ストーリー
守矢神社の本殿で会合が開かれている。
幻想郷で定期的に開かれている集会だ。参加メンバーは各地の実力者のみ……一般妖怪程度では這い出して逃げるレベルの大妖怪がそろっている。
紅魔館よりレミリア、フランドール、白玉楼から西行寺、永遠亭からは永琳、守矢代表で神奈子、諏訪子、冥界より映姫、
地獄より勇儀に萃香、地霊殿からはさとり、命蓮寺より白蓮、仙人代表は神子、主催者として八雲紫……加えて無所属代表で幽香である。
もうひとり、会議の隅で青い顔をしている人物がいる。
他の参加者のプレッシャーに当てられて気絶寸前の表情をしている。
本人は各人のプレッシャーを白蓮を盾に防いでいた。
しかし、議題は当の本人にかかわることだ。最近地底から出てきた人のことが幻想郷中にバレただけである。
紫の口車に乗ったのがいけなかった。いや乗らなくても勝手にスキマ転送されただろう。
今泉影狼は既に限界を迎えていた。
「ほら、影狼さん。陰に隠れていないで、サリエルさんの話ですよ? 顔通しを頼まれていましたでしょう?
大丈夫ですよ。簡単に皆さんの前で説明するだけ、これであなたのストレスはきれいさっぱりなくなりますわ」
「す、ストレスじゃなくて、既に寿命が……」
胃に何も入っていないのに吐き気がこみ上げる。若死に……一気にこの言葉が現実味を帯びてきた。
こんな連中の視線が10も束になったら、心臓が止まる。
ギクシャクして過呼吸、あれ!? 歩き方ってどうするんだっけ!!? 右手と右足が同時に出る。
もつれた足が段差に引っ掛かる。そして、そのままレミリアに向かって転倒した。
普段ならよけられたはずの行動を避けなかったのは珍しく正座をしている所為だ。
足がしびれて咄嗟に動けなかった。腹に影狼の顔面がぶつかる。
勤めて平静を装った顔面の端で青筋が痙攣している。こんな会合の席で大暴れする危険性は分かるのだが……早くも限界を突破しそうだ。
影狼は表情が読める程度の知力がある。ますます胃がよじれた。
「す、すみま……うっぷ!!」
「そこで吐いたら貴様を殺す」
むしろ吐くことを後押しするかのようにレミリアの魔力が発揮されている。
コントをやっているわけではないのだが、どうぞお吐きになってください状態になった。
あまりの危険性に紫が影狼を転送する。あっという間に影狼が消えた。
「はぁ……、何で簡単な話が出来ないのかしら? 今日の議題でしたのに……」
ここでは、絶対に手を出させない。それだけは約束したのに、レミリアの顔面に嘔吐したらそりゃケンカを売ったのは影狼になる。助けようが無い。
「もういい、正座も飽きた。議題はサリエルが来たから手を出すなってことでいいな?」
「かいつまんで言うとそういうことですわ」
「議題は分かったからもういい、帰るぞフラン」
「あ~、お待ちを、手を出さないことを約束してくださる? そのための議題ですわ」
「向こうが手を出さなきゃ出さないさ。出したら殺すそれだけだ」
紫はあきらめながらため息をついている。サリエルは手を出すだけの実力が既にない。安全と言えば安全か?
「他の皆さんもそれでよろしいかしら?」
一同、うなずいている。別段、進んで事を起こしに行くような考えは誰も持っていない。
これを影狼の目の前でやりたかったのだが……当の本人は今現在、自宅で泡吹いて倒れているだろう。
本当にこれだけのために各地の勢力を集めたのだが……手間だけ取らされてしまった。
もう少し、簡単に話をさせるための工夫が必要か? そんな事を考えているが、無理だろう。
各拠点のNo.2とかNo.3では話を通したことにならない。代表1名ならまともに……それも無理か……この連中の代表1名……果たして誰が納得するだろうか?
思案している私本人が納得できない。レミリアには勤まらない、幽香も無理だ。神奈子……暴走するのが目に見える。
幽々子は……恐らく放置する……手を出さないだけ、事は回るだろうが……先手を打って行動するのは多分私だ。
そしてそれを咎められるのも私……割に合わないな。
口に諦めを残して会合のお開きを宣言する。
「随分、今日の会合は短いじゃないか?」
「そうだよね? 折角こんなメンバーで集まったんだ。宴会でもしようよ」
今回の場所を提供してくれた守矢の神々である。顔に悪巧みが出ている。
多分、恐らく、想像であるが……何かの提案をするつもりだ。この際、一気に各地のメンバーに周知させる。
なし崩し的に変なことを承諾させられたらたまらない。
「何を企んでいるのですか?」
「おお~、流石に紫は早いな~」
「まー、まー、紫もきっと気に入るよ? スポーツイベントって奴さ」
スポーツイベント……? 嫌な予感しかしない。これだけのメンバーの前で発表する以上、幻想郷の頂点を決めるバトルになりかねない。
いや、暗黙の了解と言うものだろう。もし、仮にこのスポーツイベントなるものが格闘技だった場合……手に負えない。
実力的に実力者をぶちのめしたら……ぶちのめされた者はぶちのめした者に頭が上がらなくなる。
結果として勝ち順で序列が決まり、最終勝者が幻想郷を支配できる状態になる。
「あまり聞きたくないのですが……競技は?」
「相撲がいい」
「そうさ、神事にも使われるし、博麗のためにもいいんじゃない?」
それはお前らのためだろうが!! と怒鳴りたい気持ちを抑えてやんわりとお断りする。
こんなメンバーの中でも相撲などと言う競技で神奈子に勝てる人物がいるだろうか?
恐らく、対抗できるのは勇儀か萃香のみ、それを見越して神奈子が提案している。
もしも仮に、勇儀と萃香が最初に激突したり、幽香や白蓮あたりと連戦になった場合はやばい。
優勝は神奈子だ。幻想郷に君臨するつもりか?
「ちぇ~、紫は反対か~」
「ま、別にいいさ、他の人に声かければさ」
相撲と言う単語に踊らされる奴は……居る。勇儀と萃香だ。
しかし、それなら神と鬼だけでやればいい。全員参加する必要は無いし、したら困る。
なし崩し的に参加させられても嫌なのでスキマで帰ろうとしたが……なぜかスキマが開かない。
振り返れば、神奈子が映姫に耳打ちしている。ニヤリと笑う八坂の策略にはめられた。
歩いてかえるしかないが、諏訪子の話し相手が萃香だ。逃げた所でひきつけられる……終わった。
帰ろうとしていたレミリアですらがなぜかおとなしく正座をしている。青筋が切れそうだ。
「萃香!! 貴様だな!!?」
「別にいいじゃないか。今日、神様からお話があるんだってさ」
参加者の視線をかき集めて神奈子と諏訪子が立つ、にこやかな笑顔の裏でどんな策略をめぐらしているのか分からない。
「や~。この間の駅伝大会とか好評だったよね。
そこでさ、そういうイベントをもう一回開こうと思うんだ」
「そうそう、ただね駅伝だと、医者とか監視員とか参加できないじゃん?
考えたんだけど相撲ならさ、タイマンだし、監視員も要らないし医者も自分の試合で気をつければ
参加できるんだよね」
(ぐっ!! こいつらやりやがった!!) 紫の胃が影狼と同じようによじれていく。
全員強制参加の大イベント、その実、実力主義に基づいた順位付けだ。
「相撲? なんだそれ? 知らないぞ?」
「面白そう!! やろうよ姉さま!!!」
紅魔館はフランドールに押しのけられて参加の意向だ。
命蓮寺も白蓮が快諾している。……お前ら参加する意味分かってんのか?
永遠亭は永琳がパワー系の競技に反対し、代表を別途、送り込むことを宣言する。
神子も同様、鬼や戦神に勝てると判断するほどバカではない。こちらも代表1名を選出する意向だ。
ニヤッと笑っている映姫は審判……クソッ、あいつだけ逃げやがった。
地霊殿のさとりも体力系のスポーツは苦手だ。かわりに空を送り込む気でいる。
そして、話が自分に回る。最も良いのは参加拒否だ。藍を送り込んで体裁を保つのもいい。
私がでて、力ずくで幽香あたりに負けたら最悪なのだ。
「私が出ますわ」
自分で放った言葉の意味を理解するのに数秒かかった。おのれェッ!! 萃香ァ!!!
私を密の能力で集めやがったな!!? 幽々子も幽香も紫が出るなら出ると言う態度だ。
はめられた!!! 神奈子も萃香もニヤニヤ笑っている。
ならばルールを、強者が勝てないルールを作って……!! さとりがこっちを向いて失笑している。
止めるまもなく、耳打ちしている相手は神奈子だ。
「あっはっはっはっは、紫さん気にしなくても大丈夫。ルールは公平に映姫に決めてもらうから」
「じゃあ、ここでは期日だけ決めようか、いきなり明日やるんじゃどうしようも無いし。
開催日は一週間後の△月□日10:00から、場所はそうだな~守矢といいたいけど。博麗神社にしよう」
簡単に諏訪子が説明している。各拠点の代表者はそれを聞いて頷いている。
紫は神奈子に抗議をしているが、その隙をついて萃香が疎の能力で参加者を帰してしまう。
怒りの表情で振り返れば説明すべき相手がいない、久しぶりに感情のコントロールがきかなかった。
「……!! ? ! 萃香 良くも……」
「ふふ、ふははははは、久々に見たなその顔。本気になってくれてうれしいぞ」
「覚悟は……」
「できているさ。相撲だろ? 直接対決が楽しみでしょうがないぞ。
是非、加減の欠片も無いバトルをしたいものさ。
紫、力比べがしたくてたまらない鬼の性格を受け入れてくれとはいわない。
その憤りも仕返しも私が受ける。だから当日まではおとなしくしてくれ、頼むから」
目の色が極あっさりと変わる、酷薄そうな笑みを浮かべてスキマに消える。
紫の機嫌は最悪だが……まあ大丈夫だ。とりあえず大会当日までであるが。
「さあて、これだけの大会だ。もっと人を集めないとな」
萃香の能力で幻想郷の参加者を集める。さて何人集まるかな?
……
影狼の元に参加要領書が届く、届けたのは紫だ。影狼の反対を聞く前に参加を強制してきた。
「なるべく多くの人に声を掛けてくださる?」
「な、なんで?」
「ふ、ふふふふ、あのバカに……失礼、萃香への仕返しですわ。
簡単に優勝などさせるものですか。く、くくくくくく。
いざとなったら、トーナメントそのものをぶちこわす……失礼、本当に忘れてくださる?」
紫の言動にドン引きしながらうなずく。
多分……人数が増えたら、試合進行そのものが遅くなる。暗躍しやすいってことだろう。
しかし、誰に声をかければよいのか……こんな危険な大会に名乗り出てくれる人は……
針妙丸……論外、相撲はパワーバトルである。こんな大会に出場して怪我をしない保障は無い。
赤蛮奇……論外、同上
わかさぎ姫……略
ダメだ居ない。ミスティアも体が華奢すぎる。それに対戦相手が勇儀だったら私だって骨折する。
他に知り合いで……! 居た!! 美鈴さんだ!!
ようやくひとり思いついたそばから紫が絶望的な言葉を投げかける。
「10人ほど集めてくださる? 大丈夫、頭数だけで十分ですわ」
独りでその人数に驚愕している間に紫が消えてしまった。
……
美鈴の前に影狼がきている。いつも調子が悪いのだろうか?
真っ青である。
相撲大会のことは既に聞いている。紅魔館からレミリア、フランドールが出場するのが既に分かっているのだ。
この死地に、同情だけでは飛び込めない。
両名共に幻想郷の頂点に近い速度とパワーを持っている。試合開始直後の張り手のただ一発を凌ぐことが既に不可能に近い。
加えて仮にも激突した場合……恐らく加減してくれない。ギブアップ宣言よりも早く張り手が飛んでくるだろう。
「……影狼さん、同情はしますよ。でも、すみません。流石に危険すぎます」
「ぐっ……いえ。そうですね、無理言って済みませんでした」
本当に胃がよじれたまま影狼がしょぼくれて帰ろうとする。
しかし、影狼の後ろから紅魔館に遊びに来た人物が居る。橙だ。手にはなんと相撲大会の参加要領書が握られている。
「!! 橙ちゃん? まさか……」
「美鈴さん!! 相撲大会出ませんか?」
「あの……橙ちゃん……誰が出るか知っていますか?」
笑顔で「紫様と幽香さん」と答えてきた。美鈴がやんわりとレミリアとフランドールも参加することを伝える。
これで、辞退してくれるはずなのだが……
「大丈夫ですよ、紫様が楽しいお祭りにするから、影狼さんと一緒にみんなを集めてって言われました」
衝撃の告白に美鈴の目が点になる。
子供が参加していいレベルをはるかに超える連中が集まろうとしている。
それなのに楽しいお祭りだって!!?
レミリアお嬢様から聞いた話だけで、吸血鬼が二人、神様が二人、鬼が二人、白蓮、幽香……紫に幽々子、
肩を掴んで説得する。辞退してくれないと、怪我ではすまない。
「美鈴さん、安心してください。紫様が”みんな本気ではやらない”って言ってましたから」
……そりゃ、子供に対して本気出す馬鹿はいな……い? 本当にそうだろうか?
ものすっごいキラキラ笑顔で参加を促してくる。くそっ!! 嫌な陽気だ。
まるで、前みたいにクスリを使わされているような……露骨に参加をあおる……
多分この気配は……萃香だろうな。密を操る能力だろう。多分ここで参加しなかったら後ろめたい気持ちが増大するに違いない。
紫の策略も合わせて、大イベントにする気だ。
ごくりと息を飲んで参加を決め、影狼、橙と一緒に参加者を集めに回ることを決断した。
……
博麗神社、ここにいつもの魔法使いがいる。黒い帽子に黒いスカート、霧雨魔理沙である。
霊夢に相撲大会の問い合わせをしにきたのだ。
「何で私に聞くのよ?」
「何でってお前んところが会場だろ? ほれここ、見てみろよ」
霊夢が覗き込んだ参加案内には確かに場所が博麗神社であることが書かれている。
しかし、初耳……大体魔理沙の情報が一番速かったのだ。
「初めて知ったんだけど?」風の言葉を口にすると、主催者の神奈子が分社を通じて登場した。
「や~、霊夢。調子はどうかな?」
「あんたねぇ……私に魔理沙が説明するとこ見てたわね」
「まーまー、そう言わないで、結構いい計画でしょ?
人も集まるし、勝てば信仰も手に入るし。良いことだらけじゃない?」
「それは相撲であんたに勝てたらでしょう?」
ニヤリと笑って神奈子は答えなかった。
呆れるほど有利な試合を勝手に決めて押し付けてきた。
博麗神社を試合会場にされたら霊夢は逃げるわけには行かない。
しかし、相手は泣く子も黙る戦神である。相撲を取ったところで万に一つの勝ち目も無かった。
なけなしの博麗神社の信仰を奪い去るつもりなのだ。
しかし、出場しなかったら逃げたのと同じ、結局負けだ。
参加したら負ける、参加しなくても神社として敗北する。
どちらもハイリスクノーリターン……参加不参加どちらの方がダメージが少ないかだ。
霊夢の内面で出場についての葛藤が続いている。
二人でしばらくにらみ合いが続くが均衡を破ったのは魔理沙だ。
悩んでいる霊夢に痺れを切らせたのだ。
「な~神奈子、それって私も参加していいのか?」
「もちろんだとも、皆で大会を盛り上げようじゃないか」
「じゃあさ、霊夢出ようぜ」
「魔理沙、勝手に決めないでくれる? 博麗神社の看板がかかっているんだけど?」
「だからだよ。逃げなくてもいいじゃん? 安心しなって、もし一回戦が私だったら、
極あっさり勝ってやるからさ」
ウインクしている魔理沙を霊夢が呆れてみている。
巫女の直感だが……萃香っぽい気配だ。多分、陽気を操られている。
魔理沙はこういう陽気を操られやすい、加えて操られていることすら気付いていないだろう。
大体、お祭り大好きだし……でも、魔理沙の一言はヒントになった。
最もダメージ無く大会をやり過ごす方法は何か?
神奈子や諏訪子、早苗に負けたらまずいが、その他の幽香、白蓮……あれはダメだ……レミリアや萃香ぐらいなら負けても言い訳が立つ。
それに、もしかしたら連中クラスなら神奈子を倒せる可能性があった。
トーナメントの1、二回戦において別の強者に当たってさっさと敗退する。それが優勝者であればなお良し。
後はくじ運のみだが……人数が増えたら神奈子、諏訪子に当たる可能性が極端に小さくなる。
大会を乗り切る手段さえ見つけてしまえば、後は行動あるのみ。アリスを強制参加させよう。えーっと、あと、誰が居るかな?
いやその前に、レミリア、フランドール、幽香あたりを参加させないといけない。
口元に微笑を貼り付けて魔理沙にお礼替わりの挑発を加える。
「言ってくれるじゃない? 神奈子、私も参加するわ。
例え、あんたに負けるとしても、魔理沙に負けるわけには行かないな」
「ふふふ、霊夢になんて負けないさ。相撲はパワーだぜ?」
「巫女の奥義で受けてあげるわ」
「はっはっはっはっは、いいね。二人ともそう言ってくれると思っていたよ。
そうだ、今のところの参加メンバーを教えてやろう。とりあえず―――」
参加メンバーを聞いた霊夢は思わずニヤリと笑う。幻想郷各地の実力者が集結している。
敗退の言い訳もしやすいし、神奈子に当たる確率も低い。
私のやることは……アリスの強制参加……加えて他の参加者も誘いだして直接対決の確率を下げる。
霊夢の行動そのものが萃香の望んだ行為だとは露とも知らず、巫女として珍しく積極的に活動を開始した。
……
命蓮寺である。
既に白蓮が参加表明をしたことで寅丸が参加すると意気込んでいた。
「聖、任せてください。今度こそ、汚名挽回します」
「ご主人……汚名を挽回してどうする。汚名は”そそぐ”物だぞ」
「ナズーリンは黙っていてください。聖、お願いです。この間の大失態の禊のチャンスをください」
「星……気にする必要は無いのですよ?」
「気にしますよ!!! この間からみんなの視線が……うう、陰で笑われている気がします」
「気がするんじゃなくて、事実笑っているぞ。おもにぬえが」
寅丸の口元が悔しさでゆがむ、ナズーリンが咄嗟に目をそらした。
虎の妖怪だ。ギリギリと立てた歯で気配が変わっただけでも威圧感が凄い。
白蓮の肩を掴んで説得している。しかし、この威圧感を前に、寅丸の必死そうな表情を見ても、中々白蓮が首を縦に振ってくれない。
「ひ、聖、お願いします。なぜ、出場を認めてくれないのですか!!?」
「あ、いえ。絶対に認めないというわけではないのですが……もう少し待ってもらえますか?」
「なぜです!!? 理由を、わけを教えてください!!!」
「ご主人……言いたくないが、負けたらもっと被害が出るぞ? それが分かって出場する気なのか?」
「私は負けません!!!」
「絶対にそういいきれるのか? ご主人?
聖はいい。同門だから勝ちを譲るのは仕方ない……が、幽香や萃香に絶対負けない保証があるのか?
と言うか、私はぶっちゃけ聖の出場も信じられないんだが? 負けたら命蓮寺の名前に傷が付くぞ?」
「私は別に名誉とかそういうので参加したわけではないです。単純に楽しそうだったからですよ。
逆に言うと、私の懸念はそこです。星……あなたは楽しそうだからという理由で参加するわけでは無いでしょう?
勝利に執着しすぎではないですか?」
言葉に詰まる寅丸……確かに勝つことしか頭に無かった。でも、何が何でも勝ちたいと思う。
白蓮にそんな心を見透かされて少し恥ずかしい……それでも、少なくとも私をバカにしているぬえを見返してやる絶好の機会なんだ。
優勝は白蓮でいい、しかし、せめてベスト4……四強程度に残れる実力があることを示したい。
バカにしている連中が見直す程度の実力が示せればそれでいいのだ。
だって悔しいじゃないか、たった一回……ほんの、些細な、ちょっとしたミスだ。
それなのに……あの後、村紗にも、一輪にも、響子にだって失笑された。悔しくって眠れない日だってあったんだ。
真っ赤にした目で頼んでくる寅丸に白蓮は参加の判断を少し待つように伝えた。
白蓮の懸念は二つ。この状態の寅丸がチルノや橙といった圧倒的格下と激突した場合が一つ。
白蓮自身は楽しければいいのでこの際勝ち負けなどどうでも良いのだ。しかし、勝ちに執着した状態で寅丸が加減を間違えない保証は無い。
怪我をさせてまで勝つ必要が無いことを本当に理解しているのか分からない。
もう一つ、神奈子や勇儀といったぶっちぎりの優勝候補にぶち当たった場合だ。
無茶をしすぎる気がする。今度は怪我をするのは寅丸……不必要に食い下がって間違いなく大怪我をする。
こういう大会は大怪我をしてもいけないのだ。そんな程度のことが今の寅丸には分かっていない気がする。
白蓮は寅丸の参加を申し込み期限の前日まで保留としその間の経過を観察することにした。
……
太陽の畑である。橙が美鈴と影狼の二人を連れて、ついでに隠れていたぬえを一緒にして、メディスンを相撲に誘っている。
「けけけけ、いいのか? 橙? 加減しないぞ?」
「別にいいですよ。それにメディスンはどうする?」
「出るに決まってるでしょ?」
「……ダメ。ストップ、メディ」
幽香がメディスンの出場を止めた。「何でよ!?」と勢い良く振り返ったメディスンの服を掴んで匂いをかぐ。
絶対にヤバイ、密着状態で大きく息を吸い込んだら……大妖怪ならいい、毒を吸ってのたうち回ってもらうのはありだが……
橙にチルノあたりが絶対にヤバイ、前みたいなことは二度とごめんだ。
「服の毒なら着替えれば――」
話を完全に無視して頭を掴まれる。髪の香りを確かめる。
服を替えた程度では絶対に無理だ。そして、毒を洗い流してしまえばメディスンは逆に動けない。
ルールそのものが向いてないのだ。今回は応援だけにするしかない。
「メディスンは見学ね」
「ちょっと!!! 私の話を――」
「聞く気は無い。どうしてもって言うなら染み付いている毒を全部抜いてから出直しなさい」
メディスンは悔しそうににらんでいる。しかしどうしたって毒なんて抜けないのだ。抜いたら身動き取れない。
橙を見れば、ニッコリ笑って「私なら大丈夫、内緒で出ちゃおうよ」なんて言ってくる。
その屈託の無い笑顔を見てメディスンは出ないことを決めた。
……
魔法の森……珍しくも霊夢がアリスの家を訪れている。
「……なぜ、魔法使いが力比べに出なくちゃいけないのか……」
「決まっているじゃない。遊びだからよ」
「……遊びには、不参加の自由があるはずだけど?」
「今回に限り無いわ」
「随分、紫っぽくなったわね?」
「どこが紫よ!!!」
「いや、強制して人の話を聞かない所なんか特にそうだけど?」
紫と同類にされて口元がゆがんでいる。巫女にしては珍しい、感情が動いている。
いつもならフラット……何が起きても平然と受け流しているのに……まあ、こちらの知ったことではないか。
とりあえず、目の前の巫女の態度を見る限り、出ないと被害が大きそうだ。
相撲なんて適当にやって終わりにすれば良いだけである。
暴れる判断をされる前に参加の意図を伝えよう。
「霊夢、悪いけど参加するわ」
「そう、悪い……ん? 参加するの?
どこが悪いのよ!!? 錯覚したじゃないの!!!」
「参加してもあなたの意図には従えないってことよ」
「はあ!? 別にいいのよ? 参加さえしてくれれば、あんたが勝とうが負けようが関係ないのよ?」
「分からないならいいけど……一つ約束して、あなたの推薦で私は参加するってことを恨みっこ無しでね」
「参加してくれるなら恨みなんて無いわよ感謝してもいいくらい」
薄く笑っているアリスの真意が分からない。しかし、参加してくれるならもう、用は無いだろう。
参加名簿に勝手に名前を書いてすぐにでも神奈子に連絡しよう。
そんな事を考えて神社に向かって飛んでいく。
残ったアリスは呆れた目でそれを見ている。
もし、仮に霊夢が誘って出陣したアリスが一回戦で即時リタイアなんてしたら世間はどう思うだろうか?
巫女も目先の利益にとらわれすぎている。
確かに大変だろう。守矢神社と勝ち目の無い戦いをやる羽目になったのだから、なりふり構っていられないのだろう。
でも、だからと言って無関係の私を巻き込んでいい理由にはならない。
この仕返しは、ささやかながら私なりのやり方でやらせてもらう。
利用されるだけではないことを霊夢に思い知らせてやるのだ。
……
鈴仙が永琳の決定に猛反対している。
なぜか、相撲大会とか言うパワーバトルに強制参加することになった。
自分は非力だ。師匠はそれを熟知しているはずなのに、しかも永遠亭の看板背負って代表者として出なければならない。
「師匠!!! いくらなんでもこれは無理です!!!」
「言わなくても分かってるわよ。と言うか、永遠亭だと誰も勝てないでしょうね」
「だからと言って、何で私なんですか?」
「私は医者で怪我をしたら、目も当てられないし。姫をこんな大会に出させるわけには行かないし」
「て、てゐが居るじゃないですか!!?」
「ふ~ん。じゃあ、てゐが出ると決めたとしましょう。
当日に来ると思う?」
「ぐっ!! 十中八九、日付をわざと間違えます」
「分かってるならあきらめなさい」
優しく諭すように永琳が鈴仙に指示をだす。
負けてもいい、むしろ一回戦敗退で御の字、守矢の神の顔を立てて代表者を送り込んだ態度だけが大事なのだ。
勝つ必要なんて無い……そうだ、勝つ必要なんて……勝つ?
永琳の思考で、鈴仙が勝てるパターンを検討してみる。
ちょっと、久しぶりに難解といえる問題だったので思考が刺激された。
肉体改造と秘薬の使用を考慮に入れて……鈴仙の精神を再構築したとする……それでも運が必要か?
「う~ん、鈴仙、本気で勝ちたいならドーピングする勇気ある?
一週間あれば肉体改造なんて余裕だし。あなたのために新薬を開発してもいいわよ?」
「ていのいい実験台ですか……」
「そうね、体の形がちょっと、ゴリラに近くなるけど、ウエストは引き締まるし、バストサイズも増すわよ……おもに筋肉で」
「い、嫌―――――!!! 師匠、絶対にやめてください!! 仮にも寝てる間に改造されたらショックで死んでしまいますよ!!?」
永琳は笑って「冗談よ」なんて言っている。しかし、鈴仙の見た永琳の目が笑っていない。
ヤバイ……一週間後、生死を問わず変わり果てた姿で発見されるかもしれない。
普通に考えて、参加させるほうが参加するほうに頼むものだが、永遠亭では違うらしい。
参加するほうが、参加させるほうに土下座して、平穏無事の参加をお願いをしている。
……
「芳香でいきましょう」
「えっと……私もさほど知らないのですけど……相撲?
複雑なスポーツは芳香には出来ませんわよ?」
「大丈夫です。基本的に相手を円から押し出せば良いので複雑なルールではありません」
「その程度であれば問題ないかと思いますが……布都さんのほうがよろしいのでは?」
「布都では無理ですよ。先に断言しますが我々の勝てる可能性は皆無です」
仙人といえど、鬼や、神に匹敵するほどのパワーは無い。
怪我なくさっさと終わりにする。顔だけ出して即終了だ。
たとえ芳香がキョンシーで、人体のリミッターを超えた力が出せても話にならない。
幻想郷各地の指折りの化け物共があつまる。
人間をベースにして発展させた力なんてものでは通用しないのだ。
永遠亭と同じく参加のみ、主催者に対する心象を良くしようというだけだ。
……
「おねーちゃん!! 私出ちゃダメなの!!?」
「ダメです。地霊殿からはお空、いけますね? あなたが代表です」
「ははっ、さとり様!! お任せください!! 必ずや優勝してご覧に入れましょう!!」
「お空……優勝よりも私の指示で勝ち、負けなさい」
「う? 負けても良いのですか?」
「ええ、私に考えがあります。……こいし、ふてくされないで、この大会は利用する価値がある。
ふ、ふふふ、さあ、この話はおしまいにしましょう」
こいしは姉がどうやって自分の感情を読んだのか不思議そうにしている。
しかし、膨れっ面に足をばたつかせていたら心が読めなくても丸分かり……態度からなら一般的な感情くらいなら読める。
まあそれもじきに変わる、全てはこいしのためだ。
この大会の優勝者はどう考えても神奈子だ。そして、実力者として幻想郷に君臨するつもりだ。
そんな心を間近で読んできた。
ならば、その優勝のアシストを行う。お空には悪いが別の優勝候補、勇儀あたりに大ダメージを与えさせてさっと退場する。
後は付け込み放題だ。……多少、こいしが地上で無茶苦茶やっても、目を瞑ってもらう。
いわゆる安全保障にこの大会を利用するつもりだ。優勝者に加担するメリットは計り知れない。
「そうだ!! お空、出場権を私に頂戴!!」
「えっ?? さ、さとり様!! どうしたらいいですか!?」
本気でわからない顔でさとりに質問してくる。……全くおばかなんだから、私が代表と決めたのだから、そのまま従って欲しいものだ。
少し呆れながらお空だけを出場させることを宣言する。
そして、お燐にこいしの監視を命令する。まかり間違ってミスターXとでも名乗って勝手に出場されたらたまらない。
これで不測の事態は防げるはずだ。そうなれば、後はトーナメント次第……くじ運だ。守矢神社でも参拝しておこうか?
……
射命丸が九天の滝の終着点でにとりを捕まえている。
相撲大会に誘っているのだ。
椛は失敗した。顔を合わせた時点で駄犬の分際で噛み付いてきたのだ。
話を聞こうともしない。そりゃ、駅伝のタイムで思いっきりからかったのがいけないのだが……折角椛が勝てる勝負をもっていったのに……残念だ。
「文……いや、天狗様、それって星熊様も伊吹様も出ますよね?」
「そうですが?」
「相撲は大好きですよ? でも、それってやばい奴じゃないですか?」
「大丈夫ですよ、お二方共、天狗や河童に全力を出すほど馬鹿じゃないですよ」
「軽く触れられただけで吹っ飛んじゃうような気が……」
「ふふふ、それでいいじゃないですか、その気になったら素振りだけでやばいですからね」
「う~ん、どうしようかな……他には誰が出るんですか?」
「調べた中だと、早苗さんに霊夢、魔理沙、白蓮さんは出ますね」
「おお!! 盟友がそんなに出るんだ!? じゃあ参加しようっと」
文はほくそ笑んでいる。わざと人間の名前を並べたのはにとりをその気にさせるためだ。
隠蔽しているが、危険なメンバーは勇儀、萃香だけではない。吸血鬼に神、亡霊に太陽の花……化け物共のそろい踏みである。
にとりは気付かなかったが、文の策略にまんまとはまってしまった。
文自身、椛は必ず出るものと思っていたので、急ぎ出場を決めてしまったのだが、まさか出ないなんてことが起こるなんて思わなかった。
こうなると自爆するのは自分ひとりである。流石に恥ずかしかった。にとりは文の自爆の巻き添えにされたのである。
にとりに悪いと思いながら「私が登録しておきますよ。当日を楽しみにしておいてください」なんて笑顔で答えている。
大会当日において参加者を確認したにとりが絶叫したのは仕方ないことだった。
……
美鈴の案内でチルノやサニーミルクが誘われている。それをゆがんだ空間の向こう側からのぞいている影があった。
「うふふふふ、順調順調。妖精なら一回休みしても問題ないわね。
予想通り、丁寧に……怪我するならしても問題ない人選をしてるじゃない」
「すべては、貴殿の策略か?」
「とんでもありませんわ。私の策略はあなたですよ?」
「私が……策略……正気か?」
「う~ん、まあ、普通ならそうでしょうね」
紫が笑っている。現在参加メンバーは予想を超える二十数名……目標の32名まであと少しだ。
そして、そこまで集められれば……トーナメントが膨大になる。くくくくく、そこまでいけば多少いじってもバレはしない。
薄ら笑いを浮かべている神隠し、目の前の小人に仕事を任せる。萃香の始末だ。
始末と言っても、まともにやったら話にならない。億にひとつ、兆にひとつだろうと勝ち目など無いだろう。
しかし、相撲である。やり方次第で不意打ちが可能だ。それに、最も重要なことだが……針妙丸は小槌が使えなければ話にならない。
後は、映姫が”小槌の使用を承認するか?”だが、間違いなくする。映姫の針妙丸に対する心象は悪くない。がんばろうとしたら応援するはずだ。
そうやって、こいつを参加させて、表向きは平等に能力の使用を解禁する。
しかし、裏では鬼対策だ。針妙丸は対鬼用の特効武器を二つも所有している。
これに、紫の戦略を加えれば萃香の相手は出来るだろう。
「神隠し……出る気はないぞ。私は特にお前みたいな奴は大嫌いだ」
「ふ、ふふふふ、そう? 多分すぐに気が変わると思うけど?」
「例え、ふみつぶさ……れ ? !!! 貴様!!!」
ニタリと笑った紫の掌の上で新しい映像が映し出される。
旧都において藍ともうひとり、懐かしい顔が……正邪だ。
藍が後ろから追跡している。正邪は気付いていない。
「幻想郷で監視対象って結構少ないのですよ。片手で足りますわ」
「どういうことだ!!?」
「あなた達、ちょっと前に幻想郷の転覆を画策してましたわね?」
あくどい顔だ。紫は言いたいことは察しろとばかりにニンマリしている。
無言で針妙丸の前で手を広げる。分かりやすいように指を伸ばす。
五指を丁寧にたっぷり時間を掛けて一本ずつ折り曲げていく。
この手が握りこぶしになったら、どうなるだろう? 考えたくない。
くそっ!!! 紫の妖気がカウントダウンの緊張感のごとく増大していく。
「さ、参加する!!! だから、そのカウントをやめろ!!!」
その声に満足するかのごとく、握りこぶしを作った。
紫が合図のごとく振り下ろした空間にパックリとスキマが開く。
「うお!!? って~!! な、なんだ? ここ?」
何が起こったか分からない顔をした正邪が吐き出される。
「せ、正邪……無事だったか。よかった」
「おお、針妙丸か。ふん、勝手に呼びつけるな。俺は欠片も嬉しく無いぞ」
正邪の顔は嬉しそうだ。天邪鬼そのものなので言動と行動が一致していない。
「感動の再会はちょっとおいておいて、正邪さんはじめまして」
「あん? 誰だお前?」
「八雲紫ですわ、本日は正邪さんに折り入ってお願いがありまして」
「ふふ、ヒヒヒ。お願い? いいぜ何でもいってみろよ。全部裏切ってやるから」
無造作に紫が正邪の肩に手を置く、爪を立てて掴んできた。
たまらず正邪が悲鳴を上げて暴れるが、そ知らぬ顔で潰しにかかる。
信じられない腕力、正邪の力では押しのけることは出来ない。食い込む指先に抵抗が出来なかった。
「聞く!! お願いは聞いてやるから!!! は、放せ!!!」
「聞いてやる? 放せ? ええ~っと、天邪鬼だから……これの逆だとすると……ああ、なるほど」
ものすごくわざとらしい……力を緩めずにゆっくりと話し続ける。たっぷり時間を掛けて理解した顔を作るとそのまま力を増す。
正邪の悲鳴が絶叫に変わる。もはやこれまでと針妙丸が小槌に手をかけるが、見えているのだろうか? 紫が手を放す。
「正邪さん、相撲大会に出てくださらない?」
「す、相撲大会?」
「大丈夫、出てくれるだけで大目に見ますわ。あなた達にとっては破格の好条件だと思いますが?」
何を大目に見るのかはっきりといわない。紫にとっては言葉遊びみたいなものだろう。
さっきの無礼な態度を大目にみるのだったら、監視対象からも外れないわけだ。
針妙丸が歯軋りしている。大妖怪、八雲紫……こいつは最悪の妖怪だ。
正邪を見れば肩から血がにじんでいる。力の差を理解させたうえで、一方的に要求を突きつけてくる。
「開催日は△月□日10:00から、場所は博麗神社、そうそう、自主参加であることを肝に銘じておいてね?
私が誘ったなんて口が裂けてもいわないように……よろしくね?」
指を鳴らすと正邪だけがスキマ送りされて先ほどの旧都に投げ出されている映像が流れている。
藍は既にいない。映像もそこまでで、すぐさま消えてしまった。
異空間に取り残されている針妙丸と紫は密約を交わす。
紫が一部トーナメントをいじくり回し、一回戦で萃香をぶち当てるから倒せというものだ。
そして秘策も授ける。他言無用……しゃべったら命は無い、自分も正邪もだ。
「ふふふふ、元気の良い子ですね正邪さんは」
「ぐっ、貴殿のやり方は覚えておく」
「あら、覚えてもらう必要など無いのですよ、そのほうが利用しやすいし」
酷薄な笑みを神隠しがうかべている。……力が欲しい、せめてこの要求を跳ね除けられるだけの力が欲しかった。
眉間にしわを寄せて紫をにらみつける。
「ああ、怖い怖い。怖いからさっさと出て行ってもらいましょう」
紫が指を鳴らす。針妙丸も元いた場所に転送された。
後は、いかにトーナメント作成に介入するか……運なんてわけのわからないものに任せる気は無い。
振り向けば、最初の画面で、美鈴と合流したチルノがルーミアとリグルを捕まえている。……ふっ、順調に過ぎる。
……
映姫は悩んでいる。
小町が参加希望を出しているのだ。サボる口実ではないかとかんぐっている。
息抜きとしてはいい……しかし、小町は普段から抜きすぎているふしがある。
今、ニコニコ笑顔で映姫の目の前にいる。
「なぜ、参加するのですか?」
「おおっと、映姫様それは無いんじゃないですか? 面白いことに参加しちゃダメってのは無しですよ?」
「遊び……確かに、長い人生において息抜きは必要なのですが……あなたしっかり休んでますよね?」
「適度に働き、適切に休む。映姫様の教えてくれたことじゃないですか?」
「休みが過分に過ぎませんか?」
「あはははは、映姫様、人それぞれに適切な割合があるのですよ。映姫様の目に遊びすぎに映ってもです」
「……小町、一応許可します。当日は審判なので、裁判が進まないだろうし」
「おお、流石、映姫様。話が分かりますね?」
「それでは、今からがんばりますか、丸一日、裁判所を開けるのですから後6日で7日分の仕事をこなすのです」
「ゲェ!!? 大会の後でいいじゃないですか!!?」
「後回しがいかにまずいことか……しっかり教えたはずですが?」
小町は映姫の「無駄口叩いてる暇があったらさっさと仕事に行きなさい」という言葉に気圧された。
仕事道具を引っ掴むと、あわてて三途の川を横断していく。
さて、私は普段の仕事に加えて、相撲大会のルールつくりにいそしもう。
……
影狼が赤蛮奇に土下座している。
説得を試みたのだが「誰がそんな危険度の高い大会に出るか!!」と一蹴された。
「お、お願い。まだ紫さんに頼まれた人数に届かなくて……」
「お前の所為で、駅伝大会、とんでもない奴とぶち当たったんだぞ?」
「それは私も同じだって!!」
「知るか!!! 大体なんだその参加メンバー、駅伝大会は知らなかったからまだいい。
今度は無理だ。吸血鬼? 鬼? おまけに戦神だと? 運が悪かったら即死するぞ?
高々くじ運だけに人生かけられるか!!」
赤蛮奇の憤りはわかる。仮にこの話を自分が聞かされたなら断固として跳ね除けただろう。
参加を押し切るには無理強いが過ぎる。影狼はいつもどおり青い顔してうなだれたまま自宅へと帰っていった。
……
命蓮寺……早朝だというのに寅丸の気合の入った声が響いていた。
寅丸が大会参加に備えて体を動かしているのである。
「ご主人、少し早すぎじゃないか?」
「たった一週間です。大目に見てください」
「そんなに悔しかったのか? ご主人?」
「当たり前です!!! 私は、私はあの後、みんなに馬鹿にされて、とても、とても!! 悔しかった!!
私のプライドはズタズタなんですよ。誇りを取り戻せるなら何でもします」
「聖は馬鹿にしていないよ」
「聖は他の人とは違います。聖は真の聖人……聖のおかげでどれだけ助けられたことか、
でも、その人の顔に泥を塗ったのも私なのです」
「聖はそんなこと考えていない様だったけど?」
「聖は良くても私が良くない。せめて、自分の不始末を自分で晴らすぐらいはやらせて欲しい」
ナズーリンがため息をつきながら先月と今月の参拝者リストを確認する。
人数が倍増している。面白半分っていう人間はかなりいるだろうが、それでも寅丸の失敗は門戸を叩くきっかけを作ってくれた。
私や一輪、村紗では絶対に不可能な参拝者の数だ。時に失敗する親しみやすい毘沙門天だから人気が出たわけだ。
但し、今の寅丸では聖の懸念どおり、やりすぎてしまうだろう。勝ちにしろ、負けにしろだ。
そんなことしたら人気が下がる。そっちの方が命蓮寺の看板に泥を塗りかねないのだ。
「ご主人、私が代わりに出るよ」
「? えっ!? ナズーリン? 何でですか?」
「今のご主人が出ると色々都合が悪いのさ。
大丈夫だよ。負けても命蓮寺の名誉は傷つかないからさ。
むしろ私が勝てばそれだけ名を上げられる」
「いえいえいえ、そんな理由で納得すると思いますか? 大体、あなた非力でしょう?」
「非力だからこそ、勝った時の効果が凄いのさ。
心配しないで、私とご主人は一心同体さ、ご主人の汚名ぐらい私が返上してくるから」
「それは私の――」
「いいじゃないか。ご主人。
それに、ご主人を馬鹿にされて悔しかったのは、何もご主人ひとりだけじゃない。
私の毘沙門天様を馬鹿にされて弟子が黙っていられるわけ無いじゃないか」
「危険ですよ?」
「大丈夫さ。必ず勝つとは言えないけれど、活躍を期待しててくれ」
妙に熱のこもった言い方をしてしまった。
早朝で二人っきりだったのが原因かもしれない。いつもより、感情的に本音が出た。
”私の毘沙門天様”なんて言い方、他の仲間の前で言ったことは無い。
しかし、ナズーリンの心とは裏腹に寅丸は気がつかない。
精神を動揺させない訓練の賜物ではない。元から鈍いのだ。
いつになったら気が付くのか? いや、気が付いたらいけないのか……わからないな、感情ってのは。
ナズーリンの複雑な表情を緊張と受け取った寅丸がその表情を和らげようと笑いかける。
そんなことが分かる弟子の表情は苦笑いに変わった。
……
昨夜、ミスティアが経営している居酒屋が開かれていた。
日中は魚を獲っていたらしい。昼間にいつもの場所にいなかったからもしやと思えば案の定だ。
影狼が蒼白な顔でミスティアに頼みごとをしている。
「ごめん、本当にごめん」
「あやまらなくてもいいよ~。危なかったら棄権すればいいだけだし。
それにチルノもリグルも出るんでしょ? 任せてよ。あの二人ぐらいになら勝てるから」
「本当にありがとう。後で何か手伝うよ。いってくれれば山菜集めぐらいなら――」
「お前は頼むに事欠いて、ミスティアを巻き込む気か?」
影狼が驚いて振り返る。赤蛮奇だ。
赤蛮奇が珍しくも居酒屋に飲みに来た。たまたま偶然に出くわしたのだ。
「だって、だって……紫さんとの約束を破ったら……ほ、本当にどうなるか」
「だからって弱い子巻き込むなよ!! あ~、くそっ!!
私が怪我をしたらお前の所為だからな!!!」
「? どういう?」
「私が、ミスティアの代わりに出てやる。影狼! 責任取れよな!!」
「ほ、本当に? ありがとう赤蛮奇……でも、や、約束の10人には足らない」
ギリギリと赤蛮奇の歯軋りが聞こえた。
この馬鹿(影狼)はまだ”巻き込む人数”が足りないなんて吐きやがる。
このままだと針妙丸ですらかりだされかねない。
頭を抱えたまま、ぶつぶつ影狼がうめいている。
赤蛮奇が白い目で見ながら口を開こうとした時だ。
紫が突如として現れた。
「ああ、影狼さん。こんばんわ、こちらにいらしたのですね?」
「げぇ!! ゆ、紫さん。すみません。まだ、人数が集まり切っていなくて」
「ああ、メンバーのことですか? そうそう、私も参加案内を配っていましたら、
思っていたよりも多くメンバーが集まりそうでしてね。
こちらの赤蛮奇さんまでで十分ですわ」
「? え……そ、そうですか?」
赤蛮奇は紫の登場で驚いて、さらに言動にショックを受けている。
あと、ほんの数秒……逃げ損ねた!!! 意思表示さえ遅ければ!!!
大妖怪、八雲紫に聞かれてしまったらもうお終い、取り下げることなど出来ない。
影狼は背中で赤蛮奇の冷た~い視線を感じながら、お酒をあおっている。
「まあまあ、影狼さんには感謝してますわ。
ああ、そうです。これ、お礼の品にいかがでしょう」
スキマからキンキンに冷えた日本酒を取り出す。紫の「皆さんでどうぞ」との言葉で、影狼はそれを自宅にもって帰ることを決めた。
影狼の後を赤蛮奇が悪態つきながら追っていく。
言葉巧みに二人を追い返すと、黒い霧が集まって萃香が現れた。
今晩、赤蛮奇がきたのはなぜか? 萃香が集めたからだ。
ミスティアが出場して怪我などされたらたまらない。懇意にしている居酒屋が相撲の怪我で休業なんてされるのは論外だ。
今回、飛頭蛮と夜雀を天秤に掛けて、飛頭蛮を参加させることにしたのだ。
「なんだよ~。随分上等な酒を渡したじゃないか?」
「く、くくくく、目の前で上物を逃がした気分はどう?」
「かなり効果的だな。あれと相撲の勝負が引き換えだとすると――」
「ふ、ふははは、あーっははっはははは!! そんな程度だと思ってる?
萃香、悪いけど。今回だけはぶっちぎれたわ。カンカンっていったら分かる?」
「ほほう。いや、むしろ期待感が増すな」
「言ってろ。ただで済むと思うな」
目の前で繰り広げられる恐怖の会話にミスティアは聞く耳持っていない。
首を突っ込んだら無傷ではすまない。それに居酒屋では良くあることだ。
幽香が来たり、萃香が来たり、紫も含め頻繁に怪物が来るのだ。そしてそいつらが出くわすこともかなりの回数であった。
「女将、肴をくれ」
「あ~こちらはお酒を」
二人して視線で火花を散らす。
しかし、この場はそこまで、居酒屋で暴れるほど馬鹿ではない。
ミスティアはここであったことを忘れることに決め、いつもの調子で歌いだした。
大会参加者は紫の策略と萃香の密の能力をあわせて総勢31名。明日参加表明予定のナズーリンを入れれば32名だ。
二人して笑いあう。萃香の自信に満ち溢れた笑みと、紫の極悪非道の邪悪な笑み、二人のにらみ合いは夜明けをもって終了した。
……
映姫の手元に参加名簿が渡っている。これを元にトーナメントとルールを作らなければならない。
参加名簿の中には針妙丸の名前がある。……小人のくせに妙にこういう大会に顔を出したがる。
そんな事を考えている。映姫には各参加者の密約や企み、望む展開などを全く無視して平等にルールを決める能力がある。
ルールは単純……土俵内で土がついたら負け、土俵外で土が付いたら負け。但し、それを守らせるには、飛行を禁止する必要がある。
大体全員飛ぶことが可能だ。土俵外で空を飛ばれたらいつもどおり、相撲外のルールで決着しかねない。
「能力の使用はどうしましょうか……」
映姫の懸念は針妙丸だ。彼女だけは他の参加者に比べて弱い、それも勇儀対チルノレベルで済まない。
そのまま参加したらリグルを相手にするだけで人間対昆虫ぐらいの差がある。
小槌の力を使ってもらうしかないのだが……ひとりだけ能力解放なんてやったら他の連中が黙っていない。
正直な話、針妙丸が小槌を使用したとする。そんな程度では差が縮まらない連中がいる。
しかし、使用を認めると差が縮まりすぎて逆転される者もいる。どう考えてもひとりだけ能力開放なんてできない。
今回の大会で参加する面子は中の上を超えるレベルのみのはずだった。
どうしたことか、下の下といえるレベルまで集まっている。
萃香の能力だってここまでは集まらない。そう、集めるわけが無い。これらの事実を持って、確信に基づき断言する、紫の嫌がらせだ。
私が審判になったことを……いや、その前だ。スキマを会合の席で使わせなかった時点で目の敵にされたのだ。
中々、難しいことをぶつけてくる。
全員の能力を解禁……優勝候補と最下位候補が戦った場合……目も当てられない結果になる。
しかし、誰と誰が激突した場合に誰がしの能力を制限するなんて細々としたルールなんて作っていたら日が暮れる。
一律、参加者の裁量に任せるほうが良い。流石に子供相手に全力出す馬鹿は……胃がよじれそうだ。いる。
勇儀、萃香、フランドール、レミリア、空、芳香、それに加えて紫だ。
鬼と吸血鬼はある程度のケースが分かる。対戦者が無用な挑発を加えたケースだ。「本気で来い!!!」なんて言ったケースである。
そんな事を面と向かって言う最弱候補は……いる。チルノにサニーミルクだ。一回戦は絶対に連中との激突を避けなければならない。
加えて連中同士の激突も避けないとまずい。プライドの塊みたいな連中だから、何とかして激突前に人数を減らしたい。
空の場合はもっと単純、最初から全力で排除にかかるだけだ。空に分かりやすいように釘を刺すしかない。
芳香は何も考えていない。術者次第だがこれは術者を説得するしかない。
これまでの連中は一応、個別の対応とトーナメントの工夫次第で問題は回避できそうではある……その上で、唯一の懸念は紫である。
今回に限り嫌がらせを目的としたケースでは紫自身が滅茶苦茶をやりかねない。
紫のようなケースは特殊で、ルールを完全に把握した上で破ってくる。他の参加者と異なり対策の立てようが無い。
当日の気分次第でトーナメントをぶち壊しに来る可能性があった。
「どうしましょうか? 紫だけは対応方法が無い……
可能性としては一回戦から神奈子もしくは勇儀をぶち当てること……でも、
トーナメントを負けた程度で引き下がる奴じゃないし……難題ですね」
どんなに頭が痛くても自分で決めないといけない。
今回公平さを求められている。誰かに相談した時点で、それはその所属の勢力の影響を受ける。
出来るならば、永琳の頭脳を借りたかった。
しかし、本人は現在、鈴仙が勝てるパターンを全力思考中である。
永琳は永琳で目の前の難題に全パターンの解析を持って挑もうとしている。あまりの無理難題に思考が止まらない。
この状態で協力を依頼したら、永遠亭有利のトーナメント表の出来上がりである。
映姫は手を動かそうとするのだが……ダメだ。シード枠を作った所で該当者が多すぎる。
それに、シード枠は強いもの順である。そんなもの作ったら自分が危ない。
そうは言っても、くじ運に頼ればチルノとサニーミルク、針妙丸が”即死コースにご案内”される可能性がある。
審判権限で試合中止には出来るだろうが本人達が納得しない。
裁判ならこれまでに積み重ねた罪で即座の判断が出来る。
しかし、これからの可能性の判断など出来ない。トーナメントによって引き起こされる全てのいざこざを丸く収める方法など想像できない。
静まり返った冥府の裁判所でひとり頭を悩ませている。
そんな中、大気が揺れる。締め切った部屋の中で違和感が走った。
「? ……風? !! 紫さんですか?」
「ふ~ん。流石に早いのね。
ご名答ですわ。ご機嫌いかが?」
「あまり良くないですね。不法侵入ですよ?
結界を強化しないといけないですね」
「白玉楼の”大本”が緩んだままじゃ意味無いでしょう?
それにノックはしましたよ? 夢中になりすぎなのでは?」
「ふふふふ、あはははは、なるほど、いくら結界を強化しても無意味でしたか。最初から裁判所の中ではね。
確かに部屋ごとには結界をはっていません。盲点でした。
それで、本日は何用ですか?」
紫はそれこそ胡散臭い笑みで「相撲トーナメントのことです」と言い切った。
紫の申し出は簡単だ。トーナメント表を作成したからそれを使えというものだ。
その中で最も重要な試合を一回戦、第一試合と第二試合に持ってくる。
針妙丸 VS 萃香
正邪 VS 紫
そしてこの順序も重要だ、逆では針妙丸に対する脅しにならない。
もし仮にも、針妙丸が失敗したらどうなるか? 正邪が文字通りに消えて萃香に紫が直接手を下す格好になる。
「……自分の都合ばっかりですね?」
「ふ、そうともいえないでしょ? 二回戦で優勝候補同士の戦いになるかもよ?」
映姫がトーナメント表をにらむ、所々に怪しい所がある。
一回戦であるのに実力者同士の戦いが仕組まれている。
諏訪子 VS 神奈子
幽香 VS 白蓮
レミリア VS お空
これとは別にチルノ VS リグル等という弱者同士の戦いもあった。
他にも、偏りが存在するブロックはあるが……想像を絶するというほどの物でもない。
「別に私が作成したと言ってくれてかまいませんよ?」
「ふ、ふふふ、そうですか?」
「ええ、運に身を任せるなんてことは幻想郷の安全保障上できないですわ」
「トーナメントに一部偏りがありますが?」
「仕方ないとは思いませんこと? 諏訪子 VS 神奈子……単なる同門対決、それに彼女らにとってはメリットもあるのですよ?
これだけのメンバーが参加する中で無傷で二回戦に進めるっていうね。
白蓮も幽香も遊びの範囲は超えないから大丈夫よ。チルノとリグルは……まあ、がんばればいいじゃないの
弱すぎてバランスが取れてる試合で、どちらかが安全に敗退する。これ以上無い結末でしょう?
レミリアさんは……強制退場してもらいますわ。あの方……どうもルールが分かって無いようですし」
「フランドールさんはどうします?」
「あの子は様子見ですわ。最近は手加減練習してるみたいだし……まあ、やりすぎたら映姫さんが止めるんでしょう?」
「ふっ、そうですね、そのぐらいの権限はありますね。
いいでしょう。あなたの策略に乗りましょう」
紫が笑みを強くすると「ルールはどうします?」などと聞いてくる。
「ルールですか?
土俵の中で足の裏以外で土が付いたら負け
土俵の外で土が付いても負け
飛行禁止
能力の使用は可、但しやりすぎないこと
ということにしようと思います」
「ふ、ふふふふ、あははははは、いいですわ。そのルールをそのまま書きましょう
トーナメント表も合わせて私が明日通知しますわ。参加者全員にね」
「仕事が速い……随分協力的ですね?」
「ええ、このトーナメントをそのまま使ってくれるならね」
「なるほど、但し、一つだけいいですか?」
「何でしょう?」
「あなたの反則は容赦なくとりますよ? 暗躍も含めてね」
「ぶっ!! そんなこと……どうぞお構いなく。尻尾をつかめるものならね」
映姫も笑った。堂々と不正をするなんてそのまま宣言されること、いつ以来だろうか?
挑戦されているのだ。八雲紫に不正を見つけてみろと、厳しく見てやろう、特に紫の試合だけは。
紫にしてみれば仕込みは既に終了している。尻尾なんて出るわけが無い。
薄く笑うと「清書して書面にしましょう」なんて言って自陣に帰還する。
映姫も同意して、その後、てきぱきと裁判の事後処理を進め始めた。
……
大会の開催3日前である。
全参加者にトーナメント表とルールが配られた。
にとりのみ射命丸がわざと情報遮断している。ルールのみでトーナメントはお楽しみなんて言ってごまかした。
それぞれの参加者は作成者の紫の文字を見つけてため息をついている。
微妙なトーナメントを押し付けてきた。”紫が有利か?”といえばそうでもない。
二回戦で確実に萃香と当たる。自分の所だけ一方的に有利というわけでもない。
そこそこには実力者が分散されていた。むしろ騒いでいるのは弱いほうだ。
「ぐっ!!! 一回戦からフランドールだと!? か、影狼、こ、殺してやる」
一方の影狼の相手は小町だ。あまりの後ろめたさで影狼は現在、自宅を放棄して逃げ回っている。
罵詈雑言を聞いて影狼の家の戸を開けたのは針妙丸だ。
どこか表情が暗い、無理やり笑顔を繕っている印象を受ける。
「赤蛮奇殿……申し訳ないが、影狼殿は草の根ネットワークで連絡することが出来たといってな」
「家にいねぇのか!!? あの野郎!! 逃げやがったな!!?」
「野郎は無いだろう?」
「針妙丸!! お前も怒れよ!! 萃香が相手だろ!!? 同じ様に影狼にはめられらんだろ!!?」
「…ッ! あ、私は……自主参加だ。影狼は関係ない」
「馬鹿か!!? かばうなよ!!! お前真面目すぎるぞ!!?」
赤蛮奇は針妙丸の「いや、本当に……だけど」という言葉をまるで信じていない。
針妙丸の震えるような決心を見透かしたわけではない。小刻みに揺れる瞳を見抜いたわけでもない。
赤蛮奇の中で全部影狼の責任ということになっている。
「針妙丸、影狼が帰ってきたら教えろ。絶対だぞ!!?」
怒鳴り散らして、文句をたれながら赤蛮奇が帰っていく。
そんな後姿を見送った後はサリエルが後ろに立っている。
「凄い剣幕だね? 赤蛮奇さんだったっけ?」
「ああ、そうだな。まあ無理もない。相手はフランドールだ。大怪我で済めば御の字だろうよ」
「ふ~ん、それは言い過ぎだな。加減はだいぶ上手くなってるよ。
それにしても、自主参加……本当にそうかい?」
「ああ、二言は無いよ」
「その言い方が引っかかるんだけどな」
「本当だとも」
そんなことを言っている小人の目がゆれている。
サリエルは天使だ。相手の感情を見抜く力は頭抜けている。嘘をつかれていると直感で悟った。
「昔の職業病のせいか、そういう表情は分かるんだよ。嘘は良くないと思うよ」
針妙丸は苦笑いしている。しかし、口に人差し指を当てて、もうしゃべらないとジェスチャーを送る。
そしてそのまま屋敷の奥へときえて行く。
「しゃべらなきゃいいって物でも無いけどな」
サリエルはくるりと家に背を向けると情報収集のため飛び立った。
……
紅魔館……レミリアが大広間で頭を抱えている。
いきなり太陽神と戦う羽目になった。無理、絶対に無理だ。
密着状態で太陽の力を使われたりしたら、灰になってしまう。
「う~、どう考えても紫の策略だな。
ルールも知らずに首を突っ込んだのが致命傷だった。くそっ!!!」
「姉さま、私と代わる? 赤蛮奇って飛頭蛮でしょ? 多分姉さまなら楽勝だよ?」
「あ~、くそっ!! フラン、申し出は嬉しい。出来れば代わってもらいたいが……。
ダメだ、私のプライドが許さん。フランの相手がもしも、太陽神だったら喜んで代わってやったんだが」
「姉さま優しい!!」
「あの……申しあげにくいのですが……」
声を上げたのは美鈴だ。対戦相手は勇儀、初っ端で退場決定である。
フランドールに土下座して代わってもらえないかを懇願している。
「美鈴、お前、私のフランを危険にさらす気か? 死にたいのか? 殺すぞ?」
「姉さま、私は別に相手は問わないから大丈夫だよ? 美鈴、代わろうか?」
是非に……なんて言葉を放つ前にレミリアの手が鳴った。つまらなそうな、本当に置物でも見るような冷たい視線が送られている。
美鈴の顔色が急速に悪化していく。悲しそうな顔で「出すぎた真似をしました」と小声で答える。
「美鈴、ごめんね。代わってあげられなくて……でも、大丈夫だよ。怪我したら”かたき”を取ってあげるから」
「ありがとう……ございます」
とぼとぼと歩いて大広間から退出する。
紅魔館の門で壁に寄りかかって落ち込んでいると声がかかった。
「美鈴、あなたは相撲大会、どの試合に出るのかしら?」
無言で、声の主にトーナメント表を渡す。
一回戦、最終試合、対戦相手はぶっちぎりの優勝候補、軽く小突かれただけで敗退する。
「ふ、ふふっ、美鈴らしいですわ」
「このトーナメントのどこが私らしいんですか?」
「優勝候補とぶち当たる運の無さですわ」
運が無いだけでこんな目にあうのか……橙の申し出を断れば良かったかもしれない。たとえ後ろめたさで夜眠れなくてもだ。
……でも、そうしたら橙が勇儀の相手だったかもしれない。少しは役に立ったのだろうか?
