私が初めてここに来た…、否、拾われたのは、数年前の事。
暗闇の中のボロボロの私を、見知らぬ夜の王様は、何の躊躇もなく拾って。
私に知り合いなど、居なかった。
居ないのには慣れたけれど、怖かった。
でも抵抗はおろか、「誰?」という言葉も、出てこなかった。
連れられてやってきたのは、赤い紅い、立派な館だった。
私はどうなるんだろう…、なんて。そんな感情さえも、もう思い浮かばなかった。
でも、逃げようとは、思わなくて。
-------------------------
その日はもう闇夜だった。
空を見上げると、ちょっと欠けた月が見えた。
館の中に入ると、不気味な明るさを感じた。
夜の王様は、私に向かって。
「自己紹介が遅くなったわね。…私は、レミリア・スカーレット。この館の館長、よ。」
そう告げた。
でも、意識も身体も朦朧としていた私には、何がなんだか、よく分からなかった。
きっと、俯いていたのだろう。
夜の王様――レミリア様は、私の顎をくいと上げて。
レミリア様の赤い紅い目が、私を見ていて。
…その後の事は、よく、覚えていなかった。
-------------------------
翌朝目が覚める。
…朝、といっても、部屋には窓も明かりもなく、私の体内時計によるものだけれど。
私はどうやら、とても大きなベッドの上で寝ていたようで。
すぐ隣には、何やら、冷たくて温かい、人のような感触。
でも誰かなんて分からなくて、しょうがないから身体を起こした。
目を軽くこすり、暗い部屋に慣らしていく。
ふと見回すと、扉の下から、僅かに光が漏れていた。
私はとりあえず、扉を開けて、出た。
長い長い、廊下だった。
不気味な明るさは、ちょっぴり怖くて。
どこかに行こうか、という考えも出てきたけれど。
見知らぬ場所で無闇矢鱈と行動するのは危険だと、分かっていたから。
結局私は、寝ていた部屋に戻った。
お腹が鳴った。
当然だろう、昨日の夜から、何も食べてなかったから。
…昨日の昼も、朝も、その前も、まるで食べ物なんて言えるようなものは、なかったけれど。
この位なら、耐えられる。
そう決めつけて、ベッドに寝転がって、ぼんやりとしていた。
-------------------------
夕方になって、隣で何かが動く気配を感じた。
それと同時に、部屋が、うすら明るくなっていった。
一瞬、身体を震わせた。
すると隣で寝ていた誰かは、こちらに顔を向けた。
…レミリア様、だった。
「おはよう。」
……私はなんて返していいのか、浮かんでこなくて。
こく、と軽く頷くだけだった。
「…ん、まぁいいわ」 そう言って、私を抱えるように身体を起こした。
きゅる、と私のお腹が鳴って。
レミリア様は、クスリと笑って。
「お腹が空いたの? ……ごめんなさいね、こんなに待たせちゃって。」
そう言って、パチン、と指を鳴らした。
すると、ベッドの腋にあったテーブルに、温かいミルクや、綺麗に焼けたパンが現れて。
私は何がなんだか、よく分からなくて。
「え……」と、軽く声を漏らして、レミリア様の目を、見て。
「どうぞ食べて。まずは腹ごしらえをしましょ。」
そう、笑顔で言われた。
……考えるよりも前に、パンにかぶりついていた。
パンは何度か食べた事はあったけれど、こんなに美味しいのは、滅多にありつけるものではなかった。
ミルクも、がぶ飲みした。喉が乾いてしょうがなかったから。
レミリア様は嬉しそうに微笑んで。
「美味しい?」
…やっぱり、なんて返せばいいのか浮かんでこなくて。
こく、と軽く頷いた。
……でもきっと、笑顔だったんだろう。
「ふふ。良かったわ。……さて、ねぇ。1つ質問してもいいかしら?」
―質問。 ……答えられる気がしない。
でも私は、やはり、頷いてしまった。
「…あなたの、名前は何?」
―名前。……そんなもの、最初からなかった。
黙るしか、なかった。
「……答えられないの?」
―なんだか、泣きそうになった。
ほんとうに小さく、頷いて。
「…そう。」
「ご、めん、…なさい…。」
そんな言葉が、考える前に出てきて。
