Coolier - 新生・東方創想話

路の神、兼

2020/12/01 22:22:52
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 宇佐見蓮子は歩いて居る。道には夕方の、明度が下がった分暖かき色相が顕わとなった陽光が差し、京都の無機なる景色に有機なる色彩を投影する。狭い歩幅の分、硬質な靴音は絶え間なく響き、その度朱と橙の中間色に燭された焦げ茶の髪や服装、帽子が、如何にも意思を持たず、自然の法則に身を任せる様に揺れ動き、戻ったかと思えばまた、かつ、と言う音と共に跳ね上がる。
 彼女の脳内に浮かぶ事柄には、特筆すべき事は何も無い。精々が幾分か前に重力子がグルーオンと統合され、宇宙の真理、超大統一理論が完成した事に端を発する、彼女が専攻する、見方を変えれば無等正覚の境地に達する究極の学問についての事と、四六時中考えている、彼女が親友たるマエリベリー・ハーンと共に、偽りの無等正覚を破する幻想を、白日の元に、では無く、二人の為に、二人で暴くオカルトサークルについての事位である。

 その様な脳内であるので、その他の全ての感覚も、まともに脳へ正確なる情報を送る事を憚り、ただふわふわとした弛緩の脳裡を壊さぬ様、視覚、聴覚、嗅覚共に余り機能していなかった。だが視界が突如、まるで絢爛なグランドキャバレーや、荘厳で雄大な楼閣を目にした何の様に異変を察知し、寝ぼけて涎を垂らしている様な暢気な脳天をぶっ叩く。
 刺激を受けて尚半分寝ている蓮子の脳がのっそと身を起こし、視界を巡らして、何者がこの刺激の元であるかを探し始める。それは程無くして意識を伴う視界の中央に捕捉し得た。

 それは脛程も無い大きさの、石に彫られた、ディフォルメされた笑みを浮かべて此方を見守る像であった。この科学世紀において著しく時代に取り残されたそれは、一度意識内に入れられれば、強烈なる違和を以って脳内に入って来る、旧文明的で特異なるオブジェクトではあるが、その大きさ故か、特に意識しない状態ならば、その異質な容姿にも関わらず、碁盤的な直線の風景に、ごく自然に溶け込んでいた。

 蓮子はそれを注視する。石造りの像はその材質故にずっしりとした重量感を湛え、それと同時に粗い削り面は、大昔の映画の安っぽいセットの様な、吹けば飛ぶよな軽さも持って居た。像の浮かべた微笑みは、温かみを持ってこちらを見ていたが、閉じていると思っていたがよく見ると実は薄く開いていた目に、何処か監視されている様な、不気味な冷たさも覚えた。この時代にはどこもかしこも監視カメラで監視されていたが、やはり人の姿、目の形を持てば、カメラのそれよりも監視の意識は強かった。意識しなければとことんまで認識される事は無く、意識すればする程にそこに見える動く事の無い筈の石像は、流動し、内に秘める昏き深淵を顕わにし、複数の矛盾した印象を持たせる。これこそ人類の発見せざる封された秘、そう思えば、蓮子はこれこそ秘封倶楽部の本懐と心得、予期せぬオカルトに興奮した。

 彼女は興奮したが、それと同時に少し恐怖した。日常に潜む奇妙、それこそ興味の対象であったが、何処までも深遠であり、それが面白く、しかし一旦入れば二度と抜け出せない様な恐ろしさも持ち合わせていたのだ。
 蓮子は少しだけ怖くなり、視界から石像を外し、足早に帰って行った。



 次の日。蓮子は、マエリベリーと共に喫茶で昨日の事を話していた。
「メリー、昨日、道端に立ってる謎の石像を見たのよ!しかも通学路!なんで気付かなかったのかしらん。何だか不気味で、でもとっても素敵な雰囲気だったわ。」
 蓮子はマエリベリーを、マエリベリーとは少し呼び辛いので、あと他人行儀で冷たい感じがするので、愛称でメリーと呼ぶ。
「そう。それなら、次の秘封倶楽部の活動は決まりね!街に佇む謎の石像!私もそんなの気にも留めてなかったけど、考えて見ればとっても不思議ね。それこそ秘封倶楽部って感じがして、良いと思うわ。」可愛らしいショートケーキに細いフォークを刺し乍ら言う。
「ええ、先ずはあれの名前が何で、何の目的で、誰が設置したのかを調べましょう!」メリーの食べていたショートケーキの苺にフォークを刺して口の中に放り込もうとし乍ら、蓮子が具体的に何をするかを提示するも、口に入る寸前で奪還されてしまい、仕方なく侘し気に紅茶を啜る。
「ええ、そうしましょう。此処を出たら、直ぐにでも取り掛かりましょう!それで、その石像はどの辺りにあったの?」蓮子を見かねたメリーが、ケーキを切って少し取り分ける。
「それならこの直ぐ近くよ。此処に来るまでの道にあるわ。」お情けで取り分けられたケーキは、蓮子がはしたなくも大きく口を開くと、忽ち皿の上から消え去り、喉を通過して行った。
 それを以って紅茶もケーキも全て胃袋に入ってしまったので、二人は立ち上がる。すると蓮子がポケットの中を必死になってまさぐる。だが何も出ては来ない。
「あー。そのー、メリーさん?財布を…ちょっと忘れちゃって…」メリーは溜め息を付き、自分が頼んだ分より少し多く支払う羽目になった。




 蓮子とメリーは二人して道端にある一点を凝視している。そこには変わらず石像があったが、以前見た時の黄昏の昏さは無く、ブランチには丁度良い時間故の明るさのみが石像の笑顔を差し、まるで後光が差している何の様にさえ見える。
「こんな処にこんなものがあったなんて…何度も通りかかっているのに、全然気付かなかったわ!私の眼はとんだ節穴だったわね。」そう、よくよく考えてみれば、おかしい事この上ないのに、ただ無関心でいるだけで、こんなものでさえ見過ごしてしまうのだ。正しく人の眼は節穴と言って良いだろう。
 この石像の写真を前から、後ろから、横から、四方八方から撮り、そしてそれを調べ始めた。百年前より発明された、ワールド・ワイド・ウェブの偉大さは、最早当たり前になっていて、終ぞ追確認する事など無いとは思っていたが、何時でも、何処でも、ごく小さな端末さえあれば、世界中の情報に通ずる事が出来る事は、身に染みて便利であった。
 だが結果は、無情にもヒットせず。情報が大規模に消失する事件が起きて、未だ塞がれていない穴は数多あるが、この石像についても同じだった様である。或いは、こんなものはネットに載せるまでも無い事だという事か。