しかし、目で追ったトーナメント上で橙の対戦相手はぬえだ。例え対戦相手が代わったところで勝ち目は無かった。
こんな状態では出た意味が無い。怪我をしにいくようなものだ。
暗い表情を見ているメイド長がちょっとした提案をする。
「そうだ、美鈴、もしも勝てたら、私がなんでも一つ命令を聞いてあげるというのはどうでしょうか?」
「何でも……ですか?」
「そう、何でも、鼻でスパゲッティを食べるとか、逆立ちで人里を1周とか」
「それをスカートでいいますか?」
「あなたが望めば別にかまいませんが……1周後の反撃を覚悟するように」
「ぶっ、ふふふ、ははははは、その前にレミリアお嬢様に殺されますよ」
「ようやく笑いましたね」
微笑む咲夜の顔にはっとする。そうか、この人は元気付けに来てくれたのか……頭抱えて悩んでいるレミリアをさしおいて……。
晴れやかではないにしろ、気分がだいぶ良くなった。
それに、口約束とはいえ目的も出来た。絶望的ではあるが、勝つ目的があるのはいいことだ。
もしも勝てたら、何を言って彼女を困らせてみようか? 困った表情だけでも私にとって千金の価値があるのだから。
……
「見えた!! 勝利への道筋が!!! こんな単純なことだったとは!!!」
永遠亭で永琳が絶叫している。
トーナメント表を見てから考えに考えて、どうしても空と勇儀を倒す手立てが無かったのだが、
勝利はトーナメント表には無い。相撲そのものにあったのだ。
「し、師匠……お願い、おねがいします。肉体改造だけはほんとにやめてください」
鈴仙の顔は目にくまが見える。最近不安で眠れなかった。
もしも眠ったら? 気が付かない間に体が変わっていたら? あまりの恐怖で眠れない。
「? 肉体改造? 何それ? そんな必要は無いわ。
鈴仙、ちょっと耳を貸しなさい」
疑問の表情で耳を貸す。
「あなた、幻視が使えたわよね?」
「? 使えますよ? どういうことですか?」
「相撲ってね。戦う前に見合うのよ」
「? 何ですかそれ?」
「ちょっと盲点過ぎて気が付かなかったわ。いい?
相撲って競技は必ず、お互いがにらみ合った状態から始まるのよ」
「? ん? あれ? もしかしてそれって――」
「そう、幻視のかけ放題ってことよ。加えて、戦うタイミングは自分で決めていいのよ」
「えっ? 審判が合図するんじゃないんですか?」
「調べたけど、相撲の審判にそんな権限無いわ。ま、相手のタイミングもあるから100%自分の間合いでは無いけど……
相手が幻視にかかるまで引き伸ばせばね?」
「楽勝? ……うそっ!! 私、勝てるかもしれない!!!」
鈴仙は飛び上がって喜んでいる。それを永琳が笑って眺めている。
楽勝どころではない。ぶっちぎりの優勝候補だ。ルールが盲点……気が付かなかった。
それに、能力の使用は可能……鈴仙の幻視なら、やりすぎには相当しないだろう。
懸念点としては紫ぐらいだろうか? 紫なら対策を立てて幻視にかからないかもしれない。
しかし、それは萃香を倒し、神奈子を超えないといけない。そしてそんな連中にパワーバトルで勝てるほど紫は強くない。
恐らく決勝で当たるのは神奈子だ。付け込む隙は必ずある。隙が無ければ私が作ればいいのだ。
たまにはこういう大会で勝ってしまうのも人生の余興としてはありだろう。
その夜、久しぶりに鈴仙は快眠をした。
……
「やられた。紫の奴、こんなトーナメント作りやがって……くそ、抗議しても無駄そうだ」
「? いいトーナメントじゃないか。無傷で三回戦進出決定、ベストエイトが確定だ」
ギラリと神奈子にらみつける諏訪子の目はちょっと憤っているようだ。
確かに分散していれば、諏訪子が他の強者を排除……少なくともダメージを与えて敗退する作戦が成り立った。
しかし、くっついていればいるで、神奈子が無傷にて次戦に進出できる。
その後の対戦相手はチルノ VS リグル戦の勝者、どっちが勝とうが問題ない。
そしてその先も大幅有利、ベストエイトで当たる相手は幽香だろうが、幽香自身、白蓮、ぬえを超えてこないといけない。
累積ダメージは必ずある。……ふふふ、優勝は困難というほどでもない。
「楽勝……とまでは言わないが、優勝の可能性はまあ、50%以上は確実だぞ?」
「……ボケたな。戦神……」
諏訪子の懸念は自分達の前試合だ。
もし、子供が夢中になって相撲をとったら? 派手さは無くとも、レベルに見合った熱戦の後、私達が茶番ともいえる戦いをしたらどうなるか?
馬鹿にされるのはこっちの方だ。真面目にやれと不評を買う。信仰にとっても大ダメージだ。
折角、主催者になってまで開いたトーナメントに泥を塗るのは自分達になる。
いかに神奈子が強いことを知っていても、負けることが分かってても手抜きだけは出来なくなった。
「ボケ? むしろどこに穴があるんだ?」
「神奈子のその油断だよ」
「ああ、なるほど、確かに勝ってもいないのに優勝できるなんて言っちゃいけなかったか。気を引き締めるよ」
にこやかに諏訪子に笑顔を向けてくる。……ボケが!!! 懸念は一回戦、私達の闘いだって言うのに。
……気が変わった。神奈子は倒す。勝ち上がるのが神奈子であろうと、自分であろうとトーナメントの有利さは変わらない。
一回戦、気の抜けきった状態に向かって、いきなり全力をぶちかませば勝てる。指でもくわえて、優勝する私を見ているがいい。
要するに守矢神社に箔が付けば何でもいいのだ。諏訪子が薄く笑って神奈子と別れる。
自室に向かって歩いていくと早苗だ。声を掛けて来た。
「諏訪子様!!! なんで! なんで!! 私が相撲大会にエントリーされているんですか!!?」
「ん~? あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いていません!! それになんですか! この参加メンバー!!
フランドールさんに勇儀さん、幽香さんに、紫さんに、幽々子さんに、萃香さんに、レミリアさん?
信じられません!! 二回戦で確実に勇儀さんにぶち当たりますよ!!?」
「いいじゃないか、鬼退治すればさ、博麗の巫女にも大きな顔が出来るよ。
それに……油断してるね? 一回戦を突破できるつもりかい?」
「!!? え? 諏訪子様、本気でそれを言っていますか?」
「もちろんだとも」
「馬鹿に、馬鹿にしすぎです!! ルーミアちゃんはチルノちゃんと同レベルですよ? もしかしたらもっと弱いかもしれない。
そんな子に負けるわけが無いです!!!」
「ああ、じゃあいいよそれで」
早苗の回答にムスッとした態度で諏訪子が引き上げていく。
早苗も訴える対象を神奈子にするらしい……ドタバタと足音立てて神奈子の部屋に入っていった。
「早苗の馬鹿者め!!! 油断をするなとあれほど教えたはずなのに!!!
駅伝で一体何を学んだんだ!!! もういい!!! 負けてしまえ!!!」
諏訪子の見立てでは、相撲におけるルーミアは早苗なんかよりも強い。
ルーミアとチルノが同レベルなのは弾幕ごっこにおいてのみである。
人間を腕力のみで闇に引きずり込むことが出来るルーミアに早苗があがらう術があるのか?
組み付かれた時点で負ける。
どれほど、反省しても次に生かせなければ意味が無い。
諏訪子の燃える怒りのごとく時間が進む。明日は相撲大会の開催だ。
……
影狼の自宅、影狼たちが参加を募ったメンバーが、針妙丸や赤蛮奇も一緒にして、前夜祭を開いていた。
影狼が主催だが、前夜祭だというのに顔色が悪い。
大会を押し付けたのは自分だが……大会中にヤバイ試合がいくつも組まれている。
そんな試合の筆頭犠牲者は赤蛮奇だ。
いきなり、フランドール・スカーレットと激突、ギブアップの暇があるのか?
赤蛮奇は恐怖の時間が明日へと迫って、緊張感が増してきたらしい、目の下にくまが見えるほど疲れているのに目が爛々と光っている。
美鈴も勇儀とぶち当たる。しかし、いいことがあったのだろうか? なぜか楽しそうだ。
針妙丸は自主参加といえ、萃香が相手……覚悟を決めた表情で杯をあおる。
……なんで出場したのか分からない。
後は、橙とぬえの試合だが、橙には式神がある。差をある程度埋めることが可能だ。
他のメンバーは、ある程度実力差がある相手でかつ絶望的なほどの力の差が無い。
すんなりと負けて退場できる。
チルノの優勝宣言が飛び出す中、前夜祭は無理やりあおった酒も手伝って大盛り上がりを見せ、気が付けば大会当日の朝を迎えていた。
……
博麗神社、早朝に地鳴りがおこる。霊夢が慌てて寝巻きのまま飛び出してきた。
「ちょっと!! 諏訪子!!! 朝っぱらから何してくれてんのよ!!」
「あ゛? 別に、いいだろ!! それに土俵作っとかないと試合が出来ないだろうが!!!」
霊夢がいつもと違う諏訪子の剣幕に気圧されている。
神奈子の能天気な油断に早苗の馬鹿さ加減でブチギレ寸前なのだ。
見る間に全自動で土が盛り上がり、神社のど真ん中に土俵が出来る。
後で、神奈子が御柱と屋根を持って来るそうだ。
「もう少し考えて作ってよ。それにどうしたの? 随分機嫌が悪いじゃない」
「ふん、霊夢の知ったこっちゃ無いね!!」
荒れている。諏訪子は元を正せば祟り神だ。その祟り神の本性が見え隠れしている。
あらぶる神は鎮めないといけないが……それは早苗の役目では無いだろうか?
「元に戻してくれるなら文句は無いわ」
「ふん。流石に物分りがいいね」
「あんたがキレたら手に負えないでしょう? 火に油を注ぐほど馬鹿じゃないわ。
鎮めるのは早苗に任せる。もし、早苗が失敗したら私が相手をしてあげるわよ」
「ほう、博麗の巫女様が相手か、楽しみだ」
「早苗は失敗する前提か……」
ケラケラと諏訪子が笑っている。「そう、早苗は必ず失敗するさ」なんて台詞をはいている。
首をかしげている霊夢に向かってトーナメント表をちらつかせる。
諏訪子は何にもいわないが、指先はルーミアを指している。
巫女の直感で悟る。早苗がルーミアを相手に油断している。
ぼりぼりと頭をかく、油断している早苗じゃ無理だ。面倒くさいが……諏訪子の相手は私になるだろうな。
土俵という限られたスペースの中で逃げようも無く、ルーミアの闇に飲まれたら、……弾幕無しなら博麗の巫女をもってしても厳しい。
「なんとなく分かったわ。仕方ない、神様だけに働かせるわけにはいかない。
私も手伝うわ」
「くふふふふ、嬉しいよ。早苗もこのぐらいの直観力があればな~」
「早苗は鈍いほうよ」
肩をすくめながら土俵を固める。霊夢は会場のレイアウトを考え、倉庫からテントやら審判席などを搬出する。
倉庫の扉を開けば萃香が待ち構えていた。相撲大会なのだ。協力する気満々である。
「物好きばっかりね」なんていいながら、萃香に力仕事を依頼する。
この分なら紫も神奈子もじきに集結する。
まさに、神も妖怪も人間も一緒になって幻想郷のお祭りがこれから始まるのだ。
……
「あー、サリエルさん? 色々とかぎまわっていたようですが?
何かつかめました?」
「お前が首謀者ってことだけははっきり分かった」
「具体的には?」
「針妙丸を強制参加させたのはお前だ。目的は萃香だな?
人質までとって……汚い。やり方が汚い」
「そう? 幻想郷の安全保障のために手段を問わず作戦を遂行したに過ぎないのだけど?」
「ぐぐっ、この手に過去の力さえあれば……お前を倒すことも可能なのに」
「く、くくくく、あはははははは!!!
死天使の癖に馬鹿なのね?」
二人は異空間で会話している。どれほど叫ぼうとも空間から外に声が漏れることは無い。
しかし、紫からすればこの程度の情報漏れても問題ない。針妙丸が使えないなら直接戦うだけだ。
サリエルの持っている情報は確認したからさっと地上に返してしまおう。
「トーナメントも仕組んだのも貴様だそうだな、よく出来ている。
相性殺し……弱者の配置もお前の策略か!」
指先で開きかけたスキマが閉じる。
なるほど、実力者達は巻き込んでしまえば当事者だから、勝利を目指すから、トーナメントの真意に気が付かない。
永琳だって、神奈子だって、神子も想定しうる最悪の相手を前提に計画を進めているはずだ。
しかし、サリエルは参加していないので自分の都合という色眼鏡でトーナメントを見ることは無い。
参加各位の純粋な参加意図と相性、実力に基づいて結果を判断している。
トーナメントは試合順で以下のような構成になっている。
Aブロック
少名 針妙丸 VS 伊吹 萃香
鬼人 正邪 VS 八雲 紫
今泉 影狼 VS 小野塚 小町
河城 にとり VS 宮古 芳香
Bブロック
チルノ VS リグル・ナイトバグ
八坂 神奈子 VS 洩矢 諏訪子
封獣 ぬえ VS 橙
風見 幽香 VS 聖 白蓮
Cブロック
サニーミルク VS アリス・マーガトロイド
フランドール・スカーレット VS 赤蛮奇
博麗 霊夢 VS 射命丸 文
西行寺 幽々子 VS 霧雨 魔理沙
Dブロック
鈴仙・優曇華院・イナバ VS ナズーリン
霊烏路 空 VS レミリア・スカーレット
ルーミア VS 東風谷 早苗
星熊 勇儀 VS 紅 美鈴
この情報と幻想郷中をかぎまわって得た各位の思惑を反映する。
Aブロック 勝ち残るのは影狼だ。
Bブロック 恐らく風見幽香。
Cブロック 間違いなく霊夢
Dブロック 鈴仙だ。
今まで得た情報を総合するとこうなる。
Aブロック、このひねくれている紫が勝ち残るとはどうしても考えられない。
萃香を始末したら早々に紫も負けるはずだ。試合よりも暗躍を主体としてトーナメントを進める。
そして暗躍を前提としたトーナメントを考えるとどうなるか?
Bブロック、神奈子の相手は幽香ですら厳しいが……最高出力の紫の式神を貼り付けたら? 事実上の2対1ならば勝てる。
Cブロック、鍵はフランドール、しかし、サニーミルクが日光で倒してしまうだろう。アリスは調べた所、負ける気満々である。
つまり、実力的にありえないサニーミルクの二回戦進出が確定しているのだ。あとは幽々子だが、遊び目当ての参加である。
適当にやって適当に負ける。そうなれば霊夢が勝つ。霊夢は守矢神社に売られた喧嘩に勝たねばならない。勝ちに対する執着が違う。
Dブロック 幻視を防ぐことが出来ない以上、確実に鈴仙の独壇場になる。勇儀も空もナズーリンも勝てないだろう。
こんなことを口走った後に、「優勝者は博麗の巫女だな?」と口にした途端、紫が笑いを消した。
「お前のバックアップがあれば霊夢は鈴仙に勝てる。決勝の幽香は……人間相手に全力出す馬鹿じゃない。空気読んで敗退するだろうな」
「く、くくく、ご名答……私の計画を読んだのね? ……お馬鹿ちゃんね」
「お馬鹿ちゃん?」
「詳細は異なれど霊夢を勝たせるのがこのトーナメントの目的よ。博麗神社の格上げに丁度いいでしょう。
それに気付いちゃうなんて、馬鹿も馬鹿……大馬鹿者ね?」
紫が妖怪の顔になった。サリエルが自らの失策を悟る。
もしも、サリエルが元のまま強者であったなら、これまでの対応は全て正しい。
紫の胸ぐら掴んでみなの前で計画を白状させることが出来ただろう。
しかし、現状の弱さをまだ完全に自覚できていない。元々持っていた正義感だけで突っ走ってしまった。
今の実力ではあがらうことの出来ない妖気が開放されている。
「折角、みんなで受け入れようとしたのに……残念ですわ」
「お、お前は!!」
「さようなら、ごきげんよう。もう二度と会うことは無いわね……消えろ!!!」
サリエルがスキマに飲まれていく、行く先は幻想郷の外、絶海の孤島に転送する。
サリエル自身では海を越えることが出来ない。もはや幻想郷に戻ってくることは不可能だ。
全力で伸ばした手が紫の袖を掴むがスキマの吸引力にあがらうことが出来ない。
ずるずると引きずりこまれ、か細い悲鳴を残してスキマが閉じる。
「馬鹿者が!!! 気付くな! せめて取り繕えよ……」
幻想郷に溶け込むのなら溶け込む側にも合わせる覚悟がいる。
ありのままで受け入れるなんてことはしていない。”溶け込めるなら”と最初に警告したのだ。
あのレミリアだって、里の人間には手を出さないと宣誓している。
それを正義感だけで、他人の秘密まで覗き込んだなら、許容できない。排除あるのみ。
たとえ、ここで紫が温情を持って見逃した所で同じ結末だ。
今やったように、レミリアの秘密を暴いたり、幽香の機嫌を損ねればそのまま即死コースが待ち構えている。
あの正義感では、何れ地雷を踏み抜いたことだろう。遅いか早いかの違いだけだ。
紫はあっさりと思考を切り替えるとトーナメント会場へと向かう。
サリエルのことなぞ忘れて、霊夢を勝たせることに全力を傾ける。
……
化け物共が集まる。博麗神社は昼間だというのに百鬼夜行の如き有様で妖怪が集結していた。
それも単なる下っ端ではない、各陣営の最強モンスターがそろい踏みである。
10:00より相撲トーナメントの決戦の火蓋が切って落とされる。
ルールはシンプルに土が付いたら負け、飛行禁止、能力は使用可能、但しやりすぎないことである。
各人の表情は様々だ。絶対の自信をのぞかせる鬼、戦神、太陽神……加えてチルノ
不敵な笑みを浮かべる向日葵の妖怪、祟り神、神隠し……そして人形遣い
そして絶望の表情をしている赤蛮奇、正邪……なぜかレミリアも。
各人様々な思いをこめてこれから戦いが始まる。
博麗の巫女による選手宣誓が行われ、各陣営ごとに散っていった。
「あははははは、すごい人数が集まったな」
「そうだな、見ろこのトーナメント、私は美鈴、空、その後は多分フランドールで、決勝はお前だな?」
「そうともさ、針妙丸、紫を倒した後は神奈子を相手にして、決勝まで……ヤバイ楽しみでしょうがない」
「私もさ、つまらない所で躓くなよ?」
「分かってるさ、紫が何かたくらんでるが……まあ、それも楽しみのひとつだ」
そう語っている萃香には紫の策略が見えていない。
一回戦で当たる針妙丸こそが、紫の萃香対策である。
そして、勇儀対策も既に仕込み済みである。二人とも三回戦以上に進ませる気は無い。
紫は鬼の会話をほくそ笑みながら眺めている。
傍らには藍が控えていた。
「本気で、試合に介入する気ですか?」
「大丈夫よ。私の考えに間違いは無いわ」
「……この試合に乱入したらちょっとした災害になりますよ?」
「ええ、それが目的だから大丈夫」
「絶対、怪我しますね」
「最初に説明したでしょ? 怪我をするのは私だから大丈夫よ」
「その後のフォローは誰がするんですか?」
「あなたに決まってるでしょう? 私の式神でしょ?」
藍はため息ついている。橙が巻き込まれなかっただけでも上出来といわざるを得ない。
藍が見つめる先にはいつものメンバーで興奮しながらしゃべっている橙の姿があった。
「絶対に勝つぞー!!!」
「おっー!!!」
橙にチルノ、サニーミルク、リグル、ルーミアと言った面々で必勝を誓っている。
無邪気なものだ。メディスンがうらやましそうに見ているが、今日は見学だけ、みんなの奮闘を心に刻む。
そして、遠くよりそんな子供達を見ている視線があった。
「けけけけけけ、馬鹿だな俺様に勝てると思っていやがる。
まあ、大妖怪の力って奴を見せてやるかな」
「ぬえ、やりすぎはだめですよ?」
「分かってるよ、寅丸じゃあるまいし」
悪戯っ子の視線そのもので寅丸を見る。
視線を受けた寅丸の憤りの表情を止めたのはナズーリンだ。
「ご主人、挑発だ。乗ると余計に言われるぞ」
「分かっています……でも、が、我慢が出来ない」
鼻息荒く、歯を見せている毘沙門天にナズーリンが手を添える。
「任せてくれご主人、必ず、勝って見せるから」
「……無理せず、怪我無いように」
挑発にのらない寅丸をつまらなそうな目でぬえが見ている。
しかし、そろそろ第一試合の開始時間だ。土俵に注目しないと面白いことが始まってしまう。
一回戦 Aブロック 第一試合 少名 針妙丸 VS 伊吹 萃香
意気揚々と萃香が土俵に上がる。
一方の針妙丸はまるで死地に赴くような表情だ。黒幕と最後の確認をしている。
「紫殿、約束は守るよな?」
「二言はありませんわ」
「わかった。……必ず勝つ、結末がどうあろうとも」
「大丈夫、死にはしませんわ」
「私が言っているのはトーナメントの後の話だ」と言いかけたが、口を固く結んで土俵に上がる。
萃香はそんな二人を面白そうに見ている。
どんな密約を交わしたのだろうか? しかし、いかなる謀略をもってしても針妙丸に遅れをとることは無い。
楽しそうに構えた萃香の前に針妙丸が立つ。手には小槌がある。姿は萃香と同じ程度の大きさ。
審判の映姫より「見合って、見合って」との掛け声がかかる。
いよいよ開幕する。第一試合……萃香は相撲の仕切りの構え、針妙丸は半身で足を開いた。
審判にはこれでいいと目線を送る。映姫はうなずくと最後の掛け声を入れる。
「発気用意!!!」合図だ。
機先を制するのは針妙丸の掛け声。
「大きくなあれ!!!」自分自身をさらに巨大化させる。
鼻息荒くも萃香はそのまま突進だ。しかし、止められた。
いかに大きくなったところで、針妙丸ぐらいなら、体当たりだけで吹き飛ばせるはず。
疑問の表情で上を見上げる。
ニヤッと笑った針妙丸が手の内を見せる。しっかりと八雲紫の式神が張り付いている。
それも一つではない、見た限り5つ以上張り付いてる。
映姫が反則を取るべきか、目線で萃香に問いかけるが、萃香はそれを一蹴した。紫の策略など折込済みだ。
……四肢と胴体……なるほど、なるほど、このぐらいじゃ動かないか……ならば!!!
萃香も萃香で体を巨大化させようとする。
この程度の策略など、障害に入らない。たとえ小槌で力を吸われても問題ない。
恐らく紫の策略は二回戦……この試合で、自分の力を見るのと、出来る限り力を使わせることが目当てと見た。
「ふふん、なるほど、紫の手先に成り下がったか……
まあ、いい。突進を止めたことだけは褒めてやろう。
だがな、鬼の頭領はこの程度じゃない!
行くぞ!!
ミッシング!!!
パープル!!!!
パワー!!!!!」
針妙丸と同程度には巨大化する。
しかし、この巨大化こそが、針妙丸と紫の狙いである。
元々の針妙丸の巨大化したサイズも計算の内だ。そしてそれと同程度に萃香が大きくなることさえも……。
「貰った!!!
お前が大きくなあれ!!!!」
萃香の顔が驚愕に染まる。「え!? あっ!! ちょっとまって――」実に切なそうな声を出しているが試合は決着した。
巨大になり過ぎて足が既に土俵をはみ出している。
決着……勝者 少名 針妙丸
萃香がひざを突いて落ち込んでいる。勇儀が慰めに入るより早く、紫が話しかけてきた。
「いかがですか? 大好きな勝負をぶち壊された気分は?」
「ぐ、ぐやじい。紫、よ、よくも……」
「それは、私の台詞、よくもまあ、幻想郷でこんなトーナメント開いてくれたものです。
私の怒りが少しは分かったかしら?」
「ぐ、ぎ、…ぢぐしょう゛…」
「それでは、第二試合があるので、お暇しますわ」
言いたいことだけ言ってさっさと土俵に上がる。
対する正邪は……早くも逃げ腰だ。尻尾を巻いて帰りたいが、帰ったところでスキマ送りされて土俵上に戻される。
げっそりとやつれた表情で紫に向かい立つ。
第二試合 鬼人 正邪 VS 八雲 紫
映姫が互いに見合ってと声をかける。……正邪の目が挙動不審で定まらない。対して紫は薄く笑って突っ立っている。
一向に視線が絡まないので、審判としてけしかけてみる「発気用意!」と。
合図に対して、破れかぶれで正邪が突っ込む。紫はその突進を二度三度とひらひらかわす。
まるで相手にしていない。この相撲トーナメントをあざ笑うかのようにかわし続ける。
「お、お前は何をしたいんだ!?」
「……遊びかな? ま、もういいわ、さようなら正邪さん」
途端に正邪の足元でスキマが開く。飛行禁止のルール上、不可避の攻撃……スキマワープによる強制場外技だ。
正邪の体が土俵の上から消える。
絶叫しているのは針妙丸だ。しかし、数秒後その背後に正邪が排出される。
……遊ばれた!!!
薄く笑う紫に対して審判が下る。
勝者 鬼人 正邪
冗談抜きでスキマワープによる場外技なんぞ防げる人物はいない。やりすぎの極致と言って過言で無い。
映姫によって反則を取られた。
「馬鹿ですか? 紫さん?」
「馬鹿も何も、一番強力な技なんだけど? スキマ投げって技名なんだけど……やっぱりダメか~」
紫はわかっていた顔で反則一本負けを受け入れた。
放心状態の正邪は針妙丸に助け起こされている。
「か、勝ち? な、何が起こった?」
「正邪、いい、何も気にするな。お前が無事なら、もうそれ以上は望まない」
「殊勝な心がけですわ」
心外ともいえる紫の言動を受けて針妙丸が紫をにらむ。
「ああ、怖い怖い。別段、仕事こなしてくれれば手出しはしないわ。
ご苦労さま、後は二人の好きにしたら? 別にあんた達に介入なんてしないわよ?」
針妙丸が悔しそうにしている。紫から託された式神を束にしてはたき返す。式神の符は全て紫に当たる前に藍が空中で回収した。
藍は複雑そうな表情で頭を下げるとそのまま紫について見学席へと消えていく。
「し、針妙丸……一体どういうことなんだ?」
「鬼を倒せと言われたからその通りにしただけのこと。
別段、正邪のためなら、負けだろうとかまわなかったよ」
正邪が信じられないものを見る表情で針妙丸を見る。
この馬鹿はまだ信じているのか? もう仲間じゃないって言ったはずなのに……こんな信頼は苦痛なんだ。
針妙丸は意を決したように「次戦楽しみにしている」と言って正邪から離れていった。
第三試合 今泉 影狼 VS 小野塚 小町
影狼は複雑な表情で土俵に上がる。
危険度では最も低い区画に入った。
すでに危険人物が敗退しているのである。
萃香と紫が即時リタイア、赤蛮奇が疲労と動揺と恨みをこめた目で見ている。
冷たい視線の所為で振り向けない。加えて、対戦相手に注目せざるを得なかった……今の今まで寝ていたようだ。
口に出す気は無いがよだれの痕が見える。そして寝ぼけ眼で大あくびしている。
審判に注意されても直らない。ようやく厳しい視線と観客の注目を集めて慌てて背筋を伸ばしている。
影狼は赤蛮奇の視線を無視してそのまま、目の前の戦いに集中する。
小町はニヤニヤしながら影狼の目の前に立つ。
合図とともに突進した。そして気が付けば土俵の外だ。
振り向けば小町が笑っている。
「これぞ必殺、ワープ投げってね!!!」
小町の能力、距離を操る能力だ。自分自身は軽く横によけて、相手の踏み込みを利用する。たった一歩で場外にはじき飛ばす。
呼吸をするかのような反則技に映姫すらあっけにとられてしまった。
こいつはさっきの紫を見ていなかったのか?
軍配を握る手に血管が浮く。
「こ、小町、あなた、紫さんの試合は見ていなかったのですか?」
「え? 見る必要ないじゃないですか? ワープ投げなら誰も防げませんからね!!」
小町の回答に映姫がブチギレした。
勝者 今泉 影狼
勝者コールの後、説教が始まる。映姫が我に返るまで……約1時間にわたってトーナメントが中断した。
第四試合 河城 にとり VS 宮古 芳香
にとりはほっとしているような表情、Aブロックではもう危険人物はいない。むしろ文の方がうらやましそうに見ている。
神子もちょっと人選を誤ったことを後悔している。自分か布都が出ていればAブロックの突破は出来ただろう。
しかし、仙人代表は芳香だ。安全を優先して冒険することを忘れた。
芳香では、河童の相手ですら難しいだろう。
皆が見ている目の前で合図と同時に河童が消える。
光学迷彩だ。よく出来ている。芳香にはどこにいるかわから無いだろう。
しかし、芳香はそれ以上に予想外の行動をとった。
相手が消えたことで”土俵から押し出せばいい”とだけ教えたことがあだになった。
相手が土俵上で見えなくなったことで、自分が勝ったと勘違いしたらしい。
にとりが何も仕掛けていないのに勝利の雄たけびを上げて土俵から出て行ってしまった。
「勝ったぞ~!! 青娥~!!」
呼ばれている本人は目を覆っている。対戦相手のにとりや映姫ですらこの結果は読めなかった。
勝者 河城 にとり
「あれ? 何もして無いのに勝っちゃった?」
遠くから見ていた文も口を開けて放心状態だ。このトーナメント、能力を解禁した所為で、相撲以前の勝負になっている。
そして、純粋に相撲目当てで参加した自分がバカバカしくなってしまった。
せめて椛でもいれば、まだ相撲が取れたと思うのだが……この先が思いやられる。
Aブロックの戦いが(映姫の説教を除けば)極、短時間で決まった。続いてBブロックが始まる。
Bブロック 一回戦 第5試合 チルノ VS リグル・ナイトバグ
今大会唯一の最初から組まれている弱者同士の戦いである。この策略に気が付いている諏訪子が苦い表情で見ていた。
そして、紫の策略と諏訪子の陰謀に気が付かない神奈子は楽しそうに見ている。
二人して仲良く土俵に上がりながら、視線で火花を散らす。
「ふ、ふはははは、このあたいこそが地上最強ってことを教えてあげる!」
「チルノはバカだな。地上最強? 幽香さんに決まってるじゃない?」
「ふん!! あたいにかかれば幽香だって楽勝よ!」
「ふふん、その言葉、確かめるまでも無いね。だって私に負けるんだから!!!」
売り言葉に買い言葉、いつものやり取りだ。二人共いがむことなどなく、自信に満ちた笑顔で戦いに挑んでいく。
審判が振り上げた軍配団扇を合図に二人でがっぷり四つ手で組み合う。
リグルが脚力に任せて勢いよく押す、チルノはずるずると土俵際まで押される。しかし、俵に両足を掛けてリグルの押しを堪えに堪える。
次第にリグルの勢いがなくなってくる。低体温の代表ともいえるチルノと密着状態で体温ががんがん下がっているのだ。
別段、チルノはパーフェクトフリーズを使用したりしていない。本人の抑えようの無い特性と言えば良いだろうか?
勝負が時間を掛けて逆転していく、逆に土俵際まで追い込まれたリグルはあっけなく押し出されてしまった。
ちょっと冷えすぎて震えている。時間をかければかけるほどチルノは相対的な強さが増す。
真冬の気温で全力が出せる人物はチルノとレティを除けば他にいない。そして、レティは出場していない。
チルノの最強宣言とともに勝者コールが行われた。
「ふふふ、あたいったら最強ね!!」
「チルノずるい。体温低すぎ!! しがみついてたら凍っちゃうよ!!」
「仕方ないじゃん!!! どうしようもないんだからさ!!」
「なんか、納得いかないから後で弾幕ごっこね!!」
「受けて立つ!!」
二人して最初の勢いそのままに土俵を降りていく。
「あっはっはっはっは、こういうのを待ってたよ」
「あ~あ、やっぱりこうなったか」
ようやくまともな相撲の試合が行われた。
会場の雰囲気は子供のおかげであったまりだしたと言う所か……ここに茶番で水を差すわけにはいかない。
トーナメントそのものの意義が変わってしまう。
第六試合 八坂 神奈子 VS 洩矢 諏訪子
神奈子が土の感触を確かめるように立つ。諏訪子がブラブラとやる気など微塵も見せない態度で土俵に上がる。
観客が、大会参加者がこの戦いに注目している。
茶番か、本気なのか、神の態度はトーナメントを占う上で大事な試合だ。
しかし、映姫の「見合って、見合って」の声を受けても諏訪子はふらふら体を揺らしている。
神奈子が仕方ないな~なんて顔をしている。
あきらめたのか映姫が合図を入れる。
「発気――
途端に諏訪子の目が据わる。体を前後に揺らしていたのは勢いをつけるためだ。
目と目があった時点で神奈子は隙をつかれたことを直感する。
諏訪子の目が赤黒い!!!
――用意!」
「う!? おおおおお!!!!?」
神奈子が腹に諏訪子の突進を受けてあっという間に土俵際まで追い詰められる。
足の裏で捉えた俵が絶体絶命のピンチであることを感じさせる。
そして、勝利の予感を嗅ぎ付けた諏訪子が間髪いれずに増える。
土着神「宝永四年の赤蛙」
いきなり3対1になる。合計、六本の腕で張り手の弾幕が張られた。
押して押して押しまくる。しかし、あと、一手、俵を超えてしまえば良いのに……神奈子が動かねえ!!!
諏訪子がふと見上げた神奈子は昔見た戦神の顔をしていた。
追い詰め方が悪いのだ。大ピンチなんて感じさせたら追い詰められた緊迫感で戦神の勝負勘が蘇る。
これでも攻めの速度が足りない!!! 気付かぬ間に土俵外に出さなきゃいけなかった!!!
神奈子の焦りが回避できない速度で張り手を繰り出させる。
諏訪子は腹に衝撃を受けて弾き飛ばされた。両足で着地した場所は土俵の外だ。
神奈子は誰に対して信じられない顔をしているのか?
「ぐっ……げふぉ……っ、
あ~、くそ、いてぇ」
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ、痛いだけだ」
「……久しぶりにやばかった。本気を出すなら出すって言えよ。油断も隙もあったもんじゃない」
「そんなこと言ったら隙をつけないだろ」
「ん? そういえばそうだな。でも、なんでだ?」
「ちぇ。隙をつけば勝てると思ったんだがな~」
「そりゃ、いきなりミシャクジ呼ばれてたら負けたかもな」
「それじゃこっちが反則負けさ」
諏訪子の態度が全くわからない。神奈子は不思議そうにしているが、諏訪子に不意打ちされた所為で何よりも意識が変わった。
これならまあ大丈夫だろう。神奈子の油断が消えた。勝利は磐石、紫の策略も跳ね返して守矢が勝つ。
神奈子に対していちいち詳しい説明などしない……してやるものか。自分で気付いて欲しい。
本気でぶつかり合った二人をぬえがしらけた目で見ている。
わざわざ本気でぶつかり合う必要なんて無い。戦いってのは何もパワーに拘ることは無い。
それを次の戦いで証明してやる。
第七試合 封獣 ぬえ VS 橙
けけけと笑いながらぬえが降り立つ。橙が駆け上がる。
橙は楽しそうだ。試合が始まる前に式神を貼り付ける。
目の前で青鬼、赤鬼、毘沙門天、一挙に三枚の式神で一気呵成の攻勢を仕掛けるつもりだ。
「けっけっけっけ、そんな程度で勝てると思っているのか?」
「思ってますよ!!! ぬえさん力弱いし。鬼の力を模擬したこの符なら押し勝てる!!!」
「けぇーけっけっけっけ!!! 馬鹿にしすぎだぜ? 相撲は力だけじゃないってこと見せてやるよ!!」
二人とも待ちきれないなんて審判をせかしている。
合図と同時に二人とも土俵と言う狭い範囲の中で駆け回る。
基本的に橙が追いすがる形なのだが、ぬえがすさまじい動きでそれを避け続ける。
躊躇無く、俵の上に乗り、審判を飛び越えて向かいの俵に着地する。
映姫の腕を掴んで盾にしたり、遠隔操作の正体不明の種で土俵外から光の乱舞をお見舞いしたり。
もはや相撲など跡形も無い闘い方をしてくる。
「ぬえさん!!! 何やってるんですか!!?」
「何って相撲だろ? 安心しろよ土俵から出てもいなければ、土もついてねぇ。
光だって目くらまし程度に加減してるんだぜ?」
そういうぬえは映姫の肩に乗っている。審判の我慢は限界突破しそうな勢いである。
力士の動きをよけきれないほうが悪いのは分かるのだが……こいつはそんなことすら利用してくる。
「ぬ、ぬえ……これ以上、まともに取り組まないのなら……権限で失格にしますよ?」
「けっけっけっけ、審判もわかって無いな~、土俵をどう使おうが俺の勝手だろうが?
まあいい、もうちょっと遊んでやるつもりだったんだが、仕方ねぇか」
「つかめさえすれば勝てる!!」
「つかめさえなんて言っている時点で橙の負けさ」
大きく異形の翼を開く、6本の羽が別個に展開する。
しかし、両手を広げて構えたぬえは隙だらけだ。橙がそれこそ最速の動きで掴みかかる。
そして腰に手を回して抱き上げた。
……よし!! 勝ったぁ!!!
橙の勝利の予感とは逆に、そのままずるずるとぬえがずり落ちてくる。
ぬえが笑っている。橙の力が急速に抜けていく!!!
「バカだな橙、密着状態ならいくらでも式神をはがせるんだぜ?」
橙があせった顔でぬえの手にしたものを見ている。しっかり三枚、全部剥ぎ取られた。
こうなると一方的だ。
ぬえが橙の腕を掴み返す。軽々と橙を担ぎ上げた。
観客席を見渡して藍の場所を確認すると、そのままぶん投げる。
妖怪「鵺」はキメラの妖怪、蛇の猛毒、サルの敏捷性、虎の暴力を併せ持つ。
橙を藍がキャッチして試合終了。
大妖怪の面目躍如だ。直接の力のやり取りなら負けるわけが無い。
勝利コールを背中で流し、意気揚々と土俵を降りて行った。
「あの馬鹿は、やりすぎとかそういう概念が無いのかしら?」
「すみません。幽香さん、あれでもまだ加減しているほうです。
二回戦でお仕置きするので、見逃してください」
しれっと、私が勝つと宣言された。耳ざとく幽香がそれを咎める。
「あれ? 聞き間違い? お仕置きを”任せる”じゃなくて?」
「そうです。私に任せてください」
「く、くくく、言ってくれる。先にあなたにお灸をすえてあげるわ!!」
「お灸か……たまにはいいかも知れませんね?」
比喩を言葉そのままの意味で受け取っている。……こいつ、天然か!!
白蓮が笑いながら、幽香は珍しい物を見る表情で、二人そろって土俵に上がる。
第八試合 風見 幽香 VS 聖 白蓮
神同士に続く一回戦屈指の好カードだ。
審判の合図で二人とも頭から激突する。
額と額をこすり合わせて二人が笑っている。
白蓮は仏の微笑、幽香は猛獣の笑み、力は拮抗している。
笑いが止まらない。
がっぷり四つ手で組み付いたまま二人が発揮する力を引き上げていく。
「へえ……やるじゃない? 遊びの範囲じゃ押し切れないかな?」
「凄い、まだ遊びなんですか? 力比べでは負けちゃいますね」
しかし、白蓮もまだ余裕の表情……言っている事とやっている事が逆だ。
幽香が埒が明かないと判断した。妖力を発揮して身体能力を強化、腕力にさらに上乗せを加えていく。
白蓮が次第に圧倒されていく。
「く、くくく、どう? 自分の負けを自覚する気分は?」
「ふふふふ、意外と楽しいですよ。ここから逆転しますから」
「逆転?」疑問を浮かべると、白蓮が小声でお経を、幽香の目の前で唱え始めた。
幽香の顔が引きつる、思わず手が緩む。耳を咄嗟にふさいだ。
自分の失態を自覚した時には既に白蓮の手が腰に回っている。
「幽香さん……残念でしたね?」
一直線に土俵際に押していく。
しかし、最も残念なのは白蓮の性格だ。止めを刺す感覚を身につけていない。
この期に及んで優しく幽香を押し出そうとしている。
幽香は土俵際の縄をつかう。無理やり再成長させて蔦を足に絡ませる。
押し切れないのを不思議そうにしている白蓮に声がかかる。
「あんたバカすぎるわ」
ようやく仕組みに気が付いた白蓮が再度、お経を――
「あ゛!!!!!」
超至近距離から大音声を浴びせる。
こうすればお経は聞こえないし、白蓮の耳も攻撃できて一石二鳥だ。
目を白黒させて白蓮が腰砕けになった。
「同じ手が二度も通用すると思ってんの?」
そういうと幽香が軽々と白蓮を持ち上げる。
そのまま場外へとさっと投げ捨てる。腰から落下して勝負が決した。
勝負事に関して白蓮は甘すぎる。勝ちきるという感覚が無い。これは当然の結果なのだ。
そのまま、薄く笑って幽香が悠々と引き上げていく。
「……すごい、幻想郷屈指の実力っていうのは伊達では無いですね」
ひとり言のようにつぶやく白蓮の瞳には無敵の妖怪への憧れが宿っていた。
一回戦 Cブロック 第九試合 サニーミルク VS アリス・マーガトロイド
アリスが土俵に上がる。相手はサニーミルク……弱すぎる。
どう考えても勝てる。但し、勝った後は何の保証も無い。
もしも、勝ってしまった場合の二回戦の対戦相手は間違いなくフランドールだ。そうなる前に退場する必要がある。
負けるならサニーミルク相手でいい。勝つ必要性など微塵も無い。
「アリスになら勝てるわ!!!」
「そう? がんばってね」
サニーミルクが「何言ってんだこいつ」と言う表情をしている。
アリスは負け方を考えている。
流石にサニーミルクに押し出されるのはありえない。手抜きが見え見えすぎる。
サニーミルクの作戦に引っかかるって言うのも無い。
多分今の言動から、真正面から突っ込んでくる。押し出されるのと一緒だ。
そしたら、ルールを分かって無いフリをするか……ようやくプランが決まる。
仕切り線から異常に下がった状態でアリスが立つ。サニーミルクは仕切り線の限界まで寄っているのにだ。
開始の合図とともにサニーミルクの眼前に巨大な影が立ち上がる。
アリス最強の人形、ゴリアテ人形が召還された。
いきなりで硬直したままのサニーミルクに対して、間髪いれずに浴びせ倒し……土俵全面を覆いつくすような逃げ場の無い攻撃を行う。
審判の映姫が咄嗟にゴリアテ人形をスペルカードで吹き飛ばす。
「アリスさん!!! 失格です!!! 何故、道具に頼っているんですか!!?」
「何って、勝つためだけど? ほら、私人形遣いであまり力は無いし……
人形を頼らないと優勝なんてとてもじゃないけど出来ないわ」
「……相撲そのものが良く理解できて無いようですね」
「霊夢が説明してくれたのよ? 相手を押し出せばいいって」
霊夢がいきなり話を振られて驚いている。映姫がそんな霊夢をにらんでいる。
「霊夢!! ちゃんと相撲を説明しておきなさい!!!」
霊夢が口を開きかけるが、アリスが先手を取った。
「恨みっこ無しって約束したわね?」
霊夢が歯がゆそうにしている。……やってくれるじゃない。
「人形が使えないなら、今回は無理ね……あきらめるわ」と宣言して、アリスは土俵を降りる。
全然、悔しそうな感じは受けない。むしろしてやったりの表情で霊夢とすれ違う。
「この参加費は高くつくわよ?」
「参加費は霊夢払いでしょ?」
舌打ちしながら霊夢は引き下がっていった。
第十試合 フランドール・スカーレット VS 赤蛮奇
フランドールが嬌声を上げながら土俵に現れる。実の所、この数日楽しみで仕方なかった。
今日うまくやれば遊び相手がもっと増えるかもしれない。
ちゃんと加減できることを示すのだ。
そのために相撲のルールも覚えた。相手を押し出せばいいのだ簡単である。
一方で赤蛮奇が気絶寸前の表情でふらふらと土俵に上がる。
既に足元がヤバイ、がくがくと震えている。開始と同時に腰砕けで決着しそうだ。
「お、お手柔らかに……」
「ええ、こちらこそ!!」
フランドールは加減する気満々である……しかしそのさじ加減を致命的に間違えている。
赤蛮奇相手に3割も力を発揮する気だ。
いつものメンバーなら大体の加減量が分かるのだが……赤蛮奇は初対面だったことが災いした。
フランドールにとってみれば完全に様子見なのだが、既に絶望的な差になっている。
美鈴が危険な状況であることを直感した。
フランドールは自分の力の加減を覚えつつあるが、まだ相手の実力を探ることが出来ない。
「妹様!!! もっと抑えてください!!! そのままじゃやりすぎです!!!」
「えっ!!? うそ!?」
慌てて、出力が小さくなる……このぐらいか? 美鈴を見るが、首を横に振られる。
1割をだいぶ下回った所でようやく頷かれた。
どうしよう……これじゃ動けない。
映姫が心配そうに見ている。
対戦する二人を見比べてみるが、フランドールは出力が小さくなりすぎて不安の表情、赤蛮奇は恐怖で気絶寸前だ。
「見合って見合って」二人ともどうしようと言う表情だ。
「発気用意!!」フランドールが本人にしてみれば至極ゆっくりの動作で張り手を繰り出す。
赤蛮奇が死に物狂いで突進する。そしてカウンターで吸血鬼の手が肩に当たる。
蛮奇は思いっきりのけぞる形で転倒した。
フランドールが驚いている。これで力を出しすぎ? 避けられないの? 最初の出力で触ったらひき肉にするところだった。
勝利コールが頭に入らない。
「本当に練習してるんですね? 上手いですよ」
「なんだか、心外……これじゃ遊べないよ?」
美鈴が胸をなでおろしている。フランドールの試合は別の意味でハラハラドキドキする。
蛮奇は転倒してそのまま泡を吹いている。しかし、気絶ぐらいなら無事に退場した範囲だろう。
影狼が赤蛮奇を抱きかかえると永琳のまつ医務室に連れて行った。
「ねぇ、美鈴はなんで蛮奇のことが分かったの?」
「う~ん。私の能力ですよ。本当の実力はそれこそ手を合わせないと分からないですが……
大体の発揮できるエネルギーの総量なら気の大きさで分かるんです」
「エネルギーの大きさ……あんなに小さいの?」
「妹様……言いたくありませんが赤蛮奇さんは普通ですよ?
妹様とお嬢様が大きすぎるんですよ」
「……もしかして、次の試合もそうなの?」
「断言しますが、そうです」
フランドールが困った表情になる。どうしたらいいのか?
「そうですね……相撲だから……
相手の突進をまず受け止めてみるなんていうのはどうですか?」
「受け止める?」
「まず、相手に触らせてみればどのくらいの力を出しているかすぐ分かりますよ。
その後、相手の力にあわせて力を出してあげれば大丈夫です」
「そっか……う~ん、そうする」
本人は納得している。しかし、次戦は相手がサニーミルク、このアドバイスがフランドールの致命傷になった。
第十一試合 博麗 霊夢 VS 射命丸 文
文が悩んでいる。多分まともにやったら霊夢には勝てる。
しかし、椛はいないし、勝てば恐らく幽々子が相手……割に合わない。
元々、文が出場した目的は椛に負けることだった。
たまには犬から狼になって欲しいし、本人のガス抜きもさせないといけないのだが、
からかい過ぎて墓穴を掘った。椛が出場していない以上、参加する意味が無い。
土俵に上がる前に霊夢の所に行く。
「霊夢さん、作戦は立ちましたか?」
「ええ、ばっちり、あんたも含めて敵はいないわ」
「本当に? 烏天狗の中でも私は強いほうですよ?」
「力の強さだけで勝負は決まらないのよ」
「……じゃあ、本気でいきましょう。一瞬で決めてやります」
「ぶっ、あははははは、いいわ。決められるものならね」
文は馬鹿ではない、大体の霊夢の技を想定してみる。
使おうとしているのは夢想天生か亜空穴だろう。
それならば、逃げ回ることは可能だ。そして動き疲れたところで対妖怪用の霊力を全開にして土俵からはたきだす。
そんな程度の作戦だ。……まあ、有効ではあるが、読めてしまった。これを利用しよう。
土俵に上がった二人を映姫が怪訝な顔をしてむかえる。
文が取っているのは仕切りの構えではない。短距離走のクラウチングスタートの体勢だ。霊夢も半身で流すように立っている。
合図をしたところで文が消えた。霊夢の直感なら飛び込むタイミングを読むことなど朝飯前……、
霊夢の後方でつんのめって転倒している文がいる。
ワープ技とかそういう類の物ではない。
文が最速の威信を掛けて反応を許さない速度で突っ込み、そのタイミングを直感で読み取った霊夢が夢想天生で迎え撃っただけのこと。
霊夢をすり抜けてそのまま文がオーバーランして試合終了と言った所か?
合図とともに試合終了……最短試合である。二回戦のチルノ VS 神奈子ですらこれよりも時間がかかる。
最速の名は伊達ではないが、使い方を間違えている。
「ふふん、予想の通り」
「ええ、全て想定内です」
「?」
疑問を浮かべている霊夢をよそに文は引き上げていった。
あの馬鹿犬が出なかった所為で大恥をかいた。いいや、まだまだ引きずることは確実だ、はたての存在に今気が付いた。
いま、ホクホク笑顔で写真を取っていやがる。
明日のはたての新聞のトップ記事は「無残!! 射命丸文 散る」だろうな。
気持ちを切り替えてこれから取材に専念しよう。この大会なら一ヶ月はネタに困らない。
参加者としての体験レポートも書く。いくらなんでも新聞ではたてに負けるわけにはいかない。
第十二試合 西行寺 幽々子 VS 霧雨 魔理沙
「あははは、霊夢、勝ったか。流石だぜ!」
「当然でしょ? 楽勝もいい所だわ。
そんなことより、魔理沙は平気なの?」
「当然だぜ? 幽々子になんか負けないぜ?」
「まあ、いいわ。二回戦で待ってるからね?」
「応、最強のヒロイン対決をやろうぜ」
意気揚々と魔理沙が土俵に上がっていく。
「幽々子様、なんで出場したのですか?」
「楽しそうだからよ。紫も出てるし、まあ、負けちゃったけど。
たまにはいいじゃない? 主人が出ても」
「任せていただければ、この妖夢、優勝――」
「出来るわけ無いでしょ? 私でも無理よ。だから今回は遊び、楽しく遊んで終わりってことね」
そういう幽々子は魔理沙を見ている。
からかいがいのある相手だ。存分に楽しもう。
土俵上では魔理沙が自信満々でこちらを見ている。
こっちも楽しみだ。相撲なのだからいつもと違うことを教えてあげよう。
映姫が幽々子を心配そうに見ている。別段、魔理沙を手にかける事はしない。いつも通りだ。
合図とともに魔理沙が幽々子に触れる。……? 触れるだって!!?
ちょっとすり抜けてからかおうとしていたのが裏目に出る。
しっかり腕を掴まれた。
「油断大敵……これな~んだ?」
幽霊だろうと掴める。卒塔婆を加工して作った魔理沙特製、幽霊キャッチャーグローブだ。
トーナメント表の配布の前に、神奈子が参加者を教えてくれた時点で対策を考えていた。
大体、参加者の中でこいつだけは亡霊だ、掴めなくなる。すり抜け対策が出来なきゃ相撲なんて取れない。
「あ、油断したわ。凄いわね魔理沙~」
「このままいただきだぜ?」
「そうはいかないな~」
見た目なんかよりも幽々子は軽い。亡霊だから当然だが、捕まえさえ出来れば押し切れる。
そう判断した魔理沙が腕を掴んだまま思いっきり腕を伸ばしたが、
逆に力を抜かれた腕が幽々子の背にまわるだけになった。
そして問題は魔理沙よりも幽々子の方が背が高いと言うことだ。
顔が近い。意図的に幽々子が頭を近づけてきた。
「この仕組みはグローブだけかしら?」
「い、言う必要は無いと思うぜ?」
「まあ、そうね。じゃあ、服に着込まれていても厄介だし……
顔を攻撃しようか?」
一瞬だけ、呆けた魔理沙の顔が真っ赤になる。
幽々子が狙っているのは唇だ。あせり狂って逃げ出した。
「人の物を勝手に奪うのはいけないんだぜ!!!」
自分のことはいいのかという観客全員の突込みを無視して魔理沙が叫んでいる。
しかし、幽々子は拘束から開放されてニヤニヤしていた。
幽々子もぬえと同様、発想が異なる。魔理沙の純情を攻撃している。
「ん~、惜しいな。もう少し、あと一歩、後ろに下がってくれれば決着したのに」
ケラケラと笑う幽々子の前でグローブをはずして咥える魔理沙……なるほど、体には仕掛けていないらしい。
唯一の攻撃手段をわざわざ口で噛んでいる以上予備は無い。
後、警戒すべきは右手のグローブのみ……ふふふ、もう少しからかいたいな~。
大昔に、二刀流の男が(私以外の他の女性に向けて)やっていたことを思い出す。魔理沙に効果は抜群のはずだ。
珍しくも幽々子の方から歩いて近づく、顔がダメなら胸でも狙うか。
視線で魔理沙に対し予告を行う。両手を広げて警戒を促す。
止められるかしら? と言う表情で止めを刺す。
決着……勝者 西行寺 幽々子
視線と手振りと表情のみで押し出す。
純潔を人質にとられた魔理沙が後ずさりしてこけた。
「ゆ、幽々子、まさかお前がそんな趣味だったなんて」
「ぷっ、ふふふ、そんなわけ無いでしょ?
大体、その気なら、出会ったその日に家に押しかけてるわ」
「~~~っ!!! だ、騙された!!」
「う~ん、騙したとは違うな。避けなかったらキスはやってたな。
ただ、あんまりにも反応が面白かったから、つい、調子に乗ったわ」
一通りの魔理沙の反応を楽しんで幽々子が振り返った先には怒り心頭の妖夢がたっていた。
「なんですかっ!! あれでは、名門、西行寺の名に傷が――」
人差し指を添えて妖夢の口を封じる。
「とうの昔に滅んだ家なんてどうでもいいことでしょう?
傷も何も私が決める。
あなた、固すぎるのよ、妖夢」
口がダメでも真剣な目で視線で抗議している。
……まだ、遊ぶ気ですか?……と
浮ついた視線で答える。
……今日、丸々一日遊ぶ……と
そんな二人を放り出して試合が進んでいく。
Dブロック 第十三試合 鈴仙・優曇華院・イナバ VS ナズーリン
必勝を誓ったナズーリンに対して今大会における単騎理論値最強が降臨する。
鈴仙ならば、ナズーリンでも腕力で負けることは無い。
普通の戦いならば互角だったであろう。
弾幕ごっこでも宝塔を使えば見劣りしない。
しかし、相撲のルールが決定的だ。
見合うだけで……勝負開始前に試合が決する。
土俵に上がり、鈴仙を見ただけで勝負が決まってしまう。
もはや形だけの試合進行が行われる。
「今日は、今日だけは勝たせてもらう」
「ふ、ふふふふ、そうですか? 残念でしたね」
必死で勝利を誓った思いも、寅丸が寄せた期待も、審判の公平な判断をも欺いて試合が始まり、そして決着した。
にらみ付けたナズーリンは鈴仙の紅い瞳に本物の毘沙門天を見る。試合開始直後に跪いていた。
我に返ったときには既に取り返しが付かなかった。
鈴仙は勝利コールを受けて飛び上がって喜びながら永琳の元に駆けていく。
放心状態のナズーリンから涙がこぼれる。
何をしに出てきたのだ私は?
こ、こんな馬鹿なことがあるなんて。ぬえがこっちを見て指さして笑っている。
ご主人も同じ気持ちを味わったのか?
一輪も村紗も響子も笑うのだろうか?
声だって出てこない。
力が抜けてひざから崩れ落ちる。
背中を受け止めてくれたのは誰だろうか?
こぼれる涙を隠してくれたこの手は?
「ナズーリン……休みましょう」
声で誰だか分かった。しがみついて嗚咽を漏らす。
二人で命蓮寺に引き上げていく。
命蓮寺の誰が相手をしても鈴仙相手では同じ結果になる。
寺のご本尊が信者の前に現れたら誰だって頭をたれる。
ナズーリンは寅丸の代わりに犠牲になったのだ。
それが分からないような馬鹿ではない。
しかし、そんな二人を指差している馬鹿がもうひとりいた。
「さとり様、私より頭の悪い奴がいましたよ!
対戦相手に跪くなんて私絶対にしないですよ!!!」
言動だけで頭の悪さが駄々漏れしている。
さとりは鈴仙を観察していたが……お空では無理だ。
どれほど警告しても鈴仙の瞳を見る。この試合をただ単純に再現するだけだろう。
折角の理想的なトーナメント、勇儀とブロック決勝で当たるはずなのに、鈴仙は非力ながらブロック……いや、トーナメント最強である。
何とかして早急に対策を立てないといけない。
一回戦突破は確実だからなおさらである。
第十四試合 霊烏路 空 VS レミリア・スカーレット
レミリアが頭か抱えて土俵に上がる。一応日傘は用意しているが、土俵上には持ってこなかった。
至近距離で太陽神の力を解放されたら日傘なんぞもたない。
何を持ってきても一瞬で溶けて燃え落ちる。それだけの相手だ。
一応、土俵の上には屋根はある。本物の日光は届かないのだ。四隅に守矢特製の御柱が設置されている。
「お嬢様……棄権なされますか?」
「いいや、意地だ。このパワーと速度に掛けて一瞬で弾き飛ばす」
「そんな暇あればいいですね?」
ニヤニヤと笑ったお空が、既にジワリと発光している。
レミリアは、もうこげ始めている。
……くそっ、後はこいつが力を引き上げきる前に攻撃するしかない!!
レミリアが審判をせかす。
しかし、お空はさとりを見ている。ジェスチャーでなるべく開始までを引き伸ばすようにと手振りを受けている。
土俵には上がったが一向に円の中に入ってこない。
このままでは、試合開始前にレミリアが灰になってしまう。
「空さん、早く入らないと失格にしますよ?」
しかし空はさとりを見て、その指示に従う。審判の言葉など優先順位すら存在しない。雑音と一緒だ。
指示を受けてようやく仕切り線のはるか後方で構えた。
突進距離も開ける。……終わった。
そして、開幕直後に全力の発光、レミリアは突進すら間に合わず、黒焦げにされて退避している。
お空は勝利コールを完全に無視してさとりの元に舞い戻る。
「くそっ!!! 紫にさとりめ!!! このままで済むと思うなよ!!!」
黒こげのレミリアを大事そうに抱えて咲夜が日陰に連れ込む。
「お嬢様……あまり無理なさらないように」
「分かっている!! くそう、太陽神じゃなけりゃ、他の誰が相手でも勝てるのに、ああ゛、腹立たしい!!!」
完全な相性による脱落、お空と戦えば一回戦だろうが、決勝だろうが、そして対戦者が妹であろうと同じ結末だ。
フランドールもこげたレミリアを心配して近づいてきた。
「咲夜……いつまで私の姉さまを抱えている気? 代わらないと……肉塊になるよ?」
「ああ、そうだな。咲夜、フランと代わってくれ。
それに、紅茶を頼む。いくらなんでも真昼じゃ体が元に戻らん」
端で聞いていた美鈴が思わず後ずさるほどの会話に咲夜が巻き込まれている。
しかし、本人はニコニコ笑顔でそれを了解すると、フランドールにレミリアを渡して、博麗神社の台所で紅茶を入れ始めた。
土俵上では次なる決戦が始まろうとしている。
守矢の巫女 対 宵闇の妖怪
誰しもが一度は戦う漆黒の恐怖が早苗に襲い掛かろうとしていた。
第十五試合 ルーミア VS 東風谷 早苗
「早苗、ファイト!!」
「いや、ファイトも何も神奈子様が仕組みましたよね? これ」
「いいや、参加させたのは神奈子の意思だけど、仕組んだのは紫だよ。
くふふふふふ、早苗、対策はあるかい?」
「対策……? 必要ですか?」
「よし、その意気だ。行ってきなさい」
神奈子に後押しされて、早苗が土俵に上がる。諏訪子がそんな姿を見て吐き捨てるように「負けたな」とつぶやく。
「どういうことだ? ルーミア相手なら楽勝だろう?」
「早苗の油断は神奈子、お前から伝染したな? 無理だ。先に断言する。
早苗は負けて当然なのさ」
当の本人は二人のやり取りに気が付かない。早苗の目の前に審判に名前を呼ばれた真っ黒い闇の塊がフヨフヨと飛んできた。
全く中身が見えない。内側からかわいらしい声が聞こえる。
「人間が相手なのかー」
「ルーミアちゃん、闇は解除したらどうですか?」
「ヤダ、昼間だしまぶしい」
「ルーミア……せめて足下……くるぶしぐらいまでは闇をのけてください。
まぶしく無いだろうし、このままでは転がっても分からないですよ?」
審判の言葉を受けて、ルーミアの闇が変形する。丁度、土俵から10センチぐらいは闇が無くなった。
審判が闇に飲まれては判断できないとして土俵の端に寄る。
「さあ、両者、見合って見合って!!」
しかし、審判、早苗ともにルーミアの表情が見えない。
仕方無しに合図をかける。
途端に闇が広がってきた。そして、軽く土俵を覆いつくす。
端から見ていた神奈子が驚いている。
早苗が、自分を”神おろし”しようとしている。
全力で拒否した。ルーミア相手に二人がかりなんてやったらいけないし、そんなことしたら審判に反則を取られる。
一瞬だけ感じた早苗の感情は酷いものだった。
拒否されただけでパニック寸前になっている。
諏訪子も同様に拒否したらしい、苦い顔だ。
「諏訪子、お前の懸念はこれか?」
「いいや、違う。”神おろし”なんて私も想定外さ。
私の懸念はルーミアの方が腕力があるってことだけだね」
「しくったな。そういえば早苗はルーミアと初対戦か? 現代っ子が昔の宵闇に飲まれたら――」
「パニック物だろうね? 今時の子なら光に囲まれている。
何が潜んでいるか分からないなんてこと無いからな」
「弾幕ごっこならあたり一面、手当たり次第に撃ちまくればいいんだが……ダメだな相撲でそれやったら反則だ」
神奈子が呆れている。見える足元だけで動揺しているのが分かる。
ルーミアは動いて無いのに、さっきから早苗だけが動き回っている。
そして、早苗の声だけが聞こえている。ルーミアは暗闇を広げただけで何もしゃべっていない。
「なんで、二人とも、協力してくれないんですか!!」
「するわけ無いだろうが!!」との回答で、余計に早苗が狼狽する。
大声で、「ルーミアちゃんどこにいるんですか!?」なんて叫んでいる。
守矢の神々が顔を覆っている。
……は、恥ずかしい。そんなこと妖怪が答えるとでも思っているのか?
