Coolier - 新生・東方創想話

片道切符

2010/11/23 20:53:38
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 川霧が立ちこめる三途の川に一つの影が現れた。
 影は船であった。普段、三途の川を渡っている死神の舟とは明らかに異質のものである。
 三途の川を突き進むその船には、小野塚小町と十人分の魂の姿。
 魂たちは長机一台につき五人ずつ配置されている。二台ある長机は定員分埋まっていた。
 長机の上には蟹が置かれており、魂たちは黙々と蟹の身を取っている。
 蟹の身は一定量溜まると中央のドラム缶の収められた。残った殻は魂の足元で雑多に転がっている。
「四番、動きが止まってるよ」
 船首の方から、パイプ椅子に座った小町が四番と番号が付けられた魂を注意した。
 注意された魂は小町の方を向き、抗議の気色を見せた。
 それに便乗してか周りの魂たちも作業を止め、小町に対して敵意を向ける。
「お? 何だ反抗するってのかい」
 小町はパイプ椅子から立ち上がり、魂たちを見やって愉快そうに笑った。



 ――三途の川の蟹工船。
 徳の低い魂たちは長い渡航の時間を労働にあてさせ、少しでも地獄の財政に還元されるよう考案された新事業。
 そこで船頭兼作業監督を任されている小野塚小町と魂たちは日夜、三途の川で獲れた蟹と向き合う。
 そうして作業員たちが苦心して集めた蟹の身は、地獄にある工場で缶詰にされ出荷される。
 絶滅した蟹で作られる是非曲直庁印の蟹缶は古参妖怪には懐かしい味、それ以外には幻の味と評判の逸品。
 是非曲直庁の一部では蟹神話が囁かれているほど期待の新事業である。



 彼岸では現世を名残惜しむ魂たちに交じって、四季映姫が川霧を見つめていた。
 川霧が濃く対岸を望む事はかなわないが、在りし日の思い出を投影するのに、霧は丁度良いスクリーンとなっている。
 死者の思いは霧に映しだされ、その思いは三途の川を越えることはない。
 霧は死者の思いが現世の人間に影響を及ぼさない様、思いを遮る役目を担っているのであった。
 そんな霧から物々しい雰囲気の船が一隻、姿を見せる。
 船は桟橋に付けられ、船中から勢いよく何かが飛び出す。
「敵は是非曲直庁にあり!」
 飛び出してきたのは映姫にとって顔馴染みの死神と、十人分の魂であった。
 額に鉢巻を締めた一団は、小町を先頭に是非曲直庁のある方へと気勢を上げながら走り始めた。
 映姫は慌てた様子で飛び、小町たちの前に回り込む。
「小町、一体これは?」
「え!? 四季様、どうしてここに」
「所用で貴女に会う必要がありましたので、こちらまで出向いたのです。さて、この騒ぎは一体何かしら」
 小町は一瞬たじろぐ様子を見せたが、すぐに昂然とした顔つきで口を開いた。
「あたいらは不当な労働を強いられている現状を打破するべく、起ち上がったんですよ」
 小町の後ろにいる魂たちも今こそ決起の時と意気を上げている。
「我々の要求が通らないとなれば、サボタージュも考えている!」
「分かりました。蟹工船事業は一時凍結としましょう」
「え、いいんですか」
 あっさりと了承され、小町と魂たちはすっかり気勢を削がれた。
 映姫は大人しくなった魂たちに審判を待つよう指示し、一団は解散させられ、残ったのは小町と映姫の二人。
 映姫は周囲に魂がいないのを確認し、話を始めた。
「実は今度新たに保険業へ参入しようかと是非曲直庁の上層部で話し合いがなされたのですが、その保険業を試験的に幻想郷で行って、その結果により保険業参入の是非を決めたいとのことで、私に話がきたのです」
「保険って何を補償するんですか」
「賽の河原って知っているでしょう。そこに行かざるを得ない子の石積みの免除」
「いいんですか? 免除して」
「ああ、地蔵だったころの血が騒ぐわ……」
「へえ、血が通ってたんですか。一種のホラーですね」
 ――この時、今まで小町が額に巻いていた『サボタージュ伝説』と書かれた鉢巻は、その姿を消した。
 虚空に舞うは一片の布切れ。歴史に刻まれることなく終わった伝説の残滓。
 布切れは風の悪戯かひらひらと小町の手に運ばれてきた。
 小町はそれをグッと握りしめ、懐の財布に入れた。
 映姫は何事もなかったかの様に話を続ける。
「まあ、そういう事で、貴女に保険の営業をお願いしたいのよ」
「じゃあ船頭の仕事はどうするんですか?」
「是非曲直庁から臨時に人員が派遣されるので心配しなくていいわ」
 映姫の言葉は問答に終止符を打った。



