Coolier - 新生・東方創想話

幻想郷で適応障害

2026/01/06 01:29:58
最終更新
サイズ
10.8KB
ページ数
1
閲覧数
127
評価数
3/3
POINT
280
Rate
15.25

分類タグ

朝だったかどうか、もう覚えていない。
ただ、霧が出ていた。

人里の朝は、静かすぎた。
都会の朝みたいに、音が流れてくれない。
咳払い一つ、戸の開く音一つが、やけに目立つ。

彼は、何度目か分からない深呼吸をしてから、道に出た。

挨拶をしなければならない。
ここでは、それが「仕事以前」の条件だった。

すれ違った老人が、彼を見た。
一瞬だけ。
でも、その一瞬で、全部を量られた気がした。

「……おはようございます」

声が、思ったより細かった。
老人は頷いた……ようにも見えたし、
ただ視線を逸らしただけにも見えた。

どちらでもよかった。
問題は、そのあとだ。

道の先で、女が二人立ち話をしていた。
彼を見て、声を落とす。
それだけ。

笑ってはいない。
悪口も聞こえない。
でも、「見られた」という感覚だけが、はっきり残った。

(……あ、だめだ)

その瞬間、理由もなく、確信した。

ここでは、
・働いているか
・役に立つか
・何者か

それ以前に、

「見られること」に耐えられない人間は、生きられない。

会社では違った。
ブラックだったが、少なくとも役割はあった。
怒鳴られても、数字を出せば黙った。
我慢は、意味を持っていた。

ここでは違う。

我慢しても、
努力しても、
「なじめない」という一点で、全部が無になる。

足が止まった。

背中に視線がある気がして、振り返れなかった。
振り返ったら、きっと何かが決定的に壊れる気がした。

彼は、そのまま道を外れた。

森に入ると、急に音が増えた。
葉の擦れる音。
羽音。
名前も知らない生き物の気配。

それなのに、不思議と楽だった。

誰も、彼を量らない。
誰も、理由を求めない。

どれくらい歩いたか分からない。
気がついたときには、膝が笑っていた。

座り込んだ。
空腹も、喉の渇きも、もう限界だった。

(……ここまでか)

