○これは以前投稿させていただいた『文と椛の現界漫遊記』の続編に当たります。
○射命丸文は大正時代の日本に記事を探しに来ていますが、のんびりしています。
射命丸文は妖力の殆どを封じられています。
以上を、ご承知していただければ一話完結型ですので問題なく読んでいただけると思います。
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天狗たちの住む屋形は妖怪の山でも高い位置に建てられている。そのため日が昇るのが早く、朝は肌寒いほどだ。
しかし窓から差し込む日の光で椛が目を覚まし、身体を起こすとうっすらと汗ばんでいた。眠気を払うために首を振ると、隣で布団に包まり気持ち良さそうに眠っている文の姿が目に入って心臓が大きく揺れる。
顔を真っ赤にして慌てて後ずさりそうになったところで椛は思い出した。
「そうだ。ここはお山じゃないんだ」
鼓動の早くなった胸を押さえて呟く。
「もう、いい加減に慣れないと」
射命丸文と犬走椛が大正時代の日本に来て、浅草の外れの長屋街に住み着いてから半月が過ぎようとしていた。
『文と椛の現界徒然話』
「さて、それじゃあ百貨店に行きますか」
昼を過ぎた頃、文と椛はのんびりと買い物に出かけた。
明治を国が近代化した時代とするとしたら、大正は民衆の文化が大いに発達した時代といえる。その特徴の一つとして『百貨店』が乱立したことがあった。
浅草の長屋から南に歩き日本橋の手前まで来れば、そこは人に溢れている。
「今日も凄い人の数ですね。文さん」
「たくさんいるわね。ところで今日は何を買う予定なの?」
「昨日洗っていたらお茶碗が割れてしまったのでそれが一つと、前々から欲しいと思っていた小鉢をいくつかです」
日本橋近辺には三越と白木屋が争うように建っており、もう少し南に行けば高島屋、その先にはレンガ造りで有名な銀座の店がいくつも並んでいる。
「文さん、どこにお邪魔するのですか?」
椛は楽しみを待ちきれない子供のようにそわそわしている。妖怪の山からほとんど出たことのなかった椛は、見るもの聞くもの今の生活の何もかもが新鮮なのだ。
妖術で人には見えないようにしている尻尾が揺れ動いて、つい文にぶつかってしまう。
小さな笑い声と共に、白く長い指でそっと椛のわき腹が突かれた。
「椛、いくら見えないようにしているからって、それが人にぶつかったらまずいんじゃないの?」
からかう文の言葉に、椛は顔を赤くして尻尾を振るのを抑えたのだった。
越後屋の流れを汲む高級志向の三越は避けて、文と椛は白木屋に行くことにした。創業一六六二年、以来二百五十余年の歴史を持つ老舗だが多くの品揃えと低価格で常に人に溢れ繁盛している。
「この界隈じゃ白木屋が一番ね。質良し、数良し、値段良し」
「本当にそうですよね。あ、文さんあっちに行きましょう」
呉服から化粧品、日用雑貨まで一通り見て歩き楽しんだ後、目的の茶碗と小鉢を買った椛は会計を済ましそれらを風呂敷に包むと、階段の脇で待っている文の元へ向かった。
数え切れないほどの人数が階段を上り下りしているが、その多くが横目に文を見ている。その様子に椛はくすりと笑った。
何故か文は現界に来てから男装をしているのだ。薄いストライプの走ったフランネルの背広にネクタイを締め、ボルサリーノの中折れ帽を目深にかぶっている。もちろん肩幅や腰つきから男でないことは一目瞭然だ。
興味深そうに覗き込んでみれば、そこにいるのが映画女優もかくやという眉目秀麗の麗人となれば、誰もが驚きの表情を隠せない。
ちなみに椛は濃紺と白の矢絣模様の和服に紺の袴という、どうみても女学生の姿である。
初めてこの服を着たときに文が『袴は良いわね。まさしく大正浪漫』としみじみと呟いて誉めてくれたので、以来この服装は椛のお気に入りだった。
唐草文様の風呂敷を片手に文に駆け寄る途中で、椛は保安係が多いことに気がついた。
掏りや盗人に注意し、喧嘩や争い事が起きないように揃いの制服を着て角に立っている人だけでなく、私服を着て客を装っている保安係もいる。ぴりぴりした表情から最近事件が多いのかと椛は小首をかしげた。
もっとも保安係の表情が硬いのは違う理由かもしれない。そう思いながら椛は文に質問した。
「文さん、気付いていますか?」
「あの無粋な連中のこと?」
軽く身を乗り出し、吹き抜けの一階を見下ろしながら文が呟く。そこにはどう見てもヤクザにしか見えない一団がいた。
中央に紋付袴の老人、その脇には若頭なのだろう上等なスーツに身を固めた男が一人、そして周りを十人ほどの揃いの半纏を着た男たちがいる。
「違いますよ。でも、文さんはあの男たちが気になるんですか?」
「別に~」
興味が無さそうに文は呟くが、その言葉を鵜呑みにして話題を変えては後で何を言われるか分からない。新聞記者を志す者は普段と変わった事には気をつけねばならないといつも言われているのだ。
椛は耳に神経を集中して、人間では絶対に無理であろう距離で交わされている会話を聞き取ってゆく。
「あの人たちは東方組という人たちのようですね。どうやら組長さんの一人娘の誕生日プレゼントを買いに来たようです。一階は輸入物のレースのハンカチが並んでいるのでそれが目当てなのでしょう」
よく見てみると、店長らしい男が組長の横で解説をしている。さすがこれだけの店を任されるだけあって肝が据わっているのだろう。動きも言葉も澱みはないが、それでも顔色は心なしか青い。
「ところで椛が気になっているのって、あの子でしょう?」
椛の返事が合格点だったようで、少し笑って文は話題を変えた。
ピンと伸ばされた人差し指の先を追うと、一階ホールの柱の影に長袖の襦袢の上に縞の袷を着て、流行の鳥打帽をかぶったいかにも商家の小僧の姿をした少年が居た。
「はい、あの少年です」
「どこからどう見ても商家の小僧よね」
「そうですね。でも、彼、妖怪ですよね」
「うん妖怪ね。こんな所で何をしているのかしら?」
椛が断定すると、文もさらりと返事をする。
実はこの帝都に妖怪は少なくない。半日も歩き回れば一匹や二匹どこかで必ず出会う。しかしよほど凶暴な妖怪か、その領域で乱暴なことでもしなければお互いに無干渉である。とはいえあのような小さな妖怪が人間社会の象徴でもある百貨店にいるというのは、珍しいと言えるだろう。
一階まで階段を下りたところで、話し掛けてみようかと少年に近づこうとする椛を文が手で制した。少年がゆっくりと動き出したのである。
人ごみを縫うように掻き分けて向かった先は、さきほど話題にしたヤクザの元だった。
肩を張って周りを威嚇するように輪になっている手下の男たちも、これだけの人数がいる場所では誰も近づけさせないという訳にはいかない。特に、年端もいかぬ少年ともなれば目にも止まらなかったのだろう。
店長とその説明を真面目に聞いている組長の両者に若頭は神経を集中している。
その若頭と商品の陳列台の僅かな間を潜りぬけた少年は、歩くと走るの中間の速度で大げさに頭を下げながら走り抜ける。
もっとも頭を下げるときに、帽子が落ちないように抑えたのが左手であったことを文と椛は見逃さない、その間に右手は若頭の左胸の裏側へ走り役目を終えていた。
「あら、やるじゃない」
面白そうに呟きながら文は百貨店の出口に向かって大股に歩き出した。慌てて小走りに椛も後を追う。
文は前屈みになってそのまま出て行こうとする少年に素早く横から足を引っ掛けると、首根っこを捕まえてそのまま物陰に連れてゆく。椛はその間、何食わぬ顔で二人の横に立って成り行きを見守っている。
「ちょっと、兄ちゃん何するんでい」
物陰に降ろされると勢い良く少年が食って掛かる。だが、文の顔を正面から見たとたんに俯いて小さな声になった。
「何でい……女か」
「女だとどうかしたのかしら」
からかうように言いながら、文は自分の右手を持っているものと一緒にひらひらと振る。
「あ、それは俺の」
少年は懐に手をやり自分が掏った財布が文の右手に移っていることに気付くと、勢い良く飛びつこうとしたが、文はひらりと身をかわしながらその頭を叩く。
「良い腕をしているようだけど一体何を考えているのよ。こんなことして騒ぎを起こしたいと言うのならただじゃおかないわよ」
文の言葉に少年はそっぽを向く、その態度にため息を一つ付くと財布を椛に放り投げた。
「とりあえず椛、騒ぎになる前にこれを返してきて」
財布を胸の前で受け取りながら、あっさりと頷く椛に少年は目を丸くする。財布を掏るのは一苦労だが、元に戻すのはもっと難しい。それを、いかにも女学生にしか見えない風貌の子がしようとしているのである。
何か言いたそうな少年を無視して、椛はすたすたとヤクザの一団に近づいてゆく。
ちょうど買うものを選び終えたようで、山のように親分が指差したものを女の店員がテキパキと包装してゆく。一刻も早く帰って欲しい気持ちがありありとにじみ出ているほど素早い動きだった。
隣で店長が会計を若頭に伝えた所で、その顔色が変わった。無論値段に驚いた訳ではない。
スーツの内ポケットを調べ、外のポケットを調べ、ズボンのポケットを調べ終えたところでさらに慌てた顔色になる。
その様子を怪しく思った親分が声をかけようとしたところで、いかにもふらりと通りかかったという感じの椛が、あちこちに動く若頭の手にぶつかりそうになり驚いたという感じで足をよろめかせ、両手を大きくばたつかせる。
すると手に持った風呂敷が勢い良く広がり、中の茶碗と小鉢が宙に浮いた。その場にいた全員の視線がそちらに集中した時に、広がった風呂敷の裏で椛の右手が素早く動き仕事を終える。それと同時に左手を伸ばして茶碗と小鉢を受け止めた。
何十人もの安堵のため息が聞こえる中、椛は大げさに頭を下げると俯きながらヤクザたちの前を立ち去り、小走りに文たちの元へ戻ってきた。
ヤクザもいかにも家の買い物にきましたという女学生相手では怒るわけにも行かず、その後姿をひと睨みしただけで終わりにする。
再び店長が会計を催促した所で、若頭はもう一度胸に手をやり財布に気付く。驚いた表情をしながらも型崩れするぐらい分厚く札が入った財布を取り出し、言い訳をしながらも店長に支払いをした。
「椛、お疲れ様」
「いえいえ、お安い御用です」
ヤクザが店を出ることころまで見届けると、文は椛に労いの言葉を向ける。
「なんなんだよおまえら……あ、なんだ、おまえたちも妖怪か」
少年が呟いた所で、文は勢い良く鳥打帽の乗っかった頭を叩く
「ガキにおまえ呼ばわりされる覚えはないわ。私たちは誇り高き天狗の一族よ」
天狗と聞いて少年は驚くと同時に、納得した表情になる。敏捷性と機転に優れた天狗の一族ならば、目の当たりにした手際の良さも不思議ではない。
「俺はイタチの弥助だ。こっちだって天狗に叩かれる安い頭はしてねえよ」
全く威勢の良さを失わない少年を、文は少し驚きながらも気に入ったらしい。
「あらそう。私は射命丸文、こっちは犬走椛。頭を叩いたことは謝ってもいいわ。でもイタチの一族の弥助君。妖怪ともあろうものがしけた仕事をするものじゃ無いと思うわよ」
「掏りがしけた仕事だっていうのかい?」
「自分でも分かっているのでしょう? 掏りが悪いなんて言わないわ。でも人を困らせるだけの事を仕事と認める訳にはいかないわよ」
自分の言っていることが理解できなければ、それこそ馬鹿だとでも言うように文は勢いが良い。それを聞きながら椛は小さく笑った。文は子供に対して非常に厳しい。椛も幼い頃はこの調子でポンポン怒られた。だが、それが優しさの裏返しであることを今の椛は知っている。
誰の金を掏ろうと勝手ではあるが、こんな百貨店の真ん中で掏っては金を払えなくなったヤクザは引っ込みがつかないし、とはいえ騒ぎを避けるためにお金を貰わずにヤクザを帰したりしたら、今後どんな尾ひれの付いた噂が流れるか分からない。店にもヤクザにも面倒な話になってしまう。
「わかったよ。もう今みたいな軽はずみな事はしねえ」
散々に言われて今度は素直に謝る弥助に、文は膝を折って同じ視線になると、黒く大きな瞳で弥助を見つめながらその肩を叩いた。
「うん信じるわ。ではイタチの弥助君。これからよろしくね」
文が見せた笑顔に弥助は少し驚いた顔をしてそっぽを向く。つれない態度に文は不思議そうな顔をしたが、その様子を見て椛は少し慌てる。
なんでも自分より知識が深く頭の切れる文だが、一つだけ抜けている所があるのだ。文はいつになっても自分が魅力的だということを理解してくれない。上は天狗の仲間たちから下は妖怪の森に住む鴉まで文を慕っている者の数が多い事に、全く気付いてくれないのだ。
「ところでさ、言い訳じゃねえけど今回の掏りはちゃんと理由があったんだぜ。このイタチの弥助。チンケな仕事はしねえ。最近よくいるぼんやりさんなんて絶対に狙わないぜ」
弥助が照れ隠しのようにそういうと、そこで文の表情が変わった。慈愛に満ちた表情から、新聞記者のそれに変わる。
「保安係が多いのが気になっていたんだけど、やっぱり最近何かあるの? ぼんやりさんって何かしら?」
鋭く聞き返す文の言葉への弥助の返事は、大きな腹の音だった。
緊張感を台無しにするその音に弥助は顔を真っ赤にして、文と椛はくすくすと笑う。
「そういえばもうお昼ね。それじゃあ、ご飯にしましょうか」
上野に戻るのは距離があって少し手間だし、百貨店のレストランはどこも満員御礼だろうということで文と椛と弥助は銀座まで足を伸ばし、銀座の中心四丁目尾張町にあるカフェライオンでランチを食べることにした。食後にコーヒーを飲みながら改めてお互いの自己紹介をする。
