それと同じころ、竹林の奥まった場所では、2人の少女が深刻そうな顔で話をしていた。
片方の少女は、黒と赤の服に身を包み、もう一人の少女は、緑のドレスを着ていて、頭
から2本の角をはやしていた。
「本当に姫にはどうにかして欲しいわ…この間、竹林に住んでいる妖怪が、私に苦情と、
この喧嘩の場所の移動をお願いしてきたのよ。当事者の二人には直談判するだけの力が
ありませんって。言って、泣きながらね。」
「確かに、あの2人には、どれだけ周りに迷惑をかけているかということを説いても仕
方あるまい。だが、いい加減に二人もこんな無益なことは止めて欲しいのだが…」
ドォーン!と言う地面が揺れているのかと見紛うような爆発音が響き、それが途切れ
た瞬間から、どこからともなく、罵り声のようなものが聞こえてくる。
「やったわね!」
「避けられないお前が悪いのさ!!」
「きー!!もう怒ったわ!『サラマンダーシールド』」
スペルカード特有の発動音が周りを震わせて、再び静寂が訪れる。おそらく、その二
人の喧嘩のあった場所は、もはやぺんぺん草1本も残ってはいないだろう。
はあっ…
2人の少女の口から諦めと呆れの入った盛大なため息が漏れる。
そのときであった。
「緋緒さん!!!」
かすかではあるが、悲鳴のような声が二人の耳に入ってきた。
2人の少女は顔を見合わせる。今日のような満月の夜に、誰もいないはずの竹林で聞
こえた、男の子の声だった。
「永琳殿!」
永琳と呼ばれた少女は、静かにうなずく。
「慧音、あなたにも聞こえたということは、私の空耳ではないわね。信じられないけど、
出歩いている奴がいたのね。…もしかしたらさっきの弾幕の流れ弾が当たったかもしれ
ないわ。」
「様子を見てくる」
「ええ、分かったわ。もし、手に負えないようだったらここまでつれてきて」
永琳の声に慧音と呼ばれた少女はうなずくと、近くに置いてあった薬箱を手に取り、
そのまま、空へと身を浮き上がらせた。
***
一夜の冒険~後編~
***
悪い夢でも見ているかのように少年は、その場から一歩も動けなかった。口の中が
カラカラに乾ききり、燃えている緋緒までの10歩の距離すら歩き出すことができな
い。
そうこうしているうちに、緋緒は、ゆっくりと地面に倒れ、ますます、激しく燃え
始める。人間であればもはや死は避けられないところであろう。
「緋緒さん、緋緒さん!!」
残った勇気を振り絞って、少年は、自分に親しくしてくれている妖怪の名前を何度
も呼びかけるがその言葉に緋緒が返事を返えすこともなく、ただ、いたずらに時間だ
けが、ゆっくりと過ぎていく。
火の勢いは、衰えることを知らず、目の前に倒れている妖怪の体を包み込んでいく。
「く、うっ…うぅ……」
「うわぁぁぁぁぁん!!」
その光景を少年は受け入れることができなかったのか、後ろに力なく尻餅を付きその
まま地面に顔をうずめて泣き出してしまう。
もぞ…
緋緒の体が、少し動いたことにすら気がつくことなく、少年は、泣き崩れていた。
そのときだった。
「そこのやつ、大丈夫か?」
不意に空の方から声がした。少年が空を見上げると、月をバックに、こちらに向か
ってきているものがいた。助かった。と思った瞬間、少年の目に飛び込んできたもの
は、その沈みかけていた心に更に打撃を与えた。
「ひっ…ひぃぃぃ…」
少年の眼に映っていたものは、2つの角を持った妖怪だった。少年は、何とか逃げ
ようとするが、全く手足が動かずに、それが目の前に下りてくるのを見ていること
しかできなかった。
「おい、大丈夫か?って、お前は、隣の村の子供じゃないか、一体こんなところで
何をしているのだ?親は知っているのか?」
少年の方に、まるで般若のような少女が迫ってくる。少年は、おびえて、後ろに下
がろうとする。
萎え切っている手足に力をこめながら、地面をつかもうとするが、その手は空を切る
だけだった。
「おい、どうしたのだ?」
その少女は、その少年に近づいていくが、少年は、逃げることを諦めて、首や手足
をでたらめに振り回して、その少女が近づくのをとめようとする。
「く、来るな!!来るな!!!」
少女は一瞬怪訝な表情を浮かべて、少年を見る。
「どうしたのだ?怪我をしているのではないのか?」
少年の振り回していた手が少女の手によって止められる。少女はまじまじと、その
手を見てみる。大きな傷さえなかったものの、無数の切り傷と、爪がはがれかけてい
た。
「ずいぶんな怪我をしているじゃないか!…どうして、こんな時に、出歩いているの
だ!?…って、おい、大丈夫か?」
少年の目に映っていたのは、般若そのもの…少年は、その声を最後まで聞くことな
く、気絶していた。
「あれ…」
少年は、普段着のままで何も敷いていない床で目を覚ました。
一度大きく伸びをして辺りを見渡した。よく見知った光景が広がっていた。
そこは自分の家だった。
「あ…そうだ、約束。」
少年は、起き上がり、昨日のことを思い出そうとするが、何も浮かんでこない。
「そうだ…行かないと」
明日、いや、今日から、いじめられるのだろうなと思うと、頭が痛くなるが、少年
は、いつものように草鞋をはいて、家の中にいるであろう、両親と緋緒に声をかけた。
「行ってきます!!」
返事はない。しかし、これだけ日が昇っているのなら、もう、農作業に出ているの
かもしれないそう思い、少年は特に気にすることもなく、家を出た。
どこをどう歩いたのか覚えてはいないが、少年はいつしかいつもの遊び場に立って
いた。しかし、ほんのわずかな違和感が少年に突き刺さった。
「みんながいない。」
いつもの場所、いつもの時間、しかし、少年を出迎えるものはなかった。
そういえば、村の中もやけに静かだったよう気がした…よくは覚えていないけど。
少年の心に中に不安が沸き起こる。少年は、今まで出したことのないスピードで、
丘を駆け下りていった。
再びあっという間に村の中に着く。そのことを少年は疑問に思うことはなかった。
「おじさん!おばさん!!」
隣の家の引き戸に手をかけて引く。静寂が返事を返した。
少年は村中を飛ぶようにして、次々と、家の引き戸を引いて、その住民の名前を呼
ぶ。しかし、そのいずれでも少年に返事を返すものはいなかった。
「どうなってんだろ…」
カーン!カーン!カーン!
