静かな空間。わたしは今、誰にも邪魔されることなく自分の研究を進めている。筆が進む。研究が進む。わたしのいる場所はとても静かで心地よい。
いや、静かなのではない。ここでは筆が立てる音も、わたしの足音も何一つしない空間。そう、ここは音のない世界。
それが今、わたしのいる世界だった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
事の起こりはいつだったろうか。わたしは自分の研究がはかどらず、いらいらと失望の中にいた。
「何がだめだって言うのよ……」
自分の知識の乏しさを改めて思い知る。悔しい。情けない。そんな気持ちがますますわたしをいらだたせた。そんな気持ちを人形が察したのか、硝子の目でわたしを慰めてくれる。
「よお、ノックしても返事がないから勝手に上がらせてもらったぜ」
魔理沙の声が後ろから聞こえた。
のんきな声。いつもならそれなりに歓迎するけど、今のわたしにとっては迷惑以外の何者でもない。
「悪いけど帰って」
「おいおい、いきなりそれはないだろう?」
「うるさい!帰れって言ったのよ!!」
「うわ、そんな声で怒鳴らなくてもいいだろうが。わかったよ、今日は帰るよ」
魔理沙がきびすを返してわたしの部屋から消えようとする。ドアを開け、立ち去ろうとする直前に、
「アリス、あんまり根を詰めすぎると、かえって逆効果だぜ」
それだけ言い残して魔理沙は立ち去った。そんなことはわかってるわよ。ほっといて。
ごおおおおおおおおおお。
がたがたがたがた。
風に煽られ、窓がゆれる。
今日は風が強い日である。外がうるさくてかなわない。くそ、自室じゃ音が気になって集中できないじゃないか。仕方なく、別の場所なら静かかもしれない。幸い、外の風は収まったようだ。わたしは人形に留守を任せると、心当たりのある静かな場所に言ってみることにした。
「それでうちなわけ?他にもっと静か場所があるでしょうが」
霊夢はため息を漏らしてつぶやいた。
博麗神社。ここならそれなりに静かだろうし、研究もはかどりそうだ。
「ペンや紙は用意してきたわ。本も。書き物をするだけよ」
「まあ、いいけどね。空いてる部屋を使ってちょうだい」
「感謝するわ」
わたしは用意してきた本を開き、資料をまとめる。予想どおりここは静かな場所。快適だ。
しかし。
ああ、もう。風がやんだと思ったら、また掃除しないといけないじゃない。
さっさっさっさ。
霊夢が庭の掃除を始めたようだ。最初は気にしてはいけないと思いつつも、
さっさっさっさ。
やはり気になる。くそ、気になりだしたら集中できなくなってきた。わたしは庭に顔を出す。
「霊夢。悪いけど静かにして」
「あー、何?うるさかったの?悪いわね」
霊夢は掃除を切り上げてくれた。わたしのわがままに付き合ってもらってるのに、ちょっと失礼だったか。
気を取り直して、研究、研究。
と。
こぽこぽこぽこぽこぽ。
ずずずずずずずずずずずず。
はーっ……
ばりっ、ばりばり。
ずずずずずずずずず。
今度は霊夢がお茶を飲みだしたようだ。ああ、もう、この音が気になってしょうがない。気が散る。
失望したわたしは、霊夢に何も言わず、神社を後にした。
「ふーん、研究をしたいから図書館を貸してほしいのね?」
「ええ、一角で構わないから貸してほしいの」
「本を持ち出さないなら、別に構わない。でも、本を汚したら怒るわよ」
「ありがとう」
パチュリーの厚意で、図書館を貸してもらった。さて、ここなら資料もそろってるし、静かだし、研究がはかどる。さあ、研究に集中しないと。
ところが。
げほっ、げほっ、ごほっ。
そうか、パチュリーは喘息を患ってると言っていた。どうやら発作のようだ。
げほっ、げほっ、ごほっ。
しかし、うるさいな。集中できないじゃない。
げほっげほっごほっ。
ぱたぱたぱた。
図書館に住み着く小悪魔の羽の音まで聞こえる。ああ、ここもだめだ、集中できそうもない。
