Coolier - 新生・東方創想話

吸血鬼

2004/08/11 21:31:54
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 ……。

 ……。

 暑い……。

 ……。

 ……。

 あー、もう。まだ夏本番じゃないってのにさ。どうしてこう無駄に暑いのよー。

 西行寺か?

 西行寺のせいなのか? んん?

 

 

 

 今年。

 春が遅かったせいか、一気に暑さが増した。

 私はというと巫女装束を強制除去し、スリップにドロワーズという淫らな……こ、コホン、ラフな姿で団扇をぱたぱたやっていた。

 ふふ、まさに紅魔境エンディング状態。こーんな日だもの。どうせ、参拝客だって来やしないって。

 ……。

 ……。

 「いや普通に来ないか……参拝客」

 それはそれで問題のような……あー、もういいや。考えるのもめんどう。お賽銭なんて、放っときゃそのうち生えてくるでしょ(それ以前に違うモノが生えてきそうだけど)

 そもそも、お客さんがいないからこそ、こんな姿にもなれるんだし。

 実はね、自分でもちょっとだらしないかなとは思うんだけれどね。まー、この開放感がやめられなかったりするワケで。ともすればこのまま外に飛び出したっていいくらいだ。

 ……。

 ……。

 って、嘘よ、ウ・ソ。

 そりゃいくら暑くたって、そこまで慎み浅く(慎み深いの反語)ないってば。今は、人目が無いからささやかな開放感に浸ってるだけ。別に、妙な趣味に目覚めたりなんかしてないからね? 本当だよ? たださぁ──、

 振り向いた。

 ちゃぶ台を挟んで、レミリアが熱い視線を送っていた。

 ふと、彼女は手にした湯飲みをあおった。

 ずずず~、ふぅ、と一息つく。

 湯飲みをちゃぶ台に置くと、再び熱い眼差しで私を見る。

 ……。

 ……。

 前言撤回。こいつが居たんだ……。

 ったく、なんだって連日連夜、参拝しにくるんだかなー。つか、なんで私のことジロジロ見てんのよ?

 「何よ?」

 耐え切れず聞いてみる。ま、どうせろくな答えじゃないんだろうけど。

 で、レミリアは、ほぅ、と溜息みたいな息を漏らし、

 「霊夢、綺麗……。」

 「けがさないで!! 私を視線でけがさないでよ!!」

 やっぱろくな答えじゃなかったか。

 「ねぇ、霊夢。そちらへ行ってもいい?」

 「絶対ダメ!!」

 「どうして?」

 「私のなんていうか巫女としてのカンみたいなのが、今あんたを近づけることを拒むのよ」

 「……霊夢」

 「な、なによ?」

 「いけず」

 「うるさい!!」

 か、かわいく拗ねてみせたってダメなもんはダメなんだからね!!

 って、なに戸惑ってるんだ、私は!?

 「だったら霊夢、一つお願いしてもいいかしら?」

 「今度は何よ?」

 「麦茶、もう一杯頂きたいのだけれど」

 「おかわりが欲しいなら最初からそう言いなさいよ!!」

 「霊夢……。」

 「はいはい、待ってて。今、美味しいやつ持ってくるからさ」

 「……欲しいの」

 「うるさい!! 妙な声色でおねだりするなっ!!」

 あーもう、なんだかなぁ……色々と。

 キッチンへ行き冷蔵庫からキンキンに冷えた麦茶のボトルを取り出す。ついでに新しい氷も出しとうこうかとチルド室の扉を開けた。体育座りのチルノと目が合った。

 ……。

 ……。

 「なに見てるのよ?」

 「あ、いや、お勤めご苦労様」

 何事もなかったように扉を閉めた。つい思わず。

 ……一体どうなってしまったというのだろう、我が家は。ひょっとしたら、チルノって一匹だけじゃないのかしら?

