Coolier - 新生・東方創想話

愛のないお話

2012/04/02 01:44:17
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 言葉は人間のものである。死人は人間に非ず。故に死人に口なし。

 此岸と彼岸は対立する。此岸とは現であり実である。ならば彼岸は虚であろう。
 無は無以外の何者でもない。無は実と虚を隔てる。無とは境界である。

 陰陽。即ち正と負。正とは正しきものである。負とは悪しきものである。陰陽を代表するものは二つ巴である。正が負を生み負が正を生む。輪廻転生。
 負は自然にない。自然にないとはどういうことか。人工なのである。

 正と負の境界は何か。無だろうか。間違ってはいない。但し正解でもない。
 実の世界から虚は見えない。そこにどんな複雑な過程があろうとも、それを測り知ることは出来ず、只々結果を見るのみである。故に見るのは無である。しかし虚も、この厚みを持たない境界線上に無限大の広さを持って、正と負の橋渡しをするのである。


 西行寺幽々子は冥界は白玉楼の主である。二百由旬とも言われる広大な屋敷に使用人と共に悠々と暮らしている。幽々子はもう1000年以上も前に死んでいる。嘗ては蘇ろうともしていたが、一度失敗してから諦めたようである。
 白玉楼の使用人のうちの一人が半人半霊の魂魄妖夢である。雇用上は庭師だが幽々子から様々な雑事を押し付けられてはなんとか熟している。

 夕食時。幽々子は鮎の塩焼きを一欠口に含んで、塩気が少し足りない、と背後の庭師兼料理人に目をやることもなく伝えた。そして塩焼きを嚥下したが、胃袋に届くことはなかった。白銀の刃が一閃して、やがて鞘に帰った。頭が不自然に傾いて、首を離れ、畳を転がって、縁側で横倒しに庭を向いた。体は体で霊体を満たした液状の物質が噴水のように吹き出した。激しく痙攣し、バランスを失って座卓に倒れこんだ。霊体内の物質が外部に散逸するに連れて体と頭は透き通って、消滅した。妖夢は寸前に、幽々子の口角が上がるのを見た気がした。不可解だったが、疑問は証拠をもみ消す間に共に消えてしまった。他の使用人を始末して、事が発覚する前に白玉楼からできるだけ離れた地に逃げることにした。
 逃げ続けた。あの傲慢な死霊は仮にも冥界の管理者である。殺せば冥界の機構に支障を来さぬはずがない。そうすればこれは「異変」となって、化物じみた巫女による懲罰を逃れ得ない。甚だしくは、命を失うだろう。だから来るべき追手の兆候を探るために情報収集を欠かさなかった。
 1日が経った。冥界に妖怪がいたらしい。しかし普通妖怪も人間も、結界によって冥界に入り込むことはできないはずである。幽々子が死んで結界が弱まったのだろうか。いや、結界は幽々子の管轄ではないはずだ。また、死霊が消えているらしい。例の妖怪が死霊を食っているのだろう。
 2日が経った。妖怪を何匹も見たという噂が広まっていた。そしてついに白玉楼の事件がバレた。まもなく巫女が来る。逃げる足を早めた。
 3日が経った。予想外の事態になった。冥界に湧いた妖怪と消える死霊の噂は一つの異変として収束した。結果、主犯格の妖怪が巫女に滅せられた。もぬけの殻となった白玉楼は、その妖怪の犠牲として片付いた。訳が分らない。だがこれは好機かもしれない。強大な妖怪が現れたから自分は外へ助けを呼びに行ったことにすれば、主人殺しの咎を逃れて堂々と暮らすことが出来る。しかし危険過ぎる。敵を前に逃亡して3日も姿をくらますというのは、自身の普段の行動を鑑みれば不自然であるし、当の妖怪の姿形を知らないのではこの大嘘を吐き通すのは難しいと感じた。何より冥界で広まっている噂が巫女の罠で無いとも言い切れない。
 それにしても納得行かないのは突然冥界に湧いた妖怪のことである。結界に小細工をした可能性はない。一匹や二匹ならば、結界を越えるような能力を持っていた、で済むが多数となれば結界を越えた説明がつかない。あるいは「冥界に送り込む」ような能力でもって多数の妖怪に襲撃させたか。しかしあえて組織的に冥界を襲う理由が思い当たらない。
 妖怪が偶然紛れ込むこともある。そういう時のために庭師兼料理人兼剣士が必要なのだ。もしそれが「妖怪を増やす」類の能力をもった妖怪だったなら。「妖怪を増やす」?
 死霊が消えた。いや、減った。「死霊が減った」。
 一方が増え、一方が減る。相互に無関係なのではなく、一つの変化だとしたら。
 「冥界に送り込む」。どこかで聞いた言葉だ。忌々しいあいつの、死を操る能力。人間を死霊に「変化」させる能力。


