Coolier - 新生・東方創想話

ガールフレンド

2010/08/10 03:44:48
最終更新
サイズ
13.23KB
ページ数
1
閲覧数
1618
評価数
7/29
POINT
1660
Rate
11.23

分類タグ


屋上に出ると青い空が見えた。太陽が眩しい。雲は遠くに離れている。
時折吹く風が涼しい。
下を見れば、学生がちらほら歩いている。
遅刻しそうで走っている人、暇そうに煙草を吸っている人、仲間と談笑している人。学校が始まったあとの学校は、休みのときよりも幾分か賑やかだ。

ぼーっと外を眺めていたら、隙間が見えた。
空にかかっている小さな隙間。
別に困りはしないけど、景色よりもそっちが気になってしまう。
素直に景色を楽しみたい時、たとえばどこかへ旅行に行ったとき、こういうことが起こると、少し困る。
困るというか、なんというか。景観が台無しで、ちょっぴりがっかりするだけなんだけれど。
まあ今は、旅行といっても、サークル活動でどこかへ行く以外、行っていないからほとんど関係ないかもしれない。

授業終了のチャイムが鳴った。
もうすぐここにも人が大勢来るだろう。
今日は晴天なのだから。

サボっていたわけじゃない。授業が空いたのだ。大抵の授業は最初からちゃんと出るようにしている。相方とは違って。
私のサークルの相方はかなりひどい生活を送っている。
サークル活動に夕方にやってきて、一晩中街を徘徊し、朝になって寝る。起きたらバイトに行き、バイトが終わったらまた一晩中徘徊する。

入った当初は飛び級だの首席だの、周囲から期待されていただろうに。今では授業に出ることの方が少ない。大丈夫なのかと聞いてみたら意外に成績がよく、びっくりした。要領のいい奴だと思う。
代わりにサークル活動に関してはものすごく熱心で、私はよく巻き込まれる。具体的には結界とか境界とかを暴くことであるが、何もこの近所で起こることばかりを探しているのではない。
インターネットでめぼしい場所を見つけたのならば、いつだってどこへだって連れて行かれる。日帰りで京都から東北まで、なんてこともあった。真夜中の3時に携帯で呼び出されたこともあった。樹海の奥深くまで立ち入って、丸二日歩き続けたこともあった。
疲れた、もう嫌だと吐きながら彼女に付き合う私は相当辛抱強いと我ながらそう思う。

屋上に人が増える。友達同士でくる人もいれば、恋人同士もいる。わいわいがやがやと周囲はにぎやかになっていく。
そういえば、彼女に弁当を渡す約束をしていたのだった。それを思い出し、私は屋上を後にする。
彼女は自分で料理を作ろうとしない。それゆえいつも菓子パンばかり食べている。いい加減栄養が気になったので、最近は私が作るようにしている。一人分でも二人分でもあまり大差ないのだ。その代わり、といっては何だが、どこかへ出かけるときとか、たまに彼女が運賃を払ってくれる。これは私としても好都合だった。

部室棟のドアをあける。
正確に言えば、ここは旧部室棟だ。おそらくは大学で、一番古い。
私たちのような弱小二人サークルには、こんな部屋しか与えられないのだ。いや、部室があるだけまだましかもしれない。
コンクリートがむき出しになっているその建物に、人の気配はあまりない。もともとここを利用する学生が少ないのに加え、今は放課後でもない。
階段を上がる。タンタンと乾いた音がする。
エレベーターがない建物など、いまどき珍しい。おかげで脚は鍛えられた。活動にはもってこいだ。
薄暗い廊下をまっすぐ進む。タン、タンと靴の音だけが廊下に響く。
白い蛍光灯が、唯一廊下を照らしている。
むき出しのパイプが余計、無機質で冷たい印象だった。
旧部室棟3階、階段からまっすぐ行って端から3番目の部屋。
大きく音を立ててドアを開けると、なにやらぐったりとした相方が、机の上に突っ伏していた。

「おはよう」
「……おはようメリー。遅いよ」
「いつからいたの? 」
「11時半ぐらい」
「またサボりね」

いいじゃん、もう、と彼女は頬を膨らませる。やっぱり予測した通りだった。

「だって昨日バイトでさ……ふあああ眠い」
「バイトばっかりやってないで、少しは学業を優先しなさいよ」
「平気、平気。ちゃんと自主学習してますから。ノートは友達に借りるし」
「友達なくすわよ」

