外の世界の高度な知識を持つ外来人は、人里で長く暮らせば、仙人や現人神とみなされ、多くの人々から敬われる存在となる。
そうなれなかった多くの外来人は、人里へ辿り着く前に、妖怪共に食われ命を落とす。
しかし、その妖怪共も、外来人という珍しい人間に興味が無い筈は無いのだ。
彼は神隠しに遭い、幻想郷へ迷い込んだ。そこで、ルーミアと出会った。
運命の巡り会わせとでも言うべきか、稀な偶然が幾つも重なり、彼は彼女に食われる事無く珍しい外来人として興味を持たれ、しばらくの間、共に暮らした。
ルーミアの他にも、リグル、チルノ、ミスティアらとも仲良くなった。毎日五人で森へ、湖へ、遊び歩いた。
種族の違い出自の違いというものも忘れる程に。
半月して、彼は死んだ。
病気か、事故か、別の妖怪に襲われたか、何にせよ人間としての脆さ故に、彼は死んだ。
人間が死んだ。それに関しては、いつもの事だった。しかし、それが自分達にとって特別な人間であったなら。その時に持つべき感情が、彼女らには分からなかった。
だが、それでも、せめてもの手向けに人間のやり方で葬ってやろうと、四人共に誓い合うのだった。
森の中に無造作に転がる一人の青年の死体を囲み、それを睨みながら、四人の少女がしゃがみこむ。随分長い間そうしている。
皆が考える事は同じだった。
誰が始めに言い出したのかは、もう忘れてしまったが、この中に誰か知っている者がいるから、こうして誓いが立てられたのだろう。
そうでなくとも、三人寄らば文殊の知恵と、言うではないか。それより一人多いのだ。釈迦三尊も吃驚の発言が、今にも出るぞ。
今にもだ。
今だ!
しかし、空しい静寂が続くばかりで、一向に口を開こうとする者はいなかった。
つまるところ、人間の死体の、正しい処理の仕方というものを、誰も知らないのだ。
普段は明朗活発な彼女らの間に、今は重く苦しい沈黙がのしかかっている。
皆で黙り込むこと数十分、最初に口火を切ったのはルーミアだった。屋台を持ち、人間相手にも商売をしているミスティアならば、何か聞いた事があるのではないかと思い立ったのだ。
思ったことはすぐに口に出す。あまり賢くないが故の長所である。
ルーミアに訊かれ、ミスティアもようやく思い出し、ゆっくり記憶を掘り起こしながら、皆に答えた。
「確か、『焼く』『埋める』『沈める』『鳥に食わす』のどれかだったと思うわ」
ミスティア自身は己の知識を誇らしく思い得意げな顔だったが、聞かされた方は絶句していた。
いずれも予想だにしない返答だった。
紅白や白黒は別として、人間というのは、もっと穏やかで大人しいものではなかったのか。
いや、同時に愚かな生き物とも聞き及ぶが、しかし同胞の死体をそんな方法で始末していたなんて、到底思いもよらなかった。
知識なんて何も無いから、どんな答えだったら納得したのかなんて訊かれると、困ってしまうけれど。
言われてみれば、疫病が流行ると人里から、平素以上の煙が上がる。何かまじないの様なものだと思っていたが、まさか死体を焼いていたとは。
しかし『沈める』とはどういうことか。川や湖に、と言う事だろうか。河童にえらく怒鳴られそうであるが。
『鳥に食わす』てのは、単にミスティアが食いたいだけではないのか。
そんな思考を巡らせていたリグルが、突如、ミスティアに「ずるい」「私もお腹空いた」と掴み掛かった。ルーミアも負けじとこれに便乗した。どうやら似たり寄ったりなことを考えていたようだ。
ミスティアにしてみれば何がなんだかわからない言いがかりであったが、二人に嬲られるがままでもおれず、応戦するより仕方ない。
この中で(目の前の死体を除いて)唯一種族の違うチルノだけが、蚊帳の外で引き気味にその様子を眺めている。
