―東の果ての幻想郷から「賑やかしくて不思議な毎日」お送り致します。
【ショートストーリー集 東方日常劇場 春】
その1「お酒の後のお約束」
鬱蒼とした、通称「魔法の森」に霊夢は降り立つ。目の前には霧雨邸。
「魔理沙ー、入るわよー。」
玄関先でノックはするものの、返事も待たずに霊夢は中に入っていく。今日は声をかけたところで返事がないことは分かっていたので、霊夢はさっさと入ると魔理沙の寝室を目指していた。
尤も、普段でも遠慮なく入っていくのだが…。
「魔理沙、もらってきたわよ。」
寝室のベッドには魔理沙が横になっていた。
「…あぁ、悪いな、霊夢。」
ベッドの魔理沙はいつもの調子とは打って変わって、ずいぶん弱々しい調子だった。
「別にいいわよ、これくらい。魔理沙の名前でツケておいたけどね。」
「ちぇっ、こういうときくらい霊夢が立て替えてくれてもいいじゃないか。」
「なんでそんなことまでしなきゃいけないのよ…。」
そういいながら霊夢は永遠亭でもらってきた薬を魔理沙に差し出す。
薬を受けとろうと身を起こす魔理沙だったが…。
「あぁぁ…痛たたぁぁ…。」
と堪らず頭を抑える。そんな様子を見て、呆れた様子で霊夢はため息をついた。
「おいおい、病人見てそんな風にため息つくことないだろぅ?」
「なにが病人よ。ただの二日酔いでしょうに。」
そうは言いながらも、霊夢は枕元にあった水差しからコップに水を注ぐ。
魔理沙は受け取った薬とコップの水を飲むとまた横になった。
「それにしてもねぇ、魔理沙…。」
またしてもあきれたようなため息をつきながら、霊夢は口を開いた。
「いくらなんでも萃香と飲み比べなんて、無茶にもほどがあるわよ。」
昨日の博麗大お花見会(という名の大宴会)。その中で唐突に魔理沙は萃香に飲み比べを挑んだのだ。周囲の制止も聞かずに挑戦し、当然ながら結果は惨敗。
今朝は案の定、二日酔いで寝込むハメになった。
そしてウドンゲから話を聞いていた永琳が、必要になるだろうと、予め調合していた二日酔いの薬を霊夢がもらってきて現在に至っている。
「鬼との勝負は昔っから飲み比べ、と相場が決まってるだろ?」
「そうじゃなくて、あんたが挑む事が間違ってるの。」
「でも、いい勝負だっただろ?」
「…どこがよ…。」
「それにしても、霊夢。」
「んー?」
相変わらず横になっている魔理沙は、そのまま居座っている霊夢に話しかけた。
「霊夢が二日酔いになったトコって見たことないな。なったことないのか?」
「当たり前じゃない。いつもの宴会でも二日酔いにはならないようにセーブしてるんだから。」
「なんだよー。二日酔いこそ、宴会翌日の華だぜ?」
「そんなわけないでしょ。」
はぁー、っとため息をつきながら霊夢は答えた。
「二日酔いなんて辛いだけでしょ?
