Coolier - 新生・東方創想話

銀の少女と奇妙な帽子

2010/08/01 06:44:07
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 月が綺麗な、夜だった。

 竹の林──其処に横たわる一つの影。
 竹の林に遮られながらも、それでも月明かりはその隙間から差し込み、闇を照らす。その影を照らす。
 影は人。片腕は既に無く、地に倒した両足は千切れ掛け。その他の箇所も、大凡無事な所が見当たらない。
 それでも、僅か。僅かに上下する胸が、その人物がまだ生きているということを物語っていた。
 はぁ、と。それは荒い息を吐く。それには呆れが混じっていた。自分の心への呆れ。自分の体への呆れ。全く不便だ。この心も。この体も。
 ──しかし、この体で在るからこそ自分はまだ『生きている』。死体の様な、こんな状態でも生きている。そのことに、また先程と同じ息を吐いた。死体の癖に、生きている自分。死体になった、その理由。
「──ハ」
 もう呆れ返って笑うしかない。笑うしかないではないか、こんな自分は。だから月の下で自分自身を嘲笑う。あの忌々しい月の下、自分自身を嘲笑う。

 ──あの女と同じように、私を嘲笑う。

「大丈夫か?」

 そんな時だった。そんな月が綺麗な夜だった。
 彼女が、彼女に出会ったのは。





 『銀の少女と奇妙な帽子』





「大丈夫に、見えるか?」
「見えないな、少しも」
「なら聞くな」
「しかし、それだけ喋られるのなら大丈夫だろう?」
 大事なのは外見では無い、要は中身だ、と少女は笑いながら言った。
 少女。青に銀の混じった頭髪に、奇妙な、としか形容の仕様が無い形状の帽子を被った奇妙な少女はやはり笑いながら、彼女の胴に手を回す。そしてその細腕の何処にそのような力が有るのか、軽く、赤子でも扱うように彼女の体を担ぎ上げた。
「何をする! 放せっ……!」
 彼女──担がれた、銀髪の少女が抗議の声を上げるが青と銀の少女はそれについては無視をした。代わりに、声を掛ける。
「私の家はこの近くでな。まあ、直に着くから我慢しろ」
「そんなことは聞いてない。直ぐに下ろせ。でないと──」
「私を殺すか? その有様で? 莫迦を言う」
 くつくつと、薄く笑いながら少女を担いだままで言う少女。銀の少女のあからさまな強がりに、思わず笑いが漏れたといった様で。
「甘く見るな。私は本気で言っている」
「分かるとも。だが、何にせよ今はどうしようも無いだろう? こんな風に担ぎ上げられ、それを振り解くことも出来もしない」
「今だけだ」
「だから、今はこうされていろ。私は別にお前を取って食ったりするつもりは無いのだからな」
 自分と大して背丈の変わらぬ少女を抱えたままで、それでもそれが何だと言わんばかりにすたすたと歩きながらそういう少女。その少女に銀の少女は問う。
「ならば、どういうつもりだ?」
 ふ、と。やはり薄く笑いながら答える青と銀の少女。下らぬことを聞くなとばかりに。
「怪我人には介護が必要だ」
「頼んでもいないし、必要も、無い」
 そう、必要無い。彼女には、そのようなことは必要無い。
 だというのに。
 青と銀は、気にせず歩く。銀の少女が流す血に、服が、体が濡れることも気にせずに。

 ふと、足を止めた。そうして、空を仰ぐ。頭上には、月。
「ふむ、今夜は上弦から五日程か。となると、もう直に満月か」
 独り言のように呟く。実際に、それは独り言だったのだが。
「綺麗な月夜だ。そうは思わないか?」
 何処が。心の中だけで、反論する。月は嫌いだ。穢れた、月は嫌いだ。穢れたあいつを思い出す。

