その噂を聞いたのが去年。めずらしく外界ネタだったので耳を貸したのがきっかけ。
その話を聞いたのが今日。めずらしく霖之助が外界のことを語ってくれた。
「アリスさんのお気に召すかわかりませんが、遠い地の人形師のお話など、いかがです?」
霖之助がそんな話をわざわざ私にいうのは、知っているからだと思う。私の目指すものを。
しかし、近辺に人形の事で話して、わかるのが私以外にいないのもあったのでしょうね。
あいかわらずの遠まわしな語りに、ちょっとうんざりしかけていたけど、霖之助のその一言は私の心に強烈な一撃を与えてくれた。
「どうかしらね。その話が本当なら、ぜひ拝見させてもらいたいわね」
「同感です。しかし、信憑性はあると思いますよ。なんせ八雲さんが直に目にしたそうですし…」
「紫が?」
はい、とにこやかに頷く霖之助。彼のこの笑顔は私の、ある一言を期待しているのか、それとも…?
とにかく事の真意は別として、私にはちょっと無視できない内容なので、相応の態度はとっておく。
「ありがとう。いいお話を聞かせてもらったわ」
「いえいえ、情報とは有効活用できる者に伝わって初めて意味を持つのですから」
「おかしな話ね。私がここにくることなんてよっぽど稀じゃない?」
「その時はたんなる噂として、気にも留めない人達に広まって、やがて消滅していくだけですよ」
噂に真意と価値をつけて情報とする。本来ならブンヤの役割じゃないかしら?
ふと考えたけど、幻想郷のブンヤほどあてにならないものはないのでこれはいいとしよう。
私は手近にあった小さな小瓶を手にすると、その小瓶に書かれている定価分の小銭を懐から取り出す。
「たんなる噂話じゃなく、情報としての対価ってことでこれを頂いていくわ」
「等価交換って言葉、知ってます?」
「情報源があいつじゃ、これくらいが妥当だと思うけど?」
そういって私は香霖堂を出る。店の主人はとくに不満はなかったようで、気楽にまいどありーと、一言かけてくれる。
「さてっと…めずらしく遠出になりそうだし、今日は帰ろうかな」
時間はすでに夕暮れだったので、私は情報の確認を後日に回すことにした。
帰り道がてら、ふと思い立つままに寄り道してみた。
/
「あれ、アリスじゃないの。どうしたのこんな時間に?」
「こんばんは。特にどうもしないわよ。ただの寄り道だから」
立ち寄ったのは博麗神社。霊夢は境内の掃き掃除をしていた。あいもかわらず暇そう。
「あらそう。じゃあお客じゃないし、お茶はいらないわね?」
「寄り道ついでに頂いていくわ。どうぞお構いなく」
私が笑顔でそういうと、少し呆れた表情をしたが、いつもの顔に戻る霊夢。
そうね、ただ一方的にお茶を頂いても悪いし、丁度いいものがあった。
「これあげるわ。お茶とお茶請けのお礼ってことでいいわ」
「さりげなく一品増えてない? って、なによこれ。香霖堂の香辛料じゃない」
「今日買ってきたの。霊夢なら悪用しないでしょ?」
小瓶のまま渡すと、霊夢は中身の匂いを嗅いでいる。なにをしているのかしら?
「香辛料をどうやったら悪用できるのよ」
「あら、物に付加属性を付け足すものよ。十分使えるわ。霊夢は物名にイメージを固着しすぎじゃない?」
「私は、【香辛料】をどうやったら悪用できるか聞いたのよ。それもう【香辛料】じゃなくなってるから」
それもそうか。
私は視線を流しながら考える。霊夢はそれを見て溜息をつくと、お茶の準備だろう、家の中にひっこんだ。
私は縁側に腰を下ろす。気づけば陽はすっかり落ちて、すでに時刻も夜になっている。
お茶を待ちながら、私は霖之助の話を思い返す。
「人形の境界、こえてしまった人がいるみたいですよ」
霖之助が私に言った一言。彼が私にいうのだから、この言葉の意味は一つしかない。
人形が人形と呼ばれるのは、人という形をしている物でしかないから。それが物じゃなくなったら、それは人形じゃなくなる。
私の目指すもの。柄でもない言葉を借りて言うなら、夢…かな?
