幻想郷に、秋が訪れた。
木々は紅く、また黄金に染まり、山は鮮やかに輝いている。
例年と変わらない、穏やかな日々。
これは、そんなある日の出来事…
【文と椛と写真機と。】
「う~ん、今日は良いネタが無いですねぇ… ひとまず引き揚げますか~…」
そう呟きながら、里を歩いている少女。
白っぽいパフスリーブに、黒のミニスカート。一見すると人間だが、背中に生えた大きな黒い翼が、人間でないことを示していた。
「さて、とっ!」
そう言うと、彼女は飛び立った。向かう先はどうやら山のようだ。
彼女の名は、射命丸文。妖怪の山に棲む鴉天狗である。あの「文々。新聞」の記者である彼女は、その取材のため人里に来ていたのだ。
帰る間もネタ探しを忘れない。しかし、やはり良いネタは無いようだ。
「ん~…このままでは次の大会に間に合いませんね…」
そんなことを考えている間に、彼女は山に到着した。
「よっ…と、ただ今戻りました~」
ちょうど近くにいた大天狗にそう言うと、彼女は自分の家に向かった。
程なくして家につき、ドアを開ける。するとそこには、先客がいた。
「あっ、お帰りなさい~!」
そう言って出迎えたのは、頭に犬のような耳が生えている少女。
彼女の名は犬走椛。白いブラウスとキュロットスカートを着ている。彼女は白狼天狗で、主に山の警備を担当する種族だ。
本来あまり接点がない種族同士なのだが、この二人はそれなりに仲が良い。
「…あら、また来たんですか? 警備の方は?」
「いーのいーの! さ、遊ぼ遊ぼっ!!」
どうやら椛は、隙を見て抜け出して来たらしい。当然、文は言い返す。
「良くないですよっ! …それに、今はそれどころじゃないんです」
「えー、なんでよー?」
「新聞のネタ探ししないといけませんから。今度は紅魔館の方にでも行きますかねぇ…」
そう言ってさっさと飛び立とうとする文だったが、
「…いいじゃん、たまには仕事を忘れて遊ぼうよ~」
椛にがっちりと腕を掴まれてしまった。
「ダメですっ! 離してください!」
「いーやーだっ!! 離さない!」
「…また今度遊びましょうよ?」
「また今度っていつ?」
「…それは…また今度ですよ…」
何とか言い逃れようとする文だったが、
「それ昨日も一昨日も聞いたよ!」
「うぐっ…! そ、そうでしたっけねぇ?」
痛いところを突かれ、つい声を漏らしてしまう。
「さぁ観念して遊びましょっ!」
「…仕方ないです、遊びましょう…」
根負けした文は、遂に観念…
「…ですが!!」
「!?」
…した、と思わせておき…
「今日は取材行って来ま~す♪」
「あ、待てっ! 逃げるなぁ!」
「また今度ね~!」
…油断した椛の手を振りほどき、猛スピードで飛び去って行った…
「むー」
一人取り残された椛が、
「仕方ない、警備に戻るか…」
そう言って飛び立とうとしたその時。
「…ん? これはもしかして…」
部屋の隅に何かを見つけた。それは…
「文様のカメラ!?」
そう。文が大切にしているカメラだったのだ。慌てていたためか、肩から降ろしたのを忘れて行ってしまったようだ。
「よし、文様を追い掛け…」
そう言いかけて、ふと思う。
(これが無いと…取材が出来ないよね…?)
写真は、記事の信憑性を高めるためにも必要不可欠だ。だからカメラが無いと、取材は出来ない。つまり…
(取材に行かないなら…遊んでくれるかも!)
「…よし、隠しちゃえ!」
そうと決まれば話は早い。椛はカメラを手に取り、隠し場所を探す。するとそこに、カメラが無いのに気付いたのだろう、文が戻って来た。
「!!」
驚き硬直する椛。
「私としたことがカメラを忘れるなんて…あ、椛。そのカメラを…」
「…ゃ…です…」
自分に呆れたのか疲れた声で問い掛ける文に、椛は何かを呟く。
「? 何か言いましたか?」
気になって再び問い掛けた文に、椛は突然叫んだ。
「これは…渡しません!」
そして、文の脇を擦り抜け、脱兎の如く逃げ出したのだ!
「あっ! まっ、待ちなさい!」
「渡すもんかっ!!」
慌てて追い掛ける文と、必死に逃げる椛。
椛も決して遅いわけではないのだが、文は鴉天狗。相手が悪すぎた。すばしっこさが自慢の鴉天狗、その中でも随一のスピードを誇る文に、椛は到底敵うはずもなく、あっという間に追い付かれてしまった。
「ふぅ… どうして逃げるんです?」
「………」
「…まぁいいです、とにかくその写真機を返しなさい」
そう言って椛を睨む。
口調こそ丁寧だが、その高圧的な態度は、文の怒りの度合いを物語っている。
「絶対に…ハァ…ハァ…返さ…ない…!」
しかし椛は、肩で息をしながらも、強い口調のまま文を睨み返す。
「どうして!?」
「それは…だって…これを返したら…返したら…っ!」
「返したらどうなると!?」
「文様が… 文様と…」
(遊べなくなっちゃう!)
その一言が、どうしても口に出来ない。
「訳わかんない事言ってないで、早く返しなさい!」
とうとう、文はカメラを掴み、取り返そうと力任せに引っ張った。しかし、それでも椛はカメラを離そうとしない。
「離し…なさいっ!」
「くぅ…うぅっ…」
ズルッ…
「「あっ…!」」
…ガシャッ!!
