ざわざわと身体をはい回りなで回す不愉快な感触で夢から引き戻された。
居住環境が居住環境なので虫が出ることはいつものこと。
どんなに気を遣ってもどうやっても、異能力を誇る優秀なメイドが存在意義を掛けて奮闘しても、どうにもならないことはある。
これでもずいぶん良くなった。昔は虫と暮らしていたようなものだ。
まぁ虫は嫌いでは無い。人間の意識でたとえるなら犬猫のようなものだ。
身体をはい回っていたヤスデかゲジゲジのような感じのものを、摘んでワキへポイする。
寒い、そう思ってそのまま布団を被ろうとした、けれど布団がなかった。
寒い訳だ、春とはいえまだ布団無しで寝るのは厳しい。
しょうことなしに目を覚ますと-
-暗闇のなか、不自然に大きい二つの目玉が私を覗き込んでいた。
それはヒトガタをとっているが赤ん坊より小さい、だが目玉の大きさは顔の輪郭からはみ出してしまうほどある。
見開いた白目に当たる部分はどろりと茶色く濁り、黒目は光を映さぬどころか透明感すら無い。
そんなのが寝ていた私の顔数センチ、もう触れるばかりのところで、顔を突き出すようにして無防備だった私を覗き込んでいた。
顔が巨大な目ばかりのヒトガタの頭がウゾウゾと蠢く、これがヤスデやゲジゲジならまだどんなに救われただろう。睡眠妨害とはいえ虫ならつまんで捨てればいいだけの話だ。
動いていたのはヒトガタの髪の毛、伝説のメデューサのように髪の毛が動き、私にまとわりつき、その様子を指で作った輪っかほどもあるどろっと濁った二つの目でただ見ている。
あまりの光景に一瞬だけ判断が遅れた、その髪の毛は、ネグリジュをちぎり、粉々に砕き、そして露出してゆく私の肌をウゾウゾとはい回ってゆく。
たぶん布団もこの髪の毛で無くなったのだろう。
しかもこの髪の毛ときたら、ただはい回るだけでなく、毛が肌に吸い付く。
ぞっとして溢れた冷や汗を、蠢く髪の毛は慈しむように啜り込んでゆく。
さすがにかなり驚いた、戦場を地獄どころか狩り場と見なし、犠牲者を糧として喰らい悪魔とまで呼ばれ、どんな不合理がおこってもおかしく無いこの幻想郷においてすら、ありとあらゆる珍妙不可思議な手練手管をくぐり抜け屈服させ、そして最強と称せるだけの戦歴を重ねてきた私がだ。
だが驚愕も瞬き一つで納めた。そもそも私は弾幕より力のまま敵を引き裂くほうが性に合っている。今回は容赦の一つ、逃げ道一つ用意する必要ない。手首を返して妖しい何かの首を刎ねる。
「どひぃぃぃぃいっ」
いや今度こそ心底仰天した、刎ねた首が私めがけて飛んできた。
右手は手刀を切ってしまったので、自然黄金の左が炸裂する。腰まで入った完璧な突きが飛翔してきた首を打ち砕いた。
なにごとかとやって来たウチの門番とメイドその他をもののついでに怒りにまかせ叩きのめすと、頭が覚醒したのか心当たりの名前が思い浮かんでしまいそのまま叫ぶ。
「あ、あンのアリスっっ!」
そういえばバレンタインにおじゃまをした。
この人形に使われていた材料は、その時置いてきたものだった。
そしてホワイトデーにこの人形をもらった。
単なる義理かと思ったが、きっちり4月1日に動いて襲いかかるところがちょこざいな話だ。
いまだ死にきれず痙攣しているヤカラを踏みつぶしつつ、出撃の準備を整える。
とは言っても、服を着て日傘とスペルカードをもってゆくだけだが。
だが、魔法の森のアリス亭は無人であった。
代わりにベッドに書き置きがおいてあった。
探さないで下さい。アリス・マーガトロイド
PS.みんな愛してるわよ ちゅ←キスマーク
「ど、どこまでコケにすれば気が済む!あんのぉタワケがぁ」
人口密度の低い朝日の出る前の魔法の森に虚しい叫びとベッドを破壊する音が響く。
そして気を取り直し書き置きを丁寧にたたんでポケットに入れた。
「魅魔っ、魔界にゆくわよ!なお反対意見は認めないわ」
そしてアリスのことを些少なりとも知っているゆうかりんは魔界を制圧することにした。
念を入れて以前一緒に魔界侵攻した魅魔を連れて行くことにする。
侵攻の経験者という事もあるが、手駒を怒りにまかせてぶちのめしてしまった幽香の失態でもある。まぁそれは忘れることにした。
魔界にアリスが居れば良し、居ないなら故郷を制圧して脅迫すれば良し、怒り狂っても戦略は冷静なところが風見幽香の恐ろしい処でもある。
しかし魅魔を連れてゆくのは断念せざるをえなかった。
アリスは、以前魔界侵攻の片棒を担いだ魅魔にも人形をプレゼントしていたのだ。
自分がくらうと恐怖だが、客観的にみると生唾モノ。いや実にけしからん。
魅魔は起きる気配も無く、髪の毛状のヒゲ根がくすぐったいのか身体をくねらせている。
「こ、これは」
写真機とやらを持っていないのをこんなに悔やんだ事は無い。
魔界から帰ったらカラス天狗にでも因縁付けて一台もっておこうと心に決めた。
それはそれとして、幽香はこの光景を深く心に刻み込んだ。
