おや、烏の雛じゃあないか。一羽でいるなんて珍しいねえ。
うん・・・うん、まだ小さいねえ。食べるにしちゃ早すぎるし今日は機嫌がいいほうだからさっさとこの場から離れたほうがいいよ。
っていうか怪我してるね。布ぐらいしか無いけど巻いておくかい?少しは楽になるだろう。
じゃあ気をつけていきな・・・ってどうした? あたいを突っついて。あそこに何かあるのかい。
おおっと、烏の死体かい。
・・・状況を考えると、あんたの親鳥ってことかな。
散らかりっぷりから見たらでかい鳥にでも襲われたって事かねえ。
いや、もう無理だよ。完全に死んでるってば。起こしても起きないんだよ。残念だけど。
分かった分かった。埋めておく。それであんたも諦めがつくだろう。
食べられそうにもないしね。
本当なら自然に任せて誰かのお腹に入るべくだろうけどその子供?たっての望みだってんならしょうがないさ。
よし、じゃあこんなもんか。
お望み通りに弔っておいてあげたよ。
それじゃああたいは・・・ってなんだい、その虫。あたいへのお礼のつもりかな。いや、いらないってば。それはあんたが食べなよ。そのこれから生きていくの大変なんだろうから。
どうしてもかい?分かった、じゃあ半分ずつにしようか。
ってなんだい。ついてくるのかい。
あたいについてきてもそんないい事ないと思うよ。しょせんはあたいも野良妖怪なんだからさ。
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CROW × 人
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「カア」
「お、そんないい肉どこから持ってきたんだい」
旧都から少し外れた寂しい場所。
紙に包まれた新鮮な肉にあたいは小躍りしていた。
キメの細かい白い筋。新鮮味溢れる赤い身。あたいの財布じゃお店のガラスの中から到底取り出せないような代物じゃあないか。
こんなもんどこから持ってきたんだか。
人型になれたはいいんだけど、あたいはどうにも火の車。
地上に出れば人間の死体ぐらいはごろごろ出るけどこんな地下じゃあそれも無い。
それゆえあたいはどうにもこうにも弱い存在。
たまに橋姫のおねーさんやら土蜘蛛のおねーさんやらから紹介してもらって働いた日銭と、動物の狩りで口に糊して過ごしている。
祝い事で参加自由の宴会なんてのもあるからそういうのも利用する。
「カア」
「ああ待て待て、今切り分けるよ」
でもそんなあたいにも相棒がいる。
それがこの真っ黒い地獄烏。身体もでかいが羽根を広げりゃもっとでかい。
怪我してたのを拾ったのが始まりだったかねえ。その時は片手で持てるぐらいだったのに今じゃあたいの頭ぐらいにはなっている。
こいつは地底を飛び回って旧都の様子、人の動き、色々な情報をあたいに持ってきてくれる。たまにこうして食べ物も持ってきてくれる。
「滅多に食べられないもんだし慌てて食べるんじゃあないよ」
あたいとこいつはそれからずっと一緒の長い暮らし。今も昔も言葉は通じないけれど、あたいらはしっかり繋がっている。
喜んでるとか怒ってるとか元気無いとかだいたい分かる。
知り合ってから数十年。
とっくに妖力はあるみたいだしあたいみたいに人の形になったりしてくれないかねえ。そしたら会話も出来るのに。
まあ、いいか。今はこいつの戦利品を味わう事にしようかねえ。
─
「あらあら」
珍しく腹も大いに満たされて少し眠ろうかと思った矢先。
見知らぬ奴があたい達に声をかけてきた。
桃色でボサっとした髪をしたちっこい人。あまりやる気無さげな目をしてて、その胸には不気味な赤い目がついている。
「・・・なんだい?」
「眠る前でしたか、それは失礼」
寝る寸前に入ってきたせいであまり相手の気乗りはしなかった。寝ようかと思ったのに。
興味本位で声かけてきたか「邪魔だ」と言いに来たかのどっちかだろう、どうせ。
「私は古明地さとりと申します」
さとり?
はて、どこかで聞いたような気がする。
すれ違ったとか風の噂とかじゃなくもっとこう、はっきりと質量のある記憶として。
なんだっけ、やたら都で呟かれてて確か割とよろしくない評判だったようなそんな風で、
「そうですね・・・地霊殿の主、というと分かるでしょうか」
ああ、地霊殿か。
確かあそこにゃ怨霊がいっぱいいてそれを封じるためのでっかい屋敷で。
そこでは確か心を読むとされるどえらい妖怪がいるとかなんとか。そんなところの主か。 ・・・主だって?
記憶の回路が繋がった瞬間、ぞっとなる。
「おい、起きろ、ちょっと」
「?」
戸惑いの言葉が口から出そうになる。むりやり押し込めて眠りこけてる相棒を揺り起こす。
とんだ大物じゃないかこの人。かしこまって相手しないといけない人じゃないか、そんな人が何でまたここに、さらに野良妖怪なあたいに声かけてきたんだ。
理由は分からないが万一何かがあった時のために逃がす用意はしておかないと。
「ああ、そこにいたのでしたか。・・・実はですね、その烏さんが私の家からお肉を持っていきましてね」
うわあ。
直撃された事実。何てことだ。
とんでもないところから持ってきたもんだ、この烏。
本人のんきに寝ぼけ顔してるけど。地主に刃突き立てたもんじゃあないか、これ。返そうったって既に形は存在しないし。
いやまあ食べる前に返そうったって場所も分からなかったんだけどさ。
「なるほど、既に手元には無いということですか」
まずい。
本当にこの人は心を読む妖怪なんだ。
このままだと下手したらあたいらここにすらいられなくなる。地底ですら追いやられたら果たしていったいどこへ行けばいいんだ。
弁償しようにもあたいに買える金なんて持ってないしどうしよう。
「うちに来てくれます?」
ああ、ダメだこれ。獣の本能が命じてる。力の差みたいなのがすっごく伝わる。
抵抗は完全に無意味だ。下手に暴れてボロボロになるよりは働かされるぐらいで済むかも知れない。ここはもう大人しく投降するとしよう。
───
という訳で連れてこられた地霊殿。
数多の猫がこのさとりのお出迎えにやってきた。
毛並みもいいし丸々してるし顔も穏やか、擦れたような雰囲気も無い。
丁寧に世話されてるしこいつらずいぶん幸せに生きてるようだねえ。
「という訳でしてね」
革のソファがずいぶん固く感じる。
あたいはもはや刑の執行を待つ罪人だった。いやまあ、実際に罪人なのだけど。
「はるばる来て頂いたのは他でもありません」
完全敵地で肩にいるこいつが唯一の味方だけど、こいつ自身がここに連れてこられた理由でもあるんだよなあ。
「こいつが」とか責めるつもりは無いけれど。
というか、偉い人に見つめられてるのに何だかぜんぜん緊張感持ってないなこいつ。
「私の家で飼われません?」
「は?」
意外性のある一言が刺さってきた。
家、って、ここですか。飼われるってなんですか。そういうアレな趣味ですか。
じわりと退いて席を立つ準備を整える。やばい今すぐ逃げなきゃあたいのプライドとかが色々へし折られる。
「ああ失礼、そういうのではなく。実はあなたに仕事を一つお任せしたく思いまして」
その反応、絶対あたいの慌てる様が見たくて言ったな。食わせてくるなこの人。
偉い人ってのはそういう嗜好でもあるのかい。
あたいの肉が盗んだ肉の代わりってか。のこのこ来たのは失敗の一手だったのか。
「この地霊殿の役割は旧灼熱地獄の怨霊を管理する仕事です。
しかし、正直言うなら怨霊を操れる人材がいません。私が一応管理者なのですが、ほとんど手が回らないのです
それゆえにその管理を任せたいのです。火車であるあなたに」
もう少し詳しい話を聞いてみることにすると。
まあ、つまりここにある一画をあたいに管理してくれってことで。そのためにあたいが適格だったと。
ざっくりと聞く限り問題は無さそうだった。
怨霊はこの姿になってから話し相手だったし食べる物でもあった。数が多くても問題は無いし。
「衣食住は保障します。少しですがお小遣いという体でお渡しもしますよ」
なんか、スカウトでもされたって事なのかな。
まあ裏が無いとするのならあたいとしては悪い話ではないか。食事は出るし住み込みもありか。
話を聞く限り怨霊を操る仕事らしいのでよほどでなきゃヘマはしないだろう。
しかしまあよくあたいを探し出したもんだなあ。見たこと無いけどその手の同業者が少しはいてもいいはずなのに。
こいつが肉を盗ってきたりしなかったら触れることの無かった縁だろうし。
一つの偶然から一気に変わるってのはこういう事かな。
「「飼われる」と聞いて連想した”そちらのほう”のお付き合いも良ければ致しますが」
うるさいよ。
─
という訳で話もまとまったので、あたいはここに住む事になったのだけど。
その折に空き室を一つ貰えることになった。部屋は余ってるとのことで。こちとら長い間、部屋の無いところにいたってのに何か不公平だねえ。
柔らかいベッド二つと・・・こいつ用だろうか、なんか藁並べたところがあった。
年季が入ってる様子は無いから、あたいらが外で使っていた荷物を回収しにいってる間に用意されたものだろう。
藁の束が二つ並んでたらどうしようかと思ったけど良からぬ心配だった。
とりあえず一回腰を下ろして、一呼吸、緊張を解す。今の状況を見回す。
寒さも風も無い。床も暖かい。ついさっきまでいた環境とは雲泥の差だった。肩の烏も藁束に座り羽根を休めていた。
いきなり環境が変わったことにまだ信じられない。ほんの数時間前はいつも通りに適当な場所で寝ようとしていたというのに。
「良かったのかねえ」
「クアー」
ぼんやりと呟いてみる。なんとなく、飲み込みきれないけれど少なくとも今夜はここで休んでいいのだろう。
いきなり飼うとか言ってくるから不安だったが、少なくとも良い方向には向かったのだろう。
過程はどうあれこいつのおかげって事になるのかねえ。
「気に入ってもらえた?」
「そりゃもう」
「カァ」
さとりさん、いや、さとり様の方がいいか。
改めて挨拶に向かった。これから家主かつ雇い主だし、偉い人だし。
「そんなにかしこまらなくていいのよ。仕事上の付き合いで終わりたくはないわ」
「まあ、そのうち慣れると思いますよ」
「期待するわ」
「ところで、その子のことですが」
さとり様が指差したのはあたいに乗ってる烏。
「名前とかは?」
住処にいたら勝手に集まってくるから特にそういうのを考えたことは無かった。
あたいがこの名前をいつから呼ばれてたのかは・・・残念ながら覚えてない。いつだったか、誰からだったか遠い話。
「つけた方がいいと思うわ。色々と」
「あー・・・だったら折角ですんで」
あたいが自分で名付けるのもそれは何か違う気がした。こいつはあたいの物って訳でもないのだし、こいつはこいつなのだから。
だったら、他の人に命名してもらうのもいいかも知れない。
「そうですか、でしたら」
という訳でさとり様に一任することにしたのだった。
そして、ほどなくしてこいつの名前は「空」と名付けられた。愛称は「おくう」である。
─
柔らかいベッド、そして安心というものは実に素晴らしいものだねえ。
夢を見ずに眠れるってのがどんなに疲れが取れるかとよく分かった。
ここまで何もしないのもなと思って食堂に出てみたらそれより早く朝食が用意されていた。
焼いただけのものとは違う手間のかかったはるかに美味しい食事。
あたいらだったらお金払って食べるようなものがわんさかと。
「早速ですが簡単に仕事のほうを説明しましょうか」
さとり様に連れられていったのは裏庭。大きな蓋が開かれる。
こりゃあ暑い場所だ。
最初が一番広い穴、深くなるにつれて狭くなっていき一番下には大きな火が焚かれてる。
灼熱地獄の事は少しだけ知ってたがこういう場所だったのか。
死人の怨霊もたっぷり蔓延している。
まあこいつらはあたいの範疇だ。そのために雇われたんだからね。
一緒にくっついてきたお空は基本的には見回り担当だ。
地獄に異常が無いかとばっさばっさと飛び回る。
周囲から怨霊が来ないかを見たり、定期的に上へと飛んでさとり様から言伝や受け取る物があれば持ってくる。
灼熱地獄の燃料なんかはお空には重くて持てないが、それを見つけるとかの任務もある。
「慢性的に人手が無くてごめんなさいね。出来る限りのサポートはしますので」
よし、じゃあ早速。
あたいの旧灼熱地獄の初仕事、張り切って開始致しますか。
─
「今日も異常無かったみたいね」
おっと、何も言ってないのに報告が終わってしまっていた。
いまだに慣れないな、この感覚。喋らずに済むのは楽だけど。残りは書類出してささっと終わりだし。
と、まあこんな感じで一週間ほど経過した。
最初は色々と苦労はしたけれど
地獄を占領していた怨霊はあたいが言うことを聞かせられるのでだいたい統率が取れるようになった。
整備、燃料の投下、さとり様から比較的に時間のあるペット達を貸してもらってそれらを執り行う。たまに勅令で地上に出て死体をかっさらって帰ってくる。そして投げ込んで燃料にする。
そして今日一日の報告をさとり様に告げてお仕事終わり、と。
どうもさとり様はこういう力があるから嫌われているのだそうだけど、あたいとしてはそれほど苦しい訳じゃない。
慣れるという事は難しいけれど、要するに「正確無比に鋭い人だ」って考えればある程度は落ち着ける。
それに、動物可愛がってるシーン見てたら悪い人じゃないのは分かる。
というかむしろあたいが猫になってぶらついてたらがむしゃらに撫でられたのでよく分かる。いやもう恥ずかし過ぎる。
だがしかし、あたいが気になるのは
「・・・早いねえ、お空」
「カァー」
黒い烏がさとり様の頭に乗っている。
あたいならともかく身長の小さいさとり様だと余計に大きく重そうに見える。その髪のぐしゃぐしゃ気に入ったんだろうか。
あたいが報告に来る前にお空がさとり様のところにやってきている。
好意的に取れば「あたいが報告に来る」という事をさとり様に知らせに行ってたりするんだろうか。
仕事中はほとんど姿を見ないから何してるのか分からない、でもいつもここにいる気がするのだ。気のせいかな。
心を読めるさとり様の最大の特徴は、動物の声を聞けるということ。
だからお空の声もきっと聞こえているのだ。
あたい達がここに来る前に周りとどういう付き合いをしているのかは分からないけど今はさとり様によく懐いてる。どんな風な声を聞いているのだろう。後で色々聞いてみたりしてみようか。
「考えてることが伝わるみたいではしゃいでるのよ」
さとり様から妙な先手が打たれた。ああやっぱり読まれるとテンポが狂う。
他の今いるペット達と似たようなものだろうか。
今日の分の報告書をまとめて適当な場所に置いて少しばかり考えてみる。
あたいも最初に動物でそこからさとり様と一緒にいたとしたら同じ風に馴染めただろうか。ここにいる人たちはだいたい動物の頃から飼われてたのばっかりだし。
「少しずつでいいわ」
「ん、あ、ああ、そうですか」
さとり様もどうやらその辺は気にしてるみたいだなあ。苦しい訳じゃないけどだからと言って簡単でもないし。
あたいもまあ新参だしそういうのも含めてやっぱり「少しずつ」でしか無いだろうなあ。
「お空からもあなたのこと色々聞かされてるわ。あなたの感じ方もそうだけど、相当大事な存在みたいね。お互い」
「そうですねえ」
お空からどういうことを聞かされているのだろう。
悪い噂ではないようだし、間接的だが大事な存在と思われてたのはいいかな。
「あなた達の関係は「使役してる」という感覚でも無いみたいで不思議ね。ペットでもないし、どういう感覚でいる?」
どういう感覚、か。ペットだ使役だとかじゃあない。あたいにとっては長い付き合いで、もっとそれ以上。
言いたいこともよく分かるようなそんな関係を表す言葉は、だ。
「そうですね・・・大事な友達です」
「「だからあまりベタベタされると」ですか」
あ、ダメだ。あたいの背筋がちょっと寒い。長居は危険だ、これ以上にいると色々と危ないことが起こる。
牙を向くとまではいかないけど気恥ずかしいやらで口を塞がなきゃいけない事態になりそう。
「嫉妬してる?」
「まさかそんな」
隙間を狙ったような言葉が入ってくる。橋姫のお姉さんからよく聞いた感情。