 穢れた、私を思い出す──

「……勿体の無いことだ」
 それだけを呟いて。青と銀の少女は後は無言で歩いた。


    ◆◇◆◇◆    


「私の名は上白沢慧音と言う」
 彼女──上白沢慧音の家で。掘り炬燵を間に、銀の少女と向かい合う。
 慧音は正座、少女は胡坐。残った右腕を足に掛け、丸めた拳を頬に突いた格好で慧音を見やる。あの奇妙な帽子は脱がれて慧音の隣に置かれていた。やはり、幾ら見ても奇妙な帽子だ。というより、あれを帽子と呼ぶこと自体が何だか癪だ。だが、他にあれに相応しいような呼び方が見つからない。有った。物体Xだ。
 まあそんなことはどうでもよく、銀の少女は口を開いた。
「何故助けた。限り無く余計なお世話だが」
 実際、無用な世話では在った。千切れかけていた筈の両足は、既に繋がり、破れたもんぺの箇所からは傷一つ無い足が見て取れる。無くなった、左腕を除いて──もうその他に外傷は見当たらなかった。
「便利な体だな」
 慧音は呟く。何処か、暗い声音で。その理由に気付き、少女は鼻を鳴らした。
 ──同情でも、しているつもりか物の怪風情。
「だから必要無いと言った」
 憮然とした格好と口調で少女は告げる。続けてもう一度、問うた。
「何故、助けた。助けたつもりでいた」
 慧音──この少女の姿をした妖し──は。少しだけ考えるように目を瞑り、開き、少女の目を真っ直ぐに見つめたままで、答えた。
「お前が人間だからだ」
 
 人間だから。私が人間だから助けた?

「ハ──」

 人間? 私が? この私が、人間?

「ハ、ハハ──」

 こんな、こんな私が人間だと?

「アハハハハハ──!」

 こんなに穢れて、こんなに外れた私が、人間だから──助けた?

「──莫迦か、お前」
 そう、告げた。自分の血で、濡れて濡れた少女に告げた。

「人間だよ、お前は」
 慧音は返す。含み、親が子供に言い聞かせるように。親が泣いた子供をあやすように。
 真っ直ぐな瞳で。そう返す。
「私が人間? お前も見ただろう、この身が蘇る、その様を! そう、蘇りだ。死に死に死に! 死んで終わって、尚蘇るこの体!!」

 欠けた左腕、その元に。ゆっくりと、緩やかに。新たな肉が生えて来る──

「これでも、私が人だというのか妖しよ! この身はもはや人で在って人に在らず! それでもまだ私が人だと囀るならば言ってみろ!!」

 ──その時が、お前の死ぬ時だ

 激情したその様とは裏腹に。酷く、冷たく静かな声音で。少女は告げる。

「人間だ、お前は」

 炎が、舞った。


    ◆◇◆◇◆    


「やれやれ、随分と暴れてくれたものだ」
 腰に両手を当て、溜息を吐きつつ慧音は言った。
 ぱちぱちと、燃える音。彼女の家が、竹の林が、燃える音。
 地に座り込み、俯けになったままの、彼女の体が燃える音。
 気に入りの帽子に手を掛け、位置を直しながら告げる。
「先に甘く見るな、と言ったな。少々遅くなったが私も言わせて貰おう──其方こそ、甘く見るな、と」
 その言葉に、少女の顔が、上がる。その目はまるで炎の様に、焔の様に。彼女を見竦める。
「私はワーハクタク。故に真の力が出せるのは満月の時だけだが……満月で無くとも手負いの相手にはそうそう遅れは取らぬよ。だから看護が必要だと言ったのだ。看護とは傷を治すだけでは無い。患者が万全になるまで──心も、体も、だ──見守ることを言う」
 其処まで言って、慧音は右腕をゆるりと横に振る。それと共に彼女達の周りで或いは燃え盛り、或いは燻っていた、炎が消える。
「全く、本当に随分と暴れてくれた。お陰で今の私ではこの程度の歴史を食うのが精一杯。今夜は何処で寝ろというのだ。まあ、しかしお前が万全で無かったのは幸いかもな。もしもそうであったのならば、眠るどころか今頃黄泉路か」
 やれやれだ、とぼやきながら慧音は少女に近付く。燃えるような視線を、涼しい顔で受け流し、少女の前に立ち止まった。
「何故助けたか、と言ったな。その理由は先にも言ったが……他にも理由が有るのだよ」
 其処で区切って、頭を掻くような仕草。生憎帽子を被っているので飽く迄ような、といった仕草では有ったが。
「既に知っての通り、私はこの竹林に住居を構えている。今さっき燃えてしまったが。つまりお前と話がしたかったのだよ、私は」
 そう言って、慧音は言葉を続けた。やたら、低い声音で。