動き回っている所為で、声を上げている所為で、ルーミアにも早苗がどこにいるのか分かるらしい。
普通の歩幅で歩いて距離をつめている。
ようやく、足が交錯するほどの至近距離でルーミアが答えた。
「ここだよ――!!!」
いきなり大声を浴びせられて、びっくり仰天!!! そのまま尻餅をついた。
決着 勝者 ルーミア
勝利コールが行われたのだが、一向に闇がなくならない。
審判が「試合終了ですよ?」と声を掛けても解除の気配が無い。
足元だけで二人が重なっているのが分かる。
とてもかわいらしい声で、「いっただきま~す!!」なんて声が漏れてきた。
慌てて、暗闇の中に守矢の神が飛び込んで二人を引き剥がした。
早苗がショックで気が動転した状態で運び出される。
ルーミアが噛み付いているのは神奈子の腕だ。あと少し遅かったら噛み付かれていたのは早苗だ。
「……この肉硬い」
「言いたいことはそれだけか?」
「ルーミア、勝負だから勝ち負けは仕方ないけど、食べないでくれるかな?
うちの大事な娘なんだ」
「え~? だって、久しぶりにうまくいったのに……久しぶりのご飯なのに」
「ルーミア、後で守矢特製のお粥ご馳走するから、今回は見逃してくれないかな?」
ルーミアが困った顔をする。諏訪子の「おかずとお酒もつける」との一言でぱっと明るくなった。
「約束だからね。いっぱい、い~っぱい、用意してね?」
「約束するよ」
「おなか一杯食べていいから」
幸せそうな顔で引き上げていく。その先の相手はリグルやチルノだ。
多分大人数で押しかけてくるな。まあ全部早苗の責任だし仕方ない。
今度こそ、どんな相手にも油断しないことを学習して欲しい。
非常に高価な学習費だった。
「ほほう、巫女とはいえだいぶ差があるな、二回戦はルーミアか」
自らの対戦相手を確認していた勇儀の言動だ。一回戦の美鈴も相手にならない。
自分の相手になるものはブロックの決勝までいない。
不敵に笑う勇儀が動く、いよいよ、一回戦、最後の試合が開幕する。
一回戦 最終第十六試合 星熊 勇儀 VS 紅 美鈴
吸血鬼が集まっている日陰の一角で美鈴が準備運動をしている。
「美鈴、調子はどう?」
「いつも通りですよ。気は重いですが、ご褒美のことを考えれば、まあ、前向きにはなれるますからね」
「ご褒美だと? 約束した覚えは無いぞ?」
耳ざとく聞きつけたレミリアがそんなことを言っているが、怪我とフランドールの拘束で身動き取れない。
小声で咲夜が聞き返す。
「それで、何が望みですか?」
「まだ、考え中です。勝ったら、そうですね、あなたが困ることをお願いしますよ」
同じく小声で言い返す。
二人して笑った。
「美鈴、さっさと行って、負けてきなさい」
「無理矢理勝って凱旋しますよ」
土俵ではいまや遅しと勇儀が待っている。
ようやく土俵で面と向かって立つ。
「ほほう、逃げない度胸、恐れない意思……意外と当たりかも知れんな」
「いいえ、大はずれの方です。だから、思いっきり油断してくださいよ」
「ほ~う……期待していいみたいだな」
「いや、だからしなくていいのに」
「決めた。1分やろう。好きに攻撃しな。その間、こっちは一切、手を出さない」
美鈴の小さなガッツポーズを勇儀は見逃さなかった。
楽しい時間が始まる。
二人とも半身で立つ合図と共に美鈴が突っ込んできた。
張り手を勇儀の全面に当てる。頭、胸、腹、腕……しかし……効いている気配は無い。
「何か分かったかい?」
「想像以上の化け物ですね? やわらかいのは見た目だけですか?」
美鈴の口元は笑っている。今のは触診に近い、ダメージの通りやすい所を触って確かめたのだ。
そして結局のところ、結論は頭部しかない。体はダメだ、筋肉と脂肪と骨格が強固過ぎてダメージが通らない。
腕の関節ひねっても、純粋なパワーだけで返されてしまう。てこの原理が効かない相手なんて最悪だ。
残り15秒、決着させよう。頭は危険すぎる。全力を集中させて攻撃したら無事の保障は無い。
ダメ元で、腹筋を狙う。
極彩色の気が利き手に集中する。たっぷり10秒掛けて力溜めだ。
張り手よりも掌底に近い形で、勇儀のみぞおちを貫く。
しゃれにならない頑丈さ。撃ちぬいた衝撃で自分が土俵際まで吹き飛ぶ。
勇儀は……微動だにしていない。
「あまいねぇ。頭を狙えばよかったのに……例えばのど、人中、鼻、いろいろあっただろ?」
「流石に、あぶないと思いまして」
「結果はごらんの様さ、それに、相撲にも拘ってるね。張り手じゃなくて拳をつかいなよ。
武術家だろう? 別に文句は無いさ」
「いや、ルールが――」
美鈴の言葉にだんだん勇儀の機嫌が悪くなる、勇儀が鼻を鳴らしている。美鈴に出し惜しみされたのが気に入らない。
もう、美鈴の話を聞かずに全力を出させる方法を考えている。
観客をざっと見渡して咲夜を見つける。
美鈴に分かるように親指で咲夜を指す。
「この後襲い掛かってやろうか?」
「!!! 冗談でも言っていいことと悪いことがありますよ?」
「じゃあ、全力を出せ!!! 手抜きをするな!!! 別に拳だろうと急所を狙おうと反則を取る気は無い!!!」
驚愕したのは映姫である。それじゃ審判の立場は?
映姫が抗議しようとしたのを目の端で捕らえると手振りだけで下がるように指示する。
巻き添え食ったらこっちもただでは済まない。しぶしぶ引き下がった。
「来な。鬼の強さ、見せてやろう」
「結局こうなるのか……」
美鈴の表情が変化する。構えが変わった。掌を拳にきり変える。
一つだけ言っておかないといけない。
「勇儀さん、あなたを心配するわけでは無いんですが、今から、演舞用の技を必殺用に切り替えます」
「は? 断る必要ないぞ?」
「武術家としての社交辞令ですよ」
勇儀が神妙に聞いている。その隙をついて美鈴が踏み込む。
今度の踏み込みはそれこそ狙いが違う。
勇儀の足を踏みつけた。動きを止める? 機先を制する? 全く異なる、狙いは次の一手の威力を逃さないためだ。
蹴り足でのどを撃ちぬく、軸足は勇儀の足の上できれいに一点を穿っている。
踏みつけた足で勇儀の足を押さえつけている。美鈴のけりの威力は全て勇儀の体を伝導する。
驚愕するべきは勇儀、この技をもってしても、息が漏れただけ。
本来なら足はきれいに伸びきり相手はのどを撃ち抜かれた衝撃で転倒する。
それ以前に美鈴が全力で打てば頭と胴体が離れてもおかしくない技なのだ。
「ぐっ、はぁ、効く。最初からこれをやれよ」
「本物の化け物ですか。あなたは」
「最初からそのつもりだ」
勇儀が振った張り手の攻撃をバックステップで回避した。そしてそのまま掌圧で吹き飛ばされる。
きれいに受身を取って着地した先は土俵外だ。
勝者 星熊 勇儀
「残念だったな、最初の1分で必殺用の技を続ければ、もしかしたらひょっとしたかもな」
「多分、無理だったでしょうね」
「そうかな?」なんて言って笑っている。
少しは楽しめたようだ。手振りでさっきの襲う話は無しと言っている。
ようやくほっとして咲夜の元へと向かう。
「ああ、やっぱり負けましたね?」
「ええ、当然のように歯が立ちませんでした」
「では、約束は無しで……ちなみに何をお願いするつもりでしたか?」
「最初に言いませんでしたっけ? 咲夜さんが困れば何でもです」
「具体的には?」
「例えば――」
小声で咲夜に耳打ちうする。美鈴が捏造したつくり話は咲夜を赤面させて困らせるには十分な内容だった。
二回戦が始まる前に小休止が入る。
各人が二回戦の内容を確認している。試合順序はこのようになっている。
Aブロック
少名 針妙丸 VS 鬼人 正邪
今泉 影狼 VS 河城 にとり
Bブロック
チルノ VS 八坂 神奈子
封獣 ぬえ VS 風見 幽香
Cブロック
サニーミルク VS フランドール・スカーレット
博麗 霊夢 VS 西行寺 幽々子
Dブロック
鈴仙・優曇華院・イナバ VS 霊烏路 空
ルーミア VS 星熊 勇儀
「はーはっはっはっ、次は戦神か、相手にとって不足無し!!!」
チルノがみなの前で大口を叩いている。
一回戦を見返す。チルノはリグルが相手だったから良かったが……美鈴も赤蛮奇も橙ですら負けた。
二回戦の突破は不可能だ。唯一可能性があるのはサニーミルク、吸血鬼を日光で急襲できれば勝機は十分に存在する。
ルーミアも対戦相手が優勝候補、美鈴の全力攻撃が通用しない相手に勝つ見込みはゼロだ。
しかし、勝機を気にしているメンバーはこの中にはいない。気にするような奴は中に入れないのだ。
だって、誰もが優勝を夢見て参加したのだから……他人の実力と自分の実力の差なんて気にする奴は出ちゃいけないのだ。
ぬえが笑っている。橙から取り上げた式神……実は返却していない。
幽香なんて化け物、普通では勝てないが……式神を貼り付けたら? 勝機は十分だ。
傲岸不遜に笑う。命蓮寺は自分を残して壊滅した。そんな中もしも、自分が優勝したら?
大威張りできる。白蓮だって喜んでくれるだろう。
悪意を放ちながら笑う。
対する幽香は神社裏で頭を抑えている。
「あの野郎……耳元で念仏唱えやがって……」耳鳴りが止まらない。
試合の後、何回かぶり返してきている。
落ち着いて妖気を練りたいが……厳しい、ぬえはどうにかなっても神奈子は無理だ。
「ご機嫌……よろしくなさそうね?」
「ええ、紫……吐き気がするから消えてくれない? 割とマジで」
「用件が済んだらすぐにでも消えますわ」
「手短に頼むわ」
紫の用件は簡単だ。式神を渡すから、神奈子を倒せと言うものである。
「……何? 私は素じゃ勝てないって言ってるの?」
「いいえ? 素で渡り合っても勝機が無いわけじゃないんだけど……100%までは行かないわね」
「確かに必ず勝てると断言は出来ない……か、特に今日はね。あ~、くそっ、頭痛いわ。
それで、あんたの計画は何?」
「ずばり、実力者の排除、神奈子だけは優勝させるわけには行かないのよ。分かるでしょ?
幻想郷の運営……神奈子が支配したらどうなるかぐらいは」
「エキサイティングでいいじゃない。と、言いたいけど、そうね……メディスン、橙、チルノには危険かもね。
で、誰を優勝者にするの?」
「あなたは流石に話が早いわ、ずばり、博麗の巫女。誰にも角が立たないでしょ?」
幽香はしばらく頭を抑えていたが、納得したようだ、手を伸ばしてきた。
式神を渡すと意思を確認せずに紫が消える。式神は懐にしまった。いざとなったら発動しよう。
「予定通りに進んでるわね?」
「紫様、最後の確認です」
「あ、不要で、どうせ意思確認でしょ?」
「……分かりました」
「映姫の声は覚えたわね?」
「ええ、大丈夫です再現できますよ」
「じゃあ、最後お願いね?」
紫の計画で二回戦、最後の試合を潰す。ルーミアと勇儀の試合、
ルーミアの闇にまぎれれば介入可能だ。一回戦でそれを確認した。
映姫ですら闇の中はのぞけない。
土俵という戦う範囲が限られている中なら、座標を特定しスキマで介入することが可能だ。
後は、審判だが、藍が襲い掛かる。さて、勇儀にはとっとと消えてもらおう。
勇儀はそんな事を知らずに萃香と話をしている。
「ぐ、ぐやじい、じぐしょう」
「泣くな、といっても無理か、針妙丸が……違うな、
黒幕は紫だな。あんなこと仕掛けてくるとは思わなかった」
「……すまない」
声に驚いて振り返る。針妙丸が謝りに来た。
萃香の目がヤバイ、血走っている。勇儀が手を掴まなかったら勢いに任せて殴り飛ばされただろう。
「……本当は出るつもりなんてなかったんだ。
どうしても……紫に出ろと言われて」
「なんとなく分かる。正邪を人質にとられたな?」
「面目ない……」
「いいさ、気にするな。
ほら、
萃香……
暴れるんじゃない!!!
納得しろ!!
針妙丸、大体の話は分かった。萃香にはよ~く言い聞かせておく
お前も、がんばれ、決勝は無理だろうが……手抜きをするなよ?」
「分かった」
萃香に対し深々と頭を下げて引き上げていく。
この後、正邪と合流しよう。色々話したいことが山積みだ。
各人思い思いの時間を過ごし、二回戦が始まる。
Aブロック 二回戦 第一試合 少名 針妙丸 VS 鬼人 正邪
針妙丸が正邪を探している。
もう試合時間だ。審判の映姫は10分待つと宣言したが。針妙丸が対戦者の正邪を探している異常事態である。
観客席を見渡しても、神社の裏にもいない。最後の手段として紫に詰め寄っている。
「き、貴様は、よくも――」
「あら、早とちりはいけないわ。
誓って本当に正邪さんに手出ししてませんわ。
私これでも忙しくて、正直かまっていられないのですよ?」
さらに問いただそうとしたのを藍に邪魔された。
「針妙丸、本当だ。正邪なら自分の意思で旧都に帰ったよ」
「信じられるか!!」
「……全く手間よね?」
無理矢理、スキマで旧都をつなげる。観客にも見えるように映像だけだが正邪がでかでかと映る。
自棄酒あおっている。言葉も聞こえないが、無事のようだ。
紫は自分が関係ないことを示すと、「不戦勝おめでと」とだけ言ってきた。
針妙丸はこの戦いが楽しみだった。分かれた仲間と久しぶりに会ったのだ。話もしたかった。
うなだれて、「疑ってすまなかった」とポツリとつぶやいて土俵に戻っていく。
土俵で時間一杯、勝者 少名 針妙丸
勝者とは思えないがっかりした表情で土俵を降りる。
心配そうな顔でそれを影狼が見ている。
旧都にいるのが分かれば後で捕まえに行くのもいいかもしれない。匂いをたどれば一日あれば捕まえられる。
サリエルもいないことだし、トーナメントを早く切り上げて、探しに行こう。
ひとりも二人も同じことだ。
二回戦 第二試合 今泉 影狼 VS 河城 にとり
「あれ? これってもしかして準決勝まで進める?」
「そうですね。 このメンバーならにとりでも準決勝までいけますね」
「準決勝まで進めたら、ちょっと自慢できるかもしれない」
「できますね。大体、にとりのブロックは萃香様と紫さんが出てますし、
そのブロック覇者なら大威張り出来ますね」
文とにとりの会話である。もしも鬼の出たブロックで河童が勝ったら……後でにとりを鬼の前で自爆させてやろう。
文はガッツポーズ、あくどい顔をしている。ネタは仕入れるのも大事だが仕込むのも大事だ。
それにAブロックはメンバーの残りが弱い。目の前の影狼が倒せればブロック覇者は確定する。
先に土俵に駆け上がると、影狼が悩んだ表情のままで上がってくる。
影狼はさっさと敗退して正邪を探しに行こうかと迷っている。
大体、針妙丸が寂しそうだ。それにサリエルもいない。
お祭りなのだから、観客で見学してればいいのに……後で紫さんに聞いてあたりでもつけようか?
「始めますよ?」審判の一言で我に返る。
目の前の河童はニヤニヤ笑っている。……何はともあれ、手抜きは良くないか。
二人とも仕切りの構えで合図を待つ。掛け声と同時に河童が身を翻す。
光学迷彩!!! あっという間に姿が見えなくなる。
しかし、……それは一回戦で見た。
芳香では不可能だった追跡を開始する。
影狼は耳もいい、ガチャガチャとにとりの背中のバックがたてる音を追跡する。
にとりが影狼を中心に回るのを耳だけ方向を変えて追跡している。
端から見ていた文には良く分かる。椛とおんなじだ。……にとりは負けたか。
多分、椛が使える技は全部使える。足の固定ぐらいなら余裕だろう。
後は純粋な力なのだが、多分昼間であることを考慮すればにとりが上だが……
そんなことが問題にならないくらいにとりが油断している。
影狼の耳が後ろを向いていることから、多分後ろを取ったつもりだろう。
……全部ばれてますよ? にとり?
しかし、声援は出さない。多分この後のにとりの驚いた顔の方が面白いからだ。
にとりが後ろを取って呼吸を整えている。しかしその隙をつくかのごとく影狼が振り返った。
「!!! 何で!!」
「ガチャガチャしすぎですよ?」
姿勢は低く、土俵に爪を立てて、全身丸めてのぶちかまし。慌てたにとりはなすすべなく土俵外に吹き飛ばされた。
「科学を過信しすぎましたね」
「み、見えないはずなのに……」
「音も、匂いも、全部消さなきゃダメですね」
笑って、土俵を降りてから気付く。……サリエルを探しにいけなくなった。
勝者 今泉 影狼
文の横でにとりが泣いている。大好きな相撲で、得意の科学力を使ってボロ負けした。
普通に相撲をとったほうがまだ勝利の確率があったかもしれない。
今まで相撲をこなしてきた経験、河童と言う種族、圧勝であってもおかしくなかった。
しかし、科学の力、光学迷彩による一回戦の驚異の勝利がにとりの目を曇らせた。
押しに押して勝つ、そんな基本すら忘れて心に油断を持ち込んだ。
あまりの悔しさに涙が止まらない。
文もにとりが号泣しているので、この試合は新聞には書けない。からかいすぎは良くない、椛で失敗したのだ。
「ふふふ、早くも出番か」
「神奈子……あんまりやりすぎるなよ?」
「ああ、極あっさりかたをつけるよ」
「力を出しすぎると映姫に反則取られるぞ」
「分かってる、分かってる」
ニコニコ笑顔の戦神が出陣する。目指すは優勝、チルノ如き相手にしない。
Bブロック 二回戦 第三試合 チルノ VS 八坂 神奈子
「ふっ、地上最強、いや、全世界最強の力を見せる時が来た!!」
「作戦はあるのか~?」
「ある!! 神奈子もびっくり仰天、試合をあきらめざるを得ない大作戦がある」
「どうせ、抱きついて凍らせるだけでしょ?」
「ちっちっち、それをやったら反則よ。だから、考えに考え抜いたのよ。
名づけて土俵氷結作戦!!!」
「なんだか凄そう!!」
橙もリグルもルーミアも納得しているが、端から幽香が見ている。
まあ、チルノじゃそれが精一杯か、そして視線を移してみれば、
神奈子にも聞こえているらしい。チルノたちに手を振っている。
チルノはそれにガッツポーズで答えている。
作戦が筒抜けと言う事実が分かっていないのか……。
「あっはっはっは、楽しいことを考えるね?」
「普通それやったら反則だぞ?」
「いいじゃないか、子供のアイディアだ。別に否定する必要も無いし、
それに全部筒抜けだ。問題ない」
「まあ、いいか。油断だけしなければ」
「ふふ、勝ってくる」
そう言って、戦神が土俵に上がる。チルノはたっぷり時間を掛けて入場する。冷気を完全に開放して土俵の温度を下げる。
映姫が「よいのですか?」と神奈子を見る。「かまうことは無い」と神奈子が答える。
温度を十分に下げたところでチルノが土俵に入る。後、一押し、パーフェクトフリーズ一発で全面氷結する。
チルノの表情は自信満々、この自信をへし折るのがちょっと心苦しい。
「作戦完了!! 神奈子、お前の負けだ!!!」
「くっくっくっく、いや、かわいいね。その自信が。
さあ、遠慮は要らない。ドンと来なさい」
映姫が合図するとチルノ必殺のパーフェクトフリーズが発動する。
土俵は瞬時に全面凍結、スリップ事故を起こせば、億にひとつの勝ち目がある。
但し、神の実力はこんなものではない。
勝ち目と言うものは戦神相手にそれと知られずに慎重に土俵を凍結させた場合の話である。
最初から、作戦は駄々もれ、冷気を放ちながら入場、そしてチルノの態度、これでスリップ事故を起こせば馬鹿の仲間入りだ。
神奈子は笑いながらスペルカードを発現させる。
神符「神が歩かれた御神渡り」
チルノの氷結大作戦をさらに上掛けする。
全面ツンツルテンの氷ならスリップ事故がありえたかもしれない。
しかし現在の土俵は、更なる温度変化でヒビが走り、凍結面が雹が降った後のようにでこぼこになってしまった。
滑ることなど、もはやありえない。
「が、あ? うそ?」
「ふふ、神を甘く見たね?」
ざっく、ざっく音を立ててチルノに近づく。
「ま、まだ負けたわけじゃない!!!」
「よし、その意気だ。来い!!!」
チルノの全力だろう、足にしがみつかれたが、冷たいぐらいしか感じない。
流石に神奈子を押しのけるほどの力は無い。チルノの胸に手を当てて軽く押す。
土俵際まで一直線、チルノの体の重心はもう、土俵の外だ。
……おかしい、この姿勢は普通に、転倒するはずなのだが?
チルノが持つ最後の奥の手が炸裂している。
自分の足と土俵を氷結……
オマケに、くるぶし、ひざ、腰にいたる関節まで氷で補強して下半身が氷で埋まっている。
「転倒なんてしないぞ!! 絶対負けないからな!!!」
「はは、すっごい」
チルノの体が氷の力で無理矢理起き上がる。
重心を土俵内に押し戻した。
神奈子がまさかの押し返しを喰らっている。
別にチルノの腕力ではない。足の裏で霜柱が伸びていると言えばいいだろうか?
氷の成長で神奈子を押し返す。距離にして20センチは押し返された。
必死の形相を相手に神奈子が震えている。
盛大に神奈子が噴出した。
「ぶ、ふふふふ、あはははははは!!! やるじゃないか!!
仮にも攻勢に出た私を押し返せる奴なんてこのトーナメントに果たして何人いるか、多分3指以下だぞ?
例えわずかでも、良くぞ、押し返した!!!」
「わずかじゃない!! このまま逆転勝ちだ!!!」
「ふははははははは!!! 勝つ? この私に? 戦神に!? 守矢の軍神に!!?
その意志、勇気、押し返した実力、素晴らしい!!!
チルノ、君に敬意を表する!! 褒美に神の力を見せてやろう!!!」
「今から全力!!? 遅い!! あたいは最初っから全力だ!!!」
「全力ではない……但し、破格の扱いをしてやろう!! 全力の2割で相手をする」
「たったの2割!!?」
「言うな、これ以上は君が傷つく」
神奈子の気合で大気が震える。天候が変わる。博麗神社を中心に雲が渦を巻く。
それでいて、力をほとんど感じない。凶暴きわまるパワーが集中しているのにだ。
例えるなら台風の目にいるような感覚、それもただの目では無い。
幻想郷がすっぽり入る。だから結集したエネルギーに対して、威圧をほとんど感じない。
これが神の領域……幽香が厳しい表情だ。
こんなものを高々紫のバックアップだけで倒さなければならない。
初撃で急所をぶち抜かないと無理だ。
「チルノ、嬉しいよ。
相撲をやったことは数あれど、ここまで戦ってくれた奴は、10人はいないね。
例え遊びでも大したものだ。
この力を覚えて、是非目標にしてくれ。
1000年後、成長した君との再戦を望む」
「勝ってから言え!!!」
「ほう、まさにその通り。
では、勝つとしよう。
皆も、活目して見よ!
畏怖し、ひれ伏せ、あがめ、たたえよ!!
いざ、神の力を体感せよ!!!
破格の二割!!!!
とくと味わえ!!!!!」
神奈子が神通力を開放し、腕力に任せてチルノが埋まっている氷塊に超高速で触れる。
二割とはいえ直接叩いたら本当に砕け散ってしまう。
軽く触れただけで、氷結した土俵の一部を巻き添えにしてチルノがはるか上空、地の果て目指して吹き飛んでいく。
余波だけで、博麗神社がきしんでいる。審判の映姫は吹っ飛ばされて土俵外に転がっていった。
「あー、やりすぎたか?」
「神奈子さん、反則取りますよ? 何をぶちかましてるんですか?」
「まあ、いいじゃないか、加減はした。多分打ち身で済むさ。氷の塊をまとっているしな」
映姫がぶつぶつ言っているが、反則は一応取らないとしている。
それを聞いて神奈子が土俵を降りた。
猛抗議をしているのは幽香だ。
「神奈子、ぶち殺すわよ? 子供相手に使っていい力の範囲ってものがあるでしょ?」
「まあ、いいじゃないか。他の連中は知らないが、チルノは折れないよ。
あの勢いと意志力なら1000年待つ必要すら無いかもしれない」
幽香の意識が排除へと変わる。隙を突いて神奈子は倒す。
遊びから戦闘用へと妖気を切り替える。
そんな姿を紫も見ている。これで、式神を使えば……それでも100%確実とはいかない、今のが二割だとすると式神一つでは足らない。
チルノはすさまじい活躍をしてくれた。幽香をその気にさせ、正確に神の実力を推定することを可能にした。
紫の悪意でゆがんだ笑顔をよそに永琳が救助隊を組んでいる。
そしてあることに気がついた。
「映姫、この戦いの勝者は?」
「勝者? 見たとおりの結果ですが?」
「本当に?」
「なんだよ、永琳、お前も物言いか?」
「いや、落下点を計算してたんだけど、まだ、チルノは落下中じゃない?
まあ、地形が全部頭に入ってるわけじゃないんだけど。紫さんあなたの計算はどう?」
「え? え~っと、地形は、そう、幻想郷の外まで計算に入れると……ああ、丁度今だわ」
紫がスキマで映像を映し出す。あげたてほやほやの土煙が幻想郷を飛び出た山の中腹で上がっている。
映像中のチルノは気を失っている。永琳がすぐさまここに転送するように言っている。
「映姫、まさか、判定ひっくり返したりしないよな?」
「判定? そういえばまだしていませんでしたね?」
「何、なんだと!!?」
「私が宣言したのは”反則は取らない”ですよ?」
「そういえば、あんた勝手に土俵降りたわね?」
「相撲のルールで”土俵外の土についたら負け”って言いましたよね?」
神奈子の絶叫の中、勝者コールが行われる。
勝者 チルノ
風見幽香の殺意が一気にうせていく。なんだか急に馬鹿馬鹿しくなった。
一方で優勝の気配を嗅ぎ付けたぬえが相当やる気になっている。
子供相手に神奈子が大惨敗を喫した。チャンス到来!!! 式神で幽香さえ倒せば決勝まで楽が出来る。
……いける、いけるぞ!!! 見ててくれ白蓮!!!
Bブロック 二回戦 第四試合 封獣 ぬえ VS 風見 幽香
神奈子がぐちゃぐちゃの表情で泣いている。
チルノに負けた。一向に泣き止まない。諏訪子が土俵を直すまでは別に良かったのだが、
子供みたいにもう一回やると言ってきかない。
そして今度は全力を出すと馬鹿発言している。
「あ~あ、みっともねぇな。俺でもああはなら無いぞ?」
「……嘘こけ、化け比べの時、藍にボコボコにやられて泣いてたくせに」
「ん? もう成長したから大丈夫だぞ?」
「じゃあ、もう一回泣かしてやるわ」
二人して視線で火花を散らしている。
ようやく神奈子が諏訪子によって引きずられていく。
中断時間は軽く1時間……それでも二人の気持ちは切れない。目の前ですっごい大逆転を見せられたせいだろうか?
二人で構えて合図を待つ。二人とも仕切りの構えは取らない。
審判の合図と同時にぬえの方から掴みかかってきた。
思わず笑う。パワーだけなら私の方が上……しかし、大きく体を揺さぶられて思わずよろける。
そのまま一気に土俵際だ。
「けーけっけっけっけっけ!!! お前油断したな?
俺様のパワーを甘く見てたな!!?」
「ちぃっ、橙の式神か!! 油断したわ!!」
「けけけけけ、終わりだ幽香!!!」
思いっきり持ち上げようとしたが持ち上がりきらない。
見れば、土俵の縄が――白蓮戦と同じだ。
しかし、ぬえは気付くがはやいか鬼火をぶつける。
あっというまに焼き切った。
しかし、ぬえも腕を掴まれる。ものすごい握力!!! なりふり構わず幽香が抱きついてきた。
「い、痛ぇ!!! 馬鹿、離せ!!!」
「この姿勢で離したら倒れるじゃない!!」
「ぐっ、くそ! これでも喰らいやがれ!!」
倒れかけた幽香の上に乗る。全身の力……足に翼に腕を使ってようやく引き剥がした。
重心が土俵を越えて仰向けに転倒していく。
……か、勝った!!!
しかし、まばゆい閃光を放ちながら、転倒した幽香が信じられないことに起き上がってくる。
「き、きたねぇ!!! マスタースパークの反動使って起きあがりやがった!!!」
「汚いのはどっちよ!!! それ、橙ちゃんの物でしょうが!!!」
二人して口論がつづく。映姫にしてみればどっちもどっちだ。
一応、幽香は飛んだわけでもなく、土もついていない。但し、土俵の側面に信じられない大穴が開いたが……修理は神に任せよう。
幽香が気合を入れなおす。そして紫の式神をここで発動する。
白蓮の所為でどうしても全力からは程遠いのだ。このぬえはそんな悠長なことを言っていたら負ける。
「ほ、本当にきたねぇ!!! お、お前も式神、持ってたのか!!?」
「うるさいわね!!! あんたも同類でしょうが!!!」
映姫の目はタンスの肥やしを見るかのごとく冷たい、視線が死んでいる。
式神の使用は針妙丸の時点で認めていたが、それは弱者が強者との差を埋めるために使用するものだと思っていた。
なるほど、紫の策略か、針妙丸や橙戦での式神の使用をとがめていない限り、この戦いをとめることができない。
ぬえが、超高速で動き回り、幽香を攻撃しているが、それこそ幽香は鉄壁、一歩すら下がらない。
ぬえが攻撃に夢中になっている間に幽香の能力で土俵中の残った俵を再成長させる。ぬえの背後から見知らぬ気配が襲いかかった。
そのまま草に飲まれる。流石に押しのけて出てきたが、出てきた先に待ち構えているのは幽香だ。
腕を掴まれる。今度は幽香も式神付きだ。はずせるわけが無い。
「い、いてぇ!!! 馬鹿、加減しろ!!!」
「式神を出しなさい!」
「いやだ――」
「出さないなら、服を全部引っぺがして無理矢理剥ぎ取る。
観客の前でストリップショーをやりたくなかったら、私が優しく言ってるうちに出しなさい!!!」
「ど、どこが優しいんだ!!! くそ、横暴だ!!!
もってけドロボー!!!」
舞い踊る三枚の式神、それを見て幽香がぬえを土俵外に放り投げる。
決着 勝者 風見 幽香
腕を痛みでさすりながら幽香に対して暴言を吐きつつぬえが退場していく。
幽香は式神をはずし、悠然と神社の裏へ消えていく。
神社の裏で待ち構えていた紫が見たのは、みぞおち押さえて過呼吸になった幽香だ。
「ぐっ――!! 何よこれ、式神の分際で重すぎるじゃない」
「それは、あなたの全力全開をベースに作った式神ですからね?」
「紫、すっごい吐き気がするんだけど?」
「ああ、それ。ただの反動です。白蓮さんのせいで6割も出せない状態で、
中途半端に式神使うからそうなるんですよ」
「ぐっ、こんなものいらないわ。返す」
「ええ、ありがたいですわ。正直、チルノちゃんが頑張ってくれたおかげであなたは既に用済みですからね」
「言ってくれる……優勝してやろうか?」
「ええ、優勝できるものならね。ご自由にどうぞ」
紫はわかってる風な口調でスキマに消えていった。
幽香は顔を覆っている。白蓮、ぬえと連戦、この累積ダメージはちょっとやそっとでは抜け切らない。
たとえ、三回戦になっても抜けきらないだろう。
土俵修理の時間を考えても影響ゼロになどならない。
トーナメントはいよいよ二回戦の後半戦に入る。
Cブロック 二回戦 第五試合 サニーミルク VS フランドール・スカーレット
チルノに続けと言わんばかりにサニーミルクが燃えている。
相手は最強吸血鬼!!! 必要なのは力ではない、作戦でもない、勝つ意思のみだ!!!
「見てなさい!! チルノ!!! 決勝は私が相手なんだから!!!」
「ふ、ふふふふふ、言ってくれるね? チルノちゃんは渡さないよ?」
土俵上で叫んでいるサニーミルクに対して、気配さえ感じさせずにフランドールが目の前に立つ。
出力は最初の赤蛮奇と同程度に調整している。
加えて、相手の力さえ分かれば、同等以上の力で押し出す。
10秒以内でけりをつける。
二人とも映姫をせかす。
開始の合図とともにフランドールが棒立ち。そこにめがけてサニーミルクが突進をぶちかます。
そして張り手の連撃、足を掴んだ所で、相手が微動だにしていないことに気が付いた。
「ちょっと危なかったわ、あなた赤蛮奇よりも弱いのね?」
「弱いわけ無い!!! チルノと同じぐらい私は強いよ!!!」
フランドールが天井を見上げて考えてみる。チルノちゃんと同じぐらい? ……本当にそうか?
私に戦い……遊びも含めて……ハンデをつけた上で勝てるほどの実力があるとでも?
無造作に伸ばした手でサニーミルクを捕まえる。片手で持ち上げて宙吊りにした。
「嘘は良くないよ? チルノちゃんはこの程度の状況からなら私に逆転したよ?
出来ないでしょ? 私、強いよ?」
「それでも私が勝つ!!! 喰らいなさい、光学分身!!!」
掴まれた状態で分身する意味は恐らく無い。
しかし、フランドールにとってこれは致命傷だった。
全方位から逃げようもなく日光が降り注ぐ。あまりの事態にフランドールは絶叫を上げて土俵から瞬時に逃げ去った。
ぽかんとしてるのはサニーミルクだ。自分はただ分身の予備動作で光を集めただけ……何かしただろうか?
映姫が笑っている。そして、勝者コールはサニーミルクだ。
勝者 サニーミルク
フランドールは日陰に避難している。
「妹様、大丈夫ですか?」
「う、うん、大丈夫、あんまりこげてないよ。
そ、そんなことより、大逆転……されちゃった」
「あれは、仕方ないです。そんなことより、よく我慢できましたね?」
「だって、仕方ないじゃない。あの状態じゃ退避しか選択肢がなかった」
「そうです。よく逃げてくれました。
失礼ですが以前なら燃え上がったのはサニーミルクちゃんでしょうね。
咄嗟の判断で攻撃を思いとどまって、よく逃げてくれたと思いますよ」
「美鈴!! 馬鹿にしすぎ、ちゃんと加減できるようになるんだから!!!」
すみませんと頭を下げた美鈴を連れてレミリアと合流する。
一緒に紅茶を飲んで、ダメージを抜いたら……チルノを応援しよう。
二回戦 第六試合 博麗 霊夢 VS 西行寺 幽々子
「霊夢、これ使うか?」
「何これ?」
「幽霊キャッチャーグローブだぜ」
「気持ちだけ受け取っておくわ。無くてもちゃんと勝って見せるから」
「ちぇっ、流石に余裕だな」
「ええまあね」
霊夢の気にしていた守矢勢は壊滅した。後、一勝だけで守矢よりも形の上で上に立つことができる。
この一戦に全力を傾ける。それに、自分の力で勝ちたかった。
土俵の上で幽々子が笑っている。……どうやってからかってやろうか?
そんな雰囲気が駄々漏れしている。
勝負が始まると、これまで以上にどうしようもない戦いが繰り広げられた。
霊夢は夢想天生、幽々子は霊体化、どちらも触れることが出来ない茶番だ。
このどうしようもなく低レベルの根競べは、幽々子のギブアップで決着した。
からかおうとしても、からかえない。つまらない勝負なら続ける意味が無い。
開始30秒であきらめてしまった。
勝者 博麗 霊夢
「なによ、霊夢。少しは遊ばせてよ」
「あんたは遊びでも、こっちは遊びじゃないのよ?」
「ああ、固い固い。もっと息を抜いたらどう?」
「もてあそばれることは息を抜くってことじゃないわ」
幽々子は肩をすくめると、「もっと遊びたかった」と言い残して観客席に飛んでいく。
霊夢も一息入れる。守矢神社は二回戦をもって壊滅。博麗神社は三回戦に進出……十分だ。
守矢神社には負けなかった。後は……どこまでいけるかである。
Dブロック 二回戦 第七試合 鈴仙・優曇華院・イナバ VS 霊烏路 空
「お空、次の試合、ハンデをつけてあげなさい。
目隠しをするのです。私がいいと言うまではずさないように」
「はっ、分かりました。さとり様!」
「あの……」
「なるほど、あなたの言うとおりです。お燐、土俵に上がれないと言うのなら、
手をつないで連れて行きなさい」
「あ、わかりました」
手をつないだ。お燐がお空を土俵につれていく。
さとりが危惧しているのは幻視だ。
目を瞑っただけではお空が目を開けてしまうのは分かる。
但し、目隠しはやりすぎの気がする。
「お空……その、こけないでね?」
「お燐!! 馬鹿じゃないの? こけるわけ――」
言っているそばから縄に足を掛けて頭からつんのめった。
お燐が目を覆っている。審判が白い目で見ている。
「空さん……不自由するならはずしなさい」
「誰に向かって口を聞いているんだ!!!」
お空がすさまじい口調で威圧している相手はお燐である。
「審判はあっち」と首をひねられた。
「審判権限ではずすことを命じます」
「誰がそんな命令を聞くと思っているの?」
「お空……ちょっと黙ってて、
映姫さん、審判権限というなら、幻視をどうにかして欲しいね?
こいつは幻視対策だよ?」
「それについては少し後悔しています。能力を解禁すべきではなかったですね。
しかし、一度認めたものをころころ変えるわけにはいきません。
それに幻視を封じたら同様に太陽の力も厳禁……一回戦でレミリアさんに勝てたかどうか……」
「それを言われるとつらいね。でも、対策が打てる問題なんだ。少しぐらい認めてくれてもいいんじゃない?」
「それでまともに歩けないなら無意味ではないですか?」
「お空は力があるから大丈夫さ、組みつかれた後からでも逆転できるよ」
「そうですか……なら別にかまいませんが……それで負けても情状酌量は一切しませんからね?」
「いいさ。元から情状酌量なんて当てにして無いから」
ようやく話がついてお空が仕切り線の位置に立つ。
一方で鈴仙は永琳に泣きついていた。
「し、師匠~、あいつ目隠ししてます。ど、どうしたら?」
永琳は頭を抱えている。この程度で泣きついて欲しくない。お空程度なら話術だけで圧勝できる。
目隠ししてれば、それを逆手に取ればいいのだ。……どうしてこう、すぐに泣きつくのか? 少しは自分で考えて欲しい。
「鈴仙、自分で対処しなさい。出来るでしょ?」
「無理です。目隠しされたら幻視を掛けられないし、躊躇したら一瞬で丸焼きですよ?」
「太陽の力が使えたらでしょ」
「使えるに決まってるじゃないですか!!!」
自分の弟子の馬鹿さ加減にイライラしてきた。
使えるわけが無い、それをしたら目隠しが燃え上がる。さとりとお燐の言動から察するに目隠しをはずさないことを最優先している。
あいつらは幻視を最も恐れているのだ。
恐らく、一回戦を見てから幻視対策を大慌てで行ったので、耐熱アイマスクが用意できなかったのだ。
ちょっと耳を澄ませば……私よりも聞こえるはずの耳を使って……
情報収集、状況整理、現状解析、それと布の材質を一瞥すれば分かることじゃないか。
こっちはこっちでチルノの治療に忙しい。
栄えあるベストエイトを勝ち取った後、不戦敗じゃあまりにもかわいそうなのだ。
天才の意地に掛けて、責任もって三回戦までに完全回復させる。
馬鹿弟子の言動は邪魔以外の何者でもない。
「もういいわ、あなたなら勝てると思ったけど、見込み違いね。
負けてきなさい。勝敗などどうでもいいわ!!」
「し、ししょ~ 酷い……」
がっかりした表情で土俵に上がってくる。お空が土俵に上がってから5分が経過していた。
お空が自信満々に構える。鈴仙はしり込みして開始線よりもだいぶ後ろに陣取った。
映姫が「見合って」と声をかける。
ダメ元で幻視を仕掛けるが、……ダメだ、かかってない。大体、お空の見ている視線の先に私がいない。
合図がかかる。
お空の目隠しと鈴仙の臆病さが見事にかみ合わない。
鈴仙は自ら土俵際でしゃがみこむ。お空は棒立ちで鈴仙の突撃を待つ。
十数秒が無駄に過ぎた。
「おい、ウサギ!! かかって来いよ!!」
全く違う方向に向かって声を掛けている。
「……なんで? 太陽の力を使わないの? もしかして嬲るつもり?」
「はぁ!!? 馬鹿な奴だな!!! そんなことしたら目隠しが燃えちゃうだろ!!!」
お燐が目を覆っている。さとりもあまりの事態に顔を覆って恥ずかしがっている。
鈴仙も”そんなこと知らなかった”なんて目を見開いている。
鈴仙が次の行動に出る前にさとりが次の一手を繰り出す。
「お空!! 目隠しはもういいです。目を瞑ったまま、太陽の力を解放なさい!!!」
「はっ、了解しました!!!」
「ちょ、ちょっと待って!!!」
「待たない!!! 灰になれ!!!」
「うわぁ、ま、待って!!! さ、さとりも熱いって言うよ!!!」
鈴仙のとっさの一言で一気に過熱気味だった土俵の太陽が光を失う。
「あれ? さとり様熱いですか?」
「馬鹿!!! お空、私は少し我慢するから、もやしなさい!!!」
「い、いいのかな? ご主人様を我慢させるのが正しいことなの?」
ようやく鈴仙が突破口を開く、言葉巧みにさとりを盾にとってお空を自爆させようとしている。
「お空!!! 私の指示だけを聞きなさい!!! 出力全開で燃やしなさい!!!」
「さとりも一緒にやけどしちゃうぞ!!!」
「お空、大丈夫さ、火車のあたいが盾になるから多少はもつ!! 遠慮は要らない!! いっけーーーー!!!」
「待ちなさい、出力全開は禁止です。博麗神社を丸ごと燃やす気ですか!!!」
お空は一気に4人から話かけられて軽いパニックを起こした。
さとり様の命令は出力全開→しかし、さとり様も熱い→お燐が盾だから大丈夫→神社が燃えたらやけどする……どれが正しい?
いやどれも正しくない。さとり様の最大の命令はこの戦いに勝つことだ!!!
そう思うと目隠しを取り去る。ハンデをつけて負けることは論外だと判断した。
今何よりも正しいのはさとり様を傷つけずにこの戦いの勝利を飾ること!!!
その視線の先でウサギを見つける。ウサギが全力で土俵際を移動して逃げようとしても……遅い!!!
鴉符「八咫烏ダイブ」
狙いをつけて一直線!!! 棒立ちになったウサギを土俵外に押し出す。……ついでに自分も土俵を越えていく。
顔を上げた先にはさとりがいる。あんぐり口開けて私を見ている。
振り返ってみればなぜか土俵上にウサギがいる。
「あれ!? まあ、いいや!! 第二撃、最大出力――目標ウサギ!!!」
出力全開で反転して最高速度で羽ばたく。
さとりがあまりの恥ずかしさで泣きそうだ。
「ちょっと!!! 誰か止めてください!!!」
鈴仙に直撃直前で空が止まる。
「ダメでしょ!! お空!!!」
こいしだ。誰にも気付かれずに接近して直撃コースに割り込んで怒鳴っている。
この場のお空の優先順位はさとり≧こいし>自分≒お燐>>>その他=優先順位無しである。
全力を持って急停止した。
「全く!! 何で暴走するの!!?」
「暴走はしていません!!! こいし様!!! 全てはウサギを燃やすためです!!!」
驚愕の答えにこいしも思考が停止する。
燃やす=相手の消滅≠勝利である。
極めて明快な答えをお空にぶつける。
「……まず、お姉ちゃんに、お話を聞いてきなさい」
「了解です!!!」
そのまま、身を翻してさとりの元にはせ参じる。
さとりが引きつった口調でお空に説明をしている。
「助かりました……えっと……こいしさん」
こいしは答えずに鈴仙の顔を見る。
「私だったら、勝てたかもしれないな~」
こいしの体は無意識で動く、おそらく体を幻視で惑わせても、思うような結末にはならなかっただろう。
「一回戦のレミリアさんが倒せたら、戦えたでしょうね」
「あ~、なるほど、私じゃ一回戦敗退か」
鈴仙も負けずに言い返している。内容にはこいしも納得している。
そしてそのまま、引き上げていった。
鈴仙も永琳のもとへと去っていく。
土俵の下で、お空の体当たりを受けて気絶している映姫は藍によってようやく回収された。
観客の誰もが勝利コールを聞いている。映姫の声で藍の口から放たれた言葉を……
勝者 鈴仙・優曇華院・イナバ
二回戦 最終第八試合 ルーミア VS 星熊 勇儀
「映姫さん、お休みなさい」
そういう藍の言葉を受けて、映姫はぐっすり熟睡している。
気絶した状態にちょっと睡眠薬をすわせて、さらに深く眠ってもらった。
……全く、お空の頭の悪さが引き起こす展開は自分の想像をはるかに超えていた。
映姫にまさかの全力体当たり、そのままうちすえて気絶させるなんて、主人の紫ですら想像できなかったに違いない。
木陰から戻って来た藍は映姫の姿だ。土俵の上に立って首をひねっている。
「みなさん、心配おかけしました。もう大丈夫です。
試合を続けましょう」
こんな形で試合に介入している者がいるなんて誰も気付いていない。
全ては紫の策、ルーミアの闇にまぎれて勇儀を急襲する。
本来の計画なら、審判には闇の中不意打ち仕掛けるつもりだった。
しかし、まさかのお空が体当たり。
これを利用しない手は無い。そして、服も本人から拝借した。
映姫が例え気付いた所で怒鳴り込むことは出来ない。
草むらで顔を真っ赤にしてしどろもどろが関の山だ。
映姫が土俵上でルーミアと勇儀を呼んでいる。
「今度は鬼が相手なのか~」
「ルーミア、作戦は?」
「真っ暗け大作戦でいくよ」
「……一回戦と何が違うの?」
「これしか出来ないから、別にいいのだ」
「がんばって!!!」
「うん、がんばるよ~」
でっかいシャボン玉みたいな闇の塊が土俵を目指して飛んでいく。
「はっはっはっは、ルーミアか、ちゃんと加減しないとな」
「そうですよ。馬鹿なことをしたら即、反則ですからね?」
「大丈夫さ、怪我はさせない。ルーミアが怪我したら負けでもいいぞ?」
「そうですか……」
映姫の瞳がきらりと光る。言質はとったからな?
そして、映姫にしては珍しくルーミアにアドバイスをしている。
「ルーミア、勝てないと分かっていても全力を出して戦いなさい」
「うん、応援ありがと」
勇儀が私には応援は無いのかと聞いてくる。
「ルーミアも楽しめるように加減なさい」と策略をねじ込む。
勇儀が「また1分好きにさせるか」なんて言っている。
ほくそ笑んでいる……普段と異なる映姫に気がついたものは紫を除いてその他一名。
「何じゃ? おかしいの、いきなり言葉数が増えおった」
よくよく凝視してみる。端々がおかしい、口の端が浮ついたり、視線が鋭い。
それも、勇儀に対して気付かれないように……はて? よく知っているような気がする。
……あ、気付かれんように胸元を緩めおった。服がきついのか?
そして、試合の合図ですさまじい笑顔を見る。
映姫では絶対に上がらない口角まで口の端がつりあがった。覚えがあるその顔は!!!
……九尾!!! 化けておるのか!!!
表情はあっという間に闇に飲まれて消えてしまった。
「ほっほ~う。これが宵闇か……暗くて居心地いいじゃないか。
おっと、ルーミア、今から1分だけ。私は何もしない。
ここにいるから好きにしな」
闇に向かって声をかける。
「いっくぞ~」何て声が聞こえた。
いま、腹に突撃したのがルーミアだろう。
暗闇の中でべたべたと腰を捜してしがみついてくる。
「ん? おお? 結構、力あるじゃないか?」
「な、何これ? うごかないい゛」
思いっきり服を引っ張られている。
30秒経過、勇儀をぐらつかせるまでもいかないが、それでも人食い妖怪、人間程度なら腕力で押さえ込める。
そんな力が勇儀をなでている。
「まずいな、ちょっとくすぐったい」
「む~、馬鹿にして!!」
随分かわいらしい声で、張り手だろうか? それとも殴っている?
ぽかぽかお腹を叩かれている。暗闇で手の形も分からない。
残り10秒ぐらいか? 勇儀がどうやって怪我無く、押し出そうか検討を始めた直後だ。
「本気の本気なんだから!!!」
ルーミアの声と同時に腹と顔に衝撃が走った。
八雲紫の介入である。
「!!? な、何だ!!?」
声を上げている間に背中にも衝撃が走る。
ルーミアはようやくゆれた勇儀に対して攻勢を強めている。
「だれっ!!?――」
開いた口に今度は異物が入ってくる。……体を焦がすこれは……まさか!!!
……煎り豆!!! く、口が焼ける!!!
本能的に大声を出して異物を排出した。
鬼の咆哮を浴びて異物と闇が吹き飛んでいく。
細切れになった闇の中で紫が笑っていた。勇儀に見えるように悠然と中指を立てている。
そして、観客に見えないうちにスキマに消え去った。
その後ろで無防備にぶっ飛んでいったのはルーミアだ。
びっくりどころか反応が追いついていない。呆けたような表情で吹き飛んでいく。
咄嗟に駆け出した。
勝利コールが響いた。勇儀はそれより前に土俵を駆け出し、落下点に先回り、出来うる限り優しくルーミアをキャッチする。
勇儀は複雑な表情だ。土俵上の審判の正体にもようやく気がついた。
口の端で笑っているその態度……藍だな!!?
「勇儀さん、負けです。文句ありませんね?」
「ない!!! ルーミア相手に必要以上の力を振るった……私の負けだ!!!」
先に落下していたのはルーミアだから、なんて言い訳はしない。
大声で攻撃したとかよりも、咄嗟とはいえルーミアよりも自分の身を優先して力をふるった。
勝負師としてのプライドが許さない。
たとえ、今この審判が映姫でもそうした。
それに、駄々をこねて勝ったところで、紫は次の試合も、その次も介入してくる。
私も面白く無いし、相手もそうだろう。惜しいがここが潮引き時だ。
「おい、審判、あとで紫によろしく言っておいてくれ」
映姫は答えもせずにニタリと笑う。付け加えて「藍、後で覚悟しろよ?」と小声で宣告する。
審判は表情こそ崩さなかったが一瞬だけ硬直し、土俵を降りた。
「ゆうぎ~負けてもいいの?」
「ああ、いい。かまうことは無い」
「本当に強かったのはゆうぎだよ?」
「それでも、私は私の決めたルールを破った。先に進むわけにはいかないのさ。
ふ、ふふふ、さ、友達に自慢してきな。鬼に勝ったてな」
「う~ん……後でもう一回やろうよ」
「ああ、もっともっと後でな」
勇儀が軽く背中を押して、仲間の所に追いやる。
ルーミアもすぐに友達の歓声に囲まれて消えていった。
そして、ベストエイトが出揃いいよいよブロック決勝が始まる。
Aブロック
少名 針妙丸 VS 今泉 影狼
Bブロック
チルノ VS 風見 幽香
Cブロック
サニーミルク VS 博麗 霊夢
Dブロック
鈴仙・優曇華院・イナバ VS ルーミア
「針妙丸、調子はどう?」
「ん? ああ、快調……ではないが、大丈夫だ」
「そう? 正邪を捕まえてこようかと思うんだけど?」
「あ……是非、お願いしたいが……」
「遠慮することは無いよ。分かった、つれてくるよ」
「お願いする……失礼した。お願いします」
「いいよ。そんなこといわなくてもさ、友達だし。
そういえば、初めてかな? 戦うのは?」
「う~ん、直接は……初めてだな」
「一回ぐらい思いっきりやるのもいいかもね?」
「そうだな。ふふ、あはははは。
影狼、勝つのは私だ! かかってきなさい!!
……一回言ってみたかった」
「ぶっ、ふふふ ”かかって来なさい”じゃない。
こういうときは”かかって来い”だろ?」
「そうか、じゃあ、
影狼! かかって来い!!」
「じゃあ私は、そうだな……
生意気な! 軽くあしらってやろう!! ……かな?」
二人して、決めポーズをつけて、煽り文句を口にする。
楽しそうな決戦はもうじき始まる。
一方で、神社裏で頭を抱えている幽香がいた。
頭痛がする。吐き気もする。はっきりいって、本調子とは程遠い。
しかし、それにもまして次の試合をどうしたらいいのかが分からない。
「ぐっ、この状態でもチルノには楽勝か……弱った」
試合展開は一方的だ。チルノが何をやっても通用しない。
チルノが押そうが、引こうが、固まろうが、冷やそうが、幽香の力なら全部突破できる。
負けてやってもいいのだが、負ける要素が見当たらない。
チルノに橙の式神を貼り付ける?
自分にさらにメディスンの毒を盛る?
……多分そんな程度では差を埋めきるまでに至らない。
こけてやったら馬鹿にしているのと同じだ。何とか、何とか……自力で勝って欲しい。
「霊夢、優勝おめでと」
「まだ勝って無いわよ」
「いや、勝ったも同然だろ。今、神社裏見てきたけど、幽香、ふらっふらっだぞ。
神奈子も、勇儀も負けたし、次の相手はサニーだし」
「魔理沙……ちょっと嫌な感覚がするのよ。巫女の直感っていったら分かる?」
「もしかして、幽香が負けるとか?」
「そうよ。それ、そうしたらどうなると思う?」
「優勝はお前だぜ?」
「……そうね。その通りってのが気に食わないのよ。まずい気がする」
「優勝が?」
「そう、優勝が」
二人して小声で話し続ける。
巫女の直感が訴えていることの要約は妖怪の……八雲紫の計画通りってことだ。
治療室ではチルノが寝息を立てている。
準々決勝 第二試合になる頃には起きているはずである。
「師匠!! 何で勝ったのにそっけないんですか!?」
「……病室で大声出す馬鹿者をほめる言葉は無い」
「あ、すみません。……でも、空に勝ったんですよ? 自力で……少しぐらい」
「ほめて欲しいなら、神奈子を倒してきなさい。そしたら、考えてあげる」
「ハードル無茶上げではないですか?」
「子供に出来てあなたに出来ない?」
「あれは運ですよ?」
「……わからないか」
永琳は鈴仙から視線をはずした。
神奈子は運だけで勝てるレベルを超えている。
大体、鈴仙では神奈子を本気にさせるところまでも到達しない。
1. ルールの盲点、先に土がついたほうが負け、暗黙の了解というもの。
2. 映姫の「反則は取らない」宣言。
3. 神奈子を本気にさせて、圧倒的な力の差を逆用する。
この3つの条件が偶然組み合わさった結果だ。しかし、頭脳プレーとは異なる。そんな才能はチルノに無い。
例えるなら、英雄の才能と言うものか? 負けてはならない所で必ず勝つ才能。
以前に一度だけ見せてもらった。
このトーナメントの勝者は……チルノか?
口の端で笑う、もしも……私が出ていたなら? 英雄の才能か……相手にとって不足なし。
……いや、負けるか……この私でも……戦いに参加しなかった時点で逃げの一手を打った。戦意、勝つ意思で既に負けた。
そして、出たなら、紫の策略で恐らく一回戦の相手が勇儀……チルノに当たる前に負ける。
しかし、逆を言うとチャンスかもしれない。鈴仙だったからこそ、ここまで残った。
決勝で鈴仙を全力サポートすれば英雄の才能を超えることも出来るかもしれない。
持ち前の頭脳でチルノの全戦力、ルールと試合展開、鈴仙の実力を解析する。
目の前のルーミア対策を忘れて……
ようやく起き上がった映姫は自分の格好を見て顔が真っ赤になった。
服は傍に折りたたんで置いてある。
慌てて服を着替えている近くで争い声が聞こえる。
「九尾、何のつもりじゃ!?」
「全部、紫様の策略だ。あまり首を突っ込むな」
「ちっ、紫殿か? 馬鹿もんが、子供を巻き添えにしおって……」
「どれほど罵られても、やらなきゃならなかった。
狸如きにわかってくれなんて言わない」
「狐如きの感情、分かりたくも無いわ」
視線で火花を散らす。どうしてもこの二人の相性が最悪だった。
着替え終わった映姫が声をかける。
「何を争っているのですか?」
「別になんでもないわい」と言って、マミゾウが引き上げる。
藍は試合の経過について説明している。
「気絶している間の審判はしておきました。
勝者はルーミアちゃんです。勇儀さんも納得済みですよ」
「そ、そうですか……あの、それより聞いておきたいことが……」
「服のことですか? それなら紫様の指示ですよ?」
藍は半分本当で、半分嘘をついた。
紫の指示は完璧に映姫を演じることである。その命令の元、藍は自分の判断で映姫の服を利用した。
しかし、このように答えたら全責任は紫にあるように聞こえる。そう錯覚させようと藍が働きかけている。
内心、藍も紫のやり口に腹立たしさを感じていた。
もしも、ルーミアの役目が橙であっても紫はこの作戦を実行しただろう。
そう思うと、少し自分の主人に噛み付きたい気分になる。
ちょっと映姫をけしかけておこうと思ったのだ。後でお仕置きされたとしても、である。
しかし、映姫は下着姿にした主犯が紫と言う事実を知って勺を握る手がみるみる赤くなる。
挙動不審な表情で口元がごにょごにょと動いている。
察するに気絶している間に体に何かされていたらと言う不安だ。
まあ、確かに草むらで下着で気がついたらそりゃ気になるだろう。
「大丈夫ですよ。使ったのは服だけですから」
「いえ、あの……そうですか」
にこりと笑って藍がその場を去る。顔を伏せて耳まで真っ赤にしてうつむく、
映姫が紫を問い詰めるのはそう遠くない未来だった。
Aブロック決勝 準々決勝 第一試合 少名 針妙丸 VS 今泉 影狼
「かげろー、大丈夫? 噛み付いたりしないでね?」
「大丈夫だよ、流石に満月じゃないし……それより、
本当にサリエルはいない? 会場のどこにも?」
「うん、言われて探してみたけど、どこにもいない」
「これだけの大イベントなのに? 好奇心の塊が来てない? 分かった。
ありがとう、わかさぎ姫。後で紫さんに聞いてみようっと」
「余裕だな? 影狼殿?」
「余裕って言うより、針妙丸……力なら私の方が上だよ? 多分事実として勝てるんじゃないかな?」
「ふふふふ、そうか、では私が目に物見せてくれよう」
二人して仲よさそうに土俵に上がっていく。
合図と同時にがっぷり四つに組む。
体格差は圧倒的だ。影狼が軽く押すだけで針妙丸がずり下がる。
小槌の力で人並みの背を手に入れても、それだけでは厳しい。
「ははは、やっぱりね」
「ぐっ、ば、馬鹿にするなよ!!」
顔を真っ赤にして力を入れる。
影狼の力は……半分程度だろうか?
