「ああ、心臓に悪いなあホントもう……」
どっかで大ポカをやらかすんじゃないかと、朝からずっと緊張しっぱなしだ。ハラハラが止まらない。背中背中は止まるけれど。
しかしまあ取りあえず、幸いなことに、午前の患者は何のトラブルも無しに診れた。これで折り返し地点まで来たわけだ。あとは午後分。
「胃が痛くなってくるわよ」
私こと鈴仙・優曇華院・イナバが、今何をしているか? 診療所の医者代理をやっている。
詳しく話そう。今日は、弟子としての昇進試験をする日なのだ。成功すれば、今の「弟子・基礎レベル」から多少なりとも格上げされる。
という訳で、今日、永遠亭診療所の医師は、私が勤める。一日のあいだ無事に患者達を診察すること、適切な処置を施すこと。この二つが昇進の条件だ。
流石に、「尻が二つに割れちゃう病」のような、私の手に余るようなケースは師匠が受け持ってくれる。が、それは逆から言うと、基本的に助言は受けられないということだ。ハプニングに対し、自分で判断して行動する必要がある。
こういうとき、自分のウッカリ体質が怖くてしょうがない。ちくしょう、八兵衛か私は。
「さて」
出来ることなら休憩し続けたいところだけれど、そうもいかない。患者が後ろに詰めている。溜まる前に、とっとと済ませてしまおう。
「次の方どうぞー」
「あ、はい」
受付から回ってきた診察券と、前回のカルテを見る。人里在住・至って普通の男性・血糖値が高め。以前来たときは、「伸びてもないのに爪が切りたくなる病」に罹っていたらしい。
アレはちゃんと薬を飲んで寝てれば治る類の病気だから、ぶり返したなんてこともまさか無いだろう。
見れば、彼はマスクをつけていた。ということは普通の風邪でも引いたのだろうか?
「ええと、今日はどうされましたか?」
「それが実は……寝ようとして眼を閉じたとき、眼球がどっちを向いてるのか気になってしょうがなくて、とうとう眠れなくなってしまったんです」
「む……」
これは、医学界では超有名な病の、典型的症状。その病の名前は、「目ェ閉じてるときに眼球の向きが気になって仕方ない病」という。
なぜ有名かというと、治すのが中々難しいからだ。治そう治そうと考えるほど、逆に眼球の向きが気になって、結局症状がひどくなってしまうのだ。
だが、「味付け海苔をスナック菓子感覚で食べちゃう病」も、発病前の潜伏期間に、コレと類似した兆候を現す。慎重に診察しなくては。
また、いずれの場合も治療に定期的な通院が必要となる。今すぐ完治というわけには行かない。今回の診察で私がすべきなのは、症状の進行具合の調査と記録を確実に行い、師匠へ引き継ぐことだ。
「とりあえず粘膜を見ますから、ちょっとマスクとって口を開けてもらえますか?」
「あ、はい」
「どうも。はい『あー』ってしてください」
「ああぁぁー」
舌圧子――お医者さんで喉を見るときにお馴染みの、平たい金属棒――で舌を押さえ、喉を診る。扁桃腺に若干の腫れが認められた。これは「寝てるときに眼球が気になって仕方ない病」の症状の一つだ。カルテに書き込む。
一通り診終わったところで、私は舌圧子を離した。
「はいどうも、もう良いですよ」
「あ、はい。……うっ、ヤバい――」
何がヤバいのかと思いきや、彼は目を何ともいえない形に細め、首を少しばかり上に傾けていた。
私は戦慄した。
彼の姿勢は、明らかにクシャミする寸前のそれだ。「ヘッ、へ、……ヘックショイ!」の「ヘッ、へ、……」ぐらいだ。
まずい。何がまずいって、「目ェ閉じてるときに眼球の向きが気になって仕方ない病」は飛沫感染するのだ。
分かりやすく言うならば、咳やクシャミで移る。
医者の不養生という言葉があるが、医者からすれば笑えない。全く笑えない。まして今の私は昇進が掛かってるんだから尚更笑えない。
私はこの病に感染したことが無いから、飛沫を浴びれば確実にやられる。何とかして回避しないといけないが、クシャミというのはコレが存外に速い。見てから回避余裕とか無理だ。
「仕方ない……!」
私のつぶらなお目々が発動する。対象の波長をズラす、狂気の瞳と呼ばれる能力だ。
患者には申し訳ないけれど、彼の波長をずらして、逆位相を取らせてもらう。元に戻すまでの間、彼は私に触れることが出来ない。彼から飛び出たものも然りだ。つまりウイルスを浴びないで済む。コレならば、飛沫感染を防ぐことが出来る。
「申し訳ないですけど……! 狂気の瞳ッ!」
赤い目をクワッと見開く。カッでは駄目だ。クワッでないと。
彼は私の目を直視した。素早く波長を操作する。逆位相だ。手遅れになるまえに、早く!
