Coolier - 新生・東方創想話

四日目の天邪鬼

2015/02/27 21:30:37
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 よっ、と勢いを付けて畳に手をつく、そのまま脚を振り上げて逆立ちをする。逆さまになった世界をフラフラと眺めてみても、何も解らないようだった。そのままくるんと倒立前転を決めた針妙丸に霊夢が、「あんた、もう小人の大きさじゃないんだから」とたしなめるように言う。針妙丸は壁の染みを眺めながら「はあい」と気のない返事をした。
「それより、今日のご飯当番はあんたでしょ、もうすぐ夕飯の時間よ」
 霊夢はそう言って畳に寝っ転がった。針妙丸はまた「はあい」と言って台所に向かった。



「あんたって、姫様だったくせに家事はそつなくこなすのね」
 口をもぐもぐさせながら霊夢は言う。針妙丸は口の中のご飯を飲み込んでから答えた。
「姫って言っても、鬼の世界に閉じ込められた小人だからね。せいぜい村長の娘ってくらいよ」
「それもそっか。うん、おいしい。この一食のために居候させてる」
「農作業の後の酒みたいに言わないよ。おっさん臭い」
「誰がおっさんだこら」
「ほら、その言い方」
「うむ」
 カチャカチャと、箸と茶碗のふれ合う音がする。五月の夕風が少し寒かったので、針妙丸は縁側に面した障子を閉めてきた。そしてまたボンヤリと食べ始める。
「ねえ」と霊夢が言った。
 針妙丸は味噌汁を眺めている。味噌が沈んで、なにやら模様を形作っている。
「ねえ」と霊夢が語気を強めた。
 ハッと顔を上げて針妙丸は返事をする。
「なに?」
「あんた、なんかボンヤリしてるみたいだけど、何かあったの?」
「何か、というか……」
「あれか、天邪鬼のことだ」
 針妙丸は頷く。
「今日の午前中、見つけたのよ、正邪を」
「うん、それで?」
「それで、小槌の魔力を返して降参しよう、って言ったの」
「あんたも大概優しいわね、そういうときは『問答無用』の一言でいいのよ」
「でも、やっぱり『やなこった』って言って、逃げられた」
 そう言って針妙丸は味噌汁をかき混ぜた。沈んでいた味噌がふわりと巻き上げられて均一になる。霊夢は言った。
「でも実は、逃がしてあげたわけだ」
 味噌汁をかき混ぜる手が止まった。少し驚いた顔をして霊夢の目を見る。その眠そうな目のどこにそんな鋭さを隠しているのだろうと、短い居候生活の中で何度も不思議に思っている。
「そんなことはない、と思う」
「でも、迷ってたわけだ」
「それは……」
 言葉に困って茶碗を置いた。
「あんたは優しすぎるのよ。だって、あれでしょ? あの天邪鬼は何にも知らなかった世間知らずのあんたをだまくらかして、小槌のリスクも教えずに、あること無いこと吹き込んであんたを利用して、挙げ句の果てに追い詰められたらあんたを見捨てて逃げたわけだ。そんなの、問答無用でけちょんけちょんにしてやればいいのよ」
「そう…… そうよね、思い出したら腹が立ってきた。今度こそ捕まえてやるわ」
 元気そうな口調で言って、残っていた味噌汁を飲み干した。勢いよく立ち上がって、食器を台所に運んだ。そのぴんと伸ばした背筋に、巫女の視線を感じた。畳というのは、人間の大きさで歩くと少し沈むのだ。そんなことが少し意識された。


 夜になった。布団に入って、天井を眺める。脇では脇巫女が寝息を立てている。一体何なのだろうか、この胸にのしかかる黒い塊は。針妙丸は考える。逆さ城が沈んでからは驚きの連続であった。自分が思っていた世界と、現実の世界は全く違ったものだった。自分が全くの見当外れな怒りでもって発した言葉の一つ一つが恥ずかしい。世界は思っていたほどに、小人に厳しくはなかった。天邪鬼は思っていたのとはまるで違って、胸くそ悪い奴だった。ああ、正邪、あの天邪鬼はとんでもない奴だ。あいつの話を聞いて、「そうだったのか」と何かを知ったような顔をしていた自分が恨めしい、それ以上にあの天邪鬼が。巫女に追い詰められて、あっさりと自分だけ逃げていった、その薄情さが許せない。そう、怒っているはずなのに、何故?
 何故、あの時の私はあんなにのんびりとした言葉を使ったのだろう。「一緒に降伏しよう」なんて言って。何故、弾幕に手心など加えたのだろう。
 次こそはきっと捕まえてやる。キッと天井を睨みつけた。そこに正邪が居るかのように。そして、目をつむった。木々の風にざわめく音が気になった。



