『晴らせぬ恨み、お願いいたします……』
恨み地蔵。
地蔵とか言いながら、何だか可愛らしい閻魔がモチーフになったご利益がありそうでなさそうな手彫りの地蔵の前に、今日も一つの封書と、依頼賃代わりの小判が5枚。
差出人の名は、橙とあった。
仕事人様へ
ある九尾の式となってから、心の休まる日はありません。
あの人は、私を執拗にお風呂に入れようとするのです。
化け猫である私を、あまつさえ、水に弱い私を。
お湯に肩まで付けで百まで数えさせた挙句……
私の、私の肌を、せ、せせ、せっけんという異物を、『おぞましい何か』をつけた柔らかな布で、撫で回すのです。
何度も、嬲るように。そして、舐るように。
私の肢体を、せっけんというものの匂いで汚すのです。
そうやって、柔肌を蹂躙した挙句……
最後に頭から、頭から滝のような湯を、容赦なく浴びせ続け。
私が悲鳴を挙げても、行為は収まりません。
そして、その責め苦に私が耐えたと見ると……
冷たいミルクで私を懐柔しようとするのです。
なんという恐ろしい飴と鞭。
このままではきっと私は駄目になってしまう。
ですから仕事人様、早く私をあのお風呂という魔の道具を操る九尾から開放してください。
(これは酷い)
仕事人たちはあまりの苦行を強いられる、化け猫の文章を正視することができなかった。あまりに猫を猫と思わぬ所業に、仕事人の怒りが爆発し。
とうとう一人の仕事人が立ち上がる。
可愛い風貌ながらその糸は正確無比。
狙った相手を吊るし上げ、窒息死させるという。
そこから逃げるのは不可能に近い。
その名も『吊り師、蓬莱!』。
くりくりっとした瞳を闇色に、輝かせ。仕事人が今、動く。
しかし、このとき。
仕事人はまだひとつに過ちに気がついていなかった。
それは――
○ ○ ○
ほうらぁぁーい♪
ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほうらぁ~い♪ ほほぉうらぁぁ~いい♪
「うわ、何っ!? うるさっ!」
明かりの灯っている部屋から、不機嫌そうな叫び声が上がる。
唯一の誤算。それは仕事人の宿命。
登場時に流れるBGMが必要以上に大音量であること。
せっかく夜の闇に紛れて八雲家に侵入したというのに、台無しである。
無駄なことはやめろと言われるかもしれないが、それが仕事のうちだから仕方ない。時給700円を得るには必要なことなのだ。
「誰だ、こんな夜中に……」
しかしその音が幸いしたのか、五感の鋭い九尾が迷惑そうに耳を押さえて出てくる。帽子越しでも大打撃のようで、顔をしかめて音源を探る。
しかしそれこそが罠の一つ。
音源は庭の茂みに隠してあるが。
必殺仕事蓬莱人形はすでに、獲物を捕捉していた。
月明かりすらない。曇った夜の中で、息を潜める小さい影は。
つぅっと、強度を上げるために湿らせた糸を両腕の中でまっすぐ引き。
すっと。九尾が音源のあるはずの庭へ一歩踏み出した瞬間に、音もなく屋根から飛び立ち。小さな体躯を利用して獲物の周囲を飛び回る。
「な、しまっ!?」
九尾がその狙いに気づき慌てて身を引こうとするがもう遅い。
蓬莱人形は糸を藍の首にかけ……
長さ的に余ったので、なんとなく胸にもかけて。
廊下の天井、その中でも一番太い梁に糸を通し、吊る。
「蓬・莱っ!」(必っ殺っ!)
自分の首にも糸をかけ、裂帛の気合と共に糸を地面に向かって容赦なく引いた。
たったそれだけで、力を失った骸だけが残る。
はずなのだが、
じたばたじたばた――
さて、ここで簡単な物理の問題です。
『力』は『重さ』に『加速度』をかけたもの、つまり、重さと動き、がとても大切になるわけです。
そして現状を思い出してみましょう。
天井に引っ掛けられた糸を支えとして、二つのものが綱引きする形となります。
片方は愛らしい首吊り状態の蓬莱人形、手乗りサイズ。
もう片方はもふもふした九本の尻尾を持つ、平均的な人間の女性よりも大きな妖獣。
じたばたじたばたっ!
「おーい、何のつもりだこれは?」
くいっと。首をかけた九尾に逆に糸を引っ張られると簡単に天井まで持ち上げられてしまう始末。
なんという誤算だろうか。
こんなこと、誰が予想できたか。
いや、できまい!
