オリジナル要素が、もはや一部擬似オリジナルと呼んでいいほど濃厚なアクの強い作品です。書き方の形式もひどく独特です。お読みの際にはご注意ください。
序。
子供は震えていた。
形のない恐怖にである。
恐怖のの原因を作る、親が悪人だったのではない。霊夢は、博霊家の女子に受け継がれる名前であり、先代の霊夢は、とてもお人よしの人物だった。酒飲みで有名な神主も、人妖問わず好かれる好人物だった。
それが一人の子供を苦しめると、誰が思っただろう。
迎え入れられる数々の気配に、子供はおびえた。それが人外の形をしていれば、尚更のこと。
恐怖とは、自分より強い相手にのみ抱くのではない。対象がそこにいるだけでも発生する勘定なのだ。
そしてまた、現状が堪えがたく、そしてどうしようもない場合、人は狂う。ある種の感情が破壊されて、狂うしかない。
子供にとって、その恐怖は堪えがたかった。
子供の「恐怖」は、壊れた。
そしてしばしの時が流れ――。
序、了。
日差しが暑い。
そろそろ茄子やトマトの美味しい時分だ。巫女もそれらを買いに来た。
彼女は名を博霊の霊夢と言った。性分ののんきな人だった。
(彼女は、どこから来た人なんだろう)
何事もなく野菜を買って帰る巫女を、ぼんやりと見つめる目が合った。
目の名を有現在一(ゆうげんありいち)と人は呼んだ。齢十四の少年である彼は、どこからかきて、誰も気にしない、その巫女のことをもっとしりたかった。
(これから、どこへ行くんだろう)
そのために彼は、堂々と霊夢のあとをつけた。こそこそ追うのは、性に合わなかった。
霊夢を追う彼は、どちらかと言うと必死で霊夢のことを追っているつもりだったが、その様子をよそから見れば、暇つぶしに霊夢を眺めでもしているかのような、そんなのんきさがどこかにあった。
そして、なぜ彼は、親しいものの呼ぶ愛称を亀吉とよく言う彼は、霊夢のことを知りたいのか。
理由があった。
亀吉の父親は、農民にありがちな質実剛健とした人であった。そんな父親を、亀吉は尊敬はしていたが、同時にそんな生き方がたまらなく嫌だった。
ただそれだけが理由で霊夢を追った。
(彼女は、何者なんだろう)
亀吉は、ただただ何かがしたかった。それも、「体だけを使う農業などではない、頭だけを使う米などではない、もっと、自分のすべてを使ったなにかがやりたい。」と、亀吉はそう考えていた。
追った。亀吉は自分のすべてをかけてでも霊夢を追うつもりだった。彼女の正体がわかるほうに、亀吉は自分の全財をかけてもいいつもりだった。
そして日が上りきる頃、村はずれの神社で、在一の見ている前で霊夢は消えた。
幻だったか、と初めは考えた。そして己の情動を深く考慮して、それはないだろうという結論にたどり着いた。
ならば霊夢は、魔法のように消えたのだ。何らかの理由をもってして。
「どこかに扉があるはずだ。」
在一はそう考えた。なにを根拠にものを言うと、彼自身の理性が嗤ったが。彼は意地か、でなければやけになったように己の考えを肯定した。そう思う以外に、何のすべもないのも実状だった。
だから、亀吉は戸を叩いてみることにした。先ずは目の前の、巫女の消えた神社の戸を叩いた。夜遅くまで叩いた。その晩在一は叱られた。だが、叩くことは止めようとはしなかった。
それから、亀吉の奇行が始まった。
一日中叩いた。家でも中でもお構いなしだった。どこであろうと戸をたたくそぶりをやめなかった。家族は亀吉の奇行を心配はしたが、それをとめることはしなかった。
「おい。」
万も叩いたころだろうか、流石に叩く手や、それに沿って動く腕までも疲れて痛くなってきたころだ、あの巫女にまた会った。