「かつて鬼を退治した、英雄の話をしてあげよう」
 よく聞き慣れた声が、もう何度も聞いた話を繰り返す。それでも針妙丸は、その話が好きだった。でも、なんだか哀しいような気がして、そうして下を向いてみると足下の畳がぐるりとひっくり返った。天地がまわって景色が変わる。そうすると、目の前には小人族の仲間が居て、「姫様」と言った。そう呼ばれて己の着物を見てみると、確かに他の者が着ている服よりも、いくらか凝った模様の着物らしかった。しかし、それだけである。あの世界は、不幸な世界ではなかったが、かといって幸福な世界でもなかった。ほら、空はあんなにも鉛色。背後からまた声が聞こえた。
「一寸法師の話をしてあげよう」
 針妙丸は目を輝かせて振り返って、そしてその者の目を見て言った。
「さっき、畳をひっくり返したのは貴女なの?」
「まさか、私はそんなことはしませんよ」
「でも、あなた以外にいないじゃない」
「貴女の後ろにいる者はどうです?」
 そう言われて後ろを見ると、小人の仲間は既に居なく、一面に広大な湖が広がっていた。針妙丸は水際に歩み寄って、水面をのぞき込む。小人族の少女が映っていた。果て、私はこんなに哀しそうな顔をしていたかしら、と考える。
 足音が後ろから近づいてきて、水面から見つめ返す顔が二つに増えた。その顔を見て、思い出す。ああ、あの一房だけ白くなった髪は確かに。瞬間、風が強く吹いて波が立つ。その向こうの人影が見えなくなる。脇を見ると、そこに居るはずの人影はなく、後ろから声が聞こえた。雨がポツリと肩をうつ。



 ハッと目を覚ますと、朝であった。目を覚ました横では、霊夢が既に自分の布団を畳んでいる。
「おはよう」と針妙丸が言うと、霊夢は「んー」と眠そうな声で言った。

 午前の日射しは変に眩しくて、その中に出て行くのはとても億劫なことのように思われた。気怠さを押して、針妙丸は正邪を探しに出た。ふよふよと空を漂っていると、妖怪の山の方で何かがちかちか光っているのが見えた。弾幕の光だろうか。夜ならばもう少しはっきり判るのだけれど、昼間ではどうも確信が持てない。しかしあの本来は弱っちい妖怪である正邪が、よりによって天狗だとか守谷だとかの跋扈する魔境に行くのだろうか?
 しばし首を傾げてから、まあ、見るだけ見てみるかと妖怪の山を目指した。
 果たして、妖怪の山で守谷の神とやり合っていたのは紛う事なき正邪である。守谷の神は背中に巨大なしめ縄とオンバシラを背負っていて、空中で威風堂々と構えていた。あの飾りはきっと何か大事なものに違いないと思った。それから、正邪の方を見ると、こちらはやはりというか、よく分からない布を被ったりしてせこせこと弾幕を避けている。ごり押しの弾幕を、こすっからい反則で避けている。針妙丸は物陰に隠れてこっそりと弾幕勝負を眺めていた。その内に守谷の神が一旦退却する。それから、正邪が「へん、楽勝だね」と言っているのが聞こえた。反則までして、どこが楽勝なのよ、と思った。
 それから正邪は森の中を歩き始めて、一刻も経たないうちに守谷のもう一柱が現れた。こちらは物々しさがなく、見たところ蛙跳びにはまっている幼女にしか見えない。頭に被った帽子の上でキョロキョロと動く目玉が、それを被っている神の可愛らしさとは打って変わって不気味であった。また、先ほどと変わらぬ勝負が披露された。激しく動き回っているにもかかわらず、彼女の帽子はちっともずれない。実はあの帽子が本体で、帽子の中で彼女の脳に接続して操っているのだ、という空想をした。この空想は自分で思いついたのだと思ったが、よく考えると天狗の新聞に書かれていた憶測であった。俄然、どうでもよくなる。どうでもよくなる頃に、守谷のもう一柱も一旦退却した。正邪は「どこからでも来やがれ」と口では言いながら、空は飛ばずに森の中をこそこそ歩いて行くのであった。針妙丸は相変わらずこっそりと追いかけた。こういう時に、体の大きさが自由に変えられるのは便利である。回収期である打ち出の小槌も、この程度なら余裕である。
 それから、幾つもの弾幕勝負を物陰から眺めた。私は何をしているのだろう、と針妙丸は自問した。自分でも捕まえに行けばいいじゃないか。物陰からこっそりとつけ回すだけなんて、せめて正面から問い詰めに行けばいいではないか。しかしその日は太陽が天球を半周しただけで終わってしまった。その間中、自分の足音ばかりを聞いていたように思われた。



