※オリキャラ的なのが出てきます。
でも主人公は秘封倶楽部の二人です、特に蓮子。
それでもNGな人は即ブラウザバックをお勧めします。
『旧家にはザシキワラシと云ふ神の住みたまふ家少なからず。
此神は多くは一二三ばかりの童子なり。
折々人に姿を見することあり。』(柳田国男 遠野物語より)
~遠野にて~
1.
秋風でススキが揺れている道を、私たちは歩いている。
二人とも手にはボストンバッグ、服装は見た目にも多少気を使いつつ、しかしどちらかというと長時間歩くのに適したチョイスで。
誰が見ても、旅行中の友達同士といった感じで、実際にその通りだったりする。
「ねぇメリー?」
「なぁに、蓮子?」
隣を歩く我らが秘封倶楽部の一員である―もっとも私と彼女の二人だけの同好会だが―マエリベリー=ハーンに話しかけたところ、彼女は歩みを止めることなくこちらを見てきた。
「今回の旅行、メリーに全部任せっぱなしで申し訳ないんだけど、今日泊まる所ってどんな所なの?」
そう、旅行。旅行なのだ。
大学も4年生になり、私もメリーも大なり小なり自分の将来について考え、行動するようになっていた。
それと反比例するように秘封倶楽部の活動にもなかなか時間が割けないことが多くなり、特に最近の私は自分の研究テーマの論文に付きっ切りで、メリーとも会えない日々が続いていた。
そんな中、彼女から
「蓮子の論文がひと段落着いたら、二人で旅行に行かない?段取りについては、私がやっておくわ」
との連絡が入り、秘封倶楽部の活動、更に言うとメリーと二人で過ごす時間に飢えていた私は、二つ返事でOKしたのである。
今日の旅行を実現させるために、私はそれこそ寸暇を惜しんで論文に付きっ切りになった。
メリーの方も同様だったらしく、彼女も彼女で忙しいながら暇を縫っては計画を立てて、ことある毎に私に報告してくれていた。
行き先は岩手県、遠野地方。
かつて私たちが、秘封倶楽部の活動の一環として境界を覗くために、訪れた場所である。
「うーん、一言で言えば、露天風呂、ね」
「露天風呂?」
「あら、蓮子ったら露天風呂も知らないの?露天風呂って言うのはね、外にあるお風呂のことよ」
「いや、それは知ってるけど・・・」
相変わらずのんびりと、そしてピントのずれた発言をするメリー。
こんな性格で、よく旅行の計画なんか立てられたものだ、と仕方ないとはいえプランを任せっきりの私でも内心思ってしまう。
・・・もっとも、こののんびりした彼女のおかげで、旅館に行くためのバスを乗り過ごす羽目になり、観光がてら歩いていくことになった訳だが。
何なのよ、バスが2時間に1本って。
「露天風呂という存在は知ってるわ。このご時勢になかなか珍しい存在だってことも」
「確かに最近は、バーチャル技術のおかげで、家でも手軽に温泉気分を味わえるものね」
「そうそう。だから天然の露天風呂って私初めてだから、確かに楽しみだわ」
「私もよー。日本に来て初めての温泉が蓮子と一緒だなんて、私は幸せものねー」
「ちょ、メリー!」
「ふふっ」
と、こちらの顔をナチュラルに赤くさせる発言で真っ赤になった私を見てメリーが笑ったところで、目的地が見えてきた。
下り坂になっている道路を下りきったところに一軒だけ、ぽつねんと建っているこじんまりとした旅館。
近代的な建物ばかりを見慣れているせいか、こういう純和風の建物を見ると日本人の癖に非常に新鮮な感覚を覚えてしまう。
「あーもう、誰かさんが歩いて行こうって無茶言うもんだから、足が痛いわ。着いたらお部屋で休みましょ」
これ以上赤い顔を見られるのも癪なので、照れ隠しに私は歩くペースを上げて旅館へと急ぐ。
そんな私を見てクスクス笑いながら、メリーもついてくる。
コイツ、夜は覚悟しておきなさいよ。
そんなことを考えつつ、残りの道を私たちは歩くのだった。
2.
