「で、どうだったのかしら?」
紫がタラの芽を持ってきたのはついこの間の事。
今日も今日で飽きもせずにスキマから神社に現れる。
「『暖冬』だっけ?いいんじゃない?あんなに美味しい物が早く食べられるんだし。それにこんなに寒くないんでしょ?」
「そう……霊夢ならそう言うと思ったわ」
「何よそれ」
「霊夢らしい答えだという事よ」
「むぅ……」
確かに美味しい物はいっぱい食べたいし寒い冬よりは少しでも暖かい方がいい。
壁一枚、この博麗大結界の外はこんなに雪が残らないし冬でも降らない地域もあるらしい。
なら『暖冬』も悪くはないと思うのだけど……紫は何故そんな話題を振ってきたのだろう。
もしかして――
「幻想郷もその『暖冬』になるの?」
「まさか。そんな危機にはまだならないわ。私は『何も事情を知らない人の答え』を訊きたかっただけよ」
「『何も事情を知らない』ねぇ……」
外の世界は見た事が無いからどうとも言えないけれど、こうやってヒントを小出しにして遠回しに尋ねてくるのだからきっと何かがあるのだろう。
永夜異変の時みたいに急に現れて連れて行くような事をしてこない分、まだそこまでの問題ではないのだと思う。
ただ、どうして訊くか、それは気になる。
興味を持たせるように誘導しているのだろうけど、一つ乗っても損はしないだろう。タラの芽も美味しかったし。
「じゃあ、どういう事なのか、紫は知っているのよね」
「えぇ勿論」
そう言うとさっきまでニコニコと朗らかだった紫の表情は急に真剣に(いつが真剣で、いつがふざけているのかは分からないけど)なり、キッ、と私を見る。
「――知りたい?」
その表情、目つきから真面目な話だという事が良く分かる。
流石にここで冗談を言う事は……多分無いだろう。
「話してくれるのならいいわ」
「あらあら、そこで疑うような事をしなくてもいいのに。まぁいいわ。話半分でもいいから聞きなさいな」
「どーぞ」
「外の世界は今、崩壊へと進み始めているの」
「ダウト」
私はサクッと、お札と針を紫に投げつける。
「痛いわぁ……本当の事なのに」
「何よそれ、やっぱりふざけているじゃない。そんな事が起きるのなら目に見える証拠が――」
証拠……?もしかして――
「あのタラの芽もそうだと言うの?」
「正解」
「あんなに美味しい物が出てくるのに、何でそれが危機に繋がるのよ」
「それはね――」
――紫曰く、
暖かい冬と書いて『暖冬』と表し、一種の気候の異変らしい。
場合によっては四季の中から冬が消えるようなものだとか。
四季のリズムが崩れ、気候が不安定になり、環境が急変する。
もし幻想郷から冬が無くなった場合、まず冬を代表する妖怪、レティの姿をあまり見なくなるだろう。
そして次に冬から春に移り変わる時に力を得る春告精のリリーの力が衰退する。
紫も冬眠する季節が無くなってしまうから生活バランスが崩れて体調が悪くなる。
だとか。
……事例の1つ目と3つ目はどうでもいいかもしれないけど(特に3つ目)、2つ目のリリーについては問題になるだろう。
冬から春へと変える彼女の力は人間にとっても大きい。
暖冬が世界の危機に繋がっているのだという事を紫が言うのも理解出来る。
紫の場合は自分にも影響が出るからそんな事を言うのだろうけど。
「でも、暖冬ってどうして起きるのよ。いつも同じように、何も特別な事をしていなければそんな異変は起きないでしょう?」
異変だというのは気になってしまうけど、外の世界の異変にまで干渉する事は出来ない。
でも、知る事だけなら出来る。
「そこで何かしてしまうのが人間の愚かな所よ」
「……外の人間は何かやっているのね」
「そういう事よ。説明してあげるわ。こっちに」
スッと、紫はスキマを開いて私を誘う。
……罠じゃないよね。
「大丈夫よ。ここでいきなり取って食おうだなんてしたり、いたずらを仕掛けようだなんて思ってないわ」
「そう言ってやりそうなのがアンタなんだけど」
「……何もしないわよ」
「今の間は何?やっぱり何か仕掛けていたの?」
「そんな事は無いわよー。ねぇーいーじゃなーい」
「急にダレるな。気持ち悪い」
「はーい……。まぁ、それはさておきとっとと入る。知りたいんでしょう?」
「それはね。いいわ、乗ってあげる」
私は意を決してスキマの中に飛び込んだ。
「ここは……?」
スキマを抜けるとそこは薄暗い部屋の中で、柔らかそうなクッションが付いた椅子が綺麗に並べられていて、1つの壁のには白くて大きな布が垂らされている。
反対側には文が持っているような物よりも一回りも二回りも大きくて、横に円盤が付いているカメラのような物が置かれていた。
「外の世界で言う『映画館』という所ね。」
「映画館?」
「そう。撮影された写真の繋がりを流して映像にし、音もつけて観客に見せる場所よ。口で話すだけよりも映像があった方が分かりやすいでしょう?」
「それはそうね。アンタの言う事は曖昧な事が多いからこっちの方がいいわ」
「あんまり否定出来ないわ……」
適当な所に座って、と言われてとりあえず真ん中の席に座る。その横に紫が座る。
何かカップルみたいね、とか言うものだから、あまりにも馬鹿馬鹿しくて今度はお札と針を零距離でブチ当てる。
本当に、何を考えているのだか分からない妖怪だ。
……そしてこれから見せられる出来事に対し、私はどう受け取るのだろう。
部屋は更に暗くなり、白い布に光が当てられる。
「……目に悪そうね」
「そうかもしれないわね。ほら、始まるから静かにね?」
紫がそう言うと、映像が流れ始める。
カメラに似たような物を被った人が動いている。盗撮は犯罪だとかそんな事を言ってる。
(何これ。これが危機?)