突然、村長の家の鐘が鳴り始めた。それは空気を震わせて、少年の耳と、その不安
で押しつぶされそうな心に響いた。
「火事?いや…お葬式の鐘?」
みると、村長の家から、人の列が出てくる。みんな沈んだ面持ちで、村長を先頭に、
ゆっくりと、少年の方へ歩いてくる。
少年はその中に見知った顔を見かけた。父親と母親だった。
「うっ…馬鹿やろうめ。勝手に、夜に外ほっついて、妖怪に食われちまうなんて…」
「…緋緒も着いていながら…二人とも…ううぅ…」
一瞬少年は、両親が何を言っているのかを分かりかねていた。
「父ちゃん、母ちゃん、俺だよ、ここにいるよ!!」
「妖怪とは言えど、緋緒も家族だ、一緒の墓に入れてやるのが、本望だろう…」
「そうだね…あの世で二人一緒にまた遊べるから、あの子も退屈しないだろう」
少年の前を、両親が通り過ぎていく。その後に続いていたのは、ガキ大将たちだった。
「俺が、あんなこと言わなけりゃ…あいつは…喰われて殺されることもなかったのに…」
ガキ大将のしょぼくれた顔、そして、顔には涙、頭には、こぶのあと。後ろには、取り
巻きも、泣きながら続いていた。
最後の方に、二つの木桶のようなお棺が目の前を通っていく。
少年は慌ててその後を追った。
村の広場を越えてその一行は、共同墓地のほうへと入っていく。ここの風習では、土葬
が一般的だった。
「さて、最後の別れじゃ、みなのもの。若くしてなくなった少年とその友人たる妖怪は、
この村に生える木として生まれ変わるであろう…」
村長が、少年が一度だけ聞いたことのある文句を口にだす。ああ、そうか、この後、お
棺の蓋が開けられて、みんなが、ブナの木の葉っぱや枝を入れるんだ。少年はそう思うと、
そのときを待った。
はたして、そのとおりにことは進み、お棺の蓋がはずされ、並んでいた両親以下の大人
たちから、次々と二つのお棺に枝や葉が入れられていく。それを呆然と見ていた少年は、
はっと気付くと、すぐに、列の中に入っていった。
一つ目のお棺は空だった。内側には、『緋緒花世』と言う名前が墨で書かれている。
ああ、そうかと、少年は一人で納得した。緋緒さんは燃え尽きて、灰すら残らなかった
んだ…と。
そのお棺から少し離れたところにもう一つのお棺があった。たぶん少年自身のお棺。
いつしか、その墓地からは誰もいなくなっていたことを少年は気付くこともなく、自分
のお棺の前で立ち尽くし、好奇心と不安が入れ混じった複雑な顔を浮かべていた。
結局、少年の好奇心が不安をおさえ込んだらしい。少年は意を決したような表情を浮かべ
ると、大きく深呼吸をして、お棺を覗き込こんだ、その中には、自分の体があった。ただ、
その体には顔以外肉が全くついてなく、骨がむき出しになっていて、ただ少年の顔だけが、
何も映さないうつろな瞳を開いて少年の目を見ていた。
「これが、…これが…ぼく?…」
少年は、目の前にある光景が信じられないように、自分の体から目が離せなくなる、何
分くらい、そのお棺の中を見ていたのだろうか、不意にどこからともなく、声が聞こえて
きた。
「大丈夫か?」
少年はびくっと体を震わせると、きょろきょろと辺りを見回す。しかし、いくつかの土
饅頭と卒塔婆以外には目にはいるものはなかった。
「大丈夫か?」
再びその声、少年がもっとも、恐れている、聞き覚えのある声が、今度は比較的近くか
ら聞こえた。
すなわち、少年が今、目を離しているお棺の中から。
少年は、顔だけを、そのお棺の中へと向ける。そしてそのまま凍りついた。
あの般若が、少年の体に食らいついきながら、少年の顔を見上げていた、そして、その凶
暴そうな顔をにたっと歪めて、
「大丈夫か?」
と言っていた。
少年は、おびえたように2、3歩後ろに下がり、しりもちを付き、そのまま自分のお棺を
眺めていた。そこから、無数の小さな般若がお棺から上がってきた。
「大丈夫か?」
「しっかりしろ!」
「大丈夫か?」
「しっかりしろ!」
般若たちは、そういいながら、少年の体をゆっくりと、ゆっくりと確実に上がってくる。
その般若の中でもひときわ体の小さな般若が、少年の開いていた口に忍び込もうとしていた
ので、少年は歯を食いしばって、口を開くまいとする。しかし、その一匹が鼻をつまむ、と
たんに息苦しくなり、思わず口を開いてしまう。
その開いた口に般若が飛び込んでくる。少年はとっさに吐き出そうとするが、口を、他の
般若が閉じてしまう。
ゴクン!
嚥下する音だけがやたら大きく響く、少年の意思に反して、般若は少年の体の中に吸い込まれていく。
そのときだった。
「これで目を覚ますはずよ。」
その般若以外の声が、どこからともなく響いてきた。
「あ、でしたら、私、水を汲んできますね。」
よく知った声が響いてくる。少年は、その声の聞こえてきた方に手を伸ばす。やがて、少年の周り
の風景が、まるで意味を失ったかのように色を失っていく。
そして、光がやってきて、少年を包み込んでいき、再び少年は意識を失った。
「う、うん…」
少年は、再び目を覚ました。まず最初に見えたのは月、そして、
「気がついたみたいね、大丈夫?」
覗き込んで来る顔があった。黒と赤のナース帽をかぶった少女だった。
「あ、はい、大丈夫です。あの…」
「なにかしら?」
少年は一瞬ためらい、考えているかのように視線を泳がせたが、意を決したかのように、口を開いた。
「あ、あの、あなたが僕の治療を?」
問われた少女は、少し微笑んで首を横に振る。
「私がしたのは、まあ、最後の仕上げだけよ。」
「全く、偶然にも悲鳴が聞こえてきたから良かったようなものの、下手をしたら、お前はあそこで妖怪
に食べられていたかもしれないのだぞ!分かっているのか!」
聞き覚えのある声がして、少年は、不器用にその方をみて固まった。
「大体、こんな満月の夜に、村の外に出ようなど、いい度胸だ!!近頃の…」
「ちょっと、慧音、お説教はいいことだけど、後に回した方がいいわよ。」
その声に慧音と呼ばれた少女は、ナース帽をかぶった少女の方へと向き直る。
「いや、永琳殿、こういう時期にきちんと教育をしていなければ、あとあと、」
「いや、そういう意味じゃなくて…ほら、よく見てみなさいよ。その子…怯えているわよ」
「む…」
慧音が、少年を見ると明らかにおびえた表情をしていた。
慧音の顔に少し後悔が浮かぶ、それを見透かしたかの様に、永琳の顔に、なんともいえない…強いて言
えばいたずらを思いついたかのような笑みが浮かんだ。
「気付いてなかったの?満月の日のあなたは、少々普段との差がありすぎる。このままでは、この少年の
心を開かせることはできない」
その一言に、慧音は一瞬怪訝な表情を浮かべた後に、合点が行ったように苦笑いを浮かべた。
「…全く、どこかの閻魔のような言いようだな。だが、確かに、この姿では、会ったことはなかったな…」
すっと、慧音は人差し指を額の真ん中に持っていくと、目を閉じて集中を始める。すぐに、角が引き始
めて、服の色も緑から青へと変わっていく。
最後にどこからか、帽子を取り出して頭に乗せた。
「あ…れ、歴史の先生?」
そこにいたのは、少年の村で開かれている寺小屋でいろいろなことを教えている、歴史の先生そのもの
だった。
「…気がつかなかったのか?」
「ええ、般若だと思っていました」
その声に慧音はがっくりとうなだれる。
「私は、ワーハクタクだ!満月の夜だけ、ハクタクとしての姿を取り戻すことができるのだ、般若などと
一緒にするな」