 ある日の人里、人の往来から少し離れた場所にある楓、大きな鎌を持った小町がその木陰に座っていた。
 そこかしこから飯の匂いが漂ってくる。もうすぐ昼時であった。
 胡坐をかいた小町の目の前には保険のパンフレットと蟹缶を包んだ風呂敷。各家庭を訪ね回っている最中である。
 人里をもう半分は回ったが、保険に加入してくれたのは一軒だけであった。
 今の幻想郷は以前と比べて平穏なものであり、年少者の死というのは身近ではなくなってきている。
 小町は今日会った、ある人を思い返す。
 そんな世で、この保険に加入してくれた奇特な人物、霧雨店の店主。
 霧雨店といえば霧雨魔理沙の生家である。
 魔理沙は勘当されたも同然の身である、と耳にしたことのある小町は、その加入希望に目頭が熱くなった。
「泣かせるじゃねえか!」
 今思い出しても声に出してしまう程、店主の不器用な愛情。
「泣かせるじゃねえか!」
 様々な人妖と弾幕ごっこに興じる魔理沙を、陰ながら心配している親心。
「泣かせるじゃねえか!」
「おい、大丈夫か? 頭でも打ったのか?」
「いいや、心を打たれたんだ……」
「そうか、心を……」
 ハッとして小町が顔を上げると、哀れみの表情を浮かべる上白沢慧音がそこにいた。
 慧音は小町の手をとり、立つように促す。
「一緒に永遠亭へ行こう。腕は確かな医者がいるから」
「折角だけど、あたいは医者いらずなんだ。気遣いはありがたいけどね」
「そうか、医者いらずを……」
 先程から同情する様に語りかけてくる慧音を小町は逆に心配に思った。
「お前さんこそ医者に診てもらった方がいいんじゃないか?」
「おや、これは一体何かな」
 慧音は小町の言葉を無視して、地面に置かれたパンフレットに手を伸ばす。
「賽の河原免罪保険? 年間二円でのご契約? 今なら粗品で蟹缶が……」
 パンフレットを読みあげている慧音の傍で、小町は仕事の支度を始めた。
 出来れば日が暮れる前には家に帰りたかった。
「おい、これは実の子供ではなくても加入できるか?」
「はあ?」
 小町は意外な質問に目を丸くした。
「あたいは別に問題ないと思うけど……」
「そうか、それはよかった。……実は里のはずれに住んでいる一家がいるんだが、そこの娘は難病を抱えていて、親より長くは生きられないと医者に宣告されている」
「それはまあ運のない」
 親より先に逝ってしまうと親不孝の罰により、賽の河原で石を積まなければならない。
 無鉄砲が祟って亡くなるのだったら、少しは分かるが、それでも理不尽なシステムだと小町も思う時がある。
 慧音の話は続く。
「そんな一家に、この保険はまさに救いの手みたいなものだろうが、如何せん一家には金がない」
「それでお前さんが肩代わりしてやろうってのかい」
「ああ、その家に向かう途中にお前に遇えてよかった。そうだ、お前も一緒に行かないか?」
「泣かせるじゃねえか!」
「先に永遠亭へ行こうか……」
 慧音の心底心配するような目が小町には痛かった。
「冗談だよ。それじゃあその一家のところへ行くとするか」
 小町は風呂敷を鎌の柄の部分に括りつけ、慧音の後を追った。



 里のはずれに建っている民家の前に着いた。
 今にも森に飲み込まれてしまうかのような、存在の希薄さを訪れる者に感じさせる。
「本当に人が住んでいるか?」
「住んでいるとも。――御免下さい、上白沢慧音です」
 戸を開け、家の中へと入る。
 そこには中年の女性が一人、忙しなく働いていた。
 中年の女性は慧音たちを見て、駆け寄ってくる。
「こんにちは慧音先生。……あら、お連れの方は?」
「初めまして、小野塚小町だよ。職業は公に務める公務員」
「小野塚さんですね。ご丁寧にどうもありがとうございます。……あ、私はクシと申します」
 それからクシと名乗った中年の女性は慧音と軽く会話し、どうぞこちらにと奥の部屋へと慧音たちを案内した。
 襖を開くと一人の少女が布団で横になっているのが見える。
 少女は慧音たちの姿を見ると、体を起こし会釈した。
「イネ、無理しなくてもいいぞ」
 イネと呼ばれた少女は一言断って、また横になった。
 小町はクシにしたようにイネにも自己紹介をする。
 最初は小町を怯えた目つきで見ていたイネも、小町に対して慣れた様子であった。

