Coolier - 新生・東方創想話

その気持ちだけは裏切れない

2011/09/11 23:22:32
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魔界の最深部には神綺様のお屋敷がある。
普通に暮らしている人には縁のない場所だけど、私は現在そこに住んでいる。
神綺様の部下として、魔界の治安維持や外界からの侵入者の撃退等、多岐にわたる仕事をこなしているのだ。

そして今、私は神綺様からある命令を聞かされているところだった。

「……男、ですか?」

あまりに突然の呼び出しだったので何事かと思っていた私は、神綺様の発言にぽかん、と口を開けていた。

「そうなのよ……マイちゃんは何か知ってる?」

マイ、というのは私の名前だ。
この人は私達のことを部下ではなく、家族として扱ってくる。
それは嫌ではないし、むしろ嬉しいのだけど、このマイちゃんという呼び方はなんだかくすぐったくて少し苦手だ。

「いえ、私は何も……」
「そう、マイちゃんも知らないとなると、やっぱり心配ね……」

神綺様は困ったような顔で、大きなため息をついた。

魔界の神にして、創造主たる神綺様を困らせるほどの悩み。
世界崩壊か、あるいは神をも凌駕する存在の誕生か。
そんなことを考えたくなるけど、実際には全く違う。
神綺様の悩みの種、それは……

ユキに彼氏ができたかもしれない。

という、世界の危機なんかとは全く関係のないことなのだ。

ユキ、というのは私の友人の名前。
そのユキが最近、見知らぬ男と良く会っている、というのが神綺様の話だった。
私も神綺様もその事実を今日まで知らなかったということは、ユキは恐らくそのことを誰にも言ってないのだろう。
要するに、密会である。

となれば、今時幼い子でも想像がつく。
その男と付き合っているのではないか、と。

「……神綺様は心配しすぎだと思います」

部屋の中を忙しなく歩き回り、幾度となくため息をつく。
そんな神綺様に向けて、私は少し呆れたような素振りで言った。

「ユキも含めて私くらいの年齢の女性なら、男の一人くらいできてもおかしくないと思います」
「そ、そうなの?」
「はい」

まるで思春期の娘を心配する親を相手にしているかのようだ。
事実、神綺様にはアリス様という娘がいるのだけど。

「で、でも仲の良いマイちゃんにもその人のことは話していないんでしょう?」
「仲は良いですけど……だからって何でも話せる訳ではないですから」

ユキだって私の全てを知っているわけではない。
それと同じで、私もユキの全てを把握しているわけじゃない。

「……あるいは、恋という気持ちが自分でもよくわかってない、とか」

私がぽつりと呟くと、神綺様は少しだけ驚いたように目を見開いた。
それから何度か、恋、とか、恋愛、とかいう言葉が漏れる。

やがて、何かに納得したかのようにこくり、と頷いた。

「マイちゃん、お願いがあるの」
「なんでしょうか?」

神綺様の『お願い』というのは『命令』と置き換えて考えている。
そうしないと、私がこの人の部下であるということを本当に忘れてしまいそうになるから。

「ユキちゃんのこと、調べるというか、見守るというか、その……」
「監視しろ、ということですよね?」
「そ、そうなんだけど……ごめんなさい、嫌よね、こんな仕事は……」
「いえ、大丈夫です。私も全く心配じゃないかといえば、嘘になりますし」

神綺様はもう一度、ごめんなさい、と申し訳なさそうに頭を下げた。
気にせず命令してくれればいいのに、と私は思う。
だけどこんな人だから、私もユキもずっとこの場所で暮らしたいと思ってしまうのだろう。

「じゃあ早速調査してきます」

私はそう言って、ゆっくりと神綺様の部屋から立ち去ろうとした。
大きな両開きのドアに手をかける。

「……ねぇ、マイちゃん」

と、そこで神綺様の小さな声が私の背中にかけられた。
ともすれば聞き逃してしまいそうな声に、なんだろうと思いながら私は振り返る。

(あれ……?)

そこにいるのはもちろん神綺様。
だけど、微かに違和感を覚えた。
つい今まで話していた雰囲気とは少しだけ違うような気がする。

「一つ、聞かせて欲しいのだけど」
「なんですか?」
「あのね……マイちゃんは、恋、してるのかしら?」
「え……」

それはあまりに唐突な質問で。
まさかそんなことを聞かれるなんて思ってもなかった。
すぐには言葉が出てこなかった。

おまけに今の神綺様からは、その質問の意図を読むことができそうにない。
さっきから感じている違和感。
私には掴むことのできない空気のようなものを感じるのだ。

いや、私だけじゃない。
きっとこの世界の誰一人掴めない空気。
まさしく神様のような……。

「……私は、親しい男性とかはいないので……」

答えに迷った挙句、そんな声を絞り出すのが精一杯だった。

私の答えを聞いた神綺様は、少し残念そうに、だけど優しい微笑みを浮かべて、そう、と呟いた。

私はなんだかその顔を見ているのが辛くて。
この状態から早く抜け出したくて。

「……失礼します」

それだけ告げて、今度こそ扉を開く。
そうして私は神綺様の部屋を逃げるように後にするのだった。



















廊下を進み、角を一つ曲がる。
私の歩みが、少しだけ速くなる。

また一つ、角を曲がる。
私の歩みが、また少し速くなる。

(ありえない……)

三つ目の角を曲がったところで、私は走り出していた。

(絶対にありえない……)

