今日の魔理沙は一段と変だ。霖之助はそう思わざるをえなかった。
変と言えば、普段の魔理沙は間違いなくその部類に入る。霖之助が求める「常態」にはなろうとせずに、どこまでも我を通すのが霧雨魔理沙だった。
しかし今の彼女はどうだろうか。商品を物色せず、茶も要求せず、ただ店の奥にある居住スペースで、のんびりくつろいでいるだけ。
変の反対は通常になるのだろうか? もしくは、更なる変人と化すか。
森近霖之助から見た霧雨魔理沙は、どことなく「変」に見えた。
「魔理沙、今日は具合でも悪いのか?」
たまらず、しかし無難な質問をぶつけた。
「ん、なんでだ? どこも悪くはないぜ」
「いや、今日は品物を物色したりしてないからな。珍しいを通り越しておかしいと思っただけさ」
「そりゃひどいぜ。私は善良な一般人なのに」
自分で自分を形容することは否定に繋がる。しかし今日の魔理沙だけを見ればそれはあながち間違いではない。
「まあ、魔理沙がそうしたいならそうすればいいさ。さて、お茶でも淹れようか?」
「お、気が利くな。ちなみに私の胃は高級な茶葉しか受け付けないぜ」
「安心しろ。胃に流し込むのは茶葉じゃなくて茶だ」
数度やり取りをすると、普段の魔理沙が戻ってきたような感じがした。
ちぇーと愚痴を垂れながら、それでもやや嬉しげな魔理沙を尻目に、霖之助は台所に立つ。
急須を置いて、茶葉が入っている棚の中を覗く。そこにはたんまりと茶葉があり、取り出されるのを待―――
「……あれ」
―――っていられなかったのか、もしくは家出をしてしまったのか。空っぽだった。
霖之助はやれやれと言いたげに溜息をつく。
「どーしたんだ香霖、溜息なんかついて」
「ああ、魔理沙いたのか。なに、茶葉が切れてしまっているんだ」
すると魔理沙はにやにやと笑い、
「おいおい、ここはまがりなりにも店だろ? 備えあれば憂いなしって言うのに、そんなんでいいのか? 客のニーズにいつも応えられるようにしておけよ」
霖之助の肩に手を回して、ばしばしと叩いた。
「……、いや、まあ、その通りなんだが。もしこれが茶葉以外なら僕は店を畳まなければいけないが、あいにくと茶葉なら問題はない」
「どういうことだ?」
小さく、扉が開く音。
店の奥にいた二人だが、その音と「ごめんくださーい」という声がすると同時に店の方へと出て行く。
「……なんだアリスか。またまた珍しい」
来訪者はアリスだった。傍らには、上海人形と蓬莱人形が袋を一つずつ抱えて浮いている。その服装は小奇麗にまとまっていて、素体に損傷や傷み等は見受けられない。どうやら直ったようだ。
「なんだとはご挨拶ね魔理沙。こっちは善意で来たってのに」
いつもの挨拶を交わす二人だが、魔理沙の眉が少しだけ吊り上がる。
「善意?」
訝しげな魔理沙だったが、霖之助はかまわず彼女の前に出る。
「ご苦労さんアリス、悪いな」
「気にしないで。約束しちゃったんだし、投げ出すことはしないわ」
アリスが目で合図をすると、上海人形と蓬莱人形が、抱えていた袋をそれぞれ霖之助に手渡す。
「直ったみたいだな、人形は」
「まあね。でも結局、あの材料は全部使っちゃったけど」
「材料は使うためにあるんだから、使わないそれほど無駄な物はないよ」
それもそうね。アリスは微笑んだ。
二人のやり取りを端から見ていた魔理沙は置いてけぼりをくったような気分になり、もやもやとした感覚を覚える。
「お茶も届いたことだし、せっかくだからアリスも飲んでいくか?」
「ああ、それだったら」
アリスが再び上海と蓬莱に目配せをする。二体はすぐに理解して、上海は台所に飛んでいった。
「お茶を淹れるなら、あの二人に任せた方が無難よ」
一方蓬莱は、霖之助が抱えている袋をくいくいと引っ張っている。
「渡してあげて?」
「あ、ああ、そうだな」
袋を渡すと、蓬莱はすぐに上海を追った。
「便利だなー、私も人形を使役してみようかしら」
どことなくぴりぴりした口調で魔理沙がうそぶくと、
「あら、けっこう大変よ? まず人形を作ることから始めないといけないわけだし」
「ふっ、何を隠そう、私は手先が器用なんだぜ」
「器用な人は部屋を真冬の雪山みたいにしないと思うんだけど?」
売り言葉に買い言葉。アリスと魔理沙は反発しあう水と油のように弾けあう。
「ほらほら、二人とも落ち着いてくれ。店の外ならともかく、ここは中だ。商品を壊されたらたまったもんじゃない」
空飛ぶ破壊兵器の二人を嗜めるべく霖之助が動く。が、