「ああ、そうそう、明日は紫も動くみたいよ」
 布団に入った霊夢が思い出したかのように言った。
「紫って、妖怪の賢者さん?」
「そう」
「それなら、正邪も捕まるかな」
 どんな手を使ってもいい、と公認したのは八雲紫である。
「わからないわ」
「どうして?」
「だって、あの紫よ、あいつが本気で捕まえる気なら、もっとあくどいやり方がいくらでもあるわよ。全く、ルール破りをしてくる奴を相手に弾幕ごっこをやる身にもなって欲しいわ」
 それはお互い様では、と思ったが針妙丸はあえて口に出しはしなかった。しかし、正邪が捕まらないかも、というのは本当なのだろうか。もしそうだとするならば、誰が彼女を罰するのだろう。
 罰する? 何の咎で? 幻想郷に於いて異変は大いに許される。何故なら弾幕「ごっこ」だから。ごっこ遊びの悪役は、ごっこが終われば共に宴会をする遊び仲間だ。ただ、今回はまだごっこが終わっていない。それだけのことなのではないか。しかし正邪のやっていることは、少なくとも正邪本人からすればごっこではない。あれは本気で幻想郷をひっくり返そうとしたのだ。しかし体裁としてはごっこである。反則者の追撃でさえ弾幕で行われる。何処まで行ってもこれは遊びの範疇から抜けていない。どこか薄ら寒いような気がした。そしてなにより、自分がこんなにも悔しいと思っている正邪の裏切りも、「ごっこ」として忘れられていくのだと思い当たった。
 目をつむると、木々が風にそよいでいる音が聞こえる。



 翌日の午後、針妙丸が境内の掃除をしていると、なにやら怪しい物音と共に空中にスキマが開いて、中から女性が出てきた。紫色のドレスに、金色の髪、奇妙な帽子を被って、小洒落た扇子を持っている。
「こんにちは、小人さん」とその女性は言った。
 針妙丸は「こんにちは」と頭を下げる。
 紫は鷹揚に微笑んで答えた。
「あら、そんなにかしこまらなくていいのよ」
「正邪は捕まりました?」
「それがねー、逃げられちゃったのよ、困ったことに」
 そう言いながら全く困っているようには見えない。紫はのんびりと続ける。
「私の日傘が盗まれたままなのは、困った事ねえ。日に焼けてしまいますわ」
 いつの間にか紫の背後に来ていた霊夢がツッコミを入れる。
「盗まれたのって日傘じゃなくて折りたたみ傘でしょ。それに、あんたは妖怪なんだから、日焼けも関係ないでしょうに」
「あら、日光に気を使うのは乙女の嗜みよ」
「乙女も何も、あんた、年齢四桁でしょ」
「女は年齢じゃないのよ」
 針妙丸は内心で確かにそうである、と思った。乙女らしさというのはきっと―― そんな思考を遮るように紫が言った。
「外見よ」
 針妙丸は盛大に咳き込んだ。霊夢が呆れたような目つきで言う。
「そう言うあんたは、自分の事、美人だと思ってるんだ」
「もちろんですとも」
 紫は艶然と微笑む。確かに、鮮やかかつ流れるような金髪、さらりとした曲面の頬、何よりその妖しい瞳は確かに美しい。
「いっそ、清々しいわ」と霊夢は肩をすくめる。
「あら、否定はしないのね」
「できないわね、悔しいけど」
「あら、もしかして嫉妬してる?」と紫は愉しそう。
「してないわよ」と霊夢はどこまでもぶっきらぼう。
「嫉妬なんかしなくても、貴女、可愛いわよ」
「なっ」
「あ、照れてる照れてる」
「照れてない!」
 霊夢が箒で殴りかかって、紫は足下にスキマを作ってそのままどこかに行ってしまった。後には勢い余ってよろめいている霊夢が残される。顔が真っ赤になっているのがとても可笑しく思われた。それから針妙丸の方を見て、「何笑ってるのよ」とムスッとした顔をした。「仲がいいな、と思って」と針妙丸が言うと、「仲良くなんか無いわよ」と返ってきた。
 羨ましいなと思った。箒が地面を乾いた音でこすって、正体のよく分からない寂寥感に襲われる。それを振り払うようにして、針妙丸は朗らかに言った。
「でも、霊夢さん、確かに可愛いと思いますよ」
「ほう、あんた、いい度胸してるじゃない」
 霊夢はじろりと睨んだが、針妙丸が笑って「本当ですよ」と言うと、ため息をついて肩をすくめた。
「褒められるのって、慣れてないわ、全く」
 箒の音は、変わらぬリズムで地面を擦った。