真昼間であることを考慮しても針妙丸を押していく。
ずりずりと土俵際まで押す。
俵に足を掛けて、針妙丸は最後の力を振り絞る。
それでも、7割の力で、針妙丸が反り返っていく。
「が……影狼……まだ本気……ではないな?」
「うん、ごめんね。まだ結構余裕あるよ」
「くそっ……こんなに…力の差が……あるなんて」
針妙丸が泣きそうだ。
影狼は夜なら、満月なら、もっともっと力が出る。
それに、牙も爪も使っていない。戦闘能力という枠組みなら、一体、全力の何分の一の力だ?
足がかりがあって、全力で体を突っ張って、それでも友人の力に全く手が届かない。
ブロック決勝、この戦いに小槌は持ってこなかった。一度でいいから、対等の条件で全力をぶつけてみたかったのだ。
そして、結果はこの様だった。手も足も出ない。
「針妙丸、悪いね。終わりにする」
「く…悔しいが……ここまでだ…この先――」
「うん、勝つよ。応援ありがと」
針妙丸の表情から先の言葉を読み取る。
最後の仕上げ、友人に今の全力を見せる。
抵抗無く針妙丸を押し切った。本当に……寄り切りがまるで歩き出すかのような感覚で抵抗が無い。
?
押し切った先に針妙丸がいない。影狼の手の先から声が聞こえる。
「おお? 力を出しすぎて体に入れた小槌の力も使い切ってしまったか?」
呆れた顔で影狼が手につかまっている針妙丸を見る。
そして、土俵の中に針妙丸を戻した。
自分の足元を見る。急に抵抗が無くなったので、本当に土俵から踏み出してしまった。
勝者 少名 針妙丸
「ちょっと、自分のドジっぷりがあほらしい」
「私もこのタイミングで小槌の効果がきれるとは思わなかった」
「針妙丸……言いたくないけど、体に入れた小槌の力を振り絞って、さっきの力?」
「いかにも、全部振り絞った」
影狼が目を覆った。……言っちゃ悪いが力が弱い。
針妙丸が勝ったのは……多分小槌の力だ。力が抜けるタイミングで勝利を呼び込んだのだ。
但し、この勝利が幸運かどうかは別問題である。次戦は間違いなく風見幽香……こんな力でどうなることか。
Bブロック決勝 準々決勝 第二試合 チルノ VS 風見 幽香
頭を抱えたままで青い顔して幽香が土俵に上がる。お経の頭痛、式神の吐き気、毒による不調……これは自力で手を打った。
もう無理、これ以上マイナスできない。これでチルノが勝てないなら、チルノが悪い。
「大丈夫ですか?」
「う~、頭痛い。大丈夫よ。ほっといて」
「頭痛いなら医者に行って下さい」
至極当然の答えを言われた。反論の余地が無い。無理矢理「トーナメントで不戦敗したくないの」と答えた。
そうしているうちに元気一杯、チルノが降臨する。
「はーっはっはっはっは、我こそ最強!! かかって来い!!! 神奈子!!!
……あれっ? 幽香じゃん? お前の試合もっと後だぞ? 何やってんの?」
別の意味で頭痛がしてきた。こいつ、戦った時の衝撃で、記憶がぶっ飛んだな!?
永琳をにらみつける。永琳はお手上げと言った表情で答えた。
「チルノ、二回戦の記憶ある?」
「えっ……いつ? もう終わっちゃった?」
「一応、あんた勝ってるけど? 記憶無い?」
チルノが腕を組んで悩んでいる……勝つのは当然として、記憶無いのはどうしてだ?
……まあ、いいか!! 多分記憶に残らないほど相手が弱かったんだろう。覚えていられないなら無理に思い出す必要なんてない。
あっさりそんな事を考えて、幽香の前に立つ。
そして、記憶が無いから当然だが二回戦と同じ行動をとっている。
映姫が「あの……止めますか?」と聞いてくる。
幽香の頭痛はさらに促進されたが「放っておいてあげれば?」と答えた。
あっという間に土俵がキンキンに冷える。
しかし、チルノの次の台詞すら想像できる。「お馬鹿」って言うのは酷だろう。記憶が無いのだから。
むしろ、最大級の評価を受けていると判断してよい。戦神と同等の扱いをチルノがしてくれている。
「作戦完了!!――」
「幽香、お前の負けだ!!!……か」
「え? 何で分かった?」
だめだ、この程度の作戦、私には通用しない。
観客からは失笑が漏れている。「やっぱり馬鹿だな……」と。
幽香が威圧するように観客席をにらみつけた。
そしていよいよ決戦が始まる。
開始の合図で幽香は棒立ち。
パーフェクトフリーズで土俵が完全凍結、直後にチルノが全力で突進……そして、幽香は全く動かない。
「ぐぬぬぬぬ、う、ご、けぇ~!!」
「……冷たくて気持ちいい」
片手で摘み上げる。
「げ、げぇっ!!」
「ちょっと負けてあげたかったけど、これじゃ無理ね?」
チルノの手を捕まえて自分の額に押し付ける。……気持ちいい。相撲でなかったらチルノを頭に縛り付けてそのまま一日寝ていたい気分だ。
「熱っ!! どうした!!? 幽香、病気なのか?」
「あんたの気にすることじゃないわ」
幽香はもう勝つことに決めた。これ以上は茶番だ。
チルノを片手で掴んだまま、思いっきり振りかぶる。
チルノが冷気を放とうが、暴れようが完全に問題外。抵抗になんてならない。
握力一つでチルノの身動きを封じる。
「うおおっ!!! つ、強えぇ!!!」
「当たり前よ。グッバイ、チルノ。
ベストエイト進出は流石だったわ」
全力で放り投げる。神奈子のちょっとした真似だ。同じぐらいの距離を私ならぶっ飛ばせるってことを示すだけだ。
チルノが負けを自覚させられ、幽香の”流石”という賞賛を受け、圧倒的な風見幽香の実力を前に賛辞を送る。
叫び声で応援を口にしてぶっ飛んでいく。
「流石だ――あたいの分も勝てよ――!!!」
最後の最後で思いっきり元気をぶつけられた。幽香が限界を迎える。
吐き気がこみ上げる。今の今まで精神力だけでもっていた。
風見幽香は生粋の妖怪だ。恐怖や畏怖なら望む所だが、善意には拒絶反応が出る。
それでも、通常なら善意や好意をぶつけられても何とかもつ。一回戦や二回戦のように頑丈な体を盾にうすら笑って退場も出来た。
しかし、今は体が限界だ。毒に、お経に、式神……累積させたダメージが半端では無い。
恨み言なら、悔しい気持ちをぶつけられたなら普通に立っていたのに。
止めを刺すかのように声援を……純粋な好意を……とびっきりの笑顔でぶつけてくる。
精神攻撃は最も苦手だ。特にこんな好意には対処できない。
大体、甘えられただけでパニックに陥る。吐き気と頭痛とパニックで頭が真っ白だ。
チルノの落下前に口を抑えてひざを突いた。そしてそのまま医務室へ直行する。
戻って来たチルノが勝利コールを受けて混乱している。
勝者 チルノ
「……幽香は?」
「チルノ、名誉のために言いますが、幽香さんは体調不良だったんです。
不戦勝ということで納得してください」
「おでこ熱かったからな……でも、流石だった。リグルが最強って言うだけのことはある。
体調不良であの実力……あたいの次ぐらいには強かったぞ?」
「……そうですか」
映姫はチルノの話を聞いていない。実力差……比べるのも馬鹿らしい。
……運も実力の内? 馬鹿な、わざと負けたに決まっている。あれは運ですらない。
映姫は呆れた顔でチルノを見送る。
病室にてメディスンの横に幽香が寝ている。
「毒を……飲んで、負けたの?」
ほとんど全ての毒を幽香に盛った。試合開始前に青い顔していた幽香は、今、もっと蒼白になっている。
戻って来た傍から幽香の体の毒を自分に戻した。それでも真っ青の顔が元に戻らない。
「全く馬鹿よね? 隙を作るためにわざわざ毒を自分で盛って、
挙句に精神攻撃で完膚なきまでに撃沈……あんた、毒で体調不良になってなかったら、
それこそ立ち直れないぐらいの悪評が立ったわよ? 雑魚妖怪ってね?」
「うるさい……」
「精神攻撃?」
「こいつ、チルノをぶん投げた時に憧れとか賛辞とか、格好良いなんて感情をぶつけられたのよ。
それこそとびっきりの笑顔で」
メディスンが納得の表情をする。幽香が思いっきり苦手な感情だ。
本当に懇願するような表情で幽香が泣き言を言っている。
「う、うるさい……静かにして……ほんとうに……頭痛い」
そんな幽香に止めを刺すかのごとく陽気の塊が病室に入ってきた。
「幽香!! 大丈夫か!!?」
「あ、あ゛、やめて……だまっててよ」
「あ~本当に、ダメそうだな!! 待ってろよ今、冷やしてやるからな!!」
幼い手で、善意を好意を、額に伝えてくる。
生殺しだ。実に切なそうな目で永琳に訴えている。
「あら、うらやましい、天然の熱さましね?
チルノちゃん、いい機会だから、準決勝までそうしてなさいな。
試合になったら呼ぶから」
永琳が死刑宣告にも等しい言葉を口にして、小声で「いつぞやのボディブローのお礼」何て言って、ウインクして病室を出て行く。
メディスンは雰囲気を先読みしてさっさと出て行った。
情け無い声が病室から聞こえているが、地雷を踏みにいくような馬鹿はどこにもいなかった。
Cブロック決勝 準々決勝 第三試合 サニーミルク VS 博麗 霊夢
霊夢の腹が決まった。
「よっ、どうするんだ?」
「……ここで敗退する」
「いいのか? チルノがまたもや奇跡の大逆転。
もう雑魚しか残って無いぜ?」
「巫女の直感……針妙丸にチルノ、ここで私が勝って、ルーミアが残ってみなさいよ。
優勝しなきゃおかしいし。子供相手に勝ったって名誉もくそも無いでしょう?」
トーナメントを見ている魔理沙が納得の表情だ。
確かに子供だけ残っている。
しかし、もったいない気もする。
だって、神奈子も、諏訪子も、幽香も、白蓮も、鬼も、吸血鬼も出たのだ。
優勝した名誉は計り知れない……
そのことを口にすると、友人は「博麗の巫女は目先の名誉に拘らないのよ」なんて答えた。
こんな名誉を簡単に捨てるなんて、呆れてしまう。到底真似できない。
土俵上でサニーミルクが自信たっぷりに霊夢を迎える。
「あははははは、必ず勝ってやるわ!!!」
「ふ、巫女を舐めないことね。あんたには夢想天生すら必要ないわ」
二人してにらみ合う。そして決戦はすぐに始まった。
サニーミルクが試合開始直後に光学分身している。
「あは、あははははは!!! これなら、あなたには本体がどれか分からないでしょ!!?」
「ふん、巫女の直感だけで十分だわ」
直感は真正面のサニーミルクが本体であることを訴えている。
だから、霊夢は左の分身体に思いっきり突進を繰り出した。
そして、土俵に足を掛けて転倒する。
計画通り……そういえば、一回戦、文がこんな顔をしていた気がする。
この表情だとまずいか……茶番がばれるかもしれない。
顔を上げる前に慌てて表情を取り繕う「な、何?」と……。
恥ずかしそうにサニーミルクの表情すら確認せずに顔を隠したまま神社の屋内に逃げていった。
霊夢の正面にいたサニーミルクが勝利コールと同時に拳を突き上げる。
勝者 サニーミルク
「な、なんで、霊夢が負けるの? 優勝のはず……け、計画が狂った?」
紫には霊夢の行動が分からなかった。
正面が本物……そんなこと、直感で分かるはずなのに……
トーナメントは紫の予想以上……弱者しか残っていない。
影狼も、幽香も残れなかった。それに二回戦まででほぼ全ての実力者を排除した。
自分も含めてである。守矢の神に博麗の巫女の力を見せ付ける予定だった。
自分が負けたのも、勇儀に喧嘩を売ってまで工作を施したのも、全ては博麗のため……しかし、ここで頓挫した。
優勝するべき人物が、負けるはずの無い戦いで、まさかのリタイア……想定外だ。
このままでは、鈴仙が優勝してしまう。
なんとか、何とかしなければ……。
Dブロック決勝 鈴仙・優曇華院・イナバ VS ルーミア
一同がルーミアを激励している。「必ず勝って」なんてみんなが言う。
「うん、がんばるよ~」
「ルーミア、頑張るんじゃなくて、勝つの!! 分かった?」
「うん、頑張る」
「だ・か・ら!! 勝つの!!」
「もういくね?」
すさまじいマイペース、橙やリグルの熱気は伝わらない。
このトーナメントで幻想郷における史上最強の横綱が決まる。
そんな中、ベストフォーにサニーミルク、チルノが残った。
ルーミアにも残って欲しい。そんな、友達の思いを受け取ったのかすら分からず闇が土俵に登場する。
「ししょ~、見ててください。今度も自分の力で勝ってきますよ」
子供相手に勝つ意思を見せている鈴仙に永琳が目を覆っている。
……完璧な作戦ミス、霊夢が残らなかった。ベストフォーは針妙丸、チルノ、サニーミルク……鈴仙でも3対1で圧勝できる。
霊夢が残っていれば、勝ってもなんでもない。しかし、いないのだ。子供の輪の中で一人、鈴仙が残っている異常さはもはや恐怖である。
永琳がここで敗退するという決断をした時には、鈴仙が土俵に上がっていた。
「あ、あの馬鹿……みっともないとか理解できないの!!?」
土俵上の鈴仙はやる気十分……ルーミアは足しか見えない。
どうにかして鈴仙が負けるように仕向けないといけない。
ルーミアが勝つパターンを高速で思考する。……? あれ? そういえば幻視が効かない?
単純な腕力は……鈴仙は非力だし……ルーミアってまさか、腕力上かしら?
土俵上では自分の馬鹿弟子が暗闇に飲まれている。
足元では鈴仙が突撃しているのが分かる。
積極的にぶつかってルーミアが押されている。
永琳が手に汗握っている。……やった!! ルーミアがぶちかましを止めた!!
止めた距離と、鈴仙の実力を勘案してルーミアの腕力を推定する。
……計算不要か……
計算が終わる前に鈴仙が押し返されている。
なさけない悲鳴をあげて土俵際で最後の抵抗を試みている。
「そんな!! 嘘でしょ!? こんなに強いなんて聞いてない!!」
「鈴仙って、あったかくて、やわらかい……それにいいにおいがする。おいしそう……
今度こそ!
いっただきま~す!!!」
信じられない腕力で鈴仙に襲い掛かる。
恐怖のあまり鈴仙が尻餅をつく。
そしてその上に覆いかぶさるルーミア、永琳が笑って鈴仙を闇から引きずり出した。
勝者 ルーミア
闇から顔をのぞかせているルーミアが恨めしそうにこちらを見ている。
「なんで、ご飯の邪魔するの?」
「ルーミアちゃん、ちょっと待ってね?
鈴仙、丁度いいじゃない。ダイエットしてみたら? 物理的に。
お尻とか太ももとか、ウエストも気にしてたでしょ?」
「し、師匠、すみません。ごめんなさい。や、やめてください。
負けたのは、本当に申し訳ありませんでした」
「あら、そう?
ごめんなさいね、ルーミアちゃん。
食べていい所無いって」
「おなか減った~
もういいもん。食べちゃうんだから!」
なりふり構わず口を大きく広げたルーミアに、永琳が月見の会の招待状を渡す。
招待状と鈴仙を見比べて、思いっきり迷うルーミア……。
すかさず、永琳が耳打ちで色々と特典をつけている。
しぶしぶ引き下がっていった。
「し、師匠。ありがとうございます」
「別にいいわ。それより、今度の月見の会……準備は全部一人でやってね?」
「ぐっ、わ、分かりました」
永琳はなぜか笑いながら引き上げていく。
勝てなかった。ルーミア相手に惨敗……化け比べの時のように、お仕置きされてもおかしくなかった。
”どうしてだろう?”何て悩む弟子の姿を見て、少しため息が出る。
しかし、物事は勝つよりも良い方向に進んだ。
ベストエイト進出……戦果として十分だろう。もう勝つ必要は無い。
……この敗北も、私のこの判断も英雄の才能か?
いや、多分違うな……ようやく読めた。英雄の才能はフェイクだ。これはきっと、全てを丸く治めようとする幻想郷そのものの意思だろう。
ミスリードさせられたな。全ての企みがベストフォーによって完全粉砕されたはずだ。
紫も、神奈子も、さとりも、そして私も……頂点なんて決めちゃいけなかったのか。
現在残っている勝者の中に固有の所属を持つものはいない。
強いて言うなら針妙丸、草の根ネットワークの所属だが……あれにはトップが存在しない。
影狼は寄り合いのまとめ役程度である。情報の共有はできても各人への命令は出来ない。
今回、所属なしの連中だけが残ったのは、そういう意思が働いたのだろう。
トーナメントは少しの休み時間の後に準決勝が行われる。
「……鈴仙は負けたか。やる気満々で上がるから焦ったわ」
「ふん……まあ、ルーミアの腕力なら当然だね。多分子供の内なら単純腕力で一番だろうさ」
紫の手には式神が握られているが、その手を勇儀に掴まれている。
式神があればルーミアの勝利は確実、紫はその確実さが欲しかったが……勝ってくれれば何の文句も無い。
「紫、お前はまだ介入する気か?」
「いえ……、もう不要ですわ、ベストフォーが針妙丸、チルノ、サニーミルク、ルーミア。
霊夢が勝つのがベストだったけど……これはこれで、ベターな結果……
もう介入しません」
「そうか」
あっさり勇儀が手を放す。紫の腕には青あざが残った。
「ふ、ふふふふ、介入の代償が痣一個なら安い」
「……勘違いするなよ? 私の試合介入の分はまた別だ」
驚いて振り返った紫の視線を無視して勇儀が引き上げていった。
準決勝 第一試合 少名 針妙丸 VS チルノ
「幽香、もう大丈夫か?」
「……もう……むり……だ、だれか…た、すけて」
驚異的な陽気で善意を押し付けられた幽香は衰弱し切っている。
か細い声で、助けを求めているが誰も来ない。この氷の妖精は自分の弱点を無意識に把握して最も効果的にぶつけてきた。
止めを刺す感覚と言うものを本質的に理解して実行する。少なく見積もって白蓮以上の大物になる。
「あっ、チルノちゃん。お待たせ、試合が始まるわ。後は任せてもらえるかな?」
「えっ? そうか……幽香、ダメならもう少し居ようか?
針妙丸とはまた後でやればいいからさ」
幽香がカエルがつぶれた時のような悲鳴を上げた
チルノが準決勝放棄を、そこまでして優しさをぶつけようとしてくる。
永琳がこれ以上は致命傷になると判断した。
「チルノちゃん、この私に任せなさい。決勝までには幽香は元通りよ」
「……わかった。任せる。永琳、きっちり直すんだぞ?」
「ええ、まっかせなさい」
永琳が胸を叩いて応じている。
チルノが土俵に向かっていく。
「永琳……あとで、殺してやる」
「ふ~ん、あなた、そこまでして恐怖が欲しいの? ぬえでもつれてこようか?
まあ、あなたを元気にする方法は簡単ね。
鈴仙~!! ちょっとこっち来て」
永琳は鈴仙が来る前に、幽香にそっと布団をかける。しっかり隠れるようにだ。
そして、やってきた鈴仙に耳打ちをする。そこの布団を思いっきり叩くようにと……
笑って永琳が医務室から出て行く。しれっと結界を施して。
天才が作った完璧な密室の中で、臆病な鈴仙が発揮した恐怖はわずか1分で幽香を立ち直らせた。
土俵の上のチルノは珍しく使命感で燃えている。
すぐに戻って幽香の様子を見ないといけない。そんな感情だ。
対戦相手の針妙丸は小槌の力でもう一度人並みの姿になっている。
「針妙丸!!! 悪いがすぐに決着させてもらうぞ!!
相手にしている暇が無いからな!!!」
「言ってくれる!!! 今度こそ、押して勝つ!!!」
二人の視線は十分に燃え、仕切りの構え……「発気用意!!!」審判の合図で激突する。
力は互角!! ベストフォーにて針妙丸は力が釣り合う相手と初めて出会った。
但し、相手の体は冷たい。2分間、組んでいたら確実に負ける。
変化をつけなければ勝てない。思いっきり右に、左に振る。
しかし、チルノだって簡単に転倒などしない。
揺さぶりにだって対応する。一歩一歩着実に前進してくる。
力が拮抗する相手に夢中になっていた時間はどのくらいだったのだろうか、
燃える心に冷えた体が付いて来ない。
気付けば土俵際……影狼の時のように全身突っ張って耐えることが出来ない。
「くそっ!! 強い!!!」
「当たり前だろ!?」
震える体で尻餅をつく、チルノに押し出されて勝負は決着した。
勝者 チルノ
「悪いな今日は幽香の面倒を見なきゃいけないんだ。
後で弾幕ごっこしてやるから、また今度な」
後姿からは「ちょっと手こずった」なんて聞こえてくる。
体は冷えた。手がかじかんでいる……それでも自分の力が通用した興奮が抑えられない。
あと少し、体をもう少し鍛えれば手が届く。
「大丈夫?」
「あっ、わかさぎ姫……大丈夫だ。ちょっと冷えすぎたけど。
そんなことより、見ていてくれたか?
あと少し、力が強ければ……私にも勝ち目がある。
こんな気持ちは初めてだ。競える奴が居るってことが、すっごい楽しい」
「そう? 私には分からないな。その感覚」
わかさぎ姫に抱えられながら、針妙丸が試合について語っている。
熱っぽく、興奮が抑えられない、まるで男の子みたいだ。
競うってそんなにいいことなのかな? そんな疑問を浮かべながら観客席に戻る。
影狼は紫のところに行って、正邪とサリエルの居場所を聞いている。
トーナメントが終わったら、みんなでパーティにしよう。
……
「えっと、正邪さんですか?」
「あ、そ、そうです。旧都のどこに居るかな~、なんて、思ったり、思わなかったり」
「……あ~確かに、私に頼むのが一番速いわね?」
「い、いや、お手数だったら、居場所……飲んでた店の名前だけでも……」
紫は影狼の顔を見る。友達のために勇気を振り絞ったか……大妖怪たる私に頼みごとするために。
ちょっと考えてみる。
店の名前……もう一度スキマを開くぐらいなら、教えるより、直接転送したほうが二人の手間が少ない。
指先でスキマを開く、同時に泥酔状態の正邪が吐き出された。
「これでよろしいかしら?」
「え? あ、ありがとうございます!
……おい、正邪、起きろ。起きろ」
「無理じゃないですか? 永琳さんに頼むといいですよ?」
「えっ? ああ、そうですね。そうします。
……あの、もう一つお願いが……」
紫があきれた顔になる。しかし、申し訳なさそうな影狼の「サリエル」の一言で強張った。
「なぜ? それを聞くのですか?」
「えっ? あ、あの、えっ~と、だって、監視対象」
「それはこんがらさんです。
サリエルさんは弱体化しているので監視対象以前ですわ」
「それじゃ、居場所は?」
「知りませんわ」
紫の酷薄な瞳を見る。引きつって「匂いで追跡するしかないな~」なんて背を向けて去っていった。
正邪を永琳に預けた後、影狼が苦い顔だ。
「サリエル……なんで紫さんに逆らったんだ」
紫の袖から匂いがしたなんて言ったら、紫が犯人っぽいことを口にしただけで、スキマ送りされただろう。
どうしたらいいかわからず、神社裏で頭を抱える。
紫には逆らえない。どれほど過小評価しても勇儀以下と言うことは無い。
手下の九尾の存在だけでも驚異だ。
「なんで、バレたのかしら? ねぇ? 影狼さん」
いきなり真横に紫が現れる。
「げっ!? あ、いやなんで」
「私だって表情読めますよ。あなたぐらい顔に出てればね?
う~ん、見た目より口が堅そうね? 命令するわ……話せ」
紫の目の色が変わる。これ以上の口ごたえは死に直結する。
「あ、あの、ゆ、紫さん…」
「遅い、式神を使うか」
式神を即座に背中に貼り付ける。
影狼の意思を無視して、勝手に口が動き出す。
「ああ、なるほどなるほど、鼻がいいってのはどうしようもないですね。
これ以上、かぎまわる気?」
式神の張り付いた影狼が「紫さんの怒らない範囲で」と答える。
「従順なんだか、よく分からないわ。
まあ、いいか……あなたが反抗しても問題外ですからね」
式神をはずして、紫が立ち去る。後は泣いている影狼だけが残った。
準決勝 第二試合 サニーミルク VS ルーミア
「負けないからね!!!」
「頑張るよ~」
サニーミルクは燃えて、ルーミアはマイペース、なんだかいつもの弾幕ごっこみたいだ。
土俵に上がった後もいつも通り……しかし、決戦は始まった直後からルーミア有利に進んだ。
真っ暗闇の中、サニーミルクは光が集められない。
「ルーミア!! 闇をのけてよ!! 光が集められない!!」
「いまさら、そんなことを言うの?」
声を頼りにルーミアが組み付く、サニーミルクの力は……言っては悪いが大会最下位の腕力である。
一回戦、アリスがゴリアテ人形で自爆
二回戦、フランドールが日光で撃沈
ブロック決勝、霊夢が分身に突っ込んでオーバーラン
誰も腕力で戦ってこなかった。
対して、ルーミアは早苗を、鈴仙を腕力のみで撃破している。
力の差は圧倒的だった。
サニーミルクは準決勝で初めての取っ組み合いである。あっという間に押し出された。
勝者 ルーミア
「くそ、何でよ!! 何で勝てないのよ!! 弾幕ごっこなら何回も勝ったことあるのに!!」
「サニーは妖精だから仕方ないよ。わたしは妖怪だし」
ルーミアがサニーミルクを抱きしめる。軽い、華奢だ。こんなのでよく準決勝まで残った。
「ね~、サニーがもっともっと大きくなったらまたやろうよ」
「う……い、いや、明日、やる。今度は弾幕ごっこで。
私の方が強いってみんなに証明する!!!」
「そーなのかー、じゃあ明日ね?」
ルーミアが今までの相手と態度を変えたのは種族的な違いが大きい。
ルーミアは基本的に食べ物と認識したものにしか襲い掛からない。
人間は食べ物、鈴仙も食べ物に入った。でも、サニーミルクは入っていないそれだけだ。
さて、決勝の相手はチルノであるが……当然のように友達だ。
純粋に戦うことが出来る。
……
ようやくベッドで起き上がって幽香が頭をかいている。
鈴仙の恐怖のおかげで、精神的には安定した。式神のダメージは永琳の栄養ドリンクで直した。
お経の耳鳴りは何とか我慢できる。後で、ミスティアあたりに耳元で歌ってもらって上書きすれば問題ない。
思いっきり伸びをしている。
「ふっ、くっ~。
ようやく普段ぐらいに体調が戻って来た」
手がバキボキと鳴っている。それを恐怖の視線で鈴仙が見ている。
きっと、恐らく、決勝で出会っていたなら、幻視以前に逃げ出しただろう。
「鈴仙、あなた、いい恐怖してるわね。助かったわ~
後は、ぬえでも狩れば、十分ね?」
「……すみません、もうしわけないです。ごめんなさい、許してください」
まるで呪文のように口から謝罪の言葉が漏れている。
……ちょっとやりすぎたか? 壊すって言うのはあまりしたくないんだけど?
幽香が優しく鈴仙をベットで横にする。
そうしている間に鈴仙の声が聞こえなくなったので確認しに永琳が戻って来た。
「ん? あ、幽香さん。ようやく立ち直った?
あ~、鈴仙……ちょっとまずい状態ね?」
永琳が鈴仙に心のクスリを飲ませている。夢見心地のような表情になった鈴仙をそっと寝かしつける。
「大丈夫?」
「大丈夫よ、まあ、後で目玉が飛び出るぐらいの請求するけどね?」
「いいわよ? 鈴仙のお小遣いにしなさいよ。
正直、子供に殺されそうになるとか思わなかったから」
「まあ、随分の気前のいいことを」
二人してにらみ合っている中にチルノが飛び込んでくる。
「おお? 流石だな永琳!! 幽香も、もう平気だな!!?」
「そうでしょ?」
「……ちっ、永琳もいいでしょ? 私は帰るわ」
「そんなこと言うなよ。決勝見ていけよ。お前の分もさ勝って来るから」
一瞬だけ幽香の目がゆれたのは善意をぶつけられたからか?
永琳が言葉巧みに追っ払う。
「チルノちゃん、幽香は大丈夫だから、ルーミアちゃんに勝利宣言してきたら?」
「あっ、そうか。私が勝つって言ってくる!!」
大急ぎで医務室から飛び出していく。
「流石に元気っ子ね? 陽気なら幻想郷 No.1ね?
幽香も見ていきなさいよ。大物ならそんな小物みたいなこと言わないでさ」
「くっ、言ってくれる。私に善意なんてものがどれだけの毒か分かるくせに」
「だからよ。残り一試合ルーミアとチルノの頂上決戦のみ……ほら、言うじゃない? 毒を喰らわば皿までってね。
それにこの決勝、はっきり言って、私でも読めなかったわ」
幽香は頭を抑えて「仕方ないか……」なんて口にしている。
……
紫が藍を見つけて硬直している。
勇儀の膝元で寝ている。……正確には酔い潰されて撃沈している。
そして逃げる前に勇儀と目があった。
「よう、紫、これから決勝戦を肴に酒を飲まないか?」
「あ、いえ。私帰ろうと思って藍を探していたのですけど?」
「あと一試合さ、いいじゃないか、子供の決勝だ。すぐ終わるし、事件にはならないさ。
それに、責任とって貰わなくちゃ。藍が試合の介入の件で付き合うって言ったのにさ。
高々準決勝二試合分でつぶれちまった」
どれだけの勢いで飲ませたのか? 紫の手が震えている。
「残念ですけど――」なんて口に出している間に首にまきついてきた奴が居る。
「紫、付き合え。互いに一回戦敗退だし、やけ酒しようぜ?」
萃香に首を押さえられた。逃げられない。
目を見開いて、踊る瞳を隠すことも出来ず、鬼の宴に強制参加させられた。
……
「いい加減、泣き止め」
「うっく、ぐっ、だ、だって、くやしい」
「もう決勝しか残って無いぞ!!?」
「わ、私が勝つ って 決めてたのに~」
「あれはどう見てもチルノの勝ち、反則取られなかっただけで奇跡だ。
みろ、あいつは決勝まで残った。応援して戦神の度量の広さを見せてやれ」
「くやしいよう」
諏訪子がため息をつく。無理矢理手を掴んで歩き出す。
こうしてやっと、自慢の戦神がうつむいたまま、鼻水すすって付いて来た。
……
土俵上ではチルノとルーミアが立っている。
それをうらやましそうに見ているのはぬえだ。
白蓮に膝枕させて甘えている。
「な~白蓮……俺、絶対勝ってたんだぜ? 幽香の奴にさ」
「見てましたよ? 私も手に汗握ってました」
「あいつさ、汚ねぇんだ。やり方がさ」
「ええ、弾幕の反動を使って起き上がるなんて誰も思わなかったですね」
「そうだよ、あれさえなけりゃ、俺が決勝……いいやルーミア相手なら優勝したのにさ」
「そうですね。でも仕方ないです。勝負は時の運……二人を応援しましょう」
ふてくされているぬえは白蓮の太ももに顔をうずめている。
ちぇ、なんだあんな奴ら、ベストフォーなんて4人まとめて束にして勝てるレベルなのに、
白蓮だって、寅丸だって、いやいや、下手すれば村紗だって楽勝だ。
にらむ先で子供二人が激突する。
観客の熱気を頼りに最後の戦いが行われるのだ。
決勝 チルノ VS ルーミア
「我こそ頂点! 我こそ最強!! 史上最高最強の横綱はあたいだ!!!」
「がんばるよ~」
チルノの熱気すら伝わらないルーミアは声だけではない。顔が見える。
トーナメントは予定では昼食も含めてでも14:00には終わる予定だった。
しかし、度重なる土俵の修理、映姫の説教、審判が気絶……時間が夕暮れ時まで差し掛かった。
傾いた日はサニーミルクが屈折させて地面に落とした。
最後ぐらい顔を出せと言う。友達の配慮だ。
黄昏時の博麗神社を夜空が包む。
「ルーミア!!! 全力で来い!!」
「わかった~」
映姫が笑いながら声をかける「両者! 見合って~!! 発気用意!!!」と、
二人とも同時に加速して突進を仕掛ける。
吹き飛んでいったのはチルノ、妖怪の力を持つルーミアに完全な力負けだ。
しかし、土俵際で踏みとどまる。神奈子戦で見せた氷結固着だ。
こうなるとルーミアの腕力だけでは厳しい。組み付いて必死に押し切ろうとするのだが、関節まで氷で固めてくる。
「チルノちょっとずるい」
「ま、負けたくない!!」
関節を固めて氷の成長で押す。ルーミアはこのままでは不利と悟ると。あっという間に下がった。
対角線で思いっきり距離をとる。
土俵は神奈子戦のように全部凍っているわけではない。
土俵を冷やしてこなかったのだから全面完全凍結しているわけではない。
但し、放っておけば氷結面積が増加して手の打ちようが無くなる。
全身丸めて全力体当たり戦法に出た。
加速距離は土俵の端から端まで、全妖力をこめて頭から突進する。
氷の破片が飛び散る。チルノも目を白黒させている。足元の氷塊も大きくひびが入った。
後一撃、再度ヒビを修復される前に同じ一撃を入れれば勝てる!!!
衝撃でふらふらとしながら再度距離をとる。
ルーミアの表情がおかしい。視点が定まっていない。
頭から突っ込んだので意識が途切れかけているようだ。
チルノはこのままではまずいと判断、割れかけた氷壁を破り前に出てくる。
一挙に氷の鎧をまとう。関節を固定し、さらに自身の重量を増す。
ルーミア相手に自身の全力で挑んでいる。
ようやく意識を戻したルーミアと再び全力を持って激突する。
今度はチルノの装甲もあり互いの力が拮抗した。
「ほほう、流石決勝、見ごたえあるじゃないか」
「レベル低すぎですわ」
「馬鹿言うんじゃねぇ、互いが全力尽くした熱戦じゃねぇか」
「萃香、賭けをしようじゃないか? どっちが勝つと思う?」
「チルノの一択」
「そうか、なら私はルーミア押しだな」
「どっちもどっちでどっちが勝つかなんて分からないですわ」
「だからこそ賭けが成り立つ」
「そうとも、勝負の面白さが分からない奴だな」
3人、倒れている藍を含めて4人の周りには、相当数の酒ビンが転がっている。
「紫、もしこの勝者が当てられたら、介入の件見逃してやるよ」
「ああ、そうだな。私もこの件は水に流す」
「……なら、ルーミアで、単純計算でチルノの腕力を軽く3倍上回ってますわ。
冷え切る前に押し切るはず」
「はっはっはっは、紫、介入するなよ」
「そして覚悟をしろ、賭けに負けたらどうなるか身をもって教えてやる」
紫は自分自身で初だろう、祈るような手つきで、食い入るように試合を見つめている。
「チルノは頑張ってくれてるじゃないか、流石、我らがブロック代表」
「くそ、悔しいほど、すがすがしい感情が流れてくる。
勝利を願う純粋な感情だ」
「そりゃ、相撲は神事だから当然さ。勝利の神様に勝利を願うものさ」
「これで、応援しなけりゃ嘘だ。
……私じゃここまでいかなかった」
「当たり前さ、神奈子が勝利を信じるのは馬鹿げているさ。勝って当然だろ?」
「私に勝ったチルノに神風を――」
「馬鹿、やめておけ。純粋な自分の力で勝ってこその栄光さ。後押し不要」
二人して、勝負の行方を手に汗握ってみている。もうじき決着する。
「くっそ、やっぱり強いな!!! ルーミア!!」
「チルノもね!?」
二人して力比べを続ける。力はルーミアの方が強いのに押され始めた。
成長する氷塊が大きくなりすぎている。もはやルーミアの力では押し切れない。
「はっはっはっは!! 惜しかったな!!?」
「まだ、奥の手があるもん!」
ルーミアが氷の鎧に思いっきりかみ付く。
自身の最も強力な技だ。氷にヒビが入る。
そしてそれをかめる範囲で繰り替えす。
チルノを中心としてひびが入ったのを見届けるのと同時に張り手を見舞う。
もろくも瓦礫の山と化す氷の鎧……。
チルノを服ごと捕まえて、瓦礫の山へと投げつける。
しかし、チルノが腕から離れない。今度はルーミアに直接氷結した。
「しぶといね!! 流石にチルノだ!!」
「ここまで来て負けられるか!!!」
紫の「卑怯ですわ!!」と言う絶叫も、
「流石! 我らブロック代表!!!」と言う声援も
「ルーミア後、一押し!!!」も、「チルノ、とことん勝て!!!」と言う応援も束にして決着する。
敗因はルーミアがまだ体が小さく体温を保てなかったこと。
チルノの驚異の粘りで試合時間が長くなりすぎたこと。
ルーミアが砕いた氷により土俵の温度が一気に下がったこと。
一気に動きが鈍くなったルーミアは元気一杯のチルノの体当たりを食らって尻餅をついた。
決着 幻想郷大相撲トーナメント 優勝 チルノ
「はっ、はははは、流石ルーミア、最強の相手だったな」
「う~、全く……チルノは仕方ないよね」
チルノが手を貸してルーミアを立ち上がらせる。
そして、天を指差して、最強宣言が行われる。
「あたい、最強! あたい、無敵!! 究極、至高、ナンバーーーワーーーン!!!」
相変わらずのチルノに観客がドッと笑った。
チルノが相手なら、誰でも勝つチャンスがある。
幻想郷、最強とはいかないが、最高の横綱ならこの程度で十分だろう。
この後はパーティだ。幻想郷各地の猛者が集まっている。大宴会になった。
……
チルノを囲んで実力者が集結している。
「良くぞ勝ってくれた。試合前は油断していたよ」
「い~や、神奈子のは油断じゃないよ、いわゆる一つの平和ボケさ」
守矢の神も決勝の雰囲気にあてられて上機嫌だ。
さとりは今回の勝者に興味を持って近づいたが、中身のあまりの単純さに呆れている。
加えて利用価値は無い。チルノになら直接対決で勝てる。取り入る必要性も価値も無い。
フランドールと白蓮は純粋な賛辞を送っている。
レミリアだけは一瞥しただけで咲夜の元に戻ってしまった。
「何だ? レミリアの奴?」
「ごめんね。姉さまプライドすっごく高いから、負けたのが認められないのよ」
「ふ~ん、仕方ないか、そういや、フランは? 悔しくないのか?」
「私は、ちょっとだけ悔しい。でも、チルノちゃんが優勝してくれたことの方が嬉しいよ」
「そうか!!」なんて言って二人で笑っている。
そして、二人して手をつないで、勝利の凱旋を始めた。
チルノが向かった先はルーミアがいる。サニーがいる、橙もリグルも……心地よい歓声が上がった。
永琳と幽香がそれを見ている。
「く、くくく、あの二人の実力差、どのくらいよ?」
「正確に計算するのが馬鹿らしいぐらいの差よ」
「それでいて強い方が二回戦敗退で、弱いほうが優勝? 信じられない」
「それは私も同じよ。私の頭じゃベストフォーですら読めなかったわ」
「あんなの、誰が読めるってのよ? 紫がチョコチョコ手出していたし」
「あら、初耳ね?」
幽香が実にわざとらしく”口を滑らせてびっくり”なんて表情を作る。肩をすくめると今日は帰るようだ
視線の先でぬえを探している。
そして、白蓮の目の前で酒を飲んでいるぬえが酔った勢いで失言しているのが目に入った。
「けっけっけっけ、今日一日は横綱でいさせてやるよ。
明日になったら、その称号、貰いにいくからな?」
「ダメですよ? ぬえ? こういうものはそっと触れずにいるものです」
「な~、白蓮、俺が優勝だったんだよ。幽香があんなことしなけりゃ」
「私に何か用?」
幽香がぬえを目当てで近づいてきた。
「ゲェッ!?」とぬえの口から漏れているが、首を掴んで摘み上げられた。
ぬえが悲鳴をあげる前に幽香の手が絡みつく。
こうなってしまうと全く抵抗できない。そのまま、夜の太陽の畑に連れて行かれる。
ぬえの必死そうな顔見て、ため息混じりに白蓮がやめるように言う。
「馬鹿言ってんじゃないわよ?」
「……では、喧嘩両成敗でよろしいですね?」
「はあ? どういう……!!!」
目の前で経典が開かれる。今度は、耳元でささやく程度ではない。
白蓮が息を吸い込んだところで、幽香が手を放した。
「今日は無礼講、荒事は無しでお願いします」
幽香が引きつった笑顔を送る。
ぬえはすかさず白蓮の陰に隠れている。
しばらく三人でにらみ合っていたが、幽香は舌打ちして引き上げていった。
残された二人も命蓮寺に引き上げていく。
……
「紫の罰ゲームはどうしようか?」
「紫が精神的に一番ダメージを受けるのがいいんじゃないか?」
「そうすると……掃除、洗濯、料理……」
「ちょ、ちょっと待ってください。そんな雑用を?」
「ああ、こりゃ決まりだ。さて内容はこれで決まったが……
規模と期間はどうする?」
「ゆっくり決めりゃいいさ。まだ今日は数時間ある。
逃げんなよ? 紫? 逃げたら量を10倍にする」
赤ら顔の紫が悔しそうにしている。酒を大量に呑まされた。
スキマをコントロールするのも難しい。走ってなんかは逃げられない。
どうしようもなかった。鬼はそんなことお構い無しに罰ゲームの内容を検討している。
「紫って料理得意なのか?」
「食ったことねぇな? 作らせた挙句に肴にさえならんかったら目もあてらんぞ」
「掃除もな、家を更地にされてきれいにしましたなんてしゃれにならん」
二人して知恵を絞っている。
……
わかさぎ姫が影狼よりも先に歓声が近づいてくるのに気がついた。
影狼は気が滅入っているのか、暗い表情のまま気がつかない。
「おい、影狼!! 横綱様のお通りだぞ!?」
「あ、ごめん、気がつかなかった。おめでとうチルノちゃん……」
「おい、どうした? 随分暗いな?」
「今、サリエルちゃんが見つからないの、何か知ってる?」
「ふ~ん、家出したのか? まあ、いいか。紫に聞いてやるよ。あいつ探し物うまいし」
”紫に聞く”という単語を聞きつけて凍りついた。慌ててチルノを見る。
チルノは既に後姿、その向かう先には信じられないことに鬼が二人と紫がいる。
「お~い、紫、サリエル知らないか?」
紫が酔ったままだと言うのに信じられない速度で振り向く。
赤ら顔にもかかわらず赤黒い瞳をしている。視線の先にはチルノ、そして視点を移して影狼を見た。
「知りませんわ」冷たい一言を言い放つ。
「じゃあ探して」躊躇なく直球を打ち返してくる。
紫の手が鳴る。鬼の目の前で、チルノに頭から命令されて感情が沸騰している。
酒のせいで理性が利かない。
しかし、それを見ていた鬼達は楽しそうだ。
紫への嫌がらせ罰ゲームが決定した。子供の命令を聞くなんていうのは紫にとって罰だろう。
チルノに向かって伸びた手が萃香によって止められる。
「紫~いいじゃないか。それに罰ゲームが決まった」
「ああ、お前への罰ゲームはチルノの命令で”サリエルを探してつれて来い”って事さ」
「いや――」紫の口を勇儀がふさぐ。
そのまま、力ずくで首を縦に振らされる。
紫は最後の反攻に出た。
「いや、ちょっと待ってください。
居場所も分からない奴を探すのって、見た目よりも大変なんですよ?」
鬼はニヤリと笑って、「それが罰ゲームって物さ」、「紫が本気出せば……どんなにかかっても2日じゃないか?」などと言う。
「げ、幻想郷の中ならです!! 旧都や冥界、魔界まで入れたら終わりません!!!」
「やりたくないからって、そんな事、言うなよ」
「幻想郷の中に決まってるだろ? いいさ、探すのは幻想郷だけで」
「では、幻想郷だけを探します。文句ありませんわね?」
最後の最後までしたたか、ちょっとやそっとでは口を割らない。
勢いで、自分自身の酔いをそのまま利用した巧みなミスリード……サリエルは二度と戻ってこれない。
鬼達の言質をとった紫が馬鹿みたいな大声で高笑いする。
「私は、サリエルさんを探しますよ幻想郷の中でね。全力で2日……よろしいですね?」
「いいだろう」と萃香が頷く。
影狼からすれば最後のチャンス……この話が終わってしまう前に、みんながいる前で紫が主犯だと言わなければ――。
それら全ての先手を取って紫が影狼を見ている。式神をちらつかせている。
恐怖で急速にのどが枯れる。一言も出てこない。たった一言なのに絶望的に舌が重い。
紫とのラストバトルなんて試合場にも上がれなかった。
影狼の顔に疲労がたまる。悔し涙がたまる。拳に情けなさがたまる。
紫は強敵だ。
「そうだ!! 影狼さんや針妙丸さん、赤蛮奇さんにも手伝ってもらいましょう」
その言葉を影狼にだけ向けていっている。要約は”巻き添えが出ますよ? よいのですか?”と言ったところか。
悔しさを顔に出すことも出来ずに完全にうつむかされた。
その異常事態に気付いたのは二人、わかさぎ姫とさとりだ。
わかさぎ姫には何が悔しいのか分からない。紫が協力してくれれば絶対に見つかるはず。むしろ喜ぶはずだと思っている。
さとりは全て分かった上で、この件を利用する。紫に協力して取り入る気である。影狼に味方する気は無い。
もう一人、永琳が紫の態度、幽香の言動、影狼の挙動から大体の状況を読み取る。
しかし、当人が踏み込む勇気すらないものを後押しする気にならない。
きっかけすら作れないなら、それはそのまま、運が無かっただけのことだ。
事態は紫有利のままに決着しようとしている。
その流れを止めて、押し返したのはチルノだった。
「紫、それなら、あたいも手伝っていい?」
チルノが紫に切り込んでいく。紫はたいしたことを考えずにそれを了承する。
しかし、チルノが加わったことで、話が劇的に変わった。
捜索の協力者が急増したのである。ルーミア、橙、リグルはともかく、フランドールが手助けすると言い出した。
その上、姉を連れてくる気満々である。姉が一緒ならおまけもついてくる。咲夜だ。
紫が止める前に頭を掻いて出てきたレミリアが傍若無人にわがままを飛ばす。
曰く「10分内に見つけろ」と。
命令に従い咲夜が時間を止めて、影狼に近づく。
凍った時間の中、話し声は誰にも聞こえない。
「さあ、影狼さん 行きましょうか?」
「なぜ……私を?」
「ん~、それを聞きますか? だってあなた狼でしょう?
鼻が利くじゃありませんか? 大丈夫、幻想郷中をかぎまわっても1秒かかりませんわ」
「……そう」
「暗いですわね? どうしました?」
「いや、言えない……」
「大丈夫ですよ。ここで聞いているのは私だけ、時間を動かさなければ、他の誰にも分かりません」
「あんたが言わないって言う保障は?」
「内容次第ですかね? そうですわ、こうしましょう」
このままでは話が進まない。強制的に話を進めるためにはレミリアを呼んだ方が早い。
そんな判断とともに指を鳴らす。
凍った時間の中でレミリアだけが動き出す。
「……勝手に時間を止めるな」
「仕方ありませんわ。10分で見つけるつもりですから」
そういえば自分の命令だったと頭を掻いている。そして冷たい視線を影狼を見る。
「手短に用件を話せ、先に言っておくが、私は気が短いぞ」
「用件は簡単ですわ。影狼さんが何か知っているようなので、お嬢様に直接聞いて貰うだけですわ」
「げっ!!? ちょっと、やり方が汚い」
「話せ。二度は言わないぞ?」
「影狼さん、大丈夫ですわ。お嬢様の口なら固いし保障しますから」
口でもごもごしている。レミリアは面倒と言わんばかりに腕を掴む。
軽々と持ち上げるとわざわざ草むらに移動する。
叩きつける場所の予告だ。
そして、レミリアの魔力が増大する。一般妖怪なんて吹けば飛ぶほどの超魔力だ。
この魔力で、この場所に”今から叩きつけるぞ”そんな予告をされている。
恐怖で口が緩む、しゃべりそうになる。しかし、目を瞑って、歯を食いしばって耐えた。
「ほう、脅しには屈しないか。なら、一時的に使い魔にして口を割らせてやろう」
「!!! やり方が滅茶苦茶――」
「黙っていろ」
手早い、痛みを感じる前に術式が完了する。影狼の意識とは異なる所で口が勝手に動いている。
「ッカッカカカカカ、犯人は紫か。人質とられちゃ雑魚じゃ逆らえんな」
「どうなされますか?」
「どうもこうも無いな。幻想郷にいないんじゃ10分じゃ探せん」
「時間を止めたまま、私が外に――」
「それは許さん。紫に直接やらせるさ」
影狼が「……どういうこと?」と無理矢理会話に割り込む。
「今のことを直接紫に言うってことさ」
「……それじゃ私達は?」
「ん? ”知るか!!”って言うのが答えだ」
レミリアが咲夜に合図を送る。珍しく咲夜が渋った。
それを、手振りで「悪いようにはしない」と示す。影狼には分からなかったが咲夜には十分伝わる。
レミリアの再度の合図で咲夜が時間を流す。
動き出した時間の中、単刀直入に紫に対して物言いをする。
紫の態度ががらりと変わって殺意が沸いている。
「一応、口は堅かったぞ。だから、私が無理矢理しゃべらせた。埒が明かないんでな」
「――ッ!! れ、レミリア、たかが吸血鬼の分際で!」
「こちらに言わせれば、一週間前、たかが紫の分際で、たしか”サリエルに手を出すな”って言っていたよな?
私は心広くもお願いを聞いてやったというのに……お前が手を出してちゃ話にならん」
紫が感情に任せて構えるが、そのとき対応して動いた奴らの数が半端ではない。
鬼に、吸血鬼、神に幽々子まで、永琳が呆れ顔で紫に指摘している。
「突発的で対応し切れなかったのね?
影狼さんに袖の匂いを突き止められたのは致命傷だったわね?
どうしたのよ、サリエルは驚異ではないはずなのにね?」
「ぐっ、お、お前らだって、プライバシーの一つバレたりして見なさいよ」
「そりゃ、あんたみたいにやらないわよ。ケツを出させて百叩き、二回目やったら真昼間に人里でやる。
あんたの罰が重過ぎるだけじゃないの? たった一回のミスで何もたたき出すこと無いじゃない」
紫の手は震えているが……なけなしの理性で押さえ込む。
ここに集まった連中全員を相手に、酔っ払いに近い状態で勝てるわけが無い。
天を仰ぐとそのまま指先を走らせる。スキマからサリエルがぼろぼろの状態で吐き出された。
一人絶海の孤島で風雨にさらされ、一度海を渡ろうとして失敗した。
怯えた表情で紫を見上げる。怖くて歯が震える。紫の酷薄な瞳に睨まれて怯えない奴がいるだろうか?
視線をさえぎるようにして影狼が抱きかかえてくれた。紫の視線を背中でさえぎるだけでも相当の勇気が必要だ。
しかし、影狼よりももっと凄い奴が居る。
チルノがブチギレて紫の真正面に立っている。視線を正面から受けて止めて気後れなし。
皆が気がついたときには顔に手を出していた。
紫は意にも介さず、チルノの罵詈雑言も聞き流して、鬼に話しかけている。
「萃香さん、勇儀さん、もう罰ゲームはよろしいですね?」
「ああ、これでお前が帰れば何もいわないぞ」
「恨みっこなし、今日のこの件はさらっと水に流す。私もお前も、そして他の奴もだ」
紫が口の端で笑うと、片手で軽々とチルノを払い退けて、スキマに消える。同時に藍も姿が消えた。
しばらく騒然としていた会場だが、主犯の紫が消えたことで少しずつ調子が戻る。
鬼や神が音頭をとって酒を飲ませた。次第ににぎやかさに溶けていく。
影狼達一行は早々に引き上げた。背中のサリエルの震えが止まらないからだ。
たしなめるように無事を確かめるように影狼が語りかける。
「無事でよかったよ。紫さんに捕まってるのが分かった時はどうしようかと思った」
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」
「あ~、謝らなくていいよ。もうやらなければ」
「ご、めんなさ……い」
「謝るよりさ、後で、チルノにお礼を言ってくれないかな?」
「チ、ルノ、に?」
「あそこで捜索を手助けするなんて一言が無かったら、サリエルを助けられなかった。
あと、最後、紫に対して本気で怒ってくれたよ。
罵詈雑言でほとんど聞き取れなかったけど……君の事、友達だってさ。
いい子と知り合ったね」
「……うん」
「疲れた?」
「……うん」
「今日はもう寝ようか?」
「……うん」
「たまにはみんなで一緒に雑魚寝にしよう」
「……うん」
そうして、サリエルに必死にしがみつかれた。
多分、孤独で寂しくて怖かったんだろう。どこに送られていたのか? 何をされたのか?
聞きたいことは全部明日にしよう。今日は無事が確認できただけで十分すぎる。
たまには先延ばしするぐらいの”やさしさ”があってもいいだろう。
……
一本角の鬼と戦神が一緒に酒を飲んでいる。
周りは死屍累々、わずかな生き残りを集めて萃香と諏訪子が酒飲み頂上決戦を開いている。
「……今日の展開、予想できたか?」
「いやあ、全然出来なかった。萃香にゃ悪いが、8割の率で決勝はお前と私だと思っていたよ」
「実を言うと私もだ。紫がちょろちょろしているのは知っていたが、まあ大丈夫だろうと思っていた」
「ルーミア戦は……いや、よそう。あれは私の負けさ」
「主催者としてはミスだったな。こういう事態を防ぐために映姫を審判にしたんだが。
逆に映姫を過信……ちがうな、頼りすぎたんだ」
二人して酒をあおる。甘い酒の中に苦味がある。
「文句があるなら受ける。介入を許した非はこちらにある」
「文句は無いさ、自分で決めたルールだしな。それに私や萃香がトーナメント開いた所でこんなに集まらんしな。
トーナメントそのものは先が読めなさ過ぎて面白かったぞ」
「ふふ、それについては同感だ。優勝がチルノとはな」
「はっはっはっは、私もお前と幽香が負けるとか想像できなかった」
二人してチルノを見る。橙、リグル、ルーミアと一緒に酒飲みで萃香に挑みとっくの昔に撃沈した。
うめき声を上げて横になっている。それを見てもう一度笑った。
「白状するとな、このトーナメントで優勝したら、幻想郷を支配するつもりだった。
信仰の独占と、今後の方針の主導権を握る……結局、絵空事にされたがな」
「はっ、これだから、神ってやつは……動機が不純すぎる」
「いいじゃないか、酒の席だ。腹を割って話す。
まあ、お前こそ、勝負目当てだったろ。勝利では無い時点で、お前も不純さ」
「確かに、勝敗は二の次、面白い勝負なら、負けても良かった」
勇儀が笑っている。自分は勝負の熱さを自分のために求めた。確かに不純だったろう。
それは神様に奉じるものだからだ。負けて当然の戦い方をしたか……まあ、仕方ないか。
「どうだ。この後、裏決勝ってのは、互いに力は余っている。そして気晴らしには丁度いい。
本当の単純な力比べ、互いに術は無し、腕力のみでやってみないか?」
「いいのか? 強いぞ、私は」
「望む所さ、ちょっと、力を出すことだけに夢中になってみたい。子供みたいにさ」
「いいね、丁度酒もほろ酔い程度には回った」
二人して土俵に向かう。明日には諏訪子が片付ける予定だ。この戦いは今日の一回ぽっきり。だけどそれがいい。
向かい合って審判がいないことに気がつく。
「合図はどうする?」
「いいじゃないか、見合って、ここだと思ったタイミングでさ。審判不要」
「じゃあ張り手も無しでいこうか。ただ単純な押し合いになるな」
「ふふん、それなら私が勝つ」
二人して、にらみ合う。合図もなく、目線でニヤリと互いに笑って激突した。
久しぶりに力を振り絞る。
時間なんていくらたったのか分からない。1秒だったかもしれないし10秒だったかもしれない。
気がつけば怒り心頭の霊夢が空に浮かんでいる。
霊夢だけが、この大会の準々決勝で神社内部に引っ込んでいた、酒で潰されたりなどしていない。
巫女の横槍で正気に戻ったときには土俵が無い。……博麗神社は傾いている。
二人は顔を見合わせた。
「場所が悪かったな?」
「そうだな。いよいよこれからって言うのに……」
「言い訳はいらない。どっちから先に退治されたいの?」
苦笑いして、明日ちゃんと片付けることを宣言して神奈子が逃げる。いつの間にか諏訪子も姿を消した。
勇儀も引きつった笑顔で、旧都に向かって身を翻す。全速力だ。
巫女の「こら、馬鹿者共!!! 片付けていけ~!!」という声すら振り切った。
旧都の入り口で萃香と合流する。
萃香の「結局どっちが勝ったんだ?」との問いに「博麗の巫女」と答えて二人で爆笑した。
今日はこのまま飲み明かす。そしたら明日、神社の修理に顔を出そう。
……
「で、どっちが勝った? お前の勝ちか?」
「分からん。勝負はこれからだった。
ホントさ、互いに力を上げきるその前に、土俵を粉砕しちまった」
「ちぇ、じゃあ、最終勝者は分からんな」
「最終勝者はわかっているさ。チルノだよ」
「はん、チルノ如き、いつでも勝てる」
「そうさ。誰でも勝てるさ。でも、今回そんな奴が優勝した。私も、幽香も退けてだ」
「何が言いたい?」
顔に疑問を浮かべながら諏訪子が聞き返す。妖怪の山の中腹を飛んでいる。
神同士の会話を傍受できる奴らはいない。
「誰にでも勝てて、誰でも勝つことが出来る。幻想郷にぴったりってことさ。
私はふさわしく無いってことだよ。優勝者って意味合いだけじゃない。
代表者ってことさ」
「ふふ、チルノが代表? 誰も認めないさ」
「そうかな? 強者が誰しも参加したトーナメントの優勝者、異論は挟ませない誰にもだ。
そして、大事なことはな、弱者のサリエルのために紫に躊躇なく立ち向かったってことさ」
「わからんな」
「簡単さ、チルノに対して意見できない奴はいないし、チルノが意見できない奴もいない。
代表者としての大切な資質だと思わないか? 私たち相手にびびって話せないことでも、チルノには話せるってだけでさ」
「なるほど、意見集約装置としてはこれ以上無い性能だな」
神奈子がそうだろうと頷いている。しかし、諏訪子が知りたいのはこの先のことだ。
「その後は?」
「しばらく、チルノに代表者をやらせる。守矢の軍神が後ろ盾でな。
十分に既成事実が出来れば――」
「お前、まだあきらめていないのか?
なるほど、子供を盾にした上での傀儡政権なら、操るのも簡単……なわけないだろ。
言っちゃ悪いが頭が足らん。永琳、紫、さとり、神子……最低でもこの連中の権謀術策を回避できる頭がなければやってられんぞ」
「ふふふ、それを楽しむのも神の度量さ。それに何も10年ぽっちの話じゃない。
1000年単位の話だよ。軽く数百年は待つつもりさ。おとなしくな」
「くふ、くふふふふふふ、なるほど。伏して機会を待つ……か、機会が予想よりも早く来たときは?」
「そのときは乗るさ。ためらいなくな」
二人してこの悪だくみを笑う。ずっと先の話になるが結論としてこの企みは崩れた。予想外のチルノの成長によってだ。
そのとき、二人は腹を抱えて大爆笑した。またチルノに負けたと言って……悪だくみを破られて心底楽しそうだったそうだ。
おしまい
守矢神社の本殿で会合が開かれている。
幻想郷で定期的に開かれている集会だ。参加メンバーは各地の実力者のみ……一般妖怪程度では這い出して逃げるレベルの大妖怪がそろっている。
紅魔館よりレミリア、フランドール、白玉楼から西行寺、永遠亭からは永琳、守矢代表で神奈子、諏訪子、冥界より映姫、
地獄より勇儀に萃香、地霊殿からはさとり、命蓮寺より白蓮、仙人代表は神子、主催者として八雲紫……加えて無所属代表で幽香である。
もうひとり、会議の隅で青い顔をしている人物がいる。
他の参加者のプレッシャーに当てられて気絶寸前の表情をしている。
本人は各人のプレッシャーを白蓮を盾に防いでいた。
しかし、議題は当の本人にかかわることだ。最近地底から出てきた人のことが幻想郷中にバレただけである。
紫の口車に乗ったのがいけなかった。いや乗らなくても勝手にスキマ転送されただろう。
今泉影狼は既に限界を迎えていた。
「ほら、影狼さん。陰に隠れていないで、サリエルさんの話ですよ? 顔通しを頼まれていましたでしょう?