「人形とは言え、遊びが過ぎるよ?」
胸という余計な部分にも糸をかけたのが裏目に出たのかもしれないが、ついかっとなってやってしまったのだからしょうがない。おかげで少し膨らみが強調されるようになってしまった九尾の体は、若干、というか、かなりいけない魅力が一杯である。
しかし、必殺仕事人形としてはくじけるわけにはいかない。
蓬莱はむきになって、全力で糸を引っ張ろうとし。九尾がそれを手で軽く引っ張ることで妨害する。
そんな命をかけた攻防の結果。
ぷつりっ、
先に悲鳴を上げたのは二人のどちらでもなく糸だった。
大切な武器を失い呆然と空中で停止する蓬莱と、なんだか小さい子を苛めている気分になっていたたまれなくなる九尾。
しかし、最後に生まれたその脱力にも似た隙を見逃さず。
蓬莱人形は藍の胸の中に飛び込んで。
「へ?」
発熱、発光。
「え、まさかっ――」
九尾の悲鳴にも似た声を掻き消して、八雲家の一画は爆炎に包まれたのだった。
翌日――
『昨日、不信な爆発のあった八雲宅では被害にあった九尾の八雲藍が、“蓬莱だと思ったら大江戸だった“という意味不明な発言を残しており、とりあえずそのブロッコリーみたいなアフロ尻尾をなんとかしなさいと、主から指摘を受け……』
仕事人の犯行が大きく瓦版の紙上を飾る。
その活躍を知らぬものも、もしかしたらまた仕事人がやったのか。と、食事どころを噂話で盛り上げた。
すると、その話題を聞きつけて新たな依頼人が現れるというもので。
『晴らせぬ恨み、お願いいたします……』
とても愛らしい恨み地蔵にまた、封書が。そしてその横には小判ではなく何故か、桃が五つ添えられており、差出人の名前は天子とあった。
必殺仕事人形たちがそれを開けてみれば……
仕事人へ
私は地上に地震を起こした極悪人よ退治して御覧なさい!
とだけ、書いてあった。
そして添えられていたのは5つの桃。
人形たちはそれだけで現状のすべてを把握し。
(なんだイタズラか)
破り捨てて、紙くずをごみ箱に。ここでポイ捨てしないのが正義の味方というものだ。桃の方は安く売って運営費に。老い先短い老人がその桃を食べたら、体が高質化して何かに目覚めたという嫌な報告があったが聞かないことにして、今度は小判が添えられた本物の依頼文を開く。
仕事人様へ
私はとある屋敷で庭師をしておりますが、最近眠ることができないほど恐怖を感じております。
このままでは私はあのお方に食べられてしまうのではないかと思うのです。
少し前から暴飲暴食を始められたあのお方は、夜雀の芳醇な肉体では飽きたらず。
わ、わた、私の半霊をしゃぶるのです。
お腹がすいたと、訴えながら。
私と感覚の繋がった半霊に甘噛みを繰り返すのです。
それを注意すると、わざとじゃないと言い張りながら、しっかり半霊に唇の後を残していく。
そんなあのお方の暴挙をもう許しておくわけにはいきません。
仕事人様、お願いします。
あのお方の戯れを止めてください。
でないと、また私は……
半霊と一緒に……
仕事人たちは、そんな切実な思いのこもった封書に目を通し。
頷きあう。
(これって、もう、食べられてるんじゃないかな?)
もちろん、裏側の意味で。
どうせ手遅れだし助けなくてもいいんじゃないかという意見が大半を占める中、勇気ある一人の若い人形が立ち上がる。
最近人形たちの中に加わりながらも、その槍さばきは正確で、服の上からでも胸のぽっちを探り当てる恐ろしさ。しかも男女問わず。
若者ながら、仲間からもいろんな意味で恐れられる。
シャンハイの中の鉄砲玉。
彼女こそ飼いならされた野生の猛獣。
『性義』を燃やす彼女を誰も止めることができず。
ただ一人、若いシャンハイは戦場へと向かったのだった。
しゃんはーい!
しゃ、しゃ、しゃ、しゃ、しゃ、しゃ、しゃんはぁ~い、しゃんはぁぁ~~い!
「な、く、曲者、ひゃふっ!?」
大音量の仕事人登場のテーマを流した途端。
よくわからない半人半霊の少女が、電気の消えていた部屋から薄着で飛び出してきたので、槍のふたつきで悶絶させる。
もしかしたら依頼人である可能性も捨てきれないが、仕方あるまい。
(また、つまらぬものを突いてしまった……)
廊下で本体と同じくビクビクする半霊がちょっとだけ気持ち悪かったので。とりあえず、三回ほど付いておとなしくさせてから、シャンハイは先を進む。
確かな気配を感じながら、音を立てぬように。
すでにテーマソングで望まぬ客人が来たということは知れている。それでも少しも同様を見せず、仕事人を待ち構える大きな器を持つ人物に違いない。
そして大きな二つの山脈を持つ人物に違いない。
シャンハイの発達したセンサーはそんなわずかな空気の流れ、そして、ほのかに漂う芳醇な香りで、その先に佇むものが相当な存在であることを知る。
進み、進み、止まる。
一つの部屋の前で進軍を止め、迷うことなく槍を振る。
月明かりに照らされた障子を裂き、薄暗い部屋の中にと踊り込み。
二つの巨塔へと槍を伸ばすが、布団に入ったままの女性は肌襦袢を崩すことなく扇子だけで払う。上半身だけを起こしながら槍の先を体の外へ逸らす。
そこを狙わずは、槍は布団の中に隠れた足を刺せたかもしれない。
不意打ちで、手に近い部分を狙わなければ、かすり傷を負わせることができたかもしれない。しかしシャンハイは正義を貫いた。
己の正義を貫き、そこを貫くのみに執着する。
しかしそれは防ぐ者にとっては、あまりに幼稚、あまりに容易。どれだけ速かろうが狙う場所さえわかれば、それは稚技でしかなく。人形のお遊戯でしかない。
しかし、シャンハイの持つ槍は呪われし槍。
本来この槍は手で持ち使うものに非ず。
シャンハイは一度目標との距離を取り可愛らしい小さな手で槍を肩に担ぐように構えた。
そう、これこそが本来の槍の利用法、放てば必ず胸のぽっちを貫く。
(しゃん・ぼるぐっ!)『突起物を刺し穿つ死棘の槍』
シャンハイは躊躇うことなく己の獲物を投げ捨てる。
呪われた槍が与えるものは単なる結果。
すでに貫いたという結果が前提にあり、槍はそれに向かって突き進むだけの呪い。
しかし、女性は逃げることもなく、扇を胸の前で広げ。
「満開『楼、合阿守』」(熾天覆い満たす円環)
(っ!?)
