注意:『たまには酒でも飲んで』の続編みたいなものです。
読んでなくてもほぼいけます。
「じゃ、始めるとしますか」
「ん」
「「かんぱーい!!!」」
掲げたグラスをぶつけ合い、そして中に入っていた麦酒を一気に呷る二人。
「んぐんぐ………ああ、うまい!」
口元についた泡を袖でぬぐうは藤原 妹紅。
「ごくごく………はぁ、生きかえるぅ」
ほぅ、と息を吐くは蓬莱山 輝夜。
夜に集まり、二人は人里内の居酒屋で酒を飲んでいた。
先日の一件後も、二人は折を見ては飲むようになった。
今回は輝夜のお誘いで飲み会うことになった二人。お座敷に陣取った二人の間には木のテーブルとその上に乗った数々の料理と酒。
お互いの取り皿に料理を乗せては談笑を交えていった。
たまには酒でも飲んで 2
「で、今回は何?」
串に刺さった焼き鳥をかじりながら妹紅は輝夜に話をふった。
「明日、何の日か知ってるよね」
「明日?」
そう言って妹紅は今日が何日だったか、思い出す。
「今日が2月13日だから、明日は14日だね」
「そうよ。即ち?」
「……?」
輝夜からの質問に妹紅は見当がつかず、首を傾げた。
「『バ』のつく日よ」
「『バ』? ………ああ、ああ。バン・アレン帯!」
「そのネタを知ってるってことはホントは知ってるでしょう?」
「へへっ、ばれたか」
輝夜の突っ込みに妹紅は苦笑した。
「一体誰が考えたんだろうね、こんな日。私は結構嫌なんだけどね」
「私もよ。というか、今回の集まりはずばりそれね」
「うへぇ」
輝夜は飲んでいた麦酒のグラスをガンと机にかちつけた。その勢いで机に乗っていた料理の皿が一斉に小刻みに震えだす。
何か嫌なことがあったのだろうと、長年の付き合いから察した妹紅は思わず肩をすくめた。
「そもそも、何で女が男にチョコを渡さないといけないのよ。普通逆でしょ、逆。男が女に貢いでこそ男の愛の技量が見れるってものよ」
「ふむふむ」
「別にお金をかけるのが嫌って訳じゃないのよ。ただね、手作りにするか既製品にするか考えなくちゃいけないし、包装にも気を配らないといけないし……」
「ほうほう」
「男は黙って受け取るだけだから、私達がどんなことを考えているか知らないのよね。それがまたいらっとするのよ」
「はいはい」
くどくどとまるで新妻をいびるような姑の如く話を続ける輝夜を尻目に、妹紅は適当に相槌を打ちながら料理を口に運んでいた。
そして、合間を見て彼女は輝夜の言いたいことの核心を聞き出した。
「結局、何が言いたいのさ」
「………今年も……いないのよ」
言いたいことをいい終えたのか輝夜は俯き出し、あからさまに落ち込んだ。どうやら、彼女には文句を言うだけの相手が今年もいないらしい。言うなれば、単なるぐちであった。
そんなうな垂れている輝夜に妹紅ができるフォローは、輝夜の長い髪が料理の入った皿に入らないようにずらすだけであった。
「まぁまぁ。言いたいことは分かった。とりあえずこれでも食っとけ」
そう言って妹紅が渡したのはたこわさ。
少しだけ首を挙げ、輝夜はそれをはしに取り口に放り込む。
「……辛い」
「私は苦手だからね。代わりに食べてくれよ」
笑いながら妹紅が手を伸ばした先には蜂蜜漬けのきゅうりが入った皿。
「あ~、おいし♪」
彼女は甘党であった。
「今日の日替わりフルーツは何かな」
「………前も言ったと思うけど、甘いものは最後にしなさいよ」
「私の勝手でしょ。あ、すいませ~ん」
お品書きを片手に妹紅は店員を呼ぶ。
「日替わりフルーツ盛り合わせを一つ」
「はい!」
「輝夜は?」
「ほっけの開き」
「はい!」
妹紅と輝夜との間に店員の元気のいい声が挟まれる。
店員が向こうに行ったことを確認したところで輝夜は先ほどの話を続けた。
「妹紅は相手がいるの?」
「んにゃ。そんなハイカラな相手はいないよ」
「ハイカラっていうのも変な表現ね。でも、少し安心したわ」
「そいつはどうも」
輝夜の嫌味とも言える言葉に妹紅は食いつかず、代わりに串かつに食いついた。
輝夜のほうもさほど興味がなかったのかお酒を呷っては下品にもゲップをしてしまう。
「きたないなぁ。そんなんだから男は寄ってこないんじゃないのか?」
「貴女の前だからしてるのよ。私だって一応、姫なんだから、相手を見て気をつけてるわよ」
「一応姫」
そう言って笑いながらこちらもお酒を呷った。