大丈夫ですよ。簡単に皆さんの前で説明するだけ、これであなたのストレスはきれいさっぱりなくなりますわ」
「す、ストレスじゃなくて、既に寿命が……」
胃に何も入っていないのに吐き気がこみ上げる。若死に……一気にこの言葉が現実味を帯びてきた。
こんな連中の視線が10も束になったら、心臓が止まる。
ギクシャクして過呼吸、あれ!? 歩き方ってどうするんだっけ!!? 右手と右足が同時に出る。
もつれた足が段差に引っ掛かる。そして、そのままレミリアに向かって転倒した。
普段ならよけられたはずの行動を避けなかったのは珍しく正座をしている所為だ。
足がしびれて咄嗟に動けなかった。腹に影狼の顔面がぶつかる。
勤めて平静を装った顔面の端で青筋が痙攣している。こんな会合の席で大暴れする危険性は分かるのだが……早くも限界を突破しそうだ。
影狼は表情が読める程度の知力がある。ますます胃がよじれた。
「す、すみま……うっぷ!!」
「そこで吐いたら貴様を殺す」
むしろ吐くことを後押しするかのようにレミリアの魔力が発揮されている。
コントをやっているわけではないのだが、どうぞお吐きになってください状態になった。
あまりの危険性に紫が影狼を転送する。あっという間に影狼が消えた。
「はぁ……、何で簡単な話が出来ないのかしら? 今日の議題でしたのに……」
ここでは、絶対に手を出させない。それだけは約束したのに、レミリアの顔面に嘔吐したらそりゃケンカを売ったのは影狼になる。助けようが無い。
「もういい、正座も飽きた。議題はサリエルが来たから手を出すなってことでいいな?」
「かいつまんで言うとそういうことですわ」
「議題は分かったからもういい、帰るぞフラン」
「あ~、お待ちを、手を出さないことを約束してくださる? そのための議題ですわ」
「向こうが手を出さなきゃ出さないさ。出したら殺すそれだけだ」
紫はあきらめながらため息をついている。サリエルは手を出すだけの実力が既にない。安全と言えば安全か?
「他の皆さんもそれでよろしいかしら?」
一同、うなずいている。別段、進んで事を起こしに行くような考えは誰も持っていない。
これを影狼の目の前でやりたかったのだが……当の本人は今現在、自宅で泡吹いて倒れているだろう。
本当にこれだけのために各地の勢力を集めたのだが……手間だけ取らされてしまった。
もう少し、簡単に話をさせるための工夫が必要か? そんな事を考えているが、無理だろう。
各拠点のNo.2とかNo.3では話を通したことにならない。代表1名ならまともに……それも無理か……この連中の代表1名……果たして誰が納得するだろうか?
思案している私本人が納得できない。レミリアには勤まらない、幽香も無理だ。神奈子……暴走するのが目に見える。
幽々子は……恐らく放置する……手を出さないだけ、事は回るだろうが……先手を打って行動するのは多分私だ。
そしてそれを咎められるのも私……割に合わないな。
口に諦めを残して会合のお開きを宣言する。
「随分、今日の会合は短いじゃないか?」
「そうだよね? 折角こんなメンバーで集まったんだ。宴会でもしようよ」
今回の場所を提供してくれた守矢の神々である。顔に悪巧みが出ている。
多分、恐らく、想像であるが……何かの提案をするつもりだ。この際、一気に各地のメンバーに周知させる。
なし崩し的に変なことを承諾させられたらたまらない。
「何を企んでいるのですか?」
「おお~、流石に紫は早いな~」
「まー、まー、紫もきっと気に入るよ? スポーツイベントって奴さ」
スポーツイベント……? 嫌な予感しかしない。これだけのメンバーの前で発表する以上、幻想郷の頂点を決めるバトルになりかねない。
いや、暗黙の了解と言うものだろう。もし、仮にこのスポーツイベントなるものが格闘技だった場合……手に負えない。
実力的に実力者をぶちのめしたら……ぶちのめされた者はぶちのめした者に頭が上がらなくなる。
結果として勝ち順で序列が決まり、最終勝者が幻想郷を支配できる状態になる。
「あまり聞きたくないのですが……競技は?」
「相撲がいい」
「そうさ、神事にも使われるし、博麗のためにもいいんじゃない?」
それはお前らのためだろうが!! と怒鳴りたい気持ちを抑えてやんわりとお断りする。
こんなメンバーの中でも相撲などと言う競技で神奈子に勝てる人物がいるだろうか?
恐らく、対抗できるのは勇儀か萃香のみ、それを見越して神奈子が提案している。
もしも仮に、勇儀と萃香が最初に激突したり、幽香や白蓮あたりと連戦になった場合はやばい。
優勝は神奈子だ。幻想郷に君臨するつもりか?
「ちぇ~、紫は反対か~」
「ま、別にいいさ、他の人に声かければさ」
相撲と言う単語に踊らされる奴は……居る。勇儀と萃香だ。
しかし、それなら神と鬼だけでやればいい。全員参加する必要は無いし、したら困る。
なし崩し的に参加させられても嫌なのでスキマで帰ろうとしたが……なぜかスキマが開かない。
振り返れば、神奈子が映姫に耳打ちしている。ニヤリと笑う八坂の策略にはめられた。
歩いてかえるしかないが、諏訪子の話し相手が萃香だ。逃げた所でひきつけられる……終わった。
帰ろうとしていたレミリアですらがなぜかおとなしく正座をしている。青筋が切れそうだ。
「萃香!! 貴様だな!!?」
「別にいいじゃないか。今日、神様からお話があるんだってさ」
参加者の視線をかき集めて神奈子と諏訪子が立つ、にこやかな笑顔の裏でどんな策略をめぐらしているのか分からない。
「や~。この間の駅伝大会とか好評だったよね。
そこでさ、そういうイベントをもう一回開こうと思うんだ」
「そうそう、ただね駅伝だと、医者とか監視員とか参加できないじゃん?
考えたんだけど相撲ならさ、タイマンだし、監視員も要らないし医者も自分の試合で気をつければ
参加できるんだよね」
(ぐっ!! こいつらやりやがった!!) 紫の胃が影狼と同じようによじれていく。
全員強制参加の大イベント、その実、実力主義に基づいた順位付けだ。
「相撲? なんだそれ? 知らないぞ?」
「面白そう!! やろうよ姉さま!!!」
紅魔館はフランドールに押しのけられて参加の意向だ。
命蓮寺も白蓮が快諾している。……お前ら参加する意味分かってんのか?
永遠亭は永琳がパワー系の競技に反対し、代表を別途、送り込むことを宣言する。
神子も同様、鬼や戦神に勝てると判断するほどバカではない。こちらも代表1名を選出する意向だ。
ニヤッと笑っている映姫は審判……クソッ、あいつだけ逃げやがった。
地霊殿のさとりも体力系のスポーツは苦手だ。かわりに空を送り込む気でいる。
そして、話が自分に回る。最も良いのは参加拒否だ。藍を送り込んで体裁を保つのもいい。
私がでて、力ずくで幽香あたりに負けたら最悪なのだ。
「私が出ますわ」
自分で放った言葉の意味を理解するのに数秒かかった。おのれェッ!! 萃香ァ!!!
私を密の能力で集めやがったな!!? 幽々子も幽香も紫が出るなら出ると言う態度だ。
はめられた!!! 神奈子も萃香もニヤニヤ笑っている。
ならばルールを、強者が勝てないルールを作って……!! さとりがこっちを向いて失笑している。
止めるまもなく、耳打ちしている相手は神奈子だ。
「あっはっはっはっは、紫さん気にしなくても大丈夫。ルールは公平に映姫に決めてもらうから」
「じゃあ、ここでは期日だけ決めようか、いきなり明日やるんじゃどうしようも無いし。
開催日は一週間後の△月□日10:00から、場所はそうだな~守矢といいたいけど。博麗神社にしよう」
簡単に諏訪子が説明している。各拠点の代表者はそれを聞いて頷いている。
紫は神奈子に抗議をしているが、その隙をついて萃香が疎の能力で参加者を帰してしまう。
怒りの表情で振り返れば説明すべき相手がいない、久しぶりに感情のコントロールがきかなかった。
「……!! ? ! 萃香 良くも……」
「ふふ、ふははははは、久々に見たなその顔。本気になってくれてうれしいぞ」
「覚悟は……」
「できているさ。相撲だろ? 直接対決が楽しみでしょうがないぞ。
是非、加減の欠片も無いバトルをしたいものさ。
紫、力比べがしたくてたまらない鬼の性格を受け入れてくれとはいわない。
その憤りも仕返しも私が受ける。だから当日まではおとなしくしてくれ、頼むから」
目の色が極あっさりと変わる、酷薄そうな笑みを浮かべてスキマに消える。
紫の機嫌は最悪だが……まあ大丈夫だ。とりあえず大会当日までであるが。
「さあて、これだけの大会だ。もっと人を集めないとな」
萃香の能力で幻想郷の参加者を集める。さて何人集まるかな?
……
影狼の元に参加要領書が届く、届けたのは紫だ。影狼の反対を聞く前に参加を強制してきた。
「なるべく多くの人に声を掛けてくださる?」
「な、なんで?」
「ふ、ふふふふ、あのバカに……失礼、萃香への仕返しですわ。
簡単に優勝などさせるものですか。く、くくくくくく。
いざとなったら、トーナメントそのものをぶちこわす……失礼、本当に忘れてくださる?」
紫の言動にドン引きしながらうなずく。
多分……人数が増えたら、試合進行そのものが遅くなる。暗躍しやすいってことだろう。
しかし、誰に声をかければよいのか……こんな危険な大会に名乗り出てくれる人は……
針妙丸……論外、相撲はパワーバトルである。こんな大会に出場して怪我をしない保障は無い。
赤蛮奇……論外、同上
わかさぎ姫……略
ダメだ居ない。ミスティアも体が華奢すぎる。それに対戦相手が勇儀だったら私だって骨折する。
他に知り合いで……! 居た!! 美鈴さんだ!!
ようやくひとり思いついたそばから紫が絶望的な言葉を投げかける。
「10人ほど集めてくださる? 大丈夫、頭数だけで十分ですわ」
独りでその人数に驚愕している間に紫が消えてしまった。
……
美鈴の前に影狼がきている。いつも調子が悪いのだろうか?
真っ青である。
相撲大会のことは既に聞いている。紅魔館からレミリア、フランドールが出場するのが既に分かっているのだ。
この死地に、同情だけでは飛び込めない。
両名共に幻想郷の頂点に近い速度とパワーを持っている。試合開始直後の張り手のただ一発を凌ぐことが既に不可能に近い。
加えて仮にも激突した場合……恐らく加減してくれない。ギブアップ宣言よりも早く張り手が飛んでくるだろう。
「……影狼さん、同情はしますよ。でも、すみません。流石に危険すぎます」
「ぐっ……いえ。そうですね、無理言って済みませんでした」
本当に胃がよじれたまま影狼がしょぼくれて帰ろうとする。
しかし、影狼の後ろから紅魔館に遊びに来た人物が居る。橙だ。手にはなんと相撲大会の参加要領書が握られている。
「!! 橙ちゃん? まさか……」
「美鈴さん!! 相撲大会出ませんか?」
「あの……橙ちゃん……誰が出るか知っていますか?」
笑顔で「紫様と幽香さん」と答えてきた。美鈴がやんわりとレミリアとフランドールも参加することを伝える。
これで、辞退してくれるはずなのだが……
「大丈夫ですよ、紫様が楽しいお祭りにするから、影狼さんと一緒にみんなを集めてって言われました」
衝撃の告白に美鈴の目が点になる。
子供が参加していいレベルをはるかに超える連中が集まろうとしている。
それなのに楽しいお祭りだって!!?
レミリアお嬢様から聞いた話だけで、吸血鬼が二人、神様が二人、鬼が二人、白蓮、幽香……紫に幽々子、
肩を掴んで説得する。辞退してくれないと、怪我ではすまない。
「美鈴さん、安心してください。紫様が”みんな本気ではやらない”って言ってましたから」
……そりゃ、子供に対して本気出す馬鹿はいな……い? 本当にそうだろうか?
ものすっごいキラキラ笑顔で参加を促してくる。くそっ!! 嫌な陽気だ。
まるで、前みたいにクスリを使わされているような……露骨に参加をあおる……
多分この気配は……萃香だろうな。密を操る能力だろう。多分ここで参加しなかったら後ろめたい気持ちが増大するに違いない。
紫の策略も合わせて、大イベントにする気だ。
ごくりと息を飲んで参加を決め、影狼、橙と一緒に参加者を集めに回ることを決断した。
……
博麗神社、ここにいつもの魔法使いがいる。黒い帽子に黒いスカート、霧雨魔理沙である。
霊夢に相撲大会の問い合わせをしにきたのだ。
「何で私に聞くのよ?」
「何でってお前んところが会場だろ? ほれここ、見てみろよ」
霊夢が覗き込んだ参加案内には確かに場所が博麗神社であることが書かれている。
しかし、初耳……大体魔理沙の情報が一番速かったのだ。
「初めて知ったんだけど?」風の言葉を口にすると、主催者の神奈子が分社を通じて登場した。
「や~、霊夢。調子はどうかな?」
「あんたねぇ……私に魔理沙が説明するとこ見てたわね」
「まーまー、そう言わないで、結構いい計画でしょ?
人も集まるし、勝てば信仰も手に入るし。良いことだらけじゃない?」
「それは相撲であんたに勝てたらでしょう?」
ニヤリと笑って神奈子は答えなかった。
呆れるほど有利な試合を勝手に決めて押し付けてきた。
博麗神社を試合会場にされたら霊夢は逃げるわけには行かない。
しかし、相手は泣く子も黙る戦神である。相撲を取ったところで万に一つの勝ち目も無かった。
なけなしの博麗神社の信仰を奪い去るつもりなのだ。
しかし、出場しなかったら逃げたのと同じ、結局負けだ。
参加したら負ける、参加しなくても神社として敗北する。
どちらもハイリスクノーリターン……参加不参加どちらの方がダメージが少ないかだ。
霊夢の内面で出場についての葛藤が続いている。
二人でしばらくにらみ合いが続くが均衡を破ったのは魔理沙だ。
悩んでいる霊夢に痺れを切らせたのだ。
「な~神奈子、それって私も参加していいのか?」
「もちろんだとも、皆で大会を盛り上げようじゃないか」
「じゃあさ、霊夢出ようぜ」
「魔理沙、勝手に決めないでくれる? 博麗神社の看板がかかっているんだけど?」
「だからだよ。逃げなくてもいいじゃん? 安心しなって、もし一回戦が私だったら、
極あっさり勝ってやるからさ」
ウインクしている魔理沙を霊夢が呆れてみている。
巫女の直感だが……萃香っぽい気配だ。多分、陽気を操られている。
魔理沙はこういう陽気を操られやすい、加えて操られていることすら気付いていないだろう。
大体、お祭り大好きだし……でも、魔理沙の一言はヒントになった。
最もダメージ無く大会をやり過ごす方法は何か?
神奈子や諏訪子、早苗に負けたらまずいが、その他の幽香、白蓮……あれはダメだ……レミリアや萃香ぐらいなら負けても言い訳が立つ。
それに、もしかしたら連中クラスなら神奈子を倒せる可能性があった。
トーナメントの1、二回戦において別の強者に当たってさっさと敗退する。それが優勝者であればなお良し。
後はくじ運のみだが……人数が増えたら神奈子、諏訪子に当たる可能性が極端に小さくなる。
大会を乗り切る手段さえ見つけてしまえば、後は行動あるのみ。アリスを強制参加させよう。えーっと、あと、誰が居るかな?
いやその前に、レミリア、フランドール、幽香あたりを参加させないといけない。
口元に微笑を貼り付けて魔理沙にお礼替わりの挑発を加える。
「言ってくれるじゃない? 神奈子、私も参加するわ。
例え、あんたに負けるとしても、魔理沙に負けるわけには行かないな」
「ふふふ、霊夢になんて負けないさ。相撲はパワーだぜ?」
「巫女の奥義で受けてあげるわ」
「はっはっはっはっは、いいね。二人ともそう言ってくれると思っていたよ。
そうだ、今のところの参加メンバーを教えてやろう。とりあえず―――」
参加メンバーを聞いた霊夢は思わずニヤリと笑う。幻想郷各地の実力者が集結している。
敗退の言い訳もしやすいし、神奈子に当たる確率も低い。
私のやることは……アリスの強制参加……加えて他の参加者も誘いだして直接対決の確率を下げる。
霊夢の行動そのものが萃香の望んだ行為だとは露とも知らず、巫女として珍しく積極的に活動を開始した。
……
命蓮寺である。
既に白蓮が参加表明をしたことで寅丸が参加すると意気込んでいた。
「聖、任せてください。今度こそ、汚名挽回します」
「ご主人……汚名を挽回してどうする。汚名は”そそぐ”物だぞ」
「ナズーリンは黙っていてください。聖、お願いです。この間の大失態の禊のチャンスをください」
「星……気にする必要は無いのですよ?」
「気にしますよ!!! この間からみんなの視線が……うう、陰で笑われている気がします」
「気がするんじゃなくて、事実笑っているぞ。おもにぬえが」
寅丸の口元が悔しさでゆがむ、ナズーリンが咄嗟に目をそらした。
虎の妖怪だ。ギリギリと立てた歯で気配が変わっただけでも威圧感が凄い。
白蓮の肩を掴んで説得している。しかし、この威圧感を前に、寅丸の必死そうな表情を見ても、中々白蓮が首を縦に振ってくれない。
「ひ、聖、お願いします。なぜ、出場を認めてくれないのですか!!?」
「あ、いえ。絶対に認めないというわけではないのですが……もう少し待ってもらえますか?」
「なぜです!!? 理由を、わけを教えてください!!!」
「ご主人……言いたくないが、負けたらもっと被害が出るぞ? それが分かって出場する気なのか?」
「私は負けません!!!」
「絶対にそういいきれるのか? ご主人?
聖はいい。同門だから勝ちを譲るのは仕方ない……が、幽香や萃香に絶対負けない保証があるのか?
と言うか、私はぶっちゃけ聖の出場も信じられないんだが? 負けたら命蓮寺の名前に傷が付くぞ?」
「私は別に名誉とかそういうので参加したわけではないです。単純に楽しそうだったからですよ。
逆に言うと、私の懸念はそこです。星……あなたは楽しそうだからという理由で参加するわけでは無いでしょう?
勝利に執着しすぎではないですか?」
言葉に詰まる寅丸……確かに勝つことしか頭に無かった。でも、何が何でも勝ちたいと思う。
白蓮にそんな心を見透かされて少し恥ずかしい……それでも、少なくとも私をバカにしているぬえを見返してやる絶好の機会なんだ。
優勝は白蓮でいい、しかし、せめてベスト4……四強程度に残れる実力があることを示したい。
バカにしている連中が見直す程度の実力が示せればそれでいいのだ。
だって悔しいじゃないか、たった一回……ほんの、些細な、ちょっとしたミスだ。
それなのに……あの後、村紗にも、一輪にも、響子にだって失笑された。悔しくって眠れない日だってあったんだ。
真っ赤にした目で頼んでくる寅丸に白蓮は参加の判断を少し待つように伝えた。
白蓮の懸念は二つ。この状態の寅丸がチルノや橙といった圧倒的格下と激突した場合が一つ。
白蓮自身は楽しければいいのでこの際勝ち負けなどどうでも良いのだ。しかし、勝ちに執着した状態で寅丸が加減を間違えない保証は無い。
怪我をさせてまで勝つ必要が無いことを本当に理解しているのか分からない。
もう一つ、神奈子や勇儀といったぶっちぎりの優勝候補にぶち当たった場合だ。
無茶をしすぎる気がする。今度は怪我をするのは寅丸……不必要に食い下がって間違いなく大怪我をする。
こういう大会は大怪我をしてもいけないのだ。そんな程度のことが今の寅丸には分かっていない気がする。
白蓮は寅丸の参加を申し込み期限の前日まで保留としその間の経過を観察することにした。
……
太陽の畑である。橙が美鈴と影狼の二人を連れて、ついでに隠れていたぬえを一緒にして、メディスンを相撲に誘っている。
「けけけけ、いいのか? 橙? 加減しないぞ?」
「別にいいですよ。それにメディスンはどうする?」
「出るに決まってるでしょ?」
「……ダメ。ストップ、メディ」
幽香がメディスンの出場を止めた。「何でよ!?」と勢い良く振り返ったメディスンの服を掴んで匂いをかぐ。
絶対にヤバイ、密着状態で大きく息を吸い込んだら……大妖怪ならいい、毒を吸ってのたうち回ってもらうのはありだが……
橙にチルノあたりが絶対にヤバイ、前みたいなことは二度とごめんだ。
「服の毒なら着替えれば――」
話を完全に無視して頭を掴まれる。髪の香りを確かめる。
服を替えた程度では絶対に無理だ。そして、毒を洗い流してしまえばメディスンは逆に動けない。
ルールそのものが向いてないのだ。今回は応援だけにするしかない。
「メディスンは見学ね」
「ちょっと!!! 私の話を――」
「聞く気は無い。どうしてもって言うなら染み付いている毒を全部抜いてから出直しなさい」
メディスンは悔しそうににらんでいる。しかしどうしたって毒なんて抜けないのだ。抜いたら身動き取れない。
橙を見れば、ニッコリ笑って「私なら大丈夫、内緒で出ちゃおうよ」なんて言ってくる。
その屈託の無い笑顔を見てメディスンは出ないことを決めた。
……
魔法の森……珍しくも霊夢がアリスの家を訪れている。
「……なぜ、魔法使いが力比べに出なくちゃいけないのか……」
「決まっているじゃない。遊びだからよ」
「……遊びには、不参加の自由があるはずだけど?」
「今回に限り無いわ」
「随分、紫っぽくなったわね?」
「どこが紫よ!!!」
「いや、強制して人の話を聞かない所なんか特にそうだけど?」
紫と同類にされて口元がゆがんでいる。巫女にしては珍しい、感情が動いている。
いつもならフラット……何が起きても平然と受け流しているのに……まあ、こちらの知ったことではないか。
とりあえず、目の前の巫女の態度を見る限り、出ないと被害が大きそうだ。
相撲なんて適当にやって終わりにすれば良いだけである。
暴れる判断をされる前に参加の意図を伝えよう。
「霊夢、悪いけど参加するわ」
「そう、悪い……ん? 参加するの?
どこが悪いのよ!!? 錯覚したじゃないの!!!」
「参加してもあなたの意図には従えないってことよ」
「はあ!? 別にいいのよ? 参加さえしてくれれば、あんたが勝とうが負けようが関係ないのよ?」
「分からないならいいけど……一つ約束して、あなたの推薦で私は参加するってことを恨みっこ無しでね」
「参加してくれるなら恨みなんて無いわよ感謝してもいいくらい」
薄く笑っているアリスの真意が分からない。しかし、参加してくれるならもう、用は無いだろう。
参加名簿に勝手に名前を書いてすぐにでも神奈子に連絡しよう。
そんな事を考えて神社に向かって飛んでいく。
残ったアリスは呆れた目でそれを見ている。
もし、仮に霊夢が誘って出陣したアリスが一回戦で即時リタイアなんてしたら世間はどう思うだろうか?
巫女も目先の利益にとらわれすぎている。
確かに大変だろう。守矢神社と勝ち目の無い戦いをやる羽目になったのだから、なりふり構っていられないのだろう。
でも、だからと言って無関係の私を巻き込んでいい理由にはならない。
この仕返しは、ささやかながら私なりのやり方でやらせてもらう。
利用されるだけではないことを霊夢に思い知らせてやるのだ。
……
鈴仙が永琳の決定に猛反対している。
なぜか、相撲大会とか言うパワーバトルに強制参加することになった。
自分は非力だ。師匠はそれを熟知しているはずなのに、しかも永遠亭の看板背負って代表者として出なければならない。
「師匠!!! いくらなんでもこれは無理です!!!」
「言わなくても分かってるわよ。と言うか、永遠亭だと誰も勝てないでしょうね」
「だからと言って、何で私なんですか?」
「私は医者で怪我をしたら、目も当てられないし。姫をこんな大会に出させるわけには行かないし」
「て、てゐが居るじゃないですか!!?」
「ふ~ん。じゃあ、てゐが出ると決めたとしましょう。
当日に来ると思う?」
「ぐっ!! 十中八九、日付をわざと間違えます」
「分かってるならあきらめなさい」
優しく諭すように永琳が鈴仙に指示をだす。
負けてもいい、むしろ一回戦敗退で御の字、守矢の神の顔を立てて代表者を送り込んだ態度だけが大事なのだ。
勝つ必要なんて無い……そうだ、勝つ必要なんて……勝つ?
永琳の思考で、鈴仙が勝てるパターンを検討してみる。
ちょっと、久しぶりに難解といえる問題だったので思考が刺激された。
肉体改造と秘薬の使用を考慮に入れて……鈴仙の精神を再構築したとする……それでも運が必要か?
「う~ん、鈴仙、本気で勝ちたいならドーピングする勇気ある?
一週間あれば肉体改造なんて余裕だし。あなたのために新薬を開発してもいいわよ?」
「ていのいい実験台ですか……」
「そうね、体の形がちょっと、ゴリラに近くなるけど、ウエストは引き締まるし、バストサイズも増すわよ……おもに筋肉で」
「い、嫌―――――!!! 師匠、絶対にやめてください!! 仮にも寝てる間に改造されたらショックで死んでしまいますよ!!?」
永琳は笑って「冗談よ」なんて言っている。しかし、鈴仙の見た永琳の目が笑っていない。
ヤバイ……一週間後、生死を問わず変わり果てた姿で発見されるかもしれない。
普通に考えて、参加させるほうが参加するほうに頼むものだが、永遠亭では違うらしい。
参加するほうが、参加させるほうに土下座して、平穏無事の参加をお願いをしている。
……
「芳香でいきましょう」
「えっと……私もさほど知らないのですけど……相撲?
複雑なスポーツは芳香には出来ませんわよ?」
「大丈夫です。基本的に相手を円から押し出せば良いので複雑なルールではありません」
「その程度であれば問題ないかと思いますが……布都さんのほうがよろしいのでは?」
「布都では無理ですよ。先に断言しますが我々の勝てる可能性は皆無です」
仙人といえど、鬼や、神に匹敵するほどのパワーは無い。
怪我なくさっさと終わりにする。顔だけ出して即終了だ。
たとえ芳香がキョンシーで、人体のリミッターを超えた力が出せても話にならない。
幻想郷各地の指折りの化け物共があつまる。
人間をベースにして発展させた力なんてものでは通用しないのだ。
永遠亭と同じく参加のみ、主催者に対する心象を良くしようというだけだ。
……
「おねーちゃん!! 私出ちゃダメなの!!?」
「ダメです。地霊殿からはお空、いけますね? あなたが代表です」
「ははっ、さとり様!! お任せください!! 必ずや優勝してご覧に入れましょう!!」
「お空……優勝よりも私の指示で勝ち、負けなさい」
「う? 負けても良いのですか?」
「ええ、私に考えがあります。……こいし、ふてくされないで、この大会は利用する価値がある。
ふ、ふふふ、さあ、この話はおしまいにしましょう」
こいしは姉がどうやって自分の感情を読んだのか不思議そうにしている。
しかし、膨れっ面に足をばたつかせていたら心が読めなくても丸分かり……態度からなら一般的な感情くらいなら読める。
まあそれもじきに変わる、全てはこいしのためだ。
この大会の優勝者はどう考えても神奈子だ。そして、実力者として幻想郷に君臨するつもりだ。
そんな心を間近で読んできた。
ならば、その優勝のアシストを行う。お空には悪いが別の優勝候補、勇儀あたりに大ダメージを与えさせてさっと退場する。
後は付け込み放題だ。……多少、こいしが地上で無茶苦茶やっても、目を瞑ってもらう。
いわゆる安全保障にこの大会を利用するつもりだ。優勝者に加担するメリットは計り知れない。
「そうだ!! お空、出場権を私に頂戴!!」
「えっ?? さ、さとり様!! どうしたらいいですか!?」
本気でわからない顔でさとりに質問してくる。……全くおばかなんだから、私が代表と決めたのだから、そのまま従って欲しいものだ。
少し呆れながらお空だけを出場させることを宣言する。
そして、お燐にこいしの監視を命令する。まかり間違ってミスターXとでも名乗って勝手に出場されたらたまらない。
これで不測の事態は防げるはずだ。そうなれば、後はトーナメント次第……くじ運だ。守矢神社でも参拝しておこうか?
……
射命丸が九天の滝の終着点でにとりを捕まえている。
相撲大会に誘っているのだ。
椛は失敗した。顔を合わせた時点で駄犬の分際で噛み付いてきたのだ。
話を聞こうともしない。そりゃ、駅伝のタイムで思いっきりからかったのがいけないのだが……折角椛が勝てる勝負をもっていったのに……残念だ。
「文……いや、天狗様、それって星熊様も伊吹様も出ますよね?」
「そうですが?」
「相撲は大好きですよ? でも、それってやばい奴じゃないですか?」
「大丈夫ですよ、お二方共、天狗や河童に全力を出すほど馬鹿じゃないですよ」
「軽く触れられただけで吹っ飛んじゃうような気が……」
「ふふふ、それでいいじゃないですか、その気になったら素振りだけでやばいですからね」
「う~ん、どうしようかな……他には誰が出るんですか?」
「調べた中だと、早苗さんに霊夢、魔理沙、白蓮さんは出ますね」
「おお!! 盟友がそんなに出るんだ!? じゃあ参加しようっと」
文はほくそ笑んでいる。わざと人間の名前を並べたのはにとりをその気にさせるためだ。
隠蔽しているが、危険なメンバーは勇儀、萃香だけではない。吸血鬼に神、亡霊に太陽の花……化け物共のそろい踏みである。
にとりは気付かなかったが、文の策略にまんまとはまってしまった。
文自身、椛は必ず出るものと思っていたので、急ぎ出場を決めてしまったのだが、まさか出ないなんてことが起こるなんて思わなかった。
こうなると自爆するのは自分ひとりである。流石に恥ずかしかった。にとりは文の自爆の巻き添えにされたのである。
にとりに悪いと思いながら「私が登録しておきますよ。当日を楽しみにしておいてください」なんて笑顔で答えている。
大会当日において参加者を確認したにとりが絶叫したのは仕方ないことだった。
……
美鈴の案内でチルノやサニーミルクが誘われている。それをゆがんだ空間の向こう側からのぞいている影があった。
「うふふふふ、順調順調。妖精なら一回休みしても問題ないわね。
予想通り、丁寧に……怪我するならしても問題ない人選をしてるじゃない」
「すべては、貴殿の策略か?」
「とんでもありませんわ。私の策略はあなたですよ?」
「私が……策略……正気か?」
「う~ん、まあ、普通ならそうでしょうね」
紫が笑っている。現在参加メンバーは予想を超える二十数名……目標の32名まであと少しだ。
そして、そこまで集められれば……トーナメントが膨大になる。くくくくく、そこまでいけば多少いじってもバレはしない。
薄ら笑いを浮かべている神隠し、目の前の小人に仕事を任せる。萃香の始末だ。
始末と言っても、まともにやったら話にならない。億にひとつ、兆にひとつだろうと勝ち目など無いだろう。
しかし、相撲である。やり方次第で不意打ちが可能だ。それに、最も重要なことだが……針妙丸は小槌が使えなければ話にならない。
後は、映姫が”小槌の使用を承認するか?”だが、間違いなくする。映姫の針妙丸に対する心象は悪くない。がんばろうとしたら応援するはずだ。
そうやって、こいつを参加させて、表向きは平等に能力の使用を解禁する。
しかし、裏では鬼対策だ。針妙丸は対鬼用の特効武器を二つも所有している。
これに、紫の戦略を加えれば萃香の相手は出来るだろう。
「神隠し……出る気はないぞ。私は特にお前みたいな奴は大嫌いだ」
「ふ、ふふふふ、そう? 多分すぐに気が変わると思うけど?」
「例え、ふみつぶさ……れ ? !!! 貴様!!!」
ニタリと笑った紫の掌の上で新しい映像が映し出される。
旧都において藍ともうひとり、懐かしい顔が……正邪だ。
藍が後ろから追跡している。正邪は気付いていない。
「幻想郷で監視対象って結構少ないのですよ。片手で足りますわ」
「どういうことだ!!?」
「あなた達、ちょっと前に幻想郷の転覆を画策してましたわね?」
あくどい顔だ。紫は言いたいことは察しろとばかりにニンマリしている。
無言で針妙丸の前で手を広げる。分かりやすいように指を伸ばす。
五指を丁寧にたっぷり時間を掛けて一本ずつ折り曲げていく。
この手が握りこぶしになったら、どうなるだろう? 考えたくない。
くそっ!!! 紫の妖気がカウントダウンの緊張感のごとく増大していく。
「さ、参加する!!! だから、そのカウントをやめろ!!!」
その声に満足するかのごとく、握りこぶしを作った。
紫が合図のごとく振り下ろした空間にパックリとスキマが開く。
「うお!!? って~!! な、なんだ? ここ?」
何が起こったか分からない顔をした正邪が吐き出される。
「せ、正邪……無事だったか。よかった」
「おお、針妙丸か。ふん、勝手に呼びつけるな。俺は欠片も嬉しく無いぞ」
正邪の顔は嬉しそうだ。天邪鬼そのものなので言動と行動が一致していない。
「感動の再会はちょっとおいておいて、正邪さんはじめまして」
「あん? 誰だお前?」
「八雲紫ですわ、本日は正邪さんに折り入ってお願いがありまして」
「ふふ、ヒヒヒ。お願い? いいぜ何でもいってみろよ。全部裏切ってやるから」
無造作に紫が正邪の肩に手を置く、爪を立てて掴んできた。
たまらず正邪が悲鳴を上げて暴れるが、そ知らぬ顔で潰しにかかる。
信じられない腕力、正邪の力では押しのけることは出来ない。食い込む指先に抵抗が出来なかった。
「聞く!! お願いは聞いてやるから!!! は、放せ!!!」
「聞いてやる? 放せ? ええ~っと、天邪鬼だから……これの逆だとすると……ああ、なるほど」
ものすごくわざとらしい……力を緩めずにゆっくりと話し続ける。たっぷり時間を掛けて理解した顔を作るとそのまま力を増す。
正邪の悲鳴が絶叫に変わる。もはやこれまでと針妙丸が小槌に手をかけるが、見えているのだろうか? 紫が手を放す。
「正邪さん、相撲大会に出てくださらない?」
「す、相撲大会?」
「大丈夫、出てくれるだけで大目に見ますわ。あなた達にとっては破格の好条件だと思いますが?」
何を大目に見るのかはっきりといわない。紫にとっては言葉遊びみたいなものだろう。
さっきの無礼な態度を大目にみるのだったら、監視対象からも外れないわけだ。
針妙丸が歯軋りしている。大妖怪、八雲紫……こいつは最悪の妖怪だ。
正邪を見れば肩から血がにじんでいる。力の差を理解させたうえで、一方的に要求を突きつけてくる。
「開催日は△月□日10:00から、場所は博麗神社、そうそう、自主参加であることを肝に銘じておいてね?
私が誘ったなんて口が裂けてもいわないように……よろしくね?」
指を鳴らすと正邪だけがスキマ送りされて先ほどの旧都に投げ出されている映像が流れている。
藍は既にいない。映像もそこまでで、すぐさま消えてしまった。
異空間に取り残されている針妙丸と紫は密約を交わす。
紫が一部トーナメントをいじくり回し、一回戦で萃香をぶち当てるから倒せというものだ。
そして秘策も授ける。他言無用……しゃべったら命は無い、自分も正邪もだ。
「ふふふふ、元気の良い子ですね正邪さんは」
「ぐっ、貴殿のやり方は覚えておく」
「あら、覚えてもらう必要など無いのですよ、そのほうが利用しやすいし」
酷薄な笑みを神隠しがうかべている。……力が欲しい、せめてこの要求を跳ね除けられるだけの力が欲しかった。
眉間にしわを寄せて紫をにらみつける。
「ああ、怖い怖い。怖いからさっさと出て行ってもらいましょう」
紫が指を鳴らす。針妙丸も元いた場所に転送された。
後は、いかにトーナメント作成に介入するか……運なんてわけのわからないものに任せる気は無い。
振り向けば、最初の画面で、美鈴と合流したチルノがルーミアとリグルを捕まえている。……ふっ、順調に過ぎる。
……
映姫は悩んでいる。
小町が参加希望を出しているのだ。サボる口実ではないかとかんぐっている。
息抜きとしてはいい……しかし、小町は普段から抜きすぎているふしがある。
今、ニコニコ笑顔で映姫の目の前にいる。
「なぜ、参加するのですか?」
「おおっと、映姫様それは無いんじゃないですか? 面白いことに参加しちゃダメってのは無しですよ?」
「遊び……確かに、長い人生において息抜きは必要なのですが……あなたしっかり休んでますよね?」
「適度に働き、適切に休む。映姫様の教えてくれたことじゃないですか?」
「休みが過分に過ぎませんか?」
「あはははは、映姫様、人それぞれに適切な割合があるのですよ。映姫様の目に遊びすぎに映ってもです」
「……小町、一応許可します。当日は審判なので、裁判が進まないだろうし」
「おお、流石、映姫様。話が分かりますね?」
「それでは、今からがんばりますか、丸一日、裁判所を開けるのですから後6日で7日分の仕事をこなすのです」
「ゲェ!!? 大会の後でいいじゃないですか!!?」
「後回しがいかにまずいことか……しっかり教えたはずですが?」
小町は映姫の「無駄口叩いてる暇があったらさっさと仕事に行きなさい」という言葉に気圧された。
仕事道具を引っ掴むと、あわてて三途の川を横断していく。
さて、私は普段の仕事に加えて、相撲大会のルールつくりにいそしもう。
……
影狼が赤蛮奇に土下座している。
説得を試みたのだが「誰がそんな危険度の高い大会に出るか!!」と一蹴された。
「お、お願い。まだ紫さんに頼まれた人数に届かなくて……」
「お前の所為で、駅伝大会、とんでもない奴とぶち当たったんだぞ?」
「それは私も同じだって!!」
「知るか!!! 大体なんだその参加メンバー、駅伝大会は知らなかったからまだいい。
今度は無理だ。吸血鬼? 鬼? おまけに戦神だと? 運が悪かったら即死するぞ?
高々くじ運だけに人生かけられるか!!」
赤蛮奇の憤りはわかる。仮にこの話を自分が聞かされたなら断固として跳ね除けただろう。
参加を押し切るには無理強いが過ぎる。影狼はいつもどおり青い顔してうなだれたまま自宅へと帰っていった。
……
命蓮寺……早朝だというのに寅丸の気合の入った声が響いていた。
寅丸が大会参加に備えて体を動かしているのである。
「ご主人、少し早すぎじゃないか?」
「たった一週間です。大目に見てください」
「そんなに悔しかったのか? ご主人?」
「当たり前です!!! 私は、私はあの後、みんなに馬鹿にされて、とても、とても!! 悔しかった!!
私のプライドはズタズタなんですよ。誇りを取り戻せるなら何でもします」
「聖は馬鹿にしていないよ」
「聖は他の人とは違います。聖は真の聖人……聖のおかげでどれだけ助けられたことか、
でも、その人の顔に泥を塗ったのも私なのです」
「聖はそんなこと考えていない様だったけど?」
「聖は良くても私が良くない。せめて、自分の不始末を自分で晴らすぐらいはやらせて欲しい」
ナズーリンがため息をつきながら先月と今月の参拝者リストを確認する。
人数が倍増している。面白半分っていう人間はかなりいるだろうが、それでも寅丸の失敗は門戸を叩くきっかけを作ってくれた。
私や一輪、村紗では絶対に不可能な参拝者の数だ。時に失敗する親しみやすい毘沙門天だから人気が出たわけだ。
但し、今の寅丸では聖の懸念どおり、やりすぎてしまうだろう。勝ちにしろ、負けにしろだ。
そんなことしたら人気が下がる。そっちの方が命蓮寺の看板に泥を塗りかねないのだ。
「ご主人、私が代わりに出るよ」
「? えっ!? ナズーリン? 何でですか?」
「今のご主人が出ると色々都合が悪いのさ。
大丈夫だよ。負けても命蓮寺の名誉は傷つかないからさ。
むしろ私が勝てばそれだけ名を上げられる」
「いえいえいえ、そんな理由で納得すると思いますか? 大体、あなた非力でしょう?」
「非力だからこそ、勝った時の効果が凄いのさ。
心配しないで、私とご主人は一心同体さ、ご主人の汚名ぐらい私が返上してくるから」
「それは私の――」
「いいじゃないか。ご主人。
それに、ご主人を馬鹿にされて悔しかったのは、何もご主人ひとりだけじゃない。
私の毘沙門天様を馬鹿にされて弟子が黙っていられるわけ無いじゃないか」
「危険ですよ?」
「大丈夫さ。必ず勝つとは言えないけれど、活躍を期待しててくれ」
妙に熱のこもった言い方をしてしまった。
早朝で二人っきりだったのが原因かもしれない。いつもより、感情的に本音が出た。
”私の毘沙門天様”なんて言い方、他の仲間の前で言ったことは無い。
しかし、ナズーリンの心とは裏腹に寅丸は気がつかない。
精神を動揺させない訓練の賜物ではない。元から鈍いのだ。
いつになったら気が付くのか? いや、気が付いたらいけないのか……わからないな、感情ってのは。
ナズーリンの複雑な表情を緊張と受け取った寅丸がその表情を和らげようと笑いかける。
そんなことが分かる弟子の表情は苦笑いに変わった。
……
昨夜、ミスティアが経営している居酒屋が開かれていた。
日中は魚を獲っていたらしい。昼間にいつもの場所にいなかったからもしやと思えば案の定だ。
影狼が蒼白な顔でミスティアに頼みごとをしている。
「ごめん、本当にごめん」
「あやまらなくてもいいよ~。危なかったら棄権すればいいだけだし。
それにチルノもリグルも出るんでしょ? 任せてよ。あの二人ぐらいになら勝てるから」
「本当にありがとう。後で何か手伝うよ。いってくれれば山菜集めぐらいなら――」
「お前は頼むに事欠いて、ミスティアを巻き込む気か?」
影狼が驚いて振り返る。赤蛮奇だ。
赤蛮奇が珍しくも居酒屋に飲みに来た。たまたま偶然に出くわしたのだ。
「だって、だって……紫さんとの約束を破ったら……ほ、本当にどうなるか」
「だからって弱い子巻き込むなよ!! あ~、くそっ!!
私が怪我をしたらお前の所為だからな!!!」
「? どういう?」
「私が、ミスティアの代わりに出てやる。影狼! 責任取れよな!!」
「ほ、本当に? ありがとう赤蛮奇……でも、や、約束の10人には足らない」
ギリギリと赤蛮奇の歯軋りが聞こえた。
この馬鹿(影狼)はまだ”巻き込む人数”が足りないなんて吐きやがる。
このままだと針妙丸ですらかりだされかねない。
頭を抱えたまま、ぶつぶつ影狼がうめいている。
赤蛮奇が白い目で見ながら口を開こうとした時だ。
紫が突如として現れた。
「ああ、影狼さん。こんばんわ、こちらにいらしたのですね?」
「げぇ!! ゆ、紫さん。すみません。まだ、人数が集まり切っていなくて」
「ああ、メンバーのことですか? そうそう、私も参加案内を配っていましたら、
思っていたよりも多くメンバーが集まりそうでしてね。
こちらの赤蛮奇さんまでで十分ですわ」
「? え……そ、そうですか?」
赤蛮奇は紫の登場で驚いて、さらに言動にショックを受けている。
あと、ほんの数秒……逃げ損ねた!!! 意思表示さえ遅ければ!!!
大妖怪、八雲紫に聞かれてしまったらもうお終い、取り下げることなど出来ない。
影狼は背中で赤蛮奇の冷た~い視線を感じながら、お酒をあおっている。
「まあまあ、影狼さんには感謝してますわ。
ああ、そうです。これ、お礼の品にいかがでしょう」
スキマからキンキンに冷えた日本酒を取り出す。紫の「皆さんでどうぞ」との言葉で、影狼はそれを自宅にもって帰ることを決めた。
影狼の後を赤蛮奇が悪態つきながら追っていく。
言葉巧みに二人を追い返すと、黒い霧が集まって萃香が現れた。
今晩、赤蛮奇がきたのはなぜか? 萃香が集めたからだ。
ミスティアが出場して怪我などされたらたまらない。懇意にしている居酒屋が相撲の怪我で休業なんてされるのは論外だ。
今回、飛頭蛮と夜雀を天秤に掛けて、飛頭蛮を参加させることにしたのだ。
「なんだよ~。随分上等な酒を渡したじゃないか?」
「く、くくくく、目の前で上物を逃がした気分はどう?」
「かなり効果的だな。あれと相撲の勝負が引き換えだとすると――」
「ふ、ふははは、あーっははっはははは!! そんな程度だと思ってる?
萃香、悪いけど。今回だけはぶっちぎれたわ。カンカンっていったら分かる?」
「ほほう。いや、むしろ期待感が増すな」
「言ってろ。ただで済むと思うな」
目の前で繰り広げられる恐怖の会話にミスティアは聞く耳持っていない。
首を突っ込んだら無傷ではすまない。それに居酒屋では良くあることだ。
幽香が来たり、萃香が来たり、紫も含め頻繁に怪物が来るのだ。そしてそいつらが出くわすこともかなりの回数であった。
「女将、肴をくれ」
「あ~こちらはお酒を」
二人して視線で火花を散らす。
しかし、この場はそこまで、居酒屋で暴れるほど馬鹿ではない。
ミスティアはここであったことを忘れることに決め、いつもの調子で歌いだした。
大会参加者は紫の策略と萃香の密の能力をあわせて総勢31名。明日参加表明予定のナズーリンを入れれば32名だ。
二人して笑いあう。萃香の自信に満ち溢れた笑みと、紫の極悪非道の邪悪な笑み、二人のにらみ合いは夜明けをもって終了した。
……
映姫の手元に参加名簿が渡っている。これを元にトーナメントとルールを作らなければならない。
参加名簿の中には針妙丸の名前がある。……小人のくせに妙にこういう大会に顔を出したがる。
そんな事を考えている。映姫には各参加者の密約や企み、望む展開などを全く無視して平等にルールを決める能力がある。
ルールは単純……土俵内で土がついたら負け、土俵外で土が付いたら負け。但し、それを守らせるには、飛行を禁止する必要がある。
大体全員飛ぶことが可能だ。土俵外で空を飛ばれたらいつもどおり、相撲外のルールで決着しかねない。
「能力の使用はどうしましょうか……」
映姫の懸念は針妙丸だ。彼女だけは他の参加者に比べて弱い、それも勇儀対チルノレベルで済まない。
そのまま参加したらリグルを相手にするだけで人間対昆虫ぐらいの差がある。
小槌の力を使ってもらうしかないのだが……ひとりだけ能力解放なんてやったら他の連中が黙っていない。
正直な話、針妙丸が小槌を使用したとする。そんな程度では差が縮まらない連中がいる。
しかし、使用を認めると差が縮まりすぎて逆転される者もいる。どう考えてもひとりだけ能力開放なんてできない。
今回の大会で参加する面子は中の上を超えるレベルのみのはずだった。
どうしたことか、下の下といえるレベルまで集まっている。
萃香の能力だってここまでは集まらない。そう、集めるわけが無い。これらの事実を持って、確信に基づき断言する、紫の嫌がらせだ。
私が審判になったことを……いや、その前だ。スキマを会合の席で使わせなかった時点で目の敵にされたのだ。
中々、難しいことをぶつけてくる。
全員の能力を解禁……優勝候補と最下位候補が戦った場合……目も当てられない結果になる。
しかし、誰と誰が激突した場合に誰がしの能力を制限するなんて細々としたルールなんて作っていたら日が暮れる。
一律、参加者の裁量に任せるほうが良い。流石に子供相手に全力出す馬鹿は……胃がよじれそうだ。いる。
勇儀、萃香、フランドール、レミリア、空、芳香、それに加えて紫だ。
鬼と吸血鬼はある程度のケースが分かる。対戦者が無用な挑発を加えたケースだ。「本気で来い!!!」なんて言ったケースである。
そんな事を面と向かって言う最弱候補は……いる。チルノにサニーミルクだ。一回戦は絶対に連中との激突を避けなければならない。
加えて連中同士の激突も避けないとまずい。プライドの塊みたいな連中だから、何とかして激突前に人数を減らしたい。
空の場合はもっと単純、最初から全力で排除にかかるだけだ。空に分かりやすいように釘を刺すしかない。
芳香は何も考えていない。術者次第だがこれは術者を説得するしかない。
これまでの連中は一応、個別の対応とトーナメントの工夫次第で問題は回避できそうではある……その上で、唯一の懸念は紫である。
今回に限り嫌がらせを目的としたケースでは紫自身が滅茶苦茶をやりかねない。
紫のようなケースは特殊で、ルールを完全に把握した上で破ってくる。他の参加者と異なり対策の立てようが無い。
当日の気分次第でトーナメントをぶち壊しに来る可能性があった。
「どうしましょうか? 紫だけは対応方法が無い……
可能性としては一回戦から神奈子もしくは勇儀をぶち当てること……でも、
トーナメントを負けた程度で引き下がる奴じゃないし……難題ですね」
どんなに頭が痛くても自分で決めないといけない。
今回公平さを求められている。誰かに相談した時点で、それはその所属の勢力の影響を受ける。
出来るならば、永琳の頭脳を借りたかった。
しかし、本人は現在、鈴仙が勝てるパターンを全力思考中である。
永琳は永琳で目の前の難題に全パターンの解析を持って挑もうとしている。あまりの無理難題に思考が止まらない。
この状態で協力を依頼したら、永遠亭有利のトーナメント表の出来上がりである。
映姫は手を動かそうとするのだが……ダメだ。シード枠を作った所で該当者が多すぎる。
それに、シード枠は強いもの順である。そんなもの作ったら自分が危ない。
そうは言っても、くじ運に頼ればチルノとサニーミルク、針妙丸が”即死コースにご案内”される可能性がある。
審判権限で試合中止には出来るだろうが本人達が納得しない。
裁判ならこれまでに積み重ねた罪で即座の判断が出来る。
しかし、これからの可能性の判断など出来ない。トーナメントによって引き起こされる全てのいざこざを丸く収める方法など想像できない。
静まり返った冥府の裁判所でひとり頭を悩ませている。
そんな中、大気が揺れる。締め切った部屋の中で違和感が走った。
「? ……風? !! 紫さんですか?」
「ふ~ん。流石に早いのね。
ご名答ですわ。ご機嫌いかが?」
「あまり良くないですね。不法侵入ですよ?
結界を強化しないといけないですね」
「白玉楼の”大本”が緩んだままじゃ意味無いでしょう?
それにノックはしましたよ? 夢中になりすぎなのでは?」
「ふふふふ、あはははは、なるほど、いくら結界を強化しても無意味でしたか。最初から裁判所の中ではね。
確かに部屋ごとには結界をはっていません。盲点でした。
それで、本日は何用ですか?」
紫はそれこそ胡散臭い笑みで「相撲トーナメントのことです」と言い切った。
紫の申し出は簡単だ。トーナメント表を作成したからそれを使えというものだ。
その中で最も重要な試合を一回戦、第一試合と第二試合に持ってくる。
針妙丸 VS 萃香
正邪 VS 紫
そしてこの順序も重要だ、逆では針妙丸に対する脅しにならない。
もし仮にも、針妙丸が失敗したらどうなるか? 正邪が文字通りに消えて萃香に紫が直接手を下す格好になる。
「……自分の都合ばっかりですね?」
「ふ、そうともいえないでしょ? 二回戦で優勝候補同士の戦いになるかもよ?」
映姫がトーナメント表をにらむ、所々に怪しい所がある。
一回戦であるのに実力者同士の戦いが仕組まれている。
諏訪子 VS 神奈子
幽香 VS 白蓮
レミリア VS お空
これとは別にチルノ VS リグル等という弱者同士の戦いもあった。
他にも、偏りが存在するブロックはあるが……想像を絶するというほどの物でもない。
「別に私が作成したと言ってくれてかまいませんよ?」
「ふ、ふふふ、そうですか?」
「ええ、運に身を任せるなんてことは幻想郷の安全保障上できないですわ」
「トーナメントに一部偏りがありますが?」
「仕方ないとは思いませんこと? 諏訪子 VS 神奈子……単なる同門対決、それに彼女らにとってはメリットもあるのですよ?
これだけのメンバーが参加する中で無傷で二回戦に進めるっていうね。
白蓮も幽香も遊びの範囲は超えないから大丈夫よ。チルノとリグルは……まあ、がんばればいいじゃないの
弱すぎてバランスが取れてる試合で、どちらかが安全に敗退する。これ以上無い結末でしょう?
レミリアさんは……強制退場してもらいますわ。あの方……どうもルールが分かって無いようですし」
「フランドールさんはどうします?」
「あの子は様子見ですわ。最近は手加減練習してるみたいだし……まあ、やりすぎたら映姫さんが止めるんでしょう?」
「ふっ、そうですね、そのぐらいの権限はありますね。
いいでしょう。あなたの策略に乗りましょう」
紫が笑みを強くすると「ルールはどうします?」などと聞いてくる。
「ルールですか?
土俵の中で足の裏以外で土が付いたら負け
土俵の外で土が付いても負け
飛行禁止
能力の使用は可、但しやりすぎないこと
ということにしようと思います」
「ふ、ふふふふ、あははははは、いいですわ。そのルールをそのまま書きましょう
トーナメント表も合わせて私が明日通知しますわ。参加者全員にね」
「仕事が速い……随分協力的ですね?」
「ええ、このトーナメントをそのまま使ってくれるならね」
「なるほど、但し、一つだけいいですか?」
「何でしょう?」
「あなたの反則は容赦なくとりますよ? 暗躍も含めてね」
「ぶっ!! そんなこと……どうぞお構いなく。尻尾をつかめるものならね」
映姫も笑った。堂々と不正をするなんてそのまま宣言されること、いつ以来だろうか?
挑戦されているのだ。八雲紫に不正を見つけてみろと、厳しく見てやろう、特に紫の試合だけは。
紫にしてみれば仕込みは既に終了している。尻尾なんて出るわけが無い。
薄く笑うと「清書して書面にしましょう」なんて言って自陣に帰還する。
映姫も同意して、その後、てきぱきと裁判の事後処理を進め始めた。
……
大会の開催3日前である。
全参加者にトーナメント表とルールが配られた。
にとりのみ射命丸がわざと情報遮断している。ルールのみでトーナメントはお楽しみなんて言ってごまかした。
それぞれの参加者は作成者の紫の文字を見つけてため息をついている。
微妙なトーナメントを押し付けてきた。”紫が有利か?”といえばそうでもない。
二回戦で確実に萃香と当たる。自分の所だけ一方的に有利というわけでもない。
そこそこには実力者が分散されていた。むしろ騒いでいるのは弱いほうだ。
「ぐっ!!! 一回戦からフランドールだと!? か、影狼、こ、殺してやる」
一方の影狼の相手は小町だ。あまりの後ろめたさで影狼は現在、自宅を放棄して逃げ回っている。
罵詈雑言を聞いて影狼の家の戸を開けたのは針妙丸だ。
どこか表情が暗い、無理やり笑顔を繕っている印象を受ける。
「赤蛮奇殿……申し訳ないが、影狼殿は草の根ネットワークで連絡することが出来たといってな」
「家にいねぇのか!!? あの野郎!! 逃げやがったな!!?」
「野郎は無いだろう?」
「針妙丸!! お前も怒れよ!! 萃香が相手だろ!!? 同じ様に影狼にはめられらんだろ!!?」
「…ッ! あ、私は……自主参加だ。影狼は関係ない」
「馬鹿か!!? かばうなよ!!! お前真面目すぎるぞ!!?」
赤蛮奇は針妙丸の「いや、本当に……だけど」という言葉をまるで信じていない。
針妙丸の震えるような決心を見透かしたわけではない。小刻みに揺れる瞳を見抜いたわけでもない。
赤蛮奇の中で全部影狼の責任ということになっている。
「針妙丸、影狼が帰ってきたら教えろ。絶対だぞ!!?」
怒鳴り散らして、文句をたれながら赤蛮奇が帰っていく。
そんな後姿を見送った後はサリエルが後ろに立っている。
「凄い剣幕だね? 赤蛮奇さんだったっけ?」
「ああ、そうだな。まあ無理もない。相手はフランドールだ。大怪我で済めば御の字だろうよ」
「ふ~ん、それは言い過ぎだな。加減はだいぶ上手くなってるよ。
それにしても、自主参加……本当にそうかい?」
「ああ、二言は無いよ」
「その言い方が引っかかるんだけどな」
「本当だとも」
そんなことを言っている小人の目がゆれている。
サリエルは天使だ。相手の感情を見抜く力は頭抜けている。嘘をつかれていると直感で悟った。
「昔の職業病のせいか、そういう表情は分かるんだよ。嘘は良くないと思うよ」
針妙丸は苦笑いしている。しかし、口に人差し指を当てて、もうしゃべらないとジェスチャーを送る。
そしてそのまま屋敷の奥へときえて行く。
「しゃべらなきゃいいって物でも無いけどな」
サリエルはくるりと家に背を向けると情報収集のため飛び立った。
……
紅魔館……レミリアが大広間で頭を抱えている。
いきなり太陽神と戦う羽目になった。無理、絶対に無理だ。
密着状態で太陽の力を使われたりしたら、灰になってしまう。
「う~、どう考えても紫の策略だな。
ルールも知らずに首を突っ込んだのが致命傷だった。くそっ!!!」
「姉さま、私と代わる? 赤蛮奇って飛頭蛮でしょ? 多分姉さまなら楽勝だよ?」
「あ~、くそっ!! フラン、申し出は嬉しい。出来れば代わってもらいたいが……。
ダメだ、私のプライドが許さん。フランの相手がもしも、太陽神だったら喜んで代わってやったんだが」
「姉さま優しい!!」
「あの……申しあげにくいのですが……」
声を上げたのは美鈴だ。対戦相手は勇儀、初っ端で退場決定である。
フランドールに土下座して代わってもらえないかを懇願している。
「美鈴、お前、私のフランを危険にさらす気か? 死にたいのか? 殺すぞ?」
「姉さま、私は別に相手は問わないから大丈夫だよ? 美鈴、代わろうか?」
是非に……なんて言葉を放つ前にレミリアの手が鳴った。つまらなそうな、本当に置物でも見るような冷たい視線が送られている。
美鈴の顔色が急速に悪化していく。悲しそうな顔で「出すぎた真似をしました」と小声で答える。
「美鈴、ごめんね。代わってあげられなくて……でも、大丈夫だよ。怪我したら”かたき”を取ってあげるから」
「ありがとう……ございます」
とぼとぼと歩いて大広間から退出する。
紅魔館の門で壁に寄りかかって落ち込んでいると声がかかった。
「美鈴、あなたは相撲大会、どの試合に出るのかしら?」
無言で、声の主にトーナメント表を渡す。
一回戦、最終試合、対戦相手はぶっちぎりの優勝候補、軽く小突かれただけで敗退する。
「ふ、ふふっ、美鈴らしいですわ」
「このトーナメントのどこが私らしいんですか?」
「優勝候補とぶち当たる運の無さですわ」
運が無いだけでこんな目にあうのか……橙の申し出を断れば良かったかもしれない。たとえ後ろめたさで夜眠れなくてもだ。
……でも、そうしたら橙が勇儀の相手だったかもしれない。少しは役に立ったのだろうか?