こんどは真正面からだった。声は、後ろからかけられたけれども、今度は正面を向き合った。亀吉は、霊夢に出会ったのだ。亀吉の奇行を心配する父が、霊夢を呼んだ故に。
巫女は、お払いに来たのだ。
「おいとはなんだ。」
それが、待ちわびた霊夢との邂逅で、亀吉が最初にはなった言葉だった。まるで、長年の友人に返事するように、亀吉は格好を付けたのだ。
しかし、内心は必死であったが、外面は緊張のそぶりも見せない、なかなかの堂に入った格好の付けっぷりであった。
「おいとは、おんなの使う言葉ではないだろう。」
それが第二の声になった。亀吉は巫女を心配して言ったのだ。父親と良く似た、少々の心配性であった。
「じゃああんた。」
どちらにしても、失礼な物言いであった。
「何で最近腕を振っているわけ?」
単刀直入にそう聞いた。
「扉を探している」
不精な亀吉は、ぶっきらぼうにそう言った。
「なんの? ていうかどこの?」
「……あなたの消えたところの。」
それで合点が言ったのだろう。「あーあー」とでも言う様に霊夢は口をあけてたてに二度振った。
「そうだったのか。あなたが私をつけていたのね。」
「…? ああ、そうだ。」
「じゃあ案内してあげる」
藪から棒な物言いであった。
「いや、いい。」
なぜか亀吉はそう即答した。
「そ。」
そして霊夢も執拗に押し付けることはしなかった。
お払いもせずに霊夢は、帰った。
それからしばらくして、亀吉は気がついた。扉を探すも何も、霊夢に聞けば良いではないか、彼女が里に来るのは年に一度や二度ではない。自分の馬鹿さ加減に在一はあきれ返った。
それきり、亀吉はあまり戸を叩くのを必死でやるのを止めた。だが、ほとんど習慣になっていたので人に見咎められるのを怖れて人目のあるとき意外は、まれに思い出したようにやった。
それからまたしばらく、数日たった頃のことだ。また、何かを買いに来た巫女に、亀吉は会った。
「やあ」
亀吉はもはや後を付けなかった。
「はあ」
挨拶の返答はため息だった。なにも在一と会うのが嫌だったのではない。なぜ自分の周りには変人が集まるのだろうと、霊夢は、自分の境遇にため息をついたのだ。
しかし、厚意の返事がため息では、物思いのない人などそうはいない。
案の定亀吉はむっときて、言った。
「ため息をつくのは何故だ。」
「いえ、ちょっと自分の運命に抗ってみただけよ。」
霊夢はそう答えた。嘘偽りのない本心であったが、それでは、亀吉には、少々意図が通じなかった。
「?」
眉をひそめて亀吉は考え事にふけった。霊夢の意図を理解しようと努めたのである。
「…どういう事だ」
だが、結局わからなかった。
「別に、たいした事じゃないわ。それより買い物の邪魔よ。どいてくれないかしら。」
なかなか歯に衣着せぬ言い方をする巫女であった。怒るより呆れて、亀吉は前を退いた。
結局、後ろを歩くことになった。
無論、霊夢の後ろを亀吉が、だ。
初夏の日差しの中、大した会話もなく、霊夢と在一は神社までついた。
そこで在一は、扉のことを聞く用事を思い出し、霊夢はくるりと亀吉に向き直った。
「あなた、幻想郷に行きたいんだって言ってたわね。」
「はい?」
亀吉が、珍しくすっとんきょうな声を出した。
「げん…? なんだ?」
「私たちの住んでいるところよ。結界の向こうにあるの。」
「けっか、なんだって?」
いぶかしんだ。亀吉の身には、慣れぬ言葉であった。
だが巫女は、それには答えず。先を、霊夢は、いたずらっぽく笑って、楽しげに、亀吉に言った。
「あなた、幻想郷に行きたくて来て見たくて、しょうがないんでしょう? そういう子がいたらね、私は、開けてあげることにしてるの。」
果たして、在一の前に幻想郷の扉は開かれた。
こどもの「恐怖」が、消えてなくなるまで、後少し。
了