イタチの弥助はまだ生まれて二十年程度の幼い妖怪で、埼玉の吉見百穴という名の古い丘を根城にする一族だが、毎日同じ事を繰り返す日々に退屈して飛び出してきたのが一年ほど前らしい。そして人の多い帝都で人の姿に化け、掏りをしては金を稼いでいるそうだ。
一人で生きていけるほどに成長した妖怪が一族から離れるのはよくある話なので、文も椛で不思議には思わなかった。天狗や河童のように、同族意識が強い妖怪の方が珍しいのである。
次に文と椛が自己紹介をすると、噂話ばかりで天狗に会ったのは始めてという弥助は非常に興味深そうに話を聞く。確かに、関東平野の広がる埼玉や東京には天狗が多数住むような山はそうそう無い。そして自己紹介を終えた所で、文は話を元に戻した。
「それで、ぼんやりさんってどういう人なの?」
「最近、百貨店に変な客が多いんだ」
「変な客?」
「一日のうちに、同じ商品を二回買いに来るんだ」
弥助の言葉に、文と椛は小首をかしげる。
「それは、安いものじゃないわけよね」
「そうそう。ほとんどが洋服とか、宝石とかだ。店員だって変な顔をしながらも売ってくれと言われれば売るしかねえからな。でも、変な話だろ?」
「変な話ねえ。一度に同じ本を三冊買う妖怪なら見たことあるけど」
「三冊も買ってどうするんですか?」
「それは自分で聞いてみなさい。きっと待ってましたとばかりに一冊貸してくれるから。それはともかく同じ洋服や宝石を二つも買っても意味が無いわよね」
「多いときは俺が見た限りじゃ一日に三組とかあるんだぜ」
「そういう人たちは何時頃から見かけるようになった?」
弥助は記憶を手繰るように頭をかいた後に返事をする。
「多分、一ヶ月前ぐらいかな?」
「そう、それじゃあ最近と言えば最近な訳ね」
腕を組んで考え始めた文を横目に椛が弥助に質問する。
「あの、ところで今の話とぼんやりさんってどう繋がるんですか?」
「こいつは失礼。文さんとの話に夢中でその説明を忘れていた。ありがとな椛姉ちゃん」
弥助にとって、文は文さんで椛は椛姉ちゃんらしい。本人にはこだわりがあるのだろう。
「最近百貨店にな『ぼんやりとした』一見して心ここにあらずといった客が来るんだよ。うんで洋服とか宝石を買っていくんだ。そして二時間ぐらいするとまた来て、同じ商品を買っていくんだ。そんときゃしっかりした足取りだし表情もすっきりしている」
「だからぼんやりさんな訳ですね」
「そうそう。でさあ、そんなぼんやりとした相手なら財布を掏り易い訳よ。だから最近は百貨店の客は掏り易いと評判になって他のシマのやつらも来ているのさ」
「それで百貨店の中に保安係が多かったわけですね」
椛が納得したように顔を頷かせると、組んでいた腕を元に戻した文が質問した。
「弥助君がシマにしているのは白木屋ばかりなの?」
「いや、あまり入り浸っていると顔を覚えられるから高島屋と半々だな。三越は下足番がいて入退場が面倒だから行かねえ」
「それで、ぼんやりさんは白木屋にも高島屋にもいるの?」
「俺は毎日掏りをしているわけじゃないけど、ここ最近はどっちに行っても見かけるな」
その言葉に文は頭をめぐらせる。一日に数組、しかも数箇所の百貨店でその『ぼんやりさん』がいるとしたら、一日十組は下らないことになる。それを一月繰り返していたとしたら途方も無い数と金額である。
これは、どう考えてもおかしい。
「文さん、おかしい話ですよね」
「おかしすぎるわね」
「何にせよお陰で最近百貨店には掏りが多くて商売あがったりだ」
「あれ? さっきはそんなに掏りのような人はいましたっけ?」
小首をかしげる椛に弥助だけでなく文も笑った。
「椛、さっきはヤクザの一団がきたから掏りはみんな逃げ出したのよ」
「ああ、そういう訳ですね」
「そうさ。だけど俺は自分のシマだからな。ヤクザが来たから逃げましたじゃすまないから、周りのやつらに俺の腕を見せてやりたかったのさ」
少しだけ意地を込めて呟く弥助を、文はさっきのように怒りはしなかったがその分諭すようにゆっくりと話し掛ける。
「その考えは悪くなかったかもね。だったら次は財布なんかじゃなくて、懐に呑んでいる紋付のドスとか掏ってやんなさい」
「そんな金にならない物より、財布の方がいいじゃねえか」
「まだまだね。自分の仕事の意地を見せる時にお金を考えちゃう内は子供よ」
しみじみと言われても弥助はきょとんとした顔をしている。ちょっと早かったかなと自嘲気味の笑みをこぼした文はコップの水を一口飲んだ。
「椛、新聞記者がネタを探すのに大事なことは?」
「質の高い情報を得る事と、それを判断するために正確に現場を理解することです」
「そういうこと。それじゃあちょっと様子を見てみましょうか。弥助君は一緒に行く?」
このような場合、文は決して強制はしない。
「ぼんやりさんが解決しないで、シマにこれ以上掏りが増えるのは勘弁だからな。手伝うぜ」
「それじゃあ、よろしくね」
席を立ち帽子を被り直しながら文が微笑むと、傍目で分かるほど弥助の顔が赤くなる。
「飯、うまかった。ここは俺が持つぜ」
そう言って会計をするために女中を呼ぼうとする弥助の頭を文が軽く小突く。
「何かっこつけてるのよ。私が払うわよ」
不思議そうな文の表情と、ちょっと悔しそうな弥助の顔を見ながら椛はくすくすと笑ってしまった。
カフェライオンを出ると目の前には服部時計店があり、その屋上には銀座の名物である時計台が今日も変わらず時を刻んでいる。そのまま北に歩き出すと左手側には甘く美味しいジャムを売っている明治屋、江戸時代から続く呉服問屋の越後屋、そして椛が愛してやまない伊東屋が並んでいる。
この店は和紙、用紙、文具の店で小物が好きな椛は何時間いても飽きることが無い。
買い物好きな椛は百貨店の賑やかさも好きだが、落ち着いた雰囲気を持っている銀座の店を一つ一つじっくりまわるのも好きだった。ふと、右手側にそびえるビルを見上げて椛が質問する。
「このビル。まだ何のお店も入って無いですね」
「そういえばここに百貨店が出来るみたいな話は何回か聞いたけど、看板一つ出てないわね」
顔を上げながら話す文と椛に、横から弥助が言葉を繋ぐ。
「ここは一時期寝床にしていたんだけど、最近どこかの会社が倉庫代わりに使い始めたみたいでさ。昼にしょっちゅう人間が来るんで出てった。二月ぐらい前だな」
「そうなんだ。中にしまってあるのはどんな荷物?」
「金目の物はねえよ」
「別にそういうことを聞きたいんじゃないわよ」
「机とか、椅子とか、それとマネキンが一杯あってあれが不気味だった。言われてみると百貨店にする準備なのかもな」
「今は何処で寝泊りしているんですか?」
「その日暮らしさ」
質問する椛に弥助はさらりと答える。
「それでは大変じゃないですか?」
「そうでもないぜ。元々どこかに住み着いている妖怪なら木が一本切られただけで怒るけど、俺らみたいのは生きていけりゃ良いんだからな。最近はだいたい日本橋の下で寝ている」
地元を愛する妖怪が正しいか、移りゆく時代に適応する妖怪が正しいかはどちらともいえないが、弥助が逞しく生きているのは確かであろう。
銀座を北に抜ければすぐに京橋であり、そこには高島屋が立っている。こちらも元は江戸時代から続く老舗である。
三人は顔を見合わせて頷き合うと、ゆっくりと中へ入っていった。
昼を過ぎてさらに賑わいを増した百貨店の中を一通りまわって見ると、確かに保安係が多いのが目に付いた。
確実にそうと分かるわけではないが、そこかしこに掏りらしい目つきが鋭い男や、商品を見ているより周りの様子を伺っている女の数も少なくない。
そんな中で椛が文の肩を叩く。
「文さん、あちらの女性なんですけど」
「はいはい、見つけたわけね」
椛の視線の先では宝石売場で商品を指差している妙齢の女性と、笑顔で対応している男性店員がいる。椛は耳に神経を集中すると、その二人の会話を拾ってゆく。
『こちらを一つ頂きたいのですが』
『はい、毎度ありがとうございます。ところで大変失礼ながら、午前中にもお買い上げ頂きませんでしたか?』
『あら、変なことをお聞きになりますのね』
『申し訳ございません』
『いえ、良いのよ。私もさっきから一度買ったような気がしてならないのよ。でも、手元に無いし、はっきりしなくて』
『ではこのまま売約済みということにも出来ますから、お屋敷に戻りましてご確認されてはいかがですか?』
『そうね、でもありがたいけどやっぱり今すぐ欲しいの。包んで頂戴』
『分かりました、では、少々お待ちください』
文と、天狗ほど耳の良くない弥助に椛は自分が聞いた会話を伝えると、文はにっこりと笑った。何か面白そうなことを見つけたり、良くない事を思いついたりした時に文はこういう笑顔をすることを椛は経験上知っている。
「本当におかしな話のようじゃない」
「何だよ。俺のことを疑っていたのかよ」
「そうじゃないわよ。でも、気に障ったならごめんなさいね」
弥助の事を疑っていた訳ではないが、新聞記者たるもの自分の目で確認することが鉄則である。
「どうしますか? あの女性を追いますか?」
「あの女性を追ったってもう何も出ないでしょうね。それじゃあ次に調べることは?」
「もちろん『ぼんやりさん』を見つけることですね」
椛の言葉に頷くと文は先頭に立って物陰へ行く。後はひたすら待つだけであるが、忍耐力は新聞記者の必須の能力である。
特に会話などをするわけでもなく、出入口の人の流れを見つめている。年齢もまちまち、服装もまちまち、ただ誰もが今日の買い物を想像して楽しそうな笑顔をしながら入ってきて、出てゆく人たちは満足そうな顔をしている。
椛は心の中で、百貨店とは性別も世代も超えてどんな人間も幸せにしてしまう魔法の箱みたいだなと思った。
一時間ほどたった頃、待っていたそれは現れた。
「あれね」
「あれだな」
「あの人ですね」
遠目にも分かるほどぼんやりとした雰囲気の女性が、頼りない足取りで入ってくると真っ直ぐ宝石売場へと向かった。
商品を解説する店員に生返事をしながら、焦点の合わない目線を右へ左へ動かしている。一通り説明を終えた店員が次の客の元へ向かった所で、近くで不自然な動きをしている男が目に付いた。
「あいつは掏りだぜ、文さん」
「きっとそうね。ここで掏りに出てこられると面倒なんだけど」
掏りからしてみれば見るからに心ここにあらずという客ほど標的にしやすいものはいないのだろうが、ここで横から邪魔されては文たちが様子を見ていた事が無駄になってしまう。
「椛、一仕事してきてもらえる?」
文の言葉に椛が返事をしようとした時に、すでに弥助が一歩前へ動き出していた。
「ここは俺のシマだぜ。任せておきな」
言うが早いが忍び足で男に近づいてゆく。掏りに限らず盗人というのは仕事をする瞬間が一番油断してはいけないことを知っている。だから標的に集中しているようでその視界はとても広い。
そんな相手に気付かれることなく近づく弥助は、言うだけあって筋が良い。
「おおっと、ごめんよ」
いかにも急ぎの小僧という感じで男に近づいた弥助は、勢い良くその足を踏むと頭を下げる。仕事を邪魔されたとはいえ暴力を振るうわけにもいかず、不機嫌な男の小言を聞き終えた弥助はそのまま戻ってきた。
一方その頃、例の女性は宝石を数点買い終えており、変わらずふらついた足取りで百貨店を出て行った。
「よし、追うわよ」
文の号令に従って百貨店を出る。日差しは暑く人は多い。その中で相手を見失わないように妖怪たちは人の海を泳いでゆく。女性はゆっくりと南下してゆき、そのまま銀座の中通りを進んでいった。
打ち水のしっかりされた銀座の町並みは、うって変わって涼しげな風が通っていた。
そして文たちの目の前で女性はビルに入っていった。先ほど話題にした、まだ何にも使われていない大きなビルである。
「椛、このビルの中、奥まで見られる?」
「わかりました。やってみます」
哨戒天狗の中でも特に優秀な椛は、千里眼と呼ばれる妖術を自在に使うことが出来る。大きな瞳の色が変わり、椛の視界の中では壁が次々と消えていった。
「文さん。巧妙に結界を張って隠れていますが奥に妖怪がいます」
「なんだって」
驚いた声をあげたのは弥助だった。薄々その可能性があると思っていた文は唇に手を当ててじっと考え込んでいる。
妖怪が関わっているとなれば、このまま手を引いて無干渉とすべきか、逆に人間に見つかって騒ぎが大きくなる前に何とかすべきか悩みどころである。
「さきほどの女性。ビルの奥、妖怪がいるところへ向かっていますがどうしますか?」
「文さん、飛び込んだほうが良いんじゃねえか?」
二人の言葉に、文は少し間をおいた後に返事をする。
「今までの例から、人に危害は加える妖怪じゃなさそうだから様子を見ましょう」
人質にでもされたら厄介だがその心配は無さそうである。文の予想通りしばらくするとふらふらと女性が出てきた。その手には先ほどの買い物袋は無い。そしてしばらく進んだ所で、遠目にも分かるほど女性の雰囲気が変わった。
「あ、術が解けましたね」
椛の呟きに、文と弥助は頷く。
女性はなんで自分がこんな場所にいるのか分からないという風に慌てながら周りを見渡した後、無理やり納得したようでそのまま北へ向かった。
「つまり、この建物の中にいる何者かが、妖術で人から金品を巻き上げているということね。それで人のほうは術が解けた後も、思いが心の中に残っているからまた百貨店に行ってしまう」
「へっ。性根の腐った野郎だな」
文の分析に、弥助が怒ったように言う。その剣幕に椛は不思議そうに質問した。
「随分と酷いことを言うのですね」
