空間の、隙間を開けた瞬間、爽やかな風がやってきた。
境界の妖怪……八雲紫は、日傘を差しつつ隙間の外に降りた。
眼前には湖。夏の最中とは言え、湖面を吹きぬけてきた風は、十分な涼を携え快適だ。
まあもっとも涼しさは、高い高い妖怪の山の上、と言う立地条件にも拠るが。
一方、吹き抜ける風とは対称的に、湖の方は、不気味に柱が林立する奇妙な趣を携えている。
その湖が、ほんの二年も前にはここに、存在していなかったと言うことは、広く知れ渡っている事実だ。それは、湖畔に立つ神社もろとも、外の世界からやってきた存在である。
同時に、いくつかのトラブルも。
「我を呼ぶのは何処の人ぞ」
重たげな、しかし軽やかな声がした。
明らかに面白がっていて、その上で、重々しく作った声。
「……なんてね。ようこそ守矢の社へ。妖怪の賢者」
湖に林立する御柱。
その内の、一つの上にそれは居た。朱の衣に、紺色の髪。胸元には鏡。貫禄と、闊達さを合わせた雰囲気を撒きちらすモノ。乾を創る風の神にして、山坂と湖の権化……八坂神奈子と呼ばれている。あるいは軍神、山の神とも。
二年前、神社と湖もろともに、幻想郷にあらわれた存在。
「あいにく、早苗は出かけているんでね、あとついでに諏訪子もいない。だから、そっちへの用なら出直して」
「おかまいなく。用件は、あなたに対してですわ。山の神」
その為に、二人の留守を見計らってきたのだから……とは飲み込み表に出さなかった言葉だ。
スキマ妖怪八雲紫は、幻想郷を管理する賢者の一人、と言う立場を持つ。今日はその立場がここに足を運ばせた。
浮き上がり、御柱に座す神の眼前に立つ。
面白そうに問う神奈子。
「ほう。どんな御用だい?」
「軽と重の境界についての忠告と警告を」
「何事も先達はあらまほしけれ。聞きましょう」
真面目くさって応じる神。とは言え、それがどこまで本気なのかは、八雲紫の眼でも見切れない。
「最近も手広く商売しているそうですが……」
「商売? うん。まあそうね」
うんうんと、気楽に受ける神奈子。
紫は皮肉を言ったつもりだ。神とは、信仰という料金を支払い、神徳と言う商品をもたらす、商売人である、と。
ある種の冒涜。しかし、八坂神奈子はあっさり受け流した。
激するような手合いなら、どんなに扱い易いことか。
力に裏打ちされた自信は、多少の侮辱を侮辱と思わない。思わせない。
「……少々ご自重を」
「はてさて、パワーバランスには気をつけてるつもりだけどね」
肩をすくめる風の神。
「なるほど、確かに主に山の妖怪、地下の妖怪たちに利益をもたらしているのは認めよう。だから早苗に妖怪退治をやらせている。あれは里の人間たちの力になるはずさ。それに博麗神社に置いた分社……あれを通じて里にも、ちゃんと利を垂れている」
――それも問題。
妖怪の賢者は思案する。
一方に力が偏るのは不味い。しかし当然、すべて……とは言わないにしても相当の分量の力が、守矢の紐付きになるのも又不味い。
黒であれ白であれ、あるいはその他の色であれ、一色に染まりきるのは八雲紫の好みではない。幻想郷はもっと混沌としているべきなのだ。
まあ主題はそれではないが。
「その分社も問題の一つですわね」
日傘をクルリと一回転させる。
「なにしろ博麗の社は結界の要。すなわちここ幻想郷の要。あそこに何かあったならば、問題だの責任だのの領域の話ではなくなりますわ」
「もちろんだ。その辺りは心得ている。何、こちらも神さ。どこぞの天人のようなヘマはしない。貴方ほどじゃないが、結界や空間の操作は得意にしている。もとより、幻想郷が無くなれば、自分の首が絞まるくらいのことは重々わきまえているしね。そもそもだ……」
眼を眇める風の神。そして、一つの挙を告白する。
「……理屈を言えば、一人の人間を要にすること自体危険じゃないかい? 安全装置の一つも据えたくなる気持ち、わかってほしいわね」
そう、真の問題はそれ。この神は、幻想郷の根幹にまで手を付けていた。
幻想郷を形作る博麗大結界……分社を介し、その維持システムに、己が力を注ぎこめるようにした。していたのだ。
今のところ、八雲紫くらいしか気がついていないようだが。
それこそが、妖怪の賢者に足を運ばせた理由。
無論、八坂神奈子に大義名分はある。結界は、博麗の巫女の存在に拠る。万が一にも死ねば終わりだ。それは危なっかしくないか? と。
反論する。
「全てが一人一柱に拠りかかる世界に比すならば、まだしもマシと言うべきですわ。相互依存こそが共存の必要条件ですから」
八坂の明神さえ在れば十分、などと言う世界は御免被る紫である。
だからこその自重要求なのだが……柄でもなく率直な行いだ……八坂神奈子は理解した上で鼻で笑う。
「そういう事? でも、お門違いだね。それは。他の連中に言うべきじゃない? 守矢に負けるな奮起せよ、と。里の寺あたりは頑張ってくれるんじゃないかしら?」
「…………」
さて、なんと言おうかと思案する紫。
先手を打ち、口を開く神奈子。
「しかしねえ、そんなに細々気にするなら、出入りを完全に遮ればよかったんじゃない? 不快なことにならないように。できるんだろ?」
