Coolier - 新生・東方創想話

月下美人の育ち方

2017/04/11 01:36:24
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 迷いの竹林。いつも深い霧が立ち込め、地を歩こうが空を飛ぼうが道に迷ってしまうことからそう言われている。そこを自由に行き来できるとすれば、竹林の中で住んでいる者か、その近くでいつも竹林を出入りしている者だけだ。そのせいか、基本的にどの時間帯にここを出歩こうが、ここで出会う人はほぼ、近くに住んでいる隣人くらいだった。
 だからこそ、その日偶々出会った人は、今泉影狼の竹林生活の中でも一番の衝撃だった。

 その日は月明かりがとても綺麗な夜だった。満月の次の日、とは言ってもその輝きは劣ることはなく、霧の立ち込めた竹林をはっきりと、しかし淡く照らし出していた。そして空気はやや冷えていて、肺いっぱいに吸い込むと心地よい涼しさを感じさせてくれた。
「んー……絶好の月光浴日和だわー」
 今日の日課を行うには申し分ない環境に、影狼は長く整えられた黒髪を踊らせながら、意気揚々と竹林の中を歩いていた。いつも月光浴をするのに使っている場所へ向かうためだ。
 なぜ月光浴をするかと言われたら、妖怪として月の光を浴びると体の調子がいいと言うのもあるが、一番の目的は美容のためだ。この竹林に住む中では自他共に――とは言ってもほぼ妖怪兎だが――認めるくらいに容姿に気を使っていた影狼は、美容やファッションの情報を際限なく集めては、自分で試していた。月光浴に関しても、その集めた中の一つだった。美容に関しての効果はあまり実感が無かったが、体の調子が良くなったのは確かなので、そのまま続けていたら気がつけば習慣となっていた。
 そしてもう一つ月光浴を習慣にした理由が、この月明かりに照らされた竹林そのものだった。夜にしか見られないこの美しい景色、その中にいられることが楽しかったからだ。笹の葉についた夜露が星のように輝き、青白く漂う霧が雲海のように地面を覆う。すべてに手が届く贅沢な夜空がそこに広がっていた。この夜空を独り占めしている事実と、美しいものに囲まれているという体感が、影狼にこの上ない幸福感をもたらしていた。
 そんな幸せな世界に浸っているときだった。周りを見渡しながら上機嫌でいた影狼は、月明かりの隠れるあたりで人影を捉え、急に現実に引き戻されてしまった。曲がりなりにも妖怪である彼女は、すぐさま音を立てずに素早く移動し、道を外れて笹の間に身を隠した。
「こんな夜更けに誰かしら……?」
 竹林を自由に歩けるのはここに住んでいる妖怪か、案内人を買って出ている人間くらいだ。他に竹林にいるとしたら、本当に迷ってさまよっている人間か、別の場所からやってきた妖怪くらいだろう。動物に関しては人影の時点でありえないので、自ずと二択になってくる。もし妖怪であれば危険もあり得る、そう思った影狼はそのまま道を少し外れて笹の中に潜みながら、明るいところに人影が出ていくまで後をつけていった。
やがて人影が月明りに照らされ、その姿が顕になると、影狼は思わず息を呑んだ。
最初は夜空を纏っているのかと思った。月の光に照らされて艶やかに光る黒髪が、腰のあたりまでゆったりと流れ、衣服に施された刺繍の金色も、歩く度に星のようにきらめいていた。どれだけ努力しようと届かない、夜空のような美しさが目の前を歩いていた。ずっと見ていたい、そう思った時には、既に自然とその人影を追いかけていた。
やがて竹林を抜けると、小さな丘に出てきた。周りには空を隠すような高い木や竹、岩も無く、一面の夜空を仰ぐには理想的な場所で、ここが影狼の当初の目的地だ。人影は丘の一番高い所に行くと、そこで岩に腰掛けて座っていた。周りに何も隠れられる物は無いが、その引き寄せられるような美しさの前には、元々獣ということもあってか、衝動には抗い難かった影狼には、近づきたいという衝動を抑えることはできなかった。
襲おうとか、食べてしまおうとか、そんな恐ろしいものではなく、ただ綺麗な物を近くで見たいという子供のような純粋な衝動に従って、草を踏みしめる音も気にせずに真っ直ぐに人影に近づいていく。そんな事をすれば気が付かれてしまうと分かっていても、やがて人影が少女だとはっきり分かるほど近づいた時には、その人はこちらに振り向いていた。
純白の布に宝石が飾られていた。それが人の顔の形をしていなければそうとしか思えないような、見るだけで満たされるほどの整った顔がこちらを見ていた。人に見られて初めて心臓に直接響くような衝撃を受け、影狼は思わず後ずさってしまった。
