Coolier - 新生・東方創想話

幽香の花の咲かせ方【後編】

2011/11/11 19:44:02
最終更新
サイズ
37.38KB
ページ数
1
閲覧数
1199
評価数
1/5
POINT
290
Rate
10.50

分類タグ

※※※注意※※※

こちらは後編です。


前編


を先に御読みになるとより一層御楽しみ頂けると思います。

















 ────
「…………」
「……どうしたの幽香さんボォーっとして?」
「…………」
「ゆーかさぁーん……全く、最近東の方向ばっかり向いて一体どうし──」
「!? あ~リグルだったのね。急に話しかけないで頂戴。ビックリするじゃない。畑
の肥やしになりたいの?」
「まさかいきなり話しかけただけでそこまで言われるとは夢にも思わなかったよ」
「で、何か用?」
「いや、別に用があるわけじゃないんだけどさ……何ていうか……最近幽香さん上の空
の事が多いからさ。何か悩み事でもあるんじゃないかって思ってさ」
「悩み事ね……あるわよ。そりゃあ一つや二つは」
「私が協力できる事なら何だってするよ?」
「ホントに?」
「もちろん! 幽香さんの頼みだもん! で、何をすればいいの?」
「とりあえず畑に居る虫たちを全部殺して欲しいの。もう邪魔で邪魔でしょうがないわ」
「あのね幽香さん、一寸の虫にも五分の魂っていう言葉があるように虫達も生きる為に
精一杯なんだから。出来るだけ幽香さんの畑に近づかないように言ってるけどそれでも
限度ってものが」
「はいはい分かったわよ、冗談に決まってるでしょ」
「もぉー、幽香さんが言うと冗談に聞こえないんだよー」
「あら、悪かったわね。じゃあ、とりあえず私の悩みを解消してくれるっていう優しい
リグル君の為に一つ真面目な御願い事をしようかしら」
「君って……で、何すればいいの?」
「庭に生えてる雑草の掃除をしてほしいの。最近サボり気味だったから結構広がって
きてるのよ」
「何だ、そんなことか。御安い御用だよ!」
「終わったら紅茶でも入れましょうか」
「ホント!? わーい! 私張り切っちゃうよ!!」
「はいはい」
「じゃあ、行って来るね!」
「よろしく頼んだわよ~」
「…………」
「リグル……貴方を頼る事が出来たら、どんなに楽か……」
 ────







~第三章 Don't Stop Me Now これ以上好き勝手にはやらせないよ~







 一時の休みも取らずに全速力で森を抜けたリグル・エリー・メディスンの三人は一先ず人里へ向かい、地道な聞き込みを開始した。途中何度かメディスンが弱音を吐いていたのでその度にエリーが持っている大鎌をちらつかせていたらいつの間にか大人しくなった。
 しかし、有力な証言は得られなかった。着物や和服を着た人間が多い中、あんな真っ赤なベストを着ていたら目立ちそうなものだが、誰一人として幽香を見たものは居なかった。

「もしかして、ここには来てないのかな」

 三人とも人里での聞き込みを諦めかけ、他所へ移動しようとしたとき、ふと視界に見知った人物が入ってきた。

「ねぇねぇ、リグル。あれって紅魔館のメイドじゃない?」
「え? どこ? あ、ホントだ。咲夜だね」
 メディスンが指を指した先には、メイド服を見に纏った銀髪の少女が歩いていた。買い物袋を下げているので、人里に買い物に来た帰りなのだろう。

「もしかしたら何か知ってるかもしれないよ。ちょっと声かけてみようよ」

 三人の少女達は小走りで目の前を歩いていた純白メイドに近づき肩を軽く叩いた。一方、純白メイドの方も肩を叩かれた事で後ろを振り返った。

「あら、リグルとメディスンじゃない。……すみませんが、貴方はどちら様?」

 咲夜は見覚えの無い少女を見て、首を傾げた。

「あ、私、エリーっていいます。とある館の門番をしてます」
「へぇー門番を。私の仕えている館にも門番は居ますが、それはそれは役に立たない門番で……あ、御紹介が遅れましたわね。私、十六夜咲夜と申します。紅魔館という館でメイドをまとめております。まだまだ不束者ですが、以後お見知りおきを」
「えっ、あ、はい。よろしく御願いします……」

 聖母のそれにも匹敵するような涼やかで愛に満ちた微笑を浮かべ軽く会釈をする咲夜。その所作を見て軽く顔を赤らめるエリー。挙動の一つ一つが何て優美で滑らかな人なんだろうと感心しているようである。

 その様子を見て、リグルとメディスンは顔を顰めた。この咲夜の行動は完全に外面用の顔所謂猫をかぶっている状態だ。永夜異変や花映異変で散々な目に合わされた二人にとって体中寒疣が立つ様な光景だった。しかし、ここで咲夜は素敵な淑女じゃないんだよー。世にも恐ろしい鬼畜メイドなんだよーなどと言った日にはナイフでバラバラに切り刻まれてしまうだろうから二人は大人しく口を噤む事にした。
 リグルはその言葉を飲み込み、別の言葉を搾り出した。

「そうそう、咲夜に聞きたいことがあったのよ。この辺りで黒髪で赤いベストとスカートを履いたこれくらいの女の子を見なかった?」

 そう言ってリグルが自身の胸の辺りを手で指し示すと、咲夜の目が大きく見開かれた。

「えぇ!? 貴方、あの子の知り合い?」
「ってことは、何か知ってるの、咲夜!」

 リグルが詰め寄ると咲夜は大きく溜息をつき、腕を組んだ。

「知ってるも何も……さっき会ったばっかりよ。全くあの子のせいで人里の人達からは奇異の目で見られるしトマトの特売は逃すしもう踏んだり蹴った──」
「どっちの方向行ったか分かる!?」
「え……えぇ、あっちの方向に……」

 リグルの鬼気迫る様子に少々戸惑いながらも咲夜は東の方向を指差した。

「東!? やっぱり幽香さん!! ありがとう咲夜!」

 言うが早いか、リグルは礼もそこそこに東の方向へ飛んでいってしまった。相当のスピードを出しているのかリグルの姿はどんどん小さくなり、やがて肉眼では確認出来なくなってしまった。