「ご夕食はこちらのお部屋で、6時からになります。それまで、ごゆっくりおくつろぎ下さい。また、お風呂は朝の6時まで開いておりますので、お好きな時間にお入り下さい」
「露天風呂もあるんですよね?」
「はい、ございます。当旅館の露天風呂はとても広く、来たお客様はみなさん満足していただいております。本日はちょうどお二人しかご予約いただいておりませんので、どうぞ気兼ねなくご満喫下さい」
広いお風呂を二人で占有できる思わぬ幸運に、
「やった!」
とハイタッチする私たちを見ながら微笑む、この旅館の女将さん。
なかなかの美人さんである。
どうやらこの旅館、家族経営らしく子供特有の甲高い「お母さーん」と呼ぶ声が外の方から聞こえてきた。
その声に苦笑を浮かべた彼女は、「それでは失礼します」と言って退室していった。
女将さんが引き戸の向こうに消えたのを確認した私はそのまま、
「あー疲れたー。足が棒のようー。もう動かないー」
と後ろに倒れこんだ。
「蓮子ったら、はしたないわね。それでも嫁入り前の女の子?」
「うるさい・・・メリー以外誰も見てないからいいもんねー。第一、どうせ私ゃ学問一筋、お嫁にもらってくれる彼氏もいない淋しいオンナですよー」
と、抵抗する気力もない私は寝っころがりながら言い返す。
そんな私に苦笑しながらメリーは立ち上がり、部屋をうろうろと探索し始めた。
縁側に立って庭を眺めてみたり、物入れを開けて浴衣を取り出してみたり、テレビをつけて
「あら、こっちではチャンネルの番号が違うのね」
とリモコンをいじってみたり。
「ん?」
今となってはなかなか珍しいタイプのテレビだと思いつつ、彼女の挙動を見ていた私は、テレビの反対側にある床の間に、日本人形と共に妙なものが置いてあるを発見した。
体力は失っていても好奇心は失っておらず、見つけた“それ”を確かめるために床の間へもぞもぞ這っていく私。
「・・・私は今、境界の向こう側を見ているのかしら。こっちの世界にはいない、芋虫女が見えるのだけど」
とのたまっているメリーを無視しつつ、床の間の前にたどり着いた私は“それ”を手に取った。
「金平糖?」
それは、黒い漆塗りのお皿に乗せられた何粒かの金平糖だった。
黒い髪と赤い着物を着た綺麗な日本人形の前に、お供え物のように置いてある。
泊まる部屋の額縁の裏にお札が貼ってあったら、その部屋には『出る』というのは前世紀にあったらしい都市伝説の一つだが、床の間にある日本人形と金平糖なんていうのはオカルトサークルに所属している私でも、聞いたことがない。
何か曰くつきの部屋なのかしらん、と考えていたところ、いつの間にか横にメリーが寄ってきていた。
「色とりどりで綺麗な粒ねー。蓮子、これは何?」
「だから金平糖よ。確か砂糖とお水を煮詰めて作るお菓子で、飴みたいに舐めたり噛んだりして食べるの」
「ふーん、私は初めて見たわ」
「私も小さいころ、おばあちゃんにたまに貰ったことがある程度よ」
金平糖を初見のメリーに説明していたら、
「あーん」
彼女は無造作に一粒お皿から取って食べてしまった。
「甘くて美味しい」
「ちょっと!これお供えものなんじゃないの!?」
「だーいじょうぶよ。ほら、昔から旅館にはお客様をもてなすために、お菓子が置いてあったりするらしいじゃない。これもきっとそれよ」
「そうかなぁ・・・なんか日本人形の前に置いてあるって、曰く有り気じゃないの。祟りとかあったらどうするのよ」
「あら、秘封倶楽部の私たちとしては、そういうオカルトめいたことは大歓迎なんじゃなくて?」
「う・・・ちょっとそれは違う気もするけど、確かに」
と言いくるめられてしまった。
私たちは秘封倶楽部。
境界の向こうを暴くというオカルトめいたことをしている二人であり、今更祟りの一つや二つ、といった経験も何度かしている。
メリーの言うことも尤もだと思った。
「確かに、そこまで恐れることはないかもね。この日本人形も、怖いというよりはむしろちっちゃくて可愛いし」
「そうよー。私が見たところ、日本人形の後ろの壁に小さい境界が開いてるだけで、この人形自体には何もないと思うわ」
「ちょっと、そういうことは先に言いなさいよ!」
