※注意
・オリジナルキャラクターが数人出て本編にかかわります
・駄文です
・ムラサが子供っぽい等、作者独自の解釈による設定が存在します
以上の事が苦手な方は申し訳ありません
「おにいちゃんまってよー!」
「へへーん!お前がのろまなのが悪いんだよー!」
「もう足が痛くてあるけないよぅ」
「早く歩かないとお寺の妖怪におこられちゃうぞ」
「やだぁ!」
「なんだよ、立てるじゃんか!さっさと行くぞ!」
「まってー!」
境内で遊ぶ子供たちのにぎやかな声が響く、ここは命蓮寺。
その住人達の力の源を生み出す台所では星とムラサと一輪が仲良く料理に精を出していた。
今日の献立は
・ローストしたチキン
・山盛りのサラダ
そして
「ムラサ、ホイップ終りましたか?」
「まだー、急ぐよ!」
「お願いしますー!」
・イチゴのケーキ
である。
そのうち、ケーキの仕上げを担当していた星がにわかに大きく息を吸い込むと
「・・・くちん!」
「んっ、星ちゃん風邪?」
混ぜていたホイップクリームの手を止めてムラサは心配そうに星の顔を覗きこむ。顔色は悪くない
「ほら(ゴソッ)ちり紙」
「ああ、一輪。有難うございます。・・・くちん!くちん!」
(チーン)
「大丈夫?最近星、毎晩夜更かししてるじゃない。昨日も机に伏したまま寝てたみたいだし」
きゅうりを刻んでいた手を止めて、星の額に当てる。
「熱は・・・ないみたいね」
「も、もしかしたら誰かが噂してるのかもしれません」
「お寺のところの毘沙門天ちゃんはドジ神様だなぁとか?」
ムラサはケタケタ笑う
「絶対に言われてませんよ!」
「どうかなぁ、あながちムラサの言うとおり・・・」
「一輪まで・・・、酷いです」
「フフッ、冗談だよ、冗談。風邪の可能性もあるから油断しちゃだめだからね」
「そうですね、気をつけましょう」
「そうだよー、風邪なんかひいたらまたナズーリンに怒られちゃうよ」
「それは嫌ですね・・・」
「あんた主人でしょうが・・・」
「星ちゃんはやっぱりダメな子だね。ダメっ虎」
命蓮寺の住人が大きく増え事もあり、今までナズーリンが一手に担っていた家事を「みんな仲良く分担しましょう」という家長になった聖の鶴の一声により分担制で行うことにしていた。
本来ならその当番上今週の料理はムラサの担当だったのだがムラサに任せるとカレーしか作らないのと「イチゴのケーキが食べたいです」という星の提案により、星と料理がうまい一輪がサポートに当たる事になった。
「星ちゃーん!そっちにある缶切りとってー」
「あっ・・・はい」
食器棚ゴソゴソ
「はい、どうぞムラサ」
渡されるビンを開けるときのアレ
「これは栓抜きだよぅ。さっきも泡だて器と皮むき機を間違えるし、ホントに星ちゃんはダメだなぁ」
ムラサのあきれ顔に一輪小さくため息
「カレーしか作れないあんたが言うな。あんたが」
「なんだとォ一輪!私、ちゃんと毎日作り分けてるでしょうが!昨日は野菜カレー!おとといはシーフードカレー!その前は牛肉たっぷりの」
「それのどこが作り分けてるって言うのよ」
一輪さん大きくため息
「ほいで、今日はみんな待ちに待った納豆カレーを――」
「待ってないわよ!全然!」
「えー!絶妙なハーモニーでおいしいのに!」
「そんなわけあるか!」
「あるよ!」
一輪とムラサの掛け合い、その横で誰かの笑い声。これもこの寺での日常風景だった。
「あーもーこのアホ船長の相手は疲れるよ。星も黙ってないでなにか言ってやって・・・」
「・・・・・・」
「・・・星?」
一輪の問いに星はとろんとした視線で彼女を一度だけ見つめニコりと笑い、そのまま食器棚の『ない方へ』と体を椅子ごと大きく傾ける。
ドタァァァァァァァァァァァァァン!
椅子を巻き込み豪快な音を立てて星は床へと倒れ込んだ
普段なら「またドジしたのか」と茶化す二人も、あまりに先ほどのクシャミや倒れる時の反応と合わせての一大事を感じにわかに表情を曇らせていく
「星!?ちょと、やだっ、星!星!!」
「!? 星ちゃん!?ねぇ星ちゃん!?」
揺すったり軽く叩いたりするものの起きる気配はない。
「突然どうしたっていうのよ!星!星!!」
「ねぇねぇ一輪!星ちゃん急に倒れちゃったよ!どうして・・・」
「わっかんない・・・。なんで・・・ !! そうだムラサ!姐さん呼んできて!姐さんならもしかしたら何か分かるかもしれない!」
「! うん!分かった!」
「私はその間に星を部屋に運んでおくから!あ、できれば薬箱も持ってきて!」
聖が居る。聖なら何とかしてくれる。その安心感が彼女冷静にさせた。一輪は口早にムラサに指示を出して、己は気合い一発、自分より大きい星を横にしたまま「おいしょォォォ!」と担ぎあげ星の部屋へとゆっくり運び始めた
◇◇◇◇◇◇
同じ頃、命蓮寺の玄関前。腹に余計な肉と油をどっぷりと抱えた男が若い細身の女性の手を包みこむように握りしきりにお礼を述べていた
「いやぁ本当に助かったよ聖さん!」
「いえ。私でよければいつでも、お力になりますよ」
男はこの人間の里から少し外れた、妖精たちが遊び場にするところの近くに蔵を数軒抱える富豪で、今回その蔵の一つに妖怪の襲撃を受けたのとの事で命蓮寺に妖怪退治の依頼を出していた
「しかし、ワシが子供たちや村の発展のことを思って立てた大事な大事な金蔵を壊そうとしていた奴があんな雑魚妖怪だったとは・・・。奴め、しっぽを巻いて山へと逃げ帰っていきましたわ!ダッハッハッハ!!」
「冬も近づきの山にも食べるものが少なくなる時期ですから、お腹をすかせて山から降りてきたのかもしれません。今回追い返した妖怪もあの痩せ具合からしてその一人だと思います」
「ほほう、そんなこともあるもんですなぁ…」
男は顎に手を当て擦りながら聖の話に聞きいる
「それとこれからの対策としては、今回祓った妖怪から遠ざける意味でも別なところに蔵を立て直して、ここには地蔵を一体建立してみてはどうでしょうか?そこのお供え物を欠かさずおけば地蔵の加護で妖怪は一帯に近寄れませんし、万が一近寄れてもお供え物のおいしさに妖怪が蔵に近づくことは無くなるかもしれません」
「ふむ。無駄な出費は痛手ですが、考えておきましょう」
不満そうだけど、背に腹は変えにくい様子の男
「また何かあったらご連絡ください。できる限りご協力させていただきますわ」
「おおお、助かります!でも本当によかったのですかい、あんな安い依頼料で?なんなら私の屋敷の専属でやってくれませんか!?金ならをいくらでもはず「いえ」」
聖は遮るように言葉を重ね、握られていた手をするりと抜き胸の前で合わせ
「お金のためにやっている事ではありません。人と妖怪の為にやっている事ですから」
祈りをささげるようなポーズを取る。
その流れに男は一瞬呆気にとられ、間もなく
「だっはははは!聖さんは面白い事を言うなぁ!」
肩をバシバシ叩きながらの大笑い。
「お気に召してた抱いて光栄です」
「いやぁ本当に貴女は面白いお方だァァ!!だっははははっははは!」
笑い続ける男に聖はいつまでも微笑みを絶やさずにいた。
「それじゃあ!」
数分間の談笑が終わり、ほくほくとした笑顔で去っていく男を聖は見えなくなるまで頭を下げたまま見送る。
そして「ふぅ」っとため息をひとつ
「悪い方じゃないんだけど……ねぇ」
「悪い奴だよ、あの人間は」
「この声は…ぬえ?」
白蓮の様子を木の上から冷ややかな視線を送りながら眺めていたぬえがひらりと舞い降りる。
「ずっとのぞいていたのね?」
「……」
ぬえは答えない。
理由は明白だった。
「どうしたの?」
「今日の聖は、最低だ」
その言葉にはっきりとした怒気を込めて
「あら、どうして突然そんな酷いこと言うの?」
子供の話を聞くようにぬえに聞き返す聖。その諭すような表情が余計にぬえのイライラに火を注いだ
「聖は!聖は……平等な人だ。人間にも妖怪にも差別しない」
「そうね。それが私の」
「でも、私は人間が嫌いだ。ましてや先ほどの男が依頼してきた仕事なんて『家に巣くう悪霊を追い払う』とは名ばかりのただの妖怪イジメじゃないか!」
「…」
聖は口を真一文字に結んで黙って聞く。
「聖がやろうとしている事は私にもわかる。人間に撃たれて落ちた、人間嫌いの私でも貴女の事だけは受け入れることができたわ。でも今のあのクソ親父に対する貴女の対応だけは納得できない!」
「ええ、私としてもあまり気持ちのいいものじゃなかったわ」
「どうして怒らないの!?あの場所は元々あの妖怪が住んでいた場所だったんだよ?」
「そうね、もともとあの子が住んでいた場所にあの男性が家を建てたのが原因だったわ」
襲っていた妖怪はあの蔵付近で元々自由気ままに住み、草木を食べ、遊び暮らしていた妖怪で、その遊び場を突然現れた人間に奪われたから怒って襲っていただけだった。
「だったらなんで!?せめて『立ち退け!』ぐらい言ってくれてもよかったんじゃないの!?」
「…」
頬を伝う涙。
その涙をぬぐおうと伸ばされた聖の手を弾き飛ばし、怒りの勢いに任せたぬえの手はそのまま聖の襟元へと食いかかる
「ねぇ!ねぇ!!聞いてるの聖!!!」
「ぬえ」
「何よっ!?」
デコピン ぱちこんっ!
