ジョーク。それは、紳士の嗜みである。
ユーモアと皮肉を交えたそれは会話のアクセントとなり、場の空気を彩る。
たった一つのジョークで、流れは変わる。その力は、言葉の持つ強力な力に他ならない。
使い方は無限だ。それは、駆け引きの中で相手を静めることもできれば、もちろん脅しにであっても使える。
そして、それは誰でも駆使できるものでもあるのだ。
何の魔力的力も持たない普通の人間さえ使え、達人はその口だけで世を渡り、神を死まで追い詰める。
その力の強大さ、また己のカリスマ性も考慮に入れると、その習得は必須であった。
そんなわけで、レミリアは『世界のジョーク集 ~爆笑の300篇収録~』の本を閉じた。
「使えそうな小噺は、やっぱりなかったわ」
そう呟き、レミリアは本を本棚に入れた。
その本棚は言わずもがな、ジョーク関連の本でいっぱいである。さきほど彼女の読んでいたようなジョーク集から、小噺集、話のネタ集、落語集…といったものが所狭しと並んでいる。
しかし、この本棚にある本の殆どは、レミリアはもう幾度と読み返していたので、それらの本に対し、彼女は最近は完全に新鮮さを感じることがなくなっているのだった。
ジョークは一瞬の花火だ。レミリアはその花火を追い求めているのに、彼女の頭の中が湿気ってしまっていてか、なかなか火が付かないので少しイライラしていた。
(なんか、面白いジョークは無いだろうか)
本棚を見回してみる。やはり、すべて見慣れた背表紙である。彼女は肩を落とした。
そのとき、ふと、図書館の一角にいるパチュリーの姿が目に入った。
(もしかしたら、パチュなら私の知らないのを……)
しかし、パチュリーは今、魔道書の執筆中である。普段ならこの間は声をかけないレミリアであったが、よほど欲求不満が溜まっていたのだろう。
レミリアはパチュリーに近づいて言う。
「パチュ、面白いジョーク知らない? できればあの本棚にはないので」
レミリアは軽い感じで訊いた。知らないジョークなら何でもいいぐらいの気持ちだった。
しかし、パチュリーは多少驚いた顔を見せた後、すました顔でこう言うのだった。
「えーと、じゃあ……世界で一番面白いジョークを知ってるわ」
「世界で一番!!?」
レミリアは、驚きのあまり一瞬天に召された心地がした。とんだ掘り出し物である。
というのは、ジョークというのは名前だけで、要は皮肉、悪口、『うまいこと言った』のような内容であり、立場や考え方が変われば感じ方も変わる。
それなのに、普遍的に称号が付くジョークなんて有り得ないはずだからだ。しかもそれが世界一だというのだ。
「ほんと? ほんと、本当~に世界一?」
「えぇ、おそらく人類史上一番。昇天もの」
ネジが外れたように尋ねるレミリアの一方で、パチュリーは至って冷静に執筆しながら答える。
頬を赤らめ、レミリアはパチュリーの座っている椅子にしがみつく。
その様子は、餌を目の前に尻尾を盛大に振る犬、とその飼い主に見えなくも無い。
「内容、教えてくれない?」
「残念だけどそれはできないわ」
「え~、出し惜しみしないでよ~」
「無理なの」
その瞬間犬が吸血鬼に変わった。吸血鬼は眉間に厳しいシワを寄せて、ムッとした空気を醸し出す。
お預けは許しがたい。しかし、そんな空気は明日の風で魔法使いは機械のように執筆している。
「何で? まさか世界一なのに忘れるわけがないじゃない。何で話せないの」
「無理なものは無理よ」
「教えてよ」
「無理なのよ」
その言い方は、まるで邪魔者扱いのよう。確かに今、パチュリーは魔道書の執筆中で、レミリアは邪魔をしている。
それは事実で、レミリアに負がある。でも、世界一のジョークをほのめかしたのはパチュリーだ。
「ちょっとくらい、いいじゃない……パチュのケチ!」
そう叫んでレミリアは図書館を後にした。
、
「はぁー……」
パチュリーは深くため息をつき、筆を置く。