 気を取り直して居間へ戻る。

 「ごめんレミリア、麦茶は冷えているけれど、新しい氷はゲットできなかった──て、どうしたの?」

 相変わらす少女はぽわわ~と私を見ていた。

 鳥肌が立った。不覚。

 「霊夢の脚、とても綺麗……ううん、可愛らしい」

 「あんた暑さに頭やられたんか!?」

 そうね、と彼女は頷いた。

 まだ本調子じゃないみたい、と。

 ……。

 ……。

 確信した。

 本調子とやらが出てくる前に、帰ってもらおう。

 麦茶を注ぎながら心に誓う。でないと、何だか私の身に危険が及びそうだから。

 つかやっぱり、痛いほどの視線を感じるのはどういう了見だコラ。で、どこを見てんのかと視線の先を追ってみると、

 ……。

 ……。

 ……私の胸元だった。

 幼き月はただ一言。即ち──。

 「おしい、もうちょい」

 「覗くな!!」

 「サービス悪いのね」

 「どんなサービスの神社だよっ、ウチは!?」

 「咲夜だったら、もう少し谷間を強調してくれるのに」

 「あんたメイドに何やらせてるのよ……。」

 「あ、でも霊夢じゃ物理的に無理かしら」

 「痩せっぽちで悪かったわね。いいから麦茶飲んでさっさと帰れ」

 「もう、そんなに意地悪ばかり言うと誤解するわよ?」

 「何がよ?」

 「霊夢、あの日?」

 「ぶっころす」

 「断っておくけれど、そういう血は欲しくないからね」

 ……お願い。もう喋るな。

 この子、あんま意識してなかったけど本当に吸血鬼なのよね。う~ん、太陽光の影響って、日傘でどうにかできる問題じゃなかったような……。

 そも、吸血鬼が太陽を恐れるのに光り自体には意味はない。アレは彼女らに課せられた呪いなんだから。

 確かに陽光を浴びれば、あの陶器のように白い肌は変色し、

 愛くるしい頬は腐敗し崩れ、

 小さく細い指先から焼け爛れていき、

 黒々とした神経の糸が浮かんではほつれ、

 薄い胸からは肋骨が血管を引き連れたまま遊離して、

 可愛い可愛い心臓は、ドックンドックンと脈打つたびに液体を噴出させ、そして、

 ──灰になる。

 歪められた、かつては可憐だった唇からは、あぁ、憎悪に彩られた呪詛を死臭に乗せて吐くのだろう。

 太陽が中天にある頃。即ち、昼という時間は彼女らに無限の苦痛をもたらす。

 でもね。これって相手が太陽光線ゆえに発症する症状ではないのよ。吸血鬼を束縛する支配力は、あくまでもこの『時間』そのものに付与された効果でしかないんだから。

 命を略奪することにより永らえた呪われし肉体は、常に昼間という『時間』によって一方的な侵食を繰り返し受けていた。彼女らは、この永遠の生命を蝕む地獄に抗うべく、棺の中での眠りという手段を選択したのだ。

 ちなみに、棺にはその領土の土を敷き詰めるらしい。故郷の土は墓場の土であり、吸血鬼の偽りの肉体と生命を補い、苦悶の魂に安らぎを与えるんだってさ。でも、それってつまり、

 何よ、偽りの安息じゃないのよ。

 宗派によっては十字架を天敵とする子もいるけど、この場合、その宗教的な重要性の認識なくしては効果が無いわ。神聖でないものに禁忌を感じることができないのは、ま、人間でも吸血鬼でも一緒なわけね。

 あ、でも律儀にも流れる水は苦手なのよね、この子。

 これも呪いの一種で、流水は吸血鬼の体を鉛のように鈍らせ、新陳代謝を著しく低下させるの。そのまま死に至らしめるってのも聞いたけど、それは力が弱い吸血種かその下僕──つまり、彼女らの犠牲者あたりだと思う。

 ほんと、不自由な存在よね。

 永劫の呪い。それは見せ掛けだけの不死身の代償、か。

 ……ところで、麦茶は流れる水に入らないのかしら?

 「どうしたの霊夢? そんなに私の顔ばかり見て。まさか霊夢、私に見つめられているうちにぬれt──。」

 「それ以上は喋るんじゃねえっ!!」

 私の大声にレミリアはキョトンとし、心外とでも言うように眉を歪めた。

 「濡れタオルで頭を冷やしたいのかしら、と言おうと思ったのに……怒鳴らなくたっていいじゃない」

 「本当!? 本当にそう言おうとしてたの!? って、なんで目を背けるのよ!?」

 「異種族同士の信頼関係が築き上げられたら、どんなに美しいことでしょうね」

 「吸血鬼と馴れ合う気はないわ」

 「人種差別反対」

 「つか人じゃないし」

 「そう言い切れるの?」

 「だって──いえ、だったらどうしてレミリアは吸血鬼なんてやってるのよ?」

 「では、博麗 霊夢は自分が人間である意味と必然性を理解しているの?」

 揶揄でもなんでもない。正面から見据えたレミリアの瞳。本心からの質問だった。

 私はちょっとだけ困った。

 直感したんだ。彼女、自分と私の領域を同化させようってさ、個々の外郭を拒否したがってるんじゃないかって。

 あーあ、精神下で広がりつつある黒い翼の影、か。多分、レミリア自身も気づいてない。無意識の中での彼女の意識が、本能的に純然たる渇望として混濁を求めているんだわ。

 私は、多分ちょっとだけ困った。

 彼女が根ざす形態はわからない。もとより理解の外よ。その結果、私の理念や価値観が強奪されるだけならまだ安いんだけどね。うん、まだマシなのよ。でもさ、自惚れかもしんないけど、ここでレミリアが真に求めるのは私の魂の従属じゃないかって。いやもう一つ言うと、博麗 霊夢というパーソナルを陵辱する過程じゃないのかしら? つまりは、