わたしはもっと音源から遠ざかってみることにした。ここなら静かだ。わたしは本を開き、ペンを取る。
だが。
ぱたぱたぱたぱた。
ごそごそ。
ぱらぱらぱらぱら。
なにやら、小悪魔が調べものを始めたようで、ページをめくる音がうるさくてしょうがない。
ああ、気になる気になる。お願いだから、これ以上わたしをいらいらさせないで。頭に来たわたしは、パチュリーに挨拶もせずに図書館を出て行った。
わたしだけが知っている魔法の森の奥地。ここなら人もいないし、静かだ。ここならきっとわたしの研究がはかどるだろう。
だがここでも。
さわさわさわさわさわさわ。
ばたばたばたばた。
いつもなら心地よく聞こえるはずの木々のざわめき、鳥の羽ばたきがひどくうるさく聞こえる。おかしい、木のざわめきはこんなにうるさかっただろうか。鳥の羽ばたきはこんなにも不快だっただろうか。
さわさわさわさわさわさわ。
ばたばたばたばた。
ああ、うるさいうるさい。頼むから静かにしてくれないか。無理だとわかっていてもそう思いたくなる。静かにして。お願いだから……
「静かにしてよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
誰もいない森の奥でわたしは一人叫んでいた。
わたしは家に戻る。もう静かになるところなんて心当たりがなくってきたからだ。
わたしは自分の家の地下に用意した実験室を使うことにした。危険な実験をするとき以外にめったに使わないのだが、あそこなら静かだ。
わたしは地下の部屋で研究を始める。思ったとおり、地下では外のうるさい音が聞こえない。これなら研究がはかどるだろう。わたしは上から持ってきた書物を開き、調べものを始める。
ところが。
かちこち、かちこち、かちこち。
ああ、何だこの音は。うるさくて集中できないじゃないか。
わたしは音源を探し出す。それは以前、古道具屋で買った置時計であった。わたしは時計を止める。地下に静寂が訪れる。
ほっと一息をつき、研究に戻ろうとする。
と。
こぽこぽこぽこぽこぽ。
かちゃかちゃかちゃ。
何だ、何の音だ。うるさいな。
今度はどこから聞こえてくるんだ。これは、上からか?上がってみると、人形たちが紅茶とお菓子を用意している。ああ、この音か。
「ああ、あなたたち、今日は、それはいいから、静かしてくれないかしら」
人形たちはおとなしくなった。さすが、わたしの作った人形たちはよく出来ている。わたしは安心して、研究に戻る。
ぱたん。ドアを閉めれば、そこには静寂。ああ、これで研究が出来る。わたしは、目の前に積んだ本に向かう。ペンを取り、資料を目にしながら、数式、必要な情報を書き出していく。思ったとおりだ。はかどる。筆が進む。そうだ、これだ。わたしにはこれが必要だったんだ。
ところがまた。
はたはたはたはた。
ずりずりずりずり。
何の音だ。うるさい。また外から聞こえる。地下から上がって、見れば、人形たちが勝手に飛んだり、走り回ったりしている。わたしが聞いた音は、人形たちの服がすれる音、足音だったのだ。どうやら人形は、わたしが命令をしてないから好き勝手に行動しているようだ。だが……
「あなたたち!!」
わたしの一喝に、人形たちがびくん、となる。
「静かにして!もう動かないで!!」
わたしは人形の言ったを掴んで、床に叩きつける。かしゃんと乾いた音を立てて、人形は二度と動かなくなった。人形たちも驚いたようで、雲を散らすように逃げ出す。わたしはそれを追って、一体ずつ壊していく。
それを繰り返してどれだけ時間がたっただろう。
わたしの人形たちは、すべて動きを止めていた。床には、かつて人形だったものの残骸が転がって、足の踏み場もない。
ほっと一息をつく。少し、笑いさえこみ上げてきた。
やった、これで静かになったんだ。
奇妙な達成感と共に、わたしは地下に戻って、研究を続ける。
しかし。
かりかりかりかりかり。
ぱらぱらぱらぱら。
かりかりかりかりかり。