「まあ、気にしなくていいわよ。ハクタクも般若も、結構似ているから。」
「え、永琳殿、それは、少しひどいいいようでは。」
ようやく不安が和らいだのか、少年は、二人のやり取りに笑みを浮かべながら見ていた。
「お水持って来ましたよ。」
懐かしい声がして、少年は後ろを振り向いた。そこには緋緒が、今までと変わらない姿で立っていた。
「緋緒さん…どうやって?」
「ああ、あの程度の炎なら心配することはないぞ。忘れていたのか?緋緒は火を食べる妖怪だ。火だけ
では、緋緒にダメージを与えることはできんからな」
少年の問いに、慧音が答える。ああ、そういえば、この二人は知り合いだったんだということに、い
まさらのように少年は気付いた。
「しかし、驚きましたよ。目の前にいきなり、翼を広げた鳳凰が見えたときには。なんとか、この子だ
けは、突き飛ばせはしましたものの、まさか、自分が、衝撃で失神してしまうとは思いもしませんでし
た。」
「全く、妹紅も自分が周りにどれだけ被害を与えているのか、少しは考えて欲しいのだが…」
「妹紅?」
少年の不思議そうな顔に、慧音は苦笑いを浮かべた。
「ああ、私の友人だ。」
「ええ、私の姫の喧嘩友達でもありますね。」
確かに、耳を澄ますと、比較的遠くから、ずいぶんと楽しそうな少女の声が聞こえてくる。
「くらえ、必殺!上空3mからのあびせ蹴りを!!」
「く、不覚!しかし、簡単にやられる私ではないわ!!受けよ、永遠亭の拳を!!!」
「あら、ダブルノックアウトですわね…まあ、あの近くにはうどんげも待機させていることだし、あの
二人なら、問題ないでしょう。いつもこうならばいいんですけど…」
「ああ、そうだな…ところで、」
その光景を、見ていたであろう、慧音は二人の声が収まったのをみてから、少年のほうへと向き直った。
「一体、どうして、こんな満月の夜に、博麗神社へ行こうとしたのだ?」
「あの、慧音さん、私が、この子に無理を言って、夜の散歩に…」
「緋緒、私は、お前と話しをしているわけではない。私は、この少年と話しをしているのだ。」
その言葉に、緋緒は、うなだれて、助けを求めるように永琳のほうをみるが、永琳は、肩を少しすくめ
ただけだった。
少年は、少し考えてはみたが、どの嘘もこの先生の前では、無意味のような気がしてきた。そう考えた
少年は、本当のことを言うことにした。
「ガキ大将たちに言われて、…明日までに博麗神社が本当にある証拠をもってこいって、僕、博麗神社に
行ったこともなかったし、どこにあるのかも知らなかったから…いろいろ考えたんだけど…博麗神社にい
けば、たぶん証拠が見つかるかなって思って、それで…」
慧音は呆れたように見ていたが、
ふうっ。
とため息をつくと、少年のほうへと、やさしい視線を向けた。
「正直に言えたようだな。お前の歴史には、確かにその後がある。正直で純粋なのは今の時期だけかもし
れないが…それをわすれるな。」
慧音は永琳のほうへと向き直った。
「永琳殿、私は、この二人を連れて博麗神社まで行って、そのまま村まで送り届けてくる。戻ってくるま
での間、二人が無理をすることがないように目を光らせていてくれ。」
その言葉に、永琳は軽く右手を上げてかえし、慧音はそれにうなずいた。
慧音は、少年と緋緒に手を差し出す。
「この手を握れ。飛んでいくぞ」
少年は、驚いたように緋緒のほうをみたが、緋緒は、いつものように微笑んでゆっくりとうなずいた。
差し出した手に二人がしっかりとつかまったのを見て、慧音はその手をぎゅっと、握り締めた。
「絶対に手を離すのではないぞ!」
慧音の言葉に、少年は少し痛そうな顔をしていたが力強くうなずく。慧音は、その少年の顔をみて、
すこし、微笑むと、慧音の体は空へと浮かび上がった。
「すごい!すごい、すごい!!」
少年は、空の上までゆっくり上がりながら、辺りを見回した。はるか遠くまで、見えた。少年にと
ってみれば、これがはじめての飛行だった。
「うん?そうか、空を飛ぶのは初めてだったな。」
慧音はそういうと、ゆっくりと、その場で回転し始めた。やがて、少年の目に、一つの村が入って
くる。
「あれが、お前のいる村だ。いまのところ、お前が抜け出したことには誰も気がついてはいないよう
だな。」
確かに、少年の村は、家々の明かりは落ちて、静寂に包まれていた。
「帰ったら、必ず両親に報告するのだぞ。」
慧音の言葉に少年はうなずく。慧音はその光景を見てから、再びゆっくりと、方向を変えた。そこ
には、小高い山があり、長い石段の先に赤の鳥居が見えた。
「あれが、博麗神社だ。石段を上がろうとしていたら夜が明けていたな」
慧音はそういうと、その方向へゆっくりと、しかし、歩くよりははるかに速い速度で飛んでいった。
たいした時間もかかることなく、少年たち三人は、博麗神社の鳥居の下に立っていた。
「…ここが博麗神社…」
少年の目に映っていたのは、朽ち果てかけて、庭が雑草に覆われ、石畳に積もった落ち葉すらも掃
除をしていない寂れた神社だった。
「…どうした?」
慧音は、少年が立ち止まって、見ているのを訝しそうな目で見てはいたが、やがて合点が行ったよ
うに、神社のほうへ目を向ける。
「寂れた神社だろ…」
「うん」
「もう少し、ここの巫女に節度や、神に仕えるものとしての義務感なんかがあれば、こんな風にはな
らないはずなんだがな…」
「…もう少し、神聖な感じがする場所って思ってました。」
その言葉に慧音は苦笑いを浮かべる。
「そうだな、本来神社と言うものはそういうもののはずなんだが…」
少年は、もはや、この神社から何を持ち帰っても証拠にはならないと諦めていた。そのことを見て
取ったのか、慧音は、少年を慰めるように言った。
「まあ、気にするな。お前のせいじゃない。ガキ大将たちから何か言われたら、私も加勢してやるよ。」
「ありがとうございます、先生。」
慧音が不意に、空を見上げる。月はすでに傾いていた。
「もうそろそろ、時間だな。送っていこう」
「あ、先生、少し待ってください」
少年の申し出に慧音は怪訝な顔をする。
「どうしたのだ?急いで帰らなければ、お前たちがいないことはすぐにばれるだろう。そうしたら大
変なことになるぞ」
少年は、背負っていたリュックを地面において開けるとわずかな光を頼りに、目的のものを探し出
した。
「神社に来たのならば、お賽銭をあげて帰ろうって思って」
一瞬、慧音がポカンとしたような表情を浮かべたのちに、まるで、笑いをこらえているかのように、
口元に手を持っていく。
「あ…くっ…そ、そうだな…神社に…ぷっ…きたらお賽銭は…はは…必須だな」
「あの、慧音さん、そんなに笑うと、この子が傷つきますよ」
緋緒が、慧音を怒ったような表情でみている。しかし、やはり、慧音は笑いをこらえることができ
ないようだ。
「ああ、すっすまない。まあ、早くお賽銭を入れてやれ、案外、お前の判断は正しかったかもしれないぞ」
少年も慧音を怪訝な表情で見ていたものの、ゆっくりと本殿の方へと歩き始める。その後ろに続く
ようにすこし怒っている緋緒と、笑いをこらえるのに必死な慧音が続いていた。
少年は、賽銭箱の前に立つ。賽銭箱には、埃一つ積もってなく、その中は確かに空であったが、落ち
葉一つ入っていなかった。毎日、ここだけはきちんと掃除をしている痕跡があった。
少年の手には、1銭硬貨4枚、そして1厘硬貨が8枚が握られていた。
まず最初に、少年は、1厘硬貨を賽銭箱の中に入れた。
チャリ、チャリーン!