「あ、ちょっと待ちなさいよリグル! 咲夜さんごめんなさい。私も行きます」

 エリーはそういうとリグル以上の早さで東の空へ消えてしまった。
 残ったのは咲夜とメディスンだけである。

「二人とも行っちゃった……しゃ、しゃくや。アタシも行くね。また今度紅魔館に遊びに行くからそんときはよろしフンギュッ!!」

 メディスンが飛び去ろうした瞬間、咲夜はメディスンのスカートの裾を思い切り引っ張った。メディスンは前に行こうとした力と後ろに引っ張られた力とで空中でバランスを崩してしまい、顔から地面に落下した。

「いった~~い、何するのよ!」
「ちょっと貴方に聞きたい事があるわ」

 咲夜はスカートの裾から手を離し、今度は襟元を掴みメディスンを顔の前に持ってきた。ちょうど親猫が子猫を口で咥えて持っているような非常に滑稽な光景である。そのまま家と家の間の狭い路地に入る。

「何よ! 離しなさいよ! 離せ!! はなちぇ!!」
 手足をブンブンと振り回すが咲夜はビクともしない。見た目は華奢とはいえ、家事やとある暴君を抑える為に培った筋肉は伊達な物ではない。

「あの子は風見幽香なの?」

「え? 違うわよ! 違う。確かに格好は似てるけど、あんな小さいし髪が黒いじゃん。それに決定的な違いがあるでしょ? 幽香はあんなに優しい目をしてる? してないでしょ。あの子は幽香とは全然の関係の無い子よ」
「そう……」

 咲夜はほとんど表情を変えずにそう言うと、買い物袋を地面に置き襟元を掴んでいない左手を軽く振った。するとどこからともなく銀色に輝くナイフが出現した。そのナイフを周りには見えないように、それでいてメディスンには見えるような位置に固定した。

「私は嘘が嫌いなの。あの閻魔様だって嘘つきの舌は切り落としちゃうわよね~。このナイフは結構切れ味がいいのよ。アナタの小さな舌なんてか~んたんに切り落としちゃえるんだから~」
「……」

 綺麗に研ぎ澄まされ、如何にも切れ味の良さそうなナイフを徐々にメディスンに顔の近くへと近付けていく。もちろん、咲夜にメディスンを切り刻もうなんて気はさらさらない。そこまで残虐ではないしそんな性癖も持ち合わせていない。そんな事をしても何の得にもならない。ちょっと脅して情報を得られればそれでいいと思っていた。
 だが、そんな咲夜の心情を露知らず今にも泣きそうな表情を浮かべているメディスンを見て、咲夜の中の何かが産声を挙げ始めていた。心の奥底に眠っている嗜虐的な感情が。
 数分後、ツヤツヤと健康的な肌を手に入れた咲夜と些かゲッソリしたように見えるメディスンは東の空目掛けて飛んでいた。









 四章 All I Want~これが私のやりたかったことなのよ~








 
 
 まだ飽きないのだろうか。霊夢はやや眠気を帯び重力に逆らえ切れなくなってきた瞼をこすりながら魔理沙と謎の少女の和気藹々としたやり取りを眺めていた。と、云っても魔理沙が少女の頬を突いたり、体を抱きかかえてグルグル回ったりと魔理沙一方的にからかってるだけのようにも見えるが。
 それにしても、未だに少女の目的が分からない。かれこれ少女が現れて二時間は経過しようとしている。賽銭を入れる様子もないし、彼女が見た目と反してかなりの怪力の持ち主で、この賽銭箱を持ち去ろうという気なら何も魔理沙と戯れてわざわざ体力を減らす事などせず、一、二発殴って彼女等を気絶させとっとと掻っ攫っていけばいいものだがそんな様子も全く見受けられない。
 若しや、何かを待っているのだろうか? それは他の人物か、それとも時か。それならまだ合点が行く。現に、そろそろ陽も傾いてくる時間だが、先程から少女の様子に変化が見られた。ほんの少しだが、辺りを見渡しそわそわしだしたのである。陽が暮れた頃に何か行動を起こすのかもしれないし、誰かが訪れるのかもしれない。一先ず霊夢は様子を見る事にした。まだ少女は何も害になるような事をしていない。ならそっとしておくべきだろう。何か妙な事を始めたら力ずくで止めればいい。それだけの話だ。そう自分の中で話をまとめ、霊夢は本日八杯目となる緑茶を注いだ。

「はぁ~そろそろ疲れたぜ。ちょっと休憩しようぜ」

 活発、アクティブさが取り得の魔理沙の顔にも流石に疲れの色が見え始めた。地面にペタリと座り込む。

「そういえばさ、お前名前聞いてなかったな。何ていうんだ?」
「……」
「また、だんまりか~さっきから何も話さないじゃん。もしかして喋れないのかな?」

 魔理沙は少女の額を人差し指でチョンチョンと弾く。そうすると少女は魔理沙の手を振り払い、涙目になって憤慨するという事がここ二時間の戯れで判明した事だ。魔理沙はその反応が楽しくて楽しくて仕方がなかったのである。

──本当に飽きないみたいね……もうそろそろ私は夕飯の準備したいんだけどなー。

 霊夢は大きな欠伸をし、ふと西の空を見た。陽は完全に傾き辺り一体を綺麗な橙色に染めていた。後一時間もすれば陽も沈み、夜が訪れるだろう。
 霊夢が近くにあった箒を所定の位置に戻し、夕飯の準備をしようと台所へ向かおうとした瞬間、空気が変わった。

