未だ幸せそうに寝息を立てる永琳を布団に置き去りに、輝夜は立ち上がる。輝夜の後ろに物凄く黒いオーラがちらついているのは、気のせいではないだろう。そんな輝夜のどす黒い怒りを知らず、永琳は「ん~」と幸せそうに寝返りを打った。
地獄絵図、確定―
数分後。
元々物の少なかった部屋を、どうすればここまで散らかせるのかが不思議な空間が出来上がった。その空間の真ん中に、服はボロボロ擦り傷打撲も尋常ではない永琳が正座している。
「だからですね、姫…」
只今被告側は弁解の真っ最中である。だがそれを、裁判官兼被害者の輝夜は聞き入れようとしない。と、いうか。妹紅との決闘よりも全力を出し切った気がするし、その証拠に疲労感がかなり濃い。難題どころか神宝もフルで解放したのだ、体力の持つ方がおかしい。
「私の部屋に来たとき姫の様子がちょっとおかしかったのでどうしたのかな~、と思いまして」
「その結果が、誤解を引き起こしかねない添い寝なの?」
「いやしかし、私は熟睡していた訳ですし、そんなにひどい誤解は起きないかと…」
「でも、てゐよ。絶対絶対絶対ぜぇ~~ったい根も葉もない噂を流すに決まってるわ、これが元で私が色ボケた淫乱な姫なんて噂に発展したらどう責任とるつもりかしら?」
輝夜の顔は笑ってはいるが、その笑顔は永琳に有無を言わさぬ圧力をかけていた。まるで、感情のメーターが怒りの部分を通り越して一周回ってしまったような笑顔。
「しかしですね、姫。夢の内容が……内容、ですし…」
その笑顔が、一気に驚きの表情へと変わった。永琳があの夢の内容を知っているとは、輝夜には到底信じられなかった。凍り付いてしまった輝夜を見、永琳は閉じかけた口を再び開く。
「恐らく姫は、『罪の意識』を蓄積しすぎたのです。そして、自身が気付くよりも前に、潜在意識が『夢』として悲鳴を上げた…」
何か言葉を発したかったが、輝夜の口はパクパクと金魚のように動くだけだった。声を絞り出すのに長い時間を有し、ようやく搾り出した言葉は、
「なんで、私の夢…」
ここまでだった。それでも永琳はその先の言葉までを酌みとって、更に言葉を綴る。
「実は、姫に処方した薬…胡蝶夢丸ではないんです。正式名称は無いのですが…対になる丸薬を飲み、対象に触れて眠ることで夢を覗くことが出来る」
適材適所で『胡蝶夢丸』を『丸薬』と変換して欲しい。と、そんな事はどうでもよく、大事なことは…。
プツン。
「ッ…!貴様如きに何が判る!!月から堕とされる辛さが!永遠に続く罪の咎が!!その末、自身の精神にすら脅かされる生活がッ!!」
何かが切れる、音がした。輝夜は華奢な腕で永琳の胸倉を掴み、ずいと引き寄せる。傍から見ればただの八つ当たりだし、輝夜もそのことを否定しようとは思わない。ただ、どうしようもなくあふれ出してくる何かを、止めたかった。
「判りません。判りません、が…」
意外と言えば意外な答え、想定内と言えば想定内の答え。だが、その先に続く言葉は想定外だった。
「その為に、私が居るのではないですか」
理解の出来ない答えに、輝夜は言葉を失う。永琳は瞑想するかのように目を瞑り、再び開けた時には、一種の、決心が宿っていた。
「姫に蓬莱の薬を処方した事を、私は悩み続けました。それが本当に、姫を幸せに出来たのか。答えは否で、いっそ私も罰を受けた方がマシだと思うこともありました。結果、導き出した答えが、姫と同じ存在になること。時間という制約を外し、永遠の罪の咎を背負う。そして今私はココに居ます。姫の罪は、私の罪。1人で背負うには重すぎても…2人で背負えば、2分の1です。ですから。1人で罪を背負い込まないで下さい。1人で自分を苛まないで下さい。2人で分け合えば、いいじゃないですか」