「そらそうだ。自分はこのビルで安穏として人を操ってブツを手に入れているんだろう? 身体張っている盗人のほうがよっぽどましだな」
胸を張ってそういわれると何と返事をして良いか分からず椛は困ったように視線を泳がす。
「まあ盗みを認める訳じゃないけど、言っていることは間違いじゃないわね」
ビルを見上げた文はきっぱりと二人に告げた。
「他の妖怪のすることに口を出すのは嫌だけど、被害総額が笑って済まされないぐらいよね。人が気づく前にとりあえず中の妖怪に挨拶だけでもしてきましょうか」
中に入ってみると廊下も壁も真新しい大理石造りだった。見上げてみれば豪華なシャンデリアまで設置されている。廃ビルという訳ではもちろんなく、中に入る店が決まっていないかオーナーの腰が重いだけなのだろう。そう遠からずこの場所も賑やかに人が溢れることになりそうである。
獅子が彫ってある木製の手すりに手を滑らせ、上へ上へと進みながら椛は周りを見る。妖気はほとんど感じられないし、建物には禍々しさのような雰囲気は無い。廊下を歩けば大きな窓から日光が降り注いでいる。
「相手はこの奥の部屋にいます。そこは大きいホールになっているようですね」
椛の指差した先には豪華な装飾に彩られた両開きの扉があった。文は近づいてゆくと無造作に開く。そして中に数歩足を踏み入れた所で一度歩みを止めた。
「マネキン人形?」
「凄い数だな」
「商品は、どれもこれもここで使われていたのですね」
ホールの中には数え切れないほどのマネキン人形が並んでいた。しかもほとんどが着飾り、宝石を身に着けている。ビルの真ん中に位置するこの部屋には窓は無いが、天井の明かり入れから光が降り注いでいる。その光りを受けてマネキンたちが輝いているのは、身に付けている品が安物でないことを表している。
そして部屋の中心に位置する机には使い切れなかったのであろう洋服と、宝石、そして香水のビンが積み上げられていて、その後ろの椅子には何者かが座っていた。
放心状態のように呆けた表情をしており、まだ文たちに気付いていないようである。何よりも椅子の背もたれが透けて見えている。つまり人ではなく霊なのだろう。
「お邪魔させてもらいますね。私は鴉天狗の射命丸文。こちらは仲間の犬走椛と弥助。よろしければお名前を教えていただけますか?」
部屋の中へ進みながら文がハッキリとした声で問い掛けると、相手は放心状態から戻ったようでゆっくりとした動作で文たちの方を向く。
「あら、妖怪に会うのなんてしばらくぶりね。お仲間さんいらっしゃい。私は見ての通りの霊で、縁と申します」
霊というだけあって顔色は青白いが、長い髪と糸目の、整った顔立ちをしている。全体的に儚げで透けて見えるのが霊体系の特徴だ。
文たちのように実体の有る妖怪に比べて物理能力は低いが、その分妖力が高い場合が多い。もっともこの縁という妖怪からは強い妖力は感じられない。西行寺幽々子のような存在が珍しいのだ。
「縁さんというのね。他の方の領分に邪魔するのは悪いけど。ちょっと見た感じ荒稼ぎしすぎじゃないかしら。そろそろ抑えた方がよろしいのでは?」
「何を言っているのかしら。住んでいた所がどんどん賑やかになり私は蔑ろにされたわ。それでも仕方がないと耐えていたけど、そしたら近くにこんなお城が出来て可愛い子供達まで手に入ったわ。きっと人間たちが改心したのね」
「本当にそうだったら人間もとても良い心がけをするようになったのでしょうけど、残念ながらそれは違うわ」
「でも子供たちが寒そうだから、私が着飾ってあげているの。人間たちに手伝ってとお願いしたら、みんな喜んで協力してくれたわ」
「それはあなたの力で操っただけで喜んで協力はしてないわよ」
噛みあわない会話をしながらも、これだから霊体系は苦手だと文は内心思った。怨念なり、夢なり、心残りに縛られている霊とは意思の疎通が極めて難しいのである。
「残念ながらこの場所はあなたのお城じゃなくて、しばらくしたら山のように人間が来るわ。そうしたら大事になるし貴方は敬われるどころか叩き出されるわよ」
遠慮していては通じないと思った文がきっぱりと言うと、さすがに縁は言葉を続けられず頭を下げた。そしてしばらくして肩を震わせながら再び顔を上げたとき、その表情は一変して目は血走り、口は裂けていた。
きっと、夜中に会ったらどんな大人だって悲鳴を上げて逃げ出すだろうと文は向かい合いながら思う。
「ここは私の城、そして一緒にいるのは愛するわが子、全て私が守ります」
一方的にそう宣言すると縁の周りに赤と青に彩られた無数の弾幕が浮かび上がった。
「結局実力行使ということですね。文さん」
「まあこうなってしまったのは残念だけど、しょうがないわよね」
落ち着いたやり取りをする文と椛の横で、弥助は顔色を青くする。
「なんて弾幕だよ。あんな数、イタチのお頭ぐらいしかできねえぞ」
「イタチのお頭さんは、あれぐらい出来るわけね」
弥助の言葉を聞いて文は納得したように呟く。次の瞬間赤い弾幕は時計回りに、青い弾幕は反時計回りに文たちを囲むように動き出した。
文は弥助の首根っこを掴むと、小脇に抱えるようにして弾幕の雨を次々と避けてゆく。椛は立っている場所からほとんど動かず、無駄の無い動きで後ろに逸らしていった。
「す、すげえな文さん」
「弥助君、目をつぶってないでよく見ておきなさい。弾幕ってのは心を落ち着かせてしっかり見ればだいたい何とかなるものなのよ」
続いて同じように第二波が飛んできたが、文は同じように掠りもせずに避けてゆく。だが、縁は疲れを知らないように即座に第三波を用意した。
「ひええ、次が来るぞ文さん」
怯えた声を上げる弥助を文は何も言わず床に降ろした。
「あ、あれ? 文さん?」
「もう二回見たわけだから次は自分で避けてみなさい。同じ弾幕なんだから出来るでしょう」
文の言葉を待っていたかのように赤と青の波が弥助に迫ってゆく。目を見開いて呼吸を整え避けてゆくが、少しずつ少しずつ後ろに弥助は下がってゆく。その背中に文の蹴りが飛んだ。
「弾幕を避けるのに後ろに下がるのは有効のようでダメよ。常に前に出ながら避けることを意識しなさい」
折角の文の助言だが、きっと弥助の耳には入っていなかっただろう。声を上げながらも飛び込んだ弥助は、無様に転がりながらも何とか弾幕の波に溺れることなく泳ぎきった。
その場でへたり込んで荒い息をしている弥助の前で、縁は第四波の弾幕を展開する。それを見て諦め顔になる弥助に文が告げた。
「一度避けられたんだから怖くは無いわ。自分は絶対に避けられると信じなさい」
その言葉に弥助は立ち上がると弾幕を睨みつける。先ほどと違ってその体にはいつ飛んでこようと避けてみせるという気合に溢れていた。
すると、不思議なことに縁の周りに広がっていた弾幕が次々と消え失せていった。
「あ、あれ? どうしたんだ?」
「お疲れ様。弥助君」
文は弥助の後ろに立つとその頭をよしよしと撫でる。
「あいつは自分自身の力は極めて低いタイプだけど、その代わり変わった術が得意みたいで、さっきの弾幕は弥助君の心の中にある『一番強い弾幕』を引き出して展開したようね」
「そいつは変な術を使うんだな」
「面白い術だけど、弥助君がそれを克服しちゃえば怖くともなんともない術よね」
そうして文は縁を睨みつけると挑発するように言った。
「どうする? 私や椛が『一番強い』と思うような弾幕を引き出すには、ちょっと貴方の力じゃ足りないんじゃない?」
「……くっ」
どうやら図星のようで縁の返事は言葉でもなく、弾幕でもなく、手を振ることで回りに並んでいたマネキンのうち二体を動かすことだった。
妖力を込めた拳で殴られては文といえどただで済まないだろうが、次の瞬間には手に愛用の刀を持った椛が走りこんでいて、一振りで一体を砕き、返す刀でもう一体も粉々にする。
文がスーツ姿のままのように、椛も全力を出す必要は無いと思っているようで服装は和装のままであるが、袴姿に日本刀を構えた椛の姿は不思議と絵になっていた。
「椛姉ちゃん。やるじゃん」
「私も天狗の一族ですからね。これぐらいは朝飯前です」
「なかなかやるわね。でも、ここにはまだ千体を越える子供たちがいるわよ。全員倒すのは難しいんじゃないかしら?」
「みんな可愛い子供たちとさっき言ってなかったっけ?」
「この子達はみな良い子だから、親のために犠牲になるのを厭わないのよ」
自分勝手な言い分にやっぱり霊体系は苦手だと文は思ったが、その言葉のとおり数え切れないマネキンに襲われては文たちのほうも無傷とはいかないだろう。弥助は戦力外であり、文には戦うほどの妖力は無い。
「じゃあすることは一つね。椛」
「はい、了解です」
小気味の良い返事と同時に椛は全速力で駆け出すと、縁の後ろに回りこみその首筋に刀をあてた。
「一切動かないで下さいね」
一瞬で窮地に立たされた縁であったが、首筋に当てられた刀を一瞥しただけで焦った様子は全く無い。
「天狗というのは本当に動きが速いのね」
感心したように呟いた後、文のほうを向く。
「あなたに恨みは無いけど、このまま同じことを続けるならここで成仏してもらうわよ」
「それは嫌よ。私はこのお城でこの子たちと永遠に暮らすんだから」
縁はそう言うと落ち着いた最初と同じ表情に戻る。そして糸目をさらに細くしながらにっこりと笑うと、自分の左手をそっと椛が刀を握っている手に添え、その甲を力強く引っかいた。
「痛っ」
その言葉と同時に椛はその場にうずくまってしまい、周りには今までとはうって変わって強い妖気が滲み出した。
「あややややや。これはちょっと、やばいかも」
今まで焦りもせず、落ち着き余裕を感じさせていた文が上ずった声を出す。
「うふふふ。今更気付いても遅いわよ。天狗さん」
そう言いながら縁は着ているドレスの裾から右手を出した。
その手には輝く塊があった。今まで集めた宝石を固めて作ったのであろう大きな宝石の塊である。
「文さん、何があったんで?」
弥助は訳がわからず質問するが、目の前で文は頭をかきむしっている。飄々としていた、いままでの文からは信じられない姿だった。
「妖怪というのは一目見ればだいたいその力が分かるものなのよ」
なぜならば、自分の力を隠す必要など妖怪の社会で無いからである。
「でもあいつは珍しいタイプね。自分の力はそう強くないけど、ああやって道具を作り、自分の能力を底上げする能力があるのね。どちらかというと日本の妖怪というより西洋の魔術師に近いわ」
初めて霧雨魔理沙に会った時のことを思い出して文は冷や汗をかく、妖力も魔力も欠片ほども無い人間なのに道具を器用に使ってはあの手この手で戦いを展開する。まさか、妖怪にもそのタイプがいようとは。
「うふふふ。文明開化の波で西洋の術も日本に入ってきたということかしらね」
「笑えないわよ、そんなこと言われても」
文は悔しそうにいうが、勝ち誇った縁が手を振ると椛が立ち上がった。その表情は隣の縁より青白く、心配そうに文を見つめている。
「つまりね、椛はあの妖怪の操り人形になっちゃったわけよ」
悔し紛れにおどけた感じで文は弥助に告げるが、言われた弥助は返す言葉が浮かばなかった。椛が真っ青な顔をしているのは、何も身体の自由を奪われたからだけではない、これから自分がさせられるであろう事を正確に理解しているのだ。
「さて、それではあの天狗を退治して頂戴」
縁が告げるとその右手に持った宝石が目に痛いほど輝く、それと同時に椛が勢い良く文に躍りかかった。文は弥助を壁に向かって投げ飛ばすと同時にその勢いで自分も反対方向に転がることで、飛び込んできた椛の刀を避ける。
「椛の相手は私がするわ」
起き上がりながらも文は後ろに飛ぶ、一瞬遅れて踏み込んできた椛の一閃は空を切るが、躊躇することなく続けられる第二、第三の閃光は鋭さを増し、続いた渾身の一撃は文の帽子を跳ね飛ばした。
「あ、危ないわねえ」
最後は無様に床を転がることで逃げきった文はそう呟きながらゆっくりと立ち上がる。
自分の命を狙うものがいるとしたらそれは敵であろう。しかし、今の自分の目の前にいる者を敵と思えるほど文は冷徹な性格をしてはいない。
「大変なことになったわね。椛」
「文……さん」
椛がうめくように呟くが、文は自嘲気味の微笑と共に首を振る。
「気にすることは無いわよ。なにより私が油断していたわ」
返事は横薙ぎの一閃だった。紙一重で避けたつもりだったが視界の端で艶やかな黒髪が僅かばかりだが舞い散っている。
認めたくないが文は認めなければならなかった。椛の振るう刀の速度が上がっているのである。つまり、縁の術は破れるどころか時間と共に椛の身体に深く深く染み込んでいるのであった。
「天狗すら完全に操ることができる妖術を隠し持っていたなんてね」
気付くと遠巻きであるが、十体ばかりのマネキン人形が文を囲んでいた。視界の端では弥助も別のマネキンたちに囲まれている。
「ちょろちょろ動くのはそれぐらいにしてもらいましょうか」
勝利を確信しているのだろう。縁は先ほどまでとはうって変わった余裕の表情である。
逃げ場は封じられ、目の前にはゆっくりと椛か近づいてくる。
ふう、とため息を吐くと文は右手を振るう。すると、その手には天狗の扇が握られていた。
椛に剣術を教えたのは文である。そして何度も、何度も、数え切れぬほど手を合わせてきたが文が負けたことなど一度も無い。それどころか椛の刀がその身に触れたことすらろくに無かった。しかし、今の文は妖力を封じられいつもの文ではない。
再び椛が踏み込んできた所で逃げるのを諦めた文も勢い良く踏み込む。一瞬ごとにぶつかり合う音があたりに響き、常人では目で追う事も困難なほどの速度で切りあいが続けられる。