 心の吸血行為。そして、

 衝動。

 

 

 オッケー、わかったわ。彼女に同調しては駄目。

 別に吸血鬼ってのもロマンチックな響きでいいと思うけどさ、(<のん気)

 でも、これに限定して認めては駄目。

 だってさ、

 何もかもこいつの思惑通りになるのは、なんていうかほら、しゃくだから。

 「残念ながら、私が人間であることと貴方たちが妖怪であることは必ずしも同義ではないわ。定義の押し売りは嫌悪をもよおすけれど、ある程度の境界線は、しばしば不確かでありながら存在するの」

 「私、随分なものの言われようをしているのかしら?」

 えぇ、そうよ。

 だから気づきなさい、レミリア・スカーレット。

 博麗 霊夢は貴方を拒んでる。

 「別段、皮肉を語るワケじゃないんだけどね。私なりの見解よ。気に食わないのなら諦めて帰って」

 「貴重な意見だわ」

 と、彼女は唇をわずかに歪めて言った。

 笑ったのだ。

 「私達を隔てるものが何であるのか、霊夢には一応の見当がついているのね」

 「もっとも貴方の500年には及ばないけれどね──妖怪とは現象を指すものよ」

 「私、実は酷く曖昧な存在だったのね。少しショックだわ。霊夢、今すぐ慰めて」

 「後者は拒否するからね──でも、曖昧といえばこれ以上にないくらい曖昧なのかも。厳密に明瞭でなく、解明の範囲でなく、しかしながら確固たる感触でもって人間の精神に触れることの出来る」

 「救いようがないわ」

 「あんたが言うな」

 「でも、フォローはしてくれるんでしょ?」

 「んなもんは無いから安心して。ホントに救い難いんだから」

 「それは侮辱よ」

 「何を今さら」

 「だって私、救われたいと思ったことなんか無いんですもの」

 ……。

 ……。

 わかった。もういい。

 「あんたが良くても人間には必要なのよ。不可知の救済とか色々とね。ソレが何らかの現状を説明しうるのなら、例えソレが真実の代替であっても重要だって」

 「そんなに追い詰められて、一体何を恐れているのかしら」

 「だから未知なる事象や、まだ説明付けられないモノなんでしょ。そうね、特に結果ですら朧げに提示されその本質が何であるか判別しかねる……いいえ、違うわ。結果は認識できるのよ。最悪だけど視認できたりもするの。でも、その結論に伴う過程や根幹や推測、評価といったものがあまりにも現実を逸脱してしまったら、特に人類の生涯におけるキャパシティを超えたら、ソレは、恐怖なる現象に置き換わるわ」

 「名前を変えて、或いは姿を捏造してまで得た仮初の真実如きに、一体どれほどの意味があるのかしらね。余りにも無価値だわ。だって霊夢の言葉を借りるなら、それこそ嫌悪に値する行為なんですもの」

 「勿論よ。でも人間にとっては重要なの。そういった超常的な現象は、超常でありながらその実、日常のそこかかしらに潜んでいるから。運悪くそれらと対面したら人はどうなると思う?」

 「私にその回答を求めること自体、間違いだと知りなさい」

 「ゆらぎが生まれるのよ。規模の大小こそは当人と出くわしたケースとのバランスに依存するけれど、自己の基盤を保つ為には、当該事象と認識し得る世界とを強引にでも連結させ納得しなくてはいけないの。人類はね、レミリア。誰もが霧雨魔理沙に匹敵するほどの寛大な神経を持っているとは限らないのよ」

 「ふん。視点を自分らの時代と文化レヴェルに照らした程度でね。対象となる事象が一たび解明不能という結果を得れば、都合のいい理念でもって事実を歪曲させ排斥するだなんて、人間はとても合理的なのね」

 「傲慢や怠慢じゃなくて?」

 「えぇ。その方が自らの正義や道義を穢さなくてすむんでしょ。人間の世界には自分の神だけが絶対であり真実であり真理であり、そのうえ他の宗派を裁かなくては気がすまない信仰があると聞くわ。一神教というスタイルを貫く彼らにとって外の宗派は、それこそ雑多な邪教なのよ。この世で唯一の神が自分らだけを愛してくれるんだもの。だからこそ、どんな馬鹿げた裁きや侵略だって正義と主の名の下に実践できるんだわ」