「ああっ!」
慌ててカメラの元に駆け寄る文。それを呆然と見つめる椛。
引っ張り合いの末、どちらともなく手を滑らせたのだろう、二人の手を離れ、高々と放物線を描いたカメラは…
…不幸にも岩に、それもレンズを下にして落下したのだった。
「そ、そんな…」
呟き、電源を入れようとするが、反応は無い。
「…ぁ、」
「椛っ!」
何かを言いかけた椛だったが、文の怒声に掻き消された。
「何てことをしたんですか! 私の…私のカメラがっ…!」
普段は温厚で礼儀正しい文の激しい怒鳴り声が、静かな山に響く。
「ふざけるのもいいかげんにしなさい! どうしてこんな事を!?」
「あっ…うぅ…」
あまりの恐怖と罪悪感に、とうとう泣き出してしまう椛。しかし、それは文の怒りを静めるどころか、さらに増長してしまったらしい。
「泣けば済むって問題じゃない! もう…あんたの顔なんて、見たくも無い!!」
最後にそう叫ぶと、文はどこかへ飛び去ってしまった。
「ぁ…文…様…グスッ…」
残された椛は、泣きながらその場にへたり込んだ…
「あーもう! なんなのよ一体!?」
悪態をつきながら、空をかっ飛んでいる文。
壊れたカメラはどうやら自分では直せそうもない。そう判断した文は、この手の事に詳しい人物を探しているようだ。
「あっ、いたいた… にとり~!」
「んぁ~?」
文の呼び掛けに、にとりと呼ばれた少女は間抜けな声を上げつつ上空を見る。
河城にとり。彼女は妖怪の山に棲む河童の一人だ。
河童と言えば、「幻想郷のエンジニア」とも呼ばれるほど、機械の扱いが上手い。文はその腕を見込んで、友人・にとりに修理を依頼しに行ったのだ。
「よっ。どうしたっすか、そんなに慌てて」
「カメラが壊れちゃったんだけど、直せるかしら?」
「ありゃりゃ。じゃ、ちょいと見せてもらうよ~…」
にとりはカメラを手に取ると、軽く振ってみたり、ファインダーを覗いてみたりする。
ややあって、にとりが口を開いた。
「…ん~、こりゃ私には直せないよ」
「えっ? 嘘でしょ?」
驚いて問い返す文。
「嘘じゃないっす。ほら、レンズが粉々になってるでしょ?」
だが、にとりはにべもなく事実を伝える。
「…あ~ホントだ…」
「パーツがあれば何とかなるかもしれないけどねぇ」
「パーツ…かぁ… あっ!」
悲しい事実に落胆していた文が、不意に叫んだ。
「ん? どうかしたっすか?」
「…香霖堂になら、もしかしたらあるかも…」
「香霖堂? …あぁ、人里の近くの変な店か~。確かにあそこならあるかもしれないね」
香霖堂。人里の付近に建っている、様々な商品を扱っている店だ。
文房具の様な一般的な物から、魔道書や呪具と言った幻想郷特有の物、さらには外の世界の物までもが置いてある。
「まぁ、新しいカメラがあったら、そっち買った方がいい気もするけどね」
「でも、このカメラには思い出がいっぱいあるし… それに、レンズ以外は壊れてないんでしょ?」
「多分ね~。不幸中の幸いだよ」
「よし、そうと決まれば!」
「あっ、ちょっと待った!」
大急ぎで香霖堂に向かおうとする文を呼び止めるにとり。
「なんでしょう?」
首を傾げる文ににとりは、
「どうして壊れたのさ、そのカメラ」
そう聞いた。
「…あぁ、それは…」
文は、一部始終をにとりに話し始める。
椛が執拗に迫って来た事、そのせいでカメラを置き忘れた事、取りに帰ったら椛が逃げ出した事、一連の不可解な行動の事。
そして、その果てにカメラが壊れた事…
それを聞いたにとりは、
「なるほど… 確かに文が怒るのも無理はないけど… 椛ちゃんは、文に遊んでもらいたかっただけでしょ?」
そう逆に問い掛ける。
「…そうかもしれない、けどっ…!」
必死で何かを言おうとする文だが、にとりは反論を許さない。
「確かにやり方は少し強引だったかもしれない。でも、それをしなきゃどうしようもないと思ったんじゃない? …どうせまた、再三言われたのを無視してたんでしょ?」
「そ、それは…」
文が言いよどむ。それを見たにとりは、少し口調を和らげ言った。
「…ま、よ~く考えるっすね。どうするのが一番良いのか。文が今、どうしたいのか」
「…うん」
正鵠を射た指摘に、沈んだ声で答える文。
「さぁさ、いつまでも落ち込んでないで。香霖堂に行ってきたら?」
「…落ち込ませたのはあなたでしょ。…じゃあまた後で」
そう言うと、文は香霖堂に向かった。
文がにとりと別れた頃、辛うじて立ち上がった椛は、フラフラと山を歩いていた。
「うっ…うぅ…」
だが未だショックが抜けない椛は、ずっと泣いたままだ。
この少し前、仲間の白狼天狗がうずくまり、さめざめと泣いている椛を見つけた。
どうしたのかと聞いても、椛は泣くばかりで何も答えられない。見かねた天狗たちは、今日は休ませることにしたのだった。
椛は今、自分がどこにいて、どこに向かっているかすらもわかっていないようだ。ただ、トボトボと歩き続ける。
目の前に、崖があるとも知らず…!
ガラガラッ…
「ぇ…?」
崖の先で、椛は足を踏み外し、下へと真っ逆さまに落ちていく!
そして、すぐ下には巨大な岩が…!
「………!? キャアッ!」
放心状態だったためか椛の状況認識は一瞬遅れた。慌てて翼を開こうとするが…
(ま、間に合わない…! 私、死んじゃうの!?)
『死』が頭を過ぎった時、同時に過ぎったのは、文の怒りに満ちた顔。
(文様と…喧嘩したまま死んじゃうなんて、そんなの…そんなの…)
「イヤアアァァー!!」
バシッ…!
死に怯え、ぎゅっと瞑っていた目をゆっくりと開けた椛。
(ここは…?)
彼岸…だろうか?
しかし、それなら何故空を飛んでいるのだろう。
「わ…私は…?」
「おっ、やっと気がついたね」
「!? 誰!?」
(もしかして、文様…?)