「一応、姫よ。くっつけて言うと何か、変な感じがするからやめてよね」
「へいへい」
「なぁ。チョコ渡す相手がいないと不味いのか」
枝豆のさやを口元に当て、実だけを口に放り込んでいく妹紅。
「正直、まずいかも。というか、私は焦ってる」
輝夜のほうも枝豆に手を伸ばしているが、こちらはさやの中から一度実だけを皿に出し、それから箸でつまんで食べていた。
「何、何かあったの?」
「永琳がこっそり用意していたのよ。しかも手紙つきで」
「うわ……マジか?」
「マジよ」
「信じれん。あの堅物が………」
口をあんぐり開けている妹紅。余程信じられないのか、枝豆に手を伸ばすことも忘れているようだ。
「中身までは見なかったけど、あれは絶対にメッセージカードよ」
「相手は?」
妹紅の質問に輝夜は首を横にふる。
「そっか。あの医者も、か。時代は変わったな」
「そうね。過ぎてしまった日々が懐かしく思えるわ」
遠い目で二人は天を仰ぐ。残念ながら天は天でも木造の天井であるが。
どうやらこの二人には永琳がチョコを渡すことがまるで異変のように思えていた。
それはチョコを渡すという俗世の習慣に乗ったことに対してか、あるいはチョコを渡す相手がいたことにか……
「お待たせしました! フルーツの盛り合わせとほっけの開きです! ……ってあれ?」
先ほどの店員が品物を持ってきたのだが、二人は無反応でいた。
その空気に店員は困りながらもそっと机に乗せてそそくさと後を去った。
「結局、今年はどうするの」
フルーツの盛り合わせに入っていた林檎を、妹紅は添えつけられていたフォークで刺していく。
「渡さないっていうのも変じゃない? 女なんだからさ、一応用意しておかないと何か気まずいような気がするのよ」
「そうなの?」
「うちって結構女所帯じゃない。だから誰が用意したかとか、誰が誰に渡したかとかって結構早くに情報が伝わるのよ」
「で?」
「だから、私も用意しておくわけ。誰にも渡す人はいないけど」
「じゃあ、何か。お前はカモフラージュのためだけに用意するって言うのか」
「………そうよ」
輝夜は永遠亭内でチョコレートを用意していないのは自分だけだったら、という状況を作りたくないらしい。そのために自作自演をしようというのだ。
そんな彼女に妹紅は掴んでいたフォークで彼女を指差す。
「それって何って言うか知っているか?」
「……」
「見栄っ張りって言うんだよ。さすがお姫様だな。演技のためだけに用意するなんてそんな発想、普通は出来ないよ」
「うぐぅ」
痛いところを疲れた彼女は思わず唸り声を上げる。
「じゃあ、貴女はどうするのよ」
「私はそんな習慣に興味ない。というわけで用意する気もない」
そう言って妹紅はコップに残っていたお酒を飲み干した。
とは言うものの彼女も全く興味がないわけではなかった。
先日、友人の上白沢 慧音宅をお邪魔したときである。居間の机の上に無造作に置かれていた本に目がついた彼女はなんと無しにぱらぱらと中を見た。
中身はバレンタインの特集。
相手に渡すときどのような言葉を伝えるべきか、ラッピングの方法、また義理を勘違いさせないスゴワザなど色々と載っていた。
それを自分の友人とは言え堅物パート2とも言える彼女がその本を見ていたことに妹紅は思わず、笑いがこみ上げそうになった。
幸い、台所でお茶を用意していた慧音には気づかれなかったが、その日からバレンタインをどうしようか悩む日々が続いていた。
「乙女心は複雑ってか」
「? 何の話よ」
「んにゃ、何でもない」
自分はまだ乙女かねと自嘲しながらお品書きに手を伸ばす妹紅であった。
「やっぱりさ、イチゴと練乳は最高の組み合わせだと思うの。まるで、レミリアにうーのようなものね」
「何よその例え…」
飲み会も終盤にかかり二人はラストオーダーを何にするか考えていた。
「決まった?」
「もち」
「すいません、店員さん」
輝夜が片手を上げ店員に合図を送った。
「はい! ご注文はお決まりでしょうか」
「蒸し鶏と白ゴマのサラダ」
「私は練乳ぶっかけイチゴ。練乳は増し増しにできる?」
「はい、できますよ!」
「じゃ、増し増しで」
「増し増しですね!」
店員はお辞儀をしてから奥へと戻っていった。
それを確認してから妹紅が輝夜の目を見る。
「……何よ?」
「いや、最後にサラダってどうかなって」