「ヘックショ……ッ、
WHOOOOOOOッ! ポゥッ!!」
地声から一オクターブは高いシャウトの後、マイケルさん家のジャクソン君も真っ青なアメリカンダンスが始まった。
完璧なムーンウォークでそのまま診察室から出て行こうとする彼を、私は引きとめる。
「ちょちょちょ、ちょっと待ったァ!?」
どうやら操作に失敗してしまったらしく、彼の波長はとてつもない振幅と周期を記録していた。
これはテンションが高いなどというレベルではない。ブッちぎりすぎだ。もはや、気が狂っていると言った方が近い。。
現に、ジャクソンダンスもオリジナルの四倍速ぐらいだ。早送り映像っぽくて凄くシュール。ムーンウォークとか、何か速すぎて逆に気持ち悪かった。
こんなところで自分の八兵衛っぷりが発揮されてしまうとは、不本意だ。
「ちょっ、ちょっと待ちましょう、ね!? 外に出ようとしてないでとりあえず座りましょうか!」
「節子ォ、それドロップちゃう……ッ、斎藤茂吉や!」
発言は意味不明、そして馬鹿力。理性が欠けた状態なので、何の遠慮も考えもなしにフルパワーを発揮してくる。
当然、じきに限界は来る。そのとき能力をかけ直すとしても、それがいつなのかが問題だ。体格ならあちらが上、長いこと押さえ付けるのは難しい。
人間も、やる気になれば案外強いものだ。
「ちょっ、ぐぎぎ、落ち着いてっ」
何事だか喚く男をどうにか羽交い絞めにする。凄まじい抵抗、馬鹿力だ。
「お兄ちゃん、もうすぐ生まれるよ、ゆで卵が!」
「うわっ」
振り払われて突き飛ばされた。非力な部類とはいえ、私だって一応妖怪のはずなのだが。リミッターの外れた人間というのは、本当にとんでもない力だった。
「冷え症転じてアイスマーンッ!」
診察室の扉から彼が飛び出す。速い。あっという間に逃げ去られてしまった。
「ああ、ウドンゲ、やってしまったわね」
「げっ」
そして、出来ればこの場面において最も出てきて欲しくない人がおいでになった。
師匠だ。
「もう……まあ、あそこで能力を使おうという発想自体は評価できるけど、きちんと制御できなきゃ意味無いじゃないの」
「あ、あの、それで試験は」
「中止よ中止。あなたは落第。あと数年勉強しなさい」
「うえぇ」
「そんなことより、兎たちに命令を。竹林で迷ってもらってる間に、サッサと彼を保護しないと。仮に人里に行かれでもしたら厄介よ? 私たちが狂わせたと思われたら目も当てられない」
それは確かに厄介、というか大事だ。
私は慌てて駆け出した。とりあえずはてゐと提携して、兎たちに警戒態勢を取らせなくては。――てゐと提携、ププッ。いやいや、ふざけている場合ではない。
とにかく、一刻も早く、あの喚く狂人を捕まえないと。
今までの蓄積をここに注ぎこむのが、ある意味では作風の象徴とでもいうような、
それ自体がギャグであるような。とにかくそう曲解して点数を入れます。
ちなみに、てゐと提携で-10です
あ、でもてゐと提携は-30にさせてもらいます。
でもてゐと提携は-20にさせてもらいます
予想もしない名前ネタで大笑いしてしまいました
そういうわけで-10とさせてもらいます。
-10させてもらいます。
むしろオチに使って欲しかったなと思うので-10で。
お話は楽しめたので-10で。
私はスナック菓子をスナック菓子感覚で食べることで克服しました
あれ?
……でもてゐと提携で-20にさせてもらいます。
なんか、喚くさんの作品はいつも最後にぐっ、と落ちるのですが、今回はどうも
連携と読んでしまったので
こんなとこでたった1度しか使えない名前ネタを放り込んだあなたに敬意を表して
ただし『てゐと提携』、手前ぇはダメだ。
てゐと提携、とうことで。
本気で貴方を尊敬してしまいました…
てゐと提携に30点。
いやしかし、面白かった
のほうがよかったと思います。