なんだってそんなものになるような飲み方、わざわざしなきゃいけないのよ。」
「二日酔いなんて恐れず、楽しく勢いに任せるのが宴会の醍醐味だろうに。」
「バカね。お酒は自分のペースで楽しむものなの。」
二日酔いがイヤという事ももちろんあるだろうが、霊夢としては酔いつぶれてはならない理由がある。
それは博麗の巫女としての立場があるからだ。
いつ起こるとも知れない異変に立ち向かっていかなければならないのは、博麗の巫女である霊夢の役目。
それをわきまえているからこそ、霊夢はペースを崩すわけにはいかないのだ。
魔理沙もその事は察しているので、あまり霊夢には無理強いはしない。
「なぁ、霊夢。」
「何?」
「そのうちさ、思いっきり、浴びるように酒飲もうぜ。」
「は?」
「霊夢がややこしいコト気にしなくてもいいようになったらさ、二人っきりででもさ…。」
横になったまま、天井を見上げたまま、魔理沙はそんなコトを言ったのだった。
「…そのうちね。」
そんな魔理沙に、霊夢はふっと笑いながら応えた。
「さてと、私はそろそろ帰るわ。」
「お、なんだ?もう帰っちまうのか?」
薬が効いてきたのか魔理沙の声は、霊夢が来たときよりも大分いつもの調子に戻った様子だった。
「あんまり神社を空けておくわけにもいかないでしょ。」
「なんだよー、もっと看病してくれよー。」
バタバタと駄々をこねるようにベッドの上で暴れる魔理沙。
「それだけ元気なら十分でしょ。」
「いーや、まだ頭が痛い。十分に重病人だぜ。」
「重病人ならそんなに暴れないの…。」
そういいながら霊夢は、魔理沙が蹴り飛ばした掛け布団を魔理沙にかけようとした。
「そんなに暴れるんなら、ベッドにロープかなにかで縛り付けるわよ…?」
「おお?霊夢もついにそういう趣味に目覚めたか!あぁ、霊夢に縛られるならこれもまた…」
「…八方鬼縛z…。」
「あー!そうだな、病人は病人らしく大人しくしてないとなー!」
はっはっは、と乾いた笑いを上げる魔理沙。額の汗は頭痛から来るものではなさそうだ…。
はぁ、と今日何度目かになろうため息をつくと霊夢は取り出した札を懐にしまった。
「じゃ、行くから。」
「あー、はいはい。病人は一人寂しくベッドで寝てますよー。」
ドアで声を掛ける霊夢に対して、布団を被り横になった魔理沙は手だけを上げてはいはい、と振っていた。
そんな様子を見た霊夢はベッドの脇に戻ってきた。
「??」
霊夢は身を屈める。そして魔理沙の頬に優しく唇を当てる。
「!!??」
「二日酔いくらい、さっさと治しなさいよ。」
そういうと霊夢は今度こそ部屋から出て行った。
パタン…。
魔理沙の寝室のドアが閉じられる音がやけに大きい。それは寝室が不意に静寂に包まれたから。
「………。」
その後しばらく魔理沙は、今度は熱が下がらなかったと言う。
風邪というワケではないようなのだが、なにやら顔が赤くて体の火照りが収まらなかったらしい…。
その2「天空の風と花と春の都」
雲を抜けたとたん、リリーホワイトの弾幕が霊夢を出迎えた。
暦の上では春のはずなのに、一向に暖気の訪れる気配のない状況に、霊夢は神社を飛び出した。
風に舞い踊る花びらを追い、霊夢はとうとう、雲の上まで来ていた。
そこへリリーの出迎えだ。
「あー、もうっ!少しは大人しくしてろ!」
春の兆しを報せる烈風を思わせるリリーの弾幕。
「こっちの気分はまだ春じゃないんだから!」
地上の寒さの次に現れたリリーを、霊夢はややキレ気味に撃退していった。
春の訪れを報せるリリーが出現している、ということは、間違いなく春は来ているということ。現に、雪すら積もっている地上と違って、この雲の上は春の陽気に包まれている。
しかし、そこには陽気だけではなかった。
(あら、人間よ?)
(地上の人間が雲の上に何の用かしら?)
(人間帰れー。きゃはははっ。)
(人間は地上で雪に埋もれてろー。)
春の陽気に中てられたのか、妖精たちも狂ったように暴れている。
「うるさいなぁ…。」
そんな妖精を懲らしめるべく札を投げつける。
地上は雪。
上空は狂った妖精。
どこに行っても何かがおかしい。
「一体何なのかしら…。」
その答えは風上の先にありそうだ。
それに、陽気だけではない。
風上に進めば進むほど、別の気配も霊夢は感じていた。
それは霊気や妖気。
霊気と妖気と陽気の入り混じったおかしな空気がここにはある。
こんな空気に晒されていれば、妖精もおかしくなるだろう。
そんなおかしくなった妖精たちが右から左から、矢継ぎ早に霊夢へとちょっかいを出しに来る。
「あんたたち、しつこいのよ!」
―夢符「封魔陣」
妖精たちが進行の妨げになる以上、退治していくしかない。
しかし数においては圧倒的に不利だった。
ひっきりなしに襲い来る妖精達に札を投げる。しかし退治しても、退治しても、すぐさま別の妖精が次々とやってくる。
そんな狂った妖精達の狂った弾幕を掻い潜り、
そして。
静寂。
「え?」
唐突に訪れた静寂に霊夢はハッとなって周囲を見渡す。
ついさっきまで、あんなにたくさんいた妖精はすっかり姿を消していた。
「あぁ、なるほどね。」
霊夢は、妖精達が急にいなくなった理由が分かった。
目の前には巨大な門。
風が澱んでいる。
この門こそ…。
「ここが…。」
不意に声がした。
「うん?」
「ここが、上昇気流の行き止まりだよ…。」
~To Be Continued ”Phantom Ensemble”
その3「天狗の新聞屋」
「毎度~。『文々。新聞』はいかがですか~?」
「間に合ってるわ。」
挨拶代わりの第一声に新聞を売り込む私に、間髪容れずに愛想のない返事を返す霊夢さん。
くっ!流石は「赤貧の巫女」の異名を持つ彼女!