ガラスの向こうの物を欲しがるのとは違うらしい。人に対して向けられる感情。お空がさとり様と仲良いことへの、ってことかねえ。いやまさかそんな事は。
あたいら鉄壁だし。これぐらいでは揺るがないし。
「なあに?お燐もなでられたいの?」
「いやあたいは別に」
「そう」
何故そうなったのか。がっしりと後ろから掴まれて引き込まれる。
不意を突かれたあたいの世界が横になる。体勢を崩されてソファに転がされたようだ。
「遠慮しないの」
「ふえ!?」
そのままさとり様にのしかかられわっしゃわっしゃと撫でられる。
さとり様の手が髪の毛をさらさらと、その指に耳をなぞられあたいの身体がのけぞってしまう。
「や・・・にゃぁ・・・!」
じたばた足掻くも無力にされお空の目の前であたいは散々に弄ばれた。気恥ずかしいやら何やらに。
猫可愛がりと言ったって人の形の時にやられるのはそれこそ形無しにされてしまう。
「いつもお疲れ様」
しこたま撫でられて解放されてからの後、なんか労われた。たった今すごい疲れたんですけど。
どうもこうもこの人は掴みづらい。読んだうえで行動するからもっと上手を行かないとならない。
「あなた達は仕事のために招き入れたけど、私としてはそれ以上の関係になってほしいわ。家族とか、そういう風に」
その結果がこれですか。
もうちょっとこう、別の形があったりしませんでしたか。
「他の形じゃ距離は縮まらないわよ。私に会うたびに堅くさせたくはないもの」
うーん、まあさとり様はさとり様で距離を縮めてくれようとしてるってことなのかな。
人の形してても動物と同じ、って考えたりしてるのかも知れない。それが正しいのかは分からないけど。
「家族みたいに」とは言ったがその言葉がいまいちあたいの中で想像出来ないのがもどかしい。
─
で、だ。
それからまた一ヶ月。
あたいは地霊殿の仕事にはすっかり慣れてきて、お空と一緒の仕事も板に付いてきて。
帰ってきたらご飯にお風呂、適当にぶらついてお空と遊んだりしてそのまま眠る。たまの休みはしっかり寝ておく。
この広い場所があたいに相応なのかはともかく仕事はとにかくスムーズに回るようにはなった。
膝に乗っけたじんわり温かいお空を撫でる。
もさもさとした感触、羽根もきびきびしてて鋭い、纏うのが毛皮じゃないから鳥はやっぱ違うねえ。
ああやっぱり長年こうやってきた感触は落ち着く。寒い時はこうして温まってたもんだ。
「最近さとり様とずいぶん仲良くないかい」
お空に尋ねるのはどうにもこんなことばっかだ。聞いても返ってこない質問だけど。
心の中はざわついてくる。あたいも仕事でそんなに構えない以上は仕方ないとは思っているがそれでもやっぱり気にはなる。
さとり様と遊んでるお空はいつでも嬉しそうで。・・・嫉妬ってこういうのだろうか。
「カァ」
お空はあたいの膝に身体を擦りつけてくる。"そんなことはない"とかそういう事だろうか。
分かってなくてただただ甘えてるだけかも知れないけど。
「最近ずいぶんと怪我してるじゃあないか」
「クアァ!」
ちょっと持ち上げてみる。ばたばた暴れてるが気にしない。
お空はここ最近妙に擦り傷が多くなってる気がする。胸の辺りだとか首の下辺りだとか。
こいつ何かやってるんじゃないだろうか。今までこんな無茶なことする奴じゃないんだけどなあ。
誰か折りの悪い奴とでも喧嘩してるのかな。あたいに烏の事情は分からないが。
「なんか大事なことがあるんならあたいにも教えてほしいなあ」
まあ教えられてどうこう出来ることも少ないんだけど。
あたいだってさとり様は嫌いじゃあないさ。
ただまあ最近で考えるなら明らかにお空とは会う時間が減ってきている。あたいが縛れるものじゃあないが寂しい。
「お空が楽しそうならそれでいい」とか割り切れる気がしない。
こいつにあたいの声は伝わるだろうか。
こういう時にさとり様の能力がうらやましく思う。だからこそ、さとり様の側によくいるのかなあ。
あたいがそういう思いを抱くなんて。長くずっと二人っきりだったからこういう事になるなんて思いもしなかった。
これが嫉妬、ってやつなのかな。
「いやあ、疲れた」
と、まあお空と遊ぶのもたけなわだが、夜も遅いしそろそろ眠気がやってきている。
それなりに体力に自信はあるつもりだったけど仕事となればまた別だ。
食べ物を探すのは失敗してもあたいが空腹になるだけだけど仕事の失敗は全部に影響が出る。
ここに来る前の小さな仕事は一日っきりで終わるからそんなに感じなかったけど、継続する仕事であれば積み重なるようにのしかかってくる。
言っちゃあなんだが他の人らは緩いんだよねえ、家の手伝いって感じで。まあ合ってるんだけどさ。あたいが違うだけで。
うつ伏せになってたあたいの上にお空が乗ってくる。
だかだかと歩いて腰の上で立ち止まった感触。
「なんだい、気使ってるのかい」
押し込まれるような感触を考えるにどうやら踏んで揉みほぐそうとしてるようだ。
しかしまあお空は肩に乗せられるぐらいだ。腰に乗ってもたかだか知れてる。
というか痛い。
嘴も爪も体重がかかってるところが全部鋭いから痛い。
気持ちはありがたいが実利で言うなら役に立ってはいない。
「お空も人になったりしないもんかねえ」
「カァ」
「あだだだ!」
なんか爪が深く食い込んだ。なんだ、癇にでも触ったのか。
さとり様曰く、人に変化するにはそれなりに妖力が必要だったり、色んな条件が重ならないとそういう事は出来ないらしい。
あたいもまあよく分からない内にこうなってたから詳しいことは言えないのだけど。
どんな姿形になるんだろうか。普通に比べりゃこいつはでかいからやっぱり背丈もでかくなるのかな。
全身真っ黒な化け物だったらどうしよう。
そういや普通に女扱いしてたけどもし女顔の男だったとしたらどうしようか。そうだったらさとり様が教えるか。いや、あの人のことだからとぼけてる可能性もあるか。
まあ最初は人の体に苦労するだろう。あたいだってそうだった。
足の動かし方とかバランスの取り方とか。練習してけばそのうち慣れるだろうし。個人差があるのかは分からないけど。
急ぐ話じゃないのだしそんな事があったらゆっくり待てばいいさ。
「おくう・・・明かり、消しとい・・・」
烏じゃあ無理かな。でもこの睡魔には勝てない。うん、まあいいや。疲れた後の睡眠欲は強い。他の二つよりすっごい強い。春先だけはちょっと弱い。
明日さとり様に明かり付けっ放しを怒られるかなーとか思いながらゆっくりと瞼が落ちていった。
意識が落ちる瞬間、世界がほんの一瞬暗くなったようなそんな気がした。
─
「・・・やっぱり難しい感情抱えてるわね」
じっと見てて思ったこと。
お燐はやっぱりお空に対しては特別な感情を抱えてるようだった。
この二人は不思議な関係だ。人(として生きてる妖怪)と動物であっても"親友"というのが成り立っている。
寿命の長い者同士だからこそ出来た絆なのかもしれない。私は覚という種族上、そういうものが出来たことが無いのも含めて理解は難しい。
昼より少し前。
定時連絡のように窓から烏が一羽やってくる。体格は普通の烏より一回り大きい。
烏の顔というのはそうも見分けられるものではないが彼女はそこだけ見ればよく分かる。
「ねえお空」
窓から入ってきたその子は人の形になった瞬間、べしゃりと絨毯へと倒れた。
手を差し伸べる。
私の手を支えに不自由に手足を動かして震えた二本足で立ち上がった。
「うう・・・すみません」
「まず安定することから始めなさい」
しばしの格闘の後、揺れていた重心がぴたりと止まる。
翼の風が吹いてくる。ばさばさと言う音とともに黒い影が右往左往する。
黒くて長い髪、長い背丈、それに合うような大きさの翼。
烏の面影を残した少女が震えて一歩を踏み出そうとしている。
それは人の形になれたお空の姿だった。
お燐はお空が人の形になれればいいなと思ってる中で、お空はすでに人の形になれていた。
───
話は少し遡る。
お燐とお空がここに来てから、半月ぐらい経ってからの話。
「あ!どいてどいてえええぇぇぇぇっ!」
「え?」
どべちゃあ、という音がした。ものすごい重い感覚だった。
空から空が落ちてきた。
正確に言うと空からお空が落ちてきた。私の上に。
「あああ大丈夫ですか!?さとり様!」
「待って振らないで頭痛い」
鈍痛苦痛に振り回された。言うまでもなく逆効果で私の意識も飛びそうになる。
とっさに肩を掴んでどうにか制止させた。
改めてよく見てみる。
落ちてきたのは当時の私には見慣れない子だった。
地霊殿にいるペットを私自身が把握しきってる訳じゃないがこんなモデル体型かつ埋まるほどの巨乳に見覚えは無かった。
鳥の人化なのは分かるんだけど。
「・・・飛べないんです」
落ち着かせて、私が最初に見たその子の顔は今にも泣きそうだった。
この子は吐き出すように私に矢継ぎ早に説明してきた。
自分がお燐と一緒にいた烏のお空であることと人になってどうなったかの経緯。
そして、自身の身体の異常に気づいて何とか解決しようと不自由な肢体を引きずり高いところから飛び立ったということを。
・・・私が下にいなかったら無事だったのかしら、この子。
いや私が無事じゃなかったのだけど。
「この姿だと、飛べないの」
背中には大きな羽根があるというのに。お空は人の形では飛べなかった。
どうにか二本の足で立って、ゆさゆさと揺れながら小さくジャンプするのだがその身体が浮くことは無かった。
生まれた時からやってた動作が人型では出来なくなる。
私のペットでも何人か人型になれたが、だいたい最初はそうだった。元の動物との身体の構造に戸惑うのだ。
満足に動くのに多少の時間は必要になる。
だから、それが普通であるのだから焦ることは無いと言ってはおいたのだが
「お燐が、待ってる」
その童顔に浮かぶのは強い決意と、必死で悲壮な顔だった。
自分が早く役に立ちたいと思っている力を持ちたがっていた。
自由に形態を変更出来るのなら必要に応じて変わればいいんじゃないか、そんな疑問も出てくるが、
「だってお燐すごい力仕事してるんだもん。がっかりさせたく、ない」
涙の声が混ざっている。それだけ必死で感情が沸き立った声。
旧灼熱地獄は、縦に深く螺旋のような地形になっている。
死体を抱えて宙に浮けるぐらいでなければまともに投げ込めやしないのである。
満足に動けてない内から立てる目標ではないのに、力仕事の手伝いをしたいと願っている。
まだ今までのように伝令役でいいんじゃないかとも思うのだけど
「毎日疲れて倒れてるんだもん、そんな姿ずっと見てて、早く手伝いたい」
座り込んで休んでいる時も多々あるらしい。
人手はそれなりに出してるけれど暑さに適正が無ければまともに働けないような場所。割ける人員もなかなかいない。加えてお燐はどうも頑張り過ぎる。
目の前で見てるお空にはたまったものではないだろう。
「バサッていけば、とか風を感じろ、とかよく分からなかったし・・・」
先駆者に学ぼうにも他の人化出来る鳥系の子の説明では参考にならないらしい。
体型や種族による個人差は大きいのだろうか。
だからどうしても自分で掴むしか無いらしくお空の肌には試行錯誤の傷が多々あった。
───
「ほら、まずは壁を支えにして」
「は、はい・・・」
という訳で私が、しばらく見ていくことにした。
このまま放っておくともっと高いところから飛びかねないだろうし
お燐に渡すのが一番だとは思うのだけれどお空自身がどうも譲らない。それに、それだけ仕事が大変だとお燐も「見てる暇無い」とか思ってしまうかも知れない。
─
気持ちが焦る。
また転んだ。焦ればまた私は動けなくなる。
もっと自然に、もっと大きく。飛べない。羽根が浮いてる感覚はするんだけど身体が浮きあがらない。
どうすればいいのか分からない。
私は今この安全なところで練習出来るけれどそうでない時のお燐はどうだったんだろう。
四つ足から二つ足になった時も苦労したのかな。
一番最初に会った時からお燐は歩いていた。どれぐらいの頑張りがあったのかな。
お燐、絶対怪しんでるよ。早く飛べるようにならないといけないのにどうしても思い通りに動かない。
仕事中に、突然だった。
外で羽根を休めていた。その日はすごく身体が熱かった。
私の目線がずっと高かった。気づかないうちに高台にでも乗ってたのかと思った。
自分の手が羽根じゃなかった。お燐やさとり様の使っているような手だった。
重心が全然違っていた。はるかに上にあった。何も咥えていないのに、嘴で大きな物を咥えてる時のような感覚がしていた。
転んだ時も痛かった。足が長くなっていてお尻を硬い地面に打ち付けた。
改めて考えて自分の姿を捉えてみて、そこでようやく「人の形になったんだ」って分かった。
「お燐と同じ形だ」と嬉しいような気分だったのも束の間、問題だとも思った。
足もほとんど動かせないし、このままじゃ満足に動くことが出来ない。今のままじゃ立ち上がることすらも出来ないからだ。
大きな翼もあるのに飛べやしない。さとり様もお燐も飛べるのに私は全く烏になれない。
とりあえず、戻ろう戻ろうって祈るように思っていたら元の烏の姿になれた。
ひとまずは安心だった。もしずっと人型のままだったらどうしよう、なんて思ってもしまった。
でも烏になった時の感覚は違っていた。周りの見え方が違っていた。お燐やさとり様の使ってた"言葉"が私の中に浮かび続けていた。
烏の姿でお燐との仕事の隙を縫って飛び回ってみて、同じように人に変化出来る鳥妖怪達にたくさん話を聞いてみた。
聞いた話を試したけれどダメだった。
私と同じ地獄烏からの人なら分かるかも知れないけど、どこを探しても見つからなかった。
早く飛ばなきゃと気持ちが焦り始める。このままじゃお燐のことを手伝えない。
─
「疲れてるでしょう」
「いえ、別に」
なんかふわっと抱きつかれた。
ロビーでぼんやりと、半分寝ていたようなものだったので不意を突かれた。
どうやら仕事の話のようだ。毎日の量は多いが弱音を言う訳にもいかない。そういうのが仕事だと思っているから。
「あなたが来てからずいぶん落ち着くようになったわ。でもあなた自身が無理しないで誰かに任せるべくは任せなさい」
「そういう訳にも」
任されてる以上は責任ってのが付いてくる訳なので。
「最後まで残って片づけてるのでしょう?」
「ええ、まあ」
「そのせいでいつも帰りが遅くなる、って」
「そういう日もありますけど」
いつも、ってほどでもない。それにちゃんと夕飯の時間には帰ってきている。ギリギリ駆け込む時ぐらいはあるけど。
心配されるほどのことでもないはずだけれども。
「聞いてるわよ、そういう話」
誰からの話だろう。
地獄の中で仕事中での話を聞いてきたとして、さてどうすればいいものかな。仕事中ぐらいはしゃきっとしてないダメかねえ。
もう少しだけ効率良いやり方を考えてみるか。
「そんなに肩肘張らないで。完璧でなくていいのよ。あなたを管理者という位置に就けたけど全責任を負う必要も無い」
あたいを抱く手がぎゅっと強くなる。
心配かけさせてしまってるのかな。怨霊が逃げ出したりすると余計に面倒になるからここで押さえとくべきだとは思ってるんですが。
「そうじゃなく、張り詰めないでほしいのよ。完璧な仕事にしたいがために身体を壊してしまっては元も子もない。自分の手の及ばないところは無理に伸ばさず、人に頼りなさい」
「あたいとしては普通にやってるつもりなんですが」
「気兼ね無く頼れる、というのも大切なことなのよ。家族というのは」
まあ、要するに頼れってことになるんでしょうかね。
一つの提案としてさとり様から「誰でも出来るけど負担のある作業」は週代わりや日替わりでやらせてみてはどうか、というのがなされた。
「家族でいたいのよ、私は。分担はするけど誰か一人に押し付けるのではなく何が起こってもどうあっても全員でフォロー出来る、そんな風に」
すごいご丁寧にそういった道具まで渡された。
丸い紙に分割線で「後片付け」や「火力管理」とかの内容、その上に一回り小さいまた丸い紙で「A班」「B班」とか書いてあって回せるようなもの。
・・・さとり様が手作りしたのだろうか。これ。
「それだけは伝えておこうと思ってね」
「考えてはおきます」
提案っていうかこれもう取り入れろってことですよね?