全くこいつは。ため息をつきつつ私は弁当を広げる。おお、待ってました! という声が隣から聞こえた。調子のいいやつだと思う。

「いただきまーす」
「手は洗ったの? 」
「食べられればいいじゃん。お腹壊さなければ」

そう言って、パクパクと食べ始めた。そんなにおなかがすいていたのだろうか。

「いやあ、朝から何も食べてなかったからさあ。お腹空いちゃって」
「ちゃんと食べなさいよ。栄養偏るわよ」
「大丈夫よ。ちゃんとメリーが作ってくれるから」

他力本願はどうかと思う。一人暮らしをはじめて一年以上経つのだから、いい加減料理ぐらい覚えたらいいのに。コイツはいまだに味噌汁も作れない。作るのが面倒だからといって食事を抜くことがざらにある。そんなことをしている暇があったら、結界を探すか、ひも論でも解いている、などと言う始末だ。家にはカップラーメンの買いおきが山のようにある。

「相変わらず、おいしいなあ。カップラーメンとは違うね」
「当たり前でしょう。いい加減飽きるんじゃない? 」
「んーでもさあ、過程はともかく、胃に入ってしまえば全部同じでしょ。だからもう面倒臭くなちゃって」
「女子らしかぬ発言ね……ああそういえば蓮子」
「何? 」
「9号館の屋上に、隙間を見つけたわ。ただし、空中にだけど」
「ちょ、先に言ってよもう! 急いで食べて行くわよ! 」

急に箸の進むスピードが速くなった。色んなところに飛ばしつつ……ああ、汚いったらありゃしない。ほっぺにご飯がついているわよ。

「蓮子、今はたくさん人いるよ? 」
「関係ない、関係ない! ほら急ご、メリー」

いつもこうなのだ。彼女が私の手を引っ張り、私は彼女の後を置いていかれないようについていく。たまに迷惑だと思うこともあるが、もう慣れた。

「あ、でも蓮子、手は離してよね。ちゃんと付いていくから」
「わかってる」

そんな会話にも、もう慣れた。

「急いでよメリー! 」
「ああもう食べてる途中だっていうのに……」

私は弁当箱に蓋をすると、バックを持って彼女の後に続く。本当にせっかちなんだから、と呆れる。
帽子をかぶった彼女は、どんどん小さくなっていく。サークル活動をしているときの彼女はまるで子供のようだ。目を輝かせて結界を追う。
私が好きになったのは、そんな所なんだと思う。



「あった? あった? 」
「あったけど……このまま隙間に向かうようなら自殺コースね。私たちの手の届かないところにあるもの」
「なんだあ。なら先に言ってよそういうことは」
「言って聞くようだったら最初から言ってるわよ。話も聞かず飛び出したのは誰? 」
「う……」

屋上に辿り着いたが、サークル活動はどうやらできないようだった。
最初に言っておけばよかったと後悔した。
彼女はすぐに飛び出す癖がある。先に活動はできないけれど、と付け加えるべきだった。

「どうする、これから」
「うーん」

空は晴れて、雲まで手が届きそうだった。屋上には何人もの人がいる。友達同士で、恋人同士で、はてまた一人で。
時折吹く秋風が気持ちいい。こんな日だから、きっとここへ訪れるのだろう。

「まあいいわ。続きはここで食べましょうよ。もうすぐ昼休み終わっちゃうし」
「うん、そうしよっか」
「たまには外でってことで、いいんじゃないかしら」
「うーん、まあいいけど、くやしいなあ」

わたしはベンチに座り、かばんから弁当を出し、それを広げる。隣の彼女は難しい顔をしている。きっとあの結界に飛び込む手段を考えているのだろう。絶対無理だと思うけれど。

「ねぇメリー」
「ん、何」
「ここってさ、誰か自殺とかした? 」

口に含んだ卵焼きを思わず吹いてしまった。何人か周りの人たちもこちらを見る。

「知らないわよ、そんな話」
「でもさ、境界や結界があるところって大概」
「というか蓮子、人が大勢いるようなところで話すことじゃないでしょ。そういうこともあったかも知れないけれど、この建物が出来る前に、結界があったなんてよくある話じゃない」
「あ、そっか。それもそうねぇ。うーん」

何を悩んでいるんだこいつは、と思ったら案の定ろくなことではなかった。周りの目を少しは気にして欲しいところだ。

「蓮子、食べないの? 」
「へ、ああうん食べる食べる」
「折角作ってきたっていうのに……」

食べながら、私と蓮子は他愛のない話をした。
サークルのことはもちろん、先生がどうの、実験がどうのとか。クラスメートが飲み会で飲みすぎて救急車に運ばれた、課題が終わらない、共通でとっている講義の確認。食べながら、色んな話をした。

