Coolier - 新生・東方創想話

西瓜

2008/06/20 06:33:19
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 風が吹く。
熱を含んだそれは、開け放たれた部屋を通り抜け、またどこかへと翔けていく。里へか、森へか、彼岸へか、風だけがそれを知っている。

 西日になって暫く経とうかというのに、熱は下がることなく、じめじめとした湿気もまた然り。思わず襖を全て開け放ってはみたものの、吹き込んでくるのは熱い風。それでも、数刻前に味わっていたものよりか、幾分心地よいものになっている。
丸い食卓と背の低い箪笥しか無い自室で、彼女は大の字になって寝そべっている。幾ら、熱い茶で熱を払うにも、限度がある。それを証拠に食卓の上には八杯目の熱いお茶が、湯気を立てながら忘れられていた。
 大の字になった彼女はただただ天井を見つめる。あまりの暑さに、動く気力も無くしていたし、時折、吹き抜けていく風の音とそれが自分を包み込み、流れる感覚が楽しかった。
彼女が寝そべっている間にも西日は見る見るうちに落ちていき、縁側の端を照らしていた光は彼女の掌に届こうかというほどだった。
ただ、彼女は知っている。
自分に光は当たらないと。落ちていく日はもういなくなると。
その通り、光は彼女に当たることなく、今度は部屋から外へと逃げ始める。ゆるりゆるり、ゆらゆらと。
やがて、光は最初に当たっていた縁側に辿りつく、橙から赤へと変わったそれは、子どもが自らの家へ帰るかのごとく、自分の親へと走りよる。

「相変わらず、暇そうにしてるんだな」
唐突に聞こえてきたいつもの声に、ゆっくりと首を動かす。日が当たり続け、焼けてしまった畳の上には、いつもの靴下、いつものスカート、いつもの帽子。
「何しにきたの?」
彼女はポツリと呟く。うつらうつらしていたのか、言葉はどこか生ぬるい。
それを聞いた彼女は、左手に持っていた丸いものを、わざわざ自分の顔の高さにまで持ち上げた。濃い緑に黒い帯が何本も敷かれている。
帰途に着こうとしている最後の残光をその金髪に、跳ね返らせ。彼女、霧雨魔理沙は子どものような無邪気な笑みを浮かべた。
「西瓜だぜ」

 魔理沙の持ってきた西瓜を、井戸水につけている間に、彼女は夕食の支度を始める。いつもの召し物の上に割烹着を着て、台所に立つ。
隣では、魔理沙が必死に釜に薪をくべ、空気を送り込む。たかだか米を炊くだけなのに、その必死さに彼女は微笑むと、自分の仕事に取り掛かる。
昼間買ってきた油揚げを大雑把に切り、おまけで貰った絹豆腐も賽の目に切る。まな板の上に載った二つを出汁の中に放り込んでいく。
煮立つまでの間に、野菜籠を開けてみる。入っているのは大根が二本だけ、失敗した。まだあると思って油断していた。また明日、買いに行かないと。
仕方なく大根を取り出すと、葉を切り、六つに切り分ける。それの皮を剥くと、さっきのとは別の、沸騰した湯の中に放り込む。
出汁が煮立ってきた。味噌の壺を取り出し、それを溶かしていく。
米の炊けるいい匂いもしてきた。隣で頑張っている魔理沙のお腹からは、悲鳴も聞こえてくる。

 「こんなものかしらね」
彼女は、皿に大根を盛り付けると、一足先に仕事を終えた魔理沙がいる客間へと向かう。そこには両手で箸を持った魔理沙が今か今かと待ち構えていた。
「遅いぜ」
「遅くないわよ」
真ん中に皿を置くと、彼女は魔理沙の反対側に座り、両手を合わす。それに魔理沙も続く。
「いただきます」
途端に箸が突き出され、大根の一つが消えていく。
「美味い、美味いぜ」
「そう……」
彼女が大根を一つ食べている間に、魔理沙が二つ目に手を付ける。大したことのない食事を、満面の笑みを浮かべて食べる姿に、彼女も同じ笑みを浮かべる。
開け放たれている襖からは、温くなった風が流れ込んできた。

