その少女は竹林の間から漏れる月光に照らされていた。
くるくると回ったり、しゃがんだり、体全身を伸ばして傘を空へ突き立てたり。
片足は折り曲げて一本足でピンっと伸びた。曲げた足から下駄がするりと脱げて地面に落ちる。
彼女の足の裏が青白い光に照らされてきらきらと輝いた。
しばらく無理な体勢で静止して、そのまま地面に倒れこんでしまった。
まるで踊っているようだと藤原妹紅は思った。
このまま見ていたい気もするが小娘がこんな夜中に一人というのも危ない。
「おい」
「きゃぁぁあ」
少女は驚き飛び上がってしまった。座ったまま私の顔を見上げてそのまま固まってしまった。
顔から血の気が引いて入るように見えるのは私のせいか、月明りに当たっているからか。
声の掛け方がまずかったかと心の中でごちる。
「驚かしてすまない」
相手の硬直が解けていない。こちらを見上げて口だけぱくぱくと動いている。
驚きで体と頭の動作が合致していないのだろう。
驚かす意思がないことを表すために両手を開いて近づく。
そこで鼻に付いた。人間じゃない。
「…お前妖怪か?」
「そ、そ、そうよ!」
しがみつく様に傘を抱いて非難の視線を返してきた。
傘に包まれるように成っているために小柄な体がさらに小さく見える様に感じる。
良く観ると傘には目と口が描かれており口からは舌を模した何かがだらりとぶら下がっている。
「そんな趣味の悪い唐傘は普通の人間は使わないか」
人間なら人里まで案内するが妖怪ははっきり言ってどうでもいい。
出した両手をポケットにしまった。
「うーなによ!なによ!」
彼女なりの抗議か。座ったまま傘を上下に振って唸っている。
「驚かして悪かったよ。私は藤原妹紅だ」
これ以上警戒心を持たれて襲われたら面倒だ。
こんな虫を殺さないように見える女の子でも妖怪ならその容姿も立派な武器となる。
「…多々良小傘」
傘を振るのは疲れたのか、傘を横に置きながら唇を尖らせて答えた。
「なにやってるんだ。こんな場所で」
迷いの竹林は妖怪が住み着きやすいが人間の姿をとるまで成長する妖怪は珍しい。永遠亭の因幡うさぎぐらいしか知らない。
小傘は竹林でははじめてみる顔だ。どこからかやってきたんだろう。
ならばここにいる理由を問いただす必要がある。
もし小傘が強力な能力を持っていて、この竹林の占領を企んでいたなら。
誰かに通報するまでもない。私が即ここで焼き払う。
「もう一度聞く。ここで何をしていた」
「…人を驚かす練習をしてたの」
「人を驚かす?」
ある意味、度肝を抜かれる答えだった。
小傘は姿勢を変えて地面を両手についた。
「んっ…んっ…」
地面を押すように両手を力ませている。
どうやら立とうとしているようだが腰は浮いていない。
「…もしかして、腰が抜けたのか?」
「…なにさ」
図星だったのか上目がちに睨らんできた。
ここまでの印象で判断すると、どうやら大それたことが出来るような妖怪ではないようだ。
「いいよ。立たなくて」
小傘の隣に座る。
そのまま帰るのも考えたが、こんなに月が明るい夜だ。
この子の話を聞いていくのも悪くないように思えた。
小傘はきょとんとしている。
「あなたは何者なの?」
「私は竹林を案内がてら歩き回っている健康マニアさ。君は?」
「小傘でいいよ」
警戒心をといたのか小傘は立てた自分の両膝を抱いた。
「私はからかさお化け。人間に忘れられたり捨てられたりした傘の妖怪」
「…捨てられた傘」
転がっている傘をみる。目と口のデザインも悪い要素だがそれに加えてこの深い紫色もどうだろう。
「なにか?」と拗ねた声をだす。
「いやいや。それで?」
「…それで私はそんな人間たちを驚かすためにこうやって日夜努力をしているの」
えっへんと誇らしげに小傘は言う。
「驚かすって…どうやって?」
「夜道からこう飛び出して、うらめしやーって」
両手を上下にふる動作をする。たぶん傘を振っているのだろう。
「ただ今日みたいに月が明るい夜は飛び出しても効果が薄いから、自主練習してるの」
今度は腕を地面と水平にぐるぐる回し始める。それにあわせて体も揺れている。
「で、怖がらせるネタがばれたらだめだから人気がないここで練習してたわけ」
わかった?と小傘は両手を突き出した状態で止まった。
「…どうして人間を驚かすの?」
「あたりまえじゃない。復讐よ」
