Coolier - 新生・東方創想話

迷える子羊に捧ぐバラード

2008/03/04 12:31:54
最終更新
サイズ
16.87KB
ページ数
1
閲覧数
630
評価数
5/15
POINT
690
Rate
8.94
※このお話は女の子同士の恋愛っぽいものが描かれてます。
 そういうものが苦手だったり嫌悪感を感じる方は読まないことをおすすめします。



私が初めて彼女に会ったのは博麗神社での宴会の時だった。
 

私を宴会に誘ってくれたのは天狗として種族は違うが先輩にあたる射命丸文さん。
私があまり妖怪の山の外に出なくて、山の外のことに興味を持っていることを覚えていてくれたらしく、にとりさんを誘うついでに、その時ちょうどにとりさんと大将棋をしていた私にも声をかけてくれた。

文さんは山の外の者にパパラッチ扱いされたり、鴉天狗の間で「新聞がつまらない」と不評を買ったりしているらしいけど、私みたいな地味な下っ端天狗にも良くしてくれるし、何よりも、種族として強力な方に分類される天狗の中でもかなり強い。
文さんが天狗社会という閉鎖的な共同体の中で、他の鴉天狗たちが書くような信憑性のないゴシップだらけの新聞とは間逆の「裏の取れない情報は使わない新聞」を標榜していられるのも、その強さと速さが一目置かれているゆえだ。
強く、速く、そして己の矜持を貫いて新聞を書く文さんは私にとって憧れの先輩だった。


宴会が始まると、文さんとにとりさんはそろって酒豪たち(らしい)が飲み比べをしている宴会の中心に行ってしまった。
天狗も河童も酒の強い種族だが、2人ともその中でも強い部類に入る。
私は逆に弱い部類。
そうは言っても天狗の端くれなので普通の種族に比べれば強い自負があるが、先ほどから樽ごと日本酒をあおっている鬼を見ると自信を無くす。
私があんな中に入ったら5分でつぶされてしまう。
2人のほかに知人はいないので、中心から離れて静かに飲んでいる話し掛けやすそうな人を探して、友達を作りつつお酒を楽しむことにした。

宴もたけなわなくらいになってくれば私にも何人か友達が出来て、この宴会に参加出来て良かったと素直に思い、誘ってくれた文さんに胸中で改めて感謝した。
先ほど知り合った人形遣いと飲んでいると、既にかなり酔っ払った様子の白黒魔法使い――前に山に侵入してきたことのある霧雨魔理沙だ――が来て、アリスを宴会の中心に引っ張っていってしまった。
アリスは仕方がなさそうに、でもどこか嬉しそうに立ち上がって、去り際に私に申し訳なさそうな顔で「ごめんね?」と言って連行されていった。

一人になった私が周りを見ると、割と近くに一人で飲んでいる人物を発見した。
私はその人物を知っていた。
最近山にできた神社の巫女で、直接面識はないが幻想郷の外の世界から来たという話だった。
私は手持ち無沙汰だったしこの機会に知り合いになれたらと思って東風谷早苗に話し掛けた。
「あの、一緒に飲んでもいいかな?」

今思えば、なぜ私がこのとき敬語で話し掛けなかったのか不思議でならない。
彼女の仕える神様2柱は山の中でもかなり立場が高い。
天魔様と立場的には同格だ。
その神様の側近に近い人物なのだから、一介の下っ端天狗である私なんかが敬語抜きで話して良い相手ではない。
ひょっとしたら私は自覚がなかっただけでかなり酔っていたのかもしれない。