しばらくして刀と扇で鍔迫り合いになった後、押すと見せかけて文は引き寄せ、ほんの僅かだけ椛の懐に生まれた隙間に向かって飛び込もうとする。
だが、残念ながら椛が刀を引き戻す速度の方が速かった。刀の柄で踏み込んできた文の扇を弾くと、返す刀で文を右肩から切り下げる。
一瞬遅れて、その場に鮮血がほとばしった。
「あやややや。ちょっと痛いわね」
扇を弾かれ失敗を悟った瞬間に、文は素早く後ろに飛んでいたので傷は致命傷では無かったが肩から胸を通りわき腹まで切り下げられた傷からは止まることなく血が滴り落ちている。
身体の自由はもう僅かにも無い様で、喋ることもできないのか椛が目だけで驚きと悲しみを訴える。
「やったじゃない椛。いつか私に勝つというのが口癖だったでしょう?」
飄々と文が言うと、椛の心に悲しみが広がる。
いつも文に勝ちたいと思っていた。いつだってその後ろを歩くのではなくて、肩を並べるのが望みだ。だからといって、それは、このように文を傷つけたいという意味では絶対に無いのだ。
自由に動かせないのに、感覚だけはちゃんとある手には文の体を切りつけたときの感触が残っている。
柔らかですべらかな肌を自分の刀が裂いてゆき、そこから赤い染みが広がっていった。
妖怪の山を守るため数え切れない相手を葬ってきた哨戒天狗の自分であるはずなのに、今、この手に残る感触は胃の底から何かが込み上げてきそうな気持ち悪さを胸に広げる。
「ふふふ。随分と絵になる構図でいつまでも見てみたい気もするけど、そろそろ終わりにしましょうか。さて、逃げられないようにしてあげなさい」
その言葉と同時にマネキンたちが輪を縮める。それは文が逃走できないようにという意味なのか、椛が刀を振るうことを避けられないようにするという意味なのか、きっと両方であろう。
椛は目だけで必死に訴えつづけている。深く考えるまでも無い、自分が文を殺すぐらいだったら、文の手で殺してくれと言いたいのだろう。
だが、今の文に椛を倒す力など無い。
「ねえ椛。あなた私の使っていた湯飲みの柄が好みだって、里に行ったらいつも探していたけど、見当たらないってぼやいていたわよね」
……それは、文さんと同じ柄の湯飲みを使いたいから、言い訳にしていただけです……
「あれ貴方にあげるわよ。大事に使ってあげて」
……自分は文さんと同じ物を使いたいと思ったことはあります……
「そうそう、私のカメラ。ちょっと古いけどまだまだ現役だから、あなたがいずれ記者になったら使ってあげてくれない」
……お下がりを頂けるなら喜んで使わせて頂きます。でも、形見なんて欲しくありません。お願いですから、そんな遺言みたいなこと言わないでください……
「だから、痛くないようにバッサリとお願いね」
……ああ、なんでこんなにも必死なのに、私の身体は私の言うことを何一つ聞いてくれないのだろう……
「大丈夫よ天狗さん。この子も生かしておいたら危ないから、あなたを殺したらすぐに後を追わせてあげるわ」
勝利の余裕に満ちた縁の言葉に文は苦笑する。その視線の先では一歩、また一歩と椛か近づいてきた。
両手でしっかりと構えた椛の刀は、ゆっくりと持ち上げられると光りを受けて鈍く輝く。
そして容赦無く振り下ろされた。
風を切り、限界まで伸ばされた腕は、目的を果たす。
そして小さな雄叫びをあげた。
それは視界を鮮血が彩ったわけでも無く、絶望と嘆きの叫び声でもなかった。
横から飛び込んできたつむじ風による、勝利の雄叫びだった。
「文さんっ。奪い取りやしたよ」
刀が振り下ろされた瞬間に観念したように閉じた目を開くと、額の薄皮一枚のところで止まっている刀、視線の先にはこれ以上無いほどの笑顔を浮かべた弥助、そして縁が映る。
ただし縁の右腕にあった輝く宝石は、部屋の端から走り抜けて一瞬のうちに掠め取っていった弥助の両手に握られていた。
「残念だったわね。発動にあまり大きな妖力もいらず。どのような条件下でも普遍の効力を発揮する。とても良い事尽くめの魔術道具が持つ弱点を教えてあげるわ」
誰かが宣言した訳ではないが、立場が逆転したことは一目瞭然だった。
「奪われたらそこで終わりということよ。弥助君やってちょうだい」
「いやっ、やめて―――――――――っ」
縁の悲鳴など気にせず、弥助は手に持つ宝石を少し持ち上げると思いっきり地面に叩きつけた。
それは、小さな流星となり勢い良く部屋中に散らばる。
もはやただの宝石と化したそれらを縁は地面を這って掻き集めるが、幾ら集めた所で何が出来るわけでもないのは分かりきったことだった。
「良くやったわね。きっと弥助君なら分かってくれると思っていたわよ」
文が言った『椛の相手は自分がする』とは、弥助には別の仕事があるという意味を含んでいたのである。
それを正確に理解した弥助は縁が周りを見る余裕が無くなる時、つまり文に止めを刺す瞬間を辛抱強く待っていたのだった。
掏りなどいつもしていることなのに、今回の掏りは不思議なほど大きな達成感を弥助の心に与えていた。
「ところで椛。いつまで私に刀を向けているのよ」
そう言いながら文はそっと椛の両手を握る。椛は動かないのではない、動けないのだ。そもそも勢い良く振り下ろされていた刀が自分の身体を縛る妖力が止まったからといってそう簡単に止まるわけが無い。
薄皮一枚で止まった刀は、椛が必死で文を傷つけまいと妖術に抗っていたことの証明といえた。
相当の負担が身体と精神にかかっていたはずである。石のように固まった身体をほぐそうと、文は椛の両手を暖めるように包んだ後、頭に手を伸ばして優しく撫でる。
「必死であいつの妖術に対抗しようとしていたのね。偉いわよ」
きっと、緊張の糸が切れた椛は泣き出すだろうと思っていた文だったが、その予想は完璧に外れた。
ゆっくりと刀を下ろし、一度目を伏せた椛はくるりと身体ごと縁の方に振り返る。そして再び目を開くとそこには一匹の獣がいた。
「あ、あれ? 椛?」
文が思わず一歩後ろに引いてしまうぐらい、禍々しく荒ぶる妖気が椛の身体から放出される。
「文さん、後に下がっていてください。弥助君ありがとう。助かったわ」
地獄の底から響くような低い声はとてもお礼を言っているように聞こえなかったが、文は大人しく言われた通りにし、弥助はその気配に驚いて大回りに走って文の後ろ逃げ隠れる。
ぶつぶつと何かを呟きながら、いまだに床を這って宝石を集めていた縁が動きを止めて前を見る。
それもそのはず。これだけの殺気が向けられれば、どんな馬鹿でも自分の置かれた状況は理解できるだろう。袴の裾を払いながら椛は一歩、また一歩と縁に近づいてゆく。
「えっと、あなたは椛さんでしたっけ?」
「黙りなさい。あなたは、私に絶対に許されないことをさせた」
椛は鬼でも向かい合ったら逃げ出すであろうほど凶悪な目付きで縁を射抜く。
「か、こ、あ、あなたたちっ。この天狗を止めなさい」
宝石が無くてもマネキンぐらいは動かせるようで、命令されたマネキンたちが次々と椛に襲い掛かってゆく。
「幾らでもかかってきなさい。別に弾幕を張るつもりも無いわ」
刀を構えなおすと、椛は静かに終わりを告げる。
「貴方たちは、全て、私の手で、殺し尽くしてあげるから」
「椛姉ちゃん。文さんを斬りつけちゃったことが、相当頭にきてるんだな」
「おーい、椛やーい。傷はもう塞がってるし、この程度ならすぐに治るわよー」
遠くから一応声をかけるが、まったく耳に入らない様子で椛は一体、また一体とマネキンを切り捨て、砕き、ただの塊に戻してゆく。
「ねえ弥助君。よく言われることだけどさあ。私しみじみと実感したわ」
「あ、きっと俺も同じ事を考えてるぜ」
そして文と弥助は声を揃えて呟いた。
『普段大人しい妖怪ほど、キレると怖い』
犬走椛の逆鱗に触れた縁が消滅したのは、その僅か数分後だった。
数日後、文と椛はのんびりと銀座を歩いていた。
椛はいつもどおりの袴姿だが、隣を歩く文も今日は花模様を散らした銘仙の和服に身を包んでいる。少し窮屈そうに見えるのは椛の物を着ているからだろう。
「……文さんは大きいですからね」
「何か言った?」
「いえ、そんな不機嫌そうな顔をしなくても良いんじゃないですかって言ったんです」
「あのスーツは一張羅だったのよ。まさかこんなに早く手放す事になるなんて」
「すみません。私が悪いんですよね」
口惜しそうに文が呟くと、隣で椛が小さくなる。
「あのね、椛が気にすることはないのよ」
幻想郷ではいつもスカート姿だというのに、よっぽど文はスーツ姿が気に入っているらしい。文が和服を着ている姿というのは非常に立ち姿も良いし色気もあるので問題ないと椛は思うのだが、文には文のこだわりがあるようだ。
「珍しいから写真でも撮ったらどうですか?」
椛が控えめにいうと文は返事の変わりに睨みつける。そしてしばらくした後に自分の態度を面白がるように笑った。
そのまま浅草に向かって歩いていると、日本橋に差し掛かったところで自分たちの名を呼ぶ大きな声が聞こえた。
「文さん、椛姉ちゃん。こんにちは。今日は何してんだい?」
「銀座に文さんのスーツの採寸に行ってきた帰りなのです」
「こんにちは。今日も元気に働いているようね」
それはイタチの弥助だった。
出会ったときのように商家の小僧のような服装をしているが、一つだけ違うのは『太』と染め抜かれた前掛けをしていることだ。
先日、縁との戦いが終わると、後片付けはどうしましょうかという椛の問に、この程度の事なら人間は物事を都合よく解釈して処理してくれるわと文は返事をすると椛と弥助を連れてその場を立ち去った。
そして外に出た所でこれからも掏りを続けるのかと質問した文に、他に芸も無いからなと弥助が返事をすると、文は神保町まで足を伸ばし、人間社会に溶け込んで古本屋を営む天狗の太郎に弥助を預けたのだった。
弥助も思う所があったのだろう。太郎の下で仕事を頑張っているようである。
「どう、仕事は楽しい?」
「太郎の親父さんは人使いが荒いぜ。でもその分勉強になるし、仕事が終わると優しいな」
そう言って笑う弥助の頭を強めに撫でると、文は明るく笑う。
「それじゃあ、弥助君はもう私たちの家族ね」
妖怪は非常に集団意識が低い。集まって社会を作るのは天狗と河童ぐらいだ。家族という聞き慣れない響きに弥助は照れたように顔を伏せる。
はぐれて行く妖怪、孤独を深めてゆく妖怪、そして新たに集まる妖怪と色々いるのだと椛は思った。
「なあ文さん。俺、今回のことは色々勉強になった。何より文さんと椛姉ちゃんに会えてよかったぜ」
「そう、そう言ってもらえると嬉しいわね」
「これからは真面目に働いて、いっぱしの妖怪になってみせるぜ」
ちょっと背伸びをした物言いに椛はおやっと思いながらも口元が緩んでしまう。
弥助が何を言いたいのか椛にとってはすぐに分かるが、そういうことに鈍感な文はいつまでたっても気付かないことだろう。
「ところでさ、今日の文さん綺麗だな。スーツも悪くないけど、やっぱりそういう服装の方が似合うよ」
弥助の悪意など全く無い誉め言葉に、椛があっと思った瞬間には文の右腕がその頭蓋骨を握り締めていた。
「なななな、なんだよ。文さん」
「忘れなさい。いい? 今日見たことは忘れるのよ?」
視界を隠され、脳に走る激痛に弥助は驚いた声を上げる。しばらくして開放された弥助は訳がわからないと抗議するが、文の方はしかめっ面で忘れなさいと繰り返す。そんなやりとりをしばらく交わした後に、お使いの途中だからと弥助は別れの挨拶をすると駆け出していった。
日本橋を過ぎたところで椛がポツリと呟く。
「あの、先日の妖怪なんですけど」
「ん? あの縁とかいうやつね」
「考えてみると決して悪い妖怪だった訳じゃなくて、ただ、この周辺が賑やかになりすぎて、それに流されてしまったのでしょうか?」
「問答無用に斬り捨てた椛さんにしては優しいことを言うじゃない」
「うっ。それを言われるとそうですけど」
「冗談よ。椛の言うとおり人の生活が変われば自然の形も変わり、妖怪も巻き込まれる。そうね、天狗や河童は集団で生きているから色々手を打ったりみんなで協力しあえるけど、一人で生きている妖怪というのはちょっと可哀相かもね」
前を見つめながらゆっくりと呟く。それは、文が大事なことを話すときの癖だ。そしてそっと目を伏せると椛の方を見てにっこりと笑った。
どうやら、後は自分で考えなさいという意味のようだ。
視線を遠くにしてみれば、今日も日本橋は変わらず多くの人が行き来している。数え切れないほどの人間の数の中で、妖怪はこの帝都でどう生きて、これからどう生きてゆくのだろうか。
風を頬に受けながらぼんやりと考えていた椛だったが、先ほど勢い良く走っていった弥助の後姿を思い出すと、妖怪だってまだまだ元気なのだと笑みがこぼれてくるのであった。
○射命丸文は大正時代の日本に記事を探しに来ていますが、のんびりしています。
射命丸文は妖力の殆どを封じられています。
以上を、ご承知していただければ一話完結型ですので問題なく読んでいただけると思います。
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天狗たちの住む屋形は妖怪の山でも高い位置に建てられている。そのため日が昇るのが早く、朝は肌寒いほどだ。
しかし窓から差し込む日の光で椛が目を覚まし、身体を起こすとうっすらと汗ばんでいた。眠気を払うために首を振ると、隣で布団に包まり気持ち良さそうに眠っている文の姿が目に入って心臓が大きく揺れる。
顔を真っ赤にして慌てて後ずさりそうになったところで椛は思い出した。
