―幻想郷―
人や妖怪、はたまた吸血鬼など、あらゆる面々が住んでいる世界。一般世界からは切り離された世界である。
そんな世界で繰り広げられる物語…
『少しだけ解かりあえたこと…』
ちゅんちゅん…と、小鳥が囀る声。
これが私の最近の目覚まし代わりだ。
半開きのカーテンの間から漏れてくる暖かい日光。小鳥の声も聞こえる。
「ん~~~」
ベッドの上で軽く伸びをする。ついでに時計を見ると…
「7時03分…。時間通りね」
取り立てて早く起きても何もすることはないんだけどね。ただ、最近、アイツの出入りが多くなってるから…、その…掃除とか身だしなみとか、ちゃんとしておかないとね。
「さて、おはよう、みんな」
部屋のいたるところに飾ってある人形1つ1つに朝のあいさつをする。私の部屋に飾ってある人形だけで100近くはあるかな。もちろん、ほとんど私の手作りだ。中にはマジックドールなんていう珍しい人形なんてのも含まれてるけどね。
その中の1つが…声に出す風でもなく、ぺこっとお辞儀をする。
「おはよう」
そう言って私は人形の頭を撫でてやる。この人形は上海人形で、私が魔力を込めて作ったものなので、こうして自由意志を持って動いているのだ。
「朝食の準備でもしましょうかね」
私はこの屋敷に1人で住んでいる。1人といってもたくさんの人形に囲まれてるけどね。
それでもこの屋敷は無駄に大きい。書斎が4つにマジックルーム2つ、あとは…いくつか空き部屋があるわね、でもそこもマジックアイテムでそのうち埋まるかな。
まぁ、こんな森の奥に好き好んで人や妖怪はこないから…というか無闇に入ると絶対迷うから、近づいてこないのだ。
近く、というか近所というかお隣さんというか…まぁ、この屋敷の近くにもう1人住んでいる人がいるんだよ。その人も私と同じでマジックアイテムを蒐集してるから、気が合うというか腐れ縁というか、そんな感じかな。で、その人が最近私の屋敷に無断で入ってきていろいろと漁っては持っていってしまっているのだ…。
「今日こそはガツンッと言ってやるんだから!」
握りこぶしを作りつつ、キッチンのドアを開けると…
「!?」
人がいた!
黒と白のエプロンドレスに身を包んだ少女…霧雨魔理沙が。しかも何か料理してるし!
「よ、よう、アリス。邪魔してるぜ」
フライパン片手にもう片方の手で軽くあいさつ。
「なななななななななななんで魔理沙がいるのよ!」
びっくりして舌を噛みそうになりつつも。
この白黒魔女っ子こそが、さっき言ってた勝手に魔法書を持っていってるのだ。
「いやぁ、最近本を勝手に持っていってるからなぁ。ちょっとしたお返しのつもりだよ」
よっと、とフライパンの上でおいしそうに焼かれているホットケーキをひっくり返した。
「これぐらいしてもいいだろ?」
満面の笑みをこっちに投げてきてくれる。
「ま、ま、まぁ、いいわよ」
ぷいっとそっぽを向きながら。
そんな顔で見られると照れるじゃないの。
ぼーっとしながら魔理沙の背中を見ていると…
「背中を見たって何にもおもしろいことなんか無いぞ?」
「…っ」
自分でも顔が赤くなるのが分かった…
「それよりもだ。お前さんの家では客の前でもパジャマのままでいるように躾けられてるのか?」
料理をしながら魔理沙が。
はっ! として自分の格好を見る!
しまったー! 起きてそのままの格好で来ちゃった~! よりにもよって魔理沙なんかに…。
さらに顔が赤くなる。熱くて火が出そうな勢いだ。
「き、着替えてくるわよ!」
バシンっ!