長い台詞を言い終え、永琳は長い息をつく。
輝夜は、何も言い返せなかった。
否。
言い返さなかった。
だって、嬉しかったから。
そして、そんな事を今まで気付かなかった自分が、恥ずかしかったから。
今思えば、永琳の行動全てがそうだった。
月からの死者の、皆殺し。
終わらぬ夜の、欠けた月。
そして、今。
「…そうね。……そうだったわね」
静かに、だが力強く、輝夜は呟いた。
先程までの蟠りは、何処かへと吹っ飛んでいた。
「そうですよ」
「そうね」
ただそれだけで、充分だった。
◆
そんなこんなで、今日も永遠亭は時を刻む。
時々の来訪者とお茶を飲んだり弾幕をかわしたり。
こうして平穏を取り返してみると、いや、元々手放しては居なかったのだが…、自分は、『永遠』でありながら、『刹那』に惑わされていたと思う。
表裏一体のその存在は、私の中にも存在するのだろうか。
幸い私には永遠の時間があるのだ、考える時間など幾らでもある。
だが。
永遠という時は、一人で過ごすには長すぎる。
でも。
「永遠は、長すぎるわ」
「貴方と一緒なら…苦痛じゃ、ない」
END
誰も居ない空間、帰れる筈の無い故郷、永過ぎる永遠。
月夜の晩に、未来永劫という時間をかけても償えぬ罪を、犯した。
罪深い私に課せられた、償い。
私は地上に堕とされ、絶望の淵にいた。
死のうと思っても、私の体は『死』を受け入れてはくれない。
その事自体が私の罪に対する『刑』なのだと思えて、仕方がなかった。
何もかも。
刻。
生。
死。
友。
里。
全てを失った。
と、頬を何かが流れ落ちる感覚を感じ、それが何かを全然理解できなくて、軽く、手を触れてみた。
涙、だった。
安心した。
私、まだ、『感情』は、亡くしてない―…
◆
障子から差し込んでくる暖かい木漏れ日で、ようやく目が覚めた。輝夜は目を薄っすらと開け、やがて、それすらも億劫であるかのように、再び目を閉じた。ぐうたらで怠惰な生活の象徴とも言うべき行為、すなわち二度寝である。そしてそれは、永遠という時間を手に入れてしまった蓬莱山輝夜にとって、この上ない至福の時なのだ。
しかし。
今日は、何かが、違っていた。
変な夢を見た。
ただ、それだけ。
ただ、それだけの筈なのに、胸が締め付けられるような感覚に苛まれる。
「全然眠れないじゃないの……」
輝夜は気だるそうに鈍重な動きで上半身を起こし、長い髪をぼりぼりと掻き毟りつつ、大きな欠伸をした。その姿に月の姫としての気品は微塵も無いが、無論そんな事を気にする様な事は無い。ここ永遠亭は私の家だ、自分の家で幾ら淫らな行為をした所で、江戸の家事の如く噂が広まる訳でも無いだろう、という見解である。さて、長い欠伸がようやく終わり、まだ眠たそうな眼を擦りつつ、輝夜は起き上がった。
「…うん。大分いい目覚めね」
つっこむ役が居ないのをいい事に、輝夜は1人満足そうに頷いて、襖を開けた。永遠亭の特徴の一つに『長い廊下』というのがある。それこそ無限回廊の如き長さで、兎達の中には未だ足を踏み入れたことの無い領域が多々有るほどだ。しかも、各部屋へのドアである襖は全てが同じ柄、同じ大きさ、同じ色、同じ材料…。とにかく間違えやすいのである。おそらく、これらの配置を完璧に記憶しているのは蓬莱山輝夜、八意永琳、因幡てゐの3人程度であろう。
「ふぁ、~~ぅ……まだ寝たりないわ…」
輝夜はぶつぶつと愚痴を呟きながら、足を引き摺るように歩いていく。どうやら他の兎達は、出払っているようだった。いつもは兎達の往来のある廊下に静寂が訪れている辺り、その辺がうかがえた。粗方、竹林へ筍狩りか。今がその時期かどうかは定かではないが、気にしない事にする。夕飯に筍を使用するかしないか、その程度の違いしか生まれないのだ。