「こんばんは。いい月ね」
「そ、そうね……とってもいい月、だと思う……」
 頭も上手く回らず、とりあえず出てきた言葉をそのまま口に出した。彼女はにこりと笑うと、再び空を見上げ始めた。よく美しい人を表す言葉に『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』と言うものがあるが、その座って空を見上げる姿は、地上に咲くどんな花でも表せないと思った。そうしてしばらく彼女を見ていると、再び彼女はこちらを向いた。今度は不思議そうな表情をしていた。
「ねえ、座らないの?」
「え、あ、そう言えば……」
「ほら、ここ、丁度いい大きさの岩があるのよ。座ったら?」
 彼女の招かれるままに影狼は彼女の隣に腰掛けた。自分が近づいてもいいのかと言う不思議な罪悪感すら抱かせるほどに影狼は緊張していた。そして直視出来ずについ視線を空や周りに逸らしていた。しばらく落ち着かないでいると、また少女の方から話しかけてきた。
「ねえ、一つ聞いてもいい?」
「えっ⁉ ど、どうぞ……?」
「どうして私の後を付けてきたの?」
「え、あ、別に何かしようとか、そんなことは思ってないよ⁉ 本当だよ⁉」
 質問の内容に動揺してしまったが、なんとか敵対心の無いことを伝えた。そのつもりだったが、慌てた様子がおかしかったのか、彼女は軽く吹き出して笑っていた。
「そんなに慌てなくても伝わってるわ。と言うか、隠れる気もなさそうだったし」
「え、そこまでバレてたの……?」
「うん。知ってた。どうしてついて来たの?」
 彼女はしっかりと影狼を見据えていた。その瞳からは純粋な疑問だけが伝わってくる。
「ああ、えっと……綺麗だったから……」
 それに答えるように影狼は素直な理由を伝えた。つい恥ずかしくなってまた視線を逸らしてしまったが、彼女には伝わったらしい。
「あら、嬉しい。でも、貴女の方が綺麗よ?」
「いやいやいや! 貴女に比べたら私なんか……」
 彼女美しさに比べたら自分は愚か、他に隣に立てる人が想像できない。比べることすらおこがましい。けれど彼女はそんなことは無いと言った。
「だって貴女、近くで見るとすごく手入れしてそうに見える。下地も良ければ毎日気を使ってるんじゃない?」
「あ、まあ、美容とかには気を使ってるけど……」
 自分が美容に気を使っている事に気が付かれた。それが嬉しいことは確かだが、目の前の絶世の美女を完璧に再現しきったような人に言われても、影狼にはお世辞にしか取れなかった。
「でも、貴女ほど綺麗じゃ……」
「そんなに謙遜しないの。貴女はもっと自信を持っていいと思うわ」
「自信?」
「そう。貴女はさっき美容に気を使ってるって言ったじゃない。なら、間違いなく私は貴女のほうが綺麗だと思う」
 本当にそうだろうか、彼女の言葉を素直に受け取れない影狼に対して、彼女は更に言葉を続けた。
「だって、貴女は確かに綺麗になろうとして努力してきたんでしょう?」
「うん……」
「なら、その努力は認められるべきだし、少なくとも私は結果も含めて認める。貴女は私が今まで見てきた人の中で一番綺麗だと思う」
 その目はまっすぐにこちらを見つめていた。まるで自分に差し込む光のようで、本当に眩しかった。けれど、今回は視線をそらすことは無かった。
「そんな風に褒められたのは初めて……すごい嬉しいよ、ありがとう!」
 友人から容姿を褒められたことはあったが、自分よりも美しいと思った相手からこれほどの賞賛を貰えたことがこんなに嬉しいことだとは思わなかった。まるで師から認められた弟子のような気分だった。
「どういたしまして。あ、そうだ。ねえ、背丈近いし私のあまりの服で良ければ着てみない?」
「洋服? いいの?」
 唐突な提案に驚いたが、洋服は決して安いものでは無い。さらりと言われたが、影狼は念のために聞き返した。
「いいのいいの。私着ないし、せっかくなら似合う人に着てもらったほうが服も嬉しいわよ。えーっと、貴女名前は? これから時間は?」
「名前は影狼……時間はいいけど、結構遅いよ?」
「平気平気、私姫だもの。あ、私は蓬莱山輝夜よ。それじゃあ行きましょうか、影狼?」
「え、姫? もしかして奥のお屋敷の、え、ちょっと⁉」
 輝夜は影狼の手を引っ張るとそのまま丘をかけていった。唐突かつ強引な提案にそのまま流されていったが、偶にはこういうのも悪くないと少しだけ思う影狼だった。

