Coolier - 新生・東方創想話

帰り道

2011/01/13 04:03:01
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 大学の帰り。私は忙しそうなメリーと別れ、外の寒さに顔をしかめながら最寄のバス停まで歩を進めた。
時刻は17時24分39秒。季節はもう冬真っ只中なもので、吐く息は白いし辺りは既に夜の気配を確立させてきている。
この辺ならなんとかギリギリ席に座れるかな、ってところに並びながら、私はバスが来る17時30分ちょうどをうっすらと見え始めた星を眺めつつ待っていた。

 今日は秘封倶楽部の活動はお休み――と言うか、最近学校自体があーだこーだ色んな行事でごたごたしているせいで、互いに活動が取れる時間が取れずにいた。
まぁ一応、正月休みの時に初詣に行ったついでに活動っぽいことはしたけど。少しもオカルトっぽい事は無くて、クモの巣に引っかかるわ引いたおみくじは凶だわで、結果は大分散々なものだった。
ちなみにメリーの引いたくじは末吉。……今年は、前途多難な年になりそうだ。

 と、そんなことを考えていると、ようやく待ち望んだバスが私を迎えに来てくれた。
やっとこの寒さから解放されるのだと思うと、思わず笑みがこぼれてしまうってものだ。さて、財布……
財布……財布は……いつものポケットに……

 無い。


 遅刻しそうだったから、急いで出てきた際に……机に置きっぱにしてたんだ……くっそ……

 Ibukiの中のチャージ金額も、行きで全部使ってしまった。
“帰りにチャージすればいいや”そう考えていたから。
嗚呼、出発前に戻りたい。タイムマシンがあれば、出発前の自分を殴っておきたい。
しかし今更嘆いても仕方が無い。重い足取りで、私は前に動き出した列からひっそりと抜けたのであった。





 ――帰り道――





 さて、私に残されている道は二つだ。
一つ。このまま歩いて帰る。
二つ。大学に戻ってメリーにお金を借りる。

 一つ目は避けたい。何故かって寒いし。圧倒的に寒いし。時間掛かるし疲れるし。
では二つ目にしようか。それは引き返す手間を考えれば少し面倒なものの、比較的寒さと疲れは無くなる。
しかし、肝心のメリーにお金を借りる行為が少しばかり憚られる。
なんて言うかな。新年早々、メリーに貸しを作りたくないのだ。
只でさえ私は待ち合わせの件でかなりメリーに貸しを作っている。これで更に少量とは言え“金貸して”なんて言ったらどんな目で私を見てくれるんだろう。

……うん。鳥肌立った。自分の想像力が恐ろしいわ。絶対これ向こう二週間くらい口聴いてもらえなくなるパターンだわ。
と言う訳で、あまり気乗りしないが……私はバスが走り去っていった道を、なぞる形で歩き出したのだった。


 今何時ごろだろう。そう思って、ふと空を見る。
私は生まれつき、月を見れば自分の場所が、星を見れば現在の時刻が正確にわかってしまう体質である。
これについては我が相棒のメリーから“気持ち悪い”と中々に辛辣なコメントを頂いたが、生まれつきなので致仕方ない。
――最初、私はこの能力はみんなが持っていて当然なものだろうと思っていた。人間が部屋や腕に時計を付けて時間を把握しているのは、昼間は星が出ていないからだろうと。
しかし、それは間違っていた。その頃仲の良かった友達にこの事を話した時のあの信じられないモノを見るような表情を、まだ覚えている。
それからは大っぴらにこの能力のことを他人に言わないようになった。あ、でもメリーにはとりあえず言っておいた。なんてったって、当時部員数一人のオカルトサークルに入部志願するくらいの変り種だもの。これくらい屁の河童でなくては困るってものだ。
しかしまあ、その心配はまるで無かったけど。メリー、私より断然すごい目を持ってるんだもの。ちょっと分けて欲しいくらい。

「……あらま」

 時間を視ようとしたのに、ここらは道路に沢山の電灯と大きな店々が煌々と灯りを放っている。それらの光が星達の淡い光を掻き消してしまっていて、今の時間が正確にわからない。
まあ、さっきバスが行ったのを見たし、32分くらいだろう、きっと。
こんな感じで、空を見ればいくらでも時間が判るため私は腕時計を買わない。
だから、空が曇ってたりこんな風に光が見えなくなったりすると時間がわからなくなってしまうから少し悔しい気分になるってものだ。
最悪携帯を取り出せば時刻は判るのだけれど、今手袋してるし、無理に出そうとすると落とすし(実質一回落としたし)。かと言ってはずすと寒いし。
結論、気にせず歩こう。そういうこと。