でも彼女はそんな私に嫌な顔もせずに笑顔でこたえてくれた。
「いいですよ。ちょうど一人で寂しいなって思ったところでしたから」
そのやたらと爽やかな笑顔が本物なのか作り笑いなのかは判別しかねたけど、少なくともうっとうしがられなかったことに少しほっとした。
 私が隣に座る間に彼女の方から自己紹介をしてきた。
「私は守矢神社の風祝をしている東風谷早苗といいます。あなたは…白狼天狗の方ですか?」
「そう。白狼天狗の犬走椛。私のことは椛でいいわ。よろしくね?」
私も自慢の耳を触りながら自己紹介をした。
酒がまわっているのか、いつもよりもやけに明るく振舞っている気がする。
「はい、よろしくお願いします椛さん。私のことも早苗でいいですよ」
「ありがとう。あなたも敬語じゃなくていいわよ?」
「この口調は癖みたいなものなんです。あまり気にしないでください」
普段は自分が敬語を使う側なだけに、相手だけが敬語な事に少し居心地の悪さを感じたけど、今さら敬語で話し始めるのも変だし、そんなことよりも気になることがあった。

私は山の巡回という仕事の都合上妖怪の山から出る機会はあまりない。
だから山の外の世界に憧れや興味を持っていた。
今日の宴会でも山の外に住む人や妖怪と友達になれて、山の外の話がいろいろと聞けてとても楽しかった。
そんな私にとって、山の外に広がる幻想郷のそのさらに外の世界なんて想像もつかない。
私は敬語の件は一旦保留ということにして外の世界についての話題を振った。

「あなた確か幻想郷の外の世界から来たのよね?もし良かったら外の世界の話聞かせてもらえない?」
「え、ええ、まあ、良いですけど…」
それからは私の質問責めだった。
早苗は最初のうち、もう戻ることの出来ない故郷を想ってか、たまに寂しそうな顔をして私の質問に答えた。
それでも私があまりに熱心に聞くから、話す側としても楽しくなってきたのかもしれない。
途中からは寂しい顔をすることもなく本当に楽しそうな顔で話して、嬉しそうに私の反応を眺めた。
基本的には早苗の話に私が驚いてばかりいたけど、たまに私があまりに素っ頓狂な質問をして早苗がけたけたと笑うこともあった。
だって、外の世界はこっちと何もかも違うって言うんだから、ひょっとしたら空の色だって違うかもって思うじゃない。
あんなに笑わなくたっていいのに…。

そうして私達は宴会がお開きになるまでずっと2人で話していた。
この日の宴会で新しい友達が何人かできたけど、一番仲良くなったのは間違いなく早苗だった。
山の外の人妖との交流を深めようとして出た宴会なのに、最も仲良くなったのが同じ山に住む早苗だったというのは変な話だと思うけど、同じ山に住んでいるなら今後も気軽に会いに行ける。
私は当初の目的と少々ずれていることを認めつつも素直にそれを喜んだ。


そのあとも私達は暇を見つけては度々会った。
お互い暇な時にお茶をしたりするだけじゃなく、私が非番の時に守矢神社の掃除や巫女の仕事を手伝いに行ったり、逆に私が仕事で滝の裏で待機している時に早苗が訪ねてきてくれて二人で大将棋をすることもあった。

早苗といると楽しかった。
私は普段は地味な方だし特別明るい方ではないけど、早苗と一緒だといつも最高の笑顔でいられた。
早苗も最初に会ったときより他人行儀な感じが抜けた気がした。
でも未だに敬語口調は直らない。
私も早苗の敬語に慣れてきたけど、たまにどうしようもなく気になって普通にしゃべるようにお願いしている。
それでも私のほうが圧倒的に年上なのでなんとなく直せないらしい。

仲良くなるにつれて話題の幅も広がった。
今では外の世界のことよりも互いの実生活の方が話題に上る。
特に早苗が熱心に語るのが信仰の話。
もともと早苗たちが幻想郷に来たのは外の世界で集まらなくなった信仰を集めるためらしく、早苗はしばしば山の内外で信仰を集めるための活動をしている。
「八坂様も洩谷様もあまり積極的に活動なさらないから、私がしっかりしないといけないんです」
そう言ってため息をつく早苗を私は応援しながら、頑張り過ぎないようにと心配する言葉もかける。
早苗がいる前だと気恥ずかしいから早苗が神社にいない時を見計らってお賽銭を入れているのは早苗には内緒。


