あー。
らーらーらー。
るー。
藤原妹紅は森の中一人で歌っていた。ひざを抱え一人で闇のなか歌声を紡ぐ。
なんてことはないただの愛の歌。愛がなんなのかさえ、妹紅にはさっぱりわからなかった。こんなにも長い間生きているからこそ、真実の愛だなんてとうの昔に忘れていた。
それでも彼女はかすれたのどで歌い続ける。
誰かから聞いた歌だったはずなのだが、もうすでにその『誰か』が誰なのかもわからない。すでに記憶ははじから虫に食われるように消えていってしまっていた。
何かを思い出したくて空を見上げた妹紅の顔に月明かりが落ちる。
森の木々たちは、その月光を受け、虹色に、いっそ怪しいまでに美しく輝いていた。
蓬莱の樹海。
大嫌いな光。
らら。
あー。
いー。
てのひらを月明かりに透かしてみるとうっすらと自らの手の中に血が流れているのが見えて、妹紅は小さく息を吐いた。
――私はまだ生物でいるみたい。
――人形。
――人形、ではない。
なぜだか唯一忘れることができない過去の言葉が脳裏をよぎって、どうしようもなく切なくなる。大切なことはすぐに忘れるくせにね、と自嘲して笑ってみるともっと寂しくなる気がした。
たくさんのものがこの手から抜け落ちてしまう。
人と出会うことは人と別れること。
幾千、幾万もの別れは、妹紅の心を壊すには十分すぎた。涙が枯れたのは不死になってから数百年たったころ。自分が泣いていないということに気付いた瞬間、妹紅はえも言われぬ恐怖を抱いたものだった。
どこか遠い知らないところにたった一人取り残されてしまったような。有り体にいえば自分が人の心を失っていく恐怖。
それがどうしようもなく怖くて、けれど怖いうちはまだ自らの心が残っているというジレンマ。この恐怖が消えるその瞬間が来るのが、とてつもなく嫌で。
だから。
「死にたかったのにな」
はあ、とため息をついた。
自分のすべてをぶち壊した蓬莱の玉の枝の、その樹海でなら自分自身も壊れるかもしれないと思って、せっかくここまで出向いたのに、結局行動に移すことはできなかった。なんだか憎々しい永遠の姫に殺されるのと同じような気がしたからだった。
きっと彼女は私を殺せるんだろうなぁ、と妹紅は考える。
殺してほしいと彼女に頼めば、きっと彼女は嗤うだろう。その声を、笑顔を想像するだけで、妹紅はどうしようもなく嫌になるのだ。
――あいつのせいで私はだんだんと人でなくなっていくんだ。大切なものを失っていくんだ。私の大切なものを返して。あいつのそばにはたくさん大切なものがあるくせに。ずるいずるい。
何度も何度も飲み込み続けた言葉が、頭の中で巡り続ける。プライドなんて捨てて、もっと重要なはずのものを取り返したほうがいいのかもしれないとも思ったけれど、その大切なものがどれほど大切なのかさえ、妹紅は忘れてしまっていた。
せめてそれを思い出してから死にたいと、妹紅はずっとそこに座っていた。どれくらいの時間座っていたのかももうわからないほどに。
おなかがすいても、のどが渇いても、それでも渇望することはなかった。もっと大切なものを見つけたかったから、そんな物なんて必要としなかった。
ららら。
あーいー。
るるーしーてー。
らー。たー。
「……愛って、何?」
「くだらない質問ね、妹紅」
自分自身、もしくは消え入りかけた思い出に対してはなったつぶやきに対する答えが背後から聞こえてきて、妹紅の肩がびくりとはねた。一瞬を置いて、聞きなれた笑い声が聞こえてくる。
「かぐ……や」
「どうしたの? そんな幽霊でも見たような顔をして」
ゆっくりと振り返ると、そこにはやはり憎々しい女の姿があった。こちらを気遣うような表情が、白々しくて腹立たしくて妹紅は奥歯をかみしめる。
輝夜は虹色の光を身に浴び、優雅にそこに立っていた。眼を細めて子供のように笑っている姿は、穢れを知らないおとぎ話の中の人物のようですらある。
そんなガラじゃぁないだろう、と笑ってやろうとして、妹紅はせきこんだ。ためしに声を出そうとしてみると、なるほど、喉がかれていてとてもじゃないが大声なんて出せそうにない。せいぜい小さくつぶやくだけで精いっぱいである。
「……なんの、用?」
一言一言、呼吸を置いて言葉を発する。短い言葉さえもつっかえ、息が苦しくなる。