人形として生まれ、魂をもった自我の精神を宿す人形を創ること。
「もし本当だっていうなら、私はどうするのかな?」
夢を実現しないで、観てしまったらどうなるのかな?
霖之助の話を聞いても不思議と動揺はなかった。衝撃はあったけど、どこか他人事のよう。
「どうしてかな?」
「なにが?」
うわっと、気がつくと隣に霊夢がいた。特に意味なく発した一言に反応したみたい。
そういいつつ霊夢が湯のみを差し出してくれる。受け取ると手に伝わるお茶の温度が心地よい。それと同時に私は気温による肌寒さを感じていた。そういえばもう夜なんだった。
霊夢は突然やってきた私にわざわざ付き合ってくれて、隣に座る。寒くないのかな?
「今ね、芋の煮っころがし作ってるの。丁度いいからモルモットになっていきなさい」
「本当に丁度いいわね」
「それで、どうかしたの? うちに寄るってことはこっち方面に用事でもあったみたいだけど?」
私は今日霖之助から聞いた話の内容を簡単に説明した。
へーと、霊夢は興味無さげに、それでもしっかりと聞いていてくれる。
一通り話し終えると、霊夢が湯のみを脇に置いて、ゆっくりこちらを見つめながら呟いた。
「行くの?」
「――――」
霊夢の言葉の意味は、私がどこかで思っていたことなのかもしれない。
明日、紫に確認がとれたら私はどうしていたのだろうか?
「正直、よくわかんないのよね」
「どうして? 夢だったんじゃないの?」
霊夢は簡単に口にするが、自分自身、夢としているのか曖昧な表現なだけに、どうにもしっくりこない。いつから私は夢を描かなくなっていたのだろう?
「頭ん中が疑問だらけだわ……」
「ふーん……」
お茶を啜る。
私は夜空を眺めながら思う。
人形遣いとしての私と、どこか遠いところにいる人間。
同じものを見ているのだろうか、その人間も?
「とりあえずさ、中入らない?」
霊夢が私を妄想域から現実に引き戻す。ごめんなさいね、寒い中つき合わせちゃって。
私は頷いてお邪魔することにした。
モルモットになった後、のんびり炬燵で寛いでいた。霊夢は何か本を読んでいる。
私は特に何かをするわけでもなく、お茶を啜りながらぼんやりと天上を眺めていた。
頭の中ではさっきと同じような疑問がリピートしている。
私はまるで分からないでいたわけだが、本質は理解しているつもり。
早い話が、「行きたくない理由」というのがわからないのである。
「あはは」
霊夢が本を読みながら小さく笑う。何かおもしろいことでも書いてあったのかな?