「!?な、な、なああああああ!?」
突然の出来事に目をぱちくりさせているぬえに二発目ぱちこん「痛っ!」・三発目ぱちこん「ちょと!」・四発目ぱちこん「なんで!?」と聖は畳みかけていく
「ぐぅ・・・・」
すっかり涙目になるぬえ。
聖はそっと抱き締める。
「……」
「どう?落ち着いた?」
「・・・うん。おでこ、痛い」
「フフ、ごめんなさい。でもそうしないと貴女は私の話聞いてくれなかったでしょう?」
「うん。私もごめんなさい」
「うんっ」
抱きしめたまま聖は続ける。
「確かに貴女の言うとおり、あの男の方は理不尽で傲慢で妖怪の事を一個の存在と思わない忌むべき存在だわ」
「ならっ!?」
「なら?」
喋ろうとしたぬえの口を指でふさぎながら
「なら、滅ぼしてもいい?いいえ、それではあの男と何も変わらないただの外道よ」
「・・・でも、私は悔しいよ」
「そうね。私ができた事なんてあの妖怪を山に逃がしてあげるくらいだわ」
男の前では「追い返した」とは言ったものの、実は蔵に体当たりを続けてすっかり弱り切った妖怪の治療をし、食料を渡し、山の奥まで送り届けていた
男には技を派手に見せて煙幕を起し、あたかも激しい戦闘を行ったように見せかけたのである
男は見事その光景に騙され歓喜した。始終を傍からずっと見ていたぬえにとっては酷く滑稽で、それでいて腹立たしいものに映ったのかもしれない
「だけど人間からすれば己が建てた蔵を突然現れた妖怪が襲撃しているようにしか見えないのも事実よね」
「・・・うん」
「それにあの子たち妖怪はとても長生きするわ。それこそあの人間の何倍も何十倍もね」
「それが私たちだもん」
「だから、少しだけ人間に貸してあげてほしいの。あの人間が別の蔵をほんの数年ほどね。別の蔵が建ったら、あの蔵を壊してまた妖精や妖怪たちの遊び場にすればいいじゃない」
「でもその間に引っ越す気がなくなったら?家が栄えたら?そこに村が出来たら?大きな町ができたら?」
「村ができないように町ができないように、そして必ず引っ越すようにお願いするわ」
「どうやって?力づくで?それなら私たちと一緒だわ」
ぬえは問い詰める。
冷静になってもこの部分は譲れない
そんなぬえの心持ちを知ってか知らずか、聖は
「説得するの。言葉でね」
とだけ。
「説得ぅ?」
もちろん不満顔のぬえ
「ええ、説得。人が大きく、町が大きくなるまでにはたくさんの時間や人がいるわ。その間たくさんの時間をかけてたくさんの人を説得すればいいじゃない」
「でも、あの人間みたいに言っても興味を持たなかったら?通じない様な奴だったら?聖を封印した人間みたいに」
聖は少しだけ息をのみ、そして続ける
「言葉で言っても聞かないようなら浸透させていけばいい、少しずつ本人に感じさせていけばいい。とても時間がかかる事だけど今の私にはそれだけの時間があるもの」
「無駄になるかもしれないよ」
「無駄になんかならないわ」
「絶対無駄よ!」
いまだに「ぶぅ・・・」と納得のいかない御様子のぬえを間近に見ながら聖は
「だって、あなたと私は通じあえたじゃない」
対してぬえさんは「・・・・バカじゃないの?」と、あきれ顔。
「あら、ずいぶん酷い事言うわね」
「バカにバカということは酷い事じゃないわ。むしろ忠告なんだから感謝してもらいたいくらいだわね」
「ではありがたく受け取らせてもらうわ」
ほほほとしとやかに笑う聖。その笑い方が余計ぬえの羞恥心を刺激して顔を真っ赤にさせる。
「バカを相手にするのがバカバカしくて疲れたからもう帰るわ」
聖に背を向け急いで飛び立とうとするぬえ。
「あら、今日は泊らないの?」
「鼠の病気が伝染すると嫌だから泊らないわ」
「ああ、そうそう。うちの鼠がお買い物からなかなか帰らないの、今日はムラサ達が料理を豪勢にするってはりきっていたから早く帰る様に伝えて頂戴」
「豪勢っていってもまたカレーじゃないの?」
「今日は一輪と星がサポートしているから大丈夫よ、ぬえも食べていく?」
「いらない!」
一点の光が跳ね上がり、空の彼方へとついーっと一気に飛んでいく。
聖がその光が消えるまでいつまでもいつまでも追いかけていたところにムラサが飛び込んできた
「聖さま!あのね!星ちゃんが・・・星ちゃんが死にそうなの!!」
◇◇◇◇◇◇
「一輪」
「ああ、姐さん」
「ムラサから大体の事は聞いたわ。状況はどう?」
星の部屋に駆け付けたころにはすでに一輪が運び終えていた。
「ここに運んできてからも何度か呼びかけてはみたんですけど全然起きる気配がないんです」
星は布団の中で小さく寝息を立てていた。
「星?星?大丈夫?」
「・・・・・・・・・・」
反応は無い
「星!!!起きなさい!!星!!」
うんともすんとも、微動だにすらしない
「全然起きないわね」
「いろいろ試してみたんですけど、全然。瞼動かす気配すらないんですよ」
一輪に聞いたところによると、呼んでも叩いても蹴っても周りで騒いでも泣き叫んでも一切起きなかったそうだ
「結構手荒にやってるのね・・・」
「いや、さすがにこんだけやれば起きるんじゃないかなぁ、なんて。顔をしかめたりはするんですけどねぇ」
タハハハと笑う一輪
「そんなに乱暴だから一輪は雲山に逃げられたんだよ」
「ウグッ!」
心に突き刺さる矢が一本
「ムラサ、そういうデリケートな問題は言ってはいけないのよ、そっと胸に秘めておきなさい」
「ウググッ!!」
二本
「でもホントのことだよ」
「本当の事だからこそよ」
「あ、あのお二人さん、何もそこまで言わなくても・・・」
「「だって本当の事じゃない!」」
「フグッ!!」
三本・四本・乱れうち
一輪さんはちからつきた
悶死した一輪を放っていて二人は話を進める。
「ムラサ。ここに来るときにも貴女に聞いたけど、星は本当に料理途中に倒れたのね?」
「そうです!私がピューラー頼んだ時にも栓抜き渡してきたからドジだなぁって話をみんなでしてて、そのあとちょっとボーっとしてたかなぁっと思ったらそのままばたーん!って」
「その間星は味見とかはしてなかったかしら?」
「いえ、全然何も食べてないです!味見は一輪がずっとやってました!私もしたかったんですけど、私が味見するとカレーの味しかしなくなるって。一輪ってば酷いんですよ!」
「その時何か変わった事は無かったかしら?」
「無いです。あ、でも星ちゃんクシャミしてました!だから私たちも風邪かなと思ったんですけど・・・」
「けれどおでこに手を当てても熱はないし、せき込むわけでもない。だから困ってしまったのね」
「そうなんです。それに薬箱も見当たらなくて・・・」
「薬箱も?」
「一輪に言われてから探したんですけど見るからなくて……、聖様も星ちゃんも一輪もナズーリンも私もみんなみんな怪我しないからどこにあるか分からなくて・・・・・。もう私、訳、分かんなくなっちゃって・・・」
今にも泣きそうな顔になるムラサは縋る様に聖を眺める。
聖は深刻そうな顔で星を眺めていた。
「ねぇ、聖様!星ちゃんは、星ちゃんは死んじゃうの!?」
「落ち着きなさいムラサ」
「でも・・・」
「今あなたが慌てても落ち込んでも何も事態は改善しないわ」
「はい・・・」
シュンとするムラサ。自分の大切な仲間の一人だから、大好きな聖様の大好きな人だから少しでも力になりたい、助けてあげたい。けれど力になれない自分が悔しい。
そんな思いを込めたため息がひとつ
「はぁ・・・」
と、ポロリこぼれる。
「・・・ごめんね、ムラサ」
「はい?」
自戒の念に襲われていたムラサは突然聞こえた声に顔を上げる。そこには少し切なそうに微笑む聖が居て
「本当は貴女にも何か協力してもらいたいけれど、私もこんなコト初めてだったから焦ってしまって・・・今あなたたちを安心させてあげる事が出来ないの。頼りない私でごめんね」
それ見ているだけでムラサは胸がいっぱいになった
「そ、そんな事無いです聖様!!」
すくっと立ち上がる。
「聖様が居てくれなかったら、今も台所で倒れてる星ちゃん目の前にして私も一輪もアタフタしっぱなしだったと思います!」
「あら、私は何もしてないわ。私が来た時にはもう聖はベットに居たし、あなたたちのおかげよ?」
「いいえ」
ムラサは首を振る
「聖様が居てくれるだけで私たちは安心できるんです。だから行動できるんです。聖さまはこの船にいるみんなの羅針盤なんです!」
「羅針盤?」
「そうです!羅針盤です!聖様という正確でおっきくて眩しい羅針盤があるから私たちは見失わずに航海ができるんです!」
「そんな、買いかぶりすぎだわ」
少し困った表情をする聖。ムラサはもう一度首を振る
「買いかぶりすぎなんかじゃないですよ」
「私も一輪もここにいるみんな聖様から返しても返しきれないくらいの恩をもらっているんです!だから少しでも聖様の力になって恩返しがしたいだけなんです。聖様の為になりたいんです!」
ニコニコと話すムラサ。
その純粋でまっすぐな笑顔を見ていたら、自分の中にあった漠然としない不安が解消されたような気がした
「そうね、私が指示を出さなければあなたたちも安心して動けないものねっ」
「はい!だから、いつでも指示を出してください!私たちはその通りに動きますから!ホラッ!起きて一輪」
「最初から起きてるわよ!」
ペシペシと頭をを叩いてくるムラサをガオッっと一蹴し、聖の方へ向き直って
「姐さん。私たちはいつでも貴女のために動いていたいんです。私たちはいつでも貴女の指示を待ってますから」
「それはもう私が言ったよ」
「うるさいな!私も同じ気持ちだってことよ!」
「じゃあ起きてしゃべればよかったじゃん」
「先にあんたが全部喋っちゃったんじゃない!なんとなく恥ずかしくて起きるに起きれなかったのよ」
「寝ている一輪が悪いんだよ」
「だぁかぁらぁ!寝ていたわけじゃななくてねぇ!」
ギャアギャアと止まらなくなりそうな二人に向けて、聖は大きめの咳払いを ゴホン
「「!!」」
さてと、二人に視線がこっちに向いたところで
「一輪、ムラサ。あなたたちにお願いがあるの」
「「はい!」」
寸分の狂いなく声を合わせて返事をする二人
「まずは一輪。貴女は永遠亭に行ってきて頂戴」
「永遠亭、ですか?」
名前には聞いていたが、その場所も詳細も一輪は知らなかった。
「そう。そこに腕利きの名医が居るそうよ。貴女にはその方を呼んできてほしいの」
「分かりました。ただ・・・」
「大丈夫よ。今、寺子屋の方に永遠亭の薬を売る妖怪が来てるみたいだから、その妖怪に連れて行って貰うといいわ」
「あ、は、はい!!」
言おうとしていた事をすっかり見通されて赤くなった頬をパタパタと覚ましながら、一輪は足早に部屋を出ていく
「あ、あのぉ」
置いてけぼりをくらったムラサが頼み込むような目で見つめてきた
「わ、私は!?私にはなにか!?」
「おせらなくても大丈夫よ、貴女にはナズーリンを探してきてほしいの」
「ナズーリン?えーっと、星ちゃんを元気づけてもらって起こすためですか?」
「フフそうじゃないの。お寺を立てた時からここ最近まで忙しかったこともあったせいでずっとナズーリンにばかり家事を任せてしまったわ。おかげで常備薬がどこにあるかも分からないもの、ムラサは知ってる?」
「いえ、全然分かんないです・・・」
「だからナズーリンを呼んできてほしいの。あの子なら薬の有る場所もわかるだろうし、もしかしたら星が起きない理由もわかるかもしれないわ。もう、あの子今日に限って遅いんだからっ」
「! わっかりました!すぐ行ってきます!!」
天井にぶつかりそうになるくらいに飛びあがって、そのまま襖を壊すくらいの勢いで飛び出していく
「あ、ナズーリンには香霖堂にお買い物を頼んでいたはずだから、魔法の森の方に歩いて行くといいわよぉ・・・・」
叫ぶように伝えたけど、すでにムラサの方からの返事はない。
「大丈夫・・・かしら」
多分ダメだろうから迷子になったら、ナズーリンに探してもらおう。その確信だけはしっかり持った聖だった。
◇◇◇◇◇◇
二人が出て行ってから三十分ほどの時間が過ぎた。あれから何度か起こすように試みてみたがどれも徒労に終わり、雲山仕込みの往復ビンタでもその気配すら見せなかった。