お金が絡んだ時の即決振りには容赦がありません…。
それは正に私のシャッタースピード並!
しかし、私はここでめげるワケにはいきません!
営業スマイル、営業スマイル…。よしっ!
「今定期購読を申し込んでくれますと、中有の道で使える商品券を差し上げちゃいますよ。」
「そんなトコ行かないし、それで新聞買わされてたら割が合わないじゃない。」
「…チッ…。」
相変わらずの、この取り付く島もない対応。
やはり、普通の手段で我が「文々。新聞」を買ってもらえそうにはありませんね。
…仕方ありません…。最後の手段に訴えるしか…ありませんか…。
私は懐から一冊の手帳を取り出しました。
コレこそ、私のネタ帳こと「文花帖」!
パラパラとページをめくり…。
お、ありましたよ。霊夢さんのこれまでの所業を集めたページ。
ここにまた、新たな彼女の所業が書き込まれるのです!
「博麗の巫女の赤貧ぶりはもはや言うまでもなく、
金銭取引に際するその所業たるや、想像を絶するものなり。
我らが『文々。新聞』に対しても、その悪行は留まるところを知らない…と。」
「…ねぇ、それ、アンタのネタ帳よね?」
「そうですよ?」
珍しく私の手帳に興味を持った霊夢さんが問いかけてきました。
「…ただの恨み事を書いてるだけになってない?」
「なってません。」
―前略
―お父さん、お母さん、お元気でしょうか?
―私はとても元気です。
―私の新聞屋稼業もなんとか軌道にのって、
―少し自信もついてきたように思います。
カシャ、カシャ、カシャッ!
シャッターを切るなりすぐさま自慢の高速で急速離脱!
ついにやりました!ついに現場を押さえました!バッチリ、カメラに収めましたよ~!
ここ数ヶ月張り込んでた甲斐があったというもの!次の新聞のトップは決まりですね!
『白黒の魔砲使い 人形遣いとの真昼の情事!
知識の魔女との三角関係についに終止符か!?』
自然と口元が緩みますね~。
おっと。勘違いされては困りますが、これは今までの苦労が報われる、という意味で口元が緩むのです。決して、彼女らの恥ずかしい写真ゲットだぜ~、という意味合いで緩むのではありませんよ?
「待ちやがれ~っ!!」
と、遠くから声がしてきました。どうやら追っ手が来たようです。
…って、もう!?
おかしい。スグには追っ手が来ないはずのタイミングでシャッターを切ったはずなのに。
しかし声は間違いなく魔理沙さんのもの…。
後ろには…やっぱり魔理沙さん…ってあれ?
白い?
んん?おかしいな、彼女は白黒だったはず…。
ちょっとスピードを緩めてもう一度…。
…あぁ、納得。
そりゃ即座に私を追いかけることもできますね。
彼女の出で立ちは、白のスリップにドロワーズなんていう下着オンリーなもの。そんな格好でホウキに腰掛けて飛び出してきているのですから。
でも…女の子なんですから、もう少し恥じらいを持ちましょうよ…。
「大人しくしろーっ、このっ出歯亀カラスーっ!!」
…言うだけムダかな…。
とはいえ、追っ手が魔理沙さん一人であるトコロを見ると、相方はキッチリ服を着ようとしているみたいですね。尤も、彼女が下着姿のままで飛び出してきたトコロで、私には追いつけませんよ。
そしてそれは、魔理沙さんとて同じコト!