 夕食を食べ、大方の片付けが終わった霧雨魔理沙は、彼女の部屋で大の字になって寝転んでいた。何をすることもなく右に、左へ、忙しなく視線を動かす。魔理沙が訪れる前から開いていた襖の外は、ほの暗く月明かりが照らしているだけで、彼女の視線からは月が見えることは無かった。
視線を畳の方に下げると、煙たい臭いと共に、豚の置物が見える。大きく開けた口の中から煙を立てるその姿は、煙管を吹かしているようにも見える。
今度は、首を反対側に向ける、そこには一つ小さい食卓が置いてあるだけで、他には月明かりも届いていない外しかなかった。食卓の上には、湯飲みが一つ、忘れ去られたかのように、ぽつりと座していた。
魔理沙は、ゆっくり体を起こす。「実は喉が渇いてたんだよなぁ」とうそぶいて。
湯飲みに手を付ける。幸い、虫は入ってなく、中には緑に近い色の液体が、八分ほど注がれていた。唇をつけて茶を口の中に流し込む。
茶は、ぬるかった。


 ザクリと、切れのいい音と共に、二つの太陽が姿を現した。そして、ごろんごろんと盛大にまな板の上を転がる。
甘いだろうとある程度推測できる匂い、そして菜っ葉独特の臭いが同時に、彼女の鼻を刺激する。その自然の匂いに彼女は少し笑みを浮かべると、ザクリザクリと二つの太陽を六つの三日月へ変えていく。
横では、鉄瓶が湯気を立てて、踊っている。
彼女も、知らない内に躍っている。

 「待ちくたびれたぜ」
「待たせてないわよ」
右手には西瓜の盆、左手には鉄瓶を持ちながら彼女は縁側から姿を出した。魔理沙は、辛そうに持っている盆を、受け取ると畳の上に置く。陽を想像させる赤い色に、思わず笑う。「これだけ赤いのだから必ず甘いだろう」と呟く。同時に、こぽこぽと音がする。視線を移すと、さっき自分が飲んだ湯飲みに、今度は熱いお茶が注がれている。その隣には、さっきは無かった湯飲みが置かれていて、その湯飲みにはもう湯気が立っている。
「はい、お茶」
視線に気づいたのか、彼女は、先に注いだ茶を魔理沙に差し出す。当然、もう一つの方は彼女の手にある。
「ああ」
受け取ると、ゆっくりと口に含んでいく。勿論、茶は熱かった。
「なぁ」
「何?」
魔理沙の言葉に、彼女は湯飲みから口を離す。
「その湯飲みに注いであった茶、私が飲んだんだ」
何故か頬を掻きながら紡がれた言葉に、彼女は思わず首を傾げる。
「分かってたわよ?そんなこと」




西瓜が甘いかは、覚えていない。
むしむしと熱い自室で、横になっていたら思いついた即席もの。
色々な分野に挑戦してみたけれど、私にはこういうのが一番合うのではと思う。

彼女は皆さんでご想像ください。(想像しなくてもお分かりだと思いますが……)
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コメント



0.1040簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
二人の何気ない夏の一日、堪能させてもらいました。
これまでもこれからも二人はずーっとこんな感じであって欲しいです。
2.90名前が無い程度の能力削除
暑くて甘いですね
4.90名前が無い程度の能力削除
お茶のくだりが何かすげえ好きです
5.90名前が無い程度の能力削除
ああ、あついな・・・
7.90名前が無い程度の能力削除
暑くて甘くて熱いですねぇ(・∀・
9.100名前が無い程度の能力削除
すまん、最後読むまで酒飲み鬼がオチで出ると思ってた
23.70辻堂削除
こういった、何気ない日常の描写が大好きです。
ただ気になったのが、味噌汁を作るシーン。
豆腐は煮崩れするので、味噌を溶かした後に入れますね。
リアリティを求めるのであれば、こういった点も気をつけていきましょう。
24.無評価削除
遅くなりましたが皆さん、ありがとうございます。

酒飲み鬼>
本当はオチに出る予定だったのですが、出せる雰囲気になりませんでしたので……。

辻堂氏>
我が家では豆腐を入れた後に味噌を入れますけれど?
リアリティとは、教科書通りに物を作ったりする、ということでは無いと思うのです。
もっとも基礎を忘れていたという点では反省すべきだとは思いますが。