ぱらぱらぱらぱら。
研究を進めるうちに少しずつだが、ある音が気になりだしてきた。
かりかりかりかりかり。
ぱらぱらぱらぱら。
かりかりかりかりかり。
ぱらぱらぱらぱら。
ためしに耳に栓をしてみたが、だめだ。気になる。どうしよう、今度はわたしの出す音が気になりだした。本をめくる音、ペンを走らせる音。すべてがわたしの気を散らす。だめだ、このままではだめだ。わたしが研究できない。なんとかしないといけない。なんとかしないと……
「どうしたんだ、アリスがわたしのうちに来るなんて珍しい……って、どうしたんだよ、ずいぶんやつれて」
「魔理沙、お願い……助けて……」
「おいおい、どうした?」
「静か場所、ううん、音のない場所、音のない場所がほしいの。お願い、協力して」
魔理沙は自分の研究室を用意してくれた。しかし、入るなり、わたしの足音が聞こえた。
「だめ……音がする」
「ちょ、ちょっと待てよ、どんな研究室だろうが自分の足音位するだろうが!」
「うるさいのよ、集中できないの!音がしない場所よ!足音も!ペンの音も!本をめくる音もいらないの!音のない場所を用意してよ!」
わたしの要求に、魔理沙はすっかり困り果てていた。
「で、わたしまで引っ張り出されたわけ?まったく……」
「文句を言うな、こういうことをお前以外に頼めるやつをわたしは知らないんだ」
「やれやれ……」
霊夢は面倒くさそうに頭をかき、四枚のお札を懐から取り出した。
「これを部屋の壁四方に貼るわ。一種の結界ね。これを貼ると、部屋の中で発生する一切の音が消えるの。でも本気でやるの?」
「お願いするわ」
「わたしからもお願いするぜ。やってくれ」
「どうなっても知らないわよ……」
霊夢は地下の壁四方ににお札を貼る。お札に念を送って、効果を発現させていく。私はその様子を部屋の外から見守るしか出来なかった。部屋の中では霊夢が何かの儀式を始めだした。
どのくらい時間がたったかわからない。
霊夢は部屋から出てくる。
「これでよし……っと」
「もう終わったのか?」
「ええ、これで音はしないはずよ」
「ありがとう」
霊夢と魔理沙を見送り、わたしは霊夢の作り上げた結界に足を踏み入れる。踏み入れた瞬間、足音が消えた。一瞬どきっとしたが、続いて、わたしは適当な硝子ビン同士をかち合わせてみる。驚くことにカチンとも音がしなかった。これだ、これがわたしの望んだ場所なんだ!
わたしは音のない部屋で歓喜の絶叫を上げた。その声さえもこの結果の中では聞こえなかった。
それからわたしの研究は驚くほど進んだ。静寂とはかくも貴重ものだったか。わたしはある種の感動さえ感じていた。用紙に字が走る。数式が結ばれていく。今まで明確にされなかった魔法同士の因果が解明されていく。これまでの悩みが嘘のようにペンが走る。最高の気分だ。霊夢には感謝しないといけない。わたしの研究は、いよいよ大詰めを迎え始めようとした。
と。
音が聞こえた。とてもリズミカルでやかましい音。どこだ。ここは音のしない結界のはずだろう。どこから音が聞こえるんだ。ああ、だめだ。いらいらしてくる。それに呼応してか、ノイズがどんどん大きくなっていくように感じた。ああ、やめてくれ。集中したいのよ。お願いだから静かしてちょうだい。ノイズは大きく、大きくなっていく。どこだ。一体音源はどこなんだ。わたしは探すが見つからない。おかしい、どこにあるんだろう。わからない。
ふと、私はその音源が、とても身近で聞いたことのある音だと気がつく。それと同時に、音の正体を突き止めた。
ああ、そっか。
この音を止めれば、今度こそ静かになるんだぁ……
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「霊夢、いくらなんでもおかしくないか?もう一週間もあの部屋に閉じこもりきりなんだぜ」
「人間ならともかく、アリスは妖怪よ、一週間程度あの部屋にいても平気だと思うけど……」