さとり様はそれだけ押し付けて「洗濯物がある」と残して出ていった。
とりあえずありがたく貰うとしようか。さとり様の指示って言っておけば不満は出ないだろう。
なんとなく横になって一呼吸置いて考えてみる。
難しい。あたいは。
さとり様は距離を積めていきたい、ってのは何となく分かる。
あたいだってもう少し気楽に行きたいのはあるんだが・・・残念ながら性分だ。これはなかなか変えられない。
何ヶ月経ってどんな環境になっても「明日がどうなるか分からない」と考え込んでしまうのだ。だから今を精々と過ごしている。
手を差し伸べて仕事を紹介してくれる人はいたけど、今のところ本当に向き合えるのはお空だけなのだ。
烏だから付き合うというのが本当に正しいのかは分からないけれど。そういう意味じゃペットと一緒のさとり様と似て・・・る訳ないか。
・・・正直言うなら怖いのだ。お空は本当に親友としてくれてるのだろうか。
さとり様を通じて言葉を聞く事は出来るのだろうけど、それを聞くのが怖い。
もしさして思っていなかったら。ただ食べ物貰えるからってだけで付き合ってるのだとしたら。媚びを売ってるだけだとしたら。
想像して怖くなる。前に「大事」と聞かされたけどさとり様越しだから本当は、と考えてしまう。
──
予期、野生の勘、なんとなく。
いろんな言葉はあるけれど突然の感覚というのが沸き起こる。
その日が終わりかけて暗くなった後、あたいはひっそり飛び立っていったお空の後を尾いていった。
闇夜に烏が紛れれば分からなくなる。けれど、羽ばたく音と重さは隠せない。
長年聞いてきた音だ。どんな闇でもよく分かる。
次の瞬間、見覚え無い奴が出てくる。
じわりじわりと背筋が冷えてくる。地霊殿は広いから動物全員を把握してる訳じゃないけど、状況から察する事はある。
あいつ、まさか。
何やら高いところへあがっていってはよく分からない事を繰り返している。
怪我の起きてそうな鈍い音も何度か響く。
暗がりで何をやってるのか、その辺は掴めない。意味が無いとは思えないがそれが何かの想像はつかない。
どういうことだろうか。一つの細い筋の考えは浮かぶのだろうが、まさかとは思う。
いや、でもただ単に別の烏の人化かも知れない。早とちりはしたくない。
だがもしも、だ。もしもあれが本当にそうだったとしたら、
あれがもし人型になったお空だったら?
胸の奥がざわめく、焼けてくる。それをあたいに教えない理由はなんだ?
隠し事でもあるのか?秘密にしなきゃならないのか?
憤りが、湧いてくる。
ドロドロな感情が湧いてくる。抱える。考える。悩みがどんどん生まれてくる。
いま見つかるのはたぶんまずいことだ。見られたくない場面だろう。それは何となく分かる。
あたいは急いでその場を後にした。
──
「お燐」
「何でもないです」
拗ねているのがよく分かる。
テーブルに突っ伏して顔を横に向けて尻尾をゆらゆら揺らして。
見るからに不機嫌だ。「見ただけで人の機嫌が分かる本」とかがあったらお手本になれそうなほどに機嫌が悪い。
とりあえず紅茶は置いてみるがやっぱり動く様子は無い。落ち着いたら飲めばいいぐらいの気休めだけど。
さて、私としてはどう声をかけるべきか。
本来はお空のことで機嫌悪くなっているのだからそれについて言うべきではあるんだけども。最適解ではあるんだろうがこの事情を話せば今度はお空側が気を悪くする可能性がある。
かと言ってこの溜め込んだお燐を放っておくのも良くない話だ。
「何か知ってるんじゃないんですか?」
「そうね・・・」
私にお鉢が回ってくる。
ここでとぼけるのも難しい。というか、確信に近いものを持っている。それを否定すれば不信に繋がるだろう。
私が読めるということを知っているのだから。
「お燐の知らないお空のことなら知ってるわよ」
「何ですかそれは」
こちらに興味が向いた。べたっとなった声と射抜くような目線が怖い。
いつも明るい声なだけに実に怖い。
「私とお空はね、あなたと会うより少し前に知り合ってたのよ」
「はい?」
またちょっと険しくなった。心の中で襲いかかられそうになる。最初に会った時よりさらに警戒の色が強い。
水を向けたはいいけどその水が濁流になって返ってきたそんな感覚。
「もちろんあなた達みたいに深い付き合いじゃなくてペット達みたいに豆を与える程度の付き合いだったけど」
あくまでも来客としての付き合い。本当の事だし嘘の余地は無い。
この広くて地熱のある地霊殿。野良な動物が入り込んで何か食べていくのは珍しいことではないし。
烏一羽が飛んできても別に追い出したりもしなかった。お空の場合は何度も来てたからそれで覚えたけれど。
「ああ、そうだったんですか」
ああ良かった。少し和らいだ。そういう付き合いではないと分かってもらえたようだ。
お空が自分以外にどこで貰ってたのかは知りたがってたようだしこの方向だろう。
「その時にお燐のことも聞いてたわ。「自分には友達がいる」って」
「お空が・・・?」
お燐が紅茶に口をつけ始めた。
偶然だけどお燐の中で望んでた答えが得られたようだ。少し緩んできた。
「だからいきなり肉を持っていった時はびっくりしたわよ」
「はい?」
「お燐が食べるのに困ってたってのはたまに聞いてたけれどあそこまで大胆になるとは、ってね」
「そこまでのものでも無かったんですけどねえ」
「あの子どこか早とちりする、というか少し突っ走ってしまう傾向があるでしょう?」
遠回りをしてしまう癖とでも言うのだろうか、立ち止まって考えてみればまともな道があるのにそれが見えない時がある。
オブラートに包んで言うなら直情的。
「お燐がずいぶん痩せ細って見えてたのだと思う」
実際、私もそう見えた。
見慣れた地霊殿の周りを基準にしていたから今思えばそう痩せてたという訳でもなかったかも知れない。
「そして私が追ってくるとは思わなかったみたいよ」
烏の飛ぶ速さで私が追いつけるとは思ってなかったんだろう。
でも着地した点をじっくり観察して、そこまで飛んでいけば容易なのだ。前々からの何度もその経路を見ていたのならなおさら。
惜しむような肉でも無かったので食後まで待ってから乗り込んだ。
「ということは最初に会った時から二人とも知り合いだったんですか」
「噂のお燐が火車なのは知らなかったわよ」
どっちみち生活に困ってるんなら住まわすなり仕事を紹介するなりはしようとは思っていた。
そしたらちょうどいい状況・・・熱にも強く怨霊も操れる妖怪がいた。出来ることなら家に欲しい人材だった。
今にして思えば「一緒に暮らしません?」ぐらいが妥当だったか。私はペット以外の対人関係に疎かったのでそういえば引かせてたかも知れない。
「私は、あなたもお空も来たるべくして来たのだと思ってる」
お空がいなかったのならお燐はここにいなかったのだし、お燐がいないのならお空は生きていなかったのだろう。
そして二人が来たからこそ私の仕事の一端が上手いこと動いている。
「そして私にとって出来るあなた達への最大の労いはここを「住み心地いい場所だ」って思ってほしいこと」
私の周りにいるペット達は皆、私が動物の頃から慣れ親しんだ存在だから人の姿になれるようになってからも心を読まれることに臆さず寄ってきてくれる。
けれどお燐はその例じゃない。人の姿の時にここにやってきた。
だからこそ私の方からしても難しい。色々な方法は試みたもののなかなかほぐれるまでには至らない。
素直にこう伝えるのが一番だったかも知れない。
「お空の怪我は知ってるでしょう?あれはね、今少し頑張ってるところなのよ」
「はあ」
どうにかお燐の気持ちがまとまってきたところで、最初の方へと話を戻して一旦にまとめておくことにする。
「まあ、じゃあそうしときますけど」
疑いの気持ちはまだあるようだが、とりあえず矛は収めてくれたようだ。
けれど長くは保たないだろう。お空が飛べるようになるのが理想なのだが、そうでなければ今のうちに出てあげるという方向でも進めていくべきだろうか。
─
仕事自体はイヤってんじゃないんだけど、いかんせんその量と周りがねえ。
さとり様は気使ってくれてるんだけどそれ以外でも気がかりは山積みな訳で。
例の提案によって少しは減ってきたんだけども精神的な重圧は常にかかってくる訳で。
他に任せたことでむしろ気がかりになってしまう。肉体は楽にはなれたが精神は楽にはなれてないのだ。
とりあえずお空を撫でることで解消しようとは思う。
しかし・・・待ってやれ、か。
「お空が何やってるんだか知らないけど」
もさもさと膝元にいる烏を弄る。無垢に烏を演じているのかも知れないお空。
あたいだって鈍い訳じゃあない。なんとなくは察してきている。それでもなお表に出てきてくれないのは何の理由だろうか。
こいつ自身はあたいが知ってることに気付いてるのだろうか。今もこうして烏の姿で白々しく付き合っているのはちゃんとした理由だろうか、それともただ単に嘲笑っているのだろうか。
「あたいに出来ることは協力したいよ」
色々と重なって胃が痛む。
さとり様の考えてることは分かったけれど、今のあたいにとっては目の前のお空がその家族というのと異なった存在、という感覚がする。
あたい達の仲にヒビが入っている気がする。こいつをいずれ叩きそうになってしまう。
「大事なことだったら、なおさら」
理解しているのだろうか。
人の姿を得たあたいが猫の姿になっても人の言葉は分かる。だったらお空にもこの言葉が届いているんだろうか。
今は何も答えないのだろうけど、だったらせめてそうは伝えてはおきたい。
苦しい心が根を張り続ける。
無力を感じる、あたいは。独りの中にいる。
外にいた時より雑踏の中にいる時のほうが孤独が強い気がするよ。
───
「お空は考え過ぎるよ!」
「え?」
「烏の身体は歩くのに適してない!羽ばたく時が歩く時なんだよ!」
「誰?」
「お燐は動き過ぎるよ!」
「は?」
「何もかもが自分だけでは回らない!荷台が無ければ車輪に意味は無い!」
「誰?」
───
覚悟はね、してたんだよ。
でもさ、やっぱり実際にその光景を見た瞬間に頭が真っ白になっていった。
「さとり様ー、相談なんですが」
今思えばいつもより弱めだったノック音、もう少しだけしっかりしてれば未来も少し変わってただろうか。
「え・・・?」
部屋の中にあったのはショックな光景だった。
さとり様と人型の烏が会っている。
それだけなら地霊殿でもよく見る光景だ。でも、それがもし自分が親友だと思ってる烏だったら。
それがもし、あたいより必死で向かい合って話をしていたとしたら。そのくせ今にも隠れようとした素振りを見せようとしていたら。
あの時は暗がりだったから分からなかった。光の下にある今ならはっきりと分かる。
お空だ、こいつ。
間違いなくお空だ。
その堂々としてる雰囲気も、長く染み着いた臭いも、黒く長い髪も、その驚いた表情も。
しっかり分かるさ。長年ずっといたのだもの。
「・・・失礼しました」
後ろを向いてその場から離れないとダメだった。表の声も冷静に。
本当は叫ぶ声も無かった。頭の中が真っ白に。静かに、けれどどす黒く。包まれていく。怒りとか悲しみとか超えた感覚。
外へ出て考えたい。白い頭を取り戻したい。感情が全然出てこない。ショックで、頭が回らない。
「なんでさ・・・なんで・・・」
数多くの疑問が湧いてくる。
やっぱりそうだったじゃないか。あたい達には長い付き合いがあったはずなのに。それでもお空は、人の姿になったらまずさとり様のほうに先に会いに行ったのだ。
立ち方が今さっきに人になれたって動きじゃない。もっと長い。
間違った事じゃない。けど、なんで黙ってた。あたいにずっと黙ってた。
黒い。あたいの中が黒くなる。
何かが噴き出してきた。煮詰まった黒いマグマが湧いてくる。
噛んでいた力が消えた。身体中から抜けていく。糸が途絶えて消えていく。
何が待ってあげてだ、自分の都合のためじゃないか。
何がペットじゃあないだ、自分が思ってただけじゃないか。
何が・・・
自分が剥がれて消えていく。頑張ってたのにさ。何も無い。本当に何も残ってない。
尊敬も、友情も、ただ何も。
壊れていく感覚がする。
─
・・・どうしよう。
お燐に見られちゃった。
人としての動きは出来るようになってきた。人として違和感無く生きていけるぐらいには大丈夫になったみたい。
でも私はまだ飛べない。まだ烏としては、仕事を手伝えるようにはなっていない。翼があっても浮いてこない。
「待って・・・、お燐・・・」
怒ってるかな。怒ってるよね絶対。
ここで、離れたら、きっと戻ってこれなくなる。
「・・・っ!」
一歩ずつ一歩ずつ踏み出して、上の体を持っていく。
「走る」という動作。
難しいけど今やらなきゃいけない。追わなきゃいけない。
私の飛ぶ速さならお燐に追いつけるのに。どうしてまだ飛べないの。
歩くという動作をもっと早く、身体の振りをもっと早く。全部動かしてみて、翼をとにかくひたすらはためかせる。
私の身体が速くなっていって足がもつれて転びそうになって、走って、浮いて。
・・・浮いた?