しかし、目で追ったトーナメント上で橙の対戦相手はぬえだ。例え対戦相手が代わったところで勝ち目は無かった。
こんな状態では出た意味が無い。怪我をしにいくようなものだ。
暗い表情を見ているメイド長がちょっとした提案をする。
「そうだ、美鈴、もしも勝てたら、私がなんでも一つ命令を聞いてあげるというのはどうでしょうか?」
「何でも……ですか?」
「そう、何でも、鼻でスパゲッティを食べるとか、逆立ちで人里を1周とか」
「それをスカートでいいますか?」
「あなたが望めば別にかまいませんが……1周後の反撃を覚悟するように」
「ぶっ、ふふふ、ははははは、その前にレミリアお嬢様に殺されますよ」
「ようやく笑いましたね」
微笑む咲夜の顔にはっとする。そうか、この人は元気付けに来てくれたのか……頭抱えて悩んでいるレミリアをさしおいて……。
晴れやかではないにしろ、気分がだいぶ良くなった。
それに、口約束とはいえ目的も出来た。絶望的ではあるが、勝つ目的があるのはいいことだ。
もしも勝てたら、何を言って彼女を困らせてみようか? 困った表情だけでも私にとって千金の価値があるのだから。
……
「見えた!! 勝利への道筋が!!! こんな単純なことだったとは!!!」
永遠亭で永琳が絶叫している。
トーナメント表を見てから考えに考えて、どうしても空と勇儀を倒す手立てが無かったのだが、
勝利はトーナメント表には無い。相撲そのものにあったのだ。
「し、師匠……お願い、おねがいします。肉体改造だけはほんとにやめてください」
鈴仙の顔は目にくまが見える。最近不安で眠れなかった。
もしも眠ったら? 気が付かない間に体が変わっていたら? あまりの恐怖で眠れない。
「? 肉体改造? 何それ? そんな必要は無いわ。
鈴仙、ちょっと耳を貸しなさい」
疑問の表情で耳を貸す。
「あなた、幻視が使えたわよね?」
「? 使えますよ? どういうことですか?」
「相撲ってね。戦う前に見合うのよ」
「? 何ですかそれ?」
「ちょっと盲点過ぎて気が付かなかったわ。いい?
相撲って競技は必ず、お互いがにらみ合った状態から始まるのよ」
「? ん? あれ? もしかしてそれって――」
「そう、幻視のかけ放題ってことよ。加えて、戦うタイミングは自分で決めていいのよ」
「えっ? 審判が合図するんじゃないんですか?」
「調べたけど、相撲の審判にそんな権限無いわ。ま、相手のタイミングもあるから100%自分の間合いでは無いけど……
相手が幻視にかかるまで引き伸ばせばね?」
「楽勝? ……うそっ!! 私、勝てるかもしれない!!!」
鈴仙は飛び上がって喜んでいる。それを永琳が笑って眺めている。
楽勝どころではない。ぶっちぎりの優勝候補だ。ルールが盲点……気が付かなかった。
それに、能力の使用は可能……鈴仙の幻視なら、やりすぎには相当しないだろう。
懸念点としては紫ぐらいだろうか? 紫なら対策を立てて幻視にかからないかもしれない。
しかし、それは萃香を倒し、神奈子を超えないといけない。そしてそんな連中にパワーバトルで勝てるほど紫は強くない。
恐らく決勝で当たるのは神奈子だ。付け込む隙は必ずある。隙が無ければ私が作ればいいのだ。
たまにはこういう大会で勝ってしまうのも人生の余興としてはありだろう。
その夜、久しぶりに鈴仙は快眠をした。
……
「やられた。紫の奴、こんなトーナメント作りやがって……くそ、抗議しても無駄そうだ」
「? いいトーナメントじゃないか。無傷で三回戦進出決定、ベストエイトが確定だ」
ギラリと神奈子にらみつける諏訪子の目はちょっと憤っているようだ。
確かに分散していれば、諏訪子が他の強者を排除……少なくともダメージを与えて敗退する作戦が成り立った。
しかし、くっついていればいるで、神奈子が無傷にて次戦に進出できる。
その後の対戦相手はチルノ VS リグル戦の勝者、どっちが勝とうが問題ない。
そしてその先も大幅有利、ベストエイトで当たる相手は幽香だろうが、幽香自身、白蓮、ぬえを超えてこないといけない。
累積ダメージは必ずある。……ふふふ、優勝は困難というほどでもない。
「楽勝……とまでは言わないが、優勝の可能性はまあ、50%以上は確実だぞ?」
「……ボケたな。戦神……」
諏訪子の懸念は自分達の前試合だ。
もし、子供が夢中になって相撲をとったら? 派手さは無くとも、レベルに見合った熱戦の後、私達が茶番ともいえる戦いをしたらどうなるか?
馬鹿にされるのはこっちの方だ。真面目にやれと不評を買う。信仰にとっても大ダメージだ。
折角、主催者になってまで開いたトーナメントに泥を塗るのは自分達になる。
いかに神奈子が強いことを知っていても、負けることが分かってても手抜きだけは出来なくなった。
「ボケ? むしろどこに穴があるんだ?」
「神奈子のその油断だよ」
「ああ、なるほど、確かに勝ってもいないのに優勝できるなんて言っちゃいけなかったか。気を引き締めるよ」
にこやかに諏訪子に笑顔を向けてくる。……ボケが!!! 懸念は一回戦、私達の闘いだって言うのに。
……気が変わった。神奈子は倒す。勝ち上がるのが神奈子であろうと、自分であろうとトーナメントの有利さは変わらない。
一回戦、気の抜けきった状態に向かって、いきなり全力をぶちかませば勝てる。指でもくわえて、優勝する私を見ているがいい。
要するに守矢神社に箔が付けば何でもいいのだ。諏訪子が薄く笑って神奈子と別れる。
自室に向かって歩いていくと早苗だ。声を掛けて来た。
「諏訪子様!!! なんで! なんで!! 私が相撲大会にエントリーされているんですか!!?」
「ん~? あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いていません!! それになんですか! この参加メンバー!!
フランドールさんに勇儀さん、幽香さんに、紫さんに、幽々子さんに、萃香さんに、レミリアさん?
信じられません!! 二回戦で確実に勇儀さんにぶち当たりますよ!!?」
「いいじゃないか、鬼退治すればさ、博麗の巫女にも大きな顔が出来るよ。
それに……油断してるね? 一回戦を突破できるつもりかい?」
「!!? え? 諏訪子様、本気でそれを言っていますか?」
「もちろんだとも」
「馬鹿に、馬鹿にしすぎです!! ルーミアちゃんはチルノちゃんと同レベルですよ? もしかしたらもっと弱いかもしれない。
そんな子に負けるわけが無いです!!!」
「ああ、じゃあいいよそれで」
早苗の回答にムスッとした態度で諏訪子が引き上げていく。
早苗も訴える対象を神奈子にするらしい……ドタバタと足音立てて神奈子の部屋に入っていった。
「早苗の馬鹿者め!!! 油断をするなとあれほど教えたはずなのに!!!
駅伝で一体何を学んだんだ!!! もういい!!! 負けてしまえ!!!」
諏訪子の見立てでは、相撲におけるルーミアは早苗なんかよりも強い。
ルーミアとチルノが同レベルなのは弾幕ごっこにおいてのみである。
人間を腕力のみで闇に引きずり込むことが出来るルーミアに早苗があがらう術があるのか?
組み付かれた時点で負ける。
どれほど、反省しても次に生かせなければ意味が無い。
諏訪子の燃える怒りのごとく時間が進む。明日は相撲大会の開催だ。
……
影狼の自宅、影狼たちが参加を募ったメンバーが、針妙丸や赤蛮奇も一緒にして、前夜祭を開いていた。
影狼が主催だが、前夜祭だというのに顔色が悪い。
大会を押し付けたのは自分だが……大会中にヤバイ試合がいくつも組まれている。
そんな試合の筆頭犠牲者は赤蛮奇だ。
いきなり、フランドール・スカーレットと激突、ギブアップの暇があるのか?
赤蛮奇は恐怖の時間が明日へと迫って、緊張感が増してきたらしい、目の下にくまが見えるほど疲れているのに目が爛々と光っている。
美鈴も勇儀とぶち当たる。しかし、いいことがあったのだろうか? なぜか楽しそうだ。
針妙丸は自主参加といえ、萃香が相手……覚悟を決めた表情で杯をあおる。
……なんで出場したのか分からない。
後は、橙とぬえの試合だが、橙には式神がある。差をある程度埋めることが可能だ。
他のメンバーは、ある程度実力差がある相手でかつ絶望的なほどの力の差が無い。
すんなりと負けて退場できる。
チルノの優勝宣言が飛び出す中、前夜祭は無理やりあおった酒も手伝って大盛り上がりを見せ、気が付けば大会当日の朝を迎えていた。
……
博麗神社、早朝に地鳴りがおこる。霊夢が慌てて寝巻きのまま飛び出してきた。
「ちょっと!! 諏訪子!!! 朝っぱらから何してくれてんのよ!!」
「あ゛? 別に、いいだろ!! それに土俵作っとかないと試合が出来ないだろうが!!!」
霊夢がいつもと違う諏訪子の剣幕に気圧されている。
神奈子の能天気な油断に早苗の馬鹿さ加減でブチギレ寸前なのだ。
見る間に全自動で土が盛り上がり、神社のど真ん中に土俵が出来る。
後で、神奈子が御柱と屋根を持って来るそうだ。
「もう少し考えて作ってよ。それにどうしたの? 随分機嫌が悪いじゃない」
「ふん、霊夢の知ったこっちゃ無いね!!」
荒れている。諏訪子は元を正せば祟り神だ。その祟り神の本性が見え隠れしている。
あらぶる神は鎮めないといけないが……それは早苗の役目では無いだろうか?
「元に戻してくれるなら文句は無いわ」
「ふん。流石に物分りがいいね」
「あんたがキレたら手に負えないでしょう? 火に油を注ぐほど馬鹿じゃないわ。
鎮めるのは早苗に任せる。もし、早苗が失敗したら私が相手をしてあげるわよ」
「ほう、博麗の巫女様が相手か、楽しみだ」
「早苗は失敗する前提か……」
ケラケラと諏訪子が笑っている。「そう、早苗は必ず失敗するさ」なんて台詞をはいている。
首をかしげている霊夢に向かってトーナメント表をちらつかせる。
諏訪子は何にもいわないが、指先はルーミアを指している。
巫女の直感で悟る。早苗がルーミアを相手に油断している。
ぼりぼりと頭をかく、油断している早苗じゃ無理だ。面倒くさいが……諏訪子の相手は私になるだろうな。
土俵という限られたスペースの中で逃げようも無く、ルーミアの闇に飲まれたら、……弾幕無しなら博麗の巫女をもってしても厳しい。
「なんとなく分かったわ。仕方ない、神様だけに働かせるわけにはいかない。
私も手伝うわ」
「くふふふふ、嬉しいよ。早苗もこのぐらいの直観力があればな~」
「早苗は鈍いほうよ」
肩をすくめながら土俵を固める。霊夢は会場のレイアウトを考え、倉庫からテントやら審判席などを搬出する。
倉庫の扉を開けば萃香が待ち構えていた。相撲大会なのだ。協力する気満々である。
「物好きばっかりね」なんていいながら、萃香に力仕事を依頼する。
この分なら紫も神奈子もじきに集結する。
まさに、神も妖怪も人間も一緒になって幻想郷のお祭りがこれから始まるのだ。
……
「あー、サリエルさん? 色々とかぎまわっていたようですが?
何かつかめました?」
「お前が首謀者ってことだけははっきり分かった」
「具体的には?」
「針妙丸を強制参加させたのはお前だ。目的は萃香だな?
人質までとって……汚い。やり方が汚い」
「そう? 幻想郷の安全保障のために手段を問わず作戦を遂行したに過ぎないのだけど?」
「ぐぐっ、この手に過去の力さえあれば……お前を倒すことも可能なのに」
「く、くくくく、あはははははは!!!
死天使の癖に馬鹿なのね?」
二人は異空間で会話している。どれほど叫ぼうとも空間から外に声が漏れることは無い。
しかし、紫からすればこの程度の情報漏れても問題ない。針妙丸が使えないなら直接戦うだけだ。
サリエルの持っている情報は確認したからさっと地上に返してしまおう。
「トーナメントも仕組んだのも貴様だそうだな、よく出来ている。
相性殺し……弱者の配置もお前の策略か!」
指先で開きかけたスキマが閉じる。
なるほど、実力者達は巻き込んでしまえば当事者だから、勝利を目指すから、トーナメントの真意に気が付かない。
永琳だって、神奈子だって、神子も想定しうる最悪の相手を前提に計画を進めているはずだ。
しかし、サリエルは参加していないので自分の都合という色眼鏡でトーナメントを見ることは無い。
参加各位の純粋な参加意図と相性、実力に基づいて結果を判断している。
トーナメントは試合順で以下のような構成になっている。
Aブロック
少名 針妙丸 VS 伊吹 萃香
鬼人 正邪 VS 八雲 紫
今泉 影狼 VS 小野塚 小町
河城 にとり VS 宮古 芳香
Bブロック
チルノ VS リグル・ナイトバグ
八坂 神奈子 VS 洩矢 諏訪子
封獣 ぬえ VS 橙
風見 幽香 VS 聖 白蓮
Cブロック
サニーミルク VS アリス・マーガトロイド
フランドール・スカーレット VS 赤蛮奇
博麗 霊夢 VS 射命丸 文
西行寺 幽々子 VS 霧雨 魔理沙
Dブロック
鈴仙・優曇華院・イナバ VS ナズーリン
霊烏路 空 VS レミリア・スカーレット
ルーミア VS 東風谷 早苗
星熊 勇儀 VS 紅 美鈴
この情報と幻想郷中をかぎまわって得た各位の思惑を反映する。
Aブロック 勝ち残るのは影狼だ。
Bブロック 恐らく風見幽香。
Cブロック 間違いなく霊夢
Dブロック 鈴仙だ。
今まで得た情報を総合するとこうなる。
Aブロック、このひねくれている紫が勝ち残るとはどうしても考えられない。
萃香を始末したら早々に紫も負けるはずだ。試合よりも暗躍を主体としてトーナメントを進める。
そして暗躍を前提としたトーナメントを考えるとどうなるか?
Bブロック、神奈子の相手は幽香ですら厳しいが……最高出力の紫の式神を貼り付けたら? 事実上の2対1ならば勝てる。
Cブロック、鍵はフランドール、しかし、サニーミルクが日光で倒してしまうだろう。アリスは調べた所、負ける気満々である。
つまり、実力的にありえないサニーミルクの二回戦進出が確定しているのだ。あとは幽々子だが、遊び目当ての参加である。
適当にやって適当に負ける。そうなれば霊夢が勝つ。霊夢は守矢神社に売られた喧嘩に勝たねばならない。勝ちに対する執着が違う。
Dブロック 幻視を防ぐことが出来ない以上、確実に鈴仙の独壇場になる。勇儀も空もナズーリンも勝てないだろう。
こんなことを口走った後に、「優勝者は博麗の巫女だな?」と口にした途端、紫が笑いを消した。
「お前のバックアップがあれば霊夢は鈴仙に勝てる。決勝の幽香は……人間相手に全力出す馬鹿じゃない。空気読んで敗退するだろうな」
「く、くくく、ご名答……私の計画を読んだのね? ……お馬鹿ちゃんね」
「お馬鹿ちゃん?」
「詳細は異なれど霊夢を勝たせるのがこのトーナメントの目的よ。博麗神社の格上げに丁度いいでしょう。
それに気付いちゃうなんて、馬鹿も馬鹿……大馬鹿者ね?」
紫が妖怪の顔になった。サリエルが自らの失策を悟る。
もしも、サリエルが元のまま強者であったなら、これまでの対応は全て正しい。
紫の胸ぐら掴んでみなの前で計画を白状させることが出来ただろう。
しかし、現状の弱さをまだ完全に自覚できていない。元々持っていた正義感だけで突っ走ってしまった。
今の実力ではあがらうことの出来ない妖気が開放されている。
「折角、みんなで受け入れようとしたのに……残念ですわ」
「お、お前は!!」
「さようなら、ごきげんよう。もう二度と会うことは無いわね……消えろ!!!」
サリエルがスキマに飲まれていく、行く先は幻想郷の外、絶海の孤島に転送する。
サリエル自身では海を越えることが出来ない。もはや幻想郷に戻ってくることは不可能だ。
全力で伸ばした手が紫の袖を掴むがスキマの吸引力にあがらうことが出来ない。
ずるずると引きずりこまれ、か細い悲鳴を残してスキマが閉じる。
「馬鹿者が!!! 気付くな! せめて取り繕えよ……」
幻想郷に溶け込むのなら溶け込む側にも合わせる覚悟がいる。
ありのままで受け入れるなんてことはしていない。”溶け込めるなら”と最初に警告したのだ。
あのレミリアだって、里の人間には手を出さないと宣誓している。
それを正義感だけで、他人の秘密まで覗き込んだなら、許容できない。排除あるのみ。
たとえ、ここで紫が温情を持って見逃した所で同じ結末だ。
今やったように、レミリアの秘密を暴いたり、幽香の機嫌を損ねればそのまま即死コースが待ち構えている。
あの正義感では、何れ地雷を踏み抜いたことだろう。遅いか早いかの違いだけだ。
紫はあっさりと思考を切り替えるとトーナメント会場へと向かう。
サリエルのことなぞ忘れて、霊夢を勝たせることに全力を傾ける。
……
化け物共が集まる。博麗神社は昼間だというのに百鬼夜行の如き有様で妖怪が集結していた。
それも単なる下っ端ではない、各陣営の最強モンスターがそろい踏みである。
10:00より相撲トーナメントの決戦の火蓋が切って落とされる。
ルールはシンプルに土が付いたら負け、飛行禁止、能力は使用可能、但しやりすぎないことである。
各人の表情は様々だ。絶対の自信をのぞかせる鬼、戦神、太陽神……加えてチルノ
不敵な笑みを浮かべる向日葵の妖怪、祟り神、神隠し……そして人形遣い
そして絶望の表情をしている赤蛮奇、正邪……なぜかレミリアも。
各人様々な思いをこめてこれから戦いが始まる。
博麗の巫女による選手宣誓が行われ、各陣営ごとに散っていった。
「あははははは、すごい人数が集まったな」
「そうだな、見ろこのトーナメント、私は美鈴、空、その後は多分フランドールで、決勝はお前だな?」
「そうともさ、針妙丸、紫を倒した後は神奈子を相手にして、決勝まで……ヤバイ楽しみでしょうがない」
「私もさ、つまらない所で躓くなよ?」
「分かってるさ、紫が何かたくらんでるが……まあ、それも楽しみのひとつだ」
そう語っている萃香には紫の策略が見えていない。
一回戦で当たる針妙丸こそが、紫の萃香対策である。
そして、勇儀対策も既に仕込み済みである。二人とも三回戦以上に進ませる気は無い。
紫は鬼の会話をほくそ笑みながら眺めている。
傍らには藍が控えていた。
「本気で、試合に介入する気ですか?」
「大丈夫よ。私の考えに間違いは無いわ」
「……この試合に乱入したらちょっとした災害になりますよ?」
「ええ、それが目的だから大丈夫」
「絶対、怪我しますね」
「最初に説明したでしょ? 怪我をするのは私だから大丈夫よ」
「その後のフォローは誰がするんですか?」
「あなたに決まってるでしょう? 私の式神でしょ?」
藍はため息ついている。橙が巻き込まれなかっただけでも上出来といわざるを得ない。
藍が見つめる先にはいつものメンバーで興奮しながらしゃべっている橙の姿があった。
「絶対に勝つぞー!!!」
「おっー!!!」
橙にチルノ、サニーミルク、リグル、ルーミアと言った面々で必勝を誓っている。
無邪気なものだ。メディスンがうらやましそうに見ているが、今日は見学だけ、みんなの奮闘を心に刻む。
そして、遠くよりそんな子供達を見ている視線があった。
「けけけけけけ、馬鹿だな俺様に勝てると思っていやがる。
まあ、大妖怪の力って奴を見せてやるかな」
「ぬえ、やりすぎはだめですよ?」
「分かってるよ、寅丸じゃあるまいし」
悪戯っ子の視線そのもので寅丸を見る。
視線を受けた寅丸の憤りの表情を止めたのはナズーリンだ。
「ご主人、挑発だ。乗ると余計に言われるぞ」
「分かっています……でも、が、我慢が出来ない」
鼻息荒く、歯を見せている毘沙門天にナズーリンが手を添える。
「任せてくれご主人、必ず、勝って見せるから」
「……無理せず、怪我無いように」
挑発にのらない寅丸をつまらなそうな目でぬえが見ている。
しかし、そろそろ第一試合の開始時間だ。土俵に注目しないと面白いことが始まってしまう。
一回戦 Aブロック 第一試合 少名 針妙丸 VS 伊吹 萃香
意気揚々と萃香が土俵に上がる。
一方の針妙丸はまるで死地に赴くような表情だ。黒幕と最後の確認をしている。
「紫殿、約束は守るよな?」
「二言はありませんわ」
「わかった。……必ず勝つ、結末がどうあろうとも」
「大丈夫、死にはしませんわ」
「私が言っているのはトーナメントの後の話だ」と言いかけたが、口を固く結んで土俵に上がる。
萃香はそんな二人を面白そうに見ている。
どんな密約を交わしたのだろうか? しかし、いかなる謀略をもってしても針妙丸に遅れをとることは無い。
楽しそうに構えた萃香の前に針妙丸が立つ。手には小槌がある。姿は萃香と同じ程度の大きさ。
審判の映姫より「見合って、見合って」との掛け声がかかる。
いよいよ開幕する。第一試合……萃香は相撲の仕切りの構え、針妙丸は半身で足を開いた。
審判にはこれでいいと目線を送る。映姫はうなずくと最後の掛け声を入れる。
「発気用意!!!」合図だ。
機先を制するのは針妙丸の掛け声。
「大きくなあれ!!!」自分自身をさらに巨大化させる。
鼻息荒くも萃香はそのまま突進だ。しかし、止められた。
いかに大きくなったところで、針妙丸ぐらいなら、体当たりだけで吹き飛ばせるはず。
疑問の表情で上を見上げる。
ニヤッと笑った針妙丸が手の内を見せる。しっかりと八雲紫の式神が張り付いている。
それも一つではない、見た限り5つ以上張り付いてる。
映姫が反則を取るべきか、目線で萃香に問いかけるが、萃香はそれを一蹴した。紫の策略など折込済みだ。
……四肢と胴体……なるほど、なるほど、このぐらいじゃ動かないか……ならば!!!
萃香も萃香で体を巨大化させようとする。
この程度の策略など、障害に入らない。たとえ小槌で力を吸われても問題ない。
恐らく紫の策略は二回戦……この試合で、自分の力を見るのと、出来る限り力を使わせることが目当てと見た。
「ふふん、なるほど、紫の手先に成り下がったか……
まあ、いい。突進を止めたことだけは褒めてやろう。
だがな、鬼の頭領はこの程度じゃない!
行くぞ!!
ミッシング!!!
パープル!!!!
パワー!!!!!」
針妙丸と同程度には巨大化する。
しかし、この巨大化こそが、針妙丸と紫の狙いである。
元々の針妙丸の巨大化したサイズも計算の内だ。そしてそれと同程度に萃香が大きくなることさえも……。
「貰った!!!
お前が大きくなあれ!!!!」
萃香の顔が驚愕に染まる。「え!? あっ!! ちょっとまって――」実に切なそうな声を出しているが試合は決着した。
巨大になり過ぎて足が既に土俵をはみ出している。
決着……勝者 少名 針妙丸
萃香がひざを突いて落ち込んでいる。勇儀が慰めに入るより早く、紫が話しかけてきた。
「いかがですか? 大好きな勝負をぶち壊された気分は?」
「ぐ、ぐやじい。紫、よ、よくも……」
「それは、私の台詞、よくもまあ、幻想郷でこんなトーナメント開いてくれたものです。
私の怒りが少しは分かったかしら?」
「ぐ、ぎ、…ぢぐしょう゛…」
「それでは、第二試合があるので、お暇しますわ」
言いたいことだけ言ってさっさと土俵に上がる。
対する正邪は……早くも逃げ腰だ。尻尾を巻いて帰りたいが、帰ったところでスキマ送りされて土俵上に戻される。
げっそりとやつれた表情で紫に向かい立つ。
第二試合 鬼人 正邪 VS 八雲 紫
映姫が互いに見合ってと声をかける。……正邪の目が挙動不審で定まらない。対して紫は薄く笑って突っ立っている。
一向に視線が絡まないので、審判としてけしかけてみる「発気用意!」と。
合図に対して、破れかぶれで正邪が突っ込む。紫はその突進を二度三度とひらひらかわす。
まるで相手にしていない。この相撲トーナメントをあざ笑うかのようにかわし続ける。
「お、お前は何をしたいんだ!?」
「……遊びかな? ま、もういいわ、さようなら正邪さん」
途端に正邪の足元でスキマが開く。飛行禁止のルール上、不可避の攻撃……スキマワープによる強制場外技だ。
正邪の体が土俵の上から消える。
絶叫しているのは針妙丸だ。しかし、数秒後その背後に正邪が排出される。
……遊ばれた!!!
薄く笑う紫に対して審判が下る。
勝者 鬼人 正邪
冗談抜きでスキマワープによる場外技なんぞ防げる人物はいない。やりすぎの極致と言って過言で無い。
映姫によって反則を取られた。
「馬鹿ですか? 紫さん?」
「馬鹿も何も、一番強力な技なんだけど? スキマ投げって技名なんだけど……やっぱりダメか~」
紫はわかっていた顔で反則一本負けを受け入れた。
放心状態の正邪は針妙丸に助け起こされている。
「か、勝ち? な、何が起こった?」
「正邪、いい、何も気にするな。お前が無事なら、もうそれ以上は望まない」
「殊勝な心がけですわ」
心外ともいえる紫の言動を受けて針妙丸が紫をにらむ。
「ああ、怖い怖い。別段、仕事こなしてくれれば手出しはしないわ。
ご苦労さま、後は二人の好きにしたら? 別にあんた達に介入なんてしないわよ?」
針妙丸が悔しそうにしている。紫から託された式神を束にしてはたき返す。式神の符は全て紫に当たる前に藍が空中で回収した。
藍は複雑そうな表情で頭を下げるとそのまま紫について見学席へと消えていく。
「し、針妙丸……一体どういうことなんだ?」
「鬼を倒せと言われたからその通りにしただけのこと。
別段、正邪のためなら、負けだろうとかまわなかったよ」
正邪が信じられないものを見る表情で針妙丸を見る。
この馬鹿はまだ信じているのか? もう仲間じゃないって言ったはずなのに……こんな信頼は苦痛なんだ。
針妙丸は意を決したように「次戦楽しみにしている」と言って正邪から離れていった。
第三試合 今泉 影狼 VS 小野塚 小町
影狼は複雑な表情で土俵に上がる。
危険度では最も低い区画に入った。
すでに危険人物が敗退しているのである。
萃香と紫が即時リタイア、赤蛮奇が疲労と動揺と恨みをこめた目で見ている。
冷たい視線の所為で振り向けない。加えて、対戦相手に注目せざるを得なかった……今の今まで寝ていたようだ。
口に出す気は無いがよだれの痕が見える。そして寝ぼけ眼で大あくびしている。
審判に注意されても直らない。ようやく厳しい視線と観客の注目を集めて慌てて背筋を伸ばしている。
影狼は赤蛮奇の視線を無視してそのまま、目の前の戦いに集中する。
小町はニヤニヤしながら影狼の目の前に立つ。
合図とともに突進した。そして気が付けば土俵の外だ。
振り向けば小町が笑っている。
「これぞ必殺、ワープ投げってね!!!」
小町の能力、距離を操る能力だ。自分自身は軽く横によけて、相手の踏み込みを利用する。たった一歩で場外にはじき飛ばす。
呼吸をするかのような反則技に映姫すらあっけにとられてしまった。
こいつはさっきの紫を見ていなかったのか?
軍配を握る手に血管が浮く。
「こ、小町、あなた、紫さんの試合は見ていなかったのですか?」
「え? 見る必要ないじゃないですか? ワープ投げなら誰も防げませんからね!!」
小町の回答に映姫がブチギレした。
勝者 今泉 影狼
勝者コールの後、説教が始まる。映姫が我に返るまで……約1時間にわたってトーナメントが中断した。
第四試合 河城 にとり VS 宮古 芳香
にとりはほっとしているような表情、Aブロックではもう危険人物はいない。むしろ文の方がうらやましそうに見ている。
神子もちょっと人選を誤ったことを後悔している。自分か布都が出ていればAブロックの突破は出来ただろう。
しかし、仙人代表は芳香だ。安全を優先して冒険することを忘れた。
芳香では、河童の相手ですら難しいだろう。
皆が見ている目の前で合図と同時に河童が消える。
光学迷彩だ。よく出来ている。芳香にはどこにいるかわから無いだろう。
しかし、芳香はそれ以上に予想外の行動をとった。
相手が消えたことで”土俵から押し出せばいい”とだけ教えたことがあだになった。
相手が土俵上で見えなくなったことで、自分が勝ったと勘違いしたらしい。
にとりが何も仕掛けていないのに勝利の雄たけびを上げて土俵から出て行ってしまった。
「勝ったぞ~!! 青娥~!!」
呼ばれている本人は目を覆っている。対戦相手のにとりや映姫ですらこの結果は読めなかった。
勝者 河城 にとり
「あれ? 何もして無いのに勝っちゃった?」
遠くから見ていた文も口を開けて放心状態だ。このトーナメント、能力を解禁した所為で、相撲以前の勝負になっている。
そして、純粋に相撲目当てで参加した自分がバカバカしくなってしまった。
せめて椛でもいれば、まだ相撲が取れたと思うのだが……この先が思いやられる。
Aブロックの戦いが(映姫の説教を除けば)極、短時間で決まった。続いてBブロックが始まる。
Bブロック 一回戦 第5試合 チルノ VS リグル・ナイトバグ
今大会唯一の最初から組まれている弱者同士の戦いである。この策略に気が付いている諏訪子が苦い表情で見ていた。
そして、紫の策略と諏訪子の陰謀に気が付かない神奈子は楽しそうに見ている。
二人して仲良く土俵に上がりながら、視線で火花を散らす。
「ふ、ふはははは、このあたいこそが地上最強ってことを教えてあげる!」
「チルノはバカだな。地上最強? 幽香さんに決まってるじゃない?」
「ふん!! あたいにかかれば幽香だって楽勝よ!」
「ふふん、その言葉、確かめるまでも無いね。だって私に負けるんだから!!!」
売り言葉に買い言葉、いつものやり取りだ。二人共いがむことなどなく、自信に満ちた笑顔で戦いに挑んでいく。
審判が振り上げた軍配団扇を合図に二人でがっぷり四つ手で組み合う。
リグルが脚力に任せて勢いよく押す、チルノはずるずると土俵際まで押される。しかし、俵に両足を掛けてリグルの押しを堪えに堪える。
次第にリグルの勢いがなくなってくる。低体温の代表ともいえるチルノと密着状態で体温ががんがん下がっているのだ。
別段、チルノはパーフェクトフリーズを使用したりしていない。本人の抑えようの無い特性と言えば良いだろうか?
勝負が時間を掛けて逆転していく、逆に土俵際まで追い込まれたリグルはあっけなく押し出されてしまった。
ちょっと冷えすぎて震えている。時間をかければかけるほどチルノは相対的な強さが増す。
真冬の気温で全力が出せる人物はチルノとレティを除けば他にいない。そして、レティは出場していない。
チルノの最強宣言とともに勝者コールが行われた。
「ふふふ、あたいったら最強ね!!」
「チルノずるい。体温低すぎ!! しがみついてたら凍っちゃうよ!!」
「仕方ないじゃん!!! どうしようもないんだからさ!!」
「なんか、納得いかないから後で弾幕ごっこね!!」
「受けて立つ!!」
二人して最初の勢いそのままに土俵を降りていく。
「あっはっはっはっは、こういうのを待ってたよ」
「あ~あ、やっぱりこうなったか」
ようやくまともな相撲の試合が行われた。
会場の雰囲気は子供のおかげであったまりだしたと言う所か……ここに茶番で水を差すわけにはいかない。
トーナメントそのものの意義が変わってしまう。
第六試合 八坂 神奈子 VS 洩矢 諏訪子
神奈子が土の感触を確かめるように立つ。諏訪子がブラブラとやる気など微塵も見せない態度で土俵に上がる。
観客が、大会参加者がこの戦いに注目している。
茶番か、本気なのか、神の態度はトーナメントを占う上で大事な試合だ。
しかし、映姫の「見合って、見合って」の声を受けても諏訪子はふらふら体を揺らしている。
神奈子が仕方ないな~なんて顔をしている。
あきらめたのか映姫が合図を入れる。
「発気――
途端に諏訪子の目が据わる。体を前後に揺らしていたのは勢いをつけるためだ。
目と目があった時点で神奈子は隙をつかれたことを直感する。
諏訪子の目が赤黒い!!!
――用意!」
「う!? おおおおお!!!!?」
神奈子が腹に諏訪子の突進を受けてあっという間に土俵際まで追い詰められる。
足の裏で捉えた俵が絶体絶命のピンチであることを感じさせる。
そして、勝利の予感を嗅ぎ付けた諏訪子が間髪いれずに増える。
土着神「宝永四年の赤蛙」
いきなり3対1になる。合計、六本の腕で張り手の弾幕が張られた。
押して押して押しまくる。しかし、あと、一手、俵を超えてしまえば良いのに……神奈子が動かねえ!!!
諏訪子がふと見上げた神奈子は昔見た戦神の顔をしていた。
追い詰め方が悪いのだ。大ピンチなんて感じさせたら追い詰められた緊迫感で戦神の勝負勘が蘇る。
これでも攻めの速度が足りない!!! 気付かぬ間に土俵外に出さなきゃいけなかった!!!
神奈子の焦りが回避できない速度で張り手を繰り出させる。
諏訪子は腹に衝撃を受けて弾き飛ばされた。両足で着地した場所は土俵の外だ。
神奈子は誰に対して信じられない顔をしているのか?
「ぐっ……げふぉ……っ、
あ~、くそ、いてぇ」
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ、痛いだけだ」
「……久しぶりにやばかった。本気を出すなら出すって言えよ。油断も隙もあったもんじゃない」
「そんなこと言ったら隙をつけないだろ」
「ん? そういえばそうだな。でも、なんでだ?」
「ちぇ。隙をつけば勝てると思ったんだがな~」
「そりゃ、いきなりミシャクジ呼ばれてたら負けたかもな」
「それじゃこっちが反則負けさ」
諏訪子の態度が全くわからない。神奈子は不思議そうにしているが、諏訪子に不意打ちされた所為で何よりも意識が変わった。
これならまあ大丈夫だろう。神奈子の油断が消えた。勝利は磐石、紫の策略も跳ね返して守矢が勝つ。
神奈子に対していちいち詳しい説明などしない……してやるものか。自分で気付いて欲しい。
本気でぶつかり合った二人をぬえがしらけた目で見ている。
わざわざ本気でぶつかり合う必要なんて無い。戦いってのは何もパワーに拘ることは無い。
それを次の戦いで証明してやる。
第七試合 封獣 ぬえ VS 橙
けけけと笑いながらぬえが降り立つ。橙が駆け上がる。
橙は楽しそうだ。試合が始まる前に式神を貼り付ける。
目の前で青鬼、赤鬼、毘沙門天、一挙に三枚の式神で一気呵成の攻勢を仕掛けるつもりだ。
「けっけっけっけ、そんな程度で勝てると思っているのか?」
「思ってますよ!!! ぬえさん力弱いし。鬼の力を模擬したこの符なら押し勝てる!!!」
「けぇーけっけっけっけ!!! 馬鹿にしすぎだぜ? 相撲は力だけじゃないってこと見せてやるよ!!」
二人とも待ちきれないなんて審判をせかしている。
合図と同時に二人とも土俵と言う狭い範囲の中で駆け回る。
基本的に橙が追いすがる形なのだが、ぬえがすさまじい動きでそれを避け続ける。
躊躇無く、俵の上に乗り、審判を飛び越えて向かいの俵に着地する。
映姫の腕を掴んで盾にしたり、遠隔操作の正体不明の種で土俵外から光の乱舞をお見舞いしたり。
もはや相撲など跡形も無い闘い方をしてくる。
「ぬえさん!!! 何やってるんですか!!?」
「何って相撲だろ? 安心しろよ土俵から出てもいなければ、土もついてねぇ。
光だって目くらまし程度に加減してるんだぜ?」
そういうぬえは映姫の肩に乗っている。審判の我慢は限界突破しそうな勢いである。
力士の動きをよけきれないほうが悪いのは分かるのだが……こいつはそんなことすら利用してくる。
「ぬ、ぬえ……これ以上、まともに取り組まないのなら……権限で失格にしますよ?」
「けっけっけっけ、審判もわかって無いな~、土俵をどう使おうが俺の勝手だろうが?
まあいい、もうちょっと遊んでやるつもりだったんだが、仕方ねぇか」
「つかめさえすれば勝てる!!」
「つかめさえなんて言っている時点で橙の負けさ」
大きく異形の翼を開く、6本の羽が別個に展開する。
しかし、両手を広げて構えたぬえは隙だらけだ。橙がそれこそ最速の動きで掴みかかる。
そして腰に手を回して抱き上げた。
……よし!! 勝ったぁ!!!
橙の勝利の予感とは逆に、そのままずるずるとぬえがずり落ちてくる。
ぬえが笑っている。橙の力が急速に抜けていく!!!
「バカだな橙、密着状態ならいくらでも式神をはがせるんだぜ?」
橙があせった顔でぬえの手にしたものを見ている。しっかり三枚、全部剥ぎ取られた。
こうなると一方的だ。
ぬえが橙の腕を掴み返す。軽々と橙を担ぎ上げた。
観客席を見渡して藍の場所を確認すると、そのままぶん投げる。
妖怪「鵺」はキメラの妖怪、蛇の猛毒、サルの敏捷性、虎の暴力を併せ持つ。
橙を藍がキャッチして試合終了。
大妖怪の面目躍如だ。直接の力のやり取りなら負けるわけが無い。
勝利コールを背中で流し、意気揚々と土俵を降りて行った。
「あの馬鹿は、やりすぎとかそういう概念が無いのかしら?」
「すみません。幽香さん、あれでもまだ加減しているほうです。
二回戦でお仕置きするので、見逃してください」
しれっと、私が勝つと宣言された。耳ざとく幽香がそれを咎める。
「あれ? 聞き間違い? お仕置きを”任せる”じゃなくて?」
「そうです。私に任せてください」
「く、くくく、言ってくれる。先にあなたにお灸をすえてあげるわ!!」
「お灸か……たまにはいいかも知れませんね?」
比喩を言葉そのままの意味で受け取っている。……こいつ、天然か!!
白蓮が笑いながら、幽香は珍しい物を見る表情で、二人そろって土俵に上がる。
第八試合 風見 幽香 VS 聖 白蓮
神同士に続く一回戦屈指の好カードだ。
審判の合図で二人とも頭から激突する。
額と額をこすり合わせて二人が笑っている。
白蓮は仏の微笑、幽香は猛獣の笑み、力は拮抗している。
笑いが止まらない。
がっぷり四つ手で組み付いたまま二人が発揮する力を引き上げていく。
「へえ……やるじゃない? 遊びの範囲じゃ押し切れないかな?」
「凄い、まだ遊びなんですか? 力比べでは負けちゃいますね」
しかし、白蓮もまだ余裕の表情……言っている事とやっている事が逆だ。
幽香が埒が明かないと判断した。妖力を発揮して身体能力を強化、腕力にさらに上乗せを加えていく。
白蓮が次第に圧倒されていく。
「く、くくく、どう? 自分の負けを自覚する気分は?」
「ふふふふ、意外と楽しいですよ。ここから逆転しますから」
「逆転?」疑問を浮かべると、白蓮が小声でお経を、幽香の目の前で唱え始めた。
幽香の顔が引きつる、思わず手が緩む。耳を咄嗟にふさいだ。
自分の失態を自覚した時には既に白蓮の手が腰に回っている。
「幽香さん……残念でしたね?」
一直線に土俵際に押していく。
しかし、最も残念なのは白蓮の性格だ。止めを刺す感覚を身につけていない。
この期に及んで優しく幽香を押し出そうとしている。
幽香は土俵際の縄をつかう。無理やり再成長させて蔦を足に絡ませる。
押し切れないのを不思議そうにしている白蓮に声がかかる。
「あんたバカすぎるわ」
ようやく仕組みに気が付いた白蓮が再度、お経を――
「あ゛!!!!!」
超至近距離から大音声を浴びせる。
こうすればお経は聞こえないし、白蓮の耳も攻撃できて一石二鳥だ。
目を白黒させて白蓮が腰砕けになった。
「同じ手が二度も通用すると思ってんの?」
そういうと幽香が軽々と白蓮を持ち上げる。
そのまま場外へとさっと投げ捨てる。腰から落下して勝負が決した。
勝負事に関して白蓮は甘すぎる。勝ちきるという感覚が無い。これは当然の結果なのだ。
そのまま、薄く笑って幽香が悠々と引き上げていく。
「……すごい、幻想郷屈指の実力っていうのは伊達では無いですね」
ひとり言のようにつぶやく白蓮の瞳には無敵の妖怪への憧れが宿っていた。
一回戦 Cブロック 第九試合 サニーミルク VS アリス・マーガトロイド
アリスが土俵に上がる。相手はサニーミルク……弱すぎる。
どう考えても勝てる。但し、勝った後は何の保証も無い。
もしも、勝ってしまった場合の二回戦の対戦相手は間違いなくフランドールだ。そうなる前に退場する必要がある。
負けるならサニーミルク相手でいい。勝つ必要性など微塵も無い。
「アリスになら勝てるわ!!!」
「そう? がんばってね」
サニーミルクが「何言ってんだこいつ」と言う表情をしている。
アリスは負け方を考えている。
流石にサニーミルクに押し出されるのはありえない。手抜きが見え見えすぎる。
サニーミルクの作戦に引っかかるって言うのも無い。
多分今の言動から、真正面から突っ込んでくる。押し出されるのと一緒だ。
そしたら、ルールを分かって無いフリをするか……ようやくプランが決まる。
仕切り線から異常に下がった状態でアリスが立つ。サニーミルクは仕切り線の限界まで寄っているのにだ。
開始の合図とともにサニーミルクの眼前に巨大な影が立ち上がる。
アリス最強の人形、ゴリアテ人形が召還された。
いきなりで硬直したままのサニーミルクに対して、間髪いれずに浴びせ倒し……土俵全面を覆いつくすような逃げ場の無い攻撃を行う。
審判の映姫が咄嗟にゴリアテ人形をスペルカードで吹き飛ばす。
「アリスさん!!! 失格です!!! 何故、道具に頼っているんですか!!?」
「何って、勝つためだけど? ほら、私人形遣いであまり力は無いし……
人形を頼らないと優勝なんてとてもじゃないけど出来ないわ」
「……相撲そのものが良く理解できて無いようですね」
「霊夢が説明してくれたのよ? 相手を押し出せばいいって」
霊夢がいきなり話を振られて驚いている。映姫がそんな霊夢をにらんでいる。
「霊夢!! ちゃんと相撲を説明しておきなさい!!!」
霊夢が口を開きかけるが、アリスが先手を取った。
「恨みっこ無しって約束したわね?」
霊夢が歯がゆそうにしている。……やってくれるじゃない。
「人形が使えないなら、今回は無理ね……あきらめるわ」と宣言して、アリスは土俵を降りる。
全然、悔しそうな感じは受けない。むしろしてやったりの表情で霊夢とすれ違う。
「この参加費は高くつくわよ?」
「参加費は霊夢払いでしょ?」
舌打ちしながら霊夢は引き下がっていった。
第十試合 フランドール・スカーレット VS 赤蛮奇
フランドールが嬌声を上げながら土俵に現れる。実の所、この数日楽しみで仕方なかった。
今日うまくやれば遊び相手がもっと増えるかもしれない。
ちゃんと加減できることを示すのだ。
そのために相撲のルールも覚えた。相手を押し出せばいいのだ簡単である。
一方で赤蛮奇が気絶寸前の表情でふらふらと土俵に上がる。
既に足元がヤバイ、がくがくと震えている。開始と同時に腰砕けで決着しそうだ。
「お、お手柔らかに……」
「ええ、こちらこそ!!」
フランドールは加減する気満々である……しかしそのさじ加減を致命的に間違えている。
赤蛮奇相手に3割も力を発揮する気だ。
いつものメンバーなら大体の加減量が分かるのだが……赤蛮奇は初対面だったことが災いした。
フランドールにとってみれば完全に様子見なのだが、既に絶望的な差になっている。
美鈴が危険な状況であることを直感した。
フランドールは自分の力の加減を覚えつつあるが、まだ相手の実力を探ることが出来ない。
「妹様!!! もっと抑えてください!!! そのままじゃやりすぎです!!!」
「えっ!!? うそ!?」
慌てて、出力が小さくなる……このぐらいか? 美鈴を見るが、首を横に振られる。
1割をだいぶ下回った所でようやく頷かれた。
どうしよう……これじゃ動けない。
映姫が心配そうに見ている。
対戦する二人を見比べてみるが、フランドールは出力が小さくなりすぎて不安の表情、赤蛮奇は恐怖で気絶寸前だ。
「見合って見合って」二人ともどうしようと言う表情だ。
「発気用意!!」フランドールが本人にしてみれば至極ゆっくりの動作で張り手を繰り出す。
赤蛮奇が死に物狂いで突進する。そしてカウンターで吸血鬼の手が肩に当たる。
蛮奇は思いっきりのけぞる形で転倒した。
フランドールが驚いている。これで力を出しすぎ? 避けられないの? 最初の出力で触ったらひき肉にするところだった。
勝利コールが頭に入らない。
「本当に練習してるんですね? 上手いですよ」
「なんだか、心外……これじゃ遊べないよ?」
美鈴が胸をなでおろしている。フランドールの試合は別の意味でハラハラドキドキする。
蛮奇は転倒してそのまま泡を吹いている。しかし、気絶ぐらいなら無事に退場した範囲だろう。
影狼が赤蛮奇を抱きかかえると永琳のまつ医務室に連れて行った。
「ねぇ、美鈴はなんで蛮奇のことが分かったの?」
「う~ん。私の能力ですよ。本当の実力はそれこそ手を合わせないと分からないですが……
大体の発揮できるエネルギーの総量なら気の大きさで分かるんです」
「エネルギーの大きさ……あんなに小さいの?」
「妹様……言いたくありませんが赤蛮奇さんは普通ですよ?
妹様とお嬢様が大きすぎるんですよ」
「……もしかして、次の試合もそうなの?」
「断言しますが、そうです」
フランドールが困った表情になる。どうしたらいいのか?
「そうですね……相撲だから……
相手の突進をまず受け止めてみるなんていうのはどうですか?」
「受け止める?」
「まず、相手に触らせてみればどのくらいの力を出しているかすぐ分かりますよ。
その後、相手の力にあわせて力を出してあげれば大丈夫です」
「そっか……う~ん、そうする」
本人は納得している。しかし、次戦は相手がサニーミルク、このアドバイスがフランドールの致命傷になった。
第十一試合 博麗 霊夢 VS 射命丸 文
文が悩んでいる。多分まともにやったら霊夢には勝てる。
しかし、椛はいないし、勝てば恐らく幽々子が相手……割に合わない。
元々、文が出場した目的は椛に負けることだった。
たまには犬から狼になって欲しいし、本人のガス抜きもさせないといけないのだが、
からかい過ぎて墓穴を掘った。椛が出場していない以上、参加する意味が無い。
土俵に上がる前に霊夢の所に行く。
「霊夢さん、作戦は立ちましたか?」
「ええ、ばっちり、あんたも含めて敵はいないわ」
「本当に? 烏天狗の中でも私は強いほうですよ?」
「力の強さだけで勝負は決まらないのよ」
「……じゃあ、本気でいきましょう。一瞬で決めてやります」
「ぶっ、あははははは、いいわ。決められるものならね」
文は馬鹿ではない、大体の霊夢の技を想定してみる。
使おうとしているのは夢想天生か亜空穴だろう。
それならば、逃げ回ることは可能だ。そして動き疲れたところで対妖怪用の霊力を全開にして土俵からはたきだす。
そんな程度の作戦だ。……まあ、有効ではあるが、読めてしまった。これを利用しよう。
土俵に上がった二人を映姫が怪訝な顔をしてむかえる。
文が取っているのは仕切りの構えではない。短距離走のクラウチングスタートの体勢だ。霊夢も半身で流すように立っている。
合図をしたところで文が消えた。霊夢の直感なら飛び込むタイミングを読むことなど朝飯前……、
霊夢の後方でつんのめって転倒している文がいる。
ワープ技とかそういう類の物ではない。
文が最速の威信を掛けて反応を許さない速度で突っ込み、そのタイミングを直感で読み取った霊夢が夢想天生で迎え撃っただけのこと。
霊夢をすり抜けてそのまま文がオーバーランして試合終了と言った所か?
合図とともに試合終了……最短試合である。二回戦のチルノ VS 神奈子ですらこれよりも時間がかかる。
最速の名は伊達ではないが、使い方を間違えている。
「ふふん、予想の通り」
「ええ、全て想定内です」
「?」
疑問を浮かべている霊夢をよそに文は引き上げていった。
あの馬鹿犬が出なかった所為で大恥をかいた。いいや、まだまだ引きずることは確実だ、はたての存在に今気が付いた。
いま、ホクホク笑顔で写真を取っていやがる。
明日のはたての新聞のトップ記事は「無残!! 射命丸文 散る」だろうな。
気持ちを切り替えてこれから取材に専念しよう。この大会なら一ヶ月はネタに困らない。
参加者としての体験レポートも書く。いくらなんでも新聞ではたてに負けるわけにはいかない。
第十二試合 西行寺 幽々子 VS 霧雨 魔理沙
「あははは、霊夢、勝ったか。流石だぜ!」
「当然でしょ? 楽勝もいい所だわ。
そんなことより、魔理沙は平気なの?」
「当然だぜ? 幽々子になんか負けないぜ?」
「まあ、いいわ。二回戦で待ってるからね?」
「応、最強のヒロイン対決をやろうぜ」
意気揚々と魔理沙が土俵に上がっていく。
「幽々子様、なんで出場したのですか?」
「楽しそうだからよ。紫も出てるし、まあ、負けちゃったけど。
たまにはいいじゃない? 主人が出ても」
「任せていただければ、この妖夢、優勝――」
「出来るわけ無いでしょ? 私でも無理よ。だから今回は遊び、楽しく遊んで終わりってことね」
そういう幽々子は魔理沙を見ている。
からかいがいのある相手だ。存分に楽しもう。
土俵上では魔理沙が自信満々でこちらを見ている。
こっちも楽しみだ。相撲なのだからいつもと違うことを教えてあげよう。
映姫が幽々子を心配そうに見ている。別段、魔理沙を手にかける事はしない。いつも通りだ。
合図とともに魔理沙が幽々子に触れる。……? 触れるだって!!?
ちょっとすり抜けてからかおうとしていたのが裏目に出る。
しっかり腕を掴まれた。
「油断大敵……これな~んだ?」
幽霊だろうと掴める。卒塔婆を加工して作った魔理沙特製、幽霊キャッチャーグローブだ。
トーナメント表の配布の前に、神奈子が参加者を教えてくれた時点で対策を考えていた。
大体、参加者の中でこいつだけは亡霊だ、掴めなくなる。すり抜け対策が出来なきゃ相撲なんて取れない。
「あ、油断したわ。凄いわね魔理沙~」
「このままいただきだぜ?」
「そうはいかないな~」
見た目なんかよりも幽々子は軽い。亡霊だから当然だが、捕まえさえ出来れば押し切れる。
そう判断した魔理沙が腕を掴んだまま思いっきり腕を伸ばしたが、
逆に力を抜かれた腕が幽々子の背にまわるだけになった。
そして問題は魔理沙よりも幽々子の方が背が高いと言うことだ。
顔が近い。意図的に幽々子が頭を近づけてきた。
「この仕組みはグローブだけかしら?」
「い、言う必要は無いと思うぜ?」
「まあ、そうね。じゃあ、服に着込まれていても厄介だし……
顔を攻撃しようか?」
一瞬だけ、呆けた魔理沙の顔が真っ赤になる。
幽々子が狙っているのは唇だ。あせり狂って逃げ出した。
「人の物を勝手に奪うのはいけないんだぜ!!!」
自分のことはいいのかという観客全員の突込みを無視して魔理沙が叫んでいる。
しかし、幽々子は拘束から開放されてニヤニヤしていた。
幽々子もぬえと同様、発想が異なる。魔理沙の純情を攻撃している。
「ん~、惜しいな。もう少し、あと一歩、後ろに下がってくれれば決着したのに」
ケラケラと笑う幽々子の前でグローブをはずして咥える魔理沙……なるほど、体には仕掛けていないらしい。
唯一の攻撃手段をわざわざ口で噛んでいる以上予備は無い。
後、警戒すべきは右手のグローブのみ……ふふふ、もう少しからかいたいな~。
大昔に、二刀流の男が(私以外の他の女性に向けて)やっていたことを思い出す。魔理沙に効果は抜群のはずだ。
珍しくも幽々子の方から歩いて近づく、顔がダメなら胸でも狙うか。
視線で魔理沙に対し予告を行う。両手を広げて警戒を促す。
止められるかしら? と言う表情で止めを刺す。
決着……勝者 西行寺 幽々子
視線と手振りと表情のみで押し出す。
純潔を人質にとられた魔理沙が後ずさりしてこけた。
「ゆ、幽々子、まさかお前がそんな趣味だったなんて」
「ぷっ、ふふふ、そんなわけ無いでしょ?
大体、その気なら、出会ったその日に家に押しかけてるわ」
「~~~っ!!! だ、騙された!!」
「う~ん、騙したとは違うな。避けなかったらキスはやってたな。
ただ、あんまりにも反応が面白かったから、つい、調子に乗ったわ」
一通りの魔理沙の反応を楽しんで幽々子が振り返った先には怒り心頭の妖夢がたっていた。
「なんですかっ!! あれでは、名門、西行寺の名に傷が――」
人差し指を添えて妖夢の口を封じる。
「とうの昔に滅んだ家なんてどうでもいいことでしょう?
傷も何も私が決める。
あなた、固すぎるのよ、妖夢」
口がダメでも真剣な目で視線で抗議している。
……まだ、遊ぶ気ですか?……と
浮ついた視線で答える。
……今日、丸々一日遊ぶ……と
そんな二人を放り出して試合が進んでいく。
Dブロック 第十三試合 鈴仙・優曇華院・イナバ VS ナズーリン
必勝を誓ったナズーリンに対して今大会における単騎理論値最強が降臨する。
鈴仙ならば、ナズーリンでも腕力で負けることは無い。
普通の戦いならば互角だったであろう。
弾幕ごっこでも宝塔を使えば見劣りしない。
しかし、相撲のルールが決定的だ。
見合うだけで……勝負開始前に試合が決する。
土俵に上がり、鈴仙を見ただけで勝負が決まってしまう。
もはや形だけの試合進行が行われる。
「今日は、今日だけは勝たせてもらう」
「ふ、ふふふふ、そうですか? 残念でしたね」
必死で勝利を誓った思いも、寅丸が寄せた期待も、審判の公平な判断をも欺いて試合が始まり、そして決着した。
にらみ付けたナズーリンは鈴仙の紅い瞳に本物の毘沙門天を見る。試合開始直後に跪いていた。
我に返ったときには既に取り返しが付かなかった。
鈴仙は勝利コールを受けて飛び上がって喜びながら永琳の元に駆けていく。
放心状態のナズーリンから涙がこぼれる。
何をしに出てきたのだ私は?
こ、こんな馬鹿なことがあるなんて。ぬえがこっちを見て指さして笑っている。
ご主人も同じ気持ちを味わったのか?
一輪も村紗も響子も笑うのだろうか?
声だって出てこない。
力が抜けてひざから崩れ落ちる。
背中を受け止めてくれたのは誰だろうか?
こぼれる涙を隠してくれたこの手は?
「ナズーリン……休みましょう」
声で誰だか分かった。しがみついて嗚咽を漏らす。
二人で命蓮寺に引き上げていく。
命蓮寺の誰が相手をしても鈴仙相手では同じ結果になる。
寺のご本尊が信者の前に現れたら誰だって頭をたれる。
ナズーリンは寅丸の代わりに犠牲になったのだ。
それが分からないような馬鹿ではない。
しかし、そんな二人を指差している馬鹿がもうひとりいた。
「さとり様、私より頭の悪い奴がいましたよ!
対戦相手に跪くなんて私絶対にしないですよ!!!」
言動だけで頭の悪さが駄々漏れしている。
さとりは鈴仙を観察していたが……お空では無理だ。
どれほど警告しても鈴仙の瞳を見る。この試合をただ単純に再現するだけだろう。
折角の理想的なトーナメント、勇儀とブロック決勝で当たるはずなのに、鈴仙は非力ながらブロック……いや、トーナメント最強である。
何とかして早急に対策を立てないといけない。
一回戦突破は確実だからなおさらである。
第十四試合 霊烏路 空 VS レミリア・スカーレット
レミリアが頭か抱えて土俵に上がる。一応日傘は用意しているが、土俵上には持ってこなかった。
至近距離で太陽神の力を解放されたら日傘なんぞもたない。
何を持ってきても一瞬で溶けて燃え落ちる。それだけの相手だ。
一応、土俵の上には屋根はある。本物の日光は届かないのだ。四隅に守矢特製の御柱が設置されている。
「お嬢様……棄権なされますか?」
「いいや、意地だ。このパワーと速度に掛けて一瞬で弾き飛ばす」
「そんな暇あればいいですね?」
ニヤニヤと笑ったお空が、既にジワリと発光している。
レミリアは、もうこげ始めている。
……くそっ、後はこいつが力を引き上げきる前に攻撃するしかない!!
レミリアが審判をせかす。
しかし、お空はさとりを見ている。ジェスチャーでなるべく開始までを引き伸ばすようにと手振りを受けている。
土俵には上がったが一向に円の中に入ってこない。
このままでは、試合開始前にレミリアが灰になってしまう。
「空さん、早く入らないと失格にしますよ?」
しかし空はさとりを見て、その指示に従う。審判の言葉など優先順位すら存在しない。雑音と一緒だ。
指示を受けてようやく仕切り線のはるか後方で構えた。
突進距離も開ける。……終わった。
そして、開幕直後に全力の発光、レミリアは突進すら間に合わず、黒焦げにされて退避している。
お空は勝利コールを完全に無視してさとりの元に舞い戻る。
「くそっ!!! 紫にさとりめ!!! このままで済むと思うなよ!!!」
黒こげのレミリアを大事そうに抱えて咲夜が日陰に連れ込む。
「お嬢様……あまり無理なさらないように」
「分かっている!! くそう、太陽神じゃなけりゃ、他の誰が相手でも勝てるのに、ああ゛、腹立たしい!!!」
完全な相性による脱落、お空と戦えば一回戦だろうが、決勝だろうが、そして対戦者が妹であろうと同じ結末だ。
フランドールもこげたレミリアを心配して近づいてきた。
「咲夜……いつまで私の姉さまを抱えている気? 代わらないと……肉塊になるよ?」
「ああ、そうだな。咲夜、フランと代わってくれ。
それに、紅茶を頼む。いくらなんでも真昼じゃ体が元に戻らん」
端で聞いていた美鈴が思わず後ずさるほどの会話に咲夜が巻き込まれている。
しかし、本人はニコニコ笑顔でそれを了解すると、フランドールにレミリアを渡して、博麗神社の台所で紅茶を入れ始めた。
土俵上では次なる決戦が始まろうとしている。
守矢の巫女 対 宵闇の妖怪
誰しもが一度は戦う漆黒の恐怖が早苗に襲い掛かろうとしていた。
第十五試合 ルーミア VS 東風谷 早苗
「早苗、ファイト!!」
「いや、ファイトも何も神奈子様が仕組みましたよね? これ」
「いいや、参加させたのは神奈子の意思だけど、仕組んだのは紫だよ。
くふふふふふ、早苗、対策はあるかい?」
「対策……? 必要ですか?」
「よし、その意気だ。行ってきなさい」
神奈子に後押しされて、早苗が土俵に上がる。諏訪子がそんな姿を見て吐き捨てるように「負けたな」とつぶやく。
「どういうことだ? ルーミア相手なら楽勝だろう?」
「早苗の油断は神奈子、お前から伝染したな? 無理だ。先に断言する。
早苗は負けて当然なのさ」
当の本人は二人のやり取りに気が付かない。早苗の目の前に審判に名前を呼ばれた真っ黒い闇の塊がフヨフヨと飛んできた。
全く中身が見えない。内側からかわいらしい声が聞こえる。
「人間が相手なのかー」
「ルーミアちゃん、闇は解除したらどうですか?」
「ヤダ、昼間だしまぶしい」
「ルーミア……せめて足下……くるぶしぐらいまでは闇をのけてください。
まぶしく無いだろうし、このままでは転がっても分からないですよ?」
審判の言葉を受けて、ルーミアの闇が変形する。丁度、土俵から10センチぐらいは闇が無くなった。
審判が闇に飲まれては判断できないとして土俵の端に寄る。
「さあ、両者、見合って見合って!!」
しかし、審判、早苗ともにルーミアの表情が見えない。
仕方無しに合図をかける。
途端に闇が広がってきた。そして、軽く土俵を覆いつくす。
端から見ていた神奈子が驚いている。
早苗が、自分を”神おろし”しようとしている。
全力で拒否した。ルーミア相手に二人がかりなんてやったらいけないし、そんなことしたら審判に反則を取られる。
一瞬だけ感じた早苗の感情は酷いものだった。
拒否されただけでパニック寸前になっている。
諏訪子も同様に拒否したらしい、苦い顔だ。
「諏訪子、お前の懸念はこれか?」
「いいや、違う。”神おろし”なんて私も想定外さ。
私の懸念はルーミアの方が腕力があるってことだけだね」
「しくったな。そういえば早苗はルーミアと初対戦か? 現代っ子が昔の宵闇に飲まれたら――」
「パニック物だろうね? 今時の子なら光に囲まれている。
何が潜んでいるか分からないなんてこと無いからな」
「弾幕ごっこならあたり一面、手当たり次第に撃ちまくればいいんだが……ダメだな相撲でそれやったら反則だ」
神奈子が呆れている。見える足元だけで動揺しているのが分かる。
ルーミアは動いて無いのに、さっきから早苗だけが動き回っている。
そして、早苗の声だけが聞こえている。ルーミアは暗闇を広げただけで何もしゃべっていない。
「なんで、二人とも、協力してくれないんですか!!」
「するわけ無いだろうが!!」との回答で、余計に早苗が狼狽する。
大声で、「ルーミアちゃんどこにいるんですか!?」なんて叫んでいる。
守矢の神々が顔を覆っている。
……は、恥ずかしい。そんなこと妖怪が答えるとでも思っているのか?