「でも、いくらなんでも一度も顔を見せないなんておかしいぜ。それに、この間あいつの部屋に行ったとき、そこらじゅうに壊れた人形が散らばってただろう?アリスが普通の状態とは思えないんだ」
「それはわたしに依頼をしてきたときからおかしくなってるとは思ったけどね」
二人は定期的にアリスの様子を見ていたが、一週間姿を見せないアリスを心配し、勝手にアリスの家に入り込み、地下に降りていた。
魔理沙はアリスに何か会ったのではないかとしきりに心配している。対して、霊夢のほうは別にいつもどおり落ち着いた様子である。
二人はアリスがいるであろう、地下の実験室の前にたどり着いた。
「アリスー、いるー?」
どんどんとドアを叩くが反応がない。
「おかしいわね」
「聞こえてないんじゃないか?」
「ああ、そうね。結界を張っていたら、聞こえないわね。ちょっと待って、結界を解くから」
霊夢は印を結び、呪を唱える。
「これでよし、アリス、アリス?」
ノックをしても反応がない。
「返事がないわね」
「勝手に入ろうぜ」
「そうね」
二人はノブに手をかける。鍵はかかっていなかった。抵抗なく開くドア。中の様子は暗くてよく見えなかった。魔理沙は用意してきたランプに火をともす。
照らされた光景に、霊夢と魔理沙はあっと息を呑んだ。
二人の目に飛び込んできたもの。
アリスはランプに照らされ、普段の人形のようなかわいらしさが際立つ。アリスはは穏やかな顔でいすに腰掛けていた。その様子は一見すると、自分の研究に目を通しているようにも見える。
そしてその胸元には。
アリス愛用のペンが突き立てられていた。
アリスは己の鼓動を止め、完全な静寂を手に入れたのだ。
いや、静かなのではない。ここでは筆が立てる音も、わたしの足音も何一つしない空間。そう、ここは音のない世界。
それが今、わたしのいる世界だった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
事の起こりはいつだったろうか。わたしは自分の研究がはかどらず、いらいらと失望の中にいた。
「何がだめだって言うのよ……」
自分の知識の乏しさを改めて思い知る。悔しい。情けない。そんな気持ちがますますわたしをいらだたせた。そんな気持ちを人形が察したのか、硝子の目でわたしを慰めてくれる。
「よお、ノックしても返事がないから勝手に上がらせてもらったぜ」
魔理沙の声が後ろから聞こえた。
のんきな声。いつもならそれなりに歓迎するけど、今のわたしにとっては迷惑以外の何者でもない。
「悪いけど帰って」
「おいおい、いきなりそれはないだろう?」
「うるさい!帰れって言ったのよ!!」
「うわ、そんな声で怒鳴らなくてもいいだろうが。わかったよ、今日は帰るよ」
魔理沙がきびすを返してわたしの部屋から消えようとする。ドアを開け、立ち去ろうとする直前に、
「アリス、あんまり根を詰めすぎると、かえって逆効果だぜ」
それだけ言い残して魔理沙は立ち去った。そんなことはわかってるわよ。ほっといて。
ごおおおおおおおおおお。
がたがたがたがた。
風に煽られ、窓がゆれる。
今日は風が強い日である。外がうるさくてかなわない。くそ、自室じゃ音が気になって集中できないじゃないか。仕方なく、別の場所なら静かかもしれない。幸い、外の風は収まったようだ。わたしは人形に留守を任せると、心当たりのある静かな場所に言ってみることにした。
「それでうちなわけ?他にもっと静か場所があるでしょうが」
霊夢はため息を漏らしてつぶやいた。
博麗神社。ここならそれなりに静かだろうし、研究もはかどりそうだ。
「ペンや紙は用意してきたわ。本も。書き物をするだけよ」
「まあ、いいけどね。空いてる部屋を使ってちょうだい」
「感謝するわ」
わたしは用意してきた本を開き、資料をまとめる。予想どおりここは静かな場所。快適だ。
しかし。
ああ、もう。風がやんだと思ったら、また掃除しないといけないじゃない。