と勢い良くドアを閉めて衣裳部屋に向かった。
「く~~~」
軽く握りこぶしを作って…。
15分後
いつもの服装に着替えて再びキッチンにやってきた私を出迎えてくれたのは、ホットケーキの焼けたいい香りと甘いジャム、澄んだ森のようなの紅茶のいい香りだった。
「おっ、着替えてきたな」
「えぇ、お待たせ」
そう言って魔理沙の向かいの席に座る。
「しかしあれだな、服装はきちんとしてるが、頭はボサボサだな」
「え!?」
慌てて頭をさわってみる…
ぐしゃ…
「……」
今度は顔が青ざめていくの分かった。
髪を梳きに席を立とうとしたが…
「おおっとアリス。髪なら後で私が梳いてやるから、今は冷めないうちに朝食を食べようぜ、せっかく私が腕を振舞ったんだからな」
魔理沙が止めた。まぁ、たしかに折角作ってくれたんだから、冷めないうちに食べないと何だか悪いわよね。
「今日は一段とおっちょこちょいな感じだな」
けらけらと魔理沙。
「う、うるさいわね! こういう時だって私にもあるわよ…」
最後の方は尻つぼみに…。朝起きていきなり魔理沙が居れば誰だって緊張するわよ…。
「いや、しないと思うぜ?」
「なっ!」
心を読まれてる気がする…。
「ままま、食べようぜ。はぁ~おいしそうだなぁ。我ながら力作だぜ」
そういって魔理沙はホットケーキにマーガリンと蜂蜜をかける。
テーブルにはホットケーキの他にエッグトーストや温野菜、淡いオレンジ色のスープがあった。
正直、魔理沙がこんなに料理ができるとは思わなかったわ…。マジックアイテムを蒐集して、研究に明け暮れてる生活をしているから、家事なんてほとんどできないと思ってたのに…。
「ははは、私も一応女だしな。これぐらいはできるぜ?」
う、またしても心を読まれてる…
「いや、心というか、アリスは顔に出やすいからな。誰でもわかると思うぜ?」
「うぅ…」
そんなこと言うもんだから、また顔が赤くなっちゃうじゃないか…
ナイフとフォークでホットケーキを食べつつ、スープを1口飲んでみる。
「…! これ、すごくおいしいわ」
そのスープは格別の味だった。
「だろ? 私の最高傑作だ。トマトをベースにしてるんだが、けっこういけるだろ?」
トマトねぇ、レミリアやフランが好きそうね…
「あー、そいえばアリス」
「ん? なぁに?」
パクっとホットケーキを放り込んで。
「昨日、『タナトスの魔法書』をもらって…、いや借りていったんだが…」
それを聞いた私は…
ガッ! と机を叩いて席を立った
「な、なんですってー! あれを持ち出したの!?」
「い、いやぁ、ちょっと興味があってじっくり読みたくてな…」
頬をかりかりとかく魔理沙。
「で? その『タナトスの魔法書』がどうしたっていうのよ?」
「ん~」
もったいぶる。
まさか…
「森の中に落としちまった、あっはっはっ」
「……」
椅子の上で胸を沿って笑っている魔理沙。まぁ、作り笑いってことはわかるけど…
「……」
「あっはっはっはっ」
そこで私は一息溜めて…
…
「あっはっはっはっじゃないでしょ!!!!!」
ガンッ! と机を叩いて今度こそ思いっきり立ち上がった。
「いやぁ、す、すまんな」
「魔理沙、あれがどれだけの魔力を秘めた魔法書かわかってるわよね!?」
「んー、古代の魔族が書いた魔法書ってことしか…」
サーっと血の気が引く。
「魔理沙…、そんな認識であれを外に持ち出したの?」
「ん? 他にどんな効力があるんだ?」
「あの、魔法書には…古代の魔物が封印されているのよ…。それもとびっきり最悪な魔物がね…」
古代の魔族の王の1人に『タナトス』という魔王がいた。強大なその魔力は魔界随一と言われていて、他の魔王たちも一目を置く存在だった。その『タナトス』が魔力を込めて書いた魔法書が『タナトスディクショナリィズ』としてこの世にいくつか存在しているのだ。その魔法書にはむやみやたらに読まれないように、書物の守護者として魔物を一緒に封印してあるのだ。
その中の1つを先日、私が遺跡から発見して持ち帰ったのだ。
「ちなみに、どんな魔物が封印されているかわかるか?」
恐る恐る魔理沙がたずねてくる。
「まだ全部をサーチングしたわけじゃないから絶対とはいえないけど、おそらく…」
そこで一息溜める。
「…『魔狼フェンリル』」
「! なんだとっ! あれは…フェンリルは神話の中の魔物じゃないのか!?」