動き回っている所為で、声を上げている所為で、ルーミアにも早苗がどこにいるのか分かるらしい。
普通の歩幅で歩いて距離をつめている。
ようやく、足が交錯するほどの至近距離でルーミアが答えた。
「ここだよ――!!!」
いきなり大声を浴びせられて、びっくり仰天!!! そのまま尻餅をついた。
決着 勝者 ルーミア
勝利コールが行われたのだが、一向に闇がなくならない。
審判が「試合終了ですよ?」と声を掛けても解除の気配が無い。
足元だけで二人が重なっているのが分かる。
とてもかわいらしい声で、「いっただきま~す!!」なんて声が漏れてきた。
慌てて、暗闇の中に守矢の神が飛び込んで二人を引き剥がした。
早苗がショックで気が動転した状態で運び出される。
ルーミアが噛み付いているのは神奈子の腕だ。あと少し遅かったら噛み付かれていたのは早苗だ。
「……この肉硬い」
「言いたいことはそれだけか?」
「ルーミア、勝負だから勝ち負けは仕方ないけど、食べないでくれるかな?
うちの大事な娘なんだ」
「え~? だって、久しぶりにうまくいったのに……久しぶりのご飯なのに」
「ルーミア、後で守矢特製のお粥ご馳走するから、今回は見逃してくれないかな?」
ルーミアが困った顔をする。諏訪子の「おかずとお酒もつける」との一言でぱっと明るくなった。
「約束だからね。いっぱい、い~っぱい、用意してね?」
「約束するよ」
「おなか一杯食べていいから」
幸せそうな顔で引き上げていく。その先の相手はリグルやチルノだ。
多分大人数で押しかけてくるな。まあ全部早苗の責任だし仕方ない。
今度こそ、どんな相手にも油断しないことを学習して欲しい。
非常に高価な学習費だった。
「ほほう、巫女とはいえだいぶ差があるな、二回戦はルーミアか」
自らの対戦相手を確認していた勇儀の言動だ。一回戦の美鈴も相手にならない。
自分の相手になるものはブロックの決勝までいない。
不敵に笑う勇儀が動く、いよいよ、一回戦、最後の試合が開幕する。
一回戦 最終第十六試合 星熊 勇儀 VS 紅 美鈴
吸血鬼が集まっている日陰の一角で美鈴が準備運動をしている。
「美鈴、調子はどう?」
「いつも通りですよ。気は重いですが、ご褒美のことを考えれば、まあ、前向きにはなれるますからね」
「ご褒美だと? 約束した覚えは無いぞ?」
耳ざとく聞きつけたレミリアがそんなことを言っているが、怪我とフランドールの拘束で身動き取れない。
小声で咲夜が聞き返す。
「それで、何が望みですか?」
「まだ、考え中です。勝ったら、そうですね、あなたが困ることをお願いしますよ」
同じく小声で言い返す。
二人して笑った。
「美鈴、さっさと行って、負けてきなさい」
「無理矢理勝って凱旋しますよ」
土俵ではいまや遅しと勇儀が待っている。
ようやく土俵で面と向かって立つ。
「ほほう、逃げない度胸、恐れない意思……意外と当たりかも知れんな」
「いいえ、大はずれの方です。だから、思いっきり油断してくださいよ」
「ほ~う……期待していいみたいだな」
「いや、だからしなくていいのに」
「決めた。1分やろう。好きに攻撃しな。その間、こっちは一切、手を出さない」
美鈴の小さなガッツポーズを勇儀は見逃さなかった。
楽しい時間が始まる。
二人とも半身で立つ合図と共に美鈴が突っ込んできた。
張り手を勇儀の全面に当てる。頭、胸、腹、腕……しかし……効いている気配は無い。
「何か分かったかい?」
「想像以上の化け物ですね? やわらかいのは見た目だけですか?」
美鈴の口元は笑っている。今のは触診に近い、ダメージの通りやすい所を触って確かめたのだ。
そして結局のところ、結論は頭部しかない。体はダメだ、筋肉と脂肪と骨格が強固過ぎてダメージが通らない。
腕の関節ひねっても、純粋なパワーだけで返されてしまう。てこの原理が効かない相手なんて最悪だ。
残り15秒、決着させよう。頭は危険すぎる。全力を集中させて攻撃したら無事の保障は無い。
ダメ元で、腹筋を狙う。
極彩色の気が利き手に集中する。たっぷり10秒掛けて力溜めだ。
張り手よりも掌底に近い形で、勇儀のみぞおちを貫く。
しゃれにならない頑丈さ。撃ちぬいた衝撃で自分が土俵際まで吹き飛ぶ。
勇儀は……微動だにしていない。
「あまいねぇ。頭を狙えばよかったのに……例えばのど、人中、鼻、いろいろあっただろ?」
「流石に、あぶないと思いまして」
「結果はごらんの様さ、それに、相撲にも拘ってるね。張り手じゃなくて拳をつかいなよ。
武術家だろう? 別に文句は無いさ」
「いや、ルールが――」
美鈴の言葉にだんだん勇儀の機嫌が悪くなる、勇儀が鼻を鳴らしている。美鈴に出し惜しみされたのが気に入らない。
もう、美鈴の話を聞かずに全力を出させる方法を考えている。
観客をざっと見渡して咲夜を見つける。
美鈴に分かるように親指で咲夜を指す。
「この後襲い掛かってやろうか?」
「!!! 冗談でも言っていいことと悪いことがありますよ?」
「じゃあ、全力を出せ!!! 手抜きをするな!!! 別に拳だろうと急所を狙おうと反則を取る気は無い!!!」
驚愕したのは映姫である。それじゃ審判の立場は?
映姫が抗議しようとしたのを目の端で捕らえると手振りだけで下がるように指示する。
巻き添え食ったらこっちもただでは済まない。しぶしぶ引き下がった。
「来な。鬼の強さ、見せてやろう」
「結局こうなるのか……」
美鈴の表情が変化する。構えが変わった。掌を拳にきり変える。
一つだけ言っておかないといけない。
「勇儀さん、あなたを心配するわけでは無いんですが、今から、演舞用の技を必殺用に切り替えます」
「は? 断る必要ないぞ?」
「武術家としての社交辞令ですよ」
勇儀が神妙に聞いている。その隙をついて美鈴が踏み込む。
今度の踏み込みはそれこそ狙いが違う。
勇儀の足を踏みつけた。動きを止める? 機先を制する? 全く異なる、狙いは次の一手の威力を逃さないためだ。
蹴り足でのどを撃ちぬく、軸足は勇儀の足の上できれいに一点を穿っている。
踏みつけた足で勇儀の足を押さえつけている。美鈴のけりの威力は全て勇儀の体を伝導する。
驚愕するべきは勇儀、この技をもってしても、息が漏れただけ。
本来なら足はきれいに伸びきり相手はのどを撃ち抜かれた衝撃で転倒する。
それ以前に美鈴が全力で打てば頭と胴体が離れてもおかしくない技なのだ。
「ぐっ、はぁ、効く。最初からこれをやれよ」
「本物の化け物ですか。あなたは」
「最初からそのつもりだ」
勇儀が振った張り手の攻撃をバックステップで回避した。そしてそのまま掌圧で吹き飛ばされる。
きれいに受身を取って着地した先は土俵外だ。
勝者 星熊 勇儀
「残念だったな、最初の1分で必殺用の技を続ければ、もしかしたらひょっとしたかもな」
「多分、無理だったでしょうね」
「そうかな?」なんて言って笑っている。
少しは楽しめたようだ。手振りでさっきの襲う話は無しと言っている。
ようやくほっとして咲夜の元へと向かう。
「ああ、やっぱり負けましたね?」
「ええ、当然のように歯が立ちませんでした」
「では、約束は無しで……ちなみに何をお願いするつもりでしたか?」
「最初に言いませんでしたっけ? 咲夜さんが困れば何でもです」
「具体的には?」
「例えば――」
小声で咲夜に耳打ちうする。美鈴が捏造したつくり話は咲夜を赤面させて困らせるには十分な内容だった。
二回戦が始まる前に小休止が入る。
各人が二回戦の内容を確認している。試合順序はこのようになっている。
Aブロック
少名 針妙丸 VS 鬼人 正邪
今泉 影狼 VS 河城 にとり
Bブロック
チルノ VS 八坂 神奈子
封獣 ぬえ VS 風見 幽香
Cブロック
サニーミルク VS フランドール・スカーレット
博麗 霊夢 VS 西行寺 幽々子
Dブロック
鈴仙・優曇華院・イナバ VS 霊烏路 空
ルーミア VS 星熊 勇儀
「はーはっはっはっ、次は戦神か、相手にとって不足無し!!!」
チルノがみなの前で大口を叩いている。
一回戦を見返す。チルノはリグルが相手だったから良かったが……美鈴も赤蛮奇も橙ですら負けた。
二回戦の突破は不可能だ。唯一可能性があるのはサニーミルク、吸血鬼を日光で急襲できれば勝機は十分に存在する。
ルーミアも対戦相手が優勝候補、美鈴の全力攻撃が通用しない相手に勝つ見込みはゼロだ。
しかし、勝機を気にしているメンバーはこの中にはいない。気にするような奴は中に入れないのだ。
だって、誰もが優勝を夢見て参加したのだから……他人の実力と自分の実力の差なんて気にする奴は出ちゃいけないのだ。
ぬえが笑っている。橙から取り上げた式神……実は返却していない。
幽香なんて化け物、普通では勝てないが……式神を貼り付けたら? 勝機は十分だ。
傲岸不遜に笑う。命蓮寺は自分を残して壊滅した。そんな中もしも、自分が優勝したら?
大威張りできる。白蓮だって喜んでくれるだろう。
悪意を放ちながら笑う。
対する幽香は神社裏で頭を抑えている。
「あの野郎……耳元で念仏唱えやがって……」耳鳴りが止まらない。
試合の後、何回かぶり返してきている。
落ち着いて妖気を練りたいが……厳しい、ぬえはどうにかなっても神奈子は無理だ。
「ご機嫌……よろしくなさそうね?」
「ええ、紫……吐き気がするから消えてくれない? 割とマジで」
「用件が済んだらすぐにでも消えますわ」
「手短に頼むわ」
紫の用件は簡単だ。式神を渡すから、神奈子を倒せと言うものである。
「……何? 私は素じゃ勝てないって言ってるの?」
「いいえ? 素で渡り合っても勝機が無いわけじゃないんだけど……100%までは行かないわね」
「確かに必ず勝てると断言は出来ない……か、特に今日はね。あ~、くそっ、頭痛いわ。
それで、あんたの計画は何?」
「ずばり、実力者の排除、神奈子だけは優勝させるわけには行かないのよ。分かるでしょ?
幻想郷の運営……神奈子が支配したらどうなるかぐらいは」
「エキサイティングでいいじゃない。と、言いたいけど、そうね……メディスン、橙、チルノには危険かもね。
で、誰を優勝者にするの?」
「あなたは流石に話が早いわ、ずばり、博麗の巫女。誰にも角が立たないでしょ?」
幽香はしばらく頭を抑えていたが、納得したようだ、手を伸ばしてきた。
式神を渡すと意思を確認せずに紫が消える。式神は懐にしまった。いざとなったら発動しよう。
「予定通りに進んでるわね?」
「紫様、最後の確認です」
「あ、不要で、どうせ意思確認でしょ?」
「……分かりました」
「映姫の声は覚えたわね?」
「ええ、大丈夫です再現できますよ」
「じゃあ、最後お願いね?」
紫の計画で二回戦、最後の試合を潰す。ルーミアと勇儀の試合、
ルーミアの闇にまぎれれば介入可能だ。一回戦でそれを確認した。
映姫ですら闇の中はのぞけない。
土俵という戦う範囲が限られている中なら、座標を特定しスキマで介入することが可能だ。
後は、審判だが、藍が襲い掛かる。さて、勇儀にはとっとと消えてもらおう。
勇儀はそんな事を知らずに萃香と話をしている。
「ぐ、ぐやじい、じぐしょう」
「泣くな、といっても無理か、針妙丸が……違うな、
黒幕は紫だな。あんなこと仕掛けてくるとは思わなかった」
「……すまない」
声に驚いて振り返る。針妙丸が謝りに来た。
萃香の目がヤバイ、血走っている。勇儀が手を掴まなかったら勢いに任せて殴り飛ばされただろう。
「……本当は出るつもりなんてなかったんだ。
どうしても……紫に出ろと言われて」
「なんとなく分かる。正邪を人質にとられたな?」
「面目ない……」
「いいさ、気にするな。
ほら、
萃香……
暴れるんじゃない!!!
納得しろ!!
針妙丸、大体の話は分かった。萃香にはよ~く言い聞かせておく
お前も、がんばれ、決勝は無理だろうが……手抜きをするなよ?」
「分かった」
萃香に対し深々と頭を下げて引き上げていく。
この後、正邪と合流しよう。色々話したいことが山積みだ。
各人思い思いの時間を過ごし、二回戦が始まる。
Aブロック 二回戦 第一試合 少名 針妙丸 VS 鬼人 正邪
針妙丸が正邪を探している。
もう試合時間だ。審判の映姫は10分待つと宣言したが。針妙丸が対戦者の正邪を探している異常事態である。
観客席を見渡しても、神社の裏にもいない。最後の手段として紫に詰め寄っている。
「き、貴様は、よくも――」
「あら、早とちりはいけないわ。
誓って本当に正邪さんに手出ししてませんわ。
私これでも忙しくて、正直かまっていられないのですよ?」
さらに問いただそうとしたのを藍に邪魔された。
「針妙丸、本当だ。正邪なら自分の意思で旧都に帰ったよ」
「信じられるか!!」
「……全く手間よね?」
無理矢理、スキマで旧都をつなげる。観客にも見えるように映像だけだが正邪がでかでかと映る。
自棄酒あおっている。言葉も聞こえないが、無事のようだ。
紫は自分が関係ないことを示すと、「不戦勝おめでと」とだけ言ってきた。
針妙丸はこの戦いが楽しみだった。分かれた仲間と久しぶりに会ったのだ。話もしたかった。
うなだれて、「疑ってすまなかった」とポツリとつぶやいて土俵に戻っていく。
土俵で時間一杯、勝者 少名 針妙丸
勝者とは思えないがっかりした表情で土俵を降りる。
心配そうな顔でそれを影狼が見ている。
旧都にいるのが分かれば後で捕まえに行くのもいいかもしれない。匂いをたどれば一日あれば捕まえられる。
サリエルもいないことだし、トーナメントを早く切り上げて、探しに行こう。
ひとりも二人も同じことだ。
二回戦 第二試合 今泉 影狼 VS 河城 にとり
「あれ? これってもしかして準決勝まで進める?」
「そうですね。 このメンバーならにとりでも準決勝までいけますね」
「準決勝まで進めたら、ちょっと自慢できるかもしれない」
「できますね。大体、にとりのブロックは萃香様と紫さんが出てますし、
そのブロック覇者なら大威張り出来ますね」
文とにとりの会話である。もしも鬼の出たブロックで河童が勝ったら……後でにとりを鬼の前で自爆させてやろう。
文はガッツポーズ、あくどい顔をしている。ネタは仕入れるのも大事だが仕込むのも大事だ。
それにAブロックはメンバーの残りが弱い。目の前の影狼が倒せればブロック覇者は確定する。
先に土俵に駆け上がると、影狼が悩んだ表情のままで上がってくる。
影狼はさっさと敗退して正邪を探しに行こうかと迷っている。
大体、針妙丸が寂しそうだ。それにサリエルもいない。
お祭りなのだから、観客で見学してればいいのに……後で紫さんに聞いてあたりでもつけようか?
「始めますよ?」審判の一言で我に返る。
目の前の河童はニヤニヤ笑っている。……何はともあれ、手抜きは良くないか。
二人とも仕切りの構えで合図を待つ。掛け声と同時に河童が身を翻す。
光学迷彩!!! あっという間に姿が見えなくなる。
しかし、……それは一回戦で見た。
芳香では不可能だった追跡を開始する。
影狼は耳もいい、ガチャガチャとにとりの背中のバックがたてる音を追跡する。
にとりが影狼を中心に回るのを耳だけ方向を変えて追跡している。
端から見ていた文には良く分かる。椛とおんなじだ。……にとりは負けたか。
多分、椛が使える技は全部使える。足の固定ぐらいなら余裕だろう。
後は純粋な力なのだが、多分昼間であることを考慮すればにとりが上だが……
そんなことが問題にならないくらいにとりが油断している。
影狼の耳が後ろを向いていることから、多分後ろを取ったつもりだろう。
……全部ばれてますよ? にとり?
しかし、声援は出さない。多分この後のにとりの驚いた顔の方が面白いからだ。
にとりが後ろを取って呼吸を整えている。しかしその隙をつくかのごとく影狼が振り返った。
「!!! 何で!!」
「ガチャガチャしすぎですよ?」
姿勢は低く、土俵に爪を立てて、全身丸めてのぶちかまし。慌てたにとりはなすすべなく土俵外に吹き飛ばされた。
「科学を過信しすぎましたね」
「み、見えないはずなのに……」
「音も、匂いも、全部消さなきゃダメですね」
笑って、土俵を降りてから気付く。……サリエルを探しにいけなくなった。
勝者 今泉 影狼
文の横でにとりが泣いている。大好きな相撲で、得意の科学力を使ってボロ負けした。
普通に相撲をとったほうがまだ勝利の確率があったかもしれない。
今まで相撲をこなしてきた経験、河童と言う種族、圧勝であってもおかしくなかった。
しかし、科学の力、光学迷彩による一回戦の驚異の勝利がにとりの目を曇らせた。
押しに押して勝つ、そんな基本すら忘れて心に油断を持ち込んだ。
あまりの悔しさに涙が止まらない。
文もにとりが号泣しているので、この試合は新聞には書けない。からかいすぎは良くない、椛で失敗したのだ。
「ふふふ、早くも出番か」
「神奈子……あんまりやりすぎるなよ?」
「ああ、極あっさりかたをつけるよ」
「力を出しすぎると映姫に反則取られるぞ」
「分かってる、分かってる」
ニコニコ笑顔の戦神が出陣する。目指すは優勝、チルノ如き相手にしない。
Bブロック 二回戦 第三試合 チルノ VS 八坂 神奈子
「ふっ、地上最強、いや、全世界最強の力を見せる時が来た!!」
「作戦はあるのか~?」
「ある!! 神奈子もびっくり仰天、試合をあきらめざるを得ない大作戦がある」
「どうせ、抱きついて凍らせるだけでしょ?」
「ちっちっち、それをやったら反則よ。だから、考えに考え抜いたのよ。
名づけて土俵氷結作戦!!!」
「なんだか凄そう!!」
橙もリグルもルーミアも納得しているが、端から幽香が見ている。
まあ、チルノじゃそれが精一杯か、そして視線を移してみれば、
神奈子にも聞こえているらしい。チルノたちに手を振っている。
チルノはそれにガッツポーズで答えている。
作戦が筒抜けと言う事実が分かっていないのか……。
「あっはっはっは、楽しいことを考えるね?」
「普通それやったら反則だぞ?」
「いいじゃないか、子供のアイディアだ。別に否定する必要も無いし、
それに全部筒抜けだ。問題ない」
「まあ、いいか。油断だけしなければ」
「ふふ、勝ってくる」
そう言って、戦神が土俵に上がる。チルノはたっぷり時間を掛けて入場する。冷気を完全に開放して土俵の温度を下げる。
映姫が「よいのですか?」と神奈子を見る。「かまうことは無い」と神奈子が答える。
温度を十分に下げたところでチルノが土俵に入る。後、一押し、パーフェクトフリーズ一発で全面氷結する。
チルノの表情は自信満々、この自信をへし折るのがちょっと心苦しい。
「作戦完了!! 神奈子、お前の負けだ!!!」
「くっくっくっく、いや、かわいいね。その自信が。
さあ、遠慮は要らない。ドンと来なさい」
映姫が合図するとチルノ必殺のパーフェクトフリーズが発動する。
土俵は瞬時に全面凍結、スリップ事故を起こせば、億にひとつの勝ち目がある。
但し、神の実力はこんなものではない。
勝ち目と言うものは戦神相手にそれと知られずに慎重に土俵を凍結させた場合の話である。
最初から、作戦は駄々もれ、冷気を放ちながら入場、そしてチルノの態度、これでスリップ事故を起こせば馬鹿の仲間入りだ。
神奈子は笑いながらスペルカードを発現させる。
神符「神が歩かれた御神渡り」
チルノの氷結大作戦をさらに上掛けする。
全面ツンツルテンの氷ならスリップ事故がありえたかもしれない。
しかし現在の土俵は、更なる温度変化でヒビが走り、凍結面が雹が降った後のようにでこぼこになってしまった。
滑ることなど、もはやありえない。
「が、あ? うそ?」
「ふふ、神を甘く見たね?」
ざっく、ざっく音を立ててチルノに近づく。
「ま、まだ負けたわけじゃない!!!」
「よし、その意気だ。来い!!!」
チルノの全力だろう、足にしがみつかれたが、冷たいぐらいしか感じない。
流石に神奈子を押しのけるほどの力は無い。チルノの胸に手を当てて軽く押す。
土俵際まで一直線、チルノの体の重心はもう、土俵の外だ。
……おかしい、この姿勢は普通に、転倒するはずなのだが?
チルノが持つ最後の奥の手が炸裂している。
自分の足と土俵を氷結……
オマケに、くるぶし、ひざ、腰にいたる関節まで氷で補強して下半身が氷で埋まっている。
「転倒なんてしないぞ!! 絶対負けないからな!!!」
「はは、すっごい」
チルノの体が氷の力で無理矢理起き上がる。
重心を土俵内に押し戻した。
神奈子がまさかの押し返しを喰らっている。
別にチルノの腕力ではない。足の裏で霜柱が伸びていると言えばいいだろうか?
氷の成長で神奈子を押し返す。距離にして20センチは押し返された。
必死の形相を相手に神奈子が震えている。
盛大に神奈子が噴出した。
「ぶ、ふふふふ、あはははははは!!! やるじゃないか!!
仮にも攻勢に出た私を押し返せる奴なんてこのトーナメントに果たして何人いるか、多分3指以下だぞ?
例えわずかでも、良くぞ、押し返した!!!」
「わずかじゃない!! このまま逆転勝ちだ!!!」
「ふははははははは!!! 勝つ? この私に? 戦神に!? 守矢の軍神に!!?
その意志、勇気、押し返した実力、素晴らしい!!!
チルノ、君に敬意を表する!! 褒美に神の力を見せてやろう!!!」
「今から全力!!? 遅い!! あたいは最初っから全力だ!!!」
「全力ではない……但し、破格の扱いをしてやろう!! 全力の2割で相手をする」
「たったの2割!!?」
「言うな、これ以上は君が傷つく」
神奈子の気合で大気が震える。天候が変わる。博麗神社を中心に雲が渦を巻く。
それでいて、力をほとんど感じない。凶暴きわまるパワーが集中しているのにだ。
例えるなら台風の目にいるような感覚、それもただの目では無い。
幻想郷がすっぽり入る。だから結集したエネルギーに対して、威圧をほとんど感じない。
これが神の領域……幽香が厳しい表情だ。
こんなものを高々紫のバックアップだけで倒さなければならない。
初撃で急所をぶち抜かないと無理だ。
「チルノ、嬉しいよ。
相撲をやったことは数あれど、ここまで戦ってくれた奴は、10人はいないね。
例え遊びでも大したものだ。
この力を覚えて、是非目標にしてくれ。
1000年後、成長した君との再戦を望む」
「勝ってから言え!!!」
「ほう、まさにその通り。
では、勝つとしよう。
皆も、活目して見よ!
畏怖し、ひれ伏せ、あがめ、たたえよ!!
いざ、神の力を体感せよ!!!
破格の二割!!!!
とくと味わえ!!!!!」
神奈子が神通力を開放し、腕力に任せてチルノが埋まっている氷塊に超高速で触れる。
二割とはいえ直接叩いたら本当に砕け散ってしまう。
軽く触れただけで、氷結した土俵の一部を巻き添えにしてチルノがはるか上空、地の果て目指して吹き飛んでいく。
余波だけで、博麗神社がきしんでいる。審判の映姫は吹っ飛ばされて土俵外に転がっていった。
「あー、やりすぎたか?」
「神奈子さん、反則取りますよ? 何をぶちかましてるんですか?」
「まあ、いいじゃないか、加減はした。多分打ち身で済むさ。氷の塊をまとっているしな」
映姫がぶつぶつ言っているが、反則は一応取らないとしている。
それを聞いて神奈子が土俵を降りた。
猛抗議をしているのは幽香だ。
「神奈子、ぶち殺すわよ? 子供相手に使っていい力の範囲ってものがあるでしょ?」
「まあ、いいじゃないか。他の連中は知らないが、チルノは折れないよ。
あの勢いと意志力なら1000年待つ必要すら無いかもしれない」
幽香の意識が排除へと変わる。隙を突いて神奈子は倒す。
遊びから戦闘用へと妖気を切り替える。
そんな姿を紫も見ている。これで、式神を使えば……それでも100%確実とはいかない、今のが二割だとすると式神一つでは足らない。
チルノはすさまじい活躍をしてくれた。幽香をその気にさせ、正確に神の実力を推定することを可能にした。
紫の悪意でゆがんだ笑顔をよそに永琳が救助隊を組んでいる。
そしてあることに気がついた。
「映姫、この戦いの勝者は?」
「勝者? 見たとおりの結果ですが?」
「本当に?」
「なんだよ、永琳、お前も物言いか?」
「いや、落下点を計算してたんだけど、まだ、チルノは落下中じゃない?
まあ、地形が全部頭に入ってるわけじゃないんだけど。紫さんあなたの計算はどう?」
「え? え~っと、地形は、そう、幻想郷の外まで計算に入れると……ああ、丁度今だわ」
紫がスキマで映像を映し出す。あげたてほやほやの土煙が幻想郷を飛び出た山の中腹で上がっている。
映像中のチルノは気を失っている。永琳がすぐさまここに転送するように言っている。
「映姫、まさか、判定ひっくり返したりしないよな?」
「判定? そういえばまだしていませんでしたね?」
「何、なんだと!!?」
「私が宣言したのは”反則は取らない”ですよ?」
「そういえば、あんた勝手に土俵降りたわね?」
「相撲のルールで”土俵外の土についたら負け”って言いましたよね?」
神奈子の絶叫の中、勝者コールが行われる。
勝者 チルノ
風見幽香の殺意が一気にうせていく。なんだか急に馬鹿馬鹿しくなった。
一方で優勝の気配を嗅ぎ付けたぬえが相当やる気になっている。
子供相手に神奈子が大惨敗を喫した。チャンス到来!!! 式神で幽香さえ倒せば決勝まで楽が出来る。
……いける、いけるぞ!!! 見ててくれ白蓮!!!
Bブロック 二回戦 第四試合 封獣 ぬえ VS 風見 幽香
神奈子がぐちゃぐちゃの表情で泣いている。
チルノに負けた。一向に泣き止まない。諏訪子が土俵を直すまでは別に良かったのだが、
子供みたいにもう一回やると言ってきかない。
そして今度は全力を出すと馬鹿発言している。
「あ~あ、みっともねぇな。俺でもああはなら無いぞ?」
「……嘘こけ、化け比べの時、藍にボコボコにやられて泣いてたくせに」
「ん? もう成長したから大丈夫だぞ?」
「じゃあ、もう一回泣かしてやるわ」
二人して視線で火花を散らしている。
ようやく神奈子が諏訪子によって引きずられていく。
中断時間は軽く1時間……それでも二人の気持ちは切れない。目の前ですっごい大逆転を見せられたせいだろうか?
二人で構えて合図を待つ。二人とも仕切りの構えは取らない。
審判の合図と同時にぬえの方から掴みかかってきた。
思わず笑う。パワーだけなら私の方が上……しかし、大きく体を揺さぶられて思わずよろける。
そのまま一気に土俵際だ。
「けーけっけっけっけっけ!!! お前油断したな?
俺様のパワーを甘く見てたな!!?」
「ちぃっ、橙の式神か!! 油断したわ!!」
「けけけけけ、終わりだ幽香!!!」
思いっきり持ち上げようとしたが持ち上がりきらない。
見れば、土俵の縄が――白蓮戦と同じだ。
しかし、ぬえは気付くがはやいか鬼火をぶつける。
あっというまに焼き切った。
しかし、ぬえも腕を掴まれる。ものすごい握力!!! なりふり構わず幽香が抱きついてきた。
「い、痛ぇ!!! 馬鹿、離せ!!!」
「この姿勢で離したら倒れるじゃない!!」
「ぐっ、くそ! これでも喰らいやがれ!!」
倒れかけた幽香の上に乗る。全身の力……足に翼に腕を使ってようやく引き剥がした。
重心が土俵を越えて仰向けに転倒していく。
……か、勝った!!!
しかし、まばゆい閃光を放ちながら、転倒した幽香が信じられないことに起き上がってくる。
「き、きたねぇ!!! マスタースパークの反動使って起きあがりやがった!!!」
「汚いのはどっちよ!!! それ、橙ちゃんの物でしょうが!!!」
二人して口論がつづく。映姫にしてみればどっちもどっちだ。
一応、幽香は飛んだわけでもなく、土もついていない。但し、土俵の側面に信じられない大穴が開いたが……修理は神に任せよう。
幽香が気合を入れなおす。そして紫の式神をここで発動する。
白蓮の所為でどうしても全力からは程遠いのだ。このぬえはそんな悠長なことを言っていたら負ける。
「ほ、本当にきたねぇ!!! お、お前も式神、持ってたのか!!?」
「うるさいわね!!! あんたも同類でしょうが!!!」
映姫の目はタンスの肥やしを見るかのごとく冷たい、視線が死んでいる。
式神の使用は針妙丸の時点で認めていたが、それは弱者が強者との差を埋めるために使用するものだと思っていた。
なるほど、紫の策略か、針妙丸や橙戦での式神の使用をとがめていない限り、この戦いをとめることができない。
ぬえが、超高速で動き回り、幽香を攻撃しているが、それこそ幽香は鉄壁、一歩すら下がらない。
ぬえが攻撃に夢中になっている間に幽香の能力で土俵中の残った俵を再成長させる。ぬえの背後から見知らぬ気配が襲いかかった。
そのまま草に飲まれる。流石に押しのけて出てきたが、出てきた先に待ち構えているのは幽香だ。
腕を掴まれる。今度は幽香も式神付きだ。はずせるわけが無い。
「い、いてぇ!!! 馬鹿、加減しろ!!!」
「式神を出しなさい!」
「いやだ――」
「出さないなら、服を全部引っぺがして無理矢理剥ぎ取る。
観客の前でストリップショーをやりたくなかったら、私が優しく言ってるうちに出しなさい!!!」
「ど、どこが優しいんだ!!! くそ、横暴だ!!!
もってけドロボー!!!」
舞い踊る三枚の式神、それを見て幽香がぬえを土俵外に放り投げる。
決着 勝者 風見 幽香
腕を痛みでさすりながら幽香に対して暴言を吐きつつぬえが退場していく。
幽香は式神をはずし、悠然と神社の裏へ消えていく。
神社の裏で待ち構えていた紫が見たのは、みぞおち押さえて過呼吸になった幽香だ。
「ぐっ――!! 何よこれ、式神の分際で重すぎるじゃない」
「それは、あなたの全力全開をベースに作った式神ですからね?」
「紫、すっごい吐き気がするんだけど?」
「ああ、それ。ただの反動です。白蓮さんのせいで6割も出せない状態で、
中途半端に式神使うからそうなるんですよ」
「ぐっ、こんなものいらないわ。返す」
「ええ、ありがたいですわ。正直、チルノちゃんが頑張ってくれたおかげであなたは既に用済みですからね」
「言ってくれる……優勝してやろうか?」
「ええ、優勝できるものならね。ご自由にどうぞ」
紫はわかってる風な口調でスキマに消えていった。
幽香は顔を覆っている。白蓮、ぬえと連戦、この累積ダメージはちょっとやそっとでは抜け切らない。
たとえ、三回戦になっても抜けきらないだろう。
土俵修理の時間を考えても影響ゼロになどならない。
トーナメントはいよいよ二回戦の後半戦に入る。
Cブロック 二回戦 第五試合 サニーミルク VS フランドール・スカーレット
チルノに続けと言わんばかりにサニーミルクが燃えている。
相手は最強吸血鬼!!! 必要なのは力ではない、作戦でもない、勝つ意思のみだ!!!
「見てなさい!! チルノ!!! 決勝は私が相手なんだから!!!」
「ふ、ふふふふふ、言ってくれるね? チルノちゃんは渡さないよ?」
土俵上で叫んでいるサニーミルクに対して、気配さえ感じさせずにフランドールが目の前に立つ。
出力は最初の赤蛮奇と同程度に調整している。
加えて、相手の力さえ分かれば、同等以上の力で押し出す。
10秒以内でけりをつける。
二人とも映姫をせかす。
開始の合図とともにフランドールが棒立ち。そこにめがけてサニーミルクが突進をぶちかます。
そして張り手の連撃、足を掴んだ所で、相手が微動だにしていないことに気が付いた。
「ちょっと危なかったわ、あなた赤蛮奇よりも弱いのね?」
「弱いわけ無い!!! チルノと同じぐらい私は強いよ!!!」
フランドールが天井を見上げて考えてみる。チルノちゃんと同じぐらい? ……本当にそうか?
私に戦い……遊びも含めて……ハンデをつけた上で勝てるほどの実力があるとでも?
無造作に伸ばした手でサニーミルクを捕まえる。片手で持ち上げて宙吊りにした。
「嘘は良くないよ? チルノちゃんはこの程度の状況からなら私に逆転したよ?
出来ないでしょ? 私、強いよ?」
「それでも私が勝つ!!! 喰らいなさい、光学分身!!!」
掴まれた状態で分身する意味は恐らく無い。
しかし、フランドールにとってこれは致命傷だった。
全方位から逃げようもなく日光が降り注ぐ。あまりの事態にフランドールは絶叫を上げて土俵から瞬時に逃げ去った。
ぽかんとしてるのはサニーミルクだ。自分はただ分身の予備動作で光を集めただけ……何かしただろうか?
映姫が笑っている。そして、勝者コールはサニーミルクだ。
勝者 サニーミルク
フランドールは日陰に避難している。
「妹様、大丈夫ですか?」
「う、うん、大丈夫、あんまりこげてないよ。
そ、そんなことより、大逆転……されちゃった」
「あれは、仕方ないです。そんなことより、よく我慢できましたね?」
「だって、仕方ないじゃない。あの状態じゃ退避しか選択肢がなかった」
「そうです。よく逃げてくれました。
失礼ですが以前なら燃え上がったのはサニーミルクちゃんでしょうね。
咄嗟の判断で攻撃を思いとどまって、よく逃げてくれたと思いますよ」
「美鈴!! 馬鹿にしすぎ、ちゃんと加減できるようになるんだから!!!」
すみませんと頭を下げた美鈴を連れてレミリアと合流する。
一緒に紅茶を飲んで、ダメージを抜いたら……チルノを応援しよう。
二回戦 第六試合 博麗 霊夢 VS 西行寺 幽々子
「霊夢、これ使うか?」
「何これ?」
「幽霊キャッチャーグローブだぜ」
「気持ちだけ受け取っておくわ。無くてもちゃんと勝って見せるから」
「ちぇっ、流石に余裕だな」
「ええまあね」
霊夢の気にしていた守矢勢は壊滅した。後、一勝だけで守矢よりも形の上で上に立つことができる。
この一戦に全力を傾ける。それに、自分の力で勝ちたかった。
土俵の上で幽々子が笑っている。……どうやってからかってやろうか?
そんな雰囲気が駄々漏れしている。
勝負が始まると、これまで以上にどうしようもない戦いが繰り広げられた。
霊夢は夢想天生、幽々子は霊体化、どちらも触れることが出来ない茶番だ。
このどうしようもなく低レベルの根競べは、幽々子のギブアップで決着した。
からかおうとしても、からかえない。つまらない勝負なら続ける意味が無い。
開始30秒であきらめてしまった。
勝者 博麗 霊夢
「なによ、霊夢。少しは遊ばせてよ」
「あんたは遊びでも、こっちは遊びじゃないのよ?」
「ああ、固い固い。もっと息を抜いたらどう?」
「もてあそばれることは息を抜くってことじゃないわ」
幽々子は肩をすくめると、「もっと遊びたかった」と言い残して観客席に飛んでいく。
霊夢も一息入れる。守矢神社は二回戦をもって壊滅。博麗神社は三回戦に進出……十分だ。
守矢神社には負けなかった。後は……どこまでいけるかである。
Dブロック 二回戦 第七試合 鈴仙・優曇華院・イナバ VS 霊烏路 空
「お空、次の試合、ハンデをつけてあげなさい。
目隠しをするのです。私がいいと言うまではずさないように」
「はっ、分かりました。さとり様!」
「あの……」
「なるほど、あなたの言うとおりです。お燐、土俵に上がれないと言うのなら、
手をつないで連れて行きなさい」
「あ、わかりました」
手をつないだ。お燐がお空を土俵につれていく。
さとりが危惧しているのは幻視だ。
目を瞑っただけではお空が目を開けてしまうのは分かる。
但し、目隠しはやりすぎの気がする。
「お空……その、こけないでね?」
「お燐!! 馬鹿じゃないの? こけるわけ――」
言っているそばから縄に足を掛けて頭からつんのめった。
お燐が目を覆っている。審判が白い目で見ている。
「空さん……不自由するならはずしなさい」
「誰に向かって口を聞いているんだ!!!」
お空がすさまじい口調で威圧している相手はお燐である。
「審判はあっち」と首をひねられた。
「審判権限ではずすことを命じます」
「誰がそんな命令を聞くと思っているの?」
「お空……ちょっと黙ってて、
映姫さん、審判権限というなら、幻視をどうにかして欲しいね?
こいつは幻視対策だよ?」
「それについては少し後悔しています。能力を解禁すべきではなかったですね。
しかし、一度認めたものをころころ変えるわけにはいきません。
それに幻視を封じたら同様に太陽の力も厳禁……一回戦でレミリアさんに勝てたかどうか……」
「それを言われるとつらいね。でも、対策が打てる問題なんだ。少しぐらい認めてくれてもいいんじゃない?」
「それでまともに歩けないなら無意味ではないですか?」
「お空は力があるから大丈夫さ、組みつかれた後からでも逆転できるよ」
「そうですか……なら別にかまいませんが……それで負けても情状酌量は一切しませんからね?」
「いいさ。元から情状酌量なんて当てにして無いから」
ようやく話がついてお空が仕切り線の位置に立つ。
一方で鈴仙は永琳に泣きついていた。
「し、師匠~、あいつ目隠ししてます。ど、どうしたら?」
永琳は頭を抱えている。この程度で泣きついて欲しくない。お空程度なら話術だけで圧勝できる。
目隠ししてれば、それを逆手に取ればいいのだ。……どうしてこう、すぐに泣きつくのか? 少しは自分で考えて欲しい。
「鈴仙、自分で対処しなさい。出来るでしょ?」
「無理です。目隠しされたら幻視を掛けられないし、躊躇したら一瞬で丸焼きですよ?」
「太陽の力が使えたらでしょ」
「使えるに決まってるじゃないですか!!!」
自分の弟子の馬鹿さ加減にイライラしてきた。
使えるわけが無い、それをしたら目隠しが燃え上がる。さとりとお燐の言動から察するに目隠しをはずさないことを最優先している。
あいつらは幻視を最も恐れているのだ。
恐らく、一回戦を見てから幻視対策を大慌てで行ったので、耐熱アイマスクが用意できなかったのだ。
ちょっと耳を澄ませば……私よりも聞こえるはずの耳を使って……
情報収集、状況整理、現状解析、それと布の材質を一瞥すれば分かることじゃないか。
こっちはこっちでチルノの治療に忙しい。
栄えあるベストエイトを勝ち取った後、不戦敗じゃあまりにもかわいそうなのだ。
天才の意地に掛けて、責任もって三回戦までに完全回復させる。
馬鹿弟子の言動は邪魔以外の何者でもない。
「もういいわ、あなたなら勝てると思ったけど、見込み違いね。
負けてきなさい。勝敗などどうでもいいわ!!」
「し、ししょ~ 酷い……」
がっかりした表情で土俵に上がってくる。お空が土俵に上がってから5分が経過していた。
お空が自信満々に構える。鈴仙はしり込みして開始線よりもだいぶ後ろに陣取った。
映姫が「見合って」と声をかける。
ダメ元で幻視を仕掛けるが、……ダメだ、かかってない。大体、お空の見ている視線の先に私がいない。
合図がかかる。
お空の目隠しと鈴仙の臆病さが見事にかみ合わない。
鈴仙は自ら土俵際でしゃがみこむ。お空は棒立ちで鈴仙の突撃を待つ。
十数秒が無駄に過ぎた。
「おい、ウサギ!! かかって来いよ!!」
全く違う方向に向かって声を掛けている。
「……なんで? 太陽の力を使わないの? もしかして嬲るつもり?」
「はぁ!!? 馬鹿な奴だな!!! そんなことしたら目隠しが燃えちゃうだろ!!!」
お燐が目を覆っている。さとりもあまりの事態に顔を覆って恥ずかしがっている。
鈴仙も”そんなこと知らなかった”なんて目を見開いている。
鈴仙が次の行動に出る前にさとりが次の一手を繰り出す。
「お空!! 目隠しはもういいです。目を瞑ったまま、太陽の力を解放なさい!!!」
「はっ、了解しました!!!」
「ちょ、ちょっと待って!!!」
「待たない!!! 灰になれ!!!」
「うわぁ、ま、待って!!! さ、さとりも熱いって言うよ!!!」
鈴仙のとっさの一言で一気に過熱気味だった土俵の太陽が光を失う。
「あれ? さとり様熱いですか?」
「馬鹿!!! お空、私は少し我慢するから、もやしなさい!!!」
「い、いいのかな? ご主人様を我慢させるのが正しいことなの?」
ようやく鈴仙が突破口を開く、言葉巧みにさとりを盾にとってお空を自爆させようとしている。
「お空!!! 私の指示だけを聞きなさい!!! 出力全開で燃やしなさい!!!」
「さとりも一緒にやけどしちゃうぞ!!!」
「お空、大丈夫さ、火車のあたいが盾になるから多少はもつ!! 遠慮は要らない!! いっけーーーー!!!」
「待ちなさい、出力全開は禁止です。博麗神社を丸ごと燃やす気ですか!!!」
お空は一気に4人から話かけられて軽いパニックを起こした。
さとり様の命令は出力全開→しかし、さとり様も熱い→お燐が盾だから大丈夫→神社が燃えたらやけどする……どれが正しい?
いやどれも正しくない。さとり様の最大の命令はこの戦いに勝つことだ!!!
そう思うと目隠しを取り去る。ハンデをつけて負けることは論外だと判断した。
今何よりも正しいのはさとり様を傷つけずにこの戦いの勝利を飾ること!!!
その視線の先でウサギを見つける。ウサギが全力で土俵際を移動して逃げようとしても……遅い!!!
鴉符「八咫烏ダイブ」
狙いをつけて一直線!!! 棒立ちになったウサギを土俵外に押し出す。……ついでに自分も土俵を越えていく。
顔を上げた先にはさとりがいる。あんぐり口開けて私を見ている。
振り返ってみればなぜか土俵上にウサギがいる。
「あれ!? まあ、いいや!! 第二撃、最大出力――目標ウサギ!!!」
出力全開で反転して最高速度で羽ばたく。
さとりがあまりの恥ずかしさで泣きそうだ。
「ちょっと!!! 誰か止めてください!!!」
鈴仙に直撃直前で空が止まる。
「ダメでしょ!! お空!!!」
こいしだ。誰にも気付かれずに接近して直撃コースに割り込んで怒鳴っている。
この場のお空の優先順位はさとり≧こいし>自分≒お燐>>>その他=優先順位無しである。
全力を持って急停止した。
「全く!! 何で暴走するの!!?」
「暴走はしていません!!! こいし様!!! 全てはウサギを燃やすためです!!!」
驚愕の答えにこいしも思考が停止する。
燃やす=相手の消滅≠勝利である。
極めて明快な答えをお空にぶつける。
「……まず、お姉ちゃんに、お話を聞いてきなさい」
「了解です!!!」
そのまま、身を翻してさとりの元にはせ参じる。
さとりが引きつった口調でお空に説明をしている。
「助かりました……えっと……こいしさん」
こいしは答えずに鈴仙の顔を見る。
「私だったら、勝てたかもしれないな~」
こいしの体は無意識で動く、おそらく体を幻視で惑わせても、思うような結末にはならなかっただろう。
「一回戦のレミリアさんが倒せたら、戦えたでしょうね」
「あ~、なるほど、私じゃ一回戦敗退か」
鈴仙も負けずに言い返している。内容にはこいしも納得している。
そしてそのまま、引き上げていった。
鈴仙も永琳のもとへと去っていく。
土俵の下で、お空の体当たりを受けて気絶している映姫は藍によってようやく回収された。
観客の誰もが勝利コールを聞いている。映姫の声で藍の口から放たれた言葉を……
勝者 鈴仙・優曇華院・イナバ
二回戦 最終第八試合 ルーミア VS 星熊 勇儀
「映姫さん、お休みなさい」
そういう藍の言葉を受けて、映姫はぐっすり熟睡している。
気絶した状態にちょっと睡眠薬をすわせて、さらに深く眠ってもらった。
……全く、お空の頭の悪さが引き起こす展開は自分の想像をはるかに超えていた。
映姫にまさかの全力体当たり、そのままうちすえて気絶させるなんて、主人の紫ですら想像できなかったに違いない。
木陰から戻って来た藍は映姫の姿だ。土俵の上に立って首をひねっている。
「みなさん、心配おかけしました。もう大丈夫です。
試合を続けましょう」
こんな形で試合に介入している者がいるなんて誰も気付いていない。
全ては紫の策、ルーミアの闇にまぎれて勇儀を急襲する。
本来の計画なら、審判には闇の中不意打ち仕掛けるつもりだった。
しかし、まさかのお空が体当たり。
これを利用しない手は無い。そして、服も本人から拝借した。
映姫が例え気付いた所で怒鳴り込むことは出来ない。
草むらで顔を真っ赤にしてしどろもどろが関の山だ。
映姫が土俵上でルーミアと勇儀を呼んでいる。
「今度は鬼が相手なのか~」
「ルーミア、作戦は?」
「真っ暗け大作戦でいくよ」
「……一回戦と何が違うの?」
「これしか出来ないから、別にいいのだ」
「がんばって!!!」
「うん、がんばるよ~」
でっかいシャボン玉みたいな闇の塊が土俵を目指して飛んでいく。
「はっはっはっは、ルーミアか、ちゃんと加減しないとな」
「そうですよ。馬鹿なことをしたら即、反則ですからね?」
「大丈夫さ、怪我はさせない。ルーミアが怪我したら負けでもいいぞ?」
「そうですか……」
映姫の瞳がきらりと光る。言質はとったからな?
そして、映姫にしては珍しくルーミアにアドバイスをしている。
「ルーミア、勝てないと分かっていても全力を出して戦いなさい」
「うん、応援ありがと」
勇儀が私には応援は無いのかと聞いてくる。
「ルーミアも楽しめるように加減なさい」と策略をねじ込む。
勇儀が「また1分好きにさせるか」なんて言っている。
ほくそ笑んでいる……普段と異なる映姫に気がついたものは紫を除いてその他一名。
「何じゃ? おかしいの、いきなり言葉数が増えおった」
よくよく凝視してみる。端々がおかしい、口の端が浮ついたり、視線が鋭い。
それも、勇儀に対して気付かれないように……はて? よく知っているような気がする。
……あ、気付かれんように胸元を緩めおった。服がきついのか?
そして、試合の合図ですさまじい笑顔を見る。
映姫では絶対に上がらない口角まで口の端がつりあがった。覚えがあるその顔は!!!
……九尾!!! 化けておるのか!!!
表情はあっという間に闇に飲まれて消えてしまった。
「ほっほ~う。これが宵闇か……暗くて居心地いいじゃないか。
おっと、ルーミア、今から1分だけ。私は何もしない。
ここにいるから好きにしな」
闇に向かって声をかける。
「いっくぞ~」何て声が聞こえた。
いま、腹に突撃したのがルーミアだろう。
暗闇の中でべたべたと腰を捜してしがみついてくる。
「ん? おお? 結構、力あるじゃないか?」
「な、何これ? うごかないい゛」
思いっきり服を引っ張られている。
30秒経過、勇儀をぐらつかせるまでもいかないが、それでも人食い妖怪、人間程度なら腕力で押さえ込める。
そんな力が勇儀をなでている。
「まずいな、ちょっとくすぐったい」
「む~、馬鹿にして!!」
随分かわいらしい声で、張り手だろうか? それとも殴っている?
ぽかぽかお腹を叩かれている。暗闇で手の形も分からない。
残り10秒ぐらいか? 勇儀がどうやって怪我無く、押し出そうか検討を始めた直後だ。
「本気の本気なんだから!!!」
ルーミアの声と同時に腹と顔に衝撃が走った。
八雲紫の介入である。
「!!? な、何だ!!?」
声を上げている間に背中にも衝撃が走る。
ルーミアはようやくゆれた勇儀に対して攻勢を強めている。
「だれっ!!?――」
開いた口に今度は異物が入ってくる。……体を焦がすこれは……まさか!!!
……煎り豆!!! く、口が焼ける!!!
本能的に大声を出して異物を排出した。
鬼の咆哮を浴びて異物と闇が吹き飛んでいく。
細切れになった闇の中で紫が笑っていた。勇儀に見えるように悠然と中指を立てている。
そして、観客に見えないうちにスキマに消え去った。
その後ろで無防備にぶっ飛んでいったのはルーミアだ。
びっくりどころか反応が追いついていない。呆けたような表情で吹き飛んでいく。
咄嗟に駆け出した。
勝利コールが響いた。勇儀はそれより前に土俵を駆け出し、落下点に先回り、出来うる限り優しくルーミアをキャッチする。
勇儀は複雑な表情だ。土俵上の審判の正体にもようやく気がついた。
口の端で笑っているその態度……藍だな!!?
「勇儀さん、負けです。文句ありませんね?」
「ない!!! ルーミア相手に必要以上の力を振るった……私の負けだ!!!」
先に落下していたのはルーミアだから、なんて言い訳はしない。
大声で攻撃したとかよりも、咄嗟とはいえルーミアよりも自分の身を優先して力をふるった。
勝負師としてのプライドが許さない。
たとえ、今この審判が映姫でもそうした。
それに、駄々をこねて勝ったところで、紫は次の試合も、その次も介入してくる。
私も面白く無いし、相手もそうだろう。惜しいがここが潮引き時だ。
「おい、審判、あとで紫によろしく言っておいてくれ」
映姫は答えもせずにニタリと笑う。付け加えて「藍、後で覚悟しろよ?」と小声で宣告する。
審判は表情こそ崩さなかったが一瞬だけ硬直し、土俵を降りた。
「ゆうぎ~負けてもいいの?」
「ああ、いい。かまうことは無い」
「本当に強かったのはゆうぎだよ?」
「それでも、私は私の決めたルールを破った。先に進むわけにはいかないのさ。
ふ、ふふふ、さ、友達に自慢してきな。鬼に勝ったてな」
「う~ん……後でもう一回やろうよ」
「ああ、もっともっと後でな」
勇儀が軽く背中を押して、仲間の所に追いやる。
ルーミアもすぐに友達の歓声に囲まれて消えていった。
そして、ベストエイトが出揃いいよいよブロック決勝が始まる。
Aブロック
少名 針妙丸 VS 今泉 影狼
Bブロック
チルノ VS 風見 幽香
Cブロック
サニーミルク VS 博麗 霊夢
Dブロック
鈴仙・優曇華院・イナバ VS ルーミア
「針妙丸、調子はどう?」
「ん? ああ、快調……ではないが、大丈夫だ」
「そう? 正邪を捕まえてこようかと思うんだけど?」
「あ……是非、お願いしたいが……」
「遠慮することは無いよ。分かった、つれてくるよ」
「お願いする……失礼した。お願いします」
「いいよ。そんなこといわなくてもさ、友達だし。
そういえば、初めてかな? 戦うのは?」
「う~ん、直接は……初めてだな」
「一回ぐらい思いっきりやるのもいいかもね?」
「そうだな。ふふ、あはははは。
影狼、勝つのは私だ! かかってきなさい!!
……一回言ってみたかった」
「ぶっ、ふふふ ”かかって来なさい”じゃない。
こういうときは”かかって来い”だろ?」
「そうか、じゃあ、
影狼! かかって来い!!」
「じゃあ私は、そうだな……
生意気な! 軽くあしらってやろう!! ……かな?」
二人して、決めポーズをつけて、煽り文句を口にする。
楽しそうな決戦はもうじき始まる。
一方で、神社裏で頭を抱えている幽香がいた。
頭痛がする。吐き気もする。はっきりいって、本調子とは程遠い。
しかし、それにもまして次の試合をどうしたらいいのかが分からない。
「ぐっ、この状態でもチルノには楽勝か……弱った」
試合展開は一方的だ。チルノが何をやっても通用しない。
チルノが押そうが、引こうが、固まろうが、冷やそうが、幽香の力なら全部突破できる。
負けてやってもいいのだが、負ける要素が見当たらない。
チルノに橙の式神を貼り付ける?
自分にさらにメディスンの毒を盛る?
……多分そんな程度では差を埋めきるまでに至らない。
こけてやったら馬鹿にしているのと同じだ。何とか、何とか……自力で勝って欲しい。
「霊夢、優勝おめでと」
「まだ勝って無いわよ」
「いや、勝ったも同然だろ。今、神社裏見てきたけど、幽香、ふらっふらっだぞ。
神奈子も、勇儀も負けたし、次の相手はサニーだし」
「魔理沙……ちょっと嫌な感覚がするのよ。巫女の直感っていったら分かる?」
「もしかして、幽香が負けるとか?」
「そうよ。それ、そうしたらどうなると思う?」
「優勝はお前だぜ?」
「……そうね。その通りってのが気に食わないのよ。まずい気がする」
「優勝が?」
「そう、優勝が」
二人して小声で話し続ける。
巫女の直感が訴えていることの要約は妖怪の……八雲紫の計画通りってことだ。
治療室ではチルノが寝息を立てている。
準々決勝 第二試合になる頃には起きているはずである。
「師匠!! 何で勝ったのにそっけないんですか!?」
「……病室で大声出す馬鹿者をほめる言葉は無い」
「あ、すみません。……でも、空に勝ったんですよ? 自力で……少しぐらい」
「ほめて欲しいなら、神奈子を倒してきなさい。そしたら、考えてあげる」
「ハードル無茶上げではないですか?」
「子供に出来てあなたに出来ない?」
「あれは運ですよ?」
「……わからないか」
永琳は鈴仙から視線をはずした。
神奈子は運だけで勝てるレベルを超えている。
大体、鈴仙では神奈子を本気にさせるところまでも到達しない。
1. ルールの盲点、先に土がついたほうが負け、暗黙の了解というもの。
2. 映姫の「反則は取らない」宣言。
3. 神奈子を本気にさせて、圧倒的な力の差を逆用する。
この3つの条件が偶然組み合わさった結果だ。しかし、頭脳プレーとは異なる。そんな才能はチルノに無い。
例えるなら、英雄の才能と言うものか? 負けてはならない所で必ず勝つ才能。
以前に一度だけ見せてもらった。
このトーナメントの勝者は……チルノか?
口の端で笑う、もしも……私が出ていたなら? 英雄の才能か……相手にとって不足なし。
……いや、負けるか……この私でも……戦いに参加しなかった時点で逃げの一手を打った。戦意、勝つ意思で既に負けた。
そして、出たなら、紫の策略で恐らく一回戦の相手が勇儀……チルノに当たる前に負ける。
しかし、逆を言うとチャンスかもしれない。鈴仙だったからこそ、ここまで残った。
決勝で鈴仙を全力サポートすれば英雄の才能を超えることも出来るかもしれない。
持ち前の頭脳でチルノの全戦力、ルールと試合展開、鈴仙の実力を解析する。
目の前のルーミア対策を忘れて……
ようやく起き上がった映姫は自分の格好を見て顔が真っ赤になった。
服は傍に折りたたんで置いてある。
慌てて服を着替えている近くで争い声が聞こえる。
「九尾、何のつもりじゃ!?」
「全部、紫様の策略だ。あまり首を突っ込むな」
「ちっ、紫殿か? 馬鹿もんが、子供を巻き添えにしおって……」
「どれほど罵られても、やらなきゃならなかった。
狸如きにわかってくれなんて言わない」
「狐如きの感情、分かりたくも無いわ」
視線で火花を散らす。どうしてもこの二人の相性が最悪だった。
着替え終わった映姫が声をかける。
「何を争っているのですか?」
「別になんでもないわい」と言って、マミゾウが引き上げる。
藍は試合の経過について説明している。
「気絶している間の審判はしておきました。
勝者はルーミアちゃんです。勇儀さんも納得済みですよ」
「そ、そうですか……あの、それより聞いておきたいことが……」
「服のことですか? それなら紫様の指示ですよ?」
藍は半分本当で、半分嘘をついた。
紫の指示は完璧に映姫を演じることである。その命令の元、藍は自分の判断で映姫の服を利用した。
しかし、このように答えたら全責任は紫にあるように聞こえる。そう錯覚させようと藍が働きかけている。
内心、藍も紫のやり口に腹立たしさを感じていた。
もしも、ルーミアの役目が橙であっても紫はこの作戦を実行しただろう。
そう思うと、少し自分の主人に噛み付きたい気分になる。
ちょっと映姫をけしかけておこうと思ったのだ。後でお仕置きされたとしても、である。
しかし、映姫は下着姿にした主犯が紫と言う事実を知って勺を握る手がみるみる赤くなる。
挙動不審な表情で口元がごにょごにょと動いている。
察するに気絶している間に体に何かされていたらと言う不安だ。
まあ、確かに草むらで下着で気がついたらそりゃ気になるだろう。
「大丈夫ですよ。使ったのは服だけですから」
「いえ、あの……そうですか」
にこりと笑って藍がその場を去る。顔を伏せて耳まで真っ赤にしてうつむく、
映姫が紫を問い詰めるのはそう遠くない未来だった。
Aブロック決勝 準々決勝 第一試合 少名 針妙丸 VS 今泉 影狼
「かげろー、大丈夫? 噛み付いたりしないでね?」
「大丈夫だよ、流石に満月じゃないし……それより、
本当にサリエルはいない? 会場のどこにも?」
「うん、言われて探してみたけど、どこにもいない」
「これだけの大イベントなのに? 好奇心の塊が来てない? 分かった。
ありがとう、わかさぎ姫。後で紫さんに聞いてみようっと」
「余裕だな? 影狼殿?」
「余裕って言うより、針妙丸……力なら私の方が上だよ? 多分事実として勝てるんじゃないかな?」
「ふふふふ、そうか、では私が目に物見せてくれよう」
二人して仲よさそうに土俵に上がっていく。
合図と同時にがっぷり四つに組む。
体格差は圧倒的だ。影狼が軽く押すだけで針妙丸がずり下がる。
小槌の力で人並みの背を手に入れても、それだけでは厳しい。
「ははは、やっぱりね」
「ぐっ、ば、馬鹿にするなよ!!」
顔を真っ赤にして力を入れる。
影狼の力は……半分程度だろうか?