みるみる頭がぐちゃぐちゃになってきて。
怒られるんじゃないか、叩かれるんじゃないか。
そう思ってくると、恐怖が止まらなくて。
肩がわなわな震えて、涙がポロッと、目から流れて。
「……ごめんなさいね、嫌な思い、させちゃったかしら?」
そう言われて、軽く、頭を撫でられた。
自分のぐちゃぐちゃな感覚に加えて、撫でられる変な感触に、私はかき乱されて。
名前を聞かれて、泣きそうになっている。
その事が自分にもっと突き刺さって。
自分が惨めで、情けなくて、憎くて。
どんどん、自分に突き刺さっていく。
その度に、涙があふれて。
…レミリア様に、抱きしめられて。
「…大丈夫。そんな、怯えたりしないで。私は襲ったりしないから。」
包まれる感触が。
レミリア様の温もりが。
優しい声が。
私の頭に響く。
苦しくて、苦しくて、しょうがなかった。
嗚咽で返事をすることしか、できなかった。
-------------------------
暫く抱きしめられて、落ち着きを取り戻した私に、レミリア様は言った。
「あなたに名前をつけてあげる。」
私は驚いて、びく、と震えた。
レミリア様は、クスっと笑って、頭を撫でて。
「……咲夜。十六夜、咲夜。」
目と目を合わせて、笑顔で告げられた、私の名前。
「どうかしら?」
私は、受け入れるしか、選択肢はなかった。
また、こくりと頷いた。
「…ん、なら、決まりね。これからあなたは、十六夜咲夜、よ。」
「いざよい…さく、や…。」
なんだか嬉しくて、ぼそぼそと、何度か口に出した。
「……ぁ、ありがと、…ございます…。」
……生まれて初めて、感謝というものを口にした気がした。
-------------------------
その日の夜。
レミリア様に連れられてきたのは、お風呂場だった。
今のままでは汚れてるから、って。
いつもは川で水浴びをするくらいだったし、お風呂なんて、生まれて数えるほどしか入ってなかった。
だからなんとなく、怖かった。
脱衣所でボロボロだった服を脱いで、生まれたままの姿になった。
そのまま浴室に入り、あった椅子に座った。
レミリア様に、温かいお湯をかけられた。
ちょっとびくっとしたけれど、不思議と平気だった。
レミリア様は、ゆっくりと、柔らかいスポンジで私の身体を洗っていく。
なんとなく、心地よかった。
腋の辺りを洗われると、くすぐったくて、ぶるぶる震えた。
可笑しかったのか、レミリア様はちょっと笑って。
背中もお腹も、手も足も。泡につつまれて、綺麗に流された。
頭も、丁寧に洗ってくれた。
まるで宝物を綺麗にするように洗われた後、私は浴槽に浸かった。
お湯に包まれる感触。力が抜けそうになった。
レミリア様が自身の身体を洗っているのを見ながら、私はぼんやりとしていた。
一通り終わった後、脱衣所に戻った私は、ふんわりしたタオルに包まれた。
レミリア様にごしごしと身体を拭かれた。…ちょっと、痛い。
その後、着ていた服を探していると、
「咲夜、折角綺麗にしたのに、また同じ服じゃ汚いでしょう? だから、こっち。」
と、新品の部屋着を渡された。
やはり、受け入れるしかなくて。
ぎこちない動きで、その服を着た。
肌触りがとても良いものだったけれど、慣れない感覚だった。
-------------------------
さっきいた部屋に戻ると、その途端、疲れが襲ってきた。
今日のこの短時間の間に、慣れないことばかりをしたから、きっとその疲れかもしれない。
「…眠たい?」
「……はい…。」
答える余裕ができて、小声で、そっと答えた。
「それじゃ、そろそろ寝ましょう。夜更かしはよくないわ。」
そう言って、ベッドに連れられた。
一緒に寝転がると、レミリア様は、
「明日は、咲夜の知らないことを教えてあげる。明後日も、明々後日も。」
微笑んで、囁いた。
だから私も微笑んで、
「…はい…、レミリア、様。」
――赤い紅い吸血鬼の毒に、いとも容易く侵されているという事も、知らずに。
暗闇の中のボロボロの私を、見知らぬ夜の王様は、何の躊躇もなく拾って。
私に知り合いなど、居なかった。