「はぁ・・・」
ため息が零れる。星に呼びかけつつ合間に何度か薬箱を探してみたけれど、部屋から見つかったのはファンシーな鼠人形グッズと聖が居ない間につけていたであろう膨大な日誌ぐらいだった。
相まって、不安は加速度的に増していく。
「はぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
騒霊並みに元気な二人が居ないと命蓮寺はとても静かで寺院らしい。でも、静かすぎるせいか寂しさからか自然とため息ばっかり増えてしまう。
こんなんじゃダメだと顔をパシパシと叩いて気合いを入れなおそうとしてみるけれど、どこか力が入らなかった。
「星?」
聖は星の、おでこから頭にかけてを軽く撫で、頬に手を当てる。
顔色はほんのり赤く熱っぽいが苦しそうな声や表情をしているわけでもなく、一輪の報告にも聞いていたように高熱があったり体を崩しているようには聖にも見えなかった。
だけど起きないのも事実な訳で。自分の判断の及びつかない、もしもの事があったら・・・。
聖はいろいろな可能性を考えて思案する。頭の中は安心のできる単純な可能性から不安まみれの難解な可能性までぐるぐると渦巻いていく。
「星、いつまで寝ているの?もう朝よ?」
起きる気配は相変わらず、ない。
「はぁぁ・・・」
もう一度大きくため息。
分かってはいる。
こんな簡単なことでは起きないのだろうとと予想していた。けど・・・・・・。
気がつけば頬に流れゆく涙がひとひらふたひら。
悔しさからか寂しさからか、思わずこぼれてしまっていた。
零れた涙は星の額へとぽとり、落ちる。
落ちた涙は額を伝わり、布団へとしみ込んでいく。
しみ込んだ雫は布団を薄く広く濡らしていく。
童話ならこれで起きるかもしれない
けれど、星には変わらず。起きる気配は見られなかった。
ふとよぎる、弟の顔 そしてムラサの言葉
「聖様の為になりたいんです!」
聖は大きく、今まで吐いたよりも大きく息を吐き、そして吐いた息を大きく、今まで吸った息よりも大きく大きく吸い込む。
「情けないわね」
両手に渾身の力を込めて顔をバシッバシッ!と何度も強く叩き、気合いを入れなおす。
落ち込んで仕方ない、嘆いても騒いでいても身がない意味がない。さっき自分が言ったばっかりじゃないか。
落ち込んでる暇があったらやるべきことをやろう。諦めたら駄目だ。
そうすれば自ずと結果は快方に向かうはずだから。
「星、ごめんね。ちょっと臆病な考え方をしていたわ」
眠り続ける毘沙門天の弟子に語りかける。
この子はもともと私が私の理由で毘沙門天の代わりをしてくれていた妖怪。口応えも不行もせず、私に毘沙門天にと粉骨砕身仕えてくれてきた。
そして私が居なくなった後も、腐らず飽かさず、常に寺を毘沙門天の弟子として守り続けてくれてきた。
この想いに応えるは今だ。
「よしっ!」
両の足に力と気合いをこめて、勢いよく立ちあがる。
気がつけばさっき流れていた涙も止まっていた
「さぁてと!探すわよぉォォォォ!!」
気合一新、聖は医者が来るまでのせめてもの応急処置のために薬箱を探し始めることにした。
とりあえず手近にあった星の机をごそごそしてみる。けれど、整頓された机には薬箱の入る隙間すらなかった
「ホント、薬箱はどこにあるのかしら」
「台所の天井の、入口から右に三番目の板の裏にあるぞ聖」
「あら、御丁寧にありがとう・・・・・って!」
振り返ればそこにはとても見なれた鼠が一匹。自分より大きな荷物抱えていた
「な、ナズーリン!?貴女いつ戻ってきてたの!!?」
「さっきだね。急いで帰った方がいいって言われたけど、重い荷物も放り投げずに急いで帰ってきたよ」
「ああ、それは御苦労様。でもよくムラサと合流できたわね。あの子、あなたが居る場所も知らないで飛び出して行ったのに」
「ムラサ?いや、合流していないけど?」
「あら?じゃあどうして・・・」
「正体不明の光の球が目の前でびゅんびゅん飛んでて喧しかったからね」
ナズが首で合図して二人は窓の方を見る。外では小さな光が赤く強く光って跳ね上がり、そのまま魔法の森の方へと飛んでいく。
「あの子ったら・・・」
「んで」
肩に背負った荷物をズシィッ!と下ろしちらりと星を見る
「なんでうちの御主人は晩の御飯の支度もせずにここで寝てるんだい?」
自分の主人の頬をロッドで乱暴にゴンゴン突く。そのたびに痛そうに、星は煩わしそうに顔をゆがめた
「ムラサのお手伝いしてくれてる最中に倒れたみたいなの」
「ほほう、何か変なものでもつまみ食いでもしたのか、それとも壁に頭でもぶつけたか・・・」
ゴンゴンゴンゴン
いつの間にかロッドを口元から頭の方へシフトし力を緩めず小突き続ける。
さすがにちょっと心配になってきた
「ねぇ、ナズーリン。病人にそれはまずいんじゃないかしら」
「病人?ムラサか一輪か、あるいは参拝客の人間でもいるのかい?」
手を止めてキョトンとするナズ。
その様子にふざけてる様子もだますそぶりも見られない
「星が居るじゃない」
「家の御主人がかい?それはないよ。この人は虎だから体力も精神力も並はずれて持ってる。そうそう病気になんかならないよ」
アッハハと気軽に笑うナズ。
その様子に今度は聖がキョトンとなってしまう。
「で、でも星はずっと寝たまま起きないのよ!?まだ何の病気か分からないけど、もしかしたら大変な病気かもしれないわ!」
「これはただ寝てるだけさ」
「ね、寝てるだけ?」
まるでキツネにつつまれたような顔になる聖をよそにナズはおもむろに星の首元に迫る。
そして一言
「御主人。宝塔見つけてきましたよ」
間もなく
目を大きくカッと見開き
「きゃっ!」
聖の小さな悲鳴もかき消されるほどの大きな声で
「ど、どどどどどどどどど!どこにありました!!?」
飛び起きる星
ナズーリンはため息をひとつ吐いて
「また半妖の道具屋に高く吹っかけられましたよ」
子鼠が入っているカゴをゴソゴソと弄り、中から宝塔を取り出す
「ああああ、またあの方のところですかぁ。でもよかったぁぁ。これでまた信仰が集める事ができます」
「忘れ物や失くし物してばっかの情けない御主人に信仰なんてあるんですかね」
「有ります。きっと、たぶん、少しは」
「まぁ、飛宝のひとかけら分ぐらいはあるかも知れませんね」
「相変わらず口が酷いですね・・・」
ヨヨヨと泣き伏せ袖で涙をぬぐおうとした星は自分の手元の違和感に気付く。
「あれ?いつの間に私寝巻に着替えてるんでしょう・・・あ、あれ?なんで聖がここにいるんですか?」
違和感だらけの事態に思わずあたりをきょろきょろ見渡してみる。
さっきまで自分が料理をしていたはずのキッチンは一転、質素で簡素な自分の部屋へと様変わりしていた。
「あ、あれ?ここは私の部屋・・・ナズーリン、これは一体?あ!・・・もしかして私また」
「さぁてね、私にもわからないですよ。ただ聖からのお説教をたーっぷり受けた方がいい事は確か、じゃないですかね?」
ナズーリンはワナワナと震えている聖の方へ、状況を理解できずにガタガタとおびえている星を楽しそうに促す。
「あ、あのですね聖・・・」
「星!!」
「はっ!はひっ!」
ぎゅっっっ!
「!!?」
目から流れる大粒の涙も気にせず、
「よかったっ。本当によかった・・・」
力いっぱい抱きしめた。
「え?ちょ?これはどういう事ですか?」
助けを求めてナズーリンにすがるような目をする星
「さぁてね」
「冷たいこと言わずに教えてくれませんか」
「まぁ、せいぜいそのまま抱きしめられて反省するといいね。聖の加護で少しはそのトボケた御主人の失くし癖も薄まるといいんだがね」
「そ、そんな・・・・」
言い終えるとまだまだ質問したそうな星をナズーリンは残して部屋を出ていく。
部屋からはいつまでも聖の泣く声が木霊していた
◇◇◇◇◇◇
「「寝てただけぇぇ?」」
「ううう、ごめんなさい・・・」
星が起き上がってから一、二時間たったの食堂。星の体調がかなり回復してきた(聖が落ち着いた)こともあって、命蓮寺の住人は一堂を会していた。
「で、でも星ちゃん突然倒れてたんだよ?」
と椅子から跳ね上がりながら発言するのは傷だらけのムラサさん。
ナズーリンを当てもなく探した結果、暴走船のように太陽の畑に突っ込み、四季のフラワーマスターに退治されかかったらしい。
「ああ、御主人は昔から人間の信頼を得るために多忙だったもんだからね。睡眠までを削り続けた結果どこででも突然寝れる癖が付いちゃったみたいなんだよ」
「そ、そんなのってありなの?」
「まぁ事実だから仕方ないんじゃないかな」
「じゃ、じゃあどんな手段を使っても起きなかったのはなんで?それもその睡眠時間を削った影響なの?」
と食いつくように質問するのはこちらも傷だらけの一輪さん。薬売りのウ詐欺に永遠亭の場所を「薬を買わずに」聞いたところ、しっかり騙され気が付いたら紅魔館の地下室に居たらしい。聞くだけで痛そうな話だ
「多分そうだろうね。ご主人がいったん睡眠状態に入ると、どこぞのアバレ巫女が来ても起きないそうなんだ。なぜか私が宝塔の話をすると起きるみたいなんだが」
「体質みたいなものですね」
「いや、体質って星ちゃん。いくらなんでも起きないにも限度がありそうな・・・」
「一輪。気持ちはわからないでもないけど堪えてくれ。これがうちの御主人が人間界で生き抜くために、絶えず信仰を得るために奔走しつづけて身についてしまった病気みたいなものなんだ」
と言い終えると、ナズーリンは深々と頭を下げて
「迷惑かけた事を許してくれというのは図々しいと分かっているけど、申し訳なかった。許してほしい」
「ナズーリン、頭をあげてください。貴女が下げることでは有りません。これはすべて私の自己管理が行き届いていない結果です。二人ともごめんなさい。罰ならば何でも受けます」
「いや、あなたの失敗はすべて貴方の従者である私の責任でもあるんだ。それに私が払うべき注意を払わなかった責務もある」
「それでも・・・」
「いや、だから―――」
「でも、それは―――」
お互いを責めてやまない二人。
そんな二人を見かねて白蓮が水を入れる。
「ねぇ、二人とも」
「「はい」」
声が合う師弟コンビ。
「私たちは別にあなたたちのどちらが犯人で有ることを証明したいわけでも、誰かを罪に貶めたいわけでもないわ。そうよね、一輪。ムラサ。」
「・・・・ええ、まぁ」
モゴモゴと、顔の傷だらけ二人組。
「そ・う・よ・ね♪」
「「は!はい!!!!!」」
「あら、二人ともこんなに素直に了承してくれて素直ないい子だわぁ」
聖の恐ろしさを改めて確認しつつ、ナズーリンは咳払いをこほんと一つして
「…二人ともあんまり了承していないみたいだけど、聖が言うならまぁ大丈夫だろうね。だからそんなに落ち込まないでくれ御主人」
しょぼくれた顔の主人の肩をポンポンと叩く
「本当にごめんなさい」
「それより聞かせてほしい事があるの」
「あ、はい」
再度頭を深々と下げる星の顔が上がるのを待たずに聖は問いかける
「どうして、突然眠り続けるほど疲れていたのかしら?」
星は一瞬黙りこんだ後、ちらりと時計を見る。
時計の針は長針も短針も8のあたりを指していた
「その時刻までにはちょっと早いんですが、皆さんに渡したいものがあります」
「渡したいもの?」
ムラサは問う
「はい、少しだけ皆さん待っていていただけますか?あ、・・・ナズーリン!」
「はいよ、なんだい御主人」
「手伝ってもらっていいですか?」
「やれやれ、まったく鼠使いが荒い御主人だね」
「そう言わずにもう少しだけ手伝ってください」
「まぁ仕方ないね、何を持ってくればいいんだい?」
「有難う。では、貴女が担いできた包みを開けてもらえますか?私はアレを取ってこないといけないので・・・」
「了解した」
「お願いしますね」
両手を開き「やれやれ・・・」と呟きながらナズーリンはさっき持っていた大荷物をどっしとテーブルの上に乗せて、その包みをふわりと開く。
中からは
「ああー!!錨だ!」
とムラサが掴み