「私も最初はそう思ったけど、あの『タナトス』が書いた魔法書なのよ? 何が封印されていてもおかしくはないわ」
なんてことだっと頭を抱えている魔理沙。
魔狼フェンリルといえば、魔王の使い魔として強大な魔力を込めて生み出された魔法生物だ。その強さは並みの魔王じゃ太刀打ちできないほどと、どっかの魔導書で読んだことがある。
何かの弾みでその封印がこの幻想郷で解かれたら…
「こうしちゃいられないわ、早く探しに行きましょう!」
朝食はまだ食べかけだが、致し方が無い…。また今度ゆっくりと魔理沙の料理でも食べさせてもらいましょうかね。
「そうだな、落としただいたいの場所は分かっているが、回りの魔力干渉が強すぎて、魔法書の魔力サーチは難しいぞ?」
「分かったわ、どっちにしろ私とあなたの家の間に落ちてるんだし」
まぁ単純に考えればそうなるよね。
「……」
しかし魔理沙は頬をかきつつ…
「それがなぁ、途中で霊夢と弾幕ゲームしたから、間とは限らないんだ…」
それを聞いた私は口をあけるしかなかった…
「で、ここらへん?」
「あ、あぁ、たぶんな…」
空からマジックサーチしてるけど、やっぱり魔力の干渉が大きくて、区別がつかないなぁ。私独自の魔法をしかけとけばよかったかなぁ。
「しょうがないわ、下に降りて探しましょうか」
「そうだな」
するするーっと地上に降りた。
森の中だけあって。木の枝に引っかかっている可能性もあるので、上と下を見つつ探索をした。
魔法の森だけあって、そこかしこから魔力を感じるわねぇ。こんだけ魔力干渉が強いと本どころかはぐれたらお互いを探すのも苦労しそうだわ。
「アリス、はぐれるなよ?」
「分かってるわよ」
と、不意に魔理沙が私の手を握ってきた。
「なっ」
また、顔が赤く…
「こうすればはぐれる心配も…ってアリス、顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃねぇか?」
「だ、大丈夫。大丈夫だから」
私が変に意識しすぎているだけなのかな…
15分ほど捜索したところで、
「魔理沙…」
「あぁ、アリスも気が付いたか。この魔力は他のとは一味違うぜ」
「うん、間違いないわ。これは私が感じてた『タナトスの魔法書』と同じ魔力よ」
ひしひしと体中に強い魔力を感じる。今までは私の屋敷である程度の魔力は抑えていたけど、外に出すとかなり強力な魔力のようだった。
少しずつ、その魔力の発信源に近づいていく。
「気をつけろよ、ゆっくりな」
「えぇ、分かってるわよ。もし、封印が解かれていて、魔狼フェンリルが暴れていたら、躊躇せずに全力で叩くわよ」
「あぁ、そうでないことを願っているがな…」
ゆっくりとゆっくりと、進んでいく。近づくたびに魔力の強さが一段と強くなるのが分かった。横にいる魔理沙も「おかしいぜ、昨日とは比べ物にならない」などとつぶやいている。
…これは、ひょっとしたら…
「…あった!」
少し先に魔法書を発見した、が既に魔法書は開いており、青白い不気味な光を放っていた…
「やっばいわね…、気をつけたほうがいいわよ」
「あぁ」
そう言って私たちはスペルカードを取り出す。
背中合わせになり、周囲を警戒する。上海人形もツルギを持ってスタンバイしてる。
-と、不意に視界が真っ暗になる。これが意味しているところは…
「くそっ! 上か!」
魔理沙の声に私も上を見上げる。
そこには既にレーザーのようなものを放ってきてる魔狼フェンリルの姿があった。
「アリス、逃げろ!」
どんっと背中を押され、その場から押し出される。
「間に合えよ! 恋符『マスタースパーク』!」
「魔理沙!」
にやっとこっちを見て笑ったような気がした。
瞬間!
『ドォォォォォン!!!』
と爆音と閃光が周りに飛び散った。
爆音と閃光が収まり、あたり一帯が土煙に覆われているなか、私はかすり傷1つない状態だった。とっさに魔力の障壁を生み出したから助かったのかも…
「そうだ、魔理沙!」
慌てて、周りを見渡す。土煙を払いつつ、魔理沙が立っていた場所を探す。
「…!?」
そこには大きなクレーターが出来ていた…
「ま、まりさあぁぁぁぁぁ!!!!」
昼前とはいえ、薄暗い森の中に私の声がこだました。
あの魔理沙がそんな簡単に死ぬわけないわ…、パートナーとして組んでる経験だってあるんだから、魔理沙の強さは私も充分に分かっている!
だから私は諦めない!
