「文さん、最近気になったことがあるんですが……」
文々。新聞編集本部。
つまり、射命丸 文の自宅にそんな声が響いたのは昼前のことであった。
声の主は彼女の助手である白狼天狗、犬走 椛である。
「葉団扇以外に、武器を持とうとは考えないのですか?」
何だか思いっきり地雷発言な気がしないでもないのだが、彼女は突然そう訊ねた。
今度発行する新聞のチェックをしていた文は、
「……何を言い出すかと思えば、これまた予想外なことを」
と、驚いたように答えて苦笑する。
彼女がいつも所持している葉団扇―――――つまり八手の葉は、
振るだけで旋風が巻き起こったりと色々便利なアイテムだ。
本来、天狗が所持する八手は緑色をしているが、趣味に合わせているのだろうか。
所持し始めた頃から紅葉の葉のような色になっている。
「まぁぶっちゃけて言いますとですね、椛。八手の葉は古来から天狗の象徴と
言われている為、仕方なく所持しているようなものなんですよ」
文には元より「風を操る程度の能力」が有るので、別に葉団扇がなくとも
風を起こしたり操ったりすることは実に簡単だ。
彼女に言わせれば、象徴というより「ファッション」に近いのかもしれないが。
「それはそうですけれど……」
天狗から八手を取ってしまうと、象徴が無くなってしまうということを察したのか、
椛は若干口ごもった。だが、そんな彼女をよそに、文はこう言う。
「しかし夏には何かと便利ですからねぇ」
団扇に使うつもりか。半分真剣になっていた椛がズルッとコケたようになり、
「って、重要なのはそこなんですか」
と、苦笑混じりに返した。
そうこう話していると、文は考え込むように目を伏せて呟き始める。
「それは私も、貴方みたいに剣など振り回してみたいものですけどねぇ。
しかし、それだと天狗のイメージが無くなるというかですねー……」
なんだか、若干マジ話みたいになってきている。いつもの彼女にしては珍しい
真剣な表情をしているのが横からでも見て取れた。
「地味に真剣な悩みを言わなくてもいいんですよー……」
椛が横から声をかける。どこかの本に、風を纏った剣を振り翳す勇者みたいなのが
いたような気がしないでもないのだが、今はそういうことではない。
数分ほどブツブツと何事か考えていた文は
「……はっ!」
これが漫画なら、頭上に豆電球でも浮かんでいそうな感じで顔をガバッと上げると
突然大きな声をあげた。
「椛。ちょっと一緒に来てください!」
「はい?……あっ、はい!!」
何を考えついたのか、文はその直後に自宅を飛び出して行ってしまう。
椛も慌ててその後を追いかけて行った。
◆ ◆ ◆
妖怪の山。
何かを思いついた文は、椛と共にこの場所へやって来ていた。
「と、いうわけで来たわけなんですが」
眼下に見える急流の上に浮かびながら言う。文が現在手にしている物は、
葉団扇――――――ではなくて。
なんと、椛が持っていた剣と盾。
「本当に大丈夫なんですか?私の剣と盾を使っても」
横から椛が、心配そうに声をかけた。
それを文は笑って受け止めると
「大丈夫ですよ。これで勝つる!!」
と、よくわからないことを言う。剣術の「け」の字とも縁のなさそうな人物である。
八手と刀剣では明らかに重量や使い勝手が違うのだが、それをどう操るつもりだろうか……
間違えて自分に当たっても1機減るだけで済みそうではあるが。
「何だか物凄ーく心配です」
急流の脇にある岩場に降り立っていた椛がボソッと呟いた。
だがしかし、彼女が発端なのだからそれ以上言葉を継げない。
「気のせい気のせい♪では椛。行ってきますよーますよーますよー……」
「(……無理にエコーつけなくても)」
やたらと響く声を残して、文は単身で妖怪の山奥地へと突撃していった。
そして。
ピチューン!ピピピチューン!