このまま追いかけっこをしていても埒が明きませんし…。
弾幕ごっこでの本気はタブーですが、スピード勝負でなら本気になってもいいでしょう。というか、これは勝負ではなく、本気で逃げているのですが…。
折角の特ダネ、ムダには出来ませんからね。
ではさよなら、魔理沙さん!またいいネタお願いしますよ!
「ふぅ、うまく撒きましたね。」
家の近くまで来て、一安心。
一応、少し回り道をしながら帰ってきたので、もう追っては来てないと思うのですが…。
「あら、遅かったわね。」
と、我が家の玄関先で出迎えてくれたのはアリスさん…。
どうやら私を追うのではなく、先回りの役目を負っていたのですね…。
ですが、アリスさん一人くらいなら弾幕勝負でケリをつけて…。
「あー、やっとついたぜ。」
「あんた…、ホントにそんな格好のまま追いかけてたの…?」
がしかし。そこへ、もう一人の当事者の声が背後から聞こえてきたのでした。
あぁ、さようなら、私の特ダネ…。
空の紅色が濃くなってきました。
今日も一日が終わろうとしています。
いつもの、お気に入りの場所へと行くことにしましょうか。
取材や新聞の販売が終わって家に帰る前、私はよくここへ来ます。
ここから見る夕日はまた格別なのですよ。
こうして沈む夕日を見ていると…。
よし!いつものアレ…。やりますか!
立ち上がり、パンパンとスカートの埃を払って、夕日に向かいます。
スーッと、幻想郷のおいしい空気を胸いっぱいに吸い込んで…
「新聞買いやがれーっ!ドチクショーーーッ!!」
「やかましい。」
ゴスッ!
間髪容れず後頭部にくる衝撃。
博麗神社の鳥居の上は居心地がいいのですが、こんな感じで、スグに巫女の攻撃がくるのが弾に…もとい玉に瑕ですね。
しかし霊夢さんも心にゆとりがありません。毎日やってるんだから、そろそろ容認してくれてもいいじゃないですか。
定時の時報みたいな感覚で。
―落ち込むコトもあるけれど、
―私も、幻想郷が大好きですから…。
さーて、明日も幻想郷を、特ダネ探して西東ですよ~!
【ショートストーリー集 東方日常劇場 春】
その1「お酒の後のお約束」
鬱蒼とした、通称「魔法の森」に霊夢は降り立つ。目の前には霧雨邸。
「魔理沙ー、入るわよー。」
玄関先でノックはするものの、返事も待たずに霊夢は中に入っていく。今日は声をかけたところで返事がないことは分かっていたので、霊夢はさっさと入ると魔理沙の寝室を目指していた。
尤も、普段でも遠慮なく入っていくのだが…。
「魔理沙、もらってきたわよ。」
寝室のベッドには魔理沙が横になっていた。
「…あぁ、悪いな、霊夢。」
ベッドの魔理沙はいつもの調子とは打って変わって、ずいぶん弱々しい調子だった。
「別にいいわよ、これくらい。魔理沙の名前でツケておいたけどね。」
「ちぇっ、こういうときくらい霊夢が立て替えてくれてもいいじゃないか。」
「なんでそんなことまでしなきゃいけないのよ…。」
そういいながら霊夢は永遠亭でもらってきた薬を魔理沙に差し出す。
薬を受けとろうと身を起こす魔理沙だったが…。
「あぁぁ…痛たたぁぁ…。」
と堪らず頭を抑える。そんな様子を見て、呆れた様子で霊夢はため息をついた。
「おいおい、病人見てそんな風にため息つくことないだろぅ?」
「なにが病人よ。ただの二日酔いでしょうに。」
そうは言いながらも、霊夢は枕元にあった水差しからコップに水を注ぐ。
魔理沙は受け取った薬とコップの水を飲むとまた横になった。
「それにしてもねぇ、魔理沙…。」
またしてもあきれたようなため息をつきながら、霊夢は口を開いた。
「いくらなんでも萃香と飲み比べなんて、無茶にもほどがあるわよ。」
昨日の博麗大お花見会(という名の大宴会)。その中で唐突に魔理沙は萃香に飲み比べを挑んだのだ。周囲の制止も聞かずに挑戦し、当然ながら結果は惨敗。
今朝は案の定、二日酔いで寝込むハメになった。
そしてウドンゲから話を聞いていた永琳が、必要になるだろうと、予め調合していた二日酔いの薬を霊夢がもらってきて現在に至っている。
「鬼との勝負は昔っから飲み比べ、と相場が決まってるだろ?」
「そうじゃなくて、あんたが挑む事が間違ってるの。」
「でも、いい勝負だっただろ?」
「…どこがよ…。」
「それにしても、霊夢。」
「んー?」
相変わらず横になっている魔理沙は、そのまま居座っている霊夢に話しかけた。
「霊夢が二日酔いになったトコって見たことないな。なったことないのか?」
「当たり前じゃない。いつもの宴会でも二日酔いにはならないようにセーブしてるんだから。」
「なんだよー。二日酔いこそ、宴会翌日の華だぜ?」
「そんなわけないでしょ。」
はぁー、っとため息をつきながら霊夢は答えた。
「二日酔いなんて辛いだけでしょ?
