私は自分へのこのギフトを大変憎悪している。私が破壊すると、大抵のものは取り返しがつかない。これは本当に利便性が高くて、しかも単純明快だ。つまり、気に入らなければ握り潰せば事足りるという幼児性を、自分の思うままに振るい給えと天は仰せなのである。
壊したいと思ったものに向かって握りこぶしを作ると、それは爽快に爆裂する。私はこれを真に厄介だと思うのだけれど、フラストレーションが一気に晴れるのと同時に、そのグロテスクさと愚かさ、自分と言う存在の悍ましさに対する、本当に夥しい不愉快さに襲われる。
そして、その不愉快さを掻き消すためにまた次の、もっと大きな、もっと取り返しのつかない破壊に手を染める。加害者は私だというのに、それは凌辱されているかのような最低の気分で、自分は自分と言う人格によって存在している訳ではなく、魂の中にふっと沸いた欲に支配されるだけの惨めなものに過ぎないという絶望感ばかりが渦巻く。
お姉様が食客として寵愛していた銀色の毛並みの綺麗な、利発そうな狼が居たのだけれど、私はそいつが私よりも大切にされているような気がしてムカついていたので、遊びに誘って外に連れ出してバラバラに破壊し尽くしたことがある。
こういうパターンの時は全てが終わってから、破壊するべきでなかった理由やら、私は確かにこの狼のことが気にくわなかったけれど、別に死んで欲しいわけじゃなかったという感情とかに気付いて最悪の気持ちになる。手遅れだ。
結局、ばれてしまう前にさっさと白状したが、お姉様はこの件に関しては流石に動揺と失望の念を隠し切れなかった様で、一時は一人にしてくれと部屋に籠ってしまうような有様だった。
後にお姉様は私に対して、彼は「我々」と一緒に暮らすことのリスクを全て承知の上で居たと前置きしたうえで、このことでお前を責めるつもりはないと言った。そして、もしお前がこの世の何もかもに絶望した時はまず一番に私を破壊する許可を与えようとも言った。
私はそれを、それがお姉様の誇りと天秤にかけても破壊すべきものだったか事前によく考えなさい、それでも最悪の最悪の時は一緒に死んでくれるという意味だと受け取ったけれど、それが正しい受け取り方だったかはわからない。
お姉様やパチュリー、美鈴なんかを破壊しないで済んでいるのは、単純にあの人たちが私の技量を上回り、喰らったら終わりの力を受けないようにする術に長けているからという身も蓋もない理由に過ぎないし、実際何度もそういう場面はあった。
私は、もっと大きな破壊をという欲求が満たされなければ自分でも後で考えて酷過ぎると思うような、恥を知らない行動に出る自覚があった。お姉様はそんな私を見かねて四肢を捥がせてさえくれた。大丈夫だといって血まみれで微笑むのが虚勢だというのはすぐにわかる。
白い肌が青く変わって冷や汗をかいて、それでも余裕そうな顔をしているお姉様を見ると本当に溜飲が下がる。全てから救われたような心地がする。私が居ることでお姉様が苦しむのであれば私は死ぬべきではないかという自明の理に毎度たどり着く。
しかし、なぜ私を殺さないのかと詰問したところで、それはお姉様が悲しそうな顔をするのみで何ら事態の解決を見ないだろうことにも、小賢しいことにお姉様が私を愛しており、私が自殺でもすれば絶望の漆に塗りつぶされることにも気付いていて、いよいよ八方地獄の様相だった。
始末に負えないが、それすら魅力的な提案だと思っていた。そんな生活を送っていたので、お姉様はこの館に咲夜を受け入れる時にも相当な苦悩を伴ったようだった。私は嫉妬からではなく、純粋に私の特性に脅かされるのであろう彼女の身を案じて一応反対した。
でも、私ごときがそんなことを言うまでもなくそのリスクについてお姉様は理解しているのだ。きっと、それを決意か、恐らく懇願した咲夜も。その出会いもその経緯も、地下に籠る私の耳に入ることはないけれど、お姉様はそういう方だから。
