Coolier - 新生・東方創想話

乳母車

2009/08/01 23:44:49
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 満月はきれいだ。
 心が躍る、という妖怪たちの言うこともわかる。砂粒みたいな星の中で、群を抜いて一番大きな白い円。夜空の王様、と形容してもいいかもしれない。
 こんな夜は箒に跨らずに自分の足で、空を見上げながら歩くのが作法だ。
 時折、早く流れる灰色の雲が月にかぶさったりもして、またそれも風流。
 柔らかな夜風、柔らかな月の光。満月の下、はやる気勢をなだめるそれが、むしろ私の心をはやしたてる。

 何の気なしに、ただ家路を歩いていると、前方に人影があるのを認めた。からから、という音がする。何か押しているのだろう。
 それが何かは知らないが、服装から誰かすぐにわかった。
「おーい、アリスー!」
 小走りで追いかけながら、私は彼女の名を呼んだ。
 しかし、声を掛けても振り返らない。歩みも止めない。
 無愛想だな、と思うも、追いついてみると、なるほど。彼女もまた月を見上げていた。
「きれいだよなー」
 この美しさだ。見とれていたに違いない。私は彼女の横に並びながら、もう何度目になるだろう、月を見上げて、ため息をついた。

 すたすたと歩く。いつもは空を飛ぶからあっという間に我が家に着くが、徒歩だとやはり時間が掛かる。
 だが、空に浮かぶ月が、それを忘れさせていた。
 もうずっと歩いているかもしれない。いや、まだ全然かもしれない。時計は持ち合わせていない。確かめようがなかった。
 その中でからから、というアリスの押す乳母車の音だけが、規則正しい秒針のようだった。
 前を見なくても隣にはアリスがいる。私は月を見続けていた。
 暗い夜道、ただただ円い月だけが私たちを照らしている。
 ふと、足を止めた。同時に、乳母車も止まった。
 前を見ると、森の入り口が風景にぽっかりと黒い穴をあけている。
 視界の端に乳母車がちらついた。そういえば、なぜ、アリスは乳母車を?
 私は横目に乳母車を覗いた。
 すると、そこには毛布も何もなく、服を着ていない人形が、ただあるだけだ。
 そして、それが何かを見ている。いや、見上げている。
 月だ。私がさっきまでずっと見上げていた月を。
 アリスを見る。何も喋らず、ただ月を見上げて乳母車を押していた彼女。

 ――その顔は、日の光をかえす、月のように白かった。
戦前に書かれた小説のオマージュ。

月夜、散歩に出かけると、乳母車を押す女がいた。
一緒に歩いていて、ふと乳母車を覗くと、京人形がいるだけで、女の顔は月に照らされてただ白かった……というだけの作品です。

<追記>
誰だ戦前なんて嘘を書いたのは。私だ。
原作は1946年に書かれた、氷川瓏『乳母車』です。
一ノ瀬
[email protected]
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コメント



0.210簡易評価
3.60名前が無い程度の能力削除
オマージュならもう一捻りしてくれ~
6.20名前が無い程度の能力削除
特に面白さも無く。