 二人が肩を落としている所に、何かがもぞりと蠢いた。不意を突かれて二人はひゃん、と間抜けな叫びを上げて互いを抱き締めた後、二人ともに顏を見合わせて、羞恥に顔を赤くした。
 恐る恐る見てみると、それは人であった。朽ち果てた襤褸を身に纏っている。大方ホームレスであろう。顏には幾筋もの皺が刻まれているが、背は蓮子とメリーよりも幾分か低く、その輪郭は子供そのものであった。まるで、"成長"では無く、ただ"老化"と言う現象のみが起きた何の様である。一人かと思えばもう一人居て、秘封倶楽部の二人は先程までは大きくないものの、再び悲鳴を上げた。
「君たち、こんな所でなにしてるの?この石像に用でもあるの?」
 声は皺枯れていたが、その言葉遣いは少女そのものであり、それが又異様さを滲ませた。
「あなたは…?」次ぐ言葉は喉から出なかった。
「僕はマイ。」「私はサトノ。この石像について、知りたい?」苗字を名乗らない所にも、不自然さを感じる。
「教えちゃっていいの?お師匠様に怒られちゃうよ?」「忘れた?サトノ、もう"解放"されて、怒られる事なんて無いんだよ?」
 さっきから会話の内容がおかしい。解放とは、どう見てもホームレスの二人を怒るお師匠様とは。呼び方からして行政の者では無さそうだが。
「マイさん、サトノさん、この石像はその『お師匠様』に何か関係あるものなんですか?もし出来れば、教えて貰いたいんですが…」
「好いよ、教えるよ。それはお師匠様に関係ある処か、お師匠様そのものなんだ。」「ええ、お師匠様は各地に散らばって、道行く人を守る道祖神でもあるの。」どうやら『お師匠様』とやらはオカルト的な存在であり、更に神様ですらあるらしい。これはいよいよ秘封倶楽部の本領である。
「その『お師匠様』って、どこに行けば会えるんですか?」「何処って言われても…ねぇ~。」「どこにでも居るっちゃ居るし、どこにも居ないっちゃ居ないからね。なんならこれもお師匠様だし。」なによそれ…と小さく呟き、蓮子は瞳から光を追い遣り、肩を降ろした。「うん、でも、もし君たちが確実にお師匠様に会いたいなら、出雲の摩多羅神社なら、確実に居るんじゃないのかな。」蓮子は目をきらめかせて、肩をせり上げた。
「出雲?」「島根の事ね。」「じゃあ、早速行きましょう。」蓮子の行動は早い。それを止めるのもメリーの役割だろう。
「蓮子、あなたちょっと性急過ぎないかしら。そもそもこの人達の言ってる事が正しいかなんて判らないのよ?」後半は小声で耳打ちした。蓮子は即座に言い返す。「そんな風に考えたって、一歩も前には進めないわよ。為せば成る、為さねば成らぬ、だからね。そもそもこれを与太話として切って捨てたとして、他に何すんのよ。」それもそうである。
 ともあれ、蓮子はまるで待ち受けて居た何の様に情報を提供してくれた二人に感謝を告げて、がっしと握手した。その手には潤いこそ無いが、老人特有の骨のごつごつした感じは一切なく、矢張り子供のそれであった。互いの手を握らんと力を入れれば、乾いた皮膚は、割れた陶器の欠片の様に落ちて行った。



 ……蓮子は三度悲鳴を上げた。今や先程まで指を形作っていたものは、今や欠片として地面に散乱している。蓮子は面食らって狼狽し、慌てて破片を掻き集め、必死に謝りながら渡した。だが、二人は壊れた何の様に、静寂を伴う、穏やかな笑みを浮かべたまま動かなかった。よく見ると、顔や手に刻まれているのは、皺などでは無く、罅であった。身に纏っていた襤褸には、微かに、風化した色と意匠が見えた。この二人は"老いている"のでは無く、数百年かとも思える程の永い時を経て、まるで生物では無い、人形か何かの如く、"朽ちている"のだと、蓮子とメリーは悟った。
 何も喋らない。何も動かない。色褪せて白くなりつつも、茶と緑の色を僅かに残す髪の毛の一本すら翻る事も無く、瞬きも無く、呼吸も、脈動も、先程まで快活に喋っていた二人は、姿こそ変わらずとも、今や一切の活動を停止してしまった。蓮子とメリーも動けない、動かない。誰も何の造作もせず、時が止まった何の様にさえ思われたが、冷えた風が流れ、秘封倶楽部の二人の意識を揺り起こして行った。

 風が吹けば崩れてしまう様な、ミイラとも付かぬ、体内の水も、生命の潤いも乾き切った、ただ立ち尽くす二つの躰を前にして、二人ともに、言葉を紡ぐ事は出来なかった。最初はゆっくりと、次第に早く後ずさり、息すら潜め、靴音も忍ばせて、逃げるようにその場から去り、帰って行った。背後から、落ち葉の山が、風に舞う様な音が鳴った。




 次の日、メリーは半泣きになっている蓮子を半ば引き摺って、同じ道祖神の場所へ向かった。そこにはサトノさんとマイさんの二人の姿は無く、ただ道祖神だけが微笑んで居た。だが、蓮子が崩してしまったサトノさんの破片のみはそこに厳然と、ふてぶてしくも居座り、昨日の出来事が現のそれであった事を雄弁に語っていた。二人の全身の毛と言う毛が一挙に太り、逆立った。背筋に固体窒素を当てられた何の様に感じられた。五臓六腑をペイルライダーに鷲摑みにされた様に感じた。取る者も取り敢えず、道祖神の前に、その辺の草の花をむしり、そっと添えた。居た堪れない気持ちになり、それ以上、その日に何かをする気分にはなれなかった。




 それから暫く。あの出来事は二人に少なからぬ衝撃を与え、一ヶ月程は秘封倶楽部の活動も止めてしまった。だがしかし、時の流れは、時に残酷に思い出を押し流し、埋めてしまうが、時に優しく傷を癒してくれるものである。その衝撃は二人の心から徐々に薄くなり、一ヶ月過ぎる頃には、島根、出雲の摩多羅神社に行こうと言う計画さえ立てていた。
 そして、今日はその決行日である。今までこういう事は何度かやってきたが、矢張りドキドキワクワクが止まらない。今からこの満天下の常識を、引っ繰り返し嘲笑うが如し、曖昧模糊なる怪異の類に会いに行くのだ。しかもそれは神様と来た。いよいよ心臓が興奮の余り飛び出しそうである。

 この科学世紀において、移動とは常に高速化が図られ、日本の端から端までも、たったの数時間で移動出来る程に速くなっている。なんなら体感では出発前の準備の方が、交通機関に乗っている時間より長い様にさえ感じられた。体感なら一瞬、現実の時間でもたったの一時間にして、二人は出雲の地を踏んでいた。風情を愉しむ暇など無い。蓮子はこれも即物的な効率のみを重んじる現代の病気かと、知った風な口を聞いた。メリーは否定も肯定もしなかった。蓮子はちょっと傷ついた。

 はてさて、何の変哲も無い、日本の原風景に近い廃墟の様な出雲の地を歩けば、直ぐに目的地が見えた。摩多羅神社はどうやらこの山の上にあるらしい。だが、そこからが長く、そして奇妙であった。
 山を暫く上ると、蓮子が最初に見つけたものと同様の道祖神が置いてあった。蓮子はメリーより幾分か小さい胸を張り、これがあの話は真実だという証拠だと、得意げに鼻を鳴らした。更に昇れば二つ、三つと道祖神を見かけた。蓮子の胸が反って行き、軈て蝦反りの逆になろうと言う頃、置いてある道祖神の中に奇妙なものが混じり出した。従来の天女の様なのが彫られているものに加え、ただ岩に『道祖神』やら、『二十三夜塔』やらの文字が矢鱈目鱈力の入った字で彫られているだけのものもあれば、そもそも岩ですら無く藁で出来た巨大な人形の道祖神もあれば、極め付けは、とても公衆の面前に出せる形状では無い、猥雑猥褻インモラル、卑猥淫乱極まりない、鄙猥尾篭で著しく、まるでタルタロスから放たれたテューポーン、世界を滅ぼさんとするアジ・ダハーカ、世の水全て取り上げたヴリトラの如く、風紀を乱しまくる形の道祖神も居た。流石にもう大学生なので、それを見て赤面する程にうぶでは無かったが、しかし直視はせず、足早にそそくさと通り過ぎて行った。