なんだってそんなものになるような飲み方、わざわざしなきゃいけないのよ。」
「二日酔いなんて恐れず、楽しく勢いに任せるのが宴会の醍醐味だろうに。」
「バカね。お酒は自分のペースで楽しむものなの。」
二日酔いがイヤという事ももちろんあるだろうが、霊夢としては酔いつぶれてはならない理由がある。
それは博麗の巫女としての立場があるからだ。
いつ起こるとも知れない異変に立ち向かっていかなければならないのは、博麗の巫女である霊夢の役目。
それをわきまえているからこそ、霊夢はペースを崩すわけにはいかないのだ。
魔理沙もその事は察しているので、あまり霊夢には無理強いはしない。
「なぁ、霊夢。」
「何?」
「そのうちさ、思いっきり、浴びるように酒飲もうぜ。」
「は?」
「霊夢がややこしいコト気にしなくてもいいようになったらさ、二人っきりででもさ…。」
横になったまま、天井を見上げたまま、魔理沙はそんなコトを言ったのだった。
「…そのうちね。」
そんな魔理沙に、霊夢はふっと笑いながら応えた。
「さてと、私はそろそろ帰るわ。」
「お、なんだ?もう帰っちまうのか?」
薬が効いてきたのか魔理沙の声は、霊夢が来たときよりも大分いつもの調子に戻った様子だった。
「あんまり神社を空けておくわけにもいかないでしょ。」
「なんだよー、もっと看病してくれよー。」
バタバタと駄々をこねるようにベッドの上で暴れる魔理沙。
「それだけ元気なら十分でしょ。」
「いーや、まだ頭が痛い。十分に重病人だぜ。」
「重病人ならそんなに暴れないの…。」
そういいながら霊夢は、魔理沙が蹴り飛ばした掛け布団を魔理沙にかけようとした。
「そんなに暴れるんなら、ベッドにロープかなにかで縛り付けるわよ…?」
「おお?霊夢もついにそういう趣味に目覚めたか!あぁ、霊夢に縛られるならこれもまた…」
「…八方鬼縛z…。」
「あー!そうだな、病人は病人らしく大人しくしてないとなー!」
はっはっは、と乾いた笑いを上げる魔理沙。額の汗は頭痛から来るものではなさそうだ…。
はぁ、と今日何度目かになろうため息をつくと霊夢は取り出した札を懐にしまった。
「じゃ、行くから。」
「あー、はいはい。病人は一人寂しくベッドで寝てますよー。」
ドアで声を掛ける霊夢に対して、布団を被り横になった魔理沙は手だけを上げてはいはい、と振っていた。
そんな様子を見た霊夢はベッドの脇に戻ってきた。
「??」
霊夢は身を屈める。そして魔理沙の頬に優しく唇を当てる。
「!!??」
「二日酔いくらい、さっさと治しなさいよ。」
そういうと霊夢は今度こそ部屋から出て行った。
パタン…。
魔理沙の寝室のドアが閉じられる音がやけに大きい。それは寝室が不意に静寂に包まれたから。
「………。」
その後しばらく魔理沙は、今度は熱が下がらなかったと言う。
風邪というワケではないようなのだが、なにやら顔が赤くて体の火照りが収まらなかったらしい…。
その2「天空の風と花と春の都」
雲を抜けたとたん、リリーホワイトの弾幕が霊夢を出迎えた。
暦の上では春のはずなのに、一向に暖気の訪れる気配のない状況に、霊夢は神社を飛び出した。
風に舞い踊る花びらを追い、霊夢はとうとう、雲の上まで来ていた。
そこへリリーの出迎えだ。
「あー、もうっ!少しは大人しくしてろ!」
春の兆しを報せる烈風を思わせるリリーの弾幕。
「こっちの気分はまだ春じゃないんだから!」
地上の寒さの次に現れたリリーを、霊夢はややキレ気味に撃退していった。
春の訪れを報せるリリーが出現している、ということは、間違いなく春は来ているということ。現に、雪すら積もっている地上と違って、この雲の上は春の陽気に包まれている。
しかし、そこには陽気だけではなかった。
(あら、人間よ?)