さっさっさっさ。
霊夢が庭の掃除を始めたようだ。最初は気にしてはいけないと思いつつも、
さっさっさっさ。
やはり気になる。くそ、気になりだしたら集中できなくなってきた。わたしは庭に顔を出す。
「霊夢。悪いけど静かにして」
「あー、何?うるさかったの?悪いわね」
霊夢は掃除を切り上げてくれた。わたしのわがままに付き合ってもらってるのに、ちょっと失礼だったか。
気を取り直して、研究、研究。
と。
こぽこぽこぽこぽこぽ。
ずずずずずずずずずずずず。
はーっ……
ばりっ、ばりばり。
ずずずずずずずずず。
今度は霊夢がお茶を飲みだしたようだ。ああ、もう、この音が気になってしょうがない。気が散る。
失望したわたしは、霊夢に何も言わず、神社を後にした。
「ふーん、研究をしたいから図書館を貸してほしいのね?」
「ええ、一角で構わないから貸してほしいの」
「本を持ち出さないなら、別に構わない。でも、本を汚したら怒るわよ」
「ありがとう」
パチュリーの厚意で、図書館を貸してもらった。さて、ここなら資料もそろってるし、静かだし、研究がはかどる。さあ、研究に集中しないと。
ところが。
げほっ、げほっ、ごほっ。
そうか、パチュリーは喘息を患ってると言っていた。どうやら発作のようだ。
げほっ、げほっ、ごほっ。
しかし、うるさいな。集中できないじゃない。
げほっげほっごほっ。
ぱたぱたぱた。
図書館に住み着く小悪魔の羽の音まで聞こえる。ああ、ここもだめだ、集中できそうもない。
わたしはもっと音源から遠ざかってみることにした。ここなら静かだ。わたしは本を開き、ペンを取る。
だが。
ぱたぱたぱたぱた。
ごそごそ。
ぱらぱらぱらぱら。
なにやら、小悪魔が調べものを始めたようで、ページをめくる音がうるさくてしょうがない。
ああ、気になる気になる。お願いだから、これ以上わたしをいらいらさせないで。頭に来たわたしは、パチュリーに挨拶もせずに図書館を出て行った。
わたしだけが知っている魔法の森の奥地。ここなら人もいないし、静かだ。ここならきっとわたしの研究がはかどるだろう。
だがここでも。
さわさわさわさわさわさわ。
ばたばたばたばた。
いつもなら心地よく聞こえるはずの木々のざわめき、鳥の羽ばたきがひどくうるさく聞こえる。おかしい、木のざわめきはこんなにうるさかっただろうか。鳥の羽ばたきはこんなにも不快だっただろうか。
さわさわさわさわさわさわ。
ばたばたばたばた。
ああ、うるさいうるさい。頼むから静かにしてくれないか。無理だとわかっていてもそう思いたくなる。静かにして。お願いだから……
「静かにしてよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
誰もいない森の奥でわたしは一人叫んでいた。
わたしは家に戻る。もう静かになるところなんて心当たりがなくってきたからだ。
わたしは自分の家の地下に用意した実験室を使うことにした。危険な実験をするとき以外にめったに使わないのだが、あそこなら静かだ。
わたしは地下の部屋で研究を始める。思ったとおり、地下では外のうるさい音が聞こえない。これなら研究がはかどるだろう。わたしは上から持ってきた書物を開き、調べものを始める。
ところが。
かちこち、かちこち、かちこち。
ああ、何だこの音は。うるさくて集中できないじゃないか。
わたしは音源を探し出す。それは以前、古道具屋で買った置時計であった。わたしは時計を止める。地下に静寂が訪れる。
ほっと一息をつき、研究に戻ろうとする。
と。
こぽこぽこぽこぽこぽ。
かちゃかちゃかちゃ。
何だ、何の音だ。うるさいな。
今度はどこから聞こえてくるんだ。これは、上からか?上がってみると、人形たちが紅茶とお菓子を用意している。ああ、この音か。
「ああ、あなたたち、今日は、それはいいから、静かしてくれないかしら」