結界が見えるメリーが「ある」と言えば、そこにはどこか向こう側とつながった境界があるのだろう。
メリーが言うにはここの境界は非常に薄く小さいもので、私たちがくぐるのは無理のようだ。
残念。
床の間にあった人形と金平糖に興味を失くした私は再び、さっきの位置に戻って横になった。
駅から歩き続けた足には、いい具合に乳酸がたまっているらしく、私に横になって休ませろ!とシグナルを送ってくる。
しかしメリーはまだまだ気力と体力が有り余っているらしく、しきりに
「蓮子ー。せっかく旅行に来たんだし、ごろごろしないでお庭でも見ましょうよー」
と誘ってくる。
「私は疲れてるの!あなた一人で行ってきて、私に報告して」
「だめよー、もう蓮子ったら。こうなったら実力行使よ」
ずかずかと私の方に歩いてくると、あろうことか寝ている私をメリーはそのまま縁側の方に引きずって行こうとしている。
「ちょっと止めてよ、服が皺になるじゃない」
「だったら諦めて、私とお庭を見に行きましょ」
「嫌だー寝たいー」
と抵抗しつつも、どんどんメリーに縁側へと引きずられていく私。
この怪力女め、と半ば抵抗を諦めつつ引っ張られるがままになっていた私の耳は、縁側の方から聞こえる足音をキャッチした。
ちょうど小さい子供が走ってくる感じの足音。
まずい、私を引っ張るためにこっちを見ているメリーと、このままではぶつかる!
「ちょっとメリー!縁側!!」
「何よ蓮子・・・って、きゃあ!!」
ドンっと、人同士がぶつかる音がした。
・・・どうやら、間に合わなかったようだ。
3.
メリーにぶつかって来たのは、小さい女の子だった。
小さいといっても、小学校の低~中学年くらいだろうか?
つやつやとした黒髪が綺麗で、例えていうならそう、床の間に飾ってある日本人形のような娘だ。
「つきこ」と名乗った彼女は今、私とメリーと3人で仲良く縁側に座って、持ってきたお菓子を食べているのだが・・・。
「あなた、ここの旅館の子なの?」
「ここに住んでる」
「学校は行かなくていいの?」
「・・・・・・」
「そのお菓子美味しい?」
「美味しい」
「お友達と遊んだりしないの?」
「・・・・・・」
どうも口数が少ない、というかコミュニケーションが取りづらいのである。
話しかけても一言で返されたり、無言で返答される。
かといってこちらに興味が無いわけでもないらしく、お菓子を食べながら話している私たちを時折じっと見つめていたりする。
内気な女の子なのかなと自分を納得させた私は、必要以上に女の子にかまうのを止めて、メリーと二人でまったりと置いてあったポットでお茶を飲みながらまったりとした時間を過ごしていた。
「こういう風にまったりとした時間も久しぶりね」
「そうでしょ?ここしばらく、蓮子は論文頑張ってたし、たまにはゆっくりしましょ」
「そうね、誘ってくれてありがとう、メリー」
「ふふ、どう致しまして」
と、お菓子を食べ終わったらしい女の子が立ち上がった。
お母さんのところに戻るのかな、と思ったら私たちの部屋へと入って行く。
別に何かある訳でもないし、そのまま女の子を眺めていたら彼女は床の間の前で立ち止まり、じーっと金平糖を見つめている。
その奥の人形に手を伸ばすわけでもなく、ただただ金平糖だけを見つめている。
私はメリーと二人、顔を見合わせてうなずき合うと、
「その金平糖も、食べていいわよ」
と声をかけた。
すると女の子は、こちらを向いてにっこり笑うと
「ありがとう、お姉ちゃん!」
と言って、金平糖を口に運ぶ。
それはもう、本当に美味しそうな表情で食べているので、ここぞとばかりに私は声をかけた。
「金平糖好きなの?」
「大好き」
「私も昔好きだったわ。懐かしい味がするよね」
「うん」
何粒か食べると女の子は満足したらしく、こちらに戻ってきた。
そして再び、
「ありがとう、お姉ちゃんたち。またね」
と言うと、満面の笑顔でこちらを振り向き、縁側を来た方向に走って行ってしまった。
それを見送りつつ、なんとなく照れくさかった私は
「不思議な女の子だったわね、メリー」
と横にいる友人に話しかけたが。
彼女は女の子の笑顔にノックアウトされたらしく、横で身悶えていた。
4.