考え事をしている間に、いつの間にか目的地を通り過ぎそうになったらしい。危ない危ないと思いつつ、正面にある、辺りのそれと区別の付け難い襖を開けた。
「あら?姫じゃないですか、どうしました?」
「どうしたもこうしたもないじゃない。珍しく早起きをしてみただけよ」
そこは、八意永琳の個室。壁に据え付けられた棚には、不思議な色の液体を容れた試験管や曲がりくねった用途不明の器具、名称が殴り書きされた瓶入りの丸薬などが並んでいた。中でも一際大きな瓶には『胡蝶夢丸』との文字。更に、その脇に申し訳なさそうに置かれている小さな小さな瓶には、『ナイトメアタイプ…服用の際はご注意ください』と、どうすればこれだけの文字が入るのか不思議な注意書きが記されていた。それら全ての持ち主である永琳は、今し方読んでいた本を棚に戻し、輝夜に背中越しで声をかけた。
「本当に珍しいですね…イナバ達に雪かきの準備でもさせておきます」
「ちょっと。それどういう意味よ」
「軽い冗談ですわ」
言わずとも、それは一種の皮肉である。普段なら輝夜が更に食い下がるのだが、今日はそんな気力もわかなかった。
「で、姫。結局何の用で………」
輝夜の方を向いた永琳の表情が、正しくこの比喩こそ当てはまるだろう、凍りついた。そして、何をそんなに驚くことがあるか、と輝夜が言おうとするよりも、永琳は速かった。それは、鈴仙だったとしても同じだろう。何せ、今の輝夜が身に纏っているものは、寝巻きとして使用している薄い真っ白な着物一枚なのである。しかも、片方の肩がはだけてしまっていて、少し下へ引っ張れば、あっという間に一糸纏わぬ姿になりそうな、そんな姿だった。
「ちょっ、姫!なんて淫らな格好してるんですかこれじゃイナバ達に示しが付きません、ってもしかして姫の寝室からココまでそんな姿で歩いて来られたんですか、ちょっと!姫には羞恥心ってものが無いのですか少しは考えてください着替えは姫の部屋にあるでしょう、こんな歴史残しちゃったらあのワーハクタクと不死鳥娘に弱み握られちゃいますよこの間の猫耳みたいにッ!!」
無論主人のそんな淫らな姿を見れば、誰しもが慌てふためくだろう。それは永琳とて例外ではなかった。そんな心情をつゆ程も知らずに輝夜は、永琳の怒涛の弾幕の如き怒声を涼しげな顔で受け流し、一言。
「気持ちよく二度寝したいから、胡蝶夢丸を頂戴」
「それならせめて上着くらい羽織って来て下さい!」
流石は1000年以上の永きを生き続けた姫、落ち着き具合が只者ではない。それを言うなら永琳も同じ位の永きを生き抜いてはいるのだが、やはりそこは、生まれ持った何かの違いなのか。
「え~~…めんどくさい」
だが、このぐうたらさんにそんなカリスマ的な物が宿っているかどうかは怪しいものである。今し方も、体裁など関係無いとでも言いたげに、大きな欠伸を一つする。永琳は諦めたように溜息を吐き出した。
「胡蝶夢丸ですか?…まぁ、処方出来ない事も無いですが……」
「じゃあいいじゃないの」
「はぁ……判りましたよう」
仕方なしそうに薬棚を漁り始めた永琳を見つつ、輝夜は再び大きな欠伸をする。別に、そんなに渋ることではないではないか。そんな事も思ったが、結果的に渡してくれる事となったのだ、文句は言うまい。
「それじゃあ、永琳。私は先に部屋に戻ってるから、すぐに持ってきて頂戴ね」
これ以上起きているのも辛い。いい加減眠りたかった。
…でも、と思い立つ。
さっき二度寝しようとした時は、眠気なんて無かった筈だ。