そう、ありえないことだ。
だからこんなに慌てることじゃない。
すれ違うメイドに驚かれるほど、全速力でお屋敷の中を駆ける必要なんてない。

そのはずなのに、私の足は止まらなかった。
一刻も早く、あいつの所へ。
ユキの部屋に向かわなければ。

住人の数に対して、この屋敷の部屋は多すぎる。
だけど私は少しの迷いもなく廊下を進んでいく。
なぜならそこには、毎日のように訪れているのだから。

「ユキっ!!」

中にいるであろう人物の名前を叫びながら、部屋の扉を強く開け放つ。
息を整える時間すら、今の私には惜しい。
さぁ、すぐにでも取り調べを――

「……いない、か」

しかし、その部屋には誰の姿もなかった。
いつもベッドの上でごろごろとしているはずのユキの姿はどこにもない。

こうなったら屋敷中を探し回るしかない、と思った時。
ふと、机の上に一枚の紙が置かれていることに気がついた。

あいつが書置きなんて珍しい、と思いながら紙を手に取る。

『約束があるからセントラルタウンに行ってきます  ユキ』

紛れもなくユキの字だった。
そういえば、ひとりでどこかに出かけるときは書置きの一つでも残しておけ、と言ったのは私だった気がする。
どこかへ行く時は大抵一緒だからあまり意味のない忠告だったのだけど。
ユキはそのことを覚えていてくれたらしい。

(セントラルタウン……)

数ある魔界の都市の中でも、多くの若者が集う場所。
それがセントラルタウンだ。
私もユキと一緒に出向いたことがある。
特にデートスポットとして有名な噴水公園は本当に綺麗な場所で……

「……まさか、本当に?」

約束があるから、ユキは一人でセントラルタウンに行った。
では、約束とはなんだろうか。
もしも私が一緒にいると都合の悪い約束なのだとしたら。

ひょっとしてそれは本当に、デート、なのだろうか。

(そんなこと……ありえない)

そう、ありえない。
ユキがデートなんて、ありえるはずがない。

神綺様の前では、何でもないふりをしていた。
だけど、本当はすごく動揺していた。

あのユキに、彼氏が出来たかもしれない。
そんなことありえない。
だってあいつは、能天気で子供っぽくて、騒がしくて我儘で、男に好かれる要素なんて何一つ持ってない。

だからきっと、ユキは騙されているのだ。
悪い男に良いように扱われているだけなんだ。

手遅れになる前に急いで助けに行かなければ。
友人として、救い出してやらなければ。


私は書置きをぐしゃぐしゃに丸めてごみ箱に捨てると、すぐに自分の部屋へと戻った。
もちろん、セントラルタウンに行く準備のためだ。

(あのバカ……待ってなさいよ)

ユキを悪い男から救い出したいだけ。
あいつが騙されて、私に泣きついてこられても迷惑だし。
だから事前にそれを防ぎたいだけ。

ほかに理由なんて、ない。




















セントラルタウンは決して大きな都市ではないけど、さすがに人を探すとなると広すぎる場所だ。
けど、幸い私には魔法の心得がある。
おまけにユキとは何年も一緒にいるのだ。
探索方法なんて、いくらでもある。


そして現在、私はユキの気配を辿ってタウンの西地区へと来ていた。
この近くには、あの噴水公園もあったはず。
ユキの約束がデートである可能性は、強まったと考えてもいい。

(ユキがデート……)

一瞬考え込んでしまって、すれ違う人とぶつかりそうになった。
ユキに見つからないように飛行は避けているのだけど、よく考えると隠れる必要なんてないのかもしれない。
発見したらすぐに連れて帰るつもりなのだし。
そう思いながらも、念のために私は地上を歩くことにした。

人ごみの中を抜けていくと、少し開けた広場のような場所に出る。
噴水公園がデートスポットなら、この場所は待ち合わせスポット、という感じだ。
一人でぼ~っと立っていたり、しきりに時計を確認している人が多いのはそのせいだろう。

その場所で、私はユキの姿を探していた。
魔法の結果では、この周辺にいるということしかわからない。
後は自分の目で見つけないと……。

「……いた!」

思わず声が出てしまって、周りの人がこちらを振り返る。
恥ずかしくなって、そそくさと街路樹の陰に隠れた。
そこからもう一度、さきほどの方角を確認する。

黒の帽子に黒い衣装、全身を黒で包んだその姿。
輝くような金色の髪は、あいつの明るい性格の象徴。
離れていてもすぐに分かる。
あれは間違いなくユキだった。


風変わりな犬の銅像の側で、ユキはきょろきょろと周りを見ていた。
誰かが来るのを待っている、という空気が滲み出ている。
やはり待ち合わせをしているのだろう。

私はすぐにユキのところへと歩き出した。
約束をしている相手がまだ来ていないのは有難い。
面倒なことになる前に、さっさと連れ戻してしまおう。

その気持ちに、一切の迷いはなかった。
あともう少し近づけばユキの方も気がつくだろう。

あいつはどんな顔をするだろうか。
びっくりして慌てた顔をするかもしれない。
それとも、まるで私が待ち合わせ相手であるかのように喜んでくれたりするのだろうか。

そんな想像をして、笑みすらこぼしそうになっていた私の前で。
しかしユキが私に気がつくことはなかった。

「あ、もう、遅いよ~!」

突然ユキが声をあげたので、私はすぐに足を止めた。
そのままユキが声を上げた方を確認する。
そこに、一人の青年を見つけた。

ユキとお揃いの綺麗な金髪の持ち主。
すらっとした体格で、そこら辺のアイドルも顔負けという感じの顔立ち。
いや、もしかしたら本当にアイドルなのかもしれない。
そう思わせるくらい綺麗な人だと素直に思った。

青年のもとに駆け寄っていくユキ。
その顔は、私もあまり見たことがないくらい良い笑顔を浮かべていて。
そんな顔をしていたから、私は踏み出すことができなかった。

青年はごめんごめん、とユキに謝っている。
二人の会話は聞こえないけど、楽しそうな雰囲気であることは嫌というほど伝わってきた。
強引にでも連れ戻すつもりだったのに、二人の空気の間に割って入ることなんて、とても無理だった。

(本当に彼氏なの……?)