空気の塊がぶつかってくる。風の方向、翼の角度、空気の払い方。
分かる。何気なくやってたようで、やってなかった。最初に横に動きをつけるということ。
走ることでようやく分かった。私の風の受け方。
乗っていく。私の身体が浮いていく。これは、追いつく。お燐に追いつく。
出来た。必要なことが出来た。
今追いつける、お燐に。だから、今行く。お燐にたくさん謝る。その背中に今追いつく。
─
気が付いたらあたいの身体が宙へ浮いていた。
何が起こったのか分かっていない。
背後から何かがぶつかってきた。それに抱えられてあたいの身体は大きく風を切り出した。
地霊殿の床から窓枠を通り過ぎて外に行き、目の前に小さく地面が見える。
景色が目まぐるしく変わる。自分で飛ぶよりはるかに速く移って変わる。
?と!が浮かんでいっては消えていく。あたいに何が起こってる。
目の端に黒い翼が目に入る。
おそらくこいつの持ち主が今の元凶なんだろう。聞きたいことはたくさんあるが風で口が開けない。
なんだかすっごい笑顔だし。あたいのパニックを余所にものすごい笑顔だし。なんなんだ、こいつ、意味が分からない。
「飛べた!分かったよ!飛べたよ!お燐!」
状況がぜんぜん分からないしこいつの見た目からして"飛べた"とか言われても「何を今更」だし
すごい嬉しいようだけど振り回されててそろそろ気が飛びそうだし。
なんだ、あたいを殺す気か、このまま激突ダイブなのか。
─
すごい速さで駆けだしていったと思ったら更にすごい速度で飛んでいったし今はなんだか空を縦横無尽だし。
降りてきたら吐くんじゃないかしら、お燐。バケツ用意した方がいいのかしら。
とりあえずお空が飛べないって問題は解決したみたいだけれど。
なんというか、何ヶ月もかけてきた話があの一瞬で解決してしまった。
これからまだ当人同士で話し合うことはたくさん出てくるだろうが客観的な説明も必要になるだろう。
機嫌取ったりするフォローもきっと必要になるだろう。
どこに着地するかは分からないけれど、まずは若い二人に任せるとしよう。
─
「で、どういう事だい」
「うん・・・えっと」
地面に着地した後、一発グーで叩いてからお空とおぼしき者と並んで適当な場所に座った。
このお空とおぼしき者が寄せてきたので、こいつの膝に頭を乗せてぐわんぐわんな頭を落ち着かせている。
人型に変化出来ていたの見てショックで立ち去ろうとしたら急に身体が空に浮いて、気がついたら前後左右上下にかき回されててさっきまでの感情が丸ごと吹っ飛ばされて。
物理的にも精神的にもぐちゃぐちゃになっていていまいち回路が繋がらない。
聞きたいことは山ほどある。一つ一つやっていくか。
えーっとまず、
「あんたはお空でいいんだね?」
「そうだよ」
ああ、やっぱりか。ということはあの時に見た影もお空か。
これで人違いだったらどうもこうも無いがこれで確定ってことか。
少しだけ落ち着いてきて。
さっきとは別の意味で感情が渦巻いている。
なんだ、嬉しいとか信じられないとか。暗いドロドロから明るいドロドロへ移り変わったとも言うのか。
鬱々から爛々へと今はなっている。
「えっ、お燐、くすぐったい」
身体を引き起こす。手を伸ばしてべたべたとお空の体に触れてみる。
髪、頬、腕、腿、背中。うん、本当に人間みたいな身体だ。何やらむず痒そうに捩じらせている。
とりあえず目の前にいるのは間違いなくあのお空で。今こうしているのは間違いなく人型になれたということで。あたいが思ってたような化け物じゃなかったようだ。
「いつから人の形になった?」
「お燐がここで働き始めてから少しして」
「そうかそうか」
ふむ。頭が回るようになってきたぞ。
あたいの働き始めから少しして・・・ということは、だ。
まあとりあえず「おめでとう」と言いたいところだがまずはお空のこめかみの部分に拳を当てる。
指を曲げて骨の部分をしっかりそこにめりこませて
「なんで隠してた」
「いただだだだだ!」
ぐりぐりと。
あたいが今もって最重要に聞きたいことだ。
「痛い!痛い!お燐!」
「あたいに最初に知らせなかった理由はなんだ」
じたばたするお空を押さえつけてじわじわと圧していく。
言葉を聞くに相当長い期間、あたいに隠し通してたことになる。気に食わぬ。
重大な話はあたいに最初に来ると思ってたのにさとり様の方が先に知っていた。知っていただけと言うなら心を読まれたとか言い訳出来るが目の前にいて何かをやってた。
「あ、あ、え、っとね、今のままじゃダメかなって」
「何が?」
「私ね、飛べなかったの」
「ほう」
一旦停止。再度の事情聴取。
飛べないってのはどういうことだ。あたいの目の前には立派な翼があるっていうのに。
人型になるってことは妖力があるってことだからそれで少しは飛べるだろうに。
「分からないんだけど、人型になったら全然飛べなくなっててね」
「つまり?」
「烏の時なら飛べたんだけど・・・そのままだったら役に立てないなって」
なるほど、人の姿になれたはいいが飛ぶことが出来ず出るに出られなかったと。
人として動くことの難しさはあたいも経験したからそれは分かる。
あと、あたいも一応は妖力で飛べるがおそらく烏の基準からしたらその飛び方とは全然違うんだろう。空で生きてる種族なんだから。
「あああぁぁぁ」
動き再開。
人型になった記念だ。増えた急所の痛みを思い知れ。
「それでも知りたかったわ」
どんな状態だったとしてもなんか言ってくれればこうも考える必要は無かった。その後で仲間に面倒見てもらうなりさとり様に見てもらうなりで終わる話だった。
勝手な言い分になるかも知れないけれど。
「だってお燐、頑張ってたし私どうしたらいいか分からなくって」
お空も初めてのことに訳分かってなかったのかも知れない。
その辺は情状酌量もあっていいだろう。
「お空が飛べないってことより今まで隠されてたって方が辛かったわ」
聞いてるのか聞けてるのか分からないけれど。
それがあたいの正直な気持ちだった。
「手伝いたかったの、お燐の、一番最初に」
「ああん?」
「人型になれても役に立てないんだったらダメかな、って思ってたから」
「ほほう」
後ろからもう一回正面に。
顔を見る。
「ダメだから離れていくとか思ったか?」
今度は頬をつねりだす。何て悲しそうな表情だい、全く。
柔らかな顔が歪む。
「飛ぶ飛べないであたいが」
「いふぁい、いたいよぉ」
「うっさいこっちの方が痛いわ」
お空もお空で苦労してたんだろう。そういう苦しみは分かる。
烏が飛べなくなるってのはほとんど生きられないようなものだ。元の姿に戻れば飛べるとは言え表に出にくかったんだろう。
それでもなお、
「一丁前に隠しおってからに」
隠し事されて長く感じてきた痛み。肉体的に痛みは無くとも延々と引っかかり続けていた。
あたいの中であったドロドロな感情を張本人へとぶつけていく。
今更言ってもしょうがないのだがどうしてもやるせない感情は湧くのだ。
「翼が折れた時にあたいが放っておいたか」
「あたいが怪我した時にお空が代わりに食べる物取ってきてくれてたじゃあないか」
ダメならダメで、出来ることはたくさんあるのだ。
どんな姿、どんな状況だって二人で共にしてきた。だからこそ、この先がどういう事が起きたってどうにかなるだろうと思っている。
烏と人で形は違えど助け合えることは出来る。親友としてずっとやってきたのだから。
「自分一人で何とか解決しようとするんじゃないよ」
・・・あれ、これあたいがさとり様に言われたことだ。お空のやってた事はそのままあたいがやってた事だったのか。もしかして。
あたいら二人は同じ感じで悩んでたってことだったのか。必死で、狭いところしか見えてなくて、それで潰れそうになってた。そういうことだったんだろうか。
「・・・ねえ、お燐」
最後にバチンとやって手を離す。あたいとしては言いたいことは言った。人の心をやきもきさせてからに。
若干に赤くなった頬をさすってお空が名前を呼んでくる。
「本当に、ごめんね」
お空が深々と頭を下げる。
表情は見えないけれど拳を硬く握ってるから本気なんだろう。
「ああ」
隣に座って、肩を並べる。
今度はしっかりと見詰め合う。雛鳥だった時からずっと側にいて、あたいの頭より大きくなって、今度はあたいの隣にいる。
お空の硬くなってた手に手を重ねる、押し開く。
色々悩んだけど、別に責めることは無いんだろう。
それよりまずは人になれて良かったということを祝うべきだろうしこれからゆっくりやっていけばいいんだ。
「これからもよろしく」
「うん」
硬く近くしっかり握手。
前足と鳥の足じゃあ決して出来なかった行動。二人で同じ形になれたからこそ出来ること。
温もりを伝え合う友情の誓い。
「お燐の荷物は私が背負う」
「頼んだよ」
今までの間に何があったかはこれからゆっくり話してもらうとしよう。
伝わらない言葉はもう無くなったのだから。
─
「お燐、行こうよー!」
「あ、待てお空!」
その日からまたしばらくして。
お空はすっかり慣れて遜色無く働くことが出来るようになった。
「おのれ、速い」
さっさとお空は仕事場へと飛んでいってしまった。
鳥系の妖怪は飛び方を覚えてしまえば空気の流れの使い方には一日の長がある。私達も飛べるは飛べるが、鳥が翼を使って本気を出せば一瞬で見えなくなってしまう。
この速さで荷物まで抱えてしまえるのだから運搬としては最適であるとも言える。
そしてその仕事場で食べる大事なお弁当は忘れてしまっている。
「はあ全く・・・体はでかくなったけど頭はでかくなってないもんだねえ」
お燐は二人分のお弁当を抱えて溜め息。三日に一度の頻度でやられるものだからそれももう慣れたんだろう。
どうにも忘れっぽいというか周りが見えなくなるというか、そういうところもある。
「お空も早く一人前になりたいのよ。今まで遅れていた分」
「分かってます」
お燐の頭の中には早々に今日の仕事をどう振り分けようかが詰まっている。
人手は相変わらず一人しか増えてない状況だがうまいこと回ってはいるようだ。
・・・また外に出て誰かを引っ張ってこようかしら。でもあの灼熱地獄の暑さに耐えれるのがそういないのよね。
「じゃ、今日も行ってきます」
「行ってらっしゃい」
何か聞かれるかと思ったがどうやら私は必要無かったようだ。
話せるようになったお空は自分の言葉で伝えていた。
もう少しだけ様子を見守ってみて何も無ければもう私の用も無いだろう。
ああそうだ。お空が飛べなかった時の状況ぐらいはお燐には話しておいてやろう。今なら笑い話になるだろう。
全員の食器を片付け始める。
しかしまあお空はよく食べる。力の維持には必要なのだろうか。
食べ方も落ち着いてない。お空に限ったことじゃないが人型になる以上、まだまだマナーや常識や教え込む事は山ほどある。
あの天真爛漫ぶりだとかなり疲れることになりそうだ。頼もしい教育役はいるけれど、時間はかかることだろう。
お燐の仕事はまだまだ増えそうだ。
それでも最初の頃よりはずいぶん明るく出かけるようになった。
お空が間に入ったことで私にも少しずつ慣れてきた。私に甘えてるのを見た後、ひっそりと近くに寄ってきたりとか。
何より親友に言葉が伝わるようになったし、仕事を一人で背負う事も無くなった。そのことはずいぶん大きな力になったのだろう。
「やれやれ、まったく・・・」
「苦労かける人になりそうね」
うん・・・うん、まだ小さいねえ。食べるにしちゃ早すぎるし今日は機嫌がいいほうだからさっさとこの場から離れたほうがいいよ。
っていうか怪我してるね。布ぐらいしか無いけど巻いておくかい?少しは楽になるだろう。
じゃあ気をつけていきな・・・ってどうした? あたいを突っついて。あそこに何かあるのかい。
おおっと、烏の死体かい。
・・・状況を考えると、あんたの親鳥ってことかな。
散らかりっぷりから見たらでかい鳥にでも襲われたって事かねえ。
いや、もう無理だよ。完全に死んでるってば。起こしても起きないんだよ。残念だけど。
分かった分かった。埋めておく。それであんたも諦めがつくだろう。
食べられそうにもないしね。
本当なら自然に任せて誰かのお腹に入るべくだろうけどその子供?たっての望みだってんならしょうがないさ。
よし、じゃあこんなもんか。
お望み通りに弔っておいてあげたよ。
それじゃああたいは・・・ってなんだい、その虫。あたいへのお礼のつもりかな。いや、いらないってば。それはあんたが食べなよ。そのこれから生きていくの大変なんだろうから。
どうしてもかい?分かった、じゃあ半分ずつにしようか。
ってなんだい。ついてくるのかい。
あたいについてきてもそんないい事ないと思うよ。しょせんはあたいも野良妖怪なんだからさ。
──────────────
CROW × 人
──────────────
「カア」
「お、そんないい肉どこから持ってきたんだい」
旧都から少し外れた寂しい場所。
紙に包まれた新鮮な肉にあたいは小躍りしていた。
キメの細かい白い筋。新鮮味溢れる赤い身。あたいの財布じゃお店のガラスの中から到底取り出せないような代物じゃあないか。
こんなもんどこから持ってきたんだか。
人型になれたはいいんだけど、あたいはどうにも火の車。
地上に出れば人間の死体ぐらいはごろごろ出るけどこんな地下じゃあそれも無い。
それゆえあたいはどうにもこうにも弱い存在。
たまに橋姫のおねーさんやら土蜘蛛のおねーさんやらから紹介してもらって働いた日銭と、動物の狩りで口に糊して過ごしている。
祝い事で参加自由の宴会なんてのもあるからそういうのも利用する。
「カア」
「ああ待て待て、今切り分けるよ」
でもそんなあたいにも相棒がいる。
それがこの真っ黒い地獄烏。身体もでかいが羽根を広げりゃもっとでかい。
怪我してたのを拾ったのが始まりだったかねえ。その時は片手で持てるぐらいだったのに今じゃあたいの頭ぐらいにはなっている。
こいつは地底を飛び回って旧都の様子、人の動き、色々な情報をあたいに持ってきてくれる。たまにこうして食べ物も持ってきてくれる。
「滅多に食べられないもんだし慌てて食べるんじゃあないよ」
あたいとこいつはそれからずっと一緒の長い暮らし。今も昔も言葉は通じないけれど、あたいらはしっかり繋がっている。
喜んでるとか怒ってるとか元気無いとかだいたい分かる。
知り合ってから数十年。
とっくに妖力はあるみたいだしあたいみたいに人の形になったりしてくれないかねえ。そしたら会話も出来るのに。
まあ、いいか。今はこいつの戦利品を味わう事にしようかねえ。
─
「あらあら」
珍しく腹も大いに満たされて少し眠ろうかと思った矢先。
見知らぬ奴があたい達に声をかけてきた。
桃色でボサっとした髪をしたちっこい人。あまりやる気無さげな目をしてて、その胸には不気味な赤い目がついている。
「・・・なんだい?」
「眠る前でしたか、それは失礼」
寝る寸前に入ってきたせいであまり相手の気乗りはしなかった。寝ようかと思ったのに。
興味本位で声かけてきたか「邪魔だ」と言いに来たかのどっちかだろう、どうせ。
「私は古明地さとりと申します」
さとり?