(地上の人間が雲の上に何の用かしら?)
(人間帰れー。きゃはははっ。)
(人間は地上で雪に埋もれてろー。)
春の陽気に中てられたのか、妖精たちも狂ったように暴れている。
「うるさいなぁ…。」
そんな妖精を懲らしめるべく札を投げつける。
地上は雪。
上空は狂った妖精。
どこに行っても何かがおかしい。
「一体何なのかしら…。」
その答えは風上の先にありそうだ。
それに、陽気だけではない。
風上に進めば進むほど、別の気配も霊夢は感じていた。
それは霊気や妖気。
霊気と妖気と陽気の入り混じったおかしな空気がここにはある。
こんな空気に晒されていれば、妖精もおかしくなるだろう。
そんなおかしくなった妖精たちが右から左から、矢継ぎ早に霊夢へとちょっかいを出しに来る。
「あんたたち、しつこいのよ!」
―夢符「封魔陣」
妖精たちが進行の妨げになる以上、退治していくしかない。
しかし数においては圧倒的に不利だった。
ひっきりなしに襲い来る妖精達に札を投げる。しかし退治しても、退治しても、すぐさま別の妖精が次々とやってくる。
そんな狂った妖精達の狂った弾幕を掻い潜り、
そして。
静寂。
「え?」
唐突に訪れた静寂に霊夢はハッとなって周囲を見渡す。
ついさっきまで、あんなにたくさんいた妖精はすっかり姿を消していた。
「あぁ、なるほどね。」
霊夢は、妖精達が急にいなくなった理由が分かった。
目の前には巨大な門。
風が澱んでいる。
この門こそ…。
「ここが…。」
不意に声がした。
「うん?」
「ここが、上昇気流の行き止まりだよ…。」
~To Be Continued ”Phantom Ensemble”
その3「天狗の新聞屋」
「毎度~。『文々。新聞』はいかがですか~?」
「間に合ってるわ。」
挨拶代わりの第一声に新聞を売り込む私に、間髪容れずに愛想のない返事を返す霊夢さん。
くっ!流石は「赤貧の巫女」の異名を持つ彼女!
お金が絡んだ時の即決振りには容赦がありません…。
それは正に私のシャッタースピード並!
しかし、私はここでめげるワケにはいきません!
営業スマイル、営業スマイル…。よしっ!
「今定期購読を申し込んでくれますと、中有の道で使える商品券を差し上げちゃいますよ。」
「そんなトコ行かないし、それで新聞買わされてたら割が合わないじゃない。」
「…チッ…。」
相変わらずの、この取り付く島もない対応。
やはり、普通の手段で我が「文々。新聞」を買ってもらえそうにはありませんね。
…仕方ありません…。最後の手段に訴えるしか…ありませんか…。
私は懐から一冊の手帳を取り出しました。
コレこそ、私のネタ帳こと「文花帖」!
パラパラとページをめくり…。
お、ありましたよ。霊夢さんのこれまでの所業を集めたページ。
ここにまた、新たな彼女の所業が書き込まれるのです!
「博麗の巫女の赤貧ぶりはもはや言うまでもなく、
金銭取引に際するその所業たるや、想像を絶するものなり。
我らが『文々。新聞』に対しても、その悪行は留まるところを知らない…と。」
「…ねぇ、それ、アンタのネタ帳よね?」
「そうですよ?」
珍しく私の手帳に興味を持った霊夢さんが問いかけてきました。
「…ただの恨み事を書いてるだけになってない?」
「なってません。」
―前略
―お父さん、お母さん、お元気でしょうか?