彼女の口から似つかわしくない言葉が出てきた。
復讐。
私は長い間その言葉と共に生きていた。
蓬莱の薬を飲みそれから幻想郷にたどり着くまでの長い間、私はたった一人のことを想っていた。
蓬莱山輝夜。
今の私があるのは良くも悪くもあいつのせいだ。
時が過行きて誰も私のことを覚えていなくなり、私も周りのことを誰も知らない。
そんな中でも輝夜に対する復讐心は尽きることはなかった。
今考えるとそれに縋っていたのかもしれない。
永遠の孤独を知ってしまったなら私は自我を失っていただろう。
輝夜に受けた恨みを晴らす。
それは現在進行形だが、まだ終わりは見えそうにない。…それも悪くない。
一度くらいあいつに礼を言うべきだろうか。
「いや。ないな」
「へ?」
「ああ、こっちの話だ」
思考の拒否反応が口に出てしまった。
あいつに礼を言うくらいなら舌を噛み切ってやろう。痛いだけで意味はないが。
「驚かされるのは2回目ね、でも否定しないで。復讐は私の存在意義なんだから」
私の敵へ向けられた否定の言葉を自分へと勘違いしたらしく、彼女は少し不機嫌になってしまった。
「復讐が?」
人間のぞんざいな扱いから生まれてきた妖怪だからだろうか。
「…そんなに捨てた人間を恨んでいるのか」
「恨み?んー、べつに持ってないけど?」
「はぁ?」
「私が気づいたときにはもう私は捨てられてたし、特に誰かを恨んでるってわけでもないよ」
飄々と彼女は言い切る。小傘は漫然に復讐心を抱いているのか。
だとしたら不健全そうに見えるが、彼女からそのようなことは一切感じられない。
「人間たちを恨んでないのに、復讐はしたいと思ってるの?」
「そうなるのかな?」
首を傾げている。私も首を傾げたくなる。
「私としては人間に大層驚いてもらって心を食べたいだけだしねー」
私が抱いていた復讐とはかなり違う。復讐という重い言葉を使う割りには軽い理由だ。
私と小傘では復讐の質量が違うと思う。
「そんなんで、復讐って言えるの?」
つい余計なことを口走ってしまった。
人の心を勝手にし自分の物差しで計るのは浅はかだし、失礼だ。
しかし小傘はそんなことは気にもせずにあっけらかんと答えた。
「うん。私は人間に存在を認めて欲しいだけだからね」
小傘の左眼が赤く輝く。
「復讐の根底って相手に自分の存在を認めて欲しいってことでしょ?」
膝を抱いていた手を解いて地面に下ろす。そして勢いをつけて小傘は立ち上がった。
見上げる私と見下ろす小傘。
月光に照らされなくてもその左眼の輝きは衰えない。
「その上に見返してやろうとか、殴ってやろうとか、いろいろ乗っかるから見えにくいけどさ」
「復讐の根底…?」
私が抱いていた復讐には何が乗っていたか?
恨みだろうか。加害心だろうか。それとも、寂しさだろうか。
「余計なもの取っ払ったら復讐心なんて恋心に近いよね」
「恋心…」
うーんと小傘は体を伸ばす。
私は頭を抱えてしまった。小傘の理論で言うならばだ。
私が今まで輝夜に向けて持っていたさまざまな感情の根底にあったのは「輝夜に認めて欲しい」という意思になる。
それは言い換えると恋心に近いようだ。
断じて認めたくない。
「恥ずかしい事言ってしまったぜ」
小傘はへへっと照れてるような得意になっているようなことを言っている。
「立てるようになったし私は行くね。藤原さんの驚かし方で何かつかめそうなんだ」
落ちた片方の下駄を拾いに行く。そして唐傘を拾い、両手で地面の方を向けて持つ。
「…妹紅でいいよ」
「そうですか。ではいつかまた会いましょう」
月光の下くるりと回って、傘を上に向けて柄を肩に掛けた。
彼女の周りだけ影が出来た。
「さようなら」
傘は上下に揺れながら竹の生い茂る隙間に入っていった。
一人になると沈黙が夜の竹林が包んだ。
私が輝夜に持っている感情は複雑だということは銘々わかっている。
ただ、その根底にあるのが―これ以上言いたくはない。
小傘が出てきた方向から音が聞こえてる。
「ちょっとちょっと妹紅!」
噂をすれば輝夜である。
こいつと今日も決闘の待ち合わせをしていたのだ。
ずかずかとこっちに近づいてくる。
私はまだ立てる気力がわかない。
「今、竹の中に目玉がふわふわと浮かんでたわ!」
よかったな。小傘。
お前は不満かもしれないが蓬莱人は驚いてくれたぞ。
一つ目のように浮かぶ月が落ち込む私と喚く輝夜を照らしていた。