「ジカン……キタ……」
「ん? どした?」
 全く言葉を発さなかった少女が片言ながら何かを口にしたのである。魔理沙は突然の事態を飲み込めずにいた。

「カゲ…………ヒカリ…………ジカン…………ハナ…………ジカン……キタ………………イカナイト!!」

 最後の言葉を紡ぎ出した途端、その少女は魔理沙の視界から消えた。

「えっ!? 消えたっ……」

 急いで辺りを見渡すと、少女が神社の本殿の方へ走っているのが見えた。そしてそのま本殿に入ることなく、本殿を囲んでいる森の中へと消えてしまった。

「急にどこに行くんだチクショー! 待てぇぇ」
「魔理沙! 別に追いかける必要はないでしょ!! 博麗神社を厄介事の中心にするのは辞めて頂戴!!」
「だったらこの神社に迷惑をかけなきゃいいんだろ? この神社の近くで事件を起こしても神社には関係のないようにするよ!」

 霊夢の静止を降り切り、魔理沙は少女を追いかけ、同じように紅に燃える森へ消えてしまった。

「は~もう私知らないわよ……何が起こったって責任取らないからね」

 さぁ今度こそ夕飯を作ろうそうしよう誰も私の夕飯の邪魔すんじゃねぇぞコラと毒づき、霊夢が台所へ向かおうとしたその時、何かが博麗神社めがけて飛んできているのが分かった。
 今更参拝客かよクソ。何でいつも来ないくせに人が忙しい時に限ってくるんだアァン?大した額しか納めなかったらボコボコにして有り金全部参拝金にするぞコラ。と徐々に過激な思いを浮かべた。しかし霊夢はそんな危険な事を考えているとは全く想像出来ないような最高の笑顔を浮かべた。

「博麗神社へようこそ~本日は参拝ですか? 参拝ですよね? 本日は月に一度の参拝デーということで、御利益も普段の三倍、参拝額も通常の三倍となっております。なお、こんな時間にわざわざいらっしゃったのですから、何もしないでお帰りになるっていうのは非常に勿体無いっていうかせめて参拝くらいして帰れっていうか……ん?」

 一気に息を吸い込み息継ぎをせずにここまで言い切った霊夢は突如言葉を失った。別に息が苦しくなったわけではない。目の前に現れた人物が意外な人物だったからだ。

「リグルに……貴方確か夢幻館の……」

 ハァハァと肩で息をしているリグルとエリーは霊夢の言葉を無視し、こう切り出した。

「……幽香さん……来てるよね?」
「……御願い霊夢……幽香様を止めて! さもないと大変な事になるわ……」
 この瞬間、霊夢の夕飯はしばしお預けとなった。



 ※※※



 少女の後の追い、神社の本殿と森の間をウロウロと彷徨っていた魔理沙は十メートル程先に座っている人影を見つけた。

──こんな所に居やがったか……ていうか眩しいなここ。何でここだけ不自然に陽が当たってるんだよ……

 思わず目を細め、目を上を手を覆う。神社の周りを囲っている木々の関係で場所によってほとんど陽が差さなかったり或いは全く陽が当たらなかったりするような所もある。今、魔理沙や少女が居る所もその影響下にあるのか、ほとんど太陽の恩恵を受けている様子はない。
 しかし、それにしてもこの場所は不自然だった。陽が当たっている所と当たっていない所の線引きが余りにもしっかりし過ぎている。人為的、作為的。そのような言葉を連想させるほど沈み行く太陽は地面に満月のような一寸も狂いもない丸い影を作っていた。少女はその真ん中に座り込みじっと地面を見ているようだ。

──蟻の行列でも見てるのかな?

 不思議に思った魔理沙が何してんだーと声をかけようとした時、少女は右手をすっと地面に近づけ、地面に付くか付かないかすんでの所で止めた。
 


 次の瞬間、太陽の光すら霞むような閃光が辺り一体を覆いつくした。





 ※※※




「あの子は魔力の溢れた幽香本人ですって? ちょっと何言ってるのか分からないんだけど」
「分かった分かった詳しく説明するから」 

 たった今リグルから受けた説明によると、あの小さい少女は風見幽香そのものらしい。
 幻想郷最強との呼び声高い幽香の持つ妖力は相当のものらしく、いつもは周りの妖怪に迷惑はかけぬよう抑えているようなのだが、コップに水を入れすぎると溢れて零れてしまうように時々は妖力を開放しなければ体内で力が暴走を起こし、幽香自身が危険に晒されるという。
 その危険を回避する為、時々妖力を開放するのだが、その下準備として一度体を小さくし多大な妖力開放のショックを和らげる必要があるという。その弊害として髪も黒くそして長くなる。
 いつもなら幽香が小さくなり、妖力を開放しなければならない状態に陥った時には自宅に閉じ込め、自分自身では抑えきれなかった漏れた余力の与える影響を幽香の家、最悪の場合でも幽香の持つ畑の範囲に抑えていた。さもなければ、幽香の持つ能力【花を操る程度の能力】によって幻想郷中の花が異常に成長してしまいそれによって花を支える地盤に歪みが生じ、各所で地崩れや地割れが発生し最悪の場合は幻想郷の崩壊も予想される。非常に壮大な話であり、馬鹿げた話でもあるのだが、幽香の力を持ってすればそれも実現不可能な事ではない。溜め込んだ妖力の暴走なら尚更だ。
 幸い、いつもはほとんど毎日幽香の家に献身的に通っていた(世間一般ではそれをストーカーと呼ぶ)リグルが事の発端に気が付き、幽香と接点がありリグルも知人同士であるメディスンとエリーに助けを求め、幽香の溢れ出した妖力を全て吸い尽くすだけの力を持っている無数の向日葵のおかげで事が大きくならなくて済んだのだが、今回初めて幽香が脱走してしまい一刻も早く保護したかったというわけである。
 一通りリグルの説明を聞き終え、霊夢はポリポリと頭を掻いた。

「まぁ、大体事の顛末は分かったけど何でそんな大事な事今まで黙ってたのよ」

 霊夢が半目で睨みながら言うとリグルがう、とたじろいだ。

「だって、あんまり他人に迷惑はかけたくなかったし」
「エリーとメディスンを頼れて、何で私は頼れないわけ?」
「別に、そういうわけじゃ……」

 霊夢は言葉に詰まり右往左往するリグルの頭をクシャクシャと撫で回す。思ったより力が強かったのか、リグルは片目を瞑っている。

「あのね、幽香が私の神社に来て、ワイワイ掻き回してくれたその後にアンタ達が来てそんな裏事情聞かされた時点でもう既に大迷惑なのよ。もうこうなったら最後まで事の顛末を見させてもらうからね!」