私はさっきまであった頭の中の疑問達を振り払い、そっちの本の内容に興味がわいた。
「さっきから何を読んでいるの?」
「ああ、これ?」
私が聞くと、本の表紙を見せてくれる。
「紫がどこかしらか持ってきた、漫画っていうものらしいわ」
「漫画…どうしてあいつはいつも意味不明なものをあちこちから拾ってくるのかしら?」
あいつも変な蒐集癖でもあるのかもしれない。
私は霊夢の差し出すその本を受け取って中に目を通した。
「えーっと、どこを読めばいいのかわからないのだけど?」
「右上から左下に、ページごとに分割してあるから飛ばして見ないようにね」
「ややこしいわね」
漫画とは、軽妙な手法で描かれた滑稽と誇張色が強い絵に、多くの台詞をそえて表現する物語のことだったと記憶していたけど、どうやらはずれてはいなかったみたい。
「戯画ね。それにしてもあなたがこういうのに興味を持つなんて知らなかったわ」
「あらそう? 私は別に無趣味なわけじゃないわよ?」
本を霊夢に返す。
霊夢は本を受け取ると続きを読み直す。顔はかわらず楽しそうだ。
どうにも私はいてもいなくても同じような存在らしい。少なくとも今この時間はそうみたいだ。
「…………」
私は何かの感情に戸惑っていた。
どうにも繋がらないことばかりが続く…。
私はしばらくして、霊夢の家を後にした。
「…………」
月明かりが綺麗な夜。私は少しの気分転換を期待しまっすぐ家路には着かず、大きく寄り道でもすることにする。
違うわね、今は少しでも時間を引き延ばそうとしているのかもしれない。
「明日になったら、私はどうしてるのかな……」
誰に対するでもない呟き。迷いの森を一人歩く私を、ただ黙って月明かりだけが照らしていた。
/
「なんだ、珍しい来客だな」
「こんにちは。そう警戒しないでくれないかしら?」
翌日、私はスッキリしない頭のまま、紫が居ると思われる山奥の山村にきていた。
マヨヒガと呼ばれているそうだが、名を持って固着している時点でもう隠れ里なんていうシャレた意味合いは失っている。ここはそういう名を持つただの里でしかない。
適当に村をぶらついているところで、お目当ての式神藍に遭遇した。
決して親しいとはいえない仲なのだが、こうも露骨に戦闘態勢をとられるとちょっとやりづらい。
「ほら、見ての通り私は争う気はないの。ちょっとあなたのご主人様に用があってね」
「紫さまに?」
元が不仲だからか、どうも紫の話題を口にすると、余計に警戒されたようだ。
目的を率直で言ってもこれなのだから、おそらく私はこの式神とは相性は悪いのだろう。
藍は怪訝な顔をすると、その姿勢は変えないままで続けた。
「おまえが紫さまに何の用があるというのだ?」
「別に、ただちょっと話を聞きたいだけよ」
他意はないから。あくまで正直に答えを返すものの、私という個人がすでに彼女の中で形作られているのか、それとも何かどうでもいいような噂でも耳にしたのか、信用してはくれないみたいだ。
「残念だが、紫さまは日中お休みになられている。無駄足だったな」
「あら、夜行性なのね。そう……」
私が少し考える仕草をすると、彼女から小さいながらも魔力を感知する。
やれやれ、人付き合いとかを疎かにしていた代償かしらね。
「それともう一つ、たとえ紫さまが起きていらっしゃっても、そう簡単に私がここを通すとは思わないことね」
「最初っからすべてを敵として見ているの?あなたって…」
「敵は敵として見るさ。間違ってはいないだろう?」
「私は敵じゃないわよ?」
「敵のいう事をいちいち真に受けるとでも思っているの?」
はぁ………。疲れるな……。
だから式神って嫌いなのよ。ほんと、融通というものがきかない。長い時間現存するくせに、式としての役割以上に成長することがない。はっきりいって妖怪や悪魔の相手をするほうがマシだわ。
長閑な昼さがり。畑道で対峙する私と式神の藍。
瞬時にでた選択肢として、ここはもっとも最良なのを選んでおくべきかしら?
