「ああ…暇だぜ」
昼下がりの森の中。
そんな事を呟いたのは、白黒二色の服を纏う魔法使い、霧雨魔理沙。
放った言葉は、鬱蒼と茂る木々に吸い込まれた。
異変でもあれば暇つぶし出来るんだが
彼女は思った。
だが、異変などというものはそう簡単に起きては困る。
故に、その途方も無い考えは彼女の頭から消える…筈だった。
そうだ、なら異変を探そう
だが、こんな考えに発展してしまった。
待つより探す。
実に彼女らしい考え方だが、それには一抹の不安を感じざるを得なかった。
箒に跨がり、空に舞う。
狭かった世界から、無限に広がる世界に出る。
陽光が眩しい。
一瞬視界が白に染まる。
さて、何処に行こうか
彼女は考える。
結果、取り敢えず紅魔館に行く事にした。
そうと決めると魔理沙は、空を勢い良く走り出す。
一直線に、ハイスピードで進む様はまるで流星のようだ。
あっという間に紅魔館に着く。
湖の近くに佇む、赤く染まった屋敷。
辺りの森の植物とは一線を画す赤色は、物々しい雰囲気を作り出し、どこか近付き難い感じがする。
門は、赤髪の妖怪、紅美鈴が守っている。
今日は珍しく寝ていない。
「あ!白黒魔法使い!」
彼女は魔理沙の存在に気付き、叫ぶ。
「今日こそこの紅魔館には入れさせませ――」
「マスター…スパーク!!」
既に八卦炉を取り出していた魔理沙は、喋り途中の美鈴に対して、容赦無く得意スペルを使う。
八卦炉の前に光が収束し、突然に輝かしい魔砲が現れる。
その大きさと勢いからは、威力が嫌と言う程に感じ取れる。
「え、ちょっとまだ話が」
急に眼前に現れた巨大な砲撃を美鈴は避けられる筈も無く、そのまま飲み込まれる。
直後に、爆音。
スペルが収まると、そこには黒く焦げた美鈴が転がっていた。
「悪いな。じゃあ中に入らせて貰うぜ」
魔理沙は本当に悪いと思っているのだろうか。
ただ、その言葉に反応する者はいないのだから、思っていようといなかろうと関係無いのだが。
彼女は箒に乗ったまま館内に入る。
廊下を進んで行くうちに、大きく、重厚な作りの扉が目の前に現れた。
「うーん、なんだかいつも通りな気がして来たぜ…」
苦笑しながら独り言を洩らす。
魔理沙がドアを押すと、キィ、と軋む音を立ててそれは開いた。
図書館内は、幾つかの燭台が広い空間を薄く照らしていた。
先程までの廊下とはまた違う静かさを纏った世界は、足を踏み入れるだけで空気の色の違いを感じる。
そして、言葉を紡ぐ事さえもはばかられる。
「おーい、パチュリー!いるかー?」
だが、魔理沙はそんな空気を見事に打ち崩した。
直ぐに、図書館の奥の方からパチュリー・ノーレッジがふわふわと飛びながら現れる。
「…何の用?」
気怠そうな脱力感と若干の鋭さを含んだ声。
年長者だからか、魔理沙が厄介者だからか。
「ああ、ちょいと異変を探してるんだが、何か知らないか?」
「知らないわ。そんな下らない事やってるんじゃないわよ」
即答。
別段包み隠そうとせずに返答したのであろう。
まあ、如何せんパチュリーの言う事は的を得ているのだが。
「そんな…冷たいぜ」
あまりにも早く、そして短い単純な返事に魔理沙はしかめっ面で不平を洩らす。
「そんな顔されてもねぇ…
それに異変なんか探したってそうそう見付からないわよ、多分。
この前も地下の一件があったばかりでしょう?」
「うぅ…まあそうだけど」
魔理沙はパチュリーに見事に言いくるめられた。
彼女には異変を探すと決めた時の勢いはもう無い。
「じゃあさ、何か暇を潰せる事はあるか?」
魔理沙は問う。
魔法の森を出てから、まだ一時間程しかたっていないのだから、時間は余りに余っている。
暇潰しをする。
この目的さえ達成出来れば良かった。
偶然に思い付いたのが、異変を探すという事だっただけなのだ。
「そうねぇ…
たまには此所でゆっくりと紅茶でも飲んでいったら?