「あらぁ、妹紅ってばひどい声ね。まるでずっとずっと歌い続けていたみたい」
にこやかに、あくまでもにこやかに輝夜は言う。知っていたのか、と妹紅は思ったが口には出さなかった。
「その末に求めるのは愛の意味? 滑稽で笑えるわね。馬鹿みたいな年月を生きてるくせして、そんなことすら知らないだなんて、死んだほうがいいんじゃないのかしら?」
「……私は……死ねない」
「あらぁ、そうだったわね。かわいそうな妹紅!」
輝夜の言葉に上手に言い返すこともできず、苦し紛れに放った言葉をきいて輝夜は笑う。
あからさまにこちらを馬鹿にしたよな物言いに妹紅は苛立ちを覚えたが、一々言い返す気力もなかった。
かといって、いつものように武力で追い払うわけにもいかなかった。妹紅は疲れ切っていたし、何よりここは蓬莱の樹海、輝夜にとってみれば庭のようなもの、否、自らのための世界であるといっても過言ではない。
「ねーえ、妹紅」
妹紅が黙っていると、輝夜が口を開いた。
妹紅に一歩、また一歩と近づき、彼女を見下ろす。
「死にたい?」
直接妹紅の心に触れるような問いに、妹紅の眉がぴくりとはねた。
「死んで楽になりたいと、思う?」
「…………」
「たぶん私なら――正確には永琳ならだけれど――あなたを殺せるのよ?」
「…………知って、る」
「あらそう」
しれっと輝夜は言い放つ。
「ねえ、かわいそうな妹紅」
光を浴びて立ちながら、輝夜は妹紅を見下ろす。見下ろして、見下す。
その言葉に含まれているのはあからさまな同情と嗜虐心。
「死にたいと、願いなさいよ」
じゃり、と輝夜が地面を踏み締める。
踏まれた草たちは、千切れ、地面と混ざってゆく。
「人は死ぬとどこか遠い所に行くんですって。そこに行けばあなたが探しているものが見つかるんじゃないかしら」
「……そうかも、しれない」
「でしょう! だったら私に頼めばいいじゃない! こうべを垂れて殺して下さいと願いなさい!」
澄んだ瞳で輝夜は叫ぶ。
そこに優しさはないけれど、かといって冷酷さもなかった。他人事だと思っているんだ、と妹紅は輝夜をにらみつける。その視線に気づいていながらも、輝夜は笑みを崩さない。
むしろその憎しみあふれる視線に恍惚を覚えているようですらある。
その笑みに腹が立って、妹紅は言う。
「……そんなこと、してやらない」
けふ、とのどからかすれた息が漏れた。それでも気にせずに言う。
今死んでも意味なんてないから。
「死んでなんか。やるもんか」
「……え?」
そこで初めて輝夜の顔から笑みが消えた。
なにを言っているのかわからない、という表情で妹紅を見る。その顔を見て、妹紅は口の端をゆがめた。
「愛を、知るまで、死ねないから」
そう。と輝夜小さくつぶやいた。その顔に浮かぶのは完全な無表情。
もしくは、満月の狂気なのかも知れなかった。
「どうしようもなく腹立たしいわ。愛を知れないのはあなたのせいでしょう」
「たしかに、死ねば、わかるかも、しれ、な」
「そうじゃないのよ」
ぐらりと体が揺れて、気づけば妹紅は地面に倒れていた。
起き上がろうとするが、腕に力が入らない。いや、それ以前に輝夜が彼女の上に馬乗りになっていた。
輝夜の細く白い腕は、まっすぐ妹紅の首に。ぎり、と首を絞めつけられ、妹紅は喘ぐ。
「もしもあなたが死にたいと願うなら、私はさっぱりとあなたのことをあきらめられたのに」
「……く……」
「あなたが愛を忘れてしまったのは、長い永い時を、生きているからでしょう」
「……っあ……」
「だったらまた愛を教えてあげる。忘れても思い出させてあげる。永遠に、永遠に」
輝夜は何を言っているんだろう。
ぐらぐらと揺れ動くような頭の中妹紅は考える。
――愛を教えるだって? ずっと殺しあってきたくせに。お前がすべてを壊したくせに。
その思いに気づいたのか、輝夜はうっすらと笑った。
「本当はね、申し訳なく思っているのよ」
「……え…………?」
「私はね、あなたのこと本当は大好きなんだから」
嘘だ、と反射的に妹紅は思う。
愛する人を困難苦しめる人だなんて聞いたことがなかったから。
「いっぱい、いっぱいつらい思いをさせてごめんなさい。でも、私はあなたと永遠を生きたかったから」
妹紅の顔に、水滴が落ちる。
少しして、ああ輝夜は泣いているのだ、と思った。
どうして。私に対して罪悪感を感じているから?