「人の勝手でしょ。それなら貴女だって徹頭徹尾、甘味系で攻めたじゃない。そっちの方がおかしいわ」
「残念。最初はから揚げとか食べてたし、問題無しよ」
「胸がむかむかしない? そんなに甘いもの食べてて」
「言うじゃない。甘いものは別腹だって。女の子の特権でしょ」
机の上にはまだ料理が入った皿が残っている。
定番のから揚げや、枝豆などは早めに手をつけたお陰でからになっている。
代わりに、居酒屋では微妙なひじきの和え物などはまだ残っていた。
「女の子、ね」
「何? 言っちゃ駄目なの」
「そういうわけじゃないけど。ほら、私達って蓬莱の薬飲んだでしょ。それを考えると体はそうでも心が……って引っかかるのよ」
「ああ、ああ、ああ……確かに」
輝夜の言葉に妹紅は納得する。
自分たちに死は訪れない。薬を飲んだときから肉体は変わらない。しかし、心は絶えず、変化する。時代により、環境により、周りによって否応無しに変えられる。
それを思い出されたからこそ妹紅の言葉は尻すぼみに返していた。
「心が変わるか」
「ええ。……永琳がチョコを送るのもそれが原因なのかもね」
「……身内なんだから、原因って言うなよ。せめてお陰って言ってあげなよ」
「そうね。失礼だったわよね」
ごめんね、といいながら輝夜は謝った。
輝夜の言葉に妹紅も思うところはある。
矛先はもちろん自分の友人。あれほど堅物な彼女がバレンタインにうつつを抜かす時代が来るとは、考えもしなかった。
彼女は純真な心を持つ女性だ。人間の味方をし、ひねくれている妹紅や輝夜の相手もしてくれる。その根底には人間が大好きというのがある、妹紅はそう思っていた。
だから、人間がこういった外の世界のお祭りに感化されれば、慧音も感化される。
彼女は今の幻想郷を楽しんでいるのだろう。まるで女の子みたいに。
「私達って結局、女の子なのかもね」
「? 今日の貴女、ずいぶん悟ったような発言が多いわね」
「酔ってるからさ」
妹紅は笑いながらラストオーダーがくるのを楽しみに待っていた。
「えっと、結局何杯飲んだ?」
「私は麦酒3で、梅酒4」
「私は麦酒2でざくろ、あんず、梅酒かな」
「相変らず果実系で攻めたわね」
「これでも少ない方かな」
居酒屋をあとにした二人は暗い中、人里内を点々と歩いていた。
輝夜は今回も結構飲んだ方らしく、月の明かりで顔が真っ赤なのがありありと見えていた。
妹紅は割りと平気なのか、顔色は来たときと全く変わっていない。
肩を並べて歩く二人。話題は次第にバレンタインの方に戻っていった。
「で、用意する?」
「………あ~、そのことなんだけど。あんだけ嫌だって言ったけど、用意するわ」
「ホント? 貴女も私の仲間ね」
「違う、違う。私は渡す人がいるの」
妹紅の言葉を聞いて輝夜は石のように固まった。
そしてまるで錆付いた人形のように首を彼女に向けて言葉を紡ぐ。
「い、いたの?」
「いたっていうか……慧音に渡そうかなって」
「…………」
今度は慌てて輝夜は妹紅から離れた。
「待て待て。そんな怪しい意味ではないぞ。これはただのお礼なんだから」
「お礼?」
「そ、お礼。前にね、その手の本を読んだことがあるんだけど、バレンタインに渡すチョコは好意だけじゃなく、感謝の意味もあるんだって。私は慧音に色々迷惑掛けてるからな、そのお返しをしようって思ったの」
空を仰ぎながら妹紅は自分の考えを言葉にした。
人里との仲を取り持ってもらったことや、食事の世話をされたこともあった。それを思い返すとやはり彼女には感謝をせずにはいられない。自然とそういう気持ちになっていた。その気持ちを伝えようと彼女は用意する気になっていた。
離れて歩いていた輝夜も思うところがあるのか二人の距離はしだいに縮まる。
「いわれてみれば、私も永琳には世話になっているわね」
「私達ってあの二人がいないと駄目なひもだな」
「できれば脱却したいけどね」
元の距離になったところで輝夜は一人頷いた。
「私も用意してみますか、本気で。妹紅の案に乗るのがちょっと癪だけど」
「カモフラージュして自己満足で終わらせるような思いするよりましだろ」
「全くね」
「で、肝心のチョコ、どうする?」
「あ、考えてなかった」
「この時間だと店にはないわね。というか閉まってるに違いないわ」
「あ~どうするかな」
ぶつぶつとどうしようかと呟く妹紅。