「水晶の付いた鉄輪とこれは・・・カミソリね、たぶん親父用の」
と一輪が手に取り
「そして、この小さな籠が私のだ」
とナズーリンが抱える
各々が各々に見合ったものを取っていく中で聖は一人、腕を抱えていた
それは自分のものだけ袋の中に入っていなかったのが原因ではなく
「これは・・・プレゼント?」
「ええ」
星は静かにうなずく
「本当は12時過ぎてから渡す予定だったのですが、気持ちがはやってしまって・・・。申し訳ありません」
「いえ、違うわ。そうじゃないの」
「? どういうことでしょう?」
「どうして突然私たちにこんなプレゼントを?」
日めくりを見てみても、別段今日がおめでたい日や特別な日には白蓮には思えなかった。
それに白蓮から渡すことは星からプレゼントをもらう事なんて何も・・・
「明日は―――お祝いなんです」
「お祝い?春には遠いから花祭りでもないし、・・・誰かの誕生日だったかしら?」
「明日は」
日めくりの今日の日づけにを×を加えて、明日の日付に赤いペンで花丸をつけて
「ムラサと一輪が地の底から出てきて、聖を連れてここに帰ってきてくれた日からちょうど100日目のお祝いなんです」
今日は三人がここへ帰ってきてからから99日目 100日目まであと一日だった
「そうだったの・・・」
「今まで黙ってて申しわかけありません」
「まじめで我儘の言わない貴女がケーキが食べたいと言っていたのも、ナズーリンに香霖堂へ買い物行かせたのもこの為だったのね」
「突然思いついたものだったので・・・、皆さんにも手伝いさせてしまいました」
ほんのり切なそうな、申し訳なさそうな表情を顔に浮かべる星。
そんな星の気持ちを察してか
「気にしないでよ星ちゃん!」
「わっ、とっ!」
ムラサが背中に飛びかかる。
「こんなに素敵なプレゼントきてくれたんだもん!ほんとにあっりがとぉ!!」
「ムラサ・・・。ごめんなさい。本当は手作りにしたかったのですが時間が無かったのもあって購入品になってしまいました」
ふたたび申し訳なさそうな顔を見せるものの、すかさず一輪が肩を叩く。
「謝る事じゃないさ星」
「一輪・・・」
「さっきはひどいこと言って置きながらこんなこと言うのも現金な話だけど、ありがとう。とても嬉しいよ」
「いえ、私こそ喜んでもらえてうれしいです」
星はにっこりと微笑み、それを眺める一輪も何となくうれしい気持ちになった。
「それで」
「私の分は香霖堂から買ってきてくれなかったのかしら?」
そういえば自分のがなかった事を改めて思い出し、わざとらしくジト目で構える白蓮
「あ、聖には私から直接手渡したかったんです。申し訳ないのですが、ちょっと私の部屋まで来てもらえますか?」
「え!?ええ、構わないけど・・・」
さりげなく天然スルーをされてやり場に困ったジト目を泳がせながら白蓮は星の後について部屋へと向かった
二人が出て行った部屋では
「・・・さってっと、ムラサ!」
「んー?私いま錨で遊ぶので忙しんだけど」
ムラサが錨に乗りながら体をシーソーのように前にゆら― 後ろにゆら― とさせて遊んでいた
「バカなことやってないで料理仕上げるの手伝いなさいよ」
「えー!せっかく貰った錨で遊んでるのにー」
「我儘言うな― あんただって姐さんが戻ってきた時に一緒にご飯食べてお祝いしたいでしょ」
「違うよ」
「え?」
「聖様だけじゃないよ。星ちゃん一緒にご飯食べたい」
澄んだ瞳でムラサは言う
「・・・はぁ、それが分かってるならさっさと手伝ないさい!」
コチン
「いった・・・くないけど、なにも叩くことないじゃなーい!」
「あんたがサッサとしないからよ、先に行くわね」
「あ!ちょっと待ってよ!私にも叩かせろー!」
先に入った一輪を追いかけてトタタタタと駆け込むムラサ
一人居間残されたナズーリンは
「やれやれ・・・」
空気を呼んで騒がしい二人を手伝うことにした
◇◇◇◇◇◇
パタン
この部屋に今日何度入っただろうか。
帰還してから、目が回るほど忙しい事もあって居間以外で誰かと顔を合わせる事のなかった聖もこの部屋の景色はすっかり見慣れてしまっていた。
もちろん、この部屋に何が置いてあるのかも
「ご足労かけてすいません」
「もうっ、そんなこと気にしなくてもいいのよ」
「でも今日は聖にお世話になりっぱなしですから」
「私としてはあなたの意外な一面が見れて嬉しかったわ」
「うう、相変わらず聖は手厳しいです・・・」
「あら?怒って言っているんじゃないのよ?」
「そうですか?」
「ええ、それ相応のプレゼントを期待してるわ」
「あまり期待に答えれるかどうかわかりませんけど・・・」
おもむろにベットへ向かっていく星。
そこで聖は思い出したようにポンと手をたたく
「私、ひとつあなたに謝らなければいけない事があるの」
「? なんですか?」
「貴方が倒れた時に薬箱を探したんだけどどこにも見当たらなかったのよ」
「ああ!ナズーリンが、私が躓いて失くさない為に隠していてくれたものですね。それなら―――」
「あ、もう薬箱は見つけたのよ。で、その探す過程で寝ている貴方の部屋も家捜しさせてもらったのよ」
「その事ですか?」
「ごめんなさい」
「良いんですよ、聖は私を助けようとしてくれたんですから」
星はふふふと笑う
「ただ、あなたの部屋を探している時に何かモノを入れるような箱はどこにも見当たらなかったの。ほんとよ」
白蓮は肩をすくめた
元々星の部屋には物はあまりない。欲しなくても集めてしまう能力で拾ってきてしまうたびに処分や施しで渡していたせいか、いつの間にかモノ自体を余りももたなくってしまった。これも長い生活で星に身に付いた性格なのかもしれない
「ちゃんとこの部屋の中に置いてありますよー」
「星の事だから、また失くしちゃったんじゃない?」
「こんなに大事なもの、絶対に失くしませんよっ。それに・・・」
「それに?」
星はおもむろに布団から枕を引き抜き縦にする。
「ずっと枕の中で大事に保管してたんですから。毎晩寝る前にちゃんと確認しましたし失くすわけがありませんよ!」
星の枕は、筒状の竹枕に柔らかいの布とふかふかの綿を少し乗せた形になっており、縦になった空洞からは何重にも竹の葉を重ねて作られたプレゼントがごろんと布団へ転がり落ちる。
「あら、可愛らしい包装ねっ」
「数百年の間に暇を見つけて作っていたんです。聖が居ない間に少しでも信仰の足しになればいいなと」
「ふふ、あなたも十分手厳しいじゃない」
「ええ、恩人様の仕込みが十分行き届いてますから」
「ふふふっ。ねぇ、開けてもいいかしら?」
「はい!」
竹の葉で作った包み紙から出てきたのは七色の毛糸で編み込まれたマフラーだった
「実は有るものに似せてみたのですが・・・」
「フフ、もちろんわかるわ。この――――巻物ね!」
舞い上げられた巻物は虹色の色彩を放ち宙に浮かぶ。
頭上にふんわりと浮かぶその姿は色彩鮮やかな星の手編みマフラーをそのまま宙に浮かせている様だった
「ああ、よかったぁ。これで一安心です」
「ありがとう星。体朽ちるまで大切にするわ!」
「その前にマフラーが朽ちてしまうかも知れませんよ」
苦く笑う星を満面の笑みの聖が笑い飛ばす
「大丈夫よ、私が使うんだもの。私と同じでより丈夫で長生きになっていくわ」
「ふふ、かもしれませんね」
「でも・・・どうして?」
不意に切なそうな顔を見せる聖
「マフラーなのはこれから冬が近づくから――」
「ちがうちがう!そうじゃないの!」
「あっ、もしかして解れてました!?あ、いや、ほんとはもっと早く縫い終わるはずだったんですけど、何度も失敗するうちに時間無くなっちゃって・・・昨日の夜中にぎりぎり完成したからちゃんと確認してなくて・・・・・ホントごめんなさい!」
「いいえ!こんな嬉しい日に悪いことなんて何もないわ!違うの!そういうことじゃないのよ・・・」
気がつけばまくしたてるような口調になっていたが、もうそんな事を構う余裕もなかった。
「どうして?どうして貴女は私にこんなにやさしくしてくれるの?」
聖からしてみれば、自分の我儘の一番の被害者は星であり、どうしてここまで自分に尽くしてくれるのかがわからなかった。
いや本当はある程度答えを知っていた。その考え方は傲慢すぎて確信が持てずにいた。自信を持って言い切ることができなかった。
だからこそ聞きたかった。その言葉を。
聖の言葉を聞いて少しだけ悩む素振りを見せて、そして確信を持って
「――――だって、あなたの」
「あなたの笑顔が見たいから―――」
満面の笑みで星は言った。
(ああ、そうか。この子もそうなんだ)
「最近聖の表情が曇りがちで気になっていたのです。だから少しでも笑顔の足しになれば、星の顔に笑顔が戻ってくれればと思って・・・聖?」
星が気がつくころには、白蓮はさっきさんざん泣いて枯れたはずの涙でまたくしゃくしゃになっていた
「私は・・・・本当に果報者ね」
「私は今まで自分のしたいように生きて自分のしたい事をしてきたわ。結果的に貴方達を救う事があったとしても、あくまで私がしたい事をしただけ。それなのに貴方達は私をこんないも慕ってくれる。愛してくれる」
「こんなに幸せで贅沢なことはないわ」
白蓮は笑顔で泣き続ける。
感謝と感激と、反省と自戒と。感情は魔天楼のように上り詰め、いつしかあふれ出てしまった涙なのだろう。
そんな白蓮にそっと星はハンカチを差し出す。
「ええ。確かに、貴方は我儘な人です」
ハンカチを渡して宙ぶらりんになった手をそっと白蓮の頭の上に乗せ、しゃくしゃくとやさしく撫でる。
「虎としておそれられてた私を無理やり毘沙門天様の前に連れ出しただけではなく、無理やり弟子にさせて挙句にお寺に私を置き去りしました」
「・・・御免なさい」
「いいえ、責めているのではないんです。むしろあなたは私にチャンスをくれました」
「チャンス?」
「私にも恩返しをできるチャンスです」
星は思い出すように語り始める
「私には勇気が足りなくて封印あなたを迎えに行く決心がつきませんでした」
「地上であなたを待ち続けて、人々の善意を集めればいつか会える。そう思いながら過ごしていました」
「そうすればいつか白蓮が帰ってくる。山の中で、他の動物たちの畏れだけを受けていたころの私を救ってくれたようにまた笑顔で帰ってきてくれる。そう信じて待ってることにしたんです」
「でもそれは間違いでした」
「一輪とムラサが地底から出てきて白蓮を助け出す話をしたときに私は自分がしなければならないのか、その事にやっと気づいたんです」
「もう後悔はしたくない。だから二人に手段を教え協力しあなたを救いだすことを決めたんです。あの日、差しのべられたあの手の恩返しをするために」
その言葉を白蓮は黙って聴き続け、星はやさしく撫で続けた。二人だけの時間が流れる。
「ねぇ、星」
「なんですか聖?」
「有難う」
「はい。こちらこそ有難うございます」
星はにっこりと笑って答え、聖はその笑みに満面の笑みを返した。
◇◇◇◇◇◇
星の部屋を二人で出ると、厨房の方からはバタバタぎゃーぎゃーとあわただしい声や音が溢れ出していた。
この騒がしさなら中断していた料理の準備もすぐに終わりそうだ。
―――ふと、まだ元気なさそうな聖の顔を星が見つける。心に落ち込みや淀みはもうない。たぶんその残り滓が、彼女の顔を少しだけ曇らせているのだろう。
そんな不安を星は察するように
「私もナズーリンも一輪もムラサも、もちろんぬえも。みんなみんなあなたの笑顔が見たいから、あなたの笑顔のために働きたいからここに居るんです。だから・・・笑ってください」
「――――そうね。いつまでも曇った顔をしていては誰もうれしくないし、ご飯もおいしくないわ」
「そうです。一緒に笑ってご飯食べましょうっ」
星と微笑み合う白蓮の瞳にはもう一点の曇りもなかった。
(カチッ ゴ―ンゴーン)
九時を知らせる柱時計が鳴る頃に食堂に戻った二人に、ムラサと一輪とナズーリンによって運ばれた料理のおいしそうな匂いが腹の鳩時計を叫ばせる。
プレゼントを抱え、食卓に座り、手を合わせて、ついでに外で恨めしそうに眺めている不明な妖怪もつれこんで
さぁ一緒にご飯を食べよう!