本来は7枚の花弁を広げるだけの絶対の防壁であるものが、妖怪桜の花びらとして具現化し満開の桜を女性の前で咲き誇らせる。
そんな強固な城壁を、小さな呪いが貫けるはずもなく。
からんっと。
幾枚の花弁を散らせることもできず、槍は落ち、砕ける。
「これでおわりかしら、オチビちゃん♪」
圧倒的な力の差による敗北。
見せ付けられた存在感の違い。
しかし、シャンハイは下がらない。
ただ自らの正義のために前進するのみ。
目的なんだったか忘れたけど。
とりあえず、あの膨らみに向けて押し進むのみ。
「あら?」
特攻にも似た、突撃。
発光、発熱し接近するシャンハイを見詰めながらこのとき女性は初めて驚きの声を発し。
爆音が――
何故か、しなかった。
その翌日。
『よくわからないのだけど、昨日の夜ね、妙なお人形さんが入ってきてね。何かいきなりこっちに飛んできたから、思わずぱくって♪ そしたらね、かやくご飯じゃなくて、火薬ご飯でびっくりしたわ――と、よくわからないことを魂魄妖夢が横でしくしくと泣きながら眠る布団の中で微笑みながら語る女性の目は、とても怖かった』 著:射命丸 文
そんな瓦版を見た、仕事人たちは嘆いた。
若いシャンハイを失い、口々に喚こうとしたけど会話のレパートリーが少ないので、とりあえず頭の中で、思った。
『ばかじゃねーの』と、鎮魂の言葉を勇士シャンハイに向けた。
正義はときに、強い悪に敗れることがある。
きっとあのシャンハイはそんなことを教えたかったような気がする。
そういうことにしておこう。
と、必殺仕事人形たちが意識を固めていたとき。
依頼を取りに行っていた人形が戻ってきて、その封書を開けた。
仕事人へ
早くしなさい、ちゃんと蝋燭も準備して――
どうやらまた天とか名前につくやつのいたずらのようである。本当に有名になると困ったものだ、しかしその紙は何故か人形が破る前に少しぼろぼろで。それを取り繕うようにもう一つ。同じような紙が封書の中に入っていて。
そこには何故か『請求書』という三文字が見えた。
仕事人様へ
とりあえずフィーバーして退治したので、代理のお金を請求します。
しかたない。
代わりにやっかいな嫌がらせ君を退治してくれたのなら払うしかない。
そう全会一致で可決した人形たちは、一緒に入っていた返信用封筒にその辺に落ちていた金属性のものを詰めて送り返した。
さすができる人形は違う。
そんなこんなの裏稼業。
人形たちが一生懸命働き、稼いだお金は何に使われるかというと。
「ありすちゃぁぁん♪ 開国してぇぇ~っ! いや、むしろ私をその胸で受けとめてぇ~!」
「……いけ、ゴリアテ人形♪」
「ま゛~~~!」
「え、ええええええっ!? ありすちゃぁぁぁんっ!」
しきりに開国と、別の何かを要求する。
そんな魔界の偉い人を追い払う資金源として活用されているという。
おもいでの いっとぐるま~ からからから からまわり~♪
文章作法上ところどころ気になる部分が目につきましたが、おもしろかったです。
あと、誤字です。
>それでも少しも同様を見せず--->動揺
読みどころがコンパクトかつ読みやすくまとまってて好感触
上海は勇者
上海は勇者
死して屍拾う者なし
てか時給ってwwwwww
それにしては何か目に馴染のある文体のような気がしないでも……
まあ、それはさておき、必殺仕事人形ですか。
個人的には後半、クランの猛犬ではなく天国に旅立った婿殿を投影した人形を
出して欲しかったですねぇ。念仏の鉄でも可、ですが。
それにしてもアリス、君は何をやっておるのかね?