 ――その後は、三人でただ世間話をするだけして、慧音と小町はその家を後にした。



「どうだった小町」
 帰り道、慧音が不意に尋ねた。
「どうってまあ、大変じゃないか」
 慧音の問いに小町は単純にそう答えた。
「手足が麻痺してしまって日々の生活も不自由らしいし」
「確かにそうだな……。質問を変えよう。何故お前を連れて行ったと思う?」
「気まぐれじゃねえか!?」
 小町は素直に答えた。それしか思いつかなかったというのもある。
「違う。……実はあの子に死神と会わせて、少しでも死の恐怖を和らげてやりたかったからだ」
 小町を見つめて、慧音は真剣な顔で告白を始めた。



 あれはいつだったか……、そうだ花が咲き乱れる異変が起こった時だったか。
 四季を無視して様々な花が開花し、郷は極彩色に染まっていた。
 一部の人妖はこの異変を解決しよう躍起になっていたが、人里の守護者である私は特に行動するでもなかった。
 歴史を紐解けば危険なものではないことは、すぐに分かったからな。
 そんな時、あの子が頭に浮かんだ。
 あの身体では外に出ることも一苦労だろう。この景色を見られずにいるのではと思ってね。
 すぐに飛んでいった。空から一望する郷は、この世のものとは思えないもので、まさしく楽園だった。
 あの子の家に着いた時には、早く見せてやりたいと胸の鼓動が高鳴ったほどだ。
 あの子は楽園の住人ではなく、あの家の住人だった。
 楽園にいながら、楽園が見えぬ。病はあの子を家に縛って離さない。
 私は丁重にあの子を抱え、外に連れ出し、そっと地面を離れ、空へ近づく。
 あの子に、ここは楽園なのだと思わせるのに時間はかからなかった。
 身体に障らぬよう長くは見れなかったが、それだけで充分だった。
 あの子の笑顔はとても眩しいものだったからな。
 ……ここから本題に入る。
 地上に降り立とうとした時に、あの子は『あの世はどんなところ何だろう』と呟いたのだ。
 私は死神ならよく知っているだろうな、と答えた。
 阿求殿から彼岸について聞いたことがあって、少しは知識があったのでな。
 そうしたら『死神って本当にいるの?』と怯えた声で言われた。
 私はその時、阿求殿の幻想郷縁起の草稿に書かれていた死神の記述を思い出した。
 それからはお前が人里に来るのを待つことがになった。
 私も寺子屋での授業や人里の守護で里をそんなに離れるわけにはいかなかったからな……。



 慧音の告白は終わった。
 二人の間にただ沈黙が流れた。
「これ」
「ん?」
 小町は懐から財布を取り出し、中に入っていた布切れを慧音に突き出した。
「何だこれは?」
「此岸発、彼岸逝きの片道切符さ。三途の川を渡るとき、あたいに見せたら優先的に送ってやるよ」
 あの子に渡してあげな、と小町は言って、そのまま逃げるように去っていった。
 慧音は追いかけようとしたが、やめた。今度逢ったら礼を言おうと心に決めた。



 小町は彼岸に帰ったのではなく、永遠亭へと足を運んでいた。
 慧音に再三勧められたから来たのではない。
「里のはずれに住んでいる子供のことなんだけどさ」
 小町は八意永琳を訪ねていた。
「あの子がどうかしたのかしら」
「いやなに、あんたなら治せるんじゃないかと思ってね」
 突然やってきて質問してくる小町に不信感を抱きながらも永琳は答える。
「治療すれば寿命は確かに伸びるわ」
「へえ、治さないのは何でだい」
 小町はそれが疑問だった。
 永琳ほどの医者なら治療薬を作るのも不可能ではないと考えたのだ。
 しばらく黙って永琳は口を開いた。
「あの子はね、脊髄に腫瘍が出来てしまっているの。その腫瘍が脊髄を損なわせた結果、手足の麻痺を起こす。もちろん腫瘍を取り除けばこれ以上症状が悪くなることは無いけど、麻痺はそのまま残ってしまうのよ」
 小町は永琳の言葉を聞いて、しかめっ面になった。
 永琳は続けて言う。
「それに麻痺と一生戦って生きるより、短い命と割り切って残った時間を精一杯生きる方がいいと、あの子が言ったのよ」
「ああ、そうかい」
 鎌を杖代わりにして小町は立ち上がり、短く永琳に礼を言い部屋を去ろうとする。
「もしもの時は貴女があの子のご両親を*してあげたら?」
 去り際の小町に永琳が日本語と月語のハイブリッド言語で言葉を投げかけた。
 小町の首が永琳の方へと捻られる。
「や、八意ジョークよ……」
 真剣なシチュエーションでこれは不味かったかと、永琳の首筋に少し冷や汗が出た。
 笑いは健康に良いというのを聞いて実践してみた永琳だが、むしろ健康が害される状態に陥ったと思った。
「これどうぞ」
「へ?」
「是非曲直庁印の蟹缶だよ」
 差し出された蟹缶を永琳は恐る恐る受け取る。
「仕事の邪魔してわるかったね」
 小町は手を振って今度こそ部屋から去っていった。
 八意ショックだわあ……と永琳は蟹缶を見つめて思った。