いっつも忙しく来訪しては帰って行くのだから」
最後の一言には刺があった。勿論、いつも本を盗んでは逃げる魔理沙に対しての嫌味を込めたのだ。
「はは…
じゃあ、折角の機会だし今日はゆっくりさせて貰うぜ」
魔理沙は苦笑いしながらそう言うと、机に並んだ椅子に座る。
その対面にはパチュリーが座った。
それからすぐに、パチュリーの使い魔である小悪魔が紅茶を持ってきた。
紅茶を置いた後、失礼します、と言うと、彼女は再び本の整理に戻った。
魔理沙とパチュリーは、幾つかの本を本棚から持って来て、読み始めた。
静かな時間の中、ページを捲る際の音が心地良い。
時折交わす短く、他愛もない会話は、どこかむず痒い。
何分経っただろうか。
今の時分は分からない。
窓は一つも無いのだから。
しかし、彼女達はそんな事を気にすることは無く、ただただ静かに本を読んでいた。
「ま……」
何かが聞こえる。
「……沙」
耳から入るノイズ。
だが不快ではなく、むしろ温かく、気持ち良い。
「魔理沙」
「んぁ…?」
情けない声を出しながら、魔理沙は目を覚ます。
「取り敢えず、涎垂れてるわよ」
パチュリーは呆れた顔をしながら言う。
その言葉に反応し、魔理沙はゆっくりと袖で口の辺りを拭う。
「私、いつの間に寝てたんだ?」
「知らないわよ」
パチュリーは、ため息をつきながら言葉を返す。
因みに、パチュリーは割りと分厚い本を一気に読んでいた為、時間はそれ相応に過ぎただろう。
「そうか、まあそろそろおいとまさせて貰うぜ」
魔理沙は立ち上がり、んっ、という声を洩らしながら伸びをする。
側に置いておいた箒を手に取り、扉に向けて歩き始める。
「ん、分かったわ。
これからもこうして来てくれるなら歓迎してあげる」
「ああ、考えとくぜ」
魔理沙は、最後にも嫌味か、とでも言いたげな、苦笑いの表情を浮かべながら言葉を返す。
「それじゃあ、またな」
図書館の扉を開け、一言。
パチュリーはそれをただ無言で見送った。
しばらく廊下を歩き、エントランスホールに着く。
メイド長に会わなかったのは幸運だった。
因みに歩いた理由は、何となくそうしたかったからだ。
図書館の扉よりも一回り大きい、両開きのそれに手を掛け、魔理沙は外へと出る。
空は赤かった。
あまりの眩しさに目が眩む。
それに負けじと箒に跨がり、勢い良く空に飛び上がる。
湖が見えた。
キラキラと光が乱反射し、まるでオレンジの宝石が敷き詰められている様だ。
その周りに立つ木々達は、濃い緑を纏い、湖を一層際立たせている。
家や森の中からは絶対に見れない光景。
いや、幻想郷内で此所でしか見れない光景。
たった今、それを魔理沙は見ている。
ああ、今日の暇つぶしは成功かもな
彼女は心の中で小さく呟く。
茜色に染まり切った空の中、白黒魔法使いは満足気に帰路に着く。
昼下がりの森の中。
そんな事を呟いたのは、白黒二色の服を纏う魔法使い、霧雨魔理沙。
放った言葉は、鬱蒼と茂る木々に吸い込まれた。
異変でもあれば暇つぶし出来るんだが
彼女は思った。
だが、異変などというものはそう簡単に起きては困る。
故に、その途方も無い考えは彼女の頭から消える…筈だった。
そうだ、なら異変を探そう
だが、こんな考えに発展してしまった。
待つより探す。
実に彼女らしい考え方だが、それには一抹の不安を感じざるを得なかった。
箒に跨がり、空に舞う。
狭かった世界から、無限に広がる世界に出る。
陽光が眩しい。
一瞬視界が白に染まる。
さて、何処に行こうか
彼女は考える。
結果、取り敢えず紅魔館に行く事にした。
そうと決めると魔理沙は、空を勢い良く走り出す。
一直線に、ハイスピードで進む様はまるで流星のようだ。
あっという間に紅魔館に着く。
湖の近くに佇む、赤く染まった屋敷。
辺りの森の植物とは一線を画す赤色は、物々しい雰囲気を作り出し、どこか近付き難い感じがする。
門は、赤髪の妖怪、紅美鈴が守っている。
今日は珍しく寝ていない。
「あ!白黒魔法使い!」
彼女は魔理沙の存在に気付き、叫ぶ。
「今日こそこの紅魔館には入れさせませ――」
「マスター…スパーク!!」
既に八卦炉を取り出していた魔理沙は、喋り途中の美鈴に対して、容赦無く得意スペルを使う。
八卦炉の前に光が収束し、突然に輝かしい魔砲が現れる。
その大きさと勢いからは、威力が嫌と言う程に感じ取れる。
「え、ちょっとまだ話が」
急に眼前に現れた巨大な砲撃を美鈴は避けられる筈も無く、そのまま飲み込まれる。
直後に、爆音。
スペルが収まると、そこには黒く焦げた美鈴が転がっていた。
「悪いな。じゃあ中に入らせて貰うぜ」
魔理沙は本当に悪いと思っているのだろうか。
ただ、その言葉に反応する者はいないのだから、思っていようといなかろうと関係無いのだが。