誰がどう見たって、今の二人を見たら恋人同士だって思うんだろう。
でも私は認めない。
そんなの、認められない。

そんな風に私が迷っている間に、二人は並んで歩き出してしまった。
これからどこかへ出かけるつもりか。

(……要するに、あいつがユキを騙してるって証拠を掴めばいいわけでしょ)

仮に、もし仮に、ユキがほんの少しでもあいつに好意を抱いているのだとして。
あの男の方もそうであるとは限らない。
いや、絶対に裏がある。
この単純そうな女に貢がせてやろうとか、そういうくだらない考えを持っているに違いないのだ。
そういう尻尾を出すまでは、とりあえず泳がせておいてもいい。

私は自分を無理やり納得させると、二人にばれない様に慎重に尾行をはじめることにした。










街の中はそれなりに人通りがあるので、余程のことがなければ気づかれる危険はなさそうだった。
もちろんその分見失う可能性も増えているから安心してばかりはいられない。

「……手、繋いでる」

ぽつっと呟いた言葉に近くにいた人が反応するがそんなことを気にしている場合じゃない。
ユキとあの男は極めて自然な感じで手を繋いでいた。
時々会話を交わしては笑い合ったり、体を軽く叩いたり。

いちゃついてるという言葉が頭の中に浮かび、ぶんぶんと首を振る。
いけない、私が騙されてどうする。
これはあの男の演技だ。
誰がどう見ても、いちゃついてるようにしか見えない状況を作り出しているだけなんだ。

その後も散々そのいちゃつきっぷり(演技)を見せつけながら、二人は街の中でも一番大きなデパートの中へと入って行った。
それを確認して私は思わず、にやり、と意地の悪い笑みを浮かべてしまう。

間違いない、あいつはやっぱりユキを騙してるんだ。
何を買うのかなんて関係ない。
あいつが使いそうな、男物の何かをユキが買った時点で十分な証拠になる。
そうしたらすぐにでも出て行けば良い。
そう思って私もデパートの中へ入った。





(……帽子売り場?)

衣服を扱っているフロアに降りたので、これはもう高いブランド物の服でも買わせるのかと思ったのだが。
しかしやって来たのは帽子売り場。
いや、そりゃ高い帽子を買わせる可能性だってなくはないだろうけど。

けどあの男は帽子なんて被ってない。
たまたま今日被ってないだけということも考えられる。
でも状況的には、ユキの帽子を買いにきたって考えた方が自然ではないだろうか。

(ユキの帽子……)

ちら、とユキの方に視線を向ける。
正確にはユキの被っている帽子の方へ。

そこにあるのは何の変哲もないシンプルなデザインの黒い帽子。
高価なものじゃないし、それほどお洒落とは言えないもの。
それでもユキはいつもあの帽子を被っている。

そんなに大事にしなくても、と思いながらも私はそれを見るたびに嬉しく思っていた。
だってあの帽子は私がユキにプレゼントしたものだから。

もう何年も前の誕生日に、私が選んだものだ。
そういうセンスなんて全然ない私には、それが精一杯のプレゼントだった。
可愛くないって言われて突き返されたっておかしくないものだったのに。

『ありがとう、大事にするね』

そう言って、ユキは本当に嬉しそうな顔で受け取ってくれたのだ。

それ以来ずっと使ってくれている帽子。
私とユキの繋がりの証。

その場所に、あの男は踏み込んでこようとしている。

声の届かない距離で、二人の様子を監視する。
男は最初帽子を手に取るだけだったけど、もちろんそれだけで終わりにするわけがない。
ユキの被っている帽子を手に取って、代わりに商品の帽子をぽん、とそこに被せた。

(あいつ……)

それに触るな、と言いたかった。
ユキ以外の誰かに触れてほしくなかった。

でも何よりショックなのは、ユキがそれを嫌がらないこと。
色々な帽子をかぶっては、楽しそうにあの男と話すユキの姿を見ること。
それがショックだった。

やがて男が選んだのは、ユキに似合いそうな可愛らしいデザインの帽子。
悔しいけど、私の黒い帽子なんかよりよっぽど素敵だった。


それからも、二人は色々な服を見て回っていた。
男が見繕う洋服は、どれもユキに似合っている。
私なんかじゃ、あんな風にユキを着飾ってあげることはできない。
あんな風にユキを喜ばせてあげることはできない。

そのまま一通りの買い物を済ませると、二人はデパートから出ていくようだった。
買ったものは、全て男が金を出していて。
ユキに貢がせようなんて態度は微塵も見られなかった……。





その後も、私は尾行を続けた。
けれど、あいつがユキに悪いことをしようとする様子は一切ない。
むしろ二人の仲の良さを見せつけられているような気分だった。

二人とも好きで一緒にいるのだろうというのが、嫌でもわかってしまう。
これ以上尾行する意味なんてない。
心のどこかでそう感じていた。

だけど、意地がそれを許さなかった。

良く考えてみれば、あいつが恋人だという証拠だって何もない。
それが見つかるまでは尾行を止めない。
そんな考えが私を支えていた。


しばらく街の中を歩いていた二人は、アイスクリーム屋の前で足を止めた。
さすがにアイスを奢らせたくらいでは、証拠にもならない。
特に心配もせず、私は二人がソフトクリームを購入するところを遠くから伺っていた。