「外ならいいんだな。喜べアリス、許しが出たぞ。完膚なきまでに敗北が味わえるんだぜ?」
「あら、あなたこそ喜んだらどうかしら。せっかく気持ちよく負けられる時が来たんだもの」
「そっくりそのまま、ちょっとだけ屈折して返すぜ」
「こちらこそ」
「……茶菓子も用意しておくから、早めに切り上げてくれ」
霖之助が言うと同時に、そのまま返事もせず、二人は外に出て行った。
しばらくして小気味良い爆発音やら炸裂音が響いてきて、霖之助は人知れず憂鬱になった。
そんな哀れすぎる彼の背中に、上海と蓬莱はぽんぽん、と手を交互に置いた。そしてすぐに、外へと飛び出していく。
「……本当は、仲良いんだろうな、あの二人は」
「あー、お茶が美味いぜ」
「運動のあとの水分は美味く感じると言うからな。でもほどほどにしておくのが吉だ」
「ああもう、わかってるってば。香霖は口うるさい親父みたいだな」
「否定はしないさ」
小一時間後、二人は弾幕ごっこを終えて店内に戻ってきた。なぜか霊夢も混じっていた。
どっちが勝ったのか霖之助は訊かなかったのだが、霊夢のすっきりとした表情がどことなく勝敗を物語っていたので、追求はしなかった。
おそらく勝者は霊夢で間違いない。さきほど聞こえてきた「いいかげんにしろー!」という叫びから推測できる。
「で、霊夢は何しに来たの?」
「ちょっと入用があってね。そろそろ札が切れそうなのよ」
「……つい三日ほど前に二十枚ぐらい渡さなかったか?」
「あ~、その~……あ、あはは」
詰問口調の霖之助を前にして、霊夢は言いにくいのか、視線をややずらした。
しかし誤魔化せるわけもなく、渋々と口を開く。
「……いやね、レミリアとか紫が神社に来るわけよ」
「ふむ」
「それでまあ、些細なことから小競り合いが始まって」
「……」
「神社を壊させまいと、私も必死なわけ。……ああ、平和な日常に旅立ちたいわ」
心からの願いに違いなかった。霊夢は心なしかげんなりしている。霖之助も今日のアリスと魔理沙の小競り合いを思い出して、同志の存在を確認し、心の中で泣いた。
「こんな理由で札がズバズバ消費されていくってのはなんか情けないわ……」
アリスは霊夢の現状を察して苦笑し、
「災難ね、霊夢も。私もどこかの白黒に因縁つけられまくりで大変よ」
種が蒔かれる。
「因縁をつけた覚えはないぜ。被害妄想も甚だしいな」
水。
「あら、私は魔理沙だなんて言ってないわよ? 被害妄想があるのは魔理沙じゃない?」
成長。
「懲りない奴だな、さっきあれだけ私にやられたくせに」
「それはこっちのセリフよ」
満開。
「…………!」
「……、……!」
喧々囂々。けして広くない部屋の中では、大声は凶器になる。飛び交う罵声。惨状とはこのことに違いない。
霊夢よろしく、霖之助もどことなくげんなりしている。
「霖之助さんも大変ね」
「まったくだ……」
この後、スペルカードが展開されかけたのを二人がかりで必死に止めて、またもや外で弾幕が入り混じることになるのだが、それで香霖堂に被害が出たかどうかは不明である。
「ああもう、魔理沙は血の気が多いんだから」
弾幕ごっこのラウンド2を終えたアリスは空を飛び、帰途に就いていた。またもや途中で封魔陣が飛んできたので勝敗は有耶無耶になったが。
「それにしても、あの魔理沙がねえ……意外だわ」
しかし思い当たる節はあったので、驚きはそこそこだったが、予想できなくはなかった。
「上海も蓬莱もそう思わない?」
アリスの傍らを飛ぶ二体は頷いた。
夜の空をしばらく飛んでいると、ややあってアリスの家が見えてきた。地面に降りて、張っておいた障壁を和らげて「中」に入る。
しかし、そこには一抹の違和感があった。どこの一つも乱れていない障壁だったが、長時間張っていれば強度が落ちるものを使用していたため、そのまま維持されているのはおかしいのだ。
「……珍しいお客様のようね」
ドアノブを握ると、家の中に誰かがいるのがわかった。なおかつ、その誰かが誰であるかさえも。
アリスは意を決し、ドアを静かに開けた。
「あら、おかえりなさい。遅かったわね」
「人の家に勝手に入っておいて、随分あつかましくないかしら」
ふふふ、と彼女は笑う。
「で、何の用かしら。―――八雲紫さん」
続く
何と言うか……あなたの書く文章が好きなんです。
気の利いたコメント書けなくてごめんなさい。
こーりんと絡む魔理沙ってやたらと可愛いじゃん!!