「じゃあ、私が紫に会うにはどうすればいいのかしら?」
「それは叶わぬ。黙って帰るがいいわ」
睨みつける視線を軽く流す。嫌いだけど、式神は逆でいうところの、扱いやすさもある。あまり気乗りはしないけれど、今回はこれでいくとしますか。
私は両手を腰にあて、上目に余裕の笑みを藍に返す。
「じゃあ、こっちで勝手に探させて貰うわね」
「な、なにをバカな!そんな勝手を私が許すとでも思っているの!?」
「だって教えてくれないんじゃ、しょうがないわよね?」
余裕を持って私が彼女にとっての「敵」であるという選択肢を選んだ。
藍と私の間に大きな蟠りができるだろうと予想されるけど、悪いのはあちらの方なのでいいのである。
私の態度が変化するのを見て、藍がいよいよ視認できるくらいの魔力を練りだしている。
「いいだろう、そこまで言うのなら私が今この場で敵としておまえを排除するわ」
「構わないけど、この場合私が勝ったら紫に会わせてくれるっていうパターンでいいのかしら?」
「私に勝てるなんて、気楽に考えないほうが身のためよ」
まだ私は余裕を持って対峙する。藍はもう完全に戦闘態勢。それでも会話の流れから、どうやらパターン通りに対応してくれそうだ。
そうときまれば話ははやい。
私は、面倒くさいけどちょっとだけ本気をだしてみる。
「あなたも、敵として私を見るのなら、気楽に排除するとか口にしないほうが身のためよ?」
「な………な…に…………?」
晴れ渡る青空の下、その空間だけが確かに変異する。
それに気がついたのはまわりの虫達だけだった。
時間にして5分くらいたってから、藍は目を覚ました。
「え、こ、ここは!?」
「ここはって、さっきと同じ場所よ?」
道端に倒れていた藍がハッと起き上がる。しかし身体に感じる違和感に顔を顰める。
私は先と同じように、余裕の態度で藍の元に歩み寄る。
「い、いったいなにを……なにをした!?」
「分からないのなら、その口を閉じて私を紫の元に案内することをおすすめするわ」
分からないのでは話にならない。それが私と藍の力の差なのだから。
私の言おうとしていることが理解できたのか、藍は露骨な敵意を私にぶつけながらも、案内してくれるようだ。こういうところは本当に扱いやすい。
「うぅ…紫さま、申し訳ありません………」
「文句いうわりに、しっかり案内してくれるのね。主人のために自害するとかいうのは無いのかしら?」
前を歩く藍に声をかけるも、完全に無視されている。私が望んだわけじゃないのだけれど、ここに敵を作ってしまったのは事実。あまり安易なことは口にしないほうがいいかもしれないわね。
私も黙って後に続くことにした。
山村の一番奥…なのだろうか、小高い丘を登ったところにその民家は佇んでいた。
紫のイメージからは少し想像を外れている外観に、ちょっと心がくすぐったくなる。
「ここよ。紫さまは就寝なさっているところだから、用があるなら時間を……」
「ふーん。紫はいつごろ起きてくるのかしら?」
民家を前に、私と藍は並んで立つ。先の戦闘のおかげか、藍との間に完全なる力関係ができあがっている。もう藍が私に手をあげることは、いまのところないだろう。
それでも私が無理やり家に上がりこまないように、しっかりと玄関口に立ちふさがっているのは、なんとも健気な気がした。
「さっきもいったけれど、私は敵じゃないわよ?」
「信用できるか」
「あのね、敵だったらこうまで温厚じゃないでしょう?」
私個人としてはかなり温厚にしていたつもりなのだが、藍にしてみればそうは写らなかったのだろう。あきらかに嘘だろーって目で見られている。どうやらここは一旦折れたほうがいいみたいだ。
「ったく、しょうがないなぁ。じゃあどこか時間を潰せる場所はない?いちいち出直すのは面倒なのよね」
そう言って私は周囲を見渡すけれど、正直ここは長閑を絵にかいたような田舎で、私の時間潰しになるようなものは無さそうだった。
それでも藍は何かを考えていて、本当に意外な事を口にした。
/
小さく鈴虫達のコーラスが響きわたる。遠くで梟も鳴いているかもしれない。
正確な時間はこの里にはないが、十分に昼と夜の境界は越えているだろう。
「じゃ、そろそろ行こうかな」
「まて、一人でいかせるわけにはいかない!私も行くぞ!」
藍が背後から声をかけてくる。まぁ予想できることだったので、私は適当に頷いた。
ここはマヨヒガにある、藍の家だ。
日中、時間潰しをしたい私に、なんと藍が自分の家で待てばいいと申し出たのだ。
これは本当に意外だった。
てっきりそこまで面倒みきれるかと、無碍にされるだろうと思っていたのだけど…。
まぁ、それでも充実した時間潰しが出来たかといえば、そうでもなく、適当に興味もわかない本を流し読みしていたくらいだった。勿論藍の監視&お茶付き。
「あなたって日中はいつも何してるの?」
紫の家に向かう夜道、隣を歩く藍に聞いてみた。他意はない。純粋な興味本位。
「いつもは橙にお勉強を教えたり、橙にゴハン作ったり、橙と紫さまの身のまわりのことをお世話している。それがどうした?」
律儀に答えてくれた。
それにしても、紫より先にだすなんて、藍の中で紫よりも橙のほうが存在としては大きいのかな?