「魔理沙! どこ!?」
しかし意外とあっさりと声が返ってきた。
「おっと、ここだぜ」
「魔理沙!」
声がした方を見ると…
「!」
全身ぼろぼろの魔理沙がそこにいた。
私はすぐにそばに駆け寄って、怪我をしてないか看た。
「はっはっは、見事にやられたな…」
「いいから、しゃべらないで」
と、魔理沙の上半身を抱きかかえて起こそうとしたとき、
「こ、これ…」
べっとりと血が手に付いた…
血の付いた手が震える。
「いや、ミスっちまったぜ。マスタースパークで軌道をそらして直撃は避けられたが、肝心なところでミスったぜ」
まぁ、これだけしゃべれてるってことはそれほど大した怪我でもなさそうだけど…
「ごめんね、私のせいで、魔理沙、怪我しちゃた…」
唐突に涙が溢れてきた。
「お、おぃ、アリスが悪いわけじゃないってば。勝手に本を持ち出した私が悪いんだし」
「でも、」
と、治癒の魔法を掛けながら。
「でも、私をかばってくれたんでしょ…? あなたの大切な帽子をこんなにぼろぼろにしてまで…」
魔理沙の横に落ちているのは、すっかりぼろぼろになってしまった魔理沙のお気に入りの帽子だった。
「それよりもアリス、フェンリルを打ち損じたから、まだそこら辺にいると思うぜ」
「え!? 魔理沙のマスタースパークを受けても落ちなかったの?」
どうやら相当な魔法防御力の持ち主のようだ。
「とはいえ、相当な深手を負ってるから今なら落とせるさ」
「でも、魔理沙をこのままにしちゃ行けないよ」
「いや、私は大丈夫だ。もう出血も止まったみたいだし、しばらくすれば動けるさ」
患部を見ると出血は止まっていた。顔色も良くなってきたから大丈夫かな?
と、不意に私の後ろの方で獣が吠える声が聞こえた…
ハッ!として後ろを振り返ると、
「魔狼フェンリル…」
フェンリルがそこにいた。体長は5メートルほどか、それ以上の大きさの狼だった。ただし、全身から夥しい紫の血を流していた。マスタースパークが相当効いたようだ。
「さぁ、アリス。終わらせて家に帰ろうぜ」
「そうね」
スペルカードを1枚取り出す。同時にフェンリルも攻撃態勢に入る。
しばしの睨み合い。
先にフェンリルが吠えた!
『ォオオオオオオン!!』
レーザーが放たれる。
が、しかし
「これで終わりよ! 魔操『リターンイナニメトネス』!!」
1週間後
「魔理沙ぁ、できたわよ~」
客人用にあしらった部屋のベッドで魔理沙は横になっていた。というのも、魔理沙ったら腕の傷を隠してたらしくって、フェンリルを倒した後にその傷を発見したときには治癒魔法じゃ追いつかないくらい酷い状態だったの。人間の傷は放っておけば自然治癒するからいいって言うけど、それじゃあ私の気が治まらないってわけで、私の屋敷でこうやって傷の手当てをしているのだ。
「今回のはちょっと自信があるんだけど…」
と手に料理を持って部屋に入る。
「ん? あ、あぁ。しかしアリス、そろそろいいんじゃないのか? もう私は元気だぞ」
「だ~め。まだ痛むんでしょ? だったらきちんと治さないと」
そういって手早く料理を1口分スプーンですくう。そして
「ほら、あ~んして、あ~ん」
「ば、ばか。それぐらい食べられるようになったってば!」
「でも、いいから。ほら、あ~ん」
私のしつこさに負けたのか…
「わ、わかったよ…。あ~ん」
ぱくっ
もぐもぐとしっかりと味わう。
「お、うまいじゃん。これはおいしいよ」
「ホント? ありがと」
素直に嬉しい。
「あ、魔理沙。もう1つプレゼントがあるんだ」
「?」
頭にハテナマークを乗せてる魔理沙。
ごそごそと…
「はいっ。完全に同じようには作れなかったけど、繕っておいたわよ」
手にしたのは、フェンリル戦でぼろぼろになった魔理沙の帽子だった。人形作りだけじゃなくて裁縫だってちゃんとできるんだよ。
「お、おぉ、さんきゅ」
受け取った魔理沙は帽子を抱えてうつむいてしまった。