空には月。
回りには紅葉。
水面にはお盆に載った徳利とお猪口。
私たちは今、念願の露天風呂で月見酒と洒落込んでいる。
洒落込んでいるのだが・・・。
「どうしたの蓮子?こっち見てため息なんかついちゃって」
「いえ別に。確実に広まりつつある格差社会を目の当たりにして、嘆いているだけよ」
主に胸部の。
これだから外国産は・・・。
「変な蓮子」
つきこちゃんがどこかに走って行ってから、私たちはとりあえずお風呂へと向かうことにした。
ただメリーが、
「どうせなら露天風呂は夜の風情を楽しみたいから、後にしましょう」
と主張したので、まずは大浴場で今日の疲れを癒した訳である。
だからこの露天風呂は本日二回目の入浴。
メリーとの入浴の二回目。
したがってこのため息も、実は二回目だったりする・・・。
「ねぇ、メリー」
「なぁに?」
「この旅館、いずれ閉めちゃうらしいね」
「・・・そうらしいわね」
「なんか淋しいな」
「・・・・・・」
大浴場で汗を流した後は、部屋で夕食をいただいた。
持ってきてくれたのは先ほどの女将さんで、準備がてら世間話に花をさかせている途中のことだ、女将さんが残念そうに
「もうじき、この旅館を畳もうと考えております」
と言っていたのは。
何でも、先々代の女将さん、今の女将さんのお祖母さんが切り盛りしていた頃は、数年先まで予約が入るほどこの旅館は繁盛していたらしい。
それが段々と訪れるお客が少なくなってしまい、最近ではめっきりと減ってしまったのだとか。
今の女将さんは子供の頃それを不思議に思って、引退したお祖母さんに理由を聞いたが、
「たぶん今の時代の人は、みんな忘れていってしまってるんだねぇ」
と淋しげに笑っただけで、具体的に教えてくれなかったそうだ。
忘れる・・・今の時代の人たちは、一体何を忘れてしまったのだろう?
もはやバーチャルで代用できる温泉の良さ、なのだろうか。
いまいちしっくり来ない気がする。
ちなみに、床の間に日本人形や金平糖を飾っているのは昔からの習慣で、今となってはよく由来が分からないと女将さんが言っていた。
ただ、やはり彼女のお祖母さんはこの習慣になんらかの愛着をもっていたらしく、お祖母さんっ子だった彼女はその習慣を守っているという。
なんとなくしんみりしてしまった空気を埋めるように、私たちは杯を重ねつつ、お互いの話をした。
私の研究のこと。
最近メリーの身の回りであった出来事。
秘封倶楽部が今まで体験した思い出話。
私とメリーの間に話題が尽きることはなく。
いいペースを保ちつつ、飲みなれた大学生二人が酔いつぶれることもなく。
しかしほろ酔い気分で段々と気持ちよくなってきた頃、ふとそういえばこの旅行の今後の予定を聞いてないなと思った。
「あのさ、メリー」
と私が話しかけたところで、ガラガラガラと誰かが扉を引いて入ってくる音がした。
驚いて振り返ると、つきこちゃんがそこにいた。
私たちの他にお客さんはいないとのことだったが、住んでいる彼女なら入ってくることもあるだろうと、ふいな入浴者に驚いた私は安堵した。
普通、経営者の家族ならお客さんと一緒の浴場は使わないだろうが、子供ならそういうことをしても赦されるのかもしれない。
特に彼女は、この旅館の中の色々な所にすっと違和感無く溶け込んでいける。
何故かそんな印象を、私は彼女に対して抱いていた。
「こんばんは、つきこちゃん」
「こんばんは」
「お姉ちゃんたち、こんばんは」
うん、金平糖のお陰か、今回はスムーズにコミュニケーションが取れているようだ。
これも餌付けと言うのだろうか。
「つきこちゃんは、温泉好き?」
「うん、好き」
「ここに住んでいるってことは、しょっちゅう入ったりするの?」
「ううん、たまに人のいないときに」
「あれ、でも私たちいるけど、いいの?」
「お姉ちゃんたちは、とくべつ」
何かよく分からないけど、どうも好かれているらしい。
そのことに満足した私は、うんうんと頷くと、再び杯に手を伸ばした。
そうしてまったりしていると