(これは上映前の御約束なのよ。他の映画の予告や宣伝もやるからもうしばらく我慢しなさい)
すると次に怪我をした子供、ろくに食事が出来ず痩せた人、病に侵された人、命が危険に晒されている人たちが映る。
そして映像に文字が浮かび上がり――
『国の境目が命の境目であってはならない』
と表示される。
私が紫に視線を送ると、それに応じるように紫が頷く。
なるほど、そういう事なのね。
でも、どうして……。
そう考えていると映画の本編が始まった。
内容は発展した地域と貧しい地域が争う話だった。
発展している地域はさらに発展しようと活動し、環境を傷つける。
それの被害を受けているのが貧しい地域。
その被害を無くす為に貧しい地域の人々は立ちあがる。
もちろん発展している地域は黙っている訳が無く、抵抗し、潰しにかかるために新しいものを造る。
貧しい地域の人たちはその中の一つを奪い、対抗し、戦いの規模は大きくなる。
戦いの規模が大きくなりすぎた為に最終的にはどちらの地域も自滅し、滅んでしまった。
そして世界には何も残っていなかった。
そんな、残酷で悲しいお話だった。
「どうだったかしら?」
神社に戻ると、ずっと口を閉ざしていた紫が喋った。
「まぁ、興味深い話だったわ。こういう事が本当に外で起きるかもしれないというのであれば」
「ありうるから見せたのよ」
「そう……」
滅んで存在しなくなったものはいつか幻想郷に流れ着く。
と言う事はその内私たちにも被害が及ぶのであろう。
そうであるのならばちゃんとそれを知らなくてはならない。
『何も事情を知らない』というのは、本当に怖いというのが良く分かった。
「あれを見て、ちゃんと心の準備をしておけという事ね」
「……」
「ん?どうしたのよ」
紫は何も言わずに遠くを見ている。今度は何だと言うの。
「――嘘よ」
「はぁ!?」
「だから、嘘。冗談よ。ああいうのを霊夢が見たら真剣に先々の事を考えると思ってね。ちょっと芝居を打っ――いたっ!?」
「もう黙ってなさい。せっかく人が真剣に考えていたのに何よそれ」
「まぁ、霊夢がそう言うのだから計画は一応成功という事で」
「はいはい、どうでも良くなったわ。疲れたから私は少し寝るわ」
少し眠ろう。目がチカチカするし首も痛い。外の世界の人はよく平気なものだわ。
「おやすみなさい」
私は紫に見送られ社務所の奥に入る。
「霊夢……いつかはそんな事が起きると……覚悟していなさい」
紫がタラの芽を持ってきたのはついこの間の事。
今日も今日で飽きもせずにスキマから神社に現れる。
「『暖冬』だっけ?いいんじゃない?あんなに美味しい物が早く食べられるんだし。それにこんなに寒くないんでしょ?」
「そう……霊夢ならそう言うと思ったわ」
「何よそれ」
「霊夢らしい答えだという事よ」
「むぅ……」
確かに美味しい物はいっぱい食べたいし寒い冬よりは少しでも暖かい方がいい。
壁一枚、この博麗大結界の外はこんなに雪が残らないし冬でも降らない地域もあるらしい。
なら『暖冬』も悪くはないと思うのだけど……紫は何故そんな話題を振ってきたのだろう。
もしかして――
「幻想郷もその『暖冬』になるの?」
「まさか。そんな危機にはまだならないわ。私は『何も事情を知らない人の答え』を訊きたかっただけよ」
「『何も事情を知らない』ねぇ……」
外の世界は見た事が無いからどうとも言えないけれど、こうやってヒントを小出しにして遠回しに尋ねてくるのだからきっと何かがあるのだろう。
永夜異変の時みたいに急に現れて連れて行くような事をしてこない分、まだそこまでの問題ではないのだと思う。
ただ、どうして訊くか、それは気になる。
興味を持たせるように誘導しているのだろうけど、一つ乗っても損はしないだろう。タラの芽も美味しかったし。
「じゃあ、どういう事なのか、紫は知っているのよね」
「えぇ勿論」
そう言うとさっきまでニコニコと朗らかだった紫の表情は急に真剣に(いつが真剣で、いつがふざけているのかは分からないけど)なり、キッ、と私を見る。