真昼間であることを考慮しても針妙丸を押していく。
ずりずりと土俵際まで押す。
俵に足を掛けて、針妙丸は最後の力を振り絞る。
それでも、7割の力で、針妙丸が反り返っていく。
「が……影狼……まだ本気……ではないな?」
「うん、ごめんね。まだ結構余裕あるよ」
「くそっ……こんなに…力の差が……あるなんて」
針妙丸が泣きそうだ。
影狼は夜なら、満月なら、もっともっと力が出る。
それに、牙も爪も使っていない。戦闘能力という枠組みなら、一体、全力の何分の一の力だ?
足がかりがあって、全力で体を突っ張って、それでも友人の力に全く手が届かない。
ブロック決勝、この戦いに小槌は持ってこなかった。一度でいいから、対等の条件で全力をぶつけてみたかったのだ。
そして、結果はこの様だった。手も足も出ない。
「針妙丸、悪いね。終わりにする」
「く…悔しいが……ここまでだ…この先――」
「うん、勝つよ。応援ありがと」
針妙丸の表情から先の言葉を読み取る。
最後の仕上げ、友人に今の全力を見せる。
抵抗無く針妙丸を押し切った。本当に……寄り切りがまるで歩き出すかのような感覚で抵抗が無い。
?
押し切った先に針妙丸がいない。影狼の手の先から声が聞こえる。
「おお? 力を出しすぎて体に入れた小槌の力も使い切ってしまったか?」
呆れた顔で影狼が手につかまっている針妙丸を見る。
そして、土俵の中に針妙丸を戻した。
自分の足元を見る。急に抵抗が無くなったので、本当に土俵から踏み出してしまった。
勝者 少名 針妙丸
「ちょっと、自分のドジっぷりがあほらしい」
「私もこのタイミングで小槌の効果がきれるとは思わなかった」
「針妙丸……言いたくないけど、体に入れた小槌の力を振り絞って、さっきの力?」
「いかにも、全部振り絞った」
影狼が目を覆った。……言っちゃ悪いが力が弱い。
針妙丸が勝ったのは……多分小槌の力だ。力が抜けるタイミングで勝利を呼び込んだのだ。
但し、この勝利が幸運かどうかは別問題である。次戦は間違いなく風見幽香……こんな力でどうなることか。
Bブロック決勝 準々決勝 第二試合 チルノ VS 風見 幽香
頭を抱えたままで青い顔して幽香が土俵に上がる。お経の頭痛、式神の吐き気、毒による不調……これは自力で手を打った。
もう無理、これ以上マイナスできない。これでチルノが勝てないなら、チルノが悪い。
「大丈夫ですか?」
「う~、頭痛い。大丈夫よ。ほっといて」
「頭痛いなら医者に行って下さい」
至極当然の答えを言われた。反論の余地が無い。無理矢理「トーナメントで不戦敗したくないの」と答えた。
そうしているうちに元気一杯、チルノが降臨する。
「はーっはっはっはっは、我こそ最強!! かかって来い!!! 神奈子!!!
……あれっ? 幽香じゃん? お前の試合もっと後だぞ? 何やってんの?」
別の意味で頭痛がしてきた。こいつ、戦った時の衝撃で、記憶がぶっ飛んだな!?
永琳をにらみつける。永琳はお手上げと言った表情で答えた。
「チルノ、二回戦の記憶ある?」
「えっ……いつ? もう終わっちゃった?」
「一応、あんた勝ってるけど? 記憶無い?」
チルノが腕を組んで悩んでいる……勝つのは当然として、記憶無いのはどうしてだ?
……まあ、いいか!! 多分記憶に残らないほど相手が弱かったんだろう。覚えていられないなら無理に思い出す必要なんてない。
あっさりそんな事を考えて、幽香の前に立つ。
そして、記憶が無いから当然だが二回戦と同じ行動をとっている。
映姫が「あの……止めますか?」と聞いてくる。
幽香の頭痛はさらに促進されたが「放っておいてあげれば?」と答えた。
あっという間に土俵がキンキンに冷える。
しかし、チルノの次の台詞すら想像できる。「お馬鹿」って言うのは酷だろう。記憶が無いのだから。
むしろ、最大級の評価を受けていると判断してよい。戦神と同等の扱いをチルノがしてくれている。
「作戦完了!!――」
「幽香、お前の負けだ!!!……か」
「え? 何で分かった?」
だめだ、この程度の作戦、私には通用しない。
観客からは失笑が漏れている。「やっぱり馬鹿だな……」と。
幽香が威圧するように観客席をにらみつけた。
そしていよいよ決戦が始まる。
開始の合図で幽香は棒立ち。
パーフェクトフリーズで土俵が完全凍結、直後にチルノが全力で突進……そして、幽香は全く動かない。
「ぐぬぬぬぬ、う、ご、けぇ~!!」
「……冷たくて気持ちいい」
片手で摘み上げる。
「げ、げぇっ!!」
「ちょっと負けてあげたかったけど、これじゃ無理ね?」
チルノの手を捕まえて自分の額に押し付ける。……気持ちいい。相撲でなかったらチルノを頭に縛り付けてそのまま一日寝ていたい気分だ。
「熱っ!! どうした!!? 幽香、病気なのか?」
「あんたの気にすることじゃないわ」
幽香はもう勝つことに決めた。これ以上は茶番だ。
チルノを片手で掴んだまま、思いっきり振りかぶる。
チルノが冷気を放とうが、暴れようが完全に問題外。抵抗になんてならない。
握力一つでチルノの身動きを封じる。
「うおおっ!!! つ、強えぇ!!!」
「当たり前よ。グッバイ、チルノ。
ベストエイト進出は流石だったわ」
全力で放り投げる。神奈子のちょっとした真似だ。同じぐらいの距離を私ならぶっ飛ばせるってことを示すだけだ。
チルノが負けを自覚させられ、幽香の”流石”という賞賛を受け、圧倒的な風見幽香の実力を前に賛辞を送る。
叫び声で応援を口にしてぶっ飛んでいく。
「流石だ――あたいの分も勝てよ――!!!」
最後の最後で思いっきり元気をぶつけられた。幽香が限界を迎える。
吐き気がこみ上げる。今の今まで精神力だけでもっていた。
風見幽香は生粋の妖怪だ。恐怖や畏怖なら望む所だが、善意には拒絶反応が出る。
それでも、通常なら善意や好意をぶつけられても何とかもつ。一回戦や二回戦のように頑丈な体を盾にうすら笑って退場も出来た。
しかし、今は体が限界だ。毒に、お経に、式神……累積させたダメージが半端では無い。
恨み言なら、悔しい気持ちをぶつけられたなら普通に立っていたのに。
止めを刺すかのように声援を……純粋な好意を……とびっきりの笑顔でぶつけてくる。
精神攻撃は最も苦手だ。特にこんな好意には対処できない。
大体、甘えられただけでパニックに陥る。吐き気と頭痛とパニックで頭が真っ白だ。
チルノの落下前に口を抑えてひざを突いた。そしてそのまま医務室へ直行する。
戻って来たチルノが勝利コールを受けて混乱している。
勝者 チルノ
「……幽香は?」
「チルノ、名誉のために言いますが、幽香さんは体調不良だったんです。
不戦勝ということで納得してください」
「おでこ熱かったからな……でも、流石だった。リグルが最強って言うだけのことはある。
体調不良であの実力……あたいの次ぐらいには強かったぞ?」
「……そうですか」
映姫はチルノの話を聞いていない。実力差……比べるのも馬鹿らしい。
……運も実力の内? 馬鹿な、わざと負けたに決まっている。あれは運ですらない。
映姫は呆れた顔でチルノを見送る。
病室にてメディスンの横に幽香が寝ている。
「毒を……飲んで、負けたの?」
ほとんど全ての毒を幽香に盛った。試合開始前に青い顔していた幽香は、今、もっと蒼白になっている。
戻って来た傍から幽香の体の毒を自分に戻した。それでも真っ青の顔が元に戻らない。
「全く馬鹿よね? 隙を作るためにわざわざ毒を自分で盛って、
挙句に精神攻撃で完膚なきまでに撃沈……あんた、毒で体調不良になってなかったら、
それこそ立ち直れないぐらいの悪評が立ったわよ? 雑魚妖怪ってね?」
「うるさい……」
「精神攻撃?」
「こいつ、チルノをぶん投げた時に憧れとか賛辞とか、格好良いなんて感情をぶつけられたのよ。
それこそとびっきりの笑顔で」
メディスンが納得の表情をする。幽香が思いっきり苦手な感情だ。
本当に懇願するような表情で幽香が泣き言を言っている。
「う、うるさい……静かにして……ほんとうに……頭痛い」
そんな幽香に止めを刺すかのごとく陽気の塊が病室に入ってきた。
「幽香!! 大丈夫か!!?」
「あ、あ゛、やめて……だまっててよ」
「あ~本当に、ダメそうだな!! 待ってろよ今、冷やしてやるからな!!」
幼い手で、善意を好意を、額に伝えてくる。
生殺しだ。実に切なそうな目で永琳に訴えている。
「あら、うらやましい、天然の熱さましね?
チルノちゃん、いい機会だから、準決勝までそうしてなさいな。
試合になったら呼ぶから」
永琳が死刑宣告にも等しい言葉を口にして、小声で「いつぞやのボディブローのお礼」何て言って、ウインクして病室を出て行く。
メディスンは雰囲気を先読みしてさっさと出て行った。
情け無い声が病室から聞こえているが、地雷を踏みにいくような馬鹿はどこにもいなかった。
Cブロック決勝 準々決勝 第三試合 サニーミルク VS 博麗 霊夢
霊夢の腹が決まった。
「よっ、どうするんだ?」
「……ここで敗退する」
「いいのか? チルノがまたもや奇跡の大逆転。
もう雑魚しか残って無いぜ?」
「巫女の直感……針妙丸にチルノ、ここで私が勝って、ルーミアが残ってみなさいよ。
優勝しなきゃおかしいし。子供相手に勝ったって名誉もくそも無いでしょう?」
トーナメントを見ている魔理沙が納得の表情だ。
確かに子供だけ残っている。
しかし、もったいない気もする。
だって、神奈子も、諏訪子も、幽香も、白蓮も、鬼も、吸血鬼も出たのだ。
優勝した名誉は計り知れない……
そのことを口にすると、友人は「博麗の巫女は目先の名誉に拘らないのよ」なんて答えた。
こんな名誉を簡単に捨てるなんて、呆れてしまう。到底真似できない。
土俵上でサニーミルクが自信たっぷりに霊夢を迎える。
「あははははは、必ず勝ってやるわ!!!」
「ふ、巫女を舐めないことね。あんたには夢想天生すら必要ないわ」
二人してにらみ合う。そして決戦はすぐに始まった。
サニーミルクが試合開始直後に光学分身している。
「あは、あははははは!!! これなら、あなたには本体がどれか分からないでしょ!!?」
「ふん、巫女の直感だけで十分だわ」
直感は真正面のサニーミルクが本体であることを訴えている。
だから、霊夢は左の分身体に思いっきり突進を繰り出した。
そして、土俵に足を掛けて転倒する。
計画通り……そういえば、一回戦、文がこんな顔をしていた気がする。
この表情だとまずいか……茶番がばれるかもしれない。
顔を上げる前に慌てて表情を取り繕う「な、何?」と……。
恥ずかしそうにサニーミルクの表情すら確認せずに顔を隠したまま神社の屋内に逃げていった。
霊夢の正面にいたサニーミルクが勝利コールと同時に拳を突き上げる。
勝者 サニーミルク
「な、なんで、霊夢が負けるの? 優勝のはず……け、計画が狂った?」
紫には霊夢の行動が分からなかった。
正面が本物……そんなこと、直感で分かるはずなのに……
トーナメントは紫の予想以上……弱者しか残っていない。
影狼も、幽香も残れなかった。それに二回戦まででほぼ全ての実力者を排除した。
自分も含めてである。守矢の神に博麗の巫女の力を見せ付ける予定だった。
自分が負けたのも、勇儀に喧嘩を売ってまで工作を施したのも、全ては博麗のため……しかし、ここで頓挫した。
優勝するべき人物が、負けるはずの無い戦いで、まさかのリタイア……想定外だ。
このままでは、鈴仙が優勝してしまう。
なんとか、何とかしなければ……。
Dブロック決勝 鈴仙・優曇華院・イナバ VS ルーミア
一同がルーミアを激励している。「必ず勝って」なんてみんなが言う。
「うん、がんばるよ~」
「ルーミア、頑張るんじゃなくて、勝つの!! 分かった?」
「うん、頑張る」
「だ・か・ら!! 勝つの!!」
「もういくね?」
すさまじいマイペース、橙やリグルの熱気は伝わらない。
このトーナメントで幻想郷における史上最強の横綱が決まる。
そんな中、ベストフォーにサニーミルク、チルノが残った。
ルーミアにも残って欲しい。そんな、友達の思いを受け取ったのかすら分からず闇が土俵に登場する。
「ししょ~、見ててください。今度も自分の力で勝ってきますよ」
子供相手に勝つ意思を見せている鈴仙に永琳が目を覆っている。
……完璧な作戦ミス、霊夢が残らなかった。ベストフォーは針妙丸、チルノ、サニーミルク……鈴仙でも3対1で圧勝できる。
霊夢が残っていれば、勝ってもなんでもない。しかし、いないのだ。子供の輪の中で一人、鈴仙が残っている異常さはもはや恐怖である。
永琳がここで敗退するという決断をした時には、鈴仙が土俵に上がっていた。
「あ、あの馬鹿……みっともないとか理解できないの!!?」
土俵上の鈴仙はやる気十分……ルーミアは足しか見えない。
どうにかして鈴仙が負けるように仕向けないといけない。
ルーミアが勝つパターンを高速で思考する。……? あれ? そういえば幻視が効かない?
単純な腕力は……鈴仙は非力だし……ルーミアってまさか、腕力上かしら?
土俵上では自分の馬鹿弟子が暗闇に飲まれている。
足元では鈴仙が突撃しているのが分かる。
積極的にぶつかってルーミアが押されている。
永琳が手に汗握っている。……やった!! ルーミアがぶちかましを止めた!!
止めた距離と、鈴仙の実力を勘案してルーミアの腕力を推定する。
……計算不要か……
計算が終わる前に鈴仙が押し返されている。
なさけない悲鳴をあげて土俵際で最後の抵抗を試みている。
「そんな!! 嘘でしょ!? こんなに強いなんて聞いてない!!」
「鈴仙って、あったかくて、やわらかい……それにいいにおいがする。おいしそう……
今度こそ!
いっただきま~す!!!」
信じられない腕力で鈴仙に襲い掛かる。
恐怖のあまり鈴仙が尻餅をつく。
そしてその上に覆いかぶさるルーミア、永琳が笑って鈴仙を闇から引きずり出した。
勝者 ルーミア
闇から顔をのぞかせているルーミアが恨めしそうにこちらを見ている。
「なんで、ご飯の邪魔するの?」
「ルーミアちゃん、ちょっと待ってね?
鈴仙、丁度いいじゃない。ダイエットしてみたら? 物理的に。
お尻とか太ももとか、ウエストも気にしてたでしょ?」
「し、師匠、すみません。ごめんなさい。や、やめてください。
負けたのは、本当に申し訳ありませんでした」
「あら、そう?
ごめんなさいね、ルーミアちゃん。
食べていい所無いって」
「おなか減った~
もういいもん。食べちゃうんだから!」
なりふり構わず口を大きく広げたルーミアに、永琳が月見の会の招待状を渡す。
招待状と鈴仙を見比べて、思いっきり迷うルーミア……。
すかさず、永琳が耳打ちで色々と特典をつけている。
しぶしぶ引き下がっていった。
「し、師匠。ありがとうございます」
「別にいいわ。それより、今度の月見の会……準備は全部一人でやってね?」
「ぐっ、わ、分かりました」
永琳はなぜか笑いながら引き上げていく。
勝てなかった。ルーミア相手に惨敗……化け比べの時のように、お仕置きされてもおかしくなかった。
”どうしてだろう?”何て悩む弟子の姿を見て、少しため息が出る。
しかし、物事は勝つよりも良い方向に進んだ。
ベストエイト進出……戦果として十分だろう。もう勝つ必要は無い。
……この敗北も、私のこの判断も英雄の才能か?
いや、多分違うな……ようやく読めた。英雄の才能はフェイクだ。これはきっと、全てを丸く治めようとする幻想郷そのものの意思だろう。
ミスリードさせられたな。全ての企みがベストフォーによって完全粉砕されたはずだ。
紫も、神奈子も、さとりも、そして私も……頂点なんて決めちゃいけなかったのか。
現在残っている勝者の中に固有の所属を持つものはいない。
強いて言うなら針妙丸、草の根ネットワークの所属だが……あれにはトップが存在しない。
影狼は寄り合いのまとめ役程度である。情報の共有はできても各人への命令は出来ない。
今回、所属なしの連中だけが残ったのは、そういう意思が働いたのだろう。
トーナメントは少しの休み時間の後に準決勝が行われる。
「……鈴仙は負けたか。やる気満々で上がるから焦ったわ」
「ふん……まあ、ルーミアの腕力なら当然だね。多分子供の内なら単純腕力で一番だろうさ」
紫の手には式神が握られているが、その手を勇儀に掴まれている。
式神があればルーミアの勝利は確実、紫はその確実さが欲しかったが……勝ってくれれば何の文句も無い。
「紫、お前はまだ介入する気か?」
「いえ……、もう不要ですわ、ベストフォーが針妙丸、チルノ、サニーミルク、ルーミア。
霊夢が勝つのがベストだったけど……これはこれで、ベターな結果……
もう介入しません」
「そうか」
あっさり勇儀が手を放す。紫の腕には青あざが残った。
「ふ、ふふふふ、介入の代償が痣一個なら安い」
「……勘違いするなよ? 私の試合介入の分はまた別だ」
驚いて振り返った紫の視線を無視して勇儀が引き上げていった。
準決勝 第一試合 少名 針妙丸 VS チルノ
「幽香、もう大丈夫か?」
「……もう……むり……だ、だれか…た、すけて」
驚異的な陽気で善意を押し付けられた幽香は衰弱し切っている。
か細い声で、助けを求めているが誰も来ない。この氷の妖精は自分の弱点を無意識に把握して最も効果的にぶつけてきた。
止めを刺す感覚と言うものを本質的に理解して実行する。少なく見積もって白蓮以上の大物になる。
「あっ、チルノちゃん。お待たせ、試合が始まるわ。後は任せてもらえるかな?」
「えっ? そうか……幽香、ダメならもう少し居ようか?
針妙丸とはまた後でやればいいからさ」
幽香がカエルがつぶれた時のような悲鳴を上げた
チルノが準決勝放棄を、そこまでして優しさをぶつけようとしてくる。
永琳がこれ以上は致命傷になると判断した。
「チルノちゃん、この私に任せなさい。決勝までには幽香は元通りよ」
「……わかった。任せる。永琳、きっちり直すんだぞ?」
「ええ、まっかせなさい」
永琳が胸を叩いて応じている。
チルノが土俵に向かっていく。
「永琳……あとで、殺してやる」
「ふ~ん、あなた、そこまでして恐怖が欲しいの? ぬえでもつれてこようか?
まあ、あなたを元気にする方法は簡単ね。
鈴仙~!! ちょっとこっち来て」
永琳は鈴仙が来る前に、幽香にそっと布団をかける。しっかり隠れるようにだ。
そして、やってきた鈴仙に耳打ちをする。そこの布団を思いっきり叩くようにと……
笑って永琳が医務室から出て行く。しれっと結界を施して。
天才が作った完璧な密室の中で、臆病な鈴仙が発揮した恐怖はわずか1分で幽香を立ち直らせた。
土俵の上のチルノは珍しく使命感で燃えている。
すぐに戻って幽香の様子を見ないといけない。そんな感情だ。
対戦相手の針妙丸は小槌の力でもう一度人並みの姿になっている。
「針妙丸!!! 悪いがすぐに決着させてもらうぞ!!
相手にしている暇が無いからな!!!」
「言ってくれる!!! 今度こそ、押して勝つ!!!」
二人の視線は十分に燃え、仕切りの構え……「発気用意!!!」審判の合図で激突する。
力は互角!! ベストフォーにて針妙丸は力が釣り合う相手と初めて出会った。
但し、相手の体は冷たい。2分間、組んでいたら確実に負ける。
変化をつけなければ勝てない。思いっきり右に、左に振る。
しかし、チルノだって簡単に転倒などしない。
揺さぶりにだって対応する。一歩一歩着実に前進してくる。
力が拮抗する相手に夢中になっていた時間はどのくらいだったのだろうか、
燃える心に冷えた体が付いて来ない。
気付けば土俵際……影狼の時のように全身突っ張って耐えることが出来ない。
「くそっ!! 強い!!!」
「当たり前だろ!?」
震える体で尻餅をつく、チルノに押し出されて勝負は決着した。
勝者 チルノ
「悪いな今日は幽香の面倒を見なきゃいけないんだ。
後で弾幕ごっこしてやるから、また今度な」
後姿からは「ちょっと手こずった」なんて聞こえてくる。
体は冷えた。手がかじかんでいる……それでも自分の力が通用した興奮が抑えられない。
あと少し、体をもう少し鍛えれば手が届く。
「大丈夫?」
「あっ、わかさぎ姫……大丈夫だ。ちょっと冷えすぎたけど。
そんなことより、見ていてくれたか?
あと少し、力が強ければ……私にも勝ち目がある。
こんな気持ちは初めてだ。競える奴が居るってことが、すっごい楽しい」
「そう? 私には分からないな。その感覚」
わかさぎ姫に抱えられながら、針妙丸が試合について語っている。
熱っぽく、興奮が抑えられない、まるで男の子みたいだ。
競うってそんなにいいことなのかな? そんな疑問を浮かべながら観客席に戻る。
影狼は紫のところに行って、正邪とサリエルの居場所を聞いている。
トーナメントが終わったら、みんなでパーティにしよう。
……
「えっと、正邪さんですか?」
「あ、そ、そうです。旧都のどこに居るかな~、なんて、思ったり、思わなかったり」
「……あ~確かに、私に頼むのが一番速いわね?」
「い、いや、お手数だったら、居場所……飲んでた店の名前だけでも……」
紫は影狼の顔を見る。友達のために勇気を振り絞ったか……大妖怪たる私に頼みごとするために。
ちょっと考えてみる。
店の名前……もう一度スキマを開くぐらいなら、教えるより、直接転送したほうが二人の手間が少ない。
指先でスキマを開く、同時に泥酔状態の正邪が吐き出された。
「これでよろしいかしら?」
「え? あ、ありがとうございます!
……おい、正邪、起きろ。起きろ」
「無理じゃないですか? 永琳さんに頼むといいですよ?」
「えっ? ああ、そうですね。そうします。
……あの、もう一つお願いが……」
紫があきれた顔になる。しかし、申し訳なさそうな影狼の「サリエル」の一言で強張った。
「なぜ? それを聞くのですか?」
「えっ? あ、あの、えっ~と、だって、監視対象」
「それはこんがらさんです。
サリエルさんは弱体化しているので監視対象以前ですわ」
「それじゃ、居場所は?」
「知りませんわ」
紫の酷薄な瞳を見る。引きつって「匂いで追跡するしかないな~」なんて背を向けて去っていった。
正邪を永琳に預けた後、影狼が苦い顔だ。
「サリエル……なんで紫さんに逆らったんだ」
紫の袖から匂いがしたなんて言ったら、紫が犯人っぽいことを口にしただけで、スキマ送りされただろう。
どうしたらいいかわからず、神社裏で頭を抱える。
紫には逆らえない。どれほど過小評価しても勇儀以下と言うことは無い。
手下の九尾の存在だけでも驚異だ。
「なんで、バレたのかしら? ねぇ? 影狼さん」
いきなり真横に紫が現れる。
「げっ!? あ、いやなんで」
「私だって表情読めますよ。あなたぐらい顔に出てればね?
う~ん、見た目より口が堅そうね? 命令するわ……話せ」
紫の目の色が変わる。これ以上の口ごたえは死に直結する。
「あ、あの、ゆ、紫さん…」
「遅い、式神を使うか」
式神を即座に背中に貼り付ける。
影狼の意思を無視して、勝手に口が動き出す。
「ああ、なるほどなるほど、鼻がいいってのはどうしようもないですね。
これ以上、かぎまわる気?」
式神の張り付いた影狼が「紫さんの怒らない範囲で」と答える。
「従順なんだか、よく分からないわ。
まあ、いいか……あなたが反抗しても問題外ですからね」
式神をはずして、紫が立ち去る。後は泣いている影狼だけが残った。
準決勝 第二試合 サニーミルク VS ルーミア
「負けないからね!!!」
「頑張るよ~」
サニーミルクは燃えて、ルーミアはマイペース、なんだかいつもの弾幕ごっこみたいだ。
土俵に上がった後もいつも通り……しかし、決戦は始まった直後からルーミア有利に進んだ。
真っ暗闇の中、サニーミルクは光が集められない。
「ルーミア!! 闇をのけてよ!! 光が集められない!!」
「いまさら、そんなことを言うの?」
声を頼りにルーミアが組み付く、サニーミルクの力は……言っては悪いが大会最下位の腕力である。
一回戦、アリスがゴリアテ人形で自爆
二回戦、フランドールが日光で撃沈
ブロック決勝、霊夢が分身に突っ込んでオーバーラン
誰も腕力で戦ってこなかった。
対して、ルーミアは早苗を、鈴仙を腕力のみで撃破している。
力の差は圧倒的だった。
サニーミルクは準決勝で初めての取っ組み合いである。あっという間に押し出された。
勝者 ルーミア
「くそ、何でよ!! 何で勝てないのよ!! 弾幕ごっこなら何回も勝ったことあるのに!!」
「サニーは妖精だから仕方ないよ。わたしは妖怪だし」
ルーミアがサニーミルクを抱きしめる。軽い、華奢だ。こんなのでよく準決勝まで残った。
「ね~、サニーがもっともっと大きくなったらまたやろうよ」
「う……い、いや、明日、やる。今度は弾幕ごっこで。
私の方が強いってみんなに証明する!!!」
「そーなのかー、じゃあ明日ね?」
ルーミアが今までの相手と態度を変えたのは種族的な違いが大きい。
ルーミアは基本的に食べ物と認識したものにしか襲い掛からない。
人間は食べ物、鈴仙も食べ物に入った。でも、サニーミルクは入っていないそれだけだ。
さて、決勝の相手はチルノであるが……当然のように友達だ。
純粋に戦うことが出来る。
……
ようやくベッドで起き上がって幽香が頭をかいている。
鈴仙の恐怖のおかげで、精神的には安定した。式神のダメージは永琳の栄養ドリンクで直した。
お経の耳鳴りは何とか我慢できる。後で、ミスティアあたりに耳元で歌ってもらって上書きすれば問題ない。
思いっきり伸びをしている。
「ふっ、くっ~。
ようやく普段ぐらいに体調が戻って来た」
手がバキボキと鳴っている。それを恐怖の視線で鈴仙が見ている。
きっと、恐らく、決勝で出会っていたなら、幻視以前に逃げ出しただろう。
「鈴仙、あなた、いい恐怖してるわね。助かったわ~
後は、ぬえでも狩れば、十分ね?」
「……すみません、もうしわけないです。ごめんなさい、許してください」
まるで呪文のように口から謝罪の言葉が漏れている。
……ちょっとやりすぎたか? 壊すって言うのはあまりしたくないんだけど?
幽香が優しく鈴仙をベットで横にする。
そうしている間に鈴仙の声が聞こえなくなったので確認しに永琳が戻って来た。
「ん? あ、幽香さん。ようやく立ち直った?
あ~、鈴仙……ちょっとまずい状態ね?」
永琳が鈴仙に心のクスリを飲ませている。夢見心地のような表情になった鈴仙をそっと寝かしつける。
「大丈夫?」
「大丈夫よ、まあ、後で目玉が飛び出るぐらいの請求するけどね?」
「いいわよ? 鈴仙のお小遣いにしなさいよ。
正直、子供に殺されそうになるとか思わなかったから」
「まあ、随分の気前のいいことを」
二人してにらみ合っている中にチルノが飛び込んでくる。
「おお? 流石だな永琳!! 幽香も、もう平気だな!!?」
「そうでしょ?」
「……ちっ、永琳もいいでしょ? 私は帰るわ」
「そんなこと言うなよ。決勝見ていけよ。お前の分もさ勝って来るから」
一瞬だけ幽香の目がゆれたのは善意をぶつけられたからか?
永琳が言葉巧みに追っ払う。
「チルノちゃん、幽香は大丈夫だから、ルーミアちゃんに勝利宣言してきたら?」
「あっ、そうか。私が勝つって言ってくる!!」
大急ぎで医務室から飛び出していく。
「流石に元気っ子ね? 陽気なら幻想郷 No.1ね?
幽香も見ていきなさいよ。大物ならそんな小物みたいなこと言わないでさ」
「くっ、言ってくれる。私に善意なんてものがどれだけの毒か分かるくせに」
「だからよ。残り一試合ルーミアとチルノの頂上決戦のみ……ほら、言うじゃない? 毒を喰らわば皿までってね。
それにこの決勝、はっきり言って、私でも読めなかったわ」
幽香は頭を抑えて「仕方ないか……」なんて口にしている。
……
紫が藍を見つけて硬直している。
勇儀の膝元で寝ている。……正確には酔い潰されて撃沈している。
そして逃げる前に勇儀と目があった。
「よう、紫、これから決勝戦を肴に酒を飲まないか?」
「あ、いえ。私帰ろうと思って藍を探していたのですけど?」
「あと一試合さ、いいじゃないか、子供の決勝だ。すぐ終わるし、事件にはならないさ。
それに、責任とって貰わなくちゃ。藍が試合の介入の件で付き合うって言ったのにさ。
高々準決勝二試合分でつぶれちまった」
どれだけの勢いで飲ませたのか? 紫の手が震えている。
「残念ですけど――」なんて口に出している間に首にまきついてきた奴が居る。
「紫、付き合え。互いに一回戦敗退だし、やけ酒しようぜ?」
萃香に首を押さえられた。逃げられない。
目を見開いて、踊る瞳を隠すことも出来ず、鬼の宴に強制参加させられた。
……
「いい加減、泣き止め」
「うっく、ぐっ、だ、だって、くやしい」
「もう決勝しか残って無いぞ!!?」
「わ、私が勝つ って 決めてたのに~」
「あれはどう見てもチルノの勝ち、反則取られなかっただけで奇跡だ。
みろ、あいつは決勝まで残った。応援して戦神の度量の広さを見せてやれ」
「くやしいよう」
諏訪子がため息をつく。無理矢理手を掴んで歩き出す。
こうしてやっと、自慢の戦神がうつむいたまま、鼻水すすって付いて来た。
……
土俵上ではチルノとルーミアが立っている。
それをうらやましそうに見ているのはぬえだ。
白蓮に膝枕させて甘えている。
「な~白蓮……俺、絶対勝ってたんだぜ? 幽香の奴にさ」
「見てましたよ? 私も手に汗握ってました」
「あいつさ、汚ねぇんだ。やり方がさ」
「ええ、弾幕の反動を使って起き上がるなんて誰も思わなかったですね」
「そうだよ、あれさえなけりゃ、俺が決勝……いいやルーミア相手なら優勝したのにさ」
「そうですね。でも仕方ないです。勝負は時の運……二人を応援しましょう」
ふてくされているぬえは白蓮の太ももに顔をうずめている。
ちぇ、なんだあんな奴ら、ベストフォーなんて4人まとめて束にして勝てるレベルなのに、
白蓮だって、寅丸だって、いやいや、下手すれば村紗だって楽勝だ。
にらむ先で子供二人が激突する。
観客の熱気を頼りに最後の戦いが行われるのだ。
決勝 チルノ VS ルーミア
「我こそ頂点! 我こそ最強!! 史上最高最強の横綱はあたいだ!!!」
「がんばるよ~」
チルノの熱気すら伝わらないルーミアは声だけではない。顔が見える。
トーナメントは予定では昼食も含めてでも14:00には終わる予定だった。
しかし、度重なる土俵の修理、映姫の説教、審判が気絶……時間が夕暮れ時まで差し掛かった。
傾いた日はサニーミルクが屈折させて地面に落とした。
最後ぐらい顔を出せと言う。友達の配慮だ。
黄昏時の博麗神社を夜空が包む。
「ルーミア!!! 全力で来い!!」
「わかった~」
映姫が笑いながら声をかける「両者! 見合って~!! 発気用意!!!」と、
二人とも同時に加速して突進を仕掛ける。
吹き飛んでいったのはチルノ、妖怪の力を持つルーミアに完全な力負けだ。
しかし、土俵際で踏みとどまる。神奈子戦で見せた氷結固着だ。
こうなるとルーミアの腕力だけでは厳しい。組み付いて必死に押し切ろうとするのだが、関節まで氷で固めてくる。
「チルノちょっとずるい」
「ま、負けたくない!!」
関節を固めて氷の成長で押す。ルーミアはこのままでは不利と悟ると。あっという間に下がった。
対角線で思いっきり距離をとる。
土俵は神奈子戦のように全部凍っているわけではない。
土俵を冷やしてこなかったのだから全面完全凍結しているわけではない。
但し、放っておけば氷結面積が増加して手の打ちようが無くなる。
全身丸めて全力体当たり戦法に出た。
加速距離は土俵の端から端まで、全妖力をこめて頭から突進する。
氷の破片が飛び散る。チルノも目を白黒させている。足元の氷塊も大きくひびが入った。
後一撃、再度ヒビを修復される前に同じ一撃を入れれば勝てる!!!
衝撃でふらふらとしながら再度距離をとる。
ルーミアの表情がおかしい。視点が定まっていない。
頭から突っ込んだので意識が途切れかけているようだ。
チルノはこのままではまずいと判断、割れかけた氷壁を破り前に出てくる。
一挙に氷の鎧をまとう。関節を固定し、さらに自身の重量を増す。
ルーミア相手に自身の全力で挑んでいる。
ようやく意識を戻したルーミアと再び全力を持って激突する。
今度はチルノの装甲もあり互いの力が拮抗した。
「ほほう、流石決勝、見ごたえあるじゃないか」
「レベル低すぎですわ」
「馬鹿言うんじゃねぇ、互いが全力尽くした熱戦じゃねぇか」
「萃香、賭けをしようじゃないか? どっちが勝つと思う?」
「チルノの一択」
「そうか、なら私はルーミア押しだな」
「どっちもどっちでどっちが勝つかなんて分からないですわ」
「だからこそ賭けが成り立つ」
「そうとも、勝負の面白さが分からない奴だな」
3人、倒れている藍を含めて4人の周りには、相当数の酒ビンが転がっている。
「紫、もしこの勝者が当てられたら、介入の件見逃してやるよ」
「ああ、そうだな。私もこの件は水に流す」
「……なら、ルーミアで、単純計算でチルノの腕力を軽く3倍上回ってますわ。
冷え切る前に押し切るはず」
「はっはっはっは、紫、介入するなよ」
「そして覚悟をしろ、賭けに負けたらどうなるか身をもって教えてやる」
紫は自分自身で初だろう、祈るような手つきで、食い入るように試合を見つめている。
「チルノは頑張ってくれてるじゃないか、流石、我らがブロック代表」
「くそ、悔しいほど、すがすがしい感情が流れてくる。
勝利を願う純粋な感情だ」
「そりゃ、相撲は神事だから当然さ。勝利の神様に勝利を願うものさ」
「これで、応援しなけりゃ嘘だ。
……私じゃここまでいかなかった」
「当たり前さ、神奈子が勝利を信じるのは馬鹿げているさ。勝って当然だろ?」
「私に勝ったチルノに神風を――」
「馬鹿、やめておけ。純粋な自分の力で勝ってこその栄光さ。後押し不要」
二人して、勝負の行方を手に汗握ってみている。もうじき決着する。
「くっそ、やっぱり強いな!!! ルーミア!!」
「チルノもね!?」
二人して力比べを続ける。力はルーミアの方が強いのに押され始めた。
成長する氷塊が大きくなりすぎている。もはやルーミアの力では押し切れない。
「はっはっはっは!! 惜しかったな!!?」
「まだ、奥の手があるもん!」
ルーミアが氷の鎧に思いっきりかみ付く。
自身の最も強力な技だ。氷にヒビが入る。
そしてそれをかめる範囲で繰り替えす。
チルノを中心としてひびが入ったのを見届けるのと同時に張り手を見舞う。
もろくも瓦礫の山と化す氷の鎧……。
チルノを服ごと捕まえて、瓦礫の山へと投げつける。
しかし、チルノが腕から離れない。今度はルーミアに直接氷結した。
「しぶといね!! 流石にチルノだ!!」
「ここまで来て負けられるか!!!」
紫の「卑怯ですわ!!」と言う絶叫も、
「流石! 我らブロック代表!!!」と言う声援も
「ルーミア後、一押し!!!」も、「チルノ、とことん勝て!!!」と言う応援も束にして決着する。
敗因はルーミアがまだ体が小さく体温を保てなかったこと。
チルノの驚異の粘りで試合時間が長くなりすぎたこと。
ルーミアが砕いた氷により土俵の温度が一気に下がったこと。
一気に動きが鈍くなったルーミアは元気一杯のチルノの体当たりを食らって尻餅をついた。
決着 幻想郷大相撲トーナメント 優勝 チルノ
「はっ、はははは、流石ルーミア、最強の相手だったな」
「う~、全く……チルノは仕方ないよね」
チルノが手を貸してルーミアを立ち上がらせる。
そして、天を指差して、最強宣言が行われる。
「あたい、最強! あたい、無敵!! 究極、至高、ナンバーーーワーーーン!!!」
相変わらずのチルノに観客がドッと笑った。
チルノが相手なら、誰でも勝つチャンスがある。
幻想郷、最強とはいかないが、最高の横綱ならこの程度で十分だろう。
この後はパーティだ。幻想郷各地の猛者が集まっている。大宴会になった。
……
チルノを囲んで実力者が集結している。
「良くぞ勝ってくれた。試合前は油断していたよ」
「い~や、神奈子のは油断じゃないよ、いわゆる一つの平和ボケさ」
守矢の神も決勝の雰囲気にあてられて上機嫌だ。
さとりは今回の勝者に興味を持って近づいたが、中身のあまりの単純さに呆れている。
加えて利用価値は無い。チルノになら直接対決で勝てる。取り入る必要性も価値も無い。
フランドールと白蓮は純粋な賛辞を送っている。
レミリアだけは一瞥しただけで咲夜の元に戻ってしまった。
「何だ? レミリアの奴?」
「ごめんね。姉さまプライドすっごく高いから、負けたのが認められないのよ」
「ふ~ん、仕方ないか、そういや、フランは? 悔しくないのか?」
「私は、ちょっとだけ悔しい。でも、チルノちゃんが優勝してくれたことの方が嬉しいよ」
「そうか!!」なんて言って二人で笑っている。
そして、二人して手をつないで、勝利の凱旋を始めた。
チルノが向かった先はルーミアがいる。サニーがいる、橙もリグルも……心地よい歓声が上がった。
永琳と幽香がそれを見ている。
「く、くくく、あの二人の実力差、どのくらいよ?」
「正確に計算するのが馬鹿らしいぐらいの差よ」
「それでいて強い方が二回戦敗退で、弱いほうが優勝? 信じられない」
「それは私も同じよ。私の頭じゃベストフォーですら読めなかったわ」
「あんなの、誰が読めるってのよ? 紫がチョコチョコ手出していたし」
「あら、初耳ね?」
幽香が実にわざとらしく”口を滑らせてびっくり”なんて表情を作る。肩をすくめると今日は帰るようだ
視線の先でぬえを探している。
そして、白蓮の目の前で酒を飲んでいるぬえが酔った勢いで失言しているのが目に入った。
「けっけっけっけ、今日一日は横綱でいさせてやるよ。
明日になったら、その称号、貰いにいくからな?」
「ダメですよ? ぬえ? こういうものはそっと触れずにいるものです」
「な~、白蓮、俺が優勝だったんだよ。幽香があんなことしなけりゃ」
「私に何か用?」
幽香がぬえを目当てで近づいてきた。
「ゲェッ!?」とぬえの口から漏れているが、首を掴んで摘み上げられた。
ぬえが悲鳴をあげる前に幽香の手が絡みつく。
こうなってしまうと全く抵抗できない。そのまま、夜の太陽の畑に連れて行かれる。
ぬえの必死そうな顔見て、ため息混じりに白蓮がやめるように言う。
「馬鹿言ってんじゃないわよ?」
「……では、喧嘩両成敗でよろしいですね?」
「はあ? どういう……!!!」
目の前で経典が開かれる。今度は、耳元でささやく程度ではない。
白蓮が息を吸い込んだところで、幽香が手を放した。
「今日は無礼講、荒事は無しでお願いします」
幽香が引きつった笑顔を送る。
ぬえはすかさず白蓮の陰に隠れている。
しばらく三人でにらみ合っていたが、幽香は舌打ちして引き上げていった。
残された二人も命蓮寺に引き上げていく。
……
「紫の罰ゲームはどうしようか?」
「紫が精神的に一番ダメージを受けるのがいいんじゃないか?」
「そうすると……掃除、洗濯、料理……」
「ちょ、ちょっと待ってください。そんな雑用を?」
「ああ、こりゃ決まりだ。さて内容はこれで決まったが……
規模と期間はどうする?」
「ゆっくり決めりゃいいさ。まだ今日は数時間ある。
逃げんなよ? 紫? 逃げたら量を10倍にする」
赤ら顔の紫が悔しそうにしている。酒を大量に呑まされた。
スキマをコントロールするのも難しい。走ってなんかは逃げられない。
どうしようもなかった。鬼はそんなことお構い無しに罰ゲームの内容を検討している。
「紫って料理得意なのか?」
「食ったことねぇな? 作らせた挙句に肴にさえならんかったら目もあてらんぞ」
「掃除もな、家を更地にされてきれいにしましたなんてしゃれにならん」
二人して知恵を絞っている。
……
わかさぎ姫が影狼よりも先に歓声が近づいてくるのに気がついた。
影狼は気が滅入っているのか、暗い表情のまま気がつかない。
「おい、影狼!! 横綱様のお通りだぞ!?」
「あ、ごめん、気がつかなかった。おめでとうチルノちゃん……」
「おい、どうした? 随分暗いな?」
「今、サリエルちゃんが見つからないの、何か知ってる?」
「ふ~ん、家出したのか? まあ、いいか。紫に聞いてやるよ。あいつ探し物うまいし」
”紫に聞く”という単語を聞きつけて凍りついた。慌ててチルノを見る。
チルノは既に後姿、その向かう先には信じられないことに鬼が二人と紫がいる。
「お~い、紫、サリエル知らないか?」
紫が酔ったままだと言うのに信じられない速度で振り向く。
赤ら顔にもかかわらず赤黒い瞳をしている。視線の先にはチルノ、そして視点を移して影狼を見た。
「知りませんわ」冷たい一言を言い放つ。
「じゃあ探して」躊躇なく直球を打ち返してくる。
紫の手が鳴る。鬼の目の前で、チルノに頭から命令されて感情が沸騰している。
酒のせいで理性が利かない。
しかし、それを見ていた鬼達は楽しそうだ。
紫への嫌がらせ罰ゲームが決定した。子供の命令を聞くなんていうのは紫にとって罰だろう。
チルノに向かって伸びた手が萃香によって止められる。
「紫~いいじゃないか。それに罰ゲームが決まった」
「ああ、お前への罰ゲームはチルノの命令で”サリエルを探してつれて来い”って事さ」
「いや――」紫の口を勇儀がふさぐ。
そのまま、力ずくで首を縦に振らされる。
紫は最後の反攻に出た。
「いや、ちょっと待ってください。
居場所も分からない奴を探すのって、見た目よりも大変なんですよ?」
鬼はニヤリと笑って、「それが罰ゲームって物さ」、「紫が本気出せば……どんなにかかっても2日じゃないか?」などと言う。
「げ、幻想郷の中ならです!! 旧都や冥界、魔界まで入れたら終わりません!!!」
「やりたくないからって、そんな事、言うなよ」
「幻想郷の中に決まってるだろ? いいさ、探すのは幻想郷だけで」
「では、幻想郷だけを探します。文句ありませんわね?」
最後の最後までしたたか、ちょっとやそっとでは口を割らない。
勢いで、自分自身の酔いをそのまま利用した巧みなミスリード……サリエルは二度と戻ってこれない。
鬼達の言質をとった紫が馬鹿みたいな大声で高笑いする。
「私は、サリエルさんを探しますよ幻想郷の中でね。全力で2日……よろしいですね?」
「いいだろう」と萃香が頷く。
影狼からすれば最後のチャンス……この話が終わってしまう前に、みんながいる前で紫が主犯だと言わなければ――。
それら全ての先手を取って紫が影狼を見ている。式神をちらつかせている。
恐怖で急速にのどが枯れる。一言も出てこない。たった一言なのに絶望的に舌が重い。
紫とのラストバトルなんて試合場にも上がれなかった。
影狼の顔に疲労がたまる。悔し涙がたまる。拳に情けなさがたまる。
紫は強敵だ。
「そうだ!! 影狼さんや針妙丸さん、赤蛮奇さんにも手伝ってもらいましょう」
その言葉を影狼にだけ向けていっている。要約は”巻き添えが出ますよ? よいのですか?”と言ったところか。
悔しさを顔に出すことも出来ずに完全にうつむかされた。
その異常事態に気付いたのは二人、わかさぎ姫とさとりだ。
わかさぎ姫には何が悔しいのか分からない。紫が協力してくれれば絶対に見つかるはず。むしろ喜ぶはずだと思っている。
さとりは全て分かった上で、この件を利用する。紫に協力して取り入る気である。影狼に味方する気は無い。
もう一人、永琳が紫の態度、幽香の言動、影狼の挙動から大体の状況を読み取る。
しかし、当人が踏み込む勇気すらないものを後押しする気にならない。
きっかけすら作れないなら、それはそのまま、運が無かっただけのことだ。
事態は紫有利のままに決着しようとしている。
その流れを止めて、押し返したのはチルノだった。
「紫、それなら、あたいも手伝っていい?」
チルノが紫に切り込んでいく。紫はたいしたことを考えずにそれを了承する。
しかし、チルノが加わったことで、話が劇的に変わった。
捜索の協力者が急増したのである。ルーミア、橙、リグルはともかく、フランドールが手助けすると言い出した。
その上、姉を連れてくる気満々である。姉が一緒ならおまけもついてくる。咲夜だ。
紫が止める前に頭を掻いて出てきたレミリアが傍若無人にわがままを飛ばす。
曰く「10分内に見つけろ」と。
命令に従い咲夜が時間を止めて、影狼に近づく。
凍った時間の中、話し声は誰にも聞こえない。
「さあ、影狼さん 行きましょうか?」
「なぜ……私を?」
「ん~、それを聞きますか? だってあなた狼でしょう?
鼻が利くじゃありませんか? 大丈夫、幻想郷中をかぎまわっても1秒かかりませんわ」
「……そう」
「暗いですわね? どうしました?」
「いや、言えない……」
「大丈夫ですよ。ここで聞いているのは私だけ、時間を動かさなければ、他の誰にも分かりません」
「あんたが言わないって言う保障は?」
「内容次第ですかね? そうですわ、こうしましょう」
このままでは話が進まない。強制的に話を進めるためにはレミリアを呼んだ方が早い。
そんな判断とともに指を鳴らす。
凍った時間の中でレミリアだけが動き出す。
「……勝手に時間を止めるな」
「仕方ありませんわ。10分で見つけるつもりですから」
そういえば自分の命令だったと頭を掻いている。そして冷たい視線を影狼を見る。
「手短に用件を話せ、先に言っておくが、私は気が短いぞ」
「用件は簡単ですわ。影狼さんが何か知っているようなので、お嬢様に直接聞いて貰うだけですわ」
「げっ!!? ちょっと、やり方が汚い」
「話せ。二度は言わないぞ?」
「影狼さん、大丈夫ですわ。お嬢様の口なら固いし保障しますから」
口でもごもごしている。レミリアは面倒と言わんばかりに腕を掴む。
軽々と持ち上げるとわざわざ草むらに移動する。
叩きつける場所の予告だ。
そして、レミリアの魔力が増大する。一般妖怪なんて吹けば飛ぶほどの超魔力だ。
この魔力で、この場所に”今から叩きつけるぞ”そんな予告をされている。
恐怖で口が緩む、しゃべりそうになる。しかし、目を瞑って、歯を食いしばって耐えた。
「ほう、脅しには屈しないか。なら、一時的に使い魔にして口を割らせてやろう」
「!!! やり方が滅茶苦茶――」
「黙っていろ」
手早い、痛みを感じる前に術式が完了する。影狼の意識とは異なる所で口が勝手に動いている。
「ッカッカカカカカ、犯人は紫か。人質とられちゃ雑魚じゃ逆らえんな」
「どうなされますか?」
「どうもこうも無いな。幻想郷にいないんじゃ10分じゃ探せん」
「時間を止めたまま、私が外に――」
「それは許さん。紫に直接やらせるさ」
影狼が「……どういうこと?」と無理矢理会話に割り込む。
「今のことを直接紫に言うってことさ」
「……それじゃ私達は?」
「ん? ”知るか!!”って言うのが答えだ」
レミリアが咲夜に合図を送る。珍しく咲夜が渋った。
それを、手振りで「悪いようにはしない」と示す。影狼には分からなかったが咲夜には十分伝わる。
レミリアの再度の合図で咲夜が時間を流す。
動き出した時間の中、単刀直入に紫に対して物言いをする。
紫の態度ががらりと変わって殺意が沸いている。
「一応、口は堅かったぞ。だから、私が無理矢理しゃべらせた。埒が明かないんでな」
「――ッ!! れ、レミリア、たかが吸血鬼の分際で!」
「こちらに言わせれば、一週間前、たかが紫の分際で、たしか”サリエルに手を出すな”って言っていたよな?
私は心広くもお願いを聞いてやったというのに……お前が手を出してちゃ話にならん」
紫が感情に任せて構えるが、そのとき対応して動いた奴らの数が半端ではない。
鬼に、吸血鬼、神に幽々子まで、永琳が呆れ顔で紫に指摘している。
「突発的で対応し切れなかったのね?
影狼さんに袖の匂いを突き止められたのは致命傷だったわね?
どうしたのよ、サリエルは驚異ではないはずなのにね?」
「ぐっ、お、お前らだって、プライバシーの一つバレたりして見なさいよ」
「そりゃ、あんたみたいにやらないわよ。ケツを出させて百叩き、二回目やったら真昼間に人里でやる。
あんたの罰が重過ぎるだけじゃないの? たった一回のミスで何もたたき出すこと無いじゃない」
紫の手は震えているが……なけなしの理性で押さえ込む。
ここに集まった連中全員を相手に、酔っ払いに近い状態で勝てるわけが無い。
天を仰ぐとそのまま指先を走らせる。スキマからサリエルがぼろぼろの状態で吐き出された。
一人絶海の孤島で風雨にさらされ、一度海を渡ろうとして失敗した。
怯えた表情で紫を見上げる。怖くて歯が震える。紫の酷薄な瞳に睨まれて怯えない奴がいるだろうか?
視線をさえぎるようにして影狼が抱きかかえてくれた。紫の視線を背中でさえぎるだけでも相当の勇気が必要だ。
しかし、影狼よりももっと凄い奴が居る。
チルノがブチギレて紫の真正面に立っている。視線を正面から受けて止めて気後れなし。
皆が気がついたときには顔に手を出していた。
紫は意にも介さず、チルノの罵詈雑言も聞き流して、鬼に話しかけている。
「萃香さん、勇儀さん、もう罰ゲームはよろしいですね?」
「ああ、これでお前が帰れば何もいわないぞ」
「恨みっこなし、今日のこの件はさらっと水に流す。私もお前も、そして他の奴もだ」
紫が口の端で笑うと、片手で軽々とチルノを払い退けて、スキマに消える。同時に藍も姿が消えた。
しばらく騒然としていた会場だが、主犯の紫が消えたことで少しずつ調子が戻る。
鬼や神が音頭をとって酒を飲ませた。次第ににぎやかさに溶けていく。
影狼達一行は早々に引き上げた。背中のサリエルの震えが止まらないからだ。
たしなめるように無事を確かめるように影狼が語りかける。
「無事でよかったよ。紫さんに捕まってるのが分かった時はどうしようかと思った」
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」
「あ~、謝らなくていいよ。もうやらなければ」
「ご、めんなさ……い」
「謝るよりさ、後で、チルノにお礼を言ってくれないかな?」
「チ、ルノ、に?」
「あそこで捜索を手助けするなんて一言が無かったら、サリエルを助けられなかった。
あと、最後、紫に対して本気で怒ってくれたよ。
罵詈雑言でほとんど聞き取れなかったけど……君の事、友達だってさ。
いい子と知り合ったね」
「……うん」
「疲れた?」
「……うん」
「今日はもう寝ようか?」
「……うん」
「たまにはみんなで一緒に雑魚寝にしよう」
「……うん」
そうして、サリエルに必死にしがみつかれた。
多分、孤独で寂しくて怖かったんだろう。どこに送られていたのか? 何をされたのか?
聞きたいことは全部明日にしよう。今日は無事が確認できただけで十分すぎる。
たまには先延ばしするぐらいの”やさしさ”があってもいいだろう。
……
一本角の鬼と戦神が一緒に酒を飲んでいる。
周りは死屍累々、わずかな生き残りを集めて萃香と諏訪子が酒飲み頂上決戦を開いている。
「……今日の展開、予想できたか?」
「いやあ、全然出来なかった。萃香にゃ悪いが、8割の率で決勝はお前と私だと思っていたよ」
「実を言うと私もだ。紫がちょろちょろしているのは知っていたが、まあ大丈夫だろうと思っていた」
「ルーミア戦は……いや、よそう。あれは私の負けさ」
「主催者としてはミスだったな。こういう事態を防ぐために映姫を審判にしたんだが。
逆に映姫を過信……ちがうな、頼りすぎたんだ」
二人して酒をあおる。甘い酒の中に苦味がある。
「文句があるなら受ける。介入を許した非はこちらにある」
「文句は無いさ、自分で決めたルールだしな。それに私や萃香がトーナメント開いた所でこんなに集まらんしな。
トーナメントそのものは先が読めなさ過ぎて面白かったぞ」
「ふふ、それについては同感だ。優勝がチルノとはな」
「はっはっはっは、私もお前と幽香が負けるとか想像できなかった」
二人してチルノを見る。橙、リグル、ルーミアと一緒に酒飲みで萃香に挑みとっくの昔に撃沈した。
うめき声を上げて横になっている。それを見てもう一度笑った。
「白状するとな、このトーナメントで優勝したら、幻想郷を支配するつもりだった。
信仰の独占と、今後の方針の主導権を握る……結局、絵空事にされたがな」
「はっ、これだから、神ってやつは……動機が不純すぎる」
「いいじゃないか、酒の席だ。腹を割って話す。
まあ、お前こそ、勝負目当てだったろ。勝利では無い時点で、お前も不純さ」
「確かに、勝敗は二の次、面白い勝負なら、負けても良かった」
勇儀が笑っている。自分は勝負の熱さを自分のために求めた。確かに不純だったろう。
それは神様に奉じるものだからだ。負けて当然の戦い方をしたか……まあ、仕方ないか。
「どうだ。この後、裏決勝ってのは、互いに力は余っている。そして気晴らしには丁度いい。
本当の単純な力比べ、互いに術は無し、腕力のみでやってみないか?」
「いいのか? 強いぞ、私は」
「望む所さ、ちょっと、力を出すことだけに夢中になってみたい。子供みたいにさ」
「いいね、丁度酒もほろ酔い程度には回った」
二人して土俵に向かう。明日には諏訪子が片付ける予定だ。この戦いは今日の一回ぽっきり。だけどそれがいい。
向かい合って審判がいないことに気がつく。
「合図はどうする?」
「いいじゃないか、見合って、ここだと思ったタイミングでさ。審判不要」
「じゃあ張り手も無しでいこうか。ただ単純な押し合いになるな」
「ふふん、それなら私が勝つ」
二人して、にらみ合う。合図もなく、目線でニヤリと互いに笑って激突した。
久しぶりに力を振り絞る。
時間なんていくらたったのか分からない。1秒だったかもしれないし10秒だったかもしれない。
気がつけば怒り心頭の霊夢が空に浮かんでいる。
霊夢だけが、この大会の準々決勝で神社内部に引っ込んでいた、酒で潰されたりなどしていない。
巫女の横槍で正気に戻ったときには土俵が無い。……博麗神社は傾いている。
二人は顔を見合わせた。
「場所が悪かったな?」
「そうだな。いよいよこれからって言うのに……」
「言い訳はいらない。どっちから先に退治されたいの?」
苦笑いして、明日ちゃんと片付けることを宣言して神奈子が逃げる。いつの間にか諏訪子も姿を消した。
勇儀も引きつった笑顔で、旧都に向かって身を翻す。全速力だ。
巫女の「こら、馬鹿者共!!! 片付けていけ~!!」という声すら振り切った。
旧都の入り口で萃香と合流する。
萃香の「結局どっちが勝ったんだ?」との問いに「博麗の巫女」と答えて二人で爆笑した。
今日はこのまま飲み明かす。そしたら明日、神社の修理に顔を出そう。
……
「で、どっちが勝った? お前の勝ちか?」
「分からん。勝負はこれからだった。
ホントさ、互いに力を上げきるその前に、土俵を粉砕しちまった」
「ちぇ、じゃあ、最終勝者は分からんな」
「最終勝者はわかっているさ。チルノだよ」
「はん、チルノ如き、いつでも勝てる」
「そうさ。誰でも勝てるさ。でも、今回そんな奴が優勝した。私も、幽香も退けてだ」
「何が言いたい?」
顔に疑問を浮かべながら諏訪子が聞き返す。妖怪の山の中腹を飛んでいる。
神同士の会話を傍受できる奴らはいない。
「誰にでも勝てて、誰でも勝つことが出来る。幻想郷にぴったりってことさ。
私はふさわしく無いってことだよ。優勝者って意味合いだけじゃない。
代表者ってことさ」
「ふふ、チルノが代表? 誰も認めないさ」
「そうかな? 強者が誰しも参加したトーナメントの優勝者、異論は挟ませない誰にもだ。
そして、大事なことはな、弱者のサリエルのために紫に躊躇なく立ち向かったってことさ」
「わからんな」
「簡単さ、チルノに対して意見できない奴はいないし、チルノが意見できない奴もいない。
代表者としての大切な資質だと思わないか? 私たち相手にびびって話せないことでも、チルノには話せるってだけでさ」
「なるほど、意見集約装置としてはこれ以上無い性能だな」
神奈子がそうだろうと頷いている。しかし、諏訪子が知りたいのはこの先のことだ。
「その後は?」
「しばらく、チルノに代表者をやらせる。守矢の軍神が後ろ盾でな。
十分に既成事実が出来れば――」
「お前、まだあきらめていないのか?
なるほど、子供を盾にした上での傀儡政権なら、操るのも簡単……なわけないだろ。
言っちゃ悪いが頭が足らん。永琳、紫、さとり、神子……最低でもこの連中の権謀術策を回避できる頭がなければやってられんぞ」
「ふふふ、それを楽しむのも神の度量さ。それに何も10年ぽっちの話じゃない。
1000年単位の話だよ。軽く数百年は待つつもりさ。おとなしくな」
「くふ、くふふふふふふ、なるほど。伏して機会を待つ……か、機会が予想よりも早く来たときは?」
「そのときは乗るさ。ためらいなくな」
二人してこの悪だくみを笑う。ずっと先の話になるが結論としてこの企みは崩れた。予想外のチルノの成長によってだ。
そのとき、二人は腹を抱えて大爆笑した。またチルノに負けたと言って……悪だくみを破られて心底楽しそうだったそうだ。
おしまい
あとはサリエルが認知度の薄い原作キャラなのを悪用した、作者の為の便利キャラなのが鼻につきます。
特に紫が小物過ぎる上に醜悪な性格になっています。
作者は紫が嫌いなのは分かりますが、これでは好きだという人は読むのが辛いと思います
東方に対するリスペクトが1ミクロンも見当たらない
気合が入っている分質が悪いよ。頼むからオナニーなら他所で、
そしてオリジナルでやってくれ・・・ホント頼むよ頼むからさあ
せめてフォローはほしいところ
無評価だとレートが下がらない
紫かわいそう
良かったです
バトルものの多くの作品はキャラの心情描写をなおざりにしていることが多いと感じるので途中で退屈してしまうことが多いのですが、当作は最後まで楽しく読めました。
複雑なキャラの関係を複雑なまま描いた、素敵な大作だと感じました。