Coolier - 新生・東方創想話

当店ではバグお姉ちゃんは禁止となっております(前)

2012/10/31 10:40:56
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古明地こいし。それが私の名前だ。種族でいえば覚妖怪に分類される。
でも、私は『普通』ではなかった。
覚妖怪であるが所以でもある第三の目を、閉じたのだ。
たくさんの人たちの悪意、猜疑心、虚栄心、劣情、憎悪、嫌悪。
そういった負の感情の本流を、私の弱い心は受けとめられなかった。
薄く脆く小さな私の器は、その許容量を簡単に超えていとも容易くヒビ割れた。
ヒビ割れた心。閉じた瞳。それが私。
ヒビ割れたそれは元には戻らず、代わりに無意識が私の穴を埋めるように――引き裂くように――補填された。
以来、私は以前にも増して奇行が目立つようになった。
自覚はある。無意識といえど記憶喪失や二重人格などではないのだ。やってしまった『あとには』しっかりと覚えている。
いや、最中にも記憶はある、はずだ。ただ私のそれは制御が効かないというだけの話で。
この力のせいで辛いことはそれなりにあった。あったが、それでも今も私は生きていられている。
無意識に自害することも、絶望に壊れることもなく、生きている。
それは、私が適応したという部分も少なからずあるとは思うが、きっと、皆のおかげなんだと思う。
皆――そう、地霊殿の皆。
眩しい笑顔でいつも元気いっぱいで、私に元気をくれるお空。
しっかりもので仲間想いで、困ったときにはいつも助けてくれるお燐。
そして、嫌われ者なんて言ってるけどホントはすっごく優しくて、落ち着いた大人で、皆を纏めてる大好きなお姉ちゃん。
皆のおかげで、今私は幸せに暮らしていられる。
……うん。そうなんだ。そうなんだよね。
わざわざこんなことを思い返してみたのは他でもない、それを疑いたくなる様な状態になってしまったからだ。
疑うといっても、皆への感謝の気持ちとか、私の到ったこれまでとか、そういう部分じゃなくて。
もっと違う、有体に言えば「お姉ちゃんってこんな性格だったっけ?」という疑問。
そう、お姉ちゃんは大人で落ち着いてて。
そして、私はちょっと変で普通じゃない。
うん、あってるはず。はずなんだ。
それなのに、それなのにどうして――――。





「……おはよう」

私はそう言って、憂鬱な気分で地霊殿の中心ともいえる居間への扉を開けた。
開けて見えるのは、中央の大机と一つの人影。
お姉ちゃんは一人座って、優雅な所作でティーカップを口に運んでいた。

「あら、おはよう」

私に気がついたお姉ちゃんが、いつも通りに優しげな声色で挨拶を返してくれる。
それを聞いて、私は後ろ手に扉を閉めながら歩みを進めた。
テーブルにつくと、お姉ちゃんがティーポットから新しいカップにお茶を注いでくれる。

「はい、こいし。お砂糖は二つでよかったわよね」

「……ありがと」

お姉ちゃんに感謝の気持ちを向けながら、渡されたカップに口をつける。


――ブフォッ


瞬間、口いっぱいに広がった奇妙な味。
紅茶という意識に染まっていた味覚に不意打ちをかけられて、私は思わず噴出してしまった。

「けほっ、な、なにこれ、おね、けふっ」

咽こみながら姉に問う。

「何って、麦茶だけど」

「なんで!?」

しれっと奇妙な答えを口にする姉に驚きが隠せない。
しかし姉は、なにかおかしいのか、と本気で思っている表情で私を見ているだけ。

「なにかおかしいかしら」

あ、口に出した。

「おかしいよ!? なんで麦茶をティーカップに入れてるの!?」

「お茶をティーカップに入れる事になんの矛盾があるというのかしら」

「あるよ! ティーカップはこの世の全てのお茶を受け入れられるほど器の広いお方じゃないよ!」

それはまるでバファリンなら全ての病を治せるというような暴論だ。

「でもティー」

「わかったそっちはいいよ! 堂々巡りの気配がするからもうそっちはいいよ! でもなんで砂糖入れたの!?」

「こいし、いつもお砂糖二つよね?」

「紅茶にね!? 私今までの生涯で麦茶にお砂糖入れて飲んだことないよね!?」

「あらやだこいしったら。ふふふ」

「えっなにがおかしいの!? わかんない! 私全然わかんない!」

姉に対して、ここ最近でいったい何度目になるかわからない怒鳴り声を上げる。
そう、最近のお姉ちゃんは『こう』なのだ。
これが私の疑問の理由。
何が切欠なのかは全くわからないが、数日前から急にお姉ちゃんがおかしくなってしまった。
お燐やお空、ペットの皆にも色々と聞き込みをしてみたのだが、原因は不明。
いわゆる『ある日突然に』『朝起きてみたら』という形で、こうなっていたのだった。
いったいお姉ちゃんはどうしてしまったというのだろうか。
ああ、朝といえばそう、とある事情により寝起きが酷く悪かった。
原因はおそらくこの姉なのだろう。そう確信を持って、軽くにらみつけるように目を細めて視線を送る。