そう思ったとき、

「それ、たべる?」

間の抜けた声がした。

振り向くと、小さな影が浮かんでいた。
羽がある。
子供みたいな顔で、何かを差し出している。

木の実だった。
少し齧られた跡がある。

「……いいのか」

返事はなかった。
もう一匹来て、同じように木の実を置いた。
さらにもう一匹。

理由はなさそうだった。
ただ、そこにいたから。
分けたかったから。

彼は、受け取った。

そのとき、泣かなかった。
感謝もしなかった。
ただ、噛んで、飲み込んだ。

生き延びてしまった。

あとから思えば、
あの日は「絶望した日」じゃない。

**「もう頑張らなくていいと、体が理解した日」**だった。

その日を境に、

彼は人里へ戻らなかった。



名前を呼ばれない日々

最初の日、彼は納屋の隅で目を覚ました。

天井の板は歪み、ところどころ隙間が空いている。
光が細い線になって落ちてきて、埃がゆっくり漂っていた。

身体は重かったが、死んではいなかった。

少し遅れて、羽音がした。

小さな妖精が二匹、梁の上に座って彼を見下ろしている。
目が合うと、どちらも特に意味のなさそうな顔で、くるりと宙返りした。

「……」

声を出す気力はなかった。
妖精たちは気にした様子もなく、外へ飛んでいった。

しばらくして、戻ってきた。

木の実と、よく分からない草と、水の入った葉。
それを床に並べると、また飛んでいく。

それだけだった。

二日目、彼は納屋の前に座っていた。

森の奥なのに、ここだけ少し開けている。
昔、人が通っていた道の名残が、かろうじて分かる。

妖精は三匹になっていた。

一匹が、彼の影の上をふわふわ飛ぶ。
もう一匹は、勝手に納屋の壁に落書きをしている。
残りの一匹は、彼の隣に座り、足をぶらぶらさせていた。

「……なあ」

声を出してみた。
喉がひどく渇いて、掠れた音になった。

「ここ、使ってていいのか?」

妖精は、首を傾げた。

「だって、だれもこないよ?」

それだけだった。

所有とか、許可とか、
そういう概念が最初から存在しない言い方だった。

彼は、それ以上聞かなかった。

三日目、納屋に少しだけ変化があった。

床に、布切れが敷かれている。
どこから持ってきたのか分からない、色の違う布が何枚も重なっていた。

「……これ」

妖精は肩をすくめる。

「ねるとき、いたくないでしょ?」

理由はそれだけ。

彼は横になり、目を閉じた。
久しぶりに、夢を見なかった。

四日目、彼はふと思い立って言った。

「俺……名前、あるんだけど」

妖精たちは一斉に彼を見た。

少し間があって、
一匹が言った。

「いる?」

その言葉は、悪意も無関心も含んでいなかった。
本当に、必要かどうかを確認しただけだった。

彼は、しばらく考えた。

考えて、答えた。

「……今は、いい」

妖精は満足そうに頷き、
「そっか」とだけ言って飛んでいった。

その瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。

五日目、彼は納屋の修繕をした。

壊れた板を拾って、隙間に立てかけただけだ。
釘も打たない。
完璧に直す気はなかった。

妖精たちはそれを眺めていた。

「こわさないの?」

「うん」

「つまんない?」

「……ちょうどいい」

その答えに、妖精は特に反応しなかった。
ただ、風に流されるように飛び回っていた。

何日目か分からなくなった頃。

彼は、納屋の前でぼんやり空を見ていた。

妖精が一匹、隣に降りてくる。

「ねえ」

「ん?」

「きょうも、いる?」

その言葉に、少しだけ考えてから答えた。

「……いるよ」

「そっか」

それだけで会話は終わった。

でも、それで十分だった。

名前を呼ばれない。
役割を与えられない。
昨日と同じであることを、責められない。

ただ「いる」だけで、今日が続く。

彼は、そのことを
ありがたいとも、情けないとも思わなかった。

ただ、
ここでは、生きていてもいい
そう、体が理解していた。

納屋の影が、少しだけ伸びていく。
妖精たちは、理由もなく笑っている。

今日も、何も起こらない。

それが、この場所のすべてだった。

おじさんと呼ばれた夜

夜は、森の音が増える。
昼には聞こえなかった羽音や、草を踏む音が、納屋の外を行き交っていた。

彼は、敷かれた布の上に横になり、天井の隙間を見ていた。
星は見えない。
でも、暗くはなかった。

昼間、妖精が何気なく言った言葉が、まだ胸に残っている。

「おじさん」

呼ばれた瞬間、返事はしていない。
否定もしなかった。
ただ、聞こえた音として受け取った。

(……まあ、そうだよな)

年齢を数えれば、間違いなくそうだ。
会社でも、いつの間にか下の世代が増えていた。
誰かのミスをかばい、誰かの分まで残業し、
気づけば「若手」ではなくなっていた。

それでも、あの場所では――
「おじさん」でいる余裕すらなかった。

役に立つか。
空気を読めるか。
馴染めるか。

それだけが基準だった。

ここでは違う。

妖精にとって「おじさん」は、
叱られる立場でも、守る立場でもない。

ただの区別だ。
高い声と、低い声。
大きい影と、小さい影。

それだけ。

(……養われてるな)

その事実は、消えない。
食べ物を運ぶ小さな手。
自分よりずっと軽い存在。

情けなさが、確かにある。
だからこそ、分かる。

(俺は、まだ分かってる)