「はっしる~ま~ちっを~み~くっだっしって~」

 子供の頃に聞いた覚えのある歌を小出しに、私は歩道を歩き続ける。
一人で歌いながら歩いてる人が居るとそれはちょっと危ない人に見えたりするけど、私が今歩いている辺りは結構車の通りが激しい大通りだから、車の音に消される私の声が聞こえるくらいにすっごい耳が良い人が居ない限り、さほど問題は無い。
それでもまあ、こちらに向かってくる人とすれ違う時は声のボリューム落とすけれど。

 停留所を4つくらいまで歩いた所で、もう私は終わりの見えてこない旅に少し挫け始めてきた。
私の住むマンションは終点の一個前で、普通にバスに乗ったら3~40分くらい掛かる。その距離を歩いて帰るんだな、としみじみ思うとなんだか遣り切れない気持ちになってくる。
停留所全部でいくつあったっけ、と言う考えが一瞬頭を掠めた後、それをすぐに頭から打ち消した。やめようやめよう。更に心が折れかねない。

 そういえば歩いていると、こんなにもこの辺りに店が多くあったんだなあ、という新しい発見をした。ファミレス、焼肉屋、そば屋……うう、やめてくれ。
そういえば今日、お昼を食べていなかった。私の事だ、また“帰りにどこかで食べよう”とでも考えていたんだろう。財布を持ってきていないことも知らずに。
嗚呼、本当にどなたかタイムマシンを貸してください。悪いことには使いませんので。
家を出る前の私を成敗しに行きたいだけなので。

 ふと、目に留まった自動販売機に私のお気に入りのココアが売っていて嬉しくなる。
よく見ると、そのココアに売り切れのランプが点灯していた。いつもの私ならば、購入できない苛立ちにむっとしてしまう所だが、今の購入する術を持たない私には“自分の趣味は一般の人達と合っているんだ”と思えて、なんだか誇らしい気分になってしまった。


 こうして歩きながら街を観察していると、本当に新しい発見に見舞われる。
店の駐車場を横断してのショートカット。バスには出来ない近道をしたり、
いつも横目で見ているだけだった公園は実は遊具が豊富だったり、
停留所を過ぎていく度に、畑が目に見えて増えていったり。
そしていつの間にか、掻き消されていた星達がぽつぽつと顔を再び出し始めていたり。

「うわ、いつの間にか18時45分36秒になってた」

 思わず独り言をこぼしてしまうくらいに驚いた。かれこれ一時間ちょっとも歩き続けていたのか。
それにしても不思議に疲れは無い。足も痛まないし。寒さは……あるけど。
こんな事になるんだったら、もう少し厚手の上着を着ておくんだった……と今更後悔。この寒さ、マフラーと手袋が無ければ即死だった。それは言い過ぎか。
嗚呼、本当に私って馬鹿だ。今日だけで朝の私を3回くらい頭の中でぶっ飛ばしたくらいに馬鹿。
あ、でも一つだけ朝の私が優秀だった点は、時間が無かったせいでブーツじゃなくスニーカーで登校してたって所かな。

 赤信号に歩みを止める。久々に歩く動作を中断した気がする。
と、いきなり今まで感じてなかった足の疲労がずわっと上がってくる感覚に襲われた。
これはあれか? 変に立ち止まっていたり休んだりすると、その分足にダメージが来るのか? ペナルティ的な。
なんにせよ、止まったら逆に辛いことがわかったので、合間にその辺のベンチとかで休もうなんて気はさらさら無くなった。
私は鮪だ。止まったら死ぬと思え。

 そろそろ、無防備な顔が冷たいを通り越して痛みを伴うようになってきた。
首周りはマフラー、頭は髪の毛と帽子でカバー出来るけれど、顔だけはどうしようもない。むしろカバーしてると銀行とか襲いかねない容姿になるな。
鼻水が出血大サービスだ。いや、出血だと鼻血になるか。じゃあただの大サービスだ。
なんにせよ、早く、帰りたい。