「幻想郷はすべてを受け容れます。そも、幻想郷は我が子も同然。子相手に、ああせよこうせよなどと細々したところまで差配するのは、戒むべきですわ」
だがギリギリになれば口を挟む。挟まねば成らない。
理解しているのかしていないのか、疑い深げに返す神。
「無責任にも聞こえるんだけどねぇ」
「そう例えば、あなたの巫女……風祝が、変わってしまった場合、あなたは捨てることができるかしら?」
「できる」
軍神は素っ気無く答えた。
「背教者に罰を下すのも神の業の内。ありえないことだけど、万に一つ億に一つ、早苗が背むくのなら、この手で処するわよ」
疑う余地など無い断言。徹底的な決意。
紫は思いを巡らした。
――なるほど。この明快さこそ神のありよう。
やがて、不快な確信に至る。
――ならばもう、間違いなく、幻想郷が、彼女にとって不快になれば、罰と称して、禍を起こす。そうは至らずも、彼女にとっての快を目指し、省みることはありえない。
そして彼女は、闘争を、決意した。
「乾は、元いに亨る、貞しきに利ろし」
引用は、儒学の経典……五経の一つ『易経』から。
積極的に行えば、たいへん上手く行く。ただし正しく行えば、などと言う意味である。
「あなたには、“貞”と言うものを体得してもらう必要があるようね」
「ん? それは……」
神奈子が言い終わるまえに、八雲紫は不意打ち気味にスキマを開いた。
いわば空間断裂。八坂神奈子の体に、裂け目が出来る。
開戦。
出来た裂け目は、みるみるうちに巨大化し、やがて彼女を二つに分かち……
「ちい!」
……分かち切る前に、反撃をくらう。
神奈子の背後から、紫に向かい木の柱が飛ぶ。
そはまさに、城門打ち抜く城破槌。
とっさに、手にした傘……弾幕も弾く優れものの一品……で止めようとする。
重い。
ただちに無体な重量が、その手にかかる。かかってくる。
とてつもなく重い。
「!」
制御失敗。
とてもではないが止めきれず、そのまま背後に飛ばされる。
大きく大きく飛ばされて、湖のほとりにまで後退する。
「……スペルカードルールのくくりから外れてるわよね? 今の。まあ一度くらいは大目に見るけどさ」
水面を、歩みながら言う神奈子。その背にはいつの間にやら、大きな注連縄。
臨戦態勢と言うことだ。そのわりに、漏れた言葉は楽しげだが。
無論、内心までそうとは思えないが。
――……いや、案外偽りなく朗らかなのかもしれない、か。問答無用の力尽く……思惑通りに持ち込めた、と言うことで。
なお、紫自身は勿論だが、まったくもって楽しくない。
――分かっていたつもりだが……
視線の先、八坂神奈子の“神体”の傷は、すでに完全に塞がっていた。
あの断裂、人間ならば致命傷。並の妖怪でも耐えられまい。
だが、相手は神……本体は“神霊”。あの肉体は言わば入れ物だ。
まあ壊すことに意味はある。
神は“神霊”だけでは力を振るえない。
己を祭る巫女の類か、目の前にあるような“神体”を要する。
壊すことに意味はあるのだ。壊しきれたなら。
壊しきれなかった。そして、あの程度の破損なら、即座に修復されてしまった。そう言うことだ。
――……かと言って、もう一度、同じ事を試みても、壊しきる前に一撃が来る。今と同じく。いえいえ。あるいは、態勢を整えた……背負われた注連縄がそれを示している……今の状況では、効果自体現れないかもしれない。隙間が無い。
ゆるゆると、迫る神奈子を見ながら思う。
フェムトファイバーと言うものがある。認識できない細さの繊維だ。古来、邪悪な存在の出入りを禁じるために使われてきた。あの注連縄はそれで出来ている。いまや八坂神奈子の体への直接干渉は、不可能に近い至難とあい成った。
その神奈子の右手には、いつの間にか一振りの剣。
ひどく古い拵えの、直剣だ。
実用と言う面では首を傾げざるを得ないだろう。おそらく神力で……例えば、紫自身が繰り出す弾幕用の飛苦無と同じように……創り出した紛い物だ。冥界の庭師が扱う刀のような名のある業物では無い。
問題は、剛力を謳われる軍神が手にしていると言うこと。
――接近戦は不味い、か。ならば……
ただちにスキマを三つ開く。
八坂神奈子を囲むように三つ。
二つは、彼女の右と左の後方だ。
外の世界で廃棄された交通標識……駐車禁止と進入禁止……二つが飛び出し神奈子へと向かう。
「……ふ……」
軍神は、その場で一回転。
舞うような一動作。そして迫った標識の先端を、ごく簡単に切り飛ばした。
運動エネルギーの関係上、それだけで標識は彼女の身体に届かない。
失敗。まあ予測のうちではある。
次なるは、神奈子の正面に開けたスキマからの一撃……そこから飛び出た電車の列が、津波より激しく彼女へと向かう。
高さは、やや大柄な八坂神奈子と比べても二倍以上。横幅長さも含めれば、比較にならない大質量が、水煙を立てながら驀進する。
廃線『ぶらり廃駅下車の旅』
タイミング的に、回避は不可能。またサイズの問題から、切り払うこともできない。
――さあどうする?