 室内に戻ってから、針妙丸は言った。
「ねえ霊夢、お札を何枚かつくれないかしら、貼られた物に妖怪が触れなくなる、みたいな」
「そんなの作って、どうするのよ」
「貼るのよ、正邪の道具に。今度は反則出来ないようにしてやるんだから」
 霊夢は首を傾げて言った。
「でもそれ、どうやって貼り付けるのよ」
「小さくなって、貼り付けるの」
 霊夢がああ成る程、という表情を浮かべた。
「そういうことなら、作ってあげないこともないわ」



 翌日、あちこち聞き込みをする内に正邪は見つかった。魔法の森の中を意気揚々と歩いている。もう、誰も正邪を見かけても勝負を挑まない。しかし、話しかけもしない。でも、彼女はきっと喜んでいるのだろう、と針妙丸は思った。
 体を思い切り小さくして、正邪の後ろに飛んでいく。正邪の腰回りに様々な道具がくくりつけられていた。その一つ一つにこっそりとお札を貼っていく。奇妙な布に、トイカメラ、傘に、地蔵、提灯、小槌?、陰陽玉や、こけし。鼻歌なんか歌っているから、お札が貼られる音にも気付かない。
 さあ、これで正邪はもう反則ができない。ご機嫌で歩いている正邪は、自分の持っている道具達が既に使えないことをまだ知らない。
 針妙丸は一度正邪から離れると、正邪の進行方向の物陰に隠れて人間大になる。そして物陰から出て行く。
「さあ、勝負よ、正邪。今度こそ捕まえてやるわ」
「ほう、妖怪の賢者からも逃げ切った私を、捕まえられるとお思いか」
 正邪は高らかに笑って腰の道具に手を伸ばした。しかし、弾かれるように手を道具から外して針妙丸の方を睨む。
「お前、私の道具に何をした」
「『私の』も何も盗品でしょ、それ」と針妙丸は平然としている。
 しかし正邪はクツクツと笑うのだった。
「そう言えば、姫様、などと言って、お前は私の上司だったな。それにこの逆境、もろともにひっくり返してあげよう」
 その一言を皮切りに二人は飛び上がって、弾幕勝負が始まった。



 正邪はあっさりと負けて、拘束された。博麗神社謹製の拘束札はとても便利である。彼女は今、木の幹に背中を預けるような格好で座らされている。針妙丸は正邪の持っている道具をすっかり取り上げた。後で持ち主の元へ返しに行かねばなるまい。
 じめじめとした木陰に、小人と天邪鬼は佇んだ。正邪がもたれかかっている幹もやはり黒く湿っていて、背中は随分とひんやりしているんじゃないかと針妙丸は思った。少しあたりを見渡したがしかし、乾いた樹は見つからない。針妙丸は正邪の正面に仁王立ちになって見下ろした。気のせいだろうか、少し神妙な表情をしている、と正邪の顔を見て思った。
 針妙丸が無言で睨んでいると、蝶が一匹、二人の間に飛んできた。正邪はそれを目で追いながら、なにか諦念めいた物を感じさせる声で言った。
「捕まってしまったな」
「そうね、貴女の三日天下もここで終わり」
「ああ。これで、幻想郷をひっくり返そうとした天邪鬼は外に追放される、やっと平和になるわけだ」
「追放?」それは初耳だ。
「ああ、昨日、賢者様がね」
 そう言って正邪は黙った。変に乾燥した明るさのある声だった。空元気だろうか、針妙丸は思う。
 睨みつけながら、考えた。よくも騙してくれたな、よくも唆してくれたな、よくも、よくも私を見捨てて逃げたな、裏切ったな。言いたいことはいくらでもあったが、喉につかえて、どれも出てこない。どれもぶつけてしまいたい感情だったが、そのどれも適当な言葉だとは思われなかった。沈黙に耐えかねて、没収した道具を一つ一つ確かめる。
 最後に、小槌の模型を眺める。あの短い間にどうやって準備したのだろうか、とても精巧な複製だった。じっと目を凝らしていると、正邪が少し自慢げに言った。
「それ、よくできているだろう。私が作ったんだ」
「そうなの」
 すごいね、とは言わなかった。正邪はしんみりと言う。
「例え偽物でも、小槌はやはり、お前が持っている方がしっくりくるな」
 何故だか、胸を衝かれるような気がした。正邪が計画を立てて、針妙丸が小槌を振るう。あの反逆は、例え偽物でも楽しかった。正邪の顔を見ると、静かに目をつむっている。風ひとつ吹いていない、とても静かだ。
 針妙丸はふと思った。ここで彼女を逃がしてもいいのではないか。もう彼女は道具も力も持たぬ貧弱な妖怪だ。もはや何もできまい。それに追放などされたら、彼女は外の世界で生きてはいけないだろう。