軽い音を立てて、1厘硬貨が、賽銭箱の中で踊った。次に、1銭硬貨を取り出して、賽銭箱の中に入れ
る。
リーン
硬貨同士がぶつかり合う音が、誰もいない境内に響き渡った。その瞬間だった。閉じられていた、本殿
の障子が、
バンッ!
と言う音を立てて、両側に開かれた。
「誰?今お賽銭を入れてくれたの!」
「あははっ!!」
堪えきれなくなったように、慧音が笑い始めた。そして、少年と、緋緒は固まったままその改造巫女服
の少女を見ていた。
「あ…あの…あなたが、博麗の巫女ですか?」
少年が、何か信じられないようなものを見る目で、その少女を見る。
「そうよ。博麗神社に住んでいる、13代目博麗の巫女というのは、この博麗 霊夢よ!それより、あなた
が今、お賽銭を入れてくれた人?」
あまりの勢いに、少年は首を縦に振ることしかできない。それをみて、霊夢は、くうっと涙を拭く振り
をした。
「思えば、苦節8年…ようやく、お賽銭箱に誰もお賽銭を入れない。というワースト記録をとめることが
できたわ。それもこれも、みんなあなたのおかげよ」
少年のなかで、再びイメージがガラガラと崩れる音がした。
「霊夢殿、うれしいのはわかるが、それくらいにして置いたらどうだ?少年も困っているぞ」
慧音が助け舟を出す。気がついたように、霊夢は、固まっている少年のほうを向く。
「ところで、なにか、御用があったんじゃないの?」
すぐに取り直した霊夢のその言葉に、固まっていた少年は、はっと、意識を取り戻すと、事の次第を話
した。
「う~ん、この神社が存在する証拠ね…出涸らしのお茶や湿気たせんべいや、カビの生えかけたお饅頭は
あるけど、証拠なんて」
「すまないが、そのリュックを貸してくれ。すぐに返す」
一瞬少年は何事かと思ったが、すぐに、肩からリュックをはずすと、慧音に渡す。慧音は、その中から、
すぐにお餅を取り出した。
「霊夢殿、少年が、ここまでしてくれているのだ、頼みを聞いてはくれぬだろうか?」
「…お餅までつくなんて…今日の運勢は大吉ね。いいわ、話してみて。」
「うむ、頼みというのはだな…」
再び、少年たちは、慧音と手をつないで、空を飛んでいた。
「あの、あんなことを言って大丈夫なのでしょうか?」
少年が、不安そうに口を開く。
「大丈夫だ。私も明日は、手が空いているから、一緒に来てやろう」
慧音が、そういうと、少年は、うれしそうにうなずいた。
「あ、慧音さん、ここら辺でいいですよ、これ以上近づくと、結界が反応しますから」
緋緒の言葉に、慧音はうなづいて、高度を下げて、そっと、地面に降り立つ。
「じゃあな、気をつけて帰れよ。」
慧音が小声で別れの挨拶をするとすぐに後ろを向いて、再び飛んでいく。その光景を二人は並んで、手
を振って見送った。
結局、少年のしたことは、両親には、ばれていたらしい。家に入った瞬間に、腕を組んで睨みつけてい
る父親と、泣き出しそうな母親が出迎えてくれた。
みっちりと、油を絞られながらも、少年はうれしそうに、緋緒と並んでそのお説教を受けていた。
「で、証拠は見つかったのかよ?昨日言ったよな、証拠持ってくるって」
日が昇るまでのわずかな時間を眠り、少年は、再び、薪の置き場に来ていた。明日からは、十分に乾燥
した木の巻き割が始まり、少年もその手伝いをしなくてはならない、また、多くの商人たちや他の村の住
人がこの時機に買い付けに来るので、まもなくして、遊ぶに遊べない時機が来る。
それはともかくとして、再び少年は、ガキ大将たちと向き合っていた。
「証拠ならあるよ」
少年は、ガキ大将の目を真正面から見た後に、北東の空を見上げた。青が一面に広がっている。
「じゃあ、見せてみろよ!!」
やがて、少年の目の中に、かすかに、赤い点と、青の点が現れる。
「証拠なら…もうすぐ来るよ」
昨日のわずかな時間に起こった出来事を思い出しながら、
少年は、力強く、空に向かって、手を振った。
そんな、カラス天狗の新聞にも乗らないようなこと起こった、幻想郷のある冬の始まりだった。
~終わり~
片方の少女は、黒と赤の服に身を包み、もう一人の少女は、緑のドレスを着ていて、頭
から2本の角をはやしていた。
「本当に姫にはどうにかして欲しいわ…この間、竹林に住んでいる妖怪が、私に苦情と、
この喧嘩の場所の移動をお願いしてきたのよ。当事者の二人には直談判するだけの力が
ありませんって。言って、泣きながらね。」
「確かに、あの2人には、どれだけ周りに迷惑をかけているかということを説いても仕
方あるまい。だが、いい加減に二人もこんな無益なことは止めて欲しいのだが…」
ドォーン!と言う地面が揺れているのかと見紛うような爆発音が響き、それが途切れ
た瞬間から、どこからともなく、罵り声のようなものが聞こえてくる。
「やったわね!」
「避けられないお前が悪いのさ!!」
「きー!!もう怒ったわ!『サラマンダーシールド』」
スペルカード特有の発動音が周りを震わせて、再び静寂が訪れる。おそらく、その二
人の喧嘩のあった場所は、もはやぺんぺん草1本も残ってはいないだろう。
はあっ…
2人の少女の口から諦めと呆れの入った盛大なため息が漏れる。