「──少しばかりは、人の迷惑考えろ」



 少女の目が──銀の少女の目が、少し、揺らいだ。
 怒りに燃えていた、そんな瞳が揺らいだ。 

「本当はこんな手荒な真似などするつもりは無かったのだが。仕方無い、仕方無いよなぁ?」

 別の──自分以外の怒りに吹かれて、揺らいだ。

「何時からだろうな……私が床に着こうとすると、何処からからか音がするようになったのだよ。どっかん、どっかん、とな」

 彼女が、慧音が言いたいことに気付いてしまった。

「それも、毎晩、毎晩とだ。分かって貰えるだろうか。眠れない、ということがどれだけ辛いということが」

 もうとっくに炎は消えていた。交わしていた筈の視線も、何時の間にかずれていた。

「里の者にも言われたよ、そんなに目が赤いと何だか本当に妖怪みたいですね、とな」

 意味は無い。きっと意味は無いのだろうが、口笛なんぞ吹いてみた。

「子供にも逃げられるようになった。自己分析してみたが、目が充血し、頬が痩せこけた私は確かに怖いかも知れないな? キモイと言われても仕方が無いのかも知れないな?」

 うん、そう、子供って容赦が無いからねーと心で思って、口には出さない出せはしない。

「最後だ。お前達が暴れ回った後始末、誰が付けていたと思う? 因みにこれは問い掛けだ。そう難しくは無い問いだろうから、その自分の炎で蕩けた頭でも答えられると思っているが?」

 考えた。問いの答えでは無く、答えた後のことを考えた。

 考えて、答えが出た。だからこの言葉を口にしよう。
 ──どうせ何を言ってもたぶん結果は同じだろうから言ってみよう。



「その帽子、凄く趣味悪いよ? ぶっちゃけ、キモ──」



 吹っ飛んだ。吹っ飛んで、吹っ飛んだ先でまた吹っ飛んだ。そのまた先でまた吹っ飛ぶ。

 角が見えた。満月でも無いのに角が見えた。二つの角の、長さが何だか違うように見えるのは目の錯覚だろうか。何故か赤いリボンが付いているのは何かの見間違いだろうか。

 視界がぐるぐる回って気持ちが悪い。キモチ、ワルイナァと思ったら何だか感じる衝撃が更に酷くなったような気がした。
 そんなにその帽子気に入っていたのか。でもちょっとこれは過剰過ぎると思った。『あいつ』に殴られるより、よっぽど効いた。


    ◆◇◆◇◆    


 地面に大の字になって少女は夜空を見上げる。
 夜空には月。忌々しい、大嫌いな、月。

 ──でも今日は──

 月が、初めて。綺麗に見えた──





 ああ、生きているって素晴らしい。
暑い日が続きますね。今回で二回目の投稿となります。
慧音の髪色の描写にはかなり悩みましたが、このような形で。
もし少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
安眠まくら
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コメント



0.590簡易評価
7.80名前が無い程度の能力削除
安眠妨害は公害である。先生の怒りもむべなるかな。
10.70名前が無い程度の能力削除
看護が必要だと言いながらその要看護者をぶちのめしてるww
短気な慧音先生を見るのは初めてかもしれない、でも先生も人の子。妹紅との最初の出会いがケンカでもアリですよね。
12.90名前が無い程度の能力削除
らしく感じたw
16.100名前が無い程度の能力削除
そりゃもこたんアンタが悪いよ