くるくると回ったり、しゃがんだり、体全身を伸ばして傘を空へ突き立てたり。
片足は折り曲げて一本足でピンっと伸びた。曲げた足から下駄がするりと脱げて地面に落ちる。
彼女の足の裏が青白い光に照らされてきらきらと輝いた。
しばらく無理な体勢で静止して、そのまま地面に倒れこんでしまった。
まるで踊っているようだと藤原妹紅は思った。
このまま見ていたい気もするが小娘がこんな夜中に一人というのも危ない。
「おい」
「きゃぁぁあ」
少女は驚き飛び上がってしまった。座ったまま私の顔を見上げてそのまま固まってしまった。
顔から血の気が引いて入るように見えるのは私のせいか、月明りに当たっているからか。
声の掛け方がまずかったかと心の中でごちる。
「驚かしてすまない」
相手の硬直が解けていない。こちらを見上げて口だけぱくぱくと動いている。
驚きで体と頭の動作が合致していないのだろう。
驚かす意思がないことを表すために両手を開いて近づく。
そこで鼻に付いた。人間じゃない。
「…お前妖怪か?」
「そ、そ、そうよ!」
しがみつく様に傘を抱いて非難の視線を返してきた。
傘に包まれるように成っているために小柄な体がさらに小さく見える様に感じる。
良く観ると傘には目と口が描かれており口からは舌を模した何かがだらりとぶら下がっている。
「そんな趣味の悪い唐傘は普通の人間は使わないか」
人間なら人里まで案内するが妖怪ははっきり言ってどうでもいい。
出した両手をポケットにしまった。
「うーなによ!なによ!」
彼女なりの抗議か。座ったまま傘を上下に振って唸っている。
「驚かして悪かったよ。私は藤原妹紅だ」
これ以上警戒心を持たれて襲われたら面倒だ。
こんな虫を殺さないように見える女の子でも妖怪ならその容姿も立派な武器となる。
「…多々良小傘」
傘を振るのは疲れたのか、傘を横に置きながら唇を尖らせて答えた。
「なにやってるんだ。こんな場所で」
迷いの竹林は妖怪が住み着きやすいが人間の姿をとるまで成長する妖怪は珍しい。永遠亭の因幡うさぎぐらいしか知らない。
小傘は竹林でははじめてみる顔だ。どこからかやってきたんだろう。
ならばここにいる理由を問いただす必要がある。
もし小傘が強力な能力を持っていて、この竹林の占領を企んでいたなら。
誰かに通報するまでもない。私が即ここで焼き払う。
「もう一度聞く。ここで何をしていた」
「…人を驚かす練習をしてたの」
「人を驚かす?」
ある意味、度肝を抜かれる答えだった。
小傘は姿勢を変えて地面を両手についた。
「んっ…んっ…」
地面を押すように両手を力ませている。
どうやら立とうとしているようだが腰は浮いていない。
「…もしかして、腰が抜けたのか?」
「…なにさ」
図星だったのか上目がちに睨らんできた。
ここまでの印象で判断すると、どうやら大それたことが出来るような妖怪ではないようだ。
「いいよ。立たなくて」
小傘の隣に座る。
そのまま帰るのも考えたが、こんなに月が明るい夜だ。
この子の話を聞いていくのも悪くないように思えた。
小傘はきょとんとしている。
「あなたは何者なの?」
「私は竹林を案内がてら歩き回っている健康マニアさ。君は?」
「小傘でいいよ」
警戒心をといたのか小傘は立てた自分の両膝を抱いた。
「私はからかさお化け。人間に忘れられたり捨てられたりした傘の妖怪」
「…捨てられた傘」
転がっている傘をみる。目と口のデザインも悪い要素だがそれに加えてこの深い紫色もどうだろう。
「なにか?」と拗ねた声をだす。
「いやいや。それで?」
「…それで私はそんな人間たちを驚かすためにこうやって日夜努力をしているの」
えっへんと誇らしげに小傘は言う。
「驚かすって…どうやって?」
「夜道からこう飛び出して、うらめしやーって」
両手を上下にふる動作をする。たぶん傘を振っているのだろう。
「ただ今日みたいに月が明るい夜は飛び出しても効果が薄いから、自主練習してるの」
今度は腕を地面と水平にぐるぐる回し始める。それにあわせて体も揺れている。
「で、怖がらせるネタがばれたらだめだから人気がないここで練習してたわけ」
わかった?と小傘は両手を突き出した状態で止まった。
「…どうして人間を驚かすの?」
「あたりまえじゃない。復讐よ」
彼女の口から似つかわしくない言葉が出てきた。