「――知りたい?」
その表情、目つきから真面目な話だという事が良く分かる。
流石にここで冗談を言う事は……多分無いだろう。
「話してくれるのならいいわ」
「あらあら、そこで疑うような事をしなくてもいいのに。まぁいいわ。話半分でもいいから聞きなさいな」
「どーぞ」
「外の世界は今、崩壊へと進み始めているの」
「ダウト」
私はサクッと、お札と針を紫に投げつける。
「痛いわぁ……本当の事なのに」
「何よそれ、やっぱりふざけているじゃない。そんな事が起きるのなら目に見える証拠が――」
証拠……?もしかして――
「あのタラの芽もそうだと言うの?」
「正解」
「あんなに美味しい物が出てくるのに、何でそれが危機に繋がるのよ」
「それはね――」
――紫曰く、
暖かい冬と書いて『暖冬』と表し、一種の気候の異変らしい。
場合によっては四季の中から冬が消えるようなものだとか。
四季のリズムが崩れ、気候が不安定になり、環境が急変する。
もし幻想郷から冬が無くなった場合、まず冬を代表する妖怪、レティの姿をあまり見なくなるだろう。
そして次に冬から春に移り変わる時に力を得る春告精のリリーの力が衰退する。
紫も冬眠する季節が無くなってしまうから生活バランスが崩れて体調が悪くなる。
だとか。
……事例の1つ目と3つ目はどうでもいいかもしれないけど(特に3つ目)、2つ目のリリーについては問題になるだろう。
冬から春へと変える彼女の力は人間にとっても大きい。
暖冬が世界の危機に繋がっているのだという事を紫が言うのも理解出来る。
紫の場合は自分にも影響が出るからそんな事を言うのだろうけど。
「でも、暖冬ってどうして起きるのよ。いつも同じように、何も特別な事をしていなければそんな異変は起きないでしょう?」
異変だというのは気になってしまうけど、外の世界の異変にまで干渉する事は出来ない。
でも、知る事だけなら出来る。
「そこで何かしてしまうのが人間の愚かな所よ」
「……外の人間は何かやっているのね」
「そういう事よ。説明してあげるわ。こっちに」
スッと、紫はスキマを開いて私を誘う。
……罠じゃないよね。
「大丈夫よ。ここでいきなり取って食おうだなんてしたり、いたずらを仕掛けようだなんて思ってないわ」
「そう言ってやりそうなのがアンタなんだけど」
「……何もしないわよ」
「今の間は何?やっぱり何か仕掛けていたの?」
「そんな事は無いわよー。ねぇーいーじゃなーい」
「急にダレるな。気持ち悪い」
「はーい……。まぁ、それはさておきとっとと入る。知りたいんでしょう?」
「それはね。いいわ、乗ってあげる」
私は意を決してスキマの中に飛び込んだ。
「ここは……?」
スキマを抜けるとそこは薄暗い部屋の中で、柔らかそうなクッションが付いた椅子が綺麗に並べられていて、1つの壁のには白くて大きな布が垂らされている。
反対側には文が持っているような物よりも一回りも二回りも大きくて、横に円盤が付いているカメラのような物が置かれていた。
「外の世界で言う『映画館』という所ね。」
「映画館?」
「そう。撮影された写真の繋がりを流して映像にし、音もつけて観客に見せる場所よ。口で話すだけよりも映像があった方が分かりやすいでしょう?」
「それはそうね。アンタの言う事は曖昧な事が多いからこっちの方がいいわ」
「あんまり否定出来ないわ……」
適当な所に座って、と言われてとりあえず真ん中の席に座る。その横に紫が座る。
何かカップルみたいね、とか言うものだから、あまりにも馬鹿馬鹿しくて今度はお札と針を零距離でブチ当てる。
本当に、何を考えているのだか分からない妖怪だ。
……そしてこれから見せられる出来事に対し、私はどう受け取るのだろう。
部屋は更に暗くなり、白い布に光が当てられる。
「……目に悪そうね」
「そうかもしれないわね。ほら、始まるから静かにね?」
紫がそう言うと、映像が流れ始める。
カメラに似たような物を被った人が動いている。盗撮は犯罪だとかそんな事を言ってる。
(何これ。これが危機?)