輝夜もどうしようかと思案していると、ふと目の前に伸びる自分の影に目が止まった。
そしてゆっくりと上の方を見上げる。
丸く青白い月が夜空に浮かんでいた。
「妹紅、チョコが大量に保管されてるいい場所があるわ」
「あ? そんなところあるの?」
「あれよ、あれ。あれ見て」
指差す輝夜の先には先ほどの青白い月。
「月に行くって言うのか? それは無理だろ、お姫様」
「違う、そうじゃなくて。あの丸い月、何か思い出さない」
「……………?」
「ヒント、明けない夜」
「! なるほど。確かにあそこならありそうだな」
輝夜の意図に妹紅は思わず意地の悪い笑みを浮かべた。
「それじゃあ、行きましょうか」
「ああ。前は向こうから来たんだ。こっちから攻めても文句はないよな!」
「目標は大量のチョコね♪」
妹紅の背中から火の鳥を想起させるような翼が広がる。
差し出された輝夜の手を握り、彼女は力強く大地を踏みしめ、そして夜空へと飛翔した。
二人が向かった先は霧の湖の方角。そしてそこにある紅魔館。
紅魔館を襲撃しに来た二人はまるで黒白の魔法使いと七色の人形師のコンビみたいだったと某門番は叫んでいた。
後日談
「姫、ちょっといいいですか」
「ん、何?」
「これを……ハッピーバレンタインです」
「!? これを、私に? え、うそ?」
「はい。日頃のお礼です」
「そ、そう。なら私からもこれをあげるわ」
「え? もしかして……」
「部屋の中で開けること。私の命令よ」
「妹紅、ちょっと……」
「ん、どしたの?」
「ほら、これだ。その、ハッピーバレンタインだ」
「わ、ホントに? いや~慧音がこんなのに乗ってくれるなんてな。意外だ」
「ま、まぁ、偶にはいいかなと思ってな」
「そっか。なら私も偶にならいいよな、これ…」
「妹紅!?」
「あはは、お返しだよ」
後日談の後日談
「今日も集まっていただきました。酔って酔って吐いて寝込んで、お馴染みの蓬莱人輝夜と妹紅がお伝えいたします」
「何よ、このナレーションチックなの」
「ま、ノリでっていうことで」
今日も今日とて居酒屋に集まった二人。2月15日の今日は、昨日あったことの報告会を行うことになっていた。
「あっそ。で、『バ』の日はどうだった」
「喜んでくれたと思うわ」
「そっか。私も嬉しそうだったぞ」
「それは何よりね」
とりあえず、無事渡すことできたということが分かりほっとした。
「私ね。永琳のチョコ見たって言ったでしょ。あれ、私宛だったの」
「マジ? じゃあ、もしかしてあの医者にはその気が」
「違うわよ。その……感謝の方向だったわ(たぶん)」
「おお、よかったよかった。実は私も貰ったんだ。もちろん感謝の意味でね」
「えっ? 慧音も用意してたの? って言うか、お互い交換になったっていうの」
「だね」
相方は誰に渡すのかと勘ぐっていたあの飲み会は何だったのか。
「ま、いっか」
「……ある意味よくないかな」
「どうして?」
「慧音から貰ったやつ、メッセージカードが書いてあったんだ」
妹紅はもんぺのポケットに手を入れ中から白い紙を取り出す。
輝夜は見てもいいものかと目くばせをする。
「どうぞ」
「なになに」
『べ、べつにあんたのためにつくったわけじゃないんだからからね。そ、そうよこれはお礼なんだから、勘違いしないでよね』
「………」
「ほら、慧音ってさ普段真面目じゃん。だからこういうイベントのときはそのはじけるというか、周りに合わせるというか、私も何が言いたいか分からないんだけど、要するに慧音っぽくならないの」
慌てて自分の友人のフォローに走るが輝夜は全くの無反応だった。
彼女もまた慧音のことをよく知っている人物なのでこれにはどういう反応していいか分からずいる。
そして、少し時間を置いてから輝夜もポケットから折りたたまれた白い紙を取り出し机の上に置いた。
妹紅はそれを広げると中には文字が書かれていた。
『これからも私と仲良くしてね、ひめ(はぁと)』
「………」
「貴女の言いたいことは分かるわ。これのどこが感謝なんだ、でしょ」
「ああ」
「私はそう思いたいの。だからこれは感謝なの。いいわね」
二人の間に沈黙が漂う。
二人の相棒はどこかおかしい。それが垣間見えた今回のバレンタインだった。
これから先、二人はまた千年の歴史を生きていく。そのたびに2月14日を迎えるとどのような反応をするのか。