そんなある日、私は勤務中に滝の裏でにとりさんと大将棋をしていた。
河童という種族には独特の考え方を持った人物が多い。
にとりさんも天狗の私から見たらちょっと変わり者で、大将棋をしていると思いもしないようなところから攻められて、気づいたら負けていることが多い。
この日の私はそれを警戒してにとりさんの次の手を読むことに集中していた。
したら案の定(?)思わぬからめ手が来た。
「そういえば、最近椛は守矢の巫女と仲良くしてるらしいね。文が『椛にもやっと恋人ができた』って喜んでたよ」
盤上をにらんでいた私の顔がばね仕掛けみたいに勢い良くにとりさんの方を向いた。
「な、な、な、何を言ってるんですか!?私と早苗はただの友人です!!」
顔がやたらと火照る。
今の私の顔はたぶん真っ赤だ。
「最近じゃ仕事のない日には大抵2人で会ってるんだって?熱いね~」
「だ、だから、違うって言ってるじゃないですか!」
その後もにとりさんに散々からかわれた。
ちなみに大将棋にも気づいたら負けていた。
さらにおまけの話だが、翌日家に訪ねてきてくれた早苗の顔が恥ずかしくて見られなかった。


それから少しあとの話。
私は守矢神社に急いでいた。
早苗の見舞いに行くためだ。
教えてくれたのは文さんだった。

昨日早苗は用事があって紅魔館を訪れた。
そこで彼女は用事のついでに紅魔館の主に信仰の道を説いた。
早苗にとっては親切でした行動でも、神の力にすがる行為への勧めは誇り高き夜の貴族の目には侮辱に映ったらしく、紅魔の主は従者の制止も聞かずに戦闘を開始した。
初めは非礼をわびる態度で形だけ応戦していた早苗も、相手の口から自分の仕える2神への侮辱の言葉が吐き出されると黙っているわけにはいかなくなった。
けれど力の差はあまりに大きかった。
結局早苗は完膚なきまでに負けて、紅魔館のメイド長と門番に神社に運ばれてきた時にはあまりの悔しさに泣いていたらしい。
ボロボロの体で。


私が神社に着くと、丁度八坂様と洩谷様が出かけるところのようだった。
私に気づいた洩谷様がにこりと笑いながら声をかけてくださった。
「あら、椛ちゃん。早苗のお見舞いに来てくれたの?ありがとね」
「ええ。その、早苗の具合は如何です?」
 今度は八坂様が口を開く。
「何とか歩けるようにはなったけどまだフラフラしてるわね。少しでも動けるとすぐ家事やら掃除やら始めるからベッドに縛り付けといたわ」
流石に比喩だとは思うが八坂様が言うと本当に縛ってそうで怖い。
けど寝たきり動けない状態ではないことに少し安堵した。
「そうですか…。ところでお二方はこれからどちらへ?」
このタイミングで出かける先なんて他にないが一応聞いてみた。
「紅魔館よ」
八坂様の予想通りの返答。
私は恐る恐る訊く。
「…報復、ですか?」
洩谷様が苦笑した。
「まさか。聞いた話だと早苗にも悪いところはあったみたいだし。あちらの従者も自分達にも非があったみたいなことは言ってたしね。だから正式に和解しに行くの」
 八坂様も少し困った顔をして言う。
「あの子には、信仰は無理やり集めるものじゃないとは言っておいたんだけど。生真面目な性格なだけに張り切りすぎるところがあるから…」