「なんてことがあったのよね。いやあ、嬉しかったなぁ……」
「それはまた随分ラッキーな体験ね。だから今日は初めて見るお洋服なのね」
「そうなのよ。でも、あのお屋敷にあんなお姫様がいたなんて思わなかったわー」
 とある日の出会いの話を、影狼は友人であるわかさぎ姫に聞かせていた。二人共草の根妖怪ネットワークという、簡単に言えば妖怪どうしの集まりの中での知り合いだ。影狼が女性らしい振る舞いや服装をしているわかさぎ姫に質問してからこうして仲良くなっていた。
「本当にきれいな人だったのよ。服も綺麗だし。こんなにいい服気分でくれちゃうんだからすごいわよね、お姫様って」
 さっそくあの時輝夜から貰った洋服を翻すようにくるりと回ってみせる。花札の『芒に月』の札をモチーフにした柄は、今までの洋服よりも主張の激しい服だった。しかし、その主張は程よく影狼の容姿を引き立てていた。
「一応私も姫だけど、兎さんじゃなくて淡水魚のお姫様だからね。普通の人が着られるお洋服って持ってないから……」
「でも似合う服装のアドバイスは助かってるよ。さあ、もっと綺麗になるよ!」
 あの時の出会いから、影狼は今までよりも綺麗になるためにより一層努力するようになった。そしてもう一つ変わったことは、それをわかさぎ姫や他の友人に伝えるようになった事だ。輝夜に自分の努力を認められたことが、たしかに影狼の中で一つの自信となっていた。
「頑張ってね。あ、それと、今度その月のお姫様も紹介してね?」
「もっちろん。姫のこと話したら、今度会いに行きたいって言ってたし、連れてくるよ」
 その時までにはもっと綺麗になって輝夜に誇ってみせるのだと、一人心の中で決意する影狼だった。 
初めましての方は初めまして。そうでない方はお久しぶりです。折り畳み傘です。
今回は影狼と輝夜さんのお話を書きました。よく見たら前も輝夜さん出てくるお話書いてましたね。不思議と思いつきやすいんですよね。なんででしょう?
しかもその時と似たようなお話になったことに出来てから気が付きました。大事なことだからでしょうねきっと。
ちなみに今回の人気投票でこの二人、パートナー部門で2票でした。どうか私以外のもう一人の方に届きますように……。
ではまたお目にかかれるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。
折り畳み傘
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コメント



0.70簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
文章が大変読みやすくお上手なのですが、ちょっと残念だったのは"奥のお屋敷"に行く前に回想というか話が終わってしまったことでしょうか。奥のお屋敷の描写をして、そこでの顛末もきちんと文章にして下されば、もっと満足感が得られたような気がします。
個人的には綺麗で優しい姫様が良い感じでした。
4.無評価折り畳み傘削除
コメントありがとうございます!
回想なので、屋敷まではいいかなと思っていましたが、その時の出来事を全て書ききったほうがよかったですかね?
貴重な意見をありがとうございました!
5.90大根屋削除
意外なキャラクターの組み合わせを素敵に書かれていたと思います
出会いのある場面は良いですね
6.90怠惰流波削除
月下の美女二人の会話。竹林がつきに照らされる情景が思い浮かびました。この二人の次の逢瀬が気になります。
7.100南条削除
面白かったです
輝夜の美人さが伝わって来るようでした
8.90名前が無い程度の能力削除
すっきり読めました。
9.90名前が無い程度の能力削除
影狼と輝夜の組み合わせは珍しくて、着眼点が面白いと思いました。
それだけにもっと容量が欲しかったです。
10.80奇声を発する程度の能力削除
雰囲気も良く面白かったです
11.無評価折り畳み傘削除
多くのコメントありがとうございます!
複数意見があったように、やはりもう少し分量は増やすべきでしたね
次の参考にさせて頂きます、ありがとうございました!
12.100名前が無い程度の能力削除
輝夜の美しさがすごく伝わってきました。美容トークできゃっきゃする草の根もほのぼのしてていいですね。