はて、どこかで聞いたような気がする。
すれ違ったとか風の噂とかじゃなくもっとこう、はっきりと質量のある記憶として。
なんだっけ、やたら都で呟かれてて確か割とよろしくない評判だったようなそんな風で、
「そうですね・・・地霊殿の主、というと分かるでしょうか」
ああ、地霊殿か。
確かあそこにゃ怨霊がいっぱいいてそれを封じるためのでっかい屋敷で。
そこでは確か心を読むとされるどえらい妖怪がいるとかなんとか。そんなところの主か。 ・・・主だって?
記憶の回路が繋がった瞬間、ぞっとなる。
「おい、起きろ、ちょっと」
「?」
戸惑いの言葉が口から出そうになる。むりやり押し込めて眠りこけてる相棒を揺り起こす。
とんだ大物じゃないかこの人。かしこまって相手しないといけない人じゃないか、そんな人が何でまたここに、さらに野良妖怪なあたいに声かけてきたんだ。
理由は分からないが万一何かがあった時のために逃がす用意はしておかないと。
「ああ、そこにいたのでしたか。・・・実はですね、その烏さんが私の家からお肉を持っていきましてね」
うわあ。
直撃された事実。何てことだ。
とんでもないところから持ってきたもんだ、この烏。
本人のんきに寝ぼけ顔してるけど。地主に刃突き立てたもんじゃあないか、これ。返そうったって既に形は存在しないし。
いやまあ食べる前に返そうったって場所も分からなかったんだけどさ。
「なるほど、既に手元には無いということですか」
まずい。
本当にこの人は心を読む妖怪なんだ。
このままだと下手したらあたいらここにすらいられなくなる。地底ですら追いやられたら果たしていったいどこへ行けばいいんだ。
弁償しようにもあたいに買える金なんて持ってないしどうしよう。
「うちに来てくれます?」
ああ、ダメだこれ。獣の本能が命じてる。力の差みたいなのがすっごく伝わる。
抵抗は完全に無意味だ。下手に暴れてボロボロになるよりは働かされるぐらいで済むかも知れない。ここはもう大人しく投降するとしよう。
───
という訳で連れてこられた地霊殿。
数多の猫がこのさとりのお出迎えにやってきた。
毛並みもいいし丸々してるし顔も穏やか、擦れたような雰囲気も無い。
丁寧に世話されてるしこいつらずいぶん幸せに生きてるようだねえ。
「という訳でしてね」
革のソファがずいぶん固く感じる。
あたいはもはや刑の執行を待つ罪人だった。いやまあ、実際に罪人なのだけど。
「はるばる来て頂いたのは他でもありません」
完全敵地で肩にいるこいつが唯一の味方だけど、こいつ自身がここに連れてこられた理由でもあるんだよなあ。
「こいつが」とか責めるつもりは無いけれど。
というか、偉い人に見つめられてるのに何だかぜんぜん緊張感持ってないなこいつ。
「私の家で飼われません?」
「は?」
意外性のある一言が刺さってきた。
家、って、ここですか。飼われるってなんですか。そういうアレな趣味ですか。
じわりと退いて席を立つ準備を整える。やばい今すぐ逃げなきゃあたいのプライドとかが色々へし折られる。
「ああ失礼、そういうのではなく。実はあなたに仕事を一つお任せしたく思いまして」
その反応、絶対あたいの慌てる様が見たくて言ったな。食わせてくるなこの人。
偉い人ってのはそういう嗜好でもあるのかい。
あたいの肉が盗んだ肉の代わりってか。のこのこ来たのは失敗の一手だったのか。
「この地霊殿の役割は旧灼熱地獄の怨霊を管理する仕事です。
しかし、正直言うなら怨霊を操れる人材がいません。私が一応管理者なのですが、ほとんど手が回らないのです
それゆえにその管理を任せたいのです。火車であるあなたに」
もう少し詳しい話を聞いてみることにすると。
まあ、つまりここにある一画をあたいに管理してくれってことで。そのためにあたいが適格だったと。
ざっくりと聞く限り問題は無さそうだった。
怨霊はこの姿になってから話し相手だったし食べる物でもあった。数が多くても問題は無いし。
「衣食住は保障します。少しですがお小遣いという体でお渡しもしますよ」
なんか、スカウトでもされたって事なのかな。
まあ裏が無いとするのならあたいとしては悪い話ではないか。食事は出るし住み込みもありか。
話を聞く限り怨霊を操る仕事らしいのでよほどでなきゃヘマはしないだろう。
しかしまあよくあたいを探し出したもんだなあ。見たこと無いけどその手の同業者が少しはいてもいいはずなのに。
こいつが肉を盗ってきたりしなかったら触れることの無かった縁だろうし。
一つの偶然から一気に変わるってのはこういう事かな。
「「飼われる」と聞いて連想した”そちらのほう”のお付き合いも良ければ致しますが」
うるさいよ。
─
という訳で話もまとまったので、あたいはここに住む事になったのだけど。
その折に空き室を一つ貰えることになった。部屋は余ってるとのことで。こちとら長い間、部屋の無いところにいたってのに何か不公平だねえ。
柔らかいベッド二つと・・・こいつ用だろうか、なんか藁並べたところがあった。
年季が入ってる様子は無いから、あたいらが外で使っていた荷物を回収しにいってる間に用意されたものだろう。
藁の束が二つ並んでたらどうしようかと思ったけど良からぬ心配だった。
とりあえず一回腰を下ろして、一呼吸、緊張を解す。今の状況を見回す。
寒さも風も無い。床も暖かい。ついさっきまでいた環境とは雲泥の差だった。肩の烏も藁束に座り羽根を休めていた。
いきなり環境が変わったことにまだ信じられない。ほんの数時間前はいつも通りに適当な場所で寝ようとしていたというのに。
「良かったのかねえ」
「クアー」
ぼんやりと呟いてみる。なんとなく、飲み込みきれないけれど少なくとも今夜はここで休んでいいのだろう。
いきなり飼うとか言ってくるから不安だったが、少なくとも良い方向には向かったのだろう。
過程はどうあれこいつのおかげって事になるのかねえ。
「気に入ってもらえた?」
「そりゃもう」
「カァ」
さとりさん、いや、さとり様の方がいいか。
改めて挨拶に向かった。これから家主かつ雇い主だし、偉い人だし。
「そんなにかしこまらなくていいのよ。仕事上の付き合いで終わりたくはないわ」
「まあ、そのうち慣れると思いますよ」
「期待するわ」
「ところで、その子のことですが」
さとり様が指差したのはあたいに乗ってる烏。
「名前とかは?」
住処にいたら勝手に集まってくるから特にそういうのを考えたことは無かった。
あたいがこの名前をいつから呼ばれてたのかは・・・残念ながら覚えてない。いつだったか、誰からだったか遠い話。
「つけた方がいいと思うわ。色々と」
「あー・・・だったら折角ですんで」
あたいが自分で名付けるのもそれは何か違う気がした。こいつはあたいの物って訳でもないのだし、こいつはこいつなのだから。
だったら、他の人に命名してもらうのもいいかも知れない。
「そうですか、でしたら」
という訳でさとり様に一任することにしたのだった。
そして、ほどなくしてこいつの名前は「空」と名付けられた。愛称は「おくう」である。
─
柔らかいベッド、そして安心というものは実に素晴らしいものだねえ。
夢を見ずに眠れるってのがどんなに疲れが取れるかとよく分かった。
ここまで何もしないのもなと思って食堂に出てみたらそれより早く朝食が用意されていた。
焼いただけのものとは違う手間のかかったはるかに美味しい食事。
あたいらだったらお金払って食べるようなものがわんさかと。
「早速ですが簡単に仕事のほうを説明しましょうか」
さとり様に連れられていったのは裏庭。大きな蓋が開かれる。
こりゃあ暑い場所だ。
最初が一番広い穴、深くなるにつれて狭くなっていき一番下には大きな火が焚かれてる。
灼熱地獄の事は少しだけ知ってたがこういう場所だったのか。
死人の怨霊もたっぷり蔓延している。
まあこいつらはあたいの範疇だ。そのために雇われたんだからね。
一緒にくっついてきたお空は基本的には見回り担当だ。
地獄に異常が無いかとばっさばっさと飛び回る。
周囲から怨霊が来ないかを見たり、定期的に上へと飛んでさとり様から言伝や受け取る物があれば持ってくる。
灼熱地獄の燃料なんかはお空には重くて持てないが、それを見つけるとかの任務もある。
「慢性的に人手が無くてごめんなさいね。出来る限りのサポートはしますので」
よし、じゃあ早速。
あたいの旧灼熱地獄の初仕事、張り切って開始致しますか。
─
「今日も異常無かったみたいね」
おっと、何も言ってないのに報告が終わってしまっていた。
いまだに慣れないな、この感覚。喋らずに済むのは楽だけど。残りは書類出してささっと終わりだし。
と、まあこんな感じで一週間ほど経過した。
最初は色々と苦労はしたけれど
地獄を占領していた怨霊はあたいが言うことを聞かせられるのでだいたい統率が取れるようになった。
整備、燃料の投下、さとり様から比較的に時間のあるペット達を貸してもらってそれらを執り行う。たまに勅令で地上に出て死体をかっさらって帰ってくる。そして投げ込んで燃料にする。
そして今日一日の報告をさとり様に告げてお仕事終わり、と。
どうもさとり様はこういう力があるから嫌われているのだそうだけど、あたいとしてはそれほど苦しい訳じゃない。
慣れるという事は難しいけれど、要するに「正確無比に鋭い人だ」って考えればある程度は落ち着ける。
それに、動物可愛がってるシーン見てたら悪い人じゃないのは分かる。
というかむしろあたいが猫になってぶらついてたらがむしゃらに撫でられたのでよく分かる。いやもう恥ずかし過ぎる。
だがしかし、あたいが気になるのは
「・・・早いねえ、お空」
「カァー」
黒い烏がさとり様の頭に乗っている。
あたいならともかく身長の小さいさとり様だと余計に大きく重そうに見える。その髪のぐしゃぐしゃ気に入ったんだろうか。
あたいが報告に来る前にお空がさとり様のところにやってきている。
好意的に取れば「あたいが報告に来る」という事をさとり様に知らせに行ってたりするんだろうか。
仕事中はほとんど姿を見ないから何してるのか分からない、でもいつもここにいる気がするのだ。気のせいかな。
心を読めるさとり様の最大の特徴は、動物の声を聞けるということ。
だからお空の声もきっと聞こえているのだ。
あたい達がここに来る前に周りとどういう付き合いをしているのかは分からないけど今はさとり様によく懐いてる。どんな風な声を聞いているのだろう。後で色々聞いてみたりしてみようか。
「考えてることが伝わるみたいではしゃいでるのよ」
さとり様から妙な先手が打たれた。ああやっぱり読まれるとテンポが狂う。
他の今いるペット達と似たようなものだろうか。
今日の分の報告書をまとめて適当な場所に置いて少しばかり考えてみる。
あたいも最初に動物でそこからさとり様と一緒にいたとしたら同じ風に馴染めただろうか。ここにいる人たちはだいたい動物の頃から飼われてたのばっかりだし。
「少しずつでいいわ」
「ん、あ、ああ、そうですか」
さとり様もどうやらその辺は気にしてるみたいだなあ。苦しい訳じゃないけどだからと言って簡単でもないし。
あたいもまあ新参だしそういうのも含めてやっぱり「少しずつ」でしか無いだろうなあ。
「お空からもあなたのこと色々聞かされてるわ。あなたの感じ方もそうだけど、相当大事な存在みたいね。お互い」
「そうですねえ」
お空からどういうことを聞かされているのだろう。
悪い噂ではないようだし、間接的だが大事な存在と思われてたのはいいかな。
「あなた達の関係は「使役してる」という感覚でも無いみたいで不思議ね。ペットでもないし、どういう感覚でいる?」
どういう感覚、か。ペットだ使役だとかじゃあない。あたいにとっては長い付き合いで、もっとそれ以上。
言いたいこともよく分かるようなそんな関係を表す言葉は、だ。
「そうですね・・・大事な友達です」
「「だからあまりベタベタされると」ですか」
あ、ダメだ。あたいの背筋がちょっと寒い。長居は危険だ、これ以上にいると色々と危ないことが起こる。
牙を向くとまではいかないけど気恥ずかしいやらで口を塞がなきゃいけない事態になりそう。
「嫉妬してる?」
「まさかそんな」
隙間を狙ったような言葉が入ってくる。橋姫のお姉さんからよく聞いた感情。
ガラスの向こうの物を欲しがるのとは違うらしい。人に対して向けられる感情。お空がさとり様と仲良いことへの、ってことかねえ。いやまさかそんな事は。
あたいら鉄壁だし。これぐらいでは揺るがないし。
「なあに?お燐もなでられたいの?」
「いやあたいは別に」
「そう」
何故そうなったのか。がっしりと後ろから掴まれて引き込まれる。
不意を突かれたあたいの世界が横になる。体勢を崩されてソファに転がされたようだ。
「遠慮しないの」
「ふえ!?」
そのままさとり様にのしかかられわっしゃわっしゃと撫でられる。
さとり様の手が髪の毛をさらさらと、その指に耳をなぞられあたいの身体がのけぞってしまう。
「や・・・にゃぁ・・・!」
じたばた足掻くも無力にされお空の目の前であたいは散々に弄ばれた。気恥ずかしいやら何やらに。
猫可愛がりと言ったって人の形の時にやられるのはそれこそ形無しにされてしまう。
「いつもお疲れ様」
しこたま撫でられて解放されてからの後、なんか労われた。たった今すごい疲れたんですけど。
どうもこうもこの人は掴みづらい。読んだうえで行動するからもっと上手を行かないとならない。
「あなた達は仕事のために招き入れたけど、私としてはそれ以上の関係になってほしいわ。家族とか、そういう風に」
その結果がこれですか。
もうちょっとこう、別の形があったりしませんでしたか。
「他の形じゃ距離は縮まらないわよ。私に会うたびに堅くさせたくはないもの」
うーん、まあさとり様はさとり様で距離を縮めてくれようとしてるってことなのかな。
人の形してても動物と同じ、って考えたりしてるのかも知れない。それが正しいのかは分からないけど。
「家族みたいに」とは言ったがその言葉がいまいちあたいの中で想像出来ないのがもどかしい。
─
で、だ。
それからまた一ヶ月。
あたいは地霊殿の仕事にはすっかり慣れてきて、お空と一緒の仕事も板に付いてきて。
帰ってきたらご飯にお風呂、適当にぶらついてお空と遊んだりしてそのまま眠る。たまの休みはしっかり寝ておく。