締め付けるような胸の痛み。
いつの間にか、それは、何処かへと行ってしまっていた。
「あっ、ちょっと待って下さいようそんな格好でまた廊下に出ないで下さい、せめて肩を隠してからぁ…!」
襖を開けた輝夜の耳に、その言葉は届かなかった。
外は昼も夜も明るい筈なのに。輝夜の心は真っ暗に沈んでいた。
◆
眠る、と言う行為は生物にとって最も重要であると言っても過言ではない。人間は一日7~9時間の睡眠が必要だし、確か、一日のうち21時間を寝て過ごす動物が居ると聞いた事もあった。つまり、『眠る』とは、生きとし生ける者にとって必要不可欠、生命活動をする上で決して欠くことの出来ない行為である事は疑いの余地も無い。
では。
『死んだ者』にとってはどうなのだろうか。
これもやはり必要なのだと思う。ただ時間軸がずれているだけで、白玉楼の亡霊姫や専属庭師も睡眠をしていると聞いた。しかし、死者の定義は『生命活動をしない事』にある。即ち、呼吸をしない・心配停止・体温低下その他諸々である。半人半霊の庭師は例外として、完全な亡霊である亡霊姫は寝る必要があるのかどうかは謎である。
…以上諸々を統括するに、睡眠とは、『心の拠り所』なのではないだろうか。
一日の精神の疲れを癒す、そういう意味を持った。
それがたまたま生者の場合、肉体の疲れを癒すという意味を付加した。
問う。
生者でもなく死者でもない私の睡眠の意義。
やはり、精神の疲れを癒す為だと思う。
だが、あの夢。
今になって思い出される、過去の咎。
思い出したくなくて、記憶に蓋をした筈の、罪。
ふと、思った。
肉体は生き続けるが、『精神が死んだら』、私はどうなるのだろう。
ただの『永遠に生命活動をする不思議な人形』に成り果てるのか。
どこぞの神社には髪の毛が伸びる人形が奉納されていると、春巫女が言っていた気がする。
…冗談じゃない。
神社に奉納なんて、真っ平だ。
「…姫?お薬をお持ちしましたが…いらっしゃるのならお返事をして下さいませ」
襖の外から聞こえた少し控えめな永琳の声に、輝夜は現実に引き戻された。目がチカチカするのは、ずっと目を閉じていたせいだろうか。再び目を閉じ、両の手の甲でごしごしと目を擦った。
「ええ…入りなさい」
襖が音も無く開き、永琳の顔が覗く。
「では姫、御所望の物はこちらに置いておきますので…」
その隙間から小さな皿に乗った1粒の丸薬を差し入れ、永琳は襖を閉めた。ありがとうとかけた言葉が届いたかどうかは定かではないが、せめてもっと近くまで持ってきて欲しいものだ。やれやれと半分布団に入っていた体を動かし、丸薬を手に取る。小さな球体の胡蝶夢丸は、碧空のような、でも何処か淡い色彩をしていた。輝夜は暫し胡蝶夢丸をしげしげと眺め、おもむろにそれを飲み込んだ。
「…本当に効果があるのかしら、コレ……」
言葉とは裏腹に、抗い難い眠気の波が輝夜を襲う。恐らく睡眠薬のような効果もあるのだろう、永琳が気を利かせたのかもしれない。睡魔に呑まれぬうちに布団にズルズルと(比喩ではない)潜り込んだ輝夜は、欠伸をする暇も無く、深い眠りへと誘われていった。
◆
走っていた。
走っている筈なのに、失踪感というものが全く無く、変わりに、腐った魚のように生臭くて生暖かい空気が纏わり付いていた。
ようやく、気付く。
私は、走っているのではなく、…逃げているのだ。
後ろを振り向くと、異形の怪物が私を追いかけ、なかなか捕まえられずに癇癪を起こし、恐ろしいほど低い声で、不気味な唸りを上げていた。
捕まってはいけない。
本能が警鐘を鳴らし、輝夜はただ我武者羅に走り続けた。
悲鳴を上げるために使用する酸素すら勿体無い。
ぐぃッ!