復讐。
私は長い間その言葉と共に生きていた。
蓬莱の薬を飲みそれから幻想郷にたどり着くまでの長い間、私はたった一人のことを想っていた。
蓬莱山輝夜。
今の私があるのは良くも悪くもあいつのせいだ。
時が過行きて誰も私のことを覚えていなくなり、私も周りのことを誰も知らない。
そんな中でも輝夜に対する復讐心は尽きることはなかった。
今考えるとそれに縋っていたのかもしれない。
永遠の孤独を知ってしまったなら私は自我を失っていただろう。
輝夜に受けた恨みを晴らす。
それは現在進行形だが、まだ終わりは見えそうにない。…それも悪くない。
一度くらいあいつに礼を言うべきだろうか。
「いや。ないな」
「へ?」
「ああ、こっちの話だ」
思考の拒否反応が口に出てしまった。
あいつに礼を言うくらいなら舌を噛み切ってやろう。痛いだけで意味はないが。
「驚かされるのは2回目ね、でも否定しないで。復讐は私の存在意義なんだから」
私の敵へ向けられた否定の言葉を自分へと勘違いしたらしく、彼女は少し不機嫌になってしまった。
「復讐が?」
人間のぞんざいな扱いから生まれてきた妖怪だからだろうか。
「…そんなに捨てた人間を恨んでいるのか」
「恨み?んー、べつに持ってないけど?」
「はぁ?」
「私が気づいたときにはもう私は捨てられてたし、特に誰かを恨んでるってわけでもないよ」
飄々と彼女は言い切る。小傘は漫然に復讐心を抱いているのか。
だとしたら不健全そうに見えるが、彼女からそのようなことは一切感じられない。
「人間たちを恨んでないのに、復讐はしたいと思ってるの?」
「そうなるのかな?」
首を傾げている。私も首を傾げたくなる。
「私としては人間に大層驚いてもらって心を食べたいだけだしねー」
私が抱いていた復讐とはかなり違う。復讐という重い言葉を使う割りには軽い理由だ。
私と小傘では復讐の質量が違うと思う。
「そんなんで、復讐って言えるの?」
つい余計なことを口走ってしまった。
人の心を勝手にし自分の物差しで計るのは浅はかだし、失礼だ。
しかし小傘はそんなことは気にもせずにあっけらかんと答えた。
「うん。私は人間に存在を認めて欲しいだけだからね」
小傘の左眼が赤く輝く。
「復讐の根底って相手に自分の存在を認めて欲しいってことでしょ?」
膝を抱いていた手を解いて地面に下ろす。そして勢いをつけて小傘は立ち上がった。
見上げる私と見下ろす小傘。
月光に照らされなくてもその左眼の輝きは衰えない。
「その上に見返してやろうとか、殴ってやろうとか、いろいろ乗っかるから見えにくいけどさ」
「復讐の根底…?」
私が抱いていた復讐には何が乗っていたか?
恨みだろうか。加害心だろうか。それとも、寂しさだろうか。
「余計なもの取っ払ったら復讐心なんて恋心に近いよね」
「恋心…」
うーんと小傘は体を伸ばす。
私は頭を抱えてしまった。小傘の理論で言うならばだ。
私が今まで輝夜に向けて持っていたさまざまな感情の根底にあったのは「輝夜に認めて欲しい」という意思になる。
それは言い換えると恋心に近いようだ。
断じて認めたくない。
「恥ずかしい事言ってしまったぜ」
小傘はへへっと照れてるような得意になっているようなことを言っている。
「立てるようになったし私は行くね。藤原さんの驚かし方で何かつかめそうなんだ」
落ちた片方の下駄を拾いに行く。そして唐傘を拾い、両手で地面の方を向けて持つ。
「…妹紅でいいよ」
「そうですか。ではいつかまた会いましょう」
月光の下くるりと回って、傘を上に向けて柄を肩に掛けた。
彼女の周りだけ影が出来た。
「さようなら」
傘は上下に揺れながら竹の生い茂る隙間に入っていった。
一人になると沈黙が夜の竹林が包んだ。
私が輝夜に持っている感情は複雑だということは銘々わかっている。
ただ、その根底にあるのが―これ以上言いたくはない。
小傘が出てきた方向から音が聞こえてる。
「ちょっとちょっと妹紅!」
噂をすれば輝夜である。
こいつと今日も決闘の待ち合わせをしていたのだ。
ずかずかとこっちに近づいてくる。
私はまだ立てる気力がわかない。
「今、竹の中に目玉がふわふわと浮かんでたわ!」
よかったな。小傘。
お前は不満かもしれないが蓬莱人は驚いてくれたぞ。
一つ目のように浮かぶ月が落ち込む私と喚く輝夜を照らしていた。