 霊夢のその言葉を聞いてリグルは顔を赤らめ、エリーはほんの少し微笑んだ。幻想郷の境界を管理する博麗神社の巫女が味方になれば、正に百人力である。

「ひとまず、この森の中か神社の周りでウロウロしているであろう幽香を早く探すわよ。これ以上好き勝手されたら本当に――」

 霊夢が森を指差しながら言った刹那、凄まじい閃光が三人の目を襲った。最初は森の木々の間から漏れた夕陽の光かと思ったがそれにしては光が強すぎるし、色も薄かった。橙色というよりは乳白色といった感じの光だった。
 とっさの事に目を瞑った為大事には至らなかったが、未だ視界が晴れない。しかし、視界が晴れないのは突発的な光による後遺症ではなかった。空が若干明らみを帯びている。先ほどの閃光と似たような光色で空が覆われていた。

「何よこれ、太陽の光じゃないわね……」
「マズいよこれ! もう始まっちゃってるよ! 早く幽香さんを見付けないとっ!!」

 明らかに飛んだ方が早いと思われるが、それすら思い付かないほどリグルは焦っていた。最初の閃光が発せられたであろう場所を推測し、走り去ってしまった。

「!?」

 その尋常では様子のリグルを見て一瞬顔色を変えるエリー。そのまま何も言わずリグルが走り去って行った方向へ消えてしまった。
 一人この場に残されてしまった霊夢は咄嗟の事に腕を前に投げ出しだらしなく口を開けた。

「あ゛あ゛あ゛あ゛もぉ! ちゃんと説明しなさいよ!」

 頭をガシガシと掻き思いの丈を空へ叫ぶと、リグルやエリーと同じように閃光が発せられたであろう場所へと飛びだって行った。





 ※※※





 太陽を百メートルほどの至近距離で直接見たような光を受け、一瞬気を失うかと思うほどの目眩と吐き気で魔理沙は思わず地面に手を付き膝を折った。ゆっくりと目を開けるが充分に視界が確保されない。

「うっ……何だった今のは……」

 首を左右に振り頬を軽く叩き再びゆっくりと目を開けた。先ほどに比べると幾分か視界が回復したように感じる。
 視界が確保されれば見えない物も見えてくる。ふと前を見ると赤い少女は地面に手を翳していた。それだけなら無邪気な子供の行動として特に違和感も無いのだが、眼前には違和感だらけの異様な光景が広がっていた。
 目の前の少女の手は乳白色に輝いており、顔にはじんわり脂汗が浮かび、目は血走り、体は細かく震え、極めつけとしてどこの言語とも分からない言葉をブツブツと呟いていたのである。その姿は何かに取り憑かれたような異常さを孕んでおり、とても正気の沙汰とは思えなかった。
 つい数十分前まで頭を小突くと目に涙を浮かべ無邪気に怒り出した少女と目の前に居るこの世とは思えない雰囲気を纏い、百人が十割の確率で「普通じゃない」と一つの結論を導き出すであろう儀式を執り行っている少女が同一人物とは思えなかった。思いたくも無かった。
 魔理沙は自分の理性が「早く止めないと大変な事になる」と告げ、本能が「早く逃げないと大変な事になる」と同時に告げたのを感じた。ただ、今の魔理沙に理性と本能どちらか一方を選ぶなどいう余裕は残されていなかった。つぅーと頬を汗が伝う。

──何だよ是は……正直何が起こってるか分からないけど、とりあえずマズい事が起こってるって事くらいは私でも分かるぜ。止めないと……でも、何をどうすればいいのか全然分からない。

 魔理沙はまず持っている小さな八卦炉を使って少女を気絶させる程度の衝撃を与える事を考えた。が、その考えは自身の持つ良心の呵責によって即座に否定される。いくら魔理沙が四六時中八卦路を使っているとはいえ、年端のいかないような少女へ矛先を向けることは出来なかった。
 では、脇に抱えて無理矢理地面から引き剥がすのはどうか。少し思案したが、この提案も却下された。得体の知れない力を持つ少女を乱暴に扱って暴走でもされたらと考えると怖くて足が竦む。
 先程まで仲良く遊んでいたのだから平気だろうという楽観的な考えは当に宇宙の彼方まで吹き飛んでしまっていた。

──くぅ……絶望じゃないか……こんなの私らしくないぜ……考えろ考えるんだ、何か解決策があるはずだぜ……。

 魔理沙が己の葛藤と闘っていると、何者かこちらの方へ近づいてくる。魔理沙が顔を上げるとそこには先程まで一緒に居た黒髪の少女と以前見た緑色の髪をした少年のような少女とどこかで昔会ったようなシルクハットを被った金髪の少女が居た。

「居た! 居たわ、魔理沙が居るわよ。ちゃんと幽香も……何か様子が──」

「れぇぇぇぇいむぅぅぅぅやっと来てくれたかーーー待ってたぜぇぇぇぇぇぇ」

 霊夢は涙と鼻水を流しながら近づいて来る魔理沙を軽く受け流し、その奥に居る少女──幽香に目を向けた。顔から汗を流しながらブツブツと何かを呟いてるいたいけな少女の姿は幾多の死線を切り抜けたきた霊夢の背中に悪寒を覚えされるのには十分なものだった。

「何これ……どうなってるのよ。これが本当に幽香なの?」

 霊夢が呟くと魔理沙は目を大きく見開き目の前に居る異常な少女と霊夢とを交互に見比べた。

「え、こいつ幽香なのか? それにしちゃあ小さくないか?」
「何? もしかして貴方気が付いてなかったの? 確かに髪は黒いし、小さいけれどどっからどう見ても幽香じゃないの! 貴方幽香と出合ってどれくらい経つのよ」

 少女の正体に気が付かなかった魔理沙に呆れているのか、目の前の少女から目を離せないのか、霊夢は目を泳がせながら一気に捲くし立てる。
 とりあえず何をどうすればいいのか。必死に頭を回転させると、目の前に何者かが立ち塞がった。