 「言っとくけど、博麗は侵略なんてしないから」

 「人の館に押し入ったのはどなたかしら? あの夜の激しさは忘れられないわ。えぇ──私の体が」

 「きっと黒白の魔女なんじゃないの?」

 「まぁいいわ。大方の悪魔と呼ばれるモノはそうした多神教や、もとから奉られる土着の信仰心を指すんだろうけれど、ふふ、これではどちらが悪魔かわからないじゃない」

 「だから合理的じゃないとダメなのね」

 私の言葉にレミリアは、やはり小さく笑う。

 白いものが見えた。

 小さな可愛らしい牙。あの先で首筋をなぞられたりしたら、あまりの快楽に失神してしまうんじゃないかしら。

 ……。

 ……。

 ……やだ、なに考えてるんだろ、私。

 「霊夢、顔色が変よ」

 「だれの顔が変だって?」

 「顔色よ」

 「心配ないわ。体調はいい感じだから」

 「違うの、何ていうかとても──色気のある貌だったから」

 「うるさい。ほっとけ」

 いちいち読むなよ、鬱陶しい。

 先を促すと、レミリアは興味を無くしたのように会話を戻した。

 「常識や正義、さらに要約して『普通』。しかしながら『普通』とは何を求めてそれと成す? 何処に何を以ってすれば『普通』たらしめる?」

 「そりゃぁさぁ、共同体の基準値よ。もっぱらガイドラインじゃないの? 社会とか学園とか、部落だったり家庭だったり。一応の指針ぐらいは認識してそれを律と定めてるんでしょ」

 「そんな当たり前な事を聞いているんじゃないわ」

 「なら──前提での常識じゃなくて、それを規定している大本を利用する側ってことね。うーん、世の中には人の数だけ正義があるっていうからなぁ。まぁ、さっき言った群生によるみそくそ一極端化によって最適化は可能だけど。ああそうか、利用者や運用者によって変動的であるって?」

 「えぇ。所詮それらはその言葉を口にする者にとっての常識であり正義でしかないわ。自分らの都合で構築された合理性は、そうした権力や利権の恩恵を受ける者ほど、これらの侵犯を恐れ安寧を保障する領土の拡大に努め、さらにその大儀を誇示せんと罪無き人を罪人として処罰する」

 「異端は即ち悪であると」

 いや、それも少し違うか。

 異端だから悪と定めるのではなく、又、悪だからこそ異端と見なすのでもない。故意に規格外を祀り、自分、或いは共同体内での常識と照合することにより不適格であることを明示し、又、抽出を行う。その成果物を力づくで排除できる社会システムの構築を以ってのみ、彼らは彼らの正当性を評価できるんだ。

 これを生み出すトリガーが、人心に芽生えた恐怖であるか欲望であるかの違いはあるだろうけど、でも、これではあまりにも──。

 「この横暴な思い上がりを、博麗の巫女なら何て表現するのかしら?」

 「──ザッハリッヒ」

 「そうね。一つの常識と概念と権力に支配された社会を個と捕らえるなら、それはとても単体で即物的だわ。博麗神社の所在が幻想郷で良かったわね。あなた今頃、魔女裁判で水攻か火炎地獄よ?」