足元から急にわいて来た無数の手に足を掴まれ、輝夜は派手に地面と突撃。と、思いきや。無数の腐ったような色彩の手に受け止められた。
「やッ……いやあああああああああ!」
だが、どう考えても好意的には取れない。逃げなくては。そう思い立ち上がろうとしても、時既に遅し。際限無くわいて来る手に、輝夜は身体の自由を拘束されていった。
「やめッ、痛い!はッ、離せ、くぅ、離してぇええええええ!!」
ミヂミヂと嫌な音を立てて、無数の手が輝夜の柔らかい肉に食い込んでいく。その手たちは傍から見ても腐っているのに、信じられないほどの握力を有していた。輝夜は足掻き続ける。しかし、手は、足掻けば足掻くほど輝夜を締め付けていった。
いつの間にか近づいていた異形の怪物が、幾つも関節のある、どちらかと言ったら触手に近い腕を何本も伸ばす。途端手達は、自分の役目が終わったと言わんばかりに、地面へと潜っていった。無論、その腕に輝夜を掴ませてから。
「ひぐッ…!」
胸が恐怖で張り裂けそうで、悲鳴すらも上げられなかった。怪物は、輝夜をまるで神聖なものを奉納するかのように高く掲げ、全ての関節をピンと伸ばす。どんどん地面が遠ざかり、冗談にならない高さに達したとき、
「きゃああああああああああああああああああ!?」
手を、離した。
有った筈の地面は溶けたように消えてなくなり、変わりに其処には、グツグツと煮え滾る紫色の毒々しい液体が湛えられた大釜。さながらの、地獄絵図だった。
長い悲鳴、永遠のような時間、今度こその空気を切る疾走感を破ったのは、
「姫ぇええッ!!」
聞き覚えのある声と、救済にのばされた手だった。
◆
「ひッ…ぅ……?」
目の前には木目の活かされた天井、体は温かい布団の中。夢は醒めた筈なのに、まだ浮遊感が残っていた。まるで、脳みそと頭蓋骨の間に水が溜まって、脳がふよふよと浮いているような感じ。少しその情景を想像して、気持ち悪くなってすぐにやめた。ごろんと寝返りを打ち、熱があるのか確かめるように右腕を額の上へとあてがった。
ふと、違和感。
背中全体から、前面腹部にかけての温もり。
肩甲骨下部に当たる、やけに柔らかい何か。
首筋をくすぐる、微かな風。
第三者が居たとして、状況を簡単に説明しよう。
輝夜を抱き枕に、八意永琳が幸せそうに寝息を立てている―
勘違いするには、絶好とも言うべき状況だった。無論、勘違いされる方はそれこそ困り者である。別にそんな野心があった訳でもないし、だいたい永琳がかってに添い寝をしているだけではないか。断じて親密な中をより親密にしようとした訳ではなくこれはあくまで永琳の単独行動であって…
最悪ともいえるタイミングで、襖が開いた。
「輝夜様、夕方ですよ~。いい加減目を覚ましてくださ……」
襖を開けたのは、よりにもよって、地上の兎の統べ役である因幡てゐだった。しかも、丁度襖の方向を向いていた輝夜とてゐの黒い瞳がバッチリあってしまい、筆舌に尽くし難い気まず過ぎる空気が流れた。鈴仙ならばまだ話し合いの余地が有ったものを…。てゐは目の前の光景に目をパチクリとさせ、輝夜、永琳、しかるのち輝夜と視線を移し、
「しッ、失礼しました~~!」
「ちょっ、待っ、これはちがっ、」
輝夜の静止を振り切り、襖を乱暴に閉めて何処かへと走り去っていった。恐らく数刻と立たぬうちに、永遠亭中に尾ひれどころかプロペラの付いた根も葉もない噂が広まっている事だろう。とたとたと聞こえる音が、やけに虚しかった。このどうしようもない怒りはどこにぶつければいいのだろう。答えは、一つしかなかった。
「永琳……!!」
未だ幸せそうに寝息を立てる永琳を布団に置き去りに、輝夜は立ち上がる。輝夜の後ろに物凄く黒いオーラがちらついているのは、気のせいではないだろう。そんな輝夜のどす黒い怒りを知らず、永琳は「ん~」と幸せそうに寝返りを打った。
地獄絵図、確定―
数分後。
元々物の少なかった部屋を、どうすればここまで散らかせるのかが不思議な空間が出来上がった。その空間の真ん中に、服はボロボロ擦り傷打撲も尋常ではない永琳が正座している。
「だからですね、姫…」
只今被告側は弁解の真っ最中である。だがそれを、裁判官兼被害者の輝夜は聞き入れようとしない。と、いうか。妹紅との決闘よりも全力を出し切った気がするし、その証拠に疲労感がかなり濃い。難題どころか神宝もフルで解放したのだ、体力の持つ方がおかしい。
「私の部屋に来たとき姫の様子がちょっとおかしかったのでどうしたのかな~、と思いまして」