とりあえず覚醒した時のとばっちりを喰らいたくないので、ほどほど充分心ゆくまで満足したところで撤収、となりの社務所に突貫する。
「霊夢聞いて!魅魔がエロいのよ」
「帰れ」
ねむいれいむに吹っ飛ばされた、ちなみに鼻血が暗闇に舞ったが別に霊夢の攻撃で鼻血が出た訳では無い。
手水場で顔を洗って、もう一人の心当たりを訪れてみる。
ちなみに所在地は魔法の森だ、アリス亭からえらい遠回りになってしまったが、まぁ彼女を誘うのはどうしても最後になる。
そう考えつつふよふよと飛んでいると、下界を超強力なレーザーが焼き払った。
あぁまぁ、迷わなくていいわね。大方なにが起こったのかの想像がついた。力の加減も解らないからこんな事になる。これだと霧雨亭も無事ではなかろう。
ここで幽香は気が付いた。壊れた霧雨亭+大体なにが起こったのかの想像=あられのない姿の覗き放題。
そして「活動が活発では無い」とまで稗田のあっきゅんに書かれたあの風見幽香が、抉られ平坦になった地を少女のように駆けだした。
顔は思春期の少年のようではあったが、もちろん性的な意味で。
あられもない姿で開いた壁から朝焼けを睨んでいた魔理沙がなにか口を開く前に、アリスが残したあの書き置き(キスマーク付き)をぴらんと見せる。
慌てて駆け込んだ様子など見せないが、無理して駆けて良かった。いやふよふよと飛んでいる場合じゃなかったわね。もちろん鼻血を出すなんてはしたないマネはしない、全て咽に流し込んでいる。やり方は乙女の秘密、禁則事故よ。
いや魅魔はエロかったけど、この子は美しいわねぇ。百合色の青白い肌の奥からうっすらと赤みが透けているところなんて正直たまらないわねぇ、なとどはおくびにも出さず簡潔に問う。
「殺っちゃう?」
「殺る」
「たぶん魔界」
「潰す」
打ち合わせ終了。しかしなんで(省略)カラス天狗を一匹潰して写真機を奪う決意を新たにする。しかし目が潰れそうだわ、眼福眼福。
あ、そうそう。
「魔理沙、ちょっと揉んでいい?」
「ば、馬鹿。なにを」
あっと、願望が口に出てしまったわ。
じゃなくて。
「というのは冗談で、ちょっと血をもらえないかしら。
出かけに興奮してね、メイドと門番とその他を蘇生させないと」
「え、メイドって夢月か!マジで」
「うーん、夢月とエリーはほっておいても大丈夫そう。問題はくるみね。
吸血鬼なんて乙女の血をもらって垂らせば復活するけど、あれだけ虚弱で吸血鬼として大丈夫なのかしら」
「いや、夢月を軽く叩きのめしている時点で、もうお前が普通じゃないぜ」
「そういう訳で、ちょっと血をもらうわよ」
「嫌だね、他を当たるといいぜ」
「じゃあ揉ませてくれる?」
「なんでそうなるんだ!」
後日談
結論として結構苦労した、魔界の連中は想像を超えて強くなっていた。
あと少しなにかあれば魔理沙と二人やられていたかもしれない。
今回の事件は魔界全土を上げた報復の可能性も捨てきれない。
その割にはやる事が卑猥であったが、いや決して良かった訳では無い。ホントよ。
魅魔が援軍として来ていたらここまで危うい事は無かったと思うので、魅魔に問いただしにきた。あれだけ色々されて即カチコミしなかったのはおかしい。
「ああ幽香、魔界はおもったより手こずったみたいだねぇ。
私も行ければよかったのだけど、つい錯乱してしまった処を止めに入った霊夢と弾幕になってさ」
ああそうか、霊夢か。
霊夢を不機嫌にした原因は私にもあるような、言わないけど。
「ところで、幽香。
女性の汗その他を求めて彷徨う目玉みたいな栗と、根を伸ばして服を喰らう芋について知っている事を話してもらえないかね」
あ、気づいてた。
「さすがに霊夢相手じゃ疲れたでしょ、無理はしないほうがいいわ」
「いや、鼻の穴から口の中どころか咽まで、そのうえその他の穴までカラっカラで、落ち着かず休みもできないさ
そう言うわけで色々聞かせてもらおうか」
ちぃっ、魔理沙の時にフィーバーしすぎたわね。筋肉痛で駆けられない。
がっしと肩を掴まれる。コンディション充分ならともあれ魔界を平らに鞣した後ではさすがにこれ以上の戦いは無理かもしれない。
「なに、今回のこれは幽香の能力による実験の産物さね
これからの事も私の能力に近い実験の範疇になる。
等価交換の原理に即しているだろう。
試してない祟りが実に百と八つほど。
心配ご無用、今回の事件に応じた楽しいのを選ぶ。
もちろん性的な意味でさ」
被害状況
神社小破、霧雨亭中破、魔法の森マスタースパークにより道路開通、魔界壊滅、おのおの寝具全損、くるみ臨死体験により巨乳の死神に出会う、エリー・夢月半死半生、幽香は魅魔のお仕置き中のアレが写真付きで新聞に載り、その流れで某カラス天狗がカメラを奪われる。
アリス行方不明、パチュリーが魅魔×幽香でなにか妖しいものを書き始めフランドールが嘆く。
最初のところはレミリアだと誤認してました。
愉快でした。