軍神の回答。
「ぬううう!」
真っ向から受け止める。左の掌で、ぶつかってきた金属塊を押しとどめる。
轟音。
衝撃で、湖面に円状の波が立つ。
それだけで、後は動かない。
おそるべき剛力だ。
かくて、速度を奪われた列車は、やがて湖にドカドカと横たわる。
次々波が立ち騒ぐ。
騒ぎの中に立つ、神奈子は無傷。
八雲紫はのたまく。
「あらあら。神様、電車の運行妨害は、大変な罰金を取られますわよ」
まだまだ予測の内である。
だから、次の手は打ってある。
「こんな風に」
「おお!?」
初めて軍神が驚愕の声を上げた。
彼女を中心に展開される妖気弾。
否、妖気弾幕。
前後左右に上方を、一切隙なく光の弾丸が覆いつくしている。逃げ道は無い。標識での攻撃に始まる一連の流れの裏で、そのように作っておいたのだ。
紫奥義『弾幕結界・改』
「はい。おしまい」
言と同時に、結界を構成する妖気弾が、バラバラと神奈子に向かって飛ぶ。
弾数の減った弾幕は、その分、規模を縮めていく。
すなわち、移動の余地が徐々に減る。
八方から来る弾幕を、避け続けたとしても、いつかは、周囲を閉ざした『弾幕結界』によって押しつぶされてしまう。
遊びを排した必勝の術理。
――さて、これで、おとなしくなってくれれば良いのだけど。
そう胸中でつぶやきかけた瞬間だ。
「何?」
眼前の『弾幕結界』が爆ぜる。
内部から、さながら間欠泉のように、蒼白色の奔流が噴出してきた。
――これは……
神力で構成された弾丸の激流。
それが正体だと見抜く。
そは術者を歩ませるために創られた一筋の道。
神符『神が歩かれた御神渡り』
奥義を冠した結界が、その力押しで破られた。
「いやいや。まあまあにして、まだまだだね。スキマ妖怪」
高く空へと伸びた道の先には、八坂神奈子が不敵な笑みを浮かべて起立している。
「おかえしだよ。くらいな」
次の瞬間“道”が砕ける。
砕けた神力製の奔流が、今度は弾幕となって飛んでくる。
天から降りそそぐ弾幕を見て、しかし紫はひるまない。たかだかその程度ではひるむ必要が無い。
――隙間は多い。避けれるわね。
弾幕を認識。軌道を演算。安全地帯をはじき出し、わずかな動作で滑り込む。
いや、滑り込もうとした、だ。正確には。
彼女が滑り込もうと、思った刹那のことである。
「こいつはおまけ!」
同時に神奈子も動いていた。
次に飛び来るは、複数本の御柱。
丁度、先の弾幕の隙間を潰す形で来る。
しかもその速度は、最初の弾幕より速い。
――着弾は……同着。
悟る。こいつは避けられない、と。
八雲紫は、肩をすくめて首を振る。
どう計算しても、どれかが直撃する。計算式の権化である彼女の答えに誤りは無い。
当たる。
まあ尋常の移動で避けるなら、だが。
なお、尋常で無い移動は、紫の得意とするところである。
ただちに背後にスキマを開く。
我が身を、その中へと放り込む。
迫る弾幕。
即座に眼前のスキマを閉じ、おもむろに代わりを開く。
開けた場所、降り立った場所……そこは湖の対岸だ。
湖岸の小石を踏み降り立つ。
強い風が吹き付けてくる。
風の来た元、視線の彼方……つい先程まで彼女が居た、湖の向こうの岸辺あたりには、かなり広い範囲にわたり、もうもうたる土煙が舞い上がっていた。
「……どこの艦砲射撃かしら。まったく無駄に力自慢な……」
それは、弾幕と柱の着弾の衝撃なのだろう。おそらく、吹き付けてくる風も含めて。
実際、土煙の合間には、突き立った柱が林立している。
規模も威力もはた迷惑。
――さて、そのはた迷惑な神様は……
探す。そして、眉を寄せる。
件の神様、軍神は……
「……あらら……」
……こちらに向かい一直線。
湖を波打たせながら突進して来る。
彼女は風の神。突進速度もまた風の如し。
――ふむ。失敗。少し分かり易すぎたか。あの速度、私がスキマを開いた時点で突進を始めていたようね。
瞬き一つの半分の、半分の半分ほどをかけて思う。
紫の現在の位置、神奈子の位置、そして、先程まで紫が居た位置は、実は一つの直線に乗る。
相手の背中から、不意打ちを仕掛けるつもりだったのだが、いかにも狙いが過ぎていたらしい。バレバレだ。バレた理由が、推定だか偶然だか直感だかは知らないが。
――この次は、移動先の選択に乱数を入れれば良し。改善策はそれとして、さて、逃げるのは間に合うか?