淡い期待を抱く椛。
「私だよ、私。にとりだよ」
「…にとり…ちゃん?」
(な…わけないよね…)
だが、椛を抱え飛んでいたのは文ではなく、バックパックを背負ったにとりだった。
「そ。文から話を聞いて来てみたら…案の定だよ」
そう、文の話を聞き悪い予感を感じたにとりは、椛を探して飛んで来たのだった。
「あ…ありがと…」
「いーから。とりあえず降りるよ~」
そう言うと、二人は山の麓へと降りて行った。
「さて…とりあえず、これで涙を拭いて」
そう言ってにとりは、ポケットからハンカチを取り出し椛に渡す。
「ありがとう…」
「さて、文から大体の事情は聞いてるんだけど…」
「…ぅう…」
文の名前を聞くや、再び涙目になる椛。
「あ~ほら、泣かないの! …それで、どうしてあんな事をしたの?」
「それは…」
言い淀む椛ににとりは、
「それとも…私にも言えない事かな?」
さらにそう聞いた。椛は長い沈黙の後、呟く。
「………うぅん。じゃあ言うけど…笑わないで聞いてくれる?」
「もちろんっすよ!」
親友の力強い言葉に安心したのか、椛はゆっくりと口を開き、
「私は…私は…!」
大きく息を吸うと、
「文様と、一緒に遊びたかったのっ!!」
力強く、そう叫んだ。
そして、再び息を吸うとぽつぽつと話し始めた…
「私は、文様と遊んでる時が大好きなの。もっともっと、文様と一緒にいたかったの!」
「………」
涙で頬を濡らしながら、自分の想いを話す椛。そしてそれを無言で聞き続けるにとり。
静かな山に、椛の悲痛な懺悔の叫びが響く…
「でも、文様は仕事ばっかりで私には構ってくれない… だから…だから…っ!」
「文のカメラを隠せば、取材に行けなくなった文が遊んでくれる、と思ったんだね」
最後は言葉にならなかった。それでも椛は必死に話そうとしたが、その前ににとりが締め括る。
「……うん」
頷いた椛に、にとりは思ったことを話し始めた。
「椛ちゃんの気持ちは、とっても、とってもよくわかる。でも…ちょっとだけ、やり方が間違ってたかもしれないね」
「………」
無言で小さく、コクリと頷く椛。そんな椛を、
「ま、椛ちゃんの誘いを無視し続けた文が悪いと思うんだけどね~」
元気付けるように軽口を叩いたにとりだったが…
「そ、そんなことないよっ! 文様が忙しいのわかってて、それでも我が儘通そうとした私がいけないの…!」
真っ正面から否定されてしまった。
「フフッ…素直だね~椛ちゃんは」
「そ、そんなこと…」
どこかからかうようなにとりの口調に、頬を赤らめる椛。
「そんな椛ちゃんなら、」
急にまた真面目な口調に戻ったにとり。椛の頭にポンと手を置いて、続ける。
「これからどうすればいいか、わかるよね?」
「!………」
にとりの思いやりと、優しさ。それに答えるべく、頬を伝う涙を袖で拭い、椛はハッキリと言った。
「…うん!!」
「よ~し、いい子いい子っ!」
その言葉を聞いたにとりは、満足げに頷きつつそう言い…
「…わわっ! にとりちゃんっ!!」
椛の頭をわしゃわしゃと撫で始めた。
「恥ずかしいよっ… 子供じゃないんだからぁっ…!」
朱く染まった頬っぺたを膨らませ、椛は必死に反論するが、
「そ~ゆ~仕種が子供っぽいんだよ~♪」
にとりにその頬っぺたを指でつっつきそう言われれば、もう返す言葉も無い。
「ぅぅ~…んもおっ! にとりちゃんのばかぁっ…」
「アハハッ…っと、ごめんごめん、そうムキにならないでよ~………!」
笑いながらも謝罪の言葉を口にするにとりだが…突然押し黙った。
「? どうしたの?」
椛が不思議そうに問い掛けるが、にとりは軽く手を振りつつ答えた。
「…あぁいや、なんでもないよ。ちょっと噎せそうになっただけ。それより、そろそろ戻った方がいいんじゃない? もうすぐ文帰ってくるよ?」
「…あっ! …じゃあ、もう行くね!」
そう言って山の方に向く椛。と、再びにとりの方を振り返った。
「にとりちゃん…」
「ん?」
「ホントに…ホントにありがとう…」
「…礼は後で聞く。それより、しっかりやりなさいよ?」
「うん! 私、頑張るよ!!」
そう元気に言うと、椛は飛び立って行った。
(これで…良かったのかな?)
飛び去る椛の背中を見ながら、にとりは思う。
(こればっかりは、道具じゃ解決できないもんなぁ…)
壊れたカメラは、工具を駆使すれば直すことも出来る。だが壊れた絆は、道具では直せない。
そんなもどかしさの中出来たのは、せいぜいあれくらいの優しさをもって接する程度…
(…ま、こんなところっすね、私に出来るのは…)
後は二人の問題だ。
そう考え直し、にとりはスッと前を向く。眼前に広がるは、遥か広がる樹海。
「さて、そろそろこっちも…」
そう呟き…にとりは飛び立った。
椛と話し始めた頃、樹海の方で巨大な力と力がぶつかり合うのを感じた。しばらくすると片方の力が急激に弱まり、そして不意にどちらも消え去った。
もし樹海の妖怪同士でバトっているのなら構わないし、それなら他の奴らがどうにかするはずだ。しかしその力が片方、山の方へと向かって来たのなら話は別である。
先程押し黙ったのも、それに気付いたからだ。どうやら椛は気付かなかったようだが…
そう考える間にも、力はぐんぐん近付いてくる。近くなって気付いたが、どうやら敵は一体ではないようだ。
光学迷彩スーツを羽織り、スペルの発動準備を整えつつ、にとりは呟く。
「山へ…行かせるわけには…いかない…!」
そしてとうとう見えて来た二つの人影に向け、にとりはスペルを放った!
「先手必勝! 光学『ハイドロカモフラージュ』!!」
店主と十五分程のやり取りを終え、文は香霖堂を後にした。
パーツは無かったのだが、店主は境界の妖怪に依頼することを約束してくれた上、代わりのカメラを貸してくれた。
とりあえず一安心した文は、この事を報告しに、再びにとりのいる場所へと戻って来たのだが…
「…あれ? いませんね…」
(何処かに出掛けたかな? じゃあ後で良いか…)
そう考えたところで、誰かが呼び掛けて来た。
「あ~や~、ここッスよ~…」
その声はにとりのものだった。しかし…
「ん? …あっ、真下か…って、ちょっとどうしたのにとり!?」
なんとにとりは、傷だらけになって川の側に倒れていたのだ!