私はその言葉を聞いて胸の裂ける思いがした。
私も早苗の熱心さがこういう事態を引き起こすことへの危惧は少なからず感じていた。
私が事前にもっと強く釘を刺しておけば早苗は怪我をせずに済んだかもしれない。
私のせいで早苗は必要のなかった涙を流すことになったのかもしれない。
自分だけ元気な姿で早苗に顔を合わせるのが少し怖いような気がした。


私は神社の入り口から八坂様と洩谷様を見送ると早苗の寝ている私室へ向かった。
この前会った時とは全く違う意味で緊張した。
早苗の部屋がやけに遠い気がする。
私は早苗の部屋の扉の前でいつまでも逡巡している自分に心底嫌気が差した。
この扉の向こうでは身も心も疲弊した友人が待っているのに、優先すべきは自分の身勝手な心情なんかじゃない。
傷ついた友人に笑顔を振り撒いて少しでも元気付けてあげること、それが今の私に出来る善行だ!
よし、私は心の中で自分に喝を入れてノックをした。

「…どうぞ」
…起きていたようだ。
今さらながら眠っている可能性を完璧に忘れていた自分が少し可笑しくて緊張がほぐれた気がする。
扉を開けると早苗が上体を起こしてベッドの上にいた。
「具合どう?お見舞い来たわよ」
早苗の顔を見たら自然に浮かんだ明るい笑顔で言えた。

私は八坂様や洩谷様が看病するのに使っていたであろう、ベッドの横にあった椅子に腰掛けた。
何度かお邪魔したことのある早苗の部屋がまるで病室のようにしか見えなかった。
早苗は、下半身には布団がかかっていてわからないが、少なくとも上半身を見る限りではまだまだ起き上がれそうには見えなかった。
でもそれ以上に精神的な傷の方が深そうだった。
精一杯笑顔を作ってはいるけどそれが逆に辛そうに見えてしまう。
自分の信じる信仰を馬鹿にした相手に完璧に負けてしまったのだ。
沈まない方がどうかしている。
早苗のその笑顔を見ていると胸の中に色々な思いが渦巻いてくる気がした。
私はそれではいけないと、さっき扉の前で入れたのと同じ喝を心の中でいれた。

そのあと話したことの内容は正直あまり覚えていない。
私は早苗を元気付けることに一生懸命で、明るい話題をとにかく話した。
普段探そうとしても明るい話なんかそういくつも思いつかないけど、このときは不思議と次から次へと出てきた。
私の必死さが伝わったからか、純粋に私の明るい話が功を奏したのか、早苗もだんだん元気を取り戻して自然に笑うようになってくれた。


早苗に本当の笑顔が戻って私はとても嬉しかった。
けれど心の隅では「これだけで、早苗の元気が戻っただけで十分じゃないか」という声と「友達としてそれだけじゃまだ終われない」という強い思いが葛藤していた。
私は後者の意見の方が絶対に正しいことを知っていた。
私は友達として、今後同じような事が起こらないように、早苗に布教活動の自重をお願いしなければならない。
でもそれを実際に言うのはひどく怖かった。
一度元気になった早苗をまた傷つけてしまうかもしれない。
このまま穏便に済ませたほうが断然楽だ。
でもこの機を逃したら私にはもう二度とそれを言う機会が訪れない気がした。
そしたら絶対に後悔する。
早苗に会うたびに笑顔の下に後ろ暗い気持ちを隠していなければならなくなる。
私は神社の入り口で八坂様の話を聞いたときに感じた胸の痛みを思い出した。
その痛みと自責の念が、逃げ出そうとする私の心を繋ぎとめてくれるように感じた。