それぞれソフトクリームを手に、二人はまた並んで街を歩き始めた。
これからどこへ向かうつもりなのだろうか。
お昼はとっくに過ぎてるし、夜までには時間がある。
そうなるとご飯を食べるわけじゃないだろうし……

そんな風に私が悩んでいると。
ふと、二人の足が止まった。
何事かと思ってよく見てみると、男がユキに自分のソフトクリームを差し出していた。

(まさか……)

差し出されたアイスをユキはぺろっと舐める。
何の躊躇いもなく、そんなことをした。

(……間接キス)

しかも、それだけでは終わらなかった。
ユキの方からも、自分の持っているアイスを差し出して。
男もそれを躊躇いなく舐める。

まるで恋人同士の光景。

(違う、そんなことない)

あれくらい友達同士でもすることだ。
自分にそう言い聞かせる。
事実から目を逸らしたくて、必死に自分を説得する。

けど次の瞬間、私は後悔した。
監視なんてさっさとやめればよかった。
ここで逃げておくべきだった。

(えっ……!)

それはまさに一瞬の出来事。
ユキの頬に、男の口が近づいて。
そのまま二人のそこが触れ合った。

「なっ……」

茫然とした。
今何が起こったのか、まるで理解できなかった。

けど、理解しないことを許さないとばかりに。
男は何度も何度もユキにそれをした。

私はもう、完全にそれを理解していた。
その行為の意味も理解していた。

キスだ。
男がユキに、キスをした。

そして、ユキはやはりそれを拒まなかった。
ちょっと恥ずかしそうにしながらも、それを受け入れていた。

(そんな……)

もう、見ていられなかった。
これ以上あの二人を見ていたくない。
この場所にいたくない。

私は一歩、二歩、と下がって。
すぐにそこから走って逃げだした。




















夕暮れの噴水公園。

どこをどう走ったかなんて覚えていない。
けど気がつけば私の足はここに向かっていた。

ベンチはカップルで埋め尽くされ、噴水の周りにもたくさんの男女が腰掛けていた。
誰もが甘い時間を過ごしているこの場所で。
独りきりでベンチを占有する私。

誰かを待っていると思われているのだろうか。
誰かにフラれたと思われているのだろうか。

(そんなの……どっちでもいい)

別にどう思われていたって構わない。
どんな想像をされても、今の私にはどうでもいいことだ。

ユキに、彼氏がいる。
騙されているわけでも、まして騙しているわけでもない。
ここにいるカップル達と同じ、ラブラブで甘い関係。
ユキには、そんな相手がいる。

さっきの映像が頭から離れない。

あの男が来た時、嬉しそうに手を振っていたユキ。
あの男と楽しそうに帽子を選んでいたユキ。
あの男とアイスを食べさせ合うユキ。
あの男にキスされていたユキ。

ユキとあの男の映像が現れては消えて、それが私の心をかき乱す。
私の心の中に芽生える感情。
その正体を、私は分かっていた。

嫉妬だ。
私はあの男に嫉妬しているのだ。
もっと言えば、私はあの男を憎いと思っていた。
憎くて、憎くて、どうしようもないくらい、憎い。

どうしてそんなに憎いのか。
そんなの決まってる。
だってあいつはユキを……

(っ!)

頭の中でさらにいくつもの映像が流れる。
ユキがあの男と一緒にいる光景。
今日見たものではない。

それは私の想像。
私が想像する、二人の光景。
そのどれもが幸せそうで、羨ましくて、憎らしい。

もしかしたらそれは、私が憧れていたものかもしれない。
私がユキと過ごしたい時間。
それがあの男に置き換わった想像。

悔しかった。
そんな想像をしてしまう自分が悔しかった。
でも、それが自業自得であることくらいわかっていた。

もしも私がその時間を本当に望むのなら。
私はもっと早く、この気持ちを認めなければ、受け入れなければいけなかった。
もっと早く、この気持ちに素直にならなければいけなかった。

ユキのことが好き、という気持ちに。

「ユキの……バカ……」

名前を呟けば、頭の中にユキの顔がいくつも浮かぶ。
バカにすると怒ったり謝ったり、そんなユキの姿が浮かんでは消える。
消えてしまう。
ユキが私の前から消えてしまう。

こんなことになるなら、もっと早く自分の気持ちを認めればよかった。

いや違う。

こんなことにならなかったら、私はこの気持ちを認めなかった。

今まで恋なんてものに縁がなかったから。
同性の親友が初恋だなんて信じられなかったから。
自分の気持ちに整理がつかなくて、ふわふわとした不思議な気持ちに戸惑って。
その気持ちに向き合うことが、なんとなく恐かったのだ。

だから今日のことがなければ、私は一生この気持ちを封じ込めたままだったかもしれない。

(だけど……今さらそれを認めたって……)

どうすることもできない。
ユキの一番近くにいるのは私ではない。

それなら、何のために私はこの気持ちと向き合うのだろう。
この気持ちを認めることにどんな意味があるのだろう。

もうユキは私の隣にいないというのに……





それから、たぶん一時間はベンチに座っていたと思う。
立ち上がる気力が今の私には残っていなかったから。
それでも、帰らないわけにはいかない。
今日の出来事を神綺様に報告しなければ。

