少女は、……
「あなたは食べても良い人類?」
少女は、言った。
姿は見えず、影も形も見えず、一寸先の闇の中から声だけが響いた。
美しい……たとえるならば、まさに暗闇の中に射す一筋の光のきらめき……とでもいうべき声だ。
……想像していた通りの声だ。
この時まで僕は、こんなに明るい月夜を経験したことがなかった。周囲のもの総てが、透明に広がった光に照らされ、幻想の様にはっきりと浮かび上がっている。
森の木々の青、木の根這う地面のうねり、土の匂いや空気の冷たさすら……
そして当然、目の前の、丸く繰りぬかれた闇も。
声は、この闇が発したものである事に相違ない。僕は彼女の名前を知っている。彼女の名ルーミア。……宵闇の妖怪ルーミア。光を忌み、闇で躯を包み隠す、少女。しかし僕には彼女自身が光だ。
ああ、まさかこんなに早く彼女に会えるだなんて!
金の髪、白い肌のルミナシチを、この目で見る時を幾度ほど夢想した事か?
感謝しよう! 神にか、或は悪魔にか、運命という形なき何かへ!
しかし、目的が早くも果たされてしまうことが、少し……残念でもある。もう少し、この世界で呼吸してみたかった。ルーミアだけでなく、他の少女とも出会ってみたかった……。そんな思いが微かによぎる。
僕はすぐに思い直した。この期に及んで、愚かな僕は何を望むのか? 身に余る贅沢というものだ。まったく浅ましい、いくら嘲っても嘲り足りないことだ。
僕は卑小なる自分自身の臆病さを振り切るために、一も二もなく森に飛びこんだのだ。取るに足らない小妖怪に目を付けられ、言葉も通じず喰われて終わる可能性も有ったのに、こうして光輝なる少女と出会えたその幸運! これを僕はよく噛みしめるべきだ!
ほとほと、僕は見下されるべき存在だ。ああ、しかし……それも今日で終わり。
この手段で持ってのみ、僕は永遠の煩わしさから解き放たれることが出来る。
汚濁は死すべき。燭に燃えて。
闇は静かに僕を待っている。
僕は……
「僕を食べてください」
僕は、言った。
彼女に会ったら必ずこう言うと、最初から決めていた。
僕は死ぬために幻想郷へやってきたのだ。
生き続ける価値は……僕には無い。
目の前の少女と比べて、僕はなんと醜く生まれついてしまったことか?
親も教師も、幼児のような言葉で生きる意味を説く。本当に僕らが納得すると思っているのだろうか?
……いや、いるのだろう。それで納得する者もいるのだろう。僕は知っている。教室には鈍根な奴らの吐き出す瘴気が満ちている。
人類の半分は自分の罪に気付かない……あるいは気付かないフリをしている。醜い彼らをいっそう醜くするのが、そう行った心の在り方だ。まったく、ヘドロが喉の奥からせり上がってくるような心地だ。
何故、彼らはああも面の皮を厚くして生きていられる? 異臭のする皮膚を、むしろ誇るかのように晒して……?
自己愛だ。恐ろしい、おぞましい。自分だけは、自分こそは、素晴らしいこの世の宝だと、そんな錯誤をしているのだろう。そのイデオロギーを否定することは決して許されないのだ、彼らの作った世界の中では。
仮に彼らがこういった事実を突き付けられても、尚更自らの面皮の厚さを認めるかもしれない。だがそれは単に、自分が謙虚で自省的な人間であることを、ここぞとアピールするためだ。実態は全くあべこべだと逆説的に表明しているだけだ。
ああ、これが彼らの欺瞞の仮面。白く塗られた泥の仮面なのだ。
そうしてやはり、汚らわしさなど見ないふりをして生きるのだ。「自分がそうだから、他人がそうである事を非難しない」……この世で最も低俗な在り方だと言えよう。
しかし僕は違う。
そう……僕は違う。彼らとは。一方で、僕は違う。彼女たちとは!
僕は同じだ。しかし、仮面を剥がして鏡を覗き込む勇気を持っているところが違う。彼らとは!