私は会話が途切れた時に勇気をふりしぼって話題を昨日のことに変えた。
もう引き返せない、逃げ出せない。
私の声は震えていた。
早苗の笑顔が曇ったのがわかった。
「あのさ、早苗。信仰を集めるのってそんなに一生懸命積極的にやらなきゃいけないことなの?困っている人がいたらその時に神様が手を差し伸べてあげれば自然と集まるんじゃないかしら?」
「外の世界では…それでは集まりませんでした。どんなに陰から人を助けたって誰も神を信じたりはしません」
「でもそれは外の世界のことでしょ?幻想郷の中なら神様の存在を信じない人なんて――」
「幻想郷だからって安心しきってたらきっとすぐに信仰は集まらなくなります。博麗神社を見ればそれは自明の理です!」
私の反論は、少しずつ語気の強くなっていく早苗の言葉にさえぎられた。
恐れていた通り、早苗にとっては言って欲しくない類の言葉のようだった。
でも一歩目を踏み出してしまった私に迷いはなかった。
臆病者の私だけど、不思議と冷静でいられた。
「でもそれじゃあ信仰の本分から確実に逸脱してるわ。宗教や信仰は人を救うためにあるのであって、人をひざまずかせるためにあるんじゃないもの」
早苗は悔しそうな、悲しそうな顔をしたけど、何も言い返さなかった。
私の言っていることは正論だと思う。
そしてそれを早苗だってわかっているはずだ。
「八坂様も信仰は無理に集めるものじゃないって仰ってたわ。無理に集めてもそれは真の意味での信仰じゃないもの」
私の言葉に早苗はひどく辛そうな顔をした。


「私だって、それはわかっているつもりです…。だけど、だけど、私は信仰を集めないと…」
早苗の目に溜まった涙がこぼれ始めると、胸に突き刺すような痛みが広がって、私は早苗をまっすぐ見られなくなった。
私は、うつむいて静かに涙を流す早苗を抱き寄せた。
そうすると胸に開いた穴が埋まるような気がして、私もいくらか落ち着けた。
早苗は、私の胸に顔を押し付けて泣いたまま言った。

「わた、し、は…外の、世界では、ずっと“特別”な存在だった。でも…幻想郷に、来たら、私みたいな力を持ってる人は、たくさんいて…私は、“普通”の人間でしか…なかった」
私は、途切れがちになる早苗の言葉を黙って聞いていた。
話しているうちに段々早苗の声が落ち着いてくるのがわかった。
「“普通”の存在でしかなくなると、途端に怖くなった。自分の存在価値がなくなってしまう気がして…。風祝の役目につくのが私である必要がなくなってしまう気がして…。私が“特別”でい続けるためには、他の誰にも出来ないくらいたくさんの信仰を集めるしか、なかった。」
私の体を掴む早苗の手に力が入った。
早苗は今自分ひとりでは直視できなかった自分自身と向き合って、胸のうちを吐き出している。
私は、話し続けながら時折しゃくりあげる早苗の背中を、黙ってさすってあげた。
「外の世界にいた時の、周りから特別視される視線が恋しかった。“普通”の存在になってしまうのが怖かった。だけど自分の中のその卑しい感情を認めるのは、もっと恐ろしくて…私は自分も周りも騙して、神のためと偽って、自分のために信仰を集めつづけるしかなかった…」
 
物心ついた頃から集団に埋没する“普通”の存在だった私には、早苗の感じた気持ちは想像することしか出来なかった。
でもだからこそ一つだけ言えることがあった。
「私は天狗の社会の中でずっと“普通”の存在だったけど…」
文さんのように、周りから異端視されることになっても自分の道を貫けたら良いと、どれほど思っただろう。
異端であってもその力ゆえ、存在の大きさゆえに受け入れられるような存在になってみたいとどれほど願っただろう。
それぞれが自分の独特の考えをもっていて、「普通」という概念すらない河童の社会に生まれることが出来たら良かったとどれほど夢見ただろう。
でも私にはそれは出来なかった。
私は“普通”で何も特別なものを持っていなかったから、天狗社会の中で周りと足並みを合わせて集団に埋没する「その他大勢」であるしかなかった。
“特別”な者たちをただ憧れとともに見上げることしか出来なかった。
「だけど、“普通”でいるのもそんなに悪くないわ。“普通”の存在にも楽しみはあるし、幸せだってたくさん訪れる」
そう。“普通”だからといって虐げられることはないし、文さんもにとりさんもとてもよくしてくれる。
友人とお茶したり仕事をお互い手伝ったりすれば、とても楽しい時間を過ごせる。
私は“特別”に憧れを抱きはするけど、“普通”であることを不幸だとは思わない。
特別な者にも普通な者にも幸せは平等に訪れる。