「な、なにがおかしいのだ!?」
「いえ、なんでも~」
知らず、口元が緩んでいたみたい。
私の態度にご機嫌斜めになってしまったみたい。まぁ今にはじまったことじゃないけれど。
「い、いっておくが、橙は私の…で、弟子だぞ! 深い意味はないんだからな!」
「そんなに騒がなくてもわかってるわよ。橙ちゃんは弟子で、紫がご主人様でしょ?」
すでに言葉を選んでいる時点でそれは違う意味なんだろうけど、とくに追求するつもりもないので了承しておく。この手のツンデレちゃんは無理に言いくるめないほうがいい。ツンツンしちゃうから。
――と、いってるまに紫の家。
私の横を一歩でた藍が、昼には断固として開けさせてくれなかった玄関をあっさり開ける。
「いいか、紫さまに何のお話か知らないが、終ったらとっとと帰るんだぞ?」
「わかってるってば。私だって暇じゃないのよ?」
小声でなにやら文句をいってるようだけど、放置放置。
私は紫の家に足を踏み入れる。
「真っ暗じゃないの」
「いつものことだ、気にするな」
玄関に入ると、ただの闇。家の構造がさっぱり把握できない。
玄関外から多少の月明かりが入り込むも、その奥には届かない。これが普通の人間だったなら、この闇を冥府魔道の入り口と勘違いしてしまうのじゃないかしら?
そう連想させるのは、もっぱらこの家の主のせいだけど。
「紫さま~、おきてらっしゃいますか~?」
返事はしばらくして帰ってきた。
「まだ寝てるわよ~」
「おはようございます。お客人が来ていますよ。ちょっと意外なものです」
手馴れた対応だった。いつもこうなのかしら?
さりげなく藍が失礼な物言いをしているけれど、まぁいいか。
「なによぅ~、寝起きに襲撃にくるなんてどこのドッキリTVよ?」
「ふるいですね紫さま。とりあえずお通しして構いませんか?」
「構わないわよ~」
声はすれど、姿が見えず。藍は闇と会話しているようにも見えた。
履物を置いて藍が少し奥へ進む。それだけでもう見えなくなってしまいそう。
「ほら、なにしてるの、いくぞ」
「あ、もういいのね」
私も同じようにブーツを脱ぐと、玄関(暗くて見えないけど)を上がる。少し床板がひんやりして冷たい。奥に炬燵でもないかなぁ。
/
紫の部屋にはありがたいことに不思議な暖房器具があって、おかげで暖かい。
私は寝巻きのままの紫の前に座り、昨日霖之助から聞いた話をする。
藍はお茶を煎れにいったみたい。
「聞いてどうするつもり?」
紫の返した言葉に私は固まってしまう。
言葉の内容はわかっている。私が紫に聞いたのは「人間の人形使いについて、くわしく教えて欲しい」って内容。それを聞いて私はどうしようとしていたのかな?
