Coolier - 新生・東方創想話

彩花が喰らう物、狭間に満ちる風、そして  №2

2006/10/23 09:51:15
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 3、

 見慣れた天井、落ち着く匂い、遠くから聞こえる馴染みある結界の軋む音。
 そして、
「大丈夫か、橙」 主人である、藍の微笑み。
 確認するまでもなく、橙はそこが迷い家[まよいが]である事を理解した。感触から、自分は布団に寝かされている事も解った。
「痛い所は無いか?」
 藍の問いに、橙は頷いた。
 風が通るように戸を開けているおかげで、心地良い風がゆっくりと流れてたゆたう。戸の先に見える景色は、いつもと変わらず、穏やかだ。青空と地の境目には石垣が立ち、藍がこまめに手を入れている庭は、冥界の庭のような華やかさはないが厳かな優美を見せている。
 それらを背景に、橙は、藍の憂いある微笑みを見た。先ほど橙に問うた時の微笑みとは違う、物哀しい、考え込むような微笑。
 そこからは見えぬ鹿威し[シシオドシ]が、カコン、と小さく鳴った。
「ごめんなさい」
 橙は小さく、呟くように言った。
「私が勝手に迷い家[まよいが]を抜け出したから、こんな事に……」
 語尾は、消え入るように小さい。
 藍は一瞬驚いたような表情を見せ、
「私も昔は、よく勝手に抜け出しては紫様に叱られたものさ。いろいろな事が起こって、沢山の事を経験して、理解して。そして成長してゆく。」
 言って、橙の頭に手を置き、なだめるように撫でた。「それでいいんだ。」
 橙は目に涙を湛えて頷く。その拍子に、目尻から一粒、涙が零れた。「ごめんなさい」 と、橙はもう一度、そう言った。藍は少し強くくしゃくしゃと橙の頭を撫でて微笑んだ。
 その微笑みにも、どこか憂いが翳っている。
「そういえば昼食がまだだったね。お腹が空いたな、早速何か作ってくるとしようか」
「ねぇ、藍様。」
 背を向け立ち上がろうとした藍の服の裾を、橙が掴んだ。
「……行きたいんでしょう?」
 藍が、その場で固まった。
 橙は理解していた。藍が何を思い、“何のせいで”行動を起こせないでいるかを。
「私は大丈夫だから」
 百年以上を生きているとはいえ、橙は妖怪としては若く、式神としても確立された存在ではない。だが、それでも、彼女には彼女なりに解る事はある。そして、彼女なりの、思いやりも。
 橙は思う。力になれないのならば、せめて――
「紫様を、助けに行ってあげて」
 重荷では、ありたくない。



 柔らかな陽光が大地を暖めていた。風に揺れ、陽光を反射してきらびやかに燃え上がる深緑が途切れた先、光彩の艶に支配された花畑で、それは、始まった。
「始めましょうか」
 幽香が、言った。
 紫と幽香は同時に妖力を開放。放たれた妖力の渦が風となり、嵐の如く吹き荒れた。
 幽香は妖力を凝縮し無数の〝弾〟を具体化[イメージ]。直径二センチ程の、百を超える数の〝弾〟が幽香の周囲に出現、滞空した。幽香は右手を後ろ手に構え、横薙ぎに振り払う。それに連動し、ある〝弾〟は紫を狙い、ある〝弾〟は狙いなく突撃。〝弾〟の軌跡が光の扇を描く。
 紫はその場を動かない。
 放たれた百六十二の〝弾〟のうち、射線上に自身を捉えているのは四十四――、紫は瞬時にして軌道を計算。被弾する直前、〝弾〟の射線上に同数である四十四のスキマを展開し捕獲、無力化。残り百十八の〝弾〟は紫の傍を通り背後へと抜けた。
 〝弾〟は妖力の塊でありながら、凝縮した時点で物理的要素を伴う力として具体化[イメージ]される。つまり、破壊力として。
 一呼吸おいて、紫の背後で小規模の爆発が連続して起こった。粉塵と共に舞い上がった花びらが降り注ぐ中、幽香は疾駆し、紫へと肉迫する。
 顔面に向け突き出された傘を、紫は首を傾げて紙一重で回避。同時に、至近距離から即座に収縮させた〝弾〟を幽香の腹腔へと撃ち込む。幽香は吹き飛ぶが、空中で体勢を立て直し着地。幽香に被弾の形跡はない。被弾する瞬間、同位置に〝弾〟を発生させ相殺させている。
 着地した幽香に、紫が追い討ちをかける。頭上十メートル程の位置に、先ほど幽香の攻撃を倍する数の〝弾〟を具体化[イメージ]、タイミングをずらして次々と撃ち込んだ。〝弾〟を避けるため幽香は数歩後退し、跳躍。空中を、前後左右、縦横無尽に動き回り全ての〝弾〟を回避。ある〝弾〟は空を貫き、ある〝弾〟は花の群れに突き刺さり、粉塵と花びらを巻き上げ、爆散。
 十秒も経たずして、三百を超える〝弾〟は撃ち尽くされた。
 しばらくの間、静寂がそこを支配する。
 風が粉塵を持ち去り視界が開けた時、三十メートルの距離をもって二人は再び対峙した。
「やっぱり弾幕ゴッコじゃ決着はつきそうにないわね」
 紫が言った。
「あら、準備運動のつもりじゃなかったの?」
 笑いながら、幽香が言った。その言葉に紫もクスリと笑う。
 瞬間的に展開された、人智を逸した戦い。それを……、彼女達は“準備運動”と称した。
 では、これから始まるのは――
 場の空気が、変わった。
 紫の背後、空間が軋み、亀裂が走り、耳障りな音と共に幾重ものスキマが開かれた。スキマは個々が独立した生き物のように蠢き、重なり合っては離れ、また重なり、精緻な文様を描いてはそれを崩す。
 幽香を取り囲むようにして花が狂おしいまでに咲き誇った。むせ返る程濃厚な花の香が漂う。腰の高さ程に成長した花、幽香を中心として咲くその様は、まるで巨大な蓮華のようだ。咲いた花の一部が伸び、幽香の両腕に絡み付いた。指先から肩口までを覆った花は吸収されるように幽香と同化、刺青のように肌に刻み込まれた。
 二人は、その場で静止。
 引き絞った弓の如き、張りつめた拮抗。
 交錯する微笑。
 そこを支配していた居心地の悪そうな静寂が――、しばらくして、どこからともなく届いた甲高い鳥の鳴き声によって、破られた。