思考を進める。
解答。間に合わない。
神奈子のスピードがありすぎる。飛んで逃げるのは勿論、スキマに逃げ込んで、おもむろに閉ざそうとしても追いつかれる。
――では対策。
紫は日傘を突きつけた。
その表面から、幾つもの光弾が飛び出した。
迫る神奈子に向かい飛ぶ。
本来、威力も速力も密度も不足だ。名を付けるには値しない通常弾幕。
前進を緩められたら、やすやす避けられてしまうだろう。
もっとも、前進を止めてくれたなら、その時は紫がゆうゆう逃げられる。
歓迎だ。
なら、前進をやめなかったら?
その瞬間、八坂神奈子の額で、肩で、腕で、次々と光弾がはじけた。
多分、そんなつもりは無かっただろう。
だが現実、彼女の前進は、着弾の衝撃で鈍化した。
それはもう、紫が逃げるのに十分な程度には。
このように避けようが避けまいが、逃げるのに必要な時間は稼げるのであった。
だったら大技叩き込め、と言う見解もあるが、今回の場合、大技を組み立てる間に距離を詰められ、白兵戦へ持ち込まれるとの計算。それはまったく好みでは無い。
てな訳で、背後にスキマを開き、手早く飛び込もうとした。
「……っつ!」
足元に、痛みが走りさえしなければ、飛び込めたはずだった。
――な?
足元を見る。
一振りの直剣が……神奈子の神力で構成されたものだ……彼女を、物理的に縫いとめていた。
外の世界のかの神の故地……諏訪地方、葛井神社にある葛井の池に、12月31日に神事に使った供物や道具を沈めると、それらは元旦になれば静岡県の佐奈岐の池に浮き上がるという。
一種の空間跳躍だ。
無論、それはかの神の神力に因る。
紫ほど多彩ではないにせよ、その言に偽り無く神奈子は、それなりの空間操作を心得ている。
それを用いた転移攻撃。
もっとも威力自体はそれほどでも無い。
ただし、稼いだはずの時間を使い切ってしまうには十分で……
「捕まえた!」
……次の瞬間、轟と言う風切り音と共に、眼前まで来た八坂神奈子の右手は、八雲紫の左の手を傘ごと握り締めていた。
無論それで終わらない。
それまでの、前進速度の勢いに任せ、スキマから八雲紫を引き抜いた。
――……ま、ず、い……
感じるは、奇妙な体感時間の伸長。
天が舞う。
地が踊る。
それはまるで、時間が止まったかのような感覚を与えてくれたのに、気がつけば、背から地面に叩きつけられていた。
神話に拠ればこの神は、人間ならば動かすのに千人ほど必要な大岩を、軽々持ち上げ歩んだとかなんとか。
落符『木落しの坂』
――……大打撃。
余波で飛び散る土砂を見ながら、紫は静かに思考を巡らす。
一撃で、手足の先から感覚が消えた。
まさに“神業”。つまりは、ただ物理的に叩き付けただけではない。
それ故のダメージ。
紫にして、しばらく身体が動かない程度の。
危地である。
窮地である。
とは言え、焦ったり、慄いたりする趣味は無い。
それは八雲紫の在り方ではない。
例え敗北したとしても、その寸前まで現実的にかつ楽観的に、出来るなら享楽的に。
――回復までおよそ五分。その間を凌ぐ術は……
とどめの準備をする軍神を、見上げながら思う。
ああ、面白くないわ、と。
――……だったら一対一などと見栄を張らず最初から連れておけと言う話で、まあ背に腹は代えられないけれど……
ぼやく傍ら、停滞無く目当ての相手を呼びつける。
式神『八雲藍』
「おっ?」
神が疑念の声を上げた。
理由は、その身を覆った何者かの影だ。
歴戦を誇る八坂神奈子は、まず最初に、その正体を確認するような愚は犯さない。ひとまずは、その場から身を翻す。
間髪いれずに上方から、直前まで彼女が居た場所を、蹴り足が貫き砂煙を上げる。
それは道服をまとった少女に見える。もっとも、人間に見間違える者は居るまい。頭に生えた狐の耳、そして背にある九つの尾が、その正体を知らしめる。
八雲藍。
策士の九尾なる異名を持つ紫の式神。その基は、九尾の狐と言う最強クラスの妖獣だ。鬼だの天狗だの吸血鬼だのの例外を除き、その身体能力は叶う者が無い。
追撃をかける藍。
着地から、間を空けぬ前蹴りを放つ。左足の爪先が、八坂神奈子の腹に飛ぶ。
「とと」
しかしこの連撃も、まだ神奈子には届かない。
だが、藍の連撃は終わりで無い。
左足が地に付く前に、右足が跳ねる。