それは私にとっては本心であるとともに、ずっと“普通”の存在として過ごしてきた者なりに見つけた真実だと思っている。
でもそれは他人に言われて知るものではなく自分で実感して気づくべきものだ。
きっと今の早苗には口当たりの良い慰めにしか聞こえないだろう。
この言葉では今私の腕の中で泣いている少女の心には響かない。
それはわかっていた。
そして自分が続けて言うべきことも、私は知っていた。


早苗は、自分の中の今まで目をそらしてきた部分に正面から向き合ったのだ。
私も自分の心から目をそむけるわけにはいかない。
臆病者の私にとってここから先を言うには勇気が必要だったけれど、今私の胸を濡らしている涙が力をくれる気がした。

「あのね、聞いて早苗。私は早苗が幻想郷に来て、特別な存在じゃなくなって嬉しいと思ってるわ。もし早苗が特別な存在だったら、きっと憧れながら遠くから見つめることしか出来なかった。宴会で声をかけることも、友達になることも、仲良くなることも……好きになることも、出来なかった」
私の最後の言葉を聞き逃さなかった早苗がはっと顔を上げた。
その目は涙で濡れていたけど、表情は驚きの方が悲しみに勝っていた。
私は早苗の目を見つめながら、人差し指で優しくその涙をぬぐった。
「私がきっと、早苗に『普通でいるのも悪くない』、『幻想郷に来て良かった』って思わせてみせるから。だから、こんな地味で“普通”な私だけど…私の気持ち、受け止めてくれる?」
声が震える。
会話の途切れた静寂が怖くて、逃げ出したかった。

「……はい。よろこんで」
早苗の声は涙声で顔も涙でぐしゃぐしゃだったけど、確かに微笑んでそう言った。
私はほっとした瞬間、くすくすと笑ってしまった。
「こんな時にまで敬語?切ないわね」
「あ、ご、ごめんなさい」
慌てる早苗の様子が可笑しくてまた笑うと、早苗もつられて笑った。
私は早苗のおとがいに下から指を当てて少し上を向かせながら囁いた。
「好きよ、早苗」
「私も、椛」
 目を閉じて、唇同士が優しく触れ合うと、優しくてあたたかい感触がした。
―おまけ―
「いや~。今回の早苗さんと椛の熱愛発覚報道、幻想郷中が大注目ですよ!これで文々。新聞の定期購読者数もきっと跳ね上がります!そうすれば今季の新聞大会で上位に食い込むこと間違いなしです!そんなわけで椛には感謝してますよ。いや、まあ、椛に早苗さん負傷の情報を流した時点でこうなることを予測して、早苗さんの部屋の窓の外に待機していた私の先見の明あってのことではあるんですがね?まあ、それはともかく、そういうわけなんで今日は文々。新聞の更なる躍進のためにさらに詳しい話を聞きに来まし――はぐぁっ!」
 私のガゼルパンチが文さんのあごを打ち抜いた。


はじめまして。中尉の娘です。
今回が初投稿どころかSS書いたの初めてです。
普段は読むだけの人ですが今回無性にムラムラして拙い筆をとってみました。
皆さんのお口にあえば幸いです。
そして読んでくださったあなたへ。
ありがとうございます。
好評不評問わずお待ちしております。

誰もが幼い頃には自分は特別な存在だと思ってます。
でも大人になるにつれて視界が広がると、自分が世界の中心でも物語の主人公でもないことに気づいて愕然とします。
それはほとんどの人が生きてく上で体験する空虚な思いだと思います。