 幽香が、先に動いた。
 妖力を収縮する過程で“向日葵”の連想[スクリプト]を練り込み、
「届け花、乱れろ香。先に光あらば、後に闇あり。行き着く先は永遠の陽光――、咲け、渇望の染花」
 詠唱された文句に含まれる韻律は言霊と化し、妖力と混合。化学反応の如く、妖力と言霊は結合、昇華した。通常であれば球体を形作る〝弾〟は、連想[スクリプト]を外殻として具体化[イメージ]。
 威力を倍加された破壊力を秘める〝向日葵〟が生み出された。
> 『フラワーショット』
 三十メートルの距離を、〝向日葵〟は回転しつつ空を引き裂いて突撃した。紫は妖力を調整、ふわりと浮き上がり〝向日葵〟を足下にやり過ごす。だが、後に抜けた〝向日葵〟は鋭角に軌道を修正、空中に浮遊する紫に背後から襲いかかった。
「妖よ、麗しき蝶に嘯き、魑魅[スダマ]と弄べ」
 紫が呟いた。
 瞬間、〝向日葵〟の軌道上にそれが具体化[イメージ]された。〝向日葵〟と同様、言霊と連想[スクリプト]によって形成された、高速回転する〝卍〟。
 〝向日葵〟と〝卍〟は接触、同極の磁石のように弾かれる。
> 魍魎『二重黒死蝶』
 続き、紫を取り巻き〝蝶〟が具体化[イメージ]。
 雷光如き軌道を描き、再度紫へと肉迫する〝向日葵〟を、〝卍〟が迎え撃った。火花のように妖力の飛沫が散る。熾烈なぶつかり合いを見せている〝向日葵〟に、〝蝶〟が次々と飛び掛かった。そのうちの数匹は〝向日葵〟の回転に巻き込まれ霧散するが、〝蝶〟達は構う事なく喰らい付く。〝卍〟との摩擦、そして〝蝶〟に削られ、〝向日葵〟の勢いが目に見えて衰えた。
 ……妖力に言霊と連想[スクリプト]を織り込んだ、『術』の打ち合い。常人は一つの『術』を使用するのにも膨大な時間と犠牲を要する。だが、紫と幽香は莫大な妖力によって平然と操作し使いこなしていた。
 一撃必殺の威力を秘めたる闘い。〝弾〟による攻防を“準備運動”と称したのも、頷ける。
 妖怪の闘争とは、かくも激しいものなのか。
 『術』が崩される様を惚けて眺める幽香ではない。新たに『術』を詠唱。
「突き進め花、満たせ香。其処に光あり、故に闇あり。陽に焼くは我が身――、乱れ咲け、陽に染まりし無碍の花」
> 『フラワーシューティング』
 大小の〝向日葵〟が生み出された。数、合計十三。
 十の〝向日葵〟が紫へ、残る三の〝向日葵〟は〝蝶〟の群れへと体躯を打ち込んだ。
 紫は〝蝶〟と〝卍〟の連想[スクリプト]を、通常の〝弾〟と同様、爆発へと上書き[リライト]。〝蝶〟の群れは散開し、各個で〝向日葵〟を迎撃。同時に、そこから飛び出した〝卍〟はいくつかの〝向日葵〟を巻き込んで爆発、〝蝶〟も同様に〝向日葵〟に取り付き、爆発。相殺した。
 妖力が微塵と散り、煌めく粒子となって消えてゆく。
「やるわね、思っていた以上よ」
 紫が言った。
 何処からともなく取り出した扇子で口元を覆い、楽し気に目を細める。
「ありがとう。最強の妖怪にそんな言葉を貰えるなんて光栄の極みだわ」
 幽香は言って、スカートの裾を摘み、恭しく頭を垂れた。そこに嫌みっぽい所はない。
「でも」
 言う表情は、満面の笑み。
 幽香は傘を持つ右腕へと妖力を送り込んだ。刻み込まれた花が芽吹くように柔肌から浮き上がる。花は傘へと絡み付き、幽香の思い描く物――、花に染まった絢爛たる剣へと姿を変えた。
「この闘いが終わった時には、私が最強になっているけれど」
 笑みを崩さずに淡々と言った語尾は、背後へと流れた。
 彩光の尾をひく幽香の一閃が、紫を捉える。
 否、斬り裂いたのは、
「そう、期待しているわ」
 そんな紫の言葉が残された、虚空。