 そこからも暫く、段々と置かれている道祖神の間隔は短くなり、道祖神自体の大きさも巨大化し、今や五メートルを数える程の巨大さ、蓮子やメリーの頭頂など、"神"の文字の頂点と同じくらいしか無いものまであった。そしてそれを見れば、もうじき『お師匠様』の居る、摩多羅神社に行き付くという事が察せられた。果たしてその予感は的中した。この時代において、非常にもの珍しい、立派な社殿、そこには今や急速な変化に追いつく為に人々の手より零れ落ちてしまった風情がありありと刻まれている。上の方が大きい門構えは、下から見上げた時の構図の見栄えを緻密に計算されて造られており、こまめに手入れされているのか、人っ子一人居ないのに、石畳は綺麗だった。二人は息をするのも忘れて感嘆していると、声を掛けられた。意識を目の前に戻すと、一瞬、蓮子とメリー、そして何故か声を掛けた女性も固まった。アメジストの如し紫の瞳、靡き翻る金の髪、少女の様な顔だちにも拘らず、醸し出す気品は大人のそれであった。その姿は、メリーそっくりで、すわドッペルゲンガーかとさえ思える程に瓜二つである。
「あのー、あなたはこの神社の関係者ですか?ここを少し探さk…散策したいのですが…。」
 女性は妖艶に微笑んで言った。
「いえ、私はただ単に友人に会いに来ていただけですわ。うるさくしないなら、別に好いんじゃないかしら。」
 はて、こんな所に友人とは。さては彼女も私達と同じくオカルトサークルのメンバーなのだろう。
しかし、話し終った後も、女性は蓮子の方をまじまじと見つめている。その艶美な流麗さに、蓮子は少し戸惑った。が、メリーが「ありがとうございました。」と一方的に礼を言うと、蓮子の手を引いて、女性の前から遠ざけてしまった。
「どうしたの?メリー。」メリーの顏は存外真剣な表情を浮かべていた。「あの人、境界を纏ってたの。それも並大抵じゃないわ。今までで一番かも。」本来であれば、それはこのサークルの研究対象となるだろう。しかし、である。女性は、見る者全て釘付けにする美しさと同時に、深入りしてはならない妖しさも持ち合わせていた。もしも、そこに首を突っ込む様な事があれば、二度と娑婆を見る事は出来ないだろう。先程まで何の変哲も無い様に見えた女性の姿が、突然何処までも深い深淵の存在に見えて、その視線も、贄を見定める羅刹の様に感じられたので、蓮子は身震いした。

 騒ぐ気は二人ともこれっぽっちも無いので、秘封倶楽部は摩多羅神社探検を始めた。だがメリーは一切の境界が見えないと言ったのだ。多かれ少なかれ、何処にでも境界とは遍在しているものなのだ。増して神秘の結晶の様な神社である。境界が無い筈は無いのだ。取り敢えず、周囲を見て回ろうと蓮子が提案し、探索し出した。だが一向に境界は見つからない。もう半分程まで周り、いよいよここには何も無いのかと二人が思い始めた頃、メリーは何かを見つけた。それは境界であった。矢張りこの場所には幻想怪奇の類が居るのだ。
 しかし変である。わざわざ神社の真後ろに境界を設置するとは。意識したかしなかったかは知らんが、普通は正面に出現するものであろう。神社としては先ず正面こそが昔の祈りだかなんだかを集める所である筈だ。それに叛逆して後ろの裏口の戸なんかに境界が出来るとは、余程偏屈に違いないとメリーは話した。蓮子はそれに疑問を差し挟む事は無かった。

 だが、境界は境界。偏屈ならば、その分摩訶不思議なる世界である確率は増すであろう。二人は期待に胸を膨らませ乍ら、摩多羅神社の後戸を開いた。扉が一度開かれれば、それは境界と言う体裁すら失って、何者をもそれを視認し得た。蓮子は今まで幻想の姿を見る事は叶わなかった為に、特に興奮している。







 宙を舞う幾つもの巨大な道祖神。空間を埋め尽くす程に規則正しく配置された戸。そこからは絶えず羅刹が飛び出し、中央に向かって駆けだしている。その中央では仮面を被り、光背に炎を持つ、古風な着物を着た、人間でない何者かが、鬼を脇に携え、牛に乗って、光を放ち、囃子、鼓を響かせ乍ら炎の輪の中で踊り狂う。赤、橙、緑、青の光が指し示す先には、巨大な蚕の幼虫が蠢き、前掛けに記された北斗七星は、龍として実体化し、北極星となる如来宝珠を中心に、中空にウロボロスを創り出す。其処に羅刹が向かうるは、煩悩の神なる神。然しそれは破壊神となりて、額の第三の眼をかっ開き、其処から出るは、破壊の炎。忽ちの内に焼かれるも、然し煩悩とは尽きぬモノ。羅刹は尽きず、戸を開けて、神なる神に、突き進む。鬼は動かず。踊る神を哀れに見やり、二人の空白埋める事無く、何時まで何時までも、立ち尽くし立つ。
 囃子、叫喚、鼓、咆哮、囃子、舞踏、囃子、鼓、鼓、叫喚、叫喚、叫喚、爆発、舞踏、悲鳴、嬌声、罵声、鼓、勝鬨、音は混沌として鳴り止まぬ。赤、青、黄色、緑、白、黒、橙、紫、群青、朱、粉錫、梔子、柴紫、黒鼠、コバルト、ビリジアン、光も交差して移り変わる。
 げにおそろしき、恐ろしき、怖ろしき、畏ろしき、懼ろしき、惧ろしき、虞しき、オソロシキ、たのしき、楽しき、愉しき、娯しき、樂しき、タノシキ、賑やか、寂しき、騒々しき、激しき、けばけばしき、神々しき、煌々しき、おどろおどろしき、不快で、愉快で、生命の活力に満ち、死の寂寥に満ち、混沌とし、単純明快で、複雑で、何より意義を持ち、下らない、狂乱なる世界。その扉の内、一つは開けど、羅刹は落ちない。




 カオス。それがこの場を言い表すのに最も適した言葉だろう。蓮子とメリーはすっかりこの訳の判らない空間に引き込まれ、此処から動こうとも、又この扉の中に入ろうともしなかった。言葉を失い、只茫然自失として見る先には、竜の頭が扉に入り、見えなくなっている姿があった。
 間抜けな姿だな、とどうでも良い事を考えていると、ふと後ろから風が吹いた。なんだと後ろを振り返れば、そこには、先程の空間にあった扉が背後に浮いており、その中の深淵の闇より、龍の頭が此方を覗いていた。二人の血の気が失せ、玉の汗が浮かび、体温が急速に失われ、何だか頭がくらくらする。扉はどういう事か、大きくなっている様に感じられた。いや、大きくなっているのだろう。現に先程は目玉すら完全には見えなかった龍は、今や完全に頭を出し、龍の頸が出て来る。数秒程で、龍は完全に境界の外へ出た。その身体の長さは、何千キロあるのか判らない。そんなに大きいならば、世間にも知れ渡ってしまうのでは無いかと思うが、恐らくあれは完全に秘匿されている、と言う様な確信染みた思いがあった。
 