昨日考えてでなかった答えを今ここで聞かれても、やはり同じみたい。
「別に……。聞いてから考えるわ」
「あ、そう。じゃあ教えてあ~げない」
いたずらっぽく笑う紫。多少は予想していた態度なので、私は動じなかった。
「もったいぶるってことはそれなりの内容みたいね、どうやら」
「そうよ、あなたにはすごい内容よ。私には何の価値も無いけれどね」
変わらぬ顔で言い切る。じゃあ話は早い。
「だったら教えて頂戴」
「嫌」
「教えて」
「厭」
「教えなさい」
「や~だよ」
ペロっと舌なんてだして、完全に私をからかっているみたい。
しかしどうしてだろう…?
意地悪されているのに、たいして焦りは無い。聞けないなら聞けないで別にいいと思っている私がいるみたい。
私は溜息を軽くつく。
「ふぅ…、じゃあいいわ。夜分にお邪魔したわね」
「焦らなくても、もうじき藍がお茶を持ってくるわよ?」
「別にいいわ。私の用事はそれだけだもの」
そういって私は紫の部屋をでる。廊下にでた途端、光のない廊下に少し困る。
私はもう一度紫の部屋に入る。
「なに帰れないようにしているのよ」
「せっかく来たのだし、もすこし遊んでいきなさいな」
どうやらこの隙間妖怪に遊ばれているらしい。
私は先と同じように紫の前に座る。紫は寝巻きのまま、同じように寛いでいた。
そこに、今私が入ってきた襖から藍がお茶を運んできた。まったく便利な境界だこと。
「紫さま、起きたんなら着替えてくださいよ~」
「いいじゃないの。たまには家でゴロ~っとしているのも悪くないんだから」
「たまに、の使い方が間違えてますよ。年中ゴロゴロしているじゃないですか」
ブツブツ小言をいいながら私と紫の前にお茶をおく。
どうやらお客人という言葉は本気だったみたいだ。私が変な問題でもおこしに来ていたと思っていたのだろうけど、今はそんな危機感も薄れているようね。
「で、話は終ったのか?」
藍が私と紫を左右に挟むように、中心にお茶をおいて座ると、そう聞いてきた。
私はあきれ顔で藍のご主人様を睨んであげる。
「どうやら終らせてくれないみたいよ、あなたのご主人様」
「だ~って、すんごい聞きたそうな顔してるんですもの。ねぇ?」
「ねぇって私に言われても…。紫さま、どんな話なのですか?」
主人の客人の話を聞きたがる式神。ちょっとどうかと思うけど、別にいいか。
肝心のご主人様がこれだものね。
「別にたいした話じゃないわよ。誰かさんが自分をどう誤魔化そうかと悩んでいるだけだから」
「な………」
お茶を頂こうとした私の手が止まる。いま紫は何ていった?
そう視線で問いかける。
「ちょっと違うわね。どう誤魔化そうとするかってこと自体気づかないお馬鹿さんの話かしら?」
「あのね………」
くすくすと笑う紫を私は睨みつける。なにか見透かされているみたいで気分が悪い。
そんな私の態度は紫には逆に愉快に感じたのだろうか、不敵な笑みが増す。
「ふふ、怒らない怒らない。そんなに焦ってちゃ自分の気持ちに気づかないわよ?いくら図星でも…」
「いい加減にして!」
私は苛ついて大声をあげる。
「ハッキリしゃべれないの!?いいたいことがあるなら聞いてあげるわ!!今いいなさいよ!!」
「お、おい!」
「いいのよ藍。この人ちょっと余裕がないみたいだからね、ふふ」
あ、あったまきた!!