「あー、そういえば今度の宿題ってなんだっけ」
「忘れたの? 」
「できればノートも」
「調子よすぎ」
「あうっ」

気が付いたら、チャイムが鳴っていた。一人、また一人と屋上から消えていった。学生たちの話し声が、次第になくなっていった。それを頭の隅でどこか感じながら、私はおしゃべりを続けた。


そして、屋上にはいつの間にか、誰もいなくなっていた。


「みんな行っちゃったね。祭りの後みたい」
「そんなに賑やかだったかしら。でもそうね。そうかもしれない」

秋風が吹いた。涼しい風だと思った。
食べ終わった弁当を包んできた布にくるんだ。

「みんな真面目だよね。授業に出るんだから」
「普通じゃないの、それ」
「大学の授業なんてあってないようなものでしょうに」
「そうかしら、結構ためになることが多いと思うけど」
「まー、興味のあるやつはね、でもさぁ」

そして、かばんの中に詰め込む。かばんの中には次の授業のノートと教科書が入っている。
それを避けるようにして、お弁当をかばんの中に詰め込んだ。

「蓮子はサボりすぎよ。こっちがハラハラするわ」
「そうかなぁ」
「普通はそんなにサボらないものなのよ」
「メリーは頑張りすぎよ。頑張っていると肩凝るよ? 」

かばんのチャックを閉める。隣にいる彼女の視線が、少しだけ気になった。

「そんなことないわよ」
「ねぇ」
「なに」
「行くの? 」

立ち上がろうとしたその時だった。彼女が私の手を掴んだ。かばんを肩にかけて、私は言う。

「だって次授業が」
「ねえメリー」

けれどそれは彼女の声によって遮られた。

「さぼろうよ」
「――――」

屋上に人の気配はなかった。
彼女と、私以外誰も居なかった。
彼女はそれを知っているんだろうと思った。

「いいけど」
「いいんだ」
「最近どんどん自分が不真面目になっていく気がする」
「ちょっとぐらい肩の力を抜いたほうがいいよ。そのほうがうまくいくかもよ」

青空にはいつの間にか雲がいくつも浮いていた。
今日は午後から曇ります、なんて天気予報を思い出した。もしかしたら雨でも降るのかもしれない。秋の空は変わりやすいと言うのだから。
彼女が私に触れる。やけに冷えた指先だと思った。そんなにここは寒かっただろうかと思った。
彼女はわかっているのだろうか。ここが屋外だということに。確かに今ここに人はいないけれど、いつやって来るかもわからないということに。
見つかってしまえばそれで最後だということを、彼女は知っているのだろうか。

「ねえ、ここおくじょ」

視界が、真っ黒になった。
さらさらの髪が、おでこにかかる。
彼女の息遣いが、鼓動が、体温が、こっちまで伝わってくる。
先ほどまで気になっていた色んなことが、見つかっちゃいけないとか、人が来ないかとか。
そんなことが全て、全て目の前の彼女にかき消されていく。

「――」

熱が上がる。秋風が吹く。彼女の腕が私の背中に回される。
引き離すことはしなかった。出来なかった。









空は段々曇ってきた。秋の空は変わりやすい。屋上には少し冷たい風が相変わらず吹いている。

「怒ってる? 」
「怒ってないわよ」
「嘘、怒ってる」
「そう見えるかしら」

屋上の壁に寄りかかりながら、彼女は私にそう聞いた。

「でも、そうかも。怒っているかも」
「ほら、やっぱり」
「だってそうでしょ、こんな所で。誰か来るかもわからないのに」
「それは、そうだけど」

彼女は悲しそうな顔をする。けれど、慰める気にはなれなかった。

「ごめん、メリー、つい」
「蓮子、貴女は」
「ごめんってば、でも」
「ねぇ、貴女は」

考えたくなかった。
私たちが二人でいることを、その意味を。
だけど、知らなくてはいけない日がいつかやって来る。
そしてその日はきっと遠くない。だからできれば考えたくなんかなかったのに。