そのときであった。
「緋緒さん!!!」
かすかではあるが、悲鳴のような声が二人の耳に入ってきた。
2人の少女は顔を見合わせる。今日のような満月の夜に、誰もいないはずの竹林で聞
こえた、男の子の声だった。
「永琳殿!」
永琳と呼ばれた少女は、静かにうなずく。
「慧音、あなたにも聞こえたということは、私の空耳ではないわね。信じられないけど、
出歩いている奴がいたのね。…もしかしたらさっきの弾幕の流れ弾が当たったかもしれ
ないわ。」
「様子を見てくる」
「ええ、分かったわ。もし、手に負えないようだったらここまでつれてきて」
永琳の声に慧音と呼ばれた少女はうなずくと、近くに置いてあった薬箱を手に取り、
そのまま、空へと身を浮き上がらせた。
***
一夜の冒険~後編~
***
悪い夢でも見ているかのように少年は、その場から一歩も動けなかった。口の中が
カラカラに乾ききり、燃えている緋緒までの10歩の距離すら歩き出すことができな
い。
そうこうしているうちに、緋緒は、ゆっくりと地面に倒れ、ますます、激しく燃え
始める。人間であればもはや死は避けられないところであろう。
「緋緒さん、緋緒さん!!」
残った勇気を振り絞って、少年は、自分に親しくしてくれている妖怪の名前を何度
も呼びかけるがその言葉に緋緒が返事を返えすこともなく、ただ、いたずらに時間だ
けが、ゆっくりと過ぎていく。
火の勢いは、衰えることを知らず、目の前に倒れている妖怪の体を包み込んでいく。
「く、うっ…うぅ……」
「うわぁぁぁぁぁん!!」
その光景を少年は受け入れることができなかったのか、後ろに力なく尻餅を付きその
まま地面に顔をうずめて泣き出してしまう。
もぞ…
緋緒の体が、少し動いたことにすら気がつくことなく、少年は、泣き崩れていた。
そのときだった。
「そこのやつ、大丈夫か?」
不意に空の方から声がした。少年が空を見上げると、月をバックに、こちらに向か
ってきているものがいた。助かった。と思った瞬間、少年の目に飛び込んできたもの
は、その沈みかけていた心に更に打撃を与えた。
「ひっ…ひぃぃぃ…」
少年の眼に映っていたものは、2つの角を持った妖怪だった。少年は、何とか逃げ
ようとするが、全く手足が動かずに、それが目の前に下りてくるのを見ていること
しかできなかった。
「おい、大丈夫か?って、お前は、隣の村の子供じゃないか、一体こんなところで
何をしているのだ?親は知っているのか?」
少年の方に、まるで般若のような少女が迫ってくる。少年は、おびえて、後ろに下
がろうとする。
萎え切っている手足に力をこめながら、地面をつかもうとするが、その手は空を切る
だけだった。
「おい、どうしたのだ?」
その少女は、その少年に近づいていくが、少年は、逃げることを諦めて、首や手足
をでたらめに振り回して、その少女が近づくのをとめようとする。
「く、来るな!!来るな!!!」
少女は一瞬怪訝な表情を浮かべて、少年を見る。
「どうしたのだ?怪我をしているのではないのか?」
少年の振り回していた手が少女の手によって止められる。少女はまじまじと、その
手を見てみる。大きな傷さえなかったものの、無数の切り傷と、爪がはがれかけてい
た。
「ずいぶんな怪我をしているじゃないか!…どうして、こんな時に、出歩いているの
だ!?…って、おい、大丈夫か?」
少年の目に映っていたのは、般若そのもの…少年は、その声を最後まで聞くことな
く、気絶していた。
「あれ…」
少年は、普段着のままで何も敷いていない床で目を覚ました。
一度大きく伸びをして辺りを見渡した。よく見知った光景が広がっていた。
そこは自分の家だった。
「あ…そうだ、約束。」
少年は、起き上がり、昨日のことを思い出そうとするが、何も浮かんでこない。
「そうだ…行かないと」
明日、いや、今日から、いじめられるのだろうなと思うと、頭が痛くなるが、少年
は、いつものように草鞋をはいて、家の中にいるであろう、両親と緋緒に声をかけた。
「行ってきます!!」
返事はない。しかし、これだけ日が昇っているのなら、もう、農作業に出ているの
かもしれないそう思い、少年は特に気にすることもなく、家を出た。
どこをどう歩いたのか覚えてはいないが、少年はいつしかいつもの遊び場に立って
いた。しかし、ほんのわずかな違和感が少年に突き刺さった。
「みんながいない。」
いつもの場所、いつもの時間、しかし、少年を出迎えるものはなかった。
そういえば、村の中もやけに静かだったよう気がした…よくは覚えていないけど。
少年の心に中に不安が沸き起こる。少年は、今まで出したことのないスピードで、
丘を駆け下りていった。
再びあっという間に村の中に着く。そのことを少年は疑問に思うことはなかった。
「おじさん!おばさん!!」
隣の家の引き戸に手をかけて引く。静寂が返事を返した。
少年は村中を飛ぶようにして、次々と、家の引き戸を引いて、その住民の名前を呼
ぶ。しかし、そのいずれでも少年に返事を返すものはいなかった。
「どうなってんだろ…」
カーン!カーン!カーン!