「「感謝って何かしらね………」」
読んでなくてもほぼいけます。
「じゃ、始めるとしますか」
「ん」
「「かんぱーい!!!」」
掲げたグラスをぶつけ合い、そして中に入っていた麦酒を一気に呷る二人。
「んぐんぐ………ああ、うまい!」
口元についた泡を袖でぬぐうは藤原 妹紅。
「ごくごく………はぁ、生きかえるぅ」
ほぅ、と息を吐くは蓬莱山 輝夜。
夜に集まり、二人は人里内の居酒屋で酒を飲んでいた。
先日の一件後も、二人は折を見ては飲むようになった。
今回は輝夜のお誘いで飲み会うことになった二人。お座敷に陣取った二人の間には木のテーブルとその上に乗った数々の料理と酒。
お互いの取り皿に料理を乗せては談笑を交えていった。
たまには酒でも飲んで 2
「で、今回は何?」
串に刺さった焼き鳥をかじりながら妹紅は輝夜に話をふった。
「明日、何の日か知ってるよね」
「明日?」
そう言って妹紅は今日が何日だったか、思い出す。
「今日が2月13日だから、明日は14日だね」
「そうよ。即ち?」
「……?」
輝夜からの質問に妹紅は見当がつかず、首を傾げた。
「『バ』のつく日よ」
「『バ』? ………ああ、ああ。バン・アレン帯!」
「そのネタを知ってるってことはホントは知ってるでしょう?」
「へへっ、ばれたか」
輝夜の突っ込みに妹紅は苦笑した。
「一体誰が考えたんだろうね、こんな日。私は結構嫌なんだけどね」
「私もよ。というか、今回の集まりはずばりそれね」
「うへぇ」
輝夜は飲んでいた麦酒のグラスをガンと机にかちつけた。その勢いで机に乗っていた料理の皿が一斉に小刻みに震えだす。
何か嫌なことがあったのだろうと、長年の付き合いから察した妹紅は思わず肩をすくめた。
「そもそも、何で女が男にチョコを渡さないといけないのよ。普通逆でしょ、逆。男が女に貢いでこそ男の愛の技量が見れるってものよ」
「ふむふむ」
「別にお金をかけるのが嫌って訳じゃないのよ。ただね、手作りにするか既製品にするか考えなくちゃいけないし、包装にも気を配らないといけないし……」
「ほうほう」
「男は黙って受け取るだけだから、私達がどんなことを考えているか知らないのよね。それがまたいらっとするのよ」
「はいはい」
くどくどとまるで新妻をいびるような姑の如く話を続ける輝夜を尻目に、妹紅は適当に相槌を打ちながら料理を口に運んでいた。
そして、合間を見て彼女は輝夜の言いたいことの核心を聞き出した。
「結局、何が言いたいのさ」
「………今年も……いないのよ」
言いたいことをいい終えたのか輝夜は俯き出し、あからさまに落ち込んだ。どうやら、彼女には文句を言うだけの相手が今年もいないらしい。言うなれば、単なるぐちであった。
そんなうな垂れている輝夜に妹紅ができるフォローは、輝夜の長い髪が料理の入った皿に入らないようにずらすだけであった。
「まぁまぁ。言いたいことは分かった。とりあえずこれでも食っとけ」
そう言って妹紅が渡したのはたこわさ。
少しだけ首を挙げ、輝夜はそれをはしに取り口に放り込む。
「……辛い」
「私は苦手だからね。代わりに食べてくれよ」
笑いながら妹紅が手を伸ばした先には蜂蜜漬けのきゅうりが入った皿。
「あ~、おいし♪」
彼女は甘党であった。
「今日の日替わりフルーツは何かな」
「………前も言ったと思うけど、甘いものは最後にしなさいよ」
「私の勝手でしょ。あ、すいませ~ん」
お品書きを片手に妹紅は店員を呼ぶ。
「日替わりフルーツ盛り合わせを一つ」
「はい!」
「輝夜は?」
「ほっけの開き」
「はい!」
妹紅と輝夜との間に店員の元気のいい声が挟まれる。
店員が向こうに行ったことを確認したところで輝夜は先ほどの話を続けた。
「妹紅は相手がいるの?」
「んにゃ。そんなハイカラな相手はいないよ」
「ハイカラっていうのも変な表現ね。でも、少し安心したわ」
「そいつはどうも」
輝夜の嫌味とも言える言葉に妹紅は食いつかず、代わりに串かつに食いついた。
輝夜のほうもさほど興味がなかったのかお酒を呷っては下品にもゲップをしてしまう。
「きたないなぁ。そんなんだから男は寄ってこないんじゃないのか?」
「貴女の前だからしてるのよ。私だって一応、姫なんだから、相手を見て気をつけてるわよ」
「一応姫」
そう言って笑いながらこちらもお酒を呷った。