「大丈夫!? 何があったの!? 一体誰が!?」
真っ青になって質問しまくる文。そんな様子に苦笑を漏らしながら、にとりは文に話し掛けた。
「まぁとりあえず落ち着くッス。今から答えていくから…」
「まず、私は大丈夫ッス。こんな傷、一晩寝れば何とかなるよ。で、何があったかだけど… 巫女と魔法使いとの弾幕ごっこの成れの果て…と言えばわかってもらえる?」
なんとも簡潔明瞭な説明をしたにとり。それでも文は理解したようだ。
「んなっ!? あの二人、こんなとこまで何しに来たのよ!?」
「なんか、最近来た山の上の神様に用があるらしいッス。でもそんなことはどうでもいい。大事なのは、そいつらが山の方に向かったってことさ」
憤慨して語気を荒げる文に、にとりは宥めるような口調で言う。
「…と言うと?」
文が聞くと、にとりは溜め息交じりに呟く。
「さっき山に椛ちゃんが戻った。そしてあの二人は、」
「…邪魔するなら、誰であっても叩き落とすわねきっと、いや絶対」
文が後を引き取った。
「だから早く助けに行ってあげて。彼女が危ない!」
「…で…でも…顔も見たくないって言った手前…」
先程のやり取りを気にして悩む文だったが、そんな彼女を…
「いいかげんにしなさい!!」
…にとりは大声で怒鳴りつけた。
「!」
驚き飛び上がる文。
「いつまでもつまんない意地張ってないの! そんなものよりもっと大切なもの、あるでしょう!?」
「………」
「文、早く! 手遅れになる前に!!」
にとりのその叫び声に、文はぎゅっと目を瞑り…
「……椛っ!!」
そう叫ぶと、物凄いスピードで山へと飛んで行った。
(何とか…しなさいよ、文…)
文を見送ったにとりは、心中そう願いつつ、睡魔に身を委ね眠りへと落ちていった。
「きゃあっ!」
強烈な弾幕の応酬に、椛は思わず身を竦める。
妖怪の山、滝に程近いそこで、熾烈な弾幕ごっこが繰り広げられていた。
椛を攻撃しているのは…言うまでもなく博麗 霊夢。そして隣には霧雨 魔理沙もいる。
「私たちは山のてっぺんの神様に用事があるの。さっさと通してくれない?」
霊夢がうんざりしたように言う。
「許可無き者を…通すわけには…いきません…!」
だが椛は、ボロボロになりながらも譲ろうとしない。
「全く、仕事熱心だなぁ… だが、邪魔するならこっちも手加減しないぜ?」
そう言うや、魔理沙はスペカに魔力を注ぎ始めた。
「こっちも急いでるんだ、早くどいてくれよ…」
呆れたように呟く魔理沙だが、
「絶対通さない!」
やはり椛は退こうとしない。
「…止めは任せたわ」
「仕方ない…行くぜ?」
霊夢がそう言い、答えた魔理沙は椛に八卦炉を向け、スペルを唱えた!
「恋符『マスター…」
「岐符『サルタクロス』!」
魔理沙が詠唱を終える寸前、上空から叫びが聞こえ、続いて無数の弾が二人に降り注いだ!
霊夢は結界を張り何とか凌いだが、スペル発動寸前の魔理沙は避け切れず直撃する。
「うわっち!」
「まさか…?」
「来たわね…」
そう呟く三人の上に見える影。
「あやややや…二人がかりとは、何ともずるいですねぇ」
降り立ったその影は、紛れも無く射命丸 文その人!
「あ…文様っ…!」
「二人がかりでなんてやってないわよ。最後だけ魔理沙に任せただけ」
「でも、二対一は卑怯ですよ。私が相手になりましょうか?」
言いつつ、戦闘体制に入る文。魔理沙が楽しそうに叫ぶ。
「よっしゃ望むところだぜ! 行くぜ霊夢!…ってお前どこ行くんだ!?」
「先行ってるわ。あと、よろしくね~」
…そんな魔理沙をよそに、霊夢は消え去って行った。
「卑怯だぞ霊夢! …そしてちょっと待てそこの鴉天狗!!」
「何でしょうか?」
大慌てで叫ぶ魔理沙に、すでに臨戦体制に入っている文は心底不思議そうに問い掛けた。
「…いや、待て。ここは穏便に話し合いでだな…」
「椛とにとりをこんな目に合わせて…無事でいられるとでも?」
「頼むブン屋、待ってく…」
「覚悟ぉ!!」
「うわああぁぁ!!……」
「くっ…満身創痍…だ…ぜ…」
そう言い残し、魔理沙は気を失った。
「ハァ…全くもう!」
疲れと呆れで溜め息をついた文に、椛がおずおずと近づいて来た。
「文様…あの、私っ…!」
だが、なかなか切り出すことが出来ない。
「あ…ぇと…その…ご」
「ごめんなさいっ!!」
「…ふぇ?」
椛がビックリして文を見る。
それもそうだろう。なんと文の方から謝って来たのだから。
「私…あなたの気持ち、ずっと何にも考えてなかった… あんな酷い事言って、本当にごめんなさい…」
「わ、私こそっ! むしろ私が謝らなくちゃなのに… 大事なカメラ壊しちゃってごめんなさい!」
文の行動に勇気付けられたのか、慌てて謝る椛。
「カメラの事はもういいの。それより…」
俯いてそう呟く文に…椛は突然、抱き着いた。
「ぅわあっ!」
「私も全然気にしてないよっ! だからこれからもずっと、仲良くしてくれる?」
「……もちろんですよ!!」
そして数日後…
(二人とも、仲直りできたッスかねぇ…?)
そう心配しつつ、にとりは文の家の扉をノックしようとする。と、中から声が聞こえて来た。
「文様ぁ、気持ちいいですか?」
「んふっ…! ちょっと椛、くすぐったいわよぉ…!」
「じゃ、もう少し強くしますよ…?」
「ぁ痛っ! 今度は強すぎよっ…」
「ご、ごめんなさい」
「もう少し優しくしてよね…」
「ちょっとあんたら、昼間っから何してるんスか!」
にとりは赤面しながら中に飛び込んだ!
「ぇ?」
「あらにとり、どうかしたの?」
「………あれ? …何してるッスか?」
眼前に広がっていたのは…
「文様の肩揉んでただけなんだけど…」
「椛に肩揉んでもらってたんだけど…」
仲睦まじき、肩揉みの光景だった。
「ありゃ? でもそんなはずは… だって声が…声が…」
「…にとり?」
一人呟くにとりに、文が問い掛ける。
「…あ、いや、何でもない… それより、仲直り出来たんスね?」
話題を逸らすようににとりが言った。
「えぇ、お蔭さまでね」
「にとりちゃん、ホントにありがとっ!」
お礼を言う二人。そんな二人を見て、にとりは思う。
(まぁ一件落着、かな… この二人なら、上手くやっていけるでしょ)
「ねぇねぇ、にとりちゃんも遊ぼっ!」
「よしっ、じゃあ弾幕ごっこでもする? 文対私と椛ちゃんで」
「うん、それで決まりっ!」
「ちょっ、そんなのあり!?」
秋深まる幻想郷の妖怪の山。今日もそこに、楽しげな笑い声が響くのだった…
Fin.