「どうしたの? 痛むの?」
背中に手をやって魔理沙を気使うが…
「いや、ちょっと嬉しくてな…」
顔を起こした魔理沙の目から涙が一筋溢れていた。
「ありがとな…アリス」
「ううん、私の方こそ、ありがとう…魔理沙」
しばし見つめ合う二人…
そして自然と笑みがこぼれて…
「あはははっ」
「ふふふふっ」
今日の幻想郷の天気も良さそうだった。
人や妖怪、はたまた吸血鬼など、あらゆる面々が住んでいる世界。一般世界からは切り離された世界である。
そんな世界で繰り広げられる物語…
『少しだけ解かりあえたこと…』
ちゅんちゅん…と、小鳥が囀る声。
これが私の最近の目覚まし代わりだ。
半開きのカーテンの間から漏れてくる暖かい日光。小鳥の声も聞こえる。
「ん~~~」
ベッドの上で軽く伸びをする。ついでに時計を見ると…
「7時03分…。時間通りね」
取り立てて早く起きても何もすることはないんだけどね。ただ、最近、アイツの出入りが多くなってるから…、その…掃除とか身だしなみとか、ちゃんとしておかないとね。
「さて、おはよう、みんな」
部屋のいたるところに飾ってある人形1つ1つに朝のあいさつをする。私の部屋に飾ってある人形だけで100近くはあるかな。もちろん、ほとんど私の手作りだ。中にはマジックドールなんていう珍しい人形なんてのも含まれてるけどね。
その中の1つが…声に出す風でもなく、ぺこっとお辞儀をする。
「おはよう」
そう言って私は人形の頭を撫でてやる。この人形は上海人形で、私が魔力を込めて作ったものなので、こうして自由意志を持って動いているのだ。
「朝食の準備でもしましょうかね」
私はこの屋敷に1人で住んでいる。1人といってもたくさんの人形に囲まれてるけどね。
それでもこの屋敷は無駄に大きい。書斎が4つにマジックルーム2つ、あとは…いくつか空き部屋があるわね、でもそこもマジックアイテムでそのうち埋まるかな。
まぁ、こんな森の奥に好き好んで人や妖怪はこないから…というか無闇に入ると絶対迷うから、近づいてこないのだ。
近く、というか近所というかお隣さんというか…まぁ、この屋敷の近くにもう1人住んでいる人がいるんだよ。その人も私と同じでマジックアイテムを蒐集してるから、気が合うというか腐れ縁というか、そんな感じかな。で、その人が最近私の屋敷に無断で入ってきていろいろと漁っては持っていってしまっているのだ…。
「今日こそはガツンッと言ってやるんだから!」
握りこぶしを作りつつ、キッチンのドアを開けると…
「!?」
人がいた!
黒と白のエプロンドレスに身を包んだ少女…霧雨魔理沙が。しかも何か料理してるし!
「よ、よう、アリス。邪魔してるぜ」
フライパン片手にもう片方の手で軽くあいさつ。
「なななななななななななんで魔理沙がいるのよ!」
びっくりして舌を噛みそうになりつつも。
この白黒魔女っ子こそが、さっき言ってた勝手に魔法書を持っていってるのだ。
「いやぁ、最近本を勝手に持っていってるからなぁ。ちょっとしたお返しのつもりだよ」
よっと、とフライパンの上でおいしそうに焼かれているホットケーキをひっくり返した。
「これぐらいしてもいいだろ?」
満面の笑みをこっちに投げてきてくれる。
「ま、ま、まぁ、いいわよ」
ぷいっとそっぽを向きながら。
そんな顔で見られると照れるじゃないの。
ぼーっとしながら魔理沙の背中を見ていると…
「背中を見たって何にもおもしろいことなんか無いぞ?」
「…っ」
自分でも顔が赤くなるのが分かった…
「それよりもだ。お前さんの家では客の前でもパジャマのままでいるように躾けられてるのか?」
料理をしながら魔理沙が。
はっ! として自分の格好を見る!
しまったー! 起きてそのままの格好で来ちゃった~! よりにもよって魔理沙なんかに…。
さらに顔が赤くなる。熱くて火が出そうな勢いだ。
「き、着替えてくるわよ!」
バシンっ!
