空が青い。九天の瀑布の白さが際立つ青さだ。妖怪の山は少しずつ色を濃くしている。もう秋だと実感する風景の移り変わりを私は残したい。だから、写真という形でこの風景を切り取る。あの人に見てもらいたいから。
「何、新聞なら要らないわよ。賽銭入れて帰れ。」
「ちょっと、私を見るなり、追い返そうとするのはやめてよ。」
「あんたの取材と勧誘は碌なことにならないからよ。」
「今日は取材じゃないわよ。口調が違うでしょ。」
「口調が変わろうと、胡散臭さでは紫とタメ張るわよ。」
「失礼な。私は清く正しい射命丸文。胡散臭さとはまるで縁がありません。」
「はいはい。暇ならあんたも手伝いなさい。」
「何を?」
「社領の稲刈り。」
「あれ、なんか私、重労働押しつけられた?」
「天狗なら一瞬でしょ。」
「泣きたくなってきた。」
「ぶつくさ言わずについてきなさい。」
博麗神社の社領。大した広さではないが、霊夢の台所を支える大事な収入源だ。しかし、管理しているのは霊夢たったひとり。昔はそれなりに里の者が管理にあたっていたが、博麗神社に人が寄りつかなくなって久しく、今は田畑の世話を霊夢一人でやらざるを得なくなった。
「ねえ、霊夢。いつまでもひとりじゃ、負担が大きいわよ。昔みたいに里の人間に手伝ってもらうようにしなくちゃ。」
「そんなことは百も承知よ。だけど、そう言って素直にやってくれるかしらね。寧ろ、嬉々として火を放ちに来るわよ。」
「極端すぎるよ。そこまで人里であなたを嫌う人間なんて居ないわ。」
「良いわよ。私は人も妖怪も信じていないし、ひとりがつらいとも思わない。」
霊夢はそう言うと、黙々と稲を刈っていく。鎌を持つ手は、その作業と似つかわしくないほど白く華奢であった。私は常々心を痛めている。霊夢の幼いころを知っているだけに、人里への頑なな態度に対して、あまり強く言えなかった。
霊夢はその優れた霊力と勘の良さから、小さいころより次代の博麗の巫女として教育が為されていた。しかし、その強すぎる力は人々に敬遠され、霊夢は常に孤独だった。霊夢の性格は子どものそれとは思えぬくらいすれていた。喜怒哀楽はとても豊かで、子どもらしく闊達なところも見受けられたが、それでも誰にも心を開く素振りを見せず、腹の底が読めずにいた。力のある妖怪には好かれど、人間にとっては薄気味悪い存在として目に映ったのだろう。それが今の状況の所以だ。
私はため息をつきながら、ザクザクと刈っていく。私ひとりでやると、ものの一瞬で終わるが、それでは詰らない。折角ふたりきりなのだから、もっと霊夢を傍に感じていたかった。この孤独の乙女を手離さば、もう二度と手の届かぬ所へ行ってしまいそうだ。後悔はしたくない。
「霊夢。私はずっと一緒にいる。あなたの身が絶える時まで、あなたの傍に居させて。」
「何を唐突に……。勝手にしたらいいじゃない。」
「霊夢。」
私はぎゅっと霊夢を抱き締める。鼻一杯に広がる霊夢と土の香りがこそばゆい。大きく目を見開き、驚いた顔をしていたが、霊夢は私の腕の中から逃れようともがく。
「いい加減にしなさい、文。私は誰にも頼らぬ。誰も信用ならぬ。どいつもこいつも口先ばかりで、腹の中では、皆、私を嘲笑う。どんなに私が頑張っても、誰もみてくれやしない。」
「違う。違うよ、霊夢。私はずっと見ていた。だからこそ、あなたと共にこの大空を舞い、同じものを見て喜び、悲しみ、そして怒り、そうやって生きていきたいと思った。あなただから。あなたじゃなければ駄目だったから。」
私を振り払おうとした手を下に垂らし、霊夢は下を俯いてしまう。
「駄目だよ。そんな優しい言葉なんてかけてもらう資格なんかないよ。私だって、文が好きだよ。でも、私には誰かを愛することはでき……。」
蚊の鳴くような弱弱しく掠れる言葉を遮り、私は霊夢に口づけする。霊夢から哀しい言葉を聞きたくなかった。そんなものは塞いでしまえばいいのだ。
「霊夢、これ見て。今日撮った写真。あなたにこれを見せたくて、はりきって来たの。」
私はあの写真を霊夢に見せる。霊夢にはもっと美しいものを見せてあげたい。頑なな心を必死に築こうとする霊夢の力を抜いてあげたい。
「霊夢。私にまで肩肘を張った態度はとらなくていいの。私なら、霊夢の全てをぶつけてもいいの。だから、私と一緒に空を飛んでくれますか?」
「文。」
もう一度、唇を交わす。共に生きていこう。もっとあなたの笑顔を見たいから。小さい頃、私に綺麗だと言ってくれた、その屈託のない笑顔を絶やしたくないから。
ほう!
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