突然、村長の家の鐘が鳴り始めた。それは空気を震わせて、少年の耳と、その不安
で押しつぶされそうな心に響いた。
「火事?いや…お葬式の鐘?」
みると、村長の家から、人の列が出てくる。みんな沈んだ面持ちで、村長を先頭に、
ゆっくりと、少年の方へ歩いてくる。
少年はその中に見知った顔を見かけた。父親と母親だった。
「うっ…馬鹿やろうめ。勝手に、夜に外ほっついて、妖怪に食われちまうなんて…」
「…緋緒も着いていながら…二人とも…ううぅ…」
一瞬少年は、両親が何を言っているのかを分かりかねていた。
「父ちゃん、母ちゃん、俺だよ、ここにいるよ!!」
「妖怪とは言えど、緋緒も家族だ、一緒の墓に入れてやるのが、本望だろう…」
「そうだね…あの世で二人一緒にまた遊べるから、あの子も退屈しないだろう」
少年の前を、両親が通り過ぎていく。その後に続いていたのは、ガキ大将たちだった。
「俺が、あんなこと言わなけりゃ…あいつは…喰われて殺されることもなかったのに…」
ガキ大将のしょぼくれた顔、そして、顔には涙、頭には、こぶのあと。後ろには、取り
巻きも、泣きながら続いていた。
最後の方に、二つの木桶のようなお棺が目の前を通っていく。
少年は慌ててその後を追った。
村の広場を越えてその一行は、共同墓地のほうへと入っていく。ここの風習では、土葬
が一般的だった。
「さて、最後の別れじゃ、みなのもの。若くしてなくなった少年とその友人たる妖怪は、
この村に生える木として生まれ変わるであろう…」
村長が、少年が一度だけ聞いたことのある文句を口にだす。ああ、そうか、この後、お
棺の蓋が開けられて、みんなが、ブナの木の葉っぱや枝を入れるんだ。少年はそう思うと、
そのときを待った。
はたして、そのとおりにことは進み、お棺の蓋がはずされ、並んでいた両親以下の大人
たちから、次々と二つのお棺に枝や葉が入れられていく。それを呆然と見ていた少年は、
はっと気付くと、すぐに、列の中に入っていった。
一つ目のお棺は空だった。内側には、『緋緒花世』と言う名前が墨で書かれている。
ああ、そうかと、少年は一人で納得した。緋緒さんは燃え尽きて、灰すら残らなかった
んだ…と。
そのお棺から少し離れたところにもう一つのお棺があった。たぶん少年自身のお棺。
いつしか、その墓地からは誰もいなくなっていたことを少年は気付くこともなく、自分
のお棺の前で立ち尽くし、好奇心と不安が入れ混じった複雑な顔を浮かべていた。
結局、少年の好奇心が不安をおさえ込んだらしい。少年は意を決したような表情を浮かべ
ると、大きく深呼吸をして、お棺を覗き込こんだ、その中には、自分の体があった。ただ、
その体には顔以外肉が全くついてなく、骨がむき出しになっていて、ただ少年の顔だけが、
何も映さないうつろな瞳を開いて少年の目を見ていた。
「これが、…これが…ぼく?…」
少年は、目の前にある光景が信じられないように、自分の体から目が離せなくなる、何
分くらい、そのお棺の中を見ていたのだろうか、不意にどこからともなく、声が聞こえて
きた。
「大丈夫か?」
少年はびくっと体を震わせると、きょろきょろと辺りを見回す。しかし、いくつかの土
饅頭と卒塔婆以外には目にはいるものはなかった。
「大丈夫か?」
再びその声、少年がもっとも、恐れている、聞き覚えのある声が、今度は比較的近くか
ら聞こえた。
すなわち、少年が今、目を離しているお棺の中から。
少年は、顔だけを、そのお棺の中へと向ける。そしてそのまま凍りついた。
あの般若が、少年の体に食らいついきながら、少年の顔を見上げていた、そして、その凶
暴そうな顔をにたっと歪めて、
「大丈夫か?」
と言っていた。
少年は、おびえたように2、3歩後ろに下がり、しりもちを付き、そのまま自分のお棺を
眺めていた。そこから、無数の小さな般若がお棺から上がってきた。
「大丈夫か?」
「しっかりしろ!」
「大丈夫か?」
「しっかりしろ!」
般若たちは、そういいながら、少年の体をゆっくりと、ゆっくりと確実に上がってくる。
その般若の中でもひときわ体の小さな般若が、少年の開いていた口に忍び込もうとしていた
ので、少年は歯を食いしばって、口を開くまいとする。しかし、その一匹が鼻をつまむ、と
たんに息苦しくなり、思わず口を開いてしまう。
その開いた口に般若が飛び込んでくる。少年はとっさに吐き出そうとするが、口を、他の
般若が閉じてしまう。
ゴクン!
嚥下する音だけがやたら大きく響く、少年の意思に反して、般若は少年の体の中に吸い込まれていく。
そのときだった。
「これで目を覚ますはずよ。」
その般若以外の声が、どこからともなく響いてきた。
「あ、でしたら、私、水を汲んできますね。」
よく知った声が響いてくる。少年は、その声の聞こえてきた方に手を伸ばす。やがて、少年の周り
の風景が、まるで意味を失ったかのように色を失っていく。
そして、光がやってきて、少年を包み込んでいき、再び少年は意識を失った。
「う、うん…」
少年は、再び目を覚ました。まず最初に見えたのは月、そして、
「気がついたみたいね、大丈夫?」
覗き込んで来る顔があった。黒と赤のナース帽をかぶった少女だった。
「あ、はい、大丈夫です。あの…」
「なにかしら?」
少年は一瞬ためらい、考えているかのように視線を泳がせたが、意を決したかのように、口を開いた。
「あ、あの、あなたが僕の治療を?」
問われた少女は、少し微笑んで首を横に振る。
「私がしたのは、まあ、最後の仕上げだけよ。」
「全く、偶然にも悲鳴が聞こえてきたから良かったようなものの、下手をしたら、お前はあそこで妖怪
に食べられていたかもしれないのだぞ!分かっているのか!」
聞き覚えのある声がして、少年は、不器用にその方をみて固まった。
「大体、こんな満月の夜に、村の外に出ようなど、いい度胸だ!!近頃の…」
「ちょっと、慧音、お説教はいいことだけど、後に回した方がいいわよ。」
その声に慧音と呼ばれた少女は、ナース帽をかぶった少女の方へと向き直る。
「いや、永琳殿、こういう時期にきちんと教育をしていなければ、あとあと、」
「いや、そういう意味じゃなくて…ほら、よく見てみなさいよ。その子…怯えているわよ」
「む…」
慧音が、少年を見ると明らかにおびえた表情をしていた。
慧音の顔に少し後悔が浮かぶ、それを見透かしたかの様に、永琳の顔に、なんともいえない…強いて言
えばいたずらを思いついたかのような笑みが浮かんだ。
「気付いてなかったの?満月の日のあなたは、少々普段との差がありすぎる。このままでは、この少年の
心を開かせることはできない」
その一言に、慧音は一瞬怪訝な表情を浮かべた後に、合点が行ったように苦笑いを浮かべた。
「…全く、どこかの閻魔のような言いようだな。だが、確かに、この姿では、会ったことはなかったな…」
すっと、慧音は人差し指を額の真ん中に持っていくと、目を閉じて集中を始める。すぐに、角が引き始
めて、服の色も緑から青へと変わっていく。
最後にどこからか、帽子を取り出して頭に乗せた。
「あ…れ、歴史の先生?」
そこにいたのは、少年の村で開かれている寺小屋でいろいろなことを教えている、歴史の先生そのもの
だった。
「…気がつかなかったのか?」
「ええ、般若だと思っていました」
その声に慧音はがっくりとうなだれる。
「私は、ワーハクタクだ!満月の夜だけ、ハクタクとしての姿を取り戻すことができるのだ、般若などと
一緒にするな」