 だが秘封倶楽部の二人は、今、此処で、息の風圧すら伴う実感を以って、この余りに神々しく巨大な龍と相対しているのだ。幾ら見上げても果ては見えない。何処を見ようと頸が見えなくなる事は無い。冷や汗が服と肌とをへばり付けて不快であるが、それすらどうでも良い危機。
 龍が咆哮した。それは最早爆風の域に達し、雲を吹き飛ばし、気流を生み出し、台風を形作る。蓮子とメリーは立ち竦んでしまった。そして、その咆哮に気付いたのか、境界の中の、中央の奇怪な神、それに向かっていた羅刹、蚕、鬼、道祖神、全てが此方を見ていた。神の背光が三百三十六万里の翼となり、倶利伽羅の龍の剣が発生し、再び仮面の額の眼が開いた直後、蓮子は一瞬早く回復し、立ち竦むメリーの手を乱暴に掴み、走り出した。その直後、五本の爪が地面毎空間を切り裂いた。背後では悪鬼羅刹、魑魅魍魎が幾つもの扉から津波の様に押し寄せ、その上では神が、この世界一危険で夢想的なパレードの中、鬼に神輿で担がれ、炎の翼と炎の剣、そして炎を吹く眼を此方に向けている。目の前で、桜が咲く。即座に向日葵が生え、満開になる。紅葉と松虫が視覚と聴覚を埋め尽くす。雪が一面を覆い尽くす。視界が次々と季節に染まって行く。目の前の道祖神に、飛んで来た道祖神がぶつかって、ずしん、と重い音と土煙を上げて倒れた。背中が焼けるように熱くなった。用水から水流が猛烈な竜巻になって吹き上がり、地面が破裂した。咆哮が遠くから聞こえたと思えば、雲と風が滅茶苦茶に移動した。蚕の糸が脚を絡め取らんと飛んで来た。羅刹共が聞き苦しい叫びを上げ乍ら、血走った眼で此方を追いかける。蓮子は無我夢中で走った。走って走って走って走って、更に走り続けた。岩の欠片が顳顬を掠め、血が流れた。蚕の糸に足を取られて、転んで膝からも血が出た。途中でメリーが我を取り戻したらしく、叫び声を上げていた様な気がするが、それすらも耳には入らなかった。

 階段を半ば転げ落ちるように駆け下りて、蓮子が後ろを振り返れば、もうあのパレードは影も形も無くなっていた。二人はすっかり安心して、二人は地面にへたり込んで、泣きながら抱きしめ合って、互いの生きている体温を確かめ合った。そうでもしなければ、互いが生きている事すら夢幻に消えてしまいそうであった。メリーの足元に水溜まりが出来ている事については、見なかった事にした。 

 手をお互いの身体から放して、蓮子がメリーの眼を見ると、その背後に扉が浮いている事に気付いた。二人は再び抱きしめ合い、涙目で精一杯扉をねめつけ乍ら、立とうとしたが、腰砕けになって、まともに動く事は出来なかった。扉が開く。下手をすれば蓮子の方も下着を駄目にしそうであった。

 果たしてその中から出て来たのは、先程のパレードの中心に居た、神であった。仮面を外したその素顔は、思いがけず幼かった。こんなちんちくりんにここまで驚かされたのかと、むかっ腹が立った。
「いや、すまん、すまん。驚かせてしまったな。私は摩多羅隠岐奈。道行く人を守る神であり、羅刹の神であり、養蚕の神であり、宿星の神であり、後戸の神であり、能楽の神であり、護法の神であり、破壊の神でもある。今は次代の二童子を探していてな。お前等がふさわしいかどうか、確かめていたのだ。」名乗りを上げ、仮面を外し、その像が明らかになった途端に、隠岐奈への謎や不明に対する恐怖心は、急速に消えて行った。
 恐怖は無くなったので、蓮子は恐怖に箍されていた文句を解き放った。「試すって言うなら、もう少しやり方って言うものがあるでしょ!私もここを擦りむいたし、メリーなんか……え!?治ってる?メリーも…え?え?」気付けば恰好は全て元通りになっていた。道祖神なんて無かった。傷なんて無かった。乙女の尊厳に関わる痴態なんて無かった。蓮子は自分こそが物狂いとなったかに思えて、不気味であった。
 「どれどれ…」ゆっくりと歩いて来る。そのくすんだ金の瞳に、一瞬先程の、混沌の化け物行列の様子が覗いた気がした。前言撤回。混沌は摩多羅隠岐奈と言う顏を持ち、殊更にその異様さを増していた。混沌を束ね、更に凶悪に、悍ましくなっていた。思えば先程の狂気のパレードの参列者は、単体では悍ましい訳では無く、寧ろ愉快で、目出度いものであった。然し摩多羅隠岐奈と言う神がそれを指揮するだけで、それはこの世の地獄と成るのであった。思わずひっと声が漏れた。「怖がる事は無かろう。ただ私は混沌だ。ただ私は秘匿されている。ただ私は、私と私と私と私と私と私と私と私と私と私と私とその他の私共のみによって構成される、私以外の何者でも無い私でしか無いのだ。」よくもそんなに『私』が摩多羅隠岐奈に入っていて、ゲシュタルトが崩壊せずに、摩多羅隠岐奈と言う一人物でいられるなと、メリーは思った。
 隠岐奈が蓮子とメリーの頭の上に優しく掌を置く。それは確かに、『摩多羅隠岐奈』以外の何者でも無かった。
言語明瞭・意味不明の言葉がその口から流れ出て、同じく手からも全身に光が走った。「ふむふむ…うーむ。惜しい、惜しい、惜しい。口惜しや、口惜しや、口惜しや。紫や、紫や、聴いておるか。私はどうにもお前だけは食えぬ様だ。この様な娘でさえ、私の下に置けぬとは。こいつが手に入らないのなら、もう一つの黒いのなんてどうでも好いのに。」蓮子は二童子とやらになる気はさらさら無いし、メリーが二童子になるなら、全力で取り返そうとする意気であったが、不用扱いされれば流石に不服と見え、頬を膨らませた。「ああ、もう良い。どうでも好い。お前等は不合格だ。どこへでも去ると好い。私も選り好みする余裕なぞ無いが、こればかりは譲れんぞ。」

 勝手に審査と言う名の虐待をしておいて、こちらの事など全く考慮の外。神とはこれ程に傲岸不遜なものかと、今更に蓮子は思い出した。

 混沌なる後戸の秘神は、肩を落とし、やけに小さく見える背中を晒した。
「はあ、こんな事なら、あいつらを無理にでも引き留めて置くべきだったか…。もう遅いな。今更だ。何と何だったか。名前も忘れた。…願っても無駄だが、戻って来て欲しい物だな…」その声は、心底からの声だった。その直後、背中は扉に隠され、隠岐奈の姿が消えるかに思われたが、消える前に扉毎振り返り、「悪い事をしたな。私は道祖神でもあるのだ。お前等の"道"も応援しているぞ。」と言い残して消えた。