「もうやめてよ幽香さん! これ以上やったら幻想郷と幽香さんの身がもたないよ!!」

 リグルが渾身の力で叫ぶとその声を聞いて、一瞬幽香はリグルの方向を向いた。しかし、数瞬後にはまた目の前の花に首を戻していた。
 息を切らし、口角泡を飛ばしながらもリグルは叫ぶ。しかし、一定の距離は保ちつつ。 本当は今すぐにも幽香の元に駆け寄り、地面から引き剥がしてやりたかった。でも、それで幽香の力が暴走してしまったら? ただでさえ強力な力を持つ幽香が溜め込んだ力を開放している最中である。幻想郷自体に多大な影響を与える事も十分に有り得る。
 リグルは思わず歯軋りをする。目の前で恩人が苦しんでいるのに何も出来ない。自らの力無さに憤りさえ感じられてくる。無意識に爪が食い込む程に手を握り締める。
 徐々に幽香を纏う光が強くなっていく。徐々に目を開けていられなくなるほどの強い光が彼女等を包む。目を瞑っていても光を感じる程驚異的な光の槍が目を突いた。

「マズい!? これは!……」

 そして、目を開けたままだったら確実に失明は避けられなかっただろう閃光が一瞬神社から放たれた。
 その場に居た彼女達は気を失った。ただ、一名を除いて……






 ※※※









 どの程度の時間、少女達は森り顔を埋めていたのだろう? 数瞬? 数秒? 数分? 数時間? 数日という事はないだろうがその時間は想像に難い。

「……生きてるみたいね」

 最初に目を覚ましたのは霊夢だった。視界がぼやけ頭が多少痛むが吐き気もなく立ち上がる事ができる。ぼやけた視界で周囲を見渡すが表面上怪我をしている者は居ないようだ。かくいう自分にも手足がある。先の方に付いている指も一本も欠けることなく揃っているようだ。
 命に別状はない。
 段々と思考を取り戻しつつある霊夢はとりあえずみんなを起こす事にした。手など使わず、地面に寝そべっている彼女達を足蹴にしながら周囲を見渡す。とりあえず幻想郷中の養分を吸い取ってしまうとまで言われていた割には足元がしっかりしている。地盤への影響はなさそうだ。周りの木は根元から吹き飛んでいたが、一瞬で吹き飛んだのか周りに広がっている形跡が見られなかった。ちょっとした山火事を予想していた霊夢にはこの状況は意外だった。

──私も専門家じゃないから詳しい事は分からないけどね。

 だが、それ以上に気になる事がある。
 幽香の姿がどこにもない。
 自分たちがどれくらい気を失っていたか分からない。もうどこかへ逃げてしまっている可能性も十分に有り得るのだが、それでは二次被害の恐れも考慮しなければならない。博霊大結界を統べる霊夢としては被害を最小限に抑えたい。

 ──んーこりゃあちょっくら本腰入れて探すしかないかな……。

「……いててててててててててて!! 足! 足をどけろって!!」
「あら魔理沙。おはよう」

 魔理沙が目に涙を浮かべながら起床した。意識が他の方向へ向いていたからだろうか思ったより強く蹴られた魔理沙は自らの脛を思い切り擦っていた。

「…………も、もしかして私達気を失ってたの?」
「……みたいだね。全く情けなくなってくるよ」

 魔理沙の叫び声に触発されてか、続けざまにエリーとリグルも目を覚ました。人間の霊夢や魔理沙に比べて些か状態は良好のように見える。この分なら永遠亭のやくざ医者の世話になる事はないだろう。
 しかしそれは肉体的な状態を事を指す。
 体は健康的に見えるが、その顔は苦虫を潰したような悲痛と苦悩という負の感情で蝕まれていた。無理もないだろう。幽香を外に出すだけでは飽き足らず、一番恐れていた能力の開放という最悪の事態を引き起こしてしまったのだから。下手をすればこのまま幻想郷は朽ち果て存在自体が無にされてしまったかもしれない……。

「あのねぇ、あんた達今世界の終わりみたいな顔してるけど、そんなに事態は深刻じゃないと思うわよ」

 入試の合否をわざわざ学校の前まで見に行ったのにも関わらず自分の番号がどこにもなかったときの浪人生みたいな表情のまま固まっていたリグルとエリーに見かねた霊夢が頭を掻きながら顔を顰めた。

「何だよ……」

 その言葉に明らかな嫌悪感を示したのはリグルだ。彼女は絶望という感情のベクトルを怒りに変えて霊夢に詰め寄っていった。

「霊夢に何が分かるんだよ! 私達がいつから幽香さんの事を見てたか知ってる? 私達がどんな努力してたのか知らないくせに勝手な事言わないでよ!!」
「ちょっとやめなさいよリグル!」

 リグルを必死に抑えるエリー。しかしリグルはその静止を必死に振り解こうとした。このままでは霊夢に殴りかかっていて行きそうな勢いだ。
 そのリグルの錯乱した様子を見て霊夢はさぞかし驚いていると思いきや、口元に微笑を浮かべたままリグルの方を見つめていた。見る人によっては小馬鹿にされていると感じ取る事もできる表情だ。
 その顔がリグルを一層苛立たせた。

「何だよその顔……何でそんな顔するの! バカにしないでよ! 霊夢は確かにどこか斜に構えててちょっと捻くれてる所はあるけど根はいい人で絶対……絶対他人を嘲笑う事なんてしないと思ってたのに……」

 前にも増して語気が強くなる。その目には涙が溜まり今にも零れ落ちてしまいそうだった。
 すると先程までほとんど変わらなかった霊夢の表情に変化が訪れた。少しだが目を見開き、体の前で両手を交差させた。否定のポーズだ。

「ちょっとちょっと。何も泣く事ないでしょ。別に私はアナタも幽香も馬鹿にしたわけじゃないわよ。ていうかアナタ私の事をそういう風に思ってたのね。知らなかったわ」
「話を逸らさないで! じゃあ何であんな人をバカにしたような顔をしてたんだよ! 苦笑いっていうの? あんな顔普通の人はしないよ!」