 大分街灯の間隔も広くなってきて、星達がわらわらと戻ってくる。現在18時58分41秒。
肩に掛けているカバンが重い。普段の倍は重く感じる。いや、特に大層な物は入ってはないのだけども。
入ってるのは筆記用具、化粧ポーチ、メモ帳、後は……飴玉が2~3個。お、空腹の足しにしよう。
教科書等は全部大学のロッカーに入れてある。所謂置き勉と言うやつか。毎日重いカバンなんぞで通学はしたくないのだ。

 飴玉を舐め転がしていると、不意に舌先に鈍い痛みが走る。
うわ、軽く舌切った。まったく……どこまでついてないんだ私は。
無性に腹が立ってきたので、奥歯で飴玉を噛み砕く。ちょっとスカッとしたけど、代わりに少し口がさみしくなった。


「宇佐見蓮子が、19時ちょうどをお知らせします……ぴっ、ぴっ、ぽーん」

 空を見上げながら呟く。どこからどう見ても、今の私は変な人だろう。
……こんな日だもの。ちょっとくらいヤケになりたいってものだ。
そんなことをしていたら、足をアスファルトの出っ張った先に引っ掛けて転びそうになった。
うふふ。……もう泣きそう。


 大分見慣れた道が広がると、私の足はだんだんと速まっていく。
この寒さからいい加減解放されたい。足先の感覚も薄れてきている。
こたつが私を呼んでいる。あと昨日、今日のために多めに作った豚汁も。
そう言えば実家から送られてきた餅を入れて温め直して、お雑煮にしようと思っていたのだ。
愛しいそいつらに会うべく、私の足は更に速まる。お腹もいい加減空いた!

 マンションの前の最後の難関、ゆるやかで少し長い坂。しかし今の私にはそんな物、平坦な道と何も変わらなかった。
入り口に向けて、年甲斐も無く全力疾走。人の視線なんて知るか! やっと、やっとここまで辿り着いたんだもの!
エントランスを抜けて、階段を駆け上がる。心臓ばっくばく言ってる。息が苦しい。でも微塵も辛くない。これがランナーズハイってやつなんだろうか?

 自分の部屋に鍵を差込み、意気揚々と開錠。
達成感に思わず後ろを振り返る。19時29分07秒。

「現在19時29分07秒! もう、ゴールしてもいいよね……ッ!?」

 思わず半べそになりながら、ドアを力強く開いて中に思い切り飛び込んだ。
こうして、私のおよそ二時間ものプチ大冒険は幕を閉じたのだった。



 皆さんも、財布の忘れ物にはご用心あれ。
蓮子が歩いて家に帰るだけ。どうもこちらでは初投稿になります。それなりです
加えて自分にとっての初秘封という事でキャラがこんなもんで大丈夫なのかかなり心配だったりします。うひゃー
ちなみにこの話は半分実話だったり。二時間掛かる道をこの季節歩いて帰るのは結構堪えるものがありますね……足と腰が痛い……

誤字を見つけたので修正。皆さんたくさんのコメント/評価ありがとうございました!

>名無し10番様
>ただ別の歌かもしれませんが、見下ろして、だったと思います。
それで合ってますね。この間違いはわざとだったりします。
ジャスなんとかに引っかかるかな、と思いましてw
蛇足ですが、漢字で表記したとき「見下ろす」「見下す」と、一文字抜くだけでなんとも皮肉なことになってしまう所がお気に入りです……w
所詮 それなり
http://
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コメント



0.610簡易評価
6.100名前が無い程度の能力削除
>バスが私を迎えにくる

とか、すごくいい表現で蓮子の行動をまるで見ているように感じられました。
あとIbuki
9.100奇声を発する程度の能力削除
Ibukiwww
10.50名前が無い程度の能力削除
「はっしる~ま~ちっを~み~くっだっしって~」

なつかしいww
ただ別の歌かもしれませんが、見下ろして、だったと思います。
それにしても随分未来まで残ったんだなぁw
11.90名前が無い程度の能力削除
蓮子が出てくるとどうしてもメリーとの絡みを考えてしまうなぁ。
そんな短絡思考はともかく、冒頭にせっかく出したなら終盤でもう一度メリーさんを登場させても良かったのでは?
16.100名前が無い程度の能力削除
Ibuki wwww
そして 何と言うぴったりな名曲
19.90けすけ削除
Ibuki、成敗、ココアの総意、マグロなど茶目っ気に溢れた表現が、言うなれば帰路を辿る「だけ」のはずの物語を賑やかに彩っていて大変好みです。