木々は紅く、また黄金に染まり、山は鮮やかに輝いている。
例年と変わらない、穏やかな日々。
これは、そんなある日の出来事…
【文と椛と写真機と。】
「う~ん、今日は良いネタが無いですねぇ… ひとまず引き揚げますか~…」
そう呟きながら、里を歩いている少女。
白っぽいパフスリーブに、黒のミニスカート。一見すると人間だが、背中に生えた大きな黒い翼が、人間でないことを示していた。
「さて、とっ!」
そう言うと、彼女は飛び立った。向かう先はどうやら山のようだ。
彼女の名は、射命丸文。妖怪の山に棲む鴉天狗である。あの「文々。新聞」の記者である彼女は、その取材のため人里に来ていたのだ。
帰る間もネタ探しを忘れない。しかし、やはり良いネタは無いようだ。
「ん~…このままでは次の大会に間に合いませんね…」
そんなことを考えている間に、彼女は山に到着した。
「よっ…と、ただ今戻りました~」
ちょうど近くにいた大天狗にそう言うと、彼女は自分の家に向かった。
程なくして家につき、ドアを開ける。するとそこには、先客がいた。
「あっ、お帰りなさい~!」
そう言って出迎えたのは、頭に犬のような耳が生えている少女。
彼女の名は犬走椛。白いブラウスとキュロットスカートを着ている。彼女は白狼天狗で、主に山の警備を担当する種族だ。
本来あまり接点がない種族同士なのだが、この二人はそれなりに仲が良い。
「…あら、また来たんですか? 警備の方は?」
「いーのいーの! さ、遊ぼ遊ぼっ!!」
どうやら椛は、隙を見て抜け出して来たらしい。当然、文は言い返す。
「良くないですよっ! …それに、今はそれどころじゃないんです」
「えー、なんでよー?」
「新聞のネタ探ししないといけませんから。今度は紅魔館の方にでも行きますかねぇ…」
そう言ってさっさと飛び立とうとする文だったが、
「…いいじゃん、たまには仕事を忘れて遊ぼうよ~」
椛にがっちりと腕を掴まれてしまった。
「ダメですっ! 離してください!」
「いーやーだっ!! 離さない!」
「…また今度遊びましょうよ?」
「また今度っていつ?」
「…それは…また今度ですよ…」
何とか言い逃れようとする文だったが、
「それ昨日も一昨日も聞いたよ!」
「うぐっ…! そ、そうでしたっけねぇ?」
痛いところを突かれ、つい声を漏らしてしまう。
「さぁ観念して遊びましょっ!」
「…仕方ないです、遊びましょう…」
根負けした文は、遂に観念…
「…ですが!!」
「!?」
…した、と思わせておき…
「今日は取材行って来ま~す♪」
「あ、待てっ! 逃げるなぁ!」
「また今度ね~!」
…油断した椛の手を振りほどき、猛スピードで飛び去って行った…
「むー」
一人取り残された椛が、
「仕方ない、警備に戻るか…」
そう言って飛び立とうとしたその時。
「…ん? これはもしかして…」
部屋の隅に何かを見つけた。それは…
「文様のカメラ!?」
そう。文が大切にしているカメラだったのだ。慌てていたためか、肩から降ろしたのを忘れて行ってしまったようだ。
「よし、文様を追い掛け…」
そう言いかけて、ふと思う。
(これが無いと…取材が出来ないよね…?)
写真は、記事の信憑性を高めるためにも必要不可欠だ。だからカメラが無いと、取材は出来ない。つまり…
(取材に行かないなら…遊んでくれるかも!)
「…よし、隠しちゃえ!」
そうと決まれば話は早い。椛はカメラを手に取り、隠し場所を探す。するとそこに、カメラが無いのに気付いたのだろう、文が戻って来た。
「!!」
驚き硬直する椛。
「私としたことがカメラを忘れるなんて…あ、椛。そのカメラを…」
「…ゃ…です…」
自分に呆れたのか疲れた声で問い掛ける文に、椛は何かを呟く。
「? 何か言いましたか?」
気になって再び問い掛けた文に、椛は突然叫んだ。
「これは…渡しません!」
そして、文の脇を擦り抜け、脱兎の如く逃げ出したのだ!
「あっ! まっ、待ちなさい!」
「渡すもんかっ!!」
慌てて追い掛ける文と、必死に逃げる椛。
椛も決して遅いわけではないのだが、文は鴉天狗。相手が悪すぎた。すばしっこさが自慢の鴉天狗、その中でも随一のスピードを誇る文に、椛は到底敵うはずもなく、あっという間に追い付かれてしまった。
「ふぅ… どうして逃げるんです?」
「………」
「…まぁいいです、とにかくその写真機を返しなさい」
そう言って椛を睨む。
口調こそ丁寧だが、その高圧的な態度は、文の怒りの度合いを物語っている。
「絶対に…ハァ…ハァ…返さ…ない…!」
しかし椛は、肩で息をしながらも、強い口調のまま文を睨み返す。
「どうして!?」
「それは…だって…これを返したら…返したら…っ!」
「返したらどうなると!?」
「文様が… 文様と…」
(遊べなくなっちゃう!)
その一言が、どうしても口に出来ない。
「訳わかんない事言ってないで、早く返しなさい!」
とうとう、文はカメラを掴み、取り返そうと力任せに引っ張った。しかし、それでも椛はカメラを離そうとしない。
「離し…なさいっ!」
「くぅ…うぅっ…」
ズルッ…
「「あっ…!」」
…ガシャッ!!