「そうだ。ここはお山じゃないんだ」
鼓動の早くなった胸を押さえて呟く。
「もう、いい加減に慣れないと」
射命丸文と犬走椛が大正時代の日本に来て、浅草の外れの長屋街に住み着いてから半月が過ぎようとしていた。
『文と椛の現界徒然話』
「さて、それじゃあ百貨店に行きますか」
昼を過ぎた頃、文と椛はのんびりと買い物に出かけた。
明治を国が近代化した時代とするとしたら、大正は民衆の文化が大いに発達した時代といえる。その特徴の一つとして『百貨店』が乱立したことがあった。
浅草の長屋から南に歩き日本橋の手前まで来れば、そこは人に溢れている。
「今日も凄い人の数ですね。文さん」
「たくさんいるわね。ところで今日は何を買う予定なの?」
「昨日洗っていたらお茶碗が割れてしまったのでそれが一つと、前々から欲しいと思っていた小鉢をいくつかです」
日本橋近辺には三越と白木屋が争うように建っており、もう少し南に行けば高島屋、その先にはレンガ造りで有名な銀座の店がいくつも並んでいる。
「文さん、どこにお邪魔するのですか?」
椛は楽しみを待ちきれない子供のようにそわそわしている。妖怪の山からほとんど出たことのなかった椛は、見るもの聞くもの今の生活の何もかもが新鮮なのだ。
妖術で人には見えないようにしている尻尾が揺れ動いて、つい文にぶつかってしまう。
小さな笑い声と共に、白く長い指でそっと椛のわき腹が突かれた。
「椛、いくら見えないようにしているからって、それが人にぶつかったらまずいんじゃないの?」
からかう文の言葉に、椛は顔を赤くして尻尾を振るのを抑えたのだった。
越後屋の流れを汲む高級志向の三越は避けて、文と椛は白木屋に行くことにした。創業一六六二年、以来二百五十余年の歴史を持つ老舗だが多くの品揃えと低価格で常に人に溢れ繁盛している。
「この界隈じゃ白木屋が一番ね。質良し、数良し、値段良し」
「本当にそうですよね。あ、文さんあっちに行きましょう」
呉服から化粧品、日用雑貨まで一通り見て歩き楽しんだ後、目的の茶碗と小鉢を買った椛は会計を済ましそれらを風呂敷に包むと、階段の脇で待っている文の元へ向かった。
数え切れないほどの人数が階段を上り下りしているが、その多くが横目に文を見ている。その様子に椛はくすりと笑った。
何故か文は現界に来てから男装をしているのだ。薄いストライプの走ったフランネルの背広にネクタイを締め、ボルサリーノの中折れ帽を目深にかぶっている。もちろん肩幅や腰つきから男でないことは一目瞭然だ。
興味深そうに覗き込んでみれば、そこにいるのが映画女優もかくやという眉目秀麗の麗人となれば、誰もが驚きの表情を隠せない。
ちなみに椛は濃紺と白の矢絣模様の和服に紺の袴という、どうみても女学生の姿である。
初めてこの服を着たときに文が『袴は良いわね。まさしく大正浪漫』としみじみと呟いて誉めてくれたので、以来この服装は椛のお気に入りだった。
唐草文様の風呂敷を片手に文に駆け寄る途中で、椛は保安係が多いことに気がついた。
掏りや盗人に注意し、喧嘩や争い事が起きないように揃いの制服を着て角に立っている人だけでなく、私服を着て客を装っている保安係もいる。ぴりぴりした表情から最近事件が多いのかと椛は小首をかしげた。
もっとも保安係の表情が硬いのは違う理由かもしれない。そう思いながら椛は文に質問した。
「文さん、気付いていますか?」
「あの無粋な連中のこと?」
軽く身を乗り出し、吹き抜けの一階を見下ろしながら文が呟く。そこにはどう見てもヤクザにしか見えない一団がいた。
中央に紋付袴の老人、その脇には若頭なのだろう上等なスーツに身を固めた男が一人、そして周りを十人ほどの揃いの半纏を着た男たちがいる。
「違いますよ。でも、文さんはあの男たちが気になるんですか?」
「別に~」
興味が無さそうに文は呟くが、その言葉を鵜呑みにして話題を変えては後で何を言われるか分からない。新聞記者を志す者は普段と変わった事には気をつけねばならないといつも言われているのだ。
椛は耳に神経を集中して、人間では絶対に無理であろう距離で交わされている会話を聞き取ってゆく。
「あの人たちは東方組という人たちのようですね。どうやら組長さんの一人娘の誕生日プレゼントを買いに来たようです。一階は輸入物のレースのハンカチが並んでいるのでそれが目当てなのでしょう」
よく見てみると、店長らしい男が組長の横で解説をしている。さすがこれだけの店を任されるだけあって肝が据わっているのだろう。動きも言葉も澱みはないが、それでも顔色は心なしか青い。
「ところで椛が気になっているのって、あの子でしょう?」
椛の返事が合格点だったようで、少し笑って文は話題を変えた。
ピンと伸ばされた人差し指の先を追うと、一階ホールの柱の影に長袖の襦袢の上に縞の袷を着て、流行の鳥打帽をかぶったいかにも商家の小僧の姿をした少年が居た。
「はい、あの少年です」
「どこからどう見ても商家の小僧よね」
「そうですね。でも、彼、妖怪ですよね」
「うん妖怪ね。こんな所で何をしているのかしら?」
椛が断定すると、文もさらりと返事をする。
実はこの帝都に妖怪は少なくない。半日も歩き回れば一匹や二匹どこかで必ず出会う。しかしよほど凶暴な妖怪か、その領域で乱暴なことでもしなければお互いに無干渉である。とはいえあのような小さな妖怪が人間社会の象徴でもある百貨店にいるというのは、珍しいと言えるだろう。
一階まで階段を下りたところで、話し掛けてみようかと少年に近づこうとする椛を文が手で制した。少年がゆっくりと動き出したのである。
人ごみを縫うように掻き分けて向かった先は、さきほど話題にしたヤクザの元だった。
肩を張って周りを威嚇するように輪になっている手下の男たちも、これだけの人数がいる場所では誰も近づけさせないという訳にはいかない。特に、年端もいかぬ少年ともなれば目にも止まらなかったのだろう。
店長とその説明を真面目に聞いている組長の両者に若頭は神経を集中している。
その若頭と商品の陳列台の僅かな間を潜りぬけた少年は、歩くと走るの中間の速度で大げさに頭を下げながら走り抜ける。
もっとも頭を下げるときに、帽子が落ちないように抑えたのが左手であったことを文と椛は見逃さない、その間に右手は若頭の左胸の裏側へ走り役目を終えていた。
「あら、やるじゃない」
面白そうに呟きながら文は百貨店の出口に向かって大股に歩き出した。慌てて小走りに椛も後を追う。
文は前屈みになってそのまま出て行こうとする少年に素早く横から足を引っ掛けると、首根っこを捕まえてそのまま物陰に連れてゆく。椛はその間、何食わぬ顔で二人の横に立って成り行きを見守っている。
「ちょっと、兄ちゃん何するんでい」
物陰に降ろされると勢い良く少年が食って掛かる。だが、文の顔を正面から見たとたんに俯いて小さな声になった。
「何でい……女か」
「女だとどうかしたのかしら」
からかうように言いながら、文は自分の右手を持っているものと一緒にひらひらと振る。
「あ、それは俺の」
少年は懐に手をやり自分が掏った財布が文の右手に移っていることに気付くと、勢い良く飛びつこうとしたが、文はひらりと身をかわしながらその頭を叩く。
「良い腕をしているようだけど一体何を考えているのよ。こんなことして騒ぎを起こしたいと言うのならただじゃおかないわよ」
文の言葉に少年はそっぽを向く、その態度にため息を一つ付くと財布を椛に放り投げた。
「とりあえず椛、騒ぎになる前にこれを返してきて」
財布を胸の前で受け取りながら、あっさりと頷く椛に少年は目を丸くする。財布を掏るのは一苦労だが、元に戻すのはもっと難しい。それを、いかにも女学生にしか見えない風貌の子がしようとしているのである。
何か言いたそうな少年を無視して、椛はすたすたとヤクザの一団に近づいてゆく。
ちょうど買うものを選び終えたようで、山のように親分が指差したものを女の店員がテキパキと包装してゆく。一刻も早く帰って欲しい気持ちがありありとにじみ出ているほど素早い動きだった。
隣で店長が会計を若頭に伝えた所で、その顔色が変わった。無論値段に驚いた訳ではない。
スーツの内ポケットを調べ、外のポケットを調べ、ズボンのポケットを調べ終えたところでさらに慌てた顔色になる。
その様子を怪しく思った親分が声をかけようとしたところで、いかにもふらりと通りかかったという感じの椛が、あちこちに動く若頭の手にぶつかりそうになり驚いたという感じで足をよろめかせ、両手を大きくばたつかせる。
すると手に持った風呂敷が勢い良く広がり、中の茶碗と小鉢が宙に浮いた。その場にいた全員の視線がそちらに集中した時に、広がった風呂敷の裏で椛の右手が素早く動き仕事を終える。それと同時に左手を伸ばして茶碗と小鉢を受け止めた。
何十人もの安堵のため息が聞こえる中、椛は大げさに頭を下げると俯きながらヤクザたちの前を立ち去り、小走りに文たちの元へ戻ってきた。
ヤクザもいかにも家の買い物にきましたという女学生相手では怒るわけにも行かず、その後姿をひと睨みしただけで終わりにする。
再び店長が会計を催促した所で、若頭はもう一度胸に手をやり財布に気付く。驚いた表情をしながらも型崩れするぐらい分厚く札が入った財布を取り出し、言い訳をしながらも店長に支払いをした。
「椛、お疲れ様」
「いえいえ、お安い御用です」
ヤクザが店を出ることころまで見届けると、文は椛に労いの言葉を向ける。
「なんなんだよおまえら……あ、なんだ、おまえたちも妖怪か」
少年が呟いた所で、文は勢い良く鳥打帽の乗っかった頭を叩く
「ガキにおまえ呼ばわりされる覚えはないわ。私たちは誇り高き天狗の一族よ」
天狗と聞いて少年は驚くと同時に、納得した表情になる。敏捷性と機転に優れた天狗の一族ならば、目の当たりにした手際の良さも不思議ではない。
「俺はイタチの弥助だ。こっちだって天狗に叩かれる安い頭はしてねえよ」
全く威勢の良さを失わない少年を、文は少し驚きながらも気に入ったらしい。
「あらそう。私は射命丸文、こっちは犬走椛。頭を叩いたことは謝ってもいいわ。でもイタチの一族の弥助君。妖怪ともあろうものがしけた仕事をするものじゃ無いと思うわよ」
「掏りがしけた仕事だっていうのかい?」
「自分でも分かっているのでしょう? 掏りが悪いなんて言わないわ。でも人を困らせるだけの事を仕事と認める訳にはいかないわよ」
自分の言っていることが理解できなければ、それこそ馬鹿だとでも言うように文は勢いが良い。それを聞きながら椛は小さく笑った。文は子供に対して非常に厳しい。椛も幼い頃はこの調子でポンポン怒られた。だが、それが優しさの裏返しであることを今の椛は知っている。
誰の金を掏ろうと勝手ではあるが、こんな百貨店の真ん中で掏っては金を払えなくなったヤクザは引っ込みがつかないし、とはいえ騒ぎを避けるためにお金を貰わずにヤクザを帰したりしたら、今後どんな尾ひれの付いた噂が流れるか分からない。店にもヤクザにも面倒な話になってしまう。
「わかったよ。もう今みたいな軽はずみな事はしねえ」
散々に言われて今度は素直に謝る弥助に、文は膝を折って同じ視線になると、黒く大きな瞳で弥助を見つめながらその肩を叩いた。
「うん信じるわ。ではイタチの弥助君。これからよろしくね」
文が見せた笑顔に弥助は少し驚いた顔をしてそっぽを向く。つれない態度に文は不思議そうな顔をしたが、その様子を見て椛は少し慌てる。
なんでも自分より知識が深く頭の切れる文だが、一つだけ抜けている所があるのだ。文はいつになっても自分が魅力的だということを理解してくれない。上は天狗の仲間たちから下は妖怪の森に住む鴉まで文を慕っている者の数が多い事に、全く気付いてくれないのだ。
「ところでさ、言い訳じゃねえけど今回の掏りはちゃんと理由があったんだぜ。このイタチの弥助。チンケな仕事はしねえ。最近よくいるぼんやりさんなんて絶対に狙わないぜ」
弥助が照れ隠しのようにそういうと、そこで文の表情が変わった。慈愛に満ちた表情から、新聞記者のそれに変わる。
「保安係が多いのが気になっていたんだけど、やっぱり最近何かあるの? ぼんやりさんって何かしら?」
鋭く聞き返す文の言葉への弥助の返事は、大きな腹の音だった。
緊張感を台無しにするその音に弥助は顔を真っ赤にして、文と椛はくすくすと笑う。
「そういえばもうお昼ね。それじゃあ、ご飯にしましょうか」
上野に戻るのは距離があって少し手間だし、百貨店のレストランはどこも満員御礼だろうということで文と椛と弥助は銀座まで足を伸ばし、銀座の中心四丁目尾張町にあるカフェライオンでランチを食べることにした。食後にコーヒーを飲みながら改めてお互いの自己紹介をする。
イタチの弥助はまだ生まれて二十年程度の幼い妖怪で、埼玉の吉見百穴という名の古い丘を根城にする一族だが、毎日同じ事を繰り返す日々に退屈して飛び出してきたのが一年ほど前らしい。そして人の多い帝都で人の姿に化け、掏りをしては金を稼いでいるそうだ。
一人で生きていけるほどに成長した妖怪が一族から離れるのはよくある話なので、文も椛で不思議には思わなかった。天狗や河童のように、同族意識が強い妖怪の方が珍しいのである。
次に文と椛が自己紹介をすると、噂話ばかりで天狗に会ったのは始めてという弥助は非常に興味深そうに話を聞く。確かに、関東平野の広がる埼玉や東京には天狗が多数住むような山はそうそう無い。そして自己紹介を終えた所で、文は話を元に戻した。
「それで、ぼんやりさんってどういう人なの?」
「最近、百貨店に変な客が多いんだ」
「変な客?」