その爪先が今度こそ、軍神のアゴに直撃した。
中国の拳法のうち、長拳と呼ばれる一群に酷似した技法であった。それが獣の体力に乗って使われた。
神奈子の顔が跳ね上がる。のみならず、その全身が跳ね上がる。
吹き飛ばされ、空中で一転し、数間はなれた地面に立つ軍神。
「お呼びでしょうか? 紫様」
神を退けた妖獣は、ごく慇懃にそう尋ねた。
「回復まで五分ほどかかります。時間を稼ぎなさい」
「御意。お任せください」
命令と拝命。
必要事項を片付けた後、無用の別件に取り掛かる。
無用? まあ妖怪の性とでも言うしかない。無駄を混ぜたくなってしまうのは。
口を開き尋ねる。
「ところで、橙は連れてきてないの?」
橙とは、式神八雲藍の式神だ。だが、見たところ連れている様子が無い。
まあその実力は……この場合、戦力になるのかならないのか? 正直、果てしなく微妙。
「……連れてきてるわけがないでしょう。洒落にならない」
だから藍の、憮然とした返答に、特に異議は唱えない。
あの猫を溺愛しているこの狐なら、さもあらんと思っただけだ。
まあそれはそれで構わない。必要なのは余裕の構築。それは果たした。
「ふうむ。次は白兵戦かしら? いいわね。嫌いじゃない」
人間ならノックアウトどころか頸骨破損……下手すれば頭が砕けていてもおかしくない一撃を受け、しかし八坂神奈子は楽しげに笑う。
「なにしろ角力の祖とも言われてるわけだしね」
「…………」
八雲藍は無言を返す。
黙して、静々間合いを詰める。
両の掌底を向け構え……空手の前羽の構えに似ていた……並々ならぬ迫力をかもす軍神に対し、怯みも気負いも見当たらない。
釣られてか、あるいは礼儀か、八坂神奈子も表情を変える。
闘志につられて、気が歪む。
世界がねじれたような数秒が経つ。
「ふっ!」
まず仕掛けたのは軍神だ。
砂塵巻上げ踏み込んで、左の掌底を飛ばす。
彼女の投じる破城槌のごとき御柱に、勝らずとも劣らぬその一撃は、しかし、ただ空を貫いただけ。
逆に、神奈子の右側頭で、したたかな一撃が爆ぜる。
右足を軸にした藍の回し蹴りが、軍神の顔面に炸裂した。
それはただただ尋常で無い。
速さもそうだが、威力の方も、それまでの藍の動作からすれば桁違い。
跳ね上がっていたが故に、それまでの動きを見て、その上限を推測していたであろう八坂神奈子の意表をつけた。
軍神が弾き飛ぶ。その全身が、地面と水平に湖水の方へと飛ばされる。
超人『飛翔役小角』
修験道の開祖とされる呪術師を模した術だ。元々高い獣の身体能力を、さらに飛躍的に増す。効果のほどは見ての通り。十分に警戒していたであろう神をも吹き飛ばせる。
吹き飛んだ神奈子を追い、飛び立つ藍。
「ちいいい……って、おい!」
追いかけて、湖上空で態勢を、立て直しつつあった神に、追い討ちを仕掛ける。
勢いをつけた一蹴り。
鈍い打撃音。
湖に上がる水柱。
「藍!」
「心得ております」
優勢を危ぶみ、油断を戒めるための忠告。
されど、それは無用であったようだ。
休むことなく、次の手を打つ八雲藍。
その周囲に、十二の六芒星が浮かび上がる。
式神『十二神将の宴』
呼び出された十二の式神が、水中へ蹴り込まれた八坂神奈子に牙を向く。
「やれ!」
八雲藍の号令を受け、十二の式神たちが、それぞれ妖気の弾丸を、次から次へと打ち出した。
それはまさしく雨霰。
湖面が泡立ち、水煙が立つ。
――これは……行けるかしら?
八雲紫は思考する。
いや勿論、このまま倒せるかもしれない、などと考えているわけではない。
こんなものでは倒せない。倒せるはずが無い。
まあ全く打撃を与えていないとは思わない。ただ、与えた端から回復されているだろうと読んでいるだけだ。紫自身が、初手で放った空間断絶と同様に。
それが創造を行う神の業。
神話に即して言うならば、千人死ぬ間に、千五百人生まれれば、世界は滅びないと言う理屈が近い。
――それでも動きは封じれる。封じれている。例え一時的だとしても。
演算する。
――なら後は、それを永続するようにすれば良い。
その為に必要だろう結界構築は、境界の妖怪……八雲紫の真髄にして真骨頂。
――我が身が回復次第封印する。それで一件落着のはず………………ん?
手順をそらんじた瞬間だ。八雲紫の鼻先を、雫が一滴かすめていった。
――飛沫? それとも雨?