居ないのには慣れたけれど、怖かった。
でも抵抗はおろか、「誰?」という言葉も、出てこなかった。
連れられてやってきたのは、赤い紅い、立派な館だった。
私はどうなるんだろう…、なんて。そんな感情さえも、もう思い浮かばなかった。
でも、逃げようとは、思わなくて。
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その日はもう闇夜だった。
空を見上げると、ちょっと欠けた月が見えた。
館の中に入ると、不気味な明るさを感じた。
夜の王様は、私に向かって。
「自己紹介が遅くなったわね。…私は、レミリア・スカーレット。この館の館長、よ。」
そう告げた。
でも、意識も身体も朦朧としていた私には、何がなんだか、よく分からなかった。
きっと、俯いていたのだろう。
夜の王様――レミリア様は、私の顎をくいと上げて。
レミリア様の赤い紅い目が、私を見ていて。
…その後の事は、よく、覚えていなかった。
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翌朝目が覚める。
…朝、といっても、部屋には窓も明かりもなく、私の体内時計によるものだけれど。
私はどうやら、とても大きなベッドの上で寝ていたようで。
すぐ隣には、何やら、冷たくて温かい、人のような感触。
でも誰かなんて分からなくて、しょうがないから身体を起こした。
目を軽くこすり、暗い部屋に慣らしていく。
ふと見回すと、扉の下から、僅かに光が漏れていた。
私はとりあえず、扉を開けて、出た。
長い長い、廊下だった。
不気味な明るさは、ちょっぴり怖くて。
どこかに行こうか、という考えも出てきたけれど。
見知らぬ場所で無闇矢鱈と行動するのは危険だと、分かっていたから。
結局私は、寝ていた部屋に戻った。
お腹が鳴った。
当然だろう、昨日の夜から、何も食べてなかったから。
…昨日の昼も、朝も、その前も、まるで食べ物なんて言えるようなものは、なかったけれど。
この位なら、耐えられる。
そう決めつけて、ベッドに寝転がって、ぼんやりとしていた。
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夕方になって、隣で何かが動く気配を感じた。
それと同時に、部屋が、うすら明るくなっていった。
一瞬、身体を震わせた。
すると隣で寝ていた誰かは、こちらに顔を向けた。
…レミリア様、だった。
「おはよう。」
……私はなんて返していいのか、浮かんでこなくて。
こく、と軽く頷くだけだった。
「…ん、まぁいいわ」 そう言って、私を抱えるように身体を起こした。
きゅる、と私のお腹が鳴って。
レミリア様は、クスリと笑って。
「お腹が空いたの? ……ごめんなさいね、こんなに待たせちゃって。」
そう言って、パチン、と指を鳴らした。
すると、ベッドの腋にあったテーブルに、温かいミルクや、綺麗に焼けたパンが現れて。
私は何がなんだか、よく分からなくて。
「え……」と、軽く声を漏らして、レミリア様の目を、見て。
「どうぞ食べて。まずは腹ごしらえをしましょ。」
そう、笑顔で言われた。
……考えるよりも前に、パンにかぶりついていた。
パンは何度か食べた事はあったけれど、こんなに美味しいのは、滅多にありつけるものではなかった。
ミルクも、がぶ飲みした。喉が乾いてしょうがなかったから。
レミリア様は嬉しそうに微笑んで。
「美味しい?」
…やっぱり、なんて返せばいいのか浮かんでこなくて。
こく、と軽く頷いた。
……でもきっと、笑顔だったんだろう。
「ふふ。良かったわ。……さて、ねぇ。1つ質問してもいいかしら?」
―質問。 ……答えられる気がしない。
でも私は、やはり、頷いてしまった。
「…あなたの、名前は何?」
―名前。……そんなもの、最初からなかった。
黙るしか、なかった。
「……答えられないの?」
―なんだか、泣きそうになった。
ほんとうに小さく、頷いて。
「…そう。」
「ご、めん、…なさい…。」
そんな言葉が、考える前に出てきて。
みるみる頭がぐちゃぐちゃになってきて。