 秘封倶楽部は隠岐奈の言っていた『あいつら』に覚えがある。だがそれを告げる事はしなかった。出来なかった。永久に戻って来る事は無いだろう事を伝えて何になるだろうか。いや、何にもならない。思えば、踊っていた時も、先程も、隠岐奈の隣には不自然な空白を空けて、あたかも其処に何かが居る様な気遣いがあった。思えば過剰な程夥しく内包した混沌も、その空白を埋める為に過ぎなかったのかも知れない。あれだけ多くのものを得て置いて、何一つとして決して失いたくない、或る意味では、何処までも冷酷に見えて、傲岸不遜故にそれを目指した神だったのかも知れない。それは只の推論に過ぎなかったが、確かにあの背中には、寂寥が滲んでいた。




 


 そこから数日後。蓮子とメリーは夜道を歩いて居た。二人とも少し酔っている。月末と言う事で、呑んで来た帰りの様だ。二人は肩を組んでいるものの、どちらも酔いで千鳥足になっている為に、脚がもつれるだけで直進安定性は寧ろ減り、お互いが密着する以外の意義は全く満たしていない。交差点に差し掛かった。赤と青と黄色が忙しなくチカチカと光るも、それが整理すべし自動車の姿は無かった。今日日車に轢殺される危険は殆ど無いとは言え、それでも二人の足取りは危なっかしい。旧型酒を飲んでアルコールに踊らされているのだ。そして案の定、千鳥足の蓮子とメリーは交差点の脇に鎮座する、銅像にぶつかった。頭を打ち、二人の酔いは一瞬で覚めた。剥げ掛けたアスファルトの上に気の抜けた声を上げて倒れ込み、今までの千鳥足が嘘かの様に、健常にすっくと立ちあがった。脳から血液がすぅっと降りて、思考が一気に冷える。

 蓮子とメリーは改めて自分がぶつかった物が何なのかを確かめる。二人共に全く同じ所作をしているので、少々滑稽である。然しそれは人格も人種も異なる二人が、それだけ似通い、仲が良く、以心伝心である証拠である。それは銅像であった。どう見ても不自然である。その金属が形作っているのは、西洋の女神。背中合わせに三人が寄り添って、松明を掲げ、へんちくりんな帽子を被り、そして何故かその恰好は、ラフなスカートにTシャツである。それは澱みなき金属光沢を放ち、とても新しい事が分かる。今ヨーロッパから引っ張って来たと言われても信じるだろう。ファッションセンスも、場所との調和も、絶望的に取れていない銅像の足下には、お供え物を供える為のボウルがあった。そこにはパック入りの十二個の卵、瓶の蜂蜜、鶏と、首に掛けたベルが印象に残る、黒山羊の死骸等が入っていた。随分熱心なオカルトサークルがこの辺には居るらしい。熱心過ぎて不気味である。卵や蜂蜜は良いとして、何処から黒山羊だか鶏の死骸を持って来たのだ。しかも不思議と蠅も集っておらず、眠る様に死んでいるのだ。始めは寝ているだけかと思ったが、生命の鼓動と、血流を示す温度は無かった。頭を打って半分酔いが醒めたが、冷えた山羊の予想以上に柔らかい毛と、硬くなった肉の死体を触って、合計七割方、酔いは醒めた。

 信号の光が、チカチカと女神像を照らし、異常な色彩を写し出した。夜闇の冷えた風と並走する塵が、信号の光に炙り出されてオーブの様に宙を舞う。夜がうっすらと血の赤に染まった様な気がした。銅像の背後にある物全てが虚無であり、女神が奈落に向かう自分達を引き留めている様にさえ錯覚した。虚無、冥府、暗黒。その女神は何処までも深くの底で待ち受けて居る様に感じられた。

 藪から棒に、背中を押された。一瞬、後を振り返れば、閉まる戸が見えた。そんな乱暴な道行く者の支援が有るかと思ったのが最後、お供えの台に二人仲良く倒れ込んだきり、意識は消え失せてしまった。







 意識を取り戻して最初に見たのは、闇であった。然し以前と異なり、一筋の光も有りはしなかった。堪らなく不安になった。闇に対するそれでは無い。秘封倶楽部の片割れが見えない不安である。一分たりとも動こうとはしなかった。極度の不安により、周囲の感覚すら不安に潰されて脳まで到達しなかった。

 突如として支えが崩れ、秘封倶楽部はバランスを崩した。闇も崩れ、眩い光が差す。何の抵抗もせず、雪崩の如く倒れた。短く互いの声が聞こえた事により、蓮子とメリーは互いを認識し合い、大いに安心した。

 完全に暖かな光の中に投げ出される。暗闇に慣れた眼が順応して、最初に見たものは、小学生程の少女であった。道化師の帽子を被り、星条旗柄の服を着ている。二人が寝起きの様にうとうとした目を起こして、その顔を見れば、幼さ八割、妖艶さ二割で構成された、正しく妖精と言うべき顔立ちは恐怖に引き攣り、唇は戦慄いている。遂に大声で金切声を上げ、少女は蓮子とメリーの視界から駆けだして行った。意識が判然とせず、夢うつつの状態であった二人は何事かと、不思議に他人事で互いを見合わせる。

 然しその理由は、考えて見れば自明の事であった。二人が先程まで居た場所は、空きっ放しの戸棚から推測するに、床に接した下段の戸棚の中に違いない。誘拐されて押し込まれた可能性も無きにしも非ずだが、あの反応からして、少なくともあの少女からすると、何も知らずに何の変哲も無い戸棚を開いて見れば、そこから人が雪崩落ちて来た、と言う状況であるのだ。叫んで逃げるのも然も有りなんであろう。

 悲鳴が消えて程無くして、立ち上がった二人の眼前には、少女と同じく金髪の、中国風の黒い衣装に身を包んだ、如何にも婦人と言う様な落ち着いた気品を纏う女性が現れた。秘封倶楽部の姿を見る前は、女性は少女の頭を撫で、宥めすかして、少女の話を真に受けた訳では無く、飽くまで叫ぶ少女を落ち着かせるため、何もいない勝手を見せて、ほら、気の所為でしょうとでもしようとする気である様だったが、目に涙を浮かべた星条旗の少女が此方に指を指し、女性が二人を視界に収めると、即座ににこやかな表情は消えた。今此処に、哀れにも秘神に銅像に叩き込まれて此処に来た秘封倶楽部は、謂れの無い日常に闖入し、安全を脅かす不法侵入者と見做されてしまったのである。これが著しく二人の名誉を損なう事は言うまでも無い。それを悟った二人は、慌てて身の潔白を証明せんとした。まるでクーデターに遭った首相の様に、話せばわかるわ、と声を張り上げた。
 余談ではあるが、その大昔の首相の最期の言葉は、「話せばわかる」では無く、「話を聞こう」だったとも言われている。どちらにせよ、問答無用と銃弾に撃ち抜かれてしまったが。それと同様、幾ら蓮子とメリーが訴えかけようとも、女性は微風程にもその言葉へのリアクションを取らない。只瞳孔から輝きを失わせ、散大させ、ひたすらに生気を感じさせぬ、虚無の表情へと変じて行くのみである。果たして、今までの人類数千年の文明沿革の中で、今まさに不法に自宅に侵入している不審なる輩を茶に誘い、話を聞く者が居ただろうか。その数は、ゼロないしそれに極めて近いに違いない。この女性にとっては秘封倶楽部二人の供述を聞こうが聞かまいが、話を聞いただけの時間が消費されるだけであるので、問答は無用では無かったが、然し話を聞けばその分時間を無為に過ごす事になるので、問答は不要であった。無用と不用、たった一文字で似たような意味の文字の違いであるが、それで熟語の意味は大きく変化する。だが悲しいかな、その違いは秘封倶楽部の運命をぴくりとも動かす事は出来なかった。