 「随分と野蛮なのね」

 「そうそう、最近入手した人間界のインテリアで、『鋼鉄の処女』というのがあったわね。針の業は霊夢だけの専売じゃないみたい」

 「あんたんところじゃ、アレはインテリアの一種なのか……。」

 「そうじゃなかったら……寝具かしら? 確かに針がツボを刺激して健康にはよさそうだけれど」

 「どこを突っ込めばいいのか迷うところだけれど、本来の目的で使われるよりはマシ……なのかどうかも判断つかんな、う~ん」

 「ふふ、今度、咲夜で試してみようかしら」

 「そりゃ、あんたが命じれば、あのメイド長なら喜び勇んで臨むでしょうけど……いや、別に止めないから好きになさい」

 「あぁ、咲夜の悦ぶ姿が目に浮かぶわ」

 「それは微妙に発音が違うような……。」

 っていうか、あまり目に浮かべたくない光景だった。

 レミリアは一通りメイド長の痴態、いや、乱れる姿、でもない……えぇと……とにかく想像を済ませたらしく、湯飲みの麦茶を口元へ運んだ。

 白いノドが慎ましく上下に動く。

 白くて可愛らしいノド。

 湯飲みを置くと、さっきと同じように、ふぅ、と一息つく。

 白い肌の中の小さな唇。

 朱をひいたように赤い少女の、赤い、赤い、赤い、赤い、アカイ、、、

 唇。

 「霊夢?」

 「ソレ、危ないからやめてくれる?」

 「いわれの無い罪だわ。これじゃ、愚か者達の頂上を笑えないわね。ねぇ、こちらの厚焼き、頂いてもいいかしら」

 「この確信犯め」

 どうやら、まだ居座るらしい。ちきしょう。

 腹いせに、ちょっとだけ意地悪してやろっかな。

 「あー、そういえばさっき疑問に思ったんだけどさ」

 「博麗の巫女は疑問だけで形成されているのね」

 「嫌な構成材質だなぁ……それじゃ入力と出力さえあれば工程を必要としないみたいで、私の人生、無価値な箇条や細目の群体みたいじゃない」

 「だからこそ私が価値を与えるのよ──何が知りたいのかしら?」

 「さっきの麦茶、大丈夫なの?」

 「えぇ、充分冷えていたわ。何より霊夢が煎れてくれたんですもの、とても美味しかった」

 「ありがとう……って、じゃなくて、あんた流れる水は苦手だったんじゃないのかってこと」

 「大別して飲料水として扱われるから問題ないわ」

 「お風呂とかは?」

 「お湯は水じゃないわね。液体が総じてダメならお食事(吸血行為)だってままならないじゃない。そう。霊夢は私に干物になれというのね」

 「そうね。うん、その方がピース・オブ・マインドよ」

 「よくわからないけれど、わかったわ。これからは、このノドの渇きは霊夢の……その……霊夢からの……なんていうの? ほら……アレ……とか出るじゃない? えぇ、よく出るわよね。つまり、私に……それで潤せという…………やだ、バカ。霊夢の変態、最低」

 「だから意味のわかんないことを口走りつつくねくねするな!! 頬を染めるな、頬を!!」

 ていうか、逆に私が嫌がらせを受けているのは気のせいだろうか?

 とか思っていたら、急にレミリアは真剣な──いや険しい表情になった。わずかに声を潜め、彼女は秘め事を囁くように言った。

 「でも、アレだけは絶対にだめ。例え霊夢の心づくしであっても、絶対に」

 「何よ?」

 「流しそうめん。こればかりは、体が受け付けないのよ」

 ……。

 ……。

 ……あんたの体の構造こそ、どうかしてるって。

 「えーと、拡大解釈すれば食べ物のカテゴライズよね?」

 「食べるのは麺よ」

 「そうね。ま、氷や麺つゆ、やくみとかもあるけど」

 「でも水は流れているのよ。そこは食べ物じゃない」

 ちょっと拗ねたように唇を尖らすレミリア。

 ……。

 ……。

 「……吸血鬼のわりには無駄にデリケートなのね」

 「乙女ですもの。心も体も繊細であってしかるべきよ」

 500年生きてまだ足りんのか、こいつは。

 あー、もういいや。どうだって。何か今の一言でどっと疲れが……。

 「話を戻すわね。じゃないと、あんた、帰らないだろうし」

 「大丈夫よ。いざとなったらここに泊まるから」

 「全然大丈夫じゃないじゃん。それに、ここには貴方に相応しい棺は無いわ」

 「神社なのに?」

 「んなもん神社にあってたまるか!! 棺おけが欲しかったら坊主の所にでも行け!!」

 「残念」

 本当に残念がっていた。あ、頭が……。

 「いいから先、進めてよ」

 「えぇ。とりあえず、人間が私達──個でありながら不明確であり曖昧であり、でも決定的に彼らの利潤と魂に影響を及ぼす存在に対し、何らかの代替でもって表現し、納得し、自己と世界の連結を認識しないと気がすまない俗物だというのはわかったわ」

 「いや、何もそこまで言わなくたって……。」

 っていうか、俗物は関係ないと思うぞ? 普通に怖いものは怖いんだし。

 「それで霊夢? 私は一体どんな『現象』なの?」

 「さっきからあんたが私にしていることよ」

 「これ、とても美味しいわね。どちらの職人の技かしら?」

 「とぼけるな!!」

 パリッ、とせんべいをかじる吸血鬼。絵にならないのも甚だしい。

 「あんたらの場合、他の現象とは別よ、別」

 現象。

 宵闇に人が消失する現象。真夏に氷塊が降り注ぐ現象。人が解明できないばかりに恐れ、理由を自ら付加しなくてはならない現象。

 もっとも魔理沙あたりは、その錬金の業でもってある程度の観測並びに解析には成功したらしい。

 即ち──宵闇に人が消失するのはルーミアのせいで、真夏の氷塊はチルノせい。

 ……。

 ……。

 できてないじゃん。

 全然できてないじゃん、解析。

 ったく、どいつもこいつも。

 「だから吸血鬼だったら吸血衝動って『現象』があるでしょうが。それも固体だけで完結してりゃいいものを、症状の伝播とか現象全体の持続性と氾濫を招くんだもん。潔癖症には耐え難い仕打ちに他ならないわ」