 唾を思い切り飛ばしながら叫ぶリグルから少々遠ざかりながら霊夢は癖なのか頭をガシガシと掻きそして告げた。

「ちょっと引っ掛かってた事がようやく取れてスッキリしてたのよ。私だって幽香との付き合いはそんなに短いわけじゃないわ。そりゃ妖怪のあんたらに比べれれば微々たるものかもしれないけどね。だから私は幽香が何をしたかったのか考えてみたの。わざわざアナタやエリーの制止を無視して、幻想郷が危険に晒されるかもしれないリスクを考慮してそれでも何をやりとげたかったのか……それでたどり着いた答えが……」

 そういって霊夢は自らの足元を指差した。

「これじゃないかしら?」
 










 そこには一輪の花が淡い光を放ち佇んでいた。
 大きさは数センチ程しかない。そして花びらと呼ぶべきものの存在せず茎の先に綿のようなものがついているだけであった。その綿もとてつもなく小さく、かなり近くで見ないと分からない。風が吹けば吹き飛んでしまうような気がした。
 花というには余りにも小さく、弱くそして儚い。だが、それがこの花の魅力を押し上げているようにも感じる。そんな花であった。

「これか? 私にはちっちぇ花にしか見えないぜ」

 魔理沙は寝転がったまま、歩腹前進で花に近づきまじまじと観察してみる。彼女にはこの花の良さがいまいち分からなかった。どこからどう見ても小さい、そん所そこ等にいくらでも生えてるような雑草にしか見えなかった。

「これが幽香が危険を冒して野を越え山を越えようやく見付けた目的の品なのか? 何か拍子抜けしちゃったぜ。リグルとエリーはこの花について何か知ってるのか?」

 リグルとエリーは首を横に振る。二人ともこの花については何も知らないようだ。

「どこかで見たような気もするんだけどな……」
「私知ってるわよ。この花」

 突如、霊夢は左手を空高く挙げた。自慢の腋が外気に晒される。

「知っているのか!? 霊夢!!」
「何よそのテンションは。どこの男塾よ。私の記憶が正しければだけどね。確かみんなもよく知ってるあいつと同じような名前だったわ。確か名前は──」

 霊夢がその花の名前を言おうとした時、魔理沙の背後で何かがカサリという音を立て蠢いた。それによって霊夢の発言は取り消されてしまう。
 そこには、赤を基調としたベストを纏い、長いスカートを履いた女性が立っていた。緑色をしたふわふわとしたショートカットボブの髪の毛を揺らしの切れ長の目をしたその女性はリグル、霊夢、エリー、そして何故か汗だくの魔理沙の順に視線を泳がすとその整った唇から言葉を発した。

「まずは謝らなくちゃね。ゴメンなさい、私の我侭で大変な事になっちゃって。リグル、エリー。そしてありがとう。こんな私の我侭に付き合ってくれて。霊夢。そして魔理沙……あなたにも言いたいことがあるわ──」

 天下無敵の大妖怪──風見幽香がそこに居た。



 ※※※




 魔理沙はこれでも自分は怖いもの知らずだと思って今までの人生を謳歌してきた。紅魔館の門番にも臆せずパチュリーに会いに行けるし、未知の世界であった地底に行った時もほとんど不安というのも感じなかった。父親に勘当されてまだあどけない少女ながら一人暮らしもしていたし自分は肝が座っていると自負していた。恐怖など人生において数える程しか感じていなかった。
 今日この瞬間、魔理沙はその数に指を一本追加せざるを得なくなった。
 霊夢が花の名前を言おうとした時に自分の背後から何か葉っぱの擦れるような音がした。魔理沙は何か妖怪か動物が通ったんだろうくらいにしか思っていなかったので振り返る事はせず、そのまま寝転がっていた。

 ──全く折角肝心な所で邪魔するなよな。今いいところだったんだから。

 霊夢、続きを聞かせてくれよ。と魔理沙が言おうと思い霊夢の方を向くと彼女の顔が固まっている事に気づいた。口をポカンと開け棒立ちになっている様は何か見てはいけない物を見たようなそんな空気を感じる。よく見ると霊夢だけではなく、リグルやエリーも似たような表情を浮かべていた。特にリグルにおいては驚いているのを通り越してアホ面と表現するのが適切だろうであろう表情をしていた。

 ──どうしたんだみんな変てこな顔して。特にリグル、お前はタダのアホ面だぞ! どうしたらそんな顔作れるんだよ! 私が教えて欲しいくらいだよ。ダメだ……ずっと見てると笑けて……くる……

 魔理沙が笑いをこられているとその生物が自身の後ろに立ったのを感じた。ちょうど寝転がっている魔理沙の足辺りに居る格好だろう。
 その瞬間、魔理沙は背筋に嫌な戦慄が走るのを感じた。
 この感覚を感じたのは人生においても数えるほどしかない。確か最近だと咲夜に頼まれ
てフランドール・スカーレットの相手をしてる時に魔理沙がマスタースパークを直撃させてしまい、その結果フランのリミッターが外れ咲夜、パチュリー、姉のレミリア、小悪魔と共同でフランを落ち着かせた時に同じような感覚を味わった。あの時は本当に死を間近に感じ取った。ああ、これが走馬灯なのかなと思うほどはっきりと過去の思い出がフラッシュバックしてきた事を今でも鮮明に覚えている。
 では、それ程の恐怖と同程度の恐怖を今自分に与えている存在は一体何だろう? 魔理沙は気になって後ろを振り返ることにした。既に顔は焦りと不安から来る脂汗でビッショリと濡れていた。
 首の関節が軽くコキリと音を立てる程勢い良く振り返るとそこには見覚えのある姿があった。

「まずは謝らなくちゃね。ゴメンなさい、私の我侭で大変な事になっちゃって。リグル、エリー。そしてありがとう。こんな私の我侭に付き合ってくれて。霊夢。そして魔理沙……あなたにも言いたいことがあるわ」