ユキには本当に彼氏がいて、とてもお似合いだから何も心配はいらない、と。

ちゃんと言葉にできるだろうか。
今朝のように、内心の動揺を押し隠すことができるだろうか。
自信なんて、全くない。

さらに五分ほどして、私は立ち上がった。
気がつけば日はすっかり落ちて、ライトアップされた公園はまるで別世界になっていた。
綺麗な公園をちゃんと見ておきたかったけど、それはできなかった。

そんなことしたら、嫌でもカップルが目に入ってしまう。
公園に集まった幸せな恋人達。
それを素直に祝福できそうにはないから。


だからこれ以上辛い想いをしないで済むように、私は空へと飛び立とうとして……


「……マイ?」


――私の名前が呼ばれたのは、そんな瞬間だった。

反射的にそちらに視線を向ける。
向けながら、同時にそれが妙に聞きなれた声だと感じていた。

(まさか……)

そんなはずない、と思いながらも私の視線はその人物をしっかりと捉えていた。

「あ、やっぱりマイだ!」

そこにいたのは、一人の少女だった。

「……ユキ……なんで……」

今一番会いたくて、そして一番会いたくない、私の大好きな親友が、そこにいた。












「本当にびっくりした~、マイもここに来てたんだね」

さっきまで私一人で座っていたベンチ。
そこに、今はユキと二人で座っていた。

「マイは何をしてたの?」

ユキは無邪気な顔でそんなことを聞いてくる。
私は不意にユキが現れたことで若干混乱していて、うまく言葉が出てこないでいた。

「買い物?それとも、食事に来たとか?」

ユキの口からは次々と質問が飛び出してくる。
どこかテンションが高いように感じるのは気のせいではないだろう。
今日のことがそれほど楽しかったのだろうか。

そう思うと、途端にさっきまで考えてたことが私の中に蘇ってくる。

「……今日は、楽しかった?」
「え?」

自分の口から漏れるちょっと冷たい言葉に驚く。

「デートは楽しかったか、って聞いてるのよ」

それに気がついても私の口は止まらない。
心の中で膨らんだ気持ちが溢れてしまう。

「で、デート?」
「隠さなくてもいい、ずっと監視してたから」

ずっと見ていた。
幸せそうなユキの姿を。
私といる時より、ずっと楽しそうなユキ。
それこそ逃げ出したくなるほどに。

「え……ごめん、何のこと?」

まるで、本当に何のことかわからないという顔。
ユキはこんなに演技が上手かっただろうか。
私の知らない、ユキ。

「だから隠さなくていいってば!」

心が揺らいだ分だけ、それが言葉になって飛び出す。
こんなにみっともなく叫ぶのは何年ぶりだろう。

「全部見てたの、あんたがあの男と一緒にいるところ!」
「男って……」
「あの金髪の男よ!」
「金髪……あ、ユウさんのこと?」

ユウっていうのか、あの男。
別に名前なんて興味ないけど。

「そう、あんたとその男が今日一緒にいるところを私はずっと」
「ま、待ってマイ。それは誤解だよ!」
「なにが誤解なわけ?私はちゃんと……」
「ユウさんは女性だよ!」
「……え?」

何か、ユキの口からおかしな言葉が飛び出した気がする。
一瞬理解が追いつかないほどにおかしな言葉が。

「ユウさんは女の人!正真正銘、私達と同じ女の人なの!」

もう一度言われて、私はようやくその言葉の意味が分かった。

確かに誤解だ。

私はどうやら、とんでもない誤解をしていたようだった。










ユキがユウさんと出会ったのは、一ヶ月ほど前のことらしい。
たまたまセントラルタウンに一人で来ていたときに、落し物捜しを手伝ったのが縁だそうで。
私同様、優れた魔法の力を持つユキはあっという間にその落し物を見つけて。
そのこともあってか、ユウさんはユキのことをとても気に入ったらしいのだ。

二人とも何かと話が合って、共通点も少なくない。
そこから友達になって、今日のようにこの街で会っていたのだという。

おそらくその二人の様子を、神綺様がどこかの筋から聞き入れて、私に話が回ってきたのだろう。
ユウさんが男で、ユキには彼氏ができたのではないか、という誤った情報を加えて。

(……無理もない)

先入観があったことは否めない。
それでもユウさんは中性的というか、高い身長も含めて男性と言われればそう見えてしまう人だった。
あるいは監視を続けていれば、トイレの利用とかでわかっていたかもしれないけど。

「だからね、全部マイの勘違いなんだよ」

ユウさんについてのことを話し終えて、ユキは一度息を吐いた。

全部、私の勘違い。
全てが早とちり。

じゃあ私が今日感じた苦しみは、一体なんだったというのか……。

「ユキ」
「ん?」
「……バカ」
「え、えぇ!?どちらかと言うと、マイの方がバカなんじゃ……」
「うっさい、誰がバカよ」
「ご、ごめん……」

いつも通りの私とユキのやり取り。
たったそれだけのことに、ひどく安堵している私がいる。

「ふふ」
「ど、どうしたのマイ。急に笑ったりして……」
「別に、なんでもないわよ」
「そうなの?」
「そうなの」

安心したら、笑みが零れてしまった。

何のことはない。
ユキはただ女の子と買い物をしていただけ。
デートなんて事実はどこにも存在しない。
そのことが、とても嬉しい。

ユキの横顔を眺めながらそう思っていると、ふとあることに気がついた。

「あれ、そういえば帽子はどうしたの?」
「へ?あぁ、帽子か。あれならユウさんにあげちゃった」

ユキはその手に何も持っていなかったのだ。
帽子だけじゃない。
確かあの時は他にも服とか色々あったと思うのだけど……。

「だって、ユウさん全部お金出しちゃうから悪くって」
「服もあげたの?」
「うん、さすがにユウさんのサイズには合わないけど、妹さんがちょうど私と同じくらいの背丈だって言ってたから」