 言葉は人間のものである。己を以って正当と言わないものはない。故に人間は正である。
 正に害為すものは悪である。故に妖怪は悪である。悪とは負である。

 正の実は正の虚に。正の虚は負の実に。負の実は負の虚に。負の虚は正の実に。輪廻。

 人間を死霊に変える力。即ち正の実を正の虚に変える力。
 その力を持つ死霊。即ち虚。
 死霊を妖怪に変える力。即ち正の虚を負の実に変える力。
 その力を持つ妖怪。即ち負。


 妖夢は理解した。殴りつけるような衝撃が側頭を貫いた。遅れて、地底より深い絶望が身を凍えさせ、太陽より熱い憤怒が心を灼いた。腰が砕けてへたり込む。冷汗と熱涙が全身を濡らす。震える手で刀の柄を握る。消魂落魄。


 幽々子は嘗て反魂術に失敗した。死霊から人間への変化である。人間は自ずと死ぬ。死んで死霊になる。これは流れである。流れに棹させば容易く、逆らえば難い。急がば廻れだ。
 だが巡ることもそう容易くはない。幽々子は虫籠の中の蝶々だ。无寿の国に全うする天寿はなく、其処の管理者に封ぜられては結界を越えて外出することも能わない。だから自分を殺す道具を拵えた。感情的で直向き、戦術に長け尚且つ半人。こうまでの適材となれば運命的と言うほかない。
 難題をこれでもかと押し付けた。特に戦闘においては妖夢の能力では勝ち目がない相手に向かわせた。常に相手は格上だから、手加減を知らずに育った。直向きだから負けても挫けずに何度でも戦わせることができた。感情と力に任せた刃は日増しに切れ味を増していった。同時に、繰り返される難題に反抗心も育っていった。そしていよいよ刃先は主人に向けられた。
 全ては掌上である。あとは地獄を通って人間に蘇るのみであった。しかし一つ重大な誤算をした。死霊として死後、幽々子は妖怪になって異変を起こした。その件で20もの極楽の死霊を妖怪にした。否、殺した。殺害することは悪事である。死霊としての最期、幽々子は妖夢をして己を殺させた。悪事を強いることもまた悪事である。死霊としての死後、己を殺させることを以って妖夢を自殺させた。間接に半人をといえども殺人は大悪である。量刑もって幽々子は無間地獄に落とされた。落ち切るまでに2000年、落ち切ってから数千万年ともいわれる歳月を筆舌に尽くし難い苦痛と共に過ごすことになる。退屈に耐えられなかった極楽での1000年を、地獄で幾度回顧することだろう。或いは、他力本願して救済を待つこともできるかもしれない。しかし人を道具の如く扱った幽々子に、差し伸べられる手などあろうものか。
はじめまして。
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コメント



0.310簡易評価
3.80さとしお削除
面白く感じるのに三回かかった
陰陽の円がまだ、脳内でくるくる回っている
5.60桜田門前の妖怪小娘削除
仏教の輪廻転生観をちらほらと思い出しますね。
それにしても醜いなぁ、精神世界。
愛が無ければ視えないものが、なんとも救い難い。
6.90奇声を発する程度の能力削除
お話全体に渋みを感じました
11.90名前が無い程度の能力削除
正の実・正の虚・負の実・負の虚の関係は単純な四つ巴というより、平面な正負の巴を球状の虚実の巴が包んでいるような立体構造なのかなと想像しました。
ともあれ、ゆゆ様はこれくらい悪辣に書かれるのがよい。
13.無評価名前が無い程度の能力削除
人を道具のように扱ったというのがちょっとわからない。死なせただけでは?使役したのは単に妖夢だけでは。全体に自分ロジックで書いている流れなので完成度という点では低めの印象です。いきなり「急がば廻れだ」とか文章も謎接続が多少。で完成度がないとなるとこの手の話は単純につまらない。そもそも善悪の別がないのが東方の魅力なのに、悪を先鋭的にテーマ化するわけがわからない。文章の彫琢は考えておられるようなので、もっと完成された作品を見てみたい気がします。