 必死に訴えかける二人を歯牙にも掛けず、女性は、まるでそれが銃か何かで在る様に、指をゆっくりと二人に向けた。同時に女性の背より、莫大なる圧力と紫色の怪エネルギーが広がり、多尾の形を成し、重力が増したかの如し重圧が部屋の隅々まで支配し切った時には、二人の残り三割の酔いも吹き飛んで、社会的な死よりも、直接的な死の方を気に掛けなければならない事を悟った。が、どうする事も出来ない。二人は少々頭が切れ、又互いに不気味と形容するに相応しく、だが摩訶不思議なる瞳を有してはいたものの、怪異を打倒す聖剣を持ち合わせてはいなかったし、又この状況より無実を証明する、類稀なる話術を宿している訳でも無く、かと言ってこの場より即座に逃げおおせる韋駄天の俊足も無かった。

 女、もといその形をした形容し難き凄まじい存在は、二人に向けた指先を動かさない。爆発するかの様な重低音が二度三度と鳴り響き、空間を咆哮となって揺さぶり、指先を中心に、視界に漆黒と歪みが観測された。それは戦艦の主砲の発射音と同等の轟音が鳴る度寧ろ圧縮されて、遂には人差し指の爪と同じくらいの直径となった。あれが一度打ち出されれば、二人の命は疎か、その肉片の一片すら存在出来るか怪しいレベルである。生殺与奪の権利は完全に握られている為に、巨大なる怪物でも混沌の百鬼夜行でも無く、悍ましさは無く寧ろ美しき麗人であったが、二人の恐怖は摩多羅神の奇奇怪怪なる行列からの逃走時をも上回っていた。走馬灯が脳内を目まぐるしく駆け巡り、後悔が湧き上がり、脳から死に対する準備が着々と進む。体中が汗で滲み、全身の力が抜け、血色が失せ、がたがたと慄え、ようやっと動き出そうとして、殺意に呑まれて遂にへたり込んでしまった。空ろだった瞳孔が、レーザーサイトの様に即座に集中し、二人の額を片目ずつ、同時に捕捉した。殺意が部屋全体を軋ませて、指先が僅かに持ち上がった。そして収束するかの様な音が鼓膜を叩き、そして、不思議に良く通る吐息が鼓膜を撫でたかと思えば、殺意は完全に消失していた。反射的に力一杯閉じていた瞼を、二人一緒に開くと、黒服の女性の傍に、Tシャツと三原色のスカート、かの銅像と同じ格好をした、赤い髪の女性が、もう一方の肩に手を置いて制止していた。

 「怖がらせ過ぎよ、純狐。ほら、あんなに怯えてるじゃないの。止めてあげられないかしらん?」
 「言われなくても判ってる、冗談よ、ヘカーティア。わざわざ人の家に入った位で殺す程、私も短気では無いわ。」
 その言葉通り、あれ程猛り渦巻いていた殺意は今や綺麗さっぱり消え去って、空間の外見と実質は完全に同期していた。然し、部屋の隅で縮こまっている二人には、それが冗談だとは全く思えなかった。あれ程の殺意を冗談で発せるのであれば、それは彼女が宝塚もoskも顔負けの、稀代なる演技力を有した、演劇者の頂点であるか、或いは、彼女の殺意は本物で、一声掛けられれば自らの感情を完全にコントロールして、荒波から凪へと感情を流転出来る者であるか。どちらにせよ、並々なる者では無い。
 
 「ほら、ごめんなさいね。私はヘカーティア、あっちは純狐よ。あなた達がちっとも悪くないのは、目と怯えようを見れば一目瞭然よ。多分、たまたま、不幸にも事故でここにきてしまったのね。可哀想に、こんなに汗ぐっしょりで。そこを行った所のお風呂に入って、汗を流しなさいな。その後、あなた達がどうしてこんな所に来ちゃったのか、話を聞くわ。」
 二人は漸く肌に服が付く不快感を感じ取り、寛大なお言葉に甘えて、二人でシャワーを浴びた。蓮子とメリーは全身で皮膚の感触と体温と鼓動を感じ合って、漸く呼吸が平静のリズムを取り戻し、心からの安息を得る事が出来た。恐怖と不安の大きさの分、得た安心も多く、着替えを用意しに来て、たまたまその様子を見てしまった黄髪のヘカーティアが顔を赤らめたにのも全く気付かない程度には、二人だけの安楽なる世界に浸っていた。
 身体を洗うにしては妙に長いバスタイムを抜けた二人を待っていたのは、ヘカーティア、並びに銅像の召し物と同じ、二組のTシャツとスカートであった。
 「メリー、これ…ちょっと…ダサくない?」「善意でこれを用意してくれたのよ?例えこれがどんなに変だったとしても、命の恩人の好意に唾するなんて、人としてやってはいけないわ、蓮子。」「メリーいまこれ変って「着ましょう、蓮子。」
 二人が女神と全く同じ、三悪趣道下底極限の、激しき地獄道の煉獄なる味が染みた、略して悪趣味な格好に、湯のもののみだけが原因では無いほかほか湯気を纏って脱衣所から出ると、蒼髪のヘカーティアが二人をリビングに案内し、席に着かせた。
 かくしてヘカーティア三人と、秘封倶楽部二人、合計五人の変なTシャツ軍団が結成された。
 二人が事情を説明すると、彼女等はそれを実にあっさりと受容した。災難だったわねと頭を撫でられた。自分達で言うのもなんであるが、不法侵入者を目で見ただけで信用するのはどうかと言えば、あら、人の罪も見分けられない為体で、地獄の女神が務まる訳無いじゃないの、と返って来た。三相、地獄の女神、ヘカーティアと言う名前からして、目の前の女性は、まず間違いなくヘカテーだと推測された。二人はやっと秘封倶楽部としての本懐を思い出した。
 この科学世紀においても、オカルトに一ミリでも精通した者でヘカテーを知らぬ者はモグリである。魔女宗教において最も重要な位置を占め、そのルーツを辿れば遥か四千年前以上の太古より女神としての活動が見られ、そして今でも変わらず信仰され続けている、三面一体の地獄のTop3の一員。ギリシア神話ではハーデス・ぺルセポネ―の侍女とされ、二人より格下とされているが、その神話でのエピソードを見る限り、その活躍ぶりは侍女に収まるものでは無い。地獄の犬を連れ、全ての魔術の母であり、更に地母神として、最も慈悲深い母であり、出産を司る神でもある。本人は処女であるが。そして何より、彼女は全ての悪事を見通す事が出来るのである。これが無ければ、今頃二人は死んでいたのである。自分達を地面に叩き付けて捨てるクソ秘神も居れば、慈しみを以って救ってくれる女神もいるものだなあとしみじみと感じた。