この広い場所があたいに相応なのかはともかく仕事はとにかくスムーズに回るようにはなった。
膝に乗っけたじんわり温かいお空を撫でる。
もさもさとした感触、羽根もきびきびしてて鋭い、纏うのが毛皮じゃないから鳥はやっぱ違うねえ。
ああやっぱり長年こうやってきた感触は落ち着く。寒い時はこうして温まってたもんだ。
「最近さとり様とずいぶん仲良くないかい」
お空に尋ねるのはどうにもこんなことばっかだ。聞いても返ってこない質問だけど。
心の中はざわついてくる。あたいも仕事でそんなに構えない以上は仕方ないとは思っているがそれでもやっぱり気にはなる。
さとり様と遊んでるお空はいつでも嬉しそうで。・・・嫉妬ってこういうのだろうか。
「カァ」
お空はあたいの膝に身体を擦りつけてくる。"そんなことはない"とかそういう事だろうか。
分かってなくてただただ甘えてるだけかも知れないけど。
「最近ずいぶんと怪我してるじゃあないか」
「クアァ!」
ちょっと持ち上げてみる。ばたばた暴れてるが気にしない。
お空はここ最近妙に擦り傷が多くなってる気がする。胸の辺りだとか首の下辺りだとか。
こいつ何かやってるんじゃないだろうか。今までこんな無茶なことする奴じゃないんだけどなあ。
誰か折りの悪い奴とでも喧嘩してるのかな。あたいに烏の事情は分からないが。
「なんか大事なことがあるんならあたいにも教えてほしいなあ」
まあ教えられてどうこう出来ることも少ないんだけど。
あたいだってさとり様は嫌いじゃあないさ。
ただまあ最近で考えるなら明らかにお空とは会う時間が減ってきている。あたいが縛れるものじゃあないが寂しい。
「お空が楽しそうならそれでいい」とか割り切れる気がしない。
こいつにあたいの声は伝わるだろうか。
こういう時にさとり様の能力がうらやましく思う。だからこそ、さとり様の側によくいるのかなあ。
あたいがそういう思いを抱くなんて。長くずっと二人っきりだったからこういう事になるなんて思いもしなかった。
これが嫉妬、ってやつなのかな。
「いやあ、疲れた」
と、まあお空と遊ぶのもたけなわだが、夜も遅いしそろそろ眠気がやってきている。
それなりに体力に自信はあるつもりだったけど仕事となればまた別だ。
食べ物を探すのは失敗してもあたいが空腹になるだけだけど仕事の失敗は全部に影響が出る。
ここに来る前の小さな仕事は一日っきりで終わるからそんなに感じなかったけど、継続する仕事であれば積み重なるようにのしかかってくる。
言っちゃあなんだが他の人らは緩いんだよねえ、家の手伝いって感じで。まあ合ってるんだけどさ。あたいが違うだけで。
うつ伏せになってたあたいの上にお空が乗ってくる。
だかだかと歩いて腰の上で立ち止まった感触。
「なんだい、気使ってるのかい」
押し込まれるような感触を考えるにどうやら踏んで揉みほぐそうとしてるようだ。
しかしまあお空は肩に乗せられるぐらいだ。腰に乗ってもたかだか知れてる。
というか痛い。
嘴も爪も体重がかかってるところが全部鋭いから痛い。
気持ちはありがたいが実利で言うなら役に立ってはいない。
「お空も人になったりしないもんかねえ」
「カァ」
「あだだだ!」
なんか爪が深く食い込んだ。なんだ、癇にでも触ったのか。
さとり様曰く、人に変化するにはそれなりに妖力が必要だったり、色んな条件が重ならないとそういう事は出来ないらしい。
あたいもまあよく分からない内にこうなってたから詳しいことは言えないのだけど。
どんな姿形になるんだろうか。普通に比べりゃこいつはでかいからやっぱり背丈もでかくなるのかな。
全身真っ黒な化け物だったらどうしよう。
そういや普通に女扱いしてたけどもし女顔の男だったとしたらどうしようか。そうだったらさとり様が教えるか。いや、あの人のことだからとぼけてる可能性もあるか。
まあ最初は人の体に苦労するだろう。あたいだってそうだった。
足の動かし方とかバランスの取り方とか。練習してけばそのうち慣れるだろうし。個人差があるのかは分からないけど。
急ぐ話じゃないのだしそんな事があったらゆっくり待てばいいさ。
「おくう・・・明かり、消しとい・・・」
烏じゃあ無理かな。でもこの睡魔には勝てない。うん、まあいいや。疲れた後の睡眠欲は強い。他の二つよりすっごい強い。春先だけはちょっと弱い。
明日さとり様に明かり付けっ放しを怒られるかなーとか思いながらゆっくりと瞼が落ちていった。
意識が落ちる瞬間、世界がほんの一瞬暗くなったようなそんな気がした。
─
「・・・やっぱり難しい感情抱えてるわね」
じっと見てて思ったこと。
お燐はやっぱりお空に対しては特別な感情を抱えてるようだった。
この二人は不思議な関係だ。人(として生きてる妖怪)と動物であっても"親友"というのが成り立っている。
寿命の長い者同士だからこそ出来た絆なのかもしれない。私は覚という種族上、そういうものが出来たことが無いのも含めて理解は難しい。
昼より少し前。
定時連絡のように窓から烏が一羽やってくる。体格は普通の烏より一回り大きい。
烏の顔というのはそうも見分けられるものではないが彼女はそこだけ見ればよく分かる。
「ねえお空」
窓から入ってきたその子は人の形になった瞬間、べしゃりと絨毯へと倒れた。
手を差し伸べる。
私の手を支えに不自由に手足を動かして震えた二本足で立ち上がった。
「うう・・・すみません」
「まず安定することから始めなさい」
しばしの格闘の後、揺れていた重心がぴたりと止まる。
翼の風が吹いてくる。ばさばさと言う音とともに黒い影が右往左往する。
黒くて長い髪、長い背丈、それに合うような大きさの翼。
烏の面影を残した少女が震えて一歩を踏み出そうとしている。
それは人の形になれたお空の姿だった。
お燐はお空が人の形になれればいいなと思ってる中で、お空はすでに人の形になれていた。
───
話は少し遡る。
お燐とお空がここに来てから、半月ぐらい経ってからの話。
「あ!どいてどいてえええぇぇぇぇっ!」
「え?」
どべちゃあ、という音がした。ものすごい重い感覚だった。
空から空が落ちてきた。
正確に言うと空からお空が落ちてきた。私の上に。
「あああ大丈夫ですか!?さとり様!」
「待って振らないで頭痛い」
鈍痛苦痛に振り回された。言うまでもなく逆効果で私の意識も飛びそうになる。
とっさに肩を掴んでどうにか制止させた。
改めてよく見てみる。
落ちてきたのは当時の私には見慣れない子だった。
地霊殿にいるペットを私自身が把握しきってる訳じゃないがこんなモデル体型かつ埋まるほどの巨乳に見覚えは無かった。
鳥の人化なのは分かるんだけど。
「・・・飛べないんです」
落ち着かせて、私が最初に見たその子の顔は今にも泣きそうだった。
この子は吐き出すように私に矢継ぎ早に説明してきた。
自分がお燐と一緒にいた烏のお空であることと人になってどうなったかの経緯。
そして、自身の身体の異常に気づいて何とか解決しようと不自由な肢体を引きずり高いところから飛び立ったということを。
・・・私が下にいなかったら無事だったのかしら、この子。
いや私が無事じゃなかったのだけど。
「この姿だと、飛べないの」
背中には大きな羽根があるというのに。お空は人の形では飛べなかった。
どうにか二本の足で立って、ゆさゆさと揺れながら小さくジャンプするのだがその身体が浮くことは無かった。
生まれた時からやってた動作が人型では出来なくなる。
私のペットでも何人か人型になれたが、だいたい最初はそうだった。元の動物との身体の構造に戸惑うのだ。
満足に動くのに多少の時間は必要になる。
だから、それが普通であるのだから焦ることは無いと言ってはおいたのだが
「お燐が、待ってる」
その童顔に浮かぶのは強い決意と、必死で悲壮な顔だった。
自分が早く役に立ちたいと思っている力を持ちたがっていた。
自由に形態を変更出来るのなら必要に応じて変わればいいんじゃないか、そんな疑問も出てくるが、
「だってお燐すごい力仕事してるんだもん。がっかりさせたく、ない」
涙の声が混ざっている。それだけ必死で感情が沸き立った声。
旧灼熱地獄は、縦に深く螺旋のような地形になっている。
死体を抱えて宙に浮けるぐらいでなければまともに投げ込めやしないのである。
満足に動けてない内から立てる目標ではないのに、力仕事の手伝いをしたいと願っている。
まだ今までのように伝令役でいいんじゃないかとも思うのだけど
「毎日疲れて倒れてるんだもん、そんな姿ずっと見てて、早く手伝いたい」
座り込んで休んでいる時も多々あるらしい。
人手はそれなりに出してるけれど暑さに適正が無ければまともに働けないような場所。割ける人員もなかなかいない。加えてお燐はどうも頑張り過ぎる。
目の前で見てるお空にはたまったものではないだろう。
「バサッていけば、とか風を感じろ、とかよく分からなかったし・・・」
先駆者に学ぼうにも他の人化出来る鳥系の子の説明では参考にならないらしい。
体型や種族による個人差は大きいのだろうか。
だからどうしても自分で掴むしか無いらしくお空の肌には試行錯誤の傷が多々あった。
───
「ほら、まずは壁を支えにして」
「は、はい・・・」
という訳で私が、しばらく見ていくことにした。
このまま放っておくともっと高いところから飛びかねないだろうし
お燐に渡すのが一番だとは思うのだけれどお空自身がどうも譲らない。それに、それだけ仕事が大変だとお燐も「見てる暇無い」とか思ってしまうかも知れない。
─
気持ちが焦る。
また転んだ。焦ればまた私は動けなくなる。
もっと自然に、もっと大きく。飛べない。羽根が浮いてる感覚はするんだけど身体が浮きあがらない。
どうすればいいのか分からない。
私は今この安全なところで練習出来るけれどそうでない時のお燐はどうだったんだろう。
四つ足から二つ足になった時も苦労したのかな。
一番最初に会った時からお燐は歩いていた。どれぐらいの頑張りがあったのかな。
お燐、絶対怪しんでるよ。早く飛べるようにならないといけないのにどうしても思い通りに動かない。
仕事中に、突然だった。
外で羽根を休めていた。その日はすごく身体が熱かった。
私の目線がずっと高かった。気づかないうちに高台にでも乗ってたのかと思った。
自分の手が羽根じゃなかった。お燐やさとり様の使っているような手だった。
重心が全然違っていた。はるかに上にあった。何も咥えていないのに、嘴で大きな物を咥えてる時のような感覚がしていた。
転んだ時も痛かった。足が長くなっていてお尻を硬い地面に打ち付けた。
改めて考えて自分の姿を捉えてみて、そこでようやく「人の形になったんだ」って分かった。
「お燐と同じ形だ」と嬉しいような気分だったのも束の間、問題だとも思った。
足もほとんど動かせないし、このままじゃ満足に動くことが出来ない。今のままじゃ立ち上がることすらも出来ないからだ。
大きな翼もあるのに飛べやしない。さとり様もお燐も飛べるのに私は全く烏になれない。
とりあえず、戻ろう戻ろうって祈るように思っていたら元の烏の姿になれた。
ひとまずは安心だった。もしずっと人型のままだったらどうしよう、なんて思ってもしまった。
でも烏になった時の感覚は違っていた。周りの見え方が違っていた。お燐やさとり様の使ってた"言葉"が私の中に浮かび続けていた。
烏の姿でお燐との仕事の隙を縫って飛び回ってみて、同じように人に変化出来る鳥妖怪達にたくさん話を聞いてみた。
聞いた話を試したけれどダメだった。
私と同じ地獄烏からの人なら分かるかも知れないけど、どこを探しても見つからなかった。
早く飛ばなきゃと気持ちが焦り始める。このままじゃお燐のことを手伝えない。
─
「疲れてるでしょう」
「いえ、別に」
なんかふわっと抱きつかれた。
ロビーでぼんやりと、半分寝ていたようなものだったので不意を突かれた。
どうやら仕事の話のようだ。毎日の量は多いが弱音を言う訳にもいかない。そういうのが仕事だと思っているから。
「あなたが来てからずいぶん落ち着くようになったわ。でもあなた自身が無理しないで誰かに任せるべくは任せなさい」
「そういう訳にも」
任されてる以上は責任ってのが付いてくる訳なので。
「最後まで残って片づけてるのでしょう?」
「ええ、まあ」
「そのせいでいつも帰りが遅くなる、って」
「そういう日もありますけど」
いつも、ってほどでもない。それにちゃんと夕飯の時間には帰ってきている。ギリギリ駆け込む時ぐらいはあるけど。
心配されるほどのことでもないはずだけれども。
「聞いてるわよ、そういう話」
誰からの話だろう。
地獄の中で仕事中での話を聞いてきたとして、さてどうすればいいものかな。仕事中ぐらいはしゃきっとしてないダメかねえ。
もう少しだけ効率良いやり方を考えてみるか。
「そんなに肩肘張らないで。完璧でなくていいのよ。あなたを管理者という位置に就けたけど全責任を負う必要も無い」
あたいを抱く手がぎゅっと強くなる。
心配かけさせてしまってるのかな。怨霊が逃げ出したりすると余計に面倒になるからここで押さえとくべきだとは思ってるんですが。
「そうじゃなく、張り詰めないでほしいのよ。完璧な仕事にしたいがために身体を壊してしまっては元も子もない。自分の手の及ばないところは無理に伸ばさず、人に頼りなさい」
「あたいとしては普通にやってるつもりなんですが」
「気兼ね無く頼れる、というのも大切なことなのよ。家族というのは」
まあ、要するに頼れってことになるんでしょうかね。
一つの提案としてさとり様から「誰でも出来るけど負担のある作業」は週代わりや日替わりでやらせてみてはどうか、というのがなされた。
「家族でいたいのよ、私は。分担はするけど誰か一人に押し付けるのではなく何が起こってもどうあっても全員でフォロー出来る、そんな風に」
すごいご丁寧にそういった道具まで渡された。
丸い紙に分割線で「後片付け」や「火力管理」とかの内容、その上に一回り小さいまた丸い紙で「A班」「B班」とか書いてあって回せるようなもの。
・・・さとり様が手作りしたのだろうか。これ。
「それだけは伝えておこうと思ってね」
「考えてはおきます」
提案っていうかこれもう取り入れろってことですよね?