「一日のうちに、同じ商品を二回買いに来るんだ」
弥助の言葉に、文と椛は小首をかしげる。
「それは、安いものじゃないわけよね」
「そうそう。ほとんどが洋服とか、宝石とかだ。店員だって変な顔をしながらも売ってくれと言われれば売るしかねえからな。でも、変な話だろ?」
「変な話ねえ。一度に同じ本を三冊買う妖怪なら見たことあるけど」
「三冊も買ってどうするんですか?」
「それは自分で聞いてみなさい。きっと待ってましたとばかりに一冊貸してくれるから。それはともかく同じ洋服や宝石を二つも買っても意味が無いわよね」
「多いときは俺が見た限りじゃ一日に三組とかあるんだぜ」
「そういう人たちは何時頃から見かけるようになった?」
弥助は記憶を手繰るように頭をかいた後に返事をする。
「多分、一ヶ月前ぐらいかな?」
「そう、それじゃあ最近と言えば最近な訳ね」
腕を組んで考え始めた文を横目に椛が弥助に質問する。
「あの、ところで今の話とぼんやりさんってどう繋がるんですか?」
「こいつは失礼。文さんとの話に夢中でその説明を忘れていた。ありがとな椛姉ちゃん」
弥助にとって、文は文さんで椛は椛姉ちゃんらしい。本人にはこだわりがあるのだろう。
「最近百貨店にな『ぼんやりとした』一見して心ここにあらずといった客が来るんだよ。うんで洋服とか宝石を買っていくんだ。そして二時間ぐらいするとまた来て、同じ商品を買っていくんだ。そんときゃしっかりした足取りだし表情もすっきりしている」
「だからぼんやりさんな訳ですね」
「そうそう。でさあ、そんなぼんやりとした相手なら財布を掏り易い訳よ。だから最近は百貨店の客は掏り易いと評判になって他のシマのやつらも来ているのさ」
「それで百貨店の中に保安係が多かったわけですね」
椛が納得したように顔を頷かせると、組んでいた腕を元に戻した文が質問した。
「弥助君がシマにしているのは白木屋ばかりなの?」
「いや、あまり入り浸っていると顔を覚えられるから高島屋と半々だな。三越は下足番がいて入退場が面倒だから行かねえ」
「それで、ぼんやりさんは白木屋にも高島屋にもいるの?」
「俺は毎日掏りをしているわけじゃないけど、ここ最近はどっちに行っても見かけるな」
その言葉に文は頭をめぐらせる。一日に数組、しかも数箇所の百貨店でその『ぼんやりさん』がいるとしたら、一日十組は下らないことになる。それを一月繰り返していたとしたら途方も無い数と金額である。
これは、どう考えてもおかしい。
「文さん、おかしい話ですよね」
「おかしすぎるわね」
「何にせよお陰で最近百貨店には掏りが多くて商売あがったりだ」
「あれ? さっきはそんなに掏りのような人はいましたっけ?」
小首をかしげる椛に弥助だけでなく文も笑った。
「椛、さっきはヤクザの一団がきたから掏りはみんな逃げ出したのよ」
「ああ、そういう訳ですね」
「そうさ。だけど俺は自分のシマだからな。ヤクザが来たから逃げましたじゃすまないから、周りのやつらに俺の腕を見せてやりたかったのさ」
少しだけ意地を込めて呟く弥助を、文はさっきのように怒りはしなかったがその分諭すようにゆっくりと話し掛ける。
「その考えは悪くなかったかもね。だったら次は財布なんかじゃなくて、懐に呑んでいる紋付のドスとか掏ってやんなさい」
「そんな金にならない物より、財布の方がいいじゃねえか」
「まだまだね。自分の仕事の意地を見せる時にお金を考えちゃう内は子供よ」
しみじみと言われても弥助はきょとんとした顔をしている。ちょっと早かったかなと自嘲気味の笑みをこぼした文はコップの水を一口飲んだ。
「椛、新聞記者がネタを探すのに大事なことは?」
「質の高い情報を得る事と、それを判断するために正確に現場を理解することです」
「そういうこと。それじゃあちょっと様子を見てみましょうか。弥助君は一緒に行く?」
このような場合、文は決して強制はしない。
「ぼんやりさんが解決しないで、シマにこれ以上掏りが増えるのは勘弁だからな。手伝うぜ」
「それじゃあ、よろしくね」
席を立ち帽子を被り直しながら文が微笑むと、傍目で分かるほど弥助の顔が赤くなる。
「飯、うまかった。ここは俺が持つぜ」
そう言って会計をするために女中を呼ぼうとする弥助の頭を文が軽く小突く。
「何かっこつけてるのよ。私が払うわよ」
不思議そうな文の表情と、ちょっと悔しそうな弥助の顔を見ながら椛はくすくすと笑ってしまった。
カフェライオンを出ると目の前には服部時計店があり、その屋上には銀座の名物である時計台が今日も変わらず時を刻んでいる。そのまま北に歩き出すと左手側には甘く美味しいジャムを売っている明治屋、江戸時代から続く呉服問屋の越後屋、そして椛が愛してやまない伊東屋が並んでいる。
この店は和紙、用紙、文具の店で小物が好きな椛は何時間いても飽きることが無い。
買い物好きな椛は百貨店の賑やかさも好きだが、落ち着いた雰囲気を持っている銀座の店を一つ一つじっくりまわるのも好きだった。ふと、右手側にそびえるビルを見上げて椛が質問する。
「このビル。まだ何のお店も入って無いですね」
「そういえばここに百貨店が出来るみたいな話は何回か聞いたけど、看板一つ出てないわね」
顔を上げながら話す文と椛に、横から弥助が言葉を繋ぐ。
「ここは一時期寝床にしていたんだけど、最近どこかの会社が倉庫代わりに使い始めたみたいでさ。昼にしょっちゅう人間が来るんで出てった。二月ぐらい前だな」
「そうなんだ。中にしまってあるのはどんな荷物?」
「金目の物はねえよ」
「別にそういうことを聞きたいんじゃないわよ」
「机とか、椅子とか、それとマネキンが一杯あってあれが不気味だった。言われてみると百貨店にする準備なのかもな」
「今は何処で寝泊りしているんですか?」
「その日暮らしさ」
質問する椛に弥助はさらりと答える。
「それでは大変じゃないですか?」
「そうでもないぜ。元々どこかに住み着いている妖怪なら木が一本切られただけで怒るけど、俺らみたいのは生きていけりゃ良いんだからな。最近はだいたい日本橋の下で寝ている」
地元を愛する妖怪が正しいか、移りゆく時代に適応する妖怪が正しいかはどちらともいえないが、弥助が逞しく生きているのは確かであろう。
銀座を北に抜ければすぐに京橋であり、そこには高島屋が立っている。こちらも元は江戸時代から続く老舗である。
三人は顔を見合わせて頷き合うと、ゆっくりと中へ入っていった。
昼を過ぎてさらに賑わいを増した百貨店の中を一通りまわって見ると、確かに保安係が多いのが目に付いた。
確実にそうと分かるわけではないが、そこかしこに掏りらしい目つきが鋭い男や、商品を見ているより周りの様子を伺っている女の数も少なくない。
そんな中で椛が文の肩を叩く。
「文さん、あちらの女性なんですけど」
「はいはい、見つけたわけね」
椛の視線の先では宝石売場で商品を指差している妙齢の女性と、笑顔で対応している男性店員がいる。椛は耳に神経を集中すると、その二人の会話を拾ってゆく。
『こちらを一つ頂きたいのですが』
『はい、毎度ありがとうございます。ところで大変失礼ながら、午前中にもお買い上げ頂きませんでしたか?』
『あら、変なことをお聞きになりますのね』
『申し訳ございません』
『いえ、良いのよ。私もさっきから一度買ったような気がしてならないのよ。でも、手元に無いし、はっきりしなくて』
『ではこのまま売約済みということにも出来ますから、お屋敷に戻りましてご確認されてはいかがですか?』
『そうね、でもありがたいけどやっぱり今すぐ欲しいの。包んで頂戴』
『分かりました、では、少々お待ちください』
文と、天狗ほど耳の良くない弥助に椛は自分が聞いた会話を伝えると、文はにっこりと笑った。何か面白そうなことを見つけたり、良くない事を思いついたりした時に文はこういう笑顔をすることを椛は経験上知っている。
「本当におかしな話のようじゃない」
「何だよ。俺のことを疑っていたのかよ」
「そうじゃないわよ。でも、気に障ったならごめんなさいね」
弥助の事を疑っていた訳ではないが、新聞記者たるもの自分の目で確認することが鉄則である。
「どうしますか? あの女性を追いますか?」
「あの女性を追ったってもう何も出ないでしょうね。それじゃあ次に調べることは?」
「もちろん『ぼんやりさん』を見つけることですね」
椛の言葉に頷くと文は先頭に立って物陰へ行く。後はひたすら待つだけであるが、忍耐力は新聞記者の必須の能力である。
特に会話などをするわけでもなく、出入口の人の流れを見つめている。年齢もまちまち、服装もまちまち、ただ誰もが今日の買い物を想像して楽しそうな笑顔をしながら入ってきて、出てゆく人たちは満足そうな顔をしている。
椛は心の中で、百貨店とは性別も世代も超えてどんな人間も幸せにしてしまう魔法の箱みたいだなと思った。
一時間ほどたった頃、待っていたそれは現れた。
「あれね」
「あれだな」
「あの人ですね」
遠目にも分かるほどぼんやりとした雰囲気の女性が、頼りない足取りで入ってくると真っ直ぐ宝石売場へと向かった。
商品を解説する店員に生返事をしながら、焦点の合わない目線を右へ左へ動かしている。一通り説明を終えた店員が次の客の元へ向かった所で、近くで不自然な動きをしている男が目に付いた。
「あいつは掏りだぜ、文さん」
「きっとそうね。ここで掏りに出てこられると面倒なんだけど」
掏りからしてみれば見るからに心ここにあらずという客ほど標的にしやすいものはいないのだろうが、ここで横から邪魔されては文たちが様子を見ていた事が無駄になってしまう。
「椛、一仕事してきてもらえる?」
文の言葉に椛が返事をしようとした時に、すでに弥助が一歩前へ動き出していた。
「ここは俺のシマだぜ。任せておきな」
言うが早いが忍び足で男に近づいてゆく。掏りに限らず盗人というのは仕事をする瞬間が一番油断してはいけないことを知っている。だから標的に集中しているようでその視界はとても広い。
そんな相手に気付かれることなく近づく弥助は、言うだけあって筋が良い。
「おおっと、ごめんよ」
いかにも急ぎの小僧という感じで男に近づいた弥助は、勢い良くその足を踏むと頭を下げる。仕事を邪魔されたとはいえ暴力を振るうわけにもいかず、不機嫌な男の小言を聞き終えた弥助はそのまま戻ってきた。
一方その頃、例の女性は宝石を数点買い終えており、変わらずふらついた足取りで百貨店を出て行った。
「よし、追うわよ」
文の号令に従って百貨店を出る。日差しは暑く人は多い。その中で相手を見失わないように妖怪たちは人の海を泳いでゆく。女性はゆっくりと南下してゆき、そのまま銀座の中通りを進んでいった。
打ち水のしっかりされた銀座の町並みは、うって変わって涼しげな風が通っていた。
そして文たちの目の前で女性はビルに入っていった。先ほど話題にした、まだ何にも使われていない大きなビルである。
「椛、このビルの中、奥まで見られる?」
「わかりました。やってみます」
哨戒天狗の中でも特に優秀な椛は、千里眼と呼ばれる妖術を自在に使うことが出来る。大きな瞳の色が変わり、椛の視界の中では壁が次々と消えていった。
「文さん。巧妙に結界を張って隠れていますが奥に妖怪がいます」
「なんだって」
驚いた声をあげたのは弥助だった。薄々その可能性があると思っていた文は唇に手を当ててじっと考え込んでいる。
妖怪が関わっているとなれば、このまま手を引いて無干渉とすべきか、逆に人間に見つかって騒ぎが大きくなる前に何とかすべきか悩みどころである。
「さきほどの女性。ビルの奥、妖怪がいるところへ向かっていますがどうしますか?」
「文さん、飛び込んだほうが良いんじゃねえか?」
二人の言葉に、文は少し間をおいた後に返事をする。
「今までの例から、人に危害は加える妖怪じゃなさそうだから様子を見ましょう」
人質にでもされたら厄介だがその心配は無さそうである。文の予想通りしばらくするとふらふらと女性が出てきた。その手には先ほどの買い物袋は無い。そしてしばらく進んだ所で、遠目にも分かるほど女性の雰囲気が変わった。
「あ、術が解けましたね」
椛の呟きに、文と弥助は頷く。
女性はなんで自分がこんな場所にいるのか分からないという風に慌てながら周りを見渡した後、無理やり納得したようでそのまま北へ向かった。
「つまり、この建物の中にいる何者かが、妖術で人から金品を巻き上げているということね。それで人のほうは術が解けた後も、思いが心の中に残っているからまた百貨店に行ってしまう」
「へっ。性根の腐った野郎だな」
文の分析に、弥助が怒ったように言う。その剣幕に椛は不思議そうに質問した。
「随分と酷いことを言うのですね」
「そらそうだ。自分はこのビルで安穏として人を操ってブツを手に入れているんだろう? 身体張っている盗人のほうがよっぽどましだな」
胸を張ってそういわれると何と返事をして良いか分からず椛は困ったように視線を泳がす。
「まあ盗みを認める訳じゃないけど、言っていることは間違いじゃないわね」
ビルを見上げた文はきっぱりと二人に告げた。
「他の妖怪のすることに口を出すのは嫌だけど、被害総額が笑って済まされないぐらいよね。人が気づく前にとりあえず中の妖怪に挨拶だけでもしてきましょうか」
中に入ってみると廊下も壁も真新しい大理石造りだった。見上げてみれば豪華なシャンデリアまで設置されている。廃ビルという訳ではもちろんなく、中に入る店が決まっていないかオーナーの腰が重いだけなのだろう。そう遠からずこの場所も賑やかに人が溢れることになりそうである。