考えれば考えるほどわからなくなって、ぐちゃぐちゃした頭は次第に思考能力を失ってゆく。
「ねえ妹紅。せめて今だけはゆっくりと眠りなさい。夢の中でかつての誰かさんを思い出しておきなさい。そして夢から覚めたら――」
輝夜の右手が妹紅のほほをなでる。
夢の中でその『誰かさん』に会えればいいな、と妹紅は希望を抱く
「過去のことなんて忘れましょう。そして永遠を生きましょうよ」
――忘れてもいい?
――また教えてもらえれば?。
――それで、いい?
らら。
あー。
いー。
しー。
てー。
るー。
る?
ブラックアウトする直前、どこからともなく愛の歌が聞こえてきたような気がした。
私は大切なものを見つけられそうなんだ、と安心して、苦痛が眠気に変わる。
蓬莱の樹海で首をつるのも悪くないな、と妹紅は最後に思った。
らーらーらー。
るー。
藤原妹紅は森の中一人で歌っていた。ひざを抱え一人で闇のなか歌声を紡ぐ。
なんてことはないただの愛の歌。愛がなんなのかさえ、妹紅にはさっぱりわからなかった。こんなにも長い間生きているからこそ、真実の愛だなんてとうの昔に忘れていた。
それでも彼女はかすれたのどで歌い続ける。
誰かから聞いた歌だったはずなのだが、もうすでにその『誰か』が誰なのかもわからない。すでに記憶ははじから虫に食われるように消えていってしまっていた。
何かを思い出したくて空を見上げた妹紅の顔に月明かりが落ちる。
森の木々たちは、その月光を受け、虹色に、いっそ怪しいまでに美しく輝いていた。
蓬莱の樹海。
大嫌いな光。
らら。
あー。
いー。
てのひらを月明かりに透かしてみるとうっすらと自らの手の中に血が流れているのが見えて、妹紅は小さく息を吐いた。
――私はまだ生物でいるみたい。
――人形。
――人形、ではない。
なぜだか唯一忘れることができない過去の言葉が脳裏をよぎって、どうしようもなく切なくなる。大切なことはすぐに忘れるくせにね、と自嘲して笑ってみるともっと寂しくなる気がした。
たくさんのものがこの手から抜け落ちてしまう。
人と出会うことは人と別れること。
幾千、幾万もの別れは、妹紅の心を壊すには十分すぎた。涙が枯れたのは不死になってから数百年たったころ。自分が泣いていないということに気付いた瞬間、妹紅はえも言われぬ恐怖を抱いたものだった。
どこか遠い知らないところにたった一人取り残されてしまったような。有り体にいえば自分が人の心を失っていく恐怖。
それがどうしようもなく怖くて、けれど怖いうちはまだ自らの心が残っているというジレンマ。この恐怖が消えるその瞬間が来るのが、とてつもなく嫌で。
だから。
「死にたかったのにな」
はあ、とため息をついた。
自分のすべてをぶち壊した蓬莱の玉の枝の、その樹海でなら自分自身も壊れるかもしれないと思って、せっかくここまで出向いたのに、結局行動に移すことはできなかった。なんだか憎々しい永遠の姫に殺されるのと同じような気がしたからだった。
きっと彼女は私を殺せるんだろうなぁ、と妹紅は考える。
殺してほしいと彼女に頼めば、きっと彼女は嗤うだろう。その声を、笑顔を想像するだけで、妹紅はどうしようもなく嫌になるのだ。
――あいつのせいで私はだんだんと人でなくなっていくんだ。大切なものを失っていくんだ。私の大切なものを返して。あいつのそばにはたくさん大切なものがあるくせに。ずるいずるい。
何度も何度も飲み込み続けた言葉が、頭の中で巡り続ける。プライドなんて捨てて、もっと重要なはずのものを取り返したほうがいいのかもしれないとも思ったけれど、その大切なものがどれほど大切なのかさえ、妹紅は忘れてしまっていた。