もったいなかったかな、と言って笑うユキ。
でもきっと、初めからもらうつもりはなかったのだろう。
おそらくユウさんとしては、落し物の件でお礼をしたつもりなのだろうけど、親切が打算になるようなことをユキは望まないから。

「……それにさ」

呟くような声と共に、ユキは自分が被っている帽子に触れた。

「私には、マイからもらった帽子があるもん。他の帽子は必要ないかな、って」

頬を少しだけ赤くして、はにかんだような笑顔を私に向ける。
その瞬間、胸が高鳴るのを感じた。
ユキがそう思ってくれたことが素直に嬉しくて。
ユキのその顔がとても可愛くて。
私の顔まで赤くなってしまう。

(あ……)

しかし、その時私は重要なことを思い出してしまった。
その記憶が再生されて、私はユキからすっと顔を背けた。

そうだった、私はまだひとつユキに問いたださなければいけないことがある。

「キス……」
「え?」
「あんた、あいつとキスしてたでしょ」

ユキがあからさまに驚いた顔をした。
ああ、やっぱりこのわかりやすい態度は私の知っているユキだ。

「キ、キスって!してない、してないよ!」
「嘘、アイス食べてる時にしてたでしょ」
「あ、あれは私の頬にアイスが付いちゃったからで」
「その割に、何回もしてたけど」
「うっ、それは……」

ユキは少し口ごもってこう言った。

「ユウさんの住んでる地域ではキスは挨拶みたいなものなんだって……」
「ふぅん」
「ほ、ほんとに私はしてないよ!?ユウさんが勝手に」
「でも拒まないんだ?」
「だって挨拶って言われたら断るのも変かなって思うし……」

そこはさすがに拒んでもいいところだろう。
むしろちゃんと拒んでほしい。
このままじゃいつかユキの方から誰かにキスしてしまうかもしれない……

(そんなの、絶対嫌だ)

私の知っている相手でも。
知らない相手でも。
男でも。
女でも。
ユキが誰かにキスするところなんて見たくない。

「……なら、私にキスしてよ」
「え?」

ユキがいつか、誰かにキスしてしまうくらいなら。

「それなら、私にキスしてよ、今ここで」

今ここで、私にキスさせてやる。

「なっ……だ、ダメだよそんなの!」
「挨拶みたいなものなんでしょ?」
「それは、ユウさんの住んでる地域の話で……」
「私のお願いは拒むんだ」
「あっ……だって……マイはいいの?」

何が、という顔をユキに向ける。

「その……私にキスされても……いいの?」

さっきから、ユキの顔は赤くなったままで。
今はそれを隠したいのか、恥ずかしそうに俯いていた。

「いいよ、ユキにキスして欲しい」
「っ……!」

ユキがさらに顔を赤くした。
私も平静を装って言葉を紡いでいるけど、声は震えていた。
ユキが赤くなった分だけ、私も顔が赤くなる。

「だからして、ユキ。それとも私が相手じゃ嫌?」
「嫌じゃないよ!」

突然顔を上げて、大きな声で否定するユキ。
そんな反応が来るとは思っていなくて、私はびくっと震えてしまった。

「ご、ごめん……」
「いや、いいけどさ……」

ユキ自信も意図しない行動だったのだろう。
反射的にそう言ってくれたのだと思うと、嬉しいような恥ずかしいような。

「……キス、してもいいよ」
「え?」
「ううん、キスしたい。私、マイにキスしたいよ」

潤んだ瞳で、私を見つめるユキ。
あまりに真っ直ぐな言葉をぶつけられて、今度は私が俯いてしまう。

「マイ……キスしてもいい?」

私と同じように、声が震えているユキ。
答えなんて決まってる。
私は、うん、と小さく呟いて頷いた。

キスしたい、なんて言ってくれると思わなかった。
私とキスするのは嫌じゃないって言ってくれた。
私の顔はもう見せられないほど赤くなっていると思う。

「じゃあ……顔、上げて……」

でも顔を見せなきゃ、キスはできない。
私は勇気を出して、すっと顔を上げた。
笑われてしまったら、どうしようと思いながら。

でも、そんな心配は杞憂だった。
ユキの顔も同じくらい真っ赤だったから。
二人して、真っ赤な顔で向き合う。

「キス……するよ?」
「うん……」

ユキの綺麗な瞳に、私が映っているのがわかる。
少しずつユキの顔が私に近づいてくる。
私はそっと目を閉じた。

キスするときに目を閉じることの意味を、私は初めて知った。
こうしないと恥ずかしくて、とても顔を近づけることなんてできないんだって。

数秒を永遠に感じる、なんて表現も理解できなかったけど。
今がまさにそれ。

目を閉じた闇の中で、今か今かと光を待つこの感覚。
心臓がめちゃくちゃに鼓動を打つせいで、時間なんて考えられない。

考えられないけど……ちょっと長すぎないか?