恥ずかしいと思う感覚がある。
線を越えていない自覚がある。

それがある限り、
自分はまだ、人だ。

妖精は、彼を子供扱いしない。
同時に、大人扱いもしない。

ただ「ここにいる存在」として置いている。

それが、怖くもあり、
救いでもあった。

納屋の外で、妖精の笑い声がした。
理由はないだろう。
いつも通りだ。

「……おじさん、か」

声に出してみると、
不思議と、少しだけ現実味があった。

社会の中で削られた言葉じゃない。
役割を背負わされた呼び名でもない。

ここで生き延びている、
今の自分を指すだけの言葉。

彼は、目を閉じた。

明日も、ここにいるだろう。
そう思える夜が、続いている。

それだけで、
今日は十分だった。

夜、外に出ない日

夜になると、森は音を減らす。
昼に賑やかだった妖精たちも、納屋の中や梁の影に集まっていた。

彼は、入口の板にもたれて座っていた。
外は暗い。
月は出ているはずなのに、光が届かない。

妖精が一匹、いつもより低い位置に降りてくる。

「きょう、そと、でないほうがいいよ」

理由は言わなかった。
忠告というより、天気の話に近い声だった。

「……分かった」

そう答えると、妖精は満足したのか、何も言わずに戻っていった。

納屋の中は、かろうじて見える。
布の影、柱の形、自分の手。

外は、見えない。

どれくらい時間が経ったのか分からない。
眠るには早く、起きているには静かすぎる。

そのときだった。

納屋の外、木々の間に――
赤い点が、二つ。

最初は、錯覚だと思った。
星が低く落ちただけかもしれない。

でも、それは瞬きをしなかった。

金色の髪が、闇の中でわずかに揺れる。
輪郭は曖昧で、近いのか遠いのかも分からない。

彼は、動かなかった。

息を殺すこともしなかった。
ただ、そこにいた。

赤い目は、一瞬だけこちらを向いた。
興味があるのか、ないのかも分からない視線。

次の瞬間、
闇が、すっと濃くなった。

目は、消えた。

音もしなかった。
何かが去ったのか、
最初から、そこにいなかったのか。

しばらくして、妖精が小さく笑った。

「きょう、くらかったね」

「……そうだな」

それ以上の会話はなかった。

彼は、その夜、食べられなかった。
理由は分からない。

気まぐれだったのか。
満腹だったのか。
妖精が近くにいたからか。

どれでもよかった。

重要なのは、
偶然、今日が終わったという事実だけだった。

布に横になり、目を閉じる。

心臓は、まだ動いている。
それだけで、十分だった。

明日も、同じとは限らない。
でも、今夜は――

生き残った。

そのことを、
誰も祝わない。

だからこそ、
静かな夜だった。

畑を作り始めた日

その日は、特に理由のない朝だった。

妖精たちは先に起きていて、納屋の周りを飛び回っていた。
笑い声がして、すぐにどこかへ消える。
いつもと同じだ。

彼は外に出て、何も考えずに足元を見た。

納屋の脇、草がまばらに生えている一角。
踏み固められてもいない。
でも、石が多い。

(……ここ、だな)

そう思った理由は、自分でも分からなかった。
やらなければならない理由もない。
やらない理由もなかった。

ただ、体がそこに立った。

近くに落ちていた枝を拾う。
先が少し尖っているだけの、役に立たない棒。

それで、土を突いた。

固い。
思ったより、ずっと。

少しだけ掘って、やめようかと思った。
誰も困らないし、続ける必要もない。

でも、もう一度だけ、突いた。

石に当たって、嫌な音がした。
枝が欠ける。

「……ああ」

声が漏れたが、後悔ではなかった。
ただの音だ。

石をどかす。
次の石をどかす。
土が、少しだけ柔らかくなる。

妖精が一匹、降りてきた。

「なにしてるの?」

「……わからん」

正直な答えだった。

妖精は首を傾げ、興味を失ったのか、すぐに飛び去った。

彼は続けた。

汗が出る。
息が少し荒くなる。

でも、焦りはなかった。

終わらせる必要がない。
上手くやる必要もない。
誰かに見せるわけでもない。

途中でやめても、何も起こらない。

それが分かっているから、手が動いた。

小さな溝ができた。
畑と呼ぶには、あまりに雑だ。

持っていた種を、思い出す。
いつか妖精が置いていったもの。
どこから来たのかも知らない。

数粒、落とす。

多すぎるかもしれない。
でも、調べる気は起きなかった。

土をかぶせる。
軽く、ならす。

そのとき、妙な感覚があった。

達成感でも、希望でもない。
ただ、

(……動けたな)

という、事実だけ。

彼は、少し離れて全体を見た。

歪んでいる。
端も揃っていない。
失敗してもおかしくない。

でも、それでよかった。

妖精たちが、上を通り過ぎる。
一匹が、踏みかけて、気にせず飛んでいく。

文句を言う気はなかった。

誰のものでもない。
誰の責任でもない。

納屋の影が、ゆっくりと伸びていく。

彼は、棒を地面に立てかけた。

明日、続きをするかどうかは決めていない。
芽が出るかどうかも、どうでもよかった。

ただ、その日は、

何もしなくてもよかったのに、
何かをしてしまった日

として、静かに終わった 



遠くからこの姿見る者がいた

「なんだこの男は、普通こういう環境に長くいれば自然や現象に感謝を覚えある種の悟りにたどりつき仙道への入り口に入りはじめるのだが、
そうではない、ただ終わったまま動き続けてる肉の塊ではないか、第一にこの男には欲がない、
無垢な妖精達にぶつける下卑た性欲もなければ、別に明日突然妖精がこなくなって飢えても仕方ないと思っている、なんだこいつは本当に」

それだけだった。
これに感想をくれって言うのが無理な話なんだけど、生み出してしまった物に対する答えが自分の中に無かったので、誰か答えをお持ちの方いらっしゃいませんか。
作者の自己感想はほとんど神子が代弁してます
地軸
[email protected]
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.簡易評価なし
1.90名前が無い程度の能力削除
よかったです
2.90名前が無い程度の能力削除
良かったです
3.100南条削除
面白かったです
ルーミアとニアミスするシーンが素晴らしく恐怖を演出していてよかったです
救われたのかどうかまではわかりませんでしたが、それでもマシにはなったのだと思いました