つい先刻立てた誓いなど、とうに誰も覚えてはいない。今そこにあるのは、性に負けた妖怪の、餌を奪い合う幼稚な小競り合いだった。
思い立ったが即行動。あまり賢くないが故の短所である。
揉み合う三人の下で、蹴られ踏まれを繰り返すうち肉が崩れかけている死体に気づき、チルノは制止の言葉を叫んだ。
その声でリグルは、はたと我に返り、足元を見やると、無惨にも泥だらけになり手足もあらぬ方向へ捻じ曲がり転がる友人の姿が、目に入った。
そしてこの無益な喧嘩を止めんが為、スペルカードを発動しようとする程にエスカレートした二人へ向かって、渾身の力で飛び蹴りをかました所で、ようやく話は本題へ戻る。
先程ミスティアにより提示された選択肢についての結論が出た。
まず、体の一部を『鳥に食わせ』、その後余った部分を『焼き』、その残骸を『埋める』事となった。『沈める』に関しては、湖の畔を住処とするチルノから猛反発をくらい、断念した。
さて、まずは『鳥に食わす』からである。
鳥と言えばミスティアであり、彼女が食べて然るべきなのだが、ルーミアとリグルから待ったが掛かった。
言い分はやはり「みすちーばかりずるい」という所であり、ミスティアとしても、指を咥える友人を尻目に一人で食うのは美味しくないからと、三人で仲良く分け合う事にした。
お昼時としても、丁度良かった。
ミスティアは右腕を、ルーミアは左腕を、リグルは右脚を、それぞれ胴体から千切り、口にほうばった。格別な高級料理を前にしたのと同じ程に、実に旨そうにがつがつと貪る。
チルノのみは妖精であるため、このランチタイムに参加する事は出来ず、結果として左脚が一本余った。
それを見て、「まるで案山子みたいだね」と、微笑み合う彼女らの表情は、見た目相応の屈託の無いものだった。
妖怪は、人間の肉を食べるという行為を通して、人の心を食らうのである。精神的な世界から生まれ出た存在だからだ。物質的な豊かさよりも、心の充足を癒しとする。
純粋に力だけでも、人間を如何こうするのに苦労は無い妖怪が、何故更に特殊な能力を持つのか。食らいつく瞬間に、妖怪が特に好む「恐怖の心」を最大に引き出す為だ。
多くの妖怪が幼い少女の姿を模るのも、人間に擬態し心の隙をつくことで、より強い恐怖を抉り出せるからである。最近の幻想郷になってからは、人間と共生する為に、難なく溶け込める姿の方が、便利が良いという理由も出来たが、人間と積極的に交友を持たない妖怪にとっては、未だに前述の理由が大きな割合を占める。
しかし、今、彼女らの口にした人肉は、内容物を失った空の容器であり、それが旨いはずなどない。どんなに肉にしゃぶり付いても、心の味を啜る事は出来ない。
しかし、誰も不満を漏らさず、それどころか恍惚の表情さえ浮かべながら、その肉が本当に美味であるかのように振舞っている。
共に暮らした友なのだ、その肉は美味に決まっている、と、それは人食いである彼女らなりの弔意であった。
チルノも、種族は違えど、その心は理解していたので、輪に入れない事への悔しさを込め、その一見グロテスクとも死者への冒涜とも思える情景を、一切口出しせずに、羨ましげに見つめていた。
そして、声高らかな「ごちそうさま」の合図と共に、第一の弔いは無事に終わった。
だが、ここからが難問である。
次は、『焼く』であるが、さすがにそのまま火を点けるだけでは不味かろうという話になった。
幸いにも、ミスティアが指針を示した事が切欠となったのか、情報が活発に飛び交うようになった。こんな意見が出たのも、それによるものだ。
皆、何処かしらで何かしら、見聞きしているものである。
ルーミアが、死体を入れる箱がいると言った。
魔法の森に屋敷があったはずだ、表にまで物の散乱しているあそこなら手ごろな箱の一つや二つは転がっているだろうと、早速皆で赴いた。