不意に怖くなってくる。
目の前にユキはいないのかもしれない。
そんな不安が押し寄せてくる。

私はたまらず薄目を開けてしまった。
ぼやけた視界の先に、ちゃんとユキの姿がある。
だけどユキはずっと固まったまま私を見ていた。

「……どうしたの?」

無粋かな、と思ったけど声をかける。
まさか嫌になってしまったのだろうか、という別の不安が押し寄せてくる。
けど、返ってきたのは全く予想外の答え。

「え、えと……どこにキスすればいいかなって思って」

あ、と私の口から声が漏れた。
場所の指定なんてしていない。
ユウさんがユキの頬にしていたから、勝手にそこにするものだと思い込んでいたけど。
キスをする場所は、確かにひとつじゃない。

「別にどこでも……ユキがしたいところで」
「そ、そんな、マイのしたいところでいいよ」
「いや、私はどこでもいいし……」
「わ、私だってどこでも……」

どこでもいい、という言葉は決してどうでもいい、という意味じゃない。
文字通り、どこでもいいのだ。
頬でも、額でも……

「……ユキのしたいところにして欲しい。それが私のしたいところだから」
「ほ、ほんとに?」
「うん、だから早くして……もう、恥ずかしくって……」
「あ……うん」

そう言って、今度こそしっかり目を閉じた。
ちゃんと私の気持ちは伝わっているだろうか、と不安になりながら。

遠慮も気遣いもしてほしくない。
ユキの望むところにキスをしてほしい。

鼓動は少しだけ静かになっていた。
さっきより冷静に感じられる。
ユキの顔がしっかりと近づいてくる気配が、なんとなくわかった。

キスをする場所はどこでもいい。
額でも。
頬でも。
私は受け入れるから、だから……


――私の唇に触れた暖かい感触を、しっかりと受け入れた。







二人の顔がゆっくりと離れても、私はぼ~っとした頭でユキの顔を見つめていた。

「……あ……マイ……」
「……なに?」
「その……ごめんね……」
「なんで謝るの……?」
「だって……ううん、なんでもない……ごめん……」
「だから……謝らないでいいから……」
「うん……じゃあ……ありがとう……」

お互いに、全く頭が働いていない会話だった。
顔が熱くなりすぎて、沸騰してしまったのだろう。
もうキスは終わったというのに。
早く帰らないと神綺様に心配されてしまうのに。
ここから動けそうになかった。



そんな止まった時間を動かすかのように、公園の噴水が高々と上がった。

辺りで、わっ、という歓声が上がり、私達もゆっくりとそれに反応する。
気がつけば辺りにはカップルの姿しかなかった。
みんな思い思いの場所でそれを眺めていた。

ライトアップで彩られた噴水は、水を噴き上げた後、頂点付近で水流を八つに分割する。
その一つ一つの水流が別々のライトで綺麗に色づいて、水面が一気にカラフルなキャンバスへと変わる。

前に来たときには見れなかった、一日一回だけの特別な演出。
この公園に集まったカップルを幻想の世界へと誘う不思議な光景。

「綺麗……」

その呟きが誰のものだったのか、私には分からなかった。
幻想の中で微睡むような心地。
現実離れした感覚にいつまでも浸っていたかった。

けれど、魔術はいつまでも続かない。
噴水の勢いが収まっていくのに合わせて、私の思考は少しずつクリアになっていった。

隣のユキに視線を向ける。
ちょうどユキもこちらを向いたところだった。

「……あのさ、ユキ」

ユキは少しだけ首を傾ける。

「私からも……キスしてもいい?」

もう帰らなければいけない。
でも、最後にひとつだけ。
今日の思い出を確かなものにするために。

「……うん、いいよ」

ユキの返事を聞いて。

ゆっくりと顔を近づけると。

ユキの唇に、しっかりと自分の唇を重ねた……。



















その日の夜、私は神綺様に今日のことを報告していた。

「そう、彼氏さんではなかったのね」

ユキの彼氏と思われていた人は女性で、ただの友人であったということ。
それは私が監視して見つけた情報というより、ユキから直接聞いたことだった。

そもそもユキに報告してもらえばいいのかもしれないと思ったけどすぐにやめた。
神綺様に余計なことを喋られたら困るから。
つまり、公園での出来事を……

「マイちゃん、どうかしたの?」
「っ、い、いえ、なんでもないです」

思い出したらまた恥ずかしくなってきた。
いくら神綺様でも、このことは絶対に話せない。

「報告は以上です」
「ありがとう、マイちゃん。でもほっとしちゃった。ユキちゃんが悪い人に騙されていなくて」

それについては同感だった。
本物の恋人も嫌だけど、ユキが騙されるところなんてもっと見たくない。

「ふふ、マイちゃんも良かったわね。ユキちゃんに彼氏さんがいなくて」
「なっ!べ、別に私はユキのことなんてどうでも……」

神綺様はもう一度微笑むと、静かに目を閉じた。
何を考えているのだろう。
それを推測する間もなく、神綺様は再び目を開けた。

その目は、深く底知れない、神の目をしていた。

「あのね、マイちゃん。もう一度だけ聞かせてほしいの」

唐突に緊張が私に押し寄せる。
今朝も感じた、掴むことのできない空気。
目の前の神綺様はそれを纏っていた。

「マイちゃんは、恋、してるのかしら?」
「あ……」

それは、確かに今朝も聞かれたことだった。
私が思わず誤魔化してしまったこと。
自分の気持ちを認められなかった私が、答えられなかったこと。

けど、今ならちゃんと言える。
自分の気持ちと向き合えた今なら。
ちゃんとそれを伝えられる。

私は一度呼吸を整えて。
それから、あの深い瞳をしっかり見つめて。

そして、自分の気持ちをはっきりと告げた。

「神綺様、私は恋をしてます」

真っ直ぐにそう告げた。
その私の答えを聞いて、神綺様が口を開く。

「そう……良かった……」

その顔に女神のような微笑みが浮かんでいた。
心からの安堵を示すようなそんな顔。
こんな時、私はこの人が魔界の神であるということを感じる。
この人がいるから、この世界は大丈夫なんだ、と確信できる。