「ああっ!」
慌ててカメラの元に駆け寄る文。それを呆然と見つめる椛。
引っ張り合いの末、どちらともなく手を滑らせたのだろう、二人の手を離れ、高々と放物線を描いたカメラは…
…不幸にも岩に、それもレンズを下にして落下したのだった。
「そ、そんな…」
呟き、電源を入れようとするが、反応は無い。
「…ぁ、」
「椛っ!」
何かを言いかけた椛だったが、文の怒声に掻き消された。
「何てことをしたんですか! 私の…私のカメラがっ…!」
普段は温厚で礼儀正しい文の激しい怒鳴り声が、静かな山に響く。
「ふざけるのもいいかげんにしなさい! どうしてこんな事を!?」
「あっ…うぅ…」
あまりの恐怖と罪悪感に、とうとう泣き出してしまう椛。しかし、それは文の怒りを静めるどころか、さらに増長してしまったらしい。
「泣けば済むって問題じゃない! もう…あんたの顔なんて、見たくも無い!!」
最後にそう叫ぶと、文はどこかへ飛び去ってしまった。
「ぁ…文…様…グスッ…」
残された椛は、泣きながらその場にへたり込んだ…
「あーもう! なんなのよ一体!?」
悪態をつきながら、空をかっ飛んでいる文。
壊れたカメラはどうやら自分では直せそうもない。そう判断した文は、この手の事に詳しい人物を探しているようだ。
「あっ、いたいた… にとり~!」
「んぁ~?」
文の呼び掛けに、にとりと呼ばれた少女は間抜けな声を上げつつ上空を見る。
河城にとり。彼女は妖怪の山に棲む河童の一人だ。
河童と言えば、「幻想郷のエンジニア」とも呼ばれるほど、機械の扱いが上手い。文はその腕を見込んで、友人・にとりに修理を依頼しに行ったのだ。
「よっ。どうしたっすか、そんなに慌てて」
「カメラが壊れちゃったんだけど、直せるかしら?」
「ありゃりゃ。じゃ、ちょいと見せてもらうよ~…」
にとりはカメラを手に取ると、軽く振ってみたり、ファインダーを覗いてみたりする。
ややあって、にとりが口を開いた。
「…ん~、こりゃ私には直せないよ」
「えっ? 嘘でしょ?」
驚いて問い返す文。
「嘘じゃないっす。ほら、レンズが粉々になってるでしょ?」
だが、にとりはにべもなく事実を伝える。
「…あ~ホントだ…」
「パーツがあれば何とかなるかもしれないけどねぇ」
「パーツ…かぁ… あっ!」
悲しい事実に落胆していた文が、不意に叫んだ。
「ん? どうかしたっすか?」
「…香霖堂になら、もしかしたらあるかも…」
「香霖堂? …あぁ、人里の近くの変な店か~。確かにあそこならあるかもしれないね」
香霖堂。人里の付近に建っている、様々な商品を扱っている店だ。
文房具の様な一般的な物から、魔道書や呪具と言った幻想郷特有の物、さらには外の世界の物までもが置いてある。
「まぁ、新しいカメラがあったら、そっち買った方がいい気もするけどね」
「でも、このカメラには思い出がいっぱいあるし… それに、レンズ以外は壊れてないんでしょ?」
「多分ね~。不幸中の幸いだよ」
「よし、そうと決まれば!」
「あっ、ちょっと待った!」
大急ぎで香霖堂に向かおうとする文を呼び止めるにとり。
「なんでしょう?」
首を傾げる文ににとりは、
「どうして壊れたのさ、そのカメラ」
そう聞いた。
「…あぁ、それは…」
文は、一部始終をにとりに話し始める。
椛が執拗に迫って来た事、そのせいでカメラを置き忘れた事、取りに帰ったら椛が逃げ出した事、一連の不可解な行動の事。
そして、その果てにカメラが壊れた事…
それを聞いたにとりは、
「なるほど… 確かに文が怒るのも無理はないけど… 椛ちゃんは、文に遊んでもらいたかっただけでしょ?」
そう逆に問い掛ける。
「…そうかもしれない、けどっ…!」
必死で何かを言おうとする文だが、にとりは反論を許さない。
「確かにやり方は少し強引だったかもしれない。でも、それをしなきゃどうしようもないと思ったんじゃない? …どうせまた、再三言われたのを無視してたんでしょ?」
「そ、それは…」
文が言いよどむ。それを見たにとりは、少し口調を和らげ言った。
「…ま、よ~く考えるっすね。どうするのが一番良いのか。文が今、どうしたいのか」
「…うん」
正鵠を射た指摘に、沈んだ声で答える文。
「さぁさ、いつまでも落ち込んでないで。香霖堂に行ってきたら?」
「…落ち込ませたのはあなたでしょ。…じゃあまた後で」
そう言うと、文は香霖堂に向かった。
文がにとりと別れた頃、辛うじて立ち上がった椛は、フラフラと山を歩いていた。
「うっ…うぅ…」
だが未だショックが抜けない椛は、ずっと泣いたままだ。
この少し前、仲間の白狼天狗がうずくまり、さめざめと泣いている椛を見つけた。
どうしたのかと聞いても、椛は泣くばかりで何も答えられない。見かねた天狗たちは、今日は休ませることにしたのだった。
椛は今、自分がどこにいて、どこに向かっているかすらもわかっていないようだ。ただ、トボトボと歩き続ける。
目の前に、崖があるとも知らず…!
ガラガラッ…
「ぇ…?」
崖の先で、椛は足を踏み外し、下へと真っ逆さまに落ちていく!
そして、すぐ下には巨大な岩が…!
「………!? キャアッ!」
放心状態だったためか椛の状況認識は一瞬遅れた。慌てて翼を開こうとするが…
(ま、間に合わない…! 私、死んじゃうの!?)
『死』が頭を過ぎった時、同時に過ぎったのは、文の怒りに満ちた顔。
(文様と…喧嘩したまま死んじゃうなんて、そんなの…そんなの…)
「イヤアアァァー!!」
バシッ…!
死に怯え、ぎゅっと瞑っていた目をゆっくりと開けた椛。
(ここは…?)
彼岸…だろうか?
しかし、それなら何故空を飛んでいるのだろう。
「わ…私は…?」
「おっ、やっと気がついたね」
「!? 誰!?」
(もしかして、文様…?)