「蓮子、すきよ。でも私たちは」
「うん」
「私たちは」
「うん」

言いかけて、口を噤んだ。
これ以上言いたくなかった。口にしてしまえば全てが終わる。そんな気がした。

「メリー、ごめん。でも好きだから、つい」

そう言った彼女の声はかすかに震えていた。

「授業、あるんでしょ。先に部室に戻っているから」
「蓮子」
「ごめん、やっぱりどうかしていた、私」
「蓮子! 」

彼女の手を取った。けれどそれは、反射的に振り払われた。

泣きそうな顔をしていた。

私たちが普段使っている暗黙のルールがあった。それを守ることがお互いの為だった。決して口あわせをしたわけじゃない。お互いが、自分たちを守るために勝手にそうするようになった。
私たちは手を繋がない。
同じアクセサリーをつけない。
そして、人前では決して――。

「れん」
「メリー」

彼女が口を開いた。

「ごめんね、ルール違反して。帰ろ」

彼女が手を差し出そうとして、引っ込めたのがわかった。

「うん、そうするわ」

無理やり彼女は笑っていた。私も無理やり笑った。本当は泣きたくて仕方がなかった。何故だかわからないけれど、泣きたくて仕方がなかった。
けれど、本当に泣きたいのは、彼女のほうかもしれなかった。






校舎から出ると、真っ青だった空が雲に隠れていた。
もうすぐ一雨来るのかもしれないと思った。

「わー、曇っちゃったねぇ」
「そうね」
「傘持っている? 」
「持ってないの? 」
「うん」
「いい笑顔で言わないでよ……」

授業終了のチャイムが鳴った。もうすぐここには人が溢れて来るだろう。

「結局サボらせちゃったね、ごめん」
「なによいきなり」
「んー、だってさぁ。出たかったんじゃないの、授業」
「いいわよ別に。出席足りてないわけじゃないから、誰かさんと違って」
「それ私のこと? 」
「そうだけど」
「ちぇっ」

足は、旧校舎の中の部室に向かっていた。

「ねぇ、メリー」

彼女が私に話しかける。

「なあに」
「私さぁ」
「なによ」
「メリーといられて幸せだからね」

不意打ちだった。
少し照れながら、笑って彼女はそう言った。

「そんだけ。私はただ、それだけだからね」

帽子を深くかぶりなおし、旧校舎に向かう彼女を私は黙ってみていた。
私はしばらくそこに立って、彼女の姿を見ていた。

私たちはいくつ、こんなやり取りを続けるのだろうか。そんなことを時々思う。
それは途方もないことだった。
今はいいかもしれない。けれど十年後は、二十年後は。
そう考えることは、とても途方もないことだった。
けれどそれはいつも、意味がないことなのだと、彼女の笑顔を見るたびに思う。
全てが意味のないことだと思い知らされる。

「私も」

私はそう呟く。
彼女は振り返る。

「うん」

そして楽しそうに笑い、帽子をひらひらと振りかざす。
その姿がやけに楽しそうなのに、私は泣きたくなってくる。

いくら考えても答えは同じだった。
辛くて、苦しくて、逃げ出したくなる日があったって。

私は今、彼女の隣にいる。

泣きそうになっている顔を彼女に見られないように、ゆっくり歩いた。
なんで涙が出るのか、よくわからなかった。
彼女には泣いているところを見られたくないと思った。

「雨が降る前に、急ごう、メリー」

けれどきっと彼女は私が泣いているのを知っている。
彼女は私のことを何でも知っているのだから。

「うん」

私はそれだけ答えて、彼女の後ろを付いていく。
こぼれた涙は降りだした雨のせいだ、そんな言い訳にしかならない言い訳を、頭の片隅に浮かべながら、彼女の後ろを歩いていった。








おわり
ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございました。
崖っぷちの喪女
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.980簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
合間合間の短文の会話が効果的に使えてると思う
メリー視点だからかな・・・・・・三人称の蓮子の印象が男性的だったり乙女だったりくるくる変化するのが魅力的
あと切なすぎて泣きそうになった
7.100名前が無い程度の能力削除
未来でも同姓同士だとガチャガチャ言われるのか・・・
2人とも早く幻想郷に移住して結婚すべき
10.100名前が無い程度の能力削除
良し
11.100名前が無い程度の能力削除
蓮子とメリーが幸せになれますように。


>以外に成績がよく
→「意外に」

>買えおき
→「買いおき」 or 「買い置き」
15.100アガペ削除
二人の結婚式はいつですか?
19.80名前が無い程度の能力削除
切なくてつらいです。
うまく言えないけど、二人の関係の影というか後ろ暗さみたなものがよくできてると思ふ。
27.100名前が無い程度の能力削除
寂しい