 いや、待て。「追放」などと言ったのは誰だ。他ならぬ正邪である。それなら、それはまるっきりの嘘かもしれない。その後の、しんみりとした言葉も、同情を得るための芝居かもしれない。
 お前は彼女の言葉を信じてやれないのか、と心の中で問う声があった。
 もちろん、信じられるはずがない、と答える自分が居た。もう少しだけ純情であれたなら、少しだけそう思った。腰の輝針剣を引き抜いて、正邪の喉元に突きつけた。
「この嘘吐き!」
 正邪は一瞬だけ驚いた顔をして、それから唐突に笑い出した。声を立てて大笑いした。大笑いしながら、心底愉快そうな、混じりっ気のない楽しそうな笑顔で言った。
「私はお前が大好きだよ、針妙丸。お前が一番、私のことを憎んでくれる。天邪鬼冥利に尽きるねえ。そうだよ、嘘だ、全部嘘だ。お前の泣きそうな顔、最高だったよ」
 体の芯から力が抜けて、針妙丸は突きつけていた剣を下ろしてしまった。この天邪鬼は、私の心を傷つける一番効果的な方法を知っていたのだと思った。あと一歩、爆発しそうだった怒りが突然しぼんで、虚しさと無力感が入り混じる。
 突然後ろから声がした。
「追放だなんて人聞きが悪いこと、言ってませんわ」
 振り返ると八雲紫が立っていた。紫は言う。
「追放なんて必要ないわよ、だって貴女はもう、何もできないもの」
 正邪は答える。
「はん、小人にすら後れを取った賢者様が偉そうに」
「貴女がこれから何をしようとしても、どこにも味方は居ない。だって貴女は『自分はスペルカードルールを守らない』って宣伝して歩いたようなものだもの。貴女と組んで何かをするというのは幻想郷中の妖怪に実力で勝負を挑むのと同じ」
「お前達だって、ルールを破っただろうに。なんだ? あの避けさせる気のない弾幕は」
「弾幕を避けさせようと思って放つものはいませんことよ。それに、ちゃんと物理的に避けられるスキマは、貴女が挑んだどの弾幕にもありましたし、そうでないにしろ避けられない弾幕をルールでは禁止しておりませんわ。ただ、決闘は『美しくなければいけない』、それだけですの」
 紫の狙いを理解して、針妙丸はまた脱力感を憶える。
 紫はだめ押しのように言った。
「どこへとも行きなさい、貴女はもう幻想郷中の嫌われ者なのだから」
 天邪鬼は口角を上げてにやりと笑った。その様子はあたかも獣が牙を剥くかのよう。
「そうか、幻想郷中の嫌われ者か、はん、嬉しいねえ、恩に着るよ」
 それから一拍空けて、挑むように言った。
「ただ、あんたの思い通りになったのだけは気にくわないね。いつか後悔させてやるよ」
「好きになさい」
 言うが早いか、紫は居なくなった。
 針妙丸はもう、怒鳴る気にも、恨む気にもなれなかった。例えようのない疲労感だけが全身に残っていた。