「誰が余裕がないですって!?」
私は少し身を乗りだすと、紫に怒鳴りつける。
しかし紫はかけらも動じる事無く、呑気にお茶を啜っている。それがさらに私の神経を逆撫でしていく。
「あ~な~た~よ、あなた。余裕ないからここにきたんじゃないの?」
「ハッキリ言えっていってるでしょう!!」
ドンっと畳を叩く。
少し室内が静まりかえる。紫の顔から笑みが消えたかと思うと、マジメな顔をする。
「ハッキリいっても無駄でしょう?あなた自身がそれを認めようとしないから、そう気づきたくないからここに来ているというのに」
「わ、私はただ話しを聞きに来ただけよ!!」
そうよ、霖之助から聞いた人形使いの話を私は聞きにきただけ。
……聞いて、答えだけを求めようとしていただけよ!!
「何があなたをそう思わせるのかは知らないけど、いちおう私もここが好きだからいっておくわよ」
「……………」
「あなたも私と同じ、ここが大好き。それはもう変わらないの。あなたは夢より今を選んだの。だから焦っているのよ。変わってしまった自分の心に。夢を追いかけると同時になくしてしまうかもしれない今という時間を、あなたが選んだのよ」
「そ、そんなこと…あなたになんでわかるのよ………」
知らず声が小さくなる。
気づかされたからだ。
「私の話を聞いてから、何を決めようとしていたの?違うわよね?もう決まっている自分の心に、どう誤魔化しを与えるか、それを悩んでいたのよね?」
決めるんじゃなくて、悩んでいる。夢を捨てた私に、もっともらしい認めるような言葉を、私自身が捜していて、そして悩んでいた。
「アリス…」
「な、なによ……」
その紫の言葉に心がすこし打たれたような感じがした。
なんか癪だけど、すごく優しい響きを感じ取ったから。
「夢っていうのはね、理想なの。想いなの。言い方なんていくらでも替えれるけれど、結局は同じ意味。そこにどうして無理をする必要があるのかしら?自分の心でしょう?」
「そ、そうだけど……でも……」
でも、私はそうして生きていたはずなのよ。ここでもそれは何一つ変わる事なくて……。
「――――あ」
「ようやく気がついたのね。遅いわよ」
「そう…そっか………夢……か……」
紫があきれた顔をしている。私は叱られていたみたい。
自分の気持ち、想いに気がついた。ううん、ホントはとっくに気がついていて、誤魔化していた。
夢の先にあるものに、気づいたんだ。
「気がついたあなたに教えてあげるわ。人形使いの話…」
「な、なによ急に……」
「ふふ、もういいんでしょ?」
やっぱり全部見透かされているようできがきじゃない。でも、くやしいけど紫に教えられたのも事実。私は楽しそうにしている紫を軽く睨みつける。
「わかったわよ、認めます。認めますからその視線やめてくれない?」
「あはははは、それは失礼したわね~あははははは」
「ゆ、紫さま?」
それから私は朝日が登るまで、紫の話を聞かされることになる。
だけど気分はずっと晴れやかだった。
/
「こんにちは」
「あらアリスじゃない。今日はお客さん?」
「そうね、お茶がでるのならお客でいいわ」
紫のところで話を聞いた次の日、私は博麗神社にきていた。
昼間だというのに人気のない境内のすみっこで、霊夢がせっせと掃き掃除をしていた。
突然の訪問にも手馴れた霊夢は、縁側に魔理沙もいるからそっちでかってにお茶してるように言う。
「ようアリス。最近何かおもしろいもんでも手に入ったか?」
「こんにちは。そうね、手に入ったわよ」
この暑い陽射しの中、黒いドレスで元気な魔理沙が私を見るなり聞いてきた。
私の心には大きなものが手に入ったので、それとなく答えてみると、案の定くいついてきた。
「お、なんだなんだ?魔導書か?魔石か?なにかのアーティファクトか?」
「ふふ、さぁ、なんだろうね?」