さとり様はそれだけ押し付けて「洗濯物がある」と残して出ていった。
とりあえずありがたく貰うとしようか。さとり様の指示って言っておけば不満は出ないだろう。
なんとなく横になって一呼吸置いて考えてみる。
難しい。あたいは。
さとり様は距離を積めていきたい、ってのは何となく分かる。
あたいだってもう少し気楽に行きたいのはあるんだが・・・残念ながら性分だ。これはなかなか変えられない。
何ヶ月経ってどんな環境になっても「明日がどうなるか分からない」と考え込んでしまうのだ。だから今を精々と過ごしている。
手を差し伸べて仕事を紹介してくれる人はいたけど、今のところ本当に向き合えるのはお空だけなのだ。
烏だから付き合うというのが本当に正しいのかは分からないけれど。そういう意味じゃペットと一緒のさとり様と似て・・・る訳ないか。
・・・正直言うなら怖いのだ。お空は本当に親友としてくれてるのだろうか。
さとり様を通じて言葉を聞く事は出来るのだろうけど、それを聞くのが怖い。
もしさして思っていなかったら。ただ食べ物貰えるからってだけで付き合ってるのだとしたら。媚びを売ってるだけだとしたら。
想像して怖くなる。前に「大事」と聞かされたけどさとり様越しだから本当は、と考えてしまう。
──
予期、野生の勘、なんとなく。
いろんな言葉はあるけれど突然の感覚というのが沸き起こる。
その日が終わりかけて暗くなった後、あたいはひっそり飛び立っていったお空の後を尾いていった。
闇夜に烏が紛れれば分からなくなる。けれど、羽ばたく音と重さは隠せない。
長年聞いてきた音だ。どんな闇でもよく分かる。
次の瞬間、見覚え無い奴が出てくる。
じわりじわりと背筋が冷えてくる。地霊殿は広いから動物全員を把握してる訳じゃないけど、状況から察する事はある。
あいつ、まさか。
何やら高いところへあがっていってはよく分からない事を繰り返している。
怪我の起きてそうな鈍い音も何度か響く。
暗がりで何をやってるのか、その辺は掴めない。意味が無いとは思えないがそれが何かの想像はつかない。
どういうことだろうか。一つの細い筋の考えは浮かぶのだろうが、まさかとは思う。
いや、でもただ単に別の烏の人化かも知れない。早とちりはしたくない。
だがもしも、だ。もしもあれが本当にそうだったとしたら、
あれがもし人型になったお空だったら?
胸の奥がざわめく、焼けてくる。それをあたいに教えない理由はなんだ?
隠し事でもあるのか?秘密にしなきゃならないのか?
憤りが、湧いてくる。
ドロドロな感情が湧いてくる。抱える。考える。悩みがどんどん生まれてくる。
いま見つかるのはたぶんまずいことだ。見られたくない場面だろう。それは何となく分かる。
あたいは急いでその場を後にした。
──
「お燐」
「何でもないです」
拗ねているのがよく分かる。
テーブルに突っ伏して顔を横に向けて尻尾をゆらゆら揺らして。
見るからに不機嫌だ。「見ただけで人の機嫌が分かる本」とかがあったらお手本になれそうなほどに機嫌が悪い。
とりあえず紅茶は置いてみるがやっぱり動く様子は無い。落ち着いたら飲めばいいぐらいの気休めだけど。
さて、私としてはどう声をかけるべきか。
本来はお空のことで機嫌悪くなっているのだからそれについて言うべきではあるんだけども。最適解ではあるんだろうがこの事情を話せば今度はお空側が気を悪くする可能性がある。
かと言ってこの溜め込んだお燐を放っておくのも良くない話だ。
「何か知ってるんじゃないんですか?」
「そうね・・・」
私にお鉢が回ってくる。
ここでとぼけるのも難しい。というか、確信に近いものを持っている。それを否定すれば不信に繋がるだろう。
私が読めるということを知っているのだから。
「お燐の知らないお空のことなら知ってるわよ」
「何ですかそれは」
こちらに興味が向いた。べたっとなった声と射抜くような目線が怖い。
いつも明るい声なだけに実に怖い。
「私とお空はね、あなたと会うより少し前に知り合ってたのよ」
「はい?」
またちょっと険しくなった。心の中で襲いかかられそうになる。最初に会った時よりさらに警戒の色が強い。
水を向けたはいいけどその水が濁流になって返ってきたそんな感覚。
「もちろんあなた達みたいに深い付き合いじゃなくてペット達みたいに豆を与える程度の付き合いだったけど」
あくまでも来客としての付き合い。本当の事だし嘘の余地は無い。
この広くて地熱のある地霊殿。野良な動物が入り込んで何か食べていくのは珍しいことではないし。
烏一羽が飛んできても別に追い出したりもしなかった。お空の場合は何度も来てたからそれで覚えたけれど。
「ああ、そうだったんですか」
ああ良かった。少し和らいだ。そういう付き合いではないと分かってもらえたようだ。
お空が自分以外にどこで貰ってたのかは知りたがってたようだしこの方向だろう。
「その時にお燐のことも聞いてたわ。「自分には友達がいる」って」
「お空が・・・?」
お燐が紅茶に口をつけ始めた。
偶然だけどお燐の中で望んでた答えが得られたようだ。少し緩んできた。
「だからいきなり肉を持っていった時はびっくりしたわよ」
「はい?」
「お燐が食べるのに困ってたってのはたまに聞いてたけれどあそこまで大胆になるとは、ってね」
「そこまでのものでも無かったんですけどねえ」
「あの子どこか早とちりする、というか少し突っ走ってしまう傾向があるでしょう?」
遠回りをしてしまう癖とでも言うのだろうか、立ち止まって考えてみればまともな道があるのにそれが見えない時がある。
オブラートに包んで言うなら直情的。
「お燐がずいぶん痩せ細って見えてたのだと思う」
実際、私もそう見えた。
見慣れた地霊殿の周りを基準にしていたから今思えばそう痩せてたという訳でもなかったかも知れない。
「そして私が追ってくるとは思わなかったみたいよ」
烏の飛ぶ速さで私が追いつけるとは思ってなかったんだろう。
でも着地した点をじっくり観察して、そこまで飛んでいけば容易なのだ。前々からの何度もその経路を見ていたのならなおさら。
惜しむような肉でも無かったので食後まで待ってから乗り込んだ。
「ということは最初に会った時から二人とも知り合いだったんですか」
「噂のお燐が火車なのは知らなかったわよ」
どっちみち生活に困ってるんなら住まわすなり仕事を紹介するなりはしようとは思っていた。
そしたらちょうどいい状況・・・熱にも強く怨霊も操れる妖怪がいた。出来ることなら家に欲しい人材だった。
今にして思えば「一緒に暮らしません?」ぐらいが妥当だったか。私はペット以外の対人関係に疎かったのでそういえば引かせてたかも知れない。
「私は、あなたもお空も来たるべくして来たのだと思ってる」
お空がいなかったのならお燐はここにいなかったのだし、お燐がいないのならお空は生きていなかったのだろう。
そして二人が来たからこそ私の仕事の一端が上手いこと動いている。
「そして私にとって出来るあなた達への最大の労いはここを「住み心地いい場所だ」って思ってほしいこと」
私の周りにいるペット達は皆、私が動物の頃から慣れ親しんだ存在だから人の姿になれるようになってからも心を読まれることに臆さず寄ってきてくれる。
けれどお燐はその例じゃない。人の姿の時にここにやってきた。
だからこそ私の方からしても難しい。色々な方法は試みたもののなかなかほぐれるまでには至らない。
素直にこう伝えるのが一番だったかも知れない。
「お空の怪我は知ってるでしょう?あれはね、今少し頑張ってるところなのよ」
「はあ」
どうにかお燐の気持ちがまとまってきたところで、最初の方へと話を戻して一旦にまとめておくことにする。
「まあ、じゃあそうしときますけど」
疑いの気持ちはまだあるようだが、とりあえず矛は収めてくれたようだ。
けれど長くは保たないだろう。お空が飛べるようになるのが理想なのだが、そうでなければ今のうちに出てあげるという方向でも進めていくべきだろうか。
─
仕事自体はイヤってんじゃないんだけど、いかんせんその量と周りがねえ。
さとり様は気使ってくれてるんだけどそれ以外でも気がかりは山積みな訳で。
例の提案によって少しは減ってきたんだけども精神的な重圧は常にかかってくる訳で。
他に任せたことでむしろ気がかりになってしまう。肉体は楽にはなれたが精神は楽にはなれてないのだ。
とりあえずお空を撫でることで解消しようとは思う。
しかし・・・待ってやれ、か。
「お空が何やってるんだか知らないけど」
もさもさと膝元にいる烏を弄る。無垢に烏を演じているのかも知れないお空。
あたいだって鈍い訳じゃあない。なんとなくは察してきている。それでもなお表に出てきてくれないのは何の理由だろうか。
こいつ自身はあたいが知ってることに気付いてるのだろうか。今もこうして烏の姿で白々しく付き合っているのはちゃんとした理由だろうか、それともただ単に嘲笑っているのだろうか。
「あたいに出来ることは協力したいよ」
色々と重なって胃が痛む。
さとり様の考えてることは分かったけれど、今のあたいにとっては目の前のお空がその家族というのと異なった存在、という感覚がする。
あたい達の仲にヒビが入っている気がする。こいつをいずれ叩きそうになってしまう。
「大事なことだったら、なおさら」
理解しているのだろうか。
人の姿を得たあたいが猫の姿になっても人の言葉は分かる。だったらお空にもこの言葉が届いているんだろうか。
今は何も答えないのだろうけど、だったらせめてそうは伝えてはおきたい。
苦しい心が根を張り続ける。
無力を感じる、あたいは。独りの中にいる。
外にいた時より雑踏の中にいる時のほうが孤独が強い気がするよ。
───
「お空は考え過ぎるよ!」
「え?」
「烏の身体は歩くのに適してない!羽ばたく時が歩く時なんだよ!」
「誰?」
「お燐は動き過ぎるよ!」
「は?」
「何もかもが自分だけでは回らない!荷台が無ければ車輪に意味は無い!」
「誰?」
───
覚悟はね、してたんだよ。
でもさ、やっぱり実際にその光景を見た瞬間に頭が真っ白になっていった。
「さとり様ー、相談なんですが」
今思えばいつもより弱めだったノック音、もう少しだけしっかりしてれば未来も少し変わってただろうか。
「え・・・?」
部屋の中にあったのはショックな光景だった。
さとり様と人型の烏が会っている。
それだけなら地霊殿でもよく見る光景だ。でも、それがもし自分が親友だと思ってる烏だったら。
それがもし、あたいより必死で向かい合って話をしていたとしたら。そのくせ今にも隠れようとした素振りを見せようとしていたら。
あの時は暗がりだったから分からなかった。光の下にある今ならはっきりと分かる。
お空だ、こいつ。
間違いなくお空だ。
その堂々としてる雰囲気も、長く染み着いた臭いも、黒く長い髪も、その驚いた表情も。
しっかり分かるさ。長年ずっといたのだもの。
「・・・失礼しました」
後ろを向いてその場から離れないとダメだった。表の声も冷静に。
本当は叫ぶ声も無かった。頭の中が真っ白に。静かに、けれどどす黒く。包まれていく。怒りとか悲しみとか超えた感覚。
外へ出て考えたい。白い頭を取り戻したい。感情が全然出てこない。ショックで、頭が回らない。
「なんでさ・・・なんで・・・」
数多くの疑問が湧いてくる。
やっぱりそうだったじゃないか。あたい達には長い付き合いがあったはずなのに。それでもお空は、人の姿になったらまずさとり様のほうに先に会いに行ったのだ。
立ち方が今さっきに人になれたって動きじゃない。もっと長い。
間違った事じゃない。けど、なんで黙ってた。あたいにずっと黙ってた。
黒い。あたいの中が黒くなる。
何かが噴き出してきた。煮詰まった黒いマグマが湧いてくる。
噛んでいた力が消えた。身体中から抜けていく。糸が途絶えて消えていく。
何が待ってあげてだ、自分の都合のためじゃないか。
何がペットじゃあないだ、自分が思ってただけじゃないか。
何が・・・
自分が剥がれて消えていく。頑張ってたのにさ。何も無い。本当に何も残ってない。
尊敬も、友情も、ただ何も。
壊れていく感覚がする。
─
・・・どうしよう。
お燐に見られちゃった。
人としての動きは出来るようになってきた。人として違和感無く生きていけるぐらいには大丈夫になったみたい。
でも私はまだ飛べない。まだ烏としては、仕事を手伝えるようにはなっていない。翼があっても浮いてこない。
「待って・・・、お燐・・・」
怒ってるかな。怒ってるよね絶対。
ここで、離れたら、きっと戻ってこれなくなる。
「・・・っ!」
一歩ずつ一歩ずつ踏み出して、上の体を持っていく。
「走る」という動作。
難しいけど今やらなきゃいけない。追わなきゃいけない。
私の飛ぶ速さならお燐に追いつけるのに。どうしてまだ飛べないの。
歩くという動作をもっと早く、身体の振りをもっと早く。全部動かしてみて、翼をとにかくひたすらはためかせる。
私の身体が速くなっていって足がもつれて転びそうになって、走って、浮いて。
・・・浮いた?