そして、どこだったかな、と言いながら、おもむろに、本棚に向かうのだった。
しばらくして、
「はぁー……」
とレミリアも呟いているのだった。私はなんと馬鹿で愚かなことをしたというのだろう、と。
ジョークで一番大事でかつ難しいのは『間』だ。
文字で読む時は意識しない要素だが、話すとなればかなりの難易度で要求される。この要素だけで、『傑作』が『駄作』に一変わりする。
それを自分が取れないことをパチュリーは理解しているからこそ、自ら話すことをしなかったのだろう。
しかも、なんと今回は世界一のジョークなのだから。とても私にも怖くてできない。
私は、なんと浅はかなんだろう。
それに、もしかしたら私はその世界一を見ることができないかもしれない、という想いがそのため息にはこもっていた。
と、そのとき、レミリアは廊下の角で咲夜と遭遇した。
「あ、お嬢様。ついさっきパチュリー様がこれをお嬢様に、と」
その手には、一冊の本と紙のメモが一枚。
レミリアは目を大きく開き、訝しげな咲夜から刹那それをひったくった。
直感したのだ。これが世界一だと。まさか原本が紅摩館にあったとは予想外だったが。
額にはいつの間にか汗を掻いていた。メモには――165ページ――とだけ筆で書いてあった。
そして彼女は次に見た。その本の題名は『バカの泉』。表紙には題名通りに泉が描いてある。
正直、一見では何の内容かわからないバカそうな本である。レミリアが見逃したのも無理ない。
そして咲夜が未だ何かと怪訝そうな顔をするのも納得の本であった。
「…ところで、何ですかその本。チル――」
「黙って、咲夜」
これは世界一との対面なのだから、と咲夜の前に手を突き出す。
魔術師や錬金術師は一般人にはわからないようにごく普通の内容のように誤魔化して、自分の研究成果を書く。
これもその類だろうとレミリアは思った。なんせ世界一。やっぱり世界一。一味違う。
レミリアは息を呑んだ。心臓が高まる。手に汗を握る。
どんな魔術師、錬金術師が書こうと、その内容を一瞬で解読できる自信はある。その点では不安は彼女には無かった。
しかし、相手は世界一の称号を持つジョークだ。
果たしてどんな内容なのか。最高の皮肉か。超最低の悪口か。世界一の『うまいこと言った』なのか。
これほど待ち望んだご馳走はないとばかりに、レミリアは不敵に笑う。舌で唇を濡らした。
異様な雰囲気に顔をしかめる咲夜をよそに、本が開く。
そして、目的の165ページ。
意外にも、世界で一番面白いジョークは大きな文字で普通に書いてあった。
レミリアは心して読む。パチュリーが頑なに話すのを拒んだ、昇天もののジョークを。
そして、目を丸くして言うのだった。
「……はぁ!?」
『世界で一番面白いジョーク
世界で一番面白いジョークは、おそらく紀元前263年ごろに古代ギリシャの喜劇作家ピレモンによって作られたジョークだろう。
なぜなら彼は、自分の考えたそのジョークのあまりの面白さに笑い転げて死んでしまったのだから。
~明日から役に立つバカ知識302~』
折角の東方二次なのだから、落ちに引っ張るまでにキャラに絡めた諧謔か“らしさ”が欲しいところ。
トリヴィアの紹介に終始してしまっている。
ただ、足りないものがあるのかなぁ…と漠然と感じたり。
次回などに期待したいですね。
レミリアが呼ぶ、パチュリーの愛称の間違い。
「パチュ」ではなく、「パチェ」です。
カリスマくらいしかキーワードがないので。
あと最初の段落が特に目立つのですが、ちょっと言葉の使い方が雑に感じました。
「それ」とか「力」とか「その」を幾つか削るだけでも文章がスマートになりますし、
この手の小咄的なものは特に、そういう細かい部分に気を遣うのが肝要なのでは、と思います。
しかしこのジョークそのものはなかなか面白い
東方だからとかじゃなく、感じたままの点数を。
パチェとレミィの関係が、らしくて引き込まれました。