銀髪で、利発そうな。あの冬の雪に溶け込んだ誇り高い乾いた白を、湿気の名の元に潰した時のあの感触を、薄く引き伸ばされた間抜けで、眼をそむけたくなるようなあの赤を、思い出すような。
案の定、私は結局、ほどなくして咲夜の右脚をそうしてしまうのだった。すんでのところで美鈴が駆けつけたので、咲夜は死なずに済んだに過ぎない。私は右脚だけと思ったわけではなく、ちゃんと跡形もなく殺そうとした。
そして、私は驚いた。お姉様が私を責めなかったことにじゃない。もはや、全く不謹慎でずぼらで信じがたくて邪悪なことに、私はそのことに「やっぱりな」とすら思った。私が驚いたのは咲夜だ。咲夜は私に対して、その後一片の恐怖すら滲ませず、右の義足を似合うでしょうと私に自慢しに来た。
私は思わず、ただ、なんでと声が漏れてしまった。咲夜は義足を自慢していた時の無邪気な表情から一転して、柔和で慈悲をたたえた笑みを浮かべた。
「妹様は、お嬢様に殺してほしいと願っているのでしょう」
それはそうだ。私は同じ過ちを繰り返してきたし、これからもそうなるだろうという確信がある。何せ、自分の心の中で「やめるべき」と思っていながら「やめたい」とはさらさら思っていないのだ。自分の精神性の真に歪な部分だ。そしてまた、破壊の度に後悔するのだろう。私はきっと、破壊によって得られる快感と同じくらい、その悔恨と破滅へ向かう感覚を求めているんだ。そしてそれは…それは、きっとお姉様も理解しているはずだ。
「それは違います。お嬢様は妹様に希望を抱いておられます」
全くふざけている。そんなはずはない。第一、それは破綻している。確かにお姉様にとって私は大切で、たった一人の妹かもしれない。それでも私が破壊してきたものがお姉様にとってどれほどのものだったか、それが全部集めても私一人の方が大きいのかと考えれば、それは到底そうじゃない。
理屈で全てを割り切ることはできないさ、そんなことは判っている。だからあの人が私へ愛情より強い憎悪を抱いていても、それでも私を愛すことを滑稽だとは思わない。
食料、宝物、住居、下僕、地位、情景、盟友、家族思いつく限り踏み躙った。この私がだ!いくら歪んでいても、それでもお姉様が私を愛してくれていることまでは認める。認めてやるとも。そこまではいい。だが私に希望を抱いているなど到底受け入れられるわけがない。私達姉妹の四方八方にあるのは絶望だ。地獄だけだ!私を殺せと叫んだ時のお姉様のあの顔がその何よりの証拠ではないのか!
「そうかもしれません。でも、それは妹様がお嬢様に裁いてほしいから、そう思うだけ。かもしれません。
例えば、
例えば、ごく幸せにそれまで生きてきた娘に過ちを叱責した母親が、自分は本当の娘でないから愛されていないのだと不貞腐れたら母親はどんな顔をするでしょう。それだけのことかもしれません」
馬鹿なことを言うな。比較するにはあまりにも、おどけてすらいるぞそれは。仮定として出すにしたってもう少しマシなものがある。お前がどれだけお姉様を理解していると言うのだ。私と比べて、どれだけ。
「それでも、私は妹様を憎むことはありません。あの方の、あの方のお心は月明りのように暖かいですから。信じなければ…希望を抱かなければ、何もできませんから。なればこそ、あの方は私をここに置いてくださる決意をしたのでしょうから」
いや、お前は間違って――いや、いや、そうだ。その通りだ。あの人は、優しいんだ。
私はあの人を、私を殺してくれないあの人を逆恨みしていたんだ。
それを決意するにはそれからかなり日数を要したが、私はついにお姉様に向かって、私は咲夜を歓迎するし、私は咲夜を脅かさないと約束しますと宣言した。
お姉様は落涙して、初めて私が楽観的なことを口走ったのを大変祝福した。