せめてそれを思い出してから死にたいと、妹紅はずっとそこに座っていた。どれくらいの時間座っていたのかももうわからないほどに。
おなかがすいても、のどが渇いても、それでも渇望することはなかった。もっと大切なものを見つけたかったから、そんな物なんて必要としなかった。
ららら。
あーいー。
るるーしーてー。
らー。たー。
「……愛って、何?」
「くだらない質問ね、妹紅」
自分自身、もしくは消え入りかけた思い出に対してはなったつぶやきに対する答えが背後から聞こえてきて、妹紅の肩がびくりとはねた。一瞬を置いて、聞きなれた笑い声が聞こえてくる。
「かぐ……や」
「どうしたの? そんな幽霊でも見たような顔をして」
ゆっくりと振り返ると、そこにはやはり憎々しい女の姿があった。こちらを気遣うような表情が、白々しくて腹立たしくて妹紅は奥歯をかみしめる。
輝夜は虹色の光を身に浴び、優雅にそこに立っていた。眼を細めて子供のように笑っている姿は、穢れを知らないおとぎ話の中の人物のようですらある。
そんなガラじゃぁないだろう、と笑ってやろうとして、妹紅はせきこんだ。ためしに声を出そうとしてみると、なるほど、喉がかれていてとてもじゃないが大声なんて出せそうにない。せいぜい小さくつぶやくだけで精いっぱいである。
「……なんの、用?」
一言一言、呼吸を置いて言葉を発する。短い言葉さえもつっかえ、息が苦しくなる。
「あらぁ、妹紅ってばひどい声ね。まるでずっとずっと歌い続けていたみたい」
にこやかに、あくまでもにこやかに輝夜は言う。知っていたのか、と妹紅は思ったが口には出さなかった。
「その末に求めるのは愛の意味? 滑稽で笑えるわね。馬鹿みたいな年月を生きてるくせして、そんなことすら知らないだなんて、死んだほうがいいんじゃないのかしら?」
「……私は……死ねない」
「あらぁ、そうだったわね。かわいそうな妹紅!」
輝夜の言葉に上手に言い返すこともできず、苦し紛れに放った言葉をきいて輝夜は笑う。
あからさまにこちらを馬鹿にしたよな物言いに妹紅は苛立ちを覚えたが、一々言い返す気力もなかった。
かといって、いつものように武力で追い払うわけにもいかなかった。妹紅は疲れ切っていたし、何よりここは蓬莱の樹海、輝夜にとってみれば庭のようなもの、否、自らのための世界であるといっても過言ではない。
「ねーえ、妹紅」
妹紅が黙っていると、輝夜が口を開いた。
妹紅に一歩、また一歩と近づき、彼女を見下ろす。
「死にたい?」
直接妹紅の心に触れるような問いに、妹紅の眉がぴくりとはねた。
「死んで楽になりたいと、思う?」
「…………」
「たぶん私なら――正確には永琳ならだけれど――あなたを殺せるのよ?」
「…………知って、る」
「あらそう」
しれっと輝夜は言い放つ。
「ねえ、かわいそうな妹紅」
光を浴びて立ちながら、輝夜は妹紅を見下ろす。見下ろして、見下す。
その言葉に含まれているのはあからさまな同情と嗜虐心。
「死にたいと、願いなさいよ」
じゃり、と輝夜が地面を踏み締める。
踏まれた草たちは、千切れ、地面と混ざってゆく。
「人は死ぬとどこか遠い所に行くんですって。そこに行けばあなたが探しているものが見つかるんじゃないかしら」
「……そうかも、しれない」
「でしょう! だったら私に頼めばいいじゃない! こうべを垂れて殺して下さいと願いなさい!」
澄んだ瞳で輝夜は叫ぶ。