―私はとても元気です。
―私の新聞屋稼業もなんとか軌道にのって、
―少し自信もついてきたように思います。
カシャ、カシャ、カシャッ!
シャッターを切るなりすぐさま自慢の高速で急速離脱!
ついにやりました!ついに現場を押さえました!バッチリ、カメラに収めましたよ~!
ここ数ヶ月張り込んでた甲斐があったというもの!次の新聞のトップは決まりですね!
『白黒の魔砲使い 人形遣いとの真昼の情事!
知識の魔女との三角関係についに終止符か!?』
自然と口元が緩みますね~。
おっと。勘違いされては困りますが、これは今までの苦労が報われる、という意味で口元が緩むのです。決して、彼女らの恥ずかしい写真ゲットだぜ~、という意味合いで緩むのではありませんよ?
「待ちやがれ~っ!!」
と、遠くから声がしてきました。どうやら追っ手が来たようです。
…って、もう!?
おかしい。スグには追っ手が来ないはずのタイミングでシャッターを切ったはずなのに。
しかし声は間違いなく魔理沙さんのもの…。
後ろには…やっぱり魔理沙さん…ってあれ?
白い?
んん?おかしいな、彼女は白黒だったはず…。
ちょっとスピードを緩めてもう一度…。
…あぁ、納得。
そりゃ即座に私を追いかけることもできますね。
彼女の出で立ちは、白のスリップにドロワーズなんていう下着オンリーなもの。そんな格好でホウキに腰掛けて飛び出してきているのですから。
でも…女の子なんですから、もう少し恥じらいを持ちましょうよ…。
「大人しくしろーっ、このっ出歯亀カラスーっ!!」
…言うだけムダかな…。
とはいえ、追っ手が魔理沙さん一人であるトコロを見ると、相方はキッチリ服を着ようとしているみたいですね。尤も、彼女が下着姿のままで飛び出してきたトコロで、私には追いつけませんよ。
そしてそれは、魔理沙さんとて同じコト!
このまま追いかけっこをしていても埒が明きませんし…。
弾幕ごっこでの本気はタブーですが、スピード勝負でなら本気になってもいいでしょう。というか、これは勝負ではなく、本気で逃げているのですが…。
折角の特ダネ、ムダには出来ませんからね。
ではさよなら、魔理沙さん!またいいネタお願いしますよ!
「ふぅ、うまく撒きましたね。」
家の近くまで来て、一安心。
一応、少し回り道をしながら帰ってきたので、もう追っては来てないと思うのですが…。
「あら、遅かったわね。」
と、我が家の玄関先で出迎えてくれたのはアリスさん…。
どうやら私を追うのではなく、先回りの役目を負っていたのですね…。
ですが、アリスさん一人くらいなら弾幕勝負でケリをつけて…。
「あー、やっとついたぜ。」
「あんた…、ホントにそんな格好のまま追いかけてたの…?」
がしかし。そこへ、もう一人の当事者の声が背後から聞こえてきたのでした。
あぁ、さようなら、私の特ダネ…。
空の紅色が濃くなってきました。
今日も一日が終わろうとしています。
いつもの、お気に入りの場所へと行くことにしましょうか。
取材や新聞の販売が終わって家に帰る前、私はよくここへ来ます。
ここから見る夕日はまた格別なのですよ。
こうして沈む夕日を見ていると…。
よし!いつものアレ…。やりますか!
立ち上がり、パンパンとスカートの埃を払って、夕日に向かいます。
スーッと、幻想郷のおいしい空気を胸いっぱいに吸い込んで…
「新聞買いやがれーっ!ドチクショーーーッ!!」
「やかましい。」
ゴスッ!
間髪容れず後頭部にくる衝撃。
博麗神社の鳥居の上は居心地がいいのですが、こんな感じで、スグに巫女の攻撃がくるのが弾に…もとい玉に瑕ですね。
しかし霊夢さんも心にゆとりがありません。毎日やってるんだから、そろそろ容認してくれてもいいじゃないですか。
定時の時報みたいな感覚で。
―落ち込むコトもあるけれど、
―私も、幻想郷が大好きですから…。
さーて、明日も幻想郷を、特ダネ探して西東ですよ~!