 勝手では神霊の純狐が、ボウルに入った卵を割り、焼いた鶏と山羊の肉に蜂蜜を掛けて料理中である。
 赤いヘカーティアは二人に憐れむ様に話しかけた。「あなた達、本っ当に災難だったわねぇ。あなた達は私が子供好きって言ったのを子供を食べるのが好きだと真反対の勘違いをして、私達の供物献立の中に女の子をぶち込んだ大馬鹿者を一発ぶん殴るくらいの資格はあるわよん。」
 どうやら二人は、どうあっても彼女達をラヴクラフトの邪神みたいなカルト的神とするべく、曲解に曲解を重ねて二千年ちょっと前に追加された供物の一つとして此処に迷い込んでしまった様である。考えて見れば、あの銅像に捧げられていたもの、それはヘカテーの御馳走と呼ばれる供物のラインナップと同じであった。そしてそのラインナップには、有ろう事か童女と言うのが入っているのだ。そこに蓮子とメリーが入ってしまったのである。あんまりにもあんまりである。

 話している内に料理が出来たらしい。
 鶏と山羊の肉が焼かれてステーキになっており、それが卵とじにされている。だが鼻腔に伝わって来るのは蜂蜜の香り。食べてみると意外とおいしい。話を聞くと、どうやらこの料理がヘカーティアの好物らしい。自分で行動しなくとも、この場に居れば、自然とヘカテーと言う超大物の情報が入って来た。
 匂いにつられてか、それとも今が此処での食事時なのか、最初に見たっきり何処かへ姿を消していた星条旗の少女も、自然と姿を現した。最初は余りにも突然の事で、恐怖に駆られて逃げてしまったが、そうでない今は、二人を特に怖がる事は無く、寧ろ赤青黄色、茶色と金の変なTシャツ軍団を目の当たりにして、堪らず噴き出した。と思えば、少女の前に赤のヘカーティアが一瞬にして、移動し、顔を影で覆い、口を三日月に歪めて、威圧感を放ち乍ら、手を少女に向けた。華奢な腕に見えても、神話通りであるならば、山程もある巨人を真正面から殴り倒す程の剛腕の持ち主である。その腕を徐に持ち上げ、頭蓋の方に持って来て、遂には━━━柔らかな頬をむにむにと弄り出した。
 「クラウンピースちゃん、人の格好を見て笑うとは、悪い子ねぇ。お仕置きよん!」引っ張って、戻して、次には軽く圧して。粘土の様に自在に伸縮する頬は、手を放せば、低反発枕の様に元の形に戻る。そしてまた引っ張って、戻すのが何回も繰り返された。
 五分程の"お仕置き"が終わると、クラウンピースは手を洗いに行った。見た目に反して、意外に躾がなっているらしい。
 二人はこの上無い、探し求めた幻想、その極地に居た。幻想が積み重なって、周囲の全てが幻想となれば、それは寧ろ現実と何一つ変わらない様に感じられた。二人は、この優しく、異常なる空間に留まりたい気持ちも山々であったが、それと同時に、超越存在の、のどかな家族的関係を目にして、元の世界が恋しい気も湧き上がって来た。旅や幻想とは、飽くまで拠点となる現実、普通の生活あってこそのものだと悟った。
 然し最初は殺されそうにこそなったが、誤解が解ければ皆優しく出迎えてくれた。だからこそ、留まりたい気持ちも強くなり、同時に帰りたい気持ちも強くなり、だが帰りたい旨は切り出し辛かった。

 所で、先程から、蜂蜜の独特な甘い匂いがとても強く匂っている。その独特さは濃厚故に鼻腔を寧ろ刺激し、堪らずメリーは不平を漏らした。
 すると、ヘカーティアは事も無げに、迎えを呼んでいるのよんと、訳の判らない事を云った。蜂蜜の匂い。それで迎えを呼ぶ等とは、流石に荒唐無稽にも程がある。ヘカテーが居て、神霊が居て、龍が居て、後戸があって、最早荒唐無稽と言う概念の存在すらもが怪しくなっているが。蓮子は特に蜂蜜のきつい匂いも気にした様子は無く、その匂いの元の、蜂蜜がたっぷり掛かったパンを食べている。
 程無くして、ヘカーティアの言葉は只の戯言から、真実へと格上げされた。
 「わん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
と言う犬の元気の良い吼え声が聞こえるや否や、家全体が、何かに衝突され、大きく揺れた。ぐらぐらと鳴る振動に、ヘカーティア三人と純狐とクラウンピースの計五人は、精神も肉体も微動だにしなかったが、秘封倶楽部の二人に関してはその限りでは無く、メリーはよろけて転び、蓮子は椅子毎盛大にずっこけ、すんでの所で顔中が蜂蜜塗れになるところだった。
 ヘカーティアが軽く手を払うと、何も無かった壁に巨大な蝶番扉が姿を現し、即座に開いて、大型トラック程の大きさの、三つ頸の犬が勢い良く家の中に飛び込んで、家具を引っ繰り返して扉を蹴飛ばして、一目散にヘカーティアの許へと突進していった。
ヘカーティアは家具を指パッチンで直すと、でかい犬に両手を開いて、胸元(?)に飛び込んで来た犬を抱き締めた。ダンプトラックがブロック塀に衝突した音と、ぬいぐるみを抱き締めた音の中間の音が鳴った。

 これこそ誰でも知っているだろう。ヘカテーの連れている三つ頸の地獄の番犬、ケルベロスであった。非常に獰猛で、恐ろしい怪物であるとされるのだが、頭の顎下をヘカーティアに撫でられて、腹を見せてクーンクーンとご満悦の姿からは、とてもとても恐ろしさなぞ感じ取る事は出来なかった。寧ろ可愛い。現に蓮子は、既にしなやかな筋肉にもふもふの毛が生えた身体に飛び込んで、全身でもふもふを感じている。メリーは若干嫉妬した。

 暫く皆でケルベロスを堪能していたが、それは犬の眼付きが急激に鋭くなり、先程とは打って変わって威厳を纏った様子で起き上がり、床を嗅ぎ始めた事で打ち切られた。三つの頭は周りを忙しく嗅ぎ回り、最終的に蓮子の方へ向いた。蓮子は蜂蜜の付いたままの口を半開きにして、只々狼狽するばかりである。鼻を顔に押し当てられ、遂に舐められそうになった時、蓮子は何時の間にかヘカーティアの傍に立っていた。見れば、唾液に触れた椅子が腐り落ちている。蓮子は冷や汗を掻いた。汗の為に、また風呂に入らねばなるまい。
 へカーティアがパンを掴んで放ると、犬は三つの首で競う様に食べた。
 「ほら、ほら。これあげるから、この二人を元の場所に送り届けてやって頂戴。地獄なんかに長居はさせられないわ。二人とも、この子に乗って。あんまり此処に長く居ると、地獄の住民になっちゃうわよ。」犬にパンをバスケット毎放り投げると、器用にバスケットだけを避けて、パンを全て平らげた。
 帰りたいと言う事を二人は強く望み、言おう言おうとは思っていたが、いざ帰るとなると、矢張り名残惜しい気持ちになる。人とは優柔不断で然るべきものであった。今度口から出て来たのは、此処に残りたいと言う事であった。口に出してから、二人は少し後悔したものの、一度口に出した言葉を仕舞う事は出来ない。
 ヘカーティアは暫し考える様なポーズをしたものの、既に答えは決定していた様だ。
 「だめよん。貴女達が居なくなって、泣く人は大勢居るわ。貴女達自身が望むと望まざるに関わらずね。賽の河原で石積みはしたくないでしょう?周りに心配をかける前に、帰った方がいいわよん。」
 