首を捻って気がついた。どっちであろうと、どうでも良い。問題は他所にある。
身を起こし、警告しようと試みる。
間に合わない。
空が曇るより早く、豪雨が、豪雨だけが、湖上を駆ける。
――九尾の攻勢を食い止めるのに、狐の嫁入りを繰り出すとは、洒落がきついわね。
天竜『雨の源泉』
風の神……八坂神奈子の力の一端だ。
いや、それはタダの雨である。ごくごく普通の水である。特に害など無いはずだ。
問題はただ一つ。式神と言うものは水に弱い。濡れると、術式が外れ、たちまち素の存在に返る。
まあ、八雲藍ほどに高度な式神なら、防水もばっちり。これしきの雨などなんでもない。彼女自体に問題は無い。
ただし、藍の操る『十二神将』となれば話は別。
その一雨で、一掃される。
符が流れ落ち、湖の藻屑に。
「やってくれたね。まったく」
水柱。
阻止する式神が居なくなり、八坂神奈子が現れる。
髪をかき上げ水気を落とすその態度に、微妙な不機嫌が見え隠れ。
「この私に、小細工を使わせるとは」
「…………」
八雲藍は応じない。
無言のまま、再び己の身体機能を上げる。それは先程、軍神を水中に蹴りこんだ術。
使って飛び立つ。右へ左へ。
林立する御柱を足場に、飛び回る速度をずんずん上げて行く。
風をも切り裂く速さにまで。
対する神奈子は動かない。
ただじっくりと待ち受ける。
その時、その右横を、九尾が高速で飛び抜けた。
瞬間の事である。
反転、内回し蹴り。
騰空外擺蓮と呼ばれる死角を穿つ蹴り技だ。正確にはやはり、それに似た技、となるけれども。
それを仕掛けた。
「があ!」
肉が肉を打つ音。
響くうめき声。
吹っ飛ぶ体。
それは、仕掛けた藍のものだった。
「わるいわね。でも二度は効かないのよ」
その時、藍の蹴りが届くより早く、神奈子の裏拳が九尾の狐を弾いていた。
後の先狙いの絶招だ。
神の拳の衝撃で、ふらふらと水面に落ちかけて……
「……危ない危ない……」
……なんとか立て直し、御柱の一つの上に立つ八雲藍。
軍神を見据え、構えなおす。
――ふむ。
その姿、その様子、その気組みを見、うなずく紫。
術を破られたとは言え、藍に焦りの様子は無い。
まあ当然と言えば当然だ。
八雲藍の務めは、八雲紫の回復の時間を稼ぎ出すことにある。
けして軍神を倒すことではない。
そして紫の計算能力は、今の神奈子の迎撃が、自らの攻撃を度外視し、ただ相手の攻撃を待ち続けたから可能だったと弾き出していた。つまり、こちらから殴り合いを仕掛けなければ、相手の拳は届かない。逆に相手が動いたなら、今とは逆にカウンターを入れれる。そして、動かないならば、睨み合って紫の回復を待てば良い。
問題無し。
藍も同じ計算のはず。だからこその冷静。当然の沈着。
「あまいわ」
哂う軍神。
隙を突き、その背に四本の御柱を背負う。
たちまちに、膨れ上がる神力。顕わになる神の本領。
こちらの時間稼ぎの意図が、軍神にそれらを行う時間を与えた。
失策。
「……!……」
悔やむ暇などありはしない。空間が歪む。ごく物理的に。
神秘『ヤマトトーラス』
八雲紫の視界から、藍と神奈子が消失する。
紫の、視覚以外が指し示すところに拠れば、二人は、閉じた空間の中に居る。
ループする閉鎖空間をつくり、逃げ回るための領域を限定し、後は煮るなり焼くなり思いのまま。それがこの術の全容らしい。
神奈子が、その神力で無数の剣を作り出す。
そして投ずる。嵐のごとく。
剣の軌道を計算し、回避する藍。微細な動きで回避する。計算分析に長けた式神の、舞にも似た見事な動作。
だがその表情は硬く、ひっきりなしに冷や汗が出ている。
避けたはずの剣は、やがて一巡りして帰ってくる。
避けても、避けても、避けても、避けても、終わりが無い、限が無い、果てが無い。
そして、藍の限界が来た。
剣が薙ぐ。
赤いしぶきが飛び散る。一つだけでは終わらない。肩から、腹から、足から、顔から、次から次へと飛び散った。それでも剣の舞は止まらない。
――後、一分。
その様を見ながら、つぶやく紫。
――三十秒。
拳を握る。
――……五、四、三、二、一、終わり。
ただちに、スキマを開く。手を入れ、己の式神を取り戻す。
血みどろにして、ズタボロだ。
それでも忠実な式神は言う。
「……しゅ、醜態をさらしました。お手を……煩わせて申し訳ありません」
「ええ、まったくだわ」
だから紫はそう言った。
「次なる働きで、挽回なさい」
「いやむしろ、降参すべき時じゃないの?」
閉鎖空間を解き、姿を戻した軍神が言う。
存外真顔だ。
口ぶりには、自信と上からの慈悲が満ちている。
「悪いようにはしないわよ。貴方たちも、この幻想郷も」
「あらあら。何を言っているの。この蒙昧主義者は」
だから思いっきり侮蔑的に言う。
「侵略の末、貴方が手に入れたはずの諏訪の地は、押さえたはずの諏訪の民は、今、どうなっているかしら? 貴方は、どうして今ここに居るの? それを知れば、危なくて、お任せするなんて冗談ではない」
笑う。嘲ってやる。見限られ逃げてきた、敗残兵が何を言うか、その始まりから幻想郷と共にあった、八雲の名にかけて否定する、と。
まあ品が無いのは八雲紫の趣味では無いので、大口開いたりはしないけれど。
軍神も笑う。その口元が大いに歪む。
大口縄が牙を剥く。そういう感じの笑みだった。
まがいで無い殺気が満ちてきた。
藍が服の裾を引っ張る。
「……紫様。挑発してどうするんです!」