 ある日の彼岸、そこに舟が一隻やってきた。
 いつかの蟹工船ではなく、使い古された死神の舟である。
 蟹工船事業廃止に伴い、是非曲直庁印の蟹缶は本当に幻の味になった。
 保険の方は結局二人分に留まり、これ以上増える気配はない。
 小町は日常に戻った。
 幻想郷における保険事業の結果、外の世界でも実行されることとなったと映姫から聞かされる。
 ただ霊感商法だか何だかと、色々ごたついているらしいことも耳に入る。
 それから、小町はあれ以来里のはずれの家には行っていない。
 あの子の魂が三途の川に来てからのお楽しみだと小町はサボりながら思った。
お読みくださりありがとうございます。
大変恐縮しております。
拙作
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コメント



0.290簡易評価
6.100名前が無い程度の能力削除
八意100点をどうぞ
9.50俺はO型削除
 段落ばかりで混乱するし、コメディにしては笑うところが理解できず、何を伝えたいのかも分からなかったです。文章は簡潔そうに見えて実際ごてごてしすぎのような感じを受けました。

 つまり、私にはさっぱり、この作品を理解できません(泣き
多分頭の良い人だけがわかる小説なのでしょう。
 
10.無評価拙作削除
コメントありがとうごさいます

>9
ご指摘ありがとうございます。
今作というか私の書いた作品は読み手の事を考えていない、自己完結した文章になってしまっていると確信するに至りました。
詰まるところ、それは私の能力が劣っていたという事であります。
また、コメントにおいても気を遣わせてしまい申し訳なく思っております。


堅苦しい文になってしまいましたが、私はもっと上手くなりたいと考えておりますので、今回のご指摘は嬉しかったです。
拙文失礼しました。
11.無評価俺はO型削除
アンカ付けてもらったので、お返しさせていただきます

そんなに謙遜されると困りますが(汗
むしろ私のほうが、拙作さんのそういった向上心に頭が上がりませんよ・・。
私もあなたのおっしゃる「読み手のことを考えない、自己完結した文章」みたいな
もの(おまけに矛盾だらけ笑)を書かせていただきました。

私の意見としては、自己完結した文章はともかく、読み手のことを考えて小説を書くというのは賛同いたしかねますな。第一にあなたの面白いと思った小説を書かないと、結局は読者に媚びて人気取りをしてるどこぞの云々さんと同じになっちまいますぜ?

「片道切符」についていいますと、 読み手のことを考えていないが問題点というより、拙作さんが魅力を感じる物語の内容、構成に対しての表現手法、が少し受け入れにくいなと思いました。比喩表現を使いますと、薄い日本酒(あつかん)をあおった時に「なにこれえ」って若き風間ボイスが頭によぎる、そんな思いです。水ばっかりじゃん。そりゃ物は日本酒ですよ。日本酒ですけれど、高濃度の・・・私は思想というアルコールを欲しているのですよ!
つまりですね、拙作さんには言いたいことをすぱっと表現して欲しい。こりゃ読者の事を考える考えないじゃなしに、文章作品には必須かと思われます。湾曲な思想、文章表現を簡潔にすることは何とかすりゃあ出来るでしょう。

あと写実文学と印象文学が一緒くたになったような感じが受けるような。それでこでごでしてると上でコメントしましたが、まあこちらはどうでもいいです。

まあ私のいいたいことは、文章だの能力云々の前に、自分の意思、思想を大事にしてください、ということです。何が書きたい、何を表現したい、それでもって作者にどういった感情をいだいてほしい、とかそういった欲求にそって文章とにらめっこしないと、読者の関心すらも惹くことができないのではありませんかね。すなわち、文章能力云々があっても、意思、思想が伝わらない作品だとどうしようもないんじゃないすか。あと文芸チックな物語を、文芸と物語に分離させてどちらかへと方針を定めて欲しいと思いましたが、実は自分を棚に上げてました。失礼。

最後に、白樺派で有名な武者小路実篤さんの作品(愛と死)からひとつ、あなたにとっておきの一文を引用させていただきます。
「無責任な他人の言うことをいちいち気にしていたら、人間は落ちついて生きてはゆけない」
神主も似たような趣旨のこと言ってましたかなあ。私の意見を無視することも大事ですよ。

次回の作品を楽しみにしています。