彼女は箒に乗ったまま館内に入る。
廊下を進んで行くうちに、大きく、重厚な作りの扉が目の前に現れた。
「うーん、なんだかいつも通りな気がして来たぜ…」
苦笑しながら独り言を洩らす。
魔理沙がドアを押すと、キィ、と軋む音を立ててそれは開いた。
図書館内は、幾つかの燭台が広い空間を薄く照らしていた。
先程までの廊下とはまた違う静かさを纏った世界は、足を踏み入れるだけで空気の色の違いを感じる。
そして、言葉を紡ぐ事さえもはばかられる。
「おーい、パチュリー!いるかー?」
だが、魔理沙はそんな空気を見事に打ち崩した。
直ぐに、図書館の奥の方からパチュリー・ノーレッジがふわふわと飛びながら現れる。
「…何の用?」
気怠そうな脱力感と若干の鋭さを含んだ声。
年長者だからか、魔理沙が厄介者だからか。
「ああ、ちょいと異変を探してるんだが、何か知らないか?」
「知らないわ。そんな下らない事やってるんじゃないわよ」
即答。
別段包み隠そうとせずに返答したのであろう。
まあ、如何せんパチュリーの言う事は的を得ているのだが。
「そんな…冷たいぜ」
あまりにも早く、そして短い単純な返事に魔理沙はしかめっ面で不平を洩らす。
「そんな顔されてもねぇ…
それに異変なんか探したってそうそう見付からないわよ、多分。
この前も地下の一件があったばかりでしょう?」
「うぅ…まあそうだけど」
魔理沙はパチュリーに見事に言いくるめられた。
彼女には異変を探すと決めた時の勢いはもう無い。
「じゃあさ、何か暇を潰せる事はあるか?」
魔理沙は問う。
魔法の森を出てから、まだ一時間程しかたっていないのだから、時間は余りに余っている。
暇潰しをする。
この目的さえ達成出来れば良かった。
偶然に思い付いたのが、異変を探すという事だっただけなのだ。
「そうねぇ…
たまには此所でゆっくりと紅茶でも飲んでいったら?
いっつも忙しく来訪しては帰って行くのだから」
最後の一言には刺があった。勿論、いつも本を盗んでは逃げる魔理沙に対しての嫌味を込めたのだ。
「はは…
じゃあ、折角の機会だし今日はゆっくりさせて貰うぜ」
魔理沙は苦笑いしながらそう言うと、机に並んだ椅子に座る。
その対面にはパチュリーが座った。
それからすぐに、パチュリーの使い魔である小悪魔が紅茶を持ってきた。
紅茶を置いた後、失礼します、と言うと、彼女は再び本の整理に戻った。
魔理沙とパチュリーは、幾つかの本を本棚から持って来て、読み始めた。
静かな時間の中、ページを捲る際の音が心地良い。
時折交わす短く、他愛もない会話は、どこかむず痒い。
何分経っただろうか。
今の時分は分からない。
窓は一つも無いのだから。
しかし、彼女達はそんな事を気にすることは無く、ただただ静かに本を読んでいた。
「ま……」
何かが聞こえる。
「……沙」
耳から入るノイズ。
だが不快ではなく、むしろ温かく、気持ち良い。
「魔理沙」
「んぁ…?」
情けない声を出しながら、魔理沙は目を覚ます。
「取り敢えず、涎垂れてるわよ」
パチュリーは呆れた顔をしながら言う。
その言葉に反応し、魔理沙はゆっくりと袖で口の辺りを拭う。
「私、いつの間に寝てたんだ?」
「知らないわよ」
パチュリーは、ため息をつきながら言葉を返す。
因みに、パチュリーは割りと分厚い本を一気に読んでいた為、時間はそれ相応に過ぎただろう。
「そうか、まあそろそろおいとまさせて貰うぜ」
魔理沙は立ち上がり、んっ、という声を洩らしながら伸びをする。
側に置いておいた箒を手に取り、扉に向けて歩き始める。
「ん、分かったわ。
これからもこうして来てくれるなら歓迎してあげる」
「ああ、考えとくぜ」
魔理沙は、最後にも嫌味か、とでも言いたげな、苦笑いの表情を浮かべながら言葉を返す。
「それじゃあ、またな」
図書館の扉を開け、一言。
パチュリーはそれをただ無言で見送った。
しばらく廊下を歩き、エントランスホールに着く。
メイド長に会わなかったのは幸運だった。
因みに歩いた理由は、何となくそうしたかったからだ。
図書館の扉よりも一回り大きい、両開きのそれに手を掛け、魔理沙は外へと出る。
空は赤かった。
あまりの眩しさに目が眩む。
それに負けじと箒に跨がり、勢い良く空に飛び上がる。
湖が見えた。
キラキラと光が乱反射し、まるでオレンジの宝石が敷き詰められている様だ。
その周りに立つ木々達は、濃い緑を纏い、湖を一層際立たせている。
家や森の中からは絶対に見れない光景。
いや、幻想郷内で此所でしか見れない光景。
たった今、それを魔理沙は見ている。
ああ、今日の暇つぶしは成功かもな
彼女は心の中で小さく呟く。
茜色に染まり切った空の中、白黒魔法使いは満足気に帰路に着く。