 「私達の食べ残しが下僕となり、さらに別種の食べ残しを増殖するアレを指摘しているのだったら、確かに両者の症例は酷似しているわね。でも、決定的な相違点があるわ。その違いこそが二つを分かつ絶望の色。そもそも双方共にどれだけ流動的に世界と関わろうとも、相容れない確固たる確執があるのよ。だって霊夢の言う現象は、とても美しくないんですもの」

 「あのねぇ、人の尊厳に関わるかどうかの瀬戸際でだよ? 今さら美意識なんて必要ないでしょに」

 「違うわ」

 「どう違うってのよ?」

 「違うの、ううん、違うのよ。霊夢の言っていることはわかるわ。ソレを踏まえて、いいえ、よく理解できているからこそ、その行為はとてつもなく醜く歪んだモノとして私の心を痛めるのよ」

 「いよいよ寝言が始まったか……。レミリアは自分の眷属を過度に美化しているわ。ま、永遠に幼き、ってところからして現実から逃亡した負け犬って気もするけど」

 「酷い。霊夢、それは酷い」

 「あ、いや、何も涙目で訴えなくても……。もう、こんな事で泣かないでよ」

 「違うの。私が涙するのは、霊夢が私を失望させるから。あら? やっぱり貴方のせいじゃない」

 「私が悪いのか!?」

 「そうよ。先の霊夢の言葉は残虐性の衝動とその行為の伝染を指しているのでしょう? 例えるのなら、かつてのブラド・ツェペシュやエリザベート・バートリィのように。人知が及ばないほどの暴虐性は人々のココロが追随できないから、結果として倫理を効果的に麻痺させるに至るわ。えぇ、霊夢が最初に指摘している通りよ。新たに生まれたゆらぎに絶えるべきスペックが内在に乏しい人類は、これら不足を補うに対して何らかの説明付けることにより、自らと世界を繋ぎ止めようと試行錯誤し抵抗するの」

 赤い点が二つ正面に灯ったような気がした。気のせいかもしれない。この、空気の温度が急激に収束していく感覚も、或いは。

 「ああ、なんて心外なのかしら。なんという屈辱でしょう。群衆に起きる不手際の責任転嫁も甚だしい。それら下衆の行為を、すべからく私達の名誉を蔑む道具に仕立て上げるだなんて。彼らの現象的な暴力とは、私が──いいえ、決して私達が仕向けている事態ではないわ。弱いくせに単純に無防備すぎるのよ。なのに、根幹たる究明を外部から補填することにより私達から安寧を獲得する。それはとても一方的な言いがかり」

 自分(ニンゲン)達は、生きたい。

 自分(ニンゲン)達は、活きたい。

 自分(ニンゲン)達は、往きたい。

 それは、生きたくて、活きたくて、往きたくて、イキタクテ──永遠の若さが恨めしい。

 でもね、と彼女は感情の無い声で続ける。

 「下衆のやることは所詮は下衆。私には、その工程も結末もどうでもいいことよ。私を苦しめるのは霊夢──あなたが無価値でとるに足りない唾棄すべき論点に束縛され、ましてや心地よさまで感じてしまっていることなの」

 「私が?」

 「霊夢が」

 「にべもないわね……。そりゃ怠惰は好きだけれどさ。でも、空を飛ぶ程度の能力、霊気を操る程度の能力を持つ巫女だなんて、今の話からいくと貴方達寄りの存在だと思うんだけど」

 ま、不本意だけれどね。

 それでもレミリアは納得できないらしく、

 「それは霊夢の罪だわ。事象を見る目を持つにもかかわらず、その事実に触れるのが怖い。だから忌避する。それはとても愚かで卑怯者の行為よ。だったら自分で自分を永劫に蔑むがいいわ。それが嫌なら──。」

 目の前で小さな輝きが増す。

 気のせいじゃなかった。まずいと思い瞳を閉じたけれど、もう手遅れみたい。瞼の裏には、やはり小さな血色の輝きが二つ、鬼火のようにゆらいでいた。

 危険なのはわかっていたのに。あぁ、油断した。レミリアの瞳の輝き。即ち、イビル・アイ──邪眼。

 心に映し出された彼女の瞳は、たとえ視力を失っても人間を魅了し、幻惑し、そして飽くなき血への渇望へ誘う。これを人に抗うすべは、無し。

 気配が近づいてくる。

 「貴方では獲得し得ない真実が私達の世界にはあるわ。私達の目で見ることによってのみ到達できる真理があるわ。さぞ究明したいでしょう。体現したいでしょう。えぇ、そうよ。私ならばこの永劫の名の下にソレらを貴方に与えもできる。貴方を──お前を私と等しい存在に召し上げることができる」