壊したいと思ったものに向かって握りこぶしを作ると、それは爽快に爆裂する。私はこれを真に厄介だと思うのだけれど、フラストレーションが一気に晴れるのと同時に、そのグロテスクさと愚かさ、自分と言う存在の悍ましさに対する、本当に夥しい不愉快さに襲われる。
そして、その不愉快さを掻き消すためにまた次の、もっと大きな、もっと取り返しのつかない破壊に手を染める。加害者は私だというのに、それは凌辱されているかのような最低の気分で、自分は自分と言う人格によって存在している訳ではなく、魂の中にふっと沸いた欲に支配されるだけの惨めなものに過ぎないという絶望感ばかりが渦巻く。
お姉様が食客として寵愛していた銀色の毛並みの綺麗な、利発そうな狼が居たのだけれど、私はそいつが私よりも大切にされているような気がしてムカついていたので、遊びに誘って外に連れ出してバラバラに破壊し尽くしたことがある。
こういうパターンの時は全てが終わってから、破壊するべきでなかった理由やら、私は確かにこの狼のことが気にくわなかったけれど、別に死んで欲しいわけじゃなかったという感情とかに気付いて最悪の気持ちになる。手遅れだ。
結局、ばれてしまう前にさっさと白状したが、お姉様はこの件に関しては流石に動揺と失望の念を隠し切れなかった様で、一時は一人にしてくれと部屋に籠ってしまうような有様だった。
後にお姉様は私に対して、彼は「我々」と一緒に暮らすことのリスクを全て承知の上で居たと前置きしたうえで、このことでお前を責めるつもりはないと言った。そして、もしお前がこの世の何もかもに絶望した時はまず一番に私を破壊する許可を与えようとも言った。
私はそれを、それがお姉様の誇りと天秤にかけても破壊すべきものだったか事前によく考えなさい、それでも最悪の最悪の時は一緒に死んでくれるという意味だと受け取ったけれど、それが正しい受け取り方だったかはわからない。
お姉様やパチュリー、美鈴なんかを破壊しないで済んでいるのは、単純にあの人たちが私の技量を上回り、喰らったら終わりの力を受けないようにする術に長けているからという身も蓋もない理由に過ぎないし、実際何度もそういう場面はあった。
私は、もっと大きな破壊をという欲求が満たされなければ自分でも後で考えて酷過ぎると思うような、恥を知らない行動に出る自覚があった。お姉様はそんな私を見かねて四肢を捥がせてさえくれた。大丈夫だといって血まみれで微笑むのが虚勢だというのはすぐにわかる。
白い肌が青く変わって冷や汗をかいて、それでも余裕そうな顔をしているお姉様を見ると本当に溜飲が下がる。全てから救われたような心地がする。私が居ることでお姉様が苦しむのであれば私は死ぬべきではないかという自明の理に毎度たどり着く。
しかし、なぜ私を殺さないのかと詰問したところで、それはお姉様が悲しそうな顔をするのみで何ら事態の解決を見ないだろうことにも、小賢しいことにお姉様が私を愛しており、私が自殺でもすれば絶望の漆に塗りつぶされることにも気付いていて、いよいよ八方地獄の様相だった。
始末に負えないが、それすら魅力的な提案だと思っていた。そんな生活を送っていたので、お姉様はこの館に咲夜を受け入れる時にも相当な苦悩を伴ったようだった。私は嫉妬からではなく、純粋に私の特性に脅かされるのであろう彼女の身を案じて一応反対した。
でも、私ごときがそんなことを言うまでもなくそのリスクについてお姉様は理解しているのだ。きっと、それを決意か、恐らく懇願した咲夜も。その出会いもその経緯も、地下に籠る私の耳に入ることはないけれど、お姉様はそういう方だから。
銀髪で、利発そうな。あの冬の雪に溶け込んだ誇り高い乾いた白を、湿気の名の元に潰した時のあの感触を、薄く引き伸ばされた間抜けで、眼をそむけたくなるようなあの赤を、思い出すような。