「蓮子ー、今何時?」
湯煙の向こうからメリーが時間を訊いてきた。
「あー、今は午後9時13分ね」
夜空を見上げて、向こうにいるメリーに声を返す。
するとつきこちゃんは、不思議そうにこちらを見てくる。
彼女の目が、
「なんでこの人は時計も見ないのに、いまの時間がわかるのだろう」
と語っているのを見た私は苦笑した。
私はなぜか、星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所を知ることが出来る。
超能力、というほどのものでもなく、あっても不便な力ではない。
「私は夜空を見ると、時間と場所を知ることが出来るんだよ」
「へぇ、お姉ちゃんすごいんだね」
「そんなにすごくないよー」
そう、別にそこまで凄い訳ではないのだ。
横にいるメリーの、結界を見ることが出来る力の方が、よっぽど凄いと私は考えている。
なので私はほろ酔い気分のせいか、
「メリーの、結界を見る力の方が、よっぽど凄いわよ」
と言ってしまった。
メリーは何も言わない。
別に子供だし、言っても分からないだろうと思っているんだと思うし、私もそう思う。
しかしつきこちゃんの方はそうでもないらしく、興味を持ってしまったようだ。
寡黙な彼女にしては珍しく、
「結界ってなに?」
「境界ってなに?」
「この旅館にもあるの?」
と向こうから質問を重ねてきた。
私とメリーは苦笑しつつ、泊まっている部屋にある境界のことや、今までの秘封倶楽部の冒険譚、といっても何度か境界をくぐってその向こう側で体験した出来事を彼女に話してあげた。
普段、他人に話せないようなことを話しているのは、たぶんお酒と、話す相手が子供だということ。
何よりつきこちゃんが、目を輝かせて聴いているからだろう。
「というのが、今まで私たちが体験した不思議なお話でした。おしまい」
ひとしきり今までの思い出話をして、そろそろのぼせるから上がろうと考えていたら、つきこちゃんに
「待って」
呼び止められた。
「私もお姉ちゃんたちに、一つお話してあげる」
と。
四.
今、お姉ちゃんたちがいる「とおの」は、いっぱいむかし話があるんだよ。
こわいお話、ふしぎなお話、たのしいお話、妖怪のお話。
座敷童子っていう妖怪がいるの。
座敷童子はふるいお家に住んでいるこどものかみさまなの。
こどもだから、お菓子とかお人形が大好きなの。
だから「とおの」のふるいお家に住んでいるひとは、お菓子とかお人形をお家に置いておくの。
そうすると座敷童子はよろこんで、そのお家にいいことを運ぶの。
そしていつのまにか、座敷童子はどこかに行ってしまうの。
座敷童子がいなくなったお家は、あまりいいことが無くなっちゃうんだって。
4.
つきこちゃんは話終わると、
「またね」
と言って露天風呂から出て行ってしまった。
ちらっと見えた顔は、さっきとは違って名残惜しそうというか、何か淋しげだった気がする。
そんな彼女見送りつつ、私はお酒が回って胡乱な頭で、つらつらと考えていた。
確かに昔、座敷童子という妖怪の話を聴いたことがある気がする。
まさに今、つきこちゃんが話していた通りの内容だった。
そしてこの内容は、この旅館に伝わる習慣とまさに一致している。
日本人形と金平糖は、座敷童子のために置かれているのだろう。
確かにこの旅館は古い建物みたいだから、座敷童子が出ても可笑しくないのかもしれない。
そして女将さんのお祖母さんは、座敷童子を信じていたのだろう。
もしかしたら、座敷童子を見たことがあるのかも。
この旅館が昔はたくさんの人が訪れていた、というのも
「きっと、みんな座敷童子が見たかったんだろうね・・・」
そして、文明化が進むにつれて、今の人は座敷童子の存在を信じなくなり。
・・・座敷童子は忘れられてしまったんだろう。
「ねぇ、メリーはどう思う?」
秘封倶楽部の相方の意見を聞こうと、横を見た私の目に飛び込んできたのは。
酔っ払って石を枕にしながら眠っているメリーの姿だった。
五.