「……ねえお姉ちゃん。私のあれ、お姉ちゃんが?」

「あれ……? ああ、あれね。そうよ」

やはりというべきか。
あんなことをするのは今のお姉ちゃん以外に考えられない。
朝起きたらアイマスクと耳栓がはめられていて、更に手前で手首を縛られていたのだ。
ご丁寧に猿轡まで噛まされていて、それはもうビックリしたなんてもんじゃない。

「どうしてあんなことしたの……」

「夜中にこいしがうなされているのが聞こえてきてね。アイマスクとか耳栓とかで安眠できるかなって思ったのよ」

「猿轡と拘束の意味は」

「寝相でベットから落ちたら可哀想じゃない。それにうなされて歯軋りなんかして、顎を痛めては大変だわ」

ああ、姉の気遣いがありがたくてありがたくて涙が出そうだ。
なるほど、一部猿轡とかおかしいものはあるが、一個一個単体で見れば確かに安眠グッズと言えるかもしれない。かもしれないが。

「お姉ちゃんそれは一式で立派な監禁セットだからね!? 目が覚めた瞬間に完璧監禁状態で私拉致されたのかと思ったよ!」

「あらあらスリリング」

「いらないよそんなスリル! あと人形並べておいたのは何!?」

無理やり手首の縄を解いてアイマスクを外した瞬間、薄暗い中に人影ズラリ。
喉が引き攣って悲鳴も出なかった。もう完全に人生が終わる状況なんだと涙が出そうだった。

「寂しくないようにって、ね?」

まるでサプライズプレゼントとでも言いたげな姉の悪戯めいた笑みに殺意すら沸く。
あれのせいで目覚めが最悪だった上に、床の拭き掃除までしなくてはならなくなったのだ。
ちなみに拭き掃除の要因については私の名誉のために割愛させてもらう。
どうしてこんなことに。頭が痛い。
違うじゃんお姉ちゃんそこは私のポジションじゃん。
いったい何時までこんな生活を続ければ良いのだろうか。
私が頭を抱えていると、ギィと重い音を立てて扉が僅かに開けられる。

「いったいこんな朝っぱらから騒いでどうしたん失礼しました仕事に戻りますね」

ちらりと顔を見せたお燐が、お姉ちゃんを視認するなり流れるような動きで頭を引っ込めた。
そのまま扉が閉まっていく、が。

「待とうお燐」

「っちょ……!」

全速力で扉に駆け寄り、隙間からガッシリとお燐の腕を掴んでやる。
ふざけるな。これを私一人に押し付ける気か。

「今日はお仕事しなくていいよ。お休みあげるから一緒にお茶しよう?」

ついでに甘い麦茶もたっぷりと飲んでいくといい。

「oi、misu、おい、やめてください。本当にやめてください」

必死な表情でいやいやと私の手を振りほどこうとするお燐。しかしそうはさせない。
たとえ腕が引きちぎられようと、この手を離すわけにはいかない。

「旅は道連れっていうでしょ?」

「文字通りの意味の道連れじゃないですか! ボケ一に対してツッコミ一は基本ですので私は必要ないでしょう? ね?」

「今のお姉ちゃんは一騎当千クラスだから。私一人じゃ間に合わないから」

「千対一が千対二になっても変わらないじゃないですか! どの道負け戦じゃないですか!」

お燐を引き入れようとする私の力と逃れようとするお燐の力が拮抗し、ギリギリとお燐の服の袖が軋みをあげる。
このままじゃ埒が明かない。時間をかければかけるだけお姉ちゃんがなにかをやらかす恐れがでてくるのだから。
膠着を破ろうと、私は扉の隙間からお燐へアイコンタクトを送る。
袖が破れちゃうよ? と脅しをかけるように口角を上げて。しかし。
――なんだったら腕ごと持っていってもかまいませんよ。
そう雄弁に語るお燐の目と視線がぶつかった。
そこまでか。そんなに嫌か。私だって嫌だ。
ならば仕方がない。出来ることなら本当に使いたくなかった手を使うとしよう。

「お姉ちゃーん、お燐も誘って三人でお茶したいんだけどいいかなー!」

大声を上げて自覚なき当事者であるお姉ちゃんに助力を求める。
このまま時間をかけて私だけお姉ちゃんから自発的に絡まれるよりも、こちらからターゲットを二人にしてしまった方が傷が浅いはずだ。
それに、これで許可が出てしまえばお燐ももう引けまい。

「ちょお!? おまっ、汚え!」

お燐が騒いでいるが徹底的に無視。抵抗の力が一層強まっているが離してなるものか。

「くそっ仲間を呼ぶとか……!」

おい今私をあれと同列に語ったか。これはもう何が何でも同席させてあげなくちゃいけない。
お燐の袖を掴む力を一層強めて、お姉ちゃんの返答を待つ。
しかし、お姉ちゃんはくす、と笑うと。