・オリジナルキャラクターが数人出て本編にかかわります
・駄文です
・ムラサが子供っぽい等、作者独自の解釈による設定が存在します
以上の事が苦手な方は申し訳ありません
「おにいちゃんまってよー!」
「へへーん!お前がのろまなのが悪いんだよー!」
「もう足が痛くてあるけないよぅ」
「早く歩かないとお寺の妖怪におこられちゃうぞ」
「やだぁ!」
「なんだよ、立てるじゃんか!さっさと行くぞ!」
「まってー!」
境内で遊ぶ子供たちのにぎやかな声が響く、ここは命蓮寺。
その住人達の力の源を生み出す台所では星とムラサと一輪が仲良く料理に精を出していた。
今日の献立は
・ローストしたチキン
・山盛りのサラダ
そして
「ムラサ、ホイップ終りましたか?」
「まだー、急ぐよ!」
「お願いしますー!」
・イチゴのケーキ
である。
そのうち、ケーキの仕上げを担当していた星がにわかに大きく息を吸い込むと
「・・・くちん!」
「んっ、星ちゃん風邪?」
混ぜていたホイップクリームの手を止めてムラサは心配そうに星の顔を覗きこむ。顔色は悪くない
「ほら(ゴソッ)ちり紙」
「ああ、一輪。有難うございます。・・・くちん!くちん!」
(チーン)
「大丈夫?最近星、毎晩夜更かししてるじゃない。昨日も机に伏したまま寝てたみたいだし」
きゅうりを刻んでいた手を止めて、星の額に当てる。
「熱は・・・ないみたいね」
「も、もしかしたら誰かが噂してるのかもしれません」
「お寺のところの毘沙門天ちゃんはドジ神様だなぁとか?」
ムラサはケタケタ笑う
「絶対に言われてませんよ!」
「どうかなぁ、あながちムラサの言うとおり・・・」
「一輪まで・・・、酷いです」
「フフッ、冗談だよ、冗談。風邪の可能性もあるから油断しちゃだめだからね」
「そうですね、気をつけましょう」
「そうだよー、風邪なんかひいたらまたナズーリンに怒られちゃうよ」
「それは嫌ですね・・・」
「あんた主人でしょうが・・・」
「星ちゃんはやっぱりダメな子だね。ダメっ虎」
命蓮寺の住人が大きく増え事もあり、今までナズーリンが一手に担っていた家事を「みんな仲良く分担しましょう」という家長になった聖の鶴の一声により分担制で行うことにしていた。
本来ならその当番上今週の料理はムラサの担当だったのだがムラサに任せるとカレーしか作らないのと「イチゴのケーキが食べたいです」という星の提案により、星と料理がうまい一輪がサポートに当たる事になった。
「星ちゃーん!そっちにある缶切りとってー」
「あっ・・・はい」
食器棚ゴソゴソ
「はい、どうぞムラサ」
渡されるビンを開けるときのアレ
「これは栓抜きだよぅ。さっきも泡だて器と皮むき機を間違えるし、ホントに星ちゃんはダメだなぁ」
ムラサのあきれ顔に一輪小さくため息
「カレーしか作れないあんたが言うな。あんたが」
「なんだとォ一輪!私、ちゃんと毎日作り分けてるでしょうが!昨日は野菜カレー!おとといはシーフードカレー!その前は牛肉たっぷりの」
「それのどこが作り分けてるって言うのよ」
一輪さん大きくため息
「ほいで、今日はみんな待ちに待った納豆カレーを――」
「待ってないわよ!全然!」
「えー!絶妙なハーモニーでおいしいのに!」
「そんなわけあるか!」
「あるよ!」
一輪とムラサの掛け合い、その横で誰かの笑い声。これもこの寺での日常風景だった。
「あーもーこのアホ船長の相手は疲れるよ。星も黙ってないでなにか言ってやって・・・」
「・・・・・・」
「・・・星?」
一輪の問いに星はとろんとした視線で彼女を一度だけ見つめニコりと笑い、そのまま食器棚の『ない方へ』と体を椅子ごと大きく傾ける。
ドタァァァァァァァァァァァァァン!
椅子を巻き込み豪快な音を立てて星は床へと倒れ込んだ
普段なら「またドジしたのか」と茶化す二人も、あまりに先ほどのクシャミや倒れる時の反応と合わせての一大事を感じにわかに表情を曇らせていく
「星!?ちょと、やだっ、星!星!!」
「!? 星ちゃん!?ねぇ星ちゃん!?」
揺すったり軽く叩いたりするものの起きる気配はない。
「突然どうしたっていうのよ!星!星!!」
「ねぇねぇ一輪!星ちゃん急に倒れちゃったよ!どうして・・・」
「わっかんない・・・。なんで・・・ !! そうだムラサ!姐さん呼んできて!姐さんならもしかしたら何か分かるかもしれない!」
「! うん!分かった!」
「私はその間に星を部屋に運んでおくから!あ、できれば薬箱も持ってきて!」
聖が居る。聖なら何とかしてくれる。その安心感が彼女冷静にさせた。一輪は口早にムラサに指示を出して、己は気合い一発、自分より大きい星を横にしたまま「おいしょォォォ!」と担ぎあげ星の部屋へとゆっくり運び始めた
◇◇◇◇◇◇
同じ頃、命蓮寺の玄関前。腹に余計な肉と油をどっぷりと抱えた男が若い細身の女性の手を包みこむように握りしきりにお礼を述べていた
「いやぁ本当に助かったよ聖さん!」
「いえ。私でよければいつでも、お力になりますよ」
男はこの人間の里から少し外れた、妖精たちが遊び場にするところの近くに蔵を数軒抱える富豪で、今回その蔵の一つに妖怪の襲撃を受けたのとの事で命蓮寺に妖怪退治の依頼を出していた
「しかし、ワシが子供たちや村の発展のことを思って立てた大事な大事な金蔵を壊そうとしていた奴があんな雑魚妖怪だったとは・・・。奴め、しっぽを巻いて山へと逃げ帰っていきましたわ!ダッハッハッハ!!」
「冬も近づきの山にも食べるものが少なくなる時期ですから、お腹をすかせて山から降りてきたのかもしれません。今回追い返した妖怪もあの痩せ具合からしてその一人だと思います」
「ほほう、そんなこともあるもんですなぁ…」
男は顎に手を当て擦りながら聖の話に聞きいる
「それとこれからの対策としては、今回祓った妖怪から遠ざける意味でも別なところに蔵を立て直して、ここには地蔵を一体建立してみてはどうでしょうか?そこのお供え物を欠かさずおけば地蔵の加護で妖怪は一帯に近寄れませんし、万が一近寄れてもお供え物のおいしさに妖怪が蔵に近づくことは無くなるかもしれません」
「ふむ。無駄な出費は痛手ですが、考えておきましょう」
不満そうだけど、背に腹は変えにくい様子の男
「また何かあったらご連絡ください。できる限りご協力させていただきますわ」
「おおお、助かります!でも本当によかったのですかい、あんな安い依頼料で?なんなら私の屋敷の専属でやってくれませんか!?金ならをいくらでもはず「いえ」」
聖は遮るように言葉を重ね、握られていた手をするりと抜き胸の前で合わせ
「お金のためにやっている事ではありません。人と妖怪の為にやっている事ですから」
祈りをささげるようなポーズを取る。
その流れに男は一瞬呆気にとられ、間もなく
「だっはははは!聖さんは面白い事を言うなぁ!」
肩をバシバシ叩きながらの大笑い。
「お気に召してた抱いて光栄です」
「いやぁ本当に貴女は面白いお方だァァ!!だっははははっははは!」
笑い続ける男に聖はいつまでも微笑みを絶やさずにいた。
「それじゃあ!」
数分間の談笑が終わり、ほくほくとした笑顔で去っていく男を聖は見えなくなるまで頭を下げたまま見送る。
そして「ふぅ」っとため息をひとつ
「悪い方じゃないんだけど……ねぇ」
「悪い奴だよ、あの人間は」
「この声は…ぬえ?」
白蓮の様子を木の上から冷ややかな視線を送りながら眺めていたぬえがひらりと舞い降りる。
「ずっとのぞいていたのね?」
「……」
ぬえは答えない。
理由は明白だった。
「どうしたの?」
「今日の聖は、最低だ」
その言葉にはっきりとした怒気を込めて
「あら、どうして突然そんな酷いこと言うの?」
子供の話を聞くようにぬえに聞き返す聖。その諭すような表情が余計にぬえのイライラに火を注いだ
「聖は!聖は……平等な人だ。人間にも妖怪にも差別しない」
「そうね。それが私の」
「でも、私は人間が嫌いだ。ましてや先ほどの男が依頼してきた仕事なんて『家に巣くう悪霊を追い払う』とは名ばかりのただの妖怪イジメじゃないか!」
「…」
聖は口を真一文字に結んで黙って聞く。
「聖がやろうとしている事は私にもわかる。人間に撃たれて落ちた、人間嫌いの私でも貴女の事だけは受け入れることができたわ。でも今のあのクソ親父に対する貴女の対応だけは納得できない!」
「ええ、私としてもあまり気持ちのいいものじゃなかったわ」
「どうして怒らないの!?あの場所は元々あの妖怪が住んでいた場所だったんだよ?」
「そうね、もともとあの子が住んでいた場所にあの男性が家を建てたのが原因だったわ」
襲っていた妖怪はあの蔵付近で元々自由気ままに住み、草木を食べ、遊び暮らしていた妖怪で、その遊び場を突然現れた人間に奪われたから怒って襲っていただけだった。
「だったらなんで!?せめて『立ち退け!』ぐらい言ってくれてもよかったんじゃないの!?」
「…」
頬を伝う涙。
その涙をぬぐおうと伸ばされた聖の手を弾き飛ばし、怒りの勢いに任せたぬえの手はそのまま聖の襟元へと食いかかる
「ねぇ!ねぇ!!聞いてるの聖!!!」
「ぬえ」
「何よっ!?」
デコピン ぱちこんっ!