「一応、姫よ。くっつけて言うと何か、変な感じがするからやめてよね」
「へいへい」
「なぁ。チョコ渡す相手がいないと不味いのか」
枝豆のさやを口元に当て、実だけを口に放り込んでいく妹紅。
「正直、まずいかも。というか、私は焦ってる」
輝夜のほうも枝豆に手を伸ばしているが、こちらはさやの中から一度実だけを皿に出し、それから箸でつまんで食べていた。
「何、何かあったの?」
「永琳がこっそり用意していたのよ。しかも手紙つきで」
「うわ……マジか?」
「マジよ」
「信じれん。あの堅物が………」
口をあんぐり開けている妹紅。余程信じられないのか、枝豆に手を伸ばすことも忘れているようだ。
「中身までは見なかったけど、あれは絶対にメッセージカードよ」
「相手は?」
妹紅の質問に輝夜は首を横にふる。
「そっか。あの医者も、か。時代は変わったな」
「そうね。過ぎてしまった日々が懐かしく思えるわ」
遠い目で二人は天を仰ぐ。残念ながら天は天でも木造の天井であるが。
どうやらこの二人には永琳がチョコを渡すことがまるで異変のように思えていた。
それはチョコを渡すという俗世の習慣に乗ったことに対してか、あるいはチョコを渡す相手がいたことにか……
「お待たせしました! フルーツの盛り合わせとほっけの開きです! ……ってあれ?」
先ほどの店員が品物を持ってきたのだが、二人は無反応でいた。
その空気に店員は困りながらもそっと机に乗せてそそくさと後を去った。
「結局、今年はどうするの」
フルーツの盛り合わせに入っていた林檎を、妹紅は添えつけられていたフォークで刺していく。
「渡さないっていうのも変じゃない? 女なんだからさ、一応用意しておかないと何か気まずいような気がするのよ」
「そうなの?」
「うちって結構女所帯じゃない。だから誰が用意したかとか、誰が誰に渡したかとかって結構早くに情報が伝わるのよ」
「で?」
「だから、私も用意しておくわけ。誰にも渡す人はいないけど」
「じゃあ、何か。お前はカモフラージュのためだけに用意するって言うのか」
「………そうよ」
輝夜は永遠亭内でチョコレートを用意していないのは自分だけだったら、という状況を作りたくないらしい。そのために自作自演をしようというのだ。
そんな彼女に妹紅は掴んでいたフォークで彼女を指差す。
「それって何って言うか知っているか?」
「……」
「見栄っ張りって言うんだよ。さすがお姫様だな。演技のためだけに用意するなんてそんな発想、普通は出来ないよ」
「うぐぅ」
痛いところを疲れた彼女は思わず唸り声を上げる。
「じゃあ、貴女はどうするのよ」
「私はそんな習慣に興味ない。というわけで用意する気もない」
そう言って妹紅はコップに残っていたお酒を飲み干した。
とは言うものの彼女も全く興味がないわけではなかった。
先日、友人の上白沢 慧音宅をお邪魔したときである。居間の机の上に無造作に置かれていた本に目がついた彼女はなんと無しにぱらぱらと中を見た。
中身はバレンタインの特集。
相手に渡すときどのような言葉を伝えるべきか、ラッピングの方法、また義理を勘違いさせないスゴワザなど色々と載っていた。
それを自分の友人とは言え堅物パート2とも言える彼女がその本を見ていたことに妹紅は思わず、笑いがこみ上げそうになった。
幸い、台所でお茶を用意していた慧音には気づかれなかったが、その日からバレンタインをどうしようか悩む日々が続いていた。
「乙女心は複雑ってか」
「? 何の話よ」
「んにゃ、何でもない」
自分はまだ乙女かねと自嘲しながらお品書きに手を伸ばす妹紅であった。
「やっぱりさ、イチゴと練乳は最高の組み合わせだと思うの。まるで、レミリアにうーのようなものね」
「何よその例え…」
飲み会も終盤にかかり二人はラストオーダーを何にするか考えていた。
「決まった?」
「もち」
「すいません、店員さん」
輝夜が片手を上げ店員に合図を送った。
「はい! ご注文はお決まりでしょうか」
「蒸し鶏と白ゴマのサラダ」
「私は練乳ぶっかけイチゴ。練乳は増し増しにできる?」
「はい、できますよ!」
「じゃ、増し増しで」
「増し増しですね!」
店員はお辞儀をしてから奥へと戻っていった。
それを確認してから妹紅が輝夜の目を見る。
「……何よ?」
「いや、最後にサラダってどうかなって」
