世の中にもっとも暑い夏が訪れた。
さすがのレティも、雪(冬)の妖怪ゆえに、暑さに弱く、今はいつもの湖を離れ、魔法の森や妖怪の山の近くにある、洞窟に身を潜めていた。
湖から離れるとき、チルノは泣いているのか、笑っているのか、よくわからない泣き笑いで見送ってくれた。
たぶん、彼女は笑って送り出したかったのだろう。
別れるわたしに心配をかけたくなかったのだろう。
でも、やはり一人淋しいのか、泣いてしまったのだろう。
そんな彼女のかわいらしい仕草に心なごませながら、わたしは離れた。
離れているのは、暑い夏が終わるまで、そして、過ごしやすい秋から冬の季節が訪れる短い期間なのだから、そんなに彼女を待たせることはないだろう。
そんなチルノのことを思いながら、わたしは洞窟の中で過ごす。
洞窟といっても、ただ、暗いだけじゃない。
最初は暗くとも、しばらくたてば、目に見えてくるものがある。
それは、洞窟の中で暮らすこうもりだったり、淡い光を放つコケだったり、地下水が漏れて鍾乳石を作ったりっと、洞窟の中にはイロイロなものがある。
そんな洞窟の中をわたしは探検をする。
暇つぶしの一つとして・・・。
たとえば、わたしが好きなところは、風が吹き込む風穴であったり、日の届かぬ奥のほうで冷たい水を湛える湧き水の湖などの涼しい場所・・・。
【まあ、湧き水を凍らせて、氷穴としてしまうときもあるわ】
(そういう場所を探すのが目的なのだけど、今回選んだ洞窟はどうやら、思った以上に広いようね・・・)
と、わたしは思いながら、手を壁に触れながら奥へと進む。
洞窟の構造はわき道もあまりなく、迷うほうがおかしいくらい簡単な一本道だった。
「おい、そこの。
そこから先に行くといいことないよ」
洞窟の上のほうから、わたしに声をかけるものがいた。
「だれ?」
わたしの問う声に、声の主ではなく、糸が擦れる音が返ってくる。
次第にその擦れる音が大きくなると、目の前に逆さまの茶色の少女が現れた。
背後に自分の身体を吊るした、白く輝く糸は見えない天井から伸びており、それを器用に足を使って降りて来たようである。
少女は、えいっ!と一言言って、身体を反転させる。
背後の糸が切れて、身体が宙を舞うや否や、両足を地面につけて、腕を組み、あまり目つきの良くない目をこちらに向けて着地する。
「あなたは…土蜘蛛さん?」
「見たらわかるでしょう?
一応、名乗っておくけど、私は黒谷ヤマメ。
地獄へ続く隋道に住まうものさ」
「地獄・・・」
「そう地獄だよ。
だから、この先行ってもいいことはないよ。
もしわからないで来たのならば、さっさと地上へ帰ったほうが身のためだよ・・・」
わたしはちょっと考えてみた。
(地獄なら、暑い炎熱地獄もあるけど、寒い氷結地獄もあるわね・・・)
「ねえ、土蜘蛛さん。
もし、地獄なら、寒い氷結地獄もあるわよね?」
「ああ、そういうのもあるらしいね」
「なら、わたしをそこに連れて行ってもらえないかしら?
外は暑くて、耐えるのもツライわ・・・」
「普通だったら、行かないもんだよ。
それもわざわざ氷結地獄に行くなんて・・・」
「外にいても地獄なら、居心地のいい地獄のほうがいいわ。
雪の妖怪にはね・・・」
わたしの言葉に合点がいったのか、ヤマメは相打ちを打った。
「なるほど、雪の妖怪なら氷結にも耐えられるのもわかるわ・・・。
それに、私と一緒にいても問題ないというのもわかるわね。
あなたから発する冷気が、私の『病の気』を寄せ付けないというわけね」
「まあ、雪の妖怪が風邪をひくということはないけど・・・。」
わたしは『病の気』を気にして、周りを見るが、全くどこにあるか感じることはできなかった。
そんな様子を見ていたヤマメはクスリと笑みを漏らした。
そして残念そうな顔をしてわたしに言った。
「でも、氷結地獄に行くためには、炎熱地獄を越えないといけないわよ。
まあその前に旧都に行って、許可を貰う必要もあるわ・・・」
「あら、それは残念。
せっかく、夏の日に氷結地獄が拝めると思ったのに・・・。
そこまでなんとか、連れて行ってくれないかしら?」
「私には無理だね。
地獄に住んでいるとはいえ、浅い隋道だし旧都のお祭りに行くぐらいしかないから・・・」
「なんだ、思ったより地獄の住人ではないのね」
彼女はわたしの言葉にすまなそうな顔をしていた。
最初会ったときの強面の顔からは想像できないくらいの表情だった。
わたしはこれ以上進展がないことをさとって、諦めの仕草を見せた。
「仕方がないわね。
どうせ、地獄に物見遊山にも行けないみたいだし・・・
かと言って、外にも出たくないし・・・。
そうだ、短い時間だけど、話し相手になってもらおうかしら?
どうせ、こんなところにいるのだから暇でしょう?」
「暇とはなによ。
お前のようなモノが地獄に行かないように見回っているんだぞ」
「でも、友達はいないわよね?
あなたの病の気が邪魔していそうだし・・・」
わたしの言葉にヤマメの顔が一気に赤く染まる。
どうやら図星のようだ。
「私にだって、キスメという仲良しが・・・」
「まあ、いるんだったら、その子も呼んで・・・」
洞窟内に響く二人の声。
いつもなら静かな洞窟も、しばらくは賑やかが続きそうである。
それは夏の暑さが生み出す、陽炎のようなものかもしれない。
でも、彼女達にとっては楽しい現実なのであった。
レティの夏。日本の夏 了
ちょっと他の奴も見てみようかな。
続き楽しみです
姉か母かのように自分をしたってくれる子をおいて行く際に、微笑ましいという
だけなのはちょっと心の機微が分かりません。
他には、冬の妖怪たる彼女は何年もこうして過ごしてきた筈で、それをこの段に
なってから地獄への道に至った所にも二次創作としての理由付が欲しかった様に
思います。
続きに期待します。