 夕方、針妙丸は神社の縁側で何を眺めるともなくボーッとしていた。
 結局のところ、私は何がしたかったのだろう。確かに正邪には怒っていた。でも、怒鳴りつけたいわけではなかったのだ。恨めしかった、でも恨み言を言いたかった訳ではなかったのだ。
「ねえ霊夢、私は何がしたかったのかな」
「知らないわよ、そんなの」
 そう背後から聞こえた。そりゃ、そうだよなと思う。
「今日、正邪を捕まえたの」
「うん、あいつの盗んだ道具、持って帰ってきたわね」
「言いたいことは色々あったと思うの。でも、殆ど何も言えなかった。それとね、あいつは私に『自分は外の世界に追放される』って言ったの。でも私は信じられなかった」
「嘘だったんでしょ、それでいいじゃない」
「うん、でもそうじゃないんだ」
「信じてあげられなかった自分が嫌なの?」
「そうかもしれない」
「それなら、信じてあげて、騙されてあげた方がよかった?」
「それは…… 違う、かな」
 信じられなかった自分は嫌かもしれない。でも、信じていたらもっと傷ついていた。針妙丸は言う。
「私は何の為に、正邪を追っかけてたのかな」
 返事は聞こえなかった。針妙丸はまたボーッとする。一昨日の夢を思い出す。夢の中の正邪は、私が頭の中で作り上げた正邪だ。本物の正邪とは全く別物。それなら彼女はどんな顔をしていた? 少し、悲しそうな顔をしていたような気がする。
 はたと気がついた。ただ一言、「ごめん」と言って欲しかったのだ。たった一言「ごめん」と言ってもらって、一言「いいよ」と言って、そうすればまた新しい関係が築けると、また笑いあえる日が来ると、そう思っていたのだ。
 でも、そうはならなかった。彼女は天邪鬼、人間とはまるで違う。どう言葉を交わしても、絶対にわかり合えるはずなど無いのだ。どうやっても越えられない壁があったのだ。どんなに仲良くしたいと思っても、彼女は嫌われることを喜ぶ。
 それでも、嗚呼、一言「ごめん」と言って欲しかったな。
 気がつくと、歯をきつく噛みしめていた。
 脇にコトンと音を立てて何かが置かれた。見ると、霊夢がお茶の入った湯飲みを置いたのだった。
「私は夕飯の準備してくるから、これでも飲んでなさい」
 そう言って、顔もあわせずに部屋に戻っていった。「ありがとう」と一声かけて湯飲みを持つ。とても、温かかった。



 その日の夜、布団に入って目をつむると、とても静かだった。ここ二三日の間気になっていた、木々が風にそよぐ音も全く聞こえない。
 暫くすると、隣からすーすーと静かな寝息が聞こえ始めた。それを聞いている内に、少し安心したような心持ちになって、段々と意識が薄れていく。明日は人里に出てみよう、そう考えながら眠りについた。
 弾幕アマノジャクをプレイしていて、「そう言えば針妙丸のスペルは難易度が低いなあ」と思ったり、「実はノーアイテムで全部クリアという実績があるらしい」と聞いたりして妄想を膨らませました。
 しかし針妙丸は可愛いですね、手乗りサイズですよ、手乗りサイズ。机の上に針妙丸のおうちを作って一緒に暮らしたいですね。人差し指で頭を撫でてあげると照れくさそうにしてくれたりするわけです。ご飯を持ってきてあげると、なんか遠慮したりするわけです、針妙丸の食べる量なんてたいしたことないのに。
 やばいですね、萌え死ぬ一歩手前ですね。でも本当にやばいのは、パソコンに向かってこんな妄想を書いているキモい奴が居ることですね、今鏡を見たら死ねる自信があります。
 読了ありがとうございました。
居眠り魔神
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コメント



0.410簡易評価
3.70名前が図書程度の能力削除
針妙丸だけは会話の後ノーショットで待ってると攻撃やめちゃうし、タイムアップになっても、あの笑い声のSE出さないんですよね。
よく分からない関係性です。そのよく分からなさに悩む針妙丸もいい。
4.100名前が無い程度の能力削除
 切ない。これは切ない。
5.70名前が無い程度の能力削除
やはりせいしんはジャスティスって事ですよね
6.80奇声を発する程度の能力削除
うーむ…
13.80名前が無い程度の能力削除
けっきょく気持ちの問題なんで答えはないんでしょうね
それでも正邪からの「ごめん」を待っていたのなら針妙丸はまだまだ正邪を嫌ってないんでしょう
それが正邪にとってどういうものなのかはわかりようがありませんが
15.無評価名前が無い程度の能力削除
おい、あとがきw