しかし、家主は留守のようだった。帰ってくるまで待っていられるほど、四人の気は長くなく、適当に見繕ってかっぱらった。軽くて運びやすい段ボール箱だった。
戻ってきて、いざ死体を詰めようとしたが、存外に箱が小さい。試行錯誤を繰り返すが、なかなか上手く収まらない。
まだ胴体につながっていた左脚を毟り取ると、今度はすっぽり収まった。ほっと胸をなでおろした。
チルノが、歌が必要だと言った。
これは読経の事なのだが、チルノはあれを歌っているものと勘違いしていた。
歌なら私の領分だと、ミスティアが勇ましく名乗りを上げる。もちろん誰も異論は無い。
ミスティアに歌って欲しい曲を三人でいくつか挙げ、実際にミスティアがさわりを軽く歌ってみせ、選曲まで入念に済ませた。本番はもっと派手にする為、プリズムリバーを呼ぶ事も決まった。
大事な友人との告別なのだから、そこまでするのは当然の事だった。
リグルが、花も飾らなくてはと言った。
通常、葬式で飾られたり送られたりする花と言えば、菊、蘭、百合などが一般的である。しかし、そんなことを彼女らが知る由も無い。ただ、とにかく満開の花をということで、頭は一杯だった。そして、彼女らの知る満開の花のある場所は、二箇所しかない。
両方共に、その花畑の所有者は居るが、真摯な気持ちで懇願すれば、無下にはしない相手ではある筈だ。
二手に分かれ飛び立ち、数時間後、どちらの花畑でもこっ酷い仕打ちを受けた様子で体中ボロボロになり戻ってきた彼女らの腕には、溢れんばかりの花束が抱えられていた。
どれも、断片的な情報ばかりで、中にはひどい間違いも混ざっていた。それに彼女らが気づくべくも無く、順調に事は運んでいると信じている。
そんな彼女らを哀れだと思うだろうか。しかし彼女らにとって、今自分達がやっていることが正しいかどうかなど、どうでも良い事だった。
重要なのは、ただ一点、自分達だけの知恵と力で友人を送るという、その須く何よりも優先すべき事項のみなのだ。
それに関して言えば、明白に、彼女らは真っ直ぐに前進を続けている。そして、終着点は、すぐ目の前である。
最後に葬儀を行うに相応しい会場を決め、死体を運び込み実行するのは、今晩そこの住人が寝静まってからと約束を交わし、一旦それぞれの住処に戻った。
そして時は光の矢が如く通り過ぎ、いよいよ一世一代の作戦の決行である。
博麗霊夢は、ふと深夜に目を覚ました。
特に尿意は無い。
気温は快適で寝苦しくは無い。
少し喉は渇いているが気にする程では無い。
寝付けなくなる様な悩みなんてものもある筈も無い。
こんな時間に彼女を起こしたのは音だった。
境内の方から微かに聞こえる、それでも夜中に聞けば不快さを感じる、耳障りな音だった。
神社の裏手にある、社務所と呼ぶには幾分質素過ぎる小屋から出て、手に持った提灯の明かりを頼りに、闇夜の中、音の出所を探りながら歩みを進める。
近づくにつれて、音の正体が段々分かってきた。
最初に判別できたのは、プリズムリバーの演奏だった。次にミスティア・ローレライの歌声。なかなか闇に目が慣れないのはこいつの所為か。リグル・ナイトバグ、チルノ、ルーミアもいるらしかった。
重い瞼をこすりながら退治をするのも面倒だから、怒鳴りつけるだけにしといてやろうと、珍しく慈悲の念を持って、境内へと回り込み、音の正体を突き止めた。
やはり霊夢は睡眠時間を返上して妖怪退治を遂行せねばならなかった。
今まで見てきたものの中でも、とりわけ禍々しい宴を、そこに見た。
立ち込める人肉の焼ける臭い。
大きく燃え盛る炎。
その周りには大量の花。
異様な存在感を示すひまわりと、静かに毒を撒く鈴蘭。(しかしこれは惜しい!)