「ありがとう、それじゃあ今日はお疲れ様」
「はい、失礼します」
「うん、お休みなさい」

扉に手をかけて、それを開く。
朝とは違う。
私はこんなにもすっきりとした気持ちでこの部屋を出るのだ。

もしかしたら神綺様は見透かしていたのかもしれない。
私の気持ちの全てを。
私の知らない私自身まで、あの人はわかっているのかもしれない。

だから、私は扉を閉じる前に、しっかりと部屋に向き直って頭を下げる。
この気持ちに気づかせてくれたこと。
この気持ちに向き合わせてくれたこと。
それに心の中で感謝して。

(ありがとうございました)

そうして静かに、その扉を閉じた。













マイちゃんの出て行った部屋の中。
静まり返ったその部屋の中で、私は椅子に腰かけて窓の外を眺めていた。

「恋をしてます……か」

今朝は答えてくれなかったこと。
それをさっきはしっかりと答えてくれた。
たぶん、ユキちゃんと何かあったのだろう。

「良かったわね、マイちゃん」

マイちゃんがユキちゃんのことをどう想っているのか私にはわかっていた。
もちろんユキちゃんの気持ちも知っている。

私は神様だから。
だからその人のことを見れば、その心の内は大体知ることはできる。
恋、という気持ちも例外ではない。

「恋……誰かを愛する気持ち」

恋というものがどんな気持ちか、私は想像することができる。
けれど、私自身がその想いを抱くことは、たぶん永遠にない。

私は神様だから。
この世界の人々は全て私が作り出したもの。
自分の作ったものを愛する。
それは当然のことだ。

だけど、恋はできない。
相手と対等にはなれないから。
私が人々を愛するのは、親と子の間に存在するような愛だ。

だから私はアリスちゃんを作った。
親として、子供のアリスちゃんを愛することは可能だと思ったから。

だけど、恋人は作れない。
作ったとして、それはもう恋人ではない。
その恋人を、恋人として愛することはできないだろうから。

だからそれはきっと恋人ではない。
故に、私は恋をすることなんて永遠にない。

みんなが感じるあの素敵な気持ちを私は味わうことができないのだ。

でも、だからこそ人々がもっとその気持ちを知ってほしい。
恋という素敵な気持ちを、感じていて欲しい。
その想いに嘘をつかないでほしい。

マイちゃんに今回のことをお願いしたのは、そういう狙いもあった。
どんな形であれ、マイちゃんにはユキちゃんに対する想いと向き合ってほしかったから。

その気持ちだけは、裏切らないで欲しかった。
誰かを愛する気持ちは、きっと裏切れないものだから。

その気持ちを、ちゃんと認めてもらいたかった。



椅子から立ち上がり、窓辺に向かう。
綺麗な月が、魔界の夜空に輝いていた。

(神様が願い事なんて、おかしな話かもしれないけど……)

それでも、私は願う。

この一時だけは、神としてではなく、魔界の一住人として。


頭の中に浮かぶのは家族の顔。
アリスちゃん。
ユキちゃん。
マイちゃん。
魔界に住む様々な人の顔。

みんな私の大切なもの。
その人達のために願う。
私の大切な人達が幸せであって欲しいから。

「だから、どうか……」

胸に手を当て、目を閉じて、夜空に浮かぶ月に願う。

どうか、この世界の全ての人に優しい恋が訪れますように。
こんにちは、ビーンと申します。

今回はユキとマイ中心のお話になりました。
二人に関しては、一目惚れ的な印象があります。
キャラ性、独特の戦闘スタイル、BGMなど、全ての要素がツボでした。
と、語りだすとまた長くなりそうなのでこの辺でやめておきます。

今回の作品はかなり百合具合が濃いものになった気がしますが、ユキマイ成分を堪能していただければ幸いです。

指摘・意見・感想などありましたら、遠慮なくお願いします。
ビーン
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コメント



0.930簡易評価
3.100奇声を発する程度の能力削除
やっばいな、これはヤバい
とても甘いし顔もめっちゃニヤけるw
10.100名前が無い程度の能力削除
神綺様マジ神様
12.100名前が無い程度の能力削除
見事なユキマイコンビ
17.100名前が無い程度の能力削除
もっと、もっとだ、もっとこい!
貴重なユキマイありがとうございます。
18.無評価名前が無い程度の能力削除
このニヤニヤをどうしてくれる!
19.100名前が無い程度の能力削除
↑ミスです
20.100名前が無い程度の能力削除
すばらしい。
勘違いからキスまで最高でした。
次回作も期待しています。
22.100名前が無い程度の能力削除
神綺様が女神すぐるww
23.100鹿墨削除
素晴らしいユキマイを見た。
失われつつある旧作成分をありがとうございます!
27.100とーなす削除
あーマイが可愛すぎてヤバイ。
勘違い展開も王道的なラブコメで好きですが、やっぱりキスシーンが良かったです。こんなに丁寧でじっくり書かれた、やきもきどきどきするキスシーンは初めてかもしれない。

タイトルは、マイのテーマ曲からでしょうかね。グッドです。
28.80名前が無い程度の能力削除
なるほど、彼氏がいるのに、百合にどう持っていくかと思ったら、こういう展開なのね。なるほど!