 言葉と共に、甘い息が鼻腔をくすぐる。レミリアの甘い、甘い、なのに呆れるくらい妖艶な香りだ。

 「つきつめて言えば混濁。けれど、粗雑に渦を巻いていながら、また同時に整然と管理された記録庫。その外円から伸びる枝の数は、この核恒星系の歴史と可能性よりも圧倒的に多かった。えぇ、思慮ある者はこう呼んだわ。即ち、アカシアの記録庫、と」

 少女は優しく耳元で囁いた。

 ふぅ、と首筋に吐息をかけられた時にはゾクリときた。

 背筋が震える。意外。そう、自分でも悔しいくらい意外だった。

 さらに、生暖かい濡れた感触が首筋を伝う。わ、このバカ、唇を這わせやがったな。

 「んっ」

 あ、ヤバイ。走った。今、なんか電気みたいなのが首からつま先まで一気に走ったよぉ。なのに、声すら出せないだなんて。

 ちょ、ヤダ、駄目……なぞらないでよ。そんなに牙の先で動脈の上をなぞらないで……。

 く、ん……で、出ちゃうから。そんな、あんまり強くされたら、動脈、破けて出ちゃうから……あぁん、まずいってば。これ以上続けられたら、狂ってしまいそう。

 「さぁ、じっとしてなさい、私の可愛いお馬鹿さん。その予定ではなかったけれど事のついでよ。今こそ、色褪せることの無い永遠なる契りを」

 ノドもとの皮膚。その一点に圧力が加わるのがわかる。

 あぁ、駄目。でも、もう少し。

 「私達は永劫。私達は永遠。無限であり、その実、永遠に繰り返し咲き誇る有限。だからこそ滅びない。この薔薇の輝きに等しく、いつまでも紅く紅く染まり続ける美しい亡骸。そのまま瞳を綴じで。瞼を伏せて。考えることは何もないわ。すべてをワタクシにゆだねなさい。ずっと、ずっと、いつまでも、

 ──お前のことを抱いていてあげるから」

 次の瞬間、正面で風が巻いた。空気が顔面に叩きつけられる。ちょっと痛い。

 私が瞼を開けた時、レミリアはちゃぶ台の向こう側に着地していた。

 「危ない危ない──しかし、惜しかった」

 と、私と同じセリフを同時に言うもんだから、少しムカツいた。

 「やっぱり貴方は素敵だわ」

 少女が心底嬉しそうに微笑む。

 「とても刺激的で私を潤してくれる。いつ滅びを与えてくれるのかと、胸をときめかせてしまう。そうよ。簡単に私のモノにはならないで。そして私もまた滅びはしない」

 「さいですか」

 私は肩をすくめて頭上を仰いだ。

 天井から三本の白い線が延びている。

 咄嗟に投てきした針だ。

 一応、死角──真下から跳ね上がるように撃ったんだけどね。彼女の翼がわずかにうわ手だったみたい。それでも目の前の鬼火は消えたんだから、ま、良しとしますか。

 「あーぁ、もう。変なのに見込まれちゃったなぁ」

 「ふふふ。貴方はもっと変だわ」

 「うるさいなぁ……。そもそも、自分自身をまともと言う輩にろくなヤツが居ないって」

 「そもそも、自分自身を普通と称する輩はいっぱい居るのにね」

 そうである。

 普通といっても様々な姿があり、意思があり、それゆえに並列する死もあった。

 幻想郷とは、そんな人知の及ばない『普通』に満ち満ちているが故に、同時に森羅万象は真実な現象として存在しうるのだ。故に、自らの常識から脱却できず、思考を停滞させた者を笑い者にもできた。