「覚えておきなさい。藍。致死量を越えてしまった毒は、それ以上どれだけ飲んでも同じだと」
「いや、わざわざ毒杯あおるのやめましょうよ」
「次の手は、力尽くですわ。準備なさい」
「御意」
力を練る紫と藍。
一刹那の間。
合わせて、同時に放つ二人。
境符『波と粒の境界』
式弾『アルティメットブディスト』
それは妖力で作られた二重渦旋。
大渦巻きが二つ、当たるもの全て巻き込み飲み込みながら進む。
「ほう。ここで力尽くか。その意気や良し」
自他共に、大妖と認める二人が放った大渦を見て……それが迫り来るのを認識して、しかし八坂神奈子は揺るがない。
右手で印を切りつつ言い放つ。
「ならばこちらも天津神の渾身をもって答えよう」
無題『乾を創造する程度の能力』
杞憂と言う。取り越し苦労の意だ。古の中国……杞国の人が、天が崩れ落ちてきはしないかと心配した故事に拠る。
取り越し苦労と切り捨てられた、天が崩れると言う事態が、今、目の前で発生した。
空が溢れた。
新たに創造され、膨れ上がった大空が、風が、雲が、太陽が、居座れなくなり、零れ落ちてきたと言うべきか。
押し寄せてくる。
その力、一言で言うなら圧倒的。
「紫様! お逃げください!」
その身の本性に忠実に、式神が言う。
主もまた、その想いに従い返す。
「そうね、幻想郷を持って逃げれるなら考えましょう」
「ああ、もう面倒くさいわね」
一声。
そして、空白の一瞬が来る。
今の今まで、悠然と陶然と傲然を、足して三で割った表情をしていた軍神が、ひどく間抜けた顔になる。豆鉄砲をくらった鳩とでも言うか。
無論、笑う余地は無い。
藍もまた似た顔だ。
そして紫もまた同じ。
「れ、霊夢?」
そうそれは、紅白の衣装に身を包んだ、楽園の巫女の声だった。
それは軍神の側方、至近からした。
博麗霊夢は、ここに集ういずれ劣らぬ実力者たちに、まったく気がつかせる事無く現れた。
何物の束縛も及ばない、空を飛ぶ程度の能力の発現。
それは幻想中の幻想たちにとってさえ、尚、異数の異能に違いない。
「ふ、麓の巫女か!」
我に返る八坂神奈子。
だが一歩遅かった。
宝具『陰陽鬼神玉』
巫女の一撃。
巨大化した陰陽玉が、軍神に直撃する。
「があ!」
仰向けに倒れ、湖に堕ちる神。
何度目かの水柱。
そして、神の創った大空は……こちらを押し潰しかけていた大空は、即座に元の静けさに帰る。
――助かった?
気がつき促す八雲紫。
「仕留めます。併せなさい」
「え? あ、はい」
二人の八雲の力が重なる。
合符『八重結界』
強力無比の結界を、さらに束ねて鍛え上げ、湖中に堕ちた軍神を捕らえる。
二人がかりで編み上げた、八層に亘る術式で、八坂神奈子を封印した。
――……勝てた?
八雲紫は一人ごつ。
眼と感覚を研ぎ澄まし、対象の状態を精査する。
一方、藍は振り返る。
「いや、助かったよ。博麗霊夢。しかし、何故ここに?」
「あんたの所の猫が駆け込んできたのよ。あんたらが神様に喧嘩を売ろうとしているって」
仏頂面で答える霊夢。
藍が式神を連れてこなかった事、それが思わぬ奇貨に繋がった、らしい。
「巫女として、妖怪の暴挙は止めないわけには行かないでしょ」
「気のせいか、神の顔面に陰陽玉を叩き込んでいなかったか?」
「藍」
会話に口を挟む紫。
「準備しなさい」
そう言った、理由はすぐに明らかになる。
揺れが来た。
空が揺れた。地が揺れた。
轟と揺れた。
世界が揺れた。
泡を食う藍。
「……こ、これは?」
「分かりきった質問をしない」
山坂と湖の権化……八坂神奈子の仕業に決まっている。
結界を破ろうとしているのだ。
結界とは何か? 境界で、ある領域を区切ることだ。
では境界とは?
例え話。一枚の画用紙を持ち出して、そこに筆で円を描くとする。円の内が結界で、円が境界となる。
そして、今、神奈子がやろうとしていることは、画用紙をバラバラにすることで、円を消失させること。
世界を創る神の業……乾を創造する程度の能力再び。
「藍。世界の変質に合わせて、結界を微修正。貴方が持たせている間に、もう一枚、別のタイプの結界を用意します。霊夢は下がってて……」
「いや」
しかし、霊夢は歩を進めた。
進めながら声を上げる。
「萃香。居るんでしょ?」
「おや、ばれてた?」
霧が萃まり、現れる鬼。小さな百鬼夜行……伊吹萃香。
「あら、居たの?」
「うん、居たの」
「手伝ってくれても良かったのに」
「他人の喧嘩に手を出すほど野暮じゃないよ。終わった後なら、話は別だけど」
紫の詰問に、どこかとぼけた答えを返す。
それを尻目に、再び声を上げる霊夢。
「文も。見てるなら、出てきなさい!」
「あやややや。お見通しで?」
風をまとい、天狗が一人。里に最も近い天狗……射命丸文。
いつも持っている写真機の代わりに、八手の葉団扇を携えていたりする。彼女らしくも無い臨戦態勢と言えるだろう。
――ふむ。
つぶやく紫。
――橙が、急いだだけにしては、霊夢が早々とたどり着き過ぎと思ったけれど、これは天狗の黙認と見るべきか。ならば、幻想郷全体に関する限り、八坂神奈子より信用が有ると、己惚れても、罰はあたらない、と思って良いのかしらね。ふむふむ。
見れば、天狗の後方から、箒に乗った……橙を便乗させている……魔法使いもやって来ている。
何とは無しに、引きつり気味なのは、状況みれば是非もなし。
霊夢が彼女の名を呼ばないのは、呼ぶまでもない、いるに決まっていると、思っているからか?