「その結果が、誤解を引き起こしかねない添い寝なの?」
「いやしかし、私は熟睡していた訳ですし、そんなにひどい誤解は起きないかと…」
「でも、てゐよ。絶対絶対絶対ぜぇ~~ったい根も葉もない噂を流すに決まってるわ、これが元で私が色ボケた淫乱な姫なんて噂に発展したらどう責任とるつもりかしら?」
輝夜の顔は笑ってはいるが、その笑顔は永琳に有無を言わさぬ圧力をかけていた。まるで、感情のメーターが怒りの部分を通り越して一周回ってしまったような笑顔。
「しかしですね、姫。夢の内容が……内容、ですし…」
その笑顔が、一気に驚きの表情へと変わった。永琳があの夢の内容を知っているとは、輝夜には到底信じられなかった。凍り付いてしまった輝夜を見、永琳は閉じかけた口を再び開く。
「恐らく姫は、『罪の意識』を蓄積しすぎたのです。そして、自身が気付くよりも前に、潜在意識が『夢』として悲鳴を上げた…」
何か言葉を発したかったが、輝夜の口はパクパクと金魚のように動くだけだった。声を絞り出すのに長い時間を有し、ようやく搾り出した言葉は、
「なんで、私の夢…」
ここまでだった。それでも永琳はその先の言葉までを酌みとって、更に言葉を綴る。
「実は、姫に処方した薬…胡蝶夢丸ではないんです。正式名称は無いのですが…対になる丸薬を飲み、対象に触れて眠ることで夢を覗くことが出来る」
適材適所で『胡蝶夢丸』を『丸薬』と変換して欲しい。と、そんな事はどうでもよく、大事なことは…。
プツン。
「ッ…!貴様如きに何が判る!!月から堕とされる辛さが!永遠に続く罪の咎が!!その末、自身の精神にすら脅かされる生活がッ!!」
何かが切れる、音がした。輝夜は華奢な腕で永琳の胸倉を掴み、ずいと引き寄せる。傍から見ればただの八つ当たりだし、輝夜もそのことを否定しようとは思わない。ただ、どうしようもなくあふれ出してくる何かを、止めたかった。
「判りません。判りません、が…」
意外と言えば意外な答え、想定内と言えば想定内の答え。だが、その先に続く言葉は想定外だった。
「その為に、私が居るのではないですか」
理解の出来ない答えに、輝夜は言葉を失う。永琳は瞑想するかのように目を瞑り、再び開けた時には、一種の、決心が宿っていた。
「姫に蓬莱の薬を処方した事を、私は悩み続けました。それが本当に、姫を幸せに出来たのか。答えは否で、いっそ私も罰を受けた方がマシだと思うこともありました。結果、導き出した答えが、姫と同じ存在になること。時間という制約を外し、永遠の罪の咎を背負う。そして今私はココに居ます。姫の罪は、私の罪。1人で背負うには重すぎても…2人で背負えば、2分の1です。ですから。1人で罪を背負い込まないで下さい。1人で自分を苛まないで下さい。2人で分け合えば、いいじゃないですか」
長い台詞を言い終え、永琳は長い息をつく。
輝夜は、何も言い返せなかった。
否。
言い返さなかった。
だって、嬉しかったから。
そして、そんな事を今まで気付かなかった自分が、恥ずかしかったから。
今思えば、永琳の行動全てがそうだった。
月からの死者の、皆殺し。
終わらぬ夜の、欠けた月。
そして、今。
「…そうね。……そうだったわね」
静かに、だが力強く、輝夜は呟いた。
先程までの蟠りは、何処かへと吹っ飛んでいた。
「そうですよ」
「そうね」
ただそれだけで、充分だった。
◆
そんなこんなで、今日も永遠亭は時を刻む。
時々の来訪者とお茶を飲んだり弾幕をかわしたり。
こうして平穏を取り返してみると、いや、元々手放しては居なかったのだが…、自分は、『永遠』でありながら、『刹那』に惑わされていたと思う。
表裏一体のその存在は、私の中にも存在するのだろうか。
幸い私には永遠の時間があるのだ、考える時間など幾らでもある。
だが。
永遠という時は、一人で過ごすには長すぎる。
でも。
「永遠は、長すぎるわ」
「貴方と一緒なら…苦痛じゃ、ない」
END
ラストを読んで、そんなフレーズが頭をよぎった私は20歳
あともうひとつだけ
>まるで、脳みそと頭蓋骨の間に水が溜まって、脳がふよふよと浮いているような感じ。
実際の話、脳って言うのは液体に、脳脊髄液に浮いている状態らしいですよ。
申し訳ありません、以下レス返しです。
>名前が無い程度の能力様
マヂですかッΣ( ゚д゚)
知りませんでした、ううむ。確かにそういった液体に浮いてないと、頭蓋で締め付けられちゃいますもんね…。