「!?な、な、なああああああ!?」
突然の出来事に目をぱちくりさせているぬえに二発目ぱちこん「痛っ!」・三発目ぱちこん「ちょと!」・四発目ぱちこん「なんで!?」と聖は畳みかけていく
「ぐぅ・・・・」
すっかり涙目になるぬえ。
聖はそっと抱き締める。
「……」
「どう?落ち着いた?」
「・・・うん。おでこ、痛い」
「フフ、ごめんなさい。でもそうしないと貴女は私の話聞いてくれなかったでしょう?」
「うん。私もごめんなさい」
「うんっ」
抱きしめたまま聖は続ける。
「確かに貴女の言うとおり、あの男の方は理不尽で傲慢で妖怪の事を一個の存在と思わない忌むべき存在だわ」
「ならっ!?」
「なら?」
喋ろうとしたぬえの口を指でふさぎながら
「なら、滅ぼしてもいい?いいえ、それではあの男と何も変わらないただの外道よ」
「・・・でも、私は悔しいよ」
「そうね。私ができた事なんてあの妖怪を山に逃がしてあげるくらいだわ」
男の前では「追い返した」とは言ったものの、実は蔵に体当たりを続けてすっかり弱り切った妖怪の治療をし、食料を渡し、山の奥まで送り届けていた
男には技を派手に見せて煙幕を起し、あたかも激しい戦闘を行ったように見せかけたのである
男は見事その光景に騙され歓喜した。始終を傍からずっと見ていたぬえにとっては酷く滑稽で、それでいて腹立たしいものに映ったのかもしれない
「だけど人間からすれば己が建てた蔵を突然現れた妖怪が襲撃しているようにしか見えないのも事実よね」
「・・・うん」
「それにあの子たち妖怪はとても長生きするわ。それこそあの人間の何倍も何十倍もね」
「それが私たちだもん」
「だから、少しだけ人間に貸してあげてほしいの。あの人間が別の蔵をほんの数年ほどね。別の蔵が建ったら、あの蔵を壊してまた妖精や妖怪たちの遊び場にすればいいじゃない」
「でもその間に引っ越す気がなくなったら?家が栄えたら?そこに村が出来たら?大きな町ができたら?」
「村ができないように町ができないように、そして必ず引っ越すようにお願いするわ」
「どうやって?力づくで?それなら私たちと一緒だわ」
ぬえは問い詰める。
冷静になってもこの部分は譲れない
そんなぬえの心持ちを知ってか知らずか、聖は
「説得するの。言葉でね」
とだけ。
「説得ぅ?」
もちろん不満顔のぬえ
「ええ、説得。人が大きく、町が大きくなるまでにはたくさんの時間や人がいるわ。その間たくさんの時間をかけてたくさんの人を説得すればいいじゃない」
「でも、あの人間みたいに言っても興味を持たなかったら?通じない様な奴だったら?聖を封印した人間みたいに」
聖は少しだけ息をのみ、そして続ける
「言葉で言っても聞かないようなら浸透させていけばいい、少しずつ本人に感じさせていけばいい。とても時間がかかる事だけど今の私にはそれだけの時間があるもの」
「無駄になるかもしれないよ」
「無駄になんかならないわ」
「絶対無駄よ!」
いまだに「ぶぅ・・・」と納得のいかない御様子のぬえを間近に見ながら聖は
「だって、あなたと私は通じあえたじゃない」
対してぬえさんは「・・・・バカじゃないの?」と、あきれ顔。
「あら、ずいぶん酷い事言うわね」
「バカにバカということは酷い事じゃないわ。むしろ忠告なんだから感謝してもらいたいくらいだわね」
「ではありがたく受け取らせてもらうわ」
ほほほとしとやかに笑う聖。その笑い方が余計ぬえの羞恥心を刺激して顔を真っ赤にさせる。
「バカを相手にするのがバカバカしくて疲れたからもう帰るわ」
聖に背を向け急いで飛び立とうとするぬえ。
「あら、今日は泊らないの?」
「鼠の病気が伝染すると嫌だから泊らないわ」
「ああ、そうそう。うちの鼠がお買い物からなかなか帰らないの、今日はムラサ達が料理を豪勢にするってはりきっていたから早く帰る様に伝えて頂戴」
「豪勢っていってもまたカレーじゃないの?」
「今日は一輪と星がサポートしているから大丈夫よ、ぬえも食べていく?」
「いらない!」
一点の光が跳ね上がり、空の彼方へとついーっと一気に飛んでいく。
聖がその光が消えるまでいつまでもいつまでも追いかけていたところにムラサが飛び込んできた
「聖さま!あのね!星ちゃんが・・・星ちゃんが死にそうなの!!」
◇◇◇◇◇◇
「一輪」
「ああ、姐さん」
「ムラサから大体の事は聞いたわ。状況はどう?」
星の部屋に駆け付けたころにはすでに一輪が運び終えていた。
「ここに運んできてからも何度か呼びかけてはみたんですけど全然起きる気配がないんです」
星は布団の中で小さく寝息を立てていた。
「星?星?大丈夫?」
「・・・・・・・・・・」
反応は無い
「星!!!起きなさい!!星!!」
うんともすんとも、微動だにすらしない
「全然起きないわね」
「いろいろ試してみたんですけど、全然。瞼動かす気配すらないんですよ」
一輪に聞いたところによると、呼んでも叩いても蹴っても周りで騒いでも泣き叫んでも一切起きなかったそうだ
「結構手荒にやってるのね・・・」
「いや、さすがにこんだけやれば起きるんじゃないかなぁ、なんて。顔をしかめたりはするんですけどねぇ」
タハハハと笑う一輪
「そんなに乱暴だから一輪は雲山に逃げられたんだよ」
「ウグッ!」
心に突き刺さる矢が一本
「ムラサ、そういうデリケートな問題は言ってはいけないのよ、そっと胸に秘めておきなさい」
「ウググッ!!」
二本
「でもホントのことだよ」
「本当の事だからこそよ」
「あ、あのお二人さん、何もそこまで言わなくても・・・」
「「だって本当の事じゃない!」」
「フグッ!!」
三本・四本・乱れうち
一輪さんはちからつきた
悶死した一輪を放っていて二人は話を進める。
「ムラサ。ここに来るときにも貴女に聞いたけど、星は本当に料理途中に倒れたのね?」
「そうです!私がピューラー頼んだ時にも栓抜き渡してきたからドジだなぁって話をみんなでしてて、そのあとちょっとボーっとしてたかなぁっと思ったらそのままばたーん!って」
「その間星は味見とかはしてなかったかしら?」
「いえ、全然何も食べてないです!味見は一輪がずっとやってました!私もしたかったんですけど、私が味見するとカレーの味しかしなくなるって。一輪ってば酷いんですよ!」
「その時何か変わった事は無かったかしら?」
「無いです。あ、でも星ちゃんクシャミしてました!だから私たちも風邪かなと思ったんですけど・・・」
「けれどおでこに手を当てても熱はないし、せき込むわけでもない。だから困ってしまったのね」
「そうなんです。それに薬箱も見当たらなくて・・・」
「薬箱も?」
「一輪に言われてから探したんですけど見るからなくて……、聖様も星ちゃんも一輪もナズーリンも私もみんなみんな怪我しないからどこにあるか分からなくて・・・・・。もう私、訳、分かんなくなっちゃって・・・」
今にも泣きそうな顔になるムラサは縋る様に聖を眺める。
聖は深刻そうな顔で星を眺めていた。
「ねぇ、聖様!星ちゃんは、星ちゃんは死んじゃうの!?」
「落ち着きなさいムラサ」
「でも・・・」
「今あなたが慌てても落ち込んでも何も事態は改善しないわ」
「はい・・・」
シュンとするムラサ。自分の大切な仲間の一人だから、大好きな聖様の大好きな人だから少しでも力になりたい、助けてあげたい。けれど力になれない自分が悔しい。
そんな思いを込めたため息がひとつ
「はぁ・・・」
と、ポロリこぼれる。
「・・・ごめんね、ムラサ」
「はい?」
自戒の念に襲われていたムラサは突然聞こえた声に顔を上げる。そこには少し切なそうに微笑む聖が居て
「本当は貴女にも何か協力してもらいたいけれど、私もこんなコト初めてだったから焦ってしまって・・・今あなたたちを安心させてあげる事が出来ないの。頼りない私でごめんね」
それ見ているだけでムラサは胸がいっぱいになった
「そ、そんな事無いです聖様!!」
すくっと立ち上がる。
「聖様が居てくれなかったら、今も台所で倒れてる星ちゃん目の前にして私も一輪もアタフタしっぱなしだったと思います!」
「あら、私は何もしてないわ。私が来た時にはもう聖はベットに居たし、あなたたちのおかげよ?」
「いいえ」
ムラサは首を振る
「聖様が居てくれるだけで私たちは安心できるんです。だから行動できるんです。聖さまはこの船にいるみんなの羅針盤なんです!」
「羅針盤?」
「そうです!羅針盤です!聖様という正確でおっきくて眩しい羅針盤があるから私たちは見失わずに航海ができるんです!」
「そんな、買いかぶりすぎだわ」
少し困った表情をする聖。ムラサはもう一度首を振る
「買いかぶりすぎなんかじゃないですよ」
「私も一輪もここにいるみんな聖様から返しても返しきれないくらいの恩をもらっているんです!だから少しでも聖様の力になって恩返しがしたいだけなんです。聖様の為になりたいんです!」
ニコニコと話すムラサ。
その純粋でまっすぐな笑顔を見ていたら、自分の中にあった漠然としない不安が解消されたような気がした
「そうね、私が指示を出さなければあなたたちも安心して動けないものねっ」
「はい!だから、いつでも指示を出してください!私たちはその通りに動きますから!ホラッ!起きて一輪」
「最初から起きてるわよ!」
ペシペシと頭をを叩いてくるムラサをガオッっと一蹴し、聖の方へ向き直って
「姐さん。私たちはいつでも貴女のために動いていたいんです。私たちはいつでも貴女の指示を待ってますから」
「それはもう私が言ったよ」
「うるさいな!私も同じ気持ちだってことよ!」
「じゃあ起きてしゃべればよかったじゃん」
「先にあんたが全部喋っちゃったんじゃない!なんとなく恥ずかしくて起きるに起きれなかったのよ」
「寝ている一輪が悪いんだよ」
「だぁかぁらぁ!寝ていたわけじゃななくてねぇ!」
ギャアギャアと止まらなくなりそうな二人に向けて、聖は大きめの咳払いを ゴホン
「「!!」」
さてと、二人に視線がこっちに向いたところで
「一輪、ムラサ。あなたたちにお願いがあるの」
「「はい!」」
寸分の狂いなく声を合わせて返事をする二人
「まずは一輪。貴女は永遠亭に行ってきて頂戴」
「永遠亭、ですか?」
名前には聞いていたが、その場所も詳細も一輪は知らなかった。
「そう。そこに腕利きの名医が居るそうよ。貴女にはその方を呼んできてほしいの」
「分かりました。ただ・・・」
「大丈夫よ。今、寺子屋の方に永遠亭の薬を売る妖怪が来てるみたいだから、その妖怪に連れて行って貰うといいわ」
「あ、は、はい!!」
言おうとしていた事をすっかり見通されて赤くなった頬をパタパタと覚ましながら、一輪は足早に部屋を出ていく
「あ、あのぉ」
置いてけぼりをくらったムラサが頼み込むような目で見つめてきた
「わ、私は!?私にはなにか!?」
「おせらなくても大丈夫よ、貴女にはナズーリンを探してきてほしいの」
「ナズーリン?えーっと、星ちゃんを元気づけてもらって起こすためですか?」
「フフそうじゃないの。お寺を立てた時からここ最近まで忙しかったこともあったせいでずっとナズーリンにばかり家事を任せてしまったわ。おかげで常備薬がどこにあるかも分からないもの、ムラサは知ってる?」
「いえ、全然分かんないです・・・」
「だからナズーリンを呼んできてほしいの。あの子なら薬の有る場所もわかるだろうし、もしかしたら星が起きない理由もわかるかもしれないわ。もう、あの子今日に限って遅いんだからっ」
「! わっかりました!すぐ行ってきます!!」
天井にぶつかりそうになるくらいに飛びあがって、そのまま襖を壊すくらいの勢いで飛び出していく
「あ、ナズーリンには香霖堂にお買い物を頼んでいたはずだから、魔法の森の方に歩いて行くといいわよぉ・・・・」
叫ぶように伝えたけど、すでにムラサの方からの返事はない。
「大丈夫・・・かしら」
多分ダメだろうから迷子になったら、ナズーリンに探してもらおう。その確信だけはしっかり持った聖だった。
◇◇◇◇◇◇
二人が出て行ってから三十分ほどの時間が過ぎた。あれから何度か起こすように試みてみたがどれも徒労に終わり、雲山仕込みの往復ビンタでもその気配すら見せなかった。