「まあ、気にしなくていいわよ。ハクタクも般若も、結構似ているから。」
「え、永琳殿、それは、少しひどいいいようでは。」
ようやく不安が和らいだのか、少年は、二人のやり取りに笑みを浮かべながら見ていた。
「お水持って来ましたよ。」
懐かしい声がして、少年は後ろを振り向いた。そこには緋緒が、今までと変わらない姿で立っていた。
「緋緒さん…どうやって?」
「ああ、あの程度の炎なら心配することはないぞ。忘れていたのか?緋緒は火を食べる妖怪だ。火だけ
では、緋緒にダメージを与えることはできんからな」
少年の問いに、慧音が答える。ああ、そういえば、この二人は知り合いだったんだということに、い
まさらのように少年は気付いた。
「しかし、驚きましたよ。目の前にいきなり、翼を広げた鳳凰が見えたときには。なんとか、この子だ
けは、突き飛ばせはしましたものの、まさか、自分が、衝撃で失神してしまうとは思いもしませんでし
た。」
「全く、妹紅も自分が周りにどれだけ被害を与えているのか、少しは考えて欲しいのだが…」
「妹紅?」
少年の不思議そうな顔に、慧音は苦笑いを浮かべた。
「ああ、私の友人だ。」
「ええ、私の姫の喧嘩友達でもありますね。」
確かに、耳を澄ますと、比較的遠くから、ずいぶんと楽しそうな少女の声が聞こえてくる。
「くらえ、必殺!上空3mからのあびせ蹴りを!!」
「く、不覚!しかし、簡単にやられる私ではないわ!!受けよ、永遠亭の拳を!!!」
「あら、ダブルノックアウトですわね…まあ、あの近くにはうどんげも待機させていることだし、あの
二人なら、問題ないでしょう。いつもこうならばいいんですけど…」
「ああ、そうだな…ところで、」
その光景を、見ていたであろう、慧音は二人の声が収まったのをみてから、少年のほうへと向き直った。
「一体、どうして、こんな満月の夜に、博麗神社へ行こうとしたのだ?」
「あの、慧音さん、私が、この子に無理を言って、夜の散歩に…」
「緋緒、私は、お前と話しをしているわけではない。私は、この少年と話しをしているのだ。」
その言葉に、緋緒は、うなだれて、助けを求めるように永琳のほうをみるが、永琳は、肩を少しすくめ
ただけだった。
少年は、少し考えてはみたが、どの嘘もこの先生の前では、無意味のような気がしてきた。そう考えた
少年は、本当のことを言うことにした。
「ガキ大将たちに言われて、…明日までに博麗神社が本当にある証拠をもってこいって、僕、博麗神社に
行ったこともなかったし、どこにあるのかも知らなかったから…いろいろ考えたんだけど…博麗神社にい
けば、たぶん証拠が見つかるかなって思って、それで…」
慧音は呆れたように見ていたが、
ふうっ。
とため息をつくと、少年のほうへと、やさしい視線を向けた。
「正直に言えたようだな。お前の歴史には、確かにその後がある。正直で純粋なのは今の時期だけかもし
れないが…それをわすれるな。」
慧音は永琳のほうへと向き直った。
「永琳殿、私は、この二人を連れて博麗神社まで行って、そのまま村まで送り届けてくる。戻ってくるま
での間、二人が無理をすることがないように目を光らせていてくれ。」
その言葉に、永琳は軽く右手を上げてかえし、慧音はそれにうなずいた。
慧音は、少年と緋緒に手を差し出す。
「この手を握れ。飛んでいくぞ」
少年は、驚いたように緋緒のほうをみたが、緋緒は、いつものように微笑んでゆっくりとうなずいた。
差し出した手に二人がしっかりとつかまったのを見て、慧音はその手をぎゅっと、握り締めた。
「絶対に手を離すのではないぞ!」
慧音の言葉に、少年は少し痛そうな顔をしていたが力強くうなずく。慧音は、その少年の顔をみて、
すこし、微笑むと、慧音の体は空へと浮かび上がった。
「すごい!すごい、すごい!!」
少年は、空の上までゆっくり上がりながら、辺りを見回した。はるか遠くまで、見えた。少年にと
ってみれば、これがはじめての飛行だった。
「うん?そうか、空を飛ぶのは初めてだったな。」
慧音はそういうと、ゆっくりと、その場で回転し始めた。やがて、少年の目に、一つの村が入って
くる。
「あれが、お前のいる村だ。いまのところ、お前が抜け出したことには誰も気がついてはいないよう
だな。」
確かに、少年の村は、家々の明かりは落ちて、静寂に包まれていた。
「帰ったら、必ず両親に報告するのだぞ。」
慧音の言葉に少年はうなずく。慧音はその光景を見てから、再びゆっくりと、方向を変えた。そこ
には、小高い山があり、長い石段の先に赤の鳥居が見えた。
「あれが、博麗神社だ。石段を上がろうとしていたら夜が明けていたな」
慧音はそういうと、その方向へゆっくりと、しかし、歩くよりははるかに速い速度で飛んでいった。
たいした時間もかかることなく、少年たち三人は、博麗神社の鳥居の下に立っていた。
「…ここが博麗神社…」
少年の目に映っていたのは、朽ち果てかけて、庭が雑草に覆われ、石畳に積もった落ち葉すらも掃
除をしていない寂れた神社だった。
「…どうした?」
慧音は、少年が立ち止まって、見ているのを訝しそうな目で見てはいたが、やがて合点が行ったよ
うに、神社のほうへ目を向ける。
「寂れた神社だろ…」
「うん」
「もう少し、ここの巫女に節度や、神に仕えるものとしての義務感なんかがあれば、こんな風にはな
らないはずなんだがな…」
「…もう少し、神聖な感じがする場所って思ってました。」
その言葉に慧音は苦笑いを浮かべる。
「そうだな、本来神社と言うものはそういうもののはずなんだが…」
少年は、もはや、この神社から何を持ち帰っても証拠にはならないと諦めていた。そのことを見て
取ったのか、慧音は、少年を慰めるように言った。
「まあ、気にするな。お前のせいじゃない。ガキ大将たちから何か言われたら、私も加勢してやるよ。」
「ありがとうございます、先生。」
慧音が不意に、空を見上げる。月はすでに傾いていた。
「もうそろそろ、時間だな。送っていこう」
「あ、先生、少し待ってください」
少年の申し出に慧音は怪訝な顔をする。
「どうしたのだ?急いで帰らなければ、お前たちがいないことはすぐにばれるだろう。そうしたら大
変なことになるぞ」
少年は、背負っていたリュックを地面において開けるとわずかな光を頼りに、目的のものを探し出
した。
「神社に来たのならば、お賽銭をあげて帰ろうって思って」
一瞬、慧音がポカンとしたような表情を浮かべたのちに、まるで、笑いをこらえているかのように、
口元に手を持っていく。
「あ…くっ…そ、そうだな…神社に…ぷっ…きたらお賽銭は…はは…必須だな」
「あの、慧音さん、そんなに笑うと、この子が傷つきますよ」
緋緒が、慧音を怒ったような表情でみている。しかし、やはり、慧音は笑いをこらえることができ
ないようだ。
「ああ、すっすまない。まあ、早くお賽銭を入れてやれ、案外、お前の判断は正しかったかもしれないぞ」
少年も慧音を怪訝な表情で見ていたものの、ゆっくりと本殿の方へと歩き始める。その後ろに続く
ようにすこし怒っている緋緒と、笑いをこらえるのに必死な慧音が続いていた。
少年は、賽銭箱の前に立つ。賽銭箱には、埃一つ積もってなく、その中は確かに空であったが、落ち
葉一つ入っていなかった。毎日、ここだけはきちんと掃除をしている痕跡があった。
少年の手には、1銭硬貨4枚、そして1厘硬貨が8枚が握られていた。
まず最初に、少年は、1厘硬貨を賽銭箱の中に入れた。
チャリ、チャリーン!