そこに優しさはないけれど、かといって冷酷さもなかった。他人事だと思っているんだ、と妹紅は輝夜をにらみつける。その視線に気づいていながらも、輝夜は笑みを崩さない。
むしろその憎しみあふれる視線に恍惚を覚えているようですらある。
その笑みに腹が立って、妹紅は言う。
「……そんなこと、してやらない」
けふ、とのどからかすれた息が漏れた。それでも気にせずに言う。
今死んでも意味なんてないから。
「死んでなんか。やるもんか」
「……え?」
そこで初めて輝夜の顔から笑みが消えた。
なにを言っているのかわからない、という表情で妹紅を見る。その顔を見て、妹紅は口の端をゆがめた。
「愛を、知るまで、死ねないから」
そう。と輝夜小さくつぶやいた。その顔に浮かぶのは完全な無表情。
もしくは、満月の狂気なのかも知れなかった。
「どうしようもなく腹立たしいわ。愛を知れないのはあなたのせいでしょう」
「たしかに、死ねば、わかるかも、しれ、な」
「そうじゃないのよ」
ぐらりと体が揺れて、気づけば妹紅は地面に倒れていた。
起き上がろうとするが、腕に力が入らない。いや、それ以前に輝夜が彼女の上に馬乗りになっていた。
輝夜の細く白い腕は、まっすぐ妹紅の首に。ぎり、と首を絞めつけられ、妹紅は喘ぐ。
「もしもあなたが死にたいと願うなら、私はさっぱりとあなたのことをあきらめられたのに」
「……く……」
「あなたが愛を忘れてしまったのは、長い永い時を、生きているからでしょう」
「……っあ……」
「だったらまた愛を教えてあげる。忘れても思い出させてあげる。永遠に、永遠に」
輝夜は何を言っているんだろう。
ぐらぐらと揺れ動くような頭の中妹紅は考える。
――愛を教えるだって? ずっと殺しあってきたくせに。お前がすべてを壊したくせに。
その思いに気づいたのか、輝夜はうっすらと笑った。
「本当はね、申し訳なく思っているのよ」
「……え…………?」
「私はね、あなたのこと本当は大好きなんだから」
嘘だ、と反射的に妹紅は思う。
愛する人を困難苦しめる人だなんて聞いたことがなかったから。
「いっぱい、いっぱいつらい思いをさせてごめんなさい。でも、私はあなたと永遠を生きたかったから」
妹紅の顔に、水滴が落ちる。
少しして、ああ輝夜は泣いているのだ、と思った。
どうして。私に対して罪悪感を感じているから?
考えれば考えるほどわからなくなって、ぐちゃぐちゃした頭は次第に思考能力を失ってゆく。
「ねえ妹紅。せめて今だけはゆっくりと眠りなさい。夢の中でかつての誰かさんを思い出しておきなさい。そして夢から覚めたら――」
輝夜の右手が妹紅のほほをなでる。
夢の中でその『誰かさん』に会えればいいな、と妹紅は希望を抱く
「過去のことなんて忘れましょう。そして永遠を生きましょうよ」
――忘れてもいい?
――また教えてもらえれば?。
――それで、いい?
らら。
あー。
いー。
しー。
てー。
るー。
る?
ブラックアウトする直前、どこからともなく愛の歌が聞こえてきたような気がした。
私は大切なものを見つけられそうなんだ、と安心して、苦痛が眠気に変わる。
蓬莱の樹海で首をつるのも悪くないな、と妹紅は最後に思った。
とにもかくにもSSにおける蓬莱人の在り方、というのは作者さまの見方を覗けて面白いですねぇ。
このあと続編に妹紅に嫉妬した永琳(or 輝夜に嫉妬したけーね)が出てくるんですね、わかります。
ヤンデレもいいなぁ、とか思ってる自分が時々悲しくなります。
もう、けーねはいないのか…