 そこには、赤を基調としたベストを纏い、長いスカートを履いた女性が立っていた。緑色をしたふわふわとしたショートカットボブの髪の毛を揺らしの切れ長の目をしたその女性は魔理沙を見つめ、にこやかな笑顔を浮かべていた。

「私と遊んでくれてありがとう。実は私、小さくなってるときの記憶もきちんと残っているのよ」

 魔理沙はそこで幽香の背後に言葉に出来ないもやもやとした何かが立ち上っていくように見えた。目にはっきりとは見えない何かが。

「確かおでこをピンと弾いてたりしてくれたわね。デコピンっていうのかしらあれ。とってもとってもとっっっっっっても痛かったわぁ……」

 汗が止まらない。体から体温が奪われていく。

「御礼は大事よね……魔理沙、アナタにはきちんと御礼をしないと……ね?」

 そこで魔理沙の意識は途切れてしまった。
 
 
 
 







終章~Dandelion Hill~ 一仕事後の蒲公英料理は如何?







 幻想郷は辺り一体薄い橙色に包まれていた。陽もほとんど沈み、すぐにでも夜がやってくる時間だろう。そうなれば多くの妖怪が行動し始める非常に危ない時間だ。 そんな幻想郷の一角を幽香、リグル、エリー、メディスンは歩いていた。あえて飛ばずに歩いているのは幽香の「折角だから歩いて帰りましょう」という鶴の一声で決まった事である。
 ちなみに先程まで物事の中心から離れていたメディスンは帰路の途中、道端に気絶しているのを発見された。どうやら幽香の発した閃光を必要以上に浴びてしまったようだ。メディスンを起こす際、その横には咲夜も倒れていたのだが彼女を起こす事で得られる利益が思いつかなかったのでそのままにしておいた。きっと彼女は当主にこっぴどく叱られるだろうがそんな事は知った事ではない。
 幽香は三人の事など気にしてないような自らのペースで歩いていた。その歩は遅くなったり早くなったり時々立ち止まったりと落ち着かないものだった。
 その様子を少し離れた所からリグルとエリーとメディスンは見つめていた。幽香の歩に合わせて。早過ぎず遅過ぎず。

「幽香さん……どうしたのかな」
「さっきのあれが影響してるのかな……」
「ねぇーさっきからリグルとエリーは何の話をしてるの?」
「あーそういえばメディスンは気絶してたんだっけ」
「じゃあ、軽く説明するわね。実はね──」



 ※※※



「じゃあ何。あの花を咲かせたかっただけで小さくなったわけ? 幻想郷を危機に陥れてまで?」
「危機に陥れてって人聞き悪いわね。別にそういうわけじゃないわよ」

 話は少し前に遡る。

 幽香が現れた後一向は博麗神社に集まった。そこで幽香はことの一部始終、動機について説明した。
 幽香の話によると彼女は以前リグルと一緒に博麗神社の付近を散歩してるときに件の花の存在に気づいたという。幽香が現れた後一向は博麗神社に集まった。そこで幽香はことの一部始終、動機について説明した。
 この花はとても珍しいもので、咲くこと自体が何千年かに一度あるかないかと言われているものだった。本くらいでしか見たことのない伝説とまで言われる一品がリグルとの散歩中に目の前に現れたときの興奮は今でも忘れられないという。

「そりゃあもう抑えきれないほどの興奮だったわよ。それこそリグルを虐めてるなんかより遥かにすごい興奮だったわ。多分その時の私の顔は酷いものだったでしょうね」

 それからというもの何をしていても幽香の頭はこの花の事で一杯になっていた。食事をしている時も、就寝の際も、リグルを虐めている時も、あまつさえ自身の向日葵の世話をしているときに他の花の事を考えてしまった時は流石にショックを受けたという。花の手入れの際はその花の事だけを考えて精一杯の愛情を注ぐ事を良しとしてきたので言うなれば男性とのデートの最中他の男の事ばかり考えていたということと同じになる。幽香にとってそれほどのものだった。
 ある日幽香の我慢は限界に達した。どうにかして花を咲かすと決意したのである。

「私が大妖怪で花を操る程度の能力とはいってもこの花を咲かすには力が足らないと思ったの。普通の力ではビクともしない。それ以上の力が必要だった。と、なると私に残された道は」

 右手をリグルの頭の上に乗せ軽く押す。リグルは左目を細め顔を顰めた。

「溜まったエネルギーを解放するときを利用するしかないと思ったの。ちっちゃくなってね。それからはトントン拍子に物事が進んだわ。貴方達を眠らせて、博麗神社まで移動して、太陽の光を利用するために時間がくるまで待って……そこで魔理沙にこけにされたけどね。まぁ、仕返しは出来たからいいけど。んで、時間が来たらバーン! 途中汗が止まらなくてもしかしたら私死ぬかも? って一瞬思ったけどね」

 一気に言った後お茶をゴクリと飲み込む。乾いた喉が潤っていくのを感じる。お茶って
こんなに美味しかったのだろうか。

「後は貴方達が見たとおり。でも、キレイだったでしょうあの花。それとリグルとエリー」

 開いている左手をエリーの頭の上に持っていき、帽子を取った。そして両手で双方の頭をクシャクシャと撫でた。

「貴方達は私の力が暴走して幻想郷が壊滅する事を恐れていたけれどそんなこと絶対有り得ないのよ? だって結局逃がしきれなかった力は私の向日葵畑が全部吸収されちゃうわけだし、それにこの幻想郷がたかだか一匹の妖怪の力が暴走しただけで壊れちゃうチンケなものだと思う? 貴方達が住んでる大好きなこの幻想郷はそんなに脆いものだったかしら?」
「話を……はぐらかせないでよ……」

 エリーは黙って幽香の話を聞き軽く笑みを浮かべた。どうやら納得しているようだがリグルはそこまで大人になりきれなかった。未だに幽香と目を合わせることもせず、膨れたまま明後日の方向を向いていた。