人形たちはおとなしくなった。さすが、わたしの作った人形たちはよく出来ている。わたしは安心して、研究に戻る。
ぱたん。ドアを閉めれば、そこには静寂。ああ、これで研究が出来る。わたしは、目の前に積んだ本に向かう。ペンを取り、資料を目にしながら、数式、必要な情報を書き出していく。思ったとおりだ。はかどる。筆が進む。そうだ、これだ。わたしにはこれが必要だったんだ。
ところがまた。
はたはたはたはた。
ずりずりずりずり。
何の音だ。うるさい。また外から聞こえる。地下から上がって、見れば、人形たちが勝手に飛んだり、走り回ったりしている。わたしが聞いた音は、人形たちの服がすれる音、足音だったのだ。どうやら人形は、わたしが命令をしてないから好き勝手に行動しているようだ。だが……
「あなたたち!!」
わたしの一喝に、人形たちがびくん、となる。
「静かにして!もう動かないで!!」
わたしは人形の言ったを掴んで、床に叩きつける。かしゃんと乾いた音を立てて、人形は二度と動かなくなった。人形たちも驚いたようで、雲を散らすように逃げ出す。わたしはそれを追って、一体ずつ壊していく。
それを繰り返してどれだけ時間がたっただろう。
わたしの人形たちは、すべて動きを止めていた。床には、かつて人形だったものの残骸が転がって、足の踏み場もない。
ほっと一息をつく。少し、笑いさえこみ上げてきた。
やった、これで静かになったんだ。
奇妙な達成感と共に、わたしは地下に戻って、研究を続ける。
しかし。
かりかりかりかりかり。
ぱらぱらぱらぱら。
かりかりかりかりかり。
ぱらぱらぱらぱら。
研究を進めるうちに少しずつだが、ある音が気になりだしてきた。
かりかりかりかりかり。
ぱらぱらぱらぱら。
かりかりかりかりかり。
ぱらぱらぱらぱら。
ためしに耳に栓をしてみたが、だめだ。気になる。どうしよう、今度はわたしの出す音が気になりだした。本をめくる音、ペンを走らせる音。すべてがわたしの気を散らす。だめだ、このままではだめだ。わたしが研究できない。なんとかしないといけない。なんとかしないと……
「どうしたんだ、アリスがわたしのうちに来るなんて珍しい……って、どうしたんだよ、ずいぶんやつれて」
「魔理沙、お願い……助けて……」
「おいおい、どうした?」
「静か場所、ううん、音のない場所、音のない場所がほしいの。お願い、協力して」
魔理沙は自分の研究室を用意してくれた。しかし、入るなり、わたしの足音が聞こえた。
「だめ……音がする」
「ちょ、ちょっと待てよ、どんな研究室だろうが自分の足音位するだろうが!」
「うるさいのよ、集中できないの!音がしない場所よ!足音も!ペンの音も!本をめくる音もいらないの!音のない場所を用意してよ!」
わたしの要求に、魔理沙はすっかり困り果てていた。
「で、わたしまで引っ張り出されたわけ?まったく……」
「文句を言うな、こういうことをお前以外に頼めるやつをわたしは知らないんだ」
「やれやれ……」
霊夢は面倒くさそうに頭をかき、四枚のお札を懐から取り出した。
「これを部屋の壁四方に貼るわ。一種の結界ね。これを貼ると、部屋の中で発生する一切の音が消えるの。でも本気でやるの?」
「お願いするわ」
「わたしからもお願いするぜ。やってくれ」
「どうなっても知らないわよ……」
霊夢は地下の壁四方ににお札を貼る。お札に念を送って、効果を発現させていく。私はその様子を部屋の外から見守るしか出来なかった。部屋の中では霊夢が何かの儀式を始めだした。
どのくらい時間がたったかわからない。
霊夢は部屋から出てくる。
「これでよし……っと」
「もう終わったのか?」
「ええ、これで音はしないはずよ」
「ありがとう」
霊夢と魔理沙を見送り、わたしは霊夢の作り上げた結界に足を踏み入れる。踏み入れた瞬間、足音が消えた。一瞬どきっとしたが、続いて、わたしは適当な硝子ビン同士をかち合わせてみる。驚くことにカチンとも音がしなかった。これだ、これがわたしの望んだ場所なんだ!