何だかそんな音が奥から立て続けに聞こえてくる。
それはしばらく続いていたが、やがて聞こえなくなった。
ため息をついた椛がしばらく待っていると――――――。
「駄目でした!」
相変わらずの超スピードで帰ってきた文の第一声。頭についていた絆創膏がポロッと剥がれる。
こうなることを解っていたのか、彼女はブンブンと腕を振りながら
「当たり前じゃないですか!弾も撃たずに近づいて斬りかかってるとそうなりますよ!」
と、お叱りの言葉を告げた。椛自身も積極的に剣を使っていたわけではない。
Boder lineに近づこうとして、突然前から現れた敵に当たって死ぬみたいなノリである。
「もう1機しか残ってないので、ちょっと戻りましょうか」
悪びれない笑いを浮かべながら、文が言った。
当然の事ながら、椛も頭上にハテナマークを浮かべる。
「何のことか解りませんが……戻りますか。文さん」
剣と盾を彼女に返して、再び葉団扇を受け取ると、二人は一旦自宅への帰路についた。
◆ ◆ ◆
射命丸 文の自宅。
椛が使っている剣と盾をそのまま「新しい持ち武器」として使うのはハッキリ言って
不可能だと解ったため、一旦自宅にて考えることにした。
「やはりこうしましょう。剣を持つことを仮定して、
それらに詳しい人を訪ねて選んでもらうということに」
椛が一つ提案をする。先ほど山の奥地から帰ってきたときもそうだったが、
文は結構重そうに剣と盾を持っていた。あれでは扱う物も扱えない。
「なるほどなるほど。私が持つのに相応しい物が必要ということですね?」
彼女の言葉に椛が頷く。文も、葉団扇をを使い始めた頃はさすがに慣れなかっただろう。
いきなり高みに挑戦するのではなく、扱いやすい物から。扱いやすい物を選ぶということだ。
「それで……誰を推薦するつもりですか?」
思い当たる人物がないのか、顎に手を当てて考える。
すると椛は窓の外に目を向けてこう言った。
「剣を使うといえば、あの人しかいないでしょう!」
◆ ◆ ◆
「一応ここは冥界に属しているので、あまり気軽にこられても困るんですが……」
一人の庭師が苦笑混じりに言うのが聞こえた。
"剣を使う"ということで思い立ったのが、この人物の所というわけなのだが―――――。
白玉楼。西行寺 幽々子の屋敷。
そして、ここに突然訪れた文と椛の前に立っているこの人物。
魂魄 妖夢は毎度毎度の来客に頭を悩ましていた。
それでなくても何度も何度も色んな「変わった訪問者」があるのだ。
紅白巫女とか、魔法使いとか、メイド長とか。
「度々迷惑かけてすみません。ちょっと文さんのことで相談がありまして」
「相談、ですか?」
非礼を詫びた後、椛が話を切り出した。
「実はこの葉団扇に変わり、剣を扱ってみようと思いましてね。
しかし、私達じゃ刀剣についてはさっぱりなので――――」
「剣の達人である妖夢さんに訊こうと思い、やってきたわけです」
説明した文の後を椛が引き取る。
これがもし、霊夢達だったとしたら相談に乗らなかったかもしれないが、
この二人については白玉楼を訪れたどころか、顔を合わせたこともそれほどないので
如何せん心中が読めない。妖夢は目を伏せると何事か考え始めた。
「…………」
数分ほど経った後、顔を上げる。そして文に顔を向けるとこう訊ねた。
「確か、射命丸さんは風を操る能力を持っているんでしたよね?」
すると文はそれに反応すると無駄にポーズを決め、
「そうですそうです!その名の通り、風神少女です!」
さりげなく自分をアピール。
当然、椛は隣で肩を竦めていた。
「そこはアピールしなくても」
とりあえずそのやり取りはさて置いて、妖夢が話を始める。
「少し前に香霖堂の店主――――――霖之助さんでしたか。
あの人が、拾ってきた刀剣の引き取り手を探していたみたいですけど」
彼女が提案したのは意外なことに、森近 霖之助だった。確かに、あの店にいけば
刀剣の一つや二つは見つかるかもしれないが、文には一つの疑問が残る。
「引き取り手……とは一体どういう?あの人が自ら
そういうことを言い出すのは珍しい気がしますけど」
それもそうだ。第一、霖之助はそういう類のものなら即座に非売品にしても
おかしくはないのだが……。椛も同じように首を捻る。
二人が不思議そうにしていると、妖夢が続きを説明した。
「なんでも、強い力が施されていると聞きました。
自分では扱えないので引き取ってほしいとのことです」
聞いた途端に、文と椛は「なるほど」と頷く。確かに、扱えないものを
店に置いてもさすがに意味を成さないのだろう。そこら辺はキッチリしている。
椛は驚いたような表情になり、
「稀にあるんですねー……そんなことが」
と、感慨深そうに言った。
一方、文は手を斜めにビシッ!と当てると、
「分かりました!では、香霖堂を当たってみます!」