と勢い良くドアを閉めて衣裳部屋に向かった。
「く~~~」
軽く握りこぶしを作って…。
15分後
いつもの服装に着替えて再びキッチンにやってきた私を出迎えてくれたのは、ホットケーキの焼けたいい香りと甘いジャム、澄んだ森のようなの紅茶のいい香りだった。
「おっ、着替えてきたな」
「えぇ、お待たせ」
そう言って魔理沙の向かいの席に座る。
「しかしあれだな、服装はきちんとしてるが、頭はボサボサだな」
「え!?」
慌てて頭をさわってみる…
ぐしゃ…
「……」
今度は顔が青ざめていくの分かった。
髪を梳きに席を立とうとしたが…
「おおっとアリス。髪なら後で私が梳いてやるから、今は冷めないうちに朝食を食べようぜ、せっかく私が腕を振舞ったんだからな」
魔理沙が止めた。まぁ、たしかに折角作ってくれたんだから、冷めないうちに食べないと何だか悪いわよね。
「今日は一段とおっちょこちょいな感じだな」
けらけらと魔理沙。
「う、うるさいわね! こういう時だって私にもあるわよ…」
最後の方は尻つぼみに…。朝起きていきなり魔理沙が居れば誰だって緊張するわよ…。
「いや、しないと思うぜ?」
「なっ!」
心を読まれてる気がする…。
「ままま、食べようぜ。はぁ~おいしそうだなぁ。我ながら力作だぜ」
そういって魔理沙はホットケーキにマーガリンと蜂蜜をかける。
テーブルにはホットケーキの他にエッグトーストや温野菜、淡いオレンジ色のスープがあった。
正直、魔理沙がこんなに料理ができるとは思わなかったわ…。マジックアイテムを蒐集して、研究に明け暮れてる生活をしているから、家事なんてほとんどできないと思ってたのに…。
「ははは、私も一応女だしな。これぐらいはできるぜ?」
う、またしても心を読まれてる…
「いや、心というか、アリスは顔に出やすいからな。誰でもわかると思うぜ?」
「うぅ…」
そんなこと言うもんだから、また顔が赤くなっちゃうじゃないか…
ナイフとフォークでホットケーキを食べつつ、スープを1口飲んでみる。
「…! これ、すごくおいしいわ」
そのスープは格別の味だった。
「だろ? 私の最高傑作だ。トマトをベースにしてるんだが、けっこういけるだろ?」
トマトねぇ、レミリアやフランが好きそうね…
「あー、そいえばアリス」
「ん? なぁに?」
パクっとホットケーキを放り込んで。
「昨日、『タナトスの魔法書』をもらって…、いや借りていったんだが…」
それを聞いた私は…
ガッ! と机を叩いて席を立った
「な、なんですってー! あれを持ち出したの!?」
「い、いやぁ、ちょっと興味があってじっくり読みたくてな…」
頬をかりかりとかく魔理沙。
「で? その『タナトスの魔法書』がどうしたっていうのよ?」
「ん~」
もったいぶる。
まさか…
「森の中に落としちまった、あっはっはっ」
「……」
椅子の上で胸を沿って笑っている魔理沙。まぁ、作り笑いってことはわかるけど…
「……」
「あっはっはっはっ」
そこで私は一息溜めて…
…
「あっはっはっはっじゃないでしょ!!!!!」
ガンッ! と机を叩いて今度こそ思いっきり立ち上がった。
「いやぁ、す、すまんな」
「魔理沙、あれがどれだけの魔力を秘めた魔法書かわかってるわよね!?」
「んー、古代の魔族が書いた魔法書ってことしか…」
サーっと血の気が引く。
「魔理沙…、そんな認識であれを外に持ち出したの?」
「ん? 他にどんな効力があるんだ?」
「あの、魔法書には…古代の魔物が封印されているのよ…。それもとびっきり最悪な魔物がね…」
古代の魔族の王の1人に『タナトス』という魔王がいた。強大なその魔力は魔界随一と言われていて、他の魔王たちも一目を置く存在だった。その『タナトス』が魔力を込めて書いた魔法書が『タナトスディクショナリィズ』としてこの世にいくつか存在しているのだ。その魔法書にはむやみやたらに読まれないように、書物の守護者として魔物を一緒に封印してあるのだ。
その中の1つを先日、私が遺跡から発見して持ち帰ったのだ。
「ちなみに、どんな魔物が封印されているかわかるか?」
恐る恐る魔理沙がたずねてくる。
「まだ全部をサーチングしたわけじゃないから絶対とはいえないけど、おそらく…」
そこで一息溜める。
「…『魔狼フェンリル』」
「! なんだとっ! あれは…フェンリルは神話の中の魔物じゃないのか!?」