「人の勝手でしょ。それなら貴女だって徹頭徹尾、甘味系で攻めたじゃない。そっちの方がおかしいわ」
「残念。最初はから揚げとか食べてたし、問題無しよ」
「胸がむかむかしない? そんなに甘いもの食べてて」
「言うじゃない。甘いものは別腹だって。女の子の特権でしょ」
机の上にはまだ料理が入った皿が残っている。
定番のから揚げや、枝豆などは早めに手をつけたお陰でからになっている。
代わりに、居酒屋では微妙なひじきの和え物などはまだ残っていた。
「女の子、ね」
「何? 言っちゃ駄目なの」
「そういうわけじゃないけど。ほら、私達って蓬莱の薬飲んだでしょ。それを考えると体はそうでも心が……って引っかかるのよ」
「ああ、ああ、ああ……確かに」
輝夜の言葉に妹紅は納得する。
自分たちに死は訪れない。薬を飲んだときから肉体は変わらない。しかし、心は絶えず、変化する。時代により、環境により、周りによって否応無しに変えられる。
それを思い出されたからこそ妹紅の言葉は尻すぼみに返していた。
「心が変わるか」
「ええ。……永琳がチョコを送るのもそれが原因なのかもね」
「……身内なんだから、原因って言うなよ。せめてお陰って言ってあげなよ」
「そうね。失礼だったわよね」
ごめんね、といいながら輝夜は謝った。
輝夜の言葉に妹紅も思うところはある。
矛先はもちろん自分の友人。あれほど堅物な彼女がバレンタインにうつつを抜かす時代が来るとは、考えもしなかった。
彼女は純真な心を持つ女性だ。人間の味方をし、ひねくれている妹紅や輝夜の相手もしてくれる。その根底には人間が大好きというのがある、妹紅はそう思っていた。
だから、人間がこういった外の世界のお祭りに感化されれば、慧音も感化される。
彼女は今の幻想郷を楽しんでいるのだろう。まるで女の子みたいに。
「私達って結局、女の子なのかもね」
「? 今日の貴女、ずいぶん悟ったような発言が多いわね」
「酔ってるからさ」
妹紅は笑いながらラストオーダーがくるのを楽しみに待っていた。
「えっと、結局何杯飲んだ?」
「私は麦酒3で、梅酒4」
「私は麦酒2でざくろ、あんず、梅酒かな」
「相変らず果実系で攻めたわね」
「これでも少ない方かな」
居酒屋をあとにした二人は暗い中、人里内を点々と歩いていた。
輝夜は今回も結構飲んだ方らしく、月の明かりで顔が真っ赤なのがありありと見えていた。
妹紅は割りと平気なのか、顔色は来たときと全く変わっていない。
肩を並べて歩く二人。話題は次第にバレンタインの方に戻っていった。
「で、用意する?」
「………あ~、そのことなんだけど。あんだけ嫌だって言ったけど、用意するわ」
「ホント? 貴女も私の仲間ね」
「違う、違う。私は渡す人がいるの」
妹紅の言葉を聞いて輝夜は石のように固まった。
そしてまるで錆付いた人形のように首を彼女に向けて言葉を紡ぐ。
「い、いたの?」
「いたっていうか……慧音に渡そうかなって」
「…………」
今度は慌てて輝夜は妹紅から離れた。
「待て待て。そんな怪しい意味ではないぞ。これはただのお礼なんだから」
「お礼?」
「そ、お礼。前にね、その手の本を読んだことがあるんだけど、バレンタインに渡すチョコは好意だけじゃなく、感謝の意味もあるんだって。私は慧音に色々迷惑掛けてるからな、そのお返しをしようって思ったの」
空を仰ぎながら妹紅は自分の考えを言葉にした。
人里との仲を取り持ってもらったことや、食事の世話をされたこともあった。それを思い返すとやはり彼女には感謝をせずにはいられない。自然とそういう気持ちになっていた。その気持ちを伝えようと彼女は用意する気になっていた。
離れて歩いていた輝夜も思うところがあるのか二人の距離はしだいに縮まる。
「いわれてみれば、私も永琳には世話になっているわね」
「私達ってあの二人がいないと駄目なひもだな」
「できれば脱却したいけどね」
元の距離になったところで輝夜は一人頷いた。
「私も用意してみますか、本気で。妹紅の案に乗るのがちょっと癪だけど」
「カモフラージュして自己満足で終わらせるような思いするよりましだろ」
「全くね」
「で、肝心のチョコ、どうする?」
「あ、考えてなかった」
「この時間だと店にはないわね。というか閉まってるに違いないわ」
「あ~どうするかな」
ぶつぶつとどうしようかと呟く妹紅。