(これは上映前の御約束なのよ。他の映画の予告や宣伝もやるからもうしばらく我慢しなさい)
すると次に怪我をした子供、ろくに食事が出来ず痩せた人、病に侵された人、命が危険に晒されている人たちが映る。
そして映像に文字が浮かび上がり――
『国の境目が命の境目であってはならない』
と表示される。
私が紫に視線を送ると、それに応じるように紫が頷く。
なるほど、そういう事なのね。
でも、どうして……。
そう考えていると映画の本編が始まった。
内容は発展した地域と貧しい地域が争う話だった。
発展している地域はさらに発展しようと活動し、環境を傷つける。
それの被害を受けているのが貧しい地域。
その被害を無くす為に貧しい地域の人々は立ちあがる。
もちろん発展している地域は黙っている訳が無く、抵抗し、潰しにかかるために新しいものを造る。
貧しい地域の人たちはその中の一つを奪い、対抗し、戦いの規模は大きくなる。
戦いの規模が大きくなりすぎた為に最終的にはどちらの地域も自滅し、滅んでしまった。
そして世界には何も残っていなかった。
そんな、残酷で悲しいお話だった。
「どうだったかしら?」
神社に戻ると、ずっと口を閉ざしていた紫が喋った。
「まぁ、興味深い話だったわ。こういう事が本当に外で起きるかもしれないというのであれば」
「ありうるから見せたのよ」
「そう……」
滅んで存在しなくなったものはいつか幻想郷に流れ着く。
と言う事はその内私たちにも被害が及ぶのであろう。
そうであるのならばちゃんとそれを知らなくてはならない。
『何も事情を知らない』というのは、本当に怖いというのが良く分かった。
「あれを見て、ちゃんと心の準備をしておけという事ね」
「……」
「ん?どうしたのよ」
紫は何も言わずに遠くを見ている。今度は何だと言うの。
「――嘘よ」
「はぁ!?」
「だから、嘘。冗談よ。ああいうのを霊夢が見たら真剣に先々の事を考えると思ってね。ちょっと芝居を打っ――いたっ!?」
「もう黙ってなさい。せっかく人が真剣に考えていたのに何よそれ」
「まぁ、霊夢がそう言うのだから計画は一応成功という事で」
「はいはい、どうでも良くなったわ。疲れたから私は少し寝るわ」
少し眠ろう。目がチカチカするし首も痛い。外の世界の人はよく平気なものだわ。
「おやすみなさい」
私は紫に見送られ社務所の奥に入る。
「霊夢……いつかはそんな事が起きると……覚悟していなさい」
早速読ませていただきました!
国の境目が命の境目であってはならない
某CMのキャッチコピーですね。
あまり説教臭くなくていい感じで読むことができました。
ただラストが紫のセリフだけってのが少し物足りないように感じました。
もう少し紫の表情など肉付けした方がインパクトあったように思います。
次作も楽しみにしてますね!
何も知らないと言われた霊夢が映画を通じて「知る」ことによって、今まで見過ごしてきた事実に気づく――などの展開が無いのが気になりました。
そのため、霊夢にヒントを与えるというよりも、紫自身が純粋に知りたかったため質問したように感じられました。
しかし、結びにある言葉は霊夢に覚悟を求めるもの。
霊夢の人脈を生かして波及するのを期待しているのだとしても、二人きりの映画は危険性を周知させるには規模が小さいように思います。
彼女が映画を見た後で、生活にどんな変化が生まれたのかを少しでも描写してあると嬉しかったです。
または紫が他でも似た事をやっていると仄めかすのもありだと思います。
あるいは、作中で紫が「嘘よ」と言う場面がありましたが、それを生かしてみるのも良いかもしれません。
霊夢に告げたとおりに、映画の内容を「嘘」にしてみせると紫が覚悟を強めて閉幕――というように。
妖怪のほうが人より長生きですから、いずれ訪れるであろう未来に備えるのには向いていますしね。
境目という特殊な単語を目にすれば何らかの意図、何らかの伏線が含まれていると考えるものだと思います。
『国の境目が命の境目であっては~』という言葉が紫の能力を想起させるものでありながら、あっさりと本編に移るのは納得できませんでした。
「妖怪と人の境目が協力関係の境目ではない」と考えさせるための言葉だと感じたからです。というか、そうなのでしょう。
しかし本作品の終わり方を見ると、このような意味だと受け取るには少々曖昧ではっきりしません。
もし人と妖怪で協力していくという結論で終わるのなら、原作で協力したという過去に依存せず、本文中に人妖の共同する未来を暗示する言葉があるべきだと思います。
テーマはとても好みに合っていたのですが、もう少し深いところまで掘り下げて欲しかったですね。
なんと申しましょうか。やるせない現実?
……目を背けちゃいかん、とな。