外の世界では実際に現人神として祀られていたのに、幻想郷に来てみたら普通の人でしかなくなってしまった早苗の切なさとか遣る瀬無さは、きっと私達の感じた空虚な思いとは比べ物にならなかっただろうな、と思います。
私はそんな早苗を慰めてあげたくて、その仕事を椛に託しました。
したら二人に友情が芽生えて、気づいたら愛し合ってました。
…ふしぎ。
ていうかこの椛後半アグレッシブすぎ…。
それはともかく、この話は私自身も含めた、理想と自分の“普通”さとのギャップに苦悩する人に送る「普通の幸せも悪くないよ」って言う愛の唄です。
そんな気持ちでタイトルつけたんですが、冷静に見てみるとこのタイトル異様にハズい…orz
中尉の娘
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.360簡易評価
4.80名前が無い程度の能力削除
これは良いもみさなですね。
6.70名前が無い程度の能力削除
椛カッコいいよ椛
8.60名前が無い程度の能力削除
椛である必要性があまり感じられない
何か恋愛要素を使って強引に話を纏めた印象を受けました
今ひとつ、と評させて貰います
9.無評価中尉の娘削除
採点のみの方もコメントをつけてくださった方もありがとうございます。
そしてもちろん読んだだけの方も。

>名前がない程度の能力さん(3人目)
椛である必要性についてですが、私は椛でなければダメだったと思ってます。
早苗との恋愛や、早苗の積極的な布教の間違いを指摘することなら誰でもできます。
ですが、特別だった頃の自分と今の普通な自分の落差に苦悩している早苗を心から慰められるのは、ずっと普通な存在として特別な存在に憧れるだけの立場だった椛にしかできません。
幻想郷の他のキャラは“普通”だとか“特別”なんて区切りは気にもしませんし、他のキャラが「普通なのは悪いことじゃない」みたいなことを言ってもそこには実感がありません。

話のまとめ方が強引なことは私の技量不足もありますが、敢えて半端なところで終わりにした意味は一応あります。
「特別でなくても幸せは訪れる」というメッセージへの焦点をぼかさないことです。
早苗のみ、あるいは恋愛のみに焦点を当てるなら、まだ書くべきことはたくさんあっただろうと思いますが、私がこの話に乗せたかったメッセージを考えるとそれは少し蛇足かな…と。

自作品への解説を長々と語ることは自分の親ばかさをさらすようで大変恐縮ですが、譲れないところがあったので失礼させていただきました。
最後にもう一度、読んでくださってありがとうございました。
10.50名前が無い程度の能力削除
どちらかといえば、友情のみで終わらせたほうが自然かなあと。
恋愛要素を混ぜ込んだのは蛇足かな、と首を捻りながら思いました。
あ、ラブラブが嫌いというわけでなくて、友情の一線は越えなくてよかったんじゃないかと。
なんだかごちゃっと混ざったようで、中途半端感が否めないです。
ただ、椛と早苗の組み合わせは自然だと思いました。

まあ、こんな意見もあるのかと、鼻くそほじりながら眺めてください。

12.70三文字削除
むう、普通に友情で終わらせるべき……というかそういった方向で進んでいたはずなのに、最後でいきなり恋愛感情が出てきたって言う感じですねぇ。
熱い友情を結ぶというのはそれもまた幸せなことですよ。

普通でも良いことがあるって椛のセリフは良かったです。
14.無評価中尉の娘削除
読んでくださった皆さん、改めてありがとうございました。

改めて考えてみると恋愛感情は確かに蛇足ですね。
完全に自分の力量不足です。
もっとしっかり構想を練って時間かけて話を作らないとダメですね。
もしまた話を作ることになったらもっと慎重に作りたいと思います。
その時にはまた読んでいただけたらしあわせです。