ともあれ、霊夢は続けて言う。
「……と、言う状況なんだけど、神奈子、あんたは何と戦うの?」
「山の天狗、地下の鬼、里の人間、そして妖怪か……」
湖の中から声がする。ごく静かな声だった。穏やかな声と言えた。間違っても敵の数に慄いた気配は無いが、しかし確かに、戦意が薄れていた。
――あら?
紫は内心つぶやいた。
その時、遠くで術が解けた。
この戦いの理由の一つ……八坂神奈子が打ち込んだ博麗大結界への楔が、綺麗さっぱり無くなった。
「……無論、幻想郷と戦う気は無いわね」
と、神奈子。
それを停戦の申し入れと解釈する。
「志は満たしむべからず。ご理解いただければ、何の異議もありませんわ」
神を封じた結界を、解除する紫。
湖の、中から浮かび上がってくる神奈子。
つづけて、彼女の背の注連縄が、するする解けた。
軍神の、臨戦態勢が解除された。
気が緩む。
実に幻想郷らしい、暢気な空気がやってくる。
「……ああ、疲れた。帰るわよ。魔理沙」
「お、おう」
巫女と魔法使いが去る。
「じゃ、私もお暇するわ。またね、紫」
鬼も去る。
「あのですね、神奈子さん。私は、あくまで巫女に呼ばれただけで、どちらに味方とかそう言う事は、ジャーナリストとして、慎んでいる身でして、まして天狗社会が、あれこれそれとかそう言う難しいことは、一切関係ないんで、ご理解の程、よろしくお願い……しますね。いや、本当に。ではではでは」
なにやらゴニョゴニョ言いながら、天狗も去った。
「藍。橙と一緒に、結界の再確認」
「心得ました。いくよ。橙」
「はい。藍さま」
式神たちも追い払い、後には紫と神奈子が残る。
「なにか?」
「いえいえ、山の神にあられては、なにやら気鬱のご様子」
しれっとした調子で言う。
気鬱? ここまでの展開を思えば、当たり前と言えば、当たり前。だが、紫がそれを口にした理由は、その当たり前とは少し違う。
扇子を開き、顔半分を隠す。
「何事か? と思いまして」
「たいしたことじゃないわよ」
実際、神奈子は軽く肩をすくめただけだ。
「ちょっと諏訪大戦を思い出してただけ」
なにがよぎっていたのだろう。
圧倒的な力を持ちながら、欲したもの悉く、手に入れきった事の無い神に。
紫は言う。
「ごゆるりと、お求めになってくださいませ。それならば、いずれは幻想郷は答えることでしょう」
「ふん」
八坂神奈子は苦笑した。
「しかしまあ慕われてるじゃないか。スキマ妖怪」
その言葉、ほめ言葉と解釈した。
「ええ、ありがたいことですわ」
八雲紫は、悪びれる事無く受け取った。
出鱈目に強いって訳でも無く。
できれば締めで諏訪子と会話して欲しかった
スキマを利用した、物理的な攻撃を前面に押し出す描写では
胡散臭さを表現しきれないと、個人的には愚考します。
次回作も期待してます。
長編も百合もお待ちしますぜ !
余談ですが、このお話の紫様、何でも出来ますが、それは相手が無抵抗なら、と言う制限を付けさせてもらってます。
早い話、有と無の境界をいじり、神奈子様を消滅させる事できます。ただし、相手が素直に消滅してくれるなら。TRPG風に表現するなら、レジストする気の有無がどうの、と。
てなわけで結界で閉じ込めるのにあたって、相手の動きを物理的に止めてと言うステップが必要になっているわけなんですが、なるほど、冷静になって考えてみれば、夢と現や、光と闇の境界をいじくって、撹乱しかける描写があってよかったですね。目から鱗です。
余談の余談、素が妖獣の藍様は、殴り合い限定なら紫様より強いと思うんです。で、ガチ殴り合いをしてもらいました。格闘モノ大好きなんで(マテ
余談の余談の余談。神奈子様は高スペックに任せて、罠は嵌って踏み潰す、を(マテマテ
敵役ですが、あまり理不尽な言い草にならないようにしたつもりですが、幸い神様っぽいようで一安心です。
しかし、かなゆかですか。まさか、私の他に、それを言う人が居るとは!
では、次はそれで♪
神奈子様の在り方そのものについては、俺のイメージとは違いましたが、それでも神らしさを感じました。
ただ、願わくばもっと“風”を使った戦法も入れて欲しかったですかね。まぁ、これは単なる俺のわがままなのでww