輝夜もどうしようかと思案していると、ふと目の前に伸びる自分の影に目が止まった。
そしてゆっくりと上の方を見上げる。
丸く青白い月が夜空に浮かんでいた。
「妹紅、チョコが大量に保管されてるいい場所があるわ」
「あ? そんなところあるの?」
「あれよ、あれ。あれ見て」
指差す輝夜の先には先ほどの青白い月。
「月に行くって言うのか? それは無理だろ、お姫様」
「違う、そうじゃなくて。あの丸い月、何か思い出さない」
「……………?」
「ヒント、明けない夜」
「! なるほど。確かにあそこならありそうだな」
輝夜の意図に妹紅は思わず意地の悪い笑みを浮かべた。
「それじゃあ、行きましょうか」
「ああ。前は向こうから来たんだ。こっちから攻めても文句はないよな!」
「目標は大量のチョコね♪」
妹紅の背中から火の鳥を想起させるような翼が広がる。
差し出された輝夜の手を握り、彼女は力強く大地を踏みしめ、そして夜空へと飛翔した。
二人が向かった先は霧の湖の方角。そしてそこにある紅魔館。
紅魔館を襲撃しに来た二人はまるで黒白の魔法使いと七色の人形師のコンビみたいだったと某門番は叫んでいた。
後日談
「姫、ちょっといいいですか」
「ん、何?」
「これを……ハッピーバレンタインです」
「!? これを、私に? え、うそ?」
「はい。日頃のお礼です」
「そ、そう。なら私からもこれをあげるわ」
「え? もしかして……」
「部屋の中で開けること。私の命令よ」
「妹紅、ちょっと……」
「ん、どしたの?」
「ほら、これだ。その、ハッピーバレンタインだ」
「わ、ホントに? いや~慧音がこんなのに乗ってくれるなんてな。意外だ」
「ま、まぁ、偶にはいいかなと思ってな」
「そっか。なら私も偶にならいいよな、これ…」
「妹紅!?」
「あはは、お返しだよ」
後日談の後日談
「今日も集まっていただきました。酔って酔って吐いて寝込んで、お馴染みの蓬莱人輝夜と妹紅がお伝えいたします」
「何よ、このナレーションチックなの」
「ま、ノリでっていうことで」
今日も今日とて居酒屋に集まった二人。2月15日の今日は、昨日あったことの報告会を行うことになっていた。
「あっそ。で、『バ』の日はどうだった」
「喜んでくれたと思うわ」
「そっか。私も嬉しそうだったぞ」
「それは何よりね」
とりあえず、無事渡すことできたということが分かりほっとした。
「私ね。永琳のチョコ見たって言ったでしょ。あれ、私宛だったの」
「マジ? じゃあ、もしかしてあの医者にはその気が」
「違うわよ。その……感謝の方向だったわ(たぶん)」
「おお、よかったよかった。実は私も貰ったんだ。もちろん感謝の意味でね」
「えっ? 慧音も用意してたの? って言うか、お互い交換になったっていうの」
「だね」
相方は誰に渡すのかと勘ぐっていたあの飲み会は何だったのか。
「ま、いっか」
「……ある意味よくないかな」
「どうして?」
「慧音から貰ったやつ、メッセージカードが書いてあったんだ」
妹紅はもんぺのポケットに手を入れ中から白い紙を取り出す。
輝夜は見てもいいものかと目くばせをする。
「どうぞ」
「なになに」
『べ、べつにあんたのためにつくったわけじゃないんだからからね。そ、そうよこれはお礼なんだから、勘違いしないでよね』
「………」
「ほら、慧音ってさ普段真面目じゃん。だからこういうイベントのときはそのはじけるというか、周りに合わせるというか、私も何が言いたいか分からないんだけど、要するに慧音っぽくならないの」
慌てて自分の友人のフォローに走るが輝夜は全くの無反応だった。
彼女もまた慧音のことをよく知っている人物なのでこれにはどういう反応していいか分からずいる。
そして、少し時間を置いてから輝夜もポケットから折りたたまれた白い紙を取り出し机の上に置いた。
妹紅はそれを広げると中には文字が書かれていた。
『これからも私と仲良くしてね、ひめ(はぁと)』
「………」
「貴女の言いたいことは分かるわ。これのどこが感謝なんだ、でしょ」
「ああ」
「私はそう思いたいの。だからこれは感謝なの。いいわね」
二人の間に沈黙が漂う。
二人の相棒はどこかおかしい。それが垣間見えた今回のバレンタインだった。
これから先、二人はまた千年の歴史を生きていく。そのたびに2月14日を迎えるとどのような反応をするのか。
「「感謝って何かしらね………」」