「ただいま、お姉ちゃん」
「あらこいし、いたの」
「ひどーい」
一時間くらい前からずっとお姉ちゃんの膝の上にいたのに。
ふかふかフローラル。
「帰って来たらお姉ちゃんの膝があったから。 大体そんな~感じ~」
「ごめんなさいね、本に夢中で気付かなかったのかしら」
それは嘘。
だってお姉ちゃんのイヤな方の赤い眼は、覚りの眼が意識を見逃すことはないもん。
気付けなかったからって、そんな顔しなくていいんだよ。
「いいよ、私はどうせ小石だし」
「ごめんなさいね……晩御飯、食べていくの?」
「わかんないけど」
「けど?」
「お姉ちゃんにひっついてたら多分ここにいる」
気持ちいいし。
ぽかぽかおいしそう。
でも食べないよ。
「大体そんな~感じ~」
「……気に入ったのかしら、それ?」
「うん」
「そう、じゃあ今日はこいしの食べたいもの作ってあげるわ」
「わぁい」
「食材は私じゃないわよ」
ちぇ。
でもいいのだ。
大体そんな感じ。
「じゃあ、そろそろ支度しましょうか」
「うん」
「ええ、だからこいし除けてくれないかしら……」
「や」
膝枕してもらいながら時計をチェック。
外はきっと橙色なんだろうけど、地底はいつも真っ暗。
お日様がいないから。
あ、黒いキレイな羽根のお日様がいたね。
「ねえお姉ちゃん」
「なぁに」
「お姉ちゃんの手は気持ちいいね」
「そう」
じゃなくて。
「お空に地底のお日様になってもらおうよ」
「あら、それはいいわね」
「でしょ?」
それは、火がなくても明るい素敵な地底。
「でも、お空にはちょっと難しいわね」
「なんで?」
「えー……と、地底は丸くないから、一日中明るくなっちゃうわ」
なるほど。
お日様は、地球の裏側でおやすみするけど、地底に裏側はないわね。
でもそれくらい、私だって予想済み。
「お姉ちゃんは甘いわね~」
「あらあら」
「匂いだけじゃなくて、食べても甘いんじゃないかしら」
「そんなにかしら……」
お姉ちゃんお姉ちゃん、自分で袖を嗅いでもわかんないよ。
「夕方になったら、お空は地霊殿で休めばいいじゃない」
「ああ……そうね」
そうすれば夜にはまたいつも通りだ。
真っ暗にぎやか。
旧都はいつでもお祭り騒ぎ。
「でも、きっとお空にとってはハードワークね。 旧灼熱地獄の管理よりずっと大変よ」
「そうかな?」
「ええ、だって10時間以上も、力を制御しなくちゃいけないのよ」
あ。
あああ。
もしお空が疲れて、大きなミスをしたら。
「最悪の場合、光の雨が降るわね」
「うん……大変だぁ」
でも、それはそれでキレイかも。
じゃあ今度お空と弾幕ごっこしよう。
「こいし、お空と全力で弾幕ごっこしようなんて考えないでね」
「バレちゃった」
無意識なのに。
「もう、そんなのすぐわかるわよ」
「えへへ」
髪の毛をぐちゃぐちゃーってされる。
これはお姉ちゃんだけの特権なの。
そして私だけの特別だったりもする。
「考えることも全部わかればいいんですけれどね……」
「何か言った、お姉ちゃん?」
「いいえ……。 それよりこいし、そろそろ足からど・い・て・くだ・さい……」
「い・や・よ~……だっ」
お姉ちゃんは上に、私は下のベクトルに力を加える。
覚り妖怪の力比べなんて、大したことないかもしれないけれど、私たちにとっては、全力の死闘。
殺戮よりは地味だけど、ずっと楽しい。
「くっ……もうだめ」
「ふふふーん」
ふかふか。
お姉ちゃんの膝枕は気持ちいい。
「夕飯、何時になるかしら……」
お姉ちゃんとひっついていられる時間は、何よりも大事。
大体そんな感じ。
「こいし、食べてからすぐ寝ると、牛になるわよ」
「そうなったらお姉ちゃんに世話してもらうもん」
「もう、困った子」
体重計を見てため息をつくより、お姉ちゃんの体の気持ちよさにため息をついた方が有意義なのです!