 ったく、永劫の生命が、普遍にすがりつく意思を侮蔑するなんて、どうしてそこそこに世も平和だわ。

 まぁ、もっとも、それだけが彼女が吸血鬼である理由とは断定できないけどさ。

 さて、そろそろ締めにしますか。飽きてきたし。

 「ねぇ、レミリア。最後に一つだけ聞いてもいい?」

 「一つと言わず幾らでも」

 「いえ、一つで結構よ。じゃないと、あんたいつまで経っても帰らないでしょうが」

 「この際、和式でもいいから」

 「だから棺桶なんて無いってば!!」

 「なら、添い寝して?」

 「いいから聞けよ!!」

 わかった。こいつの『普通』は私の神経を逆撫ですることなんだ。きっと。

 「レミリアさぁ、貴方、普通に男性と恋をしたこと無いでしょ?」

 彼女の500年が長いか短いか、そんなの思慮の外だし根拠もないけど。それが私という個が弾き出した『普通』なのだろう。多分、合ってると思う。

 意外な事に、レミリアは微妙に顔を引きつらせた。

 「バカにしないでほしいわね。初恋なんて、小学1年の時に既に経験済みよ」

 「へぇ」

 「担任の、とても可愛らしくて爽やかで、優しい先生だったわ」

 「へぇ」

 「スカートがよく似合っててね」

 「へぇ……?」

 「すぐにお嫁に行っちゃったけど、泣いたわね、あの時は」

 「へぇ……。さて、ここで問題だけど、スカートを履いて嫁に行くのは果たして男だろうか? 女だろうか?」

 「またバカにして。男がスカート履いてお嫁に行くわけがないでしょ」

 「……つまり、君の初恋の相手は女ということになるんだけど」

 「Σ( ̄□ ̄;」

 今頃、気づいたのかよ!?

 その先生も、494年間も浮かばれんかったろうなぁ……。

 「ちょっと待ちなさい。今のはちょっとした間違いよ!!」

 レミリアが、彼女にしては珍しく頬を紅潮させ否定する。

 「(えぇと、メイド長の咲夜……は女だ。妹のフランドール……これも女だ。あ、あれ? パチュリーに、美鈴て……あれれ?)」

 「ちなみに今好きな子は?」

 「霊夢」

 「嫌だ!!」

 って、昔のアニメオチかよ……。

 「巫女が好きーーーっ!!」

 うるさい黙れ。つか帰れ。

 

 

 

おしまい

 

 

 

あとがき

 その頃、紅魔館では。

 「お願い、イかせてーっ!! 私をイかせてーっ!! レミリアお嬢様のもとにっ!!」

 「お、おちつて下さいっ、メイド長さん!!」

 「紅白がーっ!! 紅白が私のお嬢様をーっ!!」

 「って、ダメですってば!! お嬢様の言いつけじゃないですか!! 司書長さんも見てないで止めてくださいよぉ!!」

 「咲夜ってば、言葉半分に聞くとそこはかとなくイヤラシイわね。えぇ、とても」

 「って、何ワケのわからないこと言ってモジモジしてるんですか!?」

 「美鈴は不感症なのね」

 「誰がです!?」

 「キャハハハハッ!! パチュリー感じやすい!! 感じやすい!! かんじやすい!! カンジヤスイ!!」

 「妹様まで!?」

 「や、やだ、フランドール様ったら。私、それほどでもありませんのよ(ぽぽっ)」

 「って、何、得体の知れない謙遜してるんですか!! と、とにかく今はメイド長さんを止めるの手伝って下さいよ!! わ、私の花火じゃ、これ以上は抑えつけられません!!」

 「あは……あはは……あははははははははははっ、美鈴っ!! イっちゃえ!! イっちゃえ!! メイリン!!」

 「や、やめて下さいっ、妹様ぁ!! や、ん……そ、そんな所をそんな風にされては、ち、力が……ん……ああっ!!」

 

 中国が一人で苦労していた。

 つか、終わってしまえ。

 

 

 

 

思うがままに書いてみました。
所々で、ルシファー様(GILLE'LOVES)の詩をパクっています。
私が吸血鬼を題材にした時、必ずイメージするのがLucifer(薔薇に侵食され破壊されると云う妄念に取り憑かれたひとりの妄想家)の唄なんです。
それとは別に、
今回は、レミリアvs霊夢をコンセプトにしたのですが、
何故か、レミリア×霊夢になりそうでちょっとびびった。
つか、私の文章って常に誰かが喘いでいるような……。
九曜
http://www.juno.dti.ne.jp/~yuki-05x/
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コメント



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4.60TUKI削除
 始めまして。

 結果から言うととても面白かったです。
シリアスとギャグが交差してかつ、お互いの表現が美味しすぎます。
 が、シリアス部分が少々重すぎたと言うか。レミリアと霊夢、この2人がこんな会話をするのか。(ザッハリッヒとか)
少々イメージ的に微妙でした、私見なんですけど。
 会話自体のボリュームもたっぷりなので、少々圧倒されました。
牛丼の並盛りを頼んだら、特盛り、卵、味噌汁、お新香付きが出てきた気分です。
美味しそうなので全部頂きましたが。
次回の作品も楽しみです、頑張ってください。
20.70聞き手削除
ボリュームもさることながら内容が面白かった
小難しい話の間にギャグを挟みさらに若干のエロスが・・(ぉ
バランスが良い作品だとおもいます。
49.100名前が無い程度の能力削除
いや、最高です
テンポが良いー
66.10SSを読む程度の能力削除
能天気な巫女のイメージが…
71.90壊れた笑いができる程度の能力削除
ぅんぅんイイ
81.100名前が無い程度の能力削除
こりゃ面白い。