案の定、私は結局、ほどなくして咲夜の右脚をそうしてしまうのだった。すんでのところで美鈴が駆けつけたので、咲夜は死なずに済んだに過ぎない。私は右脚だけと思ったわけではなく、ちゃんと跡形もなく殺そうとした。
そして、私は驚いた。お姉様が私を責めなかったことにじゃない。もはや、全く不謹慎でずぼらで信じがたくて邪悪なことに、私はそのことに「やっぱりな」とすら思った。私が驚いたのは咲夜だ。咲夜は私に対して、その後一片の恐怖すら滲ませず、右の義足を似合うでしょうと私に自慢しに来た。
私は思わず、ただ、なんでと声が漏れてしまった。咲夜は義足を自慢していた時の無邪気な表情から一転して、柔和で慈悲をたたえた笑みを浮かべた。
「妹様は、お嬢様に殺してほしいと願っているのでしょう」
それはそうだ。私は同じ過ちを繰り返してきたし、これからもそうなるだろうという確信がある。何せ、自分の心の中で「やめるべき」と思っていながら「やめたい」とはさらさら思っていないのだ。自分の精神性の真に歪な部分だ。そしてまた、破壊の度に後悔するのだろう。私はきっと、破壊によって得られる快感と同じくらい、その悔恨と破滅へ向かう感覚を求めているんだ。そしてそれは…それは、きっとお姉様も理解しているはずだ。
「それは違います。お嬢様は妹様に希望を抱いておられます」
全くふざけている。そんなはずはない。第一、それは破綻している。確かにお姉様にとって私は大切で、たった一人の妹かもしれない。それでも私が破壊してきたものがお姉様にとってどれほどのものだったか、それが全部集めても私一人の方が大きいのかと考えれば、それは到底そうじゃない。
理屈で全てを割り切ることはできないさ、そんなことは判っている。だからあの人が私へ愛情より強い憎悪を抱いていても、それでも私を愛すことを滑稽だとは思わない。
食料、宝物、住居、下僕、地位、情景、盟友、家族思いつく限り踏み躙った。この私がだ!いくら歪んでいても、それでもお姉様が私を愛してくれていることまでは認める。認めてやるとも。そこまではいい。だが私に希望を抱いているなど到底受け入れられるわけがない。私達姉妹の四方八方にあるのは絶望だ。地獄だけだ!私を殺せと叫んだ時のお姉様のあの顔がその何よりの証拠ではないのか!
「そうかもしれません。でも、それは妹様がお嬢様に裁いてほしいから、そう思うだけ。かもしれません。
例えば、
例えば、ごく幸せにそれまで生きてきた娘に過ちを叱責した母親が、自分は本当の娘でないから愛されていないのだと不貞腐れたら母親はどんな顔をするでしょう。それだけのことかもしれません」
馬鹿なことを言うな。比較するにはあまりにも、おどけてすらいるぞそれは。仮定として出すにしたってもう少しマシなものがある。お前がどれだけお姉様を理解していると言うのだ。私と比べて、どれだけ。
「それでも、私は妹様を憎むことはありません。あの方の、あの方のお心は月明りのように暖かいですから。信じなければ…希望を抱かなければ、何もできませんから。なればこそ、あの方は私をここに置いてくださる決意をしたのでしょうから」
いや、お前は間違って――いや、いや、そうだ。その通りだ。あの人は、優しいんだ。
私はあの人を、私を殺してくれないあの人を逆恨みしていたんだ。
それを決意するにはそれからかなり日数を要したが、私はついにお姉様に向かって、私は咲夜を歓迎するし、私は咲夜を脅かさないと約束しますと宣言した。
お姉様は落涙して、初めて私が楽観的なことを口走ったのを大変祝福した。
最高
素晴らしいと思います
淡々と語られている雰囲気があまり話を重苦しくしすぎていない(話自体が重いのに)ところがとても良かったです。丁寧でした。
レミリアの強さも感じられて感動できました。
ありがとうございます。
キレイな文体も相まって、その暖かさが伝わってきました。とても素敵でした。面白かったです。