プリズムリバーのでたらめなアドリブ演奏に、その演奏と全く調子の合っていないミスティアの歌。
ルーミア、チルノ、リグルの三人は、聞いたことのない男の名前を口にして盛り上がっていた。
ああ、どうしてこうなった。
実は、一番初めに、万が一誰も人間の葬り方を知らないならば、別の知恵者に訊きに行こうという意見は出されていたのだ。
しかし、それは通らなかった。大事な友人の弔いだ、自分達の力でやらねば意味が無いと思っていた。
彼女らのそんな小さな小さな意地により、この、東西南北何処の果てまで探しても見る事の出来ない珍妙怪奇な悪魔の儀式は完成されてしまったのである。
いくら博麗霊夢とは言え、こんなものを目の当たりにすれば、常を保ってはいられない。
身の毛もよだつ、まるで地獄絵図のような光景に、霊夢が堪らず上げた悲鳴は、幻想郷のいつもの夜空に染み渡った。
今回の儀式で彼も悔いなく成仏したでしょうww
天の使いの鳥に死者の魂を神様の元まで運んでもらうという考え方らしいですね。
むしろ死体を差別しない態度がgood
関係ないけど、私は沖縄などに伝わる洗骨の儀式が好きです
いや、ちょっと歴史を遡れば勇敢な戦士の魂を己にとりこむ為に
殺した相手を喰らうなんて事を同属でやっていた訳だし、ましてや彼女達は妖怪だものね。
……わかった。
わずか半月とはいえバカルテットちゃん達と遊び呆けていた青年野郎が心底羨ましかったんだ!
間違いない、コイツを殺した犯人は俺達の中に居る!
ちょっと……いや、かなり心に響くものがありました。
今後とも、応援しています
霊夢は悪くないよ、バカルテットたちも悪くないよ、でも悲劇になるんやな。
よくよく考えると結構深い話だと思った。
>>8
きっと成仏できたはずです。苦笑いを浮かべながらww
>>9
そうですね。チベットではポピュラーな葬儀だったと思います。
チベット仏教の考えで、色々解釈があるようですが、私が知っているのは、一度天に戻った魂が、またこの世に戻ってこないようにという話でした。
>>11
そう言って頂けてホッとしました。
書く上で、尊重され過ぎず粗末にされ過ぎずを意識しての死体の扱いは、苦労しました。
あと、「洗骨」、調べてみました。今まで知らなかったのが悔しいです。
>>16
ええっと……あとがきのあれは、カニバリズムに限るつもりではないというか、色々想像した「妖怪らしい行為」を、本編ではカニバリズムという一つのパターンに当てはめて表現したかったというか……うまく言葉に出来ないなあ。すみません。
>コイツを殺した犯人は俺達の中に居る!
な、なんだってー!! Ω ΩΩ
>>18
おお、そんなに言って頂けて、どうして感謝を述べれば良いやら。ありがとうございます!
応援にこたえられるよう、努力致します。
>>21
悲劇になるなら、せめて悲喜劇にと思って、こういうお話になりました。
どちらかを悪にしてしまえば、楽にハッピーエンドへ辿り着けるのでしょうが、それは書いても読んでも絶対につまらない……
難しいです。
>>22
そう感じ取って頂けて嬉しいです。
楽しく読んで、その後に色々と考えられる話に仕上がっていれば良いなと思います。
あとラストの霊夢が楳図絵で脳内再生されました。
面白い話だ