 紫は“空渡り”によって空間を超え、幽香の後方、五百メートル程の位置に姿を現した。幽香は紫の出現を瞬時に感知し、その場で反転。花を巻き、紫の元へと疾走する。
「開け境界! 空[から]へと通じ、黒の狂気を連接せよ!」
 紫は叫びに近い声色で詠唱。
 背後に、広範囲に渡ってスキマが展開。紫は手に持つ扇子を懐へ納め、傘をスキマへと放り込み、空いた両の手を背後のスキマへ突き入れた。スキマの向こうから、何かが高速で接近する気配。
 紫が両腕を引き抜き、迫り来る幽香を照準した。そこに握られているのは、巨大な――
「咆哮せよ、戦火の生け贄!」
 黒光りする銃器。
> 外力『無限の超高速飛行物体・改[アラタメ]』
 引き金が引かれると同時に、スキマから、数えきれぬ程の誘導弾[ミサイル]と弾丸が飛来した。音速を超えた物体が生ずる衝撃波[ソニックブーム]が荒れ狂い、爆音が爆音を掻き消し、破壊の顎[あぎと]が大地を削ってゆく。花畑を、文字通り、根こそぎ破壊し尽くさんばかりの爆撃だ。
 『術』が発動した瞬間、回避は不可能と判断した幽香は、即座に花を防壁として前面に巡らせ、初撃を防御。急拵えの花の防壁は弾雨を浴び一瞬にして崩壊したが、その一瞬のタイムラグは、血路を見出すには十分な間を生んだ。花の防壁を貫いて誘導弾[ミサイル]と弾丸が降り注いだ時、そこに幽香はいない。
 幽香は地を蹴り横飛びに回避、足を地に着ける事なく地表すれすれを滑るようにして飛翔した。
 その後を追い、爆炎の渦が横へ流れる。
 広範囲に渡り、美しかった花畑は劫火に蹂躙され見るも無惨な焼け野原と化してゆく。
「逃げるだけじゃ埒が明かないわよ?」
 銃撃の振動に身を揺らしながら、幽香は楽し気に言った。言葉に、次は何をしてくれるのかしら? そんな期待が見え隠れする。轟音が全てを激震させる中、不思議な事に紫の言葉は、高速で飛翔している幽香の耳へと明瞭に響いた。
「それもそうね」
 爆撃を回避しながら、幽香は不敵に、且つ、穏やかに巧笑する。
「期待に添えるわ。」 と言い終えるや否や、
「芽吹きを贈れ、春風の息吹」
 詠唱。
> 『萌風』
 荒れ狂う妖風に身を乗せ、幽香は爆発的に加速、神速の烈風となって弾雨の最中を吹き抜けた。刹那にして紫との距離を詰め、一閃。
 紫の目が、驚愕に見開かれた。
 胴が、半ばで分断される。
 勝敗は、決し……
 いや、手応えが、無い。
 胴から切断された紫が優雅に微笑み、
「前後不覚、明かりと暗がりの大団円。透は闇か、残は光か?」 そう詠唱した。
 幽香は本能的に身を躱すが、遅い。
 頭上から降り注いだ、体躯を優に倍する大きさの〝弾〟が幽香を直撃した。
 幽香が斬ったのは幻――、二次元と三次元の境界、即ち、物界[こちら側]と幻界[あちら側]を反転し映し出した、質量を伴った、幻影。
 幽香は錐揉みしつつ落下、地上に叩き付けられる。勢いそのまま数十メートルを滑り、辛うじて体勢を立て直した幽香に、巨大な〝弾〟と、〝光線[レーザー]〟が次々と襲いかかった。
> 結界『光と闇の網目』
 『無限の超高速飛行物体・改』とは比較にならない規模で、地が爆ぜた。


3に続きます。
 一週間、合間を縫ってちまちまと続きを書いてみました。
 書くのが遅いのは勘弁してください orz

 前回のAGEで、誤字脱字の指摘や、論外なミスをやらかした僕に教えてくれた皆様、なんと感謝して良いやら、言葉もありません。
でも、やっぱり、言わなきゃ伝わらないので、言葉に。
ありがとうございます!
一応、自分なりに気をつけて見直してみました。少しでも良くなったかな、と思ってもらえれば、幸いです。
奇笑天潔
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