淡い期待を抱く椛。
「私だよ、私。にとりだよ」
「…にとり…ちゃん?」
(な…わけないよね…)
だが、椛を抱え飛んでいたのは文ではなく、バックパックを背負ったにとりだった。
「そ。文から話を聞いて来てみたら…案の定だよ」
そう、文の話を聞き悪い予感を感じたにとりは、椛を探して飛んで来たのだった。
「あ…ありがと…」
「いーから。とりあえず降りるよ~」
そう言うと、二人は山の麓へと降りて行った。
「さて…とりあえず、これで涙を拭いて」
そう言ってにとりは、ポケットからハンカチを取り出し椛に渡す。
「ありがとう…」
「さて、文から大体の事情は聞いてるんだけど…」
「…ぅう…」
文の名前を聞くや、再び涙目になる椛。
「あ~ほら、泣かないの! …それで、どうしてあんな事をしたの?」
「それは…」
言い淀む椛ににとりは、
「それとも…私にも言えない事かな?」
さらにそう聞いた。椛は長い沈黙の後、呟く。
「………うぅん。じゃあ言うけど…笑わないで聞いてくれる?」
「もちろんっすよ!」
親友の力強い言葉に安心したのか、椛はゆっくりと口を開き、
「私は…私は…!」
大きく息を吸うと、
「文様と、一緒に遊びたかったのっ!!」
力強く、そう叫んだ。
そして、再び息を吸うとぽつぽつと話し始めた…
「私は、文様と遊んでる時が大好きなの。もっともっと、文様と一緒にいたかったの!」
「………」
涙で頬を濡らしながら、自分の想いを話す椛。そしてそれを無言で聞き続けるにとり。
静かな山に、椛の悲痛な懺悔の叫びが響く…
「でも、文様は仕事ばっかりで私には構ってくれない… だから…だから…っ!」
「文のカメラを隠せば、取材に行けなくなった文が遊んでくれる、と思ったんだね」
最後は言葉にならなかった。それでも椛は必死に話そうとしたが、その前ににとりが締め括る。
「……うん」
頷いた椛に、にとりは思ったことを話し始めた。
「椛ちゃんの気持ちは、とっても、とってもよくわかる。でも…ちょっとだけ、やり方が間違ってたかもしれないね」
「………」
無言で小さく、コクリと頷く椛。そんな椛を、
「ま、椛ちゃんの誘いを無視し続けた文が悪いと思うんだけどね~」
元気付けるように軽口を叩いたにとりだったが…
「そ、そんなことないよっ! 文様が忙しいのわかってて、それでも我が儘通そうとした私がいけないの…!」
真っ正面から否定されてしまった。
「フフッ…素直だね~椛ちゃんは」
「そ、そんなこと…」
どこかからかうようなにとりの口調に、頬を赤らめる椛。
「そんな椛ちゃんなら、」
急にまた真面目な口調に戻ったにとり。椛の頭にポンと手を置いて、続ける。
「これからどうすればいいか、わかるよね?」
「!………」
にとりの思いやりと、優しさ。それに答えるべく、頬を伝う涙を袖で拭い、椛はハッキリと言った。
「…うん!!」
「よ~し、いい子いい子っ!」
その言葉を聞いたにとりは、満足げに頷きつつそう言い…
「…わわっ! にとりちゃんっ!!」
椛の頭をわしゃわしゃと撫で始めた。
「恥ずかしいよっ… 子供じゃないんだからぁっ…!」
朱く染まった頬っぺたを膨らませ、椛は必死に反論するが、
「そ~ゆ~仕種が子供っぽいんだよ~♪」
にとりにその頬っぺたを指でつっつきそう言われれば、もう返す言葉も無い。
「ぅぅ~…んもおっ! にとりちゃんのばかぁっ…」
「アハハッ…っと、ごめんごめん、そうムキにならないでよ~………!」
笑いながらも謝罪の言葉を口にするにとりだが…突然押し黙った。
「? どうしたの?」
椛が不思議そうに問い掛けるが、にとりは軽く手を振りつつ答えた。
「…あぁいや、なんでもないよ。ちょっと噎せそうになっただけ。それより、そろそろ戻った方がいいんじゃない? もうすぐ文帰ってくるよ?」
「…あっ! …じゃあ、もう行くね!」
そう言って山の方に向く椛。と、再びにとりの方を振り返った。
「にとりちゃん…」
「ん?」
「ホントに…ホントにありがとう…」
「…礼は後で聞く。それより、しっかりやりなさいよ?」
「うん! 私、頑張るよ!!」
そう元気に言うと、椛は飛び立って行った。
(これで…良かったのかな?)
飛び去る椛の背中を見ながら、にとりは思う。
(こればっかりは、道具じゃ解決できないもんなぁ…)
壊れたカメラは、工具を駆使すれば直すことも出来る。だが壊れた絆は、道具では直せない。
そんなもどかしさの中出来たのは、せいぜいあれくらいの優しさをもって接する程度…
(…ま、こんなところっすね、私に出来るのは…)
後は二人の問題だ。
そう考え直し、にとりはスッと前を向く。眼前に広がるは、遥か広がる樹海。
「さて、そろそろこっちも…」
そう呟き…にとりは飛び立った。
椛と話し始めた頃、樹海の方で巨大な力と力がぶつかり合うのを感じた。しばらくすると片方の力が急激に弱まり、そして不意にどちらも消え去った。
もし樹海の妖怪同士でバトっているのなら構わないし、それなら他の奴らがどうにかするはずだ。しかしその力が片方、山の方へと向かって来たのなら話は別である。
先程押し黙ったのも、それに気付いたからだ。どうやら椛は気付かなかったようだが…
そう考える間にも、力はぐんぐん近付いてくる。近くなって気付いたが、どうやら敵は一体ではないようだ。
光学迷彩スーツを羽織り、スペルの発動準備を整えつつ、にとりは呟く。
「山へ…行かせるわけには…いかない…!」
そしてとうとう見えて来た二つの人影に向け、にとりはスペルを放った!
「先手必勝! 光学『ハイドロカモフラージュ』!!」
店主と十五分程のやり取りを終え、文は香霖堂を後にした。
パーツは無かったのだが、店主は境界の妖怪に依頼することを約束してくれた上、代わりのカメラを貸してくれた。
とりあえず一安心した文は、この事を報告しに、再びにとりのいる場所へと戻って来たのだが…
「…あれ? いませんね…」
(何処かに出掛けたかな? じゃあ後で良いか…)
そう考えたところで、誰かが呼び掛けて来た。
「あ~や~、ここッスよ~…」
その声はにとりのものだった。しかし…
「ん? …あっ、真下か…って、ちょっとどうしたのにとり!?」
なんとにとりは、傷だらけになって川の側に倒れていたのだ!
「大丈夫!? 何があったの!? 一体誰が!?」
真っ青になって質問しまくる文。そんな様子に苦笑を漏らしながら、にとりは文に話し掛けた。
「まぁとりあえず落ち着くッス。今から答えていくから…」
「まず、私は大丈夫ッス。こんな傷、一晩寝れば何とかなるよ。で、何があったかだけど… 巫女と魔法使いとの弾幕ごっこの成れの果て…と言えばわかってもらえる?」
なんとも簡潔明瞭な説明をしたにとり。それでも文は理解したようだ。
「んなっ!? あの二人、こんなとこまで何しに来たのよ!?」
「なんか、最近来た山の上の神様に用があるらしいッス。でもそんなことはどうでもいい。大事なのは、そいつらが山の方に向かったってことさ」
憤慨して語気を荒げる文に、にとりは宥めるような口調で言う。
「…と言うと?」
文が聞くと、にとりは溜め息交じりに呟く。
「さっき山に椛ちゃんが戻った。そしてあの二人は、」
「…邪魔するなら、誰であっても叩き落とすわねきっと、いや絶対」
文が後を引き取った。
「だから早く助けに行ってあげて。彼女が危ない!」
「…で…でも…顔も見たくないって言った手前…」
先程のやり取りを気にして悩む文だったが、そんな彼女を…
「いいかげんにしなさい!!」
…にとりは大声で怒鳴りつけた。
「!」
驚き飛び上がる文。
「いつまでもつまんない意地張ってないの! そんなものよりもっと大切なもの、あるでしょう!?」
「………」
「文、早く! 手遅れになる前に!!」
にとりのその叫び声に、文はぎゅっと目を瞑り…
「……椛っ!!」
そう叫ぶと、物凄いスピードで山へと飛んで行った。
(何とか…しなさいよ、文…)
文を見送ったにとりは、心中そう願いつつ、睡魔に身を委ね眠りへと落ちていった。
「きゃあっ!」
強烈な弾幕の応酬に、椛は思わず身を竦める。
妖怪の山、滝に程近いそこで、熾烈な弾幕ごっこが繰り広げられていた。
椛を攻撃しているのは…言うまでもなく博麗 霊夢。そして隣には霧雨 魔理沙もいる。
「私たちは山のてっぺんの神様に用事があるの。さっさと通してくれない?」
霊夢がうんざりしたように言う。
「許可無き者を…通すわけには…いきません…!」
だが椛は、ボロボロになりながらも譲ろうとしない。
「全く、仕事熱心だなぁ… だが、邪魔するならこっちも手加減しないぜ?」
そう言うや、魔理沙はスペカに魔力を注ぎ始めた。
「こっちも急いでるんだ、早くどいてくれよ…」
呆れたように呟く魔理沙だが、
「絶対通さない!」
やはり椛は退こうとしない。
「…止めは任せたわ」
「仕方ない…行くぜ?」
霊夢がそう言い、答えた魔理沙は椛に八卦炉を向け、スペルを唱えた!