ちょっとだけ匂いが変わったけど、おいしそうだから結局同じ。
でも、お姉ちゃんは食べない。
大体そんな感じ。
「ハンバーグ、美味しかったかしら?」
「うん。 人肉?」
「いえ、牛さんです」
「牛さんですか」
「そうなんです」
どっちもおいしいからいいけど。
そんなことよりお姉ちゃんともっとお話ししたい。
今日は無意識にそんな気分。
「お姉ちゃん」
「なぁに?」
「霊夢がこの前、ちっちゃい子に人間を食べたらダメって言ってたの」
「そうね、人間はみんなそういうわね」
「でも霊夢たちだって、お魚も食べるし、他の動物も食べるよね? なんかおかしいよね」
動物たちに食べられる義務があるなら、霊夢たちだって食べられなきゃだめだよね。
「あら、そんなこともないわ」
「えー?」
そうなのかな。
「お魚だって、食べられないように逃げるでしょう?」
「うん」
地上でお魚を手づかみしようとしたら、皆いなくなっちゃった。
「霊夢たちだって、食べられたくないから戦うのよ」
「ん? よくわかんない」
「こいしだって、もしも覚り妖怪しか食べない妖怪があらわれたら、逃げるわよね」
「それはそうだよ」
あ、でもお姉ちゃんは食べたい。
だからお姉ちゃんにだったら食べられてもいいんだ。
大体そんな感じ。
「それでこいしがうまく逃げられたら、その妖怪は死んじゃうわよね」
「うん」
餓死でガリガリ。
骨と皮と筋になって、臭くなる。
お姉ちゃんの匂いの方が、ずっと好きだ。
「それで、こいしが怒られたらどう思う?」
「面白くないかも」
だって私だって死にたくないし。
「お姉ちゃんと一緒なら地獄もいいかも」
「私はまだ行きたくないわね」
「じゃあ、私だって死にたくない」
「そう……話が逸れましたね」
話題が迷走。
迷路の出口は、さっきの答えは一体どこ?
「だから、霊夢たちだって死にたくないだけなんですよ」
「そっか」
「いただきます、とかごちそうさまって、ちゃんと霊夢は言うでしょう?」
「うん、糧に感謝だね」
アーメン。
十字架カッコイイよね。
「お姉ちゃん、十字架のアクセサリー持ってない?」
「ないですね」
「あれ、何の話していたっけ」
「とにかく、霊夢たちは別におかしくはないですよ」
霊夢たちにも抵抗する権利はあるってことかな。
権利と義務はワンセットって映姫が言ってた。
「うーん、やっぱわかんない」
「そうですか」
でも、霊夢たちはダメだけど、お姉ちゃんはいいよ。
「ねえお姉ちゃん、もし私がお姉ちゃんを食べそうになったら、ちゃんと逃げてね」
お姉ちゃんを食べたら、きっと私は死んじゃう。
あの世でもずっと一緒にいたいけれど。
お姉ちゃんが死んじゃうのは、なんかイヤ。
大体そんな感じ。
「ふむ」
「お姉ちゃん?」
イヤな方の目で見ないで。
可愛いお目目だけで見てほしい。
「それは、自信がありませんね」
「どうして?」
「こいしの血肉となるのも、魅力的ですからね。 受け入れてしまうかもしれません」
「ダメだよお姉ちゃん、ちゃんと逃げなきゃ」
「すいません」
お姉ちゃんは、私になりたいんだ。
牛さんも、そう思えるのかな。
「牛さんたちは、人間をどう思ってるのかな」
「さて……『見た』ことがありませんからね」
「そっか」
「見たら私は狂ってしまうかもしれません」
「お姉ちゃんは狂いたくないの?」
「ええ。 こいしたちに迷惑をかけたらと思うと、死にたくなります」
「大丈夫だよ」
狂ったら、食べてあげるから。
そして、私も死んであげる。
一緒に閻魔様に怒られて、一緒に釜茹で風呂に入ろうね。
そしたら、きっと私もお姉ちゃんも幸せ。
「大体そんな~感じ~……だから大丈夫だよ」
「そう、ですか。 どうしてかはさっぱりですが」
わからないからって、そっちの眼で見ないでほしいなあ。
そっちの眼はなんだか気持ち悪いもん。
お姉ちゃんの一部だけど、お姉ちゃんじゃないみたいで好きじゃないの。
大体そんな感じ。
「大体そんな~感じ~」
膝枕から歌う。
私は膝枕の上の詩人。
「ねえこいし」
「なあに?」
「その言葉、どうして気に入ったのかしら?」
「無意識っぽくて素敵じゃない?」
「アバウトイコール無意識なの?」
む。
そう言われれば、ちょっと違うかも。
「でも、意識はハッキリしてるじゃない」
意識の反対は無意識だもん。
「意識だって常にハッキリはしてないですよ」
「そうだっけ?」
「そうですよ」
無意識だからわかんない。
「まあ、無意識だからどうでもいいや」
「アバウトが無意識ではないと思うのだけれど」
「無意識がゲシュタルト崩壊してきた」
「あら、難しい言葉を覚えたわね」
「えへへ」
「よしよし」
もっと褒めて。
もっと撫でて。
あれ。
「何の話をしてたっけ」
「こいし……やっぱりそれは無意識じゃなくて、大ざっぱなだけじゃない」
てへ。
確かにこいしは第三の目を閉じているからなぁ。
あ、いや、別に変な意味じゃないですよ。
会話が、です
俺もさとりんを食べたい(もちろん性的な意味で