……ところで僕は、人を殺して食い物にする者よりむしろ、人を生かして食い物にする連中を軽蔑する。奴らは罪悪感など持たない……それどころか……自分たちこそが正しいとさえ思っている。本人達のみならず、周囲の奴らもそう思っている。
ああ、それはもしかしたら本当に真実なのかもしれない。多くの人が言うのなら、真実なのかもしれない。安い価値観だが、実際そういったこともままある。僕はそのことも知っている。だから僕はその点で、自分の意見を絶対に曲げないというつもりはない。しかし、世の真理は僕の意思では曲がらない。
僕は醜かったし、これからも醜い。
少年は醜く、少女は美しい。
少年は死に値する。少女は生に値する。
僕は生きる価値なく、死ぬ価値のある人間だ。だから彼女の内腔に収まってしまうのが最良の道なのだ。そして……クソッ垂れた命は、輝かしい命の一部分へと劇的に変化するのだ。
胆汁と混ぜられた僅かな残りかすを残して、骨さえ残さず醜いこの身は消え去るのが何よりの理想。
ただ少女の為に全てを捧げられるなら、醜い生にも意味が……意味があった。
美しい少女のために世界は回るべきだ。Y染色体は、否、人類という種は、少女という種が絶えることのないように、そのためだけに続いているに違いない。
泥中の蓮、というたとえでは生ぬるい。泥にまみれても少女は美しいのだから。
僕は少年である内に、自らの男性性をこの世から消し去るために、自分自身がこの世から消える決断をした。劣悪な少年が下した決断としては、最高に良い物だと、そう思わないか?
僕は宿願を投げかけた。
郷、道程は収束した。
今日、道程は終息する。
すぐにも答えは返ってくる。可憐にして畏るべき少女が、今にも、闇の向こうから美しい声で、
「……あなたは食べちゃいけない人類だね」
「え?」
叢雲が、月を隠した気がした……。
今、彼女はなんて?
世界は急に暗くなった。ついさっきまで近くにあった森の色が消えてゆく。足の裏の凹凸は消え、空を踏んでいるような、ふわふわと頼りない感触に全身が支配される……冴え渡った空気の冷たさも、あっという間に消え失せる。
一瞬の内に僕の心は、絶望と混乱の色に塗り替えられた。世界を包む無明は一挙に濃くなる。
辺りが闇になることで、逆に少女自身が纏った闇は薄くなり……透かして見えた気がした。
僕に向けられた背中が……今にも立ち去りゆく少女の姿が……。
待ってくれ!
めちゃくちゃに気が狂いそうになって、僕は叫んだ。叫ぼうとした! なのに、声が出ない……
フェードアウトして……消える……遠くなる……
……………………
◆◆◆◆◆◆
……そして僕は目を覚ました。朝日が目に痛い。なんて横暴な光だ。
いつもどおり、僕は自分のベッドに寝て、自分のベッドで眼を覚ましたらしい。あまりにも見慣れた白い天井。時計を確認したら九時だった。
頭も体も重い。眠気は残っていないが、しばらくは動きたくない気分だった。
直前まで見ていた夢の内容を整理しようと試みた。しかし、おかしなほど上手くいかない。森の中。ルーミア。暗闇。少女。断片的にキーワードのようなものは浮かぶのに、繋がらない。バラバラ死体のようだ、と思った。バラバラ死体は嫌いじゃない。
やれやれ仕方が無い。布団をまくりあげて、床に降りたつ。……と、その時。
ヒラリ……、何かが床に舞い落ちた。さっきから布団の上に乗っかっていたのに、気付かなかったらしい。
拾った。メモ書きのようだ。……
地獄の業火に焼かれでもしない限り、骨くらいは残るわよ
紙片には、紫色をしたラメ入りの字で、それだけが書かれていた。
「……」
僕は紙片を、机の上にそっと置いた。
今日は何曜日だったか? 何故だか思い出せない。
土曜日である事を願う。日曜だったら、いつも見てるアニメを見逃してることになるからね。
でも話自体はまとまってますね。
でもルーミアのセリフがよかったので、その一点だけに30点を捧ぐ。
もっと言うなら、それを乗り越えて前を向ける人間ならなお良し。
どうしようもない勢いと、どうしようもない感情がよく表されていると思いました。
でも高評価はできない類のお話かと思います。
世界は少女のために。
逆に何も考えず当たり前のように生きてあまつさえ
考えるて生きている人を厨ニ病などとぬかすうつけは
私から見ればゴミでしかありませんね。
肝心の作品の感想ですがこの手の話になら
もっとゆっくりとした展開がよかったかなと思います。
ま、こういう大人の余裕、君から見れば自己欺瞞かな? を纏った俺は最高に唾棄すべき存在なのかもしれないけど。
少年に提言というか妄言を一つ。
永遠の少女、大いに結構。彼女達が住まう幻想郷、俺も大好きさ。
でも、おっさんやおばちゃん、爺ちゃんや婆ちゃん、もちろん少年達だって捨てたもんじゃないと思うぜ。
なにより当の少女達だって崇める者や羨ましがる奴がいなけりゃちょっとは残念に感じるんじゃないかな。
──残念に思ってくれるといいなぁ。
遅ればせながら初投稿おめでとうございます。
創想話にようこそ、ってなんか上から目線くさいな。だけど正直な気持ちです。