「恋符『マスター…」
「岐符『サルタクロス』!」
魔理沙が詠唱を終える寸前、上空から叫びが聞こえ、続いて無数の弾が二人に降り注いだ!
霊夢は結界を張り何とか凌いだが、スペル発動寸前の魔理沙は避け切れず直撃する。
「うわっち!」
「まさか…?」
「来たわね…」
そう呟く三人の上に見える影。
「あやややや…二人がかりとは、何ともずるいですねぇ」
降り立ったその影は、紛れも無く射命丸 文その人!
「あ…文様っ…!」
「二人がかりでなんてやってないわよ。最後だけ魔理沙に任せただけ」
「でも、二対一は卑怯ですよ。私が相手になりましょうか?」
言いつつ、戦闘体制に入る文。魔理沙が楽しそうに叫ぶ。
「よっしゃ望むところだぜ! 行くぜ霊夢!…ってお前どこ行くんだ!?」
「先行ってるわ。あと、よろしくね~」
…そんな魔理沙をよそに、霊夢は消え去って行った。
「卑怯だぞ霊夢! …そしてちょっと待てそこの鴉天狗!!」
「何でしょうか?」
大慌てで叫ぶ魔理沙に、すでに臨戦体制に入っている文は心底不思議そうに問い掛けた。
「…いや、待て。ここは穏便に話し合いでだな…」
「椛とにとりをこんな目に合わせて…無事でいられるとでも?」
「頼むブン屋、待ってく…」
「覚悟ぉ!!」
「うわああぁぁ!!……」
「くっ…満身創痍…だ…ぜ…」
そう言い残し、魔理沙は気を失った。
「ハァ…全くもう!」
疲れと呆れで溜め息をついた文に、椛がおずおずと近づいて来た。
「文様…あの、私っ…!」
だが、なかなか切り出すことが出来ない。
「あ…ぇと…その…ご」
「ごめんなさいっ!!」
「…ふぇ?」
椛がビックリして文を見る。
それもそうだろう。なんと文の方から謝って来たのだから。
「私…あなたの気持ち、ずっと何にも考えてなかった… あんな酷い事言って、本当にごめんなさい…」
「わ、私こそっ! むしろ私が謝らなくちゃなのに… 大事なカメラ壊しちゃってごめんなさい!」
文の行動に勇気付けられたのか、慌てて謝る椛。
「カメラの事はもういいの。それより…」
俯いてそう呟く文に…椛は突然、抱き着いた。
「ぅわあっ!」
「私も全然気にしてないよっ! だからこれからもずっと、仲良くしてくれる?」
「……もちろんですよ!!」
そして数日後…
(二人とも、仲直りできたッスかねぇ…?)
そう心配しつつ、にとりは文の家の扉をノックしようとする。と、中から声が聞こえて来た。
「文様ぁ、気持ちいいですか?」
「んふっ…! ちょっと椛、くすぐったいわよぉ…!」
「じゃ、もう少し強くしますよ…?」
「ぁ痛っ! 今度は強すぎよっ…」
「ご、ごめんなさい」
「もう少し優しくしてよね…」
「ちょっとあんたら、昼間っから何してるんスか!」
にとりは赤面しながら中に飛び込んだ!
「ぇ?」
「あらにとり、どうかしたの?」
「………あれ? …何してるッスか?」
眼前に広がっていたのは…
「文様の肩揉んでただけなんだけど…」
「椛に肩揉んでもらってたんだけど…」
仲睦まじき、肩揉みの光景だった。
「ありゃ? でもそんなはずは… だって声が…声が…」
「…にとり?」
一人呟くにとりに、文が問い掛ける。
「…あ、いや、何でもない… それより、仲直り出来たんスね?」
話題を逸らすようににとりが言った。
「えぇ、お蔭さまでね」
「にとりちゃん、ホントにありがとっ!」
お礼を言う二人。そんな二人を見て、にとりは思う。
(まぁ一件落着、かな… この二人なら、上手くやっていけるでしょ)
「ねぇねぇ、にとりちゃんも遊ぼっ!」
「よしっ、じゃあ弾幕ごっこでもする? 文対私と椛ちゃんで」
「うん、それで決まりっ!」
「ちょっ、そんなのあり!?」
秋深まる幻想郷の妖怪の山。今日もそこに、楽しげな笑い声が響くのだった…
Fin.
面倒見のいいにとりがいいですね。
椛もかわいい。
このくらいの長さなら分割しなくても大丈夫だと思いますよ。
話が途中で大きく場面転換するわけでもないので、下手に切ると逆効果かも。
良いお話ではありましたが、最後の百合風味は余計かと。百合っぽく書くなら最初から突っ走ってくれたほうがいいと思います。
あと、これはどっちでもいいんですけど風神録の流れと違うので少し違和感がありました。
単純ではありますが表現もよくて面白いです。
最後のは百合云々ではなく、単に仲良しになっただけですよね。
後日談として必須ですね。
ストーリー立ては悪くは無いんですが、話の流れが順当すぎて先が読めてしまったというか。
何となく物足りなさを感じるのは仲違いを起こしてから仲直りまでが早いのが原因かも。
会話文がメインの構成なのですが、情景や心理の描写を加えるともう少し厚みが増すかもしれません。
ご馳走様でした
もみっちカワイイよ!