怒られるんじゃないか、叩かれるんじゃないか。
そう思ってくると、恐怖が止まらなくて。
肩がわなわな震えて、涙がポロッと、目から流れて。
「……ごめんなさいね、嫌な思い、させちゃったかしら?」
そう言われて、軽く、頭を撫でられた。
自分のぐちゃぐちゃな感覚に加えて、撫でられる変な感触に、私はかき乱されて。
名前を聞かれて、泣きそうになっている。
その事が自分にもっと突き刺さって。
自分が惨めで、情けなくて、憎くて。
どんどん、自分に突き刺さっていく。
その度に、涙があふれて。
…レミリア様に、抱きしめられて。
「…大丈夫。そんな、怯えたりしないで。私は襲ったりしないから。」
包まれる感触が。
レミリア様の温もりが。
優しい声が。
私の頭に響く。
苦しくて、苦しくて、しょうがなかった。
嗚咽で返事をすることしか、できなかった。
-------------------------
暫く抱きしめられて、落ち着きを取り戻した私に、レミリア様は言った。
「あなたに名前をつけてあげる。」
私は驚いて、びく、と震えた。
レミリア様は、クスっと笑って、頭を撫でて。
「……咲夜。十六夜、咲夜。」
目と目を合わせて、笑顔で告げられた、私の名前。
「どうかしら?」
私は、受け入れるしか、選択肢はなかった。
また、こくりと頷いた。
「…ん、なら、決まりね。これからあなたは、十六夜咲夜、よ。」
「いざよい…さく、や…。」
なんだか嬉しくて、ぼそぼそと、何度か口に出した。
「……ぁ、ありがと、…ございます…。」
……生まれて初めて、感謝というものを口にした気がした。
-------------------------
その日の夜。
レミリア様に連れられてきたのは、お風呂場だった。
今のままでは汚れてるから、って。
いつもは川で水浴びをするくらいだったし、お風呂なんて、生まれて数えるほどしか入ってなかった。
だからなんとなく、怖かった。
脱衣所でボロボロだった服を脱いで、生まれたままの姿になった。
そのまま浴室に入り、あった椅子に座った。
レミリア様に、温かいお湯をかけられた。
ちょっとびくっとしたけれど、不思議と平気だった。
レミリア様は、ゆっくりと、柔らかいスポンジで私の身体を洗っていく。
なんとなく、心地よかった。
腋の辺りを洗われると、くすぐったくて、ぶるぶる震えた。
可笑しかったのか、レミリア様はちょっと笑って。
背中もお腹も、手も足も。泡につつまれて、綺麗に流された。
頭も、丁寧に洗ってくれた。
まるで宝物を綺麗にするように洗われた後、私は浴槽に浸かった。
お湯に包まれる感触。力が抜けそうになった。
レミリア様が自身の身体を洗っているのを見ながら、私はぼんやりとしていた。
一通り終わった後、脱衣所に戻った私は、ふんわりしたタオルに包まれた。
レミリア様にごしごしと身体を拭かれた。…ちょっと、痛い。
その後、着ていた服を探していると、
「咲夜、折角綺麗にしたのに、また同じ服じゃ汚いでしょう? だから、こっち。」
と、新品の部屋着を渡された。
やはり、受け入れるしかなくて。
ぎこちない動きで、その服を着た。
肌触りがとても良いものだったけれど、慣れない感覚だった。
-------------------------
さっきいた部屋に戻ると、その途端、疲れが襲ってきた。
今日のこの短時間の間に、慣れないことばかりをしたから、きっとその疲れかもしれない。
「…眠たい?」
「……はい…。」
答える余裕ができて、小声で、そっと答えた。
「それじゃ、そろそろ寝ましょう。夜更かしはよくないわ。」
そう言って、ベッドに連れられた。
一緒に寝転がると、レミリア様は、
「明日は、咲夜の知らないことを教えてあげる。明後日も、明々後日も。」
微笑んで、囁いた。
だから私も微笑んで、
「…はい…、レミリア、様。」
――赤い紅い吸血鬼の毒に、いとも容易く侵されているという事も、知らずに。
落ち着いて読める作風でした。
続編、楽しみにしてますよ。
続編というか、これからの期待を込めてこの点数で。
続編、楽しみにしてます。