「おー怖いわねー。リグルちゃんとはちゃんと話し合う必要があるみたいね」

 幽香は一気にお茶を飲み干し、湯飲みを御椀の上に置いた。それだけで様になるのは彼女が大妖怪たる所以かそれとも生まれ持った素質だろうか。

「さて、御馳走になったわ。そろそろ私は帰るとするわ。霊夢には改めて何か御礼をしなくちゃいけないわね」
「別にそんなもんいらないわよ。もうこれ以上私を厄介事に巻き込まない事。それが一番の御礼だわ」

 幽香の方を見ているのかいないか霊夢は曖昧な視線を向けたままそっけなく返事をした。手には本日十五杯目のお茶が入った湯のみが握られている。

「あ、そうそう」

 立ち上がり、部屋から出ようとした幽香はふと何かを思い出したかのように立ち止まった。

「花の名前知りたくない?」
「別にいいわよ。私知ってるしね」

 霊夢はそっけなくそう言い放ったが、幽香の言葉を聞いてエリーがそわそわし始めた。先ほど霊夢が言おうとしていたが、幽香の登場で有耶無耶になってしまったのだ。それからというものエリーはこの花の名前が気になって気になって仕方がなかった。

「幽香様……私知りたいです。この花の名前」

 エリーが上目遣いで幽香に乞うと幽香は嗜虐的な笑みを浮かべた。

「あら? 違うでしょうエリー。私に物を頼む時は……どうするんだっけ?」
「!?」

 幽香はまるで養豚場の豚を見るような目でエリーを見下した。エリーの背中に緊張が走る。だが、それは決して嫌な緊張ではなく、どこか恍惚したものだった。

「ちょっと。人の神社でSMごっこするのはやめてちょうだい」
「冗談よ冗談」

 幽香がにっこりと霊夢に微笑む。どことなくエリーが残念そうな顔をしているのは見間違いであろうか。
 幽香は首の向きをリグルの方に向けた。

「リグルも……知りたくない?」
「…………別に」

 霊夢に向けたのと同じ笑顔をリグルにも向ける。リグルは相変わらずそっぽを向いたまま体育座りをし、顔を膨らませていた。

「そ。残念だわぁ。折角のいいチャンスだと思うのに……」

 そういってチラチラとリグルに視線を向ける。心なしか口の端が上がっている。

「………………やっぱり知りたい」
「そうこなくっちゃ」

 幽香はリグルの言葉を聞いて首だけではなく体全体をクルリと回転させた。そしてどこからともなく持ち出した愛用の傘を地面着けてわざとらしくポーズを取った。

「花の名前はみんなも良く知ってるあの子と同じ名前が付けられてるの」

 顔の前に手を持って行き人差し指をピンと立てた。

「そう、その花の名はね──」





 ※※※








「と、いう事があったんだよ」
「ふ~ん、アタシが気絶してる時にそんなことが……何かゴメンね」

 時間は現在に戻る。リグルの機嫌も大分良くなっていた。今は三人で幽香の記憶に関しての会話をしているところだった。
 ワザと幽香に聞こえるような大きな声で。

「まさか小さくなってる時の記憶がちゃんと残ってるなんてね。知ってた?」
「知らなかったよ! そんなこと一言も言ってなかったし、素振りも見せなかったしね~」
「あたしも知らなかったよ~」

 一通り会話をした後三人はバッと一斉に数メートル先を歩いている幽香の方へ目を向けた。幽香は相も変わらず前を向いたまま自分のペースで歩き続けていた。

(ダメだよっ!! 全くこっちを見てくれないよ。何で!?)
(私たち何か幽香様の気に障るような事言ったかしら……)
(言ってない……よね。ていうかあたし途中まで気絶してたし!!)

 彼女たちは先程から幽香が全くこっちを向いてくれない事に酷く焦っていた。
 いつもなら軽いジョークを交えつつ饒舌に喋るのが風見幽香だった。それが彼女たちには幽香が怒っているように見えたのだ。
 幽香の気を引こうと大きな声で話をしたり身振り手振りを激しくしたりしているが幽香はちっともこっちを振り向いてくれなかった。
 彼女たちの焦りはただただ高まっていくだけだった。



 ※※※


 
どれだけの時間が経っただろうか。陽が完全に沈み幻想郷に夜が訪れた。
 ふと、どこからともなく穏やかな風が吹き、幽香がふいに足を止めた。持っている傘を肩に担ぎ右足の爪先をチョンと上げ左手を腰に当てポーズを取った。

「風が……気持ちいいわね……それにとてもキレイ……」

 後ろを歩いていた三人娘は幽香の突然の行動に制止せざるを得なかった。余りに急な事で一番後ろを歩いていたメディスンは顔をリグルの背中にぶつけて転んでしまった。 穏やかな風は彼女たちの髪や服を揺らし、心地良い涼しさを齎せる。
 幽香は息を思い切り吸い込み酸素で肺を満たしてから二酸化炭素を思い切り吐き出した。そして一言だけ呟いた――。
 三人娘の心配が空の彼方を越え、外の世界にまで吹き飛ばしてしまった最上で極上の一言を――



「……みんなで……御夕飯にしましょう」



 リグルはその時ふと蒲公英料理が食べたいななんて思っていた。
 蒲公英は灰汁を抜いて天ぷらにすると意外と美味しかったりする。リグルは結構この料理が好きだった。
 でもこんなこと言ったら幽香さん、花の命を無駄にするんじゃないって怒るかな?っていうかこの季節に蒲公英なんて咲いてるかな?
 いや、とりあえず言ってみるだけ言ってみるかな……
 リグルは一歩前へ出た。その足元には季節外れの蒲公英が一輪咲いていた……


                                     (了)
3000年振りに咲いた花、態々ここで名前をあげるのは浅はかというものでしょう。
自分は写真で見た事しかありませんが、本文でも書いてあるようにとても小さく風吹けば飛んでいってしまいそうな花でした。

しかし、それがこの花の儚さを如実に表している。そんな感じが致しました。

では、また次回作で御会いしましょう。
ユッチー
http://twitter.com/#!/yucchi178
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.190簡易評価
3.100名前が正体不明である程度の能力削除
エリーいいこいいこ。