軽い音を立てて、1厘硬貨が、賽銭箱の中で踊った。次に、1銭硬貨を取り出して、賽銭箱の中に入れ
る。
リーン
硬貨同士がぶつかり合う音が、誰もいない境内に響き渡った。その瞬間だった。閉じられていた、本殿
の障子が、
バンッ!
と言う音を立てて、両側に開かれた。
「誰?今お賽銭を入れてくれたの!」
「あははっ!!」
堪えきれなくなったように、慧音が笑い始めた。そして、少年と、緋緒は固まったままその改造巫女服
の少女を見ていた。
「あ…あの…あなたが、博麗の巫女ですか?」
少年が、何か信じられないようなものを見る目で、その少女を見る。
「そうよ。博麗神社に住んでいる、13代目博麗の巫女というのは、この博麗 霊夢よ!それより、あなた
が今、お賽銭を入れてくれた人?」
あまりの勢いに、少年は首を縦に振ることしかできない。それをみて、霊夢は、くうっと涙を拭く振り
をした。
「思えば、苦節8年…ようやく、お賽銭箱に誰もお賽銭を入れない。というワースト記録をとめることが
できたわ。それもこれも、みんなあなたのおかげよ」
少年のなかで、再びイメージがガラガラと崩れる音がした。
「霊夢殿、うれしいのはわかるが、それくらいにして置いたらどうだ?少年も困っているぞ」
慧音が助け舟を出す。気がついたように、霊夢は、固まっている少年のほうを向く。
「ところで、なにか、御用があったんじゃないの?」
すぐに取り直した霊夢のその言葉に、固まっていた少年は、はっと、意識を取り戻すと、事の次第を話
した。
「う~ん、この神社が存在する証拠ね…出涸らしのお茶や湿気たせんべいや、カビの生えかけたお饅頭は
あるけど、証拠なんて」
「すまないが、そのリュックを貸してくれ。すぐに返す」
一瞬少年は何事かと思ったが、すぐに、肩からリュックをはずすと、慧音に渡す。慧音は、その中から、
すぐにお餅を取り出した。
「霊夢殿、少年が、ここまでしてくれているのだ、頼みを聞いてはくれぬだろうか?」
「…お餅までつくなんて…今日の運勢は大吉ね。いいわ、話してみて。」
「うむ、頼みというのはだな…」
再び、少年たちは、慧音と手をつないで、空を飛んでいた。
「あの、あんなことを言って大丈夫なのでしょうか?」
少年が、不安そうに口を開く。
「大丈夫だ。私も明日は、手が空いているから、一緒に来てやろう」
慧音が、そういうと、少年は、うれしそうにうなずいた。
「あ、慧音さん、ここら辺でいいですよ、これ以上近づくと、結界が反応しますから」
緋緒の言葉に、慧音はうなづいて、高度を下げて、そっと、地面に降り立つ。
「じゃあな、気をつけて帰れよ。」
慧音が小声で別れの挨拶をするとすぐに後ろを向いて、再び飛んでいく。その光景を二人は並んで、手
を振って見送った。
結局、少年のしたことは、両親には、ばれていたらしい。家に入った瞬間に、腕を組んで睨みつけてい
る父親と、泣き出しそうな母親が出迎えてくれた。
みっちりと、油を絞られながらも、少年はうれしそうに、緋緒と並んでそのお説教を受けていた。
「で、証拠は見つかったのかよ?昨日言ったよな、証拠持ってくるって」
日が昇るまでのわずかな時間を眠り、少年は、再び、薪の置き場に来ていた。明日からは、十分に乾燥
した木の巻き割が始まり、少年もその手伝いをしなくてはならない、また、多くの商人たちや他の村の住
人がこの時機に買い付けに来るので、まもなくして、遊ぶに遊べない時機が来る。
それはともかくとして、再び少年は、ガキ大将たちと向き合っていた。
「証拠ならあるよ」
少年は、ガキ大将の目を真正面から見た後に、北東の空を見上げた。青が一面に広がっている。
「じゃあ、見せてみろよ!!」
やがて、少年の目の中に、かすかに、赤い点と、青の点が現れる。
「証拠なら…もうすぐ来るよ」
昨日のわずかな時間に起こった出来事を思い出しながら、
少年は、力強く、空に向かって、手を振った。
そんな、カラス天狗の新聞にも乗らないようなこと起こった、幻想郷のある冬の始まりだった。
~終わり~
少年の好奇心あふれる場面や、般若顔の慧音を見たときのおびえ方、初めて空を飛んだときの感動がすごく生き生きとしていてよかったです。
かつ、描写されていない東方キャラと普通の人間達との立ち位置がうまく表現されていて、少年の視点からみた幻想郷の世界を私側からでも肌で感じ取ることができました。現代っ子から見たら、幻想郷ってのはこんな感じなんでしょうかね?
あとは、場面の区切りで改行をもっと使って、わかりやすいようにしたら、さらにgood!です。ごちそうさまでした m ( _ _ ) m
場面の切り替えが解り難いというのは同意。
他の点はまぁまぁまともになったと思う。
次回までに色々と改善できる点があると思うから
頑張ってくれ、期待しているよ。
ワースト記録を止めた少年の勇気と今後への貴方の精進を願ってこの点数を
入れたいと思います
久しぶりに一般人の子が悲惨な結末にならない冒険談を読んだ気がします
場面が変化したことを理解するのにちょいと掛かったりしますが、その辺は先人の言葉通り改行によって改善されるでしょう。
後は、ちょっと情景が描きにくい表現(後ろに力なく尻餅を付きそのまま地面に顔をうずめて)などがあるので、その辺が改善されると良いかな、と思われます。
なかなかに書きづらい一般視点からの幻想郷を堪能させていただきました。
↑
ここの文法がちょっと変かなーと思った
おそらく「~のではないぞ」と「~んじゃないぞ」のどっちにしようか迷った合さったのだと思うけど
しかし霊夢が妙に可愛いね?