空気の塊がぶつかってくる。風の方向、翼の角度、空気の払い方。
分かる。何気なくやってたようで、やってなかった。最初に横に動きをつけるということ。
走ることでようやく分かった。私の風の受け方。
乗っていく。私の身体が浮いていく。これは、追いつく。お燐に追いつく。
出来た。必要なことが出来た。
今追いつける、お燐に。だから、今行く。お燐にたくさん謝る。その背中に今追いつく。
─
気が付いたらあたいの身体が宙へ浮いていた。
何が起こったのか分かっていない。
背後から何かがぶつかってきた。それに抱えられてあたいの身体は大きく風を切り出した。
地霊殿の床から窓枠を通り過ぎて外に行き、目の前に小さく地面が見える。
景色が目まぐるしく変わる。自分で飛ぶよりはるかに速く移って変わる。
?と!が浮かんでいっては消えていく。あたいに何が起こってる。
目の端に黒い翼が目に入る。
おそらくこいつの持ち主が今の元凶なんだろう。聞きたいことはたくさんあるが風で口が開けない。
なんだかすっごい笑顔だし。あたいのパニックを余所にものすごい笑顔だし。なんなんだ、こいつ、意味が分からない。
「飛べた!分かったよ!飛べたよ!お燐!」
状況がぜんぜん分からないしこいつの見た目からして"飛べた"とか言われても「何を今更」だし
すごい嬉しいようだけど振り回されててそろそろ気が飛びそうだし。
なんだ、あたいを殺す気か、このまま激突ダイブなのか。
─
すごい速さで駆けだしていったと思ったら更にすごい速度で飛んでいったし今はなんだか空を縦横無尽だし。
降りてきたら吐くんじゃないかしら、お燐。バケツ用意した方がいいのかしら。
とりあえずお空が飛べないって問題は解決したみたいだけれど。
なんというか、何ヶ月もかけてきた話があの一瞬で解決してしまった。
これからまだ当人同士で話し合うことはたくさん出てくるだろうが客観的な説明も必要になるだろう。
機嫌取ったりするフォローもきっと必要になるだろう。
どこに着地するかは分からないけれど、まずは若い二人に任せるとしよう。
─
「で、どういう事だい」
「うん・・・えっと」
地面に着地した後、一発グーで叩いてからお空とおぼしき者と並んで適当な場所に座った。
このお空とおぼしき者が寄せてきたので、こいつの膝に頭を乗せてぐわんぐわんな頭を落ち着かせている。
人型に変化出来ていたの見てショックで立ち去ろうとしたら急に身体が空に浮いて、気がついたら前後左右上下にかき回されててさっきまでの感情が丸ごと吹っ飛ばされて。
物理的にも精神的にもぐちゃぐちゃになっていていまいち回路が繋がらない。
聞きたいことは山ほどある。一つ一つやっていくか。
えーっとまず、
「あんたはお空でいいんだね?」
「そうだよ」
ああ、やっぱりか。ということはあの時に見た影もお空か。
これで人違いだったらどうもこうも無いがこれで確定ってことか。
少しだけ落ち着いてきて。
さっきとは別の意味で感情が渦巻いている。
なんだ、嬉しいとか信じられないとか。暗いドロドロから明るいドロドロへ移り変わったとも言うのか。
鬱々から爛々へと今はなっている。
「えっ、お燐、くすぐったい」
身体を引き起こす。手を伸ばしてべたべたとお空の体に触れてみる。
髪、頬、腕、腿、背中。うん、本当に人間みたいな身体だ。何やらむず痒そうに捩じらせている。
とりあえず目の前にいるのは間違いなくあのお空で。今こうしているのは間違いなく人型になれたということで。あたいが思ってたような化け物じゃなかったようだ。
「いつから人の形になった?」
「お燐がここで働き始めてから少しして」
「そうかそうか」
ふむ。頭が回るようになってきたぞ。
あたいの働き始めから少しして・・・ということは、だ。
まあとりあえず「おめでとう」と言いたいところだがまずはお空のこめかみの部分に拳を当てる。
指を曲げて骨の部分をしっかりそこにめりこませて
「なんで隠してた」
「いただだだだだ!」
ぐりぐりと。
あたいが今もって最重要に聞きたいことだ。
「痛い!痛い!お燐!」
「あたいに最初に知らせなかった理由はなんだ」
じたばたするお空を押さえつけてじわじわと圧していく。
言葉を聞くに相当長い期間、あたいに隠し通してたことになる。気に食わぬ。
重大な話はあたいに最初に来ると思ってたのにさとり様の方が先に知っていた。知っていただけと言うなら心を読まれたとか言い訳出来るが目の前にいて何かをやってた。
「あ、あ、え、っとね、今のままじゃダメかなって」
「何が?」
「私ね、飛べなかったの」
「ほう」
一旦停止。再度の事情聴取。
飛べないってのはどういうことだ。あたいの目の前には立派な翼があるっていうのに。
人型になるってことは妖力があるってことだからそれで少しは飛べるだろうに。
「分からないんだけど、人型になったら全然飛べなくなっててね」
「つまり?」
「烏の時なら飛べたんだけど・・・そのままだったら役に立てないなって」
なるほど、人の姿になれたはいいが飛ぶことが出来ず出るに出られなかったと。
人として動くことの難しさはあたいも経験したからそれは分かる。
あと、あたいも一応は妖力で飛べるがおそらく烏の基準からしたらその飛び方とは全然違うんだろう。空で生きてる種族なんだから。
「あああぁぁぁ」
動き再開。
人型になった記念だ。増えた急所の痛みを思い知れ。
「それでも知りたかったわ」
どんな状態だったとしてもなんか言ってくれればこうも考える必要は無かった。その後で仲間に面倒見てもらうなりさとり様に見てもらうなりで終わる話だった。
勝手な言い分になるかも知れないけれど。
「だってお燐、頑張ってたし私どうしたらいいか分からなくって」
お空も初めてのことに訳分かってなかったのかも知れない。
その辺は情状酌量もあっていいだろう。
「お空が飛べないってことより今まで隠されてたって方が辛かったわ」
聞いてるのか聞けてるのか分からないけれど。
それがあたいの正直な気持ちだった。
「手伝いたかったの、お燐の、一番最初に」
「ああん?」
「人型になれても役に立てないんだったらダメかな、って思ってたから」
「ほほう」
後ろからもう一回正面に。
顔を見る。
「ダメだから離れていくとか思ったか?」
今度は頬をつねりだす。何て悲しそうな表情だい、全く。
柔らかな顔が歪む。
「飛ぶ飛べないであたいが」
「いふぁい、いたいよぉ」
「うっさいこっちの方が痛いわ」
お空もお空で苦労してたんだろう。そういう苦しみは分かる。
烏が飛べなくなるってのはほとんど生きられないようなものだ。元の姿に戻れば飛べるとは言え表に出にくかったんだろう。
それでもなお、
「一丁前に隠しおってからに」
隠し事されて長く感じてきた痛み。肉体的に痛みは無くとも延々と引っかかり続けていた。
あたいの中であったドロドロな感情を張本人へとぶつけていく。
今更言ってもしょうがないのだがどうしてもやるせない感情は湧くのだ。
「翼が折れた時にあたいが放っておいたか」
「あたいが怪我した時にお空が代わりに食べる物取ってきてくれてたじゃあないか」
ダメならダメで、出来ることはたくさんあるのだ。
どんな姿、どんな状況だって二人で共にしてきた。だからこそ、この先がどういう事が起きたってどうにかなるだろうと思っている。
烏と人で形は違えど助け合えることは出来る。親友としてずっとやってきたのだから。
「自分一人で何とか解決しようとするんじゃないよ」
・・・あれ、これあたいがさとり様に言われたことだ。お空のやってた事はそのままあたいがやってた事だったのか。もしかして。
あたいら二人は同じ感じで悩んでたってことだったのか。必死で、狭いところしか見えてなくて、それで潰れそうになってた。そういうことだったんだろうか。
「・・・ねえ、お燐」
最後にバチンとやって手を離す。あたいとしては言いたいことは言った。人の心をやきもきさせてからに。
若干に赤くなった頬をさすってお空が名前を呼んでくる。
「本当に、ごめんね」
お空が深々と頭を下げる。
表情は見えないけれど拳を硬く握ってるから本気なんだろう。
「ああ」
隣に座って、肩を並べる。
今度はしっかりと見詰め合う。雛鳥だった時からずっと側にいて、あたいの頭より大きくなって、今度はあたいの隣にいる。
お空の硬くなってた手に手を重ねる、押し開く。
色々悩んだけど、別に責めることは無いんだろう。
それよりまずは人になれて良かったということを祝うべきだろうしこれからゆっくりやっていけばいいんだ。
「これからもよろしく」
「うん」
硬く近くしっかり握手。
前足と鳥の足じゃあ決して出来なかった行動。二人で同じ形になれたからこそ出来ること。
温もりを伝え合う友情の誓い。
「お燐の荷物は私が背負う」
「頼んだよ」
今までの間に何があったかはこれからゆっくり話してもらうとしよう。
伝わらない言葉はもう無くなったのだから。
─
「お燐、行こうよー!」
「あ、待てお空!」
その日からまたしばらくして。
お空はすっかり慣れて遜色無く働くことが出来るようになった。
「おのれ、速い」
さっさとお空は仕事場へと飛んでいってしまった。
鳥系の妖怪は飛び方を覚えてしまえば空気の流れの使い方には一日の長がある。私達も飛べるは飛べるが、鳥が翼を使って本気を出せば一瞬で見えなくなってしまう。
この速さで荷物まで抱えてしまえるのだから運搬としては最適であるとも言える。
そしてその仕事場で食べる大事なお弁当は忘れてしまっている。
「はあ全く・・・体はでかくなったけど頭はでかくなってないもんだねえ」
お燐は二人分のお弁当を抱えて溜め息。三日に一度の頻度でやられるものだからそれももう慣れたんだろう。
どうにも忘れっぽいというか周りが見えなくなるというか、そういうところもある。
「お空も早く一人前になりたいのよ。今まで遅れていた分」
「分かってます」
お燐の頭の中には早々に今日の仕事をどう振り分けようかが詰まっている。
人手は相変わらず一人しか増えてない状況だがうまいこと回ってはいるようだ。
・・・また外に出て誰かを引っ張ってこようかしら。でもあの灼熱地獄の暑さに耐えれるのがそういないのよね。
「じゃ、今日も行ってきます」
「行ってらっしゃい」
何か聞かれるかと思ったがどうやら私は必要無かったようだ。
話せるようになったお空は自分の言葉で伝えていた。
もう少しだけ様子を見守ってみて何も無ければもう私の用も無いだろう。
ああそうだ。お空が飛べなかった時の状況ぐらいはお燐には話しておいてやろう。今なら笑い話になるだろう。
全員の食器を片付け始める。
しかしまあお空はよく食べる。力の維持には必要なのだろうか。
食べ方も落ち着いてない。お空に限ったことじゃないが人型になる以上、まだまだマナーや常識や教え込む事は山ほどある。
あの天真爛漫ぶりだとかなり疲れることになりそうだ。頼もしい教育役はいるけれど、時間はかかることだろう。
お燐の仕事はまだまだ増えそうだ。
それでも最初の頃よりはずいぶん明るく出かけるようになった。
お空が間に入ったことで私にも少しずつ慣れてきた。私に甘えてるのを見た後、ひっそりと近くに寄ってきたりとか。
何より親友に言葉が伝わるようになったし、仕事を一人で背負う事も無くなった。そのことはずいぶん大きな力になったのだろう。
「やれやれ、まったく・・・」
「苦労かける人になりそうね」
お燐の嫉妬している描写がリアルですごかったです!
あと、ハイKさんのそうそうわデビューもうれしいです
隠されて拗ねたり嫉妬したりしちゃうお燐も可愛らしい。
ほっこりしました。
ストーリーは面白いけど、あっさりしすぎてる、とでも言いますか(50kb近くもあるけど)
視点を分けたからそれぞれのパートが簡素に感じられたのかにぃ
あっちに投稿されたssは何度も読み返していたので本当に嬉しいです!
今回の作品はお燐の嫉妬、特に人化したお空を見たシーンの描写など、とてもよかったと思います。ただ、視点の移り変わりが激しかったり(すれ違いを強調するならさとり視点はないほうが良かったかもしれません)、動機付けが全体的にちょっと弱かったりでイマイチ没入しにくかった点もあり、そこが残念です。
次回作待ってるので、ぜひまた投稿してください!
こういうお燐空は大好物です。ありがとうございます。