いつものテンションで元気に返答。
「どうも有難う御座いました、妖夢さん」
椛も礼を言っておく。彼女は首を振ると笑った。
「いえいえ。また何かあれば、訊ねてきてください」
少なくとも妖夢の中ではこの二人は「普通の訪問者」として見られているということだろう。
……いつまたここを訪れるかは別として。
「では、行きましょうか。椛」
「はいっ!」
二人はすぐさま、白玉楼を飛び立って行った。
◆ ◆ ◆
香霖堂。
妖夢から話を聞いた二人は店の玄関先に立っていた。
「霖之助さーん!」
店内に入り、文が大声で奥にいる店主、森近 霖之助を呼ぶ。
しばらくすると、何事かとでもいうように本人が姿を現した。
「おや、まだ発刊日じゃいのに珍しいね?どうしたんだい」
相変わらず人が良さそうなのか天然なのかわからない雰囲気である。
文よりかは椛の方が話が通るので、彼女が一歩前に出て訊ねてみた。
「引き取り手を探している刀剣があると聞いて、来てみたんですが……ご存知ですか?」
それを聞いた霖之助は思い出したように手をポンッと叩くと、
「ああー、確かまだ仕舞ってあるよ。ちょっと待っててもらえるかい?」
と、言い残して一旦店の奥へと引っ込んだ。どうやら、妖夢の言っていたことは本当のようだ。
しばらくの間、辺りを引っ掻き回すような音が聞こえていたがやがてそれも止み、
霖之助が、布に包まれた刀剣を抱えて戻ってくる。
「あったあった。この剣なんだけど――――――」
鑑定用の机にそれを置いて説明しようとしたが、その時。
「あれ?この剣、どこかで見たような記憶が……」
布を解いたその姿を文が見た途端、目を閉じて何か思い出しているような雰囲気を見せた。
見たところ、装飾がなされた剣にしか見えないのだが――――――――。
「どこかで見たどころか……これって、風神様の剣じゃないですか!!」
椛がその剣を見てほとんど叫び声に近い声をあげた。風神とは、風を司る者達の頂点に君臨する
その名の通り「風の神様」のことである。天狗達の間では、周期が廻る毎に風神の剣を
所持する者を変えなければならないという風習があるらしい。
それが、今目の前にある。
「何だって!?これはいつも通り、無影塚に落ちていたものなんだけど……」
霖之助が困ったような顔になって言う。……それもそうだろう。
本来なら神様の持ち物に等しい物を拾ってきてしまったのだから。
文はその剣を見て何事か考えている。
「そういえば……随分昔に、突然これが無くなって騒ぎになったような。ならなかったような」
「もしかして、その騒ぎの後に1回外界へと放り出されたんでしょうか?
そうでないと無影塚で見つかるはずはないですし……」
二人があれこれ話合っていると、霖之助が一度咳払い。再び剣を布に包むと、
「とりあえずこれは、君が持つべきものみたいだね。お返しするよ」
そう言って剣を手渡した。彼が扱おうとすると反発を食らったらしいが、
文がそれを持ってみても何も起こらない。やはりこれは天狗の持ち物らしい。
「どうもお騒がせしましたー、霖之助さん」
「それに非売品の札を貼っていたら、祟られたかもしれないね」
霖之助が苦笑する。とりあえずはこれで一件落着だ。
彼女が使うに相応しい物に、これ以上のものがあるだろうか?
とりあえず礼を言うと、二人は香霖堂を後にする。
「さぁ、椛。また修行に行きますよ!これを使いこなせるようになれば、
新しいスペカとかも出てくるかもしれません!」
店を出た直後にそう言って、剣を持った腕を天に向かって突き出した。
まるで、我が人生に一片の悔いもないかのように――――――という話はさておき。
新たに何たるかを習得できるかは全く未知数なのだが。
「まぁ……無理しないようにお願いしますよ、文さん」
「大丈夫ですよ♪では、行きましょう!これから忙しくなりますよーますよーますよー……」
「(ですから、何故に無駄なエコーを……)」
そう思っている間に、文は妖怪の山へ向け飛び立っていく。
彼女もそれを追いかけて行った。剣を手にした文というのも、意外に悪くないかもしれない。
椛は、密かにそう思う。部下ではあっても、これからは彼女の「師匠」として
剣を教えることになるかもしれないからだ。
「風神少女ならぬ"風神剣士"、ですか……」
ボソッと呟くと、椛の顔に自然と笑みが浮かんだ。
それからはもう何も言わず、はるか前方を飛ぶ一人の上司を追いかけて行った。
その日から毎日、修行に励んでいた文であったが――――――――。
ピチューン。
この音だけは、それからしばらくの間も、妖怪の山に響いていた……
Fin......
他の人のもお願いしたい
「あれ? アレやコレは伏線じゃなかったの?」というイメージ。
ただオチが軽すぎたかなあ、と。
あと「無影塚」じゃなくて「無縁塚」かと