「だめよ」

そう、のたまった。

「うえ!?」

「よっしゃ……こほん、残念だなー! でも駄目って言われちゃ仕方ないですよねー!」

あからさまに喜ぶお燐と、どうして!? と困惑する私の視線がお姉ちゃんに向けられる。

「だって、三人じゃお空が可哀想じゃない。お空も呼んで四人で、ね?」

意地悪そうににやりと笑って、そう続けるお姉ちゃん。
普段であれば仲間思いの台詞なのに――いや、現状でも本人からしてみれば仲間を想っての言葉なのだろうけど。
喜色と困惑。それぞれ対極に染まっていた私達の顔が、絶望という同色で染まる。

「こっ、こいし様!」

お燐が声を抑えて私だけに聞こえるよう器用に叫ぶ。
その声は恐怖に震えており、動揺がありありと伺える。

「わかりました、私はご一緒しますから……! だからどうか、どうかお空のやつだけは……!」

お燐の懇願。しかし懇願などされるまでもなく、私も全くの同意見だ。

「わかってるよ……。今のお姉ちゃんのバグっぷりにお空の天然も混ぜたら私の胃がストレスで爆発する」
どういうわけか、お空だけは今のお姉ちゃんにもよく懐いている。
それどころかお姉ちゃんの突飛な行動に賛同する始末。
死ぬ。私もお燐も死ぬ。巻き添えにするのはいいが、流石に心中はごめんだ。
お燐と視線を合わせ、頷きあう。いがみ合いはしたが、これ以上の惨事を招かないようここは共同戦線だ。

「お姉ちゃん! お空は今忙しいと思うんだ! ほら地下の管理とか色々あるしさ!」

「それにほら、呼びに行くにしたってどこにいるか今はわかりませんし!」

「大丈夫よ。既に呼んでおいたわ。もうすぐ来ると思うのだけど」

私達の抵抗虚しく、お姉ちゃんの先回りによる絶望の重ね塗りが行われる。
でも時系列的に呼んでおいたっておかしいよね? お燐は偶然来たのにお空は既に呼んであるってどういうこと?

「クソが! これだからアグレッシブなマジキチは!」

「お燐! 声にでてる!」

やめてお燐までそっちに回ったら私が本当に死ぬ。
ツッコミ担当が私だけって、それはいくらなんでも役割配置を間違えすぎていると思うんだ。

……しかし、ここまで来て理解は流石に出来ている。今のお姉ちゃんに悪気はないのだ。
今までの行動も、方向性が完全におかしな地点へ飛んでいるという重要すぎる点に目を瞑れば、動機は常に皆を想ってのことなんだ。
これも、きっとただ四人でお茶の時間を楽しみたいという以上の姦計はない。
それは私もお燐もわかってはいる。わかっているから、断れない。
逃げることは出来ても、怒ることはできても、迷惑だとは突き放せない。
いっそ、わからないままでいたかった……。
お燐に視線を向けると、もう諦めの表情。きっとどう言いくるめても無駄な空気を悟ったのだろう。
ここで逆に何の不都合があるのかと問われてしまえば、本音を晒せず言葉に詰まることになる。

お姉ちゃんの手招きに、意気消沈しながらも二人で机に向かうことにした。
お空が来るまで、どれくらい猶予があるのだろうか。
収拾がつかなくなる前に、何か予防策を張れればいいんだけど……。
お初にお目にかかります。
まずは読了ありがとうございました。
以前からここへの投稿を考えては二の足を踏んでいたのですが、不意にコメディ系の作品に挑戦してみたくなったので良い機会と投稿させていただきました。
稚拙な文ではありますが、少しでもくすっとしていただけたのなら幸いです。
誤字脱字、日本語の乱れ等ございましたらご指摘お願い致します。
巳月ゆーり
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コメント



0.1060簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
なかなかテンポよくておもしろいです
苦労してそうな燐が特に好きです
後半もこの分量なら分けなくていいと思いますので続きはよ
6.90名前が無い程度の能力削除
とても読み易い文体で良かったです。早く続きが見たい。
9.90奇声を発する程度の能力削除
面白く読みやすかったです
続きが気になります
10.100名前が無い程度の能力削除
おもしろかったです。
ただ海外では、お茶は紅茶と同じ分類にされているのか加糖と無糖の2種類があります。
それを知らずに加糖のお茶を買ってしまうと、作中のようにブホォッ!ってなります。
14.90名前が無い程度の能力削除
続きが気になりますね~。
テンポが良くて読みやすいです。

こいしちゃんprpr
18.70名前が無い程度の能力削除
先の展開が気になりますね
続きを読んでみたいです。
19.90名前が無い程度の能力削除
読み易い文章でした。
続きを期待しています。
20.90名前が無い程度の能力削除
海外だと緑茶に砂糖を入れるらしい。
それは置いておきまして、テンポがよく読みやすい作品でした。後編への期待を込めて100はとっておきます
22.90名前が無い程度の能力削除
冒頭でシリアスな展開を予想してたらブフォしました

わりと本気で嫌がってるお燐が可愛らしかったです!
30.80名前が無い程度の能力削除
ここで終わり、はもったいない。