わたしは音のない部屋で歓喜の絶叫を上げた。その声さえもこの結果の中では聞こえなかった。
それからわたしの研究は驚くほど進んだ。静寂とはかくも貴重ものだったか。わたしはある種の感動さえ感じていた。用紙に字が走る。数式が結ばれていく。今まで明確にされなかった魔法同士の因果が解明されていく。これまでの悩みが嘘のようにペンが走る。最高の気分だ。霊夢には感謝しないといけない。わたしの研究は、いよいよ大詰めを迎え始めようとした。
と。
音が聞こえた。とてもリズミカルでやかましい音。どこだ。ここは音のしない結界のはずだろう。どこから音が聞こえるんだ。ああ、だめだ。いらいらしてくる。それに呼応してか、ノイズがどんどん大きくなっていくように感じた。ああ、やめてくれ。集中したいのよ。お願いだから静かしてちょうだい。ノイズは大きく、大きくなっていく。どこだ。一体音源はどこなんだ。わたしは探すが見つからない。おかしい、どこにあるんだろう。わからない。
ふと、私はその音源が、とても身近で聞いたことのある音だと気がつく。それと同時に、音の正体を突き止めた。
ああ、そっか。
この音を止めれば、今度こそ静かになるんだぁ……
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「霊夢、いくらなんでもおかしくないか?もう一週間もあの部屋に閉じこもりきりなんだぜ」
「人間ならともかく、アリスは妖怪よ、一週間程度あの部屋にいても平気だと思うけど……」
「でも、いくらなんでも一度も顔を見せないなんておかしいぜ。それに、この間あいつの部屋に行ったとき、そこらじゅうに壊れた人形が散らばってただろう?アリスが普通の状態とは思えないんだ」
「それはわたしに依頼をしてきたときからおかしくなってるとは思ったけどね」
二人は定期的にアリスの様子を見ていたが、一週間姿を見せないアリスを心配し、勝手にアリスの家に入り込み、地下に降りていた。
魔理沙はアリスに何か会ったのではないかとしきりに心配している。対して、霊夢のほうは別にいつもどおり落ち着いた様子である。
二人はアリスがいるであろう、地下の実験室の前にたどり着いた。
「アリスー、いるー?」
どんどんとドアを叩くが反応がない。
「おかしいわね」
「聞こえてないんじゃないか?」
「ああ、そうね。結界を張っていたら、聞こえないわね。ちょっと待って、結界を解くから」
霊夢は印を結び、呪を唱える。
「これでよし、アリス、アリス?」
ノックをしても反応がない。
「返事がないわね」
「勝手に入ろうぜ」
「そうね」
二人はノブに手をかける。鍵はかかっていなかった。抵抗なく開くドア。中の様子は暗くてよく見えなかった。魔理沙は用意してきたランプに火をともす。
照らされた光景に、霊夢と魔理沙はあっと息を呑んだ。
二人の目に飛び込んできたもの。
アリスはランプに照らされ、普段の人形のようなかわいらしさが際立つ。アリスはは穏やかな顔でいすに腰掛けていた。その様子は一見すると、自分の研究に目を通しているようにも見える。
そしてその胸元には。
アリス愛用のペンが突き立てられていた。
アリスは己の鼓動を止め、完全な静寂を手に入れたのだ。
本来はピアニストだけど
でもこれは好きだ。
音の無い世界を、人は無性に欲しがることがあります。
ただそれは音がしない部屋ではなくて、「音が聞こえない」部屋だったり。
要するに周りで鳴っている何かしらの音を、気に留めた時点でその部屋はうるさく、気にしなかった時点で静かな部屋。
近年の騒音公害というのは、気に障るという音だからこそ文句が出る。
数百年の時代を遡れば、高速道路と同じくらい、虫の大声が外にあったはず。でもそれを、過去の人は詩にし、酒の肴とし、楽しんできた。
現代の私達だって、虫の音に聴き入れば、夏の暑さを忘れ、涼やかな音色のオーケストラに心を溶かすことが出来るのに。
私達が失ってしまったのは、素敵な音ではない。音を楽しむための、心のゆとりなのです。
例えば大昔の、何の先入観もない人たちに今の都会の音は、どう聞こえるのか?
ひょっとしたら、私達とは180度違う音の味わい方をしてくれるかも知れません。
私達が「うるさい」と耳を塞いだ音に、彼らは悦びを見出すかも知れない。
さあ私達も、都会のうるさい音に、真っ白な心で耳を傾けてみましょう。
うるさかったはずの音が、何かのメッセージを持って、私達に届くかも知れない。
ウォークマンのイヤフォンの向こう側に、私達を癒す音が広がっているのかも知れない。
さあ、聴いてみましょう。高速道路の音に、街の喧噪に、何かがあるかもしれない。
どう聞いてもうるさいだけです。
本当にありがとうございました。
他の作者方に謝るべき言葉だそれは。
これで書いていくつもりなら、これしか書けないようであればもう作家は名乗らない方が良い。
某不思議系ダークドラマ(よくわからない; ぽいですね。
ただ最後の自殺はヒ、ヒキマスネ;びっくりしました;;
もっと自分だけの発想を大事にしてください
ただ、文章力のおかげで雰囲気良く仕上がっていたとは思います。
もし良ければ、オリジナルの、奇妙な話を読ませて頂きたい所です。
もしくはこういった小話的なものではなく、
元ネタからかなり膨らませ長めにアレンジを加えると良いかも知れません。
良い創造をお待ちしています。
しかし原作そのままというのは何とも……