「はぁ・・・」
ため息が零れる。星に呼びかけつつ合間に何度か薬箱を探してみたけれど、部屋から見つかったのはファンシーな鼠人形グッズと聖が居ない間につけていたであろう膨大な日誌ぐらいだった。
相まって、不安は加速度的に増していく。
「はぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
騒霊並みに元気な二人が居ないと命蓮寺はとても静かで寺院らしい。でも、静かすぎるせいか寂しさからか自然とため息ばっかり増えてしまう。
こんなんじゃダメだと顔をパシパシと叩いて気合いを入れなおそうとしてみるけれど、どこか力が入らなかった。
「星?」
聖は星の、おでこから頭にかけてを軽く撫で、頬に手を当てる。
顔色はほんのり赤く熱っぽいが苦しそうな声や表情をしているわけでもなく、一輪の報告にも聞いていたように高熱があったり体を崩しているようには聖にも見えなかった。
だけど起きないのも事実な訳で。自分の判断の及びつかない、もしもの事があったら・・・。
聖はいろいろな可能性を考えて思案する。頭の中は安心のできる単純な可能性から不安まみれの難解な可能性までぐるぐると渦巻いていく。
「星、いつまで寝ているの?もう朝よ?」
起きる気配は相変わらず、ない。
「はぁぁ・・・」
もう一度大きくため息。
分かってはいる。
こんな簡単なことでは起きないのだろうとと予想していた。けど・・・・・・。
気がつけば頬に流れゆく涙がひとひらふたひら。
悔しさからか寂しさからか、思わずこぼれてしまっていた。
零れた涙は星の額へとぽとり、落ちる。
落ちた涙は額を伝わり、布団へとしみ込んでいく。
しみ込んだ雫は布団を薄く広く濡らしていく。
童話ならこれで起きるかもしれない
けれど、星には変わらず。起きる気配は見られなかった。
ふとよぎる、弟の顔 そしてムラサの言葉
「聖様の為になりたいんです!」
聖は大きく、今まで吐いたよりも大きく息を吐き、そして吐いた息を大きく、今まで吸った息よりも大きく大きく吸い込む。
「情けないわね」
両手に渾身の力を込めて顔をバシッバシッ!と何度も強く叩き、気合いを入れなおす。
落ち込んで仕方ない、嘆いても騒いでいても身がない意味がない。さっき自分が言ったばっかりじゃないか。
落ち込んでる暇があったらやるべきことをやろう。諦めたら駄目だ。
そうすれば自ずと結果は快方に向かうはずだから。
「星、ごめんね。ちょっと臆病な考え方をしていたわ」
眠り続ける毘沙門天の弟子に語りかける。
この子はもともと私が私の理由で毘沙門天の代わりをしてくれていた妖怪。口応えも不行もせず、私に毘沙門天にと粉骨砕身仕えてくれてきた。
そして私が居なくなった後も、腐らず飽かさず、常に寺を毘沙門天の弟子として守り続けてくれてきた。
この想いに応えるは今だ。
「よしっ!」
両の足に力と気合いをこめて、勢いよく立ちあがる。
気がつけばさっき流れていた涙も止まっていた
「さぁてと!探すわよぉォォォォ!!」
気合一新、聖は医者が来るまでのせめてもの応急処置のために薬箱を探し始めることにした。
とりあえず手近にあった星の机をごそごそしてみる。けれど、整頓された机には薬箱の入る隙間すらなかった
「ホント、薬箱はどこにあるのかしら」
「台所の天井の、入口から右に三番目の板の裏にあるぞ聖」
「あら、御丁寧にありがとう・・・・・って!」
振り返ればそこにはとても見なれた鼠が一匹。自分より大きな荷物抱えていた
「な、ナズーリン!?貴女いつ戻ってきてたの!!?」
「さっきだね。急いで帰った方がいいって言われたけど、重い荷物も放り投げずに急いで帰ってきたよ」
「ああ、それは御苦労様。でもよくムラサと合流できたわね。あの子、あなたが居る場所も知らないで飛び出して行ったのに」
「ムラサ?いや、合流していないけど?」
「あら?じゃあどうして・・・」
「正体不明の光の球が目の前でびゅんびゅん飛んでて喧しかったからね」
ナズが首で合図して二人は窓の方を見る。外では小さな光が赤く強く光って跳ね上がり、そのまま魔法の森の方へと飛んでいく。
「あの子ったら・・・」
「んで」
肩に背負った荷物をズシィッ!と下ろしちらりと星を見る
「なんでうちの御主人は晩の御飯の支度もせずにここで寝てるんだい?」
自分の主人の頬をロッドで乱暴にゴンゴン突く。そのたびに痛そうに、星は煩わしそうに顔をゆがめた
「ムラサのお手伝いしてくれてる最中に倒れたみたいなの」
「ほほう、何か変なものでもつまみ食いでもしたのか、それとも壁に頭でもぶつけたか・・・」
ゴンゴンゴンゴン
いつの間にかロッドを口元から頭の方へシフトし力を緩めず小突き続ける。
さすがにちょっと心配になってきた
「ねぇ、ナズーリン。病人にそれはまずいんじゃないかしら」
「病人?ムラサか一輪か、あるいは参拝客の人間でもいるのかい?」
手を止めてキョトンとするナズ。
その様子にふざけてる様子もだますそぶりも見られない
「星が居るじゃない」
「家の御主人がかい?それはないよ。この人は虎だから体力も精神力も並はずれて持ってる。そうそう病気になんかならないよ」
アッハハと気軽に笑うナズ。
その様子に今度は聖がキョトンとなってしまう。
「で、でも星はずっと寝たまま起きないのよ!?まだ何の病気か分からないけど、もしかしたら大変な病気かもしれないわ!」
「これはただ寝てるだけさ」
「ね、寝てるだけ?」
まるでキツネにつつまれたような顔になる聖をよそにナズはおもむろに星の首元に迫る。
そして一言
「御主人。宝塔見つけてきましたよ」
間もなく
目を大きくカッと見開き
「きゃっ!」
聖の小さな悲鳴もかき消されるほどの大きな声で
「ど、どどどどどどどどど!どこにありました!!?」
飛び起きる星
ナズーリンはため息をひとつ吐いて
「また半妖の道具屋に高く吹っかけられましたよ」
子鼠が入っているカゴをゴソゴソと弄り、中から宝塔を取り出す
「ああああ、またあの方のところですかぁ。でもよかったぁぁ。これでまた信仰が集める事ができます」
「忘れ物や失くし物してばっかの情けない御主人に信仰なんてあるんですかね」
「有ります。きっと、たぶん、少しは」
「まぁ、飛宝のひとかけら分ぐらいはあるかも知れませんね」
「相変わらず口が酷いですね・・・」
ヨヨヨと泣き伏せ袖で涙をぬぐおうとした星は自分の手元の違和感に気付く。
「あれ?いつの間に私寝巻に着替えてるんでしょう・・・あ、あれ?なんで聖がここにいるんですか?」
違和感だらけの事態に思わずあたりをきょろきょろ見渡してみる。
さっきまで自分が料理をしていたはずのキッチンは一転、質素で簡素な自分の部屋へと様変わりしていた。
「あ、あれ?ここは私の部屋・・・ナズーリン、これは一体?あ!・・・もしかして私また」
「さぁてね、私にもわからないですよ。ただ聖からのお説教をたーっぷり受けた方がいい事は確か、じゃないですかね?」
ナズーリンはワナワナと震えている聖の方へ、状況を理解できずにガタガタとおびえている星を楽しそうに促す。
「あ、あのですね聖・・・」
「星!!」
「はっ!はひっ!」
ぎゅっっっ!
「!!?」
目から流れる大粒の涙も気にせず、
「よかったっ。本当によかった・・・」
力いっぱい抱きしめた。
「え?ちょ?これはどういう事ですか?」
助けを求めてナズーリンにすがるような目をする星
「さぁてね」
「冷たいこと言わずに教えてくれませんか」
「まぁ、せいぜいそのまま抱きしめられて反省するといいね。聖の加護で少しはそのトボケた御主人の失くし癖も薄まるといいんだがね」
「そ、そんな・・・・」
言い終えるとまだまだ質問したそうな星をナズーリンは残して部屋を出ていく。
部屋からはいつまでも聖の泣く声が木霊していた
◇◇◇◇◇◇
「「寝てただけぇぇ?」」
「ううう、ごめんなさい・・・」
星が起き上がってから一、二時間たったの食堂。星の体調がかなり回復してきた(聖が落ち着いた)こともあって、命蓮寺の住人は一堂を会していた。
「で、でも星ちゃん突然倒れてたんだよ?」
と椅子から跳ね上がりながら発言するのは傷だらけのムラサさん。
ナズーリンを当てもなく探した結果、暴走船のように太陽の畑に突っ込み、四季のフラワーマスターに退治されかかったらしい。
「ああ、御主人は昔から人間の信頼を得るために多忙だったもんだからね。睡眠までを削り続けた結果どこででも突然寝れる癖が付いちゃったみたいなんだよ」
「そ、そんなのってありなの?」
「まぁ事実だから仕方ないんじゃないかな」
「じゃ、じゃあどんな手段を使っても起きなかったのはなんで?それもその睡眠時間を削った影響なの?」
と食いつくように質問するのはこちらも傷だらけの一輪さん。薬売りのウ詐欺に永遠亭の場所を「薬を買わずに」聞いたところ、しっかり騙され気が付いたら紅魔館の地下室に居たらしい。聞くだけで痛そうな話だ
「多分そうだろうね。ご主人がいったん睡眠状態に入ると、どこぞのアバレ巫女が来ても起きないそうなんだ。なぜか私が宝塔の話をすると起きるみたいなんだが」
「体質みたいなものですね」
「いや、体質って星ちゃん。いくらなんでも起きないにも限度がありそうな・・・」
「一輪。気持ちはわからないでもないけど堪えてくれ。これがうちの御主人が人間界で生き抜くために、絶えず信仰を得るために奔走しつづけて身についてしまった病気みたいなものなんだ」
と言い終えると、ナズーリンは深々と頭を下げて
「迷惑かけた事を許してくれというのは図々しいと分かっているけど、申し訳なかった。許してほしい」
「ナズーリン、頭をあげてください。貴女が下げることでは有りません。これはすべて私の自己管理が行き届いていない結果です。二人ともごめんなさい。罰ならば何でも受けます」
「いや、あなたの失敗はすべて貴方の従者である私の責任でもあるんだ。それに私が払うべき注意を払わなかった責務もある」
「それでも・・・」
「いや、だから―――」
「でも、それは―――」
お互いを責めてやまない二人。
そんな二人を見かねて白蓮が水を入れる。
「ねぇ、二人とも」
「「はい」」
声が合う師弟コンビ。
「私たちは別にあなたたちのどちらが犯人で有ることを証明したいわけでも、誰かを罪に貶めたいわけでもないわ。そうよね、一輪。ムラサ。」
「・・・・ええ、まぁ」
モゴモゴと、顔の傷だらけ二人組。
「そ・う・よ・ね♪」
「「は!はい!!!!!」」
「あら、二人ともこんなに素直に了承してくれて素直ないい子だわぁ」
聖の恐ろしさを改めて確認しつつ、ナズーリンは咳払いをこほんと一つして
「…二人ともあんまり了承していないみたいだけど、聖が言うならまぁ大丈夫だろうね。だからそんなに落ち込まないでくれ御主人」
しょぼくれた顔の主人の肩をポンポンと叩く
「本当にごめんなさい」
「それより聞かせてほしい事があるの」
「あ、はい」
再度頭を深々と下げる星の顔が上がるのを待たずに聖は問いかける
「どうして、突然眠り続けるほど疲れていたのかしら?」
星は一瞬黙りこんだ後、ちらりと時計を見る。
時計の針は長針も短針も8のあたりを指していた
「その時刻までにはちょっと早いんですが、皆さんに渡したいものがあります」
「渡したいもの?」
ムラサは問う
「はい、少しだけ皆さん待っていていただけますか?あ、・・・ナズーリン!」
「はいよ、なんだい御主人」
「手伝ってもらっていいですか?」
「やれやれ、まったく鼠使いが荒い御主人だね」
「そう言わずにもう少しだけ手伝ってください」
「まぁ仕方ないね、何を持ってくればいいんだい?」
「有難う。では、貴女が担いできた包みを開けてもらえますか?私はアレを取ってこないといけないので・・・」
「了解した」
「お願いしますね」
両手を開き「やれやれ・・・」と呟きながらナズーリンはさっき持っていた大荷物をどっしとテーブルの上に乗せて、その包みをふわりと開く。
中からは
「ああー!!錨だ!」
とムラサが掴み
「水晶の付いた鉄輪とこれは・・・カミソリね、たぶん親父用の」
と一輪が手に取り
「そして、この小さな籠が私のだ」