「私も最初はそう思ったけど、あの『タナトス』が書いた魔法書なのよ? 何が封印されていてもおかしくはないわ」
なんてことだっと頭を抱えている魔理沙。
魔狼フェンリルといえば、魔王の使い魔として強大な魔力を込めて生み出された魔法生物だ。その強さは並みの魔王じゃ太刀打ちできないほどと、どっかの魔導書で読んだことがある。
何かの弾みでその封印がこの幻想郷で解かれたら…
「こうしちゃいられないわ、早く探しに行きましょう!」
朝食はまだ食べかけだが、致し方が無い…。また今度ゆっくりと魔理沙の料理でも食べさせてもらいましょうかね。
「そうだな、落としただいたいの場所は分かっているが、回りの魔力干渉が強すぎて、魔法書の魔力サーチは難しいぞ?」
「分かったわ、どっちにしろ私とあなたの家の間に落ちてるんだし」
まぁ単純に考えればそうなるよね。
「……」
しかし魔理沙は頬をかきつつ…
「それがなぁ、途中で霊夢と弾幕ゲームしたから、間とは限らないんだ…」
それを聞いた私は口をあけるしかなかった…
「で、ここらへん?」
「あ、あぁ、たぶんな…」
空からマジックサーチしてるけど、やっぱり魔力の干渉が大きくて、区別がつかないなぁ。私独自の魔法をしかけとけばよかったかなぁ。
「しょうがないわ、下に降りて探しましょうか」
「そうだな」
するするーっと地上に降りた。
森の中だけあって。木の枝に引っかかっている可能性もあるので、上と下を見つつ探索をした。
魔法の森だけあって、そこかしこから魔力を感じるわねぇ。こんだけ魔力干渉が強いと本どころかはぐれたらお互いを探すのも苦労しそうだわ。
「アリス、はぐれるなよ?」
「分かってるわよ」
と、不意に魔理沙が私の手を握ってきた。
「なっ」
また、顔が赤く…
「こうすればはぐれる心配も…ってアリス、顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃねぇか?」
「だ、大丈夫。大丈夫だから」
私が変に意識しすぎているだけなのかな…
15分ほど捜索したところで、
「魔理沙…」
「あぁ、アリスも気が付いたか。この魔力は他のとは一味違うぜ」
「うん、間違いないわ。これは私が感じてた『タナトスの魔法書』と同じ魔力よ」
ひしひしと体中に強い魔力を感じる。今までは私の屋敷である程度の魔力は抑えていたけど、外に出すとかなり強力な魔力のようだった。
少しずつ、その魔力の発信源に近づいていく。
「気をつけろよ、ゆっくりな」
「えぇ、分かってるわよ。もし、封印が解かれていて、魔狼フェンリルが暴れていたら、躊躇せずに全力で叩くわよ」
「あぁ、そうでないことを願っているがな…」
ゆっくりとゆっくりと、進んでいく。近づくたびに魔力の強さが一段と強くなるのが分かった。横にいる魔理沙も「おかしいぜ、昨日とは比べ物にならない」などとつぶやいている。
…これは、ひょっとしたら…
「…あった!」
少し先に魔法書を発見した、が既に魔法書は開いており、青白い不気味な光を放っていた…
「やっばいわね…、気をつけたほうがいいわよ」
「あぁ」
そう言って私たちはスペルカードを取り出す。
背中合わせになり、周囲を警戒する。上海人形もツルギを持ってスタンバイしてる。
-と、不意に視界が真っ暗になる。これが意味しているところは…
「くそっ! 上か!」
魔理沙の声に私も上を見上げる。
そこには既にレーザーのようなものを放ってきてる魔狼フェンリルの姿があった。
「アリス、逃げろ!」
どんっと背中を押され、その場から押し出される。
「間に合えよ! 恋符『マスタースパーク』!」
「魔理沙!」
にやっとこっちを見て笑ったような気がした。
瞬間!
『ドォォォォォン!!!』
と爆音と閃光が周りに飛び散った。
爆音と閃光が収まり、あたり一帯が土煙に覆われているなか、私はかすり傷1つない状態だった。とっさに魔力の障壁を生み出したから助かったのかも…
「そうだ、魔理沙!」
慌てて、周りを見渡す。土煙を払いつつ、魔理沙が立っていた場所を探す。
「…!?」
そこには大きなクレーターが出来ていた…
「ま、まりさあぁぁぁぁぁ!!!!」
昼前とはいえ、薄暗い森の中に私の声がこだました。
あの魔理沙がそんな簡単に死ぬわけないわ…、パートナーとして組んでる経験だってあるんだから、魔理沙の強さは私も充分に分かっている!
だから私は諦めない!
「魔理沙! どこ!?」
しかし意外とあっさりと声が返ってきた。
「おっと、ここだぜ」
「魔理沙!」
声がした方を見ると…
「!」
全身ぼろぼろの魔理沙がそこにいた。
私はすぐにそばに駆け寄って、怪我をしてないか看た。
「はっはっは、見事にやられたな…」
「いいから、しゃべらないで」
と、魔理沙の上半身を抱きかかえて起こそうとしたとき、
「こ、これ…」
べっとりと血が手に付いた…
血の付いた手が震える。
「いや、ミスっちまったぜ。マスタースパークで軌道をそらして直撃は避けられたが、肝心なところでミスったぜ」
まぁ、これだけしゃべれてるってことはそれほど大した怪我でもなさそうだけど…
「ごめんね、私のせいで、魔理沙、怪我しちゃた…」
唐突に涙が溢れてきた。
「お、おぃ、アリスが悪いわけじゃないってば。勝手に本を持ち出した私が悪いんだし」
「でも、」
と、治癒の魔法を掛けながら。
「でも、私をかばってくれたんでしょ…? あなたの大切な帽子をこんなにぼろぼろにしてまで…」
魔理沙の横に落ちているのは、すっかりぼろぼろになってしまった魔理沙のお気に入りの帽子だった。
「それよりもアリス、フェンリルを打ち損じたから、まだそこら辺にいると思うぜ」
「え!? 魔理沙のマスタースパークを受けても落ちなかったの?」
どうやら相当な魔法防御力の持ち主のようだ。
「とはいえ、相当な深手を負ってるから今なら落とせるさ」
「でも、魔理沙をこのままにしちゃ行けないよ」
「いや、私は大丈夫だ。もう出血も止まったみたいだし、しばらくすれば動けるさ」
患部を見ると出血は止まっていた。顔色も良くなってきたから大丈夫かな?
と、不意に私の後ろの方で獣が吠える声が聞こえた…
ハッ!として後ろを振り返ると、
「魔狼フェンリル…」
フェンリルがそこにいた。体長は5メートルほどか、それ以上の大きさの狼だった。ただし、全身から夥しい紫の血を流していた。マスタースパークが相当効いたようだ。
「さぁ、アリス。終わらせて家に帰ろうぜ」
「そうね」
スペルカードを1枚取り出す。同時にフェンリルも攻撃態勢に入る。
しばしの睨み合い。
先にフェンリルが吠えた!
『ォオオオオオオン!!』
レーザーが放たれる。
が、しかし
「これで終わりよ! 魔操『リターンイナニメトネス』!!」
1週間後
「魔理沙ぁ、できたわよ~」
客人用にあしらった部屋のベッドで魔理沙は横になっていた。というのも、魔理沙ったら腕の傷を隠してたらしくって、フェンリルを倒した後にその傷を発見したときには治癒魔法じゃ追いつかないくらい酷い状態だったの。人間の傷は放っておけば自然治癒するからいいって言うけど、それじゃあ私の気が治まらないってわけで、私の屋敷でこうやって傷の手当てをしているのだ。
「今回のはちょっと自信があるんだけど…」
と手に料理を持って部屋に入る。
「ん? あ、あぁ。しかしアリス、そろそろいいんじゃないのか? もう私は元気だぞ」
「だ~め。まだ痛むんでしょ? だったらきちんと治さないと」
そういって手早く料理を1口分スプーンですくう。そして
「ほら、あ~んして、あ~ん」
「ば、ばか。それぐらい食べられるようになったってば!」
「でも、いいから。ほら、あ~ん」
私のしつこさに負けたのか…
「わ、わかったよ…。あ~ん」
ぱくっ
もぐもぐとしっかりと味わう。
「お、うまいじゃん。これはおいしいよ」
「ホント? ありがと」
素直に嬉しい。
「あ、魔理沙。もう1つプレゼントがあるんだ」
「?」
頭にハテナマークを乗せてる魔理沙。
ごそごそと…
「はいっ。完全に同じようには作れなかったけど、繕っておいたわよ」
手にしたのは、フェンリル戦でぼろぼろになった魔理沙の帽子だった。人形作りだけじゃなくて裁縫だってちゃんとできるんだよ。
「お、おぉ、さんきゅ」
受け取った魔理沙は帽子を抱えてうつむいてしまった。
「どうしたの? 痛むの?」
背中に手をやって魔理沙を気使うが…
「いや、ちょっと嬉しくてな…」
顔を起こした魔理沙の目から涙が一筋溢れていた。
「ありがとな…アリス」
「ううん、私の方こそ、ありがとう…魔理沙」
しばし見つめ合う二人…
そして自然と笑みがこぼれて…
「あはははっ」
「ふふふふっ」
今日の幻想郷の天気も良さそうだった。
やや急展開な部分もありますが…。
今後の作品も楽しみにしてます。
それはともかく。
魔狼との戦闘描写にもう少し突っ込んだ深みが欲しかったですかね。
魔理沙とアリスのほのぼのが話しのメインだとは思うのですが、それのきっかけである魔狼戦も結構ウェイト占めてると思うので。
最後はとってもご馳走様でした…。