夢。
たぶん夢を見ている。
女の子の声が聞こえる。
つきこちゃんの声がする。
「お姉ちゃん、今日はたのしかった」
私もつきこちゃんとお話して、楽しかったよ。
「うん、お姉ちゃんたちはひさしぶりに私と話したひとだったから」
なんで?普段お母さんやここの従業員の人とお話してるでしょ?
「ううん、もうあの人たちには見えてないの」
何言ってるのよ。さっき、お母さんのこと呼んでいたでしょ?
「外のお風呂にもひさしぶりに入れてよかった」
あれ、たまに入ってるんじゃなかったの?
「うん、でもだれかといっしょに入るのはとてもひさしぶりだったから、たのしかった」
そうなの。じゃあ今度からは、お母さんと一緒に入ったらいいわ。
「うん、でももうわたしは行くね」
行くってどこに?
「お姉ちゃんたちが教えてくれたところ」
結界の向こう側?危ないよ、止めよう?
「うん、でも、たぶん向こうが私のいばしょ」
・・・。
「忘れられちゃったから、向こうで暮らすことにするの」
・・・・・・。
「お姉ちゃんたちのことは忘れないね。ありがとう。」
・・・・・・・・・。
「ばいばい」
夢。
たぶん夢を見ていた。
女の子の声が聞こえた。
つきこちゃんの声は、もうしない。
5.
秋風でススキが揺れている道を、私たちは歩いている。
二人とも手にはボストンバッグ、服装は見た目にも多少気を使いつつ、しかしどちらかというと長時間歩くのに適したチョイスで。
昨日とは違うことは、荷物にお土産が増えていることだろうか。
「ねぇメリー?」
「なぁに、蓮子?」
私は思い切って聞いてみる。
「メリーは、知っててここを選んだんでしょ?」
朝、そろって寝坊した二人を起こしてくれたのは、女将さんだった。
そこからわたわたと着替えて荷物を纏めるころには、乗るはずだったバスはすでに発車した後だった。
仕方なく次の目的地まで、また昨日と同じように歩く羽目になってしまった。
幸いなのは、昨日と違って目的地が近い場所にあるから、そこまで歩かずに済むという点だろうか。
「しばらくは営業しておりますので、また来てくださいね」
旅館を出発する時、女将さんや従業員の方々がお見送りをしてくれた。
その中には、女将さんの子供もいた。
ちょっと内気な感じで、甲高い声で話す小さな男の子が。
当然の様に女の子の姿はどこにもなかった。
メリーも、そのことについては何も言わなかった。
「はい、また是非」
心の底から、そう思った。
「なんのことかしら?」
と、メリーは笑いながらしらばっくれる。
この女は・・・と、横目で私は軽く彼女を睨んだ。
よく考えれば当然のことである。
秘封倶楽部のメンバーであるメリーが計画したこの旅行、露天風呂があるというだけでメリーが宿を選ぶ訳は無いのだ。
大方、図書館で本を読んだり情報を検索したりして、考えたのだろう。
疲れた私が、楽しめるような旅行の計画を。
「まぁ、楽しかったわ、メリー。ありがと」
境界の向こうへ消えた女の子のことを、私は考える。
向こうで彼女は、元気に暮らせるだろうかと。
・・・きっと大丈夫だろう。
座敷童子は、住む場所を変えただけだ。
彼女ならどこにでも、違和感なく溶け込んでしまうに違いない。
「蓮子」
「何?」
「楽しかった、じゃなくて、これからもっと楽しくなるわ。だってまだ、旅行は始まったばかりだもの」
ああ、これだから、秘封倶楽部は。
メリーと一緒に歩くのは。
やめられないのだ。
それとも必滅を運ぶ不幸の神様?
それはさておき面白かったですよ
しんみりとするけれど、とても面白い作品でした。
つきこちゃん可愛いよ、頭撫でたりしたいねぇ。