とナズーリンが抱える
各々が各々に見合ったものを取っていく中で聖は一人、腕を抱えていた
それは自分のものだけ袋の中に入っていなかったのが原因ではなく
「これは・・・プレゼント?」
「ええ」
星は静かにうなずく
「本当は12時過ぎてから渡す予定だったのですが、気持ちがはやってしまって・・・。申し訳ありません」
「いえ、違うわ。そうじゃないの」
「? どういうことでしょう?」
「どうして突然私たちにこんなプレゼントを?」
日めくりを見てみても、別段今日がおめでたい日や特別な日には白蓮には思えなかった。
それに白蓮から渡すことは星からプレゼントをもらう事なんて何も・・・
「明日は―――お祝いなんです」
「お祝い?春には遠いから花祭りでもないし、・・・誰かの誕生日だったかしら?」
「明日は」
日めくりの今日の日づけにを×を加えて、明日の日付に赤いペンで花丸をつけて
「ムラサと一輪が地の底から出てきて、聖を連れてここに帰ってきてくれた日からちょうど100日目のお祝いなんです」
今日は三人がここへ帰ってきてからから99日目 100日目まであと一日だった
「そうだったの・・・」
「今まで黙ってて申しわかけありません」
「まじめで我儘の言わない貴女がケーキが食べたいと言っていたのも、ナズーリンに香霖堂へ買い物行かせたのもこの為だったのね」
「突然思いついたものだったので・・・、皆さんにも手伝いさせてしまいました」
ほんのり切なそうな、申し訳なさそうな表情を顔に浮かべる星。
そんな星の気持ちを察してか
「気にしないでよ星ちゃん!」
「わっ、とっ!」
ムラサが背中に飛びかかる。
「こんなに素敵なプレゼントきてくれたんだもん!ほんとにあっりがとぉ!!」
「ムラサ・・・。ごめんなさい。本当は手作りにしたかったのですが時間が無かったのもあって購入品になってしまいました」
ふたたび申し訳なさそうな顔を見せるものの、すかさず一輪が肩を叩く。
「謝る事じゃないさ星」
「一輪・・・」
「さっきはひどいこと言って置きながらこんなこと言うのも現金な話だけど、ありがとう。とても嬉しいよ」
「いえ、私こそ喜んでもらえてうれしいです」
星はにっこりと微笑み、それを眺める一輪も何となくうれしい気持ちになった。
「それで」
「私の分は香霖堂から買ってきてくれなかったのかしら?」
そういえば自分のがなかった事を改めて思い出し、わざとらしくジト目で構える白蓮
「あ、聖には私から直接手渡したかったんです。申し訳ないのですが、ちょっと私の部屋まで来てもらえますか?」
「え!?ええ、構わないけど・・・」
さりげなく天然スルーをされてやり場に困ったジト目を泳がせながら白蓮は星の後について部屋へと向かった
二人が出て行った部屋では
「・・・さってっと、ムラサ!」
「んー?私いま錨で遊ぶので忙しんだけど」
ムラサが錨に乗りながら体をシーソーのように前にゆら― 後ろにゆら― とさせて遊んでいた
「バカなことやってないで料理仕上げるの手伝いなさいよ」
「えー!せっかく貰った錨で遊んでるのにー」
「我儘言うな― あんただって姐さんが戻ってきた時に一緒にご飯食べてお祝いしたいでしょ」
「違うよ」
「え?」
「聖様だけじゃないよ。星ちゃん一緒にご飯食べたい」
澄んだ瞳でムラサは言う
「・・・はぁ、それが分かってるならさっさと手伝ないさい!」
コチン
「いった・・・くないけど、なにも叩くことないじゃなーい!」
「あんたがサッサとしないからよ、先に行くわね」
「あ!ちょっと待ってよ!私にも叩かせろー!」
先に入った一輪を追いかけてトタタタタと駆け込むムラサ
一人居間残されたナズーリンは
「やれやれ・・・」
空気を呼んで騒がしい二人を手伝うことにした
◇◇◇◇◇◇
パタン
この部屋に今日何度入っただろうか。
帰還してから、目が回るほど忙しい事もあって居間以外で誰かと顔を合わせる事のなかった聖もこの部屋の景色はすっかり見慣れてしまっていた。
もちろん、この部屋に何が置いてあるのかも
「ご足労かけてすいません」
「もうっ、そんなこと気にしなくてもいいのよ」
「でも今日は聖にお世話になりっぱなしですから」
「私としてはあなたの意外な一面が見れて嬉しかったわ」
「うう、相変わらず聖は手厳しいです・・・」
「あら?怒って言っているんじゃないのよ?」
「そうですか?」
「ええ、それ相応のプレゼントを期待してるわ」
「あまり期待に答えれるかどうかわかりませんけど・・・」
おもむろにベットへ向かっていく星。
そこで聖は思い出したようにポンと手をたたく
「私、ひとつあなたに謝らなければいけない事があるの」
「? なんですか?」
「貴方が倒れた時に薬箱を探したんだけどどこにも見当たらなかったのよ」
「ああ!ナズーリンが、私が躓いて失くさない為に隠していてくれたものですね。それなら―――」
「あ、もう薬箱は見つけたのよ。で、その探す過程で寝ている貴方の部屋も家捜しさせてもらったのよ」
「その事ですか?」
「ごめんなさい」
「良いんですよ、聖は私を助けようとしてくれたんですから」
星はふふふと笑う
「ただ、あなたの部屋を探している時に何かモノを入れるような箱はどこにも見当たらなかったの。ほんとよ」
白蓮は肩をすくめた
元々星の部屋には物はあまりない。欲しなくても集めてしまう能力で拾ってきてしまうたびに処分や施しで渡していたせいか、いつの間にかモノ自体を余りももたなくってしまった。これも長い生活で星に身に付いた性格なのかもしれない
「ちゃんとこの部屋の中に置いてありますよー」
「星の事だから、また失くしちゃったんじゃない?」
「こんなに大事なもの、絶対に失くしませんよっ。それに・・・」
「それに?」
星はおもむろに布団から枕を引き抜き縦にする。
「ずっと枕の中で大事に保管してたんですから。毎晩寝る前にちゃんと確認しましたし失くすわけがありませんよ!」
星の枕は、筒状の竹枕に柔らかいの布とふかふかの綿を少し乗せた形になっており、縦になった空洞からは何重にも竹の葉を重ねて作られたプレゼントがごろんと布団へ転がり落ちる。
「あら、可愛らしい包装ねっ」
「数百年の間に暇を見つけて作っていたんです。聖が居ない間に少しでも信仰の足しになればいいなと」
「ふふ、あなたも十分手厳しいじゃない」
「ええ、恩人様の仕込みが十分行き届いてますから」
「ふふふっ。ねぇ、開けてもいいかしら?」
「はい!」
竹の葉で作った包み紙から出てきたのは七色の毛糸で編み込まれたマフラーだった
「実は有るものに似せてみたのですが・・・」
「フフ、もちろんわかるわ。この――――巻物ね!」
舞い上げられた巻物は虹色の色彩を放ち宙に浮かぶ。
頭上にふんわりと浮かぶその姿は色彩鮮やかな星の手編みマフラーをそのまま宙に浮かせている様だった
「ああ、よかったぁ。これで一安心です」
「ありがとう星。体朽ちるまで大切にするわ!」
「その前にマフラーが朽ちてしまうかも知れませんよ」
苦く笑う星を満面の笑みの聖が笑い飛ばす
「大丈夫よ、私が使うんだもの。私と同じでより丈夫で長生きになっていくわ」
「ふふ、かもしれませんね」
「でも・・・どうして?」
不意に切なそうな顔を見せる聖
「マフラーなのはこれから冬が近づくから――」
「ちがうちがう!そうじゃないの!」
「あっ、もしかして解れてました!?あ、いや、ほんとはもっと早く縫い終わるはずだったんですけど、何度も失敗するうちに時間無くなっちゃって・・・昨日の夜中にぎりぎり完成したからちゃんと確認してなくて・・・・・ホントごめんなさい!」
「いいえ!こんな嬉しい日に悪いことなんて何もないわ!違うの!そういうことじゃないのよ・・・」
気がつけばまくしたてるような口調になっていたが、もうそんな事を構う余裕もなかった。
「どうして?どうして貴女は私にこんなにやさしくしてくれるの?」
聖からしてみれば、自分の我儘の一番の被害者は星であり、どうしてここまで自分に尽くしてくれるのかがわからなかった。
いや本当はある程度答えを知っていた。その考え方は傲慢すぎて確信が持てずにいた。自信を持って言い切ることができなかった。
だからこそ聞きたかった。その言葉を。
聖の言葉を聞いて少しだけ悩む素振りを見せて、そして確信を持って
「――――だって、あなたの」
「あなたの笑顔が見たいから―――」
満面の笑みで星は言った。
(ああ、そうか。この子もそうなんだ)
「最近聖の表情が曇りがちで気になっていたのです。だから少しでも笑顔の足しになれば、星の顔に笑顔が戻ってくれればと思って・・・聖?」
星が気がつくころには、白蓮はさっきさんざん泣いて枯れたはずの涙でまたくしゃくしゃになっていた
「私は・・・・本当に果報者ね」
「私は今まで自分のしたいように生きて自分のしたい事をしてきたわ。結果的に貴方達を救う事があったとしても、あくまで私がしたい事をしただけ。それなのに貴方達は私をこんないも慕ってくれる。愛してくれる」
「こんなに幸せで贅沢なことはないわ」
白蓮は笑顔で泣き続ける。
感謝と感激と、反省と自戒と。感情は魔天楼のように上り詰め、いつしかあふれ出てしまった涙なのだろう。
そんな白蓮にそっと星はハンカチを差し出す。
「ええ。確かに、貴方は我儘な人です」
ハンカチを渡して宙ぶらりんになった手をそっと白蓮の頭の上に乗せ、しゃくしゃくとやさしく撫でる。
「虎としておそれられてた私を無理やり毘沙門天様の前に連れ出しただけではなく、無理やり弟子にさせて挙句にお寺に私を置き去りしました」
「・・・御免なさい」
「いいえ、責めているのではないんです。むしろあなたは私にチャンスをくれました」
「チャンス?」
「私にも恩返しをできるチャンスです」
星は思い出すように語り始める
「私には勇気が足りなくて封印あなたを迎えに行く決心がつきませんでした」
「地上であなたを待ち続けて、人々の善意を集めればいつか会える。そう思いながら過ごしていました」
「そうすればいつか白蓮が帰ってくる。山の中で、他の動物たちの畏れだけを受けていたころの私を救ってくれたようにまた笑顔で帰ってきてくれる。そう信じて待ってることにしたんです」
「でもそれは間違いでした」
「一輪とムラサが地底から出てきて白蓮を助け出す話をしたときに私は自分がしなければならないのか、その事にやっと気づいたんです」
「もう後悔はしたくない。だから二人に手段を教え協力しあなたを救いだすことを決めたんです。あの日、差しのべられたあの手の恩返しをするために」
その言葉を白蓮は黙って聴き続け、星はやさしく撫で続けた。二人だけの時間が流れる。
「ねぇ、星」
「なんですか聖?」
「有難う」
「はい。こちらこそ有難うございます」
星はにっこりと笑って答え、聖はその笑みに満面の笑みを返した。
◇◇◇◇◇◇
星の部屋を二人で出ると、厨房の方からはバタバタぎゃーぎゃーとあわただしい声や音が溢れ出していた。
この騒がしさなら中断していた料理の準備もすぐに終わりそうだ。
―――ふと、まだ元気なさそうな聖の顔を星が見つける。心に落ち込みや淀みはもうない。たぶんその残り滓が、彼女の顔を少しだけ曇らせているのだろう。
そんな不安を星は察するように
「私もナズーリンも一輪もムラサも、もちろんぬえも。みんなみんなあなたの笑顔が見たいから、あなたの笑顔のために働きたいからここに居るんです。だから・・・笑ってください」
「――――そうね。いつまでも曇った顔をしていては誰もうれしくないし、ご飯もおいしくないわ」
「そうです。一緒に笑ってご飯食べましょうっ」
星と微笑み合う白蓮の瞳にはもう一点の曇りもなかった。
(カチッ ゴ―ンゴーン)
九時を知らせる柱時計が鳴る頃に食堂に戻った二人に、ムラサと一輪とナズーリンによって運ばれた料理のおいしそうな匂いが腹の鳩時計を叫ばせる。
プレゼントを抱え、食卓に座り、手を合わせて、ついでに外で恨めしそうに眺めている不明な妖怪もつれこんで
さぁ一緒にご飯を食べよう!
多分、星ちゃんにスポットを当てていたんでしょうけど、個人的にはもっとぬえのところ掘り下げても面白かったかなと、ぬえかわゆすなあ。