 そう言われると、蓮子とメリーの意思に反した反駁は、速やかに沈黙した。少し落ち込んでいる空気を察したか、ヘカーティアは「遊びに来るなら、何時でも地獄に招待するわよ。別に永遠にこっちとの道が閉ざされた訳じゃないの。それに、旅は帰る場所あってこそよ。こっちに長く居ても、直ぐに幻想は剥がれて、退屈になっちゃうわ。時々来る位が丁度好いのよ。」
 ヘカーティアの言葉は、まるで自分達の先程までの脳裡を読み取った何の様であった。指を鳴らせば、蓮子とメリーはすぐさまいつも通りの格好に戻った。

 二人はケルベロスに跨った。犬の身体は大きく、とても一人では上がれないので、手伝いが必要であった。意外にも乗り心地は悪くなく、掴まって居れば振り落とされる心配も無さそうであった。ヘカーティアは手を振った。しかし、その意図とは別れを告げるものでは無く、また会いましょうと言う意味であった。二人がそれに応える時間は与えられず、犬の吼え声が汽笛の如く鳴った。遂に言葉を出す事はできず、蓮子とメリーは、ケルベロスが加速する前の数秒で、手を振り返すのみであった。

━━「boooooooowwoooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooowwww!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 矢張り汽笛としか思えない吼え声をもう一度上げた大型犬は、一瞬筋肉を収縮させたかと思えば、風を残してその場から即座に去った。後ろ足で地面から跳ねて、両前足を地面に着け、もう一度後ろ足を縮めると言う一秒にも満たない動作で、もう既に一キロの距離を移動していた。科学世紀の新幹線どころか、ギネス記録の飛行機でさえここまで早くはあるまい。然しそれにも関わらず、二人はその衝撃でスプラッタな状態になるでも無く、振り落とされるでも無く、全くの無傷で、一瞬にして後方へと消えて行く景色を眺められた。どうやら何某かの力が掛けられているらしい。そのくせ適度な風は吹くのであるから、極めて珍妙である。

 ケルベロスは走る。二人を乗せて。その姿は、言い得るには、赤い残光の超特急。時速秒速二千五百メートルで、飛翔する様に跳梁する。タルタロス、エレボス、コ―キュートス、ステュクス、それらを瞬く間に通過したと思えば、次にはエイジャの日本に近くなって、阿鼻、大焦熱、焦熱、大叫喚、叫喚、衆生、黒縄、等割と言う風に八大地獄を一瞬で駆け上がり、距離にして数万キロ、時間にして一時間も無く、地上へと顕現するに至った。草木も寝静まる月夜の晩であった。其処からは少し駆ければ、あっという間に京都に到着した。

 あっという間に到着し、降ろしてもらった自宅の窓から撫でると、喉を鳴らして喜んだ、かと思えば、次の瞬間には消えていた。代わりに、丁寧にも乾き、折り畳まれた女神のTシャツが置かれていた。蓮子はメリーもそろそろ寝た頃かしらんと思い、それを思うと、急に蓮子は、先程まで全く浮世より離れた世界に居たにも関わらず、その時よりも世界からの疎外感を感じて、風呂にも入らず泥の様に寝た。





 次の日。マエリベリー・ハーンは、いつも通りの喫茶店で、彼女の友人たる宇佐見蓮子を待っていた。ケーキが運ばれて来た。ショコラにフォンダン菓子が乗っているケーキである。それを運んで来た店員は、最近来たバイトだろうか。彼女は、バイト君のラブカの様な顔に、ミツクリザメの様な顎を下げ、まるでオンデンザメの様に、浮世のストレスに濁った眼を浮かべ、メガマウスかウバザメの様な、気の抜けた表情をした中にも、ヘリコプリオンの歯の様に剣呑で行き場の無いストレスを抱えた顏を見て、この間に遭った神々の、狂気を結晶化するまで煮詰めた様な、光を受けて、妖しく、てらてらと光る紅蓮の瞳を思い浮かべて、現実と幻想との余りの違いが少しおかしくなった。くすりと笑えば、忽ちその魚みたいな店員はオンデンザメの眼をホホジロザメのそれに変えて、此方に近寄らない様に覗いた。
 
 それにも構わず、メリー、━━彼女が蓮子に呼ばれている渾名であり、本人も気に入っている名である━━は、この間飛びっきりの怪異に遭ったにも関わらず、新たな怪異の探索の為、秘封倶楽部の活動をするおかしさに、人間は一所に留まる事など出来ず、常に流転し続けるのだ、と言う事を、ヘカテーの元と数えて再び見出し、彼女は無等正覚に少し近付いた気がした。その流転は、自然に任せれば、余りにも残酷である。然し、人間は、考えて行動出来る葦なのである。その過程で、この秘封倶楽部も分解してしまう事も有り得るが、それも、何も考えない、何もしないで過ごした結果と、必死に何もかもやり切った後の結果では、天と地の差があるのだ。そして、今までに会った様な神は、その心の拠り所となり、ささやかに背中を押し、人が頑張っている姿を見守るのである。今ではその役割もめっきり減ってしまったが、あの副業が大量にある神々は、今でもその仕事を全うしていた。二人は道を守る道祖神に、一度は追い回され、一度は頭をぶつけたが、それでも最終的には、道を歩む自分達を支えてくれた。そんな事を考えていると、なんと百分以上と言う記録的な遅刻を誇らしげに変なTシャツに掲げ乍ら、蓮子がやって来た。周囲の人のダルマザメの様な目線がこの珍妙悪趣味なる恰好の女子大学生に注がれ、更に遅刻を問い詰めても、デメニギスの様に目を泳がせ、口をすぼませ、一向反省の様子が見られない為に、メリーは蓮子の愛おしく形の良い尻に、見事なソバットを叩き込まなくてはならなかった。

 悶えながらも何とかボックス席に着いた蓮子がどことなく滑稽で、メリーは声を上げて笑った。蓮子は暫し不機嫌そうにしぼんでいたが、やがてつられて笑い出した。この、世間一般なら静かとされる場所ではあるが、地獄と比べれば、幾らかのノイズが有る場所に、二人分の笑い声が木霊した。
東方キャラそのものが怪異である秘封作品が意外に少なかったので書きました。

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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
2.100サク_ウマ削除
秘封でした。良かったです。
4.100名前が無い程度の能力削除
幻想との邂逅、良き秘封でした
6.100Actadust削除
幻想郷の大物たちに囲まれて、それでも好奇心丸出しで楽しむ秘封倶楽部の二人が魅力的でした。面白かったです。