私は悪戯っぽく隠す。だって教えたところで魔理沙には意味がない。
私にしか意味はなく、私にとっては大きな意味を持つ。
魔理沙が不敵な笑みをこぼす。
「妖しいな~。これはアリスん家を家宅捜査する必要があるな?」
「いいわよ、好きにしても。まぁ魔理沙にとってなにかいいものがあるといいわね。あはは」
感情が溢れすぎて笑顔が絶えない。少し私の態度に変化を感じたのか、魔理沙が話題をかえる。
「なんだよ、やけにご機嫌じゃないか?」
「うん。今の私はとても上機嫌よ。欲しかったものが手に入ったんですもの!」
私は両手を広げて空を仰ぐ。遠い先、夢を追いかけた私が手に入れるはずだったものを、私は昨日手に入れた。手に入れたことに気がついたの。これまたガラじゃないけど、夢は叶ったのよ。
「ふぅ、やっと一息つけるわ…あれアリスどうしたの?」
「さぁ、何かいいことがあったみたいだぜ?」
掃除を終えた霊夢がやってくるなり、縁側に腰を下ろす。
「そういえばアリス、紫のトコには行ったの?」
「ええ、昨日行って来たわよ。おかげで朝方まで付き合わされたけどね」
「なんだなんだ、私だけ除け者か?」
あははと笑う私。自分でもおかしいほどに上機嫌だと思う。
霊夢は私が紫のトコに行った理由を知っている。だからなのか、少しマジメな顔で私を見つめる。
「それで…どうするか決めたの?」
「うん。決めたよ」
そう…と、少し視線を落とす霊夢。その気持ちが嬉しかった。素直に感じられる自分も嬉しかった。
「大丈夫よ霊夢。私はどこにもいかないわ」
「そ、そうなの?私てっきり……」
「なんだなんだ?ますます除け者か?」
「あのね……」
ほっと心を撫で下ろしている霊夢(そういう風に見えるからいいの)と、蚊帳の外でブーブー言う魔理沙を、私は両手いっぱいに抱きかかえた。
「ア、アリス!?」
「どうしたんだよ、変だぞ今日のお前!?」
「あのね…!」
二人に感謝するついでに、紫にもちょっと感謝しておこう。
私はありったけの気持ちを二人に伝えた。言葉にすればとても短いけれど……。
/
「それで、ご主人さまはどうして私達をつくったのかな?」
「そうだね、私達って必要ないようにも思えてしまうわ、悲しいことだけど……」
「でも、ご主人さまはいつも楽しそうで、私達にも優しかったよ?」
「きっと、私達がたくさんいるのが、答えなんじゃないのかな?」
「どういうこと?」
「ご主人さまは気がついたのよ」
「ああ、そうだね!気がついたんだ!すごいねご主人さま!」
「私達のように意思のある人形に、ご主人さまは孤独を与えないように、仲間を創ってくれたのよね?」
「そうだよ。だってそれはご主人さま自身が願っていたことだって、いってたじゃない」
「人形を友達にしようとしていたのよね。でも、それはすごく閉鎖的で、努力するところを間違えていたのだと思う」
「だけどご主人さまは気がついた!」
「そう!願っていたもの、友達、仲間がもうここにいることに気がついた!」
「それってとっても嬉しいことだよね知らないトコで夢が、願いが叶っていたんだもの!!」
「うん。とっても素敵で、ありがたいもの。だからご主人さまはきっと幸せだったんだよ!」
「そうだね、だって今の私達だってすごく幸せを感じられているんだもん!」
「ねえ見て。ご主人さま、すごく幸せそうな寝顔」
「楽しい夢でも見ているのかな?」
「勿論よ。そうでなきゃ、こんな安らいだお顔にならないわ!」
「ねえ、みんなでお祈りしようよ」
「なんのお祈り?」
「ご主人さまがゆっくりお休みできるお祈り!」
「そうね、そうしましょう」
「はい、並んで並んで~」
「私ご主人さまの隣~♪」
「あ、ずる~い!私もそこがいい~!!」
「私も~!」
「もう、みんな騒がないでよ~!ご主人さまが休めないじゃないのよ~!」
END