獅子が彫ってある木製の手すりに手を滑らせ、上へ上へと進みながら椛は周りを見る。妖気はほとんど感じられないし、建物には禍々しさのような雰囲気は無い。廊下を歩けば大きな窓から日光が降り注いでいる。
「相手はこの奥の部屋にいます。そこは大きいホールになっているようですね」
椛の指差した先には豪華な装飾に彩られた両開きの扉があった。文は近づいてゆくと無造作に開く。そして中に数歩足を踏み入れた所で一度歩みを止めた。
「マネキン人形?」
「凄い数だな」
「商品は、どれもこれもここで使われていたのですね」
ホールの中には数え切れないほどのマネキン人形が並んでいた。しかもほとんどが着飾り、宝石を身に着けている。ビルの真ん中に位置するこの部屋には窓は無いが、天井の明かり入れから光が降り注いでいる。その光りを受けてマネキンたちが輝いているのは、身に付けている品が安物でないことを表している。
そして部屋の中心に位置する机には使い切れなかったのであろう洋服と、宝石、そして香水のビンが積み上げられていて、その後ろの椅子には何者かが座っていた。
放心状態のように呆けた表情をしており、まだ文たちに気付いていないようである。何よりも椅子の背もたれが透けて見えている。つまり人ではなく霊なのだろう。
「お邪魔させてもらいますね。私は鴉天狗の射命丸文。こちらは仲間の犬走椛と弥助。よろしければお名前を教えていただけますか?」
部屋の中へ進みながら文がハッキリとした声で問い掛けると、相手は放心状態から戻ったようでゆっくりとした動作で文たちの方を向く。
「あら、妖怪に会うのなんてしばらくぶりね。お仲間さんいらっしゃい。私は見ての通りの霊で、縁と申します」
霊というだけあって顔色は青白いが、長い髪と糸目の、整った顔立ちをしている。全体的に儚げで透けて見えるのが霊体系の特徴だ。
文たちのように実体の有る妖怪に比べて物理能力は低いが、その分妖力が高い場合が多い。もっともこの縁という妖怪からは強い妖力は感じられない。西行寺幽々子のような存在が珍しいのだ。
「縁さんというのね。他の方の領分に邪魔するのは悪いけど。ちょっと見た感じ荒稼ぎしすぎじゃないかしら。そろそろ抑えた方がよろしいのでは?」
「何を言っているのかしら。住んでいた所がどんどん賑やかになり私は蔑ろにされたわ。それでも仕方がないと耐えていたけど、そしたら近くにこんなお城が出来て可愛い子供達まで手に入ったわ。きっと人間たちが改心したのね」
「本当にそうだったら人間もとても良い心がけをするようになったのでしょうけど、残念ながらそれは違うわ」
「でも子供たちが寒そうだから、私が着飾ってあげているの。人間たちに手伝ってとお願いしたら、みんな喜んで協力してくれたわ」
「それはあなたの力で操っただけで喜んで協力はしてないわよ」
噛みあわない会話をしながらも、これだから霊体系は苦手だと文は内心思った。怨念なり、夢なり、心残りに縛られている霊とは意思の疎通が極めて難しいのである。
「残念ながらこの場所はあなたのお城じゃなくて、しばらくしたら山のように人間が来るわ。そうしたら大事になるし貴方は敬われるどころか叩き出されるわよ」
遠慮していては通じないと思った文がきっぱりと言うと、さすがに縁は言葉を続けられず頭を下げた。そしてしばらくして肩を震わせながら再び顔を上げたとき、その表情は一変して目は血走り、口は裂けていた。
きっと、夜中に会ったらどんな大人だって悲鳴を上げて逃げ出すだろうと文は向かい合いながら思う。
「ここは私の城、そして一緒にいるのは愛するわが子、全て私が守ります」
一方的にそう宣言すると縁の周りに赤と青に彩られた無数の弾幕が浮かび上がった。
「結局実力行使ということですね。文さん」
「まあこうなってしまったのは残念だけど、しょうがないわよね」
落ち着いたやり取りをする文と椛の横で、弥助は顔色を青くする。
「なんて弾幕だよ。あんな数、イタチのお頭ぐらいしかできねえぞ」
「イタチのお頭さんは、あれぐらい出来るわけね」
弥助の言葉を聞いて文は納得したように呟く。次の瞬間赤い弾幕は時計回りに、青い弾幕は反時計回りに文たちを囲むように動き出した。
文は弥助の首根っこを掴むと、小脇に抱えるようにして弾幕の雨を次々と避けてゆく。椛は立っている場所からほとんど動かず、無駄の無い動きで後ろに逸らしていった。
「す、すげえな文さん」
「弥助君、目をつぶってないでよく見ておきなさい。弾幕ってのは心を落ち着かせてしっかり見ればだいたい何とかなるものなのよ」
続いて同じように第二波が飛んできたが、文は同じように掠りもせずに避けてゆく。だが、縁は疲れを知らないように即座に第三波を用意した。
「ひええ、次が来るぞ文さん」
怯えた声を上げる弥助を文は何も言わず床に降ろした。
「あ、あれ? 文さん?」
「もう二回見たわけだから次は自分で避けてみなさい。同じ弾幕なんだから出来るでしょう」
文の言葉を待っていたかのように赤と青の波が弥助に迫ってゆく。目を見開いて呼吸を整え避けてゆくが、少しずつ少しずつ後ろに弥助は下がってゆく。その背中に文の蹴りが飛んだ。
「弾幕を避けるのに後ろに下がるのは有効のようでダメよ。常に前に出ながら避けることを意識しなさい」
折角の文の助言だが、きっと弥助の耳には入っていなかっただろう。声を上げながらも飛び込んだ弥助は、無様に転がりながらも何とか弾幕の波に溺れることなく泳ぎきった。
その場でへたり込んで荒い息をしている弥助の前で、縁は第四波の弾幕を展開する。それを見て諦め顔になる弥助に文が告げた。
「一度避けられたんだから怖くは無いわ。自分は絶対に避けられると信じなさい」
その言葉に弥助は立ち上がると弾幕を睨みつける。先ほどと違ってその体にはいつ飛んでこようと避けてみせるという気合に溢れていた。
すると、不思議なことに縁の周りに広がっていた弾幕が次々と消え失せていった。
「あ、あれ? どうしたんだ?」
「お疲れ様。弥助君」
文は弥助の後ろに立つとその頭をよしよしと撫でる。
「あいつは自分自身の力は極めて低いタイプだけど、その代わり変わった術が得意みたいで、さっきの弾幕は弥助君の心の中にある『一番強い弾幕』を引き出して展開したようね」
「そいつは変な術を使うんだな」
「面白い術だけど、弥助君がそれを克服しちゃえば怖くともなんともない術よね」
そうして文は縁を睨みつけると挑発するように言った。
「どうする? 私や椛が『一番強い』と思うような弾幕を引き出すには、ちょっと貴方の力じゃ足りないんじゃない?」
「……くっ」
どうやら図星のようで縁の返事は言葉でもなく、弾幕でもなく、手を振ることで回りに並んでいたマネキンのうち二体を動かすことだった。
妖力を込めた拳で殴られては文といえどただで済まないだろうが、次の瞬間には手に愛用の刀を持った椛が走りこんでいて、一振りで一体を砕き、返す刀でもう一体も粉々にする。
文がスーツ姿のままのように、椛も全力を出す必要は無いと思っているようで服装は和装のままであるが、袴姿に日本刀を構えた椛の姿は不思議と絵になっていた。
「椛姉ちゃん。やるじゃん」
「私も天狗の一族ですからね。これぐらいは朝飯前です」
「なかなかやるわね。でも、ここにはまだ千体を越える子供たちがいるわよ。全員倒すのは難しいんじゃないかしら?」
「みんな可愛い子供たちとさっき言ってなかったっけ?」
「この子達はみな良い子だから、親のために犠牲になるのを厭わないのよ」
自分勝手な言い分にやっぱり霊体系は苦手だと文は思ったが、その言葉のとおり数え切れないマネキンに襲われては文たちのほうも無傷とはいかないだろう。弥助は戦力外であり、文には戦うほどの妖力は無い。
「じゃあすることは一つね。椛」
「はい、了解です」
小気味の良い返事と同時に椛は全速力で駆け出すと、縁の後ろに回りこみその首筋に刀をあてた。
「一切動かないで下さいね」
一瞬で窮地に立たされた縁であったが、首筋に当てられた刀を一瞥しただけで焦った様子は全く無い。
「天狗というのは本当に動きが速いのね」
感心したように呟いた後、文のほうを向く。
「あなたに恨みは無いけど、このまま同じことを続けるならここで成仏してもらうわよ」
「それは嫌よ。私はこのお城でこの子たちと永遠に暮らすんだから」
縁はそう言うと落ち着いた最初と同じ表情に戻る。そして糸目をさらに細くしながらにっこりと笑うと、自分の左手をそっと椛が刀を握っている手に添え、その甲を力強く引っかいた。
「痛っ」
その言葉と同時に椛はその場にうずくまってしまい、周りには今までとはうって変わって強い妖気が滲み出した。
「あややややや。これはちょっと、やばいかも」
今まで焦りもせず、落ち着き余裕を感じさせていた文が上ずった声を出す。
「うふふふ。今更気付いても遅いわよ。天狗さん」
そう言いながら縁は着ているドレスの裾から右手を出した。
その手には輝く塊があった。今まで集めた宝石を固めて作ったのであろう大きな宝石の塊である。
「文さん、何があったんで?」
弥助は訳がわからず質問するが、目の前で文は頭をかきむしっている。飄々としていた、いままでの文からは信じられない姿だった。
「妖怪というのは一目見ればだいたいその力が分かるものなのよ」
なぜならば、自分の力を隠す必要など妖怪の社会で無いからである。
「でもあいつは珍しいタイプね。自分の力はそう強くないけど、ああやって道具を作り、自分の能力を底上げする能力があるのね。どちらかというと日本の妖怪というより西洋の魔術師に近いわ」
初めて霧雨魔理沙に会った時のことを思い出して文は冷や汗をかく、妖力も魔力も欠片ほども無い人間なのに道具を器用に使ってはあの手この手で戦いを展開する。まさか、妖怪にもそのタイプがいようとは。
「うふふふ。文明開化の波で西洋の術も日本に入ってきたということかしらね」
「笑えないわよ、そんなこと言われても」
文は悔しそうにいうが、勝ち誇った縁が手を振ると椛が立ち上がった。その表情は隣の縁より青白く、心配そうに文を見つめている。
「つまりね、椛はあの妖怪の操り人形になっちゃったわけよ」
悔し紛れにおどけた感じで文は弥助に告げるが、言われた弥助は返す言葉が浮かばなかった。椛が真っ青な顔をしているのは、何も身体の自由を奪われたからだけではない、これから自分がさせられるであろう事を正確に理解しているのだ。
「さて、それではあの天狗を退治して頂戴」
縁が告げるとその右手に持った宝石が目に痛いほど輝く、それと同時に椛が勢い良く文に躍りかかった。文は弥助を壁に向かって投げ飛ばすと同時にその勢いで自分も反対方向に転がることで、飛び込んできた椛の刀を避ける。
「椛の相手は私がするわ」
起き上がりながらも文は後ろに飛ぶ、一瞬遅れて踏み込んできた椛の一閃は空を切るが、躊躇することなく続けられる第二、第三の閃光は鋭さを増し、続いた渾身の一撃は文の帽子を跳ね飛ばした。
「あ、危ないわねえ」
最後は無様に床を転がることで逃げきった文はそう呟きながらゆっくりと立ち上がる。
自分の命を狙うものがいるとしたらそれは敵であろう。しかし、今の自分の目の前にいる者を敵と思えるほど文は冷徹な性格をしてはいない。
「大変なことになったわね。椛」
「文……さん」
椛がうめくように呟くが、文は自嘲気味の微笑と共に首を振る。
「気にすることは無いわよ。なにより私が油断していたわ」
返事は横薙ぎの一閃だった。紙一重で避けたつもりだったが視界の端で艶やかな黒髪が僅かばかりだが舞い散っている。
認めたくないが文は認めなければならなかった。椛の振るう刀の速度が上がっているのである。つまり、縁の術は破れるどころか時間と共に椛の身体に深く深く染み込んでいるのであった。
「天狗すら完全に操ることができる妖術を隠し持っていたなんてね」
気付くと遠巻きであるが、十体ばかりのマネキン人形が文を囲んでいた。視界の端では弥助も別のマネキンたちに囲まれている。
「ちょろちょろ動くのはそれぐらいにしてもらいましょうか」
勝利を確信しているのだろう。縁は先ほどまでとはうって変わった余裕の表情である。
逃げ場は封じられ、目の前にはゆっくりと椛か近づいてくる。
ふう、とため息を吐くと文は右手を振るう。すると、その手には天狗の扇が握られていた。
椛に剣術を教えたのは文である。そして何度も、何度も、数え切れぬほど手を合わせてきたが文が負けたことなど一度も無い。それどころか椛の刀がその身に触れたことすらろくに無かった。しかし、今の文は妖力を封じられいつもの文ではない。
再び椛が踏み込んできた所で逃げるのを諦めた文も勢い良く踏み込む。一瞬ごとにぶつかり合う音があたりに響き、常人では目で追う事も困難なほどの速度で切りあいが続けられる。
しばらくして刀と扇で鍔迫り合いになった後、押すと見せかけて文は引き寄せ、ほんの僅かだけ椛の懐に生まれた隙間に向かって飛び込もうとする。
だが、残念ながら椛が刀を引き戻す速度の方が速かった。刀の柄で踏み込んできた文の扇を弾くと、返す刀で文を右肩から切り下げる。
一瞬遅れて、その場に鮮血がほとばしった。
「あやややや。ちょっと痛いわね」
扇を弾かれ失敗を悟った瞬間に、文は素早く後ろに飛んでいたので傷は致命傷では無かったが肩から胸を通りわき腹まで切り下げられた傷からは止まることなく血が滴り落ちている。
身体の自由はもう僅かにも無い様で、喋ることもできないのか椛が目だけで驚きと悲しみを訴える。
「やったじゃない椛。いつか私に勝つというのが口癖だったでしょう?」
飄々と文が言うと、椛の心に悲しみが広がる。
いつも文に勝ちたいと思っていた。いつだってその後ろを歩くのではなくて、肩を並べるのが望みだ。だからといって、それは、このように文を傷つけたいという意味では絶対に無いのだ。
自由に動かせないのに、感覚だけはちゃんとある手には文の体を切りつけたときの感触が残っている。
柔らかですべらかな肌を自分の刀が裂いてゆき、そこから赤い染みが広がっていった。
妖怪の山を守るため数え切れない相手を葬ってきた哨戒天狗の自分であるはずなのに、今、この手に残る感触は胃の底から何かが込み上げてきそうな気持ち悪さを胸に広げる。
「ふふふ。随分と絵になる構図でいつまでも見てみたい気もするけど、そろそろ終わりにしましょうか。さて、逃げられないようにしてあげなさい」
その言葉と同時にマネキンたちが輪を縮める。それは文が逃走できないようにという意味なのか、椛が刀を振るうことを避けられないようにするという意味なのか、きっと両方であろう。
椛は目だけで必死に訴えつづけている。深く考えるまでも無い、自分が文を殺すぐらいだったら、文の手で殺してくれと言いたいのだろう。
だが、今の文に椛を倒す力など無い。
「ねえ椛。あなた私の使っていた湯飲みの柄が好みだって、里に行ったらいつも探していたけど、見当たらないってぼやいていたわよね」
……それは、文さんと同じ柄の湯飲みを使いたいから、言い訳にしていただけです……
「あれ貴方にあげるわよ。大事に使ってあげて」
……自分は文さんと同じ物を使いたいと思ったことはあります……
「そうそう、私のカメラ。ちょっと古いけどまだまだ現役だから、あなたがいずれ記者になったら使ってあげてくれない」
……お下がりを頂けるなら喜んで使わせて頂きます。でも、形見なんて欲しくありません。お願いですから、そんな遺言みたいなこと言わないでください……
「だから、痛くないようにバッサリとお願いね」
……ああ、なんでこんなにも必死なのに、私の身体は私の言うことを何一つ聞いてくれないのだろう……
「大丈夫よ天狗さん。この子も生かしておいたら危ないから、あなたを殺したらすぐに後を追わせてあげるわ」
勝利の余裕に満ちた縁の言葉に文は苦笑する。その視線の先では一歩、また一歩と椛か近づいてきた。
両手でしっかりと構えた椛の刀は、ゆっくりと持ち上げられると光りを受けて鈍く輝く。
そして容赦無く振り下ろされた。
風を切り、限界まで伸ばされた腕は、目的を果たす。
そして小さな雄叫びをあげた。
それは視界を鮮血が彩ったわけでも無く、絶望と嘆きの叫び声でもなかった。
横から飛び込んできたつむじ風による、勝利の雄叫びだった。
「文さんっ。奪い取りやしたよ」
刀が振り下ろされた瞬間に観念したように閉じた目を開くと、額の薄皮一枚のところで止まっている刀、視線の先にはこれ以上無いほどの笑顔を浮かべた弥助、そして縁が映る。
ただし縁の右腕にあった輝く宝石は、部屋の端から走り抜けて一瞬のうちに掠め取っていった弥助の両手に握られていた。
「残念だったわね。発動にあまり大きな妖力もいらず。どのような条件下でも普遍の効力を発揮する。とても良い事尽くめの魔術道具が持つ弱点を教えてあげるわ」
誰かが宣言した訳ではないが、立場が逆転したことは一目瞭然だった。
「奪われたらそこで終わりということよ。弥助君やってちょうだい」
「いやっ、やめて―――――――――っ」
縁の悲鳴など気にせず、弥助は手に持つ宝石を少し持ち上げると思いっきり地面に叩きつけた。
それは、小さな流星となり勢い良く部屋中に散らばる。
もはやただの宝石と化したそれらを縁は地面を這って掻き集めるが、幾ら集めた所で何が出来るわけでもないのは分かりきったことだった。
「良くやったわね。きっと弥助君なら分かってくれると思っていたわよ」
文が言った『椛の相手は自分がする』とは、弥助には別の仕事があるという意味を含んでいたのである。
それを正確に理解した弥助は縁が周りを見る余裕が無くなる時、つまり文に止めを刺す瞬間を辛抱強く待っていたのだった。
掏りなどいつもしていることなのに、今回の掏りは不思議なほど大きな達成感を弥助の心に与えていた。
「ところで椛。いつまで私に刀を向けているのよ」
そう言いながら文はそっと椛の両手を握る。椛は動かないのではない、動けないのだ。そもそも勢い良く振り下ろされていた刀が自分の身体を縛る妖力が止まったからといってそう簡単に止まるわけが無い。
薄皮一枚で止まった刀は、椛が必死で文を傷つけまいと妖術に抗っていたことの証明といえた。
相当の負担が身体と精神にかかっていたはずである。石のように固まった身体をほぐそうと、文は椛の両手を暖めるように包んだ後、頭に手を伸ばして優しく撫でる。
「必死であいつの妖術に対抗しようとしていたのね。偉いわよ」
きっと、緊張の糸が切れた椛は泣き出すだろうと思っていた文だったが、その予想は完璧に外れた。
ゆっくりと刀を下ろし、一度目を伏せた椛はくるりと身体ごと縁の方に振り返る。そして再び目を開くとそこには一匹の獣がいた。
「あ、あれ? 椛?」
文が思わず一歩後ろに引いてしまうぐらい、禍々しく荒ぶる妖気が椛の身体から放出される。
「文さん、後に下がっていてください。弥助君ありがとう。助かったわ」
地獄の底から響くような低い声はとてもお礼を言っているように聞こえなかったが、文は大人しく言われた通りにし、弥助はその気配に驚いて大回りに走って文の後ろ逃げ隠れる。
ぶつぶつと何かを呟きながら、いまだに床を這って宝石を集めていた縁が動きを止めて前を見る。
それもそのはず。これだけの殺気が向けられれば、どんな馬鹿でも自分の置かれた状況は理解できるだろう。袴の裾を払いながら椛は一歩、また一歩と縁に近づいてゆく。
「えっと、あなたは椛さんでしたっけ?」
「黙りなさい。あなたは、私に絶対に許されないことをさせた」
椛は鬼でも向かい合ったら逃げ出すであろうほど凶悪な目付きで縁を射抜く。
「か、こ、あ、あなたたちっ。この天狗を止めなさい」
宝石が無くてもマネキンぐらいは動かせるようで、命令されたマネキンたちが次々と椛に襲い掛かってゆく。
「幾らでもかかってきなさい。別に弾幕を張るつもりも無いわ」
刀を構えなおすと、椛は静かに終わりを告げる。
「貴方たちは、全て、私の手で、殺し尽くしてあげるから」
「椛姉ちゃん。文さんを斬りつけちゃったことが、相当頭にきてるんだな」
「おーい、椛やーい。傷はもう塞がってるし、この程度ならすぐに治るわよー」
遠くから一応声をかけるが、まったく耳に入らない様子で椛は一体、また一体とマネキンを切り捨て、砕き、ただの塊に戻してゆく。
「ねえ弥助君。よく言われることだけどさあ。私しみじみと実感したわ」
「あ、きっと俺も同じ事を考えてるぜ」
そして文と弥助は声を揃えて呟いた。
『普段大人しい妖怪ほど、キレると怖い』
犬走椛の逆鱗に触れた縁が消滅したのは、その僅か数分後だった。
数日後、文と椛はのんびりと銀座を歩いていた。
椛はいつもどおりの袴姿だが、隣を歩く文も今日は花模様を散らした銘仙の和服に身を包んでいる。少し窮屈そうに見えるのは椛の物を着ているからだろう。
「……文さんは大きいですからね」
「何か言った?」
「いえ、そんな不機嫌そうな顔をしなくても良いんじゃないですかって言ったんです」
「あのスーツは一張羅だったのよ。まさかこんなに早く手放す事になるなんて」
「すみません。私が悪いんですよね」
口惜しそうに文が呟くと、隣で椛が小さくなる。
「あのね、椛が気にすることはないのよ」
幻想郷ではいつもスカート姿だというのに、よっぽど文はスーツ姿が気に入っているらしい。文が和服を着ている姿というのは非常に立ち姿も良いし色気もあるので問題ないと椛は思うのだが、文には文のこだわりがあるようだ。
「珍しいから写真でも撮ったらどうですか?」
椛が控えめにいうと文は返事の変わりに睨みつける。そしてしばらくした後に自分の態度を面白がるように笑った。
そのまま浅草に向かって歩いていると、日本橋に差し掛かったところで自分たちの名を呼ぶ大きな声が聞こえた。
「文さん、椛姉ちゃん。こんにちは。今日は何してんだい?」
「銀座に文さんのスーツの採寸に行ってきた帰りなのです」
「こんにちは。今日も元気に働いているようね」
それはイタチの弥助だった。
出会ったときのように商家の小僧のような服装をしているが、一つだけ違うのは『太』と染め抜かれた前掛けをしていることだ。
先日、縁との戦いが終わると、後片付けはどうしましょうかという椛の問に、この程度の事なら人間は物事を都合よく解釈して処理してくれるわと文は返事をすると椛と弥助を連れてその場を立ち去った。
そして外に出た所でこれからも掏りを続けるのかと質問した文に、他に芸も無いからなと弥助が返事をすると、文は神保町まで足を伸ばし、人間社会に溶け込んで古本屋を営む天狗の太郎に弥助を預けたのだった。
弥助も思う所があったのだろう。太郎の下で仕事を頑張っているようである。
「どう、仕事は楽しい?」
「太郎の親父さんは人使いが荒いぜ。でもその分勉強になるし、仕事が終わると優しいな」
そう言って笑う弥助の頭を強めに撫でると、文は明るく笑う。
「それじゃあ、弥助君はもう私たちの家族ね」
妖怪は非常に集団意識が低い。集まって社会を作るのは天狗と河童ぐらいだ。家族という聞き慣れない響きに弥助は照れたように顔を伏せる。
はぐれて行く妖怪、孤独を深めてゆく妖怪、そして新たに集まる妖怪と色々いるのだと椛は思った。
「なあ文さん。俺、今回のことは色々勉強になった。何より文さんと椛姉ちゃんに会えてよかったぜ」
「そう、そう言ってもらえると嬉しいわね」
「これからは真面目に働いて、いっぱしの妖怪になってみせるぜ」
ちょっと背伸びをした物言いに椛はおやっと思いながらも口元が緩んでしまう。
弥助が何を言いたいのか椛にとってはすぐに分かるが、そういうことに鈍感な文はいつまでたっても気付かないことだろう。
「ところでさ、今日の文さん綺麗だな。スーツも悪くないけど、やっぱりそういう服装の方が似合うよ」
弥助の悪意など全く無い誉め言葉に、椛があっと思った瞬間には文の右腕がその頭蓋骨を握り締めていた。
「なななな、なんだよ。文さん」
「忘れなさい。いい? 今日見たことは忘れるのよ?」
視界を隠され、脳に走る激痛に弥助は驚いた声を上げる。しばらくして開放された弥助は訳がわからないと抗議するが、文の方はしかめっ面で忘れなさいと繰り返す。そんなやりとりをしばらく交わした後に、お使いの途中だからと弥助は別れの挨拶をすると駆け出していった。
日本橋を過ぎたところで椛がポツリと呟く。
「あの、先日の妖怪なんですけど」
「ん? あの縁とかいうやつね」
「考えてみると決して悪い妖怪だった訳じゃなくて、ただ、この周辺が賑やかになりすぎて、それに流されてしまったのでしょうか?」
「問答無用に斬り捨てた椛さんにしては優しいことを言うじゃない」
「うっ。それを言われるとそうですけど」
「冗談よ。椛の言うとおり人の生活が変われば自然の形も変わり、妖怪も巻き込まれる。そうね、天狗や河童は集団で生きているから色々手を打ったりみんなで協力しあえるけど、一人で生きている妖怪というのはちょっと可哀相かもね」
前を見つめながらゆっくりと呟く。それは、文が大事なことを話すときの癖だ。そしてそっと目を伏せると椛の方を見てにっこりと笑った。
どうやら、後は自分で考えなさいという意味のようだ。
視線を遠くにしてみれば、今日も日本橋は変わらず多くの人が行き来している。数え切れないほどの人間の数の中で、妖怪はこの帝都でどう生きて、これからどう生きてゆくのだろうか。
風を頬に受けながらぼんやりと考えていた椛だったが、先ほど勢い良く走っていった弥助の後姿を思い出すと、妖怪だってまだまだ元気なのだと笑みがこぼれてくるのであった。
それで出来れば多くの人に見て欲しいから一次創作でやりたいのを東方二次にしてるようにも見えるんですよ。
さあ次も期待しよう
1作目とは随分話のノリが違いますが、それはそれで作者の挑戦ということで。
まだ続くようですが、次の作品も期待しております。
このようなタイプの話は他に書く人も少ないですし、次も期待させて貰いますね。
前のも読みましたが、なんだか読み易くなったような気がします。
(感覚なんでどうか知りませんが、話に挙がっていた改行以外にも何かあるんでしょうか。。)
時代背景や文中から読み取れる史実について
それが正しいのかどうかを判別する知識は無いので、
”そういうもの”として捕らえてしまうんですが、
そのせいかそのおかげか、1つの物語として十分楽しく読み進める事が出来ました。
きっちり取材してないと描けない細かい描写は、人によって好き嫌いもあるだろうが、自分としては好ましい。
文が語り、椛を潤滑油として第三者が語られる。
展開としても文句なく、十分「面白い」と感じえた。
慢心なく今後の精進の期待も込めて、この点数とさせて頂きます。
好みの問題かもしれませんが文の個性・感情が分かり辛いように思うので、ここで減点。
その点、未完成の人間(妖怪だが)として主人公が椛なのがしっくり来ます。
ひたむきに頑張る姿がいじらしいですね。
大正の下町東京の雰囲気の描写が上手い。
古き良き時代の映画を見ている気分になりました。
次回作も楽しみにしています。
自分の中では満点なのですが、さらに作りこんでもらいたいのでこの点数とさせていただきます。
次回作も楽しみに待っております。