Coolier - 新生・東方創想話

2022/06/22 01:35:33
最終更新
サイズ
8.87KB
ページ数
1
閲覧数
1158
評価数
1/7
POINT
370
Rate
9.88

分類タグ

 ええ、これでも私は、それなりに苦労を重ねてここまでやってきたつもりです。それを今更、後悔するつもりはないし、別に昔に戻りたいとも思いません。
 ただ思うのは、もしも今と違う自分、今と違った境遇の自分が存在していたとすれば、どんな場所で、どんな生活を送っていたかなということですね……。

 鴉天狗という種族として生まれ、育ち、生きる。それは天狗という組織の中の歯車として一生を費やすということに他なりません。
 この世の生を受けたときからそれは決まっていました。決まっていたのかもしれませんが、それでも思うときがあります。
 そう、ifの世界の自分。あり得ないかもしれないが、天狗の組織から離れて一匹狼として生きる世界線の私……。
 それは、きっと今よりもっと自由だったのかもしれません。
 例えば、魔法の森辺りに住処を作り、そこで悠々自適に新聞屋家業をしていただろうし、あるいは里で人々に紛れて、細々と暮らしていたかもしれません。もしくは地底……は、流石にありえない。鬼と一緒に暮らすなんてまっぴら御免。一生を奴隷のように扱われて終わってしまいます。しかし、いずれにしても思うのは、どんな境遇になっていたとしても、きっと新聞記者だけはやめていなかったということですね。

 新聞を作ること。それは鴉天狗という種族の定めでもあり、命題でもあります。それはきっと呼吸と同じようなもの。あるいは……ここで言うのは相応しくないかもしれませんが、排泄のようなもの。
 いずれにせよ、出さなきゃ気持ち悪い。ためればためるほど体に悪いんです。
 とは言え、新聞を作るにはそれなりのつながり、所謂、人脈が必要となります。天狗の組織にいれば、それらをつくるのは極めて容易なのです。
 何故なら組織全体が新聞を作るという事に特化しているから。ようは天狗達は新聞を作ること前提の社会形態なのです。
 新聞に用いる印刷技術。用紙の調達等。これらは既に当たり前のようにルートが確立されています。
 つまり、土台はあるから取材と配達は各々でやれということです。
 我々にとってこんなに楽なことはありません。何故なら天狗は取材すること、すなわち情報収集のスキルに特化しています。人に接するのは苦じゃありませんからね。まあ、はたてのような一部例外はいますけど。そして己の翼を使って、新聞を配達することも容易。
 天狗の社会にいれば、取材と配達さえ自分でやれば、極めて楽に新聞を作ることが出来るのです。鴉天狗という種族にとってはまさに理想郷ですね。
 なのに何故、私がわざわざ一匹狼として、はぐれ天狗として生きている自分を夢想してしまうか。それはズバリ、天狗の社会関係が煩わしいから。

 天狗は、生まれたときから将来、誰の元に仕えるか決まっています。かつての人間社会における武家社会のようなものかもしれません。私の場合、それが龍様でした。
 実は物心ついた頃から龍様とは面識があります。もっとも、向こうからすれば、自分がまだ赤子の頃からの付き合いとのことですが、流石に記憶がないのでノーカンとさせて頂きます。
 鴉天狗は子供の頃から、組織というものでの身の振り方を、徹底的に教え込まれます。英才教育って奴ですかね。故に鴉天狗のみならず天狗と言う種族は、勝手気ままな他の妖怪達と違って皆、規律正しく従順。とは言っても、鴉天狗は所謂、軍隊のような白狼天狗とは少し違いますね。
 規律こそあれど、そこまで武力行使には頼りません。どちらかというと言葉巧みに言いくるめる方です。外の世界の言葉で例えるなら外交官。あるいは外事。つまるところ清濁を併せ持つ立ち回りが必要になるのです。まあ、綺麗事だけでは、やっていけないのはどこの世界も一緒でしょうけどね。
 とにかく天狗の掟というものを、子供の頃から徹底的にたたき込まれます。それに対しては別に何の疑問もありません。天狗の社会ではそれが当たり前ですから。
 私も例に漏れず、そのような道を歩みました。そして独り立ちし、上司に、つまり龍様に仕えたのです。
 龍様は一見穏やかな方に見えますが、ああ見えて実はかなりの野心家です。まあ、例のカード異変の時の例をとってもそれはわかりますかね。
 正直なところ私自身は立身出世とか、権力争いとかそういうのは、そこまで興味ないんです。極端に言えば、新聞屋家業さえ出来ればそれでいいんです。ええ。
 とは言え、上司に仕えている以上、そうも言っていられません。時には根回しに奔走したり、龍様のライバルを陥れる策を講じたり……それこそここでは言えないような「それ以外」のこともやっているんですよ? ほら、言ったでしょ。清濁を併せ持つ必要があるって。大丈夫。怖くないですよ?
 私は敵と見なした者以外には、基本優しいですから。ふふふ。

 でも、なんと言いますか、そうですね。今こうやっていられるのは龍様のおかげというのも間違いないんですよね。そこが有り難いところでもあり、歯がゆいところでもあり……。
 龍様は所謂、大天狗の一人です。つまり天狗の中でも上から数えた方が早い地位にいます。その部下の私もそれなりに安定した地位を、有り難いことに頂いています。なので他の天狗達に比べてある程度、融通が効くんです。具体的に言うと、自由な時間が多いんですよ。天狗が自由時間に何をするかっていったら、答えは一つ。ズバリ、取材です。なんせ新聞屋家業は私の生きがいですからね。
 自慢のこの翼を使ってネタとあらば西へ東へ北から南へ、幻想郷を駆け巡り、東奔西走なんその。更に私は幻想郷最速を誇ってますから、他の天狗より時間を有効に使えるという、アドバンテージを持っています。
 手前味噌かもしれませんが新聞の質と言う意味でなら、我が『文々。新聞』は、他のどの天狗の新聞よりも勝っていると自負していますよ。まあ、どの天狗なら誰でも新聞に対して、そう思っているでしょうけど。
 私の新聞は妖怪だけでなく、人間のネタも数多く取り扱ってますからね。実際、購読者からの評判も上々です。
 今年の新聞大会も上位は揺るぎないものでしょうし、あわよくば優勝を狙いますよ。

 勿論、そんな私に妬み、僻みを持つ者も存在します。とは言っても、生まれながらの身分の差に対しては、いくら不平不満を言っても仕方ないのです。だってこればっかりは埋めようがないのですから。
 中には策を講じてまで、私を陥れようとする者もいますが、そんなことしている暇があるのなら、そんなにバイタリティーが有り余っているのなら、その熱意を少しでも良い新聞を作ろうとする努力へ注いで欲しいものですね。
 そもそも私を陥れようとしても、バックには龍様がいますから、そうそう崩せるものではありません。おかげさまで龍様とはそれなりに良い信頼関係を築く事ができていますからね。利害関係も含めて。
 で、結構、勘違いしてる者も多いのですが、己の最大の敵は他人ではなくて、己自身なんですよ。
 かく言う私だって過去の自分と常に戦ってますからね。新聞作りという意味で。
 私流の良い新聞を作る秘訣は、そうですね。あえて言えば、読者に媚びない程度にすり寄ることですかね。読者が求む記事を選ぶことです。それを記事の内容によって事実を克明に記すこともあれば、少し誇張して面白おかしい内容にすることもあります。新聞はエンターテイメントという側面も持っていますからね。そして何より肝要なのは、そのさじ加減の調整です。これを間違えると悲惨ですよ。なんせ、堅苦しい記事ばかりでは読者の息が詰まってしまうし、だからと言って、面白おかしい記事ばかりでは、新聞としての価値が下がってしまいます。
 他の天狗の新聞を見ると、そのさじ加減が疎かになっているものが多々見受けられます。と言っても、私自身それが出来ているかって言うと、正直なところなんとも言えませんけどね。まだまだ私も未熟者の域ですよ。

 ……まあ、私も流石に年がら年中取材ばかりしているわけではありません。単に知り合いのとこに遊びに行くという事もあります。息抜きは大事ですからね。
 例えば、博麗の巫女。彼女のところに行くのは、取材も兼ねることが多いですけど、というか、彼女の場合は結果的に取材になってしまう事が多いですね。なんせ彼女はネタに事欠かないので。本当、一緒にいて飽きませんよ。一挙手一投足がネタになるんですから。謎の魅力というのでしょうか。彼女が色んな人妖に好かれるのも納得できますね。
 あとは椛ですか。一応、私の部下ということになるので、仕事の様子を見に行くという感じですが、私が行くとあいつは、露骨に嫌な顔するんですよね。まあ、気持ちはわかりますよ。上司が来たら部下は緊張しますからね。私だってそうだし。でも、ちょっとあいつは感情が表情に出やすいところがあるんですよね。いい奴ではあるんですが、それが欠点というか、玉に瑕というか。
 ちなみに食べ物を差し入れするとすごく喜びます。特に肉ですね。流石、白狼天狗なだけあります。
 あいつは一見すると堅物っぽく見えるんですけど、根は単純なんですよね。かわいい奴ですよ。
 それと、はたてでしょうか。あいつは特殊な環境にいるので……そうですね。もしかしたらあいつこそ、私の言うifの生活を謳歌している存在と言えるのかもしれません。ちょっと羨ましいかも。でも、引きこもり生活はカンベンですけど。
 そうそう、あいつを無理矢理外へ引っ張り出すと面白いんですよ。なんせ普段引きこもっている故、世間知らずなところがあるので。
 前に里の中華料理店に連れて行った事があって、火鍋という料理を一緒に食べたんですけど、だまくらかして香辛料を大量に入れさせたときは傑作でしたね。全身真っ赤にさせて、汗だらだらかいて。本当に火を噴くのではないかと思いました。まあ、その後、数日間トイレの住人になってしまったので、後で、お詫びのケーキを持っていってあげましたけどね。
 あ、勿論、ちゃんとしたケーキですよ? まさか、わさび入りとかそんな古典的な悪戯、私がするとでも……?
 ……流石にしませんよ。だってあいつは……戦友であり……大切な相棒なんですから……。

 ふふふ、ちょっと喋り過ぎちゃいましたかね。でも、美味しい料理と美味しいお酒があって、そして良い聞き手がいたら、嫌が応にも饒舌になってしまいますよ。
 こうやって、一日の終わりに、一週間の終わりに、屋台でくだを巻くってのもなかなか乙なものです。

 そうですよ。ミスティアさん。あなたも私にとって大事なお方ですよ。こうやって最高の酒肴を用意してくれる上に、私の下らない話に、延々と付き合ってくれるんですから。ふふふ、いい人に恵まれて、私って、本当に幸せ者ですね――









「あれ、寝ちゃったの? ……お疲れさま。仕方ないわね。まったく……」

 ミスティアは眠りこけてしまった文に、そっと毛布を掛けてあげるのだった。

 その寝顔はこの上なく幸せそうだったという。

fin
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.270簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。くだまいて饒舌になる文がかわいいです。
8.無評価夏後冬前削除
